1: 2008/08/02(土) 21:45:46.15 ID:DX+QmTWA0
「誕生日?」


 パタンと本を閉じ、真紅が声を上げる。
「そうよぅ、その時に、このネックレスを友だちにもらったの」
ジュンの部屋。タンスに洗濯物を入れながら、のりが答える。
「そうなの。おめでとう、と言うべきなのかしら」
「ふふ、ありがとう、真紅ちゃん。あ」
 部屋から出て行こうとしたのりが立ち止まる。
「どうしたの?」
「ん」
 部屋の隅に掛けてあるカレンダーを見るのり。

「来月の15日だわ」
「?…何が?」
 こちらを見るのり。
「ジュン君の誕生日よ」
 くすっと笑って答えた。
 
 
 

3: 2008/08/02(土) 21:49:18.74 ID:DX+QmTWA0
「あら、そうなの」
「ええ…」
 のりがうつむく。
「一昨年までは、祝ってあげてたんだけど…」
「?」
「去年は…」
 真紅はそれで思い出す。
「祝えなかったのね」
 顔を上げるのり。
「ええ、ジュン君が引きこもってしまってたから…」
「……」
「ね、のり」
 ベッドから降りる真紅。
「じゃあ、今年は、キチンと祝ってあげましょうよ」
 そう言ってにっこりと笑う。
「…そうね!」
 のりもつられて微笑んだ。

5: 2008/08/02(土) 21:54:59.56 ID:DX+QmTWA0

「わーい、うにゅーなのー」
「うふふ、まだあるから、ゆっくり食べてね」
「うんなの!」
 ダイニングの椅子に、巴が座っている。その膝の上に、雛苺。
「のり、先に洗い物してていいですかぁ?」
「ええ、いいわよぅ」
 キッチンでは、翠星石とのりがクッキーを焼いている。
「………」
「……」
 ソファに座り、ぼんやりとテレビを観ている、ジュンと真紅。
「はあ…」
 ため息をつくジュン。
「どうしたの」
「…ん、何でも」
 冴えない表情のまま立ち上がり、ジュンは2階へと消えた。
「……」

7: 2008/08/02(土) 22:01:30.43 ID:DX+QmTWA0
 キィ、とドアを開けて、中を覗いてみる。
「……」
 ベッドに横になり、ジュンが窓の外を見ている。
「ジュン」
 声を掛けると、ジュンがこちらを向いた。
「…何してんだ?」
「別に、何でもないわ」
 言いながらベッドによじ登り、ジュンの膝元へ座る。
「もうすぐクッキーが焼けるわね」
「…ああ」
 真紅がジュンの顔を見る。ジュンは呆けた表情で真紅を見ている。
「私練習したのよ、美味しく焼けるように」
「はぁ?練習?」
「ええ、いつまでも貴方にバカにされてたら、恥ずかしいもの」
 ぷっ、とジュンが吹き出した。

8: 2008/08/02(土) 22:07:59.53 ID:DX+QmTWA0
「練習って」
「何よ」
 真紅が口を尖らせる。
「いや、何でもないよ…何でも」
 笑いながら半身を起こすジュン。
「真紅ちゃーん、ジュンくーん」
「ん」
「クッキー焼けたわよー、下りてきてー」
「……」
「行きましょうか」
「ん」
 真紅がベッドから降り、ジュンに向き直った。
 

9: 2008/08/02(土) 22:15:10.31 ID:DX+QmTWA0



「うげ」

 テーブルに置かれたクッキー。
ジュンが苦そうな表情をする。
「わーい、美味しそうなのー」
「どうですこの香り!へへん」
「私の傑作も、まあまあ形が良くなってきたわね。食べましょう、ジュン」
 そう言って、ジュンの皿に盛り付ける真紅。
ジュンはそれを見て、先ほどの言葉を発したのだ。
「……」
「いただきまーすなの」
「………」
 雛苺たちが手を動かし始める中、ジュンは一向に手をつけようとしない。
「あら、ジュン、何をしてるの?早く食べて頂戴」
「…ああ、ああ分かった、今食べるよ、うん。姉ちゃん、水」
「はいはい、ちょっと待ってねぇ」
 つがれた水をぐいっと飲み、息を整えるジュン。

11: 2008/08/02(土) 22:18:27.00 ID:DX+QmTWA0
 次の瞬間、目の前のクッキーを、一気にかき込んだ。
「うぐぐぐ」
「ちょっとジュン、何してるの」
「もぐもぐ」
「そんなに一気に食べたって、美味しくもなんとも」
 真紅の言葉を無視し、バリバリと音を立てて食べ続ける。
涙目になりながら、ジュンはようやくそれを飲み込んだ。
「う…」
 口元を押さえる。
「……」
「うゅ、ジュン、どうしたの?」
「何やってるですぅ?」
「…真紅」
 ジュンが口を開く。

14: 2008/08/02(土) 22:24:45.43 ID:DX+QmTWA0
「何よ、ジュン」
「………」
 真紅はそこでうつむく。ジュンの仕草や表情を見て、何を言おうとしているかは
容易に想像がついた。
「まずかったって言いたいのかしら」
 のり、巴がぴたりと手を止める。
「……」
「はっきり言いなさい。その方が楽だわ」
「……うん、正直そんなには」
 雛苺と翠星石が、横目で真紅とジュンを見ている。
「ああそう」
 その言葉を聞き、真紅は椅子を降りてドアの方へ向かっていく。
「ちょっと、真紅ちゃん」
 バタン、と音を立てて、真紅はドアの向こうへ消えた。

19: 2008/08/02(土) 22:33:55.42 ID:DX+QmTWA0

 窓の外、先ほどまで見えていた青い空を、徐々に灰色の雲が
覆ってきている。
「……」
 気まずい沈黙。
 手を止めたまま、巴とのりはドアを見つめている。
「…出て行っちゃったの…」
 雛苺が沈黙を破る。
「…なんだよ、正直に言えって…」
「桜田君」
 隣に座っている巴が、ジュンの肩をつかむ。
「イテテ、何すんだ」
「早く謝らないと、あの子拗ねるわよ」
 ジュンは巴を見て息を呑む。目を細め、明らかに怒っているのが分かった。
「ジュン君、お姉ちゃん感心しないわ。せっかく真紅ちゃんが…」
「………」
「言いすぎですぅ。真紅だって女の子なのですよ?」
「だって…」
「もういいわ。いいから謝ってきなさい、桜田君」
 肩を離し、その手でジュンをぐいっと押す巴。
「ああ、分かった、分かったよ」
 頭をぽりぽりかきながら、ジュンはリビングから出て行った。

23: 2008/08/02(土) 22:39:54.26 ID:DX+QmTWA0
 ジュンが2階に上がると、部屋からひんやりとした空気が
漂ってくるのが分かる。
 まだ5月とはいえ、視界に入る曇り空が、少し肌寒さを
感じさせる。
「………」
 キィキィ、と音を立てる扉。
「真紅」
 中を覗き込むと、ベッドが盛り上がっているのが分かる。
「……」
 返事はない。
「真紅」
 こっそりと近づくジュン。

25: 2008/08/02(土) 22:48:29.41 ID:DX+QmTWA0
「………」
 ふう、と息を吐く。
「悪かったよ真紅。僕が悪かった」
 言いながら布団に手を掛ける。
「…ん」
 抵抗もなく、布団は簡単にめくる事が出来た。
「真紅…?」
 真紅は横向きに膝を抱え、虚ろに視線を漂わせていた。
目が赤い。
「………真紅…」
 何度呼んでも返事がない。
 その事で逆に、自分は酷い事をしてしまったのだ、とジュンは気づいた。

26: 2008/08/02(土) 22:52:20.26 ID:DX+QmTWA0
「……ごめん、真紅」
「いいわよ、別に」
 泣いていたはずなのに、真紅は何事も無かったかのように起き上がる。
「どうせ言われ慣れてるもの、そういうセリフ。今更」
「……」
「ごめんなさいね、ジュン。私じゃ貴方を満足させてあげられないのね」
 ぽんぽん、とドレスを叩き、真紅はベッドから飛び降りる。
「あ、いや、真紅」
「ちょっと拗ねてみただけよ」
「……」
 ドアに近づいていく真紅。
「行きましょう。皆が心配してるわ」
 キィ、と音を立てて、真紅は部屋から出て行った。

29: 2008/08/02(土) 22:57:56.21 ID:DX+QmTWA0


 ザアア、と容器を洗う音。
キュッキュ、とそれを拭く音。
「……大丈夫ですかねぇ」
 翠星石とのりが、台所から、ソファに座る真紅を見ている。
「ねー、巴、くんくん観た事ないの?」
「私は、ないわねぇ」
 真紅の隣。巴の膝の上で、雛苺が巴と話している。
「へー、面白いのに」
「うん…観れたらいいんだけどね、私、学校行ってるから」
「ふうん」
「……」
 会話が途切れ、二人はそれとなく真紅を見やる。
「何見てるの?」
真紅がこちらを向いた。
「えっ、いえ…何でもないのよ」
 二人は慌てて目を逸らす。

32: 2008/08/02(土) 23:02:50.22 ID:DX+QmTWA0
「………」
 また沈黙が流れる。代わりに、外ではぽつ、ぽつ、と
雨が降り始めていた。
「……」
 気まずい。
 結局、ジュンは下りてこなかった。そのせいでより一層、
どんよりとした空気がリビングに立ち込めている。
 巴がちらっと真紅を見る。ジュンに言われた事で、何かヒステリックに
なっているようには見えない。
 あの短い時間で下りてきたという事は、拗ねている風でも
なさそうだ。
 でも、どこか悲しそうな表情。それは、未だに目が赤い事からも分かる。
「…巴」
 真紅が口を開いた。

33: 2008/08/02(土) 23:06:46.53 ID:DX+QmTWA0

「…何?」
 ふう、と息を吐く真紅。
「ちょっといいかしら」
「…ええ」
 返事を聞き、真紅はソファを降りてドアの方に向かう。
「こっち来て」
 振り返る真紅。
「……」
 無表情のまま、手招きしている。
「何かしら?」
「相談があるの」
 言いながら、ドアに手を掛ける真紅。

35: 2008/08/02(土) 23:12:47.11 ID:DX+QmTWA0
 納戸のドアを開け、パチッと電気をつける。
「どうしたの」
「……」
 真紅は段ボールに腰掛け、ふうーっと大きなため息をつく。
「桜田君の事?」
 巴が尋ねる。
「…ええ、そうよ」
 壁にもたれかかる巴。
「…まあ、さっきのは酷いと思うわ、私も。あんな…」
「違うのよ、別にその事じゃないの」
「え」
 真紅が手遊びを始める。

39: 2008/08/02(土) 23:24:18.19 ID:DX+QmTWA0
「ああ、でも少しはさっきの事も絡むのかしら」
 足をぶらぶらさせる真紅。
「翠星石みたいに、おやつ作るのが上手ければいいのにね、私」
「…そんな事ないわよ、人には得手不得手ってものが…」
「でも、私本当に何も出来ないわ」
「…別に」
「いいわよ、長所なんて無理に探さないで。無いものは無いのよ」
「………」
 巴はうつむき、黙り込む。
「だけどね、私、たまにはジュンに何かしてあげられたら、って思うの」
 巴が顔を上げる。
「知ってるかしら?来月の15日」
「…え?来月…」
「ジュンの誕生日よ」

41: 2008/08/02(土) 23:28:18.93 ID:DX+QmTWA0
 巴はそう言われて、はっと思い出す。
「去年は祝ってあげられなかった、って、のりが言ってたわ」
「…そうね、去年は…」
 しばらく沈黙が流れる。
「だから、今年、何かプレゼントしてあげたいの」
「…プレゼント?」
「ええ」
 真紅が顔を上げた。

43: 2008/08/02(土) 23:34:16.37 ID:DX+QmTWA0
「ふんふふふ~ん、みんな、可愛く、描いちゃうの~」
「あら、何してるの?」
 のりが覗き込む。
「えっとねぇ、みんなの、似顔絵描いてるの!」
 言いながら、再びクレヨンを動かし始める雛苺。
「…ジュンはまだ下りてこないですかぁ?」
 テレビのリモコンをピッ、ピッ、と押しながら翠星石が問いかける。
「ええ、…ちょっとは、反省してるんじゃないかしら」
 やれやれ、と言った風にテーブルの上を拭き始めるのり。
「…まぁ」
 ふ、と息を吐く翠星石。
「気が利かないのは、しょーがないです。いつもの事ですよ」
 翠星石はそう言って、しばらくリビングのドアを見つめた。

44: 2008/08/02(土) 23:39:07.14 ID:DX+QmTWA0
「じゃあ、また来てなのー」 
 玄関口で、雛苺がぶんぶんと手を振っている。
「ごめんねぇ、今日は」
 申し訳なさそうにお辞儀するのり。
「いえ、いいんです。また、来ますから」
 そう言って、巴もお辞儀する。
「ジュンくーん、巴ちゃん、帰るわよー」
 2階に呼びかける。
「あ、いいんです、別に」
「そうよ、ジュンだって、何か思う所があるのかもしれないし」
 うつむいたまま、真紅が続ける。
「……?」
 その横顔を、雛苺がちらっと見やる。
「じゃあね、また、相談に乗って頂戴、巴」
「ええ、分かったわ真紅」
 再びお辞儀をして、巴は玄関ドアを開けた。

48: 2008/08/02(土) 23:46:03.96 ID:DX+QmTWA0

 カチカチ、と音を立てて、ジュンはマウスを動かしていた。
「……」
 今になって冷静に考えると、真紅に酷い事を言った自覚が
芽生えてくる。
 だが、何というか、どう謝ればいいのか分からない。
 ヒステリックに怒るわけでもなし、拗ねて口を聞かないとか、
そういう事をするわけでもない。
「ああ……」
 いっその事、最初の頃のように蹴りを入れてきたり、
鞄をぶつけてきたり、直接的に感情を洗わしてくれれば
楽なのに、と、ジュンは思った。
「ジューン」
 明るい声が響いてきて、カチャリ、とドアが開いた。

49: 2008/08/02(土) 23:52:22.28 ID:DX+QmTWA0
「うん?」
「何してるの?」
 雛苺だった。
「…別に何も」
「……」
 ちらっと横目で雛苺を見る。雛苺は何か言いたそうな目で、こちらを
見つめている。
「どうしたんだよ、突っ立って」
「あのね、ジュン、これあげるの」
 そう言って雛苺が差し出したのは、画用紙だった。クレヨンで
何か描いてある。
「ああ、これは」
 ジュンはすぐに気づいた。自分に加え、巴、のり、翠星石、真紅、雛苺が
紙いっぱいに描かれてあるのだ。
「それ、ジュンにあげるね」
「…ああ、ありがとう」
「真紅、別に怒ってないのよ」
 振り向くジュン。
「本当か?」
「うん、でもね」
 視線を伏せる雛苺。
「何だか淋しそうだったの」
「淋しそう?」
「うん…」

51: 2008/08/02(土) 23:54:26.33 ID:DX+QmTWA0
やっべ 感情を洗ってどうするんだろ

○表して これで頼むぜ

54: 2008/08/03(日) 00:01:47.62 ID:veKV2w750
 ジュンは絵を机に置き、思い切り背中をのけぞらせた。
「……」
「真紅はね」
「うん?」
「きっと、ジュンに喜んでもらいたいのよ」
「僕に?」
「うんなの」
 しばらく、その雛苺の顔を見つめるジュン。
喜んでもらいたいとは、どういう事だろうか。
「なあ、雛苺…」
「?どうしたの?」
「何で、そう思うんだ?」
「……」
 目をぱちくりとさせる。
「僕に喜んでほしいなんて…」
「ヒナはいつもそう思ってるの」
「え」
 少し笑って、雛苺は続ける。
「だから、きっと真紅も、そう思ってるの。だから怒ったりしなかったのよ」
「……雛苺」
 いひひ、と、雛苺は照れくさそうに笑った。

