106: 2008/12/16(火) 23:47:12 ID:tXRtmzNg
昔々ある所にミーデレラという名前の(ぎりぎり)娘がおりました。
ミーデレラは意地悪な継母に娘として扱ってもらえず、事あるごとにいびられる毎日を過ごしておりました。
そんなある日、ミーデレラの家にお城から舞踏会の招待状が届いたのでした。


「誰がぎりぎりですって……?」
「ほーっほっほっほっ! こんな素晴らしい日に何を一人でブツブツおっしゃっているのかしらミーデレラ!
 遂に……遂にこの時が来たのですわ! ご覧あそばせ! 坂本殿下から、舞踏会の招待状を戴いたのよ!!」

いつも通り耳障りな笑い声をあげてペリーヌお義母さまが現れた。
いつも通りムカつきを噛み頃し、100万ドルの営業スマイルで応対しようとしたんだけど。

「み、美緒さまから……!?」
王子、坂本美緒殿下。 清々しい笑顔。 竹を割ったような性格。 誰にでも優しく厳しい、裏表の無い方。
あの方を思うだけで私の胸は……きゃうん(はぁと)。 そんな私をキッと睨みつけてくるお義母さま。

「キモイですわ! ブリッコは実年齢と相談してなさったらいかが!? 坂本殿下もご妙齢。
 この舞踏会、殿下のお相手を探すためと専らの噂。 今こそ殿下をメロメロにするチャンスですわ! ほーっほっほっほっ!」

キモイとか言われた。 喪黒福造みたいな笑い方してるんじゃないわよ!
でも。 美緒さまに会える。 ううん、会えなくても。 一目だけでも、近くで美緒さまが見られる。
たったそれだけで、私の心は少女のようにときめいていた。 ……いえ、現に少女なのだけれど。
なんだかあまりに心労が多くて、自分が老け込んで思える時がありすぎるのよね……。

「ほーっほっほっほっ! 何か勘違いしているんじゃなくってミーデレラ?
 此度の舞踏会は国中から私のような由緒正しい家柄の淑女たちが集まる、超一流のパーティなのよ。
 貴女のような端女なんて連れていったら国中の笑いものですわ! 行くのは私と娘たちだけよ! 残念でしたわね!!」

「がーん! そっ、そんな! 招待状は私のぶんまで有るではありませんか!」
「ほーっほっほっほっ! もちろん殿下はお優しい方ですから、誰にでも招待状は出すでしょうね。
 でも、だからと言って貴女のような下賎の者が王宮に押し掛けるなんて、あまりに厚かましいと思いませんこと?
 場違いさを自覚して遠慮するのがスジですわ! まさか貴女はそんな恥知らずじゃあございませんわよね?」

お義母さまの言葉がグサグサと胸に突き刺さる。 嫌味たっぷりだけど、言っている事は確かに正論だ。
華やかに彩られたご令嬢たちが列席する中、私のような灰かむりが居るだけで場の雰囲気を壊してしまうかもしれない。

107: 2008/12/16(火) 23:48:16 ID:tXRtmzNg
「舞踏会か……なぁんか気が乗らないね。 あたしはいいからさ、ミーデレラを連れてってあげたらどうだい?」
「ちょ! 何ふざけたアドリブかましてくれますの!! 四の五の言わずに支度なさい!」
この神様のような発言は、長女のシャーリーお義姉さま。 大らかで細かい事にこだわらない素敵な女性だ。
なぜお義母さまのような方からこんなミスキャストな人が生まれてきたのか、いつも不思議で仕方ない。

「まったくあの子は……。 ほらエイラ! あなたもさっさと用意なさい!」
「ムリダナ。」
「ちょ!!! どうして貴女がたは期待通りの返事をしてくれないんですの!! 寝言はよし……」
「やかましいんダナ!! 毎週金曜21:00はDJサーニャのネトラジカウントダウンの時間なんダナ!
 舞踏会なんていつでも開けるけどサーニャの番組は金曜日にしかネーンダヨ! 分かったらちょっと黙っててほしいんダナ!!」
「ひゃっ! え、いや、そ、そんな本気で怒らなくても……わ、分かりましたわよ……ぶつぶつ。」

あまりの剣幕に腰がひけるお義母さま。 脛かじりの癖に堂々とダメ人間宣言していたのは、次女のエイラお義姉さま。
万事に無頓着な癖に金曜日だけは人が変わる、ちょっと扱いにくい人だ。 ネトラジって何かしら?

