186: 2009/04/12(日) 17:11:00.63 ID:7I+m2hS80
夢を描き続けて磨り減った、オレンジ色のクレヨン
夢を与え続けて傷だらけの、おもちゃの詰まった缶
すべてが、十七時の金色の日光に輝いている――
ローゼンメイデン 愛蔵版 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
191: 2009/04/12(日) 17:16:20.58 ID:7I+m2hS80
コモドオオトカゲのぬいぐるみ
お手製のお守り
ひよこの柄のついたポシェット

朝の光に輝いて――
あの日の記憶を思い出させる。



197: 2009/04/12(日) 17:27:36.71 ID:7I+m2hS80
何をするにも不器用だったアイツ。
最初は子供子供しすぎていて、本当に苦手だった。
日を追うごとに、徐々にその内に秘めた、アイツなりのやさしさに、
気づくことが出来た。しかし――それが遅すぎた。

今となっては、あの手紙の内容を、いくらか理解できる。
僕の頭をもってしても、あのころの僕では理解してやれなかった。

198: 2009/04/12(日) 17:30:40.04 ID:7I+m2hS80
思えば、真紅と戦って負けたことから、すべては始まったのか。
その始まりが、皮肉にもあの終わりを生み出すことになるとは・・・
ローゼンさんとやらよ、僕にはあなたの意図が分からない・・・

203: 2009/04/12(日) 17:37:10.67 ID:7I+m2hS80
僕の部屋の、フローリングの隙間に、クレヨンの跡が薄く残っている。
アイツは暇があったらよくお絵かきをしていたのだが、
世界が紙の上だけにとどまらず、床の上にまで及ぶことがあった。
僕はそのたびに床を必氏に拭いていた。
クレヨンだからか、完全には消えない。
消えないから、ずっと残る。今ではそれに感謝している。

たまに、暇つぶしに床に寝そべり、日の光が当たって
うっすらと浮かび上がる落書きを見ることがある。

これは・・・チューリップか。
その右には・・・くんくんと真紅・・・
含み笑いをしているのは・・・翠星石か。
飴玉やジュース、お菓子の家・・・アイツには絵心があったのかもしれない。

そして・・・部屋の真ん中、肩を寄せて笑っている絵が見える――アイツと、僕。

207: 2009/04/12(日) 17:45:25.01 ID:7I+m2hS80
僕の部屋のベッドも、ずいぶんと広くなってしまった。
昔はよく、翠星石とか真紅もここで遊んでいたっけ。
もちろん、アイツも。

あれはいつのことだっただろうか?
僕と真紅が「くんくん探偵」を観て楽しんでいる間に、
翠星石とアイツが苺の取り合いをしていて、
家の中が引っ掻き回されたことがあった。
今でもよく覚えている。アイツは隠れる場所を探していたっけ。
ベッドからはみ出た小さな両足を確かめ、布団をはがすと、
アイツは力の限りすねていた。僕が足を引っ張ると、
アイツは僕もろとも蹴っ飛ばし、ダンボールの山の奥でまたすねてしまった。
「すとらいき」・・・僕は、アイツは大きくなっているんだなと感じたっけな。

213: 2009/04/12(日) 17:57:50.17 ID:7I+m2hS80
僕の両親は、いまだに海外に長期滞在中だ。
それももう慣れてしまった。
僕は高校を一年で辞めてしまったため、家ではいつも
通販サイトめぐりにいそしんでいる。
姉ちゃんは大学に行っているため、夕方にしか帰ってこない。
だから僕はいつも、昼間は家に、人形ども以外、僕一人だ。

真紅は紅茶を飲んでいくらか落ち着いている。
翠星石も、最近は時計店に通っているようだ。
騒がしい声が、あの日から途切れている。

僕は一度、アイツから、僕が引きこもっていることを指摘されたことがあった。
素直になりきれないあのころの僕は、アイツの話を、話半分でしか聞いてなかった。

「ヒナはね、一人でいる時は、カバンの中にいなさいって言われるの」
「だから、ヒナといっしょね」

アイツはあまりにも幼く見えすぎた。ずいぶん前の持ち主からも、
柏葉からも、そう言われていたのだろう。
心は・・・日々育っていくというのに。人形だったからゆえ・・・。
僕はただ、引きこもっていただけだった。
僕には行くべき場所が、確かにあった。
だがアイツには・・・それが無かった。人形だったからゆえ・・・。

