1: 2010/08/30(月) 12:48:54 ID:qPMMjlbM0

2: 2010/08/30(月) 12:49:39 ID:qPMMjlbM0



 時を進めながら


 近しい過去と



( ^ω^)ブーンの世界には魔法があるようです

第六章 白銀の夢  第二十二話「正位置の『節制』」


 意識がふらつく。
 少し経って外界へ、体と共に適応していく。
 刺されている様な感覚がある。
 目を開けると暗く、静かな世界がひっそりと現れた。

 静寂の中に、何とか感じられる小さな音が途切れる事なく聞こえる。
 紫色の空から降り注ぐ白い結晶の規則的な音が。
 夜でも明るく見える、白銀の世界が森の道で僕を出迎える。
 雪は、思ったよりも早く、空から舞い落ちていた。

 顔を上げて虚空を仰ぐ。
 無数の塵が流れていった。
葬送のフリーレン(13) (少年サンデーコミックス)
3: 2010/08/30(月) 12:50:25 ID:qPMMjlbM0

ξ゚⊿゚)ξ「……さむっ」

 ツンの一声でふっと現実が戻ってくる。
 白の国であった事一切が全て夢であった様に感じられた。

lw´‐ _‐ノv「さーて、行こうか諸君」

 僕、ツン、ショボン、クー、その一番後ろから声が上がった。
 どうやら北の大地での記憶は消えていない。
 だが、何にしても靄がかかった感覚で、現実であったかどうかも判断がつかない。
 頭の中には残っているが体がついて来ていない、奇妙だ。

 全員が無事であると分かるやいなや、早々に移動が開始した。
 シューがどこに向かっているのかは道中聞くとしよう。
 地形から見て、ここは山道らしい。
 木々の隙間から麓を見る。

( ^ω^)「……ん?」

 町か何かがあるのだろう。
 雪の中に霞む灯が地平まで続いている。

( ^ω^)「ここって……」

 暗闇の中でも目立つ巨大な城。
 雪を照り返す純白の家々。

4: 2010/08/30(月) 12:51:08 ID:qPMMjlbM0

ξ;゚⊿゚)ξ「……何これ、寒っ!」

 マントをはずしてツンに押しつけながら全員を止める。

( ^ω^)「……ここ、赤の国じゃないかお?」

 間違いない。
 僕は一年あまりの出発地点に、戻って来たのだ。

5: 2010/08/30(月) 12:51:50 ID:qPMMjlbM0

―赤の国 王都付近の山―


 何と言う事だ、まさか自室の近くまで来ていたとは。
 これを利用しない手は無い。
 そう思ったのも僅かな時間であった。

(´・ω・`)「部屋があるのはありがたいけど、僕達って見つかったら不味くない?
       守護者ジョルジュと反対意見を言った上に何も後始末つけて無いし」

( ^ω^)「まさか追われてるのかお? そんなに大変な事言った覚えはないお。
      それにジョルジュさんと僕達はほぼ同じ時に戻ったんだから、
      探されるにも暫く時間があるお」

川 ゚ -゚)「いや、連合軍は恐らく解散していない。
     軍の力で八部衆を動かせば数日で各地に手配できる」

( ^ω^)「……そういえばジョルジュさんはどこにいるんだお。
      塔の辺りまで飛ばされたのかお?」

lw´‐ _‐ノv「魔王との決戦地だよ。神の武器を共鳴反応させたから塔へは行くだろうけど。
       私達もこれから時間をかけて塔へと行くよ」

(;^ω^)「反応? ……何でわざわざジョルジュさんも塔へ?」

 目的地が世界の中心にある『塔』ならば、そこに神がいる事になる。
 僕達を神に会わせるというのに、反対するジョルジュまで呼ぶと話がこじれる。

lw´‐ _‐ノv「村長って中立だって言うからねー。残った方が正しい、ってやつ?」

6: 2010/08/30(月) 12:52:46 ID:qPMMjlbM0

(;^ω^)「残るって……万が一勝負にでもなったら僕達は一瞬で全滅だお」

川 ゚ -゚)「確かに武力では敵わないな。神の武器というオマケもある」

 少し考えたが守護者達と戦う事は考えなくてもいいだろう。
 勝負になっても出し抜く方法を取るしかないのだし、
 僕達は彼らと戦う理由も希薄だ。
 現状を確認する事を最優先としよう。

( ^ω^)「まぁ、今はどうせ追われてるかどうか分からないんだお。
      辺りの地図とか道とかを確認する意味でも、
      部屋へ向かった方がいいんじゃないかお?」

 僕はそう言いつつ後ろで固まっているツンを指さした。
 長年砂漠で暮らしてきた彼女には、雪の冷気は堪えるだろう。
 
(´・ω・`)「当面、僕達は何しろって言うの? 行く場所とかさ」

lw´‐ _‐ノv「あっち」

 王城を通り越して向かいに霞む峰々へと指をさすシュー。

(´・ω・`)「……雪山を登るって?」

w´‐ _‐ノv「そうだよ兄弟」

 全員がシューの指さす遠方の山々を仰ぐ。
 舞い散る雪に隠れる事もなく、その威を知らしめる巨山。
 赤の国の人間でそれを知らぬ者はいない。

7: 2010/08/30(月) 12:53:30 ID:qPMMjlbM0

(;^ω^)「赤の国が誇る『白銀霊峰』を、この冬季に登るのかお……」

(´・ω・`)「……それならどっちにしても準備が必要って事じゃない」

川 ゚ -゚)「しかし寒いな。このまま長居すれば私達が凍氏するぞ」

(;^ω^)「確かに移動するにもこれじゃ無理だお」

 マントを外した肩には白い雪が積もっていた。
 振り返れば、ツンがいよいよしゃがみこんでいる。
 選択の余地はなさそうだ。

(;^ω^)「こっちだお。ちょっと急ぐお」

 山道を下り始める。昔の散歩が妙な所で役に立つ。
 視界を遮り続ける雪をかき分けながら進む。
 道中シューがこれから向かう場所について教えてくれた。 
 驚くべき要素ばかりであったが、今足を止めれば寒さという障害で辿りつけない場所である。

 銀世界の中、微かに明かりが近づいてくる。
 うっすらと見える町の灯は、今にも消えそうに見えた。

8: 2010/08/30(月) 12:54:19 ID:qPMMjlbM0

―赤の国 首都―


 僕の部屋は二階建て集合住宅の二階部分にある。
 留守の部屋にまで回す燃料は無いと考えられるので、
 部屋の入口は絶賛凍結中であると確信できる。

( ^ω^)「さらに言うならば扉のたてつけが非常に悪く、窓も開かない。
      まぁ窓は前に僕が割っちゃったのが問題で……」

ξ゚⊿゚)ξ「……いまどうでもいいんだよ。んなことは」

( ^ω^)「すいませんお隊長」

 部屋の近くから様子を伺う。
 全員では目立つので二手に分かれている。
 顔が知られているショボンとクーは論外なので僕かツン、
 またはシューが先行して部屋まで向かう事になった。
 
 警戒をする癖をつけるのは危険を避ける上で大切な事だ。
 雪の降りしきる道でたむろしている時点で目立っている気もするが。

w´‐ _‐ノv「村長嘘ついた、赤の国は白の国よりずっと広いんだね」

 物珍しそうにしているシューを黙らせてツンに声をかける。

9: 2010/08/30(月) 12:54:59 ID:qPMMjlbM0

( ^ω^)「隊長、右から二つ目ですお。ご武運を」

ξ゚⊿゚)ξ「……いってくる」

 寒さに身を震わせながら進むツンを止めようか迷ったが、
 怒られそうなので止めておいた。
 とはいっても現状、一番目立たない人選であろう。
 僕の顔を知る住民も夜更けに出てきたりはしない。

 体の芯から冷えるようだ。
 寒冷な土地で行動するのなら服装くらいは最低限気を使わなければならない。
 今更身を持ってそう体感している。
 七年間、僕はここで何を学んでいたのだ。

 微かな音が聞こえてツンが室内に入り込んだと分かる。
 窓の奥に薄く影が見えた。
 青の魔法で氷をどかして入る、という第一段階は問題なしだ。

 同時にショボンが感覚を広げて周囲の状態を探っている。
 問題があれば声がかかるので、今のところ妙な人影はないのだろう。

( ^ω^)「よし、じゃあ僕も行くお。合図したら寄り道せずに部屋に来るお」

w´‐ _‐ノv「あい分かった」

 しんしんと降りしきる雪の間で互いの声が届く。
 時間が止まったような暗闇の中を歩き始めると、雪を踏みつける音だけが続く。
 一歩一歩が長く感じた。

10: 2010/08/30(月) 12:56:05 ID:qPMMjlbM0
 
 たどり着いた懐かしの扉を慎重に開く。
 雪だるまのように丸まっているツン以外は、驚くほど変化の無い部屋だった。
 潰れかけの木造建築だが、無いよりは遥かにマシな部屋だ。
 所々の壊れた隙間から静かに冷気が入り込む。

 気配が無いか一応確認してみるが、ツン以外は特に何も感じなかった。
 合図をせずにこのまま待てば全員が集まるまで時間はかからない。
 とりあえず目の前で寒さに震える哀れなツンを助けるために毛布を引っ張り出した。

 適当にツンの上に放り投げて後発の皆へと向き直った。

(´・ω・`)「……隣の部屋に活動反応があるね。知り合い?」

( ^ω^)「こんな時間にかお。確かに隣は知り合いだけど……」

川 ゚ -゚)「わざわざ確認まで来るかは運次第だな。
     しかし、雪国で木造とは見上げた根性だな……」

( ^ω^)「孤児学生が贅沢できるかお」

 隙間から見える外の景色は部屋の温度を更に下げている様に感じる。
 僕は少し身震いしながら何か無いかと部屋を探し始めた。
 結果、冬用のマントを二つ発見できた。

w´‐ _‐ノv「いやいや寒いね、これは凄い」

 何が楽しいのか分からないが、嬉しそうなシューを静まらせて暖をとれないかと思案する。

11: 2010/08/30(月) 12:56:51 ID:qPMMjlbM0

( ^ω^)「やっぱり火はダメかお?」

(´・ω・`)「駄目以前に暖炉ないよね、この部屋」

 そうであった。
 僕の部屋にあるのは幾つかの蝋燭くらいだ。
 だからこそマントを幾つも手に入れて冬を乗り越えていたのだ。

(;^ω^)「くっ……手詰まりかお」

川 ゚ -゚)「諦めるな……まずは隙間をふさぐんだ」

 布切れを手にしたクーが部屋の角へと向かっていく。

(´・ω・`)「……」

 同じ時にショボンは閉じられた扉へと向かって杖を構える。

川 ゚ -゚)「敵襲か……!」

 クーもまた刀に手をかける。
 間合いは離れているが、魔法の踏み込みなら対応できるだろう。
 そして少しの間を置いて扉が開いた。

('(゚∀゚∩「誰かいるの……?」

 扉の先から懐かしい顔が半分だけ覗いた。
 一年も会っていない友人に何と言おうか迷ったがその前に二人が動く。

12: 2010/08/30(月) 12:57:46 ID:qPMMjlbM0

('(;゚∀゚∩「うわ!」

 一歩下がったナオルヨに向かって空間を進んでいく杖と刀。

(;^ω^)「ちょっ、待つお!」

 僕の声が何とか間に合い、ナオルヨの頭と腹の辺りで二つの武器が止まる。

('(;゚∀゚∩「……」

 驚いた顔のまま固まったナオルヨに部屋の奥から近づいていく。
 どうやら怪我はない。
 命を取る目的での攻撃ではないだろうが、当たれば良くて気絶だ。

(;^ω^)「ふぅ、危ない……久しぶりだお、ナオルヨ」

('(;゚∀゚∩「ブーン!?」

 構わず大声を出すナオルヨの口を塞ぎ、悩んだ挙句に僕の部屋に放り込んだ。
 旧友を事に巻き込んだ事に関して少しばかりの後悔を感じながら。

('(;゚∀゚∩「え? え?」

 混乱真っ最中のナオルヨに取りあえず一つ注意しておいた。

13: 2010/08/30(月) 12:58:38 ID:qPMMjlbM0

(;^ω^)「一つ、絶対騒いじゃいけないお。復唱」

('(;゚∀゚∩「一つ、絶対騒いじゃいけないお」

(;^ω^)「よろしい」

川 ゚ -゚)「……」

 物言いたげなクーはそのままに、威嚇しないように僕以外の三人は後ろに下げておく。
 ナオルヨは部屋の中央に立っている。

('(;゚∀゚∩「そこの三人はブーンの友達なの?」

w´‐ _‐ノv「うむ、硬い友情で結ばれておる」

 必ずしもそうは言えないだろう。
 特にシューは。

( ^ω^)「……そこの毛布の塊にも一人潜んでるお」

 毛布を突いてみると少し反応があったのでツンの生存を確認できた。
 しかし、寒さに対しては弱いままらしい。
 かつての病的ともいえる虚弱体質の名残だろうか。
 若干心配である。

('(;゚∀゚∩「……それにしても、どうしたんだよ、一年も」

( ^ω^)「うーん……色々だお」

14: 2010/08/30(月) 12:59:24 ID:qPMMjlbM0

 どこまで話して良い物か、ショボンへと視線を送った。

(´・ω・`)「……」

 ショボンは少し考えた。
 ナオルヨの立場は赤の国の一般人。
 国民の義務を考え、僕達が追われているとすれば、敵に部類されてしまう。
 しかし、僕達は拠点や物資にも事欠く始末である。

 どのようにしても長居するつもりはない。
 ならば僕達は準備を整えるという事に力を入れるべきだ。

(´・ω・`)(白の国はとりあえずカット、後々面倒になるかもしれないからね)

( ^ω^)(分かったお)

 いまだ疑問符を浮かべるナオルヨに一から説明を始める。

( ^ω^)「まぁ……一年前の面倒からでいいかお」

 ゼアフォーとの邂逅、そこから始まる一年を追憶した。
 一つの再開と二つの出会い。
 長い旅と多くの闘争。
 魔王との決戦。

(;^ω^)「あ」

('(;゚∀゚∩「?」

15: 2010/08/30(月) 13:00:06 ID:qPMMjlbM0

(;^ω^)「そうだお、決戦はどうなったんだお? どう伝えられたんだお?」

 魔王撃破で終わると思いこんでいたが、彗星が現れて以降、話は面倒になる。
 彗星ラグナロクに対抗する為に魔王と神の武器『ヨトゥンヘイム・ヨツムンガルド』が動いた。
 相反するはずの二つが力を合わせたのは、やはりモララーの手による物なのだろうか。
 だが、それらの事実は僕達が見た物であって、情報規制が無かったとも言い切れない。

('(;゚∀゚∩「ああ、大変だったって国中大騒ぎだったよ」

川 ゚ -゚)「……あんな物が降ってきたら騒ぎになるだろうな」

(;^ω^)「軍隊は今はどうなってんだお?」

('(;゚∀゚∩「何が落ちてきたか知らないけど、まだ解散はせずに周囲警備に勤めてるって言ってたよ。
      魔王は撃破されて魔物達も勢力が弱まったらしいね。
      えっと、そうだ、ギコ王……今は王子だっけ? が戦氏して、暫く喪に服すって……」

(; ゚ω゚)「!」

w´‐ _‐ノv「ああ、言い忘れてたね」

(´・ω・`)「ギコ王が……惜しい人を……」

 そう呟きながらも次の算段をショボンは巡らせる。
 王子に戻っていたとは言え、直系の王がいなくなれば紫の国の中枢はマヒする。
 軍の統制は次点の大国である赤の国か緑の国に移るはずだ。
 考えている事は概ねそのような事であろう。

16: 2010/08/30(月) 13:00:50 ID:qPMMjlbM0

(´・ω・`)「駐屯軍が解散していないなら全国共に本隊は無し……
       これなら動き回れるかもしれない」

(; ゚ω゚)「ギコ王が戦氏って……そんな簡単に……」

川 ゚ -゚)「戦争とはそういう物だ。
     お前も経験はあるのだろう?」

 今まで、戦争の中にいながら人の氏が遠かった様に感じる。
 それがギコ王の戦氏を聞いた瞬間に間近に迫っていた。

(; ゚ω゚)「ツン! 出てくるお、ちょっと大変な事に……」

 引っ張り上げた毛布の下では丸まったツンが、寝ていた。
 あれだけ寒がっていたというのに気楽な物である。

(;^ω^)「……」

 ツンの姿が旅の日常として強烈に印象づれられた。
 加熱していた頭に氷が入った様な感覚が残る。
 非日常ばかりが続く中で現実の考え方を取り戻す。

 僕が騒いだ所で何の意味もないのだ。
 旅と従軍の経験が囁く。

川 ゚ -゚)「それより、友人に状況を説明するのだろう」

( ^ω^)「……分かってるお」

17: 2010/08/30(月) 13:01:44 ID:qPMMjlbM0

 毛布を戻してナオルヨに向き直る。

( ^ω^)「ちょっと長いお」

('(;゚∀゚∩「もう何でも構わないよ……」

 旅の経緯が紡がれた。
 ゼアフォーと赤の国から、紫の国と魔王まで。
 ともかくも決戦までを話す為には時間がかかり、
 一旦話を切れたのは夜明け前になった頃であった。


( ^ω^)「そんな訳で、僕は魔王との戦いに向かったんだお」

('(゚∀゚∩「途方もない話だね……」

 魔王との戦いが終わる辺りをぼかしながら決戦の経緯までを語った。
 ナオルヨが呆けているのも無理は無い。
 少し前までただの学生だった人間が、そのまま魔王との決戦に向かったのだから。

( ^ω^)「全くだお、魔王は魔王でとんでもないし……」

('(゚∀゚∩「それで何で赤の国へ? 駐屯してる軍はいいの?」

( ^ω^)「……」

 やはり上手くいかない。
 僕達がここに来た理由を言うならば白の国が出てくる。

18: 2010/08/30(月) 13:02:26 ID:qPMMjlbM0

(´・ω・`)「実は……僕達は独自行動を承っているんだ」

( ^ω^)「……?」

川 ゚ -゚)(顔はそのままだ)

 クーがそっと耳打ちしてきた。
 ナオルヨを煙に巻くつもりである。

('(゚∀゚∩「何だいそれは」

(´・ω・`)「うん、魔王に関する影響が出ていないか各地の秘境へね。
      僕達は他の兵士にも知られる事無く秘密裏に情報収集しなければならない。
      それは魔王の影響が発見された際の混乱を防ぐためだよ」

 よくもまあ自然と嘘がつけるものだ。
 だけど、とショボンが言葉を切った。

(´・ω・`)「有力な後ろ盾がないから厳しい任務なんだよ。
      協力者の有無は個々人によるからね。
      道具を買うにも一苦労さ。この話は他言無用に頼むよ」

 そして同時にナオルヨを誘導する。
 今までの会話から彼がお人よしである事は十分に推測できたに違いない。

('(゚∀゚∩「あぁ、だったら僕が買い物とか行こうか? 
      ブーンも国の為に大変なんだねぇ」

19: 2010/08/30(月) 13:03:14 ID:qPMMjlbM0

 無邪気に笑うナオルヨに対して妙な罪悪感がある。

( ^ω^)「……」

(´・ω・`)「いいのかい? 
       これはちょっと厄介な事だから君みたいな市民を巻き込みたくは……」

('(゚∀゚∩「大丈夫だよ! 厄介事には慣れてるからね」

 少しだけ僕に視線を送ったナオルヨ。
 それは一体どういった意味だ。

('(゚∀゚∩「そうと決まればこの部屋にいるのはマズイよね?
      僕の部屋なら暖かいよ、ご飯もつくらなきゃ!」

 気合を入れたように両手を握ると、ナオルヨは自分の部屋に戻って行った。
 彼は一年経っても元気に忙しそうだ。

( ^ω^)「……いい詐欺師になれるんじゃないかお?」

(´・ω・`)「先生なんてそんな物さ。生徒達が幼ければ、それだけにね」

w´‐ _‐ノv「へぇ、ショボンって先生なんだ」

(´・ω・`)「形だけさ」

川 ゚ -゚)「ブーン」

20: 2010/08/30(月) 13:04:14 ID:qPMMjlbM0

 呼びとめられて振り返れば毛布の塊からツンを引きずり出すクーの姿があった。
 回収されたツンを小脇に抱えて、僕は久しぶりに友人宅を訪ねたのだった。


 それから数日間、ナオルヨの家を拠点にして旅の準備を整えた。
 もちろん大っぴらに登山道具を買い込む訳にもいかないので、
 多くの店に分けたり、裏路地の怪しい店で買ったりと、様々な策を講じた。
 
 進む準備に比例して雪は降り続けた。
 更に、赤の国には不穏な感覚も蠢いている。

川 ゚ -゚)「そろそろ限界かもな」

(´・ω・`)「……明日には出発するべきかもね」

 この二人が言うのだから間違いない。
 僕達は何かに捕捉されかけている。

w´‐ _‐ノv「今日付近を通った兵士は五人、昨日より一人多い」

(;^ω^)「窓開けたのかお?」

ξ;゚⊿゚)ξ「そんな事したら気付かれるかも……」

w´‐ _‐ノv「いんや、特技。私は少しくらい離れた場所なら人の装備品までなら分かる」

(;^ω^)「凄ぇお」

21: 2010/08/30(月) 13:04:57 ID:qPMMjlbM0

w´‐ _‐ノv「ふふふ、伊達ではないよ機械の体」

 シューの特技の種明かしが終わった所でナオルヨが戻ってきた。

('(゚∀゚∩「ただいまー。何か街道に兵士さんがいっぱいいたよ。
      山狩りでもするのかな? 山賊なんかいないのにね」

(;^ω^)「!」

川 ゚ -゚)「赤の国の密偵も馬鹿には出来ないな」

(´・ω・`)「……様子を見ながら、夜に出発しよう」

('(゚∀゚∩「今日行くの? 急だね」

 激流の様な生活が戻ってくる。
 隣町のその先、小さな農村へ行けば、そこが白銀霊峰の麓である。
 移動時間は十日程になるだろうか。

(´・ω・`)「うん、もう準備も出来たからね」

川 ゚ -゚)「これまで世話になった」

('(゚∀゚∩「じゃあアベさんもキュートさんも準備しなきゃ」

 当然の事ながらショボン、クーは名前がそれなりに有名である。
 互いに国政に関わる守護者又は関係者なのだから当然だ。
 その為にとっさに使った偽名は馴染みにくい物であったが。
 ナオルヨが呼んだ物の他、シューはライスと名乗った。

22: 2010/08/30(月) 13:05:45 ID:qPMMjlbM0
 
 それぞれこだわりが有るのかもしれないし、無いのかもしれない。
 ともかく、僕が慌てて呼んだ名前がツンだけであったのは不幸中の幸いだ。

 ナオルヨに手伝ってもらいながら夜まで準備を続け、
 晴れていれば良い月が見えるであろう深夜に僕達は扉の前に立っている。

('(゚∀゚∩「ブーン、頑張るんだよ」

( ^ω^)「……ナオルヨ。僕達がここにいた事、
      もし兵士さんに聞かれたら正直に話すんだお」

('(゚∀゚∩「?」

 罪滅ぼし、と言う訳ではないが敢えて言っておく。
 お人よしの友人に、これ以上の不幸がないように。

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃお世話になりました……寒っ」

('(゚∀゚∩「ツンちゃんも風邪引かないようにね~」

 皆がそれぞれ挨拶をして出ていく。
 最後に扉をくぐる僕の背に言葉が投げかけられた。

('(゚∀゚∩「後でノート見るんだよね? ちゃんと取っておくよ」

( ^ω^)「……あぁ、それさえあればテストなんかどうとでもなるお。
      しっかり頼んだお」

23: 2010/08/30(月) 13:06:31 ID:qPMMjlbM0

 成程、確かに厄介事だ。
 片手を上げながら扉を出る、そして音が出ないように閉める。

(´・ω・`)「今ので追手が早く来るかもね」

( ^ω^)「その分、早く行くお」

 小さく笑いながら雪の中に飛び出した。
 明るい夜に思える。
 これから始まる移動にはおあつらえ向きだ。

 一同はそれぞれ間隔を取りながら雪の郊外を通り抜ける。
 軒先では赤い炎が揺らめき、遠くまでぼんやりと照らしていた。
 夜の世界と赤の世界を互い違いに進む。
 王城を左手に徐々に離れながら周囲の気配を警戒して。