「まったくまったくまったく! まぁいいですわ。 ライバルは少ない程いいですからね! シャーリー! 行きますわよ!」
「ごめんねミーデレラ。 ま、あんたのぶんまで楽しんでくる事にするよ。 じゃね!」
まっ、待ってぇー! 願いも空しく、お義母さまたちはさっさと出掛けていってしまった。
お義母さまときたら、足元までレースの伸びた真っ青なドレスを宝石で飾り立てて、まるでどこかの国のお姫さまみたい。
それに引き換え私なんて足元まで野暮ったい木綿の着の身。 ドレスなんて一つも持ってない正真正銘の貧乏人だわ。

こんなのあんまりだわ。 私は美緒さまを一目見たいだけなのに。 魔法でも使わなければ、そんな事すら叶わない。
あぁ神様。 ううん、もうこのさい悪魔でも何でもいい。
どうか私を助けてくれる良い魔女を、私の元へ送り届けてください。 お願いします……。

藁にもすがる気持ちで窓を見上げる私。 ? 何かしら、確かに今、窓のところで何か動いたような。
!? 間違いない、あれは人間の手だ。 小さな手が、窓にガムテープを貼り付けている。
ぽかんと見ている間に二重三重に貼られていくガムテープ。 そして小さな手が取り出したのは……ハンマー。
……。 て、ちょ、待った! ストップストップすとーーっぷ!!
意図を察するも時既に遅し。 窓は大した音も立てずに粉砕され、開いた穴から進入した小さな手が、鍵をかちゃりと開けた。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! スーパーセクシー魔法少女・エーリカちゃんでーーーす!!」
「使い魔のバルクホルンだ。 怪しい者ではない。 安心してくつろいでくれ。」
「くつろげるかーーーー!!!!」
恐るべき手際の良さで不審者2名が侵入してきた。 ちょっとねぇ神様! 私は良い魔女って言ったのよ!!
魔法どころか、鍵を物理的に破壊して不法侵入してくるような賊を頼んだ覚えはこれっぽっちも無いわよ!!!

108: 2008/12/16(火) 23:49:07 ID:tXRtmzNg
「ちちち。 おねぇさん、そんな態度を取っちゃっていいのかな。 舞踏会に行きたいんでしょ? 知ってるよー。」
え! なぜその事を知ってるのだろう。 まさか本当に魔女? 言われてみればルックスからしてそれっぽいわ。
とんがり帽子。 黒マント。 ファンシーなステッキ。 丸出しのぱんつ。 魔女以外の何者でも……。

「て、ちょ、ちょっと、あなた! 何やってるのよ!! 下着が丸見えじゃない!!!」
思わず恥ずかしさを感じて、慌てふためく私。 すらりと伸びた少女の足は驚くほど美しくて、こちらの方が照れてしまう。

「ぱんつじゃないよ、ズボンだよ? どこにも問題ありません。 どうでしょう、使い魔のトゥルーデさん。」
「うむ。 空力学的見地から言っても何ら問題ない。」
「問題あるわよ!!! 人として!!!!!」
隣に佇む少女を見ると、こちらは上が軍服、下は勿論ぱんつ一丁。 どういう感性ならそんな服装になるのよ!!!

……でも、物は考えようだわ。 こんなに愛らしい女の子がこんなに陰気な服装。 しかもぱんつ丸出し。
どう考えても一般人では有り得ないじゃないの。 どうせこのままだったら美緒さまと会う事なんて出来ないんだわ。
そうよ。 このままだと私、一生いびられっぱなしよ。 人生なんて伸るか反るか。 この変態たちにフルベットしてやるわよ!!
おーっほっほっほっ!! 何かが吹っ切れてしまった私は、半ばヤケっパチで大笑いしたのだった。 すっきり!

