1: 2014/10/06(月) 10:20:56.25 ID:DMfbvU0b0
※福本伸行作品より「銀と金」と「賭博黙示録カイジ」のSS

※前作、銀と金の森田がカイジのエスポワールに乗ることになった場合のお話の続き

※続編は書かないと言いましたが、プロットがまとまったので書きます。ただし、これが最後。完結編。

【銀と金】森田鉄雄たちがエスポワールに乗るようです【賭博黙示録カイジ】

2: 2014/10/06(月) 10:24:43.30 ID:DMfbvU0b0

あの夜……帝愛グループの主催した希望の船のクルーズで森田鉄雄は生還を果たす。
狂気と策略が交差した地獄の中で体験した出来事が夢であったと思うような現実の世界へ森田は戻ってきたのだ。

それから4ヵ月後……1996年、7月――

この夏、森田鉄雄は25歳となる。
相変わらず森田は日雇いの仕事でその場を凌ぎ続ける覇気のない日々を送り続けていた。
エスポワールの夜で300万という大金を手にしたものの、1円たりとも使ってはいない。

車も買わなければマンションもいらない……贅沢をする気も起きない……。
3年前、裏社会で活動していた際に2億という大金を稼いだ際に平井銀二から教えられた「大金は抱いて眠れ」という教えがすっかり染み付いてしまっていた。
森田は寝る時はもちろん外出時でさえ大金を肌身離さず持ち歩いていたのだ。

バッグに300万や着替えなどを詰め込み、仕事が無い時は街をぶらりと歩き回る……そんな毎日ばかり繰り返していた。
仕事が無い今日、森田は美緒がウェイトレスとして働いている喫茶店へと足を運んでいた。
銀と金 1

3: 2014/10/06(月) 10:27:52.88 ID:DMfbvU0b0

美緒「あら、森田くん。いらっしゃい」

明穂「お、ちょうど良い所に!」

由香理「グッドタイミングね」

店に入った途端、美緒とその友人、明穂と由香理が出迎えてくれた。

森田「いつものを頼むよ」

二人のいるカウンター席に森田がつくと美緒がコーヒーを用意する。
あのエスポワールを生還した夜から森田は暇さえあればこの喫茶店に立ち寄るようになっていたため、美緒は再び常連客となった森田が何が欲しいか分かるようになっていた。

4: 2014/10/06(月) 10:29:29.39 ID:DMfbvU0b0

美緒「ねぇ、森田くん。来週の13日から三日ほど時間は空いてる?」

森田「ん? ……まあ、空いてると言えば空いてるが」

美緒「実はね、明穂と由香理と一緒に旅行に行こうと思ってるんだけど……」

美緒「森田くんも一緒にどうかなって思って」

明穂「森田くん、最近元気なさそうって聞いてるし。パーッと羽を伸ばしに行きましょうよ」

借金はチャラとなり、帝愛から自由の身となった森田であるが戻ってこれたはずの現実の日常では、やはり無気力な日々を過ごすだけであった。
あのエスポワールで地獄を潜り抜けていた時の方が生き生きとしていたほどに……。
美緒は常連客の森田の元気がない様子が気にかかっていたため、休暇を利用して四人で旅行を楽しもうと考えたのだ。

森田「……良いんじゃないかな。俺も確かに暇だしな。場所は決まっているのかい?」

由香理「とりあえず沖縄にしようと思ってるんだけどね。飛行機の予約も取らないといけないし」

5: 2014/10/06(月) 10:30:49.83 ID:DMfbvU0b0

こうしてトントンと話は進み、森田は美緒たちと一緒に旅行へ行くことになった。
出発は来週の土曜日13日の夕方……。朝昼の便が予約できなかったため、出発は夜となる……。

だがそんな森田たちの近くで密かに話を聞く強面の男が二人……。

「旅行だってよ……どうする?」
「社長に連絡するしかないだろ……。あいつは何としてでも確保しなきゃならないんだからな」

窓際のテーブルの彼らは女性三人と和やかにしている森田鉄雄を見張っていた……。

6: 2014/10/06(月) 10:32:31.05 ID:DMfbvU0b0

そして7月13日、土曜日の夕方……。

森田はいつものバッグを片手に美緒ら三人の女性たちとの待ち合わせ場所に向かって人通りの疎らな街中を歩いていた。

森田(……くそっ。せっかく美緒たちが誘ってくれたってのに)

本来ならばこれから楽しい旅行だというのに、森田はどうにも羽を伸ばして楽しむ気分になれない。
裏社会を引退してからこの2年……どうにも森田はこの普通の日常や生活で生きていくという気力が湧いてこなかった。

森田(銀さん……。あんた、今頃どこで何してるんだ?)

森田はかつての自分が憧れ、超えるべき目標としてきた男のことを考える。
やはり森田にとって特別な存在であった平井銀二と袂を分かったのは極めて辛い……。
今頃、平井銀二は裏社会のフィクサーとして、更なる巨悪へと駆け上がるべく活動しているのだろう。

森田(もう銀さんには会えないってのに……俺もヤキが回ったな……)

しかし、森田はもう悪党の得になるようなことに加担などしたくない。
自分と平井銀二はあまりにも生きる世界が違いすぎる……故に、この先もう二度と彼と顔を合わせることもないのだ。
それなのに、森田は未だに平井銀二と別れたことに深い喪失感と未練を抱いていた。

7: 2014/10/06(月) 10:34:39.78 ID:DMfbvU0b0

森田「……! な、何だ!」

先ほどから森田の後方より数メートルに1台の車が徐行しながら忍び寄っていたのだが、森田はそれに気がつかなかった。
その車が突如森田のすぐ背後まで進み出ると中から二人の黒服が現れ、いきなり森田を取り押さえてきたのだ!

森田「離せ! 何をしやがる!」

黒服「おとなしくしろ!」

森田「うぐっ! ……うぐぐっ!」

背後から抱え込まれた森田は抵抗しようとするも、黒服は即座に森田の口をハンカチで塞いできた!
それでも抵抗する森田であったが、ハンカチには睡眠剤が染み込ませてあったのか、意識が朦朧としてくる……。
十数秒ほど押さえ込まれ薬を吸わされた森田はやがて完全に抵抗する余力を失ってしまう。

黒服「よし。確保だ」

黒服は森田を車に乗せると、すぐ様発進しだす。

森田「き……貴様ら……い、一体……何を……」

後部座席に乗せられた森田は朦朧とする意識の中、問いかける。唐突にこの連中は自分を拉致してどこへ連れて行こうというのか。

8: 2014/10/06(月) 10:35:53.63 ID:DMfbvU0b0

???「それは向こうに着いてからのお楽しみさ」

森田「お、お前……は……え、遠藤……」

男の声には聞き覚えがあり、顔をそちらに向けてみれば隣に座っていたのはサングラスをかけたヤクザ風の男……。
それは4ヶ月前、森田をエスポワールへと導いた帝愛グループ系列の金融会社の社長、遠藤勇次だった。

遠藤「久しぶりだな、森田鉄雄。エスポワールからの生還おめでとう……と言いたい所だが……」

森田「な、何の用だ……俺は……お前らへの借金は……全て……消えている……はず……」

帝愛への252万の負債はエスポワールから生還したことで完全にチャラとなっている。
さらに船での負債もきっちり清算した以上、もう自分は帝愛にマークされる理由などないはずだ。

遠藤「ああ。確かにそうだ。お前さんの俺たちへの借金はきっちりチャラ。本来はもう用なんかないんだが……」

遠藤「お前さんには今日、どうしても顔を出してもらいたい。悪いが、沖縄への旅行は諦めてくれ」

森田「何……?」

負債が無いというのに、帝愛が森田に用がある?
しかも森田が旅行へ行こうとしていたことを帝愛は掴んでいた?
つまり、少なくとも一週間も前から自分は監視されていたのか。

9: 2014/10/06(月) 10:36:59.96 ID:DMfbvU0b0

遠藤「今夜、あるパーティがウチのグループの主催で行われる。その参加者を一週間ほど前から60人ばかり集めていたんだ」

森田「パー……ティ……?」

遠藤「ああ。もちろん、ギャンブルだ。負債者救済のためのな。上手く凌げば借金がチャラにできるし、さらに稼ぐこともできる」

帝愛が負債者に課すギャンブルだ。どうせ、エスポワールの時と同じくまともなものではないはず……!

森田「馬鹿いえ……俺の借金は……」

遠藤「だが、そのパーティには何も負債者だけじゃあない。借金なしなのに興味本位で参加を志願してきた奴だっているんだ」

遠藤「中には、パーティを盛り上げるために俺たちが探し出して用意した奴もいる。お前さんはその一人だよ」

森田「な……何らと……ふ、ふざへ……」

やがて舌も回らなくなってきた森田は、次第に意識が完全に遮断されようとしている。
窓にがくりと寄りかかってしまうほどに力も抜けてくる……。

10: 2014/10/06(月) 10:38:08.54 ID:DMfbvU0b0

遠藤「悪く思わんでくれよ。パーティの元締めが、お前さんに是非参加してもらいたいって望んでいるからな。船での活躍が気に入られたらしいな」

つまり帝愛の幹部か何かがそのパーティを盛り上げるための逸材として、エスポワールから生還した森田を選んだということか。
悪党の楽しみのために利用されるなど、冗談ではない。

遠藤「目的地につくまで、ゆっくり休んでいてくれや」

森田「おろせ……おろへ……おろへぇ……」

遠藤「おろへまへん……!」

こうして、帝愛に捕らわれた森田の意識は完全に途絶えた。

11: 2014/10/06(月) 10:39:17.25 ID:DMfbvU0b0

午後8時30分――

京葉新都心に位置するそこはかつてのバブルにおいて開発された人工都市。
しかし、バブルの崩壊と共に都市計画は破綻し見捨てられた、言うならバブルの残骸そのものに等しいゴーストタウン……。
その人の姿も昼間さえ疎らな都市の、東京湾に面した場所にそびえ立つツインタワーの高層ビル……。

帝愛グループが所有する、今秋にオープンが予定されている高級ホテル・スターサイドホテル。
遠藤に拉致された森田はこのホテルへと連れて来られていた。

睡眠剤が効いていたせいでホテルの地下駐車場に到着してからも車で眠り続けていた森田であったが、ようやく意識を取り戻していた。

森田「ここは……」

黒服「起きたか。車を出ろ」

黒服の促しと共に森田は無理やり車から引きずり出される……。
そしてそのまま黒服にさらに地下の地下の駐車場へ連れられていった。

森田(くそっ。何てことだ……こんなことになるなんて)

まさか負債をしていないのにも関わらず帝愛に目をつけられ、再び悪魔の戯れへと誘われるとは……。
しかし、ここまで連れて来られた以上、もはや退くことなどできない。
これから行われるであろう帝愛の課す狂気のギャンブルに身を委ねるしかないのだ。自分に選択肢などない。

12: 2014/10/06(月) 10:40:37.64 ID:DMfbvU0b0

森田「うっ……」

地下3階の駐車場……。そこにはこれから行われるのであろう、帝愛グループ主催のパーティに参加する人間たちが集まっていた。
その数およそ30人ほど……。エスポワールの時と同じく、帝愛に多額の負債を負っている者たち……。
確か遠藤は参加者の数は60人ほどと言っていたので、これからさらに増えていくのだろう。
森田はこれから集まる60人たちを相手に、きっとまた命がけのギャンブルをしなければならないのだ。負ければエスポワールの時と同じく破滅……!

遠藤「ふっふっ……お目覚めのようだな。ようこそ、スターサイドホテルへ」

パーティが始まるまで参加者たちを見張っているのは黒服と遠藤……。

森田「くっ……」

遠藤「パーティが始まるのは午後9時以降からとなっている。もうしばらく待っていてくれ」

そう言われ、森田は適当に壁に寄りかかりタバコを吸い始めた。
見た所、エスポワールで見かけた人間も何人かいる。一体どんなギャンブルをやるのかは全く予想できないが、彼らには注意すべきかもしれない。
一度命がけのゲームを生き残った者と、これから命がけのゲームに身を投じようという者ではそうした修羅場の経験が実力差になる。

13: 2014/10/06(月) 10:41:39.56 ID:DMfbvU0b0

???「くくく……。何だ、森田も来ていたのか」

森田「さ、西条……」

森田の前に現れたのはエスポワールでも顔を合わせた男、西条建設の御曹司、西条進也。
前回のエスポワールでは大金を最大限に駆使して星を荒稼ぎし、易々と船を降りることに成功していた。

森田「お前、何でこんな所にいるんだ。もう負債は帳消しになっているんだろ?」

エスポワールで星を大量に稼いだ西条は、帝愛グループの御曹司とやらに実家への負債は肩代わりしてもらっているはず。
にも関わらずここにいるということは……。

西条「まあな。おかげで俺もやっと親父に許されたんだ……。だが、別に俺は金が欲しくて来てるわけじゃない」

森田「何……?」

エスポワールから生還し完全に復活した西条であったが、その後も帝愛の御曹司、兵藤和也にギャンブルの紹介をしてもらっていた。
すっかり帝愛の主催するギャンブルに味を占めてしまった西条は暇さえできれば自ら帝愛の主催するギャンブルへの参加を志願してはゲームそのものを楽しんでいた。
今回のパーティの参加も当然、和也からの紹介……!

西条「じゃ、そういうわけで……」

森田(壊れてやがる……)

賭博ジャンキー……。もはやそう形容するしかないほどに変わり果てている西条に森田、唖然……。
こんな悪魔たちの催すギャンブルにのめり込み過ぎれば、いずれ破滅するのは目に見えている……!

14: 2014/10/06(月) 10:42:38.68 ID:DMfbvU0b0

それから1時間が過ぎ……駐車場には次々とパーティの参加者たちが集まってくる。
中にはやはりエスポワールで見かけた参加者たちもちらほらと見かけられる。

森田(あいつらは……)

森田が目をつけたのは眼鏡をかけた肥満体の男と中年の男。
それはエスポワールで出会った男、カイジとグループを組み、カイジを裏切り地獄送りを企てようとした男、安藤である。
もう一人はエスポワールでカイジが別室から救い上げた男、石田光司だ。
だが、その二人より驚くべき者が森田の目の前に現れる……それは……。

森田(カ、カイジ!?)

紛れも無く、エスポワールから共に生還した男……伊藤カイジ!
森田と同じく借金をチャラにし、エスポワールで稼いだ分け前の300万を受け取ったはずの男が何故かそこにいた……。

石田「カイジくん……! また会えて嬉しいよ!」

カイジ「よせよっ。素寒貧のおっさんに有り難られたって嬉しくなんてねえ」

カイジとの再会に喜ぶ石田であるが、カイジはかなり気が立っているようだ……。
おまけに石田は共同戦線を張ろうとカイジに持ちかけるも、カイジはそれを拒絶……それどころか明確な敵意さえも露にしていた。

15: 2014/10/06(月) 10:44:58.46 ID:DMfbvU0b0

カイジ「佐原……! お前も敵だ!」

さらにカイジは金の短髪の男を見つけるなり、彼にも敵であることを宣言する。
彼は佐原誠。カイジが少し前までアルバイトをしていたコンビニの同僚。しかし、色々あって二人ともそこでのアルバイトを辞めている。

佐原「安心してくださいよ、カイジさん。俺も同じことを考えてましたから。2000万を手に入れられのはただ一人……だったらどう考えたってみんな敵ってことですよ」

こうして佐原もまた明確にカイジと敵対することになり、そのまま歩き去っていく……。

カイジ(何人か船で見かけた奴がいるな……あいつらは要注意……って、ええ!?)

カイジは集まった参加者たちを見回し、元エスポワール組の者を何人か確認していたが、その一人……森田鉄雄の姿を見つけて驚愕……!

カイジ「も、森田!? 何であんたがここに……」

森田「それはこっちのセリフだ。お前こそ何でこんな所にいるんだ」

カイジ「いや……その……」

恥ずかしそうに頭をかくカイジ……。
4ヶ月前のあの日、森田たちとエスポワールから生還したカイジであったが、それからは堕落の毎日だった。
300万……正確には329万の分け前を手にしたカイジはまず数日で30万を競馬で使い果たし、その半月後に飛んだマカオのカジノで大敗し、残りの299万を失ってしまった。

さらにそのカジノで400万の負債を作ってしまったカイジはコンビニのアルバイトを始めたものの、時給900円ではとてもじゃないが返済は不可能……。
しかし、先週カイジの元に再び現れた遠藤にこのスターサイドホテルでのパーティの話を聞かされ、参加することになったのである。その時一緒にいた佐原は自ら参加を志願したのだ。
結局、300万という大金はカイジの器ではそぐわない……すぐにその手から逃げていってしまうあぶく銭だったのだ。

16: 2014/10/06(月) 10:46:56.47 ID:DMfbvU0b0

森田「何だよそれ……」

森田、カイジの堕落に呆れ返る……。自分もまた無気力な日々を送っていたので似たようなものだが。

カイジ「とにかく……森田、あんたも敵だ! いいな! 船で俺を助けてくれたとしても、今はもう敵なんだ!」

カイジ、森田にも明確に敵対を表明……。金を得るためには他者を引きずり落とさなければならない以上、互いに敵同士……。
昨日の友は今日の敵、ということだ。

森田(敵、ね……)

それは本来ならばエスポワールの時でも同じことだった。しかし、森田とカイジは敵対することもなければグループを組むということもなかった。
森田は別に金を手に入れるために参加をするわけでもないため、そういった意味ではカイジと敵対することはない。
ただ、問題なのはこれから行われるギャンブルの内容次第……。

黒服「集合っ! 集合!」

思わぬ相手との再会を果たした森田たちは黒服の号令により集められていった。

白服「こんばんは。ようこそ、スターサイドパーティへ」

現れた白服の男はこれから森田たちを会場へ案内すると言うが、参加者およそ60人を一度に連れて行くわけにもいかないので5回に分けると言い出した。
つまり、1回につき12~13人が会場でギャンブルを行うのだろう。
当然、そのギャンブルの詳細は不明……! 参加者の一人が質問をしてもその手の質問には答えない……会場に着くまでの秘密……。

17: 2014/10/06(月) 10:48:08.56 ID:DMfbvU0b0

森田(60人も集めて一度にやるのはその1/5……ってことは、エスポワールの時みたいな大きなギャンブルじゃないってことか?)

白服「では挙手を! このギャンブルの第一陣に希望する者は挙手を!」

初めは誰も手を挙げずに牽制……様子見に入る。カイジでさえすぐには参加を表明しない。それは森田とて同じ……。
しかし、しばらくすると一人二人と手を挙げていき、最終的にはカイジ、石田、佐原までもが参加を表明……。
だが、森田は今回は見送ることにした。そもそも金を手に入れるために来ているわけではない以上、カイジと敵対する意味はない。
こうしてカイジたち12人の参加者はギャンブルの第一陣として黒服たちに案内されていく……。

白服「では第一陣のゲームが終わるまで皆様はこちらでもうしばらくお待ちくださいませ」

数分後、白服が戻ってくると参加者たちは再び待機する。
一体これからどのようなギャンブルが行われるのかを様々なを想像し、すぐに参加をしなかったことを後悔する者もいた。
元エスポワール組もかなり慎重だ。
安藤はカイジが現れてからかなり逃げ腰であったため、この一陣には参加しない。

西条「ふふふ……森田は行かなかったのか」

森田「帝愛のギャンブルだからな。何をするか分かったものじゃない……」

西条「ま、好きにすりゃいいさ。俺は次の二陣に出ることにするよ。あんまり後になりすぎると不利になるかもしれないしな」

そう言って歩き去っていく西条……。
森田は西条の余裕の態度から、もしもぶつかることがあれば強敵になるかもしれないと見ていた。
西条はエスポワールはおろか、帝愛のギャンブルに何度も志願しては生き残っているというのだから。
おまけに賞金など西条にとってはおまけ。あくまでも西条にとってはギャンブルそのものが目的……。

18: 2014/10/06(月) 10:49:24.89 ID:DMfbvU0b0

遠藤「奴の言う通りだな。早いうちに参加しておかないと、後々不利になるだけだぜ。それに見な。他の奴らを……」

森田「くっ……」

見れば参加者たちの空気がつい先ほどまでと比べて明らかに異様な変調を見せているのが分かる。
次に参加しなければ、前のゲームに参加していれば良かったなどといった葛藤や後悔、不安や恐怖が彼らを刺激しているのだ。
下手をすれば最終のゲームではその不安が爆発してとんでもない展開になりかねない。
西条や遠藤の言う通り、ここに長く残り続けるのも危険だ。

黒服「おとなしくろ!」

「ちょっと、痛いじゃないの!」
「離しなさいってば!」

遠藤「あん? 何だ?」

待つこと5分ほど……何やら突然騒がしくなり始めたことで参加者たちも慌しくなりだす。
見れば駐車場の入り口側から黒服たちが現れ、三人の女を取り押さえているようだ。

遠藤「何だってんだ? どうしたんだ、そのお嬢ちゃんたちは」

黒服「こいつら、ホテルの近くをうろついていたんです」

本来、帝愛が行うギャンブルは全て非合法かつ違法であるため、当然公にすることはできない。
だからエスポワールのような船だったり、今回のような人目もつかないゴーストタウンでギャンブルが開催されているのだ。
今回も人払いのため、スターサイドホテル近辺には一般人の立ち入りを禁じていたのだが、万が一迷い込んだ者がいればゲームが終わるまで身柄を拘束されることになる……。

19: 2014/10/06(月) 10:49:24.89 ID:DMfbvU0b0

遠藤「奴の言う通りだな。早いうちに参加しておかないと、後々不利になるだけだぜ。それに見な。他の奴らを……」

森田「くっ……」

見れば参加者たちの空気がつい先ほどまでと比べて明らかに異様な変調を見せているのが分かる。
次に参加しなければ、前のゲームに参加していれば良かったなどといった葛藤や後悔、不安や恐怖が彼らを刺激しているのだ。
下手をすれば最終のゲームではその不安が爆発してとんでもない展開になりかねない。
西条や遠藤の言う通り、ここに長く残り続けるのも危険だ。

黒服「おとなしくろ!」

「ちょっと、痛いじゃないの!」
「離しなさいってば!」

遠藤「あん? 何だ?」

待つこと5分ほど……何やら突然騒がしくなり始めたことで参加者たちも慌しくなりだす。
見れば駐車場の入り口側から黒服たちが現れ、三人の女を取り押さえているようだ。

遠藤「何だってんだ? どうしたんだ、そのお嬢ちゃんたちは」

黒服「こいつら、ホテルの近くをうろついていたんです」

本来、帝愛が行うギャンブルは全て非合法かつ違法であるため、当然公にすることはできない。
だからエスポワールのような船だったり、今回のような人目もつかないゴーストタウンでギャンブルが開催されているのだ。
今回も人払いのため、スターサイドホテル近辺には一般人の立ち入りを禁じていたのだが、万が一迷い込んだ者がいればゲームが終わるまで身柄を拘束されることになる……。

20: 2014/10/06(月) 10:50:30.12 ID:DMfbvU0b0

森田「み、美緒……!?」

森田、驚愕……! 何とその身柄を拘束されていたのは本来、今日から一緒に旅行へ行くことになっていはずの伊藤美緒……!
おまけに明穂と由香理まで黒服に拘束され、連行されてきているではないか。
本来、ここにいるはずのない彼女たちの存在に森田、唖然……。

遠藤「仕方ねえな。気の毒だがお嬢ちゃんたちはパーティが終わるまでここにいてもらうぜ。……飛び入りで参加したけりゃ好きにしな」

森田「よせ! 彼女たちは関係なんかないはずだ!」

森田、遠藤に食ってかかる!

美緒「も、森田くん……!? やっぱりここにいたんだ……!」

結局、美緒たち三人の女性は今回の帝愛主催のパーティが終わるまで身柄を拘束されることになってしまった。
思わぬ展開ではあるが森田、美緒たち三人を目立たない場所へ連れて行く……。

森田「何で美緒たちがここにいるんだ」

美緒「由香理から聞いたのよ。森田くんがさらわれたって……」

由香理「驚いたわ。森田くんがヤクザの車に乗せられてたんだもの」

21: 2014/10/06(月) 10:51:34.42 ID:DMfbvU0b0

~回想~


数時間前……待ち合わせ場所へ向かう途中だった由香理……。

由香理「いけない、いけない……お金を下ろし忘れる所だったわ」

タクシーを拾おうとしていた由香理は手持ちの金が底をついていたことに気づき、たった今銀行から戻ってきた所であった。
そしていざタクシーを拾おうとしていたのだが、渋滞で中々車が進まず当然、タクシーもやってこない。
そうして由香理が立ち往生している中、目の前を徐行し停止する一台の車……。

由香理「は……?」

その車には四人の男達が乗っていた。うち三人はサングラスをかけた明らかに物々しいヤクザそのもの。
だがもう一人、窓に寄りかかったまま眠りについているのは……。

由香理「も、森田くん……!?」

あまりにも突然な光景に由香理、面食らう……。何故かこれから一緒に旅行へ行こうとしていたはずの者がヤクザの車に乗せられているではないか!
その車はすぐに動き出し、由香理の前から遠ざかっていく……。

由香理「タクシー!」

直後、まるで見計らったかのように現れたタクシーを捕まえる由香理。

由香理「今曲がっていった黒い車を追ってちょうだい」

22: 2014/10/06(月) 10:52:55.13 ID:DMfbvU0b0

一方、こちらは待ち合わせ場所の駅前の広場に先に来ていた美緒と明穂。

明穂「由香理と森田くん、遅いわね……」

美緒「森田くんは家をもう出てるはずなんだけど……」

森田は携帯電話を持っていないため、数十分前に自宅に電話をかけていた美緒は既にいないことを確認している。

明穂「由香理も何をしてるのかしら。……仕方がないわね」

明穂は自分の携帯電話を取り出し、由香理の携帯電話に連絡をしてみようと試みるが……。
突然、その携帯電話が鳴り出した……!

