1: 2024/05/18(土) 22:37:27 ID:A8UqE4IU00
小鈴「徒町チャレンジ! 今日は成功させるぞー! ちぇすとー!」

姫芽「おー。ちぇすと~」

吟子「今日のチャレンジってなにするの? 1.5リットルのコーラが目の前にあるけど」

姫芽「それがね~。コーラを一気飲みして~、げっぷする前に山手線の駅名を全部言うってチャレンジなんだってさ~」

吟子「ふぅん……。えっ、待って。チャレンジっていうか、宴会芸じゃん。それに、テレビで見た奴だと1.5リットルじゃなくて500ミリリットルだったような──」

小鈴「徒町! 推して参ります!!!」ガシッ

吟子「あ」

小鈴「んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ!」グビグビ

姫芽「すご~い。排水溝に吸い込まれていくみたいにどんどん減ってる~」

吟子「排水溝に例えられて嬉しいのかな……」

小鈴「ぷはっ! 全部飲み切った──あぁっ!!!」ガタッ

吟子「……? どうしたの小鈴さん。早く駅名言わないとげっぷしちゃうんじゃ……」

小鈴「徒町! 山手線の駅名知りまふ゛ふぇ゛ぇ゛ぇ」

吟子「うわっ!」

姫芽「あちゃ~。失敗か~。でも1.5リットル飲んだだけでもすごいよ~」

小鈴「うぐぅ~。次は! 山手線の駅名全部覚えるぞー! ちぇすとー!」

姫芽「その意気だよ~。それで、どうするの~? 一応録画しておいた今回の徒町チャレンジ。めぐちゃんせんぱいに編集して貰う~?」

吟子「それだけは絶対やめた方がいいと思う」ガシッ

2: 2024/05/18(土) 22:38:02 ID:A8UqE4IU00
──

小鈴「はふぅ。徒町ってば、本当にダメです。またチャレンジ失敗してしまいました」

さやか「それは残念なことですが、めげずに何度も立ち向かうことは、小鈴さんの美徳ですよ」

小鈴「さやか先輩……! はい! 徒町小鈴! 当たって砕けて粉々になっても! チャレンジを続けることをここに誓います!」

さやか「粉々になったら困るんですが……あっ」ピタッ

小鈴「どうしました? 徒町のような路傍の石でも転がってましたか?」

さやか「いえ。ほら、この張り紙見てください」

小鈴「なになに……? 蓮ノ空で木彫りの展覧会をやる、と。品評もされて、最優秀者には賞状の他に表彰盾も送られる……なるほど」

さやか「蓮ノ空の伝統行事です。芸術に秀でた学園らしい催しと言えますね。昨年は確か、才気煥発な方がいて──」

小鈴「さやか先輩!」ズイッ

さやか「は、はい? どうしました?」

小鈴「徒町! これやりたいです!」ピシッ

さやか「これって……木彫り、ですか?」

小鈴「はい! 次の徒町チャレンジは、木彫りの展覧会で最優秀賞に選ばれることです!」

3: 2024/05/18(土) 22:38:33 ID:A8UqE4IU00
──

さやか「ということで、今度の木彫りの展覧会に小鈴さんが参加することになったんです」

梢「ふふっ。小鈴さんは相変わらずね。止まったら氏んでしまうマグロのよう」

さやか「あのバイタリティは真似できませんね……」

梢「それで、わざわざ私に話したということは、何か懸念でもあるのかしら?」

さやか「懸念、というほど大きなものではないんですが……。わたしはその、木彫りの分野はまるっきり門外漢なので……」

梢「ふむ……。先輩として、木彫刻に向き合う小鈴さんとどう接すればいいのか、と言ったところかしらね」カチャ

さやか「はい……。その、芸術に聡い梢先輩なら、何かしら一家言あるのではないかと思った次第でして」

梢「そうねぇ。手慰みや遊びで彫刻を嗜んだことはあるけれど、指導できるほどではないのよね。ああ、そう。確か小鈴さんって、図画工作が好きなんじゃなかったかしら」

さやか「あ、そうですね。美術の授業は意気揚々としてるそうです」

梢「となると、彫刻刀や鑿(のみ)の扱いは小鈴さんに軍配が上がりそうね」

さやか「はい……」

梢「ふふっ。さやかさんあなた、少し肩肘を張りすぎて、視野狭窄に陥っていないかしら」

さやか「え、そう……見えますか?」

梢「ええ。知らず知らずの内に、先輩である振る舞いが重圧になっていたんじゃないかって、私は思うわ」

さやか「……そう、でしょうか」

4: 2024/05/18(土) 22:39:07 ID:A8UqE4IU00
梢「ええ。小鈴さんが木彫りに挑戦するからって、あなたが専門家である必要はないのよ。疲れている時は癒してあげるとか、無理してる時は止めてあげるとか。後ろで見守るということも、先輩の大切な役目じゃないかしら」

