489: 2013/08/10(土) 19:55:15.31 ID:Wzwnx14z0


【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【前編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【後編】

【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【1】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【2】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【3】

 バタバタと足音が聞こえて、ドカン、と病室のドアが開いた。

あたしはビクッとして、剥いていたリンゴを取り落としそうになって振り返った。

 そこには、ジュドーくんが居た。

「プルツー…!」

ジュドーくんは、プルツーを見るなり、ウルウルと目に涙を溜め始めた。

「お兄ちゃん!」

プルツーはまるではじけ飛ぶみたいにベッドから飛び起きると、ジュドーくんに飛びついた。

ジュドーくんが涙をこぼすよりも早く、プルツーの方がジュドーくんに顔をうずめてワンワンと泣き出した。

ジュドーくんは、そんなプルツーを優しく抱きしめて、頭を撫でてあげている。

 …お兄ちゃん、ってどういうこと…?

 あたしは、頭にふっと湧いたそんな疑問を、とりあえず隅に追いやって、二人の再開を眺めていた。

なんか、あれだな…こういうのって、見てるとすごく嬉しい気持ちになって来るよね…。

 どれくらい経ったか、プルツーは泣きやんで、そっとジュドーくんのそばを離れた。

「プルツー、お前、大丈夫なのか?」

ジュドーくんの問いかけに、プルツーは笑って

「うん、なんだか、変な感じだけど」

と答えた。

「変な感じ?」

「うん…一人じゃないみたいなんだ、わたし」

プルツーは、自分でも不思議そうな顔をしてジュドーくんに言った。

 一人じゃ、ない…それって、マリや、他のプルシリーズがどうのこうの、って話とは、違うよね…?

あたし達と一緒にいたから、ってことでもないんだろうな…きっと。あたし、その感じ、たぶん、分かる…

「どういうことだよ?」

ジュドーくんが聞いたら、プルツーは自分の胸に手を置いた。

「ここにいるんだ、プルが」

「え?」

うん、知ってた…。マリとケンカになったあとに、感応したあたしとは別に、あなたの中には別の思念があった。

それはとても穏やかで、優しい誰か。ううん、あたしは、それが誰かも分かっていたのかもしれない。

まだ不安定なプルツーを支えるために、レイチェル、エルピー・プルが遺して行ったんだね。

「うまく言えないんだ。でも、わたしのここに、プルもいるの」

「…そっか」

たぶん、ジュドーくん、あんまり意味分かってないだろうけど、でも、すごく優しい目をして、

またプルツーを抱きしめた。なんだろうな、この14歳。すごく大人に見える…お兄ちゃん気質、なんだね。
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集

