634: 2008/04/10(木) 22:22:35.92 ID:vU3YJUq50

入浴後、岩崎みなみはその髪をタオルで拭きながら、鏡に己の身体を移す。
身体を伝う雫は何処にひっかかる事も無く重力に合わせて床に落ちていった。
「ふぅ……」
女性の身体は26まで成長すると言うが、それでも成長期と言われる時期は終わった。
もう将来に期待しても無駄なのだと思うと、どうしてもため息が漏れてしまう。

部屋に戻って窓を開けると、天気の神様は彦星と織女に気を使ってくれたようだ。
今日は七月七日の金曜日、つまり七夕。
みなみは窓辺に飾られた小さい葉竹を見やる。
「……………………」
ぶら下げた短冊に書かれた文章、こんな物をもし誰かに見られたら……ゆかりさん辺りにはネタにされるだろうと思う。
実際に願いが叶うなんてありえないのも分かっている。
だが何時からか、毎年恒例となった事を止める事はできなかった。

『胸がみゆきさんくらい大きくなりますように』

らき☆すた(1) 【前編】 らき☆すた 【分割版】 (カドカワデジタルコミックス)

638: 2008/04/10(木) 22:30:19.37 ID:vU3YJUq50
「ふぅ…………」
二度目、今度はさっきよりも大きなため息。
貧Oがステータスだと自身を持てるこなたが羨ましい。
高身長で胸だけが無い……こんな自分に一体何の価値がある?
その上、お世辞にも愛想も良いとは思っていない。
女としての魅力が何一つ無い、そう言った想いが彼女を締め付けていた。

「今年で最後にしよう……でも……」
彼女は再びペンを執って、短冊にその達筆な文字をつなげていった。

『ゆたかのように、笑顔を出せるようになりたい』
『田村さんのように、絵がうまくなりたい』

どうせ叶わないのだ、この位願ったってバチは当たるまい。
再び短冊をぶら下げる。
毎晩寝る前にホットミルクを飲むのが彼女の習慣だったが、それをするつもりもおきない。
みなみはベッドに入ると、そのまま眠りへと落ちていった……。

639: 2008/04/10(木) 22:36:09.68 ID:vU3YJUq50
やけに寝苦しい……。
太陽はまだ昇りきってはいないのに、目を覚ましてしまった。
「う~ん……胸が苦しいよう……」
………………、自然と出てきたその言葉に本人が不自然を覚える事は無い。
なんとなく、パジャマがキツイような気がする。
そう思って胸をさすってみると……
「あれ? ふぇ?」
女の子のような愛らしい声があがる。
普段のみなみからは考えられない。
だがそれ以上にありえない事としては……。

「こ、これって……!」
パジャマを脱ぐと、みなみはかがみに自分の姿を映した。
そこには、かつての平原など何処にも存在しない……。
富士山、いや! ヒマラヤ山脈!!

「ふぇ―――――!?」

緊張感0をぶっちぎってマイナスな悲鳴が、岩崎家に響いた。

『吸収』 岩崎みなみ

645: 2008/04/10(木) 23:12:03.65 ID:vU3YJUq50
「あらー、よかったじゃないの」
数分後、母親に報告した結果がコレだった。
「良くないよお母さん、服とか困ってるんだから><」
「それだったら後でお母さんが買いに行ってあげるから。それにみなみ、前より明るくて可愛いわよ」
「へ?」
そう言われて、ようやく胸以外の変化に気づく。
「まるでゆたかちゃんみたいよ、今のみなみ」
「まさか……」
ようやく思い出した……昨日、短冊にこめた願い事。
それが叶ったのだろうか? いや、まさか。でも……

今、みなみは胸に包帯を巻いている。
そうする事で自分の胸を少しでも目立たせないようにした。
本来なら、母親と一緒に下着を買いに行くまで外へ出たくは無いのだが……。