さやか「見守る……」

梢「特にさやかさんなんて、お料理が得意でしょう? なら、お腹が空いた小鈴さんには、栄養満点のお弁当を作ってあげるとか、色々考えられるわ」

さやか「あ……。そっか。確かに、そうだ……」

梢「迷いは晴れた?」

さやか「はいっ……! すみません、ありがとうございます!」

梢「ええ。手助けになれたようなら何よりよ」

さやか「やっぱり、梢先輩は頼りになりますね。二年生の時からずっと、揺るがぬ大木のような先輩です」

梢「あらあら。それは過大評価というものよ。私だって陰では思い悩んで、眠れぬ夜くらい過ごしたわ」

さやか「そうは見えませんでしたが……」

梢「ふふっ。なら私の作戦勝ちね」

さやか「作戦勝ち、ですか?」

梢「ええ。そうねぇ……。それじゃあもう一つだけ、先輩が持つべき素養を教えてあげようかしら」

さやか「お、教えてください!」ガタッ

5: 2024/05/18(土) 22:39:39 ID:A8UqE4IU00
梢「ふふっ。それはね、見栄よ」

さやか「み、見栄、ですか……?」

梢「はったりとか、虚勢、とも言い換えられるかもしれないわね」

さやか「はぁ……。どうしてそれが先輩として大切な素養なんですか?」

梢「それは……説明するのは簡単だけれど、少し考えてみて。先輩として成長するための課題よ」ニコッ

さやか「……はいっ! 考えてみます! では、わたしは練習に戻りますね」

梢「ええ。またね、さやかさん」

梢「……」

梢「ねぇ、沙知先輩……。私はあの娘たちに相応しい、あなたのような先輩になれているでしょうか」ギシッ

6: 2024/05/18(土) 22:40:10 ID:A8UqE4IU00
──

小鈴「わ~! ここって、本当に徒町が一人で使ってもいいんですか!?」

さやか「はい。展覧会に参加する生徒は、蓮ノ空の敷地にあるアトリエを一つ使ってもいいそうです。とはいえ、制作規模の大きい一部の生徒だけらしいですが」

綴理「すずは、そんなにおっきなものを作るの?」

小鈴「はい! 徒町が作るのは──」

バタン!

綴理「わ。だれ」チラッ

梢「小鈴さん、この辺でいい?」ノッシノッシ

小鈴「あ、はい! 中央に置く感じで……はい! ありがとうございます!」ペコッ

姫芽「おっきな丸太だ~。吸血鬼狩りに行きそ~」

吟子「丸太で吸血鬼狩り……? なんで……?」

小鈴「梢先輩! 本当にありがとうございます! ヒノキを準備してくれて! 不肖徒町小鈴! 全身全霊を以てお返しをさせていただきます!」

梢「いいのよ。私としても、いい筋肉トレーニングになったもの」ムキッ

梢「それに慈も手伝ってくれたのだし……」チラッ

慈「うおぇ……。ひ、姫芽ちゃ~ん。めぐちゃんの全身揉んで~……」バタリ

姫芽「わわっ。満身創痍なめぐちゃんせんぱい……。これはこれで……」ジュルリ

梢「慈には背筋トレーニングの一環で、伐採の一部を担当して貰ったわ」

姫芽「うぇへへ~。合法的にめぐちゃんを触れる~」モミモミ

慈「ひ、姫芽ちゃ~ん。顔が緩み過ぎて、手にも全然力入ってないんだけど~? きもちくな~いぃ~」

7: 2024/05/18(土) 22:40:47 ID:A8UqE4IU00
小鈴「うぅ……ぐすっ」

綴理「? すず、泣いてる? 大丈夫?」ナデナデ

小鈴「す、すみませんっ。徒町、悲泣の念が体を覆って、愁嘆場にさせてしまうところでした!」

小鈴「ただ、徒町なんかのために、手を尽くしてくれる方がいると思うとつい……ひっく」

さやか「自分に〝なんか〟なんて、付けちゃだめですよ」スッ

小鈴「あ、ハンカチ……。ありがとうございます」フキフキ

さやか「頑張ろうとする人に手を貸すのは当たり前のことです。それにわたしたちは、スクールアイドルクラブの仲間じゃないですか。あなたはもう、その一員なんですよ」

小鈴「なか、ま……。そっか。そっかそっかそっかっ……! あぁ~っ! なんだか徒町、急に燃えてきました! 用意してくれたヒノキに延焼してしまいそうなくらいです!」

さやか「それは洒落にならないのでやめてください」

小鈴「はい! 徒町、鎮火します!」シュウ~…

吟子「対応が早すぎる……」

8: 2024/05/18(土) 22:41:18 ID:A8UqE4IU00
──

姫芽「それで小鈴ちゃんはさ~。このおっきな丸太を削って何を作る予定なの~?」

小鈴「よくぞ聞いてくれました! 皆さん徒町になんて興味を一片たりとも持っていないと思いますので今一度ご紹介させていただきますが、徒町は恐竜で有名な福井県出身です!」

慈「福井って、なんで恐竜が有名なの?」

花帆「ふんふん。ネットで見たら、恐竜の骨がたくさん見つかる地層が福井県にあって、そこでいっぱい化石が見つかったらしいです! それに、世界三大恐竜博物館の一つが、福井県にあるそうですよ!」

慈「へー。明日には忘れてそ~」

小鈴「徒町も恐竜県の一人ですから! 恐竜好きになるのはさもありなんと言った次第でして、中でもお部屋にあるぬいぐるみ、ゴンザレスししょーと同じステゴサウルスが大好きなんです!」

吟子「あ。あのぬいぐるみか。じゃあ今回は、そのステゴサウルスを木彫りで作る、と」

小鈴「ご明察! 流石吟子ちゃん! 脳みそのサイズがクルミほどしかない徒町とはものが違うね!」

吟子「溌剌とした笑顔で後ろ向きなこと言われても困る……」

小鈴「え!? ステゴサウルスも脳みそがクルミくらいしかないんだよ!? 徒町にとってはシンパシーを感じる愛おしい特徴なのに!」

吟子「なのに! と言われても……」

瑠璃乃「ステゴかー。でもさ小鈴ちゃん。折角彫るんならさ、ティラノとかの方がカッコよくね? ステゴもティラノに食べられちゃうし」

小鈴「瑠璃乃先輩! ティラノとステゴは同じ時代に生きてません!」

瑠璃乃「えっ、そうなんか」

小鈴「ティラノは白亜紀後期! ステゴはジュラ紀後期ですよ!」

瑠璃乃「どっちが新しくてどっちが古いのかわかんね☆」

9: 2024/05/18(土) 22:41:49 ID:A8UqE4IU00
さやか「流石、好きなことには詳しいですね小鈴さん。ちなみに、ステゴサウルスの背中に付いた板みたいなのって何なんですか?」

小鈴「あれは剣板とか骨板とかって言われる部位ですね。血液が流れているということが研究で分かったらしく、排熱の機能を有していたとか、天敵から身を守る防御に使われたとか、中には色を変えて目立つことで、繁殖に利用していたとか色々な説があるそうです!」