56: 2008/08/03(日) 00:05:12.24 ID:veKV2w750
ひな肩がいたいのー
ちょっと30分くらいやすみたいのー

67: 2008/08/03(日) 00:36:13.20 ID:veKV2w750
 

 明くる日。



「えっ、誕生日ですかぁ?」
 早朝、のりと二人で食事の支度をしていた翠星石が声を上げる。
「そうよぅ、来月の15日」
「へえ、ジュンは幾つになるです?」
「14歳よ」
「…そうですかぁ」
 フォークが翠星石の手から落ち、カランカランと床に転がった。
「あっ、大丈夫?」
「へーきですぅ。ちょっと手が滑ったです」
「驚いたかしら?ジュン君の誕生日」
「えっ」
 今度はスプーンを落とす翠星石。カラカランと音がする。
「ななな、す、翠星石がジュンのアレなんか気にするわけねーですぅ!!
 自意識過剰もイイとこですぅ!!」
 そそくさとスプーンを拾う翠星石。
「…でも、ま、まあ、当日にケーキでも作って、祝ってやってもいーですぅ」
 そわそわとし始める翠星石を見て、のりはくすくすと笑った。

68: 2008/08/03(日) 00:42:41.99 ID:veKV2w750
「こんにちはー」
 食事が終わり、9時を過ぎた頃に、玄関から声がする。
「あー、トモエなのー」
 たたた、と玄関口に走っていく雛苺。
「おはよ、雛苺」
「おはよーなの」
 ぴょんと飛び跳ね、巴の胸に抱きつく。
「わっぷ」
「わーい、トモエ、トモエー」
「いやん、くすぐったいわ、雛苺」
「おはよう」
 リビングから、真紅が出てくる。
「おはよう、真紅」
 雛苺を抱っこしたまま、巴がひらひらと手を振る。
「まぁまぁ巴ちゃん、上がっていく?」
「いえ、今日は別の用事で」
「?…別の用事?」
「雛苺、ごめんなさいね」
「うえ?」
 雛苺を床に下ろす巴。
「今日はね、真紅と出掛けるのよ」
「…え、真紅ちゃんと?」
 のりが首をかしげる。
「ええ、少し用事に付き合ってもらうの」
 真紅が言った。

71: 2008/08/03(日) 00:49:43.76 ID:veKV2w750
「…あれ、真紅は?」
 のそのそと、眠そうな目をこすりながら、ジュンが下りてきた。
「あー、おはようなの」
「寝ぼすけ野郎です」
「…さっき、柏葉が来てなかったか」
「来てたわよ、何か、真紅ちゃんと出掛ける約束してたみたいで」
 のりが答える。
「…出掛けたのか」
「ええ、そうよぅ」
「…」
 ジュンが下を向き、はあ、とため息をつく。
「どうしたですか、朝っぱらから空気が湿ってるです」
 翠星石が咎める。
「ん…いや」
 3人を見つめるジュン。
「何でもないよ」
 しばらくぼんやりと見つめていたが、やがてリビングに入っていった。

72: 2008/08/03(日) 00:57:56.84 ID:veKV2w750
「遅いです、もう朝ごはんは片付けたです」
 翠星石が続いてリビングに入ってくる。
「……」
 ジュンはソファに座り、テレビもつけずに頬杖をついている。
「…聞いてるですか?」
「…ん、ああ」
 視線はどこか虚ろ。
「…変な奴です…」
 はあ、と一息ついて、翠星石は2階へと上がっていく。
「それじゃ、お姉ちゃん、お洗濯してくるわねぇ」
 のりは洗面所へと向かう。
「……」
 雛苺だけが、ソファのへりに寄り添い、ジュンを見上げている。
「…ん、どうした?雛苺」
「ジュン、何だか元気ないの」
「え」
 ジュンは目を丸くした。

73: 2008/08/03(日) 01:04:57.09 ID:veKV2w750
「元気がないって…別に」
「嘘なの、ジュン、昨日から真紅と話してないの」
「……」
 参ったな、とジュンは思った。
「何言ってんだよ…」
「ごめんね、ヒナ何となく思っただけだから」
「…」
「確かに、昨日も今朝も、真紅とは話せてないけど」
「…」
「でも、それは別に避けたり、避けられたりしてるわけじゃなくて」
「分かってるの。ジュンも真紅も、別にわざと話そうとしてないわけじゃないの」
「……」
「たまたまでしょ?ヒナだって子どもじゃないのよ、それくらい分かるのよ」
「そうか…」
 はあ、とため息を吐く。
「でも、そのせいで、ジュンは何だか凄く悲しそうな顔してるの」
「……」
「ね、ヒナが真紅に言うから、一度ゆっくり話してみた方がいいと思うの」
「……」
 額を押さえるジュン。

101: 2008/08/03(日) 06:00:38.96 ID:veKV2w750
「…分かった、また、紅茶でも淹れてやる事にするよ」
 ぽんぽんと雛苺の頭をたたき、軽く撫でる。
「うん、ありがとうなの、ジュン」
 雛苺が嬉しそうに笑った。


「私たちは、お菓子のやり取りとか、そういうのが多いかなぁ」
 川のほとりにある公園で、巴と真紅がベンチに座っている。
近くに、大きな大学病院が見える。
「そう…」
 項垂れる真紅。
「あんまり参考に、ならなかったかな?」
「いえ、やっぱり手作りがいいのかしら?」
 足をぶらぶらさせる。
「ええ、まだ私の歳だと、そんなに高いものは買えないし、
 家にある材料でお菓子を作ったり、くらいが関の山なのよね」
「ふうん、そういうものなの」
「でもね」
 ごそごそと懐から何かを取り出す。小さな巾着袋のような物だった。
「…まあ、それは?」
「お守りよ。今度の総体の時のために、マネージャーに作ってもらったの」
「へえ」
 中から、折りたたんである紙を取り出す。
「…色々書いてあるわね」
「ええ、誕生日プレゼントとは違うけれど、元手のコスト以前に、
 やっぱり、こういう物は嬉しいから」
「……」
「だから、皆手作りを選ぶんじゃないかしら」

104: 2008/08/03(日) 06:10:21.75 ID:veKV2w750
 吹き抜ける風。

 有栖川大学病院の屋上で、水銀燈がぼんやりと
日なたぼっこをしている。
「…眠いわねぇ」
 5月の朝は、風が吹くと、まだまだ心地よい涼しさに
眠たくなる。
 うとうとと揺れている水銀燈。
「これじゃ駄目ねぇ…ちょっと散歩してこようかしら」
 辺りを見回す水銀燈。
「あら?」
 川の向こうの公園。何かが見える。
「……あれは」
 ベンチに座っている紅い人形に、水銀燈は見覚えがあった。

105: 2008/08/03(日) 06:16:52.50 ID:veKV2w750


「参考になったわ。ありがとう、巴」
「どういたしまして」
 巴が真紅を抱っこし、立ち上がる。
「さ、戻りましょうか」
「ええ」

 去って行く二人を、団地の屋上から水銀燈が見つめていた。
「真紅…?あの人間は…?」
 真紅が違う人間に抱っこされている。
どういう事だろう。
 桜田ジュンと、契約を破棄したのだろうか。
「………」
 水銀燈はしばらく考え込み、やがて何かを思いついたように、
ある方角に向かって飛び立った。

106: 2008/08/03(日) 06:29:04.71 ID:veKV2w750



「あーっ、真紅ちゃーん」
 家に帰り、リビングのドアを開くと、場違いな声が響いた。
「お帰りなさい、真紅ちゃん」
「お邪魔してまーす、草笛みつでーす」
「……」
 巴と真紅は立ち尽くしたまま、とりあえずぺこりと頭を下げた。

「ねー、この服見て見てー」
「きゃっ」
 テレビを観ていた金糸雀を抱き上げ、真紅たちの前に連れてくる。
「まあ」
 真紅が感嘆の声を上げる。金糸雀はいつものドレスではなく、
舞踏会に参加するような、おしゃれなワンピースとコートを纏っている。
「こないだね、オークションで落札したの。6万くらい掛かっちゃったけど、
どうこれ、カナ似合うでしょ」
 嬉々として喋り続けるみっちゃん。
「み…みっちゃん、何だか恥ずかしいかしら…」
 少し頬を赤らめる金糸雀。
「あら、いいじゃない」
「6万ですか。高いですねぇ」
 のりがはあ、と嘆息を漏らす。
「ええ、最近お給料がいいから、奮発しちゃった。でも、代わりに
出張とか増えて、なかなか一緒にいられないんだけど」
 はは、と笑う。

108: 2008/08/03(日) 06:36:18.10 ID:veKV2w750
「6万」
 不意に真紅が口を開いた。
「ん?」
 思わず、みっちゃんとのりが真紅を見る。
「やっぱり、プレゼントって、高いわね…」
 頬杖をついて、少し視線を伏せる。
「……」
 のりはそれを見て立ち上がる。
「真紅ちゃん、クッキー食べる?」
 真紅が顔を上げる。それを見て、のりはくすっと笑った。

111: 2008/08/03(日) 06:56:18.33 ID:veKV2w750


「これ、翠星石が昨日焼いたやつかしら」
「ええ、そうよ」
「……」
 目の前に盛り付けられたお皿を前にし、真紅はすんすん、と
鼻を動かす。
 口に入れ、もぐもぐと動かすと、甘い香りが広がる。
「美味しいでしょう?」
「…ええ」
 何のつもりだろう、と真紅は思った。
「翠星石ちゃんね」
 察したように、のりが口を開く。
「どうしてお菓子作りを始めたか、知ってる?」
「…いいえ」
「あの子、最初ジュン君と仲良くなかったでしょう」
「え」
 気づいていないのかと思っていた。だが、鋭い。

112: 2008/08/03(日) 07:10:29.12 ID:veKV2w750

「だからね、多分途中で印象が変わったのかしら。
『ジュンに何か食べさせてやりたいんですぅ』って言ってきて」
「……」
「それからはね、土日ごとに、教えてあげてたわ。最初の何ヶ月かは
全然美味しく出来なくて」
「…」
「泣きながら、作ったクッキー食べてたりしたのよ。そういう時は、
一緒にお昼寝したりしてたわ。落ち着くまで傍にいてあげたり」
「…そうだったの」
「そうよ、でも、あの子なりの仲直りのキッカケを作りたかったんでしょうね。
どうしても」
「……」
 食べ終わった食器を、流し台に持っていくのり。
横でじっと見ていたみっちゃんが、真紅の頭を撫でる。
「ん……」
 真紅は思わず目を閉じる。

114: 2008/08/03(日) 07:15:09.09 ID:veKV2w750
「私も、休日はカナとお菓子作ったりするのよ」
「そうなの?」
「ええ、まあ、私はOLだからね、そうしてお金を使って
カナを喜ばせるような事もあるけど、それだけじゃないもの」
「……」
「カナのお洋服、大半は私の手作りよ、ね、カナ」
「えっ」
 真紅が驚いたように大きな声を出した。
金糸雀を抱っこするみっちゃん。
「うん、そうよ、みっちゃんのお洋服は凄い可愛いかしら」
 えっへん、と胸を張る金糸雀。


115: 2008/08/03(日) 07:23:21.53 ID:veKV2w750

「だからね、真紅ちゃん。みんな同じなのよ。ジュン君への
プレゼントは、別に何万とか、そういうお金は必要ないと
思うわ」
「のり……」
「真紅ちゃんに出来る事で、喜ばせてあげましょう、ね」
 にっこりと、のりが笑う。
それを見て、真紅は妙にくすぐったい気分になる。
「ええ、…ありがとう、のり」
 どたどたどた、と音がして、リビングのドアが開いた。
「あー、トモエなのー」
 ととと、と雛苺が駆けてきて、巴の膝にぴょいんと飛び乗る。
「うえええん、翠星石が酷いのー」
「あらあら、どうしたの」
 見るとリボンがおかしな結び方になっている。
「知らねーですぅ、チビ苺が濡れ衣着せやがったですよぅ」
 素知らぬ顔で、口笛を吹く翠星石。
「……」
 真紅はそんな彼女を見て苦笑した。


120: 2008/08/03(日) 08:45:26.38 ID:veKV2w750

 ジュンはベッドに仰向けになって、天井を見つめていた。
「真紅…」
一度、キチンと謝りたい。でないと、何だか具合が悪い。
ジュンにとって、真紅のあの淋しそうな顔は、何となく
見過ごせなかった。
「………」
 コンコン、と、窓を叩く音がした。
「ん」
 そちらをぼんやりと見やるジュン。
「!!」
 がばっと跳ね起き、思わず後ずさる。
「何よぉ、そんなに驚かなくたっていいじゃなぁい」
 水銀燈が、窓の外で妖しく微笑んだ。


122: 2008/08/03(日) 08:58:51.80 ID:veKV2w750
「……」
 ジュンはベッドから降り、ドアから出て行こうとする。
「ちょっと、ちょっと待って、待ちなさいよぉ」
 ドンドン、と窓ガラスを叩く水銀燈。
「聞きたい事があるの」
「…?」
 様子がいつもと違う。
「何だよ」
 ジュンは窓を開ける。
「あなた真紅と契約でも解除したの?」
「…は?」
 水銀燈が意外そうに首を傾げる。
「違うの?」
「解除なんかしてないよ。何の話だよ、さっさと帰れよ」
「………」
 むっとした表情になる。

124: 2008/08/03(日) 09:07:30.21 ID:veKV2w750

「ええ、さっき女の子が真紅を抱いてたから、何かしらと思っただけよぉ。
 解除してたら、雛苺のローザミスティカでももらえるかと思ってぇ」
 そう言って笑う水銀燈。
「……別にお前に話す事なんかないよ。さっさと帰ってくれ」
「あら、何よその言い方。まるで何かやらかしたみたいな」
 ジュンはイラつきを覚える。
「夫婦喧嘩でもしたのかしら」
「……うるさいな。帰れよ。契約の解除もしてないし、仲が悪くなったりもしてないよ」
 そう言ってぴしゃっと窓を閉じ、カーテンを閉めるジュン。
「……あら、冷たい」
 しばらく、水銀燈はその閉められた窓を見ていた。

125: 2008/08/03(日) 09:16:00.10 ID:veKV2w750

「へえ、ジュン君の誕生日にプレゼントを?」
 みっちゃんが身を乗り出して尋ねてくる。
「あまり大きな声を出さないで頂戴。ジュンに知られたくないの」
 真紅の声。雛苺と翠星石が、ソファから真紅の方を見ている。
「はは、ごめんごめん、何あげるか決めたの?」
「いえ」
「ふうん…」
 相槌を打ちながら携帯を取り出し、ピッ、ピッと何かし始めるみっちゃん。
「ね、これ見て」
「?」
 携帯の画面に、ヌイグルミや洋服が映っている。
「これは何?」
「私のお店の商品よ。その中の、私が作ったやつ」
「ふうん」

128: 2008/08/03(日) 09:22:57.60 ID:veKV2w750

「私、友達に手製のヌイグルミ、もらった事あるわ」
 巴が呟く。
「へえ、今どきの子でも、そういうのするんだ?」
「ええ」
 みっちゃんの問いに、笑顔で答える巴。
「……」
 画面に見入っている真紅。
「誰でも作れるわよ、コツさえ掴んだら、簡単にね」
「………」
「ジュンがヌイグルミなんて、喜ぶとは思えないですぅ」
 ソファから降り、近づいてくる翠星石。
「あっ…」
 のりの声。

130: 2008/08/03(日) 09:29:58.19 ID:veKV2w750

「ああ、そっか、ジュン君男の子だっけ」
「…うーん」
 真紅は腕組みをし、眉間に皺を寄せている。
「ちょっと、考えてみるわ。色々探して」
 そう言って、真紅はリビングの窓を開ける。
「あら、真紅ちゃんどこ行くの?」
「ちょっとね」
 振り返らず、真紅は窓から出て行く。

「そういう事…」
 隠れて話を聞いていた水銀燈は、その後を追った。



131: 2008/08/03(日) 09:36:19.42 ID:veKV2w750

「手作り……ジュンが喜びそうなもの…」
 桜田家から少し離れた家の屋根で、真紅は考え事をしていた。
「きっとお菓子は駄目ね…翠星石が多分作るし…今の
私では、またジュンが嫌な思いをするわ」
 がしがしと頭をかきむしる。
「ああ、もう」
 考えがまとまらない。
「女性ばかりだから、男性に贈るものって、なかなか出てこないのかしら…」
 組んだ右手の指を、とんとん、と叩き続ける。
 ふと、ひらひらと目の前を、何かが落ちていくのが見える。
「ん」
 上空を見上げる真紅。
その目が大きく見開かれる。
「あっ」
「おはよう、真紅ぅ」
 水銀燈が、いつもの馬鹿にしたような目で、こちらを見下ろしていた。


