1: 2009/04/18(土) 11:23:43.06 ID:Fiz2JuHw0
桜田家のいつもの夕食

翠星石「んん~、のりの作るご飯は相変わらずおいしいですねぇ」

雛苺「花丸ハンバーグもさいっこうにおいしいのよー!」

翠星石「ごくっ…そ、その花…何とかってのはそんなにおいしいですか?」

雛苺「あれは一度食べると病みつきなのよー!」

翠星石「うぅ…気になる気になる…ですぅ」

のり「そういえばまだ翠星石ちゃんには作ってあげてなかったわね…なら近い内にご馳走してあげないとね!」

翠星石「楽しみですぅ!」

JUM「……」

真紅「賑やかね…」

翠星石がJUMの家に来てからもう2週間は経とうとしていた。
JUMのどういう気まぐれでかは今でも分かりかねてるけれど、この家が賑やかになることは彼にとって悪いことではないはずだ。
だけど、翠星石がこの家に来たことは私にとって少し面倒なことであった。
ローゼンメイデン 愛蔵版 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

前作
【ローゼンメイデン】真紅「あら・・・・また来たのね」
前々作
【ローゼンメイデン】翠星石「また来たですか・・・人間」
3: 2009/04/18(土) 11:28:40.57 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「ふぅー、満ち足りたですぅ」

JUM「そうかそうか、でももっと食べろ」

翠星石の空になったお皿に、JUMがどさどさ、と彼のおかずを積んでいく。

翠星石「ちょ、JUMやめるです!何するですか!」

JUM「……お前、たまにふらふらしてるだろ?」

翠星石「え?」

JUM「人形のクセにまだ栄養が足りてないんだよお前 だから僕の分も食べろ」

6: 2009/04/18(土) 11:33:34.44 ID:Fiz2JuHw0
悪筆な上に下手糞だから期待はやめて


翠星石「そ、それじゃあJUMのご飯はどうするですか?」

JUM「だからいらないんだよ僕は 勝手に食」

翠星石「じゃあ翠星石も食べないです」

JUM「……一緒に食うよ」

翠星石「最初からそうすればいいんです」

のり「あらあら」

雛苺「な、仲が良いの?」

真紅「……」

8: 2009/04/18(土) 11:38:05.89 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「JUーM…」

JUM「……」

翠星石「JUーM…JUーM…J」

JUM「何だよさっきから…聞こえてるよ 風呂入ったんじゃないのかよ」

翠星石「そのですね…えーと…」

翠星石「ちょ、ちょっと耳を貸して欲しいです」

JUM「…?何だよ普通に言えよ」

翠星石「いいから貸すです…真紅の前だと言いづらいです…」

JUM「…あー、もしかしてお前まだ自分で髪も洗えないのか?」

10: 2009/04/18(土) 11:43:11.58 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「ちょ、声がでかいです!」

JUM「…大体人形だったら毎日風呂に入る必要なんかないだろ」

翠星石「け、けどお願いするです…JUMに洗って欲しいんです…」

JUM「…まぁ別にいいけど さっさと自分の髪ぐらい洗えるようになれよ」

翠星石「分かったです! さ、じゃあ今日も頼むですよ!」

JUM「分かったから、風呂の中ではもう少し静かにしろよ」



真紅「……」

真紅「…もう寝るわ」

13: 2009/04/18(土) 11:47:02.23 ID:Fiz2JuHw0
ばたん。
ドアを閉める。
少し暖かい4月の夜8時。
ぼんやりとした月に照らされたいつもの部屋。
JUMの部屋にはカーテンを揺らめかせ、室内で踊っている風たちが先にいた。
静かに踊っていたそれらを割って、彼のベッドに座る。
月明かりだけの室内に、一階の話し声とカーテンの擦れる音だけがした。
………。


翠星石、あの子が家に来てから、JUMが私と過ごす時間は明らかに減った。
私と交わす言葉が減ってきた、そんなところに、あんなのを見せられたらどうしても私とJUMの間に出来た距離を感じずにはいられなかった。

彼の布団にくるまって、枕に顔を埋めてみる。
吸い込む。
…JUMの匂い。当然だ。
同じ彼の匂いなのに、今まで何度嗅いでみてもそれだけでは満たされなかった。

14: 2009/04/18(土) 11:51:22.27 ID:Fiz2JuHw0
人見知りの激しかった彼女が何故JUMとあれだけ親しくなれたのだろう。

あの子がJUMのことをどう思っているのかは正直分からない。
彼はどうなのだろう。…それも分からない。

でも、彼が無愛想ながらも、あの子に見せる優しさの一つ一つを見てしまうたび。
どうしても、どうしてもあの子の存在を疎まずにはいられなかった。
あの声、あの優しさは両方とも私のものだったのに。
そして、その翠星石をつれてきたのはJUM、彼自身だということもまたこれ以上無く…私を悩ませた。
私なんかでは不満だった、ということなんだろうか。
…胸が締め付けられる。

手で押さえてると、ただでさえ無い胸が何だか余計に空虚に感じた。
あの子が来るまでは、見かけは何も無くてもこの胸は何かで満ちていた。こんなに、一人苦しいことは無かった。
でも今は本当に見かけ通り空っぽみたいだ。そのくせ、何だか重くもある。

17: 2009/04/18(土) 11:55:27.36 ID:Fiz2JuHw0
彼はどうしてあの子を家に連れてきたのだろう。
どのようにして彼らは出会ったのだろう。
どうしてあの子はJUMには心を開けたのだろう。