 自分の吐く白い息に気がついた。
 目深に被ったマントとフードの間からでも抜け出て移動した軌跡を残す。
 五人共に似たような物だが、目立ちはしないだろうか。
 思った事が杞憂であるように歩を雪の上に残す。

 今日の所は近くの山道に入り横穴か何かを探す。
 街から離れていれば、それだけ面倒は避けられる。
 全員が無言で歩き続けた。
 
 体に入った冷たい空気に慣れて、雪の音が良く聞こえるようにもなった。
 相当の厚着を準備してきたのだが雪国の寒さはそれに勝る。
 僕達が丁度良い横穴を見つけたのは体力も限界に近づいた時であった。
 急いで全員が入り込み、ショボンが魔法で空気穴を残して入口を塞ぐ。

24: 2010/08/30(月) 13:07:12 ID:qPMMjlbM0

 一瞬の、だが、長い夜だった。


 起こした火はごく小さい。
 しかしクーの魔法によって風を操り、横穴の中は温かかった。

川 ゚ -゚)「さっさと休もう」

( ^ω^)「凍傷になってないか確認するお。あれは怖いお」

 赤の国に住んでいるのなら凍傷の恐ろしさは身にしみている。
 幸いにも誰一人問題は起きていなかった。
 本日、これ以上に確認すべきことはない。
 寝ずの番をする僕以外、マントに包まって冷たい地面の上に寝転んだ。

 この国での生活が長い人間の方が寒さには強いし、
 異常にも対応しやすいと思い、買って出た。

( ^ω^)「……」

 温かいとはいえ息が白くなるほどには冷たい。
 寝静まった四人を見ながら、音へと意識を集中する。

 外から聞こえるのは雪が降る静かな音だけ。
 目の前で揺れる炎の音もごく小さい。
 音だけを考えていた僕の頭に言葉が通り抜けた。

25: 2010/08/30(月) 13:07:56 ID:qPMMjlbM0
 
 一体、何故このような事をしているのだろう。
 何が自分を動かしているのだろう。
 夢の中での出来ごと、そう思える様な白の国。
 たかがそれだけの理由で雪をかき分けて歩いている。

 それも僕達四人全員がだ。
 シューには何らかの目的があるのかもしれないが、
 大陸側の人間ならば無視して然るべきかもかしれない。
 だが、選択を行ったのはたったの五人。

 無作為に選んだとは言っても、よくも僕を選んでくれたものだ。
 お陰で全ての国家から追われる事になっているかもしれない。
 訳を話した所で、守護者も王も民も『神』に類する物に何らかの信仰がある。
 僕自身ほんの僅かではあるが、国の神には雑な信仰がある。

 本当に、戦う事になるのかもしれない。
 最強の魔法使い達と、世界の国々と。
 まとまらない考えの中に一筋、何かが差し込んできた。
 顔を上げると空気穴から光が漏れている。

 雪は降り続く。
 二日目の朝がやって来た。

 自分の中にある疑問にフタをして出発の準備を整える。
 昨日と変わりないような灰色の世界へと身を躍らせた。
 雪の先に消える視界、まだ道は果てしない。

26: 2010/08/30(月) 13:09:15 ID:qPMMjlbM0
 
 昨日と同じ様に山岳地帯を進む。
 山なりに動いていれば横穴か洞窟、最悪は遺跡くらいなら見つかる。
 開発に着手していない地域は地図にも詳しい事は書いていない。
 道なき道を行くとは、こういう事なのだろう。

 背後を見る、四人の顔の先に霞む平原があった。
 五人分の足跡は消えかかっている。
 今度は顔を空へと向けた。
 
 雪の空は案外と明るい場合が多い。
 もし雨雲のような黒さがあれば、気をつけるべきだ。
 吹雪になるかもしれない。
 僕が呟いた一言を拾った仲間はいなかった。


 雪はそのままに、世界が闇に沈む頃、僕達は近くの遺跡に落ち着いた。
 石造りの砦と言った様相だが、今は雪で白く染まっている。
 崩れかけの天井をくぐると地下への階段が見て取れた。
 一応は屋内なので埋もれる事は無いはずだ。

 地下の部屋は小さい物であったが五人が入るには十分であり、 
 魔物もいない事が確認できたので非常に良い環境と言えた。
 今回、寝ずの番を務めるのはショボンになった。
 横になると冷たい石の感覚がマント越しに伝わって来た。

 冬季に暗くて冷たい空間にぽつりと自分だけを感じる。
 まるで墓の下に眠っている様だ。
 別にそう間違っていない比喩である。
 凍りつく夜は再び過ぎ去って次の朝へと時が進む。

27: 2010/08/30(月) 13:10:00 ID:qPMMjlbM0

 注意深く遺跡から出て先を急ぐ。
 山沿いに進むのは昼過ぎまでの予定だ。
 そろそろ東の山から離れて、北の山を目指して進むことになる。
 雪に埋もれた平原へと踏み出していった。

 可能な限り今日中に山岳に辿りつかねば、
 雪に埋もれつつ一夜を過ごす事になる。
 ツンの魔法があるので不可能ではないのだが凍傷の危険が跳ね上がる。
 足取りは早まった。

 黒く、大きな影が見え、近づくにつれて山の峰々の形を成していく。
 
(´・ω・`)「失敗したね、小山から逸れちゃったみたいだ」

( ^ω^)「雪の中だからしょうがないお」

 奥に見える山はこれまで付き合ってきた物とは規模が違う。
 雪の中でさえ遥か天を衝く、白銀霊峰。
 ここに降り注ぐ氷の結晶は全てそこから生まれているとまで言われる。
 だが、今日の内に白銀霊峰が視界に入る予定ではなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……じゃあ平原の真ん中で……」

川 ゚ -゚)「仕方ないだろうな。期待している」

w´‐ _‐ノv「かまくらかまくら」

28: 2010/08/30(月) 13:10:47 ID:qPMMjlbM0
 何故シューが「かまくら」という物を知っているのかはさておき、
 一日かけて出来る限り歩いた僕達はなすすべなく雪洞を作る事になった。
 作業の大半はツンの仕事であった。
 全員が疲れ果てていたが見張りも必要であったため今回はクーが番をした。

 この時期から万が一捕まれば殺されるのではないかと脅迫観念に襲われていた。
 どうなるか分からないというのに逃げているのだから精神衛生は最悪である。
 本当に、僕達は何をやっているのだろう。 


 次の朝、恐れていた事態が外に待っていた。

( ^ω^)「……」

ξ゚⊿゚)ξ「見事な吹雪ね」

w´‐ _‐ノv「これはふぶきって言うんだね?」

(´・ω・`)「そっちは知らないんだ……」

 ここ数日縦に落ちていた雪が、今や斜めに吹き付けている。
 雪洞の中で暫く議論し、結果、突き進むという無謀な一手を選んだ。

川 ゚ -゚)「風を起こして道を確保する事は可能だが、私達がいた跡が残るぞ?」

(´・ω・`)「赤の魔法兵だけだと吹雪を突破は出来ないよ。
      平原の真ん中であれば発見されるまでに数日かかる」

29: 2010/08/30(月) 13:11:33 ID:qPMMjlbM0

 幾ら炎を燃やした所で吹雪はどうしようもない。
 こうなれば天候を武器にして距離を稼ぐ方がいいのだろう。
 クーの魔力ならば今日一日、吹雪を避けて走り続けられる。

川 ゚ -゚)「魔法を起動する。全員準備はいいか」

 クーに頷き返して荷物を確認する。
 大変な一日になりそうだ。
 心構えが決まるか決まらないかの間に緑色の光が伸びる。
 風の渦が目の前に伸びて行き、吹雪の中に道が生まれた。
 
 三日目の移動が始まった。

 肺の中に凍りつく空気が入ってくる。
 息が上がっている事もあり、断続的に外の空気が胸を凍えさせる。
 周囲を渦巻くクーの魔法に感謝しながらも、
 雪の中を走らなければならない運命を全力で呪う。

 体力を底まで使いきった後も走り続けた僕達は、やがて大きな遺跡に辿りついた。
 平原の中にある石の墳墓である。
 これ幸いと中に入り、魔物がいない事を確認して全員倒れこんだ。

(;^ω^)「何と言う……疲れ方」

川;゚ -゚)「確かに、これを続ければ強くなるな……」

 半泣きのツンと既に寝ているシューを横目にショボンに声を投げかける。

(;^ω^)「どのくらい進んでるんだお?」

30: 2010/08/30(月) 13:12:19 ID:qPMMjlbM0

(;´・ω・`)「地元の君が分かんないのに、何で僕にわかるのさ。
       まぁ大体このくらいかな……平原を行くのも明日で終わりだよ」

 汗を拭きながら地図を、汚れたニューソク地方トラベラーを投げてきた。
 進んだ距離が線で引かれている。
 残念ながら縮尺はさっぱり分からないが、平原の全工程は残す所あと二割であった。

川;゚ -゚)「ここなら盛大に火を起こしても見つかるまい……
     持ってきた鍋が役に立ちそうだな」

 薪を放り出してクーが指を刺した。
 僕は魔法で少し強めの着火を行い、近くの石を持ってきて鍋をおいた。
 外から入り込んだ雪を投げ込んで湯を沸かす。
 久しぶりにまともな夕食を作れそうである。

 まともと言っても大した話ではない。
 干し肉や野菜を入れて簡単なスープを作っただけだ。
 だが一口飲めば温かさが体の芯まで広がり、
 今までの人生で出会った最高のスープと称しても良い程のありがたみがあった。

 変わらぬ強さで火を燃やし、今日は交換で番をする事になった。
 明日も魔法を使う事になるクーは一晩休み、それ以外の四人が順次交代していく。
 僕の順番は明け方となった。
 
 時間が止まったかのように長い夜の終りにツンに起こされた。
 筋肉痛で痛む体を起こして揺れる炎を眺める。
 次に炎と再開する時には、今以上の筋肉痛と戦う事になる。
 自然とため息がこぼれた。

31: 2010/08/30(月) 13:12:59 ID:qPMMjlbM0

 五日目の朝、先日と同じ様にクーが魔法を使い、走り始めた。
 延々と続く吹雪の中の道を行き続けて昼に達した。
 ようやく、僕達は向かいの山岳地帯まで辿りつく事に成功した。
 前方左手にそびえる白銀霊峰に向かって、これからは真っ直ぐに進む。

 突き出した岩の中から洞窟を探すのはさほど難しい話ではなった。
 その日から、また石のねぐらを使っての生活となる。
 雪原の中心よりはマシであるが、とてもではないが快適とは言えない。
 軽めの夕食を摂ってすぐに眠る。
 
 乱れている様で規則正しい生活があった。
 あまり褒められた状態でも無い訳であるが。

32: 2010/08/30(月) 13:13:44 ID:qPMMjlbM0

―白銀霊峰 麓の村―


 あれから五日、合計十日。
 僕達は首都郊外から霊峰の村まで踏破を達成した。
 各員頬はこけ、衣服が凍りつく軍行であり、凍傷になった仲間もいる。
 辿りついた僕達は要するに限界を迎えていたのだ。

 ごく小さな農村ではあるが宿泊施設はある。
 泊まるという行為が足跡を残し、
 まして冬季に男女五人連れの旅人とあっては目立つ。
 ここに来て確実に追撃への隙を作ってしまった。

 ともあれ、休まない事には何もできなくなった。
 ツンとクーが軽い凍傷になっているため、今頃温泉にでも入っているだろう。
 その後の治療をする間に僕とショボンが温泉に向かう段取りだ。
 別にわざわざ風呂になど入らなくても今すぐ眠れる自信はある。

 茶を飲みつつ時間を潰していると、
 体から湯気を立てたシューが温泉が空いたと呼びに来た。
 彼女は温泉に入った事が無いらしく随分と嬉しそうであった。
 だらだらと歩を進めて浴場へと向かった。

 そう言えば衣服の洗濯もやっておかねばならないな。
 不意にそんな事を思った。

33: 2010/08/30(月) 13:14:32 ID:qPMMjlbM0

 さて、問題の温泉である。
 まさかの露天風呂だった。
 言うまでもなく雪は降り続いている。
 一応屋根がついており、直接雪にあてられる事はなかった。

( ^ω^)「……ショボン」

 広い浴場に男二人がぽつりと浮かんでいる。
 風情も何もあった物ではない。
 いたたまれなくなり僕が不満を口に出した事を誰が責められようか。

(´・ω・`)「……何かな」

( ^ω^)「……温泉ってこういう物かお? むしろこれでいいのかお?」

(´・ω・`)「……この辺境に何を求めてるのさ。山の麓だよ、ここ」

( ^ω^)「……浪漫の欠片も無い奴め」

(´・ω・`)「……ケツ貸せ」

 そんな不毛な会話が続いた。
 色々な意味で陰鬱とした気分を持てあましつつ部屋に戻る。
 宿の服に着替えた三人が待っていた。

川 ゚ -゚)「良い風呂だったな?」

( ^ω^)「……そりゃそっちはそうだお」

34: 2010/08/30(月) 13:15:31 ID:qPMMjlbM0

ξ゚⊿゚)ξ「何かあったの?」

(´・ω・`)「何も無かったからこうなったんだろうけどね」

 元気の無さを心配されながらも僕はベッドに腰かける。
 どんな体勢であろうが、今後の方針を決めなければならない。
 会議は雪と風を防げる事もあってか夜遅くまで及んだ。
 現在の装備や、これから起こる緊急時の対処もあった。

(´・ω・`)「さて、ここまで来たけど白銀霊峰はどのあたりまで登るの?」

 話は細かい事の確認にも続く。
 
w´‐ _‐ノv「そんな登らないよ。下の方の遺跡までいければいいのだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「でももっと詳しい位置が分からないと準備できないよ?」

w´‐ _‐ノv「うーん、山道に入ってその間にあるからなぁ。
      私だって大昔に来ただけで、後は私の体内反応に任せてるんだ」

川 ゚ -゚)「そう言えば、白の民は体の一部が機械だったな。
     シューはどの部分が機械になっているんだ?
     さっきの風呂場では全身普通の……」

w´‐ _‐ノv「ん? 私はほぼ全身機械だけど?」

 それを聞いた全員が身構える。

35: 2010/08/30(月) 13:16:50 ID:qPMMjlbM0

w´‐ _‐ノv「そんな怖い顔しなさんな」

(´・ω・`)「君って何なの? 機械の体の比率によって守護者が決まるの?」

w´‐ _‐ノv「さあ? 私は生まれた時から守護者で、
      白の国に来た人を案内するように本能的に知ってるみたいなんだよね」

(;^ω^)「じゃあ誰一人として僕達の立場が分からないのかお」

ξ゚⊿゚)ξ「それは前に散々話したじゃない。今はシューの案内に従うんでしょ?」

川 ゚ -゚)「……そう決めた以上はな」

(;^ω^)「……確かにもう後には引けないお。
      首都で兵士たちが動いていたのは明らかに何かを捜索してたからだお」

 捜索されていた何かについては言及しなかった。
 今の局面で国を上げて探すべきものは、そう思いつく物ではない。
 自分達を除いては。

(´・ω・`)「……今日は休もう。明日の朝から準備を整えて、出来ればすぐに発とう」

 ショボンの一言で全員が解散していき、僕もベッドへと倒れた。

(´・ω・`)「……面倒な話になったよね」

( ^ω^)「本当に、どうしてこうなったか分からないお」

36: 2010/08/30(月) 13:17:46 ID:qPMMjlbM0

 外の洞窟に比べたら何と快適な環境だろう。
 目を瞑ると音が聞こえてきた。
 夢と現実の境で、僕はそれが雪によるものだと気がついた。


 次の日の昼、事態は一息に悪化した。
 準備を終えた僕達が村から出発した直後、兵士達の姿が見えたのだ。
 宿に泊まった以上確実に発見されるのは分かっていたが、
 出発と同時に背後まで詰めれるとは思わなかった。

 もはや捕捉は時間の問題。
 僕達は五人は雪の中を走りだした。

37: 2010/08/30(月) 13:18:43 ID:qPMMjlbM0

―白銀霊峰 麓の山道―


 一面の銀世界に足跡を残し、顔にぶつかる雪を押しのけて走る。
 寒いだの疲れるだの言ってはいられない。
 村に来た兵士は多くは思えないが、雪山での訓練を経た兵士は厄介に変わりない。
 間違いなく地の利は向こうにあるのだ。

 シューの話によるならば、帰り道を気にしなくて良い事が唯一の救いであった。
 急ぐ僕達の背後に兵士が現れたのは夕刻にさしかかった頃。
 随分と距離を話したはずだが、信じられない速度で赤の兵士達は移動してきた。
 雪山に慣れた局地特化の兵士から逃げ切るのは、最初から絶望的だったのだ。

 交戦は避けられない。
 覚悟を決めて背後へ振り返った。
 兵士の数は五名、折しも僕達と同数。
 と、一瞬思ったが兵士の一隊がそんな数で動くはずはない。

 村に残っている者、山との補給線にいる者。
 可能性は腐るほどある。
 そんな無駄な思考をしている間に兵士たちは距離を更に縮めた。

 手早く武装を確認した。
 白い寒冷地仕様の装束に革製の防具を装備している。
 赤い光が両腕に宿っている事から、既に赤の魔法を起動している事が判断できた。

(  ゚¥゚)「守護者ショボン様の一行と見受ける。立ち止り、我らと共に参られよ」

38: 2010/08/30(月) 13:19:24 ID:qPMMjlbM0

 よく聞こえるが大声ではない。
 そもそも雪山で大音を立てようものなら、自然の脅威に飲まれてしまう。
 発声の方法に関しても精練されているのであろう。
 だが、もちろん止まってやるつもりはない。

 道は坂道にさしかかっている。
 条件は同じであるが僕達と兵士の距離は縮まる一方だ。

川 ゚ -゚)「奴らはシノビの者か?」

(´・ω・`)「赤の山岳兵さ。基本戦術は魔法格闘、ブーンと同じだね」

 ショボンが杖を振る。
 たちまち黄の魔法が発動して雪の中から鋭い岩の牙が突き出した。

(  ゚¥゚)「抵抗は無意味だ、現地には他の兵士団も集まる」

 赤の兵士五人は素早く、軽い身のこなしでショボンの魔法を避ける。
 その姿は白い影の様だ。
 何故に国王はこの部隊を決戦に投入しなかったのか。

( ^ω^)「ショボン、ゴーレムは?」

(´・ω・`)「雪崩でも起こしたいのかな」

 大声が駄目ならゴーレムなどもっての他と言う事か。
 紫の魔法使いがいない現在、間接攻撃一つ難儀する。
 所で白の魔法はどうなのだろう。

39: 2010/08/30(月) 13:20:05 ID:qPMMjlbM0

w´‐ _‐ノv「んー、私が使える魔法って少ないんだよね~。
       何にしても攻撃には使えないよね」

 といった返答があったので戦力にはせずに道を先導させた。
 だがシューの足さばきは見事な物で、歩きにくい雪の上を滑る様に走っている。

ξ゚⊿゚)ξ「じゃあコレなら!」

 ツンが一瞬立ち止まり、厚い雪の壁を生み出した。
 水に準ずる雪ならいくらでもある。
 雪山のツンの武器は地形そのものだった。

(´・ω・`)「相手は赤の魔法使いなんだけどね」

 属性どうこうではない、雪に炎では溶けて当たり前だ。
 雪の壁が歪んだかと思うと、消えてなくなっていた。
 追跡兵達の両手に赤い炎が揺らめいている。

ξ;゚⊿゚)ξ「溶かされた!」

(;^ω^)「まぁ納得だお。そうだ、地面から壁を出せばいいんだお」

 いよいよショボンが面倒そうに振り返った。

(´・ω・`)「そんなに地面動かしたら、どうなる?」

 どう頑張っても雪崩に行きついてしまう。

40: 2010/08/30(月) 13:20:55 ID:qPMMjlbM0

川 ゚ -゚)「カーブに入るぞ!」

 逃走は続く。
 白銀霊峰の山道は細くなりはじめて大きな螺旋を描く様に続いていた。
 変わらずに視界を遮る雪の更に上には積雪の峰々が広がる。
 右手の斜面を登る訳にもいかないし、左手の崖に身を投じる訳にもいかない。

(;^ω^)(斜面……?)

 そうか、この地形なら生き残れるかもしれない。
 歩を進めてショボンに思いついた事を伝えた。

(´・ω・`)「……それしかないよね」

 勝負はこの崖沿いの道を抜けた時だ。


 一気に視界が開けた。
 平坦な銀世界に背を向けて襲い来る兵士たちに向き直る。

(;^ω^)「ツン、行くお」

ξ;゚⊿゚)ξ「うん」

 ツンが魔法を構築して魔力の障壁を展開する。
 僕は全ての魔力を前方に発現して、留める。
 右の掌を前方へと向けた。
 それぞれが魔法を起動した。

41: 2010/08/30(月) 13:21:48 ID:qPMMjlbM0

(  ゚¥゚)「!」

 兵士たちが止まるのが分かった。
 はったりとはいえ全魔力解放を解放して、
 見た目だけは高位魔法級の魔力を展開しているのだ。
 身構えてくれなければ困る。

(;^ω^)「いけ! エクスプロージョン!」

(  ゚¥゚)「高位魔法……! 下がれ!」

 体の向きを変えた為、左手にある斜面に向かって掌を掲げる。
 そして嘘の魔法詠唱を口にしながら、巨大な炎の弾丸を放った。
 実際は単なるファイアショットの魔法である。
 威力は高位魔法の足元に及ばぬとはいえ、地形を考えれば十分だ。

42: 2010/08/30(月) 13:22:28 ID:qPMMjlbM0

 地面が揺れる。
 銀世界の霞が一層増して、僕の魔法が災害を引き起こす。
 炎の衝撃と熱が斜面に当たればどうなるか。
 僕達にまで被害が及ばぬようにツンが雪崩の衝撃を弱める。

 雪の波が僕達の目の前を流れていった。
 追って来た兵士はとっさに道を戻ってくれた為に氏者はでないはずだ。

(´・ω・`)「……」

 じっと兵士達がいた方を見ているショボンに声をかけて道を急ぐ。
 シューによれば後少しで山道が離れて遺跡へと入っていくらしい。
 襲撃による疲労を回復する間もなく僕達は走り続けた。

43: 2010/08/30(月) 13:23:18 ID:qPMMjlbM0

―白銀霊峰 謎の遺跡―


 そして夜がやって来た。
 ようやく発見できたが、広大かつ闇に沈んだ遺跡を行くには厳しくなった。
 兵士達に注意しながらも入ったすぐの所で一晩休みを取ることにした。
 それもこれもシューの妙に不安定な記憶による被害である。

 もっとも、僕個人としてはもう一歩も歩きたくないので問題では無かった。
 何故か目が冴えていた。
 寝ずの番をする予定は無かったので早々に眠りたかったが、
 体は意識に関わらず覚醒している。