「チェリー、おいで!」
「ワン♪」
片手にスケッチブックを持ち、みなみは愛犬チェリーを正面に見据える。
チラチラと正面を見ながら、しかし面白いくらいに筆が進んだ。

……20分後。
「すごい……」
驚きながらも、その表情には明るい笑顔。
チェリーの方も飼い主の上機嫌が嬉しいのかワンワンと尻尾を振ってくれた。

646: 2008/04/10(木) 23:12:57.65 ID:vU3YJUq50
スケッチブックの中には、もはやもう一匹のチェリーと言って良いほど、細かく模写された犬の姿があった。
「やっぱり願いが叶ったんだ!」
胸、笑顔、絵……普段の自分には存在しない物が一晩で手に入った。
ダメ元にやった事で、積年の苦労がついに報われた。
これ以上に嬉しい事など、ゆたかと一緒に居たときを除けば存在しない。

満面の笑みを浮かべながら、チェリーと一緒になって、まるで少年のように庭を駆け回った。
そこには、周りから『クールでカッコいい』と評された彼女の姿は何処にも無かった。
…………ゆかりにしっかり見られてたりするのは、後のお話。

「ぜぃ……ぜぇー……」
「そんなに汗かくまで、何してたの」
「うん、ちょっと、庭で……」
おかしい……普段の自分ならこの程度でヘバッたりはしないはずだ。

654: 2008/04/10(木) 23:41:13.31 ID:vU3YJUq50
「とりあえず、少し休んだら早く服を買いに行くわよ。何時までも包帯で誤魔化すわけにはいかないんだから」
「うん、分かった……」
そう言った時。
「────痛っ!」
歯に突然走った痛み。
思わず頬を押さえてしまう。
「どうしたの?」
「う、ううん。何でもないよ」

痛み自体は最初だけで、終われば最初から何も無かったかのように収まった。
(何だったんだろう……?)
一瞬、嫌な予感が頭をよぎったが、とりあえず考えるのは後にした。

時々歯の痛みが訪れる事を除けば、それからの二日間、彼女は晴れ晴れとした気持ちだった。
チェリーに心から笑いかける事ができたり、色々な物を書いてみるのも良かった。
ただ、こなたとかがみが二人きりで歩いていたのを偶然見かけ、妙な妄想に走ってしまったのは困り物だったが……。
最初は違和感があった身体も、慣れたもので、二日もすればむしろ誇らしくすら思える。

この胸を見られたら、みんな驚くだろう。
豊胸手術だとかそんな風に思われるかも……。
早く学校に言って、ゆたかに笑顔を見せてあげたい。
田村さんに、自分の絵を見せてあげるのもいいかもしれない。
早く明日にならないだろうか?
日曜日の夜、彼女はまるで遠足を翌日に控えた小学生と同じ状態になっていた。

655: 2008/04/10(木) 23:43:38.19 ID:vU3YJUq50
長かった夜を終えて、彼女は真っ先に学校へと向かった。
周りの視線なんて細かい事だ。
早くゆたかに会いたい、ゆたかは何処だろう?
登校中も大げさなくらいキョロキョロとあたりを見渡す。
通学中は見つけられなかったが、教室にゆたかの姿はあった。

「ゆたか!!」
椅子に座って俯いているゆたかに、みなみは駆け寄った。
教室がザワめいた気がしたし、ひよりが居ないのも気になる。
だが、それ以上に不自然な事が一つだけ……。

「おはよう……」
みなみの、ゆたかと笑顔で話し合えると言う希望はその瞬間打ち砕かれた。
「ゆたか……?」
普段だったら、自分に心優しい笑顔を浮かべてくれた小さな親友。
それが今、彼女の表情はまるで氷のようになっていた。
綺麗な緑色の瞳が自分を見るときも、その形を変える事は無い。
口元が、最低限の挨拶をした後動く事も無い。
無表情、完璧なまでの。