全て分からない。
…臆病で弱気で人間嫌いのあの姉が、唯一心の開くことの出来た男の子。
それを奪うことになったとしても、私は。

私は、彼にもう一度抱きしめて欲しい。
一人になるのはもう嫌だ。


窓から流れ込むぼんやりとした月明かりを布団の中から見る。
まだ、間に合うんだろうか。
少しずつ眠りの淵へと流れて行く意識の中、そんなことを思った。


その日、夢の中で久しぶりに彼に抱っこしてもらう夢を見た気がした。
でもやっぱり、夢の中でも胸の空洞は塞がらなかった。

19: 2009/04/18(土) 11:59:21.24 ID:Fiz2JuHw0
JUMの好きな食べ物って何かしら。
翌朝、暇そうにしている雛苺を捕まえて聞いてみた。

雛苺「好きな食べ…あ、うにゅーよ!うにゅーなのよ!」

真紅「…苺大福なんて買ってこないから、知っているなら正直に教えなさい」

雛苺「…JUMはどら焼きが大好きなのよ 知らなかったの?」

真紅「……」

この子は私の知らないJUMを知ってるのか。…また胸が痛む。
雛苺に手伝わせてどら焼きを探す。
だけど見つからない。切れているのだろうか。
無いなら無いでいい。それなら作ればいいだけだ。

20: 2009/04/18(土) 12:03:04.46 ID:Fiz2JuHw0
雛苺「でも作り方分かるの?」

料理の本ならあるからたぶん大丈夫だろう。
以前JUMが食べていたどら焼きを思い出す。
ようは小さいホットケーキを二枚重ねて真ん中に何か挟めばどら焼きだ。
ホットプレートやホットケーキミックスなどの基本的な物は揃っているようだから何とかなるだろう。

雛苺「じゃあヒナはテレビでも見て待」

真紅「貴女は紅茶の準備でもして待ってなさいね」

雛苺「…分かったの」

でも何で真紅はどら焼きなんか急に作りたくなったの?
雛苺が私に聞く。

真紅「…誰かが自分の好きなお菓子をお茶請けにして、紅茶なんて淹れてくれてたら、誰でも嬉しいものでしょ?」

そういうことなのね。
どうやら分かってくれたようだ。
…恥ずかしい。

22: 2009/04/18(土) 12:07:35.74 ID:Fiz2JuHw0
雛苺「じゃあどら焼きの方も少し手伝わせて欲しいの!」

真紅「…いいの?」

積極的に私の言いつけに従ってくれる雛苺は今まで見たことが無かった。

雛苺「ヒナはみんなが仲良くしてくれる方が嬉しいの 誰か一人だけ仲間外れは嫌なのよ?」

私の目をまっすぐに見て雛苺はそう言う。
つまりそういうことなの、と付け加えて。
思わず雛苺から目を逸らす。

…私は翠星石からJUMを取り戻そうとしているだけなのだから、そんな言葉聞きたくない。

雛苺はそんな私を気にせず、キッチンに入りテキパキと準備を始めた。
私もホットプレートを出そう。


そういえばJUMと翠星石はどこに行ってるのだろう。まぁ今は別にいいだろう。

27: 2009/04/18(土) 12:15:57.23 ID:Fiz2JuHw0
ホットケーキミックスを1袋使い切った頃、窓の外を見てみると、朱色に染まり始めた空が浮かんでいた。
餡子は当然無かったからジャムで代用したどら焼きがたくさん出来た。
雛苺とお互いを見てみると、エプロンをしなかったせいで悲惨なことになっていた。

ソファに座る。程よい疲れが身体を支配していたけど、不思議と気持ちよかった。

雛苺「じゃあヒナは紅茶の準備をするから、真紅は粉を落としてくるといいのよ」

雛苺は私に笑顔と一緒にそれを言うと、またキッチンに入った。
…いつかちゃんとお礼を言わないといけないわね。

よいしょ、と立ち上がると同時に。

JUM「ただいまー」

彼が帰ってきた。

28: 2009/04/18(土) 12:24:04.06 ID:Fiz2JuHw0
真紅「っ!」

ドレスの汚れを落とすのは後回しだ。
キッチンで雛苺が、早く行け、とジェスチャーで言っている。
済まないわね…。目でそう言う。
ドレスを一回手で払うと、ドアを急いで開けて彼を出迎える。

翠星石「JUMは本当にこんなにどら焼き食べれるですか?

JUM「一人じゃ無理だけど、お前もどうせ食うだろ?」

余計な声が聞こえた。

JUM「あ、ただいま真紅」

翠星石「どうしたですか真紅?その格好は」

玄関に何かが大量に詰まったビニール袋が置いてあった。

32: 2009/04/18(土) 12:32:04.13 ID:Fiz2JuHw0
真紅「…どこに行ってたのかしら」

JUM「朝どら焼きを探してみたら一個も無くてな」

翠星石「翠星石が一緒に買いに行くですって言ったんです 何も言わずに出て悪かったですぅ」

抱っこされながら翠星石はそう言った。
また胸が軋む。
手で押さえる。けど痛みが中々引かない。

JUM「真紅…?」

JUMが私に話しかけてくれてる。
笑顔を見せる。

真紅「な、何かしら?」

JUM「いや、何か辛そうな顔してたから、どっか悪いのかと思ってな」

そんなことないわ、そんなことない。
彼を不安がらせてはいけない。

JUM「そうか、ならいいんだけど」

36: 2009/04/18(土) 12:39:37.05 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「ところでさっきからしてるこの匂いは一体何です?」