 そっと体を起こした。
 何の気なしに遺跡の状態を確認してく。
 茶色の石を敷き詰めた床に、同じ色の壁が奥まで続いている。
 砂利が多く転がっている。

 久しく誰も訪れていないのだと思われた。
 小さな焚火の音意外には何も聞こえない。
 その事に違和感を感じて、様子を見る意味で遺跡の表に顔を出した。

 雪は止んでいた。
 静寂の銀世界、空には吸い込まれそうな青い月がそびえる。
 宝石を散らした様な夜空が目に新しく入り込んだ。

w´‐ _‐ノv「寝ないの?」

 見張りをしていたシューが背後から声をかけてきた。

44: 2010/08/30(月) 13:24:46 ID:qPMMjlbM0

( ^ω^)「こんな状況でそう寝れるかお」

 前を向いたまま適当に答える。

w´‐ _‐ノv「……これでも申し訳ないとは思っているんだよ」

 一体どれの事だろう。

( ^ω^)「一応僕達も納得してやってるんだお。
      別に気にする必要はないお」

 本当に納得してやっているのかどうか、正直なところ分からない。
 だが僕の口は気が付けばそんな事を言っていた。

w´‐ _‐ノv「……そっか」

 後ろ手にシューの声がはずむ。
 彼女にしても守護者では無く、
 機械の体でも無ければ普通の生活が出来たはずだ。
 好き好んで険しい道を行く必要はないはずだ。

 だからこそ、守護者達は英雄なのだ。
 前大戦の混乱した大地を、元は民間人の六人で平和にしたのだから。
 その平和に歪みを生もうと言うのだ、僕達は大罪人だ。

( ^ω^)「見張りは僕がかわるお。シューは寝るお」

w´‐ _‐ノv「……どうしたの?」

45: 2010/08/30(月) 13:25:39 ID:qPMMjlbM0

( ^ω^)「目が冴えてるんだお。その内ショボンでも叩き起こすから問題ないお」

 逡巡し、答えが返ってきた。

w´‐ _‐ノv「お言葉に甘えようかな」

 話の間、僕が振り返る事は無かった。
 
 巨大な満月が世界を照らす。
 青白い光が、地平の先まで。
 現地がどの方角を向いているのかは分からない。
 だが黒い点となった農村や、染みのような森林が月下に浮かんでいた。

 ゆっくりと冷たい空気を吸い込んだ。
 白い息を吐き出しながら目を閉じる。
 焚火から離れていたので、遂に音が消えた。
 無音の世界に自分だけが残っている様だった。

 再び目を開けると、不意に月が迫ってきた。
 一歩退いた時には錯覚であったと気がつく。
 凍った空気が気中を流れた。 
 星が瞬き、ダイアモンドダストが光を返す。

 白銀の雪を生み出す霊峰、全ての雪を生むというのも正しいのかもしれない。
 長い夜を、僕は月と共に過ごした。

46: 2010/08/30(月) 13:26:25 ID:qPMMjlbM0

 日が昇ると同時に行動は開始される。
 光が差し込み、遺跡の中に道が現れた。
 シューの後に従って広大な山中迷宮に挑み始める。
 
 石畳をどのくらい歩いたか分からなくなった。
 慣れた間隔であるとは言え若干の不安感が漂う。
 だがシューは迷わず奥へと進んでいく。
 
 白の国から戻って来た時に聞かされた通りであれば、
 ここまで奥深くに入り込んでいいのだろうか。
 不意に、目の前の誰かが立ち止った。

(;^ω^)「ん、着いたのかお?」

ξ;゚⊿゚)ξ「……壁があるみたい」

 ツンが振り返り前を指さした。

w´‐ _‐ノv「うんうん、これだ」

 壁に手をかけて懐かしそうに掌を這わせる。
 そうして、すっと中央まで手を動かした。
 薄暗い遺跡の中に奇妙な紋章が強烈な光と共に浮かび上がった。
 闇に慣れた目にこれは厳しい。

(;^ω^)「うおっまぶし」

47: 2010/08/30(月) 13:27:27 ID:qPMMjlbM0

 反射的に覆った腕を外した時には、壁は消えて新しい道が生まれていた。
 自然の物とは違う冷たさが奥から漂っていた。
 前に進むのを躊躇したが、皆構わずに行くので意を決して歩を進める。

 入り組んでいた今までの道とは異なり、今度は直線が続いた。
 何処かで見たような構造だがうまく思い出せない。

 灯が急に灯る。
 炎が現れた訳ではなく、白い光が天井に現れたのだ。
 いつの間にか石造りの空間から鉄の部屋へと入り込んでいる。

(´・ω・`)「……黒の島と似てるね」

川 ゚ -゚)「確かに。だが、少し狭いな」

 部屋の中にはガラスで造られた筒の様な物が四隅に並んでいた。
 黒の島と違うのは妙な画面が無い点である。
 その代わりに足元には変わった装置が広がっている。

( ^ω^)「数字? 紋章、みたいだお」

 大きな円の中に幾つもの数字と図形が不規則に並ぶ。
 透明な基盤に描かれたそれは更に下へと繋がっている。
 一番奥に見えたのは大きく白いレンズであった。

w´‐ _‐ノv「……まだ生きてるね」

 シューが足元の紋章に触れると、鼓動を返す様に光が灯っては消える。

48: 2010/08/30(月) 13:28:07 ID:qPMMjlbM0

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫なの?」

w´‐ _‐ノv「多分。じゃあ皆さん乗った乗った」

 全員を紋章の内側に立たせてシューが軽く両手を広げる。
 足元の紋章が全てが光に縁どられ始めた。
 数式が空間に浮かび上がる。

(;^ω^)「ちょっ、これ怖えーお」

 最奥のレンズが大きな閃光を天井に向けて放ち、僕達もそれに包まれる。
 閃光が螺旋を描いて光の粒子が幾つも散っていった。

 刹那、体が浮いた様な感覚を最後に僕達の姿は光の中に掻き消えた。



第六章 白銀の夢 完  第二十二話「正位置の『節制』」  完

52: 2010/08/31(火) 15:00:44 ID:Jfn0Xev20



 悪魔との再会


 牢獄の大地



( ^ω^)ブーンの世界には魔法があるようです

第七章 赤色の空  第二十三話「正位置の『悪魔』」


 景色は変わらなかった。
 光が収まっても同じ部屋に五人が立っている。
 だが、一点だけ違う所を見つけた。
 開け放しだった部屋に両開きの扉が現れてるのだ。

 仕方が無いので扉を開けにかかる。
 拍子抜けするほど、簡単に押し広げられた。

 風が吹き抜ける。
 赤色の空が、いきなり目の前に広がった。

53: 2010/08/31(火) 15:01:25 ID:Jfn0Xev20

― 庭園 ―


 空の匂いを感じた。
 夕陽が全てを赤く染め上げて、僕の目を奪う。
 踏み出した足の先では疎らに草の群生した土が待っていた。
 地平線はすぐ近くにある。

 不意に無くなる地面から先には、やはり空があった。
 剣に寸断された様に消えた地面は現地がどこにあるのかを疑問にさせた。
 位置の話ではなく、存在している場所の事である。
 目の前に燃える夕暮れの太陽に向かって更に歩を進める。

 そして何度見ても変わらない。
 消えた地面の下にあったのは雲だ。
 僕が立っている大地は、つまりそういう場所にある。
 話に聞いた通りだが実際に見ると驚く。

lw´‐ _‐ノv「空中庭園ウルド。どう? 本当だったでしょ」

 円状に切られた巨大な大地が、空に浮かぶ。
 出てきた遺跡をそっと振り返った。
 大地の上にあるのは『宮殿』であった。
 今まで見たどの城よりも大きく、また見たこともない建設様式。

 風の海を漂う古の庭園へと僕達は至った。

54: 2010/08/31(火) 15:02:09 ID:Jfn0Xev20

 古代遺跡の最秘奥と言ってよい偉大なる建造物。
 僕達がわざわざ訪れた理由を知るには今は遠い雪国での会話へと戻る必要がある。

 白の国から赤の国へと戻った時、急ぎ足ながらシューにこれからの予定を聞かされたのだ。
 空中庭園ウルドの概要はもちろん、ここに目的とする物がある。
 神へと向かって歩む僕達には足りていない条件があったのだ。
 必要な物は『鍵』だ。

 人である僕達が神の前に立とうと言うのだから安い話である。
 たかが鍵一つで解決するのだから。
 『鍵』を入手し次第、この地に来る為に使った転送装置で神の住まう『塔』へと向かう。
 僕が知っているのはここまでだ。


 暑くなってきた。
 もう雪国ではないので、荷物となる寒冷地用の装備は置いていくしかない。

(;^ω^)「太陽に近いから暖かいのかお?」

川 ゚ -゚)「どうだろうな。しかし、これは夏の陽気だ」

 白いマントを外しながら全員が服装を整えていく。

ξ゚⊿゚)ξ「……結局マントなんだ」

(;^ω^)「こいつは僕のトレードマークだお!」

(´・ω・`)「いつからさ……」

55: 2010/08/31(火) 15:02:55 ID:Jfn0Xev20

 雪に隠れる白いマント、僕はその下に薄汚れたいつものマントを着込んでいた。
 二重のマントで動きにくい事には辟易したが多少の体温温存に活躍した。
 やはり、無意味だったのかもしれない。

( ^ω^)「それで鍵ってどこにあるんだお?」

lw´‐ _‐ノv「この建物の中」

ξ゚⊿゚)ξ「見れば分かるけどさ……」

 胸の前で金具を止めてマントに包まれる。
 流れる風がマントを揺らして、懐かしい感覚を思い出した。

(´・ω・`)「要するに場所分からないから探すんでしょ?」

lw´‐ _‐ノv「分かってきたね?」

( ^ω^)「……一同休憩!」

 僕が勝手に発した号令に従って全員が食事の準備を始める。
 自分の意見が通るというのは、なかなかどうして、気分がいいものだ。
 その後僕達は疲れきった体を休めることに専念した。

 目を覚ました時の空は、赤いままであった。
 夕日とは違う赤、暁の光が満ちていく。
 眼前に朝日がある状況はさて置き、誰にも追われない事は平和であった。
 白の魔法がない限りは転移は出来ず地上から誰か来るはずはない。

56: 2010/08/31(火) 15:03:39 ID:Jfn0Xev20

 落ち着いた所で宮殿の探索に乗り出す。
 灰色の建造物をざっと見返してみる。
 僕達が転移してきた部屋は隅の方であったらしく、
 少々時間をかけて正面と思わしき場所まで移動してきた。

( ^ω^)「やっぱりデカイお」

ξ゚⊿゚)ξ「当然、門も閉まってるわけね」

 呆れるほど巨大な建物であることを再確認しながらも、
 鉄らしき材質の門は閉じきっているのが見て取れた。

( ^ω^)「まぁこれくらいなら」

 とは言え門は適当によじ登って進入できない高さではない。

川 ゚ -゚)「待て。何か罠が無いとは限らんぞ」

 クーが僕を呼びとめて近くにあった石を門に放り投げてみた。
 軽い音を立てて跳ね返り、石が地面へと到達する。

lw´‐ _‐ノv「昔だったら電流が流れてたけど、もう壊れちゃったんだね」

 そんな危険な話はもう少し前に教えて欲しい。
 以前に、彼女の言う『昔』とは何時なのか。
 気を取り直して改めて門を乗り越える。
 だが、先に待っていたのは開きそうもない巨大な扉であった。

( ^ω^)「何で遺跡ってこうも扉が好きなんだお?」

57: 2010/08/31(火) 15:04:24 ID:Jfn0Xev20

(´・ω・`)「面白いところに気が付いたね。
      一口に遺跡と言っても儀式目的から防衛目的まで……」

 長い講義が始まりそうだったので、手近に見つけた妙な紋章を指差した。

(;^ω^)「あれ何か黄の紋章に似てないかお?」

(´・ω・`)「確かに、ん? こっちにもあるね、赤の紋章?」

 遺跡好きの守護者は扉に並ぶ紋章へと歩いていった。

(;^ω^)(あぶねぇ……)

 心の中で安堵しながら少し離れた場所に座り込む。
 こういった面倒な仕掛けを解決するのは僕の仕事ではない。

ξ゚⊿゚)ξ「どうやって入るの?」

lw´‐ _‐ノv「……うーん、分からないなぁ」

川 ゚ -゚)「なんだと?」

 やはり時間はかかりそうである。
 暫くの間、皆は扉に釘付けになった。
 五つの紋章が並び、奇妙な図式が描かれた扉に。
 そして変化は突如としてやってくる。

58: 2010/08/31(火) 15:05:08 ID:Jfn0Xev20

 業を煮やしたツンが魔法を展開して扉に攻撃を試みた。
 青色の魔力が扉の紋章の一つと反応を起こして一瞬閃光が走る。
 光が終息した時にはツンの姿はここには無かった。

(;^ω^)「お!? ツン!」

 扉に両の手をついてツンの名を叫ぶ。
 意外な事に、反応は扉の奥からあった。
 よく聞き取れないが確かに声らしきものが奥から響いてくる。

(´・ω・`)「各魔力が紋章に反応して転移効果を……」

 落ち着き払って分析するショボンに向き直る。

(;^ω^)「どうするんだお!」

川 ゚ -゚)「私たちも魔法を扉に当てれば良いのではないか?」

(´・ω・`)「分かってもいない事をやるのは感心しないけどね」

(;^ω^)「そんな事言ってる場合かお」

 言うが早いか僕は魔力を展開。
 赤の魔法ファイアグローブで扉を思いきり殴りつけた。
 ツンの時と全く同じ反応を見せて、僕は薄暗い回廊に現れていた。
 背後の壁から天井が高く、狭い道が真っ直ぐに延びている。

(;^ω^)「ツン! どこだお!」

59: 2010/08/31(火) 15:05:50 ID:Jfn0Xev20

ξ゚⊿゚)ξ『あ! ブーン! 隣みたい!』

 今度は聞こえやすくなった方向に目を向ける。
 灰色の壁があった。
 一枚を隔てて、僕はツンがいる場所とは違う場所にでたらしい。
 話が面倒になった様に感じる。

 これだから分かってもいない事をやるものではない。


 どうしたものか。
 僕の背後は恐らく扉になっているのだろうが、
 内部から見れば明らかにただの行き止まりだ。
 表からの一方通行ということは有り得ないだろうか。

 幾つか仮説を立ててみるが、どれも確証を得る方法がない。
 もちろん再度魔法で壁を叩いてみたが効果は無かった。
 隣のツンの少し相談をしたのだが、
 壁一枚挟んでいるので声を出すということに疲れを憶える。

 暫く待っていると、ショボンとクーの声が届いた。

(´・ω・`)『こうなってたんだ』

川 ゚ -゚)『先に行けば合流出来るのではないか?』

 二人も魔法を使って入ってきたらしい。
 そんな中、突如として僕の頭に何かが落ちてきた。
 地面に顔面を強打する中、聞きなれた声が届く。

60: 2010/08/31(火) 15:06:54 ID:Jfn0Xev20

lw´‐ _‐ノv「こりゃ失礼」

 シューの下から何とか声を出す。

( ^ω^)「……いいから退くお」

 何故に僕と同じ場所に転移してきたのか。
 その追求をする前に自分の顔の手当てに入る必要が発生した。
 同時に僕達がそれぞれいる地形は同じ物であるらしい事が分かり、
 直線なので、とりあえず歩調を合わせて進んでみることになった。

 靴が床を叩く音だけが暫くの間、僕達を包む。
 やがて、回廊の奥に四角い光が漏れている事に気が付く。
 少し歩いただけで出口にたどり着いてしまったようだ。

 回廊を抜けた。
 左右からそれぞれ、見知った顔が現れる。

ξ゚⊿゚)ξ「何だ、こんな感じなんだ」

 ケチをつけるほど簡単な仕組みでもないと思うが、
 意味がある構造なのだろうか。

(´・ω・`)「古代の防衛拠点だったのかもね。
       これなら直線に攻撃できるし、悪くても一対一にできる」

 更に、紋章を対応させることで敵を絞ることも可能だ。
 もちろん確証は無いのだがショボンがそう言うと説得力がでる。

61: 2010/08/31(火) 15:07:35 ID:Jfn0Xev20

川 ゚ -゚)「背後もいいが、こちらも『画面』があるぞ?」

 五つの回廊が広間に繋がり、その中央にはガラスの様な画面が置かれていた。
 薄く、石でも投げればすぐに壊れてしまいそうな一枚の透明な板である。

ξ゚⊿゚)ξ「……黒の島でもあったっけ?」

(´・ω・`)「まぁ、調べてみよう」

 ショボンは手早く慎重に埃を払っていく。
 『画面』を大きく一周してから細部を触ったりしている。
 考古学の知識があるのは確かであり、ジョルジュやハインのように急いだりはしない。
 今までは運良く遺跡の罠に引っかからなかったが場所が場所である。

(´・ω・`)「……それより、君は本当に何も知らないの?」

lw´‐ _‐ノv「まず来たことはあっても建物に入った事ないからね」

 頼りにならない案内人はさて置き、ショボンはようやく装置の起動に踏み切った。
 とはいっても派手な事は何も起こらない。
 透明な画面に、何やら地図らしき図面が浮かび始めただけだ。
 五本の線が四角い図形にぶつかり、そこからさらに五本の線が放射状に分かれている。

 線と線が重なり、四角形と四角形が立ち並ぶ。
 暗号のようでもあり紋章のようでもあり。

( ^ω^)「……?」

川 ゚ -゚)「地図、だな。恐らくは」

62: 2010/08/31(火) 15:08:21 ID:Jfn0Xev20

 静観していたクーがそう言った。
 確かに僕達がそれぞれ来た道は五本であり、四角い広間にいる。
 画面越しに先の壁を見れば、五つの扉があり、それぞれ紋章が描かれていた。

(´・ω・`)「……防衛施設じゃないのかな。じゃあ何なんだろう」

 設備としては戦闘用にはならない。
 親切に地図を用意しているのだから。
 だが、それすらも罠と考えることは出来る。
 
 最初の入り口で紋章に対応した場所に飛ばされるなら、
 今度こそ僕達は完全に分断される。
 画面に広がった地図の上では各行き先は別々になっているからだ。

ξ゚⊿゚)ξ「全員一人で進む事になるのかな」

川 ゚ -゚)「魔法を使って行くのなら、そうらしい」

(´・ω・`)「外には戻れないみたいだしね」

 今回ばかりは思案の意味が無いらしい。
 留まってもする事はないし、他に道もない。

( ^ω^)「そういえば、シューは何で僕と同じ道に落っこちてきたんだお?」

lw´‐ _‐ノv「多分、赤の紋章を触ったからじゃないかな?
       他のやつを触っていたら多分そこに転移したと思うよ」

63: 2010/08/31(火) 15:09:09 ID:Jfn0Xev20

(´・ω・`)「白の魔法は対応した紋章がないみたいだしね。
       じゃあブーンと一緒に行ってよ。
       二人いれば僕達と同等の戦闘はできそうだし」

 当たっているだけに失礼な話であるが、
 僕の魔力など一年経っても高が知れている。
 妥当な判断であった。

川 ゚ -゚)「それぞれ食料を等分しよう。
     水が心もとないが、そう長く建物の中にいるつもりはないのだろう?」

lw´‐ _‐ノv「うん、一日かからないって話だね」

 白の国で伝え聞いた話らしいが、未知の場所では多めに見積もっておくべきだ。
 これまでに魔物のような存在は見かけていないが、
 空にある遺跡だ、何が起きても不思議とは言えない。

 全員が荷物を分け終わり、地図を書き取りつつ紋章へと向かっていく。
 地図の方は途中で途切れていたので途中までしか書けなかった。
 結局は一本道を進むことになりそうだ。

( ^ω^)「僕が真ん中を真っ直ぐ行くのかお……」

 赤の紋章はよりにもよって中央に据えられている。
 良い予感はしない。

(´・ω・`)「全員、十分気を付けてね」

64: 2010/08/31(火) 15:09:52 ID:Jfn0Xev20

 これから未知に場所に飛び込もうというのに気楽なものである。
 全員が奇妙な体験に慣れてきているのだ。
 悪い傾向である。
 全てが終わったら矯正しなければならない。

 僕自身の平和の為に。
 そんなことを考えながら魔法を起動して紋章の前に立つ。

( ^ω^)「じゃあ一番奥で合流だお!」

 地図の上では再び交差する道に向かって拳をぶつけた。

65: 2010/08/31(火) 15:10:34 ID:Jfn0Xev20

―空中庭園ウルド 赤の回廊―


 目を開けると赤い炎が幾つもゆらめいて、道を照らしていた。
 鉄に見える材質の直線が真っ直ぐに続いて薄暗さを増している。

lw´‐ _‐ノv「雰囲気でてるねぇ」

( ^ω^)「……」

 そう気の抜けた声で言われると雰囲気も壊れる。
 わざわざ言葉にすると面倒な事になりそうなので、
 注意を周囲に向けながら歩き始めた。

 その後の景色は代わり映えがしない。
 赤いランタンのような物体が壁に沿って幾つも並ぶ。
 靴の音が響くだけで会話もない。
 他の仲間たちは今頃どんな場所を進んでいるのだろうか。

 数分歩くと小さな部屋に行き着いた。
 四方を灰色の壁に囲まれた殺風景な場所である。
 向かいには、先に続く狭い道が伸びていた。

( ^ω^)「何だお、これ? 剣?」

 小ぶりな刃物が足元に落ちている。

lw´‐ _‐ノv「ナイフだね。白の国でもよく落っこちてるよ」

66: 2010/08/31(火) 15:11:17 ID:Jfn0Xev20

( ^ω^)「鉄の武器かお。でも、あんまり錆びてないお」

lw´‐ _‐ノv「古代の素材だからね。壊れにくく、錆びにくい」

 鈍く輝く片刃の短剣。
 思えば僕は予備の武器は何も持っていなかった。
 なれない刃物だが、数度、空間を走らせる。
 手にしっかりと収まる柄だ。

( ^ω^)「……持って行っても良いのかお?」

lw´‐ _‐ノv「いいんじゃないの。落ちてるんだし」

 拾ったはいいが抜き身の刀剣をそのまま持ち歩く訳にはいかない。
 適当な布で包んで腰の辺りにしまい込む。

( ^ω^)「ところで、この辺は何か傷が多いお」

 殺風景に見える部屋は、よく確認してみると穴や刀傷がある。
 戦いでもあったのだろうか。

lw´‐ _‐ノv「……何かいたりして」

(;^ω^)「……!?」

lw´‐ _‐ノv「いや、適当に言っただけだよ?」

67: 2010/08/31(火) 15:12:20 ID:Jfn0Xev20

 適当でも何でも要注意である。
 ここまでは一直線だったのだから脅威となる物はなかったはずだ。
 いや待て、天井は高くて暗がりにしか見えなかった。
 気を配る場所が背後にも増えた憂鬱をかみ締めた。

 部屋の中には、もう調べる物はなさそうだ。
 数分の足止めから解き放たれて暗い道へと戻る。
 ランタンが無数に続く回廊は、やがて上り坂へと変貌していった。
 歪曲し始めた道の先に薄っすらとぼやけた光が覗く。

 暗い回廊に、突如として『窓』が現れた。
 ガラス一枚を挟んで右手に流れる空は赤く染まり時間の経過を示している。
 僕は天高く浮かぶ庭園のどの位置にいるのか。
 そもそも、この大地はどのような構造になっているのか。

 何一つとして分かっていないと、あらためて思う。
 依然変わらず未知の宮殿を進む。
 先ほどと同じような構造の部屋を幾つか通り、更に前へ。
 どこまでも一直線に続く。

(;^ω^)「暑くないかお?」

 やがて僕はそんな事を口走っていた。

lw´‐ _‐ノv「確かにね」

 口には出さないが、シューの目は明らかに前方を警戒している。
 直角の曲がり角をぬけて赤い光がもれる部屋へと踏み入った。

68: 2010/08/31(火) 15:13:06 ID:Jfn0Xev20

(;^ω^)「……暑い訳だお」

 部屋の中にあったのは『溶岩』であった。
 火山もかくやという規模である。
 入り口から出口に向かって一直線に橋が架けられている。
 通るだけなら問題は無いのかもしれないが、少々勇気がいる気がした。

(;^ω^)「何の部屋だお?」

 熱気を受けながら、焦げた匂いを感じる。
 見れば溶岩の中から黒い柱のような物体が幾つも飛び出していた。

lw´‐ _‐ノv「サブジェネレーターかなぁ……ああ、暑いね」

 涼しい顔で聞きなれない単語を口にするシュー。
 彼女が言うには、この部屋は空中庭園を空に浮かべる原動力を生む場所らしい。
 もっと他に動力となる物はなかったのだろうか。

