507: 2012/12/31(月) 01:52:55.48 ID:KhP6hFHj0

勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode01】
勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode02】
勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode03】
勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode04】
勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode05】
勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode06】

【Episode07】
鼻につく血の匂い。

眼前に広がるのは暗闇。

しかしその暗闇は完全な闇ではなく自分の周囲だけ薄明かりに照らされぼんやりと目の前の光景を視認できた。

血の海だ。

そこに倒れる三人の男女はぴくりとも動かない。

氏んでいるのだろうか?

一番近くに倒れているどこかで見たことのある大きな黒帽子の少女に声をかけようとした時、背後から声がした。

「さぁ、始めよう」

振り向くと長い黒髪の美しい少女が無機質な瞳でこちらを見ていた。

その手に構えた血の滴る剣の切っ先は真っ直ぐにこちらの心臓に向かっている。
はたらく魔王さま!(22) はたらく魔王さま! (電撃コミックス)

508: 2012/12/31(月) 01:54:00.50 ID:KhP6hFHj0
『やめろ』

黒髪の少女「何を今さら」

『俺はお前と闘いたくなんてない』

黒髪の少女「そうも言っていられないのだ……本当はお前も分かっているのだろう?」

『嫌だ』

黒髪の少女「駄々をこねるな。世界の命運が私達にかかっているのだぞ?」

『こんなの絶対おかしい』

黒髪の少女「あぁ、おかしい、狂っている。だが私達は運命に対しあまりに無力だ」

『…………』

何も言えない。

それは彼女の言うように本当は自分自身頭では分かっているからだ。

黒髪の少女「私もお前と闘いたくなどはないさ……だがこれが運命ならば受け入れるしかあるまい」

『でも……それでも俺は……』

黒髪の少女「やれやれ……まるで話しにならない」チャキッ

そう言って彼女は構え直した。

『ま、待て』

黒髪の少女「来ないのならこちらから行くぞ」ドンッ!!

少女は剣を振りかぶり襲いかかって来る。

509: 2012/12/31(月) 01:54:52.24 ID:KhP6hFHj0
『来るな!!』ブンッ

わめき声を上げ腕を振った。

何故か自分の手には剣が握られていた。

ドッ……

肉を断つ不気味な感触の後に少女の首が宙を舞った。

彼女の首からとめどなく噴き出す鮮血が身体中を濡らした。

頬を伝う生暖かい返り血を撫でる。

地に転がる彼女の顔は瞳を潤ませてこちらを見て呟く。

黒髪の少女「勇者…………」

夢だ。

ありえない。

こんなの夢だ。

俺がアイツを?

夢だ。

夢だ。

夢だ夢だ夢だ。

夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ。

夢だ夢だゆゆだ夢だ夢夢ゆだだゆめめユメユメ夢夢だだだだユゆメユだダ夢ユメゆめだ夢だメダめダユ夢。


『うああああああぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁああぁあ!!!!!!』

510: 2012/12/31(月) 01:56:04.85 ID:KhP6hFHj0
――――白の国・王都・とある宿屋

勇者「かはっ!!」ガバッ

勇者はベッドから跳ね起きると溺れかけた人間の様に思いきり空気を吸った。
乱れる呼吸を落ち着かせながら辺りを見回し現状を理解する。

勇者「……なんだよ夢オチか……」ハァハァ

質素なベッドから起き上がると勇者は部屋に備え付けられた小さな洗面台で顔を洗った。

パシャッ……

勇者「…………」

鏡に映る自分の顔はひどくやつれていた。

勇者(……最近まともに寝れてないし当たり前と言えば当たり前、か……)

父に世界の真実を聞いてから勇者は下町の安宿に滞在していた。

あの後、勇者は父から聞いた話を包み隠すことなく仲間達に話した。

仲間達の反応は概ね勇者の予想通りであった。

武闘家は何も言わず、
魔法使いは唇を噛み、
僧侶は涙を瞳に浮かべていた。

その日は勇者も仲間達も何も話し合うことなどできそうになく、解散というかたちになった。

それから三日。

各々一人になって考える時間が必要だろうと合うことはおろか連絡すらとっていない。

511: 2012/12/31(月) 01:56:53.92 ID:KhP6hFHj0
勇者(……みんなどうしてるかな……)

カーテンを開け朝日に目を細めながらそう考えているとドアをノックする音が聞こえてきた。

コンコンッ

勇者「はい」

宿屋の妻「おはよう。……大丈夫かい?なんだかうなされてたみたいだけ……」

勇者「あぁ、大丈夫だよ。ちょっと悪い夢を見てさ」

宿屋の妻「そう……朝ごはん、ここに置いとくからね?」コトッ

勇者「はいはーい」

ドア越しの彼女の足音が聞こえなくなってから勇者はドアをそっと開いた。

ドア横の小さな棚には盆に乗った朝食が置かれている。
メニューは焼きたてのパンとマーガリン、サラダにスープだ。

盆を部屋のテーブルに移すと椅子にもたれかかりながらパンを一口かじった。

近所のパン屋が朝一で焼いたそのパンは芳ばしくも柔らかく地元では人気のパンだ。
しかし今の勇者には何の味も感じられないただの小麦粉の固まりにしか感じられなかった。

一口かじっただけのパンを盆に戻すと今度はスープをすすった。

こちらも味がしない。

三日前から何を食べても美味いと感じることはできなかった。
食欲もてんで沸かない。

512: 2012/12/31(月) 01:57:35.93 ID:KhP6hFHj0
部屋で魔王との闘いについて考えてはいつの間にか日が沈んでいて夜になり寝て悪夢にうなされ次の日の朝になる。
三日間ただそれだけを繰り返していた。