490: 2013/08/10(土) 19:56:09.60 ID:Wzwnx14z0

 「マライアさん、ありがとう」

それからジュドーくんは、あたしに向かってそう礼を言ってきた。あたしはなんだか照れくさくって

「いえいえ、別にぃ。レオナの妹だしね。面倒みるくらい、当然だよ」

なんて、ヘラヘラしながら言ってしまった。でも、言ってしまってから、はっとした。

そうだった、あたし、この子を地球に連れて帰りたい、なんて思ってたんだった…。

でも、今の様子を見ちゃうと、なんか言い出しにくいな…

プルツー、ジュドーくんをホントにお兄さんみたいに思ってるもんね…あんまり、引き離したくないなぁ…。

 「どうしたんだよ?」

顔に出てたのか、それとも気配を読まれたのか、ジュドーくんがそう聞いて来た。説明、しておいた方が良いよね…

あたしは、一息、大きく深呼吸をして、背筋を伸ばして言った。

 「あたし達はさ、ゆくゆくは地球に帰るんだ」

プルツーはすこしびっくりしたような表情を見せた。

「帰っちゃうの?」

そう言って今度は寂しそうな顔になる。

「…うん、帰りを待っててくれてる人たちがいるんだ…」

「そうなんだ…」

プルツーは途端にシュンとしてしまった。

491: 2013/08/10(土) 19:56:57.48 ID:Wzwnx14z0

「ホントはね、あなたも一緒に、って思ってたんだけど…どうしようかな、って。

 あなたは、ジュドーくんとも居たいんでしょ?」

あたしがそう言ってあげたら、プルは難しそうな顔をした。でも、

「わたしも、一緒に居ていいの?」

と聞いてくる。

「もちろん!あなたが一緒に居たい、って言うなら、あたし達もうれしいし、一緒に帰りたいって思うよ」

「ありがとう」

プルは満面の笑顔を浮かべて答えた。だけど、すぐにまたシュンとして

「でも、そうしたらお兄ちゃん…ジュドーとは、お別れになっちゃう…」

と口にした。

「うん」

「困ったな…」

「うん」

「どうしたらいい?」

「うーん、プルツーのしたいようにすればいいよ。

 ジュドーくんと一緒に居たいっていうなら、あたしもレオナも、ジュドーくんにプルツーのことお願いするし、

 一緒に帰るんだったら、それはそれでジュドーくんともちゃんと話をしなきゃいけないしね」

あたしは肩をすくめていう。こんな選択、彼女みたいな小さい子に強いてしまうのは、正直酷だけど、でも…

あたし達もいつまでも宇宙にいるわけには行かない。いつかは地球へもどる。

そのときになって悩ませてしまうよりは、良いだろうと思うんだ。

 「まぁ、明日とか明後日すぐに帰る、ってわけじゃないからさ。ちょっと考えて置いてくれると嬉しい、かな」

あたしが声を掛けたら、プルは静かに

「わかった」

と返事をした。あぁ、また凹ませちゃったな…こういう子に、現実を突きつけるのって、なんだかひどく残酷だよね。

本当に、どうしようもないんだけどさ、こればっかりは。

 さて…なんか、暗い話になっちゃったな…どうしよう?まぁ、とりあえず、プルツーの笑顔を拝んでおこう。

それさえあれば、パッと明るい雰囲気になるしね。

 そんなことを思ってあたしは持ってきていた紙袋からチョコレートのクランチを取り出して

「食べる?」

とプルツーに聞いてみた。プルツーは案の定、目をキラキラに輝かせて

「うん!」

と返事をして笑顔を浮かべてくれた。


492: 2013/08/10(土) 19:57:36.42 ID:Wzwnx14z0

 それからしばらくして、病室にレオナとマリ、ルーカスがやってきて、少しだけジュドーと話をした。

マリはプルツーのために、と言って買ってきたらしいジグソーパズルを小さなボードの上に広げて頭を寄せ合っていた。

二人は、あたし達をよそにパズルに集中し始めてしまった。

子どもだから、なのか、それとも、ニュータイプ的ななにかなのか、強化人間的なものの影響なのか、

あるいは、育ちのせいなのか、こういうのへの集中力がこの二人は異常に高い気がする。

シャトルの中でもマリがあたしの暇つぶしツールの一つ、立体迷路のオモチャを2日かからないでクリアしてしまったし。

頭が良い、と言うより、視覚認識能力がすごく高いんだと思う。パイロットとしては大事な能力だ。

遺伝子操作の影響かもしれないな、なんてことを考えながら、仲睦まじくパズルに興じる二人を眺める。

 うーん、それにしてもこれは…なんだかこう、平和な感じで、仲睦まじそうで、いいね、すごい、贅沢…

いや、待ってあたし!今、道踏み外しそうになってない!?落ち着いて!

 病室には、今夜はジュドーくんが泊まってくれることになった。

あたしは安心して、ジュドーくんにプルツーを任せて、港への道を、4人で歩いた。

 公文書館での調査は、まったく進展してないらしい。なんでも、レオナの戸籍すら見つからないのだという。

このコロニーに来てから一か月近く経って、そこまでなにも出てこないとなると、情報が消されている可能性は高い。

そもそも公文書館なんて、連邦の検閲が通った書類しか置いてない。

高度に政治的なものや、機密に関するものの多くは、連邦政府によって秘匿処理されているだろう。

と言うことは、問題は連邦が実験やなんかの情報を消したのか、ジオンが消したのか、だ。

 ジオンっぽいよな、勘だけど。

 港について、自分たちのシャトルが泊まっているケージへ向かう途中で、あたしは見覚えのあるランチを目にした。

それは、ペガサス級に搭載されている特殊なやつで、

高速航行が可能なペガサス級への航行中の発着を可能にする強化されたワイヤーアームとドッキング機構が設置されている。

 ジュドーくんが乗ってきたのかな?確か彼…アーガマ級の新鋭艦に乗ってたはずだけど、

あれもペガサス級と基本コンセプトがおんなじだから、このタイプのランチを使ってるかも…

493: 2013/08/10(土) 19:58:16.36 ID:Wzwnx14z0

 「大尉!」

そんなことを思っていたら、不意に、あたしを呼ぶ声がした。見たら、そこには、アムロが居た。

「アムロ!来てたんだ!」

「ああ、ちょっと用事があってな」

アムロはそう言ってニッと笑うと、あたしに何かを差し出してきた。これは…データディスク?

「これは?」

あたしが聞くと、アムロはあたしをじっと見据えて

「こないだ、艦の中で話を聞いて、いろいろ調べてみたんだ。ジョニーからも聴取した。何かの役に立つと良いが」

と言って笑った。ジョニー?あの、「カラバの欠番エース」のジョニー・ライデンのことだよね?