明穂「……由香理? 何をしてるのよ、わたしたちはもう集まって……え? 何よ? どうしたの?」

明穂、すぐに電話に出るが何やら様子がおかしい……。

美緒「どうしたのよ、明穂」

由香理『それがちょっと今、森田くんがやばそうなのよ。またしばらくしたらかけ直すから』

慌てた様子でそれだけを答えた由香理はすぐに電話を切ってしまう。

明穂「森田くんがやばそうって……どういうこと?」

美緒「ちょ、ちょっと……どういうことよ。森田くんに何かあったの?」

あまりに唐突な緊急事態の発生に慌てふためく二人……。
それから由香理から再び電話がかかってきたのは集合時間をとっくに過ぎた1時間以上も後のことであった。

23: 2014/10/06(月) 10:54:02.89 ID:DMfbvU0b0

明穂「ちょっと、説明してちょうだいよ。森田くんがやばそうって、一体どういうことなのよ?」

由香理『詳しいことはこっちで話すから、二人とも急いで来てちょうだい。旅行は中止よ。場所は京葉新都心の……』

結局、何が何やらさっぱり分からぬまま美緒と明穂はタクシーを拾うと由香理の待っている京葉新都心のゴーストタウンへと直行……!
午後8時30頃……美緒たちは合流場所である京葉新都心の新京葉駅前へとやってきた……。

美緒「どういうことなのかちゃんと説明してよ。森田くんが一体どうしたの?」

由香理「それがね……」

由香理は森田が乗せられていたヤクザ……帝愛の車をタクシーでここまで追いかけてきた。
しかし、スターサイドホテルへ続く道路で交通規制をしていた黒服に車を止められてしまい、それ以上タクシーで先へ行けなくなってしまったのだ。
当然、追っていった車は帝愛関係者のものであるため、問題なく通行……!

仕方が無く引き返した由香理は美緒たちに連絡をしたわけである。

美緒「そのホテルに森田くんが連れていかれたってこと?」

由香理「たぶん。……それにあの黒服、この間の船に乗った時に見かけたのと同じ連中だわ」

その言葉に美緒の顔が青ざめる……。まさか、森田があの地獄の船の時と同じ危険なギャンブルを?
せっかく一緒に生き残って戻ってきたというのに、何故無理矢理連れていかれなければならない?
森田は堅気になってまともな生活を送っていたのに、何故それをぶち壊しにされなければならないのか。

美緒「そのホテルってどこ? 行きましょう」

明穂「ちょ、ちょっと! 美緒、本気なの?」

美緒「森田くんを放っておくわけにもいかないでしょ」

何としてでも森田を連れ戻したい美緒は、そのホテルで何をやっているのかだけでも確認して警察に通報しようと考えていた。
車では途中で交通規制をかけられるため、三人は歩きでスターサイドホテルへと向かった……!


~回想終わり~

24: 2014/10/06(月) 10:55:15.24 ID:DMfbvU0b0

しかし、スターサイドホテルへ到着してすぐに周辺を見回っていた黒服に見つかってしまい、ここまで連行されてきたのだった。
当然、携帯電話は取り上げられてしまい、110番通報も不可能……。パーティが終わるまで美緒たちが解放されることはない。
森田は美緒がわざわざ自分のためにそこまで行動力を見せたことに感服……。

森田「だからって、何もそこまでするなんて……」

それこそ美緒たちは本来、帝愛とは何の関係もないというのに。

明穂「一体、これからどんなゲームをするっていうのよ? この間の船みたいにとんでもないゲームじゃないでしょうね」

森田「それはまだ分からないが……」

白服「えー、ただいま第一陣のゲームが終了致しました。10分のインターバルを置いて第二陣のゲームを開始致しますので、今のうちに参加者を決めたいと思います」

白服「なお、次のゲームの参加者は13人まででございます。第二陣を希望する方は挙手を!」

そうこうするうちに白服から声がかかる。森田は第二陣のゲームの参加を狙っていたので今がチャンスだ。

25: 2014/10/06(月) 10:56:15.84 ID:DMfbvU0b0

森田「美緒たちはここで待っていてくれ。行ってくるよ」

美緒「ちょっと、森田くん……」

森田が白服の元まで行くと、既に3人が参加を決めている。その中には西条の姿もあった。
当然、森田も第二陣への参加を表明……!
さらに5人目、6人目と続き……その中には安藤の姿もあった。
エスポワール組も何人かが参加し、12人目に手を挙げたのはキャップを目深く被っている妙な雰囲気の男……。

森田(何だ……あいつ……)

森田、何故かその男から異様な物々しさを直感的に感じ取り、思わず息を呑む……。
あいつは他の参加者とは明らかに何かが違う……。
西条のように余裕を持っているわけでも、初参加者たちのような戸惑いといったものも感じられない……。

白服「残り一人です。13人目を希望する方はいませんか?」

だが最後の一人に誰も名乗りをあげない……。そんな中……。

26: 2014/10/06(月) 10:57:17.88 ID:DMfbvU0b0

白服「おや、お嬢さんも飛び入りで参加しますか?」

森田「何っ?」

振り向けば、そこには前に出てきた美緒が手を挙げているではないか。

森田「馬鹿っ、よすんだ! 美緒!」

明穂「そうよ、美緒! どんな危ないことするのか分からないのよ!」

明穂と由香理が慌てて止めるも、美緒は決心したように頑なに手を挙げたまま……。

白服「申し訳ありませんが、1度参加を表明した以上、取り消しはできません。お嬢さんは今回、飛び入りでの参加となりますが結構でございますよ」

森田「くっ……。何でまたこんなことを……美緒は関係ないってのに」

美緒「だからって、森田くん一人だけを行かせるわけにもいかないでしょ」

美緒としてはこのまま森田が味方もなしで危険なゲームを行って、そのまま帰ってこなかっただなんて最悪な結果だけは何としてでも避けたかった。
エスポワールの時のように一人でも森田をサポートできる者がいれば、一緒に生き残れるかもしれないのだ。

27: 2014/10/06(月) 10:58:31.05 ID:DMfbvU0b0

こうして美緒までもが飛び入りで参加することになった第二陣のゲーム……。
駐車場の奥へ連れて行かれた森田たちは番号のついたゼッケンを身に着ける……。森田は12、美緒が13……。西条が3で安藤が10……。
そして番号順に整列させられ、さらに奥へと連れていかれる。

美緒「どうしたの、森田くん……」

森田「あのカメラ……俺たちを追ってやがる」

森田は歩く先の天井に設置された監視カメラが作動しており、自分たちを追っていることに気づく。

森田「誰かがカメラの向こうで俺たちのことを覗き見てやがるんだ」

美緒「何のために……?」

森田「どこかで俺たちがやるゲームを観戦してる奴らがいるんだろう……」

大方、エスポワールの時もそうだったのかもしれない。
それは帝愛の幹部か、はたまた別の誰かか……。

森田「少なくとも……見ている奴はロクな趣味じゃないことは確かだな」

28: 2014/10/06(月) 10:59:25.29 ID:DMfbvU0b0

それから間もなくして森田たちが辿り着いたのは……。

白服「それでは各自、自分のゼッケンと同じ部屋に入ること」

西条「何?」

安藤「こ、これが部屋っすか?」

参加者たちは一同、唖然……。それは部屋などではなく、明らかにロッカー……いや、棺そのもの……。

白服「恐れることはない。会場につくまでの目隠しと思ってくれれば良い」

黒服「さあ、入れ! 入れ!」

美緒「ちょっと、押さないでよ」

安藤「あたた……狭いっすよ~」

黒服たちに無理矢理、棺に押し込められていく参加者たち。
中に入ってしまえばあるのは暗闇だけ。当然、外の様子など分からない。
だが、運ばれ方の様子だけは何となく分かる……。始めは台車に乗せられ、その後はエレベータに乗せられ上へ……。
そしてまた台車に乗せられ、傾斜を登っていく……。

29: 2014/10/06(月) 11:00:29.14 ID:DMfbvU0b0

森田(何だ? 一体、これから何を始めようっていうんだ?)

『えー、大変お待たせ致しました。それではこれより勇者達の道、ブレイブメン・ロードの第二ゲームを始めたいと思います』

やがて棺がどこかに置かれて少しすると、聞こえてきたのはアナウンス……。
そして棺を通して外が妙にざわついているのが分かる……。
アナウンスいわく、ルールは「ただ向こう側へ辿り着けば良いだけ。ただし、床に手をついてしまえば失格」とのことだ。
そして1位には2000万……2位には1000万が渡されるという……。

森田(手をついてはいけない……?)

運ばれていた時から森田の心中では嫌な予感が走っていた……! どうせ帝愛のことだからこれからやるゲームの内容なんてロクなものではない……。
だが、それはこの目で直接目にしなければ何も分からない!

『それでは放たれよ! 新たなる若き13人の持たざる者たち!』

そして棺の扉が開け放たれ、これまで暗闇だけに包まれていた所を光が射し込む!

森田「な、何っ!」

美緒「ええっ!?」

森田、美緒はおろか他の参加者たちも目の前に現れたものを目にして絶句……!
森田たちは高台に立たされ、向かい側の高台までに4本の鉄骨が架けられているではないか……!
その高さは実に10メートルはある……! 下にはマットが敷いてあるようだが落ちればまず重傷は免れない……! さらに……!

30: 2014/10/06(月) 11:01:02.82 ID:DMfbvU0b0

「おらおらっ! 何をグズグズしてやがる!」
「さっさと走れ! 走れぇーー!」
「クズが! ボケっとしてるんじゃねえ!」

その下の方では豪勢な料理をつまみながら見物する大勢の人間たちがはやし立て、馬鹿騒ぎしている!

「ったく、さっきと同じでどいつもこいつも腰抜けばかりだ!」
「とっとと行けって言ってるんだよ! 耳も聞こえねーのか!」

森田たちに口汚く罵声を浴びせかけ、さらにはゴミまで投げつけてくる!

美緒「な、何よ……これ」

森田「あいつら……俺たちを賭けてやがるんだ……!」

森田は設けられている電光掲示板を目にして全てを確信する。今回のギャンブルの全てを……!
それは競馬場などでよく見かける、競走馬の情報や倍率などを示すオッズ板と同じもの。
賭けられているのは当然、森田たち……つまり自分たちは馬……! すなわち、これは人間競馬なのである……!

森田たちゲームの参加者がギャンブルをするという話ではない。むしろ逆だったのだ!
下で騒いでいる連中は恐らく、金を持て余して贅沢な生活を送る成金たち……!
つまりは、パーティ客が楽しむための余興……!

31: 2014/10/06(月) 11:02:02.42 ID:DMfbvU0b0

森田(しかもただの競争なんかじゃない……。連中を楽しませるために、こんな……!)

単純にレースをするだけではつまらない。弱者たちがで醜く争い合い、そして苦しみ恐怖するその姿を見るために……。
果ては、その弱者が哀れにも命を落とす場面をわざわざ見て楽しもうと……。

「姉ちゃん! 早く渡って踊ってくれよーっ!」
「そうだそうだ! 踊れ踊れーっ!」

成金たちは女性参加者である美緒を見て次々にはやし立ててくる。汚く口笛まで吹き鳴らす始末。
ストリップショーか何かと勘違いしているのではないか?

美緒「冗談じゃないわよ……こんな橋、渡れるわけないじゃない!」

確かにそうだ。バランスを崩して落ちればただでは済まないのだから。
こんなゲームだと分かっていれば、絶対に美緒を参加させなどしなかったのに。
……と、なればここで棄権するのも手か? そもそも森田も美緒も金のために参加しているわけではないのだ。

32: 2014/10/06(月) 11:12:06.24 ID:DMfbvU0b0

「お! 兄ちゃん、行ったな!」
「そうだ、そうだ! 走れ、走れーっ!」

そんな中、腹を括ったらしい西条が先手を切って鉄骨を渡り始めた。
……が、さすがにその表情はかなり緊張している。
そして森田たちと同じ橋のゼッケン11番の男も同じように鉄骨を渡り始めた。

「ほらほら! 早くしやがれ!」
「金がいらなきゃ、そこにいてもいいんだぜ! 後で後悔しても知らねえがな!」
「臆病者のクズはクズらしく落ちろーっ!」

森田(何? あいつら、今なんて……)

森田、野次をかけてきた成金の一人の言葉に気にかかる一言を聞き取った……。

……後で後悔しても知らない。……臆病者のクズらしく落ちろ。
それはただ金が手に入らないという意味だけではない……。
森田、異様な気配を感じ取り、息を呑む……。

美緒「森田くん?」

森田「……美緒、早く渡るんだ! いつまでもここにいるとヤバイ!」

森田「落ちなきゃいいんだから、危なくなったら鉄骨に掴まればそれでいい!」

美緒「え? え、ええ……!」

森田に促され、美緒も鉄骨を渡り始める! そのすぐ後に森田も続く!

33: 2014/10/06(月) 11:21:17.08 ID:DMfbvU0b0

放心し続ける他の参加者たちも次々に腹を括り渡り始める。
森田たちと同じ鉄骨の安藤も極端にビビリながら橋を渡り始めるがバランスが上手くとれず、今にも落ちそうだ。

安藤「ひっ……ひい~~……」

それでもすり足でほんの数センチずつ進むことでかろうじて落ちずに前へ向かい、森田たちの後に続いている。
追いつくにはかなり時間がかかりそうだが。

???「くくく……」

2番目の鉄骨は既に4番と5番が渡る中、6番のキャップを被った男はいつまで経っても渡ろうとしない……。
しかし、やがて彼も鉄骨を渡り始め、先頭を進む者たちの背後へと忍び寄る……。

「冗談じゃねえよ……こんな橋渡れるわけ……」

12人がやっと渡り始めた中、西条と同じ鉄骨を割り当てられた2番の男だけは完全に戦意喪失……。渡る勇気欠片もない。
これはもう棄権するしかない。金なんかいらない。ここでじっとしていた方が安全だ。
だが、そんな願いは容易く壊される……!

35: 2014/10/06(月) 11:36:17.21 ID:DMfbvU0b0

――ガシャン!

「え? ……な、何だよ! おい!」

背後で音がし、振り向けば並べられていた棺のゲートが閉じ、ゆっくりと前へ迫ってくるのだ!
このままでは足がつけられるスペースが無くなり、鉄骨に乗らなければ下へと突き落とされる!
だが、男はそれさえもできずに立ち往生……。ただ無機質に迫り来る棺の壁に恐れおののく……!

「た、助けて……助けて……うわあああああああぁぁっ!」

結局、鉄骨を渡ろうとしなかった男は棺の壁に容赦なく押し出され、10メートル下へと真っ逆さまに転落……!
マットの上に背中から叩きつけられ、無残な姿を晒すはめに……。

「ばーか! だからさっさと走れって言ってるんだ!」
「自業自得だ! クズが!」

落ちて傷ついた人間を罵り、嘲笑い、そして楽しむ成金たち……。
人の不幸をああも平然と笑っていられるなど、狂気の沙汰である……。

37: 2014/10/06(月) 11:41:04.68 ID:DMfbvU0b0

美緒「ひ、ひどい……」

森田「何てことだ……」

無情にも突き落とされた者を見て二人は青ざめる……。
帝愛は勝負をする前からの棄権など認めていないのだ。渡るか、落ちるか……そのどちらかしか選択肢はない。
それが選べない者は容赦なく叩き落とすだけ……。

「いいぞいいぞー! 姉ちゃん!」
「ほらほら! 早く前に行かないと、金は手に入らないぜー!?」

森田「気にするな。落ち着いて、ゆっくり進めばいい」

美緒「うん……」

野次たちがはやし立てる中、森田と美緒は一歩一歩……確実に前へと進んでいく。
そんな中……。

39: 2014/10/06(月) 11:52:53.70 ID:DMfbvU0b0

「どうした! 姉ちゃんの後ろにくっついていくだけかー!」
「落とせ! 落とせ!」
「邪魔者は落とせーっ!」

森田「ふざけんじゃねえ……! 貴様ら、それでも人間かよ……!」

美緒「最低だわ……!」

成金たちは口々に「押せ! 押せ!」と叫んで森田たちをはやし立てる。
この人間競馬、順位を確保するには前を行く者を突き落とさなければならない。当然、落とされればただではすまないのだ。
言うならば、それこそがこの人間競馬の最大の見所なのである……!

前を行く者たちは急いで渡りきろうとペースを上げる……。
だが、後ろの者たちも人を落とすという行為に葛藤があるのか構えはするもののそれ以上のことはしない……。

森田(……待てよ。ってことは、あの野郎……!)

森田たちの遥か後方をそろりそろりと近づいてくる安藤……。
安藤は前回のエスポワールでカイジを裏切り地獄送りにしようとまでした利己的な男なのだ。
と、なれば順位を確保し金を手に入れるために容赦なく押しに来る……! ましてや安藤は最後尾……押される心配が無い……!

40: 2014/10/06(月) 12:02:20.07 ID:DMfbvU0b0

「ぎゃああああっ!」

西条の後ろをついてきた男がバランスを崩し、下へ落ちていく。これで西条は後ろを気にすることなく、ただ渡り続ければいいだけとなった。

西条「こいつは……スリルだぜ……」

西条、このような状況でさえ楽しんでいる……。賭博ジャンキーと化した者の思考はもはや狂気である……!

「うわあああああっ!」

「うおおーっ! いいぞ、いいぞーっ!」
「そうだそうだ、落とせー!」

2番目の鉄骨を渡っている3人……その最後尾のキャップの男は何のためらいもなく前を行く者の背中を押し、下へと突き落としていた。

「よ、よせっ……やめっ……!」

さらにすぐに先頭の5番の男の背後にまで迫り来ると、男が懇願するのさえ無視して容赦なく突き落とした。

41: 2014/10/06(月) 12:17:37.52 ID:DMfbvU0b0

森田「あの野郎……何であんなに平然と……」

他の参加者たちが僅かでも葛藤するのに対し、その6番の男は何の躊躇もなく前を行く者を突き落とす……!
まるでその非情な行為を日常的に行ってきたかのように……。
そして隣の鉄骨の西条とトップを争い合っている……。

美緒「きゃっ……!」

森田「危ない、美緒!」

バランスを崩して落ちそうになった美緒の肩を森田が掴み、かろうじてその場に安定させる。
美緒もホッと安堵するが……。

美緒「森田くん……。この鉄骨、何だかおかしいわ……いきなりバランスが……」

森田「何だって?」

気がつけば、先の鉄骨がこれまでより明らかに狭くなっている。ここまでは靴幅より広かったのに、今はかなり狭い……!
これでは重心のバランスが取りにくくなり、たとえバランスを崩しそうになっても体勢を立て直すことも困難……!

森田「落ち着くんだ。すり足で進めば落ちやしないさ。それに本当に落ちそうになったら鉄骨に手をつけばいいんだ」

美緒「ええ……」

美緒は森田に励まされながらそっと……少しずつ前へと進んでいく。
鉄骨の長さは25メートルほど。もう既に半分も進んだのだ。ゴールは確実に近づいている……。

42: 2014/10/06(月) 12:30:03.45 ID:DMfbvU0b0

森田「何……?」

森田、異様な殺気と気配を背後から感じ取る……。
気がつけば、あれだけ離されていたはずの安藤がすぐ後ろまで迫ってくるではないか!
しかもその表情と様子は明らかに自分たちを落としにくる気が満々だ……!
引き離そうにもここからは安藤と同じすり足でしか進めないため、それは不可能……!

「ばーか! さっさと姉ちゃんを落とさないからそんなことになるんだ!」
「いずれ飽きる女なんかとっとと捨てちまえばいいんだよ!」
「姉ちゃんもそんな男なんて捨ててさっさと突き進めー!」

森田「何だと、貴様ら……!」

美緒「勝手なことばかり言って……!」

安藤「そうだよ……森田さん。落とさなきゃ落とされるんだよ」

あまりに身勝手な成金たちの野次に憤る中、唐突に迫ってきた安藤が喋り出す……。

43: 2014/10/06(月) 12:39:00.49 ID:DMfbvU0b0

森田「貴様……本気か?」

安藤「本気も何も……そうしないと金にはありつけないんだよ。嫌でも押さなきゃダメなんだ……」

安藤「俺は船から降りて、結局200万近い借金だけが残ったんだ……」

安藤「あの時、あんたがしゃしゃり出て来なければ俺は借金チャラで、しかも1000万って金を手に入れられたんだ……! あんたさえ邪魔しなければ……!」

安藤の発する殺意に森田、呆然……。こいつ、船でのことを根に持っていたのか……!

安藤「俺には金が必要なんだ……! そのためには、どんなことでもやってやるって決めたんだ……!」

森田「ば、馬鹿……! よせっ……!」

安藤「どけぇ! 2000万は俺のものだぁーーっ!」

ついに安藤が森田に襲い掛かる……!
背を向けている者が前向きの人間と落としあいになれば、勝負になどならない……!
一方的に落とされるだけ……!


第一章終了……。第二章に続く……!

44: 2014/10/06(月) 12:40:31.93 ID:DMfbvU0b0
以上で第一章は終了。後日、書き溜めて第二章を再開。
なお、安藤は本来、絶望の城編には登場しません。

51: 2014/10/19(日) 14:10:33.05 ID:ZUAGLs1q0

美緒「も、森田くん!」

森田「行くんだ、美緒!」

森田、不安定な足場ながら体を半分ほど反転させ、襲い掛かってきた安藤の手を掴む……!
進めと促された美緒は森田の危機を目の当たりにし、足を止めてしまう……。

安藤「どけ! どけぇ!」

安藤、まるで何かに憑かれたように、獣のように目を爛々とさせ、森田を落とそうと躍起になる。
森田はバランスを維持し落ちないようにするのが精一杯で、とても安藤を制することなどできない。

森田「もうあの連中がゴールするんだ! 俺たちが1、2着にはなれない! やめろ!」

安藤「うるさい! あんた達が落ちれば俺が先に行けるんだぁ!」

もはや聞く耳持たずにただ目の前の邪魔者を落とすことしか考えていない安藤……。
このまま安藤と取っ組み合っていれば、いずれはバランスを崩して墜落する……!

「いいぞ、いいぞー!」
「そこだ! 落とせー!」
「邪魔者は落としちまえー!」

下で見物する成金たちは森田たちの修羅場に熱気がさらに高まり、口々にはやし立ててくる……。

52: 2014/10/19(日) 14:13:09.67 ID:ZUAGLs1q0

美緒(どうすれば……どうすればいいの?)

足を止めたままの美緒は背後で必氏になっている森田を振り返り、困惑……。
このままでは森田は鉄骨から落とされ、10メートル下のマットに激突する。打ち所が悪ければ即氏……!
そして、その不安はすぐに現実のものとなる……!

安藤「……あ! あわわわ……!」

森田「馬鹿! 戻しを大きくするな!」

安藤の体が突然、激しくふらつきだす……。
こんな不安定な足場ではバランスを崩さないように進むのが精一杯……。相手を落とすにしてもそれは無抵抗な者を一方的に押せなければならない。
下手に暴れればバランスは維持できずに落ちるのは当たり前。取っ組み合いなど持っての他。
ましてや元々、バランスがとれるような体格ではない安藤であれば尚更である……!

安藤「ひ……! ひいぃ……!」

両手をバタバタと振り回しながらバランスを元に戻そうとするも、安藤の体は大きく横へ傾いていき……。

53: 2014/10/19(日) 14:17:06.26 ID:ZUAGLs1q0

森田「ぐっ!」

あろうことか、森田の服を掴んできたのだ! 藁を縋るように手を伸ばしたのだろうが、無駄な足掻きに過ぎない。

安藤「あ! ああーっ!」

森田(まずい! 落ちる!)