667: 2008/04/10(木) 23:57:42.92 ID:vU3YJUq50

「ゆた…か……?」
「何」
「私……何か、したかな?」
「いや、別に」
眩暈がした。
どうしたと言うのだろう? 何も無いのなら、何でそんな顔をするんだろう?
考えても答えが導き出せない。

気がついたらトイレに駆け込んでいた。
気分が悪い……吐き気も動悸も止まらない。
何か悪い物が自分の身体を流れている。
苦痛に耐えてそれを必氏に出そうとするが、上手くいかない。

ゆたかの表情を思い出すと、再び酔っ払い物がこみ上げる。
彼女の表情は、かつての自分を連想させた。
(かつての私!?)
ようやく、一つの答えを導き出す。

(まさか……まさか……!)

668: 2008/04/10(木) 23:58:58.51 ID:vU3YJUq50

吐き気を堪えて、ポケットから携帯を取り出す。
震える親指でプッシュするのは、田村ひよりの番号。
今朝からずっと姿を見ない彼女の……。

数回のコールの後、意外にもアッサリと繋がった。
『あ、もしもし? 岩崎さんスか……?』
「う、うん! 田村さん……今日学校には……」
『え、あ。心配かけちゃったみたいッスね……』
ゆたかのような、無言状態では無いが……それでも口調が明らかに暗い。
明らかに重たいものを背負っている、それが読み取れた。
『実はちょっと、悩みがありまして……』
「悩み? 言ってくれる?」
『い、いえ……たいした事じゃあないッスから』
「お願い、言ってみて!」
普段の彼女だったら、ここまで余計な詮索はしないだろう。
だが今回は勝手が違った。
自分の考えが外れている事を祈り、彼女は拝み倒す。
そして、帰ってきた返答は、
『ええ……実を言うと。突然絵が、書けなくなっちゃって……』
みなみは、携帯を落としてしまった。

677: 2008/04/11(金) 00:15:46.15 ID:qKEBHENc0
『それで、ちょっとスランプから抜け出すために家でデッサンの練習を……あれ、もしもし? もしもーし?』

歯が痛い……。
頭痛と連動しているかのように。
フラフラとさ迷って、向かっていたのは三年生の教室。
「………………」
元々の身長が相まって、得に目立つ事は無い。
もうすぐ授業が始まる、だがどうしても確かめねばならない事がある。
確かめなくても答えは分かっている。
それでも……。

歯の痛みが耐え切れないほど大きくなり、頬に手を当てながら壁に寄りかかる。
丁度その時、
「岩崎さん……?」
彼女の目の前には高良みゆきが立っていた。
みゆきは、バツが悪そうな顔をしながら、胸の前で腕を組んでいる。
そして、そのままソソクサと立ち去ってしまった。
もうその理由を考える必要も無い。

酷くなる頭痛と吐き気、動悸。
それでも彼女は一つの結論を導き出した。

(奪っちゃったんだ、私が)

679: 2008/04/11(金) 00:17:42.69 ID:qKEBHENc0
気が遠くなりそうだった。
短冊によってかなえられた願いは、無償によって叶えられた物では無い。
誰かの長所を奪い、自分の長所としてしまったのだ。
ゆたかの笑顔、田村の画才、みゆきの体系。
それを全て奪ってしまったのだ。

みなみはゆたかの笑顔が好きだった。
ひよりのように、何かに打ち込むのに憧れた。
みゆきの胸に、嫉妬した。
だが断じてそれを強奪したりはしたくなかった。
強奪、自分のやった事はまさにそれだ。
無意識だったなんて言い訳にならない。

答えが確定した瞬間、みなみの全身に重い物が圧し掛かった。

(私……なんて……馬鹿な…事……)
そう思った瞬間、
「──────ゥゥ!!」
みなみの心臓が強烈なほど締め付けられる。
気がついたら、リノリウムの床が頬に触れている。
苦しい、息ができない……。
視界が暗転する……。