しかし魔王の言っていた緑の国への侵攻作戦までもう日がない。

勇者「…………もう決断しなきゃな」

ポケットの中にある魔王の城へと跳べる魔法具を握ると勇者は一人つぶやいた。

そして仲間達のことを考えた。
今皆は何を考え、何をして過ごしているのだろうか?
急に会いたくて仕方がなくなった。

魔法使いに会えば自然に笑える気がした。

武闘家に会えば折れかけた心を支えてもらえる気がした。

僧侶に会えば荒みきった心が励まされる気がした。

勇者「…………よし、みんなに会ってくるかな」

決意すると部屋を出て階段を降りる。

513: 2012/12/31(月) 01:58:39.91 ID:KhP6hFHj0
宿のカウンターでは亭主がパイプ片手に新聞を広げていた。

宿屋の亭主「おぅ、おはよう」

勇者「おはよう」

宿屋の亭主「朝っぱらからお出掛けかい?」

勇者「うん」

宿屋の亭主「ははーん、さては女だな?」ニヤニヤ

勇者「馬鹿、違うよ。武闘家達に会ってくるだけ」ハァ

宿屋の亭主「なんでぇつまんねぇなぁ。昼飯はどうする?」

勇者「んー、どっかで食ってくるよ」

宿屋の亭主「あいよ、じゃあ晩飯は作って待ってるぜ。気をつけて行ってきな」

勇者「あーい」ヒラヒラ

後ろ手に手を振りながら勇者は宿屋を後にした。

514: 2012/12/31(月) 01:59:35.77 ID:KhP6hFHj0
宿屋の亭主「ふぅむ……どうしたもんかね」

新聞を畳んで心配そうな顔で亭主は勇者の背中を見ている。

そこに勇者の朝食を片付ける妻がやってきた。

宿屋の妻「勇者、元気ないわね」

宿屋の亭主「まったくだ。旅立つ前とはまるで別人だな、ありゃ」

宿屋の亭主「飯は?」

宿屋の妻「うぅん。ちょっと口をつけた程度だよ。勇者の好きな卵スープにしたんだけどねぇ」

宿屋の亭主「……今のアイツを見てるとアイツの親父のことを思い出すね」

宿屋の妻「大勇者さんのことかい?」

宿屋の亭主「あぁ。アイツとは昔のダチなんだがアイツも一時期あんな風にまるで生気のねぇ顔してたっけなぁ」

宿屋の妻「へぇ、あの大勇者さんがね」

宿屋の亭主「……たしか先代の魔王との決戦の少し前だったかな……」

宿屋の妻「!!…………じゃあ……」

宿屋の亭主「さぁね、単なる偶然かもしれねぇ。好きな女にフラれたとかよ」ハハッ

宿屋の妻「…………」

宿屋の亭主「ま、俺達がアイツにしてやれることはいつもと変わらずもてなしてやることぐらいだ。晩飯はまたアイツの好きなもん作って待っててやろうぜ」

宿屋の妻「……えぇ、そうだね」

515: 2012/12/31(月) 02:01:37.92 ID:KhP6hFHj0
――――王都・東の住宅街
住宅街にある比較的大きな家の前に勇者はいた。
その大きさであっても家賃が安いのは家が建つ前は墓場だったからだとか前の家主が自頃したからだとか魔法使いに聞いたことがある。
一般人なら願い下げのその物件に住めるのは変わり者くらいだろう。

勇者「さて……」スッ

ドアのベルに手を掛けると勇者はベルを叩き鳴らした。

リンリン!!リリリリリン!!

普通一、二回鳴らせば事は済むところを七回も鳴らしたのには勿論理由がある。
五回以上鳴らさないと返事が来ないからだ。

やがて面倒臭そうな女性の声が聞こえてきた。

「は~い、鍵開いてるから勝手に入って~」

勇者「お邪魔します」

ガチャッ

勇者「う……相変わらず散らかってるな……」

ゴミの散乱する廊下を足の踏み場を見つけながら奥へと進む。
リビングへ入ると女性がテーブルで何やら原稿用紙を広げて悩んでいるところだった。

516: 2012/12/31(月) 02:02:34.93 ID:KhP6hFHj0
勇者「ども」

魔法使いの母「お!勇者君じゃん!久しぶり~」

勇者「相変わらず元気そうっすね」

魔法使いの母「まーね~、元気すぎて困ることはないからね」アッハッハ

煙草をくわえながら朗らかに笑うこの女性こそ魔法使いの母親である。

『自由奔放』『明朗快活』『破天荒』……魔法使いを表す言葉は大抵母親にも当てはまる。
勇者はよく父親に似ていると言われるが、魔法使いとその母ほど似ている親子は見たことがなかった。

魔法使いの母「悪いね~、散らかってて、まぁ適当に座ってよ」

ゴミの散乱するソファーをタバコで指すと彼女は再び原稿用紙へと眼を移した。
ボサボサの栗色の髪に赤縁眼鏡、ラフな格好で物の散らかった部屋に座るこの人が良家の出身だとは勇者は未だに信じられない。

勇者「今は何の仕事してるんすか?」

魔法使いの母「さて、なんだと思う?」フフッ

517: 2012/12/31(月) 02:03:42.11 ID:KhP6hFHj0
勇者「画家の仕事を続けてるワケじゃないのは分かりますがね」

魔法使いの母「あー、画家はやめたよ。なんかご大層な賞とってからどんな適当な絵描いてもベタ褒めされるようになってさー」

魔法使いの母「真っ白いキャンパスに赤と黄色の点と青い線があるだけの絵が『前衛的だ!!』だってさ、笑っちゃうよねぇ~」ヤレヤレ

勇者「はぁ……」

魔法使いの母「今はね、小説家やってんの」

魔法使いの母「『いつか神樹の下で』って言う恋愛小説、知ってる?」

勇者「いや、俺小説とか全然読まないんで」

魔法使いの母「あれ?そっかー、白の国じゃ結構売れてるんだけどな~」

勇者「へぇ~……」

魔法使いの母「『戦争によって引き裂かれた2人の愛し合う男女、運命に翻弄され離ればなれになった2人は果たしてまた会うことはできるのか……!?』って言う触れ込みでね、思いがけず大ヒットさ」

魔法使いの母「今はその下巻を執筆中でね、3ヶ月後に発行予定なもんだから原稿の進み具合考えると今から結構ヤバいんだよね~」

518: 2012/12/31(月) 02:05:19.80 ID:KhP6hFHj0
魔法使いの母「……おっと」

タバコが根元近くまで燃え尽きていたので彼女は慌ててタバコの亡骸達が山をつくる灰皿へとくわえいたタバコを投げ捨てた。
テーブルの上に置いてあった箱から新しいタバコを取り出してくわえると人差し指の先に極小の炎撃魔法陣を展開して火をつけた。

魔法使いの母「さて……」フゥ~…

魔法使いの母「用があるのに話に付き合ってもらっちゃって悪かったね」

勇者「いや……っつーか俺はただ話聞いてただけですし」

魔法使いの母「それもそっか」アハハ

勇者「その……魔法使いは元気ですか?」

魔法使いの母「……いや、それがサッパリさ」

魔法使いの母「ちょっと前に帰ってきてからってものあの子てんで元気がなくってさ、一日中部屋にこもりっぱなし」

勇者「…………」

魔法使いの母「食欲も全然ないのよねぇ」

勇者(……魔法使いもか……)

魔法使いの母「いつもならおかわり5回はするのに3回しかしないんだもん」ハァ

勇者(…………とりあえず飯は食えてるみたいだな、うん)

519: 2012/12/31(月) 02:06:17.87 ID:KhP6hFHj0
魔法使いの母「『何かあったの?』って聞いても教えてくれなくってね……勇者君何か知ってる?」

勇者「………………」

魔法使いの母「……フフッ」

勇者が魔法使いの母の質問に答えられずに黙っていると彼女は静かに笑った。

勇者「?」

魔法使いの母「あの子とおんなじ顔してる、何か知ってるんだね」

勇者「……はい」

魔法使いの母「やっばり勇者君も言えない?」

勇者「…………」

魔法使いの母「言えないようなことなら私は無理には聞かない……でもこれだけは聞かせてくれない?」

魔法使いの母「あの子が塞ぎ込んでる理由はあの子が誰かに酷いことされたりしたからなの?」

魔法使いの母「もしそうだとしたら……私はそいつを許さないよ。あの子を悲しませる奴は貴族だろうが魔族だろうが魔王だろうが泣くまでひっぱたいて土下座させてやる」

普段のふざけた雰囲気からは想像もつかない真面目な顔で彼女は勇者を見つめてきた。
射る様なその眼差しは彼女が娘のことを心から愛していることの表れなのだろう。

勇者は何故か魔法使いのことを少しだけ羨ましく思った。

520: 2012/12/31(月) 02:07:33.27 ID:KhP6hFHj0
勇者「おっかないなぁ、そういうんじゃないから安心していいですよ」

魔法使いの母「……そっか、ならこれ以上詮索するのは止めとくよ」

勇者の言葉を聞くと彼女はまたいつものおちゃらけた感じに戻ってタバコをふかした。

魔法使いの母「きっとあの子が自分で乗り越えなきゃならない問題なんだね」フゥ~…

勇者「そう……っすね、俺も武闘家も僧侶も……みんなが乗り越えなきゃならない問題ですね……」

魔法使いの母「あの子に会いに来てくれたんだろ?部屋にいるから顔見せてやってよ」

勇者はリビングを後にし魔法使いの部屋へと向かった。

魔法使いの家は仲間達でよく集まっていたので構造を熟知している。
綺麗好きの僧侶に手伝わされて部屋の片付けもしたのでどの棚にどの食器が入っているかも覚えているほどだ。