JUM「僕も気になってた 何か作ったのか?」

真紅「え、ええと」

言葉が口の中で結ばれる前に解かれる。
言いたいことはさっきまでたくさんあったのに、何故か口から出て来てくれない。

JUM「どうした?真紅」

…私は彼に何が言いたかったのだろう。
何か考えてあんなにどら焼きを作ったはずなのに。
まだかまだか。何度やっても言葉は口の中で結ばれないで消える。

雛苺「JUMのために二人でどら焼きを作って待ってたのよー!」

駆け足でやってきた雛苺が私の心を代弁してくれた。
そうだ、私はそれが言いたかっただけだ。
あるはずも無い心臓がさっきからどきどき、と邪魔をしていた。

JUM「僕のために?」

雛苺「そうよ、JUMのためなのよ」

翠星石「……」

43: 2009/04/18(土) 12:50:05.29 ID:Fiz2JuHw0
JUM「…わ、悪かったな…手間かけさせて」

彼が柄にもなく、少し、本当にほんの少しだけ嬉しそうにしていた。
ぼりぼりと頭をかいて、私から顔を背けていた。

そんな彼を見ていると、不思議と心の錘が取れたように少し軽くなった気がした。
動悸もゆっくり静まってくる。今なら…。
今なら、自分の口でちゃんと言えそうだ…。

真紅「J、JUM…とりあえずお茶にしましょう…」

出て来た言葉を聞いてみれば、いつも言っていたことだった。
何の変哲も無い、気も全く利いていないただの誘いの言葉。
…もう少しくらい口が上手ければいいのに。
彼もいつもと同じように言ってから、何かを悔やんだような顔をした。

JUM「そうだな…翠星石、来いよ」

翠星石の手を引く。
不思議と、胸が痛まなかった。

翠星石「翠星石もちょっと食べてみたいです…」

49: 2009/04/18(土) 13:06:25.27 ID:Fiz2JuHw0
投下遅すぎてすまん


テーブルの上の、良く言えば子供らしさ溢れる努力の結果。
悪く言えば、どら焼きと言えばどら焼きに失礼な代物を見て彼は少し驚いた。

JUM「すご…こんなに良く作ったな」

真紅「そ、それは雛苺が手伝ってくれたからよ」

雛苺「ヒナはほんの少しお手伝いしただけなのよー」

紅茶を淹れたカップなどをトレイに載せた雛苺がそう言った。
本当は少しなんて表現じゃ足りないくらい手伝ってくれたのに…。

JUM「じゃあ雛苺にも、ありがとうな」

雛苺の頭を撫でながら彼が言った。
あの子も満更では無さそうだ。

雛苺「えへへ、お礼は食べてから言って欲しいのよ」

翠星石「そうですそうです!翠星石も早く食べたいです!」

今更ながら、味見を全くしていないことを思い出した。

53: 2009/04/18(土) 13:22:42.29 ID:Fiz2JuHw0
真紅「ちょ、ちょっとJU」

言う間もなく、彼は食べる。
翠星石もそれを待ってたように、手近にあったそれを手に取りすぐ口に運ぶ。
雛苺だけにこにこと笑ってそれを見ている。
おろおろと、私だけうろたえている。
そんな私を見て彼女がぽんぽん、と肩を叩く。

雛苺「大丈夫なの 真紅が作ったどら焼きが美味しくない訳がないのよ?」

…この子は本当に、私の妹なんだろうか。
どう考えても、姉の私よりしっかりしている。

しばらく味わってから彼は口を開く。

JUM「意外に…ジャムって合うんだな…」

真紅「!! ほ、本当…?」

お世辞なんじゃなかろうか、信じられない。

JUM「お前、僕の言うこと信じないのか?」

真紅「あ…ごめんなさい…じゃ、じゃあ…」

じゃあ、お世辞や嘘じゃなくて本当…?