一同「へぇ~」

小鈴「巷で有名なゴジラの背中のトゲトゲも、ステゴが元ネタと言われてます!」

一同「ほへ~」

梢「期せずして、恐竜の雑学を得る機会になったわね……」

慈「寝たら忘れそう」

さやか「そういえば、小鈴さんがステゴサウルスを最初に知ったのって、いつなんですか?」

小鈴「え……」ビクッ

さやか「……?」

小鈴「あ、あはは……。ごめんなさい。ちっちゃい頃の記憶なので忘れちゃいました……。だめだめですね徒町。あはは……」

さやか「そう、ですか……」

小鈴「そ、それじゃあ張り切って! 木彫ってくぞー! ちぇすとー!!!」

綴理・姫芽・花帆「ちぇすとー!」

吟子「そんな気張っていくみたいな……」

10: 2024/05/18(土) 22:42:23 ID:A8UqE4IU00
──

小鈴「ちぇすとー!」ガッガッガッ

さやか「ふふっ。今日も元気ですね小鈴さん。何よりです」

小鈴「あっ、さやか先輩! お疲れ様です!」ペコッ

さやか「一度休憩しませんか? ほら。今日も疲労回復や精の付くお弁当を持ってきたので」

小鈴「お弁当! わ~い! おっべんとう! おっべんとう!」タタタッ

さやか「慌てないでください。お弁当は逃げませんから」スッ

小鈴「ありがとうございます! 今日の中身は~、わわっ! エビフライがいっぱいです! でも、大きさが均一じゃないような……?」

さやか「あぁ。実は、吟子さんや姫芽さんにも手伝って貰ったんです。自分たちも、小鈴さんの手助けになりたいと言っていて」

小鈴「二人がそんなことを……」

小鈴「……」ググッ

小鈴「徒町、もっとがんばらないと……」ボソッ

さやか「それにしても、日にちが経過するとだいぶ形になってきましたね。今は確か、荒彫りの工程、でしたか?」

小鈴「あ、はい。彫る前に下絵を紙に描いて、イメージが出来上がったら丸太に削る線を入れる木取りをする。そして大雑把に彫って形を掴んでいく荒彫りに移っていく。後は仕上げと着色です」

さやか「ふむ。彫刻には疎いので進捗がいまいち分からないんですが、順調ですか?」

小鈴「あー……えっと、その……は、捗々しい、です、よ……?」

11: 2024/05/18(土) 22:42:57 ID:A8UqE4IU00
さやか「……その目を逸らす仕草を見る限り、余り芳しくは無さそうですね」

小鈴「い、いえ! ちょっぴり遅れているだけです! それもこれも、無精者の徒町が怠慢を貪っていたのが原因ですから! 今はお尻に火が付いた状態なので、一気に仕事が進んでいくはずです!」ガタッ

さやか「……本当ですか? 嘘は吐いてませんか?」

小鈴「う、嘘じゃありません! 今から必氏にがんばれば、絶対に間に合います!」

さやか「そうですか……。まだ展覧会まで時間があるのでとやかくは言いません。ですが、必氏と無理は違いますからね?」

さやか「道具だって鑿や彫刻刀と言った、使い方を誤れば怪我に直結する危ないものです。それは分かっていますね?」

小鈴「は、はい……。徒町、承知の上です……!」

さやか「なら、いいんです。それと最後に、わたし、村野さやかは小鈴さんの仲間です。だからいつだってなんだって些細なことだって、なんでも相談してください。必ず力になりますから」