「なんかこの人アブないねー。 やだなー。」
「長い忍従生活で自律神経に損傷を負っているのだ。 酷い事を言ってはいかん。」
「あんたの方が酷いわよ!!」
全然すっきりしなかった。 うぅ、叫びすぎて喉が……。 駄目よミーデレラ。 貴女の一番の売りはその美声じゃないの。
こんな理由でガレてしまったら、氏んでも氏にきれないわ!

「さて、まずはお城に行かなくちゃ。 とくと魔法をごろうじろ! ここに一つの立派なカボチャ。 トゥルーデ! やっちゃって!」
「任せろ!!」
ぐわし! 使い魔の少女がカボチャをおもむろに掴む。 その体から神秘的な光が立ちのぼり、私は息を呑んだ。 本当に魔女なんだわ。
緊張してカボチャを見守る私。 使い魔の少女の顔に汗が滲む。 空気は張り詰めて、時計の秒針がうるさいくらい。

「ぬぐぐぐぐ……ぉぉおおおおおりゃああああぁぁ!!!!!」
バゴァ!! 瞬間。 カボチャは物凄い音を立てて真っ二つに引き裂かれた。 うわっ! 凄い!! 凄すぎるわ!!!
まさか、あのべらぼうに堅いカボチャを素手で引き裂くなんて!! とても人間業とは思えないわ!!!!

満足そうな使い魔の少女。 魔法少女の方も嬉しそうだ。 二人がニコニコしたまま、柔らかな時間が過ぎていく。 ……約10分。

「…………あの。 ……………………で?」

109: 2008/12/16(火) 23:49:57 ID:tXRtmzNg
ぜひゅー。 ぜひゅー。 くおぉぉ……。 氏にそうなほど脇腹が痛い。
結局奴らは何の役にも立たず、私は自分の足で舞踏会場までスーパーダッシュする羽目になった。
城まで片道20キロを1時間で走破した自分を真剣に褒めてあげたい。 人間氏ぬ気になればなんでもできるのね……。

全身から汗が滝のように噴き出し、肋骨とアキレス腱の苦痛が耐え難いレベルに達している。
でも、休んでる暇なんて無いわ。 舞踏会はもう始まっているんだもの。 自分の境遇を嘆いていただけの弱い私はもういない。
辛い時こそ、苦しい時こそ、勇気を出して進んでみせる。 そう決めたんだから! 待っててね、美緒さま……。

見上げれば、眩いばかりの輝き。 想像の中にしかなかった王宮が、そこにあった。 なんて美しいの。
夜を彩る色とりどりの光はまるで星屑を散りばめたみたい。 ここに美緒さまがいる。 それだけで疲れきった体に力が戻ってくる。
瀕氏の体に鞭打って、再び王宮の門を目指し走り出す私。 もぎゅっ!? 突如、みぞおちに炸裂する凄まじい衝撃。

「そ、そこの怪しい方、待ってくださーい! その汚れきった格好で王宮に入る事まかりなりませんー!」
「芳佳ちゃんの言う通りです! こ、こんな強烈なニオイの人を通したら、私たち即日解雇間違いなしです~!」
くおぉぉ……。 氏にそうなほど水月が痛い。 どうやら門番の小娘が、鉄槍の柄を叩き込んでくれたようだ。
氏んだらどうするのよ! 私は超合金で出来てるわけじゃないのよ!! 最近みんなそこを忘れがちじゃないかしら!!!

「おねぇさん、おねぇさん。 その格好じゃダンスなんて無理だよー。 ほら、こっちこっち。」
「急げ。 ここから先は電撃戦だ。 一分一秒を惜しむべきだ。」
! 私を呼ぶ声に振り返ってみると。 うそぉー! なんと自称魔女とその使い魔が私を手招きしている。
えっ、えっ。 20キロはあったのよ。 私瀕氏になったのよ。 この子たち、息一つ切らしてない! これが魔女の実力なの……?

「そうです魔法です。 こう、スーパーセクシーポーズで、そこのタクシー止まれー!ってね。」
「チャームの魔法だ。 経費で頼む。」
「タクシーかよ!!!」
使い魔の押し付けてきた領収書をはたき落とす。 残り少ない体力をノリツッコミに使わせないで! お願いだから!!