「ジョニーさんをご存じなんですか?」

急に、そばにいたレオナが声を上げた。なに、レオナも知ってるの?

「あぁ、彼は仲間だが…君は?」

「私は、その、オークランドでアムロさんにお世話になる前に、ジョニーさんにも助けてもらって…」

「そうだったのか…彼も、人が良いな」

アムロはそう言って笑った。

 「それで、このディスクには、なにが?」

「あぁ、旧サイド6にあった、ジオンのニュータイプ研究所に関してだ」

「フラナガン機関の?」

あたしは、思わず声を上げてしまって、慌てて口をふさいだ。

だって、それは、ジオン軍の中でもかなりの機密事項だったはずだよ。

終戦直前に真っ先に閉鎖されて、資料はどこかに移されたって話は聞いていたけど…

「俺にも詳しくは分からないが、とにかく、ディスクを見てくれ。ジョニーから送られてきたデータをコピーしてある」

ジョニーから…彼、確か、強化人間じゃなかったはずだけど…

でも、フラナガン機関と関係していたってことは、何らかの施術は施されていたのかもしれない。

モビルスーツに乗れなくなった、って噂はそれの影響…?

494: 2013/08/10(土) 19:58:46.94 ID:Wzwnx14z0

「その…ありがとう、ございます」

レオナがそう言って、へこっと頭を下げた。アムロはニコッと笑顔を見せて

「大尉には、世話になったからな。恩返しだと思ってくれ」

…あたし、アムロの世話なんかした覚えないんだけど…なにかしたっけ?情報流してあげたりとか?

でも、あれ、直接アムロをどうにかしたわけでもないと思うんだけどな…まぁ、良いや、ありがたいことには違いない。


「ありがとう、アムロ」

あたしもアムロに礼を言った。アムロはちょっと赤くなって、

「いいんだ。それじゃぁ、俺は仕事があるから、失礼するよ」

と言い残し、手を振って廊下を歩いて行った。

 「あの人も、隅に置けないな」

ポツリと、ルーカスが言った。

「え、なに、ルーカス、何か言った?」

「いいえ、なにも」

聞き逃したあたしが聞いたら、ルーカスはそう言って笑いながら首を振った。

 なによ、ルーカス、変なの。

495: 2013/08/10(土) 19:59:31.73 ID:Wzwnx14z0

「サイド5へ?」

昨日、アムロからもらったデータを見つつ、あたし達は会議を開いた。

ジョニーが集めた、というデータファイルの中には、旧サイド6、今のサイド5にあったフラナガン研究所に関する

相当量の情報が詰まっていた。

そのなかでもあたし達が目を付けたのは、研究所のあったコロニーの隣に浮いている居住用のコロニーだった。

ジョニーのくれた情報が正しければ、そこには研究所のデータのバックアップや緊急時に退避させるためのサーバー施設があるらしい。

終戦前から中立を謳い、表だっては連邦からもジオンからも干渉を受けなかったサイド6が、

終戦後、連邦へ取り入るための手土産にジオンの研究施設を連邦側に内通させるってことがあったんだけど、

あたしの記憶が確かなら、そのときにこっちのコロニーの名前はあがっていなかった。

おそらく、サイド6政府も存在自体を認識して居ないんだろう。

ここならまだ、検閲されるはずだった情報が残っている可能性が高い。

このサイド3でほとんど何も手にできていないあたし達にとっては、希望が繋げられる場所だ。

レイチェルのことは、残念だったけど、マリは助けた。プルツーもなんとか無事だ。

状況的に、マリとプルツー以外の発見は望めないと思う…たぶん、もう、生きてないだろうし…。

 だからあとは、レオナのことだ。彼女は、あの朝ペンションで言った。

私は自分の運命を戦うんだ、って。運命「と」戦うんじゃなく、運命「を」戦い抜くんだって、そう言った。

レオナには、家族についても、自分についても、どんな現実が突き付けられたって、それを受け入れようって決意があった。

それってすごく辛いことだよね…そんな決意を決められるレオナが弱いなんてこれっぽっちも思わないけど、

でも、戦うんなら援護してあげたいのがあたし達だと思うんだ。

だから、レオナが行くって言うのならあたしは手伝うよ、って言ってあげた。

レオナは半べそで

「ありがとう、お願い…!」

なんて言ってくれた。まっかせてよ、レオナ!

ティターンズとカラバからオメガ隊に戻ってきたあたしは、伊達じゃないんだからね!