小鈴「さやか先輩……。はいっ! 徒町! モチベがぐ~ん! って鰻登りです! まずはこのお弁当を食べて! 追い込みをかけるぞー! あむあむ!」

さやか「ふふっ。精の付く鰻を食べて調子が鰻登り。なんだかおかしいですね。では、小鈴さん。続けて頑張ってください」

小鈴「はひ! はやかひぇんぱい! あいあとーごあいまひは!」

さやか「口に物入れながら喋るのはマナー違反ですよ」メッ

小鈴「もぐもぐ、ごくん! はい! ありがとうございました!」

小鈴「……」

小鈴「……絶対、絶対完成させるんだ。徒町なんかに、色んな人がエールを送ってくれてる。期待には絶対……応えなきゃ……報いなきゃ……」スクッ

小鈴「痛みなんて、苦しみなんて、期待に応えられないことに比べたら、何の痛痒にもならないっ……!」

小鈴「……っ」ガッガッガッ

小鈴「我慢我慢我慢っ……!」ガッガッガッ

12: 2024/05/18(土) 22:43:31 ID:A8UqE4IU00
──

『おまえ、足もおそいし手だってぶきようだし、なにができんの?』

『にいちゃんたちは足はえーし魚だってとんの上手いのにさ。おまえだけなんかちがうよな』

『ひとりだけ、べつの子なんじゃね?』

『あ、それってたしか、〝すてご〟って言うんだぜ』

『すてご? すてごって、ステゴサウルスじゃん! 木とか草とか食うやつ!』

『あっはっは! じゃあおまえ、草食えよ! ほら!』

『うわ。ほんとうに食ってるよこいつ。ひくわ』

『でもよー、ステゴサウルスってしっぽがつえーんだぜ? こいつ、ステゴでもねーよ』

『あ~、そっか。ん~……あ! じゃああれだ! きくず!』

『きくず? って、なんだ?』

『木の屑って書いて、きくずって読むんだよ! 捨て子の中でもステゴになりきれず、そこらの木屑を食って生きてるどーしよーもないやつ!』

『うわそれ最高かよ! あ! じゃあさ、木って〝こ〟とも読むだろ? こいつ! 徒町木屑(こくず)だ!』

『いいじゃんそれ! こくず! こくず!』

『こくず! こくず!』

『こくず! こくず!』

13: 2024/05/18(土) 22:44:08 ID:A8UqE4IU00
──

小鈴「──はっ!」ガバッ

小鈴「……ゆ、め……? うぐっ、腕が……」ズキッ

小鈴「ちょっと……無理、しちゃった……。でも、明日には治ってるはず……」ズキズキ

小鈴「さやか先輩がくれたお弁当を食べたんだもん。治らないはずない……。絶対、そんなことない……」

小鈴「今は痛くても、辛くても、寝るのがお仕事……じゃないと、本当に徒町は……」

小鈴「打ち捨てられた木っ端……木屑(こくず)になっちゃう──」

──

さやか「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー」パンパン

小鈴「はぁ、はぁ……あうっ」ズテッ

さやか「あ、小鈴さん。大丈夫ですか?」

小鈴「ご、ごめんなさい……。ここのステップ、まだちょっと難しくて……」

さやか「そう、ですか……? でも少し前に克服した箇所ですよね? それに、動きに精彩さが欠けているようですし……」

小鈴「あっ、えっと……。か、徒町! 脳みそがクルミ一個分なのですぐに忘れちゃうみたいです! ごめんなさい!」ペコッ

さやか「……? 小鈴さん。反省すべき点は脳の大小ではなく、体の使い方のどこが間違っていたかです。具体性の無い卑下は褒められたものじゃありませんよ」

小鈴「ご、ごめんなさい……」シュン…

14: 2024/05/18(土) 22:44:39 ID:A8UqE4IU00
さやか「……まぁ、連日の木彫りの疲れが出たのかもしれません。まだ早いですが、今日は解散しましょう」

小鈴「えっ! か、徒町! まだやれます! 動きだって元気いっぱいでほら──うぐっ!?」ビキッ

小鈴「あぐっ、くぅ……」バタッ

さやか「小鈴さん!?」

小鈴「あっ、さ、さやか、先輩……。だ、大丈夫です……。ちょっと、痛んだだけなので……」

さやか「大丈夫なわけないじゃないですか! すぐに保健室に行きますよ!」ガバッ

小鈴「あわっ!? か、徒町を抱えて保健室だなんて無理です!」

さやか「舐めないでください! 梢先輩の薫陶を一年受けた者なら、人一人背負うことくらい造作もありません!」タッタッタ

15: 2024/05/18(土) 22:45:14 ID:A8UqE4IU00
──

さやか「……腱鞘炎、ですか」

保健の先生「いいや。その一歩手前くらいだね。ここ数日、ずいぶん腕を酷使したんじゃないか?」

小鈴「……木彫りの展覧会で、その……」

保健の先生「なるほど、ね……。君だったか。アトリエを借りるくらいの大作を作っていた生徒は。教師の間でも話題になってたよ」

さやか「あの、先生。それで、どれくらいで治りそうですか?」

保健の先生「ふむ。腱鞘炎ではないとはいえ、安静にしておいた方がいい。二週間はまず、部活も木彫りもしない方がいい」

小鈴「に、二週間……!? そんなっ! 木彫りの展覧会が終わっちゃう……」

保健の先生「残念だけど、今の君に木彫りは無理だ。続ければ症状が悪化して、本当に腱鞘炎になってしまう。それに、予後も悪くなるかもしれない。絶対にしちゃいけないよ」

小鈴「……徒町は、徒町は……」

さやか「小鈴さん……」

保健の先生「一先ず、塗り薬は出しておく。それと、ストレッチの方法も教えておくから……先輩の君も、覚えておいてくれるかな?」

さやか「あ、はい! もちろんです!」

保健の先生「まず腕を前に出して──」

さやか「はい、はい、はい──」

小鈴「だめだ、だめだだめだだめだ……徒町だけの問題じゃない。みんなの期待を裏切っちゃう。だめだだめだだめだだめだだめだ……」ボソッ

16: 2024/05/18(土) 22:45:47 ID:A8UqE4IU00
──

さやか「ふぅ。クラブのみんなへの周知は終わったし、小鈴さんの様子を見に行きますか」

さやか「小鈴さん。お休みのところ悪いですが、少しいいですか? 一つ、提案があるのですが」コンコン

さやか「……」

さやか「いない? いや、まさか……。今日は絶対安静ってあれだけ先生にも……」ヒタッ

さやか「……物音が、しない。まさか!」ハッ

17: 2024/05/18(土) 22:46:26 ID:A8UqE4IU00
──

小鈴「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」ガッガッガッ

小鈴「あぐっ!?」ビキッ

小鈴「い、いた……く、ないっ……! 痛くない、からっ……! まだ! 続けられる……!」ガッガッガッ

バタンッ

さやか「小鈴さん!」

小鈴「!? さ、さやか先輩!?」

さやか「……なに、してるんですか」ジッ…

小鈴「あ、いえ、これは、その……」

さやか「まずは鑿(のみ)と金槌から手を離してください。弁明は後で聞きます」

小鈴「……はい」カタッ

さやか「寮に戻って静養しているかと思えばこんなところに……。先生から言われましたよね? 絶対安静だって。木彫りなんて以ての外だって」

小鈴「……はい。分かってました。でも徒町……どうしても、完成させたくて……」

さやか「気持ちは痛いほど分かります。ですが今無理をすれば、どんな後遺症が残るか分かりません。わたしはあなたの先輩として、止める義務があります」

18: 2024/05/18(土) 22:47:02 ID:A8UqE4IU00
小鈴「でも……ここでほっぽり出しちゃえば、徒町はアレになってしまいます……」スッ

さやか「アレ……? 木材の削りかす……木屑のことですか?」

小鈴「はい……。徒町は小学生の頃、色んなあだ名を付けられました。中でも一番胸の奥底で蟠っているのは、木屑……いえ、木屑(こくず)なんです」

小鈴「出来のいい兄たちから生まれた削りカス、搾りカス……。捨て子の恐竜しか食べないようなちっぽけな木屑だって、あだ名を付けられました」

小鈴「徒町の出来が悪いのは本当のことなので、木屑だろうと木っ端だろうと、なんと言われようが構いません。でも、今の徒町はみんなの思いを背負ってるんです! 丸太を準備して貰ったり、料理を差し入れて貰ったり、毎日応援されてるんです!」

小鈴「ここで徒町がやめてしまえば、応援してくれた人たちに泥が付いてしまいます! それだけは、それだけはっ……! 到底受け入れられません! 徒町はどうなったっていいんです! おっきなステゴサウルスを完成させて! みんなに喜んで欲しいんです!」