 火炎地獄を抜け出して、見慣れた回廊に戻る。
 どっと吹き出していた汗が気持ち悪かった。

(;^ω^)「皆もこんな所通っていくのかお……」

 額を拭いながら、そう呟いた。

 再び回廊を進む。
 打って変わってひんやりとした空気に感じる。
 今度は一体何が飛び出してくるのだろう。
 暫くの間、階段を黙々と進んでいった。

69: 2010/08/31(火) 15:13:57 ID:Jfn0Xev20

 暗い天井へ向かって。
 坂道を乗り越え、再度階段を歩む。
 どんどん上に登っていく。

 緩やかな風が吹き抜けていった。
 壁に目を向ければ風化が目立ちはじめている。
 流れる風の波に反して、僕達はそれが生まれる場所を見た。

 灰色の部屋には、赤い光が満ちている。
 大きな穴の開いた天井から夕日が差し込む。
 崩落した天井の破片が床にバラバラに散っていた。
 風の音と匂いの中、よく見れば足元には骨が転がっている。

( ^ω^)「何の骨だお? もうボロボロだお」

 拾い上げようとしたが、僕が触っただけで粉々に砕けてしまった。

lw´‐ _‐ノv「これ人骨だね」

(;^ω^)「マジかお!」

lw´‐ _‐ノv「ほら、頭蓋骨が山ほど転がってるよ」

 先へと続く道の前に、形あるなしに関わらず、山程の人骨がある。
 部屋の中に散乱した無数の氏の痕。

(;^ω^)「……戦争でもやったのかお」

lw´‐ _‐ノv「そうかもしれない」

70: 2010/08/31(火) 15:14:39 ID:Jfn0Xev20

 このような奇妙な場所でもシューは楽しげに足を進めてた。
 そして、崩落した天井の陰に隠れた、それを見つけ出した。

lw´‐ _‐ノv「でも、もしかしたら少し違うかも」

 龍の頭が白骨化して僕を睨んでいた。
 虚空に沈む眼窩、空間を穿つ牙。
 落日の光が龍頭を浮かび上がらせる。

 何かが起きそうで結局何も起きなかった。
 氏した龍から目を離した時、僕は自分が息をしていなかった事に気が着いた。

(;^ω^)「こんな物を幾つも仕掛けられたら心臓に悪いお」

lw´‐ _‐ノv「まあまぁ、あと少しで奥までたどり着けると思うよ?」

(;^ω^)「何で分かるんだお?」

 シューは天井を見やる。

lw´‐ _‐ノv「上に空が見えるから階層は上の方だし……」

 夕日が作る長い影を指差した。

lw´‐ _‐ノv「方角はこっちが西、この建物の最奥は北だからあっち」

 微かにだが、宮殿の頂上が見えていたのだ。
 とても近い位置に。
 一年近く旅をした僕より旅慣れていたシューに敗北感を覚えながら部屋を後にした。

71: 2010/08/31(火) 15:15:22 ID:Jfn0Xev20

 移動を再開してすぐ薄暗い回廊は終わりを告げた。
 四方を囲んでいた灰色の壁は、床以外がガラスの窓へと変貌していく。
 赤い日差しを反射して、透明を一枚挟んで景色が煌く。
 ここから見えるのは中庭だろうか。

 遥かな空を流れる庭園の中心では緑が、木々が根付いていた。
 伝承と神話の世界でも空中庭園の姿は今と同じなのかもしれない。
 数瞬、古代を歩き、僕達は現実へと舞い戻った。
 西日は消えて灰色の壁が覆う。

 道は左に折れ曲がっていた。
 そして、道は右に折れ曲がる。
 見慣れない直線が出迎えた。

 互い違いに配置された左右の窓から赤い光が差す。
 埃が舞う中を僕達は躊躇わずに進む。
 夕日はいよいよ赤みを増し、世界は血に塗られていく様だ。

 赤の回廊の終わりに、一つの扉が出迎えた。
 入ってきた時と同じ紋章が巨大に描かれている。
 何となくであるが、この紋章は炎と剣を模しているのではないだろうか。
 そんな事を一瞬考えつつも魔法を宿した手で扉に触れる。

 三度目ともなれば転移にも慣れる。
 全く同じ灰色の回廊があった。
 同じ様にシューが転移してくる。
 しかし、何かが違った。

72: 2010/08/31(火) 15:16:04 ID:Jfn0Xev20

 歩いてきた時と同じく静まり返った世界。
 進んできた道と同じく埃の舞う直線。
 だが、確かに感じる。
 それが本能的な物であったのか、何であったのか。

 自分自身で分からないまま、歩を進める。
 開け放たれた扉に向かって。
 先では明るい光が満ちており、その全貌を隠す。

 時は進み、当然僕の足は扉の中に入っていった。
 ステンドグラスが日の光を七色に変えて、大広間に投げ込む。
 巨大かつ絢爛たる部屋の中、スパナ等が転がっており、
 まるで何処かの建築現場のようだ。

 そして、全ての事象を差し置いて『玉座』に目が移った。
 黒い鉄で出来た重そうな、それでいて豪奢な椅子。
 一つだけ鋼色の存在。

73: 2010/08/31(火) 15:16:48 ID:Jfn0Xev20

( ∴)「……」

 亀裂の入った仮面。
 煤け、壊れかけた鎧。
 肩口から無くなっている右腕。

 大きく損傷したその体でも、脅威は揺るがない。
 かつての守護者ギコを破った仮面の魔法使い。

( ^ω^)「……ゼアフォー」

 自然と僕の口が動いた。
 全ての起点であり、僕の終わりを描くかもしれない。
 奇妙な縁を想い。
 覚悟を込めて。

 目の前の悪魔を見据えた。



第七章 赤色の空  第二十三話「正位置の『悪魔』」 完

77: 2010/09/01(水) 12:56:27 ID:IheUMJQU0



 遥かな過去


 旅の終わり




( ^ω^)ブーンの世界には魔法があるようです

第七章 赤色の空   第二十四話「正位置の『塔』」



 空気が微かに揺れた。
 玉座に座るゼアフォーが、体の損傷をいともせずに立ち上がったのだ。
 仮面の下、鎧の下から火花が散る。
 体の表面を電流が走ったようにも見えた。

 肩から無くなっている右腕はギコの置き土産か。
 しかし、ヒビの入っている部分から不自然に無傷の部分がある。

( ∴)「修復作業ヲ中断。アンノウン確認。認証を開始」

78: 2010/09/01(水) 12:57:12 ID:IheUMJQU0

 修復が簡単に出来る体なのか。
 丁寧にやっている事を教えてくれるとは思わなかったが、
 修復があの程度で助かったといえる。
 この後始まる事は大方の予想がつくからだ。

( ∴)「対象二名。内一名、撃破命令ヲ受託」

 仮面の下、三つの目が赤く光ったように見えた。
 黒の鎧を揺らして一歩前へと進む。
 また、火花が散った。 

( ∴)「ブーン=ホライゾン。あなタを排除しまス」

 どうしてこの場所にいるのか。
 等と言っても、もしかしたら後から答えがついて来るかもしれない。
 避けられるなどとは思っていない。
 理由が分からなくても、向かって来るならば戦うしかない。

( ^ω^)「下がれお、シュー!」

lw´‐ _‐ノv「あの仮面……『破魔』の!」

 知っているのか。
 だが、確認している時間は無さそうだ。

79: 2010/09/01(水) 12:57:53 ID:IheUMJQU0

( ∴)『ライトニング……』

 ゼアフォーの詠唱が精製を導く。

( ^ω^)『ファイア……』

 僕の魔力が手を包む。

( ^ω^)『グローブ!』

( ∴)『ソード!』

 右手を振り払う。
 ゼアフォーを迎え撃つべく構えを取る。
 自信は無い、手負いでも勝てるかどうか。
 あの日と変わらない。

 得意でもなくとも、やるしかないのだ。

80: 2010/09/01(水) 12:58:41 ID:IheUMJQU0

―空中庭園 旧展望エリア―

 
 赤い魔力が輝く。
 紫の魔力が煌く。
 打ち出した右手。
 振り下ろされた剣。

 拳と刃が、あの日と同じくぶつかった。

( ^ω^)「……!」

 今、僕の魔法は砕かれていない。
 勢いのまま右腕を振りぬき、剣を押し返す。
 ゼアフォーが背後に軽く飛び着地した。
 間接から火花が散っている。

 肩から無くなっている右腕からも、体中からも血は出ていない。
 そして動く度に火花が地面を叩く。
 やはり、ゼアフォーは。

 僕の頭が仮説を生む中も時は進む。
 閃光の勢いで踏み込んだゼアフォーの切り上げが床を裂きながら迫る。
 紫の剣は的確に僕の腹へ、急所へ向かって走る。
 
 反射的に右ひざを上げて魔法を起動した。
 赤のファイアレガースが足に魔力の装甲を発生させて凶刃を受け止める。
 双方の動きが一瞬、止まった。

81: 2010/09/01(水) 12:59:31 ID:IheUMJQU0

 向こうが僕を撃破しようと言うのだ、文句は無いだろう。
 左手の力のみで剣を押すゼアフォーに対して体を捻った。
 受けに使った右足をそのままに、左足だけで跳ねる。
 持ち上がった左足でゼアフォーの側頭部に蹴りを叩き込んだ。

 浅い。足に展開している魔力が少ない。
 着地に移る間に剣の一撃が再度襲う。
 右手を合わせて刃を受け止めて左手をゼアフォーの胸に打ち出す。
 打撃の瞬間に魔力を炎へと昇華して威力を底上げした。

 拳の炎が視界を埋め尽くす中、シューの声が届いた。

lw´‐ _‐ノv「ブーン! 彼の破魔が来ても気にせず魔法を使って!」

 火炎を突き破って左手が飛び出して来る。
 赤い魔力を纏って。
 僕も打撃に使った左手で受けに入る。
 炎が散った先には赤の魔法を起動したゼアフォーが立っていた。

 忘れていたが、ゼアフォーは幾つかの魔法を紫の王城で使った。
 ならば何故、青の魔法を使わないのだろう。
 僕に対しては圧倒的に有利なはずだ。
 ただ単に使えないのか、何か理由があるのか。

 打撃格闘と柔術を織り交ぜながらの零距離での戦い。
 久しぶりといった感覚だったが、訓練どおりに体が動く。
 龍や魔王、常識外れの連中を見てきた為か、ゼアフォーに対する恐れが薄い。
 加えて相手は隻腕、そうしている間にも、体重を乗せた一撃が走る。

82: 2010/09/01(水) 13:00:28 ID:IheUMJQU0

 僕は体勢を低くしており、右手は胸鎧の中心を捕らえた。
 鎧に亀裂が入る感覚が伝わる。
 勢いよく吹き飛ぶゼアフォーを追撃する事はしない。
 何が飛んでくるか分かったものではないからだ。

 敵は遠くに行き、視界が広くなった。
 玉座の背後には五つの紋章が立ち並んでいたのだ。
 その内、二つの紋章に光が灯っている。
 剣を模した赤の紋章と、籠手を模した紫の紋章。

 残る青、黄、緑は発光が無い。
 正確には分からないが、もしかしたら、そういう事なのかもしれない。

 素早く立ち上がったゼアフォーが左腕を突き出した。
 殺気を感じた僕は叫ぶ。

(;^ω^)「シュー! 気をつけるお!」

 雷光が魔方陣を描き、ゼアフォーの左腕に砲台が形作られていく。
 まるで機械のような部品が透明に重なり、紫色の光を宿す。
 キャノンの名を冠する紫の高位魔法だ。

 片腕だろうが何だろうが直撃を受ければ消し飛ぶ。
 僕は真横に走り出した。
 ところが足元にあった物に躓いて派手に転んでしまった。
 こんな時に、と視線を足に合わせるとバールのような物が転がっている。

83: 2010/09/01(水) 13:01:23 ID:IheUMJQU0

 魔力が臨界を向かえて紫電の閃光が放たれる。
 地に伏した状態では避けようが無い。
 咄嗟に僕は地面に拳を叩きつけて詠唱を刻む。
 疾風が舞って僕の体を空中へと持ち上げた。
 
 どうにか高位魔法を避けることに成功した。
 地上ではゼアフォーが両の手を広げている。
 見えない衝撃が空間を走り抜けた。
 『破魔』によって、僕を打ち上げた魔法も、ゼアフォーの高位魔法も消える。

 成す術なく地面に体を強かに打ちつけ、一瞬意識が遠のく。
 だが無理矢理体を起こしてゼアフォーを探す。
 居た、僕の目の前に。
 
( ∴)「ッ!」

 ゼアフォーの掌底と籠手の隙間から黒塗りの刃が飛び出す。
 超接近戦における、暗器だ。
 これを手で受ける訳にはいかない。
 今は魔法が使えないのだ、シューの言っていた事も瞬間的には意味を成さない。

 迫り来る刃に反射的に左手を伸ばそうとしたとき、
 僕の腰に何かが当たっている事に気づいた。
 柄、の形になっているのではないだろうか。
 思案している暇はない。

84: 2010/09/01(水) 13:02:20 ID:IheUMJQU0

(;^ω^)「はッ!!」

 倒れこんだ体の下から『柄』を引き抜き、ゼアフォーの刃にぶつける。 
 布が舞って落ちていった。
 そうだ、道中に拾った古代のナイフだ。
 金属が互いに悲鳴をあげる。

 破魔の結界の中で鍔迫り合いが続く。
 半身を地面に倒した僕と片腕のゼアフォー。
 押し切ったのは、僕だ。
 がら空きになったゼアフォーの胸にナイフを突き出しながら肩膝をつく。

 ゼアフォーは体をひねって回避しつつ刺突を繰り出す。
 ようやく両足が地面に戻った僕は、
 それを弾きつつ足元にあるバールのような物を手に取る。
 そして闇雲に両手の武器を突き出し、とにかく時間を稼ぐ。

 そこまで来て、僕の背後でシューの魔法が発動した事に気がついた。
 破魔の結界の内部で『領域』が生まれていく。
 僕とゼアフォーの周囲の空間だけに白い魔力が覆う。
 体の周囲を魔力が流れて確信する、再度魔法は使えるようになった。

 刹那、渾身の力でバールのような物を突き出すと同時に緑の魔法を起動した。
 疾風を纏いつつ高速で走ったそれはゼアフォーの胸鎧の亀裂に食い込んだ。
 ナイフを投げ捨てつつ僕は一気に踏み込んで間合いを詰める。

(# ^ω^)「おおおおおおぉッ!!」

( ∴)「……!」

85: 2010/09/01(水) 13:03:19 ID:IheUMJQU0

 空間に残る緑の魔力を取り込み、赤の魔法を全力で展開した。
 連鎖した魔法が円を描き複雑な軌道を瞬時に刻む。
 踏み込んだ勢いを全て乗せて、右腕を真っ直ぐに打ち出した。
 ゼアフォーの胸に刺さったバールのような物の頭、折れ曲がっている部分へ。

 魔方陣は右手の打撃の接触と同時に小爆発を起こした。
 赤の高位魔法、エクスプロージョンと同じ効果である。
 バールのような物がまるで釘の様にゼアフォーの背中まで突き抜けた。
 背中から飛び出した黒や銀の部品がやけにゆっくりと地上に落ちていく。

 鈍化した世界の中で僕はじっとゼアフォーの三つの目を見ていた。
 ゆっくりと色を失っていく、その目を。

( ∴)「……」

 ゼアフォーは天を仰ぐように、顔を上に上げた。
 腕がだらりと下がる。

86: 2010/09/01(水) 13:04:04 ID:IheUMJQU0

( ∴)「……本機ノ、活動ヲ……停、止……」

( ^ω^)「……」

 それだけを言うと、両膝を地面についた。
 衝撃を受けて完全に壊れた仮面が崩れて落ちていく。
 その素顔は三つのレンズが埋め込まれた黒い機械の塊。
 だが、微かに口があるようにも思えた。

 人になれなかった機械。
 僕がゼアフォーの素顔に見た印象だった。
 そして人になれないまま、それきり動かなかった。

87: 2010/09/01(水) 13:04:58 ID:IheUMJQU0

―空中庭園 展望台 廊下―


 ゼアフォーを打ち破った僕とシューは、少し部屋を調べていた。
 暫くしても何も見つからなかったので左右にあった扉の内、左を進むことにした。

( ^ω^)「それにしても、さっきの魔法はなんだお?」

lw´‐ _‐ノv「あれは魔力の源みたいな物を生み出す魔法だよ。
       ほら、魔法って結局は魔力で形になるでしょ?
       体の中じゃなくても外にぴったりあれば瞬間的に魔法が使えるのさ」

( ^ω^)「……何か難しいお」

 ゼアフォーと戦って疲れている中、思ったよりも難解な話になった。
 適当に講釈を聞き流し、歪曲した廊下を歩む。
 左側に連続して並ぶ大きな窓は落日の赤色に反射していた。

 戦闘の内容についてはどうせ他の仲間と合流したら話すことになるだろう。
 今は合流をすることを一番に考えないといけない。
 それ故か、シューはゼアフォーについて聞いてこないし、僕も聞かなかった。

 廊下を歩く中、僕達は窓と反対側に二つ目の扉を見つけた。
 一つ目はとりあえず無視したのだが今思えば扉を開く位はするべきだった。
 注意しながら開いてみると、ドーム状に刈り取られた殺風景な空間が現れる。
 ドームの地面には槍と大地を模した紋章が描かれていた。

( ^ω^)「……黄の紋章かお」

88: 2010/09/01(水) 13:06:00 ID:IheUMJQU0

 空中庭園に散りばめられた紋章の形が大体頭に入ってきた。
 同時に、先ほどから歩いている歪曲した道を思い出す。

lw´‐ _‐ノv「もしかして……この通路って円状に繋がってるのかな」

( ^ω^)「多分そうだお。部屋があと二つあったら属性が揃うお」

 急いで道を進んでいく。
 上手くすれば他の皆と合流できるかもしれない。
 そして二つの扉を確認しつつ、
 眼前に現れた扉を開くと再び玉座の部屋に戻ってきた。

 動かなくなったゼアフォーも部屋の様子も変わっていなかったが、
 一人、中央に佇む人物がいた。

(´・ω・`)「……」

 彼は呆けて天井を見ている様にも思えた。
 注意深いはずだが、僕達に気がついている様子が無い。
 
( ^ω^)「ショボン! やっぱり転移して来たのかお」

 僕が声をかけると驚いたように振り返った。

(´・ω・`)「ブーンにシュー、これは一体……」

 ショボンの指は目の前で胸を貫かれているゼアフォーを指している。
 僕達が倒したはずは無いと思っているのだろう。

89: 2010/09/01(水) 13:06:59 ID:IheUMJQU0

( ^ω^)「あぁ……大変だったお」

 ゼアフォー戦で怪我をした訳ではないが、シューがいなければ話にならなかった。
 勝てた事自体が奇跡に近い。

(´・ω・`)「君がやったの? それも驚きだね……」

 ショボンはゼアフォーの前に屈むとバールのような物を引き抜いた。
 個人的には、下手に触って再度動き出したら怖いので遠慮して欲しい。
 
(´・ω・`)「見てみなよ。魔法石だ、それも特定魔力の結晶体だよ」

 穴の開いた胸から紫色に淡く光る破片が落ちていた。
 どれも不自然に欠けており、元は一つの結晶であったと思われる。
 いつの間にかショボンの手の中にも黄金に輝く結晶体が乗っていた。

(´・ω・`)「コレも。黄の魔法結晶石だよ、行き止まりに置いてあったんだ。
      手を触れたら強制的に転移されちゃったんだよね」

( ^ω^)「何だお一体。僕が来た道には何も無かったお」

lw´‐ _‐ノv「いや、多分ジェネレータに使われてたんだと思うけど」

( ^ω^)「……溶岩の部屋かお。取りに戻るなんて嫌だお」

(´・ω・`)「ジェネレータって確か……待ってよ、これもそうなの?」

 露骨に声を低くしたショボンが聞いた。

90: 2010/09/01(水) 13:07:47 ID:IheUMJQU0

lw´‐ _‐ノv「そうだと思うよ? だって凄い魔力でしょ」

(´・ω・`)「あと二人が持ってきちゃったら、この大地が空を飛ぶ浮力を生み出せるの?」

lw´‐ _‐ノv「無理じゃないのかなぁ? 見たところ最低でも二つは必要だよ」

 魔法結晶石を指差しながら人事のようにシューが言った。

(´・ω・`)「……オワタ」

(;^ω^)「落ち着けお! あの二人だって、そんな怪しそうなブツを簡単には……!」

 僕が叫ぶのと同時に広間の両方の扉が開いた。

ξ゚⊿゚)ξ「あ! 皆いるんだ」

川 ゚ -゚)「ここにいたか!」

 彼女らの片手にはそれぞれ青と緑の魔法結晶石が煌いている。
 ショボンと僕は力の抜けた両膝を地面についた。

91: 2010/09/01(水) 13:08:52 ID:IheUMJQU0

―空中庭園 旧展望エリア―


 現在、僕達が立っている部屋はステンドグラスをはめ込んだ壁に囲まれている。
 地面にはスパナやバールのような物が散乱して移動を妨げる場所もある。
 目立つのは『玉座』であり、ゼアフォーが座っていた場所だ。
 そして、その背後に五つの紋章が巨大に描かれている。

 輝きを得ているのは赤の紋章ただ一つ。
 浮力の問題についてはさて置き、僕達は行き止まりに行き着いてしまった。
 目的である『鍵』はどこにあるのだろう。

(;^ω^)「……そんな訳で、何とか倒したんだお」

川 ゚ -゚)「成る程、ゼアフォーが大怪我をしていたからこそだな」

ξ゚⊿゚)ξ「ほとんどギコ王のお陰ね……」

 氏したギコ王に感謝しつつ、何か道はないかと探す。
 長々と空中庭園にいる訳にもいかなくなった。
 ゼアフォーの件はさておいて、まずは空中庭園の動力状態を確認しなければ。

 僕やツンはガレキや鉄屑をどかしながら広間を動いて回っている。
 残りは古代遺産の画面やボタンにかかりっきりだ。

(;^ω^)「何も無いお……そっちはどうだお」

 振り返って僕が叫ぶ。

92: 2010/09/01(水) 13:09:37 ID:IheUMJQU0

(´・ω・`)「ここを……」

lw´‐ _‐ノv「こうするのかな」

 何かを操作をしたかと思えば僕の頭に砂利が落ちてきた。

(´・ω・`)「ブーン、そこ危ないよ」

( ^ω^)「え?」

 天井を見上げると長方形の物体がゆっくり落ちてきているらしい。
 急いで真横に避けて暫く経った頃には、更に空へと続く階段が現れていた。

( ^ω^)「古代遺跡に詳しくないと進めない仕掛けとか……」

ξ゚⊿゚)ξ「……卑怯ね」

川 ゚ -゚)「何をぼやいている、行くぞ」

 赤い空が目の前に見える。

 ショボンと共にクーが先頭を進み、問題なく上層に到着した。
 恐らく、僕達は空中庭園の頂に辿りついたのだろう。
 四方をガラスに囲まれた見晴らしの良い部屋から、
 庭園を全て眼下に収めることが出来た。

 相変わらず妙な画面やらボタンやらが部屋の隅に並んでいる。

93: 2010/09/01(水) 13:10:29 ID:IheUMJQU0

(´・ω・`)「ちょっとかかりそうだね、解読やら何やらで。
       さっさとしないと庭園が落っこちるかもしれないのに」

 シューと共に解読を始めるショボンを尻目に僕達は食事の準備を始めた。
 遺跡に詳しくなければ、今出来る仕事は無い。
 多少なりとも体を休めるべきだ。
 その日、簡素な食事を終えて僕達は眠りについた。

 明け方、周囲から妙な圧迫感を感じた。
 目を覚ますとショボンは相変わらず機械を触っており、他の者は朝食の準備をしている。
 ゼアフォーのお陰で相当に疲れているはずなのだが体は軽かった。
 不思議そうに体を眺めている事が分かったのか、ツンが声をかけてきた。