真紅「じゃあ本当に…私のどら焼き…美味しいの?」

JUM「だから、美味いよ そう言ってるだろ」

60: 2009/04/18(土) 13:36:41.20 ID:Fiz2JuHw0
JUM「美味いよこれは 確かに僕の大好きなどら焼きだ」

そう言って、ゆっくりと、私の頭に手を置く。
ふわりと、彼の匂いがした。
そして。

JUM「ありがとうな」

ゆっくり、優しく私の頭を撫でる。
決して擦るようにではなく、触れるか触れないか、そのちょうど間で私を撫でる。
…懐かしい感覚、忘れていた感触。

JUM「…どうした?真紅」

彼に顔を見せたくなかった。俯く私に彼が聞く。

真紅「何でもないわ…何でも…」

また、そんな素っ気無い言葉しか出てこなかった。

翠星石「…確かに美味いです!真紅は本っ当に料理が上手です!」

JUM「っておい、ジャムがほっぺに付いてるぞ」

ほら、と彼が指で拭う。
その指に彼女がしゃぶりつく。

JUM「おい…何するんだよ」

翠星石「指が汚れたからお礼に取ってやっただけですよ?」

65: 2009/04/18(土) 13:45:54.66 ID:Fiz2JuHw0
JUM「人目ぐらい気にしろよ…」

翠星石「…別に恥ずかしいことじゃないですよ JUMは翠星石にしてもらって恥ずかしいですか?」

JUM「そういう話じゃなくてな…まぁいいよもう」

翠星石「美味しいですねー、チビチビ?」

雛苺「え、あ、そ、そうなのよー!ねー真紅!」

真紅「……」

また、胸が痛む。

…どれだけ私が頑張ったところで、翠星石では無い私は所詮、いつまで経ってもただの真紅。
もう駄目なんだろうか。邪魔はするな、ということなんだろうか。

翠星石「もう、JUMもほっぺにジャムが付いてるですよ?」

JUM「あーもー、自分で取るから…」

翠星石「動くなですー!」

雛苺「ちょ、ちょっと翠星石…」

ばたん。

JUM「あれ、真紅は?」

雛苺「……」

69: 2009/04/18(土) 13:55:35.12 ID:Fiz2JuHw0
ばたん。

まだ夕方。
彼の部屋も窓の外と同じ朱色に染まっていた。

彼のベッドに潜り、階下の喧騒から逃げる。
……。
……。
……。

がちゃ。

雛苺「…真紅?」

雛苺だった。

雛苺「真紅、もう眠っちゃうの?」

真紅「…寝たいわ」

彼女を見ていると、唐突に物凄く申し訳なくなってきた。
彼女は今日一日私に付き合ってくれたのに、その協力も努力も全て、私が無駄にしてしまった。

真紅「ごめん…なさい…」

雛苺「何で真紅が謝るの?」

真紅「だって…私が悪いのだわ」

私が真紅だから、翠星石じゃないからJUMは私を見てくれないのだ。私が私でいる限り、決してあの子には敵わない。

71: 2009/04/18(土) 14:03:32.90 ID:Fiz2JuHw0
雛苺はベッドに腰掛けて私を見る。
そして。

雛苺「真紅が何で謝ってるか分からないけど、真紅は別に何も悪くないと思うのよ」

ついでに言うなら、誰も悪くないのよ。
JUMも翠星石も真紅も誰も。

雛苺「たぶんみんな…ちょっと素直じゃないだけなの」

ヒナには良く分からないけど、それだけは思うのよ。

真紅「翠星石も…素直じゃないの?」

こくん、と頷く。
夕日を背景にした彼女の顔は良く見えない。

JUM「おーい、入るぞ?」

びくっと驚く。
何でJUMが?

74: 2009/04/18(土) 14:17:24.70 ID:Fiz2JuHw0
JUM「おい、やっぱりどっか身体の調子でも悪いのか?」

彼が心配そうに…いや、とにかく彼は聞いてくれた。

真紅「…さっきも言ったけど、身体は別に悪くないわ」

そうか。
そういいながら彼はベッドの枕の側の床に腰を下ろした。

JUM「昨日も僕のベッドで寝てたから調子でも悪いのかと思ってたけど、違うんならいいよ」

そういえばそうだった。
じゃあJUMは昨日はどこで寝たのだろう。

JUM「昨日は一階のソファで寝たよ 邪魔出来ないからな」

真紅「…JUMが邪魔な訳ないわ」

布団で顔を隠して言う。

真紅「…これから、もし私がこのベッドで先に寝ていたらJUMも入ってくれて構わないわ」

JUM「僕は寝相悪いぞ?」

真紅「ふふっ知ってるわ 貴方、前は夜中によくベッドから落ちていたわよね?」

JUM「知ってるのかよ…」

…彼と話していると、胸の痞えがまた少しだけ取れた様な気がした。
…ずるい男の子だ。

78: 2009/04/18(土) 14:29:17.87 ID:Fiz2JuHw0
今まで色んな本、それこそ恋愛小説だったら何千冊と読んできたけど、
彼のような変わった男の子が出てくる小説は読んだことが無かった。
だからどう接すれば彼を満足させられるか、なんて全く分からないからよく戸惑った。

普段は極力無関心でいて、不器用な優しさしか持ち合わせていなくて、それでいて恋愛というのが何かも彼は分かっていない。
…でも。
でも彼のことが、JUMのことが私は…。

ベッドから起きる。

JUM「ん、もう起きるか」

いよいよ夜の淵が見える、そんな時まで彼は傍で一方的でも私に話しかけてくれていた。
雛苺は傍でそんな私達を見ているだけだった。…邪魔しないように、なんて思ってくれていたんだろう。
とことん…私は駄目な姉だ。

JUM「どうした、降りないのか?」

真紅「その前に…抱っこして欲しいの」

JUMに向き合うようにベッドに座り、両腕を差し出す。

81: 2009/04/18(土) 14:40:00.46 ID:Fiz2JuHw0
JUM「抱っこ?」

真紅「…お願い 抱っこして欲しいの」

たまらず、JUMに抱きつきそうになる自分を止める。
こんなに近くに彼がいる。彼の、彼の匂いがもうすぐ嗅げる直前にいる。
でも自分から飛びついたら何も意味が無い。理性で自制をかける。

真紅「お願い…」

そう言って彼を見ると、彼の両手が私を掴む。
ふわっ、と身体が持ち上がる感覚がした。
その時だ。

翠星石「JUMー何してるですかー?」

彼女だった。

87: 2009/04/18(土) 14:52:20.83 ID:Fiz2JuHw0
JUM「あ、翠星石」

ぱっと両手を離すJUM。
降ろされた重みでベッドが軋む。

翠星石「翠星石に本を読んでくれるって話はどうなったんです?」

JUM「あー…悪い真紅」

日本語が読めないあいつに本を読んでやる約束してたんだ。
そう言って彼の本棚から適当に何冊か引き抜いていく。

JUM「その…抱っこはまた、今度な」

翠星石と一緒に降りて行くJUM。

真紅「……」

もう…馴れたいけど馴れない、この胸の痛みはなんだろう。
…でも馴れなかったとしても、諦めるなんてしたくない。

無い無いと嘆いていた小さな胸だけど、大きな胸をした女の子の恋が成就した話なんて読んだことがない。
そう自分に言って元気を出させる。
あの子の胸も無いのだけれど、それはこの際いい。