134: 2008/08/03(日) 09:44:50.75 ID:veKV2w750

 真紅は立ち上がり、ぐっと身構える。
「何しに来たの。アリスゲームなら受けて立つわよ」
「あぁら、違うわよぉ。ちょっと面白い話を耳に挟んだから」
 そう言って、屋根の端に降り立つ水銀燈。
「何よ」
「ジュン君の誕生日にプレゼントをあげるらしいじゃないの」
「……どこでそれを?」
「ふふ、どこだっていいじゃない、真紅ぅ」
 口に手を当て、くすくす笑う。
「どうしてそんな事するのかしら、と思ってねぇ」
「は?」
 首を傾げる真紅。

137: 2008/08/03(日) 09:50:59.88 ID:veKV2w750

「私たちはお人形よ。その内マスターとの絆なんて、
 姉妹の誰かに平気で奪われる。可哀想な」
「……貴女がそうでも、私は違うわ」
「違わないわよ」
 水銀燈は笑うのを止め、切れ長の目で真紅を見据える。
「どうして無駄な悲しみを増やそうとするの?」
「何……」
「例外なんて無い」
「……」
「私たちは一つの正しい命となって、いずれはお父様の所へ還るように作られている」
 少し目を伏せる水銀燈。

139: 2008/08/03(日) 09:58:58.64 ID:veKV2w750

「うるさいわ、私はただ…」
「ただ?何?何か高尚な台詞でも吐く気かしら」
「違うわ。私はただ…」
 唇を噛む真紅。
「ジュンに喜んでほしい。それだけよ」
「……」
 水銀燈は黙って真紅を見つめる。
「…まあいいわ、やりたいなら勝手にやりなさいよ」
「…ええ、そうさせてもらうわ」
 真紅も口を真一文字に結び、水銀燈を睨んでいる。
「あーあ、余計な時間使っちゃったわぁ、つまんなぁい」
 ヒュウッと飛び立ち、まだ雲の残る空へ、
水銀燈は消えていった。
「……」
 真紅は気が抜けたようにうつむき、再びその場へ座り込んだ。



142: 2008/08/03(日) 10:05:10.56 ID:veKV2w750

「蒼星石、そしたらその木材を店へ運んでおくれ」
「はい、お爺さん」
 時計屋の店先。
 蒼星石が、まな板ほどの大きさの板を6枚ほど抱え、入り口へと運んでいる。
「うん、量はこのくらいで良しとしよう」
「残りはどうしたらいいかな?」
「何枚か足りなくなるかもしれんから、一応裏へ置いておこうか。ひとまずは充分だ。ありがとうよ」
 そう言って、元治が蒼星石の頭を撫でる。
「えへへ、いいよ、僕に出来る事があったら、何でも言ってね」
 嬉しそうに笑う蒼星石。
「おや」
 ふと、元治が道路の方へと目を移した。
「ん」
 蒼星石もつられてそちらを見る。
「ごめん下さい」
 真紅が立っていた。


145: 2008/08/03(日) 10:15:29.77 ID:veKV2w750

「…というわけなのよ。何かいい方法はないかしら?」
「プレゼントねぇ」
 居間で事情を話し終えた真紅と向き合う形で、蒼星石が
腕組みをしている。
「ほら、蒼星石だったら、お爺さんもいるし、男性視点で
意見が聞けるかな、と思ったのよ」
「うーん……あんまり、男の人相手とか、女の人相手とか、
考えた事ないなぁ」
 「それなら、こんな時計なんてどうだい」
 振り向く真紅。
 元治が、店先からひょこっと顔を覗かせ、右手の懐中時計を
こちらに見せた。
「…うーん、私も本当は、そういうのがいいのだけれど…」
「お金がないんだよね…人形だから…」
 二人ではあ、とため息をつく。

147: 2008/08/03(日) 10:26:01.05 ID:veKV2w750

「ありゃ…すまん。ちょっと私の配慮が足らんかったな」
 頭をこりこりと掻く元治。
「さぁさ、二人とも、お茶にしなさいな」
 マツが奥から出てきて、ちゃぶ台にお茶と煎餅を置く。
「あ、ありがとうお婆さん」
 おしぼりを置くと、マツが二人に向き直った。
「ね、二人とも」
「ん」
「写真立てなんか、どうかしら」
 

149: 2008/08/03(日) 10:31:44.07 ID:veKV2w750

「写真立て?」
「そうよ、こないだ買ってきた木材が余ってるんでしょう、それ使って、
手製の写真立て作ってみたら、どうかしら」
「…写真立てって、あのテレビの上に飾ってあるみたいな?」
 蒼星石が指を差す。テレビの上に、手のひらサイズくらいの
写真立てが置いてあり、若い男女が写っている。
「ええ、ああいうのよ。簡単に作れるんじゃないのかしら、ね、お爺さん」
「ん」
 元治がカウンターから、居間の上がり口へと腰を下ろした。
「そうだな。割とコツさえ掴めば誰にでも出来る。それに、飾っておくものだから、
いつでも目に留まって、いい物だよ」
「…へえ」
 真紅はその写真立てを見つめる。嬉しそうに笑っている二人を見て、
何故かジュンの顔が頭に浮かんだ。



152: 2008/08/03(日) 10:39:23.10 ID:veKV2w750

「あ、違う違う。そう、そうやって真っ直ぐ、木目に沿って削るんだ」
 真紅が彫刻刀で、木材を削っている。
「あっ痛…!」
 ガリッと音がして、真紅が左手をぶんぶんと振った。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?真紅」
「大丈夫よ、その内慣れるわこんなの」
 蒼星石や元治の方を見ようともせず、一心不乱に
『ジュン』の二文字を彫ろうとしている。
だが、真紅の左手が傷つくばかりで、それは最初の『ジ』すら
まともに彫れていない。
「ううう」
 真紅が歯を食いしばり、蒼星石は「まずいな」と思った。
失敗が続くとプライドにこだわり、周りが見えなくなるのだ。
真紅は厄介な性格をしている。
 特に、こうして周りに人がいると、真紅は余計に
手がつけられなくなる。

154: 2008/08/03(日) 10:42:24.79 ID:veKV2w750

「あいたたたた」
 カランカランと板が床に落ち、真紅が何度目かの悲鳴を
上げた。
「ね、ねえ真紅」
「大丈夫よ、もうコツは掴んだわ」
 反射的に、ああ、と言いそうになった。蒼星石は帽子を押さえる。
「あまり無理はしない方がいいよ」
 元治がアドバイスする。
「ああ、駄目だ」
 禁句である。蒼星石は思わず口に出してしまった。
「大丈夫と言ってるでしょう、ほら、もう簡単に…きゃっ!!」
 ガッと刀が滑り、親指の付け根が思い切り抉れた。


157: 2008/08/03(日) 10:55:27.95 ID:veKV2w750


「せっかくいい感じだったのに…」
「ごめんね、ちょっとお客さんが来るんだ」
 嘘である。とにかく、何か別の方法を考えないと、
真紅の左手がとんでもない事になる。
「でも、その調子だと」
「わーっ!わーっ!」
 元治の言葉を遮る蒼星石。
「実はね、真紅。もう板の余りがないんだ。だから、写真立ては
諦めないと」
 えへへ、と苦笑いする。
「そうなの…。残念だわ」
「また何か案があれば言ってね。僕も協力、出来る事ならするから」
 言葉を慎重に選ぶ。
「分かったわ、また何かあったらお願いね」
 店先まで出る真紅。
 蒼星石は、ほっ、と胸をなで下ろした。

161: 2008/08/03(日) 11:01:16.50 ID:veKV2w750

「蒼星石」
 店先で真紅が口を開く。
「ごめんなさいね、突然押しかけて、迷惑掛けたわ」
「え」
 蒼星石は目を丸くする。
「じゃあね」
 どこか淋しそうに笑い、真紅は灰色の空へ飛び立った。
「真紅…」
 その姿を、蒼星石はしばらく見つめていた。



163: 2008/08/03(日) 11:11:31.19 ID:veKV2w750

「やっぱり私には無理なのかしら…」
 団地内の公園。滑り台の上で真紅は大の字になり、
空を見つめていた。
 6月が近づき、だんだん灰色の空が多くなってきたような気がする。
「駄目ね、本当。駄目だわ私」
 はあ、とため息をつく。

 ぽつ、と、鼻に冷たい感覚が走る。

「え」
 ぽつ、ぽつ、とそれは次第に大きくなり、数秒後にざあざあという
音に変わった。
「ちょ、ちょっと待って、そんな」
 真紅は一瞬のうちにびしょ濡れになり、慌てて滑り台の下へと
逃げ込んだ。


165: 2008/08/03(日) 11:17:03.96 ID:veKV2w750

 ザアザアという音。
「何て事…」
 土がドレスに跳ね返り、どんどん汚れていく。
真紅は舌打ちをする。
「最悪だわ…」
 とにかく、止むまで、いや、最低でも小降りになるまでは
動けない。ヘッドドレスの洗濯は難しいからだ。
「………」
 足元から走る、ひんやりと冷たい感覚。
ふと、ジュンの顔が思い浮かぶ。クッキーの時から、まともに
話せていない。
「……」
 真紅は両肘をぎゅうっと抱える。そうしていないと、
何かに押し潰されそうになる。

171: 2008/08/03(日) 11:26:31.20 ID:veKV2w750


「翠星石…」
 自分の姉は、お菓子を上手に作って、皆を楽しませてくれる。
「雛苺…」
 妹は、いつも明るく振舞い、元気づけてくれる。
「………」
 自分は、どう映っているのだろう。自分を抱っこしてくれるジュンの
目に。
 鬱陶しいとか、そういう感情ならまだマシである。
「ああ」
 思わず顔を両手で覆う。この雨の中、一人で自分は
何をしているのだろう、とさえ思えた。
 自分は何のために存在しているのか。マスター一人、
喜ばせられない、可哀想な―――
「―――何してるんだい?」
 びくっとして、真紅は顔を上げる。
スーパーの袋をいっぱいに抱えたエンジュが、こちらを見下ろしていた。


177: 2008/08/03(日) 11:35:13.05 ID:veKV2w750

「あ、ああ、あの、こんにちは」
 真紅は目をごしごしとこする。
「………」
 ジュンがいつもお世話になっている人形師。何度か会った事がある。
「…ほら、濡れるからこれ」
 エンジュは何も言わず、傘を差し出した。
「いえ、いいです。先生が濡れてしまうわ」
 ぐすん、と鼻を鳴らす真紅。
「いいから」
「いえ、いいです、もう帰れますから」
「……」
 エンジュがちらっと周囲を見る。土砂降りの雨は止みそうにない。
「駄目だ、こんな中帰ったら、雨のにおいがドレスについてしまう。
帰ると言っても駄目だ、帰ったら駄目だ」
「………はい」


179: 2008/08/03(日) 11:42:39.98 ID:veKV2w750

 雨がザアアアア、と降り続く。

「こんな所で何を?」
 自分のズボンに泥が付着するのも構わず、エンジュはしゃがみ込んで
尋ねてくる。
「いえ、別に…」
 視線を逸らし、鼻をこする。
「ああ、ドレスが汚れるから。ほら、ティッシュ」
 エンジュがティッシュを渡すと、真紅はちーんと鼻を噛んだ。
「ぐしゅ」
「…どうしたんだい、泣いたりして」
「………」
 答えない真紅。エンジュは困ったようにふう、と息を吐く。
「うちの店、すぐそこなんだけど」
 真紅が顔を上げる。
「来るかい?」
 エンジュが小さく笑った。

183: 2008/08/03(日) 11:51:36.05 ID:veKV2w750
>>181

16日午後、有栖川警察署は、世田谷区経堂の自営業男性(29)を
未成年者略取の疑いで逮捕した。
有栖川署の調べでは、男性は一人暮らしで、15日午後1時過ぎ、
同区の公園にいた少女に声を掛け、連れ去ろうとした疑い。
「可愛くて声を掛けた」と話しているという。


こんな感じですかわかりません

185: 2008/08/03(日) 12:00:20.87 ID:veKV2w750

「真紅ちゃん…どこ行ったのかしら」
 窓の傍、のりが落ち着かない様子で
濁った空を見上げている。
「大丈夫ですよ、きっと蒼星石の所にでも行ってるです」
 ソファに座っている翠星石。
「真紅…」
 雛苺がのりの隣で外を見つめている。
「………」
 ジュンはダイニングの椅子に座り、腕を組んだまま
じっとしている。
「ね、ジュン」
 ととと、と雛苺が傍に駆け寄ってきた。
「……何だよ」
「探しに行ってあげないの?」
 ジュンはその言葉に目を丸くする。


187: 2008/08/03(日) 12:09:13.87 ID:veKV2w750

「探しに行くったって…」
 雛苺がじっと見上げてくる。
「どこ探せって言うんだよ。どうせ蒼星石とか金糸雀の所だろ」
「………」
 思わず目を逸らすジュン。
「その内戻ってくるだろ」
「真紅はジュンの事が大好きなの」
 ジュンがぴたりと止まる。
「真紅ね、今は言えないけど、ジュンのために
すっごい色んな事考えてるのよ」
「…何だよその、色んな事って」
「それは言えないの」

189: 2008/08/03(日) 12:13:02.81 ID:veKV2w750


「………」
「でも、その内分かるの」
 雛苺はそこまで言うと、うつむいてソファの方に戻る。
「………」
 ジュンはとんとんと手を何度も突き、やがてリビングから出て行こうとする。
「あのね、ジュン」
 ドアの所で立ち止まるジュン。
「ヒナはね、ヒナだったら、ジュンに探してほしいと思うわ」
「ああ、うるさいな」
 少し強い口調に、雛苺は押し黙る。
「ドラマでも観たのか?お前にゃまだ早いよ、雛苺」
 それだけ言うと、ジュンは2階へと上がっていった。

198: 2008/08/03(日) 13:19:28.55 ID:veKV2w750



「なるほどね」
 真紅のドレスを脱がせ、洗面所のかごの中に入れるエンジュ。
「ええ、でも、私じゃ、ジュンにプレゼントなんてあげられない気がして」
「………」
 エンジュが後ろを振り向くと、真紅がうつむいて手をもじもじさせている。
「色々出来る子もいるし、私はそういう子が羨ましいわ」
「…真紅」
「…はい?」
 エンジュが神妙な面持ちになり、しゃがみこんで真紅を見つめる。
「君は、今まで何をしてきた?」
「…え」
「例えば家の手伝い。洗濯物をたたむとか、庭に干すとか」
「した事ないわ」
「料理は?お菓子作りとか」
「…それはのりがやってくれるから」
「お裁縫とか」
「ジュンが大体修繕したりしてるわ」
「……」
「何もないのよ、私」
 壁に寄りかかる真紅。

201: 2008/08/03(日) 13:27:12.53 ID:veKV2w750


「だから何も出来ないの」
「…まあ、それはそうだろう」
 ぐっ、と息を呑み込む。
「でも、最初は皆そうじゃないのかな」
 そう言うと、立ち上がって仕事場の方に向かう。
「ちょっと待ってて」
「?ええ…」
「おいで、薔薇水晶」
 真紅は、ばっと顔を上げた。
今、何と言った?
 手招きするエンジュの後ろから、紫色の人形が現れた。


204: 2008/08/03(日) 13:39:01.14 ID:veKV2w750


「ばっ…」
「大丈夫だよ、今は別に」
 真紅に笑顔を向ける。
 それでも真紅は身構えた。
「こんにちは…」
「っ…!」
「薔薇水晶、真紅の洗濯物を浴室に干しておいてくれないか」
「ええ、わかりました…」
 薔薇水晶は軽くお辞儀をし、真紅の傍を通り過ぎて浴室に入った。

 パンパン、とドレスを叩き、すんすん、とにおいを嗅ぐ。
「………」
 洗面台の中からファブリーズを取り出し、シュッシュッ、と吹きかける。
「…薔薇水晶」
「大丈夫…今日は何もしない…お父様がそう言っているから…」

208: 2008/08/03(日) 13:46:50.57 ID:veKV2w750

「……」
「これ、持ってて…」
「え、あ」
 ヘッドドレスを渡される真紅。
「表面見せて」
「は?」
「早く」
 わけが分からず、言われた通りにする。
「ちょっと目を閉じててね…」
 言うや否や、シューッ、シューッ、とファブリーズが吹きかけられた。
「うぷ」
「あ、大丈夫…?目に入った…?」
「…いえ、ちょっと驚いただけなのだわ」
「そう…」