安藤に引きずられるように、森田までもが落ちそうになる……! このままでは安藤に道連れにされてしまう……!

美緒「森田くん!」

森田が今にも落ちそうになるのを目にし、美緒は思わず森田へと手を伸ばす!
下手に大きく動けば足を踏み外してそのまま落下するにも関わらず、衝動的に体が動いていた。
美緒の手は森田の服を掴むが……!

美緒「あっ!」

美緒までもが二人に引きずられ、足を踏み外してしまう!

54: 2014/10/19(日) 14:20:25.72 ID:ZUAGLs1q0

安藤「うわああああああーっ!」

安藤の絶叫が響き、真っ逆さまに落下……!

――グシャッ!!

安藤「うぎゃっ!」

「ぎゃははははは!」
「バカだあいつ! 自爆しやがった!」

墜落し、全身を叩きつけられた安藤の無残な有様を成金たちは嘲笑い、楽しむ……。

安藤「あ……あうぅ~……」

他に落ちた者たちと同じように痛ましい呻き声をあげて悶える安藤……。片手片足共におかしな方向に折れ曲がってしまっている……。
以前、エスポワールでカイジから喰らった腹蹴りを遥かに超える激痛と苦しみを味わう……。

55: 2014/10/19(日) 14:22:32.84 ID:ZUAGLs1q0

森田「ぐ……」

美緒「うう……」

安藤と共に落下しかけていた森田はかろうじて鉄骨に掴まり、宙吊りの状態となっていた。
足を踏み外した美緒も落下しかけたものの、森田と同様にぶら下がっている。ただし、片手で……。

美緒「ひっ……」

森田「下を見るな、美緒。手を伸ばせ」

森田は恐怖に打ち震える美緒の手を鉄骨へと掴まらせていた。

「いいぞ、いいぞ! 姉ちゃん!」
「もっといい所を見せてくれよー!」

下からの野次など気にすることなく、二人は鉄骨の上へと這い上がる。

美緒「はぁ……はぁ……氏ぬかと思った……」

鉄骨の上で座り込む美緒は大量の冷や汗を流しながら息を震わせて息切れを起こしている。
危うく落ちかけ下手をすれば命が無かったのだから、たったあれだけでここまで消耗するのも当然である。

56: 2014/10/19(日) 14:30:05.88 ID:ZUAGLs1q0

美緒「ありがとう、森田くん……」

森田(あの野郎……)

美緒が礼を言う中、森田は落下した参加者たちを、たった今落ちていった安藤を見下ろし息を呑む……。
安藤が落ちてしまったのはある意味で自業自得なのだが、まるでいい気などしない。ましてや目の前で人が落ちていく光景を見て喜ぶなど……。
かろうじて息はあるようだが、あれでは病院送りは免れない。

森田「もうこのまま這って進もう。その方が安全だ」

美緒「そうよね……もうこんなゲームを続けてても意味ないよ……」

鉄骨に手をついた時点で森田と美緒は失格だ。
既に西条とキャップの男はゴール寸前。第一、森田たちは金を得るためにここにきているのではない。
二人はそのまま鉄骨の上にしがみついたまま這い進んでいくことにした。

57: 2014/10/19(日) 14:32:55.38 ID:ZUAGLs1q0

西条「ちっ。あいつに越されたか……」

ゴールまであと3メートルという所で、首位を争っていたキャップの男が1位でゴールした。
これで西条が2位になるのは決定だ。他の者は落下か鉄骨にしがみついて失格になるか中々前へ進めない状態なのである。
西条としては賞金などどうでもいいため、今回のゲームの結果はこんなものか、といった気分であった。
とにかく、落ちずに命があっただけでも良しとしなければ。

だが、しかし……! 西条はおろか森田たちでさえ予期せぬ出来事が巻き起こる……!

西条「な、何? 何だよ! お前!」

先にゴールをしたキャップの男が何と西条の鉄骨の方までやってくると、そのまま鉄骨を逆走で渡り始めたのだ。
既に1位でゴールをしている以上、ゲームを続ける意味などない……ましてや他の鉄骨を逆走するなど……。

西条「戻ってくるなよ! 俺がゴールできないだろうが!」

前に立ち塞がる男に叫びかけるも、無言のままゆっくりと男は西条に近づいてくる。

西条(こいつ……まさか、俺を……?)

58: 2014/10/19(日) 14:34:33.45 ID:ZUAGLs1q0

西条、その男の異様な雰囲気を感じ取り戦慄……。
目の前のこの男、ただゴールをして賞金を手にするのが目的なのではない。ましてや西条のようにただゲームを楽しむわけでもない。
こいつの目的はただ一つ……だが、そんなことをして何の意味があるのか西条には分からない……!

???「くくく……」

西条「ば、バカ野郎……! よせ! 来るな! ……うわっ!」

男が目の前まで迫り、恐怖に駆られ手を振り回す西条。だが、それでこれまで保ち続けていたバランスが崩れ、大きくふらついてしまう。
そう。この男、西条を鉄骨から突き落とすつもりなのだ……!

???「があっ!」

男は突然、西条に向かって獣のように吠えかかり恫喝する……!

西条「ひっ! う……うわ……うわあああああああっ……!」

男の声と迫力でびっくりした西条はもはやバランスを保つことができず、落下……!
かぶっていたハンチング帽がひらひらと舞い落ちる……。

???「くくく……みんな赤ん坊……赤ちゃん……」

墜落し悶え苦しむ西条を、自分が突き落とした者たち見下ろし、男は不気味に笑う……。

59: 2014/10/19(日) 14:37:47.89 ID:ZUAGLs1q0

森田「な、何やってやがるんだ……あの野郎……」

森田と美緒はもちろん、まだ渡り終えていない生き残り他4人も愕然……。
キャップの男は先ほども前を行く者たちを躊躇無く突き落とした上、あろうことかゴールをしたにも関わらず他の鉄骨にまでやってきて西条を容赦なく鉄骨から落としていた。
その光景はあまりにも異常……狂気……。その行為自体が目的と言わんばかりに……!

美緒「何であんなことを……」

ゼッケン11「あ……あわわ……」

すぐ前を行く水色の服を着た11番の男はその異様な光景に足を止め、打ち震えてしまう。

「いいぞ、いいぞ!」
「こりゃあ見物だぜ!」
「おらおら! 早くゴールしねえとあいつに落とされちまうぞー!」

下の成金たちからの罵声に我に返る森田……。
西条を突き落とした男はくるりと反転してゴールへと引き返していく……。
これで終わりではないという雰囲気がはっきりと感じられる……。

60: 2014/10/19(日) 14:41:13.20 ID:ZUAGLs1q0

森田「おい! 急いでゴールするんだ!」

森田、前を行くゼッケン11番の男を促す。

ゼッケン11「で、でも……」

森田「奴は俺たちを残さず落とすつもりなんだ! もたもたしてるとこっちに来るぞ!」

理由は知らずともあの男のやろうとしている行為自体は既に確信的……!
このまま鉄骨の上にいればいずれあの男が前に立ち塞がり、森田たちを落としにかかる!
ゴールまでもう残り6メートル……目と鼻の先……!

「や、やめ……うわあああああっ!」

案の定、3番目の鉄骨にやってきた男はゴール目前だった参加者たちの前に立ち塞がり、次々と落としていく。

「助けて……助けて……ああああああああっ!」
「よせ! 来るな! 来るな……ぎゃああああっ!」

自分たちを突き落とすことが目的の異常者の姿に恐怖に駆られた参加者たちは成す術もなく、ただ無力のまま落下していった。

61: 2014/10/19(日) 14:45:13.21 ID:ZUAGLs1q0

これで残るは森田たち3人……。今度はこちらに来る……。

ゼッケン11「こ、こっちに来る!」

美緒「ど、どうするの……森田くん」

ゼッケン11番と美緒もまた自分たちを頃しにかかろうとする男に恐怖している……。
引き返そうにもスタート地点は既に棺の壁で遮られて戻れない。ゴールをしなければ助かる道はないが、とてもあの男より先にゴールはできない……。
ならばどうすれば良いか……道は一つだけだ。

森田「二人とも。俺を先に行かせてくれ」

美緒「森田くん?」

ゼッケン11「え? ど、どうするんですか?」

森田の突然の進言に前の二人は困惑……。

62: 2014/10/19(日) 14:48:38.71 ID:ZUAGLs1q0

森田「奴は俺が引き受ける。このままじゃあゴールしようにも奴がいては何にもならない」

森田「二人はここで待っていてくれ」

美緒はもちろん、ゼッケン11番も素直に従った。
あの男がいる限り絶対にゴールは不可能。ゼッケン11にしてみれば賞金は欲しいが、それよりも命の方が大切だ。
氏んでしまっては何の意味も無い。ここでリタイアだ。

ゼッケン11番も鉄骨にしがみつき、立ち上がった森田は二人の上を跨いで先頭に立った。
キャップをかぶった男は森田たちの鉄骨を渡り始めていたが、鉄骨を渡らずにゴール地点で陣取っている……。
待ち構えているのだ。森田たちを突き落とすために……。

美緒「森田くん。気をつけて」

美緒から声をかけられる森田は慎重に前へと進んでいく……。

63: 2014/10/19(日) 15:02:28.96 ID:ZUAGLs1q0

あのような快楽殺人者のような奴に阻まれてたまるものか。何としてでも道を切り開かなければ。

森田(あの野郎……どこかで……)

キャップを目深にかぶっているおかげで素顔はよく分からない。
だが、その男の異様な雰囲気と殺気……森田はかつてどこかで感じたことがある。
それも2年以上も前、銀二と共に裏家業に身を置いていた時に……。

とうとう狂気の男の目の前までやってきた森田。
男は今にも森田を鉄骨から落とそうという雰囲気を醸し出している……。
向こうは今、コンクリートの床の上に立っているのに対して森田はこの不安定な鉄骨……。明らかに不利すぎる。
だが、やるしかないのだ。こいつを何とかしなければ後ろの二人まで落とされる……!

???「ふふふ……」

だが意外なことに、男はその場から退いて森田に道を開けていた。

64: 2014/10/19(日) 15:05:14.77 ID:ZUAGLs1q0

森田(何を考えてやがる……?)

今までとは全く違う様子に森田、困惑……。
森田を油断させて騙まし討ちを仕掛けてくる腹積もりだろうか。

???「怖がらなくていいよ。森田鉄雄くん」

森田「え?」

こいつ、今森田の名を口にした……。
森田のことを知っている……?

???「大丈夫、大丈夫。君はこのまま渡らせてあげる……」

???「君は他の奴らと違って馬鹿じゃない。ましてや前みたいに同じ失敗は繰り返さない」

森田(こいつの声……)

聞き覚えのある男の声に森田、戦慄……!

65: 2014/10/19(日) 15:06:46.56 ID:ZUAGLs1q0

だが考えたくなどない。その男がここにいていいはずがないのだ……。

森田「お前……有賀か? 有賀研二か?」

森田は男に話しかける。すると、男はにんまりと不気味に笑い出した……。

???「そうだよ……僕だよ」

キャップを脱ぎ捨て、素顔を露にする男……。
一見、ボーっとしたような風貌だがその狂気に満ちた目つきは忘れもしない……!
3年以上も前、女子供を中心に猟奇的な殺人事件を繰り返してきた殺人鬼、有賀研二……!
かつて森田と氏闘を繰り広げた男が目の前にいる……!

66: 2014/10/19(日) 15:08:37.14 ID:ZUAGLs1q0


一方、こちらは人間競馬が行われている会場より数階下のビルの一室……。
そこは第一陣のレースを終えた者たちが全てのゲームが終わるまで待機する控え室。
第一陣レースの生還者は5人。このレースに参加していたカイジは……失格であった。
1位は佐原、2位は石田。残る3人は鉄骨に手をついての失格である。

中山「くそぉ……」

カイジと同じ鉄骨を渡っていた男、中山は賞金を得られなかったことに深く落胆……。
カイジもまたチャンスをふいにしてしまったことを後悔するが、同時にあの修羅のレースを生き長らえたことに安堵しているのも事実……。
何しろ他の者を落とさなければ賞金など得られないという、狂気の沙汰だったのだから。
カイジは他の者を落とすことはできず、結局失格となった。

カイジ「森田のやつは……どうしたかな……」

現在始まっている第二陣のレースに参加しているのだろうか。森田はあの鉄骨を渡りきれているのだろうか……。
他の者たちを押し退けてゴールをしようとしているのだろうか……。

それとも、逆に突き落とされているのか……。
エスポワールで世話になった男について、様々な思いがカイジの頭を駆け巡る……。


67: 2014/10/19(日) 15:12:02.39 ID:ZUAGLs1q0

目の前に現れた殺人鬼・有賀研二の姿に森田、呆然……。
かつてヤクザに捕らえられ、取引のために警察への引渡されようという中で監視のヤクザの組員を全滅させた挙句森田にまで重傷を負わせた男……。
しかし、その後駆けつけた平井銀二に叩きのめされ、警察へと引き渡されたはずなのに……。

森田「馬鹿な! 何でお前がここに……!」

有賀「まあ、色々あってね……。このパーティに僕が必要なんだってさ」

一週間前、氏刑囚として刑務所に入れられていた有賀は帝愛から派遣された黒服によって一時的に解放されていた。
警察との癒着もある帝愛の手にかかれば有賀を牢から出すことなど容易いこと……。
今夜のパーティを盛り上げるための特別ゲストとして参加させられたのだった。要は森田と似たような境遇である。

有賀としてはパーティなどどうでも良かったが、実際に参加して内容を知るなり容赦の無い凶行を行うと決意したのだ。
ましてや相手を突き落とそうが何をしても良いというのだから。

68: 2014/10/19(日) 15:15:00.12 ID:ZUAGLs1q0

森田(帝愛の奴ら、何て野郎を参加させやがる!)

まさか殺人鬼などを参加させるなんて、正気の沙汰ではない。
有賀は殺人に悦楽を見出す異常者、自分達の常識の外で生きているのだ……!

有賀「でも、森田くんまでもが参加しているとは思ってもみなかった……くくく……」

有賀「安心しなよ。君は落としたりなんかしないから。君と争えば、僕も危ないだろう……」

森田「そう言って前は騙まし討ちをしてきただろうが!」

あの時は森田の油断もあったが、停戦を申しかけてきたにも関わらず有賀は森田に不意討ちを仕掛けてきたのだ。
銀二が来ていなければ危うくあの世行きになる所だった。

69: 2014/10/19(日) 15:17:05.69 ID:ZUAGLs1q0

有賀「じゃあ、こうしようよ。僕はこれから10歩後ろに下がる……そして君が渡り終えて階段を降りるまでは動かない……」

森田「ふざけるな。信用なんてできねえ!」

森田と争うのを避けようとしている有賀の狙いは後ろの美緒たち二人であることは明らかだ。
まして有賀は女子供を生きたまま切り刻んできたというのだから。確実に美緒を標的にしている……!
たとえこのまま渡らせてもらえたとしても、こちらが安心し切っている隙をついて何かしてくるはずなのだ。

有賀「……そうか。残念だよ。せっかく君だけは渡らせてあげようと思ったのに」

言うや否や、有賀はついに鉄骨を渡り始めた。森田との距離は2メートルもない。

有賀「僕は君と争うつもりはないよ……。僕が落とすのは弱い奴だけなんだ……」

有賀は一歩一歩森田に近づいてくる……。一体、何を考えているのかまるで分からない。

美緒「森田くん……」

ゼッケン11「あの人……大丈夫かな」

後ろでは美緒たちが有賀と対峙する森田のことを心配する……。

70: 2014/10/19(日) 15:20:08.67 ID:ZUAGLs1q0

有賀「君、ずいぶんと足が震えてるね……。そりゃあ落ちれば下手すりゃ氏ぬかもしれないしね」

森田の足元に視線をやる有賀、さらに笑みを深める……!

森田「なっ!」

有賀、突然その場でしゃがみ出すと森田の両足を押し出してきたのだ!
バランスが悪い状態で足に衝撃を与えられればバランスを保つことなどできない……!

有賀「姿勢は低くした方が落ちにくいんだよ。ましてや鉄骨にしがみつけば落ちやしない」

有賀「言ったろ……僕は君と争う気なんてないって」

つまり、最初から不意討ちを仕掛けようとしていた……!
あの時と同じように……!

森田「ぐっ! うおおおおおっ!」

先ほどのように体が大きく傾き、またしても落ちそうになる……!
だが、何とか手を伸ばして鉄骨にしがみつき、またもぶら下がりの状態に……。

71: 2014/10/19(日) 15:22:57.59 ID:ZUAGLs1q0

美緒「森田くん!」

またしても落ちそうになった森田の姿に美緒、思わず立ち上がる……!

有賀「案外しぶといね、君も……。でもそうなったらもう何もできないね……」

森田「ぐああああっ!」

立ち上がる有賀、鉄骨にしがみつく森田の手を容赦なく踏み躙る……!
しかし森田、それでも鉄骨から手を離さない……! 落ちれば美緒たちが有賀に殺される……!

有賀「氏ね……! 弱者……!」

無力な森田を有賀は容赦なく甚振る……!
やがて森田は片手だけで自分の体を支えることになり、さらに有賀は追い討ちをかける……。

美緒「やめなさいよ! 森田くんから離れてちょうだい!」

美緒、自分の靴を脱いで手にするとそれを有賀目掛けて投げつける……!

72: 2014/10/19(日) 15:27:01.73 ID:ZUAGLs1q0

有賀「ぐっ……!」

投げられた靴は有賀のこめかみに命中する!

有賀「う……うわ……!」

有賀も今ので保っていたはずのバランスを崩し、体が大きく傾いていき……。

有賀「うわああっ……!」

有賀もまた墜落しかけたが森田同様に鉄骨に掴まり、かろうじて落下を免れていた。
だが、このまま宙吊りの状態では二人とも落ちるのは時間の問題……!

有賀「やってくれたね……女の癖に……。くくく……」

美緒を睨み這い上がろうとする有賀……。しかし、その有賀の体を森田が掴む!

森田「二人とも行け! 先にゴールするんだ!」

美緒「で、でも……!」

森田「いいから!」

ぶら下がった状態のまま有賀の動きを押さえつける森田は美緒たちを促す……!

73: 2014/10/19(日) 15:56:33.90 ID:ZUAGLs1q0

美緒とゼッケン11は数秒迷った末に立ち上がると、急いで鉄骨を渡り始めた。
必氏に鉄骨にしがみつき有賀の動きを押さえる森田を跨ぎ、二人はゴールへ向かう……!

「こりゃあすげえ!」
「おらおら! どうした、落とせ!」
「落とさなきゃ這い上がれもしねえぞ!」

二人の男が宙吊り状態のまま争っているのを見て観客の成金たちの熱狂は最高に高まっていった。
観客たちの声など耳にも届かず、森田と有賀はぶら下ったたまま争い続ける……。

森田は二人がゴールをするまで有賀が這い上がれないように服を掴む……。
有賀はそんな森田を振り払おうとしている……。

美緒「森田くん……」

数分とかからずに何とかゴールをした美緒たちはぶら下り、氏の淵にいる森田の身を案じる……。

有賀「離せよ……! 君も早く上がらないと落ちるだろう……!?」

74: 2014/10/19(日) 16:03:23.01 ID:ZUAGLs1q0

森田「俺が離したらあの二人を頃しにいくんだろうが! させるかよ!」

森田「落ちるって言ったって、足から落ちりゃ氏にやしない。現に下にいる奴らは骨折くらいで済んでる奴らばかりなんだ……!」

西条や安藤でさえちゃんと生きているのだ。
もっとも、有賀に落とされた中の二人は打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かない……。

森田「貴様みたいな奴を楽しみで人を頃す奴を無傷でいかせるかよ……!」

森田「落ちるなら一緒に落ちろ! それで痛み分けだ!」

有賀「しょ、正気か? 森田……!」

森田は既に落ちることを覚悟している……!
普通の人間だったら助かろうとして相手を押し退けて這い上がろうとするのに、森田は有賀と共に落ちようとしている……!
やはり森田はこれまで有賀が頃してきた人間たちとは全く違うタイプ……!
しかも今回は命を捨てる覚悟までしている……!

有賀「は、離せ……! 離せ……!」

森田(くっ! もう……限界か!)

有賀に踏みつけられ痛めつけられていた手はもはや限界であった。
有賀もまた片手だけではとても自分の体を支えきることなど不可能……!

75: 2014/10/19(日) 16:08:44.07 ID:ZUAGLs1q0

森田&有賀「うわあああああああっ!」

ついに二人は鉄骨から手を離してしまう!
足から落ちれば決して氏にはしない。骨折は免れないだろうが、その時でも最悪は一生車椅子生活になるだけ……!

有賀「ああああああああっ!」

――ゴシャッ!!

嫌な音が響き、両足から落ちていった有賀はマットの上で蹲り、呻いている……。
その両足はおかしな方向へ曲がってしまっている……。

だが、共に落下したはずの森田の姿はどこにもなかった。何故なら……。

森田(何だ……?)

森田の体は未だ鉄骨がかかった10メートル付近をぶら下っていた。
気がつけば、自分の片手を誰かが掴んでいる……。

76: 2014/10/19(日) 16:20:17.05 ID:ZUAGLs1q0

美緒「う……」

森田「み、美緒……」

先にゴールをしていたはずの美緒が森田の真上……何と鉄骨の上に倒れこみ、両手でしっかりと森田の腕を掴んでいたのだ。
森田が今にも落ちそうになっているのを見て、美緒は堪らず引き返してきたのだった。
そして森田が手を離して落ちると同時に美緒も倒れこみ、必氏に手を伸ばしたのである。

しかし、美緒の腕の力ではとても森田の体は長時間支えられない。徐々に力が抜けているのが分かる。
森田はもう片方の手を鉄骨に伸ばし、渾身の力を振り絞って鉄骨の上へと這い上がっていた。

森田「美緒……何て無茶なことを……」

鉄骨にしがみついたままの二人であったが、完全に憔悴しきっていた。
こんな狂気の鉄骨渡りに参加させられ、何度も危うく落ちそうになったのだから当然だ。
だが、それももう終わりだ。……落下した有賀も病院送りとなって動けくなるはずだ。

77: 2014/10/19(日) 16:33:50.54 ID:ZUAGLs1q0

結局、人間競馬第二陣の参加者たちは全員が失格……。かろうじて生き残ったのは森田と美緒、ゼッケン11番の三人だけ……。
残る10人は無情にも落下し、果てた……。内2名は氏亡という悲惨な状況……。
森田たち三人は残る3つのレースが終わるまで控え室で待機することになる……。

美緒「大丈夫? 森田くん……その手」

森田「ああ……。落ちて骨を折るよりかはマシさ」

そして控え室へ足を踏み入れると、そこには第一陣レースの生き残りたち5人の姿があった。
歓喜の佐原と石田……。失意の三人……。その一人は……。

カイジ「森田……あんたも生き残ったか……」

森田「何とかな……」

再会した二人の男は互いの無事を確認し合い、ホッとする……。
カイジは森田たちの様子からして第二陣のレースが相当な修羅場であったと察していた。
悲惨なのは落ちた者たち……。しかも森田たちの場合は快楽殺人者に目をつけられるハメになってしまった……。最悪のレースに当たったと言える。
しかし、賞金の権利は得られずとも、生きて帰れるのだから命からがらとはいえ森田たちは幸運でもあった。

78: 2014/10/19(日) 16:42:38.87 ID:ZUAGLs1q0

座り込み壁に寄りかかったまま森田と美緒は完全に放心しきっていた。

明穂「二人とも、大丈夫!?」

しばらくすると控え室に明穂と由香理が姿を見せていた。
第二陣のレースが終わったことを告げられたことで黒服に完走者たちが待機する場所はどこかを聞いて案内されたのだ。

由香理「しっかりしなさいよ、美緒」

美緒「もう……へとへとだわ……」

レースを行っていたのは20分とかからなかっただろうに、実際は何時間もあの修羅場にいたような錯覚に襲われていた。
それだけあのレースが狂気に満ちていたということなのだ。エスポワールの時を遥かに越える狂気……。

美緒「でも、これでもう終わりよね……」

しかし、とにかく生き残ることができたのは幸いである。美緒は森田と共に橋を渡ることができたことを喜んでいた。
これで自分たちは解放されるのだから。

森田「ああ……そうだな……」

79: 2014/10/19(日) 16:58:41.99 ID:ZUAGLs1q0

明穂「一体、どんなゲームをやらされたの?」

森田「……話すようなことじゃない。今日のことはもう忘れるべきだ……」

それから第3レース、第4レース、第5レースとゲームは続き、11時30分を回る頃になってようやく全てのレースは終了した。
参加者60名と飛び入り1名のうち40人が落下……。結果的に生き残ったのは全体の約1/3の21人だけ……。
そして生還者21人たちの前に、白服が姿を現す……。

白服「ご苦労様でした。それでは早速、今日のレースの1、2着の方にお約束のものを差し上げます。権利のある方は前へ」

かろうじて人間競馬を失格なしで上位二位で完走しきったのは7人……。佐原、石田と次々に続いていく……。
白服は彼らに封筒を手渡していく。

森田(賞金が1000~2000万のはずなのにあんなものか……?)