気付いてみると、雛苺はいつの間にかいなくなっていた。

101: 2009/04/18(土) 15:44:08.71 ID:Fiz2JuHw0
真紅「ねぇ、雛苺 貴女から見てJUMと翠星石のこと、どう思うかしら」

夕食後、雛苺に聞いてみた。

雛苺「うーん…分からないの」

やっぱりこの子にも分からないか。
翠星石がJUMに好意があるのかどうか、JUMもどうなのか。
JUMは私に対してもあの子に対してもあんな感じに…正直無愛想だけど、ほんのりと香るというか、そんな優しさがある。
翠星石は…もしかしたら、もしかするかもしれない。

がちゃ。

翠星石「ふぃー、やっぱりJUMは髪洗うの上手いですぅ」

翠星石だった。

JUM「…それは嬉しいんだけど、人形なんだから毎日律儀に風呂に入る必要なんかないだろ?」

翠星石「別にいいじゃねーですか、そんなこと JUMが洗ってくれると髪がまっすぐで綺麗になるから嬉しいです」

確かに、私から見ても翠星石の髪は以前より綺麗に見える。

翠星石「それに…洗ってもらうと何だか気持ちいいです」

翠星石「真紅もやってもらって気持ちよかったはずですよね?」

105: 2009/04/18(土) 15:55:02.25 ID:Fiz2JuHw0
真紅「わ、私は…」

JUM「…僕は翠星石の髪しか洗ってやったこと無いんだよ」

ぎゅう。
音が、胸が締め付けられる音がした。

翠星石「じゃ、じゃあ翠星石だけ…特別ですか?」

JUM「特別って言うか…まぁそうなるかな」

痛い痛い痛い…。
息が出来ない。何かを胸に詰め込まれた様な、酷い圧迫感と痛み。

翠星石「JUMのおかげでこーんなに髪が綺麗になった訳です ほーらほら」

JUM「あーもー…うざったい…」

翠星石「な、うざいって言ったですね!」

…耐えられない。
フローリングに落ちる前にそれを拭う。

この家を出ることにした。

112: 2009/04/18(土) 16:05:07.87 ID:Fiz2JuHw0
次の日起きてみると、鞄と一緒に真紅が消えていた。
翠星石と雛苺に聞いてみたけど二人とも知らないと言った。

家中探してみたけど、書置きも何も見つから無かった。


JUM「そら、紅茶」

翠星石「JUM?誰も紅茶を淹れてくれなんて頼んでないですよ?」

JUM「え?」

時計を見ると、例に人形劇が始まる5分前だった。
…人間の身体ってのは不思議なものだ。本人が意識して無くても身体が勝手に日頃の習慣通り動く。

翠星石「でもJUMが翠星石に紅茶を淹れてくれるなんて嬉しいです!」

満面の笑みってやつで礼を言う翠星石。
…本当は別のやつのために淹れた紅茶だとは言えなかった。

翠星石「ほらほら!ついでにJUMも一緒にくんくん観るです!」

JUM「いや…僕は本でも読みたいんだけど」

翠星石「後で付き合ってやるから今はくんくんに集中するです!」

さっきの後ろめたさからか、拒否できない。

雛苺「……」

119: 2009/04/18(土) 16:16:50.26 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「くんくんはJUM的にどうでした?」

きっかり30分後、僕の部屋に行く途中、翠星石が腕の中から聞いてきた。

JUM「んん…あのクォリティの高さで監督も脚本家も何で人形劇なんかにしたんだろうな」

翠星石「小さな内からサスペンスに触れることは悪いことじゃないはずですよ」

絶対悪影響しかないと思うんだけどな。
本棚から昨日の本を探す。
えーと…これだ。

JUM「翠星石、これの題くらいは読めるか?」

翠星石「えーと…チーム…バ…バ……限界ですぅ!」

JUM「…まぁ題はお前にはどうでもいいな これは現役のお医者さんが書いた病院の中でくんくんごっこする小説だ」

翠星石「へぇー…最近の本ですか?」

JUM「どちらかと言えば…そうだな」


そういえばこの本、あいつのために買ったんだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

126: 2009/04/18(土) 16:21:52.07 ID:Fiz2JuHw0
真紅『……』

ぺら。

JUM『おーい、真紅』

真紅『……』

ぺら。

JUM『……』

反応が全く無い。一日中両手に本が張り付いてるなんて、本の虫どころじゃない。
あれはもうジャンキーだ。

…そうだ。

がちゃ。

真紅『……』

真紅『…二人きりじゃ話しかけにくいわ はぁ』

129: 2009/04/18(土) 16:29:17.69 ID:Fiz2JuHw0
真紅『話したくても…共通の話題なんて無いし…』

真紅『どうしようかしら…』

はぁ。思わず溜め息が零れる。
…JUMには悪いことだろう。
せっかくお人形を拾ってきたのに、それがこんなに無愛想な上に口下手だなんて。
気の利いた冗談でも言えたらどんなにいいか。
今まで何度もそれを呪ったけど…はぁ。
でも…彼も私に負けず劣らずの口下手のようだった。
くす。ちょっと顔が緩む。

彼が上がってきた。
また本を持つ。

がちゃ。

JUM『……』

かちゃ。
何か、私の前に置いてくれる
あれ…この匂いは…。

JUM『その…もし…暇なら飲んでくれよ』

また部屋を出て行った。
見てみると、それは紅茶だった。

133: 2009/04/18(土) 16:38:44.81 ID:Fiz2JuHw0
紅茶…。
あの家には紅茶なんて置いてなかったから、見るのも随分久しい。
指が震える。