211: 2008/08/03(日) 13:50:58.18 ID:veKV2w750

 薔薇水晶は浴槽の淵に器用に登り、ドレスを引き伸ばして
洗濯バサミで留めた。
「それも」
 右手でちょいちょいと促している。
「あ、はい」
 ヘッドドレスを渡す。
 残りのスペースにそれを干し、最後に
浴室の乾燥機のスイッチを入れる。
「乾くのは、多分明日になるわ…」
「えっ、明日?」
「ええ、大丈夫?服、貸しましょうか…?」
「え、あの、いや」
「…ぷっ、あっはっは」
 戸惑う真紅を見て、エンジュが声を上げて笑い始めた。
「な、何笑ってるの」
「いや、予想通りの反応をするな、と思ってね」

213: 2008/08/03(日) 13:59:39.28 ID:veKV2w750

「………」
 呆けている真紅の胸に、何か布のような物が押し当てられる。
「これ、私のお洋服」
 広げると、山吹色を基調にしたワンピースだった。
「着てて。それとお父様」
「うん、何だい」
「もうすぐスパゲティが出来ますから…」
 口元を広げ、少し首をかしげて笑顔を作る。
「………」
 呆気に取られている真紅。
 あの無表情な薔薇水晶の、こんな表情を見るのは意外だった。


215: 2008/08/03(日) 14:04:30.17 ID:veKV2w750

「とりあえず、桜田君には僕が電話しておこう」
 そう言って、エンジュは店の方へ行ってしまった。
「……」
 後に残された二人は、畳敷きの部屋で、じっと座っていた。
「………」
「……」
 会話が始まらない。テーブルを挟み、
真紅も薔薇水晶も、体育座りをしてじっとうつむいているのだ。
 何だか、この空気が耐えられない。
 困った、と真紅は思った。まだ水銀燈におちょくられている方が
マシだとさえ感じた。
「……真紅」
 先に口を開いたのは薔薇水晶だった。


217: 2008/08/03(日) 14:09:53.09 ID:veKV2w750

「……何?」
 既に警戒心は薄れ、薔薇水晶の方を向く事さえしなくなった。
「どうしてここへ来たの…?」
「どうしてって…ただ、エンジュ先生が…」
「そう……」
 平坦な声が、逆に真紅には怖かった。
「……驚いた?」
「…何が」
「私が…料理とか…洗濯とか出来てて…」
「…」
 意外というか、何か似合わない気はする。
「ええ、私には到底できっこないわ」
「…私もそう思っていた…」
 薔薇水晶が顔を上げる。


219: 2008/08/03(日) 14:16:34.63 ID:veKV2w750

「……思っていたって?」
 真紅も気配に気づき、顔を上げた。
「…私は闘いに特化して作られたドール…だから」
「?」
「最初何も出来なくて、洗面所から水が溢れ出たり、
 料理が焦げたり…」
 膝に顎を乗せる。
「一度天井まで火が燃え広がって、消防車呼んだ事もあった…」
「…それは、やり過ぎなのだわ」
 思わず微笑む真紅。
「私はお父様に褒めてもらいたかった」
「……」
「失敗する度に泣いて、物置に閉じこもったり…
 でもお父様は言うの。『気にしないでいいよ』って」
 足をバタバタさせ始める薔薇水晶。

220: 2008/08/03(日) 14:26:24.64 ID:veKV2w750

「ふふ」
「…」
「だからだと思う…。貴女たちを倒して、認めてもらいたくて」
「……」
 真紅は黙っている。
「今はね、何でも出来るようになったわ……こうして」
「……」
「ミートソースが弱火で何分くらいで煮込めるか、
 何分茹でれば、アルデンテパスタが出来上がるか、とか…」
「…何言ってるか分からなさ過ぎて凄いのだわ」
 薔薇水晶が目を丸くし、ちょっと嬉しそうに鼻の頭をかいた。


222: 2008/08/03(日) 14:31:41.16 ID:veKV2w750

「そう、貴女凄いわね、料理は大体出来るんじゃないの」
「いえ、そこまでは…ただ、料理の本見てると、最近は楽しいわ…」
 脇の本棚からB4サイズの本を引っ張り出す薔薇水晶。
「あと、これも」
 ごそごそと、更に何冊か本を探している。
「手伝いましょうか」
 左脇に抱えた本を受け取る真紅。
「あ、ありがと…」
「いいえ…あら?」
 真紅は、本棚の横にある、大きなかごに目をやった。
クマやネコ、アヒルなどのヌイグルミが、所狭しと
並んでいる。
 その中にいた紫色の服を着た人形と、金髪の男の子が、一際
真紅の目を惹いた。

223: 2008/08/03(日) 14:34:15.97 ID:veKV2w750

「これは」
 その二つの人形を手に取る。
「それは、私が作ったの…私とお父様…フェルトを使って…ほら、似てるかしら…」
 受け取り、顔の横でひらひらと動かす。
「………」
 真紅は無表情のまま固まっている。
「コツを掴むと簡単よ、これも」
「……それだわ」
「…え?」
「それだわ、それよ」
 がしっと両肩を掴む真紅。
「えっ、あの…真紅」

「やあ、長電話してしまったよ。ジュン君が出掛けてるらしくて、
 お姉さんと話してたんだけど…」
 エンジュはそこで言葉を止める。
「……?」
 真紅が薔薇水晶の両肩を掴んでいる。
「ど、どうしたの…?」
「薔薇水晶、お願いがあるの、聞いてもらえないかしら」
 真紅は真剣な眼差しで、そう言った。


224: 2008/08/03(日) 14:42:37.93 ID:veKV2w750

「ああ、違う…縫い針に糸を通すには…こうして…」
「ご、ごめんなさい」
「……」
 仕事場から見えるその部屋を、時折エンジュが振り返る。
「痛っ…」
「大丈夫…?」
「へ、平気なのだわ」
 左手に刺さった針を引き抜く真紅。
「どうしたのその手…グズグズじゃない…」
 薔薇水晶が驚いたように言う。
「別に何でもないわ。続けましょう」

「やれやれ…」
 一息ついて、エンジュが天井を見上げた。
「あと一ヶ月で桜田君のヌイグルミを作るって…出来るのかな…」
 


225: 2008/08/03(日) 14:46:36.33 ID:veKV2w750


 時計の針が23時を指した。

 丁度エンジュが和室に声を掛けにきた。
「家には連絡しておいたから。明日迎えに来るとの事だ」
「………」
 真紅はチクチクと縫い物をしているばかりで、こちらを向こうとはしない。
「大丈夫です、お父様。私がついてますから…先におやすみ下さい…」
「ああ、分かったよ。二人とも、ほどほどにな」
 エンジュは困ったように頭をかいて、2階に上がっていった。



251: 2008/08/03(日) 16:56:05.91 ID:veKV2w750
すっごいこわいゆめ見たの
いえの中で、知らない人の氏体を見つけたの
つまり、かぞくの誰かが殺人犯ていうゆめなの
あーこわいのー

257: 2008/08/03(日) 17:08:28.84 ID:veKV2w750

 明くる日。

 コンコン、コンコン、とドアを叩く音。
「ごめんくださーい」

「ん…」
 その声で、和室で寝ていた真紅が目を覚ました。
「………」
 傍らで、薔薇水晶が自分に寄りかかるようにして眠っている。
「あぁ…」
 薔薇水晶を夜中まで付き合わせてしまったのだ、と気づく。
「ごめんなさい…」
 首を垂れ、音のする店先へと向かう。
「ごめんくださーい」
 真紅はハッと気づいた。
ガラス張りの向こうにいる人影。


259: 2008/08/03(日) 17:15:15.18 ID:veKV2w750

「のり!!」
 真紅はドアを開けた。
「真紅ちゃん…」
「ごめんなさい、迷惑…」
「いえ、いいのよもう。それよりほら、お礼を言わないと」


「ごめんなさい。じゃあ、また来るわ」
「ああ、でも流石に夜通しはやめてくれ。あの子が可哀想だから」
「…はい、もうしないわ」
 ふう、とエンジュは一息つくと、ひらひらと手を振った。


262: 2008/08/03(日) 17:23:00.97 ID:veKV2w750

「昨日はごめんなさい。帰らずに」
 抱っこされた状態で、のりを見上げる真紅。
「ええ、あんまりこういう事しちゃ駄目よ?」
「…分かったわ。ジュンたちにも迷惑掛けたでしょうし」
「そうよ、真紅ちゃん。ジュン君にもキチンと謝ってね。あの子
 昨日、夕方から夜遅くまで、貴女の事ずっと探してたんだから」
「えっ?」
 真紅が驚いて声を上げる。
「昨日先生が、うちに電話掛けてきたでしょう」
「ええ」
「その時もずっと、貴女の事を探し続けてたのよ。だから」
 あの雨の中を?何時間も?だとすると。
「ジュンは大丈夫なの?」
 のりは視線を合わせない。
「寝込んでるわ」
 代わりに、そう呟いた。


264: 2008/08/03(日) 17:33:53.56 ID:veKV2w750

 キィ、とドアを開け、真紅は音を立てないように
部屋に入る。
「……ジュン?」
 反応はない。ベッドへと近づいていく真紅。
「……」
 ゆっくりと枕元によじ登る。
ジュンは顔を真っ赤にし、目を閉じている。眠っているのだろうか。
「ごめんなさい…」
 真紅はぽつりとそう言って、
部屋を後にした。


267: 2008/08/03(日) 17:41:21.26 ID:veKV2w750

「あれ、真紅、くんくん観ないのですか?」
 夕食が終わり、翠星石と雛苺がソファに座っている。
「ええ、今日はそんな気分ではないの」
 リビングのドアに手を掛けた所で真紅が答える。
「……」
「変な子ですねぇ」
 テレビに向き直る翠星石の横で、雛苺が心配そうに
真紅の後ろ姿を見つめていた。


268: 2008/08/03(日) 17:42:59.36 ID:veKV2w750

「あ」
 真紅は廊下に出た所で立ち止まる。
ジュンがトイレから出てきたのだ。
「ジュン」
 たたた、とそちらに駆け寄る真紅。
「ごめんなさい、迷惑掛けたわ」
 ぺこりと頭を下げる。
「……」
 ジュンは何も喋らない。
「ジュン…」
「……」
「怒っているの?」
「……頭痛いんだ、あんまり話し掛けないでくれ」
 そう言って、脇を素通りしていく。
「待って」
 階段を上り始めるジュンを、真紅が追いかける。
「怒ってないよ。怒ってないから、部屋には入ってこないでくれ。寝たいから」
 半ば吐き捨てるような物言い。
「っ……」
 ジュンが2階に消えるまで、真紅は階下で、ぎゅっと胸を
握りしめていた。


272: 2008/08/03(日) 17:55:36.04 ID:veKV2w750

「あっ痛!」
「真紅!!」
 ガガガ、とミシンの音が響き、薔薇水晶がスイッチを切る。
「危ないわ。もう少しで手が傷つく所だった…」
「ごめんなさい」
 薔薇水晶の所で裁縫を教えてもらうようになって、一週間が経った。
「……」
 だが、元気が良かったのは初日だけで、
それ以降伏し目がちになっている真紅を見て、薔薇水晶は
何か違和感を覚えていた。
「どうしたの、最近…」
「…いえ、どうもしてないわ」
「嘘…顔を見れば分かるわ…」
 真紅は口をつぐみ、うつむいてしまう。
「お茶にしましょう」
「……」
 薔薇水晶はキッチンへ消えて行った。


276: 2008/08/03(日) 18:05:09.33 ID:veKV2w750

 あれ以降、朝に出掛け、夜に帰る生活を繰り返し、真紅はジュンと
話さなくなっていた。
「……」
 2日、3日経った頃、気づいた事がある。
ジュンと目が合わないのだ。
 こちらが見上げても、ジュンはそこにいないかのように
見下ろす事をせず、すたすたと歩いて行ってしまう。
『ねえ、真紅、どうしたの?』
 雛苺はそれに気づいているようで、よく声を掛けてきて
くれる。
 だが、肝心のジュンが何も返してくれない事で、
真紅は自分が嫌われてしまったのではないかと思い始めていた。
「…こんな事しても…」
 グズグズになってしまった左手を見つめる。
針が刺さった、無数の痕。彫刻刀の時の傷も合わせて、
人に見せられるような綺麗な手とは、ほど遠いものになっている。


278: 2008/08/03(日) 18:12:09.09 ID:veKV2w750

「……」
 蒼星石の時のように、自分が不器用なせいで、
このままでは薔薇水晶が不快に思うほどに、材料を
消費してしまうのではないか、
 そんな事すら考えるようになっていた。
「私駄目ね…本当…」
 膝を抱え、壁にもたれかかる真紅。


 ショーケースの向こう。
ちらちらと、店内の様子を窺っている影が一つ。
「確かここに真紅が…」
 ヒュウウ、と風が吹いて、かぶっていた帽子が
飛んでいく。
「あっ、待って、待って」
 慌ててそれを取りに行く。
「ん」
 その声に、店内で掃除していた白崎が気づいた。

281: 2008/08/03(日) 18:23:16.40 ID:veKV2w750

「もう、酷い風だなぁ」
 帽子を左手に持ったまま、enju堂の入り口へと戻っていく。
蒼星石は髪をかき上げながら、ため息をついた。
「……」
 ふと、チリンチリン、と、目の前で店のドアが開く。
「あ」
 蒼星石が立ち止まる。中から、メガネを掛けた店員が出てきた。
「こんにちは」

「あ、こんにちは」
「君も、ローゼンメイデンだね」
「えっ」
 蒼星石は思わず声を上げる。表情ひとつ変えず、
その言葉が出てきた事に、驚かずにはいられなかった。
「どうして」
「はは、まあいいじゃないか。真紅ちゃんなら、奥で
薔薇水晶とヌイグルミ作ってるよ」
「えええっ!!ば、薔薇水晶!?」
 目を丸くして、口をあんぐり開ける。


287: 2008/08/03(日) 18:33:35.21 ID:veKV2w750

「ああ、大丈夫だよ、別に闘ったりはしてないから」
「…よくご存知なんですね。僕たちの事」
 一歩後ずさる蒼星石。目つきが鋭くなっている。
「ああ、そんなに警戒しないでおくれ。とは言っても、
 ま、無理な話かな」
「………」
「薔薇水晶はここに住んでるんだよ」
「………」
「とても家庭的な子でね。洗濯物や店の掃除、
 料理なんかもしてくれる。彼女のナポリタンは絶品だよ」
「へ」
 蒼星石は拍子抜けする。あの薔薇水晶が料理。
「まあ、最初は何も出来なくて、物置に閉じこもったりして
 泣いてたんだけどね」
「……」
 蒼星石の目が幾分穏やかになってきたように見える。
「だから、闘いなんて、本来好まない、大人しくて真面目な子なんだ。
 そんなに警戒しないであげてくれ」
「……」
 ふと、奥から誰かが出てくるのが見えた。

290: 2008/08/03(日) 18:47:21.75 ID:veKV2w750
「白崎」
「あっ」
 蒼星石が声を上げる。薔薇水晶だった。
「お茶が入ったから、少し休憩して。…って、あら…」
「薔薇水晶…」
 向こうもこちらに気づいたようだ。無表情のまま見つめ合う二人。
「ほらほら、何してんの、こんな所で」
 ぽんぽんと蒼星石の頭を叩く白崎。
「……」
 奥へ消える白崎とは対照的に、薔薇水晶はじっと
こちらを見つめている。
「何だい?」
「…」
「邪魔なのかな?なら、ごめんね、すぐに帰るから」
「いえ、ちょっと待って…」
「?」
 ショーケースに肘をつく蒼星石。
「ちょっと…一緒にお茶、飲んで行ってもらえないかしら…」
「…ああ、いいけど…どうして?」
「少し…」
 それだけ言うと、薔薇水晶は再び奥へと消えた。

292: 2008/08/03(日) 19:07:37.04 ID:veKV2w750

 真紅は壁際に座り込み、左手をじっと見つめていた。

「真紅」
 聞き覚えのある声。
「僕だよ」
 蒼星石が立っていた。


「いつからここへ?」
 真紅の隣に座り込む蒼星石。
「…一週間ほど前」
「そう」
「……」
「ヌイグルミを作ってるって、店員さんが言っていたけど」

294: 2008/08/03(日) 19:15:33.86 ID:veKV2w750

「…ええ」
「ジュン君のために?」
「お茶が入ったわ…」
 蒼星石は入り口の方を向く。お盆にアイスティーを載せ、
薔薇水晶が部屋に入ってきた。
「お父様たちは向こうで飲んでるから、私も向こうで飲んでくるわ」
 一瞬真紅をちらっと見やり、薔薇水晶は出て行く。
「…」
「意外だったわ」
「え?」
 蒼星石が真紅に向き直る。
「あの子、あんなに優しい子だったのね。今も」
「……そうだね」