コンコンッ

魔法使い「開いてるよ」

ドアをノックすると魔法使いの声が聞こえてきた。
たかだか三日ぶりの筈なのにすごく懐かしい気がした。

521: 2012/12/31(月) 02:09:01.67 ID:KhP6hFHj0
勇者「俺だ、入るぞ」ガチャッ

久しぶりに入った魔法使いの部屋は旅立つ前に掃除した時と何一つ変わっていなかった。
ピンクのカーテンやテーブルクロスなどいかにも女の子らしい部屋だ。

ベッドにパジャマ姿でブタのぬいぐるみを抱き抱えて腰かける少女の猫の耳はペタンと垂れていた。
ここまで元気のない魔法使いは勇者も見たことがない。

魔法使い「あれ?勇者?……そっか、さっきのお客さん勇者だったんだ」

勇者「あぁ」

勇者「その……どうだ?元気か?」

魔法使い「まぁまぁ。勇者よりは元気かな」

勇者「今の俺より元気がないのは氏人ぐらいだよ」

魔法使い「……そうだね」

勇者「ここは笑うとこだぞ?」

魔法使い「笑わせたいならそれなりに面白いこと言いなよ」

勇者「チッ、俺の冗談は笑えないってか?」

魔法使い「そう聞こえなかったんなら耳鼻科に行った方がいいかな」

勇者「ハハハ、面白れー」

魔法使い「でしょ?冗談ってのはこう言うんだよ」

勇者「今の笑い声が本気で笑ってるように聞こえたならお前も耳鼻科に行くべきだな」

魔法使い「今の冗談で本気で笑えないなら勇者は精神科に行くべきかな」

522: 2012/12/31(月) 02:10:02.56 ID:KhP6hFHj0
勇者「……ったく、そんだけ軽口叩けるなら大丈夫そうだな」ハハッ

魔法使い「うん、まぁね」エヘヘ

勇者はそっとベッドの端に腰を降ろした。

勇者(…………やっぱり仲間っていいもんだな)

ふとそんなことを考えた。

魔法使いとこうして下らない会話をしただけなのに随分と気持ちが楽になった。

てっきり会話に困ってギクシャクしてしまうと思って会わずにいたがこんなことならもっと早く会っておけば良かった。

魔法使いも同じようなことを考えていたようで猫耳が少しだけ起き上がっていた。

魔法使い「ねぇ、勇者?」

勇者「ん?」

魔法使い「勇者はやっぱり魔王と闘うんだよね?」

勇者「…………いきなり核心突いた質問してくるな」

魔法使い「まどろっこしいのは好きじゃないからね」ニャハ

魔法使い「まぁ……あたしが質問しといてなんだけど言わなくても分かるよ。魔王と闘いたくなんてないよね……」

勇者「…………」

勇者「…………そうだな、闘いたくなんてないよ。でも考えれば考えるほど『闘うしかない』って答えしか見つからないんだ……」

魔法使い「…………」

523: 2012/12/31(月) 02:10:55.28 ID:KhP6hFHj0
勇者「……なぁ、お前ならどうする?」

魔法使い「ん?」

勇者「お前がもし俺の立場で魔王と闘わなくちゃならないってなったら……魔法使いならどうする?」

自分で考えても同じ結論しか出ないのなら別の誰かの考えも聞いてみようと思ってそう質問した。

もしかしたら他の選択肢が見つかるかもしれない。
砂粒のような期待を込めて魔法使いの考えを聞いてみた。

魔法使い「あたし?あたしは…………」

魔法使い「ん~~…………」

いきなりそんなことを聞かれてウンウン唸りながら答えを考えていた魔法使いだが、しばらくしてようやく質問に答えた。

魔法使い「あたしはね、やっぱり魔王と闘うのは嫌」

魔法使い「だから……」

勇者「だから?」

524: 2012/12/31(月) 02:12:06.38 ID:KhP6hFHj0
魔法使い「いっそ神樹を壊しちゃおうかな」

勇者「…………はぁ?」

あまりに突拍子もない答えが返ってきたので勇者は唖然としてしまった。
あまりに間抜けな声が出て自分でも驚いたほどだ。

魔法使い「神樹に世界が壊されちゃうならいっそ神樹をドカーンと……」

勇者「お前この前の俺の話聞いてた? それやったら俺らがドカーンといっちまうの」

魔法使い「そうだけどさー、たかが植物にあたし達の世界が支配されてるってのもなんか嫌じゃん?」

魔法使い「だったら神樹をドカーンとやっちゃってあたし達もドカーンと潔く散るってゆーのもアリだと思わない?」

勇者「……ったく、相変わらずお前は無茶苦茶なことしか考えないのな。お前に助言を求めた俺がバカだったよ」ハァ…

魔法使い「えー、絶対その方がすっきりするよ」ブー

勇者「はいはい」

まるで相手にならないと膨れる魔法使いを勇者は軽くあしらった。

525: 2012/12/31(月) 02:12:59.24 ID:KhP6hFHj0
勇者「…………ま、でも」

魔法使い「?」

勇者「お前とこうして下らない話ができて良かったよ、なんか久しぶりに笑った気がする」ハハッ

魔法使い「……うん、あたしも」ニャハ

勇者「さてと……じゃあ俺はそろそろ行くな」

魔法使い「わかった。…………あ、勇者」

立ち上がり部屋を出ようとする勇者を魔法使いが引き止める。

勇者「あん?」

魔法使い「これだけは覚えておいてね」

魔法使い「勇者がどんな選択をして何をするにしても、いつだってあたしは勇者の味方だから」

魔法使い「勇者は一人じゃないってこと、忘れないでね」

勇者「…………あぁ、ありがとう。魔法使い」

勇者「それじゃ、また」

魔法使い「うん」ニコ

526: 2012/12/31(月) 02:14:10.36 ID:KhP6hFHj0
――――王都・中心街・魔法研究局

局長「いやー、散らかっていてすまないね。来るなら来るって前もって言ってくれれば良かったのに」

勇者「いえ、お構い無く。どっかの誰かの家と比べたら百倍綺麗ですから」

王都の中心街にある魔法研究局。
幾つもの施設が建つ無駄に広いその敷地内は研究局の局長とその家族のみが住むことを許された局長館という豪華な屋敷がある。

勇者が今居る屋敷がそれだ。

勇者は魔法研究局の現局長と以前から知り合いである。
その理由は二つ。

一つは局長が大勇者の学生時代の友人であり予てから交流があったこと。
もう一つは彼が武闘家の父親だからだ。

身なりの整った眼鏡のよく似合う長身の彼は大勇者と同い歳だというのに随分若く見える。

局長「はい、お待たせ。紅茶は嫌いじゃないよね?」

勇者「あ、ども。いただきます」

527: 2012/12/31(月) 02:14:58.07 ID:KhP6hFHj0
局長「なんだか勇者君が家に来るのが久しぶりにな気がするよ」

勇者「実際3ヶ月ぶりですから……」

局長「確かにそうだけど昔は大勇者に連れられてよく遊びに来ていたじゃないか」

局長「大きくなってからはあんまり来なくなったからそんな風に感じてしまうんだよ」

勇者「そう言われるとそうかもしれないなぁ……」

差し出された紅茶を飲まないのも悪いと思い、一応一口だけ飲んだ。

勇者(…………あれ?)