1000万ともなればそれはもう封筒には収まらない札束であるはずだ。
なのにあんな薄い封筒しか渡さないということは、小切手か何かだろうか?
否……そんな生易しいものではない……!

80: 2014/10/19(日) 17:01:58.64 ID:ZUAGLs1q0

佐原「な、何だよこれは……!」

白服「2000万、1000万のチケットでございます」

封開けたその中から出てきたのは、賞金とは名ばかりの紙切れ一枚だけ……。
当然、参加者たちは激怒……! 次々に現金をよこせとわめきだす……!

白服「ご安心を。引渡しは別の場所で行います。チケットをお持ちの方は私の後に続いてください」

白服「なお、第2レースでは権利を得た方は一人もおらず、第5レースでは一人だけしか権利を得た方はおりません」

白服は3枚のチケットをひらつかせる……。

白服「2000万が1枚、1000万のチケットが2枚余っておられます。3着以下、失格の方々もこのチケットを得られるやもしれません。ご希望の方はどうぞご一緒に」

そう言われては失格者たちも後に続かざるを得ない……。カイジまでもが立ち上がり、白服の後に続く。

81: 2014/10/19(日) 17:08:52.86 ID:ZUAGLs1q0

美緒「ねぇ、森田くん。賞金なんてどうでもいいわ……もう帰りましょうよ」

明穂「そうよ。こんなおっかない所なんてさっさとおさらばしましょう」

美緒たちはもうこれ以上、こんな悪魔じみたゲームに関わるのはごめんであった。
森田と一緒にすぐにでもこのホテルを離れたいくらいである。
だが、森田の考えは彼女たちとは全く逆であった。

森田「いや……行こう」

美緒「え?」

森田の言葉に三人は唖然……。
だが別に森田は賞金が欲しいわけではない。

森田「ここの奴らはまだ何かする気でいるんだ。……放っておくわけにはいかない」

すぐに賞金を渡さずにあんな紙切れでカイジたちを誘ってきたのだ。……もしかしたら、まだゲームは終わっていないのかもしれない。
と、なればそのゲームにカイジたちが乗せられてしまうかもしれない。それを見過ごすわけにはいかない。
ましてや相手は帝愛……! 負債者たちの命を弄ぶ悪党なのだから……!

森田「美緒たちは待っていてくれ」

美緒「……だ、だったら私も行くわ!」

当然、森田を一人で行かせるわけにもいかず、結局美緒たち三人もついていく……!

森田(これから何を始めようっていうんだ?)

82: 2014/10/19(日) 17:34:37.79 ID:ZUAGLs1q0

ここは人間競馬が行われたビルとは別の、スターサイドホテルメインビルの地上22階……。
薄暗い蝋燭の明かりの中で何十人もの人間たちが静かに食事を嗜んでいた。
彼らは今回の帝愛のパーティに招待された資産家たち……それも人間競馬の際に大騒ぎをしていた成金などとは格が違う……。この金の世を牛耳る本物のVIPたちである。

「くくく……」
「ふふふ……」

しかし、彼らは気味の悪い笑みを浮かべながらこれから行われるであろう新たなゲームの始まりを今か今かと待ち続けている……。
孤独な老いた王たちは、自分達の渇きを癒すためにこのパーティに参加しているのであった……。
そんな中、一室の一角のテーブルでは……。

「ったく……気分が悪いな」
「この連中……とても普通の神経じゃねえぞ……」

他のVIPたちとは異なり、心底機嫌を悪そうにしているのは少し場違いな柄の悪い三人の男たち。
元警視庁OB・安田巌。元毎朝新聞記者・巽有三の二人は周りの異様な空気に明らかに気分を害していた。

83: 2014/10/19(日) 17:42:53.88 ID:ZUAGLs1q0

安田「誠京を潰した帝愛のパーティなんて、どうせまともなものじゃねえんだ……」

有三「何でも向こうのビルで人間同士を落として競争させてたそうだぜ……。向こうでは成金どもが見物していたらしいが」

安田「おいおい……いくら何でも悪趣味だぜ。そんなもの見て何が楽しいってんだ?」

彼らはとてもここにいる資産家たちのように食事を楽しむような雰囲気ではない。
無理も無い。資産家たちがパーティの内容を事前に知り望んで参加しているのに対し、彼らは帝愛そのものに用事があるついででこのパーティに参加しているだけなのだ。

「彼らにとってはそれが愉悦なのだろう……。人が恐れおののき、泣きながら危険を侵しているその様をこうした安全な場所から見届ける……」

「そうするだけで、彼らは普段感じることのできぬ悦楽を感じるのだろう……」

安田たちと同じテーブルについて、静かに食事をする白髪の男……。
この男、今回招かれたVIPたちの中では最も大物な存在……。

「『安全』という名の愉悦をな――」

裏社会を牛耳る者たちならば知らぬ者はいない……裏社会のフィクサー。
天才的な才覚と悪魔じみた手腕で名を馳せる、『銀王』の異名を持つ男……。

――その男の名は、平井銀二……!


第二章終了……第三章に続く……!

84: 2014/10/19(日) 17:44:02.17 ID:ZUAGLs1q0
以上で第二章は終了。後日、書き溜めて第三章を再開。

89: 2014/10/26(日) 18:28:56.11 ID:q/GNoIkJ0

銀二「無論、それは帝愛にとっても同じことだ……」

平井銀二たちがこのスターサイドホテルにやってきたのは、次なるヤマのためでもあった。
そのヤマとは、帝愛グループの打倒……。

安田「しかし……河野を総理に押し上げようだなんてな……。何の意味があるんだ?」

銀二「帝愛にとっては河野は動かしやすいと見たのだろうな。……あれだけのことがあったんだ」

1年前の春、銀二と交流のあった帝日銀行の救済のために挑み、勝利した300億をサシ馬にした競馬勝負……。
そのサシ馬相手だったJSAの監督庁である農業水産省のトップにして自由民生党総裁・河野洋一が帝愛グループと繋がりを持ったというのだ。
あの競馬勝負を終えてからしばらくした後、帝愛は河野に声をかけ、政治献金を行っているという。
300億を失った河野にしてみれば自分を押し上げてくれる協力者がいてくれることは願ってもないことなのだ。

過去、帝愛は橋爪竜蔵という政治家を総理に押し上げることで、その対価として自分たちの仕事をする上で有利となる法律をいくつも通してきているのだ。
今回も帝愛は傀儡となった河野を使って自分たちが動きやすい環境を作り上げ、はたまた自分たちの邪魔になる存在を一掃しようとしている……。
そうなっては銀二はおろか懇意にしている政治家たちまでもが活動し難くなる。

故に何としてでも帝愛グループを制さなければならなかった。それも上手くいけば帝愛から金を搾り取ることも可能でもある。
だが相手はライバル会社だった誠京グループを陥落させたという強大な相手……。さすがの銀二でも生半可なことでは勝てないと悟っていた。

90: 2014/10/26(日) 18:30:02.69 ID:q/GNoIkJ0

安田「それで銀さん……。これからどうやって帝愛を潰すっていうんだい?」

銀二「いや、今の所策はない。……さすがに隙がねえからな」

敵は蔵前仁よりもさらに格上の王……。裏社会を絶大な金と権力で牛耳る魔王なのだ。
もしも敗れればまず間違いなく破滅が待っている……それも壊滅的な破滅が……。

銀二(まあ、俺の氏に場所となるならそれも本望だがな……)

巽「お……何だ?」

見れば帝愛の黒服たちが数台のテレビを運んでくるではないか。

銀二「どうやらもうすぐ始まるようだな。ここの連中を楽しませるための、悪魔の余興が……」

安田「わざわざ俺たちに見せたいものがあるって招待して……何を考えてるのかねぇ……」

帝愛グループは表向きにはあらゆる金融機関を主体に傘下に加えて金貸しを生業にし、他にもカジノやホテル業にまで手を広げている日本最大規模のコンツェルン。
その規模は日本国内はおろかその外にまで及んでおり、世界中のありとあらゆる金を掻き集めている。
しかし、同時にその裏では負債者の人権はおろか生命をも奪う悪魔じみた凶悪なギャンブルを行なわせているとも聞いていた。
それは銀二も初めてこの目で見ることになるものだ……。

91: 2014/10/26(日) 18:31:46.47 ID:q/GNoIkJ0

明穂「そういえばあんた、どうしてこんな所に来てるわけ? 船から降りた後に300万をみんなで分けたでしょう?」

カイジ「いや……その……あれは……」

由香理「呆れた……全部使っちゃったの?」

白服の後へと続く道中、明穂と由香理からの問いかけでカイジは恥ずかしそうに目を逸らす……。

明穂「それでこんな所に来るだなんてどうかしてるわよ。ちゃんと働いてるの?」

森田「もうそれくらいでいいだろ。今はそんなことを言ってても仕方がない」

カイジにきつい言葉を浴びせる二人を宥め、森田たちは白服の後をただ黙ってついていく……。
そして連れてこられたのは外……つい先ほどまで人間競馬が行われていたビルの屋上。
森田たちのレースを見物し大騒ぎをしていた観客たちの姿は既に無く、照明が消された会場はあれだけ喧噪としていたのが嘘と思えるように異様なほど静かだった。

???「おめでとう。ようこそ、選ばれし者たちよ」

パチパチと拍手を送りながら森田たち一行を出迎える一人の男……。

カイジ「あいつは……」

森田「利根川……」

カイジや森田たちエスポワールの生還者にとっては馴染みのある顔……。
あのエスポワールのホールマスターを務めていた帝愛グループの幹部、利根川幸雄……!
彼の登場と共に、森田は何か嫌な予感を感じていた……。

92: 2014/10/26(日) 18:33:18.78 ID:q/GNoIkJ0

利根川「諸君らは勇敢に戦い、その貴重な権利を勝ち取った。諸君らは誇り高き勝者……! 実にすばらしい」

佐原「よせよ! つべこべ言わずに出せよ! 金を!」

「金だ! 金を出せ!」

人間競馬の勝者たちの労をねぎらい賞賛する利根川だが、佐原を筆頭にチケットを持つ7人は次々とそんなことはどうでも良いと言わんばかりにわめき立て要求する。

利根川「もちろん出すさ。だが……換金の時間にはリミットがある。チケット裏の有効期間を確認してもらいたい」

そう言われ、佐原たちは渡されたチケットの裏を見る……。

佐原「7月14日、午前1時30分……? ってことはもう2時間もねえじゃねえか! 賞金なんて勝ったらすぐに渡すのが当たり前だろうが! 汚ねえぞ!」

「そうだそうだ!」
「ふざけんな!」

利根川「減らず口を叩くんじゃない! 居丈高になるのは勝手だが、お前らは何も理解していないようだな」

利根川「今回の賞金を決するカード、その切り札と権利を握っているのはこちら側だということを。口を慎め!」

利根川に一喝され、佐原たちは黙り込んでしまう……。下手に逆らえば賞金を渡される権利をも取り上げられてしまうかもしれない。

利根川「時間は今言ったようにあと二時間弱……。換金場所はスターサイドホテルメインビルの地上22階、2214号室だ」

一行を人間競馬のゴール地点であった高台のさらに反対側へと連れて行きながら利根川は説明しだす。
しかしこのホテルは本来、まだオープン前であるためエレベータは作動しておらず非常階段も使えないため、普通にそこへ行くのは不可能……。

93: 2014/10/26(日) 18:34:24.56 ID:q/GNoIkJ0

利根川「故に我々で便宜を図り道を通した」

佐原「え?」

明穂「道って……」

由香理「エレベータも階段も使えないのにどうやって?」

美緒「どういうこと……?」

美緒たちはもちろん、他の者たちも今一利根川の言葉の意味が分からない。

カイジ「鬼が……!」

森田「何てことを考えやがる……!」

しかし、森田とカイジはすぐにその言質を取って理解する……!
やはりまだ、悪魔の余興は終わってなどいないことを……!

利根川「ふふふ……そこの二人は察したようだな。全く、どいつもこいつも勘が鈍い」

利根川の合図と共に黒服によって取り除かれる巨大な暗幕……。そして月明かりの中に灯される照明……!
そこにあったのは、つい数時間前に森田とカイジも渡った鉄骨が2本……。しかし、かけられている場所が場所……!
このビルとメインビルを挟んだ空中にその鉄骨の橋はかかっていたのだ。ここは地上74メートルの摩天楼……! 落ちれば間違いなく即氏する……!

94: 2014/10/26(日) 18:35:41.62 ID:q/GNoIkJ0

明穂「じょ、冗談でしょ……」

明穂と由香理は森田たちがどんなゲームを先ほどしてきたのかを理解し、愕然……。
そして今度はさらに過酷……などとといった問題ではない事態が目の前に現れ、呆然とする。

佐原「ば、馬鹿野郎! 終わったはずだろ、もうこんなことは!」

闇が大きな口を開けている谷底を見下ろした佐原は利根川に食ってかかる!

利根川「あんな遊び程度で金が手に入ると思ったのか馬鹿共が。あんなものはパーティ客をもてなすためのただの余興だ!」

明穂「何考えてるのよ! こんなの落ちたら氏ぬじゃない!」

由香理「そうよ、そうよ!」

佐原「てめえ! ふざけんな!」

利根川「当然だ! 1000万、2000万って金は安くはないんだ! 勘違いするなガキめらが!」

利根川「世間の大人どもが言わないなら俺が代わりにいってやろう。……金は命より重いんだ!」

参加者でもない明穂と由香理にまで猛抗議を受けるも、逆に利根川は一行を一喝する……!
そして利根川は言う……! 人間は誰しもが望まずとも金を得るために命がけで人生を削り、自分の存在そのものを金に変えているのだと……!
サラリーマンとして普通に働き10、20年もの月日をかけて蓄えられるのが1000万、2000万という大金……。

それに比べて何の努力もせずにたった10分ばかりの余興で大金を得るなど本来は分不相応であり……夢のまた夢……。
故に本来は得られない大金をどうしても手に入れたいというのであれば、世間のように氏に物狂いで努力をし必氏にならなければならない……。
つまり、リスクを賭け、命を張るしかないのだと……!

95: 2014/10/26(日) 18:36:53.60 ID:q/GNoIkJ0

佐原「う……」

美緒「だからって限度があるわ……」

明穂「あんなことまでしなくても……」

利根川のきつい言葉が一行の胸に突き刺さる……。

森田(むかつくがある意味正論だな……)

確かに利根川の言葉は世間の真理をついているだろう。金は掴まなければ人生などない。どんなに真面目に働いても金を持たなければ罪人……。
もっとも、利根川の言い分は堅気としてまともに働いている場合に限る。
かつての森田や、平井銀二のように悪党たちが裏で金を握っていたような世間の常識が通用しない話もあるのだ。

――パニッ!!

利根川「さあ目を覚ませ! 渡れ! 渡れば今度こそスッキリ金を渡してやる! 掴むんだ! 未来を!」

呆然としていた一行は利根川に発破をかけられるが、誰もが戸惑うばかり。
それはそうだ。今回は失敗すればまごうことなき氏が待っているのだから……!
しかし利根川は躊躇うなと言う。長さも太さも同じである以上、一度渡った橋ならもう一度渡れると……。
そして今回はレースなどではなくあくまで受け渡しであるため、辿り着けば全員に金は約束するとのことだ。

96: 2014/10/26(日) 18:37:38.62 ID:q/GNoIkJ0

森田(白々しい詭弁を抜かしやがって)

利根川はああは言うものの、実際はそんなこと微塵も思ってなどいまい。
帝愛にとって自ら主催するギャンブルに参加する者は負債を抱えさせ搾取するための家畜か、先ほどの人間競馬のように醜悪な悪党連中を楽しませるための奴隷でしかないのだ。
負債者救済という大義名分を掲げながら、実際はさらに負債者を苦しめるためのものでしかない……。

最悪……その命を奪おうが何とも思わないのだ。
そんな悪党が楽しみ得をするような余興に参加するなど冗談ではない。うんざりだ。
そもそも森田は金のためにここに来たのではない。帝愛がゲームを盛り上げるためにわざわざ拉致されてきているのだ。

利根川「どうした? グズグズしていると全員放棄で失格にするぞ!」

カイジ「待て!」

怖気づいて誰も参加を表明しない中、前に出てきたのはカイジ……!

カイジ「確か1000万のチケットが2枚余ってたな。それを1枚、俺によこせば渡る!」

森田「カ、カイジ!」

佐原「カイジさん……!」

利根川「ふふふ。素晴らしい、歓迎するぞ。道開く勇者よ」

森田たちは驚愕……しかし、利根川はそれを望んでいたかのように逆にほくそ笑む……。

97: 2014/10/26(日) 18:38:48.95 ID:q/GNoIkJ0

明穂「あんた、何考えてるのよ! こんな馬鹿げたことに首を突っ込むなんて本気!?」

佐原「そうだぜ! カイジさん! 今度失敗したら間違いなく氏ぬんだぜ!?」

由香理「いくらお金が欲しいからって氏んだら何にもならないじゃない!」

利根川「その点は覚悟の上さ。ただし、一つだけ断っておこうか。今回は失格者の生き残りはないということを」

カイジ「え?」

森田「何だと?」

利根川が言うなりゴム手袋をはめた黒服が鉄パイプを手にすると、それを鉄骨へと近づける……。

――バチバチ!! バリバリ!!

森田「ぐ!」

カイジ「う!」

途端に飛び散る激しい火花……! この鉄骨には高圧電流が流れている……!

利根川「見ての通りだ。この橋には電流を流してある」

美緒「何でそんなことを……」

利根川「戒めのためだ。さっきの橋では手をついてしがみつくことを認めていたが、今回もそれを認めれば早々に勝負を投げ捨てる連中が現れる」

利根川「下手をすれば全員が勝負を放棄し、イモ虫の行進だ。そんな興が殺がれる展開だけは断じて許されん」

完全に逃げ道を封じてきたというわけだ。そうなってはもはや渡るか落ちるしかなくなる……。
恐怖におののくか……そうでなくともバランスを崩しそうになって手をつけば感電……!
あれだけのショックでは体勢など保っていられない……間違いなく落下する……。

98: 2014/10/26(日) 18:40:02.80 ID:q/GNoIkJ0

佐原「馬鹿も休み休みに言え! やれるわけねえだろ!」

カイジ「それでもいい。やる……!」

しかし、カイジは頑なに参加する意思は変えない……!

森田「やめるんだ! カイジ! これ以上、こいつらの余興に付き合うことなんてない!」

美緒「そうよ! もし失敗したら……」

カイジ「佐原、森田……美緒さん……。こんな話はもうないんだ。今回は金額だけじゃない……別の部分が異例なんだよ」

カイジ「今回、俺はただ渡り切ればいい。誰とも争う必要は無いんだ。世間じゃ他人と競争して押し退けないといけない」

カイジ「この機会を逃したら今回みたいなことはこの先ありゃしねえよ」

森田「だからって……」

利根川「ふっふっふ……確かにそうだな。今回は押す押さないの心配などない。そう考えればさっきの橋よりはずっと楽かもしれんぞ?」

そんなわけがあるまい。このゲームを主催しているのは帝愛なのだ。
ただ渡り切るだけで大金を渡すなど、そんな生易しい話だけで済ませるわけがない。必ず何か裏があるに違いない……。
カイジはそれに気づいているのかどうか分からないが……一人で行かせるわけにもいかない。

99: 2014/10/26(日) 18:40:56.99 ID:q/GNoIkJ0

利根川「さあ、他にいないか? 腹を決めた者は。まあ別に不参加でも構わんぞ。一人は参加してくれるのだからな」

森田「……おい。俺にも1000万のチケットを渡せ」

美緒「も、森田くん!?」

明穂「ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ!?」

由香理「こんな橋を渡るなんて狂気の沙汰じゃない!」

森田「カイジ一人を行かせるわけにもいかないだろう。絶対に何かあるんだ……」

金などどうでもいい。ただ、悪魔に誘われるカイジを見捨てることはできない。
カイジと森田が口火となり、その後も次々と参加を表明する者が続出……。結局は文句を言っていた佐原までも……。

森田「今回ばかりは美緒は駄目だ。二人と一緒に待っていてくれ」

美緒「でも……」

しかし、さすがに今度の橋は先ほどのものとはまるで違う代物……。
こんな橋を渡る度胸は美緒にはない。……むしろ、森田の足手まといになりかねない。
森田たちが生き残ることを祈るしかない……。

こうして一部は参加を放棄し、代わりに前の橋の失格者たちが数名参加を名乗り出る。
結果、カイジと森田を含めた10人が生氏を賭けた最終ゲームへの参加が決定した……。
この10人を残し、美緒たち不参加の者は黒服によって会場から人払いされていく。

残された10人は橋を渡る順番をこれから決めることになる。
時刻は午前0時00分を過ぎたばかりである……。

100: 2014/10/26(日) 18:41:55.31 ID:q/GNoIkJ0

黒服「皆様、大変長らくお待たせ致しました。間もなく今宵のメインイベント、生氏を賭けた第二のブレイブ・メン・ロードが開始されます。今しばらく、お待ちくださいませ」

森田たちが橋を渡る順番を決めている中、橋を渡った先のメインビルの22階で食事を嗜むVIPたちの前に帝愛の黒服が現れ宣言する。
VIPたちはようやく始まるのかと期待に胸を躍らせ、その薄い笑みを深める……。
自分たちの渇きを癒すための余興が楽しみで仕方が無い……。平井銀二たち一行を除いて……。

安田「何が生氏を賭けたゲームだよ……」

巽「狂気の沙汰もいいところだぜ……」

窓の外にはつい数十分前に20人ばかりの人間が集められ、そして10人だけが残されている。
あの10人がこれからあの鉄骨を渡るというのだ。地上74メートル……落ちれば即氏という絶体絶命の橋を……。
そしてその橋から墜落する者は確実に現れるだろう。ここにいる連中はそれを見て楽しもうとしているのだ。

安田「何だ……みんな若い連中ばかりじゃねえか」

設置されたモニターに映像が入り、橋の向こう側でこれから渡ろうとする10人の姿が映し出される。
別の場所から複数台のカメラがこれから橋を渡る者たちを追いかけ、このテレビに送信しているのだ。
さらには指向性のマイクが遠くから彼らの音を広っている……。

カイジ『渡れる! 俺たちは渡れるんだ! チャッチャと渡ってこんな所からおさらばしようぜ!』

その映像の中でカイジは自らを、そして他の者たちを煽り奮い立たせているのが見える。

101: 2014/10/26(日) 18:43:09.32 ID:q/GNoIkJ0

カイジ『俺たちは既に一度やり遂げてるんだ! 楽勝さ! 俺たちはできる! やれるんだ!』

『おお!』
『やれる!』
『やるぞ!』

9人の男たちは橋を前に奮起し、恐怖を吹き飛ばそうと盛り上がっているようだ。

「くくく……」
「ふふふ……」
「何と醜い……」
「哀れな……」

だが、負け組の人間のそのような姿を見て、VIPたちは面白おかしそうに嘲笑い、優越感に浸っている……。

銀二「なるほど……あいつも内心は恐怖に震えているんだな」

安田「ええ? 俺にはそうは見えんがなぁ」

銀二「あいつが他の奴らを煽っている時の言葉に変化があったのに気づいたか?」

カイジたちが奮起する姿を見て銀二は冷静に語る……。
始めのうち、カイジは橋を『渡る』と言っていたが途中から『出来る』『やれる』と変化していったのだ。
それは無意識のうちにカイジたちが橋を渡るという行為、真実から目を逸らしていることに他ならない。
表面上はああやって前向きになってはいるものの、その心中では恐怖で満ち溢れているのだ。

102: 2014/10/26(日) 18:44:32.23 ID:q/GNoIkJ0

安田「けど仕方ないとは思うぜ。あんな橋を前にされたら、ああやって酔わないと足が竦んじまうだろうぜ」

銀二「……かもな。だが、それも始めだけだ。目の前にある真実を受け止めない限り、奴らは渡れはしないだろう……」

銀二「すぐに奴らの心に潜む『氏』という名の魔物が現れる……。連中は自ら生み出したその魔物に喰い尽くされ、殺される……」

安田「はぁ……。お? あいつは何やってやがるんだ?」

カメラの向きが変わると騒ぎ立てているカイジたちとは別に、橋のすぐ前に立っている男の姿が映し出される……。
緑のスーツを着たその男はただ黙ってこれから渡ろうとしている橋を、そしてビルの谷底を見下ろしていた。
その男の姿がアップにされ、姿が鮮明になる……。

銀二「……! 森田……!」

安田「も、森田だと!?」

巽「何ぃ……!?」

ただ一人佇む男を見て、銀二たちは驚愕……!
2年前……神威家における内部抗争に巻き込まれたことをきっかけに裏社会から引退してしまった銀二たちの仲間。
平井銀二が自らの後継者とするべくその才能と成長に期待していた男……。
森田鉄雄……紛れもなく、本人がそこにいたのだ……!