ξ゚⊿゚)ξ「これこれ」

 全員を対象に回復魔法を使ったらしい。
 その手の中には青の魔法結晶石が輝いていた。
 こぶし大の大きさだが、絶え間なく魔力を生み出している。

ξ゚⊿゚)ξ「持ってるだけで魔法の効果が高くなったの。
      それに、魔力の消費もかなり少なくなったし」

 加えて常に体内の魔力が回復している。
 信じられないような話であるが、事実、ツンは凄まじい魔力を発していた。

(;^ω^)「しぃさんも引くんじゃないかお?」

川 ゚ -゚)「守護者と同等の魔力とはいかないが、力を与えてくれる物体だな」

94: 2010/09/01(水) 13:11:28 ID:IheUMJQU0

 ツンと同じ様な状態のクーが背後で刀の手入れをしている。

(´・ω・`)「暫くそばに置いた事で、体に適応したのかもね」

 ショボンに至っては元から高い魔力を持っているのだ。
 それが強化されたのだから相当な物である。

(;^ω^)(……僕も取ってこようかな)

 と、暫く考えたが庭園の浮力を生み出しているらしいので簡単には取れない。
 ゼアフォーの体内にあった物を一と数えるならば、残りの動力は一つしかない。

lw´‐ _‐ノv「あ、そこの文字は『スクリーン』だよ」

(´・ω・`)「なるほどね。こっちと対になるのか……」

 二人は解読と操作を交互に繰り返しながら慎重に画面に向き合っている。
 朝食も程々に作業は続く。
 だが、実際の所は『鍵』がこの部屋にあるのかは分からないのだ。

(;^ω^)「僕達はそのあたりを探して来るかお?」

(´・ω・`)「周囲はあらかた調べつくしたよ。道中も遺跡内部に感覚を広げてたからね」

lw´‐ _‐ノv「それっぽいのはコレだけなんだよね」

 機械に向かったまま二人が言った。

(´・ω・`)「それより君は何で分からないのさ。来た意味が……」

95: 2010/09/01(水) 13:12:20 ID:IheUMJQU0

lw´‐ _‐ノv「まぁまぁ、手の平を模した認識装置があれば『リンク』できるんだけど」

(´・ω・`)「意味分からないし、そんな物ないよ……」

 時間は過ぎて、太陽が傾こうとした時のことである。
 二人が弄っていた機械の一部がくるりと回転して、多くのボタンが現れた。
 同時に頭上から一枚の巨大な画面が降りてきて薄らと光を放った。
 画面には大きく古代語が羅列して次々と移り変わる。

(´・ω・`)「……コレが認識装置?」

 ひっくり返った方の機械には四角く区切られた板が張り付いていた。
 そして手の平が描かれている。

lw´‐ _‐ノv「うん、これだよ。これで情報を引き出せる」

 皆が見守る中、シューは躊躇無く手の平を置いた。

 瞬間、室内にあるガラスの様な窓や、降りてきた画面に古代言語が浮かび上がった。
 更に多種多様な図形や数式らしき物が山ほど表示されて流れていく。
 何が何だか分からないが凄いことになっている事だけは分かった。
 暫くしてシューが下げていた頭を上げる。

lw´‐ _‐ノv『システム連結完了。認識を確立』

 天井から下げられた画面から古代語が消える。
 続けざまに、今まで歩いてきた空中庭園の遠景が映し出された。

lw´‐ _‐ノv『多目的飛行要塞ウルドを掌握。メインシステムを展開』

96: 2010/09/01(水) 13:13:13 ID:IheUMJQU0

 それよりも先ほどからシューは何を口走っているのか。

lw´‐ _‐ノv『……できた! 要塞、いや、庭園に残っている情報だけなら引き出せるよ』

(´・ω・`)「ここって古代要塞なんだ……何でまだ飛んでるんだろう」

川 ゚ -゚)「情報は結構だが私たちは『鍵』とやらを取りに来たのだろう?」

lw´‐ _‐ノv『うん、今ダウンロードしてるよ。その間に他の所にアクセスしてみよう」

ξ゚⊿゚)ξ「……専門用語抜きにして欲しいなぁ」

 多くの情報はシューにしか分からない領域ばかりだったらしい。
 だが、その中から情報を映像として展開する装置が見つかったので、
 彼女が確認もとらずに起動した。
 装置の名前は『内宇宙因果律 演算装置』とシューの頭に届けられたとのこと。

 少しの間を置いて、目の前の巨大な画面に黒い映像が映し出された。
 転々と、色とりどりの小さな光が瞬いている。

( ^ω^)「星の海かお?」

 毎日、夜空に広がる漆黒の海は、やがて青い球体へと近づいていく。

lw´‐ _‐ノv『この青いのが私たちのいる星だね』

 あっさりと、長年世界の学者達が追求に心を砕く疑問を解決してしまった。
 大地は果てで繋がっていると言うのだ。
 と言うより、こうなっていたのか、よく僕達が落ちないものだ。

97: 2010/09/01(水) 13:13:57 ID:IheUMJQU0

川 ゚ -゚)「星、というと他の星にも人がいるのか?」

lw´‐ _‐ノv『んー、データが欠損してるなぁ。それは分からないみたい』

(´・ω・`)「嘘だ……こんな場所で世界の真理が……」

( ^ω^)「ショボン、しっかりするお」

ξ゚⊿゚)ξ「そうよ。きっと調べる物なんか、まだ山ほどあるって」

 様々な反応を見せる各員。
 目の前の画面に映る、星の海、その中にぽつりと青く輝く星。
 何故だがひどく儚げに見える。
 寄せては返す黒の波、一瞬だが僕達の星が飲み込まれた様に見えた。

 それを堺に全員、違和感を感じたのか画面を注視する。
 閃光が走った。
 画面を横切った線はそのまま星の海を二つに区切る。
 中心点にあった青い星は、赤く霧散した。

 画面内で起きた、単なる映像。
 たったそれだけだ。
 何の事は無いはずだが、足元が捻じ曲がったかのような戦慄を憶えた。

lw´‐ _‐ノv『連続次元に存在する内宇宙の因果を全て演算するとこうなるって。
       確立では大体98.29%だったから、装置にもガタがきてるんだね』

99: 2010/09/01(水) 13:14:53 ID:IheUMJQU0

 遠目に星の破滅を見せられた。
 それは、果てしなく高い確率でこれから起きる。
 無言で立ち尽くす僕達へ、シューは続けて言葉をかけた。

lw´‐ _‐ノv『ん、ダウンロード完了。皆にデータを送るよ』

 シューの白い魔力が僕達に線を張って言葉が頭に届く。

(;^ω^)「え? いや、ちょっと、話についていけな……
      エクスカリバー? 何だお、それ」

 頭の中に送られた鍵の名前は『エクスカリバー』。
 何を意味して付けられた名前か知らないが、神聖な感じはする。
 だが、何かベタな感覚も付随してきた事は黙っておく。

lw´‐ _‐ノv『続けて空間転移シークエンスに以降。
       完了次第、状態を維持』

 一気にそこまで言ってからシューは手形の認識装置から手を放した。
 ぺたりと地面に座りつつ、疲れた声を上げる。

w´‐ _‐ノv「以上が、神に準ずる力を持った計算予測と、それに至る『鍵』だよ」

(´・ω・`)「……ペニサスさんが言っていた『神の異常』がこれなのかな。
      確かに白の国の代表なら、この装置に間接的な繋がりがあってもいい気がするけど」

w´‐ _‐ノv「そうかも。村長は世界のどこかにある端末にリンクしてるって言ってたし」

(;^ω^)「要するにペニサスさんと、この空中庭園はテレパシーでもあるって事かお?」

100: 2010/09/01(水) 13:16:07 ID:IheUMJQU0

w´‐ _‐ノv「乱暴に言えばね」

 
 因果律とは、未来を現時点で計算によって弾き出す力、または装置に関する名前。
 『現在が過去の出来事によって起きているならば未来は計算できる』、
 とする考え方を基礎にしているらしい。
 一概にそう言えるのか、とも思うが目の当たりにしたのだから仕方が無い。

w´‐ _‐ノv「使われなくなった要塞に装置を備え付けて、
      更に各地の外部演算を集計、統計、算出してるらしいよ」

 かつては存在した世界各地の演算装置は、現在一つを残して機能していない。
 それこそ古代は膨大な装置の力で未来を『確実』に計算できた。
 未来を知る事が出来る古代の文明が何故滅びたのか。
 知るすべは思いつかない。

 そして、各地にあった演算装置の内、最後の一つ。
 今尚存続し、世界を見守る白い線を思い浮かべた。
 世界には『塔』がある。
 神の住まう、未踏の遺跡が。

w´‐ _‐ノv「これから、あなた達は神に会いに行く」

 シューは続ける。

w´‐ _‐ノv「だけどパンデモニウムの森は守護者達を導く。
      神の武器を携えた、最強の魔法使い達をね」

 両の手の平を軽く叩く。

101: 2010/09/01(水) 13:16:55 ID:IheUMJQU0

w´‐ _‐ノv「衝突は確実だよ」

 彼女以外が喋らない中、彼女の笑顔だけが異質であった。
 それは僕達の選択をもう確信しているからなのか。

( ^ω^)「……質問が」

w´‐ _‐ノv「ん? 何?」

( ^ω^)「結局、空中庭園は落ちるのかお? あとゼアフォーについて」

 全く予想していなかった質問だったのか、一瞬驚いた様子であったが、
 すぐに表情を戻して言う。

w´‐ _‐ノv「君たちがここにいる間は問題ないよ。
      時間が経ったら海に真ん中にゆっくり着水するよ」

 破魔は、と思い出すように言ったあと、両手を広げて言った。

w´‐ _‐ノv「データには修復システムに関連付けられてただけだったから……
      体を治すために立ち寄っただけなのかも?」

 そちらについては結局分からなかった。
 シューが『破魔』のゼアフォーを知っていたのは、
 白の国にあった機械から情報を引き出した際に見かけたからとの事。
 ここに来てもゼアフォーは謎のままであった。

 今後は、空中庭園内に残る魔力を集結させて魔方陣を展開する。
 転移が可能になる時間を待つだけとなった。

102: 2010/09/01(水) 13:18:02 ID:IheUMJQU0

―空中庭園 中央管制エリア―


 僕達に退路はない。
 ジョルジュの前で神への異を唱え、追っ手も振り切っている。
 もちろん、それらは世界的にも僕達が異端である事を示す。
 僕自身は実のところ、流されて状況に甘んじた部分はあった。

 恐らくだが他の仲間も似た様な状況だろう。
 空中庭園に来て、因果律の映像を見るまでは。
 
 先ほど見た映像は僕達の意識を変えるほどの衝撃があったのだ。
 視覚だけでなく、感覚の部分まで入り込んで来るような。

 まるで自分が星の海にいて、星の破滅を見るような。
 
 黙ってそんな未来を受け入れるのは、少しばかり潔過ぎる。

 断固としてその未来予測を回避してやろうと、
 僕の中には微かに自信のような物が生まれていた。
 守護者をも恐れない奇妙な感覚。
 これは何だろう。

103: 2010/09/01(水) 13:19:02 ID:IheUMJQU0

ξ゚⊿゚)ξ「……やっぱり、ジョルジュさんが中心よね」

川 ゚ -゚)「そこさえ押さえれば、相手の動きを制限できる……」

(´・ω・`)「……だから青の魔法が重要なのさ……」

 時間を使って休憩しながら、対守護者戦を想定しての作戦会議を行っていた。
 実に事細かに取り決めが行われた。
 各員の役割や、行動も。
 どのように守護者達が動こうとも対応が出来るように。

w´‐ _‐ノv「私はここに残る事になるよ。正直、みんなを送るので精一杯だし」

 シューは僕達の転移で力を使い果たすため、戦線に加われない。
 もっとも、白の魔法は戦闘においては扱いにくいため、
 最初から戦力とはならないと考えられていた。

 現在あるもの全てを考慮して、作戦が決定されていく。
 大部分を作ったのは以外にも僕とツンとクーであった。
 ショボンは時折、補足をするように意見を出した。

(´・ω・`)「……うん、まぁこんな所かな」

 空中庭園に辿りついて数日が経った夕刻。
 作戦が完成する大分前に魔方陣の展開準備は整っている。

w´‐ _‐ノv「準備が出来たら、声かけてよ」

104: 2010/09/01(水) 13:19:50 ID:IheUMJQU0

 作戦同様、準備も完了していた。
 今日は十分睡眠もとっていたし、最後の食料も使い切った。
 体調も万全である。

( ^ω^)「僕は大丈夫だお。皆は?」

 背後を見ると、全員がそれぞれ頷く。
 もう、それだけで良いだろう。

( ^ω^)「転移してくれお!」

w´‐ _‐ノv「任せたまえ」

 小さく笑いながらシューが両腕を広げる。
 部屋の中に広がった白い魔方陣が、同じ色の粒子を放ちつつ光を天井へと昇らせる。
 陣の中心で僕達四人が時を待つ。

 長いと思った詠唱も一瞬で終了して、視界を白が覆っていく。
 少し前まで、存在すら知らなかった魔法が、僕を包む。
 これから『塔』へと行くのだ。
 事実を再度、頭に思い浮かべた。

 そして思い浮かべた想像もそのままに、僕は遠く離れた地へと現れていた。

105: 2010/09/01(水) 13:20:55 ID:IheUMJQU0

―塔 階層18 螺旋階段―


 昇る事は分かっている。
 目を開くと、灰色だけで構成された無機質な、巨大な、螺旋階段が続く。
 階段は中心を貫く異様な光の柱に巻きつく様になっていた。

 頭上では円状の踊り場が幾つも乱立している。
 あたかも、幾つもの世界が重なっているように見えた。
 僕達もすぐに踊り場へと辿りつきそうである。
 
( ^ω^)「これが、『塔』の中なのかお?」

ξ゚⊿゚)ξ「何とも言えないわね」

 階段を上りながら、思いついた事を口走る。
 どうやったところで憶測でしか喋れない。

川 ゚ -゚)「急いだ方がいいな。もしかしたら守護者に会わなくてすむかも……」

 クーがそこまで言った所で踊り場へと至った。
 同時に甘い考えは打ち壊された。

( ゚∀゚)「……遅かったな」

 踊り場は、広大な円状になっていた。
 円の淵を越えた周囲は暗闇に覆われていたが、
 遥か遠景には僕達の世界が映っている。
 現実の周囲を夢で囲まれているようにも感じられた。

106: 2010/09/01(水) 13:21:59 ID:IheUMJQU0

(*゚ー゚) 「……ツンちゃん」

 不安そうな顔の守護者しぃ。

ノハ;゚⊿゚)「クー! 一緒に帰ろう!」

 必氏な顔をした守護者ヒート。

(;^Д^)「お前ら……」

 今だ半身半疑といった感じの守護者プギャー。

 四人は僕達の向かいにある階段付近でそれぞれ立っていた。
 つまり、僕達が突破したいと考えるなら、正面からかかるしかない。
 予想通り、である。
 策には寸分の狂いも発生していない。

 勝利することは不可能でも、それは目的にはならない。
 僕達は神に会えさえすればいいのだ。
 そこから先は予想すらつかないが、そこまでを実現する為には利用出来る物がある。

 守護者達の、神の武器の、慢心だ。
 最初から本気で来る事は考えにくい。
 ジョルジュはさて置き、しぃとヒートはそれぞれツンとクーに入れ込んでいる。
 何にしろ隙は一瞬。
 
 やがてジョルジュの口が動く。
 やけに、スローモーションに見えた。

107: 2010/09/01(水) 13:22:45 ID:IheUMJQU0

( ゚∀゚)「……もういいんじゃないか、守護者ショボン」

 ふっと笑ったショボンが僕達を離れて真っ直ぐ前に歩いていく。
 ジョルジュの傍らまで来た所で、自らの杖に手をかけた。
 そして、背を向けたまま声を上げる。

(´・ω・`)「……やあ、ようこそ」

 仕込み杖は槍へと変貌を遂げた。



第七章 赤色の空  完  第二十四話「正位置の『塔』」  完

111: 2010/09/02(木) 12:37:02 ID:iKSH1n6A0



 新たなる起点


 死神と鏡




ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第十二話「逆位置の『死神』」



 舞い降りてきた彗星によって、世界が終ると思った。
 別にそれでも問題は無かった。
 不可避の終焉ならどうしようもない。
 ところが、俺は天国でも地獄でもなく見知らぬ場所で目を覚ました。

 とりあえず氏後の世界だろうと思っていたが、
 生き物はいるし、俺の腹は減るしでどうも氏んだ気がしない。
 そんな生活を二日程続けて俺は一つの仮説に辿りついた。

 俺は、もしかしたら生きているのではないか。

112: 2010/09/02(木) 12:37:46 ID:iKSH1n6A0

―現地 不明―


 森が、どこまでも続いている。
 昼は木漏れ日が足元の草を煌めかせ、夜は月光が道を照らす。
 神秘の森と言って差し支えない、綺麗な森であった。
 人間の手を感じさせない其処には当然、いた。

 魔物である。
 と言う事は魔王は撃破されていないのだろうか。
 攻撃はされるのだが、どうも周囲の魔物からは敵意を感じない。
 野生の動物に襲撃されている気分だ。

 具体的に言えば普通の動物のように、慌てず対処すれば戦闘にならない。
 夜も焚火の近くにいれば襲撃されない。
 なかなか平和な生活だが食料が乏しい。
 豊かな森だが果物の類は今のところ見当たらない。

 持ってきた保存食や缶詰は一生分と言う訳でもない。
 結局、強制森林散策を強いられる羽目になった。

('A`)「あー」

 久しぶりに声を出すと、俺はこんな声だっただろうかと疑問が浮かぶ。
 腹も減る中で無駄な体力を使ったと反省した。
 せめて水場に出られれば魚か何かを手に入れる事が出来るのだが。
 そんな事を考えながら五日の夜が過ぎて言った。

113: 2010/09/02(木) 12:38:42 ID:iKSH1n6A0
 六日目の朝、貴重な缶詰を開けた。
 前に少し余裕があったために衝動買いしたのだろうか、コンビ―フだ。
 本当に、何故俺はこのような場所を取る缶詰を買ったのだろう。
 意味が分からない。

 意味が分からないのは当然俺の事なのだが。
 人間暇も極まると無駄な思考しかしなくなる。
 
('A`)「気をつけないとな……」

 蓋を開けて匂いを嗅いでみる。
 肉の嫌な臭いが鼻につくが、どのような形でも肉だ。
 フォークで適当に取り上げて口に突っ込む。
 固まった油と、刻まれた肉の味が舌の上に広がった。

 食い続けたら若干気持ち悪くなりそうだが、贅沢は言っていられない。
 目の前で音を立てる炎を遠い目で見ながらコンビーフを口に運び続けた。

 朝食を終えて、森の探索に入った。
 温暖である事だけが救いの様な状態である。
 体温をやたらに減らさずにすみ、水も最低限で事足りる。
 
 木漏れ日の中を随分と進み続けて、
 若干であるが森が変化している事を感じていた。
 感覚的に、何か空気が冷たいような。
 温度がそう変わるはずはないのだが。

114: 2010/09/02(木) 12:39:48 ID:iKSH1n6A0

 奇妙な森の中を黙々と進む。
 夕陽が木々の隙間から差し込み始めた。
 見上げると、赤い、黄金の光が森の上を満たしている。
 水晶の中にいる様な感覚だった。

 やがて太陽が沈み、夜空には月が浮かぶ。
 青い、冷たげな光を投げかけて悠然と空に佇む。
 寒気を感じた。

 歩き続ける。
 鬱蒼とした暗い森を。
 いつの間にか、俺は森の奥を進んでいるようだった。
 まるで月から逃げるように。

 狭い獣道を抜けると、僅かなスペースが見えた。
 一応の事、頭からフードを被って黒一色の姿になる。
 魔物にも見つかりにくくなるはずだ。
 そして、森に空いた空白へと足を踏み入れた。

('A`)「……」

 再び、月が俺を見ていた。
 青いその姿で。
 誰もいないので文句でも言ってやろうかと思った矢先、
 向かいの森に何かの気配を感じた。

 両手に魔法を起動して二本の剣を精製する。
 紫色の光が暗がりに浮かび上がった。
 向かってくる気配に対しては万全の態勢を整える必要がある。

115: 2010/09/02(木) 12:44:23 ID:iKSH1n6A0

 鉄と鉄がぶつかる音。
 月光の下に、一人の鎧騎士が現れた。
 頭には顔まで覆う兜、首から下にも鉄板で体を覆うプレートメイル。
 腰からは柄の長い剣を携えていた。

('A`)(……幽霊か何かか?)

 今時このような装備で出歩く人間はいない。
 先の魔王決戦のおりでさえ、鎧は隊長格が判別しやすいように部分部分に装備する位だ。
 馬鹿みたいに重量のある前時代の鎧は、ほぼ魔法に淘汰されている。
 にもかかわらず目の前には重装備の騎士らしき人物。 

 これでは幽霊が現代に現れたか、俺が過去ないしは地獄にいるかどちらかだ。
 何にせよ戦闘になれば俺が有利だろう。
 一応、俺は紫の魔法使い。
 鉄に対しては多少有利な属性である。

123: 2010/09/02(木) 21:32:30 ID:iKSH1n6A0
 
 相手が剣を出す気配もなく、暫く時間が経過していた。
 柄に手をつける様子が無いにも関わらず殺気ばかり感じる。
 俺が迂闊に斬りかかれば瞬時に反撃されそうだ。
 隙だらけなのは俺を誘い込む罠に思える。

 いつまでたっても名乗りもしなければ用向きも言わない相手に俺が焦れて来た。
 仕方がない。
 とりあえず何か話しかけてみようと顔を上げた瞬間、相手は地面を蹴った。
 俺が油断と隙、条件を満たした瞬間でもあった。

(;'A`)(……やられた)

124: 2010/09/02(木) 21:33:30 ID:iKSH1n6A0
 
 心の中で舌打ちをしながらも構えをとるべく動く。
 鎧騎士が抜剣する様子も、魔法を使う様子も無い。
 そのまま懐に飛び込んで右腕を打ち出した。
 完全にわき腹に鉄の篭手が刺さる。

 声が出るのを何とか抑えて、魔法剣を振り下ろした。
 何と騎士は魔法剣を、鉄の剣を抜剣する事で受け止める。
 そんな事をすればスタンの魔法による追撃で電気が体にまで通る。
 ただの鉄、しかも魔法を使っていない身では魔法直撃を覚悟する必要があるのだ。 

 だからこそ魔法使いは最強の兵として君臨した。
 単なる鉄の武器と鎧を打ち破って。
 目の前の鎧騎士は常識でも覆そうとしているのか。

 しかし残念ながら咄嗟に使えるほど俺は戦闘慣れしていない。
 ここまで虚を突かれればたとえ守護者でも使えないだろう。
 その代わりに俺は左の剣で切り上げる。
 当たれば今度こそ一気に行動不能まで持っていく。

 消えた。
 鎧騎士は俺の視界の真上へと飛びあがり、蹴ってきた。
 身軽などと言う生易しい話ではない。
 魔法無しでその身体能力がありえるのか。

125: 2010/09/02(木) 21:34:41 ID:iKSH1n6A0

 右肩に鉄の蹴りを受けて、俺は大きくバランスを崩す。
 鎧騎士は俺の背後へと着地すると同時に剣を俺の首へと滑走させる。

(;'A`)「……ッ!」

 刃を受け止めてもスタンの魔法で反撃に転じられる。 
 魔法剣を斜めに構えて相手の剣を待つ。
 
 今度は剣を投げてきた。 
 正気か、他に長柄の武器が無いのだぞ。
 かと言って相手にとって不利が約束された訳ではない。
 それどころか完全に主導権を握られた。

 一瞬、視界を覆われた俺は鎧騎士を見失う。
 魔法剣で投げつけられた剣をなぎ払った隙に飛んできた石が俺の胸を打った。
 鎧騎士が近場にあった石を放り投げたのだろう。
 背後に気配を感じて魔法剣を真横に振り払うと、軌跡の下を鎧騎士が駆け抜けた。

 木の棒で顔面を殴打されて俺は地面に仰向けに倒れこんだ。
 反射的に体を転がして体勢を整える。
 俺がいた場所では、鎧騎士が木の棒で突きを地面に放ち終わっていた。
 相当な力で打ち込んだのだろう、草と地面がえぐれている。