温かさと共にほのかな甘みが口の中に広がった。
自分でも不思議だった。
今朝の今朝まで何を食べても何を飲んでも味がさっぱりしなかったのにこの紅茶は素直に美味しいと思えた。

勇者(…………きっとさっき魔法使いに会ったからだな…………)

そう思いながら紅茶の味を確かめるように二口目を飲んだ。

528: 2012/12/31(月) 02:16:19.15 ID:KhP6hFHj0
局長「さて……武闘家君から話は聞いたよ、君達も世界の真実を知ったそうだね」

勇者「……はい」

勇者「あの……やっぱり局長さんは知ってたんですね」

局長「あぁ、僕ら魔法研究局の研究・調査の対象には神樹も含まれているからね」

局長「もっとも戦争と神樹の真実について知っているのは代々の局長だけで他の局員はデータの採取ぐらいしかしてないけれどね」

勇者「もしかして親父がよくここに来てたのって……」

局長「君の考えている通りだよ。彼は僕に神樹をどうにか改善する術はないものか、って相談に来ていたんだ」

局長「だけど僕の知識じゃどうにもできなかった。人間と魔族の戦争が始まってから何百年もの間、その答えは見つからないままなのさ」

勇者「…………」

局長「結局君と100代目魔王にこの世界を託すしかない……情けない話だよ」

勇者「いや、そんな、謝らないで下さい」

勇者「きっと俺が勇者になったのも今の魔王が100代目魔王になったのも……運命だったんですよ」

局長「…………」

529: 2012/12/31(月) 02:17:23.83 ID:KhP6hFHj0
勇者はゆっくりとカップの紅茶を飲み干した。
口の中に広がる独特の甘さが心地好い。

局長「……あ、そうだ」

勇者「?」

局長「武闘家君に会いに来たんだろ?これ、軽い食事とコーヒー。ついでに持って行ってあげてくれないかな」

局長が勇者に渡した盆には薫り立つコーヒーと瑞々しい野菜の挟まったサンドウィッチが乗っている。

勇者「……やっぱり武闘家も食欲ないんですか?」

心配してそう尋ねたが局長は微笑んで答えた。

局長「いや、食欲は多分いつもと同じくらいあると思うよ。ただ食事をとるのを忘れているだけさ」フフッ

武闘家は自室ではなく第八書庫にいると聞き勇者は客間を出たがすぐに屋敷の中で迷子になった。

武闘家の家へは何度も来ているがよく考えたら書庫へなど行ったことはないし、書庫が最低でも八部屋あるということすら今の今まで知らなかった。

迷いながらもどうにか目当ての書庫へたどり着くと扉を開けた。

勇者「武とう…………」

武闘家の名を呼ぼうとしたが視界に彼を捉えると口をつぐんだ。

勇者「……なるほどな」

530: 2012/12/31(月) 02:18:27.32 ID:KhP6hFHj0
書庫に入ると局長が『食事をとるのを忘れている』と言った理由がすぐにわかった。

無造作に積み上げられた本の山に囲まれ武闘家は椅子の背もたれに体を預けて静かに寝息を立てていた。
開いた本を顔の上に乗せアイマスクの代わりにしている。

勇者(……起こしちゃ悪いな、とりあえず飯だけ置いとくとするか)

ガッ

勇者「あ……」

バサバサドサドサッ

物音を立てないように武闘家の机に近づいていった勇者だったが床に積んである本に足がぶつかり倒してしまった。

武闘家「ん…………ふぁ~~」

本の崩れた音に気づいて武闘家が目を覚ました。

武闘家「……おや?勇者じゃないですか」

勇者「おう、お邪魔してるぜ。起こしちゃって悪かったな」

武闘家「いえ、構いませんよ。どうせ仮眠のつもりでしたから」

勇者「これ、局長さんから」コトッ

武闘家「あぁ、わざわざありがとうございます。そう言えば昨日の昼から何も食べてませんでした」

サンドウィッチを頬張りながら武闘家はさっきまで顔に乗せていた本を読み始めた。

ページの古めかしく黄ばんでいる様が本に刻まれた歴史を物語っている。

531: 2012/12/31(月) 02:19:28.29 ID:KhP6hFHj0
勇者「……お前すごいクマだぞ? 寝てないんじゃないか?」

武闘家「勇者も人のこと言えませんけどね」

勇者「う、そりゃそうだけど……」

武闘家「大丈夫ですよ、適度に仮眠をとってますから」

勇者「そんなに一生懸命一体何を調べてんだよ」

武闘家「……やれやれ、せっかく人が寝る間も惜しんで古書とにらめっこしてるというのにそれはないでしょう」

勇者「む……なんだよ」

武闘家「神樹について、ですよ」

勇者「……神樹について……?」

武闘家「えぇ……どうにか勇者と魔王さんが闘わなくて済む方法はないかと思いましてね」

武闘家「何百年も前から魔法学者達が探していた打開策をほんの数日で見つけられるとは到底思えませんが……それでも僕が勇者のためにできることなんてこれくらいですから」

勇者「武闘家……」

武闘家「事情を話したら父が魔法研究局局長だけが閲覧できる神樹関係の極秘資料の閲覧を許してくれましてね、今それに目を通している最中です」

532: 2012/12/31(月) 02:21:29.85 ID:KhP6hFHj0
武闘家「とりあえず神樹の魔法学的特徴と魔力供給のための魔法方程式の基礎理論は一日で叩き込みました。……話だけでも聞きますか?」

勇者「……いや、いいや。気持ちは嬉しいけど難しい話はよくわかんねぇし」

武闘家「まぁまぁ、そう言わずに。現状のおさらいだけで難しい話はしませんし、僕の頭の中の整理にもなりますし」

勇者はまだ何か言おうとしていたが武闘家はそれを無視するように話始めた。
勇者も観念して話を聞くことにした。

武闘家「えーっとですね。まず神樹を消滅させるか延命させるかという問題が最初の二択なんですがこれは実質延命の一択です」

勇者「神樹に攻撃加えると生命の危険を感じて周りの環境から魔力を吸収しちまうからだろ?」

武闘家「はい、もしそうなったら大地と大気、そして周囲の動植物は魔力を強制的に吸収され神樹を中心に氏の大地が形成されることになります」

勇者「ちょっと思ったんだけどさ、神樹を一本ずつ破壊して回るってのはどうだ?」

勇者「例えば白の神樹を破壊する時は白の国の人達をみんな避難させてさ、白の神樹の破壊が終わったらそこに戻って……おんなじことを全部の国でやれば神樹は全部消滅させられるだろ」

武闘家「ん~……それができない理由は2つですかね」

武闘家は手にしていたコーヒーカップを置き二本の指を立てる。

533: 2012/12/31(月) 02:22:26.15 ID:KhP6hFHj0
武闘家「1つ目は神樹消滅後の世界のことです。あらゆる魔力を失った環境は不毛の地へと変わり果てます」

武闘家「人間と魔族の戦いが始まってから何百年も経っているというのに金の国跡の大砂漠は草木の生えることのない熱砂地獄のままです」

武闘家「1本の神樹の消滅に伴う環境の変化範囲を考えると現存する10本の神樹を全て消滅させた場合、最低でもこの大陸の97%が緑のない荒廃した土地に成り果てることになりますね」

勇者「そうなったら世界崩壊と同じってか」

武闘家「えぇ」

武闘家「そしてもう1つの理由ですが……こっちが本命の理由ですね」

武闘家「実は神樹は1本でも生命力が尽きた時点で世界崩壊がおきるんです」

勇者「……どういうことだ?」

世界の真実を全て知ったとばかり思っていた勇者はここにきて新事実を告げられ動揺した。
ここでさらに悪い知らせがあると言うのだろうか?

