173: 2006/12/24(日) 04:24:21.79 ID:rIKtnknD0

前作:【ローゼンメイデン】翠星石『薔薇の指輪』

『天使の思い出』


来客を告げるチャイムが鳴り、私は玄関に駆けつけた。
靴を履くのももどかしく、鍵とチェーンを外し、ドアを開く。
「……っ!みっちゃん~痛いかしら~」
鈍い音と共に可愛らしい苦情の声。
「カナ~!!」
思わず抱きしめて頬擦りしてしまいたくなるこの可愛いさ!
「みみみみっちゃん!ほっぺがまさちゅーせっつかしらー!!」
はい、久し振り。ああもう、可愛いなぁ、カナ。

「カナ、なかなか来てくれないんだもん。遊びにいっても居ない事多いし……
 みっちゃん、寂しかったんだから……」
泣き真似をしてみせると、慌てて駆け寄ってくるカナ。
「み、みっちゃんごめんなさい……泣かないで」
カナが私の肩に手をかけたところで抱きしめる。
「ああもう、カナったらやさしー!」
「みみみみっちゃんほっぺが……」
ああもう、可愛いなぁ。
あ、カナは今、刑事として頑張ってる。
昔から推理小説とか好きだったし、正義感が強かったからかな?
そして、カナ、すごく頭良かったから、難関って言われてる国家試験に見事合格したの。
で、本当は巡査、交番のお巡りさんね、から始まるところをいきなり警部補からのスタートなのよ?
ああもう!さすが私のカナだわ!優秀過ぎ!……でも、町のお巡りさんしてるカナも見たかったな。
きっと可愛かったはず!今度制服作って着せてみよう!

174: 2006/12/24(日) 04:25:33.26 ID:rIKtnknD0
「みっちゃん……お仕事の方はどうかしら~」
砂糖入り卵焼きを口に運びながら、カナが訊いてきた。
「ん~?いつも通りよ?あ、来月からはね、関西の方にも品物を卸すようになったの」
私はパタンナーとして勉強した事を活かして、今はデザイナーとして頑張っている。
最初はすごくすごく小規模なものだったんだけど、最近は子供服を中心にけっこう売れるようになってきた。
カナや他の姉妹たちにもモデルになって欲しいっていつも言ってるのに……みんな照れ屋なんだから。
「で、カナはどうなの?」
私に質問を返されて、カナの箸が止まった。
やっぱりね。
この子は仕事で困った事があるとこんな風にやって来るんだ。
でも、なかなか自分からは言い出せないの。
いつでも頼ってくれていいのに。
「あのね、みっちゃん……水銀燈って覚えてるかしらー?」
水銀燈……確かカナの姉妹の一人で昔カナたちと戦ったって……
「確かカナの一番上のお姉さんよね?」
「そうなの、もう10年も会ってないかしらー……」
そう、水銀燈は戦いの後に姿を消したって聞いてた。
「で、その水銀燈がどうかしたー?」
「うん、そのね……」
カナはとても言い難そうにしてた。今までも私に相談に来たことは何回かあったけど、今回は特に深刻そう。
私は黙ってカナが話し始めるのを待っていた。
「みっちゃん、ジュン君が駅で刺されて怪我したっていうのは知ってるかしらー?」
「え?……う、うん。今度お見舞いに行こうと思ってたんだけど……」
突然話が変わったような気がして戸惑う。
「その駅、ちょうどカナの働いてるところの管轄なの。それで、カナが事件の捜査に当たったのかしらー……」

175: 2006/12/24(日) 04:26:57.07 ID:rIKtnknD0
カナの話は驚くものだった。
どうやらジュンジュンを刺したのは行方不明になっていた水銀燈らしい。
もっとも、カナたちに残された不思議な力を使ってのことだから、それがわかるのはカナだけ。
多分、この事件は迷宮入りになるだろうと。
「カナはジュン君に会いに行ったかしらー……でも……」
ジュンジュンは水銀燈に刺された事を認めなかったらしい。
現場に落ちていた黒い羽根。それは疑いようも無く水銀燈の物で、それには大量の血液。
それでも、ジュンジュンは「知らない」と言い張ったらしい。
後ろから刺されたんだから、犯人を見てなかったっていう可能性もある。
でも、カナはジュンジュンは何かを隠してるみたいだったって。
「カナ、水銀燈がそんなことしちゃった理由に心当たりは無いの?」
「それは……一応雛苺たちから聞いてはいるかしらー……」