215: 2009/04/12(日) 18:05:33.73 ID:7I+m2hS80
僕はふと、台所に足を運んだ。
流し台の中、洗い桶の中に突っ込んである皿の数が少ないことにも、
食卓、姉ちゃんの隣がいつも空いていることにも、
もう慣れてしまっている。
無論、苺の使われているおやつが、プッツリと出なくなったことにも、
花丸ハンバーグが食卓に登場する回数がめっきり減ったことにも――

今日は土曜日だ。もう十五時を回っている。
・・・柏葉の家にでも行ってみようか。

217: 2009/04/12(日) 18:12:40.72 ID:7I+m2hS80
真紅「ジュン。外には、得体の知れない魔物が多いわ。
   十分気をつけることよ」
ジュン「わかってるって。それに僕は猫なんて怖くねーし」
真紅「やめて頂戴!軽々しく猫、ネコなどと何度も・・・」
ジュン「1回しか言ってないってば・・・」

13日ぶりに外に出た。時折、桜の花びらが風に舞って、
僕のすぐ横をひらひらと泳いでゆく。
・・・あれは中学一年生か?
真新しい制服が黒く光っている。部活動の帰りだろうか。
僕とは逆だ。部活動帰りの疲れを見せない、希望にあふれているという言葉が
よく似合う笑顔をしている。
そういえば・・・アイツもそんな顔をしていたっけな。
今日は持ち合わせが多い。不氏家にも寄っていこう。

219: 2009/04/12(日) 18:20:45.83 ID:7I+m2hS80
店員「お買い上げ、どうもありあしたー―」
ジュン「あ、ども・・・」ペコ

苺大福を片手に、柏葉の家への道をゆっくりと行く。
またひとひら、桜の花びらが舞ってきた。
それが偶然、僕の上着の、胸ポケットの中にするりと入り込んだ。
こういうこともあるんだなぁと、その花びらを手にとってみる。

うっすらとしたピンク色をしている。これを桜色という。
付け根の部分は、やや赤い。
また花びらを胸ポケットになおすと、今度は、仲のよさそうな親子とすれ違う。
子どものほうは、買ってもらったばかりであろう、山吹色の小さなポシェットを
肩からぶら下げてはしゃいでいる。
今までの光景、アイツを思い出さずにはいられない。
ふと景色が滲んだような気がした。

新しい家が多く並ぶ住宅街の中、古びて、威厳を放っている
純和風の大きな家、柏葉の家にたどりついた。

221: 2009/04/12(日) 18:35:16.58 ID:7I+m2hS80
巴「あ・・・桜田くん・・・珍しいね・・・。」
ジュン「ヒマだったから、よ。」
巴「・・・あの日以来か・・・。」
ジュン「・・・ホラ、これ。」
巴「ありがとう。・・・上、行きましょう?」
ジュン「ああ。」

女の子の部屋に上がるなど、珍しいし久しぶりだ。
昔はよく柏葉とも遊んだものだ。しかし、年を追うにつれ、
遊ぶことはおろか、話すこともなくなってきていた。
成長することは、何かを失うことでもあるのかもしれない。
アイツらと出会って、またいくらか話すようにはなったが・・・
やはり、あの出会いに感謝するしかない。

柏葉に苺大福を渡し、階段を登る。
柏葉の部屋は一般的な部屋に比べて少し広い。
畳と土壁、ふすまのやさしい色合いが日光に映えてまぶしい。

巴「ちょっと、下からお茶とお皿、持って来るね」
ジュン「ああ。」

広い部屋に一人、座する。
部屋の隅でやたら存在感をかもし出す、年代ものの三面鏡が目に付いた。
ここから、アイツは出入りしていたのか。
鏡の前に、小さなくしが置いてある。もう久しく使われていないようだった。
柏葉はよくここでアイツの髪をとかしていたという。
そしてアイツは、髪をとかしてもらうのが好きだった。