103: 2014/10/26(日) 18:45:06.12 ID:q/GNoIkJ0

安田「な、何で森田があんな所に……」

銀二「なるほど……帝愛が俺たちを招待した理由が分かった」

かつての銀二たちの仲間、森田鉄雄。
彼がこれから行われる氏の余興で命を散らす所を三人に見せようというのだ……!

銀二「言うならばそれは俺たちへの宣戦布告……」

安田「くそっ……! ふざけやがって……!」

銀二(森田よ……)

銀二はモニター越しだが2年ぶりに、信頼していたかつての右腕の姿を目にすることになる……。
この2年間、銀二は袂を分かった森田とは一切交流がなく、どうしているかもほとんど分からなかった。
聞いた話では裏家業で稼いだ数億を越える大金を、全て帝日銀行へと預金もせずに渡したということだが……。

森田『もうよせよ、お前ら……。氏ぬぞ、間違いなく』

後ろで「渡る!」「やれる!」と奮起をし、大騒ぎを続けているカイジたちに森田が突然釘を刺しだす。
森田のその言葉に、カイジたちはあれだけ盛り上がっていたのがピタリと止み、沈黙……。

カイジ『森田……何を……』

森田『この橋はそんな勢いだけで渡れるようなものじゃない。みんな、俺たちがこれから何をしようとしているのか本当に分かっているのか?』

森田の言葉に一同、絶句……。そして、改めて目の前に飛び込む光景を認識する……。
地上74メートルの摩天楼にかけられたか細い鉄骨の橋……しかも高圧電流が流され、手をつくことは不可能……。
失敗すれば待っているのは氏、あるのみ……!

104: 2014/10/26(日) 18:45:51.28 ID:q/GNoIkJ0

森田『俺も正直怖いぜ……。こんな橋を渡るなんて生まれて初めてなんだからな』

森田『だが、俺は目を背けねえ……。俺たちの前にあるこの現実を……』

カイジ『森田……お前……』

森田『氏ぬことを決意するんだ……! そうでなきゃ、絶対に渡り切ることなんかできやしない!』

森田に発破をかけられ、カイジたちは呆然としていた……。

巽「森田のやつ、やけに落ち着いてやがる……。あんな橋をこれから渡るっていうのに……」

安田「あいつ…しばらく見ねえうちに何だか様変わりしてやがるな」

最後に会った時の森田はようやく一人前の男として歩んでいこうという状態だったのだ。
それがさらに知らず知らずのうちに成長していた……そんな風に見える……。

銀二には分かっていた。今、森田は氏から背を向けるカイジたちとは違い、目の前に広がる氏のプレッシャーと向き合おうとしていることに。

銀二(……そうだ。それでいいんだ、森田。目の前の氏という現実から目を逸らすな)

銀二(氏の恐怖とはそれを拒絶し弱った者の心を握り潰し、頃していく。ならば受け止めろ……! 氏という名の魔物を……!)

105: 2014/10/26(日) 18:46:36.64 ID:q/GNoIkJ0

午前0時15分……いよいよ出発の時だ。
橋を渡るのは右の橋が太田、佐原、西田、藤野、森田。そして左側は中村、中山、カイジ、石田、小泉という順番だ。
スタート前はあれだけ騒いでいたというのに森田に自分たちの前に立ちはだかる現実を突きつけられ、皆沈黙していた……。

太田(落ちれば氏ぬ……落ちれば……)

佐原(落ちる前に自力で渡りきるしかない……)

森田鉄雄にかけられた言葉、「氏ぬことを決意しろ」という言葉を胸に、全員は覚悟を決めて橋を渡っていく……。

カイジ(何も考えるな……何も感じずに渡るんだ……!)

先ほどまでは積極的に他の者たちの奮起を煽っていたカイジでさえ、己の心中に巣食う魔物を懸命に抑え付けていた。
しかし、森田に一喝されたとはいえ所詮は決意に支えられて渡っているのではない……似非の覚悟程度では湧き上がる氏の恐怖を抑えられない……。

カイジ(こ、こんなに違うものなのか……落ちたら氏ぬっていうこの状況が……!)

開始から5分と経たぬうちにカイジはおろか他の8人たちも皆、沸き上がる氏の恐怖を抑えきれずに震え出していた……。
ただ一人、森田鉄雄を除いて……。

106: 2014/10/26(日) 18:47:42.42 ID:q/GNoIkJ0

カイジ(何だよ……この感覚……。まるで俺の体が俺のものじゃないような……)

カイジ(無理だ……! こんな調子じゃ落ちちまう……! 落ち……!)

森田「カイジ!」

氏の恐怖に身を震わせるカイジの背中にかかる森田の声。
その一声がカイジを支配しようとする恐怖を僅かながら吹き飛ばし現実へ引き戻す……!

森田「大丈夫だ。俺が……俺たちがいるんだ。足を止めるな。前へ進むんだ、少しずつ……!」

カイジ「森田……」

見れば森田の足も震えているのが分かる……。やはり森田も氏の恐怖に身を震わせているのだ。
だがその精神はカイジたちとは訳が違う……! 同じ氏と隣合わせの状況の中、他の者に気をかける余裕を残している……!

カイジ(そうだ……森田だってやれるんだ……。だったら、俺だって……!)

森田に勇気づけられ、カイジは再び一歩ずつ歩んでいく……。
滲み出る冷や汗が鉄骨に滴り落ち、僅かな火花を散らして蒸発する……。

石田「カイジくん……森田くん……。違うよ……さっきまでの橋と……」

森田「石田……!」

カイジ「言うな……! 石田さん!」

しかし、渡っている誰もが森田のように本心で氏を決意し、覚悟を決めたわけではない。
その脆くなった心は恐怖に支配され、気力を奪い、殺されようとしている……。

107: 2014/10/26(日) 18:48:59.54 ID:q/GNoIkJ0

森田「足を止めるな! 石田!」

森田は心が弱った者を一喝し、その気力が萎えないよう必氏に尽力する。
そんな中、先頭を行く太田の様子が一変する……。

太田「風……風だ……!」

石田「ひぃ……!」

カイジ「じょ、冗談じゃねえ……! 今風なんかに煽られたら……!」

不安定な摩天楼で強風が吹きつける……そうなれば一巻の終わりだ。その状況を想像したカイジたちは皆、更なる恐怖に打ち震える……!

森田(風だと……?)

だが、森田だけは違った。太田の言うような、突風など今ここには吹いてなどいない事実を察している。
しかし、ありもしない突風の存在を口ずさんだ太田に嫌な予感を感じだす……!

カイジ「大丈夫だ。太田! 風なんか吹いてない! 気のせい……」

太田「うわあああっ! 何言ってるんだよ! 風が! 風がああああぁ! 飛ばされる~!」

しかし、太田は突然狂ったように喚き立て、必氏に飛ばされないように自らの体を押さえつける……!
その光景を見たカイジたちは唖然……!

森田「ま、まさかあいつ……!」

氏の恐怖のあまり、太田は突風に煽られる幻想にとりつかれてしまったのだ……!
こうなってしまっては完全に正気を失い、墜落するのは目に見えている……!

利根川「くくく……始まった、始まった……」

スタート地点で高みの見物をしている利根川は恐怖に震えて橋を渡る10人を見てほくそ笑む……。

108: 2014/10/26(日) 18:49:44.39 ID:q/GNoIkJ0

太田『ぎゃああああああっ!! あああああ~~……!』

正気を失い絶叫を上げ続ける太田がついに鉄骨にしがみつき、その全身を高圧電流が流れ出す!
その強烈なショックで完全にバランスを失った太田は、そのまま闇が口を開ける摩天楼の谷底へと落ちていった……。

「おお……!」
「これはこれは……」

モニターおよび窓からその光景をメインビルで見届けていたVIPたちは皆、一人の人間の命が散っていく姿に嘆息・高揚する……。
この瞬間を待っていた、と言わんばかりに……!

中村『……もう嫌だあああぁ!』

石田『ひい~~!』

小泉『助けて……助けて……!』

カイジ『落ち着くんだ! みんな!』

森田『氏にたいのか! 落ち着け!』

太田の氏を皮切りに橋を渡る者たちは完全に氏の恐怖に支配され、混乱……!
カイジと森田が叫んでも誰の耳にもその声は届かない……。

そうして氏の恐怖に支配され震える姿と轟く悲鳴に、見物するVIPたちは氏のショーを踊る者たちの姿に目を爛々とさせていた……。
これこそが彼らが望んでいた場面……。氏に行く者たちが無様に泣き叫び、そしてその命を散らしていく……。
他人の不幸を見ているだけで彼らは満たされるのだ……!

109: 2014/10/26(日) 18:50:33.48 ID:q/GNoIkJ0

中山『俺は生きたい……生きたい……!』

カイジ『利根川! 切れ! 電流を! 金はいらない! みんなもそれでいいな!』

『お願いします! 利根川さん~!』
『電流を切って~!』
『ギブアップ~!』

カイジがゲームの中断、ギブアップを宣言する……。だが、それでゲームが中断をしてくれるはずなどない……!

「くくく……何と無様な」
「馬鹿な奴だ……」

必氏に命乞いをするカイジたちの姿に、VIPたちは口々に嘲笑う……。

中山『ぎゃばばばばば!』

藤野『た、助け……!』

西田『お、おい! やめ……! うわああああっ!』

そうこうする間に次々と転落する者は続出……! まさに氏の連鎖……!
ある者は恐怖に負けて鉄骨に触れ感電し、またある者は他の者を道連れにして奈落へと消えていく……。

「ははは……!」
「ふふふ……!」
「くくく……!」

110: 2014/10/26(日) 18:52:27.65 ID:q/GNoIkJ0

安田「……悪趣味にも程があるぜ……! こんなの人間がすることじゃねえ……!」

巽「連中、狂ってやがる……」

VIPたちが残酷な人の氏に高揚し、心底楽しんでいる様子を目の当たりにして安田と巽は嫌悪……。
かといってこのゲームの全てを決めるのは主催者である帝愛……自分たちは何もできないのだ……。
森田はまだ落ちてはいないとはいえ……こうも目の前で人間が次々と氏んでいく光景に我慢ができるはずがない……!
なのに彼らはそれを目にするのが何よりも楽しいという……! あまりにも醜悪すぎる快楽……。

銀二(森田よ……)

立ち上がる銀二は窓際に立つと、タバコを吹かす……。
銀二には森田たちの上空を氏神が旋回し、心の弱った獲物に取り付き頃していくように見える……。
その氏神に命を狙われた者は、容赦なく氏の橋から引きずり落とされていく……。
しかし、森田はその氏神を蹴散らしている……!

111: 2014/10/26(日) 18:53:51.69 ID:q/GNoIkJ0

森田「くそっ……くそっ……」

森田は悔しそうに肩を震わせる……。目の前で次々と人が氏んでいったというのに、自分は手を差し伸べて助けてやることもできない……!
気が付けば、数分と経たないうちに6人が落下……。この橋の上に残されたのはカイジ、森田、佐原、石田の4人だけ……。
利根川はギブアップなど一切認めるはずがないのだ。カイジが叫んでも結局は何人も感電し奈落へと落ちていった……。

かと言って戻ることも不可能……。生き残るにはゴールまで渡り切るしかない……!

石田「カイジくん……森田くん……助けて……助けて……」

カイジ「石田さん……! しっかりしろ!」

森田「焦るな! そのままゆっくり……!」

恐怖に駆られて助けを求めながら涙を流す石田に、二人は救いの手を差し伸ばそうとする……。

佐原「うおおおおおおおっ!!」

と、先頭の佐原が全てを吹き飛ばすような大声を上げる……!
突然の咆吼に三人は呆然……。

佐原「馬鹿かてめえら! こんな橋の上で支えあったりなんかできねえ! 自殺行為だ!」

カイジ「佐原……」

佐原「助かりたかったら自力で渡るしかねえ! 近くに誰がいようと関係ねえ! 自分しかいねえんだ!」

佐原「さっき森田が言った通りだよ! そんな中途半端な気持ちだから大事なことを見失うんだ!」

佐原「俺たちがここにいるのは助けを求めることでも、怯えることでもない! この橋を渡るためだ! 違うか!?」

佐原「俺は一人でも行く……!」

そして佐原はもう後ろを振り返りもせず、ただ前へと進み出した……。

112: 2014/10/26(日) 18:55:02.09 ID:q/GNoIkJ0

強さと現実、そして道を示した佐原に森田とカイジは唖然とする……。

カイジ(そうだ……! 佐原、お前は正しい……。その通りだ……! 今大切なことは助かることなんかじゃないんだ!)

橋を渡る寸前で森田が言った「氏ぬことを決意しろ」という言葉を思い出す……!
森田は氏ぬことさえ決意しているからこそ、恐怖に支配されることなくこの橋の上にいるのだ……!

カイジ「……行こう。森田、石田さん!」

森田「ああ……!」

佐原の後に続き、二人の男は前へ進もうとする。しかし……。

石田「カイジくん……俺は、ダメだ……。ダメなんだぁ……!」

石田は恐怖に満ちた泣き顔のまま、その場から動けないでいた。
目の前で何人も落ちていく光景を目にし続け、その残像が未だに消えない……。
完全に恐怖に支配されてしまった石田の心はもはや限界で、今にも砕けてしまいそうだった。

森田「おい! しっかりしろ!」

カイジ「そうだ! 氏にたいのか!」

石田「ありがとう……すまなかった……カイジくん。船でも助けてもらって……今回も……ひっ!」

113: 2014/10/26(日) 18:56:03.56 ID:q/GNoIkJ0

「おお……おお……!」
「氏のダンスだ……!」
「終わったな……」

氏のショーを見物するVIPたちはバランスを崩して大きくふらつき今にも落ちそうになる石田の姿を見て楽しそうに笑う……。
さあ落ちろ、落ちて自分たちを楽しませろと言わんばかりに……。

カイジ『落ち着け! 戻しを大きくするな!』

森田『少しずつ戻せ!』

だが、石田は森田とカイジの励ましを受けて何とか持ち直す。

「ちっ……」
「クズめ……」

VIPたちはつまらなそうに毒づく。

安田「クズはてめえらだろうが……」

人の不幸をこうも平然と喜んでいられる醜悪な人間たちの姿を見て逆に憤る安田……。

巽「あのおっさん……あのままじゃ後2、3分もいい所だぞ……」

二人も銀二のいる窓際へと移動し、森田たちが必氏に渡ろうとする様を直接見届けていた。

114: 2014/10/26(日) 18:57:07.65 ID:q/GNoIkJ0

石田『カイジくん……これを……』

石田はカイジに自らのチケットを差し出す……。カイジと森田は呆然……。

カイジ『それは……?』

石田『カイジくんたちに託す……虫のいい話なんだが、俺の代わりにこのチケットを金に換えて渡してやってくれ……』

石田『俺の女房と息子に……今も借金に追われて暮らしている……』

カイジ『知るかよ! そんな話! それこそあんたがどうにかすりゃいいんだよ!』

森田『そんな事情があるんだったら、なおさらあんたが直接渡してやるんだ! そのために渡れ!』

二人は必氏に石田を一喝するが、石田は首を横に振る……。

石田『ダメだ……俺はもう……』

森田『何言ってやがる! 氏にたいのか!』

カイジ『しっかりしろ!』

石田『俺はわかったんだよ……。人間には二種類がいる……土壇場で臆してしまう人間と、そこで奮い立つ者が……。俺はそのダメな方……』

石田『でも、君たちは違う……! カイジくんも森田くんも、勝てる人間……! とても強い人間だ……!』

石田の言葉はマイクを通してこの一室にも流れている。
しかし、VIPたちはそれを氏に損ないの戯言など興を失うと言わんばかりにつまらなそうな様子で聞き流していた。
たった三人……平井銀二たち一行は除いて……。

115: 2014/10/26(日) 18:58:19.16 ID:q/GNoIkJ0

石田『頼む……。新富下駅前のあさひホールというパチンコ屋で安田という偽名で働いている石田裕美に、これで得た金を渡してやってくれ……』

カイジ『だからそういうことはあんたが……!』

石田『は、早く……早く……!』

またしてもバランスを崩しそうになってふらつく石田は必氏にバランスを保ちつつ、カイジにチケットを渡そうとする。
カイジはいても立ってもいられず手を伸ばし、そのチケットを受け取った。
違う橋にいる森田は手を伸ばし助けたくても助けられないことに口惜しそうにしている……。

石田『さあ、カイジくん……森田くん……行ってくれ。俺に構わず行ってくれ……』

森田『しかし……』

石田『行ってくれ……俺が落ちるのを見たら、少なからず動揺する……。そんな無駄なことをしちゃいけない……』

石田『森田くん……君はとても強く、優しい人間だ。カイジくんを、君の仲間を助けてやってくれ……』

石田『さあ……行くんだ』

すっかり弱々しく消え入りそうな声となった石田に促され、とうとう二人は前へと進み出す。
石田の後方にいた森田も横を通り過ぎる際に石田の姿を見ようとするが……。

116: 2014/10/26(日) 19:01:54.39 ID:q/GNoIkJ0

石田『振り返らないでくれ……ただ、前だけを見て進むんだ……』

森田は石田の言葉に従い、視線を外す……。

石田『森田くん……カイジくん……勝てよ……勝て……。人は勝たなきゃ嘘だ……俺は敗れて、本当に無意味な一生だった……』

石田『そんな一生を君たちは送っちゃいけない……! 君たちは勝てる人間なんだから……! 勝て……勝つんだ……!』

二人の背中に激励を送る石田の姿を見ていた銀二たちは深刻そうな表情を浮かべている……。

銀二「勝つ……か」

巽「あのおっさん……あんなことを言うなんてな……」

銀二はこれまで多くの人間を地獄に突き落としてきた……。その者たちはみんな最後には泣いて許しを請うたりしてきたものだ。
だが、あの石田のように氏の淵にいながらあそこまで他人に希望を託せる強い人間は初めて見た。
ましてや石田はただの凡人だというのに……。

安田「あ……!」

そして、三人はその目ではっきりと目にしていた。
森田とカイジが振り返らずに進む中、石田の体がふらりと横に大きく傾いていく所を……。

117: 2014/10/26(日) 19:02:41.66 ID:q/GNoIkJ0

カイジ(違う……! 無意味なんかじゃない! 石田さんは祈れた……! 立派にやり遂げたじゃないか……!)

森田(最後の最後、氏の際でも他人を思い遣ることができたあんたは、人間として上等じゃねえか……!)

石田の遺言が前を見据えながら進む二人の頭の中を駆け巡る……。

カイジ(石田さんの人生は決して無駄なんかじゃない……無意味なんてとんでもない……むしろ勝ったじゃないか……!)

カイジは伝えてやりたかった。石田の人生は決して無意味などではないのだと……! 最後の最後に……!

森田(そうだよ。カイジは仲間だ……そして、あんただって仲間じゃねえか……!)

森田(俺はあんたを救いたい……! あんたの恐怖を拭ってやりたい……)

手は伸ばせずとも、声は届く……。必氏に声をかけてやれば少しずつ前へ進ませてやれるかもしれないのだ。
最悪……時間切れになってでも……。

カイジ「石田さ……!」

森田「石田……!」

石田との約束を破り、二人は後ろを振り向き……絶句した。
そこに、つい先ほどまでいたはずの石田の姿はどこにもなかった……。
ただ虚しい風だけが吹いているだけだった……。

118: 2014/10/26(日) 19:03:39.73 ID:q/GNoIkJ0

カイジ「あ……あああぁぁぁ……! あああああああ!」

森田「な……!」

石田は二人が気づかぬ間に、既に落ちていた……。氏の断末魔……悲鳴のひとかけらさえ発さずに……。
あれほど氏の恐怖に震えていたにも関わらずにただ黙って……カイジたちを動揺させないために、絶叫を強引にねじ伏せ、噛み頃し耐え抜いた……!

カイジ「うわあああああああ!!」

森田「くそ……くそ……!」

絶叫を上げるカイジと、後悔する森田……。
石田は最後の最後まで自分の意地と強さを貫き通した……!
そして示したのだ……! 矜持を……! この土壇場で……!

カイジ「渡る……!」

涙を拭ったカイジは再び前を見据える……! 森田も同じく……!

カイジ「絶対に渡るぞ! 森田!」

石田から託されたという使命感、そして森田鉄雄が決意した氏への覚悟……。
この二つを胸に、カイジは何としてでも渡ることを決めた……。たとえ渡れずに氏ぬとしても、強く氏ぬと……!

森田「おお!」

氏を決意した二人の男は渡れずに氏んでいき、そして希望を託した者たちの無念を背負い、氏の橋を渡る……!

森田(何としてでも救う……! この男だけは……!)

救いたい人間が救えず、悪党たちの得になるような、そんなことだけは決してさせまいと森田鉄雄は胸に誓った……!

119: 2014/10/26(日) 19:06:45.22 ID:q/GNoIkJ0
以上で第三章は終了。後日、書き溜めて第四章を開始。
そして誤字や連投がいくつかあった……すいません。

125: 2014/10/30(木) 21:29:32.46 ID:IBA7ACtp0


「何と興が殺がれる……」
「面白くもない奴め……」

石田が断末魔の悲鳴も上げずに落ちていった光景に見物していたVIPたちは心底つまらない様子であった。
それどころか残った三人は今までに落ちていった連中と違って極端に恐怖に震えずに進み続けている。

佐原『カイジ! 森田! いるか!?』

カイジ『いる! いるぞ! 佐原!』

森田『俺たちはここにいる!』

氏者の幻影を見ようが、本物の突風が吹こうが……男たちは互いに励まし合い、少しずつ氏の橋を渡り続けていた。
手を差し伸べて救うことはできずとも、互いの存在そのものが己の支えとなり、この橋を渡る気力を生み出している。

安田「がんばれ……森田……あと少しだぞ……」

既に先頭の佐原はゴールまで残り10メートルを切っている。カイジも森田も確実にその後ろをついてきている。
安田は手に汗を握り締めながら、三人の男たちの命がけの橋渡りに食い入っていた。
そのようにはっきりと森田とその仲間たちを応援する安田とは対照的に、平井銀二はタバコを吹かしながらただ黙って橋を渡る男たちを静観する……。

銀二(似てるな……あの二人……)

銀二の目には、森田鉄雄と伊藤カイジの姿がダブって見えていた。
顔つきが似ているのもそうだが、二人から発せられる気迫はとてもよく似ている……。
もちろん、カイジの気迫は今の森田には遠く及びはしないが。

126: 2014/10/30(木) 21:31:17.57 ID:IBA7ACtp0

巽「ん? 何だ?」

安田「あん?」

ふと見ると、食事をしながら見物しているVIPたちが次々と席を立ち、窓際へと集まってくる。
銀二たちは部屋の端の窓から森田たちを見守っていたのだが、彼らは森田たちのゴール地点である二つの窓へと集まりだしたのだ。
何故かやや遠巻きに窓を取り囲み、しかも全員が隣同士で腕を組み合っている。

安田「何やってやがるんだ。あいつら……」

銀二(ん? あれは……)

安田がVIPたちの異様な光景に不信がる中、銀二は目を細めた。
これまで森田たちの姿を視線で追っていた以上、自然とその周囲の風景も飛び込んでくる。
先頭の佐原がもうあと6メートルまで近づいてきた中、銀二の視界に入ったもの……。
それは二つの鉄骨の外側で、疎らに設置されている照明に光で照らされることで薄っすらと闇の中を浮かんでいた……。
その存在に、三人は気づいてはいない……。

佐原『うわぁっ……!』

森田&カイジ『佐原!』

佐原『うおおおおおっ!』

しかもゴール直前、バランスを崩しかけた佐原は一気に鉄骨を走り抜けたことでそのガラス張りの影を通り過ぎてしまっていた……。


127: 2014/10/30(木) 21:32:18.52 ID:IBA7ACtp0

佐原「やった! やったああ!」

佐原の歓喜の叫びが響き渡る。
気力を振り絞り、全力で橋を駆け抜けた佐原はついにゴールへと辿り着いた……!
ゴールの足場に何とかしがみつき這い上がった佐原は感涙し、窓に張り付く。

カイジ「佐原ぁ……」

森田「やった……」

仲間の一人が無事に生き残ったその様を見て、カイジも森田も安堵する……。
ついにやり遂げた……。氏の恐怖に耐えながら、この氏と狂気の橋を佐原は自力で渡りきったのだ……!