 滅茶苦茶だ。
 何だ、こいつは。
 現代の接近戦術をまるで無視している。
 その上で、魔法抜きで、まがいなりにも魔法使いである俺を圧倒していた。

126: 2010/09/02(木) 21:35:28 ID:iKSH1n6A0

 このまま戦っても勝ち目はない。
 明らかにそう判断できた。
 そして、俺は本能的に一歩退いていた。
 同時に鎧騎士も一歩退く。

 相手はそのまま背を向けて森の奥へと走って行く。
 森の暗がりの中に、氷が解けるかのように消えていった。
 圧倒的に優勢の状況で逃げる理由は分からなかったが、
 俺をわざわざ頃す理由も考えてみれば思いつかなかった。

 ゆっくりと立ち上がった俺は、まだ休めない事に気がついた。
 感じ慣れた害意を森の中から感じられる。
 先程消えて行った鎧騎士の置き土産か、
 それとも今になって現れた自然の脅威か。

('A`)「……魔物、か」

 そっと呟きながらフードを外す。
 いきなり飛びかかって来た狐の半身を機械にした魔物を魔法剣で切り捨てる。
 足元に何かがぶつかった。
 先程の騎士が投げつけてきた長剣であった。

127: 2010/09/02(木) 21:36:11 ID:iKSH1n6A0
 丁度右手の魔法剣が分解を始めている。
 魔法剣を持ち替えて左手で騎士の長剣を拾い上げた。
 随分と重いように思う。

('A`)「……やっぱり、こっちの方が落ち着くな」

 いても襲いかかってこない不気味な魔物より、
 人間とみれば頃しにかかる魔物の方が『自然』だ。
 二本の剣で魔物の包囲に突入した。
 大きめの獣道に続く一点を破って逃げ切ってやろうではないか。

 月の下、俺は自分が微かに笑っている事に気がついていた。


外伝 空白の旅人  第十二話「逆位置の『氏神』」  完

128: 2010/09/02(木) 21:38:33 ID:iKSH1n6A0
文章変更によって書き込む事が出来ました。
>>123の2行目末尾に問題があったみたいです。
投下は以上です。

131: 2010/09/03(金) 20:59:46 ID:k2Cps.NU0




 森の中で


 時の中で



ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第十三話「逆位置の『節制』」



 当然ながら、魔物大勢と一戦を交えて無傷とはいかない。
 大小様々な怪我を負う事になった。
 行動不能でない事は不幸中の幸いか。

 実りは無いと思われた戦闘であったが大きな収穫を得た。
 俺は森を流れる川へとぶつかったのだ。
 食糧問題と水問題を両方解決出来る。
 そう思っていたが、魚は一切いなかった。

 突如として現れた鎧騎士、それに呼応するように俺を襲い始めた魔物。
 一体この森はどうなっているのだ。
 一人呟きながら森の水を飲んでいた。

132: 2010/09/03(金) 21:00:35 ID:k2Cps.NU0

―現在地 不明 川付近―


 枝と葉の天井は相変わらずである。
 しかし、無音だった世界には水の流れが響いていた。
 もうそろそろ俺は自分が生きている事を確信している。
 加えて自分が現在いる場所についても思い当たる場所があった。

 魔王決戦が行われたのは巨大な平原であった。
 連合軍が陣を構えていたのは紫の国北部である。
 対して魔王が陣を構えていたのは『パンデモニウムの森』だ。
 今まで忘れていた事が恥であるが、ここはもしかしたらパンデモニウムなのではないか。

 元いた場所から一番近い森がパンデモニウムなのだから。
 確認は取れないが、そう考えるのが一番現実的かもしれない。
 もっとも、仮にそうだとしても俺の状況は変わらない。
 むしろパンデモニウムと思いつきたくは無かった。

 何が悲しくて、魔物の巣窟で遭難しなければならないのか。

 俺が一人悶々と事態を悩む中、階段状になっている川の流れが月光を受けて輝く。
 川を下流に進んでいけば良いという指標は出来たが、食料が無い。
 ついでに言えば怪我の問題も無視はできない。
 詰まる所、俺の遭難は詰みに差し迫っているのだ。

 傷の応急処置を終えて夜を明かす。
 体力をつけねばならないので魚の缶詰を開けた。
 最後の缶詰だ。

133: 2010/09/03(金) 21:01:22 ID:k2Cps.NU0
 川靄が視界を覆っていた。
 どこまでも続くぼやけた森の景色が現実感を遠のかせる。
 なんとか眠り、次の日の夜明けがやってきた。
 森がまるで光っているようであった。

 流れる川が、朝露が、薄く漂う霧が。
 朝だと言うのに星の海が現れたかの如く錯覚した。
 身を起こそうとしてバランスを崩す。
 そのまま前のめりに倒れてしまった。

 頬の横で濡れた草と地面が感覚を伝える。
 思ったよりも傷は深かったらしい。
 そのまま、一歩も動けなくなった。
 たかだか缶詰一つで体力回復が出来る訳は無かったのだ。

 目を閉じる。
 川の音、朝露の落ちる音、草木の香り、朝の匂い。
 閉じられていた感覚が開いていく。
 この森は、音に溢れていた。

 再びあの鎧騎士に出会いでもしたら終りだが、
 その前に魔物の襲撃を受けるだろう。
 魔物と言えば、あの妙な鎧騎士に会ってから凶暴化したような気がする。
 鎧騎士は何者だったのだろう。

 森の、パンデモニウムの守護者だろうか。
 太古の魔境になら何が居ても不思議ではない。
 まさか、と自身の考えを笑う。
 だったら何故俺に止めを刺さなかった。

134: 2010/09/03(金) 21:02:09 ID:k2Cps.NU0

 あのまま戦えば確実に俺は氏んだ。
 魔物に任せるよりは、確実に。

 右腕で目の前の草を掴む。
 生きている理由も無いが、氏んでやる理由も無い。
 重い体を起こす。
 辺りは、いつの間にか夕暮れを迎えていた。

 とりあえず水筒に水を汲んで、よろよろと近くの木に寄りかかる。
 胃の中に水と引っ張り出した携帯食料を入れて一息ついた。
 遂に、最後の食料を使いきった。
 夜がやってきた。

 魔物の遠吠えを遠くに聞きながら、マントに包まって息をひそめる。
 助かる見込みは無いがわざわざ氏期を早める気も起きない。
 昨晩と同じく森が輝きだす。
 靄がかった景色は俺の精神状態を映しているようだ。

 違う点は無数の輝きが希望を現しているのではなく、
 俺の命運を一つづつ断って消えていく所だ。
 傷が痛む。体が、急に現実に戻って来た。
 目の前へと視界を持っていく。

 一匹の、魔物が見えた。
 眼球を動かして周囲を確認していく。
 左手に一匹、右手に二匹。
 合計四匹の魔物に包囲されていた。

135: 2010/09/03(金) 21:02:58 ID:k2Cps.NU0

 どれも狼型の魔物。
 鉄を引きずるように重い体を無理やり立ち上げて両手に魔法を起動する。
 二本の魔法剣を何とか構えながら意識を保つ。
 左足を少し前に踏み出した。

 飛びかかってくる魔物の確認が一瞬遅れた。
 左の剣を受けに使って、右手の剣で脳天から打ち砕く。
 右足に妙な感覚が走った。
 噛みつかれている。

 だが、それは今は捨て置き、左右から襲い来る魔物を迎撃する。
 両手の手を交差させ、大きく開く。
 それぞれの魔物の口を深々と切り裂き、そのまま魔物は自分の勢いで串刺しになる。
 俺の魔法剣は使い物にならなくなった。

 鮮血を浴びながら腰に下げていた鎧騎士の長剣を握る。
 足に噛みつく狼型の魔物めがけて一息に振り下ろした。
 地面まで貫いた後、真横に振り抜いて剣を自由にする。
 四匹の魔物が地に伏した。

 血を浴びてしまった。
 臭いを辿られれば、ひっきりなしに魔物がやってくるだろう。
 さすがに限界が来た。
 もう逃げる事は出来ない。

 状況を見ても、体力を考えても。
 俺は地面に倒れこんだ。
 いや、気が付けば倒れていた。
 やるだけはやった、そのはずだ。

136: 2010/09/03(金) 21:04:40 ID:k2Cps.NU0

 そっと目を瞑った。
 音の世界で時間が過ぎて行った。
 体の痛みも消えて、心だけが残っている。
 
 見えないはずの目が、青い月を眺めていた。
 花弁が目の前を横切っていく。
 青白い光に照らされた、無数の花が。
 どこかで見た事があった。

 そうだ、これは、緑の国で見た。
 桜並木という道の事であったか。
 一本の土の道の左右を無数の桜の木が挟む。
 荘厳に並んだ、時間が作った道を俺は別段、気にせずに進んだ事を思い出す。

 心が途切れていく。
 青い月に向かって無限に続く桜の道。
 雪のように降り注ぐ桜の花。
 どこまでも青い世界。

 向かってみよう。
 月へと歩き出そうとした瞬間、わき腹に妙な感覚が走った。
 何かに突っつかれているような。
 体が背後へと吹き飛ぶような感覚の後、俺は元いた場所に戻っていた。

 重く倒れこんだ体の横には誰かがいた。

137: 2010/09/03(金) 21:06:11 ID:k2Cps.NU0

从 ゚∀从「おーい、生きてるかー?」

 妙な姉さんが俺の腹を、なんと大鎌で突っついている。
 
( A )「……ぉ……ぁ」

 俺の腹を鎌で突くな、と言いたかったが声が出ない。

从 ゚∀从「お! 生きてるのか! じゃあ問題ない!」

 妙な姉さんが右手に黒い光を宿した。
 そうか、これは氏神だ。
 今も、どうやるんだっけ、等と妙な詠唱を繰り返している。

从 ゚∀从『ダークヒール!』

 体が軽くなっていく。
 俺はどうやら殺されたらしい。

从 ゚∀从「成功成功。いやー、失敗したらどうしようかと思ったぜ」

 人間、氏の際には冷静な物だ。

从 ゚∀从「おいこら起きろ、か弱い乙女にお前みたいな奴運べってのか?
      声出んだから動けるんだろ? ほれほれ」

138: 2010/09/03(金) 21:06:52 ID:k2Cps.NU0

 俺の真横で大声を出しながら鎌で突っついてくる。
 氏神にか弱いも何もあるか。
 いよいよ頭にきた俺は言ってやった。

(#'A`)「やかましい! 苦行の末に氏んだ人間はそろそろ労れ!」

从#゚∀从「何だとこの野郎! つかまだ氏んでねーだろ!」

 妙な氏神の細腕から放たれたストレートは俺の頬を的確にとらえた。

从#゚∀从「目ぇ覚ませタコ! 俺が氏神にでも見えるってのか!?」

 仰向けに倒れながら、俺は思った。

( A )(違うのか……?)

 だが、それなら何故俺は意識を失いかけている。
 この森では妙な事ばかり起きる。



外伝 空白の旅人  第十三話「逆位置の『節制』」  完

139: 2010/09/03(金) 21:08:11 ID:k2Cps.NU0



 一つの転機


 迫る悪魔




ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第十四話「逆位置の『悪魔』」



 かつて無い氏後世界体験を終えた俺が戻って来た場所。
 何と元いた場所とは微妙に違っていた。
 いや、かなり違っていた。
 
 一本の道を無数の桜の木が挟む。
 流れる樹木を視界に収めながら歩を進める。
 枯れた桜並木が無機質にパンデモニウムを彩っている。

 俺が見たのは、何だったのだろう。
 遥か太古の記憶だろうか。
 恐らくここは魔境だ。
 だから、理解を越えた事が起こっても人間はそれを受け入れる必要がある。

140: 2010/09/03(金) 21:08:56 ID:k2Cps.NU0

 世界は人間の支配下に、きっと置かれていない。
 ゆえにそれを理解するには神にでも会わなければならないだろう。
 悠久の時間を行く中で運命なんて些細な物なのかもしれない。

 たとえ俺が、見知らぬ姉さんの荷物持ちをやる事が運命であったとしても、
 そんな事は些細な話なのだ。
 些細な話だ。
 少しだけ、腹が立つだけだ。

141: 2010/09/03(金) 21:09:45 ID:k2Cps.NU0

―現地不明 枯レ桜並木―



(#'A`)「……」

 別段重くは無い。
 俺の荷物も少なくなっていたので負担と言う程にはならない。
 日は高々と登っていた。

从 ゚∀从「いやー良い天気だ!」

 確かに移動には良い天気だろう。
 森の中だと言っても天候は重要だ。

从 ゚∀从「どうしたよ? 怪我は治っただろ?」

(#'A`)「……ええ、まぁ」

从 ゚∀从「やる気を出せよ。若いんだから」

(#'A`)「……そうですね」

 見知らぬ姉さんに言われたくない。

从 ゚∀从「つれない野郎だなぁ……そういやアンタ、名前は?」

142: 2010/09/03(金) 21:10:57 ID:k2Cps.NU0

 知らない人間に荷物持ちさせる胆力は凄まじいが不用心とも思う。
 考えてみれば、俺もこの人の名前を知らない。
 並木を歩きながら微妙に噛み合わない会話を続ける。

('A`)「ドクオです」

从 ゚∀从「変わった名前だな。俺はハインリッヒだ、ハインでいいぜ」

('A`)「……?」

 ハインリッヒ、どこかで聞いた事があるような。

从 ゚∀从「大陸では『闇の魔女』なんて呼ばれてるっぽいぞ」

 そうだ、確か黒の国の守護者がそんな名前だった。
 俺みたいな人間が国の重要人物に関わるとは意外な話だ。

(#'A`)「……っていくらなんでも無理があるだろ!」

从 ゚∀从「そりゃ俺もそう思うがよ、いるんだから仕方ない」

('A`)「だからって……そうだ、決戦はどうなったんです?」

从 ゚∀从「……アンタ兵士なの?」

('A`)「いえ、旅人でした。徴兵くらいましたけど」

从 ゚∀从「ハハハ! 運の悪い話だな、まぁ生きてるんだから運はいいか」

143: 2010/09/03(金) 21:11:52 ID:k2Cps.NU0

 快活に笑う姿は、とてもではないが守護者に見えなかった。
 だが黒い法衣を揺らして歩く姿には寸分の隙も見当たらない。

从 ゚∀从「決戦なぁ……アンタも見ただろ? でっかい水晶みたいなの」

('A`)「あれって俺の夢じゃないんですか?」

从 ゚∀从「俺も見ちゃったし、他の人間からも目撃証言が」

('A`)「で、あれが本当に落ちてきたんですか?」

从 ゚∀从「どうなんだろうな? 話せば長くなるんだが……」

 それから守護者ハインは途方も無い話を繰り広げた。
 まず、知り合いだった情報屋が魔王と神の武器を取りこんで、
 更に他の守護者達の魔法を組み合わせて莫大な魔力を生み出したとか。
 あげくに生み出された魔力で『世界』を精製したとか。

 今時そんな話が無理なく受け入れられて堪るか。
 初等部学生でも信じないだろう。
 だいたい意味が分からないし筋が通っていない。
 情報屋って誰だ、存在するのか、そんな職業。

从 ゚∀从「俺だって信じてねぇよ」

 俺の表情から心を読んだのか、そんな言葉が続いた。
 荒唐無稽な決戦の話は打ち切られる事になる。
 守護者ハイン自身もまた、強烈な光を受けた後、俺と同じく森で目を覚ましたらしい。

144: 2010/09/03(金) 21:12:36 ID:k2Cps.NU0

从 ゚∀从「お、着いたみたいだぜ」

 俺との状況の差異は、目の前に現れた。
 森の一角に開けた場所が見える。
 なだらかな丘の様なそこには幾つものテントが立ち並んでいる。
 昼間だが、小さく焚火も見えた。

从 ゚∀从「俺にもここが何処かは分からないんだけどよ、
      順当に考えれば『パンデモニウムの森』だよな」

 恐らく間違いはないだろう。
 この森では妙な事が起きすぎる。
 他の場所ではお目にかかれないような出来事が。
 例えば俺が再び、密接な関係を持つ集団生活を送ったりするような。

145: 2010/09/03(金) 21:13:35 ID:k2Cps.NU0

―パンデモニウムの森? 難民キャンプ―


 決戦の中で光に包まれ、森で目を覚ました人間は意外にも多かったのだ。
 守護者ハインを筆頭に共同体を形成して事態に対応したのは、
 軍の中で、黄の中隊長を務めていた人物だった。

(‘_L’)「え? また遭難者が見つかったのですか? 痛たた……」

(;´・_ゝ・`)「フィレンクト殿、まだ御無理は」

 中央にあるテントでは隻腕の男が椅子に座っていた。
 他にも軽鎧を装備した兵士風の男たちが数名。

从 ゚∀从「しっかしアンタも無理するよな」

(‘_L’)「皆さん厳しい状況で頑張っているのです。
     私だけ倒れている訳にはいきませんでしょう」

 フィレンクトと呼ばれた男はゆっくりと立ち上がると俺の方に向かってきた。

(‘_L’)「フィレンクトと申します」

(;'A`)「え、えー、ドクオです」

 騎士風の偉丈夫に下から来られても困る。
 たいてい騎士と言うのは傲慢で威張っていると相場が決まっているのだ。

146: 2010/09/03(金) 21:14:17 ID:k2Cps.NU0

从 ゚∀从「こいつも軍にいたらしいぜ」

(‘_L’)「やはり……魔王とぶつかった地点に近い位置にいた人が多いみたいですね」

 今のところ、このフィレンクトと呼ばれる人物がキャンプの中心人物だった。
 元は黄の国で自警団の団長を務めていたらしい。
 さすがに民衆をまとめるのは得意なのだろう。
 どう考えても守護者ハインには無理そうだとも言える。

 もっとも、このキャンプの当面の目的は食料の確保であった。
 捜索を続けねばならない現状では人手は何人いても困らないのだろう。
 ざっと見たところ総員は五十名程。
 手分けして探せば何かを見つける事が出来るかもしれない。

 夕暮れが近づいていたため、今日は探索は打ち切って休憩に入った。
 決戦のおりに動員された少年兵達は探索ではなく雑務に徹している。
 少年兵、と言ってもキャンプ内には数名の少年少女がいるだけであったが。
 戦争となると見境なく徴兵するのはいかがな物なのか。

 次の日の朝、いつも通り最悪の目覚めを終えて探索に駆り出された。
 キャンプから遭難しては本末転倒なので、目印をつけながら森を探索する。
 数時間後、異常な状況で異常なく探索を終了して何の収穫も無いまま戻って来た。
 別の所を探索していた兵士が結構な量の果物を発見したので食料は手に入った。

 以後も同じような生活が続き、発見救出された難民も百を超えた。
 総勢百五十名を越える一団には役割分担も生まれて本格的な共同体となっている。
 以前は何でもやっていた俺だが、今は魔法の腕を過大評価されて防衛班に回されていた。
 もっとも、探索より楽ではあるのだが。

147: 2010/09/03(金) 21:15:06 ID:k2Cps.NU0


⌒*リ´・-・リ「はい、終りです」

('A`)「……ああ、悪いな」

 この奇妙な生活が始まって二十日が過ぎていた。
 先日、魔物の襲撃があり、俺はちょっとした負傷によりテントでの療養を言い渡されている。
 薬も少ない現状で怪我の悪化はどうあっても回避する必要があったのだ。
 ちょっとした物でも完治までは表に出してもらえない。

('A`)「これで表行っていいのか?」

⌒*リ´・-・リ「はい。あ、そうだ。ハインリッヒ様がテントに来るようにって」

('A`)「……またあの人に会うのか。仕事だろうな」

 正直な話、俺は守護者ハインが苦手である。
 むやみやたらに明るい人物とはそりが合わない。
 今回も何か変な仕事を押し付けるつもりなのだろう。

⌒*リ´・-・リ「そう言わずに。きっとドクオさんを信頼してるんですよ」

('A`)「……あんたもそろそろ人を疑う事を覚えたほうがいい年齢だと思うぞ」

 俺の怪我の様子を見てくれた少女に軽く挨拶をしてからテントを飛び出した。
 森の中に開いた円。
 その真ん中に太陽の光が降り注ぐ。

148: 2010/09/03(金) 21:15:49 ID:k2Cps.NU0

('A`)「今日は動きやすそうだな……」

 目を細めながら呟いていた。 
 雨だったら移動にも一苦労だ。
 すぐに守護者ハインのテントを訪ねた、遅れたら何をされるか分からない。

从 ゚∀从「お、来たか」

(‘_L’)「……」

 内部には殺風景な机が佇んでおり、その周りにフィレンクトを初めとして多くの隊長格が。
 つまり共同体内でもまとめ役をやっている首脳陣が雁首を揃えていた。

('A`)「……何かあったんですか?」

(‘_L’)「近くに魔物の集団が見つかったのです」

 リーダーのフィレンクトが口を開いた。
 魔物の集団くらいなら三日前も来たと記憶している。

从 ゚∀从「それもバカみたいな物量でな」

 話によると、数は目算二千。
 確かに多すぎる。魔物の集団なんてものは多くて数十匹、明らかに異常だ。
 だがそれより問題な点がある。

('A`)「……それを何故俺に?」

 共同体の下っ端に告げるなら他の人間も集めて告知すべきだろう。

149: 2010/09/03(金) 21:16:38 ID:k2Cps.NU0

从 ゚∀从「わかるだろうよ、お前が傭兵の中で一番腕がたつ、そして冷静だ。
      この話を聞いて慌てないんだからな」

 大陸の傭兵も弱体化したものだ。
 俺をして一番なんて冗談にしても面白くない。

(‘_L’)「貴方は武力、判断力共にこの共同体では上位です。
     ですから今後の事について話した方が良いと判断したのです」

 他の隊長連中も頷いている。
 いや、冗談ではない。

从 ゚∀从「まぁ待てよ。魔物連中はこっちに向かってやがんだ。
      まともな判断が出来る人間は一人でも欲しい」

(;'A`)「そうは言っても……」

从 ゚∀从「敵勢は魔物二千。こっちは戦闘可能人数約八十。どうする?」

('A`)「……」

(‘_L’)「一応ですが、群れの中には大型の魔物も確認されています。
     それでも完全に組織だった動きは出来ない様子です」

 魔王がいなくなった影響か。それとも場所的な関係か。
 統制の無い集団を叩くのはそう難しい話ではない。
 誘い出して各個撃破を基本として、各集団の頭を潰せば総崩れになる。
 問題は相手が魔物であるという点だ。

150: 2010/09/03(金) 21:17:44 ID:k2Cps.NU0

('A`)「つまり、相手が動物的な思考で動いてくれれば逃げる事は可能でしょう。
    反対に人間のように司令部を作っていたとしたら、数で押し潰されて終りですね
    ああ勿論『逃げる』というは相当数の犠牲を覚悟しての話です」

 どちらなのか分からない。
 戦いになるとしたら、それが怖い。
 斥候を欠かした時が負ける時。
 概ね、そんな事しか言えない。

(‘_L’)「……」

 といった内容の話を俺が終えた時、周囲は静まりかえっていた。

从 ゚∀从「な? 相当根暗じゃないと、ここまで機械的に考えられないぜ?」

(‘_L’)「……私達も結局はそこに行きついてしまいます。
     ですが、貴方本当に単なる旅人ですか?」
 
('A`)「戦術基礎は学校でやりました。後は魔王決戦で従軍しただけです」

 まさか魔法学校の教えがこんな所で生きるとは。

从 ゚∀从「俺の魔力が激減している以上、他の連中にも頑張ってもらうしかねぇ」

 件の魔王決戦以降、守護者ハインの魔力は『神の武器』使用不可と共に減少していた。
 目の前の守護者は今現在は普通の魔法使いレベルの魔力しか持ち合わせていない。
 二十日では十分な回復が見られなかった、とも言っている。

('A`)「……戻っていいですか?」

152: 2010/09/03(金) 21:19:11 ID:k2Cps.NU0

从 ゚∀从「待てコラ」

 左肩をとんでもない握力で掴まれて強制的に体の向きを修正された。

(‘_L’)「大変申し訳無いのですが、貴方にも魔物達と戦う八十名に入ってもらいたいのです」

从 ゚∀从「当然だよな?」

('A`)「ですよね」

 指揮役を言い渡されなかっただけマシとする他ない。


 それから五日、混乱を収めながら、移動と人員の整理が行われた。
 各国正規軍の兵はそのまま部隊の基盤となり、傭兵は判断力に優れる者が採用された。
 撤退する難民たちの護衛にも兵力を割いたので実質的な戦力は七十名にまで減った。
 片腕を失っているフィレンクトは撤退組の隊長を務める事になる。