496: 2013/08/10(土) 20:00:11.07 ID:Wzwnx14z0

 で、旧サイド6に向かうにあたって、一言相談しておかなきゃいけないのが、ジュドーくんとプルツーだった。

明日退院の予定で、片付けやなんかをしていた二人にその話をしたら、ジュドーくんがそう聞き返して来た。

「うん、フラナガン機関の跡地を調査しに行くの」

ジュドーくんにレオナが答えた。

ジュドーくんには、プルツーの面倒を任せてもらえるようになる話し合いのときにレオナが直接、自分の話をして、

境遇は理解してもらっていた。

 プルツーのことはジュドーくんにとっても他人事じゃないだろうけど、でも、だからこそ、ちゃんと話をしたいとレオナは言った。

あたしは、もちろん賛成した。

別にプルツーを置き去りにする訳じゃない、用事が済んだら戻ってくるつもりでいるけど、それでも、ね。

「姉さん、出掛けるの?」

プルツーはすでに、今にも泣き出しそうな表情だ。

「うん…私、知りたいの。私や、あなた達がどうして生まれたのかを、ね。

 今が不満って訳じゃないけど、でも、それを知ることが出来たら、

 もっとちゃんと自分を大事にしてあげられる気がするんだ…」

レオナは、真剣に、言い聞かせるように、プルツーに言った。プルツーは、顔を伏せて口をモゴモゴさせる。

「それにね」

何かを言いかけたプルツーの言葉を、レオナはそう遮り、レオナは続けた。

「あなた達にも、そうなって欲しい、って思うんだ」

497: 2013/08/10(土) 20:00:49.18 ID:Wzwnx14z0

「わたし達に…?」

プルツーが顔をあげる。

「うん…私は、誰よりもあなた達に、生きる意味をあげたいの。美味しいものを食べたり、遊んだり、

 大切な誰かと一緒にいることも嬉しくて幸せだけど…でも、分かるんだ。私もそうだから。

 楽しいことがあっても、私達の心にはどこかぽっかり小さな穴が空いてて、

 幸せなときも、どこかで虚しさを感じてる。寂しさを感じてる。誰かと一緒に居たいって願ってる。

 優しくして欲しい、愛されたいって、そう思ってる。でもきっと、それは“誰か”では埋まらないんだよ。

 私達が、自分は何者か、ってことを理解して、それで、そんな自分をそれでもいい、って思えるまでは…ね」

「分からないよ…そんなの…」

プルツーはレオナの話にそうとだけ返して、また、俯いた。

 レオナの話、何となく分かるな…たぶん、昔のあたしがそうだったんだ。

みんなに認めてほしくて、みんなと一緒に居ようとしたけど、結局、自分の情けなさを痛感するだけで、

心の隅っこでいつも孤独を感じてた。

いつまで経ってもヒヨッ子で、甘ったれで弱虫なマライア・アトウッドだった。

ソフィアの決断と、アヤさんの発破で宇宙に飛び出したあたしは、こんな知り合いも誰もいない暗い場所で初めて、

大好きだったオメガ隊に居るために必要だったものが、一緒に居たいって思う気持ちとは真反対の、

自立心だったってことに気がついた。

 守られるだけの存在じゃなく、仲間として一緒に居るために、隊長やアヤさんに憧れてマネするんじゃなく、

あたしはあたしだ!って、言い切れるようにならなきゃいけなかったんだと思う。

そうなって初めてあたしは、アヤさんにも隊長達にも困ったときには頼られる、オメガ隊員の一人になれた。

 まったくおんなじってワケじゃないけど、レオナの言っていることは、レオナはレオナだって、

自分自身が言い切れるようになること、なんだよね。

 マリやプルツーにも同じことを感じて欲しくて、そのためには、自分達がどういう人間なのかを、

事実がどんなであれ、伝えてあげたいんだ。

 そしてたぶん、それを受け入れた二人が、道具じゃない、人間として生きる、って決められるときまで、

そばで見守るつもりでいるんだろう。

宇宙へ飛び出して連絡も極力絶っていたあたしを、忘れることなく、

帰ったときに「おかえり」って、言ってくれた、隊のみんなとおんなじようにね。

498: 2013/08/10(土) 20:01:31.81 ID:Wzwnx14z0

「用事が済んだらちゃんと帰ってくるから、まだ心配しなくていいよ」

レオナは優しい笑顔でそう言って、プルツーの手を握った。

プルツーは、しばらく黙っていたけど、辛そうな顔で、一度、ギュッと目を固く閉じてから、

今度は一転、寂しそうな表情をして

「姉さんにとって、大切なことなんだね」

と掠れた声で言った。

レオナは頷いて

「うん…きっと、あなた達にとっても」

と、また優しい声色で伝えた。

「居なくなったりしないよね」

「うん、約束する。寂しかったら、ほら、このPDAを置いていくよ。ジュドーくんに使い方聞いて。