223: 2009/04/12(日) 18:41:53.99 ID:7I+m2hS80
巴「お待たせ。」
ジュン「ありがとう。」
巴「・・・おいしいわ、この、う・・・苺大福。」
ジュン「あそこのは最高だよな」

柏葉が「うにゅー」と言おうとして言い直したことに気づくのは、さほど難しくなかった。
アイツは苺大福のことを「うにゅー」と呼んでいた。
僕はまた思い出す。家の者総出で、「うにゅー」の正体を暴いていたことを。
そんな何気ない日常の幸せに、あの時気づくべきだった。
僕は一発で正体を探り当てたっけ。

巴「・・・もしかして、雛苺のことを思い出してる?」
ジュン「・・・」
巴「・・・」
ジュン「お前もだろ。」

柏葉の目に涙が浮かんでいたことに気づいた。

227: 2009/04/12(日) 18:53:32.41 ID:7I+m2hS80
巴「・・・ちょっと待ってて」
ジュン「・・・?」

柏葉は不意に押入れのほうに体を這わせ、何かを取り出している。
奥のほうに直してあるのか、取り出すのに時間がかかっていた。
1分後僕の目に飛び込んできたのは――傷だらけの、大きな缶だった。
中に、おもちゃが詰まっている。

ジュン「これは・・・」
巴「雛苺がね、桜田君の家に行く時に・・・
   『ジュンはこわいひとだといけないから、ここにおいておくの!
    ジュンがやさしいひとだとわかったら、ヒナ、また取りに来るの』
      ・・・と言っていたの。」
ジュン「え・・・」
巴「・・・雛苺の宝物ね。」

僕は何かこみ上げてくるものを感じながら、あの日、アイツが僕に
ちびたオレンジのクレヨンをくれたことを思い出した。

ジュン「柏葉・・・これ、開けてみていいか?」
巴「うん。」
ジュン「・・・一番使ったのを、くれたのか・・・」
巴「・・・一番好きな人に、あげたかったのかもね・・・」

16色のクレヨンのうち、15本残ったクレヨンは、どれも
僕にくれたオレンジのクレヨンよりもほんの少しだけ長いような気がした。
オレンジ・・・太陽を描いたのか?金糸雀を描いたのか?
姉ちゃんの髪を描いたのか・・・?

もう涙を抑えられない。僕も、柏葉も。

231: 2009/04/12(日) 19:10:38.51 ID:7I+m2hS80
柏葉は、缶の中から、何かを取り出しては、僕に説明する。
このおもちゃの缶は、アイツが柏葉と作り上げた夢の世界そのものだろう。

巴「・・・桜田君、私、今朝、ふと雛苺のことを思い出して・・・
  この缶の中身を出して、眺めてた」
ジュン「・・・」
巴「このポシェット・・・いつも雛苺が使っていたものよ。
  楽しくお出かけしていたんでしょうね」
ジュン「・・・」
巴「このぬいぐるみはね・・・雛苺の一番好きな動物。
  コモド・・・オオトカゲ」
巴「この『おもまり』は・・・私の・・・剣道の試合の時に、
  『ゆうしょう』してほしいってくれた・・・」
巴「この本はね・・・」
ジュン「グスッ・・・『ヘンゼルとグレーテル』だろ・・・」
巴「お菓子のおうちがでてくるのよ、って聞かせたら・・・
  雛苺ったら、大喜びして・・・」
ジュン「アイツ・・・らしいよな」
巴「それからね、ヘンゼルとグレーテルは、お父さんとお母さんに置いていかれた、
  って聞かせたらね、『ひとりはいやなの!』って言って、泣き出しちゃって・・・」

232: 2009/04/12(日) 19:12:41.52 ID:7I+m2hS80
僕も、正直、もう一人はいやだ。こりごりだ。
アイツもそうだった。アイツは今の僕の気持ちを、早くに察していたのか。

巴「でね・・・兄弟仲良くたすけあって・・・って・・・はなし・・たら・・
  『ひとりじゃないの!たすけあうの!』って・・・泣き止んだと思ったら、
  もう笑ってた・・・