534: 2012/12/31(月) 02:23:31.35 ID:KhP6hFHj0
武闘家「神樹の根はこの大陸全土、その隅々まで広がっています。今から200年ほど前の調査で分かったことなんですが各々の神樹の根が絡み合い、結びついて巨大な1つの植物へと変貌しているみたいなんです」

勇者「……元は10本のバラバラだった神樹が今は1つに合体したってことか?」

武闘家「大分ざっくり言うとそういうことですね」

武闘家「ですから1本の神樹が破壊されただけで神樹全体にその影響が広がり連鎖的に魔力吸収が起こり……」

勇者「世界は終わる……か」

武闘家「……はい。まぁ神樹が結び付いて1つになったことでプラスになった面もありますよ、神樹の生命力が共有されるようになったことで供給しなければならない魔力量がかなり減ったりとか……」

勇者「どのみち神樹延命のための新しい方法を探すしかないってことか」

事態をこれ以上悪化させる内容ではなかった、それだけで勇者は少し安堵した。
もっとも絶望的な現状になんら変わりはないのだが。

535: 2012/12/31(月) 02:24:58.19 ID:KhP6hFHj0
勇者「……んで、なんかいい考えはあんのか?」

武闘家「それが見つからないから困ってるところじゃないですか」

武闘家「悔しいですけど……今のシステムは最低限の犠牲で最も効率良く神樹に魔力を供給できる理想的なシステムですね」

武闘家「これ以外の方法を何パターンか考えてみましたけど……効率の悪さや犠牲の多さがどうしても問題になってしまいますから」

勇者「局長さんも言ってたけど何百年と見つかってない答えだもんな……」

武闘家「…………」

勇者「……俺より遥かに頭いいお前が考えてもわからないんだ、俺にはお手上げだよ」

勇者は肩をすくめてため息をついた。
そんな勇者を見て武闘家は言う。

武闘家「……いえ、そうでもないですよ」

勇者「?」

武闘家「難解な問題と言うものは、たった1つの閃きで簡単に解けてしまうものなんです」

武闘家「勇者はたしかに勉強はまるでできませんがそういう閃きができる柔軟な発想を持っている人ですからね」

武闘家「だからもしかしたら勇者ならこの世界の因果を断ち切る答えを閃いてくれるかもしれない……そう思って話をしてみたんですよ」

勇者「買いかぶりすぎじゃね?」ハハッ

武闘家「そうかもしれませんね」フフッ

536: 2012/12/31(月) 02:25:45.29 ID:KhP6hFHj0
武闘家「さて……僕は引き続き神樹への新しい魔力供給法を考えてみるとしますよ」

そう言って武闘家は机に積まれた新しい本に手を伸ばした。
勇者が来たときに読むのを再開した本は未読のページが半分近く残っていたのにどうやらこの短時間で読み終えてしまったらしい。

武闘家「次は魔法使いさんか僧侶さんに会いに行くんですか?」

勇者「うん、魔法使いにはさっき会ってきたから最後に僧侶だな」

武闘家「…………僧侶さんかなり精神的に参っているでしょうから心配ですね……」

勇者「…………あぁ」

勇者「……ま、行ってみるよ。邪魔して悪かったな」

武闘家「いえいえ、お気になさらず」

勇者「じゃ」

537: 2012/12/31(月) 02:26:42.40 ID:KhP6hFHj0
書庫を立ち去ろうとする勇者に武闘家が声をかける。

武闘家「……勇者、分かってると思いますが魔王さんの言っていた緑の国への侵攻の日までもう日がありません」

勇者「…………」

武闘家「こうして2人が闘わずに済む道を探してはいますがあと2、3日でその答えが見つかるのは神様がこっそり答えを教えてくれでもしない限り無理でしょう」

武闘家「ですから……」

勇者「……わかってる、覚悟はしてるつもりだ」

武闘家「なら……いいです。引き止めてすみませんでした」

武闘家「……でも勇者」

勇者「ん?なんだ?」

武闘家「あなたがどんな選択をして何をするにしても、僕は常に勇者の味方です」

武闘家「あなたは一人じゃないってこと、決して忘れないで下さいね」

勇者「………………」

武闘家にそう言われてきょとんとしていた勇者だが少しして笑いだした。

武闘家「? どうかしましたか?」

勇者「…………いや、なんでもない」ククッ

武闘家「気になるじゃないですか」

勇者「なんでもないったらなんでもないのさ」

勇者「ただ……俺は良い仲間に恵まれたって話さ」ニッ

538: 2012/12/31(月) 02:27:43.53 ID:KhP6hFHj0
――――王都・西の住宅街

王都の大通りの西側にある住宅街の外れに位置する庭付きの小さな一戸建ての家。
その家は決して豪華とも立派とも言えないながらも一つの家族の幸せが詰まった、平凡な、それでいて理想的な家だ。

リビングの椅子に座る勇者はエプロンを巻いてキッチンに立つ僧侶の後ろ姿を見つめていた。

その姿がどうにもよく似合っている。
きっと将来は良いお嫁さんになるだろう、なんて考えていた。

勇者「ごめんな、急に来ちゃって」

僧侶「うぅん、気にしないで。ただたいしたおもてなしできないけど……」

勇者「別にいいってそんなの」

僧侶「良くないよ、せっかくのお客様なんだし。…………はい、お待たせしました」コトッ

勇者「ん、ありがとう」

テーブルの勇者に前に菓子と淹れたてのお茶とを差し出すと、僧侶は自分の席にもお茶のカップを置いてエプロンを脱ぎ椅子に腰を降ろした。

539: 2012/12/31(月) 02:28:40.70 ID:KhP6hFHj0
勇者「今日は一人なのか?」

家の中を見渡しながら勇者が訊ねた。
何度か来たことのある僧侶の家は他に誰かがいるにしては静かすぎた。

僧侶「私と妹ちゃんがいるだけだよ。妹ちゃんは今寝ててお父さんとお母さんは仕事で夜まで帰ってこないし弟君はまだ学校」

勇者「そっか学校があるよな。弟元気か?」

僧侶「うん。あ、でもちょっと落ち込んでるかも」

勇者「なんで?」

僧侶「ほら、旅立ちの前に私が弟君にサボテンの世話を頼んでたでしょ? そのサボテンを枯らしちゃって」

勇者「へぇ~、なんか意外だな、真面目に世話してそうなイメージだったのに」

僧侶「うん、ちゃんと世話してくれてたみたいなんだけどはりきって毎日たくさん水をあげてくれたから根腐れしちゃったみたいなの」

勇者「なるほど」

僧侶「水をあげないと枯れちゃうけど水のあげすぎでも枯れちゃうから難しいね」フフッ

僧侶は小さく笑うと先ほど自分で淹れたお茶を一口飲んで喉を潤す。
笑顔を見せた僧侶を見て勇者は少しだけ安心した。

540: 2012/12/31(月) 02:29:29.17 ID:KhP6hFHj0
勇者「……思ったより元気そうで良かったよ」

僧侶「私のこと心配で来てくれたんだ、ありがとう」

勇者「俺に他人の心配する余裕なんかあるのか、って話だけどな」

僧侶「でもこうして来てくれたんだもん、勇者君はやっぱり優しいね」ニコッ

カップを戻すと僧侶は窓の外へと視線を移した。
庭の緑を見ながら話始める。

僧侶「私ね……勇者君から世界の真実って言うのを聞かされた時、悲しくて哀しくてしかたなかった」

僧侶「私達と魔王ちゃんのこと……人間と魔族のこと……今までの犠牲になった勇者と魔王と数えきれないたくさんの人達のこと……考えると悲しくてすぐに涙が出てきちゃったの」

僧侶「何も知らずに憎しみあって、生きるために頃しあう人達……真実を知りつつも苦悩しながら戦争を続ける人達……そして自分の命を世界のために捧げる人達……」

僧侶「この世界はなんてたくさんの悲劇で満ち溢れているんだろう、って。そう思って何回も何回も泣いた」

勇者「…………」

541: 2012/12/31(月) 02:31:13.68 ID:KhP6hFHj0
僧侶「そんなある時ね、魔王ちゃんのこと考えたの」

僧侶「残酷な自分の運命を知っても私みたいに泣きじゃくるんじゃなくて、世界中の人達のために自分の成すべきことのために毅然として運命に向かい合っている……魔王ちゃんはなんて強くて、なんて優しいんだろうな、って」