小鈴「お願いしますさやか先輩! 腕が使い物にならなくなったって、徒町がんばれますから! 完成まで続けさせてください!」

さやか「……小鈴、さん」タジ

19: 2024/05/18(土) 22:47:34 ID:A8UqE4IU00
さやか(どう考えても、小鈴さんの作業を継続なんて絶対許可しちゃダメだ。腕の炎症が悪化して、一生治らない後遺症が残る可能性だってある)

さやか(きっと小鈴さんは、わたしが本気で言えばやめてくれる。渋々ながらも、鑿と彫刻刀を置いてくれるはずだ。でも、それでいいんだろうか。怪我の恐れがあるから止めに入るだなんて、誰だってできる。別に村野さやかでなくてもいい)

さやか(こうして決心に揺らぎが生じているのだって、自分が迷っている証拠だ。わたしは既に、小鈴さんのこれまでの頑張りを間近で見ている。一心不乱に身の丈ほどの丸太に向き合い、小さく短い腕を懸命に振り下ろす姿を、見てしまっているのだ)

さやか(でも、わたしに何ができるだろう。彫刻なんて授業の一環でしか経験の無いわたしに何が。励ましの言葉や料理の差し入れが生きる場所じゃない)

さやか(自分がすべき選択は。わたしはどうしたいのか。村野さやかという先輩が取るべき最善は──)

~*~

梢『ええ。そうねぇ……。それじゃあもう一つだけ、先輩が持つべき素養を教えてあげようかしら』

さやか『お、教えてください!』

梢『ふふっ。それはね、見栄よ』

さやか『み、見栄、ですか……?』

梢『はったりとか、虚勢、とも言い換えられるかもしれないわね』

さやか『はぁ……。どうしてそれが先輩として大切な素養なんですか?』

梢『それは……説明するのは簡単だけれど、少し考えてみて。先輩として成長するための課題よ』ニコッ

~*~

20: 2024/05/18(土) 22:48:09 ID:A8UqE4IU00
さやか「見栄、はったり、虚勢……」ボソッ

小鈴「え?」

さやか「小鈴さん。鑿(のみ)と金槌をお借りします」パシッ

小鈴「え、え……? な、なにしようとしてるんですか……?」

さやか「簡単な話です。小鈴さんの腕が使えないなら、わたしが彫るまでです。さぁ、指示をお願いします。次はどこを彫ればいいですか?」チラッ

小鈴「は……ちょ、ちょっと待ってください! これはそもそも、徒町個人の作品です! さやか先輩が手伝ってしまえば、それは不正になってしまいます!」

さやか「それを言えば、ヒノキを用意してくれた梢先輩も、不正に加担したことになるのではありませんか?」

小鈴「そ、それとこれとは話が別です!」

さやか「そうですね。やや強弁だったと思います。後で展覧会の関係者の方へ報告に行きましょう」

小鈴「後でって……。で、でも……さやか先輩は彫刻の経験なんてほぼ無いんですよね……?」

さやか「はい。それがなんですか?」

小鈴「え、えぇ……? 徒町、わけがわかりません。初心者同然の人が思った通りに材木を削り出すなんて、とてもじゃありませんが──」

さやか「徒町小鈴!!!」

小鈴「ひえっ!?」ビクンッ

さやか「あなたには二つ、言いたいことがあります」ピッ

小鈴「は、はい……」

21: 2024/05/18(土) 22:48:50 ID:A8UqE4IU00
さやか「一つ。わたし村野さやかは、あなたの仲間です。仲間がどんな存在が分かりますか?」

小鈴「え、えっと……助け、合う……?」

さやか「その通りです。仲間の腕が折れれば、己の腕を以て穴を埋める。足が千切れれば、仲間を背負って走り抜ける。支え合って補い合う存在こそが仲間なんです。だからあなたの代わりにわたしが彫ることは、なんらおかしくない。自明の理、自然の摂理と言えます」

小鈴「なか、ま……」

さやか「二つ。わたし村野さやかは、あなたの先輩です。先輩がどんな存在が分かりますか?」

小鈴「うぇ……。えっと……自分より、上の、人?」

さやか「その通りです。先輩とは、あらゆる意味で後輩を凌駕する存在です。たとえ後輩が恐ろしく天才でも、何年も培った技術を持っていようと、先輩とはそれだけで後輩より上の存在なんです」

さやか「確かにわたしは、彫刻の経験なんてほとんどありません。ですがわたしは、小鈴さんの先輩なんです! ただそれだけで! わたしはあなたの遥か上をいっているんです!」