まずは香り…いや、もうさっそく飲んでしまおう。
早く飲みたかったけどそこは誇り高いローゼンメイデン。
努めて紳士に飲む。
すすす…。


がちゃ。

全神経を紅茶に注いでいた、その時だった。

JUM『ど…どうだ?』

真紅『ごぼっ!?』

JUM『うわっ!!』

思わず吹き出してしまった。

137: 2009/04/18(土) 16:50:30.24 ID:Fiz2JuHw0
JUM『わ、悪い』

飲んでくれてるのか、こっそり入ったのがいけなかった。
人形にも肺があるのだろうか。むせている真紅の背中をさすりながら謝る。

真紅『はぁ…はぁ……ご、ごめんなさい…』

涙目になって謝る。

JUM『じゃあ…とりあえずこっちに来いよ』

ベッドに座って手招きする。
ふらふらと、足元がおぼつかないながらも歩いてくる。
近くに来たところで、真紅を抱え上げて膝に座らせる。

真紅『…え?』

真紅の涙をタオルで拭いてやってから、口やドレスに付いた紅茶を拭く。
幸い染みには…少しぐらいはなるかな。まぁ後で姉ちゃんにこいつのこと教えるついでに、洗ってもらうか。

真紅『え…ちょ、ちょっと』

JUM『あーもー、動くなよ』

もう一度口を軽く拭って黙らせる。

真紅『んむっ…』

139: 2009/04/18(土) 17:02:17.18 ID:Fiz2JuHw0
ようやく部屋中の紅茶を拭き終えた。
…紅茶臭い部屋なんてのもお洒落でいいよな。うん。
無理やり自分を納得させる。

足元に転がってる真紅の本を拾い上げる。これも少しかかってるけどもう染み込んでる。
拭きながら見てると、どうも外国の古い本だった。

JUM『…真紅って昔の本ばっかり読むのか?』

ベッドで申し訳無さそうに縮こまってるあいつに聞いてみる。

真紅『え!?』

大層驚いていた。

JUM『いや…最近の本はあまり読まないのか?』

真紅『ええと…あったら読むのだけど…私まだこの国の字が読めないのよ』

JUM『ふぅん…あったら読むのか』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

後になってくんくんが好きと分かったあいつに、最近の本を読ませてやるために買ったんだったっけ、そういえば。
で、何故か買った後にごたごたが続いて読む機会を失っていたこいつはようやくページを開かれた訳か。
こいつを本屋で手に取った時に予想してたのと少し違う形で。

翠星石「読まないんですか?」

JUM「…読むよ」

144: 2009/04/18(土) 17:23:47.14 ID:Fiz2JuHw0
JUM「……そろそろ終わりにするか」

窓の外を見てみると、昨日こいつと帰ってきた頃と同じ、夕暮れの空があった。
自転車の走る音が聞こえる。
…昨日か。
匂いを嗅いでみても、昨日と違って今度は何も匂わなかった。
やっぱり今日は今日だ。

JUM「どうだった?出来るだけ分かりにくい所は表現を変えてみたけど」

翠星石「JUMのおかげで大体分かったですけど、やっぱりバチスタっていうやつの説明や手術のシーンとかは分かりにくいですね」

JUM「普通の人間もそんな感じだ 専門用語が多いしな」

何より、この本は真紅が読んで理解出来るか出来ないかを考えて買ったんだから。
普段から本を読まない翠星石には分かりにくいだろう。

翠星石「知恵熱が凄いです…頭が痛いですぅ」

ベッドで寝転がっている翠星石を抱き起こして膝に座らせる。

翠星石「な、何するですか?」

こうするんだよ、と言って頭を撫でて冷ましてやる。
よしよし。

翠星石「…いい気分ですぅ」

147: 2009/04/18(土) 17:33:21.55 ID:Fiz2JuHw0
遅くてごめん 


JUM「じゃあ雛苺、ちょっと出てくるよ」

テレビを見ていた雛苺に後ろから言う。

雛苺「え?行くってどこへ?」

もう真っ暗になるのよ?と窓の外を見て言う。

JUM「真っ暗になるから行くんだよ」

僕の顔を見て、何か汲み取ろうとしている。
しばらくじっと見ていたが、分からなかったようだ。
諦めた様子で。

雛苺「…よく分からないけど、気をつけるのよ?」

翠星石「行ってらっしゃいですー」

JUM「…お前も来いよ」

え?顔全体で疑問の意思を伝える。
まぁそうだろうな。

JUM「どら焼き奢ってやるからさ」

翠星石「さっさと行くです!」

149: 2009/04/18(土) 17:42:43.66 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「懐かしいですねぇ」

JUM「良い感じに涼しいしな」

あの商店街。正確にはあの和菓子屋へ来ていた。
時刻にして、午後7時。
春先のこの時間は、冬の残り火を見るようなものだ。
昼間も人が少ないこの商店街はこの時間も少ない。
明かりだけは満ちているここからは星なんて見えない。
…夜空を見上げて月を探してみるけど、見つからなかった。

「いらっしゃいませー あ、お久しぶりですね」

JUM「えーと、このケースに入ってるどら焼き全部ください」

「毎度ありがとうございますー」

翠星石「このお団子も全部入」

「毎度ありが…って、え?」

JUM「すいません こいつのことは気にしないでください」

翠星石「翠星石を子供みたいに扱うなですー!」

邪魔すぎる…。子供全開のクセに。
翠星石の口を押さえて黙らせて、さっさと店を出る。

153: 2009/04/18(土) 17:54:27.10 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「家に帰るんじゃないんですか?」