 メッセージのやり取りくらいならできるようにしておくから」

レオナは、不安げなプルツーにそう言ってPDAを手渡す。プルツーは、それを手にとって、ギュッと握りしめた。

それからプルツーはキュッと口を結んで、言った。

「探しに行くんだね…わたしを探してくれたみたいに、姉さん自身を…」

その言葉に、正直、ちょっと驚いた。感応でもしたのかな?そんな雰囲気はなかったけど…

でも、驚いた以上に、彼女の口からそんな言葉が出たのを聞いて、なんだかホッとした。

レオナの気持ちが、ちゃんとプルツーには届いているみたいだ。

「…うん、そう。私達の魂を、探しに」

レオナが力強く言うと、プルツーは

「…イヤだけど、分かった」

と返事をして、うなずいた。

「ありがとう」

プルツーの言葉に、レオナは彼女を優しく抱きしめた。それから、また、穏やかな口調で、彼女に囁いていた。



「大丈夫。離れていても、私はあなたのそばにいるよ。私達の力は、そのためにあるんだもの」



504: 2013/08/11(日) 12:23:06.40 ID:iPU4IZC90

 あたし達は翌日、サイド3の港からシャトルを出した。

係留費もバカにならないから港から出られるのはありがたい。

何しろ、ビスト財団からもらった資金はもうカツカツだ。

まぁ、一応、マリは助けられたし、名目としては問題ない。

頑張って探しましたけど、ひとりしか見つかりませんでした、って報告書を上げればいいんだ。

あとは、財団の方がそれを頼りに連邦を叩いてお金をせびったり、

サイド3に医薬品を売り込むネタとしてビジネスチャンスにするだろう。

 それはそれとしても、サイド6、か…今は、確か、コロニー再生計画のせいで場所が変わって、

サイド5、に名前を変えているはずだ。

実は、宇宙暮らしは長いけど、今のサイド5、旧サイド6には一度しか行ったことがない。

その一度、っていうのも、旧サイド6のリボーコロニーにあった連邦の試験所から試作機に乗って

ティターンズの本部だったグリプスへ向かう輸送船に乗せるだけの簡単で手短なお仕事。

だから、ほとんど初めてみたいなものだ。

 「あそこは、まぁ、ガツガツしたところですよ」

ルーカスがそう言って肩をすくめた。旧サイド6の経済力は良く知っている。

あの場所にあった中立政府は戦後に解体されてしまったけど、今でも旧サイド6のコロニー群は経済基盤が強く、

連邦への経済や食料の支援を行っている。

ルーカスの言う、ガツガツしている、ってのはきっとそう言う商売っ気と言うか、そんな風なところを現しているんだろう。

 昨日、プルツーと話をしてから、マリの様子がちょっとおかしい。なんだかプリプリしているっていうか、そんな感じだ。

 相変わらず宇宙は退屈だ。あたしは、ラウンジでくつろぎながら、マリにそのことを聞いてみた。

「ね、なに怒ってるの、マリ?」

「え?怒ってないよ、別に!」

マリはプリプリと返事をした。それを怒ってるっていうんだよ、マリ。

「ふふ、そう?なら、聞かないけど」

「えっ」

あたしが言ってやったら、マリはそう言って顔を上げた。聞いてほしいんなら、そう言えばいいじゃん、もうっ。

505: 2013/08/11(日) 12:23:42.28 ID:iPU4IZC90

「なに、なにかあったんなら話してごらん?」

あたしが言ったら、マリはもじもじ何かを考えながら、恐る恐る、って感じで口を開いた。

「…レオナ姉さん、わたしと、二番目の姉さんと、どっちが好きなのかなって」

「どっちが?」

「だって、昨日、二番目の姉さんに、すごく優しくしてたでしょ。わたしと、どっちが好きなのかって気になる」

マリは言った。あぁ、なるほどね。ヤキモチ、ってわけか。

独占したいのかどうかわかんないけど、まぁ、怒ってる、っていうより複雑な気分なんだね。

「マリは、レオナと、プルツー、どっちが好き?」

あたしは来てみると、マリは眉間にしわを寄せた。

「待って、マライアちゃん、それ、難しい…」

マリはそんなことを言いながら、腕組みまでして悩み始める。なにこれ、なんかかわいい。

そのまま眺めていたら、マリは相変わらず難しい顔をして

「ちょっとだけ、レオナ姉さんの方が好きかな」

と言った。苦渋の決断みたいで、可笑しい。

「じゃぁ、ちょっと質問を変えよっか。アイスクリームとチョコレートのビスケット、どっちが好き?」

「え?!」

「教えてよ、どっちが好き?」

あたしが重ねて聞くとマリはまた腕組みをしたけど、今度は

「ね、それって、ビスケットにアイス乗っけて食べたらダメなの?」

と聞いて来た。うんうん、そう!それでいいんだよ、マリ!