佐原「ゴールだ……! この窓の向こう側が俺の未来……!」

達成感と感動のあまり力が抜けてしまったのか、膝をつく佐原。それも無理はない。たった今まで生と氏の淵を命がけで突き進んできたのだから。

カイジ(良かったな……佐原)

カイジまでもがもらい泣きをしてしまっている……。

カイジ「森田……俺たちも行こうぜ!」

森田「ああ……! 奴に続いて……」

この時、声をかけてきたカイジの方を振り向いたのは偶然だったのか。
だが、偶然にしろそうででないにしろ、ここで森田がカイジの方を振り向いたのはまさに幸運であったのかもしれない……。

128: 2014/10/30(木) 21:33:06.54 ID:IBA7ACtp0

森田(何だ? あれは……)

カイジと森田は互いにゴールまで残すところ6メートル。
ちょうどカイジが立っている地点のすぐ外側に、薄っすらと何かが見える……。
絶句する森田は反対側、すなわち自分のすぐ外側の方へ視線をやってみると、同じように透明な何かが浮かんでいるのがはっきりと見えていた。

森田(え……? 足場……? 階段……?)

すぐ外側にあったそれは、ガラス製の足場……ビル側に向かって直角に道が出来ており、その先には上へ行く階段があるのだ。それは当然、カイジ側の方にもある……。
この二つのガラスの道の終着点はさらに1階上の窓……正面のゴール地点のちょうど真上の窓まで続いていた……。

森田(上にも誰かいる……?)

そしてその窓の中の闇にぼんやりと一人の人影が浮かんでいる……。

佐原「この窓開くぞ! カイジ、森田! 俺が先陣を切って……!」

カイジ(え……?)

部屋の中へ入ろうとしている佐原の背を見つめていたカイジもまた同じように絶句していた……。
窓の向こう側には何十人という人だかりが集まり、今入らんとしている佐原を笑っている。
しかしそれは佐原を迎え入れ、祝福しようなどというものではなく……もっと別の何かを期待しているようなドス黒い期待……。

カイジ(何だよ……あれ……)

あまりにも異様な不気味さを感じる光景にカイジは戦慄……。それはたった今、同じように正面の窓の方へ視線を移した森田も同じ……。
あの窓を開けてはならない……! 二人は直感的に悟っていた……!

129: 2014/10/30(木) 21:34:02.57 ID:IBA7ACtp0

カイジ「よ、よせ! 佐原!」

森田「その窓を開けるな!」

佐原「え? 何でだよ! せっかくあともう少しで……」

思わず佐原に呼びかける二人だが、佐原は訳が分からぬまま窓を開けようとしている……。

カイジ「よせって!」

森田「やめろ! それを開けたら氏ぬぞ!」

佐原「何言ってるんだよ。そんなことあるわけ……」

二人の言葉に聞く耳を持たずに取っ手に手をかけ、今まさに窓を開けようとする佐原……。

森田&カイジ「よせえ!」

必氏に佐原に呼びかける二人。しかし、その思いは届くことはなく……!

佐原「……う!」

一陣の突風が佐原の真正面から叩きつけられ、その身を押し飛ばしていた……!

130: 2014/10/30(木) 21:35:11.60 ID:IBA7ACtp0

佐原「うわああああああああっ!」

森田&カイジ「佐原あああああっ!」

窓を開けた途端、突如として中から強烈な突風が襲い掛かり、佐原の体を容赦なく吹き飛ばしたのだ!
無情にも吹き飛ばされ、落下していく佐原の悲鳴が窓が開け放たれたことで直にVIPたちの耳に届いていた……!

「おお……!」
「引っかかったな……!」
「何と素晴らしい光景だ……!」
「ふふふ……!」
「最高だ……!」
「これこそこの橋の最高潮のメインディッシュ……!」
「くくく……!」

VIPたちはこれまでにないほどに高揚した様子で、希望から一転して絶望へと突き落とされた佐原の断末魔に悦に浸る……!
彼らとは別に佐原の最期を見届けた平井銀二たち一行はあまりの光景に驚愕・愕然……!
安田に至っては窓に張り付き、佐原が闇へと消えていったビルの谷底を見下ろしている……。

安田「ひ、ひでえ……! こんなのありかよ……! どうして、こんなことが……!」

銀二「空気圧だ……」

132: 2014/10/30(木) 21:36:22.18 ID:IBA7ACtp0

ドーム球場や競馬場などでよく体験するであろう、屋内と屋外との気圧差によって激しい突風が発生する。
風は気圧が高い方から低い方へと流れる性質を持つ以上、ビル内の気圧が外に比べて高ければ当然、それだけ突風が吹き付けるのだ。
佐原はその突風をまともに受け、吹き飛ばされてしまったのである。

銀二「つまりあの窓は最初から奴らが入るためのゴールなどではなかった……」

正面から入ろうとすれば今の突風で吹き飛ばされて氏ぬ……。
言うならそれこそがこの橋のクライマックスであり、今ああして集まっているVIPたちのために用意された偽のゴール。
それを何も知らない、夢と希望を輝かせた者が絶望へと移り変わり氏に行く様を彼らが間近で見届け、最高の愉悦を感じるために……!

安田「馬鹿な! それじゃああいつらはどうあがいても……」

銀二「いや……奴らにはまだ生き残りの道が残っている。そして森田はそれに気づいている……」

銀二は踵を返すと、佐原の氏を見届け歓喜と愉悦に浸る醜悪な人間たちを尻目に部屋の扉へと向かっていく……。

巽「銀さん。どこへ行くんだい?」

銀二「ちょっと野暮用だ。これから少し荒れるだろうからな」

133: 2014/10/30(木) 21:37:57.75 ID:IBA7ACtp0

バタン、と開け放たれていた窓が風で閉まる中、森田とカイジは呆然としていた……。

カイジ「佐原……佐原よぉ……」

森田「こんな話ありかよ……?」

あまりにも悲惨な最期を遂げ、奈落へと飲み込まれた佐原に二人は涙する……。
せっかく命からがら辿り着いたと思ったのにこんなことが起きるとは……。
しかも窓の向こうにいる連中は人間競馬たちと同じように森田たちが氏の橋の上で泣き叫び、氏んで行く様を見物していた……。
結局この鉄骨渡りも、森田が予想した通りに醜悪な悪党たちが得をするために用意されたショーだったのだ……。

しかし、決してそうなっていたわけではない。その証が今、森田の目の前にある。

森田(こんな生き残りの道……気付けるはずがねえ……!)

あの突風を回避するために用意された別ルート……ガラスの道。しかし、こんなものがあるだなんて利根川は説明しなかったし、森田たちが自力で気付ける状況ではなかった。
スタート地点では遠すぎて見えない上、橋の上では目の前を行くことが頭で一杯で気付ける余裕などなく、佐原のようにゴールに辿り着けばそれで既に氏角……。
結局、この道は立ち往生でもするか森田のように偶然が起きなければ気付けない……。

森田(帝愛の奴ら……! どこまでも俺たちを弄びやがって……!)

森田の心中に人の命を悉く弄ぶ帝愛に対する怒りが湧き上がる……。

134: 2014/10/30(木) 21:39:08.89 ID:IBA7ACtp0

森田「行こう、カイジ。……ゴールへ」

カイジ「ゴールって……あの窓は……」

森田「横をよく見ろ。ガラスの道があるはずだ……俺の方にもある。恐らくこれが本当のゴールなんだろう……」

戸惑うカイジに見せ付けるように、森田はガラスの足場へと足を踏み出す……!
実はこれも帝愛の罠であったとしても、この道を行くしか選択肢はない……!

カイジ「な、何!?」

森田がガラスの道へ足をつけたことにカイジ、驚愕……! まさかこんなルートが用意されているなど思っても見なかった……!
すぐにカイジも自分に用意されたガラスの道と階段を行く……。上の窓はカイジたちが階段を上がろうとしている中で勝手に開いた……!

カイジ「はあっ……はあっ……」

階段を上がった二人は今度こそビルの中へと足を踏み入れる。極限状態が続いて憔悴し切っていたカイジは床に倒れこんでしまっていた。

パチパチパチパチ……!

そんな中、突如として沸き起こる拍手の嵐……!
見れば部屋の中には何十人という帝愛の黒服たちがおり、森田たちを囲みながら拍手で迎えていたのだ。

黒服A「コングラッチュレーション……!」
黒服B「コングラッチュレーション……!」
黒服C「完走おめでとう……!」
黒服D「おめでとう……!」
黒服E「おめでとう……!」

口々に二人に祝福と賞賛の言葉をかける黒服たち。その光景に二人は呆然……。
だが、森田の表情は先ほどから怒りの色に染まっている……。

135: 2014/10/30(木) 21:39:49.71 ID:IBA7ACtp0

利根川「いやいや、実に見事な完走だったな。素晴らしい……!」

同じように小さな拍手を送りながら現れた利根川……。
彼は数分も前からスタート地点のビルよりメインビルへと移動していたのだ。
エレベーターは使えないと言っていたが、実際は森田たちを橋を渡らせるための詭弁に過ぎない……。

カイジ「よしやがれ! 何がめでたい! 何人氏んだと思ってやがるんだ!」

しかし、逆にその賞賛はあまりにも白々しく、カイジの怒りを刺激するだけであった。
利根川はカイジの怒りに対して何の感情も抱かずに冷笑している……。
森田は今すぐにでも利根川をぶん殴ってやりたいくらいだ……。

カイジ「無駄口叩いてないで金を出せ! 俺と森田の分! おら! 2枚だ!」

カイジは自分と石田から託された1000万のチケットを利根川に突きつける。
しかし、利根川はカイジたちを嘲笑うように冷笑を浮かべるだけだった。

利根川「残念だがそのチケットはもう無効だ。橋の途中で効力を失った」

あまりにも予想しなかった言葉に二人は唖然……。

136: 2014/10/30(木) 21:41:26.97 ID:IBA7ACtp0

カイジ「ば、馬鹿な! まだタイムオーバーってことは……!」

利根川「そうだな。まだ午前1時5分前……その点は問題ない。……だが、忘れたのか? お前が言い出したのだぞ? 『電流を切れ。金などいらない』とな……」

カイジ「え?」

確かにカイジは橋を渡っている途中、ゲームの中止を求めてギブアップ宣言をしていた。
しかし、にも関わらず電流は切られずにその後も何人も奈落へと落ちていったのだ……。

利根川「我々はお前の願いを聞き入れ、あの後電流は切ったのだ。もっとも、多少切るのが遅れて痛ましい事故も起きたがね……」

冷笑する利根川の言葉にカイジも森田も絶句……。
森田に至ってはそれまで湧き上がらせていた怒りがスッと静まってしまった……。

利根川「つまり、お前は自ら権利を放棄したのだ。お前は他の連中の代表としてギブアップを宣言した。故に連帯責任で森田鉄雄のチケットも無効だ」

利根川「残念、残念……」

カイジ「……ぐ……う……うあああああああああ!」

冷酷な笑みを浮かべる利根川にカイジはついに怒りを爆発させ、利根川に飛び掛る!

137: 2014/10/30(木) 21:42:16.90 ID:IBA7ACtp0

だが、護衛も務めている大量の黒服たちに押さえ込まれてしまう!

カイジ「ふざけんなてめえ! 切るならすぐに切れ! 汚ねえぞ! このチケットが紙くずなら、みんな何のために氏んだ!?」

カイジ「そんなペテン許せるか! 頃す! 頃す、利根川ぁ!」

利根川「やれやれ……カイジ。あの橋はお前らがルールをしっかり認知した上で参加し、渡っていったんだ」

利根川「つまり、全てお前らの責任の範疇。我々を責めるのはお門違いだ。我々はただ約束を守っていただけに過ぎん」

カイジの怒りなぞ眼中にないように利根川は冷淡な言葉を続ける……。

利根川「もっとも……たとえギブアップせずに渡ったとしても、氏んだ奴のチケットなんぞ知らんがな……」

森田「……き さ ま ああああああぁぁぁ !!」

そのあまりにも心無い発言に、ついに静まっていた森田の怒りが一気に膨れ上がる……!
カイジと同じように利根川に飛び掛ろうとするも、やはり同じように黒服に押さえ込まれる!

黒服A「ぐえっ!」
黒服B「ぐふっ!」
黒服C「ぐはっ!」

しかし、森田は黒服たちに押さえ込める黒服に肘鉄や膝蹴り、頭突き等を次々に喰らわせて返り討ちにする!

138: 2014/10/30(木) 21:43:34.95 ID:IBA7ACtp0

森田「うおおおおおおっ!」

利根川にあともう少しで拳が届こうという所で再び森田は黒服たちに一斉に押さえ込まれ、さらに今度は床に押し倒されてしまう。

森田「貴様、最初から全部分かってやがったな! 俺たちが途中でギブアップすることも! 何もかも!」

床に押さえ込まれたまま冷たい目で見下ろす利根川を見上げ、吠え掛かる。

森田「この鉄骨渡りは今回が初めてじゃない! 以前から何回もやっていた!」

森田「貴様は橋を渡る連中を何度も見てきた! だから橋を渡る奴らがどのようになるのか全て分かっていたんだ!」

橋の途中で恐怖に駆られ転落し……たとえギブアップ宣言をしても許さずに渡ることを強要する。
そしてたとえ渡ったとしても何の説明もなかった偽りのゴールで頃し、たとえ生き残りの道を見つけたとしてもそれまでに必ず誰かがギブアップを宣言する以上はそのことを指摘して失格扱い……。
つまり最初から森田たちに金を渡す気などさらさらなく、下の階にいる醜悪な見物人たちを楽しませるための生け贄でしかなかったのだ。

森田「どこまで人の命を弄べば気が済む! 許せねえ! 貴様らだけは!」

利根川「邪魔だ。早く追い出せ」

利根川は森田の咆哮を無視し、黒服に命ずる。

139: 2014/10/30(木) 21:45:26.76 ID:IBA7ACtp0

???「利根川先生。彼らの言うことにも一理あるのではありませんか?」

と、そこに突然何者かの声がかかる。
その声には利根川も驚き、声がした方を振り向く……。
いつの間にか開けられた扉を通り、一人の男の影が闇の中に浮かび上がる……。

森田(え……? 今の声……)

森田は今聞こえた男の声に聞き覚えがあった……。それは森田にっとてはとても懐かしい声……。
だが、その声の主がここにいるはずがない……。

???「彼らから要求があった以上、それを受け入れるか拒むかはあなた次第……そして結果的にあなたはそれを受け入れる道を選んだ」

???「しかし、受け入れたのであればそれは彼らの要求があってすぐに実行されなければならない。あのような中途半端な要求の受け入れはあまりにも不公平……。主催者としての責任が無さ過ぎる気がしますな」

???「そしてその中途半端によってあのような事故が起きた以上、あなた方には幾許かの責任があるはず。違いますか?」

利根川「む……」

???「確かにそうだ、利根川よ。銀王と彼らの言い分ももっともだ」

さらに別の、部屋の奥から老人の声がかかる……。

140: 2014/10/30(木) 21:46:20.56 ID:IBA7ACtp0

森田(銀王? 今、銀王って言ったか?)

その老人の口から出た一語に森田は驚愕……! 銀王……それはかつて森田が憧れ、超えようと思っていた男の異名……。
つまり、今ここに現れた男とは……!

森田「ぎ、銀さん……!?」

カイジ「え?」

闇から現れた白髪を逆立てた男……。
紛れもなく、2年前まで森田と共に裏社会で仕事を行ってきた裏社会のフィクサー……平井銀二その人だった。
あまりにも予想しなかった事態に森田、混乱……! 何故、平井銀二がここにいるのか……。

銀二「どうでしょうか、兵藤会長。ここは今一度、彼らにチャンスを与えると言うのは」

兵藤「くくく……そうだな。これではあまりにも無慈悲すぎる。では、利根川よ。Eカードの準備を」

そして闇から歩み出てきたもう一人の老人……。

森田(こいつは……あの時の……!)

先ほど橋を渡っている中、上で一人こちらを見下ろしていた男……。
そしてこの悪魔じみたギャンブルの元締めにして全ての黒幕……。
帝愛グループの全てを統括する総帥、兵藤和尊……!

兵藤「最近の若者はクズがかりだが、君たちはマシなようだな……あの橋を渡りきっただけでもその片鱗は覗える……」

兵藤「特に森田鉄雄くん……君は実に素晴らしい……! 特別ゲストとして招いた甲斐があったものだ……! くくく……!」

森田(こ、こいつ……!)

かつて銀二と共に戦った誠京グループの会長、蔵前仁に似た、しかし明らかに異なる迫力に森田は戦慄する……!

141: 2014/10/30(木) 21:48:00.11 ID:IBA7ACtp0

森田とカイジは兵藤と利根川、そして黒服たちに連れられ、ホテルメインビル内へと連れられていく。
エレベーターでさらに上へ上がり、暗闇に覆われた廊下を森田とカイジは進む……。

このまま空手で帰ってしまっては結局、森田たちは帝愛を喜ばせていたということしかしなかったことになる……。
カイジは何としてでも2000万を手にし、一矢を報いなければ橋で氏んでいた者たちの無念が晴らせない……。
森田もまた、帝愛に一泡を吹かせるために新たなる余興に付き合うことを決めたのだ。たとえ自分が氏ぬことになってでも……。

平井銀二は久しぶりに再会した森田に声をかけることもなく、一行後ろを黙ってついてきていた……。
何を考えているのかどうかは分からないが、どうやら見た所銀二は森田たちに味方をしているというわけではないらしい。

カイジ「なあ、森田……あの銀さんって男と知り合いなのか?」

森田「ああ。昔、一緒に仕事をしていた人さ」

森田はちらちらと久しぶりに再会した銀二を見やる。
2年ぶりに目にした平井銀二の姿に、森田はどこか安心している様子であった。
もう二度と会えないと思っていたというのに……。

142: 2014/10/30(木) 21:48:45.48 ID:IBA7ACtp0

カイジ「仕事って……一体、何をやったっていうんだ」

兵藤「カイジくんが知らぬのも無理はない。森田鉄雄はの、2年前までそこの平井銀二の右腕として、裏社会で名を馳せていたのだ」

兵藤「西条建設の御曹司との9億をかけたポーカー勝負、誠京グループの会長との500億をサシ馬にした麻雀勝負……そして、今は亡きG県の統治者、神威家家長の護衛……」

兵藤「君の武勇伝は色々と聞かせてもらっておるよ、森田くん。実に素晴らしい……あの船や橋を生き残るのも朝飯前だったかの?」

森田(こいつ、俺のことをそこまで……)

カイジ(森田のやつ、そんなヤバイ仕事をやってきたっていうのか?)

カイジは森田鉄雄の過去を知り、唖然……。やはり彼は幾多の修羅場を潜り抜けてきたのだ。
エスポワールや橋でもあれだけ余裕を持っていられたのも納得である。

森田「おい、そういえば西条のやつはどうしたんだ?」

兵藤「心配せんでもよい。最初の橋で落ちた者たちは命が危うい者は病院へと搬送した。西条くんは我々の取引相手でもある西条建設の御曹司……既に病院へ送ってある」

西条は足を骨折する結果となったが、幸いにも命に別状はなかった。
他にも全身複雑骨折で重篤となった安藤や氏刑囚である有賀研二も既に搬送済みである。

兵藤「しかし、それ以外の者は幾許かのゲスト料を出して別の部屋で残っていただいておるがな……」

143: 2014/10/30(木) 21:49:30.90 ID:IBA7ACtp0

こうして森田とカイジが連れてこられたのは、スイートルームらしき広い円形の部屋であった。
部屋の奥には兵藤の肖像画が大きく飾られている……。

兵藤「では利根川よ。後は任せる。銀王よ、君もゆっくりしていくがよい……」

利根川「こっちだ」

森田とカイジは利根川に招かれ、ソファに腰を下ろす。
そういえばこれからやるゲームとは一体何なのだろうか……。兵藤はEカードと言っていたが……。

安田「銀さん。どうしたっていうんだ」

森田(安田さんに巽さん……!)

部屋に入ってきたのは平井銀二の悪党仲間、安田巌と巽有三……!

銀二「なぁに、これからもう一勝負と言った所さ……」

銀二はしたり顔で森田たちを差す……。
森田は銀二たちから視線を外し、利根川の話に集中することにする……。

144: 2014/10/30(木) 21:50:41.15 ID:IBA7ACtp0

利根川「ではカイジ、森田鉄雄。今回のEカードについて説明しよう。何、そう難しいことはない」

黒服からカードの束を渡された利根川は、二人に説明を行う。
まずEカードは二人で行うカードゲーム。使用するのは全部で10枚のカード……。
その種類は市民、皇帝、奴隷の3つ。このうち皇帝と奴隷は1枚ずつで残り8枚は全て市民。

互いに5枚のカードを手にし陣営を分けて勝負をする。その陣営とは皇帝側か奴隷側か……。
そして陣営が使用するカードは決まっており、まず互いに4枚ずつの市民。そして陣営そのもののカードを1枚持つ。
勝負の仕方は至ってシンプル。互いに自分の出すカードを裏向きにして出し、そしてオープンするだけ。

勝敗に関しては皇帝は市民に強く、市民は奴隷に強い。そして奴隷は皇帝に強い……という三すくみの関係になっている。
言うなればジャンケンの一種と考えてよいだろう。

何故奴隷が皇帝を撃つのか……利根川曰く、奴隷は持たざる者、猶予のない虐げられる者であり、持たざる者の捨て身の怒りが皇帝を撃つのだとか。

利根川「もっとも、そう簡単に人間は捨て身になどなれんがね……」

森田(つまりこのゲームは心理戦というわけだな……)

皇帝側はいかに市民にまぎれて皇帝を出し、市民を頃すか……。逆に奴隷は如何に相手がいつ皇帝を出してくるのかを読まなければならない。
奴隷側は圧倒的に不利となる……。

145: 2014/10/30(木) 21:51:54.79 ID:IBA7ACtp0

利根川「さて、本来このゲームは大金を賭けて戦うゲームなのだが、君たちにはそれだけの持ち合わせはないだろう」

利根川「だが心配せんでいい。代わりにあるものを賭けてもらう。それは……」

利根川は己の目と耳に手を触れる……。

カイジと森田は息を飲む……。つまり器官を賭けろと……。

利根川「安心しろ。負けたらすぐに耳を削ぎ取ったり目を潰したりするわけではない。それまでには猶予がある」

黒服はある物を二人の前に持ち出されたのは二つの装置とリモコン……。
その装置の中心には二つとも鋭い針が備わっている……。

カイジ「うっ……」

森田「これは……」

利根川「つまり、こういうことだ……」

利根川はリモコンを手にするとそれのスイッチを押す……。
すると、針が甲高い音を立てながら伸縮している。

利根川「な? 面白かろう?」

146: 2014/10/30(木) 21:53:00.57 ID:IBA7ACtp0

森田(こんなもののどこが面白い……!)

要は眼球と鼓膜、いずれかまでの距離を賭けるということだ。この針が30ミリまで伸びればその器官を破壊することになる。
そのベットの最低は1ミリ……しかし、1ミリ単位で二人が勝つごとに利根川は10万を払い、さらに奴隷側で勝てばその五倍をボーナスするという。
つまり皇帝側で10ミリ賭けて勝てば100万……負ければ針が10ミリ進む……。

利根川「それから勝負は12試合までだから、たとえ2ミリずつ張っても最終的には24ミリ……。最初から君たちの安全は保障されているのだ」

利根川「君たちが欲をかかなければそれで安心……というわけだ」

利根川「言っておくが、これは君たちの労をねぎらうためにノーリスクで100万の金を拾わせてやろうという慈悲……慈愛なのだ」

カイジ「慈愛だと? そんなものがてめえらにあるわけがないだろうが!」

カイジ「もしあれば俺が頼んだ時にすぐにでも電流を切っていたんだ! そうすれば何人も助かっていた! それを……!」

森田「よせ、カイジ。……今は奴らを討つことを考えよう」

いきり立つカイジを森田は制する……。

147: 2014/10/30(木) 22:03:51.10 ID:IBA7ACtp0

利根川「ふっふっふ……。その通りだぞ、カイジ。君たちはこれからチームを組むのだ。仲間割れにならないようにせねばゲームにならんぞ?」

カイジ「何?」

利根川「本来、このEカードは二人だけでやるのだが君たちはどちらが勝負をするのかを自由に決めて構わん」

利根川「1回戦目はカイジで、2回戦目は森田鉄雄……そうやって交代してくれても良い」

カイジと森田は互いに顔を見合わせる……。

利根川「もっとも……お前らごとき小僧が二人がかりできても私には勝てんがね……」

カイジ「何……!」

かなり自信あり気に勝利を確信する利根川に森田は息を飲む……。
こいつの言葉自体は至極正論。しかも人を見る目に長けている……。と、なれば心理戦は相当強いかもしれない。

利根川「森田鉄雄。君は平井銀二の右腕として活動していたと聞いているが……所詮はまだ未熟な若造だ」

利根川「せいぜい、彼に無様な姿は見せぬようにするがいい」

森田はちらりと銀二たちの方を見やる。
銀二から話を聞き、さらにルール説明も聞いていた安田と巽はずいぶんと緊張した様子だ。
しかし、銀二だけはじっと冷たい視線でこちらを見つめている……。

森田(銀さん……俺は負けねえ)

カイジ「土下座しろ……! もしも俺たちが勝ったら……!」

カイジ「俺たちに負けない自信があるって言うんなら、約束しろ……! そして謝るんだ! 氏んでいった石田さんや佐原たちに……!」

利根川「いいとも、いいとも……約束しよう。負ければな……!」

絶対的な自信を表す利根川……。
こうして森田とカイジのタッグと、利根川とのEカード勝負が始まる……!