「むにゃむにゃむー……スー・スー・スルノ!!」
「きゃあ!!」
魔法少女が呪文を唱えると、私は突然光に包まれた。 な、何? 何なの!? ひょっとして……私に魔法を?
眩しさに目を閉じていた私は、目を開いた時に自分の装いが全く変わっているのに気がついた。 胸がときめく。 これが私……?

鼻腔をくすぐる花の香り。 ふんわりした草色のドレスはライトを受けて虹のようにその彩りを変え、それ自体が宝石のよう。
髪はアップにまとめられ、瀟洒な髪飾りで結われている。 少し思い切って開いた胸元には、私の瞳の色と同じ大きなレッドベリル。
下半身はさらに思い切って完全露出しており、フリルの沢山付いた純白のぱんつからはスラリとした両足が……。

110: 2008/12/16(火) 23:50:47 ID:tXRtmzNg
「きゃあああ!? だからなんで下着が丸見えなの!!!?
 あなたたちのセンスおかしいわよ! こんなんじゃ美緒さまに会う前に捕まっちゃうでしょ!!」
思わず真っ赤になってしゃがみこむ。 これじゃただの変態じゃないの!

「そのズボンが魔力の源なんだよー。 魔法で誰もおかしいとは思わないから大丈夫だって。」
「急いだ方がいい。 そのズボンには時間制限がある。 今、既に夜の22:00を回っている。 一刻の猶予もならん。」
「だからなんでズボンって言い張るのよ!! どう見てもぱんつでしょ!!!!」
なんとかこの羞恥心を理解してほしくって叫びながら、はたと気付く。 え? 時間制限?

「じ、時間制限があるの? それって……00:00を回ったら魔法が切れるとかそういうの?」
「うん。 正確には22:13に切れます。」
「短 か す ぎ る で し ょ !!! ぶっとばすわよ!!!」
「つべこべ言わずに走れ! 言っておくが魔法が切れたら、お前は牛乳を拭いた雑巾のような姿に逆戻りだ。 忘れるな!」
誰が雑巾よ!! 今日は走ってばかりじゃないの! それでも走らずにはいられない。
さっき私を押しとどめた門番の前を全力で駆け抜けて、遂に私は舞踏会場へと辿り着いた。
今何分だろう。 美緒さまはどこだろう。 一目見られればいいって思ってたけど。 それは嘘じゃないけれど。
やっぱり、逢いたい。 逢ってお話したい。

「きゃあ! この人スカート履いてない! 痴女よ!」
「そ、そこの変態さーん! 勝手に門を通り過ぎないでくださーい! 私がクビになったらどうするんですかぁ!」
…………。 美緒さまを探していると、私を中心に不愉快な騒ぎが広がった。
みんな腫れ物でも見るような目で私を見ているわ。 うふ。 うふふ。 …………。
くぉら魔女! どこが大丈夫なのよ! 痴女とか言われてるわよ!! もう明日から生きていけないじゃないの!!!

「どうした。 何があった?」
えっ。 私の心にストンと響く声。 涙目になった私の前につかつかと現れたのは、紛れもなく。

「マロニー卿!」
「誰 よ あ ん た !!!!!!!!!!!!」
思わずおっさんの顔に右ストレートを叩き込んでしまった。 吹っ飛ぶおっさん。
なんて気に入らない顔をしているんだろう。 まるで以前にも迷惑をかけられた事があるかのような……。
そもそもこのタイミングなら美緒さまでしょ普通! 私にはフェイントかけられてる時間なんて無いのよ!

「わっはっはっ! マロニーをはたき倒したか! なかなか痛快な奴だな! 変態くん!」
そう言って私の手を取った人は。 あぁ。 今度こそ心臓がどきんと高鳴る。 美緒、さま。

111: 2008/12/16(火) 23:51:36 ID:tXRtmzNg
「どういった理由かは知らないが。 そんなに薄着では心許なかろう。 これでも羽織ってくれ。」
「あ……。 美緒さま……。 ありがとう、ございます……。」
美緒さまが上着を脱いで私にかけてくださった。 それだけで、周りの雑音は気にならなくなった。

「わ、私、どうしても美緒さまにお目にかかりたくて……それで。」
「ふふ。 すました良家のご令嬢ばかりかと思っていたが。 中々どうして、マロニーをやっつけた鉄拳は見物だった!
 たおやかにして剛毅。 いや見事! やはり女は強くなくてはいかん! わっはっはっ!」
あぁ、なんて素敵な笑顔なのかしら。 そんなに見つめられたら、私……。