さやか「だから! わたしはここにいるんです! 徒町小鈴の仲間で先輩だから!」

さやか「彫刻? 未経験? できっこない? はっ、そんな一般論、一笑に伏しておしまいです!」

小鈴「さやか、先輩……」

さやか「……だからほら、小鈴さん。一緒に作り上げましょう? 丸太が待ちくたびれて腐ってしまいます」ニコッ

小鈴「……う」

さやか「う?」

小鈴「うぅ、うぅ~……! 徒町は、本当にだめだめです……。さやか先輩にここまで言わせてしまいました……」

小鈴「だから……だからだからだから! 徒町にできることは! さやか先輩と共にステゴサウルスを作り上げることだけです!!!」

小鈴「さやか先輩! じゃあまずは、前足の付け根部分をお願いします!」

さやか「はい! ここですか!?」

小鈴「そこです! 上向きに表面を削るような感じで──」

22: 2024/05/18(土) 22:49:33 ID:A8UqE4IU00
──

花帆「わ~、色んな木彫りの作品があるね!」

瑠璃乃「あ、花帆ちゃん。小鈴ちゃんの奴ってアレじゃね? 行こ行こ!」タッタッタ

吟子「す、すごい。大きすぎて他の作品と比べて明らかに異彩を放ってる……。って、姫芽さんどうしたの? 難しい顔して」

姫芽「や~……。テイムの方法考えてるんだ~……」ムムッ

吟子「ていむ?」キョトン

姫芽「罠まで誘導して、矢を射掛けて眠らせる……。実際速さはどのくらいなんだろう。地形の把握もきちんとしないと転んでおしまい、だよね~……」ブツブツ

吟子「勝負師の顔してるけど、たぶんゲームの話だよね?」

綴理「ボクティラノ~。ぎゃおーん」

瑠璃乃「ルリはブラキオ! びょいーん!」

花帆「じゃああたしは……スピノ! しゃきーん!」

吟子「年代のごった煮ですね」

慈「はいはい。パシャパシャっと……。次はめぐちゃんの番だからね。きちんと可愛く撮ってよね~」

姫芽「そういえば主役の小鈴ちゃんどこ~?」キョロキョロ

慈「小鈴ちゃんなら、私たちの反応見た後アトリエに戻ったよ」

姫芽「え。そうなんですかぁ……。もっとこだわったポイント聞きたかったのに……」

吟子「さやか先輩や梢先輩も見当たりませんね」

花帆「二人はちょっとお手洗いだって! ささ、吟子ちゃん! 次はあたしとツーショット撮ろう!」

吟子「え。で、でも、恐竜の種類なんて知らんし……」

花帆「いいからいいから! 心の恐竜を体で表現するんだよ! ほら、がおー!」

吟子「が、がおー……」

慈「……こういうあざとさもあるか」フム…

23: 2024/05/18(土) 22:50:15 ID:A8UqE4IU00
──

さやか「ふぅ……。まだ、疲れが抜けてないのかな……」ポスッ

梢「あ、さやかさん。隣いい?」

さやか「お疲れ様です、梢先輩。どうぞ」

梢「ありがとう。小鈴さんの作品、みんな喜んでるみたいでよかったわね」ストッ

さやか「はい。何とか完成まで漕ぎ着けたのでほっとしてます」

梢「まさか小鈴さんが腱鞘炎間近まで頑張るとは……。努力家とは知っていたけれど、やや想定外だったわね」

さやか「そうですね……。わたしの監督不行き届きが原因だって反省してます」

梢「そう……。けれど、小鈴さんに代わって工程を担当したのでしょう? その決断力は評価できると思うわ」

さやか「あはは……。決断力、ですか」

梢「ええ。その選択が正解だったのか間違いだったのかは分からない。けれど、あなたがした決断はとても勇気あるものよ。自信を持って」

さやか「そうですかね……。あの、梢先輩。前に言っていた、先輩が持つべき素養が何かについてなんですが……自分なりに、答えが出たと思うんです」

梢「あら。それじゃあ聞かせてくれる?」

さやか「はい。まずわたしにとって先輩とは、自分にできる範囲のことを後輩に最大限教えていくものだと思ってました。でも、今は少し違います」

24: 2024/05/18(土) 22:50:57 ID:A8UqE4IU00
さやか「たとえ身の丈に合わずとも、能力が不足していても、時には背伸びをして、自分を大きく見せることも必要なんじゃないかって、そう思うんです」

さやか「そうすれば後輩は……安心してわたしの後を付いて来てくれる。今回の件でそう感じました」

梢「なるほど、ね。けれど、そうして張った見栄や虚勢が見破られれば、後輩に失望されるんじゃないかしら?」

さやか「はい。全くその通りだと思います。だから先輩は、見栄や虚勢で大きく見せた自分に、いつか追い付かねばならないんです。弛まぬ努力を続け、あの日見せた虚像を実像として結ばねばならない」

さやか「だから何と言いますか……先輩って、なかなか苦労しますね。あはは」ポリポリ

梢「ふふっ、あなたも先輩の苦労が分かるようになってきたのね。けれど、まだ序の口よ? その場限りの見栄が何重にも重なって、取り返しの付かない場合だってあるもの」

さやか「物は使いようみたいに、見栄は張りようってことですか?」

梢「ふふっ。意地悪かもしれないけれど、それはあなたが答えを出すことよ」

さやか「うわぁ……。息が詰まりそうです」

梢「息が詰まれば気道確保よ。何事も初めが一番辛いのだから、今が頑張り時ね」

さやか「頑張り時……。あの、梢先輩」

梢「なに?」

さやか「小鈴さんの頑張りは、果たして報われたのでしょうか。作品が完成したとはいえ、個人ではなく連名という合作。その上……」

梢「評価の対象外、ね」

さやか「はい。怪我が理由とはいえ、個人の展覧会に合作で出品したんです。その措置は仕方がないと思うんですが、果たして小鈴さんはそれで納得するのかどうか……」

梢「そうねぇ……。それは小鈴さんのみぞ知る、としか言いようが無いけれど……。でもさやかさん」

さやか「はい」

梢「あなたも無策、というわけではないんでしょう?」クスッ

さやか「あ、あはは……。まぁ、そうですね。審査員から賞を貰えずとも、せめて仲間だけは、努力を認めてあげるべきだと思って……〝これ〟を作ったんです。小鈴さんが喜んでくれるかどうかは、半信半疑ですが……」スッ

梢「これって──」

バタンッ

花帆「はぁっ、はぁっ、梢センパイ! さやかちゃん! 大変だよ!」

梢「花帆? どうしたの? そんなに息を荒げて。走ったら誰かに当たってしまうわよ?」

花帆「校則も法則も会則も規則も今はどうでもいいんです! 実は小鈴ちゃんの作品が──」

25: 2024/05/18(土) 22:52:51 ID:A8UqE4IU00
──

小鈴「うんしょ。うんしょ。ふぅ……。これで木屑は大体集め終わったかな。うん。見違えるくらい綺麗になった!」

小鈴「短い間だったけどこのアトリエにはお世話になったんだし、きちんとお礼をしなきゃね」

小鈴「それにしても、夢みたいな日々だったな……。みんなに応援されて、腕は痛めて、さやか先輩には支えられて……。でもその甲斐あって、みんな笑顔で楽しんでたし、結果オーライだよね!」