「そうするのが一番美味しいもんね。それとおんなじだよ。

 マリとプルツーは、レオナにとってアイスクリームとチョコビスケットなんだよ。

 それぞれで食べても幸せだけど、一緒に食べる方がもっと幸せな気持ちになれるでしょ?

 レオナはマリと居てもプルツーと居ても幸せだけど、二人と一緒に居るともっと幸せなんだよ」

あたしがそう言ってあげたら、マリはパアッと顔を輝かせた。

「マライアちゃん、頭いい!」

「分かってくれた?」

「うん!じゃぁ、わたしもレオナ姉さんもプル姉さんもどっちも好き!」

マリはなんだか感動したような表情で元気にそう返事を返してきた。

うんうん、よしよし、素直で大変よろしい、二重丸!

506: 2013/08/11(日) 12:24:19.63 ID:iPU4IZC90

 「マライア、そろそろ着くって」

そんな話をしていたら、コクピットの方からレオナが飛んできて、そう教えてくれた。

「あ、了解。マリ、一応、コクピット行くよ」

「うん」

あたしはマリを促して、レオナの背に手を置いたまま、コクピットへと浮いて行く。

 コクピットに着くと、目の前のウィンドウの外に発行信号が見えた。色は青。“着港ヨロシ”だ。

ジオンのニュータイプ研究所があったのは、パルダっていうコロニー。ここはその隣、リノと呼ばれるコロニーだ。

「ルーカス、どう、対応の感じは?」

「手慣れてますね。さすが、ってところです。こちらの所属と目的は事前に説明してありましたけど」

目的は、もちろん、人命救助。

まぁ、今回は救助名目ではなくて、そのための物資調達、ってことにしておいてはあるけど。

「サイド3に入るときの連邦の士官に見習わせてあげたいね」

「まったくです」

あたしが言ってやったら、ルーカスもそう言って笑った。

 シャトルは、ゆっくりと港の中のケージへと誘導されて着港した。ケージが密閉されて、また、青色のランプが灯る。

それと同時に、無線が聞こえた。

<こちら、リノ管制室。シャトル“ピクス”、ケージの気密、完了しました>

「了解、リノ管制室。行き届いた誘導、感謝する」

ルーカスはそう感謝をして無線を切った。

 さて、ここからが、問題だ。ジョニーの情報によれば、サーバー施設は現在、このコロニーの市街地区の地面の中。

正確に言えば、コロニーの壁の中にあるらしい。場所については大まかに分かっているけど、

そこが気密されているのかどうか、とか、どういうルートで行けばいいのか、とか、そこまでのことは記されていなかった。

 とりあえず、市街地を歩いて目的の場所の近くに行ってみよう。その付近で、まずは調査だ。

もしかしたら、壁内へ続く通路でもあるかもしれない。何しろ、サーバールームだ。

少なくとも使用している最中は、定期的にメンテナンスを行っていたはずだ。そのための通路があっても、おかしくはない。

507: 2013/08/11(日) 12:24:51.43 ID:iPU4IZC90

 「レストランあるかな!?」

マリは、こないだあんなに苦しんだっていうのに、もうそんなことを言っている。

まぁ、サイド3で固形物にもなれたから、もうあんなことにはならないだろうけど…

それでも、今度はあたしも、食べ過ぎそうになったら注意してあげないとな。

 そんなことを思いながら、あたし達は準備をしてシャトルを出て、レンタルのエレカを借りて市街地へと向かった。

 あたしが地図を見ながら、ルーカスが車を走らせて市街地を進む。地図通りなら、たぶん、この辺りで間違いない筈だ。

 あたしはルーカスにそれを伝えて、路肩の駐車スペースに車を入れてもらって、表に出た。

閑静な街並み、と言う言葉が似合う雰囲気で、どこもかしこもこぎれいでピカピカしている。

道を行く人達も、なんだかちょっと上流っぽい感じで、きらびやかに見えなくもない。

 レオナ達も車から降りてきてあたりをキョロキョロしている。まるでお上りさんだ。

まぁ、ある意味宇宙に上がって来たってことだから、お上りさん、には違いないんだろうけど。

 「ね、マライアちゃん、ご飯まだかなぁ?」

マリがあたしの顔を覗き込むようにして聞いて来た。もう、マリったら、そればっかりなんだから。

でも、確かにサイド3からこっちまでぶっ通しだったし、休憩がてらにご飯を食べるのも良いかもしれないね。

 「あぁ、あそこがいいんじゃないかな」