176: 2006/12/24(日) 04:27:19.50 ID:rIKtnknD0
「浮気ぃ!?」
真紅とジュンジュンの結婚式からまだ1年も経ってないのに?
それにしてもあのヒキコモリだった彼がねぇ……
「で、結局ジュンジュンが真紅を選んだから、怒った水銀燈がブスリ!ってこと?」
首を横に振るカナ。
「わからないの……真紅も何も言わないかしらー……」
「カナ、水銀燈が今どこに居るかはわからないの?」
カナは再び首を横に振った。
「わからないの……」
今にも泣き出しそうだった。昔だったらここで抱きしめて慰めてたんだろう。
でも、今のカナに必要なのはそんなのじゃない。
「しっかりして、カナ。泣いたって仕方ないわよ?」
驚いたように顔を上げる。
「カナ、水銀燈を探しなさい。そしてどうしてあんな事をしたのか、水銀燈と話をするの。
 ね、カナならできるはずよ?今のままじゃ、真紅もジュンジュンも、……水銀燈も幸せにはなれないわ」
カナは一瞬戸惑ったような表情を浮かべたけど、力強く頷いた。
「カナに任せておけば安心かしらー!」
そうよ、金糸雀。今のあなたにはそれができる。いえ、あなたにしかできないかもしれない事なのだから。
「ねぇ、カナ。久し振りにバイオリン、聴かせて?」
「ええ、みっちゃん!」
カナはどこからとも無くバイオリンを出すと、可愛らしくお辞儀をして演奏を始めた。
優しい旋律が部屋中を包み込んでいく。まるで音色という色が部屋を染めていくかのよう。
この曲は、ブラームスの『雨の歌』だったかな。
その歌うような物悲しい旋律に、強がるカナの本心が伺えるような気がして少しだけ胸が痛かった。

178: 2006/12/24(日) 04:29:07.27 ID:rIKtnknD0
翌日は仕事が休みのカナが水銀燈探しをすると言うので私も協力した。
雛苺からの情報を頼りに、水銀燈が住んでいると思われる町を探し歩く。
刑事としてのカナの実力か、あるいは運が良かったのか、有力な情報はすぐに手に入った。
10年前、教会に新しいシスターがやって来たこと。
その女性はとても美しい銀髪で、よくヤク○ルトを買っていると言う。
「間違いない、水銀燈かしらー!」
それを聞いたカナは一目散に駆け出して行った。
「ちょっとカナ!待って!」
追いかける私に顔だけ振り返るカナ。
「みっちゃんは待ってた方がいかしらー!」
きっと、危険があるかもしれないと考えたんだろう。でも、そんなわけには行かないよ。
カナたち姉妹の問題は私の問題でもあるんだから!

179: 2006/12/24(日) 04:33:17.39 ID:rIKtnknD0
「みっちゃん!」
私が教会のドアを開けると、一人の女性と向き合って立っていたカナが振り返った。
「あらぁ?金糸雀の知り合いかしらぁ?」
その女性は美しい銀髪と黒い羽根。そしてまるで人形のように整った顔立ち。
間違いない、この子が水銀燈だろう。ああ、着せ替えさせてみたい。
「まぁ、いいわぁ。で、金糸雀、何の用?」
「水銀燈……カナは全部聞いてるかしらー……どうしてジュン君にあんなことしたのかしらー?」
水銀燈は口の端に笑みを浮かべた。
「あぁ、あなた、お巡りさぁんになったんですってねぇ……捕まえに来たのぉ?」
ふざけた様子で手を合わせてみせる水銀燈。
「ち、違うかしらー!カナは……ただ、何があったのか心配で……警察は本当に関係ないの。
 ジュン君は誰に刺されたなんて言わないし、それに事件にする気もないみたいだし……」
一瞬、水銀燈が嬉しそうな表情を浮かべた。でもすぐに、それを振り払うように冷たい微笑を浮かべた。
「……ほんとぉに馬鹿な人間……まだ何か期待してるわけぇ?」
「水銀燈!ジュン君はそんなつもりじゃないかしらー!」
カナが珍しく大声を上げた。
「うるさいわねぇ……面倒なのよぉ。……結局、人間と私達が上手くやっていけるわけ……」
「いい加減にしなさいよ!」
思わず、割って入ってしまった。水銀燈の言葉に腹が立ったからじゃない。何だか、悲しかったからなんだと思う。
「確かにあなた達は元々は人形だったかもしれないわ。でも、今は人間と変わりないじゃない。
 実際に私はカナと上手くやってるわ!……いえ、カナが人形だって関係ない。私はカナが大好きだもの!」
私の剣幕に水銀燈だけじゃなくてカナまであっけに取られてた。
「私には詳しい事情はわからない。でも、あなただって、ジュンジュン……ジュン君のこと、本気で愛してたんでしょ!?
 確かに今回はこういう結果になったかもしれない。でも、あなたのその思いは、けっしてまやかしなんかじゃないわ!」
「わ、私は別に……」
嘘だというのがバレバレだった。もう余裕が無いんだろう。
「水銀燈、だったらどうしてそんなに悲しそうなのかしらー?」
水銀燈はカナの言葉に何か反論しようとして口を開き、そして、諦めた様に首を振った。
「……はぁ。……本気で私を選ぶなんて、馬鹿なんだから……」