「このような格好でお騒がせして申し訳ございません。 ……軽蔑、なさいますよね。」
「ふふ。 変質者ならこの手で叩き出そうと思っていた。 だが、その目を見てしまってはな。
 日頃から己を削って他人に優しくしている。 そういう人間の目だ。 何かやむにやまれぬ事情があるのだろう?」
なんて優しい言葉なんだろう。 この方こそ、そういう目をしている。 優しく、そして強い光。
私の人生で初めて見る輝き。 もう美緒さま以外目に入らない。 そう、あと60秒なんてカンニングボードも…………。

「あと60秒ですってーーー!!!?」
「うわ! な、何がだ!?」
美緒さまの後方に例の魔法少女。 彼女が掲げたボードには、魔法の効力が残り60秒である事がはっきりと書かれていた。
それが解けたら私は、みじめな女中に逆戻り。 耐えられない。 その姿を見られるのだけは耐えられない。
こうして美緒さまに会って、私ははっきり分かってしまった。
私と美緒さまは決して釣り合わない。 こんな素晴らしい方だからこそ。 私のエゴや苦痛を押し付けてはいけないんだ。

「美緒さま。 私はもう行かなくてはなりません。 お目にかかれて……幸せでした。」
「あっ! 待ってくれ! せめて名前だけでも……!」
むりやり美緒さまの腕から離れた私に、体勢を崩しながらも美緒さまが追いすがる。
ぎゅっ。 はらり。 ……えっ。 この感覚。 走る足を止めないでもはっきり分かる。 これ……。

「言うまでもなく分かっていると思うが。 ズボンが奪られた。 今お前は下に何も履いていない状態だ。」
「サイド紐だったからねー。 まー上着でぎりぎり見えないから大丈夫だよ。 どう? スースーする?」
「えぇ、スースーするわよ! 紐なんて生まれて初めて履いたんだから!! アグレッシブな娘だって誤解されたらどうするのよ!!」

すっかり馴染んだ二人と並走しながら、もう泣き笑いしかできない私。
一生覚えていたい夜に、なんで一刻も早く忘れたい出来事ばかり起こるのだろう。
でも。 幸せだったわ。 あの方は思った通りの。 いえ、思った以上の方だった。 それだけで。
その思い出だけで、これからの人生も、強く生きていける。 涙を飲み込むように、美緒さまの上着をぎゅっと握り締める。
さよなら。 さよなら美緒さま……。

112: 2008/12/16(火) 23:52:36 ID:tXRtmzNg
あれから一週間が経った。 強く生きていけるだなんて、まるっきりの思い込みで。 私は空虚な抜け殻として生きていた。
目が醒めればまだ日も昇らない時間。 だからどうしたって言うの? 美緒さまがいない。 もう昼も夜も同じようなものだわ。

溜息をついて居間に行くと、エイラお義姉さまが朝刊を読んでいた。 相変わらず何の悩みも無さそうな顔をしている。
人が目覚める時に眠り、人が寝る時間に起きるのがこの人のスタイルだ。

「おはようミーデレラ。 聞いたカ? 坂本殿下が舞踏会で出会った貴婦人を探してるらしいんダナ。 なんでも名前さえ不明。
 舞踏会場に残していった下着から、紐の下着を好むという事だけ分かってるらしいゾ。 相当アグレッシブな娘なんダナ。」
えっ。 突然の知らせに、眠っていた頭が動き始める。 やっぱりアグレッシブだと思われてるじゃないの!!
……いえいえ。 そんな事は今は重要じゃないわ。 殿下が。 探している。 私を!

「かれこれ一週間も夜通し探してるけど、一向に下着の持ち主が見つからないらしいんダナ。 そろそろこの辺りにも探しに来るかもナ。」
「よ、夜通し? こんな事言うのはなんですけれど。 下着なんて誰でも履けるんじゃ……。 その、紐なら特に。」
「履くだけなら誰でも出来るだろうケド。 誰も他人が残していった下着なんて履きたくないんダナ。」
「…………それもそうですね。」
つまり。 よほどプライドの無い人でも現れない限り、それを履けるのは本人のみ。 これって。 これって!