家の方向と違うことにようやく翠星石も気付いた。

JUM「家に帰る前にしなけりゃならないことがあるからな」

例の公園を通り過ぎる。
この辺までくると、星の瞬きも少しずつ見えてきた。
まるで星がこの近くから流れてきているみたいだ。
だとしたらその源泉は随分家から近い。

翠星石「その用事に翠星石がいるから、連れてきたですか?」

僕のためなんだよ、そう言う。

JUM「僕のために付いてきてもらったんだよ 一人じゃ逃げてしまいそうになるからな」

翠星石「…何から逃げたくなるんですか?」

翠星石と繋いだ手をきゅっ、と離さないように力を込める。


家の前で座っている犬が見えた。


159: 2009/04/18(土) 18:11:34.59 ID:Fiz2JuHw0
本当遅くてごめん


JUM「お前は…いなくなったと思ったら生きてたのか」

僕を見つけるなり、しっぽをパタパタと振るこいつ。
何ヶ月ぶりだろう。真紅が家に来てから随分経つがこいつはその間一度も姿を見せなかった。
以前真紅にこいつのことを聞いたことがあるけど、あいつもよく知らないらしい。
そのあとこの家に何度か餌をやりに来たけど、一度として会えなかった。
その、とても気まぐれで気の利く、全身のあらゆる色がマーブルのごとく混ざっている犬がここにいるってことは。

翠星石「かかかっかわいいいですううううう!!」

翠星石の相手はこいつに任せて、庭へ回ろうとする。

その時、偶然にも民家と民家の屋根の間から月を見つけた。
随分低い月だ。少し小さくて、ぼんやりとした、真っ赤な月。


つまり、僕にとっての真紅とは、そういう存在だった。
月のように、普段は当たり前に傍にいて、それを特に気にも留めずいるからこうやって、たまに見つからない。
今日一日、僕はずっと真昼の月を見ていたのだ。
あいつのことを思い出すたびに思った。

今まで僕はあいつに何をしてやったのだろう。
あいつは僕と同じ、寂しがりのただの、人形だ。
犬や猫じゃない。
人でもない。

162: 2009/04/18(土) 18:24:02.61 ID:Fiz2JuHw0
この月が見たかった。
そのために、今日はずっと夜だけを待っていた。

じゃり、と砂を踏み庭へ回る。
ガラス戸は閉められていた。
取っ手に力を込めて、引く。

がららららら…。

何ヶ月ぶりかのここは相も変わらず、真っ暗だった。
前来た時より埃の目だった和室。
その畳の上で、丸まって眠っている真紅を見つけた。

起きる様子も無く、寝息を立てていたそいつにコートをかけてやると台所へ向かった。
電気が生きてなけりゃあ焚き火でもすればいいけど、それは面倒だ。
台所の照明のスイッチを入れてみる。
……点いた。
蛇口を捻る。
…よし、水も出る。

ポットを見つけて、それに水を流し込む。
必要な分でいい。コップ2杯分くらい。
早く沸け早く沸け…。


外から、犬と戯れる翠星石の声が聞こえた。

166: 2009/04/18(土) 18:38:53.48 ID:Fiz2JuHw0
……。
どれくらい眠っただろう。

目の覚めきってないぼんやりとした意識の中、誰かの気配を感じてむくり、と起きる。
私の頬を撫でていた誰かの手が離れる。

真紅「だ…誰?」

目を擦るけど、視界がよくならない。
元から真っ暗なこの部屋じゃ無理もない。

「…また来た 悪かったか?」

ええと…誰だろう。分からない。
でももう一度来てくれたのなら嬉しいことだ。

真紅「悪くはないけど…出来るなら事前に連絡くらい入れてほしいわね お茶の準備も出来ないわ…」

「無理言うなよ …大体この家に電話入れてもちゃんと出てくれるのか?」

真紅「ふふっ…それもそうね」

…何だか、こうやってこの人と二人で話すことが随分と久しぶりだと思った。
この…何て言うのだろう、充足感?安心感?
そういった何かが、ぱちっぱちっと音を立てて、パズルのピースのように私の心に収まっていく。
もっと、この人と話していたい。

JUM「…そろそろ、目、覚めたか?」

真紅「…そうね また来てくれたのね」

169: 2009/04/18(土) 18:48:55.11 ID:Fiz2JuHw0
……しばらく、外から聞こえる翠星石の声とポットの稼動音しかしなかった。
ガラス戸から流れ込む月明かりは、何だかロマンチックだ。
…もうちょっと綺麗なところだったら良かったのに。

JUM「まぁ、まずはお茶でも飲んでくれ」

差し出されたお茶、玄米茶を啜る。
…うん、紅茶は…全然だけど、日本茶は本当にJUMが淹れた方が美味しい。

ほぅ、と息をはく。
しばらくそうやって、気を落ち着かせる。
……。
沈黙が破られたのはそれからすぐだった。

JUM「じゃあまず…僕を一発、思いっきり殴ってくれ」

真紅「…え?」

175: 2009/04/18(土) 18:59:53.28 ID:Fiz2JuHw0
JUM「ごめん…僕なんかを殴る気も起きないかもしれないけど…」

それでも殴ってやってくれ。正座をして、私に言う。

真紅「…いいの?」

JUM「ああ、思いっきり重さの乗ったきついのを頼む そうでもしてもらわないと真紅と話せない」

…真意は掴めかねてるけど、彼の頼みを断ることは出来ない。
立ち上がって、歩み寄る。
ぐっと右手を握り締めて、彼の顔に振りかぶる。
その一瞬、ガラス戸越しに、月が見えた。