148: 2014/10/30(木) 22:04:46.29 ID:IBA7ACtp0
以上で第四章は終了。後日、書き溜めて第五章を再開。

151: 2014/11/03(月) 21:18:22.03 ID:heBm4Juf0
第五章が書き溜められたので再開します。

152: 2014/11/03(月) 21:19:24.96 ID:heBm4Juf0

利根川「さて、会長も退屈しておられるだろうし、始めようか。目か耳……君たちはどちらを賭ける?」

カイジ「う……」

カイジ、勝負を始める前から迷う……。もし負ければ目か耳……どちらかを失う。
耳ならば鼓膜を突き破り聴力を、目ならば眼球を貫き失明……。どちらにしても最悪の結末が待っている……。

森田「耳だ。俺は耳を賭ける」

しかし、森田は大して迷うことなく耳を選択する。

カイジ(馬鹿か、俺は。勝負の前から迷ってどうする。目を失おうが耳を失おうが、大して変わりゃしないんだ。今は勝負することを考えるんだ)

カイジ「俺も耳だ」

カイジ、森田の対応を見て自身も覚悟を決めて同じものを選択……。
装置は一つずつしかないため、二人が勝負を交代する度に装置を付け替えることになる。

安田「目か耳を賭けるゲームだなんて、そんなの狂気の沙汰だぜ……」

巽「だが、耳だったらたとえ負けても鼓膜が破れるだけだ。眼球を潰されるのとは訳が違うぜ」

鼓膜は破れたとしても自然に治癒するが、眼球が破壊されれば再生は不可能。
永久に失明するか、一時的に聴力を失うかのどちらが良いかと言われれば後者を選ぶだろう。

銀二「それだけじゃない。目に装置をつけているのと耳に装置をつけているのとではプレッシャーのかかり方がまるで違う」

目の場合は勝負の最中にも迫ってくる針が常に見えてしまうため、負けそうになっている状況ではそちらに意識が行って勝負に集中できなくなる。
しかし、耳ならばそのようなことはないため、勝負に集中することができるのだ。

153: 2014/11/03(月) 21:20:15.14 ID:heBm4Juf0

銀二「森田の奴は恐らくそれが分かっているんだ」

安田「はぁ……」

遠巻きに銀二たちが見物する中、勝負の準備は整った。
戦績を記録するホワイトボードが用意され、まずは森田たちが皇帝陣営となる。
そして背後から覗かれることを警戒したカイジによって壁を背にできる奥のテーブルへと移動する……。

利根川「あまり時間をかけられては困るからな。こいつを渡しておこう。カードの選択は五分以内にする」

利根川は用意した腕時計を差し出す。

カイジ「森田、俺から行かせてくれ」

そして最初に勝負をするのはカイジ……!
森田はカイジの後ろに立ち、二人の勝負を見届けることになる。
カイジの片耳には耳を破壊する装置が取り付けられる……!

利根川「では最初のBET、どれだけ賭けるかな? カイジくん」

カイジ「……10ミリだ」

負けた時のことなどを考えて少々迷った末、いきなり大張りでの勝負を選択……!
利根川の背後の椅子で控えている兵藤は楽しそうに笑いだす……。

利根川「いいのか? いきなりそんな張りで。森田のことも考えた方がいいのではないか?」

森田「構わない。カイジが10ミリと言ってるんだ。それでいけ」

154: 2014/11/03(月) 21:20:51.15 ID:heBm4Juf0

こうして初っ端から10ミリの大勝負が始まる……。
このEカード、奇数枚目のカードは皇帝から出すことになっているため、まずはカイジがカードを提出……。
それを受けて利根川が提出する……。

結果は市民と市民。まずは互いに様子見の引き分け。

森田(このEカード、あまり長期戦になられると皇帝側でも負ける可能性も高くなるな)

始めは80%の確率で勝てる皇帝側も、市民で引き分け勝負が続いているとそれに従い勝率は低くなる。
故に皇帝側も相手が様子見状態であると見て皇帝を出す必要があるのだ。
だが、その裏をかかれて奴隷を出されればこちらが負けてしまう。もっとも、逆に相手が見誤って自爆することもあり得るわけだが。

だが二枚目……結果は皇帝と市民……!
カイジ、二枚目で勝負に出て見事に勝利した……!

カイジ「……やった!」

そして10ミリを賭けた対価として100万を獲得する。
だが、これで喜ぶのはまだ早い。カイジが目標としている2000万まではまだまだ遠い。
故に次の勝負もカイジは10ミリを賭けていった。

後ろで勝負を見ている森田は1戦目はカイジの様子を見ていたが、次は利根川の様子を観察する。
利根川の表情、癖、視線などあらゆるものを見極めるために。
だが利根川は大した動きも見せずにカードを提出していく。極めて冷静だ。

155: 2014/11/03(月) 21:21:30.00 ID:heBm4Juf0

カイジ「よっしゃあ!」

しかし、呆気なく2戦目も1戦目と同じ手順でカイジが勝利する。
そして合計200万の金を獲得し、カイジは勝利に気を良くしていた。

森田(あまりにもあっさり過ぎる……)

後ろで見ていた森田は今までの勝負に違和感を感じていた。
利根川は自分の手札をじっと見つつ熟考していたように見えていたが、今のは何も考えないでカードを出して自滅したような負け方だ。
利根川がそこまで愚鈍なわけがない。まるで予定調和のような勝負の流れのように森田は感じていた。

カイジ「次も10だ!」

そして連勝ですっかり強気になったカイジは3戦目も10ミリの大張りを賭ける。
4~6戦目は勝ちにくい奴隷陣営。ここでもう一度くらいは勢いに乗って勝っておきたいと思っての張りだった。

安田「おいおい……あの坊主、ずいぶんと勝負に出やがるな。命知らずもいい所だぜ」

横から遠巻きに見物する銀二たち一行の中で安田はカイジの大張りの連続に呆れ返っている……。
銀二は勝負をしている二人の様子をじっと観察していた。

156: 2014/11/03(月) 21:22:04.79 ID:heBm4Juf0

利根川「感じる、感じる……カイジくんの心の波動が……」

カイジ「え?」

森田「何?」

突然の利根川の呟きに二人とも困惑……。負け惜しみかとも思ったがどうもそうでもないらしい……。
3戦目、今度は初めて3枚目まで勝負が続いていた。

カイジ(くそっ……どうする?)

長期戦になると皇帝側も不利になることが分かっているカイジだが、たった今利根川が呟いた言葉が頭から離れず2枚目で勝負に行かなかった。
だがこれ以上の延長は無理と判断。3枚目で皇帝を提出……。

カイジ(来い! 市民! 来い! 来い! 来い!)

利根川「おいおい……そんなに強く念じられては丸聞こえだぞ、カイジくん。今、はっきりと聞こえた。『来い、市民』とな」

カイジ「え?」

森田「何?」

巽「ああ?」

安田「どういうことだ?」

見物していた巽と安田までもが困惑……。

157: 2014/11/03(月) 21:22:40.92 ID:heBm4Juf0

利根川「つまり、カイジくんのカードは……皇帝だ」

利根川、提出したカードをすぐに開ける。そのカードは奴隷!

カイジと森田は利根川の読みに驚愕……!

利根川「さあ、開けたまえ。カイジくん」

カイジ「ぐ……」

カイジのカードは皇帝。利根川の読み、的中……!
初めての敗北……。しかも10ミリの大張りでこれは痛い。

利根川「ふっふっふ……では、参ろうか」

カイジ「……う……う、うわあああああ!!」

利根川、リモコンを操作するとカイジの耳に取り付けられた装置の針が回転しながら鼓膜に向かって伸びていく。

森田「カイジ!」

キュルキュルキュルキュルキュルキュル!

耳に取り付けられているため外に漏れる音は森田たちには対して聞こえはしないものの、カイジにとってはその音は身と神経を切り裂くような轟音……!
まだまだ猶予があるとはいえ、破滅の音を直に耳にする者にとってはそれだけでも拷問である……。

158: 2014/11/03(月) 21:23:23.12 ID:heBm4Juf0

カイジ「はぁ……はぁ……」

森田「大丈夫か? カイジ」

やがて装置が収まるが、それだけでカイジは相当に消耗していた。

兵藤「利根川よ、ほどほどにな。あまり度が過ぎるとカイジくんたちが戦意喪失してしまう。それでは興を失うというものだ」

利根川「はっ……その点はご安心を。カイジくんたちはこれでも相当な兵でございますから」

安田「おいおい。今のは無いんじゃねえのか? あの坊主を挑発しやがったぞ」

傍から見れば利根川はカイジの動揺を誘う言葉を呟き、その反応を覗って何のカードであるかを判断したように見えた。
つまりカイジの心を読んでいたわけではない。

利根川「ふっふっふ……安田巌、残念ながら50点だ」

安田「あん?」

利根川「私がそんな安っぽい戦略を考えてると思うかね? 私は本当に彼らの心の動きが感じられるのだ……」

利根川「人の心の震えがな……。お前のような凡庸な悪党程度ではそれも分からんか」

安田「な、何……!」

巽「よせよ」

巽に止められる安田だが、その横でじっと勝負を観察していた銀二は不敵な笑みを密かに漏らしている……。

銀二(ふふ……なるほど。それもまた安っぽい戦略ではあるがな)

銀二(さあ、森田よ。お前も気付いているか? 奴の戦略を)

銀二は今の利根川の発言から何かを確信している……。そしてそれを森田鉄雄も見極めることができると期待する………。

159: 2014/11/03(月) 21:24:00.90 ID:heBm4Juf0

森田「カイジ、交代だ」

カイジ「あ、ああ……」

ここからは森田たちが奴隷陣営。森田はカイジと選手交代をし、利根川との勝負を決意する。
カイジから一度装置が取り外され、森田の片耳に取り付けられる。
装置を外されたカイジはホッと安堵している……。

利根川「言っておくが、印なんぞカードにはついていない。そんなことをしては見破られた時に逆に利用されかねないからな」

利根川「ましてや森田鉄雄。君ほどの男ならばその程度の印なんぞすぐに看破するだろう」

確かにそうだ。連中が不正をしているとしても、そんな安易な手段など取りはしないはずだ。
もしもするのであれば何か別の……森田でも気付きにくい手段を取るに違いない。

利根川「では、BETはどうするね? 森田鉄雄。カイジくんと同じ10でいくか?」

森田「……1だ」

森田、迷わずに最小の張りまで落とす。
その決断に銀二たち一行も唸っている。

160: 2014/11/03(月) 21:24:38.48 ID:heBm4Juf0

利根川「ほう、1か……。なるほど、さすがは森田鉄雄。退くべき時は弁えているようだな」

利根川「勝算もなく流れが悪くなった今は限界まで落とすのが真の兵……実に素晴らしい」

兵藤「さすがは平井銀二の元右腕といった所かの……?」

後ろの兵藤も森田の判断には感心している様子だ。

森田「そんな大層なものじゃない。始めるぞ」

5戦目、奴隷側で森田は初のEカード勝負を始める……。
圧倒的に不利な奴隷側では如何に相手が皇帝で勝負を仕掛けてくるのかを見極めなければならない。
皇帝側は奴隷側がそのタイミングを見誤って自滅してくれるのを待つだけでも良い。

1枚目、先出しだった利根川は市民。森田も市民。まずは互いに様子見……。

森田(利根川の奴、そこまで時間を気にするか?)

先出しの2枚目を提出しようとする森田が長考する中、利根川にちらちらと視線をやっていた。
確かにカードを出すまでに制限時間がある以上、時間を気にするのは当然だが。あそこまで熱心に集中することはない。
およそ30秒に一回、利根川は5秒ほど森田の方を覗ってくる。それ以外はほとんど時間を気にしていた。

161: 2014/11/03(月) 21:25:29.66 ID:heBm4Juf0

4分の長考の結果、森田はようやくカードを提出する。出したのは市民……。

利根川「やれやれ……ずいぶんと長い選択だったが、果たしてどちらかな? これは難しい……」

利根川もまたわざとらしく嘯きながら考えだしている。
2分ほどの長考の後、カードを提出する……。そして、オープン……!

森田「……!」

カイジ「くっ……!」

皇帝と市民……! 森田、敗北!

利根川「やれやれ……長く選んだ割にはつまらん結果だったな。勝負に出る勇気もなしか……」

森田「ぐ……!」

カイジ「森田!」

安田「森田……!」

言いながら、利根川はリモコンを操作して装置の針を進める……!
森田の耳の中でキュルキュルとけたたましい音が鳴り響く……!
たった1ミリだけとはいえ、これほど恐ろしい音を感じたことなどない。常人ならば狂ってしまいそうなほどだ。
だが、森田は破滅を告げる音に決して屈さない……!

162: 2014/11/03(月) 21:26:34.37 ID:heBm4Juf0

利根川「ほう。中々大した肝じゃないか。カイジくんのようにはっきりと恐怖に震えることもないとはな」

利根川「さすがに森田鉄雄と凡人のカイジくんとでは器量が違うかな? もっとも……それでも負けていては話にならんがね」

カイジ「何!」

森田「よせ。相手にするな、カイジ」

森田はカイジを制し、勝負に集中する。

利根川「さあ、森田鉄雄。次の賭け距離は?」

森田「変わらない。1だ」

6戦目、1枚目は先ほどと変わらず互いに市民。問題は2枚目……。

森田(もしも奴が勝つなら今の場合は俺が先出しとなる2戦目、4戦目となる……)

森田(奴は俺の何かしらの反応を覗いつつ先に出されているカードを推察するんだ。なら、ここで勝負に行くとなると負ける可能性が高い……)

森田(奴は俺が自滅するのを待っているだけでも良いんだからな。もう少し様子を見るか……いや……)

森田、深く熟考してカードを選択しようとしていたその時……。

163: 2014/11/03(月) 21:27:27.65 ID:heBm4Juf0

「森田くん!」

突然、プレイルームの入り口から女の声がかかる。

森田「美緒! みんなも……」

入り口にいたのは鉄骨渡りの会場から退場させられていた美緒、明穂、由香理の三人であった。
いや、彼女たちだけではない。その後ろには10人ばかりの男たちが続いているではないか。いずれも人間競馬の失格者ではあるが無傷の者たちばかりだ。
美緒たちは会場から退場させられた後、安静のためメインビルに移されていた人間競馬の重傷者たちの介護を任されていた。
そして森田とカイジが渡り切ったことで電流鉄骨渡りが終了したことを黒服たちから告げられたが、また別のゲームを始めたとも同時に告げられ美緒はたまらず森田たちの元へ行くことにしたのだった。
明穂や由香理、他の者たちもその成り行きを見届けようとついてきたのである。

美緒「良かった……無事だったのね」

由香理「あ! あなた達……確か、森田くんの……」

安田「よう。久しぶりだな、お嬢ちゃんたち。まさかあんた達もあんなゲームに参加してたってのか?」

明穂「冗談言わないでちょうだい! あんな狂った橋なんて渡るわけないでしょ!」

由香理「それより、何をやっているのよ。森田くんたちは」

164: 2014/11/03(月) 21:28:43.99 ID:heBm4Juf0

安田「見ての通りの延長戦のギャンブルさ。耳を賭けてのな……」

ゼッケン11「ひ……」

明穂「嘘……」

由香理「冗談でしょ……?」

美緒「み、耳って……」

美緒たちは森田たちが今行っているゲームが何であるかを察し、唖然……。
森田の耳に装置が取り付けられているのを見てそれが真実であることを知る。

美緒「何でそんなことをしてるのよ! もし負けたら耳が……」

安田「何、まだまだ大丈夫さ。あそこのホワイトボードを見てみな。あそこの数字が30になりさえしなけりゃ問題ねえ」

安田が美緒たちに分かりやすいようにゲームの説明をするが、それでも安心というわけにはいかない。

明穂「でももう11も負けてるじゃない……」

美緒「森田くん。絶対に無理はしないで」

森田「ああ」

傍に寄ってきた美緒に森田は頷く。いきなりの展開につい気が紛れて勝負のことまで忘れてしまいそうだ。

165: 2014/11/03(月) 21:29:57.29 ID:heBm4Juf0

安田「見ての通りの延長戦のギャンブルさ。耳を賭けてのな……」

ゼッケン11「ひ……」

明穂「嘘……」

由香理「冗談でしょ……?」

美緒「み、耳って……」

美緒たちは森田たちが今行っているゲームが何であるかを察し、唖然……。
森田の耳に装置が取り付けられているのを見てそれが真実であることを知る。

美緒「何でそんなことをしてるの! もし負けたら耳が……」

安田「何、まだまだ大丈夫さ。あそこのホワイトボードを見てみな。あそこの数字が30になりさえしなけりゃ問題ねえ」

安田が美緒たちに分かりやすいようにゲームの説明をするが、それでも安心というわけにはいかない。

明穂「でももう11も負けてるじゃない……」

美緒「森田くん。絶対に無理はしないで」

森田「ああ」

傍に寄ってきた美緒に森田は頷く。いきなりの展開につい気が紛れて勝負のことまで忘れてしまいそうだ。

166: 2014/11/03(月) 21:30:58.62 ID:heBm4Juf0

利根川「雑談は後にしてもらえんかね。ワシらが集中できんではないか」

黒服「ほら、離れろ!」

美緒「見てるだけなら良いんでしょ」

黒服に凄まれるも、美緒は引き下がらない。そのままカイジと共に森田の横で勝負を見守る……。
森田、気を取り直してカードの提出を行う。もう残り時間が1分を切っていたのでこれ以上の長考は意味がないと判断した。
出したのは奴隷なのだが、美緒たちが現れたことで気が紛れ、森田は大して意識せずに提出したのだ。

森田(やっぱり利根川の奴、時計ばかり見てやがるな)

受けて利根川、再び長考しだす。相当時間を気にしているのか腕時計ばかり気にしている。
自分の制限時間の確認などせいぜい1、2回やればいいというのに利根川はほとんど時計を見るばかり。
対戦相手である森田のことなどまるで眼中に無いようだ。
そして2分後、ようやくカードの提出が行われていた。

美緒(お願い……勝って……!)

カイジ(頼む……!)

美緒とカイジは祈るようにカードに食い入る。ここで利根川が勝負に出て皇帝を出してくれていれば奴隷を出した森田の勝ち……!
そして両者、オープン! そのカードは……!

167: 2014/11/03(月) 21:31:40.27 ID:heBm4Juf0

利根川「……ぬ!」

カイジ「……よし!」

美緒「やったわ!」

皇帝と奴隷……! 森田、見事利根川から一勝をもぎ取る!
最小の1ミリとはいえ、奴隷側での勝利は5倍のボーナス……50万を獲得!
森田も思わずホッと一息をつくが、素直には喜べない。

兵藤「けっ……!」

兵藤はつまらなそうに舌を打ち、利根川は僅かに顔を顰めている。
どうやら自分の読みが外れたことが相当予想外だったようだ。

銀二「くくく……」

巽「どうした? 銀さん」

銀二「森田の奴、まだまだツキは衰えてないってわけか……」

巽「ええ?」

銀二は今の森田の勝利が、彼の持つ天性の強運がもたらしたものだと察していた。
利根川は出されたカードが何であるか、もしくは森田たちがこれからどのカードを出そうとしているのかをほぼ確実に当てることができる。
故に森田たちが先出しでカードを出せばほぼ負けが確定してしまう。後出しでも勝負に出ようかというのが予測できるため、負けは無きに等しい。

だが、今の森田の場合は勝負の途中で美緒たちが現れたことで勝負に集中する神経が一時的に遮断されたことによって、図らずとも利根川に対する目くらましとなったのだ。
勝負の最中、美緒たちが現れたのは偶然であるが、それはまるで何者かが森田を助けるかのように彼女たちを導いたかのようであった。

168: 2014/11/03(月) 21:33:29.29 ID:heBm4Juf0

森田「カイジ、次はお前だ」

カイジ「ああ。任せてくれ!」

ここで森田はカイジに選手交代する。今の森田の勝利で相当気を良くしたらしい。
再び耳の装置の付け替えが行われ、カイジは席につく。森田はしばらく『見』に回ることにしていた。

森田(俺は今、偶然に勝ってしまったからな……。もしも奴らが何か企んでいるなら、ここからは負けが続くはず)

森田は利根川の動きに不信な違和感を感じていた……。

カイジ「何が心の動きが読めるだ。ハッタリかまして負けておいてよ!」

利根川「カイジくん。私は決して超能力者ではない。ましてや、今のように勝負が中断されてしまうと案外、勝敗の差が縮まったりするものだ」

利根川「外野が騒いでいるとそちらに気がいってしまって勝負に集中できなくなる。そうなると案外、読みにくくなるものだぞ」

利根川「プロのスポーツ選手は勝負に集中しているからこそ良い記録を残せる。だが、その途中で邪魔が入れば当然結果は残せんだろう?」

カイジ「負け惜しみを! さあ! 勝負だ! 次の張りは13で行く!」

利根川「ほう? 13だと?」

吠えるカイジの宣言に利根川はおろか、森田たちを含むギャラリー、そして黒服までもが唖然……。

169: 2014/11/03(月) 21:34:10.73 ID:heBm4Juf0

美緒「ちょ、ちょっとカイジ!」

明穂「あんた、バカじゃないの!? そんな張りをするなんて!」

由香理「そうよ! 森田くんがせっかく余裕を残してくれているのに!」

森田「いいよ。今はカイジの好きにさせてやろう」

騒ぎ出す彼女たちを森田は制する……。
カイジとしては5倍のボーナスが得られる奴隷側で勝つことに意味があると感じていた。
皇帝側で厚く張ってもせいぜい100万程度……。それでは目標には届かない。
ラストの3戦は奴隷側だとしてもそこまでにはもう余裕が無くなっているのかもしれない。ならばイチかバチで行くしかないのだ。
それは森田も重々承知している……。
もし負ければ針の距離の合計は24ミリ……後半6戦を全て負ければカイジと森田、どちらかの鼓膜を破られる……!

兵藤「利根川……次は100%勝つが良い。よもや皇帝側なのに、先ほどのように負けるなどあるまい?」

利根川「ご安心を。会長……あのような不覚はもう取りません」

やはり兵藤は先ほどの利根川の負けが気に入らなかったようだ。叱咤された利根川も微妙に冷や汗を滲ませている。

兵藤「せっかく延長戦で夜更かしをしているのだ。そういう勝負をしてくれてこそ面白いというもの……! ヒヒヒ……!」

嗜虐の笑みを漏らす兵藤に、カイジたちは呆然……。
兵藤はカイジたちが恐怖におののき、最終的には悲鳴を上げてもらうことを期待しているようだ。
それはまさに狂気……!

170: 2014/11/03(月) 21:35:01.59 ID:heBm4Juf0

こうして前半戦の山場、13ミリを賭けた6戦目が始まる。
勝負前はあれだけ吠えていたカイジもさすがに大人しくなり、勝負に集中する。
対する利根川も今までは余裕を持って長考していたのが、ここからは真剣になって相当に神経を集中させている。
兵藤の叱咤も相まって利根川もこの6戦目が如何に重要なのかを理解している証拠だ。

1枚目は互いに市民。やはり利根川はいきなり勝負などしない。

森田(問題はこちらが先出しの2枚目……)

皇帝側の利根川が確実に勝つのであれば、カイジが先にカードを提出する2枚目……。
森田はカイジと利根川、双方の動きを観察する……。

美緒たちギャラリーもこの大勝負に皆、沈黙……。固唾を飲んで見守る……。

カイジ(2枚目に皇帝は通せない……! イチかバチの勝負なんてしないはずだ……! 結局は保留にするはず……!)

カイジ、市民を提出……! 受けて利根川、4分になろうかという頃にカードを出す……!
まず先にカイジが市民をオープン……!

カイジ(どうだ! お前も市民だろ!)