小鈴「それに、こんなにゴミ袋がぱんぱんになるくらい、木屑も作って……」

小鈴「……木屑、か。どうしてだろう。今は少し、手放し辛い気がする……」ソッ

小鈴「……」

バタンッ

さやか「小鈴さん! ここにいたんですね!」

26: 2024/05/18(土) 22:59:40 ID:A8UqE4IU00

小鈴「あ、さやか先輩、こんにちはどうしたんですか?そんな息を切らせて」

さやか「じ、実は先ほど木彫りの展覧会の品評が終わったんです!」

小鈴「あぁおわったんですね、でも徒町は評価の対象外なので関係無い話です」

さやか「はい、最優秀賞は昨年同様、彫刻の麒麟児と言われる方が三年連続受賞したとか」

小鈴「あぁ、あの幾何学模様の奴ですよね、徒町、芸術は良く変わりませんが自分にはとても真似できない加工だと舌を巻きました」

さやか「ですがここからが重要なんです」

小鈴「?」

さやか「実は小鈴さんの作品が、努力賞に選ばれたんです」

小鈴「・・・へ?」キョトン

27: 2024/05/18(土) 23:00:48 ID:A8UqE4IU00
さやか「人間の身の丈ほどの全長をほこるステゴサウルスの大作であり、粗削りながらも熱き魂が伝わってくる作品だって絶賛されてたんです!」

小鈴「た、大作……? 熱き魂……?」

さやか「加えて、怪我をしようと期限までに作品を完成させてくるその気概! そこに打ち震えた審査員の方がいたそうです!」

さやか「小鈴さんの気合いと根性が! ステゴサウルスを通じて伝わったんですよ!」

小鈴「……」ポカーン

さやか「……こ、小鈴さん? どうしました? 嬉しくないんですか?」

小鈴「……と」ボソッ

さやか「と?」

小鈴「ちぇ、ちぇすとー!!!」グッ

さやか「ちぇす、と……? なぜ今ここで……?」

小鈴「さやか先輩も一緒に! ちぇすとー!!!」

さやか「は、はい。ちぇ、ちぇすとー!!!」

小鈴「ちぇすとー! ちぇすとー! ちぇす、とぉ~……」ボロボロ

さやか「小鈴さん! だ、大丈夫ですか……? ほら、ハンカチです」スッ

小鈴「あ、あびがどぉございまずぅ……」ボロボロ

さやか「喜怒哀楽がジェットコースターですね……。まぁ、気持ちは分かりますが……」

小鈴「ぐすっ、ひっく……。ご、ごめんなさいさやか先輩……。でも徒町、嬉しくて……」

さやか「……そうですよね。小鈴さん、頑張ってましたもんね。それに吟子さんや姫芽さん、他の皆さんも自分のことみたいに喜んでましたよ」

小鈴「み、みんなも……うわああああああああああ! ひっく、うれしいです~、徒町~、ぐすっ、今日のために……生きて、いたんですねぇ~」ボロボロ

さやか「ふふっ。ええ。そうかもしれません。おめでとうございます、小鈴さん」

小鈴「うぅ、それもこれも、さやか先輩が傍にいてくれたおかげですぅ~。徒町もう一生、さやか先輩に何も向けて寝られませ~ん」ボロボロ

さやか「それは一生眠れないのと同じでは?」

小鈴「ぶぇぇええ~ん。徒町もう眠りませ~ん」ボロボロ

さやか「いや眠ってください!?」

28: 2024/05/18(土) 23:01:18 ID:A8UqE4IU00
──

さやか「どうですか。落ち着きましたか?」

小鈴「は、はい。この度は申し訳ありません……。徒町、とんだ醜態を晒してしまいました……。切腹を以てお詫びを……」

さやか「彫刻刀に目を移しながら言わないでください。それにしても、ずいぶん綺麗になりましたね。このアトリエ」

小鈴「あ、はい! 来た時よりも美しく! 残すものは感謝のみの精神です!」ニコッ

さやか「ふふっ。素敵な考え方ですね」

小鈴「後はこのゴミ袋に入った木屑を捨てるだけで終わりです!」

さやか「木屑……」ジッ…

小鈴「木屑がどうかしましたか?」

さやか「あ、すみません。他意はないんです」

小鈴「あはは。ごめんなさい。徒町のせいですよね。あだ名の話をしたから。でもなんだか、今は木屑に対してあんまり悪い感情は持ってないんですよね」

さやか「そうなんですか?」

小鈴「はい。むしろ、ちょっと捨てるのが勿体ないような……変な気持ちなんです。ちょっとおかしいですよね。あはは」

さやか「いえ……。何らおかしなことは無いと思いますよ。だって木屑は、あなたの頑張りそのものじゃないですか」

小鈴「木屑が……がんばりそのもの、ですか?」キョトン

29: 2024/05/18(土) 23:01:52 ID:A8UqE4IU00
さやか「はい。わたしも彫ってて気付いたんですが、思った以上に木を削るって重労働じゃないですか。その日の終わりには腕がぱんぱんで、アイシングが必要なくらいです」