…ぺちん。

JUM「…え?」

真紅「悪いけど、JUMの頼みでもこれが限界だわ…」

そのまま、彼の胸に倒れこむ。

真紅「殴れる訳…ないじゃないの…」

だって、好きなんだから。
それ以上に理由なんて要らない。


時計の針の振れる音も聞こえる午後8時。
私は、埃塗れの和室で彼の胸の中にいた。

182: 2009/04/18(土) 19:13:42.44 ID:Fiz2JuHw0
壁を背にして座った彼に抱かれて、胸に顔を埋めて息をすぅっと吸い込む。

……。

JUM「お、おい どうした?」

真紅「……」

心のパズル、その全ピースが埋まったその快感は、まさに筆舌に尽くし難い、なんて表現がぴったりだった。
どれだけ紅茶を飲んでも、どれだけ好きなモノを食べても、決して満たされない何かが人にはある。
それが偶然にも人形にもあって、そして私にとってのそれが、JUM、そのものだった。

真紅「……」

ぎゅう、っと彼のシャツを握りしめる。
もう、絶対に何があっても離さない。
今度ばかりは誰にも邪魔させない。

真紅「ねぇ、JUM」

JUM「…ん?」

真紅「もう…絶対に、離さないでね」

私も絶対に離さないから。
彼の両腕の中から、少しずつ心から零れてきた思いを言葉にして話す。

…最初からこうすれば良かったのだ。
翠星石はそれをいとも簡単にして見せていたじゃないか。

185: 2009/04/18(土) 19:26:02.08 ID:Fiz2JuHw0
もう、一人になるのは嫌だ。
二週間分の空白を埋める様に、彼に、もっと力強く抱きしめてもらう。
…やっぱり痛い。

真紅「ちょ、JUMっ…痛いし苦しいわ…」

JUM「…じゃあやっぱり、このぐらいか?」

腕を緩めて、ふわり、と私を抱きしめる。
……。

真紅「ねぇ…翠星石にも、私がいつもしてる抱っこしたりしたの?」

何の気なしに、聞いてみた。

JUM「いや、それはまだだけど…」

……。

真紅「翠星石、いるんでしょう?貴女も入りなさい」

翠星石「……翠星石はお邪魔じゃねーですか?」

やっぱりいたのか。
ガラス戸をするすると開いて上がり込む。
笑っている顔しか見ていなかったからか、何だか今のあの子の顔とのトーンの差が余計に大きく見えた。

188: 2009/04/18(土) 19:37:13.34 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「……」

何を言えばいいのか、迷っているようだ。
とりあえず、そんな人にまずすることは決まっている。
ポットから急須にお湯を注いでお茶をもう一杯淹れる。

真紅「飲んでみなさい 日本のお茶で、心休まる飲み物よ」

翠星石「あ、ありがとうです…」

湯のみを傾けて、少し口を付ける。

翠星石「ちょっと熱いですね…」

JUM「ちょっと貸してみろ翠星石 何かお前が持ってるの見ると怖くてしょうがない」

JUMが翠星石の代わりに冷ましてやる。
少し飲んで、温度を確かめる。

JUM「ほら、これくらいならお前でも多分大丈夫だろ」

翠星石「すまんです…」

ずずず…。

不思議と、彼らを見ていても胸が痛まなかった
・・・私もお茶を一口飲んでから、あの子に言ってみる。

真紅「翠星石、貴女もさっきの抱っこ、して欲しくないかしら」

195: 2009/04/18(土) 19:50:46.94 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「…良いんですか?」

JUMが私を見る。
…大丈夫。だって貴方は私の傍にずっと居てくれると約束してくれた。

翠星石「翠星石はまた、真紅に悪いことするかもしれないですよ?」

真紅「それは私も同じよ、翠星石」

真紅「でも、私はもう一人は嫌なの 私も貴女もそれは同じはずよ」

真紅「私はJUMも、そして貴女も、…二人ともとっても好きなの」

それこそ同じくらいに。私は。二人を。
つまりは、そういうことだ。
言いたいことは全部言えたつもりだ。
これであの子に私の思いが伝わらなかったら…。


翠星石「……ひっく…うぅ…」

真紅「翠星石…?」

翠星石「ず…ずるいですよ…真紅……ずるいです」

翠星石「真紅だけ…何でそんなに…大人なんですか…?」

203: 2009/04/18(土) 20:06:56.79 ID:Fiz2JuHw0
翠星石「翠星石は…怖かったです…」

JUMが誰かの…真紅だけのモノになることが怖かったです。
だって真紅は私より賢いし、綺麗だし、気も利くし、聞けば料理も出来るらしいし…。

翠星石「そんな真紅から…何の取り得も無い翠星石がJUMを取られないようにするには…
いじわるするくらいしか思いつかなかったです…」

なのに…なのに真紅はそんな翠星石を…。

翠星石「翠星石を…好きって…言ってくれるですぅ…」

そっと、JUMが私にしてくれたみたいに優しく抱きしめる。
胸の中から翠星石の泣き声が零れて、響いた。

…やっぱり私達は姉妹だ。
考えることも、悩むことも、そして好きな男の子も一緒だもの。

それなら私達は絶対に分かり合えるはずだ。
だって、私達が好きになったのは、不器用だけどこんなにも優しい、ちょっと変わった男の子。
彼なら、この子も私も、きっと二人とも受け止めてくれるだろうから。

真紅「とりあえず…どら焼きでも食べましょうか」


204: 2009/04/18(土) 20:08:14.72 ID:Fiz2JuHw0
終わり。

213: 2009/04/18(土) 20:18:00.25 ID:nUCOI4D3O
超乙

引用: 真紅「また・・・来てくれるのかしら」