180: 2006/12/24(日) 04:34:26.86 ID:rIKtnknD0
水銀燈はジュンジュンを刺した。でもそれは、彼に自分のことを嫌いにさせるため……
彼が真紅の元に帰れるように……
私は自然と涙が流れ落ちるのを感じた。悲しいよ。こんなのってないよ。
「水銀燈、これからどうするつもりかしらー?」
カナが涙声で尋ねる。
「そおねぇ、この町は離れるつもりよ。今は最後にお祈りしてただけ……」
「真紅たちには会って行かないのかしらー?」
水銀燈は小さく首を傾げた。
「どうかしらぁ?会っても話すことなんてないしぃ……」
「誤解されたままでいいのかしらー!?ちゃんと話せばみんなだって……」
「私がやったことは何も変わらないわ。どんな理由があったとしても、ね」
カナは悲しそうに首を振った。
「みっちゃん、帰ろう?」
カナに促されて、私達は教会の入り口に向かった。
「金糸雀」
背後から呼び止められた。振り返ると、無表情のままで水銀燈が言った。
「最後に何か、弾いてくれない?」
カナは無言で頷くとどこからとも無くバイオリンを取り出して演奏を始めた。
その旋律は高い教会の天井に反響して、部屋で弾いたときとはまた違う音色を表していた。
この曲はベルクの『ある天使の思い出のために』……。
今の水銀燈に、悲しいほどに強い孤高の天使に捧げるためにあるような曲だ。
私は再び涙が溢れるのを感じていた。

181: 2006/12/24(日) 04:36:01.61 ID:rIKtnknD0
演奏が終わると、水銀燈は後ろを向いたまま呟くように言った。
「金糸雀、ありがとう。……あなたはその人間を大切にしてあげて」
小さく震えている。きっと、彼女もまた泣いているんだろう。
「ええ、もちろんかしらー」
カナは続けていった。
「水銀燈。きっと真紅たちはここにやって来る。だから、この町を離れる前に会ってあげて欲しいかしらー」
水銀燈は何も答えなかったけど、小さく頷いた。それを見て満足そうに頷くカナ。
「さ、みっちゃん、帰るかしらー」
振り返ったカナは笑顔だった。

「カナ、どこに電話してるの?」
教会からの帰り道、カナは携帯電話で話をしていた。
「真紅たちに水銀燈の場所を教えてるのかしらー」
「え?」
カナは得意そうに微笑んだ。
「水銀燈は気まぐれだから、真紅たちが見つける前にどっか行っちゃうかも知れないかしらー。
 だから早く会える様にカナが教えてあげるかしらー」
「あ、そうか……そうだよね」
カナは得意そうに胸を張った。
「やっぱりカナは姉妹一の策士かしらー!?」
私はカナがとても愛おしくなって街中だというのに思わず抱きしめてしまった。
「み、みみみみっちゃん!ほっぺがまさちゅーせっつかしらーーーー!!!」
ああもう、可愛いなぁ!私の大切な大切なカナ!
ふと我に返った私は空を見上げ、耳の奥に先程のバイオリンの旋律が残っているような気がしてそっと手で覆った。

<了>

182: 2006/12/24(日) 05:26:15.18 ID:RfzxaUPt0
乙。
カナ編結構長かったね。
これでひとまずおしまい、かな?

188: 2006/12/24(日) 11:08:39.54 ID:cv5tP+7p0
とても面白かった、乙。

引用: 本妻は真紅、不倫相手に水銀燈 感動をありがとう!!