297: 2008/08/03(日) 19:19:22.63 ID:veKV2w750

「ねえ、蒼星石」
「ん」
「さっきの質問に答えてなかったわね。そうよ、
私、ジュンのためにヌイグルミを作っているのよ」
「へえ、いいじゃないか」
「ええ、でも」
 左手を見つめる真紅。
「怖いのよ、私」
「…怖い?」
「ジュンは喜んでくれるかしら」
「そりゃそうだよ、僕なら手製のヌイグルミとか、
 凄く嬉しいよ」
 真紅が膝を抱えるのを見て、蒼星石は言葉を切る。
「最近、ジュンと話してないの」
「……」
「ジュンが今、何を考えてるか分からないし」
「……」
「『いらない』って言われたらどうしようかしら」
 真紅は顔を膝の間にうずめ、ぎゅうっと両手に力を込める。

298: 2008/08/03(日) 19:27:37.43 ID:veKV2w750

「ジュン君ならそんな事言わないよ。大丈夫だよ」
「………」
 そう信じたい。そう思いたい。
「真紅…」
「やっぱり」
 蒼星石と真紅が顔を上げる。
「何か悩んでいるのではと思ってたの…」
 薔薇水晶は部屋に入ってきて、テーブルの上に紅茶を置いた。


300: 2008/08/03(日) 19:32:30.44 ID:veKV2w750

「大丈夫…」
 薔薇水晶が、何となく笑ったような顔をして、真紅の目を見ている。
「一所懸命に作ったものを、喜ばない人なんて、いない…」
「……」
「不安かしら…?」
「…ええ」
「不安なら、不安じゃなくなるまで悩んでいればいいのよ…」
「…?どういう意味?」
「どうせ手につかないのなら、悩みが吹っ切れてからでいいじゃない。
 ミシンの掛け方なんて、いつでも覚えられる」
「でも、あと3週間よ」
「充分よ。充分覚えられるわ…。それか」
「…?」
「先に一所懸命に作り上げて、悩むのはその後でもいいし」
「……」
 真紅は膝を抱えたまま、宙に視線を漂わせる。
「私は、いつでもミシンを動かせるようにしておくし、
 フェルトも綿も、糸も揃えておくから…」
「……」
「ゆっくり考えてね」
 ぐい、と薔薇水晶はアイスティーを飲み干した。

327: 2008/08/03(日) 21:47:18.79 ID:veKV2w750
ウス

330: 2008/08/03(日) 21:53:32.78 ID:veKV2w750

「………」
 しばらく真紅を横目で見ていた蒼星石が立ち上がる。
「真紅」
 ぽんぽんと膝をはたく。
「ちょっと、散歩に行かないかい?」
「え」
 見上げる真紅の顔に、蒼星石はにこっと笑いかけた。


「ここ涼しいでしょ、ほら」
 川に沿って、飛び続ける蒼星石と真紅。
「ええ」
「…ねえ、真紅」
「何?」
「最初、君がうちに来た時の事、憶えてる?」
 蒼星石の横顔を見る。
「ええ、憶えてるわ。私が彫刻刀で」
「はは」
 スピードを緩め、川辺に降り立つ蒼星石。
真紅がそれに続く。

332: 2008/08/03(日) 22:01:21.27 ID:veKV2w750

「ここはね、僕の秘密スポットなんだよ」
 流れが急に狭まり、小さな魚が無数に泳いでいる。
「水が綺麗ね」
「うん、少し行くと、鯉なんかも泳いでたりするんだ」
 蒼星石が、少し下流の方を指差す。徐々に
川幅が広がり、砂利敷の川原がなくなっていっている。
「そうなの」
「鯉ってね、割と何でも食べちゃうって、知ってる?」
「何でも?」
「うん。だからね、割とこういう河川の生態系とかが
壊れて、すごく単純なものになっちゃうって、聞いた事がある」
「へえ」
 石を拾い、向こう岸まで投げる蒼星石。
「きっと、食べるって事に対して、一途なんだろうなって思うよ」


335: 2008/08/03(日) 22:05:53.74 ID:veKV2w750

「真紅」
 しゃがみ込んだ真紅を見つめる、優しい眼差し。
「君は一途だから、誰かのためを思う時は、往々にして
周りが見えなくなる」
「……」
 視線を下に向ける真紅。
「悪い意味で言ってるんじゃないよ。これは君の
いい所なんだ」
「そう」
「気づいてるかどうか知らないけどさ、雛苺も、翠星石も、
金糸雀も、僕も」
「……?」
「君がそういう風にいてくれるからこそ、君の所に
集まっちゃうんだよ」
「えっ」
「薔薇水晶だってそうさ。まさか君を招き入れて
ヌイグルミ製作の指導をしてるなんて」
「……」
「それは君に何かを感じたからじゃないのかな」


337: 2008/08/03(日) 22:10:24.03 ID:veKV2w750

「くんくん探偵の変身セットをハガキで応募して
 当選するとか」
「う」
「通販でくんくんの本を取寄せるとか」
 顔を赤くする真紅。
「いいんじゃない。そういう君だから、僕は好きなんだよ。
きっとジュン君も」
「………」
「だからさ、今は迷わないで。君がしている事は、
必ずジュン君が喜ぶ事なんだからさ」
 真紅が立ち上がる。
「蒼星石…」
「ね」
 ふふ、と蒼星石が笑った。


344: 2008/08/03(日) 22:23:03.66 ID:veKV2w750

「さ、どうする?真紅。僕は君の判断に合わせるよ」
「…」
 拾った石を、蒼星石はお手玉のようにして遊び始める。
「そうね…」
 足元の石を蹴る真紅。
「私、頑張るわ」
 二人が同時に顔を見合わせ、そして笑顔になる。
「そうだね」
 ふふっ、とお互いに笑った。


 川原から丁度飛び立った所を、水銀燈が見つけていた。
「あら、あれは」
 真紅と蒼星石。
ありそうでなかなかない組み合わせである。
「何してるのかしら」
 暇潰しには持ってこいの、尾行。
悪趣味だな、と自分で思いつつ、水銀燈は後を追った。

349: 2008/08/03(日) 22:40:12.77 ID:veKV2w750

 真紅と蒼星石は、街角のドールショップへ入っていった。
「………」
 マスター引率ならともかく、ドール2体だけで入店するというのが
何だか解せない。
「しばらく様子見てみようかしら…」
 パラペット屋根の上に乗り、水銀燈は身体を投げ出して、
日なたぼっこする事に決めた。


『謎は全て解けた!犯人は――――!!」
「あーん、くんくーん、違うの、それはミスリードなのー」
 隣で甲高い声を上げる雛苺に、ジュンは思わず耳を塞いだ。
「やーん、CMなのー、これはテレビ局の巧妙な罠なのー」
「うるさいな…」
 はあ、とため息をついて、ジュースを冷蔵庫に取りに行く。
「あ、ない」
「ジュース探してるの?」
「ああ」
「ごめんなの、こないだ真紅が疲れてたから、全部あげちゃったなの」

350: 2008/08/03(日) 22:44:09.88 ID:veKV2w750

「…真紅に?疲れてた?」
 その言葉を聞いて、頭の片隅に残っていた疑問が、再び湧き出てくる。
「なあ、雛苺」
「なぁに、ジュン?」
 雛苺がソファから身を乗り出し、こちらを見ている。
「真紅ってさ、最近何やってんの?」
「え」
「くんくんも見ずに、毎日毎日朝から晩まで出掛けて、何してんの?」
 雛苺は目をぱちくりとさせる。
「あっ、えっとね、んー……」
 目があちこちに泳いでいる。不自然過ぎて、逆に雛苺の考えが
読めない。
「それはね、言えないなの」
「…何で?」


356: 2008/08/03(日) 22:53:18.95 ID:veKV2w750

「何ででもなの!前ヒナ言ったの。真紅はジュンの事が大好きだから、
 すっごく色んな事考えてるのよって」
「…その表現じゃ分かんないんだよ、雛苺」
「分からなくていいの。分かっちゃったら、真紅のやってる事が無意味になっちゃうの」
「その…」
 大好きだから、というのもいまいちよく分からないが、それは言わないで伏せた。
「ね、ジュン」
 テレビに向き直る雛苺。
「真紅はね、ジュンのためにすごく頑張ってるのよ。だからね」
「……」
「たまには撫でてあげてほしいの」
「雛苺…」
「ヒナからのお願いね、ジュン」
「あ、ああ」
「約束よ」
 もう一度振り返り、にこ、と雛苺は笑顔を作った。

362: 2008/08/03(日) 23:13:09.55 ID:veKV2w750

 真紅は最近、玄関から2階の部屋に直行し、すぐに自分の鞄に入ってしまう。
流石に、鞄に入った真紅を起こす事は、常識的に考えて
出来ない。
 だが、今日、ジュンは何となく、真紅の鞄を開けようと考えていた。
「……」
 パソコンの電源を落とし、鞄にこっそりと近づく。
「真紅…」
 昼間の雛苺の言葉のせいもあった。
あれでなかなか、勘の鋭いドールである。雛苺がわざわざ言う事に、
意味がないとは思えなかった。
 カチリ、と金具を外し、鞄を開ける。
 眩しくないように、電気は消してある。
「……」

367: 2008/08/03(日) 23:20:41.39 ID:veKV2w750

 真紅は初めて出会った時のような、可愛らしい表情で眠りについていた。
時おり見せる無邪気な、そして一途な真紅。
 まだ子どもっぽさの残る第5ドールの寝顔は、ジュンの心を
惹き付けるものがあった。
「…」
 手前にある左手を取り、頭を撫でてやるジュン。
 ふと、何かザラザラとした感触を覚えた。

「あれ」
 左手の感触がおかしい。
「何だ?」
 目を凝らすと、指先に無数の穴が開いているのが分かる。それだけではない。
ところどころ、抉られたような痕があり、親指の付け根はごっそり
削げ落ちている。
「……!?」
 何だこれは、と、ジュンは思った。あれだけ人形としての完璧に
こだわっていた真紅の左手が、どうしてこんな事になっているのか。

373: 2008/08/03(日) 23:33:50.01 ID:veKV2w750

「………」
 ジュンはしばらく、その真紅の寝顔を見つめていた。



「ちょっと、そこをどいて頂戴」
 いつも通りに玄関から出ようとした真紅の前に、
ジュンが立ちはだかっていた。
「ああ、どいてやるよ。でも、その前に一つだけ聞かせてくれ、真紅」
「何よ」
 真紅が口を尖らせる。
「お前、いつも何しにどこに行ってる?」
「は?」
「答えろよ」
「……」
 真紅の視線が泳ぐ。

376: 2008/08/03(日) 23:41:28.87 ID:veKV2w750

「…そ」
 泳ぎ続ける目。
「蒼星石の所に遊びに行っているのよ。暇だから」
「嘘はいいんだよ、嘘は」
「嘘じゃないわ」
「とぼけるな。じゃあこの左手は何なんだよ」
 ぐいっと真紅の左手を引っ張るジュン。
「きゃっ、ちょっと」
「蒼星石とアリスゲームでもしてるのか?どうしてこんなに傷つくんだ?」
「ちょっと、何やってるです?」
 玄関口での騒ぎに、翠星石とのりがリビングから出てきた。
「……何でもないよ、翠星石」
「ジュン、ちょっと、放して頂戴」
「……」
「私は本当に、他のドールの所に行っているだけよ。
 心配してくれるのは嬉しいけれど、これは本当よ」
「…じゃあ、その手は」
 眉間に皺を寄せる真紅。

380: 2008/08/03(日) 23:50:30.99 ID:veKV2w750

「これはうっかりしてたのよ、普段は遊んでてケガなんかしないのだけれど」
「……」
「ね、ジュン、お願いだから、そこをどいて頂戴」
「……」
「心配してくれるのは嬉しいの、本当に嬉しいわ。でも」
「……」
「私だって、そんな過保護にされなくても大丈夫なのよ」
「…ああ、じゃあいいよ」
「別に嫌味言ってるわけじゃないのよ。分かって、お願いだから」
「……」
 翠星石とのりが、不安そうに見つめている。
 それを横目で確認し、ジュンは深いため息をついた。
「…ああ、うん、分かったよ。行けよ。ほら」
「…ごめんなさい」
 うつむく真紅。
「いいよ、別に」
「……」
 うつむいたまま、真紅は玄関から出て行く。
「ジュン君…?」
 後に残されたジュンは頭をガリガリと掻きむしり、2階へ上がっていった。


381: 2008/08/03(日) 23:56:43.56 ID:veKV2w750





「後はここをミシンで返し縫いして、その中に綿を詰めて、手縫いすれば完成…」

 誕生日まで4日と迫った頃。

 薔薇水晶がふうーっと大きく伸びをした。
「ようやくね…」
 真紅は胸を撫で下ろし、畳に仰向けになる。
「あー、何だか気が抜けてしまいそうなのだわ」
「ふふ、まだ駄目よ…」
 互いに視線を交わし、ふふ、と笑う。
「さ、もう一頑張りするわ」
「ええ」
 ふああ、と、真紅は大きな欠伸をした。

388: 2008/08/04(月) 00:03:20.24 ID:7w2fn/RN0

「あら、どうしたの」
「最近ね、眠れなくて…」
「どうして?」
「ちょっとね」
 真紅はもの悲しそうに微笑む。あれ以来、今度は
明確にジュンと視線を合わさなくなった。
 正確に言うと、真紅の方が、視線を合わすのを
怖がっていた。

 ジュンが、自分を心配してくれているのがよく分かった。
だからこそ、それを半ば無碍にしてここに来ている自分が、
後ろめたいのも事実だった。
「………」
 そうしてぼんやりしていた時だった。

391: 2008/08/04(月) 00:08:35.34 ID:7w2fn/RN0

「あっ、ちょっと」
 ががががっと音を立てて、ミシンの針が真紅の左手に
食い込んだ。
「あっ痛っ!!」
「ちょっと、大丈夫?」
 ミシンのスイッチを止める薔薇水晶。
真紅が左手を押さえ、小さく震えている。
「真紅」
「……」
「見せて、どうなったの」
 ゆっくりとその左手を手に取る。
「あっ」
 人差し指と親指がなくなっていた。

400: 2008/08/04(月) 00:17:12.71 ID:7w2fn/RN0

「痛い、痛い」
 反射的に手を引っ込める真紅。
「ここで待ってて。ミシンを動かしちゃ駄目よ」
 そう言って立ち上がり、仕事場の方へ消えた。


「大丈夫、直るよ」
 エンジュが手を取って観察している。真紅は唇を噛み、
鼻をくすん、くすんと何度も鳴らしている。
「すぐ直りそう…?」
「ん」
 薔薇水晶が背後から覗き込む。
「今ある在庫の中で、サイズがぴったりの物があればね。
なければ、一から作らないといけない」
 真紅の頭を撫でながら、エンジュは呟いた。

411: 2008/08/04(月) 00:32:34.24 ID:7w2fn/RN0

「……駄目だ、ないな。しばらく我慢してもらうしかない」

「………」
「……」
 薔薇水晶と真紅は黙ってしまった。
「何とかならないのですか…?お父様…」
「何とかと言っても…無いものはしょうがないし…うむ」
 困ったように眉間に皺を寄せるエンジュ。
「早めに何とかするよ。済まないな」
「いいえ…いいのよ」
 左手を押さえたまま、真紅は答えた。

414: 2008/08/04(月) 00:40:27.56 ID:7w2fn/RN0

「ね、真紅、あとはちょっとした事だけだから、私が仕上げておくわ」
 お茶をテーブルに置きながら薔薇水晶が話しかける。
「…いいわよ、最後まで私がやらないと、作った意味がないのだわ」
「……」
 薔薇水晶は何度か瞬きをする。
「そう…」
 薔薇水晶はそれ以上食い下がるのはやめた。
真紅はこういう性格なのだ、と、何となく理解出来始めていたのだ。
「続けましょう、薔薇水晶」
 鼻をこすり、真紅は再びミシンのスイッチを入れた。

 それから約1時間後。
「はあーーーっ」
 真紅が思わず叫ぶ。
 綿を詰め、返し縫いをして、ついにジュンのヌイグルミが完成した。


473: 2008/08/04(月) 09:51:08.48 ID:7w2fn/RN0

「ラッピングはこれでいいかな」
 赤いチェックの袋に、緑色のリボン付きシールを貼るエンジュ。
「ええ、私センスがないから、よく分からないけれど」
「一応、君の色に合わせたつもりだよ、ほら」
 出来上がった物を真紅に見せる。
「まあ…」
 手に取り、真紅はまじまじと観察し、嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、また当日に取りに来るから」
「ああ、待ってるよ」
 二人に手を振り、家路に着く。