 残るは守護者ハイン率いる二つの戦闘部隊だ。
 第二部隊の隊長になったのは無個性な顔をした騎士風の男であった。

(;´・_ゝ・`)「では我々は所定の位置に」

从 ゚∀从「おう、しっかりな」

 騎士と言ってもあまり慣れていないのか緊張した面持ちだった。

('A`)「……」

153: 2010/09/03(金) 21:20:09 ID:k2Cps.NU0

从 ゚∀从「こっちの副将になるか?」

('A`)「……冗談じゃありません」

从 ゚∀从「そいつは残念だ」

 作戦は単純な物であった。
 魔物達を細い道へと誘導して数の利を封じる。
 そして地形を利用した防衛部隊が足を止めている間に群れのボスを真横から打ち抜く。
 最後に、かき集めた火薬を使い爆発音を起こして魔物達を驚かす。

 地の利、頭の排除、生物的特徴。
 敵がまともな陣を持たない以上は、こんな戦い方しかない。
 元々俺達は数が絶望的に少ないのだから。

 守護者ハインの部隊が防衛し、無個性な騎士が奇襲する。
 俺は前者に組み込まれていた。

⌒*リ´・-・リ「ハインリッヒ様!」

从 ゚∀从「あれ、少年兵は逃げろって……」

⌒*リ´・-・リ「はい! 志願して衛生兵として残りました!」

('A`)「……物好きだな」

⌒*リ´・-・リ「ドクオさんが怪我してもすぐ治せますよ!」

从 ゚∀从「お前みたいなのはどのくらい居るんだ?」

154: 2010/09/03(金) 21:21:12 ID:k2Cps.NU0

⌒*リ´・-・リ「他には正規の衛生兵さんが十人程残っています」

 守護者ハインはため息をついた。
 確か、長期戦は考慮していないので衛生兵は撤退組に組み込んだはずだ。

从 ゚∀从「まぁ……今から逃げてもしょうがねーか」

 周囲を見渡してから守護者ハインが大声で言った。

从 ゚∀从「後方に衛生兵が残っている! 負傷したらそこに後退しろ!」

 展開した兵士や傭兵から返事が返って来た。
 そして衛生兵の少女をすぐに後方に戻す。

从 ゚∀从「やーれやれ。上手くいかないもんだ」

 それは、貴女の性格ではそうなるだろう。
 何にしても無謀な戦いには変わりない。
 だが、明らかに分の悪い戦いだと言うのに、兵士達の指揮は高い。
 守護者の名のなせる効果といった所か。

从 ゚∀从「……もうすぐ来るな」

155: 2010/09/03(金) 21:21:52 ID:k2Cps.NU0

 案外遅く魔物達はやってきた。
 予定では昼ごろにぶつかるはずだったが、もう夕刻だ。
 視界が悪くなる夜は人間には不利だ。
 もしかしたら狙ってずらしてきたのかもしれない。

 全員予定の配置に付き、魔法や武器を構えている。
 さて、どう来る。
 不思議な安心感と共に魔法を起動する。
 隣では守護者ハインが巨大な魔法鎌を生み出していた。

 不気味に並ぶ木々と付きだした岩が狭い道を形作っている。
 葉の隙間から赤い木漏れ日が血のように降り注ぐ中、
 道の奥に魔物達の影が揺らめいた。


外伝 空白の旅人  第十四話「逆位置の『悪魔』」  完

156: 2010/09/03(金) 21:23:00 ID:k2Cps.NU0
以上で本日の投下を終了します。
お疲れさまです。

先日はお騒がせして申し訳ありませんでした。

159: 2010/09/04(土) 20:36:41 ID:xhVG7QjM0





 魔境の聖戦  


 もう一つの塔



ブーンの世界には魔法があるようです― ('A`)ドクオ編― 

外伝 空白の旅人  第十五話「逆位置の『塔』」



 ここはどこだ。
 
 音が聞こえる。

 ここは何だ。

 声が、聞こえる

160: 2010/09/04(土) 20:37:23 ID:xhVG7QjM0

―パンデモニウムの森? 細い獣道―

 立ち並んだ木々の間に。
 突きだした岩の間に。
 魔法剣の刃が輝く。
 魔力の光が森の中を彩っていく。

 赤い木漏れ日の中を駆け抜けて来る、不気味な魔物達。
 動物型も昆虫型の魔物も混ざった一勢は突撃とも言える速度で迫る。
 敵に対して凹の形に布陣した俺達に対して、魔物は矢の形で飛んできた。
 最前線で衝突が生まれてすぐに目の前まで食いこまれた。

从 ゚∀从「後衛! 撃て!」

 守護者ハインの怒号が飛ぶ。

( ´_ゝ`)「分かりました!」

(´<_ ` )「行くぞアニジャ!」

 兵士達の頭の上を紫色の閃光が駆け抜けていき、魔物達の中へと着弾した。
 弾け飛ぶ敵勢を見ても一目瞭然。
 ここまで遠距離に攻撃できるのは紫の魔法大弓、『アーチ』以外には考えられない。
 当然ながら高位魔法を抜きにしての話だ。

 奇襲部隊二十名の一撃まで、残る五十名は氏力を尽くす。
 牙を突き立てようと大口を開いた狼型の魔物を真横に切り裂く。
 俺が魔物とぶつかったという事は自陣と敵陣が噛み合った証明。
 後は、どこまで凌げるかだ。

161: 2010/09/04(土) 20:38:16 ID:xhVG7QjM0

('A`)「……ッ!」

 精製した二つの魔法剣が赤い陽光の中を走っていた。
 小さく息を吐き出しながら二匹の魔物を連続して両断する。
 踏み込んだ足を狙って巨大なハエの様な魔物が群れを成して迫った。
 軽く跳躍する事でハエの頭上に位置取り、魔法剣を振り下ろす。
 
 頭から不気味な液体を吹き出す一匹目のハエ型魔物をそのままに、
 左の魔法剣が弧を描く。
 残る四匹を一息に斬り伏せて真横に飛びのく。
 熊を機械化したような魔物の一撃が俺の元いた地点を砕いた。

 深紅に深まった夕陽の帯を抜けて大型の魔物へと向かう。
 振り抜いた右手の剣は爪に迎撃されて真っ二つに折れた。
 そのまま体を返して左の剣を魔物の首に食い込ませる。
 同時に『スタンブレイド』の魔法を発動して電流を流しこんだ。

 のけぞった熊型の魔物の隙を突き、守護者ハインの大釜が傷ついた首を刎ねた。
 
('A`)「辺りの魔物が逃げて行きますね」

从 ゚∀从「やっぱ、でっかいのがリーダーだな」

 他の場所では変わらぬ戦闘が続く。
 向こうの数は二千を超える、補充された、と言うのも変な話だが次なる魔物が俺達に迫った。

162: 2010/09/04(土) 20:39:01 ID:xhVG7QjM0

 時は過ぎる。
 空から漏れ出していた赤い光は消え、青い光が満ちた。
 満月は輝き、魔物達は咆哮する。
 人間達の数は徐々に減っていた。

(メ'A`)「……」

 小さな傷を全身に受けてはいるが、行動は可能だ。
 だが体力は心もとない。

从 ゚∀从「そろそろ限界だな、奇襲部隊からも連絡ねぇし」

 ここに来て、俺達の作戦は綻びを見せていた。
 奇襲で浮足立った敵勢を爆発音で退散させる予定だったが、
 彼女の言うとおり連携が取れていない。
 もしかしなくても、別働隊の全滅を考慮に入れなくてはならないのだ。

从 ゚∀从「黄の魔法兵、魔力を全部使ってもいいから壁作れ」

 守護者ハインの言うとおりに岩が地面から突きだし、魔物達の行く手を遮る。
 疲弊した魔法使い達を見れば分かるが、持って五分程の壁だ。
 
从 ゚∀从「一旦は衛生兵達の所へ戻る! 戦える者は後方に付け!」

 いつの間にか前線にいた俺達はしんがりを務めての撤退と相成った。
 後退した先では約十名の衛生兵が怪我をした兵士、傭兵を介抱している。

从 ゚∀从「戦えるのは……三十人くらいか」

163: 2010/09/04(土) 20:39:43 ID:xhVG7QjM0

⌒*リ´・-・リ「大丈夫なんですか?」

(メ'A`)「……状況は良くないな。別働隊がどうなったか」

 相当数の魔物を氏に至らしめても数が数だ。
 敵勢はいまだ千の数を有している。

从 ゚∀从「やれやれ、残るは最終囮作戦か」

(メ'A`)「囮はほぼ壊滅しますね」

从 ゚∀从「ま、仕方ねぇだろ」

 気楽に言ってくれる。
 他の連中はどう思っているのかと辺りを見てみると、
 無表情で頷いている。
 戦場という名の狂気が伝染しているかのようだ。

 俺達が用意している火薬を使えば、撤退組へ追いつく道を簡単にだが塞ぐ事が出来る。
 勿論すぐに突破されてしまうだろうが今まで減らした敵勢を考えれば迎撃する事は可能だろう。
 その爆破行う間、囮が必要だ。
 爆破を担当するのは赤の魔法使いと後衛で良い。

 囮の数は、二十名にまで減った。
 守護者と数名の兵士たちが話す中、衛生兵の少女が俺の魔法器に気がついた。

(メ'A`)「ん? これか、前に知り合いに貰ったんだ」

⌒*リ´・-・リ「変わった石ですね……はい、これで応急手当は終りです」

164: 2010/09/04(土) 20:40:29 ID:xhVG7QjM0

 細かな怪我を消毒して止血する。
 随分と慣れてきた様子だ。
 こんな事、慣れない方が幸せだとは思うが。
 礼を言おうとして、ある事に気がついた。

('A`)「いつも悪いな……そう言えばあんた名前は?」

⌒*リ´・-・リ「……リリです」

 リリ、その単語が一つの記憶につながった。

('A`)「一応、なんだが……父親の名前は?」

⌒*リ´・-・リ「え? 父は、マタンキという名前です……今は失踪していますけど」

 そうか、と俺は言葉を返した。
 まったく変な出来事ばかり起きる森だ。
 しみじみと思っているなか、周囲が急に騒がしくなった。

 予想よりも早く壁を破った魔物達がなだれをうって攻めよせてきていた。
 俺は立ち上がり、左手に魔法剣を起動した。

('A`)「……変な縁だな、リリ」

⌒*リ´・-・リ「……魔物が来たみたいですよ!」

 慌てるリリに、腰のバックから取り出した小さな袋を手渡した。

('A`)「確かに渡したぞ」

165: 2010/09/04(土) 20:41:42 ID:xhVG7QjM0

 木々に遮られた、空に浮かぶ月に向かって呟いた。

⌒*リ´・-・リ「……? これは……」

 リリは袋から小さな指輪を取りだした。
 そう高そうな物ではないが、しっかりとした造りだ。

('A`)「マタンキって人から娘に渡せって言われてな。
    約束、とか言ってたぞ」

 はっとしたようにリリが俺に視線を移した。
 前の方では魔物達の攻撃が始まったらしい。

⌒*リ´・-・リ「父は!? 父は、どうしているんですか!?」

('A`)「さぁな、遠くへ行ったみたいだが」

 混乱する状況の中で、リリは自分の疑問をしまい込んだ。
 聡明な娘だ。誰にでもできる事ではない。

⌒*リ´・-・リ「後で……教えてくれますか?」

('A`)「……俺が生きてて、機会があればな」

 近くにいた『アーチ』の二人組を呼びつける。

('A`)「おい! あんたら後衛部隊だったよな? 衛生兵と一緒に下がれ!」

166: 2010/09/04(土) 20:42:37 ID:xhVG7QjM0

( ´_ゝ`)「ああ、そのつもりだ。それにしても災難な話だ」

(´<_ ` )「その子も連れていけばいいんだな?」

('A`)「ああ、後はハインさんが言ってた通りだ」

 この二人組、よく似ている。
 兄弟か何かだろうか。

(´<_ ` )「君も聞いていたな? 急いで下がるぞ」

⌒*リ´・-・リ「はい……ドクオさん!」

 俺の背中にリリの高い声が届く。

167: 2010/09/04(土) 20:44:43 ID:xhVG7QjM0

⌒*リ´・-・リ「父は、十年前の約束を覚えていました。
        あなたのおかげで、それを知る事が出来ました。ありがとうございます」

('A`)「……」

 背を向けたままリリの言葉を聞く。

⌒*リ´・-・リ「……森から出れたら、首都で待ってます。きっと、また」

 右手を上げる事で返事をして、俺は前へと駆けだす。
 
 約束を果たしたというのに、一つ約束をしてしまった。
 今度はどうなるだろうか。
 浮かび上がる魔物達の影を見ながら思う。
 少しばかり、難しいか。

168: 2010/09/04(土) 20:45:23 ID:xhVG7QjM0

―パンデモニウムの森? 難民キャンプ付近―


 俺達は、魔物の軍勢を大きく反らすべく戦いながら真横に移動していった。
 戦闘の最中に思ったことは、魔法とは大きな力だということだ。
 当たり前のように身近に存在しているが、あまりにも異質。
 百倍以上の戦力差を埋める輝きは、確かに魔の力だった。

 月明りが木々の隙間から幾重にも筋を落とす。
 濃紺の世界を走り、魔法の光が閃く。
 暗闇が広がって方向感覚を狂わせる。
 無我夢中で戦う中、向かって左手遠方から爆音と火の手が上がった。

 木々の倒れる音、揺らめく炎、明るくなる視界、伸びる影。
 戦場の要素が頭の中を飛び交う。
 この後は、どうするべきだっただろうか。
 既に動いていた体に思考が追いつく。

 敵陣をいなして、とりあえず戦場から脱出を図るのだ。
 絶え間なく続く魔物達の波状攻撃から何とか逃げ出すと、
 合流地点で数名の兵士が待っていた。

从 ゚∀从「よぉ、生きてるみてぇだな」

 不敵に笑う守護者に対して、他の兵士達は疲れきった様子で佇む。
 全員が全員傷だらけになっている。
 無言の中に時間は過ぎ去り、後からやってきた三名と共に戦場を抜けようとした。
 ところが、抜けるべき背後からも魔物の軍勢が確認されたのだ。

169: 2010/09/04(土) 20:46:06 ID:xhVG7QjM0

 迂回されたのか、待ち伏せされたのか。
 どちらにせよ俺達は完全に包囲された形になった。
 道を挟む森に逃げこめば、それこそ魔物の狩場に足を踏み入れる様な物だ。
 圧倒的な戦力差の中で包囲までされれば、結果はおのずと分かる。

('A`)「……詰み、ですか」

从 ゚∀从「さぁて、ね」

 前後の道に目を走らせながら守護者ハインが魔法鎌を作り出す。

从 ゚∀从「そういや……この先に広場があったっけな」

 先ほどまで戦闘を続けていた場所を指差した。
 近くにいた兵士が地形について詳しく話す。
 目の前には森の中の吹き抜け、のような空間があるのだ。

从 ゚∀从「広い場所なら魔物もばらけるだろ?」

 鎌を担ぎなおす。
 最悪に近い状況の中、楽しんでいる。
 戦術の基本は『自軍戦力の集中、敵軍弱点への打撃』。
 やると言うのか。

 道よりも広場で包囲を選び、その中に弱点を見出す。
 兵士達にもやろうとしている事が分かったらしい。

('A`)「……じゃあ急がないといけませんね」

170: 2010/09/04(土) 20:46:53 ID:xhVG7QjM0

从 ゚∀从「そーだな」

 まるで人事のように言う。
 それが、現実感を遠のかせる。
 それでいて、今、俺は生きている。
 無と有の狭間を感じていた。

 俺達はこれより敵陣弱点を突破して、そのまま反対方向へと撤退する。


 青い月の帯を走りぬけて敵陣の真ん中へと踊りでた。
 小方陣を組んで手薄な場所を探す。
 俺の目の前に、それはあった。

('A`)「二時の方向! 行けるぞ!」

 他から声は出ない。
 進むべき方向は決した。
 後は誰が生き残って誰が氏ぬか。
 それら全て運任せだ。

 二本の剣を縦横に振り、襲い来る牙や爪を迎撃する。
 何があっても足は止めない。
 一人、叫び声が聞こえた。
 そして、また一人。

 悪夢を駆け、足を止めた時に残っていたのは合計四人。
 俺と守護者ハイン、青と緑の魔法使いだった。
 見事なまでの壊滅だ。

171: 2010/09/04(土) 20:47:47 ID:xhVG7QjM0
 
 背後に気配を感じて魔法剣で切り裂く。
 猫型の魔物が二つになって地面に落ちた。
 既に場所を特定されている。
 当たり前だ、俺たち全員が血まみれなのだから。
 
 次々と飛び掛ってきた猫の魔物は、次の瞬間に細長い物で貫かれた。
 見れば紫の魔法で精製された槍だ。

(;´・_ゝ・`)「ハインリッヒ様! ご無事ですか!?」

 現れたのはとうに全滅していると思っていた奇襲部隊の隊長。
 この男、瞬時に魔法槍を連続精製できるほどの魔法使いだったのか。

从 ゚∀从「生きてたか! デミタス!」

 応答するデミタスの左右から五匹の狼型魔物が飛び出す。
 別段確認するでもなく、手にしていた魔法槍を一振り。
 切り裂きながら更に五匹に電気を流して灰燼に帰せしめた。
 見た目に寄らず、とんでもない魔法使いだ。

 デミタスの後からは赤と黄の魔法使いが一名ずつ付いてきていた。
 これで全六色の魔法使いが揃った事になる。
 だからと言って状況は変わらないのだが。

 既に退路は断たれている、というより無い。
 魔物たちがひしめく森を突破する事はさすがに出来ない。
 当初よりも明らかに敵数は増えているのだから。
 撤退組が心配ではあるが、俺達も自分の心配が必要である。

172: 2010/09/04(土) 20:48:43 ID:xhVG7QjM0

 統制の無い魔物でも、無限とも思える数で押されれば寡兵の俺達に成す術はない。
 残る選択肢は逃げる事だけだった。
 短い会議の結果、このまま道に沿って魔物から離れる事になった。
 走りながら奇襲部隊の状況がデミタスから話される。

 俺達が防衛に専念する間、奇襲自体は予定通りに行われたというのだ。
 最も巨大な魔物の固体を撃破はしたのだが、敵が浮き足立つことは無かった。
 それどころか統制の取れた動きで包囲殲滅されてしまったらしい。
 その後、デミタスは数名で脱出に成功して数を減らしながら俺達と合流した。

 魔物は単体での知能自体はその辺りの動物と変わらない。
 軍団として統制を取持っていたのは魔王に強い影響を受けた魔物達のはず。
 つまり、どこかに全体を指揮する強力な魔物が潜んでいるのだ。
 戦場は広大だ。一体とは限らない。

从 ゚∀从「……!」

 開けた場所に出た俺たちの周囲に、尋常ならざる気配が漂う。
 デミタスが躊躇う事無く槍を投げつけた。
 姿を現した気配は、奇妙な形を取って眼前に躍り出た。
 幾多の獣を混ぜたような外見、そこに機械の装甲を持っている。

从 ゚∀从「合成獣『キメラ』……!」

 ほとんど伝承の中にしかいないような生物だったと記憶している。

('A`)「厄介なんですか、これ……ん?」

173: 2010/09/04(土) 20:49:32 ID:xhVG7QjM0

 キメラは威嚇しながら走ってきた背後へと視線を移す。
 二体ほど、見たこともない生物が二本足で走ってくる。
 前にいる奴とは違うが、別種のキメラであろう。

从 ゚∀从「厄介だぜ、高位魔法で何とか倒せるレベルかな……」

 更に左右から二対ずつ、四足で歩くおぞましいキメラが這い出てきた。
 ライオンの体に翼のような物が生えた姿は、
 『マンティコア』という伝承の化け物を連想させる。
 合計七体のキメラが、森から俺達を包囲していた。

从 ゚∀从「一人一体、丁度いい計算だ!」

(;´・_ゝ・`)「そんな簡単に……ですが、それしかないですか」

 指示が飛ぶ。
 個体数が多ければ力は弱くなるはずだ。
 という、根拠の無い考えから、魔力の低い者はマンティコアを相手に。
 高い者は他のキメラを相手にする。

 いよいよ『パンデモニウムの森』の脅威が顕在化した。
 伝承の化け物たちが咆哮し、木々と地面が、空間が鳴動する。
 放射状に飛び出した魔法使いたちを異形の眼光が射抜く。
 だが、恐怖は麻痺するものだ。

 二本の剣を振り抜き、手ごたえがないことが伝わった。
 空を切った俺の魔法剣の更に上。
 マンティコアは飛翔する。
 ならば叩き落としてやる。

174: 2010/09/04(土) 20:50:27 ID:xhVG7QjM0

 左手の剣を投擲しつつ、同時に魔法楯を精製する。
 地面に楯を突き刺して簡易の足場を作った。
 すぐに飛び乗り、一気に跳躍する。
 その反動で、ほとんど魔力を込めなかった楯が砕け散った。

 先ほど投擲した魔法剣を避けたマンティコアに追撃が通る。
 寸での所で体をひねられたため、剣は禍々しい翼に食い込む。
 全体重をかけて上空から体当たりして地面へと叩きつけた。
 もちろん自分にもダメージは入るが、相手は更なる打撃になる。

 翼を奪った後は地上での戦闘に移る。
 首尾よく引きひきずり下ろせたのは運が良かった。
 いつまでも空にいられたら、狙い撃ちにあう。

 一瞬気を緩めた俺の下で、マンティコアの体が妙な光を発していた。
 淡く輝く紫色の光。
 この反応、確かどこかで。
 俺の逡巡の隙に、咆哮と共に雷光が走る。

 視界が天を向く。
 思考が遅れて吹き飛ばされた事を伝えて、他の魔法使い達の姿をとらえた。

 守護者ハイン、デミタスはキメラ相手に善戦している。
 黄の魔法使いもまた地形を駆使してキメラの攻撃をいなす。

 一方で残る者達はマンティコアの相手だ。
 赤の魔法使いは炎を散らして素早い打撃格闘、
 青の魔法兵は青い魔力を的確に放ち確実な攻撃を。
 緑の魔法剣士は風を纏い立体的な斬撃。

175: 2010/09/04(土) 20:51:13 ID:xhVG7QjM0

 俺を除く全員が、まだ気がついていない。
 先ほどの衝撃と効果は間違いなく俺達の知る力。
 少なくともマンティコアは、魔法を使える。

(;'A`)「……っ!」

 声が出ない。
 肺に空気が入っていないのだ。
 仰向けに倒れる俺の上に影が襲い来る。
 反射的に剣を突き出した。

 力のこもっていない刃は跳ね返され、手を離れた。
 丸腰でマンティコアに圧し掛かられる形になってしまう。
 爪の攻撃をまともに受けたら終わりだ。
 氏の予感を感じながら、無我夢中で詠唱を刻む。

 間に合うか。
 はたして、起動した魔法の中に、マンティコアの爪は防がれた。
 その為、俺の新しい剣は少し穴が開いてしまったが問題は無い。
 これは残る魔力を全て振り絞って生み出した大型の魔法だ。

 ツバイハンダーの名を冠する大型両手魔法剣。
 零距離でなら楯代わりにもなる。
 精製された大剣の柄でマンティコアを打撃して、
 更に倒れこんだまま振り下ろす。

176: 2010/09/04(土) 20:52:15 ID:xhVG7QjM0

 真横に飛びのいたマンティコアに、再び、大剣を振り下ろしつつ立ち上がる。
 魔法とはいえ身の丈ほどの大きさとなれば両手で扱う必要があった。
 多少練習しておいて助かった。
 手数で戦うには、相手が悪い。

 一撃で頭部を粉砕すれば化け物だろうが何だろうが氏んでくれるだろう。
 息を吸い込みながら剣を真横に構える。
 体を前傾姿勢にして飛び込みと、迎撃のどちらにも対応した。
 さあ来い、是が非でも葬り去ってやる。

 闇に沈んだ樹海の中に、月明りが届く。
 今までもずっと頭上にあったはずの月が妙に意識に入り込んでくる。
 戦闘の音、背後で戦う魔法使い達、周囲の地形。
 過敏になっていた意識が一度だけ無意識に沈み込んだ。

 気がついた時、俺は周囲の空間を遠くから見ているような感覚を持った。
 マンティコアが次の瞬間飛び込んで来ることも分かる。
 相手の体の動きと、周囲の大気の揺らめきが頭の中で計算された。
 俺は、ここで踏み込めば良い。

 決着は一瞬。
 紫の閃光を放つ魔法大剣が伝承の化け物を両断した。
 真横に二つになったマンティコアが勢いあまって背後に転がって行く。
 振り返って誰かの加勢に入ろうとした。

 どうやら、感覚が鋭敏になっていたのは刹那の現象だ。
 周囲の状況を全て理解できていた一種の覚醒状態は、
 まるで解けるように、俺の魔法剣へと消えていったように感じた。

177: 2010/09/04(土) 20:53:08 ID:xhVG7QjM0

 戦況は動く。
 噛み殺された青の魔法兵の首が、鮮血を撒き散らして俺の真横を通り過ぎた。
 六対六。
 以前状況は変わらない。

(;'A`)「くそっ……!」

 抜けた穴を埋めるために俺が走る中、
 赤の魔法使いもまたマンティコアの前に命を散らした。

 どこからも援護を受けられる状態ではない。
 二体を相手に戦うことになりそうだ。

 目の前で、マンティコアが赤い光と共に魔法を起動する。
 咄嗟に大剣の腹で受け止めたが、俺は勢いよく吹き飛ばされた。
 
(;'A`)(今度は赤の魔法か……!)