勇者「…………そうだな」

僧侶「だから私もいつまでも泣いていられないなって、本当につらくて一番悲しいのは勇者君と魔王ちゃんだもん。2人のために笑えるようにならなきゃなって思ったの」

そう言ってぎこちなく笑う僧侶の瞳は潤んでいる。

僧侶「……って言っても私は泣き虫だからホントは今にも泣いちゃいそうなんだけどね」エヘヘ

勇者「…………ありがとう、僧侶。俺なんかよりお前の方がずっと優しいよ」

僧侶「そんなことないよ。それにこの前魔王ちゃんにも言われたけど優しいだけじゃ何もできないもの」

勇者「たしかにそうかもしれない…………そうかもしれないけど、少なくともお前の優しさで俺は随分と励まされてるよ」

勇者「もし僧侶が塞ぎ込んでたら俺が励ましてやろうって思ってたのに俺が僧侶に励まされちゃったか」ハハッ

僧侶「勇者君……」

そう言って笑ってみせる勇者と魔王の笑顔が僧侶の中で重なって見えた。

救いのない現実を、悲劇の運命を、変えることができるのなら……。

542: 2012/12/31(月) 02:32:08.80 ID:KhP6hFHj0
僧侶「……ねぇ、やっぱり2人が闘わずに済むならそれが……」

勇者「…………」

僧侶「……ごめん、そうだよね。そんなこと分かりきってるしそれができるならそうしてるよね……」

勇者「……まぁな」

気まずい沈黙が二人を包む。
いつまで続くのかと思われたその沈黙だったがそう長く続くこともなく不意に破られた。

「びえぇぇぇぇん!!うわあぁぁぁぁぁん!!」

勇者「お?」

僧侶「あ……」

天井から聞こえてくる泣き声は二階にいる僧侶の妹のものだった。
まだ言葉を話せないほど幼い彼女は起きた時に周りに誰もいなくて怖くなって泣き出したのだろう。

勇者「妹、起きちゃったみたいだな」

僧侶「えっと……ごめん、勇者君。私妹ちゃんあやしてこないと……」

勇者「あぁ、そうしてやれよ。俺もそろそろ帰ろうと思ってたしさ」

543: 2012/12/31(月) 02:33:03.96 ID:KhP6hFHj0
勇者「今日はなんかありがとな、僧侶」

僧侶「お礼を言われるようなことは私はなんにもしてないけどね」

勇者「それでもありがとう」

勇者「時間はあんまりないけど、またちょっと1人で色々考えてみるよ」

僧侶「……うん」

勇者「それじゃ、また」

僧侶「あ、あのね、勇者君」

椅子から立ち上がった勇者を僧侶は引き止める。

僧侶「その……」

勇者「待った」

僧侶「?」

勇者「『勇者君がどんな選択をしても私は勇者君の味方だから。勇者君は1人じゃないってこと忘れないでね』だろ?」

僧侶「へ?……な、なんで私が言おうとしたこと分かったの?」キョトン

勇者「やっぱりそっか」

心底驚いた顔で不思議そうにこちらを見ている僧侶に勇者は笑って答える。

勇者「やっぱお前らが仲間で良かったわ」ヘヘッ

544: 2012/12/31(月) 02:35:18.25 ID:KhP6hFHj0
――――緑の国・名も無き湖のほとり

カアアァァ!!

勇者「よっと」

スタッ

僧侶の家を後にした勇者は白の国をブラブラとあるいてみたりして、最後に緑の国の例の湖畔を訪れていた。
特に何かの理由があってここに来たわけではない。
ただなんとなく、ここに来れば何かがつかめるような、何かに気付けるような、何か忘れていた大切なことを思い出せるような……そんな気がしたのだ。

勇者「……ひっでぇな、こりゃ」

すっかり夜の闇に包まれた周囲をぐるりと見渡して勇者は呟いた。

たしかにその場所は少し前まで勇者と魔王が穏やかな時間を過ごしていた静かな美しい湖畔とはまるでかけ離れた景色となっていた。
先日の戦闘で地面は何ヵ所も吹き飛び、崩れ、森の一部は焼けて黒々とした炭と化した木々が立ち並んでいる。
いつだったか勇者と魔王が苦労して置いたベンチとテーブルは無惨に壊れて休憩所としての体を成してはいなかった。

545: 2012/12/31(月) 02:36:35.13 ID:KhP6hFHj0
勇者「…………」

悲惨な風景を見て先日の闘いを思い出す。

血を流し倒れる仲間の姿が、魔剣を手に襲い来る魔王の姿が、鮮明に脳裏に焼きついている。

勇者「……おいしょ、っと」

転がっていたベンチの残骸を適当に拾ってきて椅子にした。
椅子といっても地面に直接座らないために置いただけなので腰かけと背もたれがあるのみの座椅子に近い状態のものだ。

あぐらをかいて腕を組み背もたれに体を預けると空を見上げた。

湖の静かな波の音を聞きつつ満天の星空を眺める。
こうして一人でいる今も、仲間達と笑っていた一週間前も、魔王と初めて会った十年間前も、もしかしたら戦争が始まる何百年も前から、瞬く星達は何一つとして変わっていないのかもしれない。

勇者「……そういやアイツとこうして星を見たこともあったな……」

勇者「流星群が見られるとかなんとかで冬の寒い日に2人で毛布にくるまって夜通し空見てたっけ……」

忘れていた遠い昔の記憶がよみがえってきた。

冬の寒空の下、ココアを飲みながら流れ星を待ったあの夜のことを。

546: 2012/12/31(月) 02:37:19.92 ID:KhP6hFHj0
勇者「…………」

ふと隣に魔王がいないことが寂しくなった。

ここで隣に座って、自分をからかい、とりとめもない話をして笑ってくれて、輝く未来を夢見て語り合った大切な人が、今ここにはいない。

そして数日前、氷の様な瞳でこちらを無表情に見つめていた彼女の姿が思い浮かんできた。

勇者(……そういやアイツのあんな冷たい眼……初めて見たな……)

勇者(……いや、違うな。俺は前にもアイツのあんな眼見たことがあるな……)

勇者(いつだったかなぁ……あれはたしか…………)

547: 2012/12/31(月) 02:38:19.86 ID:KhP6hFHj0
【Memories07】

いつだったかなぁ……。

あれはたしか…………。

そうそう、アイツの十四歳の誕生日の頃だからだいたい五年前くらい前か。

小遣いはたいてでっかい熊のぬいぐるみをアイツの誕生日プレゼントに買ったんだった。

ホントは小遣いほとんど使うような高いプレゼントを用意するつもりなんて全然なかった。
けど魔王の喜ぶ顔が見たくて泣く泣く貯金箱を叩き割った。

と言うのもその頃魔王はてんで笑わなくなってたからだ。

何を話しても何を見せても淡白なリアクションが返ってくるだけ。
そういや"魔王様口調"で話すようになったのもあの頃だったかな。

会う度にアイツは無表情になっていって、瞳の輝きは失せていった。
だからそんな魔王を喜ばせてやりたくてガキながらに無理してプレゼントを用意したんだ。

548: 2012/12/31(月) 02:39:03.40 ID:KhP6hFHj0
――――5年前・緑の国・名も無き湖のほとり

カアアァァ!!

ドサッ!!