474: 2008/08/04(月) 09:58:15.75 ID:7w2fn/RN0

 桜田家が見えてくる。
「…そうだわ」
 真紅は反射的に左手を押さえる。これを見られでもしたら、
どういう反応をするか分からない。
 後で直る、と言えば、ジュンは納得するだろうか。
いや、こちらは、ジュンに今何をしているか、伝えていない。
「………」
 とにかく、気まずくなるような事態は出来るだけ避けるべき、
真紅はそう結論づけた。


477: 2008/08/04(月) 10:04:52.30 ID:7w2fn/RN0

 だが、それは簡単にバレてしまった。
「…真紅、どうして左手を隠すんだ?」
 夕食の時も含め、常に左手を後ろに隠していた真紅を、
ジュンはすぐに不審がったのだ。
「何でもないわ」
「…見せてみろよ」
「嫌よ」
 ジュンはおもむろに立ち上がり、真紅の椅子を引いて
左手を持ち上げた。
「!!」
 目を見開くジュン。
「お前……」
「大丈夫よ、直るわよこんなの」
「親指と人差し指がないのにか?簡単に直るのか?」
「………」
 のりたちが心配そうに見ている。
「………」
 真紅は黙って口を尖らせている。切り抜けられるほどの話術はない。

479: 2008/08/04(月) 10:16:15.30 ID:7w2fn/RN0

「…」
 それを見ていたジュンは、大きくため息をつく。
「お前がどこに行って何をしているのか知らないけど」
「……」
「こういう事になるのなら、もうやめてくれないか」
「…それは大丈夫よ、もう」
「大丈夫?」
「もう傷ついたりする事はないわ、安心して頂戴」
「……」
 ジュンは真紅の瞳を覗き込む。真紅はそれに合わせるように、
ジュンを見つめ返してきた。
「…本当だな?」
「本当よ」
 真紅は眼を逸らさずに即答する。
「…ん、じゃあいいよ」
「そう」
「……」
 立ち上がり、自分の席に戻るジュン。
 真紅はため息をついた。


481: 2008/08/04(月) 10:24:41.45 ID:7w2fn/RN0






「ジュンくーん、おめでと~~~!!」
「なの~~!!」
 パーンと朝っぱらからクラッカーが鳴り響く。
「ん…っな、何だよ」
 ベッドの中で、眠たい眼をこすりながらジュンが起き上がる。
「ジューン、おはようなの」
「今日誕生日でしょう?」
 のりがニコニコしながら答える。
「えっ……あ」
 そういえば、とジュンは思い出した。学校に行かなくなってから、
あまり日付を気にしていなかったせいもあるかもしれない。
「今日はね、私と翠星石ちゃんで、ケーキを作ってるのよぅ」
「え」
 ジュンは時計を見た。午前8時半。
外は灰色の空がゴロゴロ鳴っている。

483: 2008/08/04(月) 10:33:50.00 ID:7w2fn/RN0

「ヒナもね、ヒナもね、ジュンにプレゼントがあるの!!」
「…プレゼント?」
「はいなの!」
 満面の笑みで差し出されたのは、一枚の画用紙。
「……これは」
 眼鏡を掛けた男の子の絵に、『じゅん14さいおめでとう』と、クレヨンで大きく描かれている。
「この前のはね、みんな描いちゃったから、今度は
 ジュンだけかっこよく描いたのよ」
 言いながら肩に飛び乗ってくる雛苺。
「どう、似てる?」
 首に抱きついて雛苺が覗き込んでくる。
「ああ、似てるよ。かっこよく描けたじゃないか」
「えへへ、ありがとうなの」
 ジュンはいつの間にか、ニヤニヤしている自分に気づく。
「そうか、誕生日か…ん?」
 ジュンはベッドから降り、階下へと向かう。


488: 2008/08/04(月) 10:45:42.48 ID:7w2fn/RN0

「今日はね、蒼星石と金糸雀も呼んでるのよ」
 後ろからのりと雛苺が下りてくる。
「………」
 リビングのドアを開けるジュン。
「おっはようですーぅ!!」
「うわっ」
 パーンとクラッカーが鳴り、ジュンが思わずのけぞる。
「やーい、びびってやがるです」
「お、お前…てか」
 きょろきょろとリビングを見回すジュン。

491: 2008/08/04(月) 10:51:21.21 ID:7w2fn/RN0
「真紅は?」
「え」
「真紅はどこにいるんだ?」
「えっとね、ちょっと出掛けてるの。すぐに戻るって」
 雛苺が後ろから答える。
「出掛けてる…?」
「大丈夫よ、すぐに戻るって言ってたから」
「すぐにって…」
 窓の外に視線を移すジュン。
 先ほどよりも、少し空の色が濁ってきた気がする。


500: 2008/08/04(月) 11:03:42.06 ID:7w2fn/RN0

「じゃあ、これね、はい」
「ありがとう」
 袋を受け取る真紅。
「それじゃ」
「あ、待って」
 店を出て行こうとする真紅を、薔薇水晶が止める。
「今日、雨が降るって、天気予報で言ってたから、傘…」
 言われて、真紅は空を見上げる。
「大丈夫よ、別に、これくらい。傘なんていいから」
 ぶんぶんと手を振る。
「でも」
「平気よ、気にしないで」
 そう言って、真紅は店を後にする。
「…行っちゃった…」
 薔薇水晶は再び、空を見上げる。
 西から、濁った雨雲が急速に広がってきていた。


504: 2008/08/04(月) 11:18:39.01 ID:7w2fn/RN0

「…降りそうね」
 ズ…ズン…と、今度は近くで音が鳴る。
「急がなきゃ」
 ぽつ、ぽつ、と雨が降り始めた。真紅はプレゼントをドレスの中に入れ、
濡れないようにする。
 瞬間、視界に閃光が走った。思わず瞬きをする真紅の耳に、
つんざくような音が轟いた。
「……!」
 ぽつ、ぽつ、がぱら、ぱらになり、数秒後にザアアアアと一気に
土砂降りになった。


507: 2008/08/04(月) 11:29:06.26 ID:7w2fn/RN0


「楽しみかしらー」
 金糸雀と雛苺が、リビングで陽気にじゃれ合っている。
のりと翠星石が料理を準備し、テーブルで蒼星石が食器を
並べている。
「……」
 ジュンはざあざあと降りしきる雨を見つめ、時計に眼をやった。
「10時半…」
 自分が目覚めてから既に2時間。真紅が出掛けてからだと、
2時間半くらいになるのではないだろうか。
「遅いわねぇ」
 いつの間にか、のりが隣に立っている。
「…うん」

509: 2008/08/04(月) 11:35:02.36 ID:7w2fn/RN0
「真紅、いつから出掛けてるの?」
 蒼星石が窓際に来て、ジュンのズボンの裾を掴む。
「8時過ぎよぅ」
 のりが答える。
「…店に行って帰ってくるだけなのに、おかしいな…」
「え」
 ジュンが蒼星石の言葉に反応した。
「おい蒼星石、店って何だ?」


512: 2008/08/04(月) 11:40:43.62 ID:7w2fn/RN0



「ああ、8時半過ぎだったかな。もうこちらを出たよ」
 ザアザアという音。
「うん、またこっちにでも来たら連絡しよう」
 電話を切るエンジュ。
「どうしたのお父様…」
「ん」
 薔薇水晶が店に出てくる。
「真紅が家に帰ってないらしい」
「え…」
 時計を見上げる薔薇水晶。10時45分。
「………」
 外は、土砂降りの雨が容赦なく
窓を打ちつけている。
「…私、探してきます…」
「え?」
 エンジュの言葉を聞く前に、傘を持って、薔薇水晶は
飛び出した。


514: 2008/08/04(月) 11:46:46.10 ID:7w2fn/RN0

「うわっ、すご」
 ドアを開けると、横殴りの雨が顔と眼鏡を濡らし始める。
「待って、私も行くわ、ジュン君」
 傘を差すジュンを、のりが呼び止める。
「いいよ、姉ちゃんは4人を見ててくれ。まともなのが
蒼星石一人じゃ心細い」
「でも」
「いいから。すぐに戻ってくるよ」
「………」

 傘を差し、Enju堂までの道を思い起こすジュン。
おそらく、雨やどりをしているのだろう。
 これだけ急に降ってきた雨だ。真紅は、行き帰りのルート沿いの
どこかにいる。
「…あいつ」
 

 ジュンが駆けていく道で、バシャ、バシャ、と音が響いた。

551: 2008/08/04(月) 15:25:17.08 ID:7w2fn/RN0




 滑り台の下から、真紅がひょこっと顔を出した。
 
時おり目の前の道路を車が走っていくが、その音すら聞こえない、
見境なしに泣き続ける、子どもの泣き声のようなけたたましい雨。
「………」
 ドレスは既に全身ぐっしょり濡れていて、ドロワースだけがまだ
温もりを実感出来る程度である。
だが、それもいつまで続くか分からない。
「…大丈夫かしら」
 真紅は胸元を開き、ドロワースの内に収めているヌイグルミを
確認する。
 多少皺が出来てしまったが、袋が濡れたりはしていない。


554: 2008/08/04(月) 15:37:37.97 ID:7w2fn/RN0

 止みそうにない。
 それが分かっていても、濡らしたくない。
「………」
 小降りになったらでいい。
 急いで帰れば、プレゼントは濡れなくて済むだろう。
遅くなったから、怒られるかもしれない。きっと今のジュンなら、
ゲンコツくらいはお見舞いしてくるかもしれない。
『これくらいで騒がないで頂戴、みっともない』
 自分が突如袋を取り出す。
 ジュンは何コレ、といった顔つきでそれを
見ている。
 やがて袋の中から出したヌイグルミを
得意げに自分が渡す。
 ジュンは少し驚いた表情をして、すぐに照れくさそうに
笑うのだ。
 自分は、『大切にしなさい』と、笑顔のジュンに
ちょっと偉そうめに云う。
「ふふ」
 真紅はにやけている自分に気がついた。


558: 2008/08/04(月) 15:47:45.94 ID:7w2fn/RN0

 袋に、ぽたっ、と雫が落ちた。
「あ」
 自分の頬を伝って落ちたのだと分かる。
「いけないわ」
 すぐに胸元を閉じ、再び空を見上げる真紅。
下半身は跳ね返った泥で変色し、足を動かす度に
ぐじゅ、ぐじゅ、という不快な感覚に支配される。

 ヒュウウ、と後ろから風が吹いてきて、真紅は
ぶるっと全身を震わせた。
「………」
 耳が痛くなるほどの音。アスファルトを何度も何度も、
際限なく打ちつける。

559: 2008/08/04(月) 15:56:38.37 ID:7w2fn/RN0

「…」
 真紅は思わず耳を塞ぎ、目をぎゅっと瞑る。
駄目だ、と思った。
 ずっとこの音を聞いていると、駄目になる。
「うぅ…」
 絞り出すような声。
 寒い。足が重い。
「真紅」
 自分を呼ぶ声がした。
「え…」
 眼をうっすらと開ける。顔に雨が当たらなくなり、
目の前が真っ暗になる。
 傘だ、と理解するのに、幾分か時間が掛かった。



563: 2008/08/04(月) 16:06:00.38 ID:7w2fn/RN0




「いないな……」
 カンカンカンという踏み切りの音に、ジュンは足踏みする。
バス停にもいない。
 ひょっとすると、人形である事を意識して、人目を
避けているのかもしれない。
 そうなると、余計に探しようがない。
「いや」
 ジュンは道沿いのバス停に腰を下ろし、考えを巡らせる。
 真紅は元来真面目な性格だ。知らない場所に、
わざわざ行くような子ではない。
 特に、ハプニングに見舞われた時に、知らない場所に
行ったりするだろうか。
 元々、街の地理など、そんなに知らないはずで―――

 ちょんちょんと肩をつつかれる。
「ん」
「こんにちは…」
 傘からしたたる滴の向こうに、紫色の人形が見えた。


565: 2008/08/04(月) 16:15:16.05 ID:7w2fn/RN0

「どうしたの…こんな所で」
 薔薇水晶が傘を折りたたみながら話しかけてくる。
「真紅を探してるんだ」
「あら……」
 一度周囲を見回す薔薇水晶。
「いないの?そっちも…?」
「え」
「私も…探していたの…」
「…そうか」
 項垂れるジュン。
「道沿いをずっと?」
「ええ、こういう、屋根のある所を重点的に」
「……それでもいないのか…」
「…」
「隣、いい…?」
 ジュンが顔を上げると、薔薇水晶はベンチによじ登って前を向いた。


568: 2008/08/04(月) 16:27:40.29 ID:7w2fn/RN0

「……」
 薔薇水晶は、濡れた背中のリボンを小さく絞って、
更に後ろで小さな蝶々結びにした。
 ジュンはふと思った。
どうして、薔薇水晶が真紅を探しているのだろう。

「薔薇水晶」
「?」
 こちらを見上げる薔薇水晶。
「何で」
「……え」
「何で、お前が真紅を探してるんだ?」

574: 2008/08/04(月) 16:48:57.07 ID:7w2fn/RN0


 黒い羽。
 笑いもせず、こちらを無表情で見つめる赤い瞳。

「水銀燈…」
 真紅は目をぱちくりとさせた。
「ほら、濡れちゃうでしょ、貸してあげるわ」
 黒い傘をいっぱいに広げ、渡そうとする水銀燈。
「どうしてここに…」
「なぁに、話した方がいいかしら」
 いつもと違う、どこか穏やかな口調。

578: 2008/08/04(月) 17:02:09.71 ID:7w2fn/RN0

「……」
「馬鹿ねぇ、傘くらい、貸してもらったっていいじゃない」
「え…」
「あんたのそういう所が、人に結果的に迷惑掛けてるって、
 気づかないのかしら」
「…見てたの?」
 水銀燈が顔を上げる。
「見てたわよぉ、結構前から。知ってる?あの店、パラペット屋根があって、
 曇りの日の朝は、なかなか涼しいのよぉ。今日とかね」
「悪趣味ね」
「何とでも言ってなさい」
「…」
 ザアザア、と、雨音が少し小さくなった気がする。

581: 2008/08/04(月) 17:13:57.79 ID:7w2fn/RN0
「さっさとあのミーディアムの所へ帰ったらぁ?
 私もこんなつまんない場所に、いつまでもいたくないし」
 そう言って、半ば強引に傘を渡す水銀燈。
「いらないわよ」
「あら、じゃあ、さっき見てた胸の中の袋は、濡れちゃってもいいわけ」
「……」
 思わず胸を押さえる真紅。
「…本当に悪趣味ね、貴女」
「あら、悪口がワンパターン化してきてるわよぉ、どうしたのかしら」
 水銀燈がくすくすと笑う。
「うるさいわね」
「……」
 二人の会話が止まる。

583: 2008/08/04(月) 17:19:13.53 ID:7w2fn/RN0


「ジュンは、きっと怒ってるわ」
「……」
「今何時か知らないけど、もうお昼近いんじゃないの」
「さあ」
「…私はこれをジュンに届けたい、でも」
 ぽた、ぽた、と、ヘッドドレスから滴が落ち始める。
「きっとジュンは、喜んでくれないんじゃないかしら」
「真紅…」
 首を傾げ、眉間に皺を寄せる水銀燈。
「……」
「つまんない子になっちゃったわねぇ」
「え…」
「あんた何しに出てきたの?こんな日に、あの店まで」
「……」
「薔薇水晶が気を遣ったのに、傘も借りずに?」
「…いちいち掘り返さないで頂戴。イライラするわ」
 真紅は口を尖らせ、ぷいと横を向いてしまう。

586: 2008/08/04(月) 17:23:24.26 ID:7w2fn/RN0
「………」
「……あーあ、分かったわよぉ、せっかくお姉さんが
お助けに参上したのに、そういう態度取るわけぇ」
 はあ、と深く息を吐いて、やれやれという風に首を振る。
「ん」
 手を差し出す。
「何よ」
「返して、その傘」
「………」
 真紅は視線を下に向け、黙り込んでしまう。
「私だってボランティアやってるわけじゃないのよ。真紅」
「…分かったわ」
 傘を受け取った水銀燈は踵を返し、
滑り台から離れていく。
「……」
 真紅はむくれたまま、視線を上げようとしない。
「じゃあねぇ、今日はそこで泥だらけになるといいわぁ」
 黒い傘が遠ざかっていく。