あたしは、辺りを見渡して通りの角に、カフェを見つけた。

「そうですね。とりあえず、休憩にしますか」

「ホント?良いの?」

マリが満点の笑顔でそういってくる。

「うん?お昼だしね、食べよう食べよう!」

あたしが言ってあげると、マリはますますうれしくなったようでその場でぴょんぴょん飛び跳ねて

「ごはん!ごっはっんー!」

とはしゃぎ始めた。

 「食べすぎには注意ね」

レオナがそんなマリに苦笑いで注意する。

「うん…あれはもう、つらいから…」

レオナの言葉に、マリはちゃんと青くなって答えた。うん、いい子だ。

 席に通されて、あたしとレオナはパスタ、マリとルーカスはバンバーグのランチを頼んだ。

チョコレートパフェを我慢したらしいマリが、最後まで悩んでいたので、

食べ終わって平気そうだったら頼もう、と言ってあげたら喜んだ。

508: 2013/08/11(日) 12:25:30.23 ID:iPU4IZC90

 「で…施設の位置だけど」

「ええ、おそらく、この区画だと思います」

料理を待っている間に、ルーカスはそういって、このあたりの地図を取り出すと、

今いるカフェのある一帯の1ブロックにペンで丸をつける。

商店や飲食店なんかが入っているビルがいくつかあるエリアだ。おおよそ、50メートル四方で、それほど広いってわけでもない。

「しらみつぶしにやってみますか?」

「うーん、やってみるにしたって、ないかもしれないものを探させてくれ、って言って、

 建物の地下に入れてくれるとは思わないんだよね」

「まぁ、確かに」

ルーカスは腕を組む。

「コロニー公社から、図面でも取り寄せられると良いんだけどね…」

レオナがつぶやく。

 図面、か。このコロニーのメンテナンスをしている部署もどこかにあるはずだ。

そこから図面を手に入れるってのも、悪くない。

ネットワークに接続さえ出来れば、ハッキングでもなんでもして、情報を引っ張ってくるのは簡単だ。

ただ、問題はこの施設が果たしてそんな図面に載っているような通路の先にあるのかどうか、だ。

1年戦争が終わってから、ここの場所がジオン以外の誰かに知れたという形跡はない。

設置の段階で、通路を勝手に作ったか、あるいは、通路なんかなくて、もっと別の方法でそこに施設ごと運び込んだか…

でも、やはりメンテナンスの事もある。きっとどこかに、直接アクセスできる場所があるはずだ。

「通路を探す、として、何か当てはあるんですか?」

ルーカスが聞いてきた。

「そりゃぁ、地下に部屋のある建物を当たるのが一番だろうね。

 どう考えても、地上エリアからそのまま地下に降りられるような改造は出来ないと思う。

 あるとすれば、もともと地下階があって、そこからさらに通路を作ったほうが簡単でしょ?」

あたしが言うとルーカスはうなずいた。

それから、黙ってはいたけど、もしその場所に入り口があるというのなら、警備がいる可能性も否定できない。

研究所が放棄されてからもう9年近く経つけど、内容が内容だけに、誰かが監視しててもおかしくはないんだ。

 そんなことを考えていたら、店員が料理を運んできた。

ルーカスとマリの頼んだハンバーグの鉄板がじゅうじゅうと音を立てている。

509: 2013/08/11(日) 12:26:05.26 ID:iPU4IZC90

「うわー!おいしそう!」

マリがイスの上で飛び跳ねて、うれしさを全身で表現している。まったく、かわいいんだから、もう。

 あたし達は料理に舌鼓を打って、追加で頼んだデザートも平らげて、お店を出た。

マリは、今日はぴんぴんに元気で、いまだに幸せそうにニコニコと笑っている。

 さて、地下のある建物か。あたしは周囲に目を走らせる。

あたりにあるのはスーパーやなんかの入った建物が多くて、地下がありそうな感じのものはない。

そのまま通りを進んで、次の角を左に折れる。今まで歩いていた通りに比べるとすこし細めの道路だ。

さらに歩きながら、立ち並ぶ建物に目を向ける。こっちは、商業用のビルが多いのかな。

会社のオフィスやなんかが入っている感じだ。あるとすれば、このあたり、か。

地下階のある建物に架空の会社名義でオフィスを借りて、地下にサーバーを運び込む…これなら自然だし不可能じゃない。

 「大尉、あれ」

不意にルーカスが指をさした。その先を追うと、そこには古ぼけたビルがあり、