だが利根川、すぐにオープンせずに不敵な笑みを浮かべる……。

171: 2014/11/03(月) 21:35:36.49 ID:heBm4Juf0

利根川「カイジくん。君が何を考えてその市民を出したのか、私にはよく分かるよ……」

カイジ「え?」

利根川「2枚目に私は絶対に勝負はしない……だが、その考えがギャンブルでは最も浅墓なのだ!」

カイジ「な、何!?」

利根川のカードは皇帝! 市民を頃す皇帝!
カイジ、ここ一番の勝負で敗北……!
カイジ、驚愕……! まさかここで利根川が勝負に出るとは思っておらず、絶句……!
いや、それどころかカイジの考えが利根川に読まれていたことの方が信じられなかった。

由香理「何やってるのよ! ここ一番で負けちゃって!」

明穂「そうよ! あんた、バカなんじゃないの!?」

明穂と由香理に罵倒されたカイジはテーブルの上に突っ伏す……! さらに……!

キュルキュルキュルキュルキュルキュル!

カイジ「う、うわあああああああ!」

利根川がリモコンを操作し、装置の針を進ませる……! 頭の中に響く破滅の音がカイジの心を引き裂く……!
それを傍から見ると恐怖に震えるカイジの姿と悲鳴はとても痛ましいものだった。

172: 2014/11/03(月) 21:36:20.05 ID:heBm4Juf0

明穂「う……」

あれだけ罵倒したとはいえ、明穂たちもこれから鼓膜を破られてしまうことに怯えるカイジに青ざめる……。
先ほどはまだ20ミリ余裕があったのが、今度はもはや10ミリさえも余裕が残っていない状況……。
徐々に近づいてくる破滅にカイジはすっかり萎縮してしまっていた。

美緒「カイジ……」

後ろで森田と共に見守っていた美緒もカイジの身を心配している。
森田自身はじっと二人の勝負を傍観していた。……まるで何かを見定めようとするように。

利根川「さあ、次のBETはどうする? カイジ。それとも森田鉄雄と交代するか?」

カイジ「森田ぁ……」

カイジ、森田の方を振り返るが森田はただじっとこちらを見下ろしているだけだ。

森田「カイジ。次の皇帝側は全てお前に譲ろう」

カイジ「何……?」

森田「もう少しだけ、耐えていてくれ。安心しろ、必ず勝機を見つけてみせる」

森田の言葉にカイジは少しだけ恐怖が薄らいでいた。森田には何か勝つための策があるのかもしれない。
ならばここは彼の言葉を信じ、今しばらくは自分が勝負をすることにした。
皇帝側なら圧倒的にこちらが有利なのだ。最低、1勝でもしなければこちらが破滅する……。

173: 2014/11/03(月) 21:37:08.11 ID:heBm4Juf0

カイジ「賭け距離は1ミリ……」

利根川「おいおい……。さっきまであれだけ強気に出てきたというのに、もう降参か?」

明らかに馬鹿にした様子でカイジを挑発する。しかし、カイジは答えない……。

利根川「まあいい。だが一つ教えてやろうか。何故カイジくんが勝てないかを」

利根川「このEカードでは相手を観察する能力が重要なのだ。相手が勝負カードを出してくる時の心の動きを読む力がな……」

利根川曰く、カイジは勝負カードを出す際に通常より前傾が低くなるとのことだ。
森田もカイジの動きを見ていたが確かにそのような動きを見せていた。
つまり、口に出さずともカイジは体でどのカードを出すのかを告白している……。決して隠し通せるものではない……!

利根川「よって、カイジくんは勝ち得ないというわけだ」

由香理「そこまで分かるんだ……」

明穂「あんた、顔に出すぎなのよ。森田くんを見習いなさい」

カイジ(ハッタリを……! それじゃあ俺たちが先に出すカードは全滅ってことじゃねえか! そんなことあるわけがない!)

カイジ(だったら、さっきの森田の時は何なんだよ……! あの負けはどういうわけだ!)

利根川に踊らされてなるものかと気を取り直すカイジ。だが、ここからの勝負は一方的なものだった。

174: 2014/11/03(月) 21:38:26.93 ID:heBm4Juf0

7戦目、カイジはいきなり1枚目で皇帝を出したが、利根川はあっさりと奴隷を出して返り討ち……。
さらに8戦目、完全に疑心暗鬼に陥ったカイジは皇帝を中々通せず利根川もそれに合わせるように市民を出してくる。
結果、4枚全て市民を出したおかげで5枚目は利根川の不戦勝……!
まるでカイジの心中を全て見透かしているかのような、悪魔のような読み……!
本来、圧倒的に有利なはずの皇帝でも勝てない……! これはもはや偶然でもハッタリでもない……!

カイジ(こいつは分かるんだ……! 俺のちょっとした反応や態度で……!)

カイジ、すっかり利根川の悪魔じみた異能の観察眼に戦慄……! 戦意を喪失する……!
そして悟る。自分では勝てない、と。
もし勝てるとしたら、後ろにいる森田鉄雄くらいしか……!

カイジ「ぐっ……! ううううう……!」

キュルキュルキュル……!

2戦とも1ミリずつ張って負け、現在合計は26ミリ……。猶予は4ミリ、そして残る勝負も4戦……。
奴隷側は圧倒的に勝ち難いため、ここで勝たなければ勝機はない……!

美緒「ねえ、森田くん。ここで代わってあげたら……」

森田「いや、まだだ」

森田(こいつ……やっぱり時計ばっかり見てやがる)

森田はここまでの二人の勝負を観察していて、利根川の動きの一つにある確信を得ていた。
利根川は今までの勝負中、やはり自分の時計にばかり意識を集中させており、カイジのことは大して観察していない。
どうあってもカイジの観察よりも時計を見る割合の方が多すぎる。
それにあそこまでの的中率はむしろ異常としか言いようが無い。

175: 2014/11/03(月) 21:39:46.42 ID:heBm4Juf0

森田(この野郎、やっぱり何か仕掛けてやがるな……)

森田の推測としては、利根川はこちらの出すカードを何らかの方法で知り得ているということだ。
そしてそれが恐らくあの時計に表示され、その情報を見た上でカイジの出すカードを予測し、的中させる。
つまりはイカサマ……! 利根川はイカサマでこちらのカードを盗み見るかしているのだ。

森田(問題はその方法だが……)

一体、どうやってカイジのカードを盗み見ていることだが……。
カードに印はなく、後ろや横には森田たちがいるのだから隠しカメラがあるわけでもない……。
それが分からない限り、森田でも利根川を討ち取ることは難しい。

兵藤「利根川よ……気を緩めるなよ。ここを勝ちさえすれば後は何の問題もない」

兵藤「せっかく夜更かしをしているんだ。ここまで来たらカイジくんの絶叫を聞きたい……!」

兵藤「その声はカイジくんの耳には半分しか届かなぬだろうがな……!」

兵藤は利根川に念を押し、恐怖に打ち震えるカイジを見て嗜虐の笑みを浮かべて興奮する……!
そして始められる9戦目……ここで負ければ破滅はほぼ確実……!
森田に交代したとしても、勝てる可能性は限りなく低い……! 自分が破滅することは無くなっても、代わりに森田が破滅することになる……。
それだけは絶対にあってはならない……!

176: 2014/11/03(月) 21:40:23.84 ID:heBm4Juf0

森田(この野郎、やっぱり何か仕掛けてやがるな……)

森田の推測としては、利根川はこちらの出すカードを何らかの方法で知り得ているということだ。
そしてそれが恐らくあの時計に表示され、その情報を見た上でカイジの出すカードを予測し、的中させる。
つまりはイカサマ……! 利根川はイカサマでこちらのカードを盗み見るかしているのだ。

森田(問題はその方法だが……)

一体、どうやってカイジのカードを盗み見ていることだが……。
カードに印はなく、後ろや横には森田たちがいるのだから隠しカメラがあるわけでもない……。
それが分からない限り、森田でも利根川を討ち取ることは難しい。

兵藤「利根川よ……気を緩めるなよ。ここを勝ちさえすれば後は何の問題もない」

兵藤「せっかく夜更かしをしているんだ。ここまで来たらカイジくんの絶叫を聞きたい……!」

兵藤「その声はカイジくんの耳には半分しか届かなぬだろうがな……!」

兵藤は利根川に念を押し、恐怖に打ち震えるカイジを見て嗜虐の笑みを浮かべて興奮する……!
そして始められる9戦目……ここで負ければ破滅はほぼ確実……!
森田に交代したとしても、勝てる可能性は限りなく低い……! 自分が破滅することは無くなっても、代わりに森田が破滅することになる……。
それだけは絶対にあってはならない……!

193: 2014/11/04(火) 08:38:30.03 ID:kPazZE/T0

カイジ(ちきしょう……! ……何で出せないんだ……!)

9戦目、1枚目はこれまでと同じ市民と市民……。
カイジは後出しの2枚目で勝負に出ようと考え皇帝を出そうとしたが、利根川に逆に奴隷で返り討ちにされるかもしれないと怖気づき、結局出したのは市民……。
完全に戦意を喪失してしまったカイジは己の不甲斐なさを呪っていた。

明穂「あれじゃ全然勝負にならないわよ……」

萎縮してしまっているカイジにギャラリーたちからも諦めの空気が流れている。
こんな調子ではこの勝負も負けかと誰もが思っていた……。

利根川「オープン」

そしてオープンされる利根川のカード。もちろん、それは市民……。

カイジ「え?」

ではなく奴隷……! それはつまり……。
カイジもオープン……市民と奴隷……! カイジ、辛くも勝利……!

177: 2014/11/03(月) 21:41:12.09 ID:heBm4Juf0

利根川「ぐ……!」

安田「おお……!」

ゼッケン11「やったぁ……」

ゼッケン10「良かったな、カイジさん……」

美緒「良かった……」

明穂「まったく……心配させて」

由香理「ハラハラしたわ……」

ギャラリーたちもこの貴重な一勝にホッと安堵する……。
ともかく生き残りの一勝……! これで残る3戦を全て負けても29ミリ……カイジたちの破滅はあり得ない……。
最低限の安全は確保された……!

カイジ(ありがとう……みんな……)

今まで恐怖に打ち震えていたせいで忘れかけていたが、自分にはしっかりと仲間がいるのだ。
森田や美緒、明穂、由香理、そして人間競馬の脱落者たち……共にこの生き残りを喜び、共有してくれる者たちが……。

バシッ!

だが、それを許さない者が一人いる……。

178: 2014/11/03(月) 21:42:10.28 ID:heBm4Juf0

後ろに控えていた兵藤が立ち上がり、手にする杖で利根川の肩を強く叩いたのだ。
突然の出来事に全員、唖然……。

兵藤「何故負ける……!? クズが……! お前は勝って当たり前だろうが……!」

利根川「も、申し訳ありません……! こいつ、カードを出す直前に心変わりを……」

兵藤「バカが……! そんなことも見抜けんのか……! この木偶の坊め!」

バキッ!

さらに兵藤は利根川のこめかみを杖で殴打……! 血が滲み出る……。

兵藤「これでそいつらは残る3戦を安全に張って逃げ延びるだけ……何の面白みもない終局だ……! 興を失ったわ……!」

兵藤「さっきの負けといい……人を見る目のない男だ。この分では黒崎に貴様のポストを渡してやることも考えねばならんな」

激怒する兵藤はねちねちと利根川を責め立て、終いには降格の脅しさえもかける。
だが、兵藤のその異様な怒りは森田に更なる確信を与え、そしてカイジは疑念を生じさせる。

179: 2014/11/03(月) 21:43:07.56 ID:heBm4Juf0

森田(勝って当たり前……やはりな)

カイジ(これほど怒ることなんてないだろう……このゲームに必勝法なんてないんだから……)

カイジ(今みたいなアクシデントなんて起こり得る。それも見抜けだなんて理不尽もいい所だ……)

そして幾多の疑念がカイジの頭の中を交錯し、ある結論に至る……!
利根川の不用意な自慢のような発言から、兵藤の絶対に勝って当たり前という叱咤……。

カイジ(こいつら、まさかイカサマを……!?)

森田「カイジ、交代だ。次は俺がやろう」

カイジ「あ、ああ……」

奴隷側陣営となったため、ここからは約束どおり森田が出る。賭けは1ミリ……。
カイジは森田と勝負する利根川を観察することにする……。

カイジ(利根川のやつ、カードを見ていない……!? 時計を見ている……!?)

ようやくカイジも気付いた……! 利根川が何故、ここまで圧勝でいられるのかを……!
しかし、ここから先は森田と同じくその手段が分からない……!
どうやってあの時計にこちらのカードが何であるかを伝えているのかが……。
時計を最初にこちらへ渡したのも時計を見ることの不自然さを消すためなのだ……。

カイジ(汚ねえ! こいつら……! 許せねえ……!)

人に破滅を賭けさせておいて自分たちには勝つための保障を用意する……。
初めから連中はカイジたちと勝負をする気など毛ほども思っていない。
橋の時もこのゲームも、敵はカイジたちを陥れることしか考えていなかったのだ。

180: 2014/11/03(月) 21:43:45.26 ID:heBm4Juf0

しかし、それが分かったとしても、カイジたちが言い立てようが利根川たちは知らぬ存ぜぬで通せる。
あの時計を見せろと言っても、すぐに普通の時計に戻るだけ……どうしようもない。
それは森田とて同じ考えであった。

森田「ぐ……!」

美緒「森田くん……!」

キュルキュルキュルキュル……!

10戦目、やはり森田も敗北してしまう……。
しかし、ここからは1ミリずつ張っていれば決して鼓膜まで針が届くことはない。いわばこの音も脅しである……。
だが、見ている方としてはその様は決して安心できるものではない。

森田(くそっ……後はタネが分かれば何とかなるんだ)

利根川がイカサマをしているのは明らかだ。しかし、イカサマのタネが半分しか分かっていない森田はどうすれば裏を取れるかで困っていた。
このままでは利根川に一矢を報いることもできない。森田は利根川を寒空の元へ放り出してやるつもりでいたので、これでは大した打撃を与えられない……。

カイジ「……森田。次は俺にやらせてくれ」

森田「カイジ……」

すると、何か意を決した様子のカイジは再び自分に交代を求めていた。

181: 2014/11/03(月) 21:45:15.78 ID:heBm4Juf0

森田(何か考えがついたんだな)

森田はその表情は見てカイジが何か突破口を見出したと悟り、その申し出を受ける。

カイジ「おい、利根川。この装置の針はどこまで伸びるようになっている?」

利根川「45ミリまでだが……? それがどうした?」

森田「カイジ……?」

美緒「ちょ、ちょっと……」

明穂「あんた、何考えてるの……?」

様子がおかしいカイジに森田たちは困惑……。

カイジ「なら、残る18ミリ全てをBETとして賭けることは可能か?」

そしてカイジの口から出た言葉に一同、驚愕……!
45ミリ……それはすなわち鼓膜の遥か先の中耳はおろか内耳にまで達する領域……!
鼓膜はまだしてもそこまで貫かれればただではすまない……!

182: 2014/11/03(月) 21:46:04.40 ID:heBm4Juf0

安田「あの坊主……何血迷ったことを言いやがる……」

巽「正気かよ……!」

明穂「あんた、何考えてるのよ! 本当にバカじゃないの!? そんなことしたら氏んじゃうじゃない!」

由香理「せっかくもう1ミリずつで安全なんだから、それでいいじゃないの!」

美緒「そうよ! 勝てる保障だってないのよ!」

美緒たちはカイジの無謀な決断に次々と騒ぎ立てる。

利根川「まったく……血迷いおって、この馬鹿が。30ミリまでなら鼓膜まででそれ以上は何も失わんのだぞ」

利根川までため息をつき呆れ返っている。

利根川「最悪の場合、お前は氏ぬことになる。それでもいいのか? 仮に助かったとしてもだなぁ……」

兵藤「利根川……良いではないか……カイジくんは勝負をしたいというのだから、ぜひ受け入れてやりなさい……」

だが、兵藤は逆に嗜虐の笑みを浮かべてカイジの無謀な挑戦を認め、受け入れる……。
カイジがもし負ければ破滅どころか氏さえ待っている……。
兵藤はそれが見たくて見たくてたまらない……というような顔だ……。

183: 2014/11/03(月) 21:47:05.06 ID:heBm4Juf0

兵藤「負ければ破滅だが、要は勝てばいいのだ……。この先18賭けで2連勝すれば、カイジくんが目標にしていた2000万に届くではないか」

確かにそうであるが、あまりにもリスクが大きすぎる。しかも連中はイカサマをしているのだからまず負けることはない……!

森田(それじゃあ奴らの思う壺じゃねえか……!)

兵藤「ならばもう何も迷うこともないな。おい、次のBETは18だ」

黒服「は……はっ!」

カイジ「待て! ……少し考えさせてくれ」

呆然していた黒服も我に返るが、カイジはすぐには決断せずに保留とした。
そしてカードをテーブルに残したまま勝負の場から離れ、プレイルームを後にする。

兵藤「けっ……」

兵藤はすぐにカイジが決断しなかったことでつまらなそうに舌を鳴らしていた。

銀二(ほう……あいつも気付いたか。奴らのイカサマに……)

銀二は森田とカイジが敵の計略に勘付いたことにほくそ笑む。
後はそれをどう制するのかこれからじっくりと見届けさせてもらうことにした。

184: 2014/11/03(月) 21:47:32.33 ID:heBm4Juf0

明穂「何やってるのかしら……カイジったら……」

美緒「ねえ、森田くん……」

森田「ああ……」

数分が経過し、まだカイジが戻ってこず森田たちは心配になっててカイジのいる外のトイレへと向かった。
銀二たちは森田たち一行を静かに見送る……。

明穂「カイジ?」

そこではカイジが洗面台の鏡を前にして泣いている……。
カイジはこれまでに橋で氏んでいった仲間たちのことを思い、涙を流していたのだ。

カイジ「森田……みんな……」

森田「お前、何か考えがついたんだな。言ってみろよ」

森田はカイジも敵の不正に勘付いたのだと察していた。そうでなければあのような無謀な提案などしないはずなのだから。

カイジ「ああ……森田も気付いてるだろうが、奴らはイカサマをしている……」

明穂「へ? イ、イカサマ?」

由香理「どういうことよ、それ」

185: 2014/11/03(月) 21:48:42.32 ID:heBm4Juf0

カイジは森田たちに敵のイカサマについて全てを話す。
現在、カイジの耳についている装置……実はこれがカイジたちの生体反応を感知する仕掛けになっていたのだ。
脈拍、体温、発汗、血圧……それらをこの装置が感知し、それを利根川がつけている腕時計に送信しているのだ。
利根川はそれを頼りにしてカイジたちが何のカードを出すかを予測していたのだ。

森田(そうか……その手があったんだ)

心の動きが読める、というのはまさにこのこと。
しかし、直接心の声とやらが聞こえたり、文字に出したりするわけではないので100%こちらの動きを読めるわけではないのも事実。
故に森田が美緒たちに気をとられて勝負に集中しなかったり、カイジが気の迷いを起こすといった想定外のことにまでは対処できなかったのだ。

由香理「何なのよそれ! 卑怯じゃないの!」

明穂「そのことを指摘してぶん殴ってやりましょうよ!」

森田「いや、やっても無駄だろうさ」

結果論としては連中は不正をしているが、決定的な証拠がない以上、敵は白を切れるのだ。

美緒「でもそれじゃあ、あいつらの勝ちは決まりってことでしょう? どうするの?」

カイジ「確実じゃないが、手はある……だが、それには協力者が必要なんだ」

森田「協力者?」

それがカイジの秘策とやらなのだろう。奴らの裏をかくための……。

186: 2014/11/03(月) 21:49:30.01 ID:heBm4Juf0

森田「誰だ!」

そのことを聞こうとしたが、入り口に気配を感じ、振り向くとそこには人間競馬の生き残りの一人が心配そうに覗き込んでいた……。

ゼッケン10「あの……カイジさん。まさか賭けませんよね? そんな一時の感情でヤケになって命を張るような真似しちゃダメですよ……」

ゼッケン10「これは俺だけじゃなくて、他のみんなも同じなんです。みんな、カイジさんたちに生きていて欲しいんですから……」

ゼッケン10「カイジさんにはこんなに仲間がいるんですよ? カイジさんは決して一人じゃ……」

カイジ「そうだ……お前が協力しろ!」

森田「カイジ?」

ゼッケン10番を見るなりカイジは叫びだす。

カイジ「森田たちだとあの部屋にいないことが連中にすぐにバレちまう。あまりマークされにくい奴じゃないとダメなんだ」

ゼッケン10「あ……あの……協力って?」

カイジ「森田たちは先に行って待っていてくれ」

戸惑うゼッケン10番をよそに、カイジは森田たちにそう告げる。
森田はカイジの策とやらを信じ、そのままトイレを後にしていた。
外にはいつの間にか他の人間競馬の生き残りたちが集まっている……。

バキッ! ドカッ! ガシャンッ!

カイジ『ぐあっ! うおおっ!』

扉を閉めて十数秒と経たぬうちに中から騒音と共にカイジの雄叫びが聞こえてくる。
とてつもない事態が起きていることに森田たちは唖然……。

187: 2014/11/03(月) 21:50:13.99 ID:heBm4Juf0

明穂「あいつ何やってるのかしら? 一体……」

美緒「カイジは何を思いついたのかしら……」

森田「分からん……」

森田の考えとしては連中の目を欺くにはあの装置そのものを破壊するか、もしくは自らを傷つけて生体反応に狂いを生じさせるかのどちらかと見ていた。
装置が壊れればそれで万事OKだが、そう簡単に壊れるとは思えない。とすれば、やはり後者の方法で連中の受信機の数値をMAXにすることくらいか……。
だが、そんなことをしなくても森田も森田で手段は思いついていた。

ゼッケン10『やめてください! 何になるんですか! こんなことして! カイジさん、変ですよ!』

カイジ『変でいい! 狂ってなきゃ駄目だ……! 常軌を逸してなけりゃ……利根川は倒せないんだ!』

中ではカイジたちの声が聞こえてくるが、森田たちには一体カイジが何をしようとしているのかまるで予想できない。
しかし、明らかにとんでもないことをしでかそうとしているのは明らかだろう。

ゼッケン『ひ……! うわあああああああああ……!』

カイジ『うがぁぁぁぁぁぁぁぁ……!』

そして二人の悲鳴が中から響き渡る……一人は驚愕……そしてカイジは苦痛の声を……!

森田(何をしようとしてるんだ? お前は……)

やがてカイジは扉を開けてトイレから出てきた……。

188: 2014/11/03(月) 21:51:17.72 ID:heBm4Juf0

森田「う……!」

美緒「ちょ、ちょっと……」

明穂「ひ……」

森田たちは唖然……。
その左耳からは夥しい量の血が溢れ出ており、カイジはタオルでその部分を押さえつけ、止血をしていた。
カイジはよろよろと歩きながらプレイルームへと戻っていく。

森田はすぐに後を追わず、ゼッケン10番が残っているトイレに入ってみる。

森田「こ、これは……」

中はまさに地獄絵図であった。
鏡は粉々に割れ、さらにはカイジの血がびっしりとこびりついている。しかもその血は床にまで飛び散っていた……。

明穂「何やったのよ、あいつ……」

森田「おい、どうした? 何があった」

森田は隅の壁で屈みこんで震え、泣いているゼッケン10番に声をかける。

ゼッケン10「カ、カイジさんが……利根川を倒すためだからって……これを……」

嗚咽を漏らしながらゼッケン10番は両手で包むように握っているものを恐る恐る差し出した……。

189: 2014/11/03(月) 21:53:37.40 ID:heBm4Juf0

森田「これは……!」

美緒「きゃあっ!」

明穂「ひぃ……!」

由香理「これって……」

思わず美緒たちは口や目を押さえて悲鳴を上げる。
ゼッケン10番が握っていたのは血に塗れたカイジが耳に取り付けていた装置……。
そして、生の耳そのもの……! それは紛れもなくカイジの耳である……!

森田(あの野郎……こんな手段を使いやがって……!)

カイジは装置を自らの耳ごと削ぎ取り、この男に渡したのだ。
恐らくカイジの作戦は装置を別の誰かに持たせることで偽の情報を利根川に送った上で勝負に行こうとしたのだ。
しかし、まさかこんな荒技を使うとはさすがの森田も思い至らなかった……!

明穂「大馬鹿よ……あいつ……こんなことまでしなくても……」

森田(……参ったぜ。やられたよ)

勝つためには手段は選ばない。ましてや自分の命を捨てる覚悟さえ持っている……。
カイジの凄まじい度胸と覚悟、気迫に森田は感服していた……。

森田(俺も命を賭けないと駄目だな)

カイジが己の身に構わずこんな大胆なことをしてみせたのだ。
ならば、森田も同じように命を張らなければカイジが痛みと恐れを乗り越えて立ち向かっていった意味がない。

190: 2014/11/03(月) 21:54:28.19 ID:heBm4Juf0
以上で第五章は終了。後日、書き溜めて第六章を再開。

191: 2014/11/03(月) 22:36:16.87 ID:le2Ipet4o