「もっしもーし! 朝早くにごめーん! お城からの使いだよー! ぱんつ履いてもらえませんかー? うじゅ!」
「騒がしいですわ! 何時だと思ってますの! まったく……こんな朝早くになんですの?」
来た! 来た来た来た! 人生大逆転チャンス来ちゃったーー!! 心の底から喜びがこみ上げる。
夜通しという言葉に偽りなく。 こんな時間に奇跡はやってきたのだ。

「え? 何? この下着を履けですって? 今履いているものを脱いで!? 意味が分かりませんわ! 警察を呼びますわよ!!」
玄関でお義母さまが押し問答しているのが聞こえる。 それを聞いている間も、私はもうヤキモキして仕方がない。
あぁもう! じれったい! お義母さまに分からなくても私には分かるんです! さっさとその人をこちらに通してください!

「え? 何? 坂本殿下たってのお達し? うーん……そういう事なら仕方ないですけど。 ……あら。 ぴったりですわね。」
しーん。 唐突に静まり返る玄関。 …………え? え? …………ぴったり? …………。 …………何が???
猛烈な不安に襲われて窓から外を窺う。 そこには、今まさに褐色の少女に手を引かれて馬車に乗せられるお義母さまが見えた。

!!! ちょ!!!!!!!!!!!!!!

「ちょっと、違う! 違うわ!! その人じゃないの! 私なのよ! 待って! 待てったら待ちなさいよ!! ストォォーーッップ!!!」
大絶叫するも時遅し。 馬車はまたたく間に砂埃を上げて走り去った。
ひゅううう……。 朝の暗がりは静寂を取り戻し。 後には呆然とする私だけが残された。

113: 2008/12/16(火) 23:53:33 ID:tXRtmzNg
「あーあ、行っちゃった。 おねぇさん、本当にツいてない人だねー。」
どれくらいその場に佇んでいたのだろう。 気が付けば地平線に太陽が顔を出し始めている。
私の背中側から、一週間ぶりに聞くその声は、なぜだかとても懐かしかった。

「で。 どうする? また魔法を使ってやろうか? ミーデレラ。」
もちろん彼女たちは二人で一セット。 顔は見えないけれど。 もう一人の少女も揃っていた事に、不思議な安心感を覚える。
そして。 こうしてまた、彼女たちに出会って。 私も思い出した事があった。

「いいえ。 もう魔法は結構よ。 思い出したくもないわ。」
くるりと向き直って、二人に向かって不敵に笑う。 相変わらずぱんつが丸見えだ。 でも、今はそれすら好ましい。
そうだ。 忘れていた。 あの時の私を。 自分の手で運命を切り開くと決めていた私を。 何者にも屈しないと決めた私を。

「城まで片道20キロ。 つまり。 たった60分程度の時間さえあれば。 いつでも美緒さまに会いに行けるって事よね。」
そう言って屈伸を始める私。 あぁ、なんという高揚だろう。 くすぶっていた心の中に火が点いた。
そうだ。 どうしてこの感じを忘れていたりしたんだろう。
私の人生で、間違いなく最高に酷かったあの日。 けれども。 私の人生で、間違いなく最高に燃えていたあの日。

「20キロか……ウォーミングアップには丁度いいな。 貴様ら。 私の足についてこれなくても泣くなよ?」
使い魔の少女がふんと鼻を鳴らし、肩をねじ込みながら股割りを開始する。
あら。 この私を相手にやる気なのかしら? ふふ。 舐められたものね。

「あれあれ? ひょっとして私に勝てるとか思っちゃってる? やだねー。 勘違いを分からせてあげないといけないなー。」
アキレス腱を伸ばしながらニヤリと笑う魔法少女。 泰然と笑い返す私。
アドレナリンが止まらない。 上等だわ。 私の前を走ろうとする者は、何びとだろうと地べたに這うのみ。

コケコッコー。 何も知らないニワトリが一日の始まりを告げる。
その声を皮切りに、私たちは朝日の差し込む中、三人横並びに全速力で走り出した。

                             めでたしめでたし

引用: ストライクウィッチーズpart14