そう。アイツは7姉妹だ。姉妹というものは、助け合って生きていくべき。
そんな当然のことに、気づいていたのか。僕は、アイツを幼く見すぎていたのかもしれない。
一番大人なのは、むしろアイツなのかもしれない。
幾度となく、姉妹が傷ついて、倒れて、アイツも辛かったはずだ。
助け合うことをよしとせず、戦うことを運命として受け入れて倒れたものもいたっけ・・・。

涙に暮れる柏葉の肩をそっと抱くことしか僕には出来なかった。
アイツなら・・・小さな体で柏葉の全身を抱きしめ、
いっしょに悲しんで、慰めてやったのだろうか。
誰よりもやさしい、アイツなら・・・

気づけば、時計の針は十七時を回っていた。
アイツの、雛苺の宝物が、金色の日の光に輝いて、まぶしい。

238: 2009/04/12(日) 19:26:58.79 ID:7I+m2hS80
僕は残り2個の苺大福のうちひとつを手に取り、ほおばったが、
涙と混ざり合って、いつもより甘くない。
柏葉も最後のひとつをかみ締めていたが、おそらく甘くなかったはずだ。

しばらくして、柏葉はおもちゃを再び缶の中に収め、
押入れに直した。今度は、いつでも取り出せるような位置に。

ジュン「・・・もう遅いから、僕は帰るよ」
巴「そう。・・・送っていくよ?」
ジュン「・・・いや、いいよ。一人で帰れ・・・る・・・」
ジュン「・・・やっぱ、送ってくれ。」
巴「そう。じゃあ、行きましょうか。」

金色からオレンジ色、茜色に染まり行く道を、僕と柏葉は歩く。
カラスが2羽、空でせわしく鳴いている。
涙が乾いた頬に風が当たって気持ちがいい。
20分も歩くと、僕の家に帰り着く。

ジュン「じゃあ、な。」
巴「またね、桜田君・・・」

またね・・・か。
高校を辞めてしまった今、「また」がいつくるのかは、わからない。

247: 2009/04/12(日) 19:47:18.22 ID:7I+m2hS80
その日の夕食は、僕のリクエストで花丸ハンバーグにしてもらった。
真紅と翠星石は大喜びしていた。
夕食と風呂を終えて21時、真紅たちはもう寝る時間だ。
カバンのしまる音が二つ聞こえたとたん、珍しく、眠気が襲ってきた。
いつもなら、3時くらいまで起きているのに。
僕はパソコンデスクの前、椅子から立ち上がり、ふらふらとベッドに
身を投げ、そのまま眠りについてしまった。

ジュン「・・・」
ジュン「・・・ここは」

僕はその晩、夢を見た。
こんなにも克明に夢の内容を覚えていることは稀だ。
よほど疲れていたのか?それとも・・・?

248: 2009/04/12(日) 19:48:28.05 ID:7I+m2hS80
ジュン「公園か・・・一面、花が咲いてる」
「・・・ジューン・・・」
ジュン「・・・え?・・・誰だ?」
「ジューン、ジューーーン!」
ジュン「・・・その声・・・ひな・・・いちご?」
雛「うわーい!ジュン登りぃー!なのー!」
ジュン「ハハ、重いって!」
雛「高いのー!高い高いなのー!」
ジュン「ほーら、高い、高い!」
雛「ふおおおお!!すごいのー!」
ジュン「なぁ雛苺、何して遊ぼうか?!」
雛「かくれんぼがいいのー!」
・・・、
・・・。
7時。目を開くのに時間がかかったが、実に寝覚めがよかった。
食卓に行こうとすると、姉ちゃんが話しかけてきた。
のり「おはよう!昨日、ジュンくん静かだからのぞいてみたんだけど」
ジュン「はあ・・・」
のり「ジュンくん、笑いながら泣いてたわよ?何の夢を見たの?」
ジュン「・・・楽しい夢さ。あ、朝飯は苺使ってくれる?」

                           【おわり】

249: 2009/04/12(日) 19:49:36.74 ID:7I+m2hS80
ご清聴ありがとうございました。

ちょっと夕飯にしてくるわ
苺大福喰いたいぞ

250: 2009/04/12(日) 19:58:57.09 ID:vF8HdNgN0
おつ



引用: 雛苺のかわいさは正に天使の如し