 防ぎはしたが軽く火傷を負ってしまった。
 転がりながら体勢を立て直す。
 二体のマンティコアが地面を揺らして突進してくる。
 
 立ち上がった時、俺は先ほど弾き落とされていた魔法剣を拾い上げた。
 もう乖離寸前だ。すぐに魔力に戻って大気に還元されてしまうだろう。
 右手に大剣、左手に長剣。

178: 2010/09/04(土) 20:53:49 ID:xhVG7QjM0
 
 まずは手前のマンティコアに長剣を投げつけた。
 その影に隠れて疾走しながら大剣を振りかぶる。
 そして、大剣を全力で振り下ろす。
 見事長剣の柄に当たり、マンティコアに杭となって突き進む。

 再び赤の魔法を使おうと口を広げていたところに、『杭』は飛び込んだ。
 喉の奥へと刃が突き刺さる。
 化け物の絶叫を通り過ぎて後方のマンティコアへと走る。

 勢いよく踏み込み、袈裟懸けに振り下ろした大剣を爪で受け止められた。
 俺は体を後方にステップさせながら再び斬撃を加える。
 引き撃ちでは力が半減するが、武器の重さを足したならどうだ。 

 さすがに相手は伝承の化け物。
 力の入っていない攻撃では意味を成さないらしい。
 すぐに構えなおして慎重に間合いを計る俺であったが、
 足元の注意が疎かになっていた。

 右足に妙な感覚の後、激痛が襲う。
 眼球だけ動かして見てみればマンティコアの爪痕が見えた。
 背後の気配は目の前の化け物と同じだ。
 剣を口に突き刺した程度では、氏んでくれないらしい。

 口からどす黒い血を吐き出しながらも、ソイツは俺を切り裂かんと殺気を放つ。
 無論、前方からも同じ気配を感じる。
 永遠とも思えるような一瞬が過ぎて、それぞれが動き出す。

179: 2010/09/04(土) 20:54:34 ID:xhVG7QjM0
 
 背後のマンティコアが爪を振り上げる。
 俺が身を屈ませて突撃姿勢をとる。
 前方のマンティコアが赤い魔力を帯びる。

 大剣を振り上げながら目の前に飛び込んだ。
 これから体力の続く限り連続して攻撃を行うつもりだが、
 俺が止まった時、相手が生きていれば即座に殺されるだろう。
 もはや、守りに使う体力は無かった。

 マンティコアにより赤の魔法が起動し、炎の玉が正面から飛んできた。
 俺は進行方向を僅かに修正して更に前へ。
 左腕を燃やされながらも炎を回避して、全力の踏み込みへと繋ぐ。
 
 剣の一閃が月明りの帯を駆けて地面へと到達した。
 土が砕かれて粉塵が巻き上がる。
 初撃はあえなく避けられてしまった。
 
 目の前ばかりに気を使ってはいられない。
 振り返ると、既に爪が目の前に迫っていた。
 加えて背後のマンティコアは緑の魔法を発動しつつある。
 マンティコアは、それぞれ一属性だけ魔法を使えるのかもしれない。

 左足を大きく前に出して腰の回転を利用して大剣を振りぬく。
 マンティコアの横面を叩きつけて吹き飛ばした。
 すぐに視線を戻し、粉塵を突き抜けてきたもう一体に剣を突き出す。

180: 2010/09/04(土) 20:55:21 ID:xhVG7QjM0
 
 爪で受け止める、剣を支点に踏み込んで柄で打撃する。
 氏角から飛び込んでくる二体目を牽制して、続けて剣を振り続ける。
 目の前で大剣と爪と牙、そして魔法が乱舞していた。
 巡り、回る景色の中で一瞬の、だが長い攻防。

 攻防が止んだ。
 俺の攻撃が、続かない。
 二体のマンティコアを残したままに、大剣は地面に突き刺さり動かない。
 隙が生まれていた。

 氏を覚悟する時間も無い。
 首の落ちる音が、聞こえた。
 そして、二つの首が地面に落ちている。


从 ゚∀从「……大活躍だな、おい」

 守護者ハインが鎌を担ぎなおしている。

(´・_ゝ・`)「残るは二体か!」

 デミタスは右手に魔法大剣、左手に魔法戦斧を持っていた。
 どちらで首を刈ったのかは分からない。
 
 キメラを撃破した二人が応援に来てくれた。
 幸運と言っていいだろう、戦っている場所が近かったのだ。

181: 2010/09/04(土) 20:56:06 ID:xhVG7QjM0

('A`)「すみません、助かりまし……」

 俺の言葉を遮って、何かが勢いよく目の前に突き刺さった。
 よく見れば緑の魔法使いが使っていた『刀』という剣である。
 彼が戦っていた場所を確認すると、魔法使いの代わりに血だまりと肉隗が。

从 ゚∀从「……」

 ハインは黄の魔法使いの方を見やる。
 いつの間にか、黄色の魔法使いもいなくなっていた。
 戦っていたキメラだけが血濡れの両腕を揺らして、二本の足でゆっくりと近づいている。

从 ゚∀从「お前らはそっちをやれ。向こうは任せな」

 それだけ言うと、守護者ハインはキメラに駆け出す。
 残るデミタスと俺は必然的にマンティコアに向かう。

(´・_ゝ・`)「私が動きを止める。君の大剣を直撃させれば殺せるだろう」

('A`)「この剣、あと一撃しかもちませんよ?」

 俺が精製した魔法大剣ツバイハンダーは限界であった。
 既に魔力の乖離も進んでおり、放っておいても、あと数分で壊れてしまう。

(´・_ゝ・`)「十分だ。さあ、来るぞ」

182: 2010/09/04(土) 20:56:57 ID:xhVG7QjM0

 デミタスが腰を落として反撃の構えをとる中、俺は一撃を加えるために剣を振りかぶる。
 そして、マンティコアは地面に縫い付けられた。
 何の事は無い。
 デミタスがマンティコアの腕ごと、大剣で地面を貫いたのだ。

 それが途方も無く高速で放たれた一撃であった為、俺が追いつけなかっただけである。
 残る戦斧でもう一方の前足を砕き割り、動きを完全に止めた。

(´・_ゝ・`)「行け!」

 軽く跳躍していた俺が、同じく振りかぶっていた大剣を振り下ろす。
 全体重、弧を描いて発生した遠心力、重力の加護、それらの総和。
 兜割り。そう呼ばれる剣技の一つだ。
 最大の衝突力を、化け物の頭に叩き込む。

 剣の軌跡は、深々と地面まで切り裂いた。
 鮮血が舞う中で大剣は、役目を終えたとばかりに魔力へと戻っていった。

183: 2010/09/04(土) 20:57:45 ID:xhVG7QjM0

―パンデモニウムの森? 未確認峡谷―


 キメラたちを撃破はしたが、残るは三人。
 すぐにその場を離れて逃げ続けた。
 右も左も分からない中で辿り着いたのは、黒い激流が流れる峡谷だった。
 キャンプにいた際の探索では峡谷が見つかったという話は無かったらしい。

 俺達は水が砕ける音に流されるように、狭い道を歩み続けた。
 その間、誰も何も喋ることは無かった。

 夜が明ける。
 何事も無かったかのように日が昇り、傾きはじめる。
 拍子抜けするほど何も起こらずに時が進む。
 ただ、夜の訪れを待つかのように。

 時間を見つけては体を休める。
 いつ何処から襲撃があるか分からない。
 渓谷を抜けて、山岳地帯を歩く。
 届いていた激流の音が聞こえなくなった時、俺達は遺跡にぶつかった。

('A`)「なんだ、ここ……?」

 思わず口に出してしまった。

从 ゚∀从「都市だな。廃、が付くが」

(;´・_ゝ・`)「これが……遺跡、なのか」

184: 2010/09/04(土) 20:58:37 ID:xhVG7QjM0

 小石や瓦礫が散乱する広大な敷地の中に巨大な長方形の建物が乱立する。
 鉄製の細い円柱や、古代の機械とも思われる物体もちらほらと見えた。
 異質なのは何よりも地面であった。
 石のような材質で一面が保護されているのだ。

 かと言って、その下に覗いているのはただの土の地面だった。
 古代人の考えることは分からない。
 何が楽しくて土を守るような事をしたのだろう。

(´・_ゝ・`)「それにしても、紫の国と似てますね」

从 ゚∀从「ん? 言われてみりゃ……おい、お前ら地元だろ?」

('A`)「さぁ……確かに機能的に造られてはいるんでしょうが」

 この空の下に広がる巨大な都市遺跡は、どこまでも複雑に入り組んでいる。
 それでいて、整然と並ぶ建物たち。
 ある種の美意識でもあるかのようだ。
 発展の為、全てを計画的に進める紫の国と、どこか似通っているのかもしれない。

从 ゚∀从「おっと、遺跡見物してる場合じゃねーな。
      何でもいいから篭城できて隠れられる場所探さねぇと」

 魔物がどう動くか分からない。
 来るにしても、来ないにしても用心が必要だ。
 警戒しつつ更に廃都市を歩いて行く。
 やがて、それは姿を現した。

('A`)「……『塔』」

185: 2010/09/04(土) 20:59:18 ID:xhVG7QjM0

 この世界には、塔がある。
 遥かなる星の海まで続くと言われる神の住みかが。
 位置はパンデモニウムの中だとされており、
 大戦の英雄達を除いて辿り着いた者はいない。

 大陸のどこからでも見えるそれは、誰もが形状を知っている。
 確かに同じ形なのだが、目の前の『塔』は世界に名を馳せる存在ではないだろう。
 地上から民家の二階ほどの高さを最後に、綺麗に折れているのだ。

 『塔』といえば謎の代名詞だ。
 ハインもまた、英雄の一人なので話を聞いてみることにした。
 その件に関して、彼らが口を閉ざすことも承知の上で。

从 ゚∀从「……まぁ実は入った事はねぇんだ。
      あの時、神の武器が俺達を塔の前まで運んだってだけさ。
      
 一瞬迷ったあとで、ハインは言う。

从 ゚∀从「……そんで魔王は塔から出てきた訳だ」

 特に問題は無いように思ってしまったが、国や宗教の側面から見れば大事件だ。
 神の住みかから魔王が現れたのでは笑い話にもならない。

(;´・_ゝ・`)「……それは本当なのですか!?」

从 ゚∀从「何? もしかして聖騎士? あんた」

(;´・_ゝ・`)「そうではありませんが……」

186: 2010/09/04(土) 20:59:58 ID:xhVG7QjM0

从 ゚∀从「だったら、この話をお国で広めようとか思うんじゃねーぞ。
      王族だって知ってるわけだからな」

 あっさりと国、宗教における問題を無視しろと言ってのける。

(;´・_ゝ・`)「で、では、紫の国は……国家で民を騙している事に」

从 ゚∀从「どうすりゃ混乱を抑えて国を安定させれられるか。
      生きて帰れたら考えるんだな」

 それだけ言うとハインは目の前の塔を調べるべく中に入っていった。
 俺もついて行こうすると、デミタスから声がかかった。

(;´・_ゝ・`)「君は何とも思わないのか」

('A`)「……俺は無神論者でして。国政のことも詳しくは分かりません」

(;´・_ゝ・`)「……」

 そういった面倒ごとを考えるのが、お前ら貴族階級のせめてもの仕事だ。
 俺の考える事は、旅に出る前と変わっていないらしい。

187: 2010/09/04(土) 21:00:52 ID:xhVG7QjM0

―パンデモニウムの森? 廃都市の塔―


 それから、塔の内部を調べた俺達はここを拠点に決めた。
 入り口に瓦礫や物を積んでバリケードを作り、来るかもしれない魔物に備える。
 内部に立ち並ぶ機械や、黒い画面などには触らなかった。
 階段を登っていくと塔が折れた部分は何かで埋まっている。

 恐らく床があったのだろう。
 差し込む夕焼けが、天井となった床の隙間から赤い線を幾つか作っているだけだった。
 やはり意味不明の機械が山ほど見受けられる。
 古代とは、一体どんな時代だったのだろう。

 暫く時間が経ち、休もうとした俺たちだが、胸騒ぎを抑えることができなかった。
 胸騒ぎは気配に変わって、塔の壁を隔てて伝わってくる。
 俺達は無言で立ち上がると武器を取る。

 魔力の回復していない俺はパンデモニウムで出会った騎士が置いていった剣。
 予備の武器として緑の魔法使いの遺物になってしまった刀を。
 ハイン、デミタスはそれぞれ魔法を起動した。

 血の匂いがある。遅かれ早かれ交戦は避けれなかった。
 入り口のバリケードは突破しようとしても時間がかかるだろう。
 裏口は脱出できるように急こしらえの粘土で隠してある。
 
 夜を戦い抜いて朝日が昇れば、魔物の活動時間が終わる。
 その隙に遠くまで離れるのだ。
 とはいえ、篭城は長くかかることだろう。

188: 2010/09/04(土) 21:01:50 ID:xhVG7QjM0

 外の状況を確認するためにデミタスが折れた塔の頂上へと登った。
 そして、顔面蒼白で戻ってきた。

(;´・_ゝ・`)「……大型魔物達の集団です。数体、キメラもまじっていました」

 どうやら、バリケード突破も時間の問題だろう。
 接近戦にもつれ込むのは間違いないが、今のご時世、実体剣がどこまで通じるか。
 ましてや俺は紫の魔法使いだ。
 重い鉄製の剣などは専門範囲外である。

从 ゚∀从「しゃーねぇ……デミタス、上から射撃しろ。俺達は入り口で持ちこたえる」

(;´・_ゝ・`)「了解しました」

 再び階段を駆け上るデミタスを横目に、俺は手にした重い剣を振ってみた。
 いつも使っている魔法剣より短いというのに大剣なみに扱いづらい。
 極限状態だったとは言え、よくこんな物を片手で振って包囲を突破出来たものだ。
 勿論現在も状況は最悪なのだが。何が違うのだろう。

(;'A`)「これはダメだ……」

 望みをかけてもう一方の剣、『刀』を握って振ってみる。
 幾分軽い。何とか使えるだろう。

 壁一枚の先には魔物達の大群。
 未踏の魔境で、古代の遺跡で、俺達は何をやっているのだろう。
 撤退組は上手く脱出できただろうか。
 他の生き残りがいたら、今頃同じ様な状況なのだろうか。

189: 2010/09/04(土) 21:02:50 ID:xhVG7QjM0

 とめどない考えの連鎖から、俺を引き戻したのは轟音。
 居場所がばれて、攻撃が開始されたのだろう。
 壁を叩かれて振動が襲う。
 時折、魔物の悲鳴が聞こえるのは、デミタスの弓を受けてのことだろう。

 また大きな振動が塔の内部に響く。
 無機質な内部が、無数の機械が、微かに発光したように見えた。
 何事かと視線を移しているとハインの怒号が飛んできた。

从 ゚∀从「来るぞ!」

 バリケードが破壊された。
 散らばった瓦礫が、大きな風穴を証明する。
 先日までとは色を変えた満月が、真紅の光が全てを照らし出す。
 赤い月と魔の森を背に魔物達の攻撃が始まった。

 殺到する多種多様な大型の魔物。
 俺達は入り口に立ち、それら全てを押し返すべく武器を構える。
 衝突。
 降り注ぐ弓矢を頼りにして、力任せに刀を振り下ろした。

 どう戦うか。
 ハインは魔法が使える上、魔力も回復しつつある。
 主軸は彼女に任せて俺は援護に徹するのが上策だろう。
 初太刀から構えを変えて、素早い攻撃を中心として立ち回る。

 何とか魔物達の動きを止めたと思った矢先、軽い音が鳴った。

('A`)「……!」

191: 2010/09/04(土) 21:03:38 ID:xhVG7QjM0

 刀が折れたのだ。
 魔法剣と同じ感覚で使っていたのだから当たり前だ。
 ただの合金と、魔法では強度が違う。
 俺は仕方なしに腰から使いにくい剣を引く抜く。

 魔物達の一段が、隠してあった裏口から進入してきたのはそれと同時だった。
 更に状況を悪くしたのは、空からの奇襲であった。
 デミタスの短い声の後で弓矢の雨が止んだ。
 崩れゆく天井、赤く照らされた瓦礫を避けながら、仲間の位置を探す。

 そして、致命傷のデミタスが敵陣の真ん中に落ちていくのが見えた。
 いつの間にか、巨大な影が、塔の上を滑空している。

从 ゚∀从「デミタス!!」

 ハインの声が届いたかどうかは分からない。
 捕らえた視界の中で腹を貫かれていたデミタスが生きているかも分からない。
 しかし、半身を起こした彼は最後の力を振り絞った。

(メ´ _ゝ `)「うおおおおおおぉッ!!」

 集団の中心から雷の竜巻が発生する。
 体内魔力を全て電流として放つ、紫の魔法使い最期の一撃。
 発動対象は自分であり、自身の魔力で反動を生む、つまり。
 スタンの魔法を応用した自爆であった。

192: 2010/09/04(土) 21:04:53 ID:xhVG7QjM0

(;'A`)「やめろッ!」

 そんな事が今更、何になる。
 既に諦めていた俺から、そんな言葉が発せられた。
 そんなにも、守護者を信じると言うのか。
 彼の最後の言葉を聞いて、俺はそう思った。

(メ´ _ゝ `)「ハインリッヒ様! 後は……民達をッ!!」

 閃光と爆音、続く爆風。
 目の前の魔物達は全体が範囲内にいたため消し飛んだ。
 残るのは背後から迫ってきた一団と、
 ようやく確認できた、デミタスの仇である空を飛ぶ怪鳥。

 森の中に、やはり人間達は消えていく。
 それが魔境の摂理だとでも言うように。

从 ∀从「……ッ」

 そして瞬間はやってくる。
 俺は突如として、間近に憎悪を感じた。
 人間一人に許容される憎しみが限度を迎えたように感じられた。

 ハインの背に黒い翼が展開する。
 黒い魔力を散らして、一気に膨張していく。
 パンデモニウムに氏んでいった多くの仲間たちの氏を集めるように。
 無念の声が、低い魔力の音となって空へと、森へと響く。
 
 翼は、はためく。

193: 2010/09/04(土) 21:05:47 ID:xhVG7QjM0

 光の如く、天空へと跳躍したハイン。
 影のように揺らめき、更に巨大になっていく大鎌が、
 空を往く怪鳥を切り刻む。
 ハインの絶叫と、怪鳥の断末魔が赤い月の下に広がった。

 一方、俺もまた妙な感覚の後、とある感情だけが巨大になるのを感じた。
 首から下がっている水晶の魔法器からだと分かる。
 黒い意思が視界ごと埋め尽くして、負の心が魔力を生んだ。
 
 無くなっていたはずの魔力が無尽蔵に湧き出す。
 無限の憎、無限の力。
 その心の赴くままに体が動く。
 そして、俺は塔に侵入してきた一団へと駆け出した。

 魔法大剣を同時に十数本精製して、弾丸の如く飛ばす。
 呼応するように俺自身が二本の大剣を振りぬく。
 意思を持つように縦横無尽に飛び交う剣の舞。
 魔物たちが動かなくなるまで、時間はかからなかった。

 着地を果たしたハインと共に、刹那の殺戮を終えた俺が立ち尽くしている。
 どのくらいそうしているか分からない俺達を遠くから見ていた。
 そうした感覚が続く。

 首から下げられた魔法器が宿していた淡い光が消えて、やがて現実が戻ってきた。
 はっとして、ハインの方向を見る。
 どうやら彼女も同じ状況らしかった。

从;゚∀从「何だ? 今の。魔力も戻ってるし……」

194: 2010/09/04(土) 21:06:43 ID:xhVG7QjM0

 両手の平を見ながら怪訝な顔をしている。
 やがて、こちらを目線を向けた。
 そんな事は俺の方が知りたい。

(;'A`)「……」

 だが、心当たりが無い訳ではなかった。
 マタンキより受け取った魔法器。
 この紫色の水晶には確か何か、妙な言葉が付いていたはずだ。

 『氏を吸う石』、とか言っていただろうか。
 氏者の心を集めて魔力へと還元するとでも言うのか。
 馬鹿馬鹿しい、そうであれば随分と前から発動してもおかしくない。
 そもそもが俺は剣を体から離して操作する魔法など知らないのだ。

 魔法が精神的な力であるという前提から思いついた事だが、
 やはり真相を掴むのは難しいだろう。
 現地には研究設備なんてものは無いのだから。

195: 2010/09/04(土) 21:07:39 ID:xhVG7QjM0

 胸元の魔法器を引っ張り出し、覗き込む。
 暗い水晶を通して何かが聞こえたような気がした。

 ―     ―

 何だろう。音だろうか。
 どんどん近くにやってくる、否、音が大きくなっていく。

 ―「君」は何故、ここにいる―

 声だった。
 だが、明らかに俺やハインに対しての声ではない。
 俺達以外に向けられた物だということが感覚的に分かる。

 ―理由はなんだ―

 誰の問いなのか。
 思案しようとした時、足元の異変に気が付く。

从;゚∀从「……おい! 魔方陣か、これ!」

 塔の最下層部に。
 つまり俺達が立っている場所には、
 いつの間にか巨大な魔方陣が刻まれていた。

 煌く無数の機械が空間に数式を描き出し、魔力が膨張してる。
 古代の力が魔法を呼び覚ます。
 そして、閃光に包まれた。

196: 2010/09/04(土) 21:08:22 ID:xhVG7QjM0

 一筋の光が壊れた塔から天空に放たれたのだ。
 魔力の雪が、魔境に降り注ぐ。
 僅かばかり前の魔王決戦でも、似たような景色があった。

 だが、俺達は壊れた塔にも、魔境の中にも既にいないのだ。
 光と共に。

 星の海を臨む、空を断つ、神の住処へ。
 この世界に名を馳せる『塔』へ。
 俺達は降り立つ。

 遍く全ての不可解。異分子たる魔物と魔王。そして万象を司る魔法。
 今、彼の地で真実が浮かび上がる。



外伝 空白の旅人  完  第十五話「逆位置の『塔』」  完

197: 2010/09/04(土) 21:10:12 ID:xhVG7QjM0
以上で本日の投下を終了します。
お疲れさまでした。

次からはブーン編とドクオ編が完全に合流して、最終編に入ります。

199: 2010/09/04(土) 21:48:23 ID:Jg9Dr5Lso
乙!

引用: ( ^ω^)ブーンの世界には魔法があるようです