俺「いててて……」

いつもは一人でたいした荷物も持たずに転移しているけどその日は例の熊のぬいぐるみを抱えての転移だったから着地でバランスを崩して地面に尻餅をついた。

俺「あ、やべ、プレゼントは!?」ガバッ

着地のミスで地面に転がっているプレゼントの包みに慌てて駆け寄った。

俺「せ、セーフかな」

包装が少し汚れていたくらいだったからあんまり気にならないだろうと勝手に思った。

プレゼントを抱えると前がよく見えなかったからフラつきながらいつもの待ち合わせ場所に向かった。

俺「んしょんしょ…………お、やっぱり来てた」

ベンチに腰かけるアイツに声をかけた。

549: 2012/12/31(月) 02:40:24.90 ID:KhP6hFHj0
俺「よっ」

魔王「遅い、遅刻だ」ギロッ

刺す様な鋭い視線で睨まれた。
そういやこの頃は遅刻に対してメチャクチャ厳しかった。

俺「悪い悪い、これ運びながらだったから遅くなっちゃってさ。転移魔法も上手くできなくて時間かかっちゃったよ」

魔王「……なんだそれは?」

俺「なんだって……お前の誕生日プレゼントだよ!ホラ、この前14歳になったんだろ?」

俺「当日は会えなかったから今になっちゃったけどさ」

魔王「あぁ、そういえばそうだったな」

まるで昨日の夕食のメニューを思い出したみたいに魔王が言った。

「わぁ!!覚えててくれたんだね!?ありがとうっ♪」

なんてリアクションを求めていたワケじゃないけど(まぁそんなリアクションを全く期待していなかったと言えば嘘になるけど)あんまり素っ気ない反応だったから俺はガッカリした。

550: 2012/12/31(月) 02:41:02.78 ID:KhP6hFHj0
俺「そういえばそうってお前な……自分の誕生日くらい覚えてんだろ?」

魔王「一応はな。城の皆が祝ってくれたので当日は思い出した」

魔王「だが今お前に言われるまで1つ歳をとったことなどすっかり忘れていたよ」

俺「おいおい……」

魔王「そんな下らないことを覚えるのに遊ばせておけるほど私の脳は暇ではないのだ」

魔王「まぁお前の気持ちとプレゼントは受け取っておこう。感謝する」

俺「…………」

抑揚の無い声でそう言ってアイツは手にしていた紙の束をめくった。
よくわからなかったがきっと仕事に必要な資料だったのだろう。

この頃の魔王は俺と会っても仕事片手の会話がほとんどだった。

資料に眼を通しながら「ほぅ」「うむ」とか相槌を打つだけ。
つまらないから魔王に話題を求めると仕事の話しかしないから結局は俺が話す羽目になった。

551: 2012/12/31(月) 02:42:11.49 ID:KhP6hFHj0
俺「……でな、剣士のオッチャンはやっぱり強くってさー」

魔王「うむ」ペラッ

俺「でもこの前戦闘中に転移魔法使ってみたら偶然成功してさ、一本取れたんだよ」

魔王「ほぅ」ペラッ

俺「でも魔法なんか使わずに勝てるようになりたいなぁ」

魔王「そうだな」ペラッ

俺「…………」

魔王「…………」ペラッ

俺「……ちゃんと聞いてるか?」

魔王「あぁ聞いているとも」ペラッ

552: 2012/12/31(月) 02:43:08.88 ID:KhP6hFHj0
俺「お前さ、仕事しながら話聞くのやめろよな。なんか俺ばっか1人で話してるみたいでつまんねぇんだよ」

魔王「そうもいくまい。私には魔王としてやらねばならない仕事が山ほどあるのだ」

魔王「こうして会いに来ているだけでも我ながら随分律儀だと思うがな」ペラッ

俺が抗議してもアイツは書類をめくる手を止めなかった。
俺の言葉なんてどこ吹く風という感じでムッとした。

勇者「……あと前から思ってたんだけどその話し方も嫌だ」

魔王「嫌だと言うと?」

勇者「なんか堅っ苦しくてお前と話してる気がしないんだよ」

魔王「ふむ。だが民衆を導く立場である私はそれなりに威厳のある話し方をしなければならないのでな、側近に指導されてこうして魔王らしい口調へと矯正していると言ったであろう?」

俺「聞いたけどさ……」

魔王「分かっているならそういうものだと諦めてくれ」ペラッ

俺「…………」

アイツは冷たい眼をしていた。
何も感じていない、心の温度を下げきった眼。
ちょうどこの前見たのと同じような眼だった。

俺は折角用意してきたプレゼントが喜んで貰えなかったこととアイツが俺に全然構ってくれないことで完全にふて腐れていた。

俺「……チッ、魔王サマは忙しい身の上で俺なんかに構ってる時間も余裕もないってことか」

553: 2012/12/31(月) 02:44:09.16 ID:KhP6hFHj0
吐き捨てるように悪態をついた。
何の気なしに言った俺のその言葉は思いがけずアイツの逆鱗に触れることになった。

魔王「…………」ピクッ

書類をめくる手を止め魔王は俺を睨んできた。
その眼はさっきまでの冷たい眼じゃなくて怒りとかつらさとか、俺が今まで見たことないようなアイツの感情が込められた眼だった。

魔王「……お前に何がわかる?」

俺「な、なんだよ」

魔王「お前に私の背負わされているものが……魔王というものの重さが分かるか!?」

魔王「私には個人の自由なんてものは存在ないのだぞ!?私の全ては国民のためにあるのだ、分かっているのか!?」バサッ!!

俺「お、おい」

魔王は立ち上がると手にしていた書類を地面に叩きつけて俺に向かって怒鳴りちらした。
留め具の外れた書類が風に吹かれて飛んでいってしまってもお構い無しだった。

554: 2012/12/31(月) 02:45:19.09 ID:KhP6hFHj0
魔王「勇者"候補"のお前には分かるまい……いや、正式に勇者になったとて私の気持ちなど分かり得る筈もない」

魔王「物心ついた頃から王となるために軍事、経済、政治、帝王学……ありとあらゆる学問を否応なしに叩き込まれ年頃の女の子らしいことなんて何一つすることを許されない」

魔王「地方の視察に赴いた時に街中で友達と談笑しながら歩く少女達の姿を見て何度羨ましいと思ったことか、何度私もこうだったら良かったのにと思ったことか!!」

魔王「だがそんなことはできない……何故なら私は魔王だからな」

魔王「同年代の子供が友人と笑って過ごす時間を私はただ山のような書類を見て、判を押し、サインを書いて過ごすのだ。『今日はどこで何人氏んだ』『どこの拠点が突破された』などという血生臭い報告を部下から聞いては将軍達と会議をして過ごすのだ」

俺「…………」

魔王「誕生日を友人と祝うこともできない……いや、友人なんてものがそもそも存在しない。私には"部下"しかいないのだからな」

魔王「挙げ句の果てには普通の女の子らしい言葉遣いすら許されない。……わかるか? 私は"魔王"という存在、その役割を演じることを強いられているのだ」

魔王「……それだけならまだ耐えられる。本当に耐えがたいのは魔王という立場の重さだ……」

555: 2012/12/31(月) 02:46:49.20 ID:KhP6hFHj0
魔王「勇者、先日赤の国と黒の国が赤土の丘陵で戦をしたのは知っているか?」

俺「…………いや」

魔王「そうだろうな。魔族と人間が戦争をしているとは言え自分の国以外の戦となれば実感も関心も薄れるだろう」

俺「…………」

魔王「2207人……その戦で氏んだ黒の国の兵士達の数だ」

魔王「赤土の丘陵への侵攻作戦に対し私が『YES』と答えた結果がその数字だ」

魔王「2000人余り……数字で言われてもピンと来ないか? 私の命令で小さな街が丸々1つ全滅したと思えば分かりやすいだろう」

魔王「その2207人には皆家族がいただろうな、両親、妻、子供それに友人……それら全部合わせたら1万人以上の魔族達を私の判断で悲しませたことになる」

魔王「そう、たかだか14歳の小娘が、だ」

俺「…………」

魔王「臣下の中には私が魔王であることを快く思わない者もいる。そういう者は『やはりあの方に魔王の務めは重すぎる』『魔王としたのは間違いだったか』など陰口を叩く……親切に私に聞こえるようにな」

魔王「私だって……わたしだって好きで魔王になったワケじゃないのに……!!」ギリッ

556: 2012/12/31(月) 02:48:43.14 ID:KhP6hFHj0
歯をくいしばって涙を堪えていた魔王だったけどとうとう泣き出した。
言葉遣いも"魔王様口調"ではなくなっていた。