「……」
 真紅の足元に、ぽた、ぽた、と、滴が何度も落ちた。




592: 2008/08/04(月) 17:44:52.75 ID:7w2fn/RN0

「……」 
 滑り台の支柱を掴み、そのままズルズルと
真紅はしゃがみ込む。
 先ほどまで小降りだった雨が、また少し勢いを増して
きた気がする。
 雨粒がヘッドドレスを揺らし続け、真紅の頬に、首筋に
流れていく。
「……ジュン」
 視線は、地面に出来た水たまりの方向を見ている。だが、
真紅は違うものを見ていた。

 冷たい。
 顔に泥が跳ね返った。
「……」 
 右手で拭うも、一度跳ね返ると、それは何度も頬に、胸につき始めた。
「嫌…」
 思わず両手で顔を覆う。閉じられた視界は真っ暗で、
けたたましい雨音だけが真紅を孤独に追い込んでいった。


595: 2008/08/04(月) 17:58:15.87 ID:7w2fn/RN0

 チリンチリンと音がして、Enju堂のドアが開く。
「ただいま」
 薔薇水晶が傘をたたみ、続いてジュンが入ってきた。
「ああ、ただいま、おっ、桜田君じゃないか!どうもどうも」
 白崎がへこへこと営業スマイルをジュンに向ける。
「こんにちは…」
「どうした?真紅は?」
 奥からエンジュが出てきた。
「いませんでした」
 ジュンが答える。
「そうか…家に、電話掛けてみるかい?」
 受話器を取る仕草をするエンジュ。
「ええ、一応掛けてみます。戻ってるかもしれないし」
 

597: 2008/08/04(月) 18:07:45.21 ID:7w2fn/RN0

「ああ、そう、ならいいんだ」
 ガチャ、と電話を切る。
「どうだった?」
「戻ってないそうです」
 うつむくジュン。
「そうか…」
 ふと、奥から薔薇水晶が手招きしているのが見える。
「こっち来て…」
「ん?」


 奥の和室に、ミシンが置いてあった。
「これは…?」
「真紅は、ずっとここにいたの」
「…ずっと?」
「ええ」
「どうして…?」


601: 2008/08/04(月) 18:13:06.54 ID:7w2fn/RN0

「言っていいのかしら…」
 薔薇水晶は困ったように視線を泳がせている。
「真紅は、ここで指を飛ばしたのか?」
 ミシンの前でしゃがみ込む。
「……私の注意不足よ、全ては…」
 隣にしゃがみ込み、項垂れる薔薇水晶。
「いや、いいよ、今更。それより、理由が知りたい」
「…理由?」
「真紅がどうしてここに来てたのか」
「……」
「…真紅はどうしても教えてくれなかった。
 雛苺も、蒼星石も、それだけは」
「……そう」
「でも、僕は知りたいんだよ」
「……」
「…」
 長い沈黙が流れる。


604: 2008/08/04(月) 18:27:20.15 ID:7w2fn/RN0

「…ぬいぐるみ」
「え」
 薔薇水晶が壁際の棚を指差す。色とりどりのヌイグルミが、
かごの中、所狭しと並んでいる。
「へえ」
 ジュンは立ち上がり、まじまじとそれを見つめる。
「真紅は、ぬいぐるみを作ろうとしたの…」
「ぬいぐるみ?」
「今日、誕生日なんでしょう?」
 こちらを向く薔薇水晶。
「うん」
「あなたの姿をしたぬいぐるみを…」
「えっ?」
「この一ヶ月、あの子は必氏になって作ってた…」


607: 2008/08/04(月) 18:41:06.10 ID:7w2fn/RN0

「ヌイグルミ…」
「そう…」
「……」
 ザアアア、と、雨の音だけが響く。
「なあ」
「……なぁに?」
「今、真紅、どこにいるのかな」
「……」
 薔薇水晶は答える代わりに、首をぶんぶんと振った。
「そうだよな…」
「桜田君、ちょっと」
 ジュンは顔を上げる。
白崎がドアの所で、手招きしている。
「何ですか?」
「お客さんだよ」


611: 2008/08/04(月) 18:48:11.42 ID:7w2fn/RN0

「え?」
 白崎が店の方に目をやり、そちらにも手招きをする。
「……」
「こんにちはぁ」
 次の瞬間ひょこっと顔を出したのは、水銀燈だった。

「おま……何でここに?」
「さぁ…ここにいるんじゃないかしらって思ってぇ」
 水銀燈はいつものように、悪戯っぽい笑みを浮かべながら
こちらを見ている。
「真紅を探してるんでしょ」
「ん、ああ」
「私知ってるわよ、あの子がどこにいるか」
 

613: 2008/08/04(月) 18:59:23.79 ID:7w2fn/RN0

 バシャ、バシャ、と坂道を駆けていくジュン。
「本当なのか?水銀燈」
 ジュンに抱っこされたまま、水銀燈はむっとした表情になる。
「あら、嘘だと思うなら降ろして頂戴。
不愉快だわ」
「ああ、悪かった、流してくれ」
 やれやれ、といった風にため息をつく。
 坂の頂上で立ち止まる。
 下り坂に立ち並ぶ商店街。その向こうには大きなマンション型の、古い都営団地が
5、6棟ほど固まっている。
 その向こうに大きな川があり、川の向こうに有栖川大学病院が見える。
「………」
 ジュンは水銀燈の顔を見る。水銀燈は、川向こうの、遠い空へ視線を向け、
目を細めている。
「…あの団地のそば」
 すっ、と指を差し、一度だけ瞬きをする。
「小さな公園があるの、分かるかしら?」


619: 2008/08/04(月) 19:16:33.50 ID:7w2fn/RN0





 どれくらい、真っ暗な世界を見ていたのか分からない。

「……」
 真紅は、ふと両手を外して前を見た。
 雨がパラパラ、と小降りになっている。
泥が顔や手に跳ね返り、なくした指の付け根にも泥がこびりついている。
「…」
 ぐしょぐしょになった胸元をつまんで、中に入れてある袋を見る。
「ああ…」
 紙製の袋は水が染み込み、口が少し破けていた。
「あぁぁぁ…」
 両目を右手で覆う真紅。


626: 2008/08/04(月) 19:28:53.12 ID:7w2fn/RN0

「………」
 泣きそうになっているのが自分でよく分かる。
「最悪だわ…」
 中身まで確認する気になれない。
 頭上に、パラパラと小雨が降り続く。
「……でも」
 泣いている場合ではない。
 今のうちに帰らないと、またいつ雨が強くなるかもしれない。
「……」
 空を見上げる。
 これが昼間かと疑うくらい、どす黒い雲に覆われ、
通り過ぎる車はライトを灯している。
「……」 
 だが、不思議と雨足が強まる様子はなく、むしろ
じわじわと弱まっている感じすら受けた。

 今しかない。

 真紅はぐじゅ、という音と共に立ち上がり、
最早真紅とは呼べないドレスの泥を払う事もなく、公園を後にする。

 ぐじゅ、ぐじゅ、と水の動く音が足元から響いた。


629: 2008/08/04(月) 19:38:43.20 ID:7w2fn/RN0

 袋がずり、ずり、と落ちそうになっているのが分かる。
「………」
 指がある右手でそれを支え、左手で、道路際のブロックを支えにして
少しずつ、真紅は家に向かっていた。
 ここからだと500メートルくらいだろうか。そんなに離れてはいない。
だが、今はその道程がとてつもなく遠く感じられる。
「はぁ…」
 身体が重い。靴の水のせいで、たまに足をくじきそうになる。
バシャッ、と、通り過ぎる車が、容赦なく真紅に泥水を掛けていく。

 その度に真紅は背中を向けて、袋に水が掛かるのを
防ぐ体勢を取った。



「………」
 ギシ、ギシ、と、何か動きにくい音がする。
まさか、と思った。
 あと少しなのだ。
「待って、もう少し。もう少しだから…」
 自分に言い聞かせるように、一歩ずつ真紅は歩き続ける。


635: 2008/08/04(月) 19:59:52.79 ID:7w2fn/RN0

 こんな所でネジが切れる理由が、真紅には分からなかった。
別段力は使っていない。
「どうして…あっ」
 ギッ、と音がして、真紅は前のめりに倒れ込んだ。
べしゃっ、と言う音。胸に強い衝撃を覚える。

「……しまった」
 立ち上がろうとした真紅は、再びがくんと膝から倒れる。
「う…」
 足が動かない。
「……」
 真紅は諦めたように深く項垂れ、胸から袋を取り出す。
「あっ」
 袋は真ん中から大きく裂け目が走り、中のヌイグルミが一部濡れていた。
「……」

637: 2008/08/04(月) 20:00:36.54 ID:7w2fn/RN0
 思わず、真紅はヌイグルミを抱きしめる。
 それと同時に、涙が溢れ出てきた。

 せっかく。

 せっかく作ったのに。

 どうして。

「ジュン……」
 パアアアアア、と、後ろから何かが聞こえ、
真紅は振り向く。
 
 目の前が光に覆われ、真紅を一瞬のうちに呑み込んだ。
 



647: 2008/08/04(月) 20:13:21.29 ID:7w2fn/RN0
 


「いないじゃないか」
 公園の入り口から、ジュンと水銀燈が滑り台を見ている。
「あ、あれ、おかしいわねぇ」
「……」
「小降りになってきたから、もう帰ったのかしら…」
「…うーん…ん?」
 ジュンは足元に視点を移した。
「何だこれ」
 公園の中に、足跡がついている。
「え、あら」
 水銀燈も気がついたようだ。
 注視すると、入り口から外、アスファルト部分にかけて、
今度は小さな泥の塊が点々と続いている。

651: 2008/08/04(月) 20:24:41.17 ID:7w2fn/RN0

「ジュン」
「ん」
「今日は雨が降っているのよね」
「ああ」
 水銀燈は公園の中に視線を戻し、また再度アスファルトの方を見る。
「雨がまだ洗い流せていない泥…」
「……」
「それ程時間が経っていない内の足跡…」
「つまり、これは」
「そうね、真紅の」
 ジュンは泥が残っている方向を見やる。
「家に向かう道だ」


654: 2008/08/04(月) 20:31:59.81 ID:7w2fn/RN0

「ねえ」
 水銀燈が口を開く。
「ん?」
「真紅はどうして、ああいう事が出来るのかしら」
「何だって?」
 ジュンの顔を見上げる水銀燈。
「私にはよく分からないの、正直」
「……?」
「私たちはローゼンメイデンっていうお人形で、お父様に会うために
生み落とされた」
 ばしゃ、ばしゃ、と水が跳ねる音がする。
「いつかは、闘って、傷つけ合って、奪い合って、動かなくなって」
 ブウウン、と車が通り過ぎていく。
「姉妹の魂を集めた唯一人だけが、元の正しく、美しいアリスへと
 孵化する事が出来る、そうでしょう?」
「……ああ」


656: 2008/08/04(月) 20:35:33.85 ID:7w2fn/RN0

「だったら」
 水銀燈の右手が、ジュンの胸をぎゅっと掴む。
「……」
「誕生日プレゼントなんて、おままごとみたいな発想、
出て来ないと思うのよねぇ」
「……」
「不愉快だったら言って頂戴ねぇ、ま、どうでもいいけど」
 ジュンは何も答えず、真っ直ぐ前を見て走り続ける。
「どうしてミーディアムとの絆なんて気にするの?大切にしようとするの?
 7体全員、いずれはマスターの元を離れ、動かない人形に戻るのに」
 水銀燈は首をもたげ、ジュンの肩にすり寄る。
「ねぇ、分からないわ、私にはあの子が」
「あっ」
 ジュンが声を上げた。


661: 2008/08/04(月) 20:48:29.67 ID:7w2fn/RN0


 道路に散乱している、赤いチェックの紙が目に入った。

 そこから左に目を転じるジュン。

「真紅!!」
 水銀燈が思わず口を覆う。

 美しかった金髪や、紅色のドレスは泥に汚れ、白いはずの
ドロワースは、土色に変色している。
 真紅は泥だらけの顔で目を閉じ、ブロック塀に寄り添っていた。

 その手に何かを持っている。

「おい、真紅」
 ジュンが駆け寄り、しゃがんで起こそうとする。
水銀燈は目を見張る。
「この子……」
 左手にヌイグルミの首、右手に、残りの胴体。はみ出た綿が
雨に濡れ、雨粒を弾いて、地面にぽつ、ぽつ、と落ちていた。
 

697: 2008/08/04(月) 22:14:19.31 ID:7w2fn/RN0


「大丈夫、ネジが切れてるだけだ」
「……」
 水銀燈は、道端に落ちている紙切れを拾う。
「…水でも染み込んだからかな…こんなに早く切れるなんて…」
 首を捻りながら、ポケットの雑巾を取り出す。
「あら」
 紙切れの一枚に貼ってある、シール付きのリボン。シールの金箔部分に、
何かが書いてある。
「ねえ」
 真紅の顔を拭いていたジュンに、水銀燈が話しかける。
「これ、何て書いてあるの?」
「え」
 見せられたシール。
「『Dear Jun』……」
 ジュンは真紅に向き直り、その両の手に握りしめられている
ヌイグルミを手に取った。


702: 2008/08/04(月) 22:24:47.30 ID:7w2fn/RN0

 泥にまみれているが、フェルトを使って、眼鏡や髪が作られているのが分かる。
「これは……」
 はみ出た綿。
「真紅…」
 ジュンは、しばらくそこから動けなかった。




「ええ、見つかりましたんで。はい…はい…
 すみません、薔薇水晶にも、お礼を言っておいて下さい」

 電話を切り、一息つくジュン。
「ふう」
「ジュンく~ん」
 のりが浴室の方から出てくる。
「お風呂の準備出来たわよー」
「あ、うん」
 返事した後、玄関口の水銀燈を見やる。

706: 2008/08/04(月) 22:30:15.46 ID:7w2fn/RN0


「ありがとう、水銀燈…」
 水銀燈は首を傾げ、小さく笑う。
「別にお礼なんて言わなくてもいいのよぉ。馬鹿な事してないで、
さっさとローザミスティカよこしなさい、って、真紅に言っておいてねぇ」
 そう言ってドアを開け、傘を開こうとする。
「帰るのか?」
 水銀燈が振り返り、怪訝な顔つきになる。
「?帰るわよ、何?」
「いや…」
 ちらっとリビングの方を見るジュン。


708: 2008/08/04(月) 22:35:38.04 ID:7w2fn/RN0

「あぁ、そういう事」
 水銀燈は傘を持ったまま、顔の横で両手をひらひらさせる。
「今日はお祝い事でしょ。貴方のための。
 私そんな場所にいたくないのよぉ」
「……そうか」
 少しうつむくジュン。
 ザアアアア、と、雨音が聞こえてきた。水銀燈がドアを開けたのだ。
ひんやりとした風がホールに入ってくる。
「ねえ」
 薄暗い中で水銀燈が振り返り、妖しく微笑む。
「ん…?」
「悪くなかったわよぉ、貴方に抱かれてて」
「え」
 ふふ、と笑い、肩をすぼめる水銀燈。
「それじゃねぇ、真紅によろしくぅ」
 もう一度、上目遣いにジュンを見る。
「『ジュン君』」

 傘を開いた水銀燈が見え、すぐにドアが閉められた。



716: 2008/08/04(月) 22:47:37.94 ID:7w2fn/RN0


 服を洗濯機に放り込み、ジュンは浴室に入る。
「真紅…」
 浴槽に寄りかかった状態で、一糸纏わぬ真紅が
安置されていた。
 ジュンの背筋がぞくっと震える。雨の中にい過ぎた
せいだろうか。


 シャーーーと真紅の全身を洗い流していくと、
泥が目に見えて、次から次へと排水溝に
消えていくのが分かる。
「次は髪か…」
 こちらは厄介で、髪にこびりついた泥は、丹念に流しておかなければ
ならない。
「真紅…」
 寒かったろうに、と、ジュンは思った。