682: 2008/04/11(金) 00:18:06.35 ID:qKEBHENc0
とてつもない苦痛に表情を歪ませる。
だが、気絶する事もできない。
それはみゆきの虫歯、ひよりの妄想癖と同じ。
ゆたかの笑顔が自分の物になった瞬間、彼女の病弱さもみなみの物になってしまったのだ。

「クァ………ぁァぁ………」

ようやく手に入れた笑顔。
その笑顔の代償は、この苦痛に満ちた表情だった……。

688: 2008/04/11(金) 00:37:30.76 ID:qKEBHENc0
世にも
奇妙な
らき☆すた

白石「世の中、何の苦労もせずして成長できるなんて。
   そんな都合のいい話あるはずありません。
   結局のところ、努力するしか無いんですよ。
   え、これ? いえいえ、何でも無いんです」

『あきら様より人気者になりたい』



白石「おや……話にはまだ続きがあるようです」


みなみが目を覚ましたら、そこは保健室だった。
先ほどの息苦しさ、苦痛は全て治まっている。
傍らでベッドに突っ伏しているのは……あの見慣れた桃色の髪。
見間違えるはずも無い。
寝かしておくべきだろうかと考えたが、ゆたかは自分から目を覚ましてくれた。

まだ目が覚めきっていないのだろうか?
擦っている目元には涙の後がよく見て取れた。
「おはよう……ゆたか……」
「──────ッ!!」

689: 2008/04/11(金) 00:39:21.68 ID:qKEBHENc0
弱弱しい力で自分の胸に飛び込んできた。
何も声を出さず、みなみはその頭を撫でる。

─────今はまだ泣いてるけど、後できっと笑顔を見せてくれるだろう


自宅にて、みなみは自分の短冊をその葉竹から外した。

(思えば、私は馬鹿だったんだ……。
胸だとか、笑顔だとか、そんな物持って無くてもいい。
みんなが居てくれれば……)

彼女はその短冊を、窓から捨てる。
もしゆかりに拾われでもしたら災難だが、そなっても丁度いい天罰だろう。

みなみは、自分の胸を撫でた。
「フゥ…………」
そしてため息。

だが、そのため息がこれまでと違う意味であるのは言うまでも無い。

上昇気流に乗ってどこまでも流れていく短冊。
それに寄り添うように、三つの短冊が追いついてきた。
そこにはそれぞれ、こんな事が書かれてた。

690: 2008/04/11(金) 00:40:10.65 ID:qKEBHENc0
(私が馬鹿でした……。自分の苦しみを、他人に押し付けるなんて……)
『岩崎さんのような肩のこらない胸がほしいです。それと、虫歯に強い歯がほしいです』
(みなみちゃん……ゴメンネ、私がこんな卑怯な事願っちゃったから)
『みなみちゃんのように身体が強くて、カッコいい人になりたいです』
(いやー、保健室ではいい物見せてもらったッス、これで次の新刊はOKッスね!)
『ネタの神様~~~ヘルプミーッス!』

それを知るものは、誰もいない。

世にも
奇妙な
らき☆すた

白石「結局、自分が短所だと思っている事も他人にとっては羨ましかったりするんですよ。
   自惚れも困りますけど、もうちょっと自分に自身を持つ大切さを知ってほしいものですねぇ
   ん、あきら様の短冊……どれどれ」

白石「……………………」

691: 2008/04/11(金) 00:41:23.01 ID:qKEBHENc0
他人の褌を借りたリベンジとして書いてみましたが……
結局オチが決められず……二段オチに……orz
ダラダラと長くなりましたが、ひより編とあやの編楽しみにしてます……

693: 2008/04/11(金) 00:44:12.28 ID:4aXyMWEcO
>>691よかったよ乙

694: 2008/04/11(金) 00:45:24.38 ID:Nm6I5rAe0
>>691
乙!

引用: 世にも奇妙ならき☆すた