魔王「……自由を奪われて!!重すぎる責任だけ背負わされて!!出来て当たり前って誰にも誉めてすら貰えない!!」ポロッ

魔王「なんでわたしは魔王なの!?なんでわたしは魔王に生まれてきたの!?」ポロポロ

魔王「こんなに……こんなにつらい生活もう嫌だよ……わたしはお父さんみたいになんでもできるすごい魔王になんてなれっこないよ……」グスッ

魔王「もぅ……やだよ……」ヒッグエッグ

その場に座り込むと魔王は膝を抱えてうずくまりわんわん泣き始めた。

俺はそんな魔王をただ見ていることしかできなかった。

情けないことに俺はその時まで魔王が魔族の王としてどんな大変な生活をしていてどれだけつらい思いをしているのか考えたこともなかった。

考えてみればいくらしっかりしてるとは言え魔王は俺と二つしか歳の違わない子供だ。

いっぱい友達が欲しいだろうしいっぱいオシャレがしたいだろうしいっぱい遊びたいだろう。
でも魔王はそんな自分の想いを全部圧し頃して魔王としての自分の務めを果たしている。

557: 2012/12/31(月) 02:50:06.57 ID:KhP6hFHj0
俺も勇者になるために努力したり色々と大変な思いをしてきた。
でもこうして今勇者になって思うのは、勇者って言っても一般市民にすぎないってことだ。

人の上に立ち、大勢の人を導いていかなければならない魔王が背負う重圧は、正直俺には検討もつかない。

当時本格的に魔王としての仕事に関わるようになった魔王はそれまで以上にストレスが溜まるようになって限界寸前だったんだろう。

俺の一言ではりつめていた糸がとうとう切れてしまって、抑えていた感情が一気に溢れ出した結果がその叫びと涙だった。

泣いている魔王をただ見ていることしかできない時間が続いた。
初めは堰を切ったように泣いていたアイツも時間が経つにつれて段々と落ち着いていった。

しばらく経ってようやく泣き止んだのか魔王は動かなくなった。

俺にはどうしたらアイツの気持ちを楽にしてやれるかなんてわからなかったけどとにかく謝ろうと思った。

俺「魔王……その…………ごめんな、俺お前のこと何にも分かってなかったみたいだ」

魔王「…………」

俺「お前がそんなにつらい思いをしてるってのに何も考えずに傷つけるようなこと言って悪かった。本当にごめん」

顔を伏せている魔王には見えないと分かっていても頭を下げずにはいられなかった。

558: 2012/12/31(月) 02:50:56.10 ID:KhP6hFHj0
魔王「…………私こそすまなかった。感情に押し流されて喚き散らすなど一国の王にあるまじき行為だ」

魔王「できれば今日のことは忘れてもらえると助かる……」

顔を伏せたまま魔王が言った。
多分我に返って「合わせる顔がない」とか考えていたんだろう。

魔王「今日は見苦しいところを見せてすまなかったな……私はもう戻るとするよ」

そう言って魔王はゆっくりと立ち上がった。
前髪が垂れて顔はよく見えなかったけど頬が涙で濡れているのは分かった。

そんなアイツを見て俺は思った。

魔王のために俺にできることは何かないのか?
魔王って立場に悩んで苦しんでいる目の前の女の子に、ほんの少しでもいい、何かしてあげられることはないのか?

魔王「…………では」

何を言ったらいいのか全然まとまってなかったけど、俺は叫んだ。

俺「魔王!!」

魔王「……?」

559: 2012/12/31(月) 02:52:06.80 ID:KhP6hFHj0
俺「その……前に父さんが言ってたんだ、『自分が自分であることには必ず意味がある』ってさ」

俺「魔王が魔王なのもきっと意味があることなんだ。魔王って立場がつらくて苦しいかもしれないけど……お前にしかできない何かがあるから、だから、お前が魔王なんだと俺は思う」

俺「周りの奴らの言うことなんか気にすることないし、お前の父さんのことも気にすることない」

俺「100代目魔王は誰がなんと言おうとお前なんだ、もっと自信持て!!」

魔王「…………」

俺「それと……」

俺「世界中の誰もがお前を魔族の王様として見ても、俺だけはお前のこと1人の女の子として見てやる。だからそんな顔すんな」ニッ

……今思い出してもグダグダでなんにも言いたいことがまとまってないな……。

とにかくあの時の俺は泣いてるアイツを励ましてやりたくて必氏だった。
だから言いたいこと、伝えたいことをあれこれ考えるよりも思い浮かんだことを口に出したって感じだった。

560: 2012/12/31(月) 02:53:52.23 ID:KhP6hFHj0
魔王「勇者…………」

俺「あぅ……なんか悪いな、全然かっこいいこと言えなくて、その……」

魔王「……うぅん。そんなことない……そんなことないよ……」グスッ

俺「えぇ!? な、なんでまた泣くんだよ!?」アセアセ

魔王「バカ勇者、嬉しくて泣いてるんだよ」フフッ

久しぶりに見たアイツの笑顔は瞳に涙がいっぱいに浮かんでいて、頬を伝う雫が輝いて見えた。

魔王「勇者……ありがとうね、勇者のおかげでわたしまた頑張れそうだよ」

俺「そ、そうか? なんかお前を泣かせただけの気がしないでもないけど……」

魔王「ふふっ、そうかもね。女の子を泣かせるなんてサイテーだね」

俺「うぅ……だから悪かったって、勘弁してくれよ……」

魔王「なんてね、わたしはなんにも気にしてないよ」クスクス

561: 2012/12/31(月) 02:54:52.15 ID:KhP6hFHj0
俺「お前なぁ……俺は結構気にし…………」

魔王「……? どうかした?」

俺「……口調、元に戻ってるな」

魔王「あ…………」

俺「やっぱこっちの方がお前と話してるって感じがするよ」

俺「……よし、俺と2人でいる時は堅苦しい"魔王様口調"は禁止な!」

魔王「え、でも……」

俺「俺達だけの秘密なんだ、誰に気がねすることがあるんだよ?」

魔王「……そうだね。うん、わかった!」

なんだか久しぶりに魔王と会話をした気がした。
そんで「やっぱコイツと一緒にいると楽しいな」とか思ったりした。

魔王「じゃあ……わたしそろそろ行くね」

俺「泣いて赤くなった目がちゃんと戻ってから人前に出ろよな」

魔王「わかってるよ、もう」ムスッ

562: 2012/12/31(月) 02:56:07.01 ID:KhP6hFHj0
俺「あぁ、そうだ」

魔王「ん?」

俺「まだちゃんと言ってなかったな」

俺はアイツへの誕生日プレゼントを差し出して言った。

俺「少し遅れちゃったけど……誕生日おめでとう、魔王」

魔王「…………」

魔王「ありがとう、勇者♪」ニコッ

その時、アイツの笑顔を見て胸の中がやたらとあったかくなった。
ドキッとしたと言うか心臓がギュッとしたと言うかなんとも言えない感じだ。

身体中熱くなって鼓動がやけに早くなったような気がして、そんでもってそれが何故だか心地良くて…………。







…………あぁ、そっか。

なんで今まで気づかなかったんだろ。

人間と魔族の和平とか、世界の平和とか、そんなことホントは俺にとってどうでもいいことだったのかも知れない。

俺は…………。

俺はずっと…………。



588: 2012/12/31(月) 03:33:42.00 ID:KhP6hFHj0
今日はここまでです

最初の頃より投下量が少ないのは区切りのいいところまで投下しようとして最初頑張っただけでここ二日手を抜いているワケではありませんw

最後までお付き合いくださるとうれしいです

勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode07.5】

引用: 勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」