721: 2008/08/04(月) 22:55:11.96 ID:7w2fn/RN0

 あれだけ欠損を嫌がっていた真紅が、指を2本なくし、
それでも作り上げたのは、ミーディアムである自分へのプレゼントだった。

 雛苺やのりが、そこだけ何も言わなかったのが、今ならよく分かる。

 真紅は出来るだけ、自分を喜ばせたかったのだ。全てを隠して、
今日のこの日に弾けさせたかったのだ。


 不思議と、『自分なんかのために』とは、思えなかった。
そうした卑屈な感情は、逆に真紅の想いを無駄にしてしまいそうな気がして、
怖かった。


727: 2008/08/04(月) 23:04:47.76 ID:7w2fn/RN0

 一ヶ月前、自分がクッキーをまずいと言った時、真紅は
何も言わず、ただ一人で泣いていた。

 怒る事も、それ自体を引きずって嫌味を言う事もせず、
ただ、悲しそうにしていた。


 キュ、キュ、と蛇口を閉め、目を閉じている真紅の身体を丁寧に拭いてゆく。

「さて…」
 送風だけのドライヤーで、遠めからゆっくりと乾かし続ける。
巻き毛部分を損なわないようにするのは、
神経を使うものだ、とジュンは思った。


732: 2008/08/04(月) 23:15:22.91 ID:7w2fn/RN0



「ねー」
 リビングのドアがキィ、と開き、雛苺がリビングへ入ってきた。
「真紅、大丈夫かな?」
「大丈夫に決まってるですよ、あの子は強い子なんですから」
 トイレ側のドア付近をうろうろしながら、翠星石が
ふん、と鼻を鳴らす。
 時おり、落ち着かない様子で、ちらちらと洗面所の方を覗き込んでいる。

「全く…素直じゃないんだから…」
 ダイニングの椅子の上で、蒼星石がやれやれ、といった感じで
ため息をつく。
「ヒナ、大丈夫よ。またすぐに、元気になってくれるかしら」
 うつむいている雛苺の頭を、金糸雀が撫でている。


736: 2008/08/04(月) 23:23:18.49 ID:7w2fn/RN0

「……ええ、真紅ちゃんも大丈夫みたいですし、
 お礼も兼ねて、良かったら」
 ホールでは、のりがどこかに電話しているようだ。
「ええ、是非。お待ちしてます」
 ガチャ、と受話器を置き、ふう、と天井を仰ぐのり。

「姉ちゃん」
 振り向くと、ジュンが廊下の向こうから歩いてきている。
「どうしたの?今の電話」
 腕に、真紅を抱いている。
「あ、今ね、エンジュ先生の所に電話したの。お礼も兼ねて、
今日パーティに来ませんかって。そしたらね」
 ジュンが目を丸くする。
「え?」

739: 2008/08/04(月) 23:26:34.07 ID:7w2fn/RN0


「今から来ますって。エンジュ先生と、薔薇水晶ちゃんと、白崎さん」
「えええ???」
「うふふ、久々に男の人とパーティかぁ」
 驚くジュンを尻目に、のりは鼻歌を歌いながらリビングに入っていった。

「全く……騒がしくならないといいけど…」
 言いながら、2階へと上がっていくジュン。

 その背後。
 玄関にいた黒い影が、すうっと姿を消した。




741: 2008/08/04(月) 23:30:20.43 ID:7w2fn/RN0


「………」
 真紅をベッドに寝かせ、鞄からゼンマイを取り出す。

 さっきまでの泥まみれが嘘のように、長い金髪に
蛍光灯の光を反射させながら、真紅は静かに眠っている。

「真紅…」
 ジュンは真紅の頬を撫で、口を開く。
「僕を喜ばせようとしてくれてたのか?お前は」
 横向きにして、背中の穴へ、ゼンマイを差し込む。
「それなら、もう僕は充分だよ」
 キリ、キリ、と、一巻きずつ丁寧に巻いていく。
「充分喜んでる、だから…」

「………」

 うっすらと、二つの蒼い瞳が開かれた。



746: 2008/08/04(月) 23:35:23.41 ID:7w2fn/RN0

「…ジュン…?」

 真紅はゆっくり寝返りを打った。ぽふっという音。

「真紅」
「……ごめんなさい」
 その左手を、ジュンに向けて伸ばそうとする。
「迎えに来てくれたのね……」
 親指と人差し指のないその手を、ジュンがゆっくり
受け止める。
「私、いけない子だわ…」
 半身を起こす真紅。
「何が…?」
「迷惑だけ掛けて、結局何も…」
「……」
 真紅はうつむき、右手で口元を押さえる。
小さな肩が、小刻みに震えている。

「私、貴方に何も届けられてないの」

 くすん、くすん、と鼻を鳴らし、真紅は嗚咽を
漏らし始めた。


761: 2008/08/04(月) 23:50:12.01 ID:7w2fn/RN0


「真紅」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 両手で顔を覆い、微かに見える両目から、ぽろぽろと
涙がこぼれている。
「真紅…」
 ベッドに座り、真紅を抱き寄せるジュン。
「そんな事ないよ、真紅。僕は」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 泣き声がより一層、大きくなる。
「真紅……」
 今はただ、撫で続けてやる事しか出来なかった。


768: 2008/08/04(月) 23:58:14.15 ID:7w2fn/RN0

「ごめんなさいね、ジュン、本当に…」
 ベッドの上。ジュンの膝の上に乗って、真紅が千切れたヌイグルミを見ている。
 まだ目が赤い。

 すんすん、とにおいを嗅ぎ、眉間に皺を寄せる。
「泥水を吸ってしまってるわね…」
「……」
 ジュンは何事か考えている。
「やっぱり、私は…何も」
 言葉が途切れ、真紅はヌイグルミを見つめたままうつむいてしまう。
「僕はこのままでいいよ」
 真紅がジュンを見上げる。


777: 2008/08/05(火) 00:06:31.27 ID:/L0Gxumh0

「何を言うの、ジュン」
「僕は、このままでいい」
 そう言って、真紅からヌイグルミを受け取る。
「どうして…?」
「だって」
 天井を見上げる。
「お前は、僕に届けてくれようとしたじゃないか」
「えっ…」
「皆に色々尋ねて」
「……」
「彫刻刀で手を傷つけても」
「ジュン…」
「ミシンで指を失ってでも」
「…」
「土砂降りの中、自分の顔やドレスが泥だらけになっても」
 真紅は呆気にとられた表情でジュンを見上げている。

「お前は、僕に喜びを届けようと、必氏になって」
「……」
 真紅は視線を伏せ、ジュンの胸にすり寄る。
 いつの間にか、窓の外の雨音が、聞こえなくなっていた。


780: 2008/08/05(火) 00:10:37.45 ID:/L0Gxumh0


 窓の外が、次第に明るくなってきた。

 雨が上がり、雲間に太陽の光が差し込んできたのだ。

「だから、僕は、このままでいい。真紅」
「ジュン……」
 ジュンの胸元をぎゅっと掴む。
「だからそんな顔しないでくれ、僕には」
 ジュンは真紅の顔を、優しい眼差しで見つめる。

「僕には、届いたよ、お前の想いが」
 そう言って、頭を撫でた。

789: 2008/08/05(火) 00:26:08.84 ID:/L0Gxumh0


「ジュン……」

 真紅は何も言わず、目を閉じた。
 それを見て、ジュンは小さく笑う。



「でもね…」
「?」
 ぱちっと目を開け、ジュンを見上げる真紅。
「ね、ジュン」
「…何だ?」
「やっぱり、直させて頂戴」
 そう言って、真紅は笑顔を見せる。

793: 2008/08/05(火) 00:32:57.53 ID:/L0Gxumh0


「え、何で…?」
「私ね、ジュン」
 膝から降り、ジュンからヌイグルミを受け取る。
「やっぱり、この子を大切にしてもらいたいの、貴方に」
「ああ、だから、大切にするよ」
「違うわ、よく聞いて」
「…?」
「私はお人形。ローゼンメイデンの第5ドール。だからこそ」
「……」
「私はね、貴方に大切にしてほしい。それが、お人形としての、
 私の幸せなの。でも」
「……」
「欠損した状態で愛されるというのは、お人形にとって、
 とても苦しく、つらい事なの。それは愛ではなく、少なくとも
 何パーセントかは、同情が入り混じっているから」
「真紅……」
「私の考えよ。違う子もいると思うわ」
「…」

795: 2008/08/05(火) 00:36:05.12 ID:/L0Gxumh0

「私なら、自分の最も美しい姿を、貴方に見てほしいと
願う。そしてこの子も」
「……」
「だから、お人形としての、この子を大切にしてあげて」
「……そっか」
 ジュンは何度も頷き、真紅に微笑む。

「ありがとう、ジュン」
 真紅はしばらくヌイグルミを見つめ、ホーリエを呼び出す。

 部屋の中を赤い光が包み、
気がついた時には、ジュンのヌイグルミの、首と体がくっついていた。
 あれほど染み付いていた泥の色も、綺麗になくなっている。
 

800: 2008/08/05(火) 00:38:46.79 ID:/L0Gxumh0


「はい」
 ジュンにヌイグルミを渡す真紅。
「あ、ありがとう」
「大事にして頂戴ね。それと」
 ベッドによじ登り、真紅はジュンの頬を、両手で持った。



「誕生日、おめでとう。ジュン」



 そう言った真紅の笑顔は、この瞬間の誰よりも、
幸せそうに、ジュンには見えた。




806: 2008/08/05(火) 00:44:46.56 ID:/L0Gxumh0








「……そろそろ下に行くかな」

 しばらく真紅を撫でていたジュンが、時計を見て呟く。
 時計の針は、ちょうど12時を差した所だった。
「そうね、窓の外も晴れて来たし…って」
 真紅が窓の外を注視する。
「何かしら、あれ」
 窓の外に、何か黒っぽい物が見える。
 何かが窓ガラスにくっついている。
「ん」
 ジュンもそれに気づいた。
 真紅は音を立てないように、こっそりと近づいていく。


807: 2008/08/05(火) 00:45:28.14 ID:/L0Gxumh0

 次の瞬間、真紅は勢いよく窓を引いた。
「ぎゃっあああああぁああっ!!!!」
「きゃーーー!!?」
「うわっ!?」
 素っ頓狂な叫び声に、思わず真紅とジュンも驚いて
声を上げた。


809: 2008/08/05(火) 00:46:42.42 ID:/L0Gxumh0

「あ、あ、あ、あんたたち!!いきなり驚かすなんて
 酷いじゃないのよぉ!」
 胸を押さえてこちらを見ている人形が一体。
「水銀燈!!」
「す、水銀燈??何でお前…帰ったんじゃなかったのか」
 ジュンの言葉に、水銀燈は気まずそうに頭をかいた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、覗いて馬鹿にしてやろうと思ったのよ。
 勘違いしないで。別に盗み聞きしてたわけじゃないわ!」
「………」
「……」
 呆けたように二人は水銀燈を見つめていたが、
やがてどちらともなく、くすくすと笑い始めた。
「何笑ってんのよ、文句あるの?」
「いえ」

815: 2008/08/05(火) 00:52:27.61 ID:/L0Gxumh0

「なあ、水銀燈」
「何よ」
 ジュンは少し考えを巡らせる。
「今日さ、薔薇水晶たちも今から家に来るんだけど…」
「…だから何?」
 真紅は、ジュンが何を言おうとしているか気づいたようだ。
視界の隅で笑いを堪えているのが判る。
「お前も一緒にどうだ?」
「はぁ?」
 水銀燈が首を傾げ、訳が分からないと云った風に両手で
万歳する。
「私言わなかったかしら」
 はあ、とため息をつく。
「おままごとに付き合うのは嫌だって、ねぇ」

819: 2008/08/05(火) 00:55:57.55 ID:/L0Gxumh0

「そうか…」
 ジュンがうつむく。
「そうよ、バカバカしい。私は帰るわぁ」
 背中を向け、飛び立とうとする。
「『水銀燈が、帰ったフリして、十数分ほど、窓の外で会話を盗み聞きしてました』」
 ばっと振り返る水銀燈。
「な…何ですってぇ…?」
「…って、お前以外の皆で笑い話にしてもいいんだろ。お前いないから」
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
 踵を返したジュンの後を追い、窓から中に入ってくる水銀燈。
「そういう風に、人を陰で笑うのは感心しないわ。
 やめて頂戴。お願いだから」
「お前が参加すりゃ、僕も言えないよ、言ったら怪我させられるから」
「………」
 水銀燈は目を見開いた。ようやく気づいたようだ。頭をかき、
はあー、と一際深い溜息を漏らした。
「分かった、分かったわぁ、でも今回だけよ」
 

822: 2008/08/05(火) 01:03:24.66 ID:/L0Gxumh0

「きゃーっ、ジュンくーん、誕生日おめでとーう!!!」
 リビングのドアを開けたジュンの耳に、のりの甲高い声が
響いてきた。
 同時に、パン、パン、パン、と、何かが破裂する音が起きる。
「わっ!」
 何か長いテープのような物がジュンの頭上に降り注いでくる。
「ジューン、おめでとうなのー!!」
「ジュン君おめでとうかしらー!!」
「祝ってやるですぅ、感謝しやがれですぅ!」
「ははは、ジュン君、誕生日おめでとう」
「おめ…でとう…もう一発」
「え」
 脇から、遅れてパーンという音が響く。
「お、お前ら…びっくりしたじゃないか!!」
「ははは、ひゃくらだ君懐かれてるんだねー」
 白崎の顔が赤い。既に酔っ払っているのは何故だろうか。
「白崎。飲みすぎだ」
 こちらはまだまともだ。何故上半身裸なのかは、ジュンには分からない。


827: 2008/08/05(火) 01:06:30.59 ID:/L0Gxumh0

「さ、ほらジュン君、席について」
 促すのりに従い、ジュンは一人掛け用のソファに座る。

「………」
「…いつもこんな感じなの?」
「…いえ、いつもは確か、もう少し穏やかで…」
 紙テープまみれになった水銀燈と真紅は、
しばらく入り口に立ち尽くしていた。




830: 2008/08/05(火) 01:18:19.26 ID:/L0Gxumh0


「それじゃあ、歌を歌いましょう!はい、
 き~よ~し~」
「姉ちゃん、それはクリスマスケーキの時だよ…」
「え…」
「ぶひゃひゃ、お姉ちゃんはユーマがあって
 可愛らしいですねぇ~僕と良かったら、今度カラオケでも~」

「何でUMAなんだ。どこへ行くんだお前。いかん、こいつはいかん。
 済まないな皆、僕は、ちょっと白崎とフラダンスしてくるよ」
 文字通りフラフラしながら、エンジュと白崎は抱き合って
リビングのカーペットに倒れ込んだ。


831: 2008/08/05(火) 01:19:29.16 ID:/L0Gxumh0

「うふふ、二人とも面白い…」 
 薔薇水晶が笑いながら呟いた。
「…これはなぁ、大の大人が…」
「あはは…かしら…」
 蒼星石と金糸雀が、思い切り引いている。

「ね、ジュン」
 真紅が声を掛ける。
「ん」
「はい、忘れ物よ」
 そう言って、作ったヌイグルミを手渡す。
「あ、ありがとう」
「いえ」
 ふふっ、と同時に笑う二人。
「……」
 それを水銀燈が横目で見ながら、小さく微笑んだ。


832: 2008/08/05(火) 01:20:49.82 ID:/L0Gxumh0


「ねえ、ジュン」
「うん?」
「貴方は今、幸せなのかしら」
 ジュンの膝の上で、真紅が尋ねる。
「ああ、幸せだよ、こんなに沢山の人に祝ってもらえて。それに」
 ヌイグルミを取り出す。
「お前のお蔭で」
「そう」
 真紅は笑顔を見せる代わりに、ジュンの左手に、自分の手を重ねる。
「お前は?」


834: 2008/08/05(火) 01:22:31.68 ID:/L0Gxumh0

「え?」
「お前は、幸せなのか?真紅」
 ジュンを見上げる蒼い瞳。
「私?」
 真紅はしばらくの後、顔満面の、笑みを浮かべた。




「私は今、とっても幸せよ、ジュン」






【完】

835: 2008/08/05(火) 01:23:40.03 ID:7Qk7MElp0
乙!また楽しみにしてるぜ!

836: 2008/08/05(火) 01:23:54.55 ID:5sP6/j1c0
乙乙

846: 2008/08/05(火) 01:27:53.93 ID:jTsU26Ay0

毎回クオリティ高いの保っててすごいな

863: 2008/08/05(火) 01:54:57.67 ID:/L0Gxumh0
皆保守本当に助かりました。乙です。
寝落ちが多くてすみません。
楽しんでいただけたようであれば幸いです。

明々後日に第一志望の適正試験と面接があるので、
鋼業系の猛勉強をしてこようと思います。

あと俺は鬱エンド好きなわけじゃないぞ

引用: ローゼンメイデンの話「ジュンの誕生日」