さやか「でも、周囲に散らばる木屑を見て思ったんです。『あぁ、こんなに削ったんだな』って。あんなに大きい丸太を、ここまで削り出したんだって」

さやか「そう考えると、ここに集められたたくさんの木屑は、小鈴さんの頑張った証。そう捉えられませんか?」

小鈴「……木屑は、自分のがんばった証」ジッ…

さやか「嬉しくないかもしれませんが、頑張り屋の小鈴さんと、血と汗を流して削り取った木屑は、どこか似たところがあるのかもしれません」

小鈴「……そっかぁ。だから徒町、木屑が愛おしいんだ……」

小鈴「ありがとうございますさやか先輩。もやもやがふっと腑に落ちた気分です!」

さやか「そうですか。ならなによりです」ニコッ

小鈴「でも……そう思ったらますます捨てにくくなっちゃいました。いやもちろん、捨てますけど……でも……」チラッ

さやか「……あの、小鈴さん」

小鈴「はい? 徒町です」

さやか「今回のチャレンジは、木彫りの展覧会で最優秀賞を取ること、でしたよね?」

小鈴「え? はい。そうです。結果は努力賞でしたが、敢闘したとは思います!」ムンッ

さやか「ですよね。なら、違う形で結果が伴ったということで……どうぞ。わたしから、今回のバッジです」スッ

小鈴「え……これって……」

さやか「あはは……。不格好ですが、今回削った木屑を集めてレジンで固め、缶バッジにしてみたんです。それと一応──」

小鈴「これ……ステゴサウルスの形、ですか?」

さやか「あ、分かりました? 小さい上に少ない材料だったので、だいぶ抽象的になってしまったんですが……伝わったのなら何よりです」

30: 2024/05/18(土) 23:02:33 ID:A8UqE4IU00
小鈴「はわ~……」キラキラ

小鈴「さ、さやか先輩!」

さやか「はい」

小鈴「ありがとうございます! 徒町、とっても幸せです! こんな幸せでいいのかなって疑っちゃうくらい! 本当に幸せです!」

小鈴「徒町の先輩がさやか先輩で、本当によかったです!」ニコッ

さやか「そ、そうです、か……。思った以上の喜び様ですね……」

さやか「でもそれならわたしは……きちんと先輩をやれていた、と思ってもいいんでしょうか……」

小鈴「え?」キョトン

さやか「あ、すみません。なんでもな──」

小鈴「当たり前じゃないですか! さやか先輩がいたから、今の徒町がいるんです! 何度生まれ変わったって! 出会う先輩はさやか先輩が絶対にいいです!!!」

さやか「何度生まれ変わったって……全く、小鈴さん、あなたという人は……。はい、ありがとうございます」ニコッ

小鈴「えぇ? どうしてさやか先輩が感謝するんですか?」

さやか「いけませんか? 感謝をしては」

小鈴「いえ! ありがとうは明日への活力剤です! いっぱい言われたらその分元気が出ます!」

さやか「ふふっ。確かにそうかもしれません」

小鈴「よーし! この調子で鞄いっぱいに缶バッジ! コンプリートするぞー!」

さやか「ええ。応援していますよ小鈴さん。あなたの先輩としてすぐ傍で」ニコッ

さやか「……小鈴さんの見る村野さやかに追いつくよう、わたしも頑張らないと」ボソッ

31: 2024/05/18(土) 23:03:10 ID:A8UqE4IU00
小鈴「あ! そういえばさやか先輩!」

さやか「は、はい。なんですか?」

小鈴「実は徒町、こんなチラシを見つけたんです!」ガサッ

さやか「なになに……蓮の油彩画展……?」

小鈴「次の徒町チャレンジは、こちらに決定しました! もちろん! 学業とスクールアイドルは両立した上での結論です!」

さやか「へ、へぇ……。それはまた、ずいぶん性急、ですね……」ヒクッ

小鈴「思い立ったが吉日です! 吉日でなければ! きっと徒町は大失敗して大目玉を食らうでしょう!」

さやか「油彩画……また、わたしの領域外の分野、ですか……」

さやか「先輩という鍍金(めっき)が剥がれるのも、時間の問題かもしれませんね……」ボソッ

小鈴「ん? 鍍金の話ですか?」

さやか「あ、また口に出ていましたか。気にしないでください」

小鈴「いえいえ、さやか先輩! 鍍金がいくら剥がれようとも問題ありません! 油絵だって、修正したい箇所は剥離剤を使うじゃないですか!」

小鈴「間違いだらけの徒町だって、こうして存分に生を謳歌できているんです! 鍍金が剥がれてたなら、また鍍金で上塗りしていく! その果てにはきっと! 眩く光る黄金が待っているはずです!」

小鈴「だからどんな鍍金が暴かれようと、なんら問題じゃないと思います!」

さやか「小鈴、さん……。ふふっ、ふふふ、あははははははっ!」

小鈴「えっ、えっ? 徒町、何か変なこと言いましたか?」

さやか「い、いえ……。すみません。その、小鈴さんはきっと、いい先輩になるんだろうなと、今思ったので」

小鈴「徒町が先輩、ですか? どうしてそう思ったのか分かりませんが、気が早い話ですねぇ」

さやか「ふふっ。そう思っていたらあっという間ですよ」

小鈴「あっという間……わ、わわわっ! そう思ったらなんだか! 急に不安が雪崩みたいに襲ってきました! ど、どうしましょうさやか先輩!」

さやか「心配いりませんよ」

小鈴「な、なんでですか!?」

さやか「あなたの先輩は村野さやか。これだけは一生涯変わることの無い、不変の事実なんですから」

小鈴「……ハッ! な、なるほど! 徒町がいくら迷い彷徨ったとしても! さやか先輩という灯台がいらっしゃれば、何も心配がいらないということですね!?」

さやか「はい。まぁ時には、意地悪をして灯りを消してしまうかもしれませんが」

小鈴「え、えぇーっ! 徒町、一巻の終わり!?」ガビーン

さやか「冗談ですよ。ささ、まずは油彩画展に関して作戦を立てていきましょう」

小鈴「は、はい! 今後も末永くいつまでも! よろしくお願いしますさやか先輩!」

さやか「ええ。あなたの永遠の先輩として、骨身を砕いて尽力しましょう──」


おしまい

35: 2024/05/19(日) 08:12:02 ID:6QGnJQ.c00

今まで見てきた中で最も壮大かつ丁寧な徒町チャレンジだった
徒町の解像度はもちろん先輩としてのあり方の部分も素晴らしかったです

NGの件、他のSS書かれてる方は「Hello」の日本語が引っ掛かったそうです

36: 2024/05/19(日) 08:27:53 ID:n326oPKw00
めっちゃよかった

37: 2024/05/19(日) 09:30:27 ID:ZSSrBJ7s00
>>34
【SS】慈「私の言葉で世界がヤバい」、のことでしたら違いますね
練られたSSで私も好きです☺

38: 2024/05/19(日) 12:31:32 ID:tKYALGKI00
>>37
違ったか失礼しました
失礼ついででなんですが過去作とかあったら教えてくり
ぜひ読みたい

39: 2024/05/19(日) 12:52:00 ID:ZSSrBJ7s00

引用: 【SS】徒町木屑