その正面にビルの中に入っているだろう会社の社名がいくつか書かれたプレートが設置してある。

確かに地下階があるみたいだ。2階から、地下1階までを「ロム無線機器株式会社」という名の会社があるって標識が出ている。

「ロム…?」

それをみたレオナが声を上げた。

「知ってるの?」

あたしが聞くと、レオナは少しいぶかしげにしながら

「確か、ジオンの研究所、フラナガン機関って呼び名だけど、それって創始者のフラナガン博士の名前なんだ。

 博士のフルネームが、フラナガン・ロム…」

と小さな声で言った。

 ロム…か。それも同じだし、地下階もあるし、何より無線機器って怪しいよね。

コロニー間の情報のやり取りは有線じゃ無理だし、そういう会社なら、ある程度強い電波を発していても、怪しまれないで済む。

目星は、ついたね。

「ここ、調べて見る価値ありそうだね」

あたしが言うと、ルーカスは黙ってうなずいた。それから

「準備をしましょう。解析用のコンピュータと、忍び込むのなら警備システムをチェックしておかないといけないですし」

とすでにあれこれ考えているような感じで言った。

「うん。いったんシャトルに戻って、作戦会議だね。作戦が決まり次第、必要なものの買出しに出てこよう」

 それで、良いよね、という思いを込めて、あたしはレオナを見やった。彼女は力強い目で一度だけ、コクっとうなずいて見せた。

510: 2013/08/11(日) 12:26:48.07 ID:iPU4IZC90





 その晩、あたし達は、昼間見つけたビルのそばにいた。

車を道端に止めて、あたりの様子を伺う。車に乗っているのは、あたしとレオナ。

ルーカスとマリは、別働で支援をお願いしている。まぁ、正直、マリをこっちに引っ張ってくるわけにはいかなかったし、

かといってシャトルで一人留守番をお願いするのも、イヤがるだろうしね…。

それに、マリのニュータイプの感覚はもしものとき、無線なんかよりもよっぽど頼りになるかもしれない。

そういう意味では、支援としてすごくありがたい存在だ。

 「マライア、大丈夫」

外を見回して、レオナが言った。あたしも周囲を確認する。人影は、ない。

 あたし達は車を降りた。ドアをそっと閉めて、建物へと近づく。

昼間、買出しの帰りに、この建物によって、警備システムの回線にデータ送受信用のモジュールをバイパスさせておいた。

あたしが教えたとおりにルーカスがやれていれば、もうじき、オッケーの連絡がくるはず…。

 ブブッと、PDFが震えた。あたしはポケットからPDFを取り出してそっとモニターを確認する。

ルーカスから、「処理完了」とだけのメッセージが届いている。さすがルーカス!頼りにしてるよ…。

 あたしはレオナの目を見て一度だけ確認する。レオナも、あたしの目を見て、うなずいた。

 あたしは、腰から下げていたポーチから先端の曲がった細い金属の棒を取り出した。ピッキングツールだ。

潜入の基本だよね。

 その棒を、ビルの出入り口にあるガラス戸の鍵穴に差し込んで手ごたえを探る。カキカキと、金属同士が擦れ合う。

鍵穴の中にある突起物に、先端を何とか引っ掛けて、それをクイッと捻りあげる。カチッと音がした。

ゆっくりとドアを押し込む。ガラス戸は、キィっと音を立てて開いた。

二人でそろって中に入り、内側から鍵を閉める。それからレオナに懐中電灯を渡し、あたしは拳銃を抜いた。

モビルスーツと違って、生身のやり取りはそれほど得意じゃない。

アヤさんにあれこれ教わったけど、アヤさんに比べて体の小さいあたしは、基本的にリーチが短くてちょっと不便なんだ。

どっちかって言うと、ユージェニーさんに教えてもらった体術の方が慣れてはいるんだけど、

あれはあれで相手に密着しないと仕えないから、相手が武装なんかしてるときには奇襲でもしない限り、

まったく手が出なくなってしまう。小さいころにもうちょっと牛乳とか飲んで置くんだったな…

って、あれは迷信なんだっけ?

 あたしとレオナは階下へと続く階段を発見した。ふぅ、と息を吐いて、あたしが先に階段を降りる。

クッと胸が苦しくなってくる。それを軽くするために、音が出ないようにしながら、さらにゆっくり息を吐く。

バクバク言い始めた心臓をなだめながら、一歩一歩階段を下る。

511: 2013/08/11(日) 12:27:29.15 ID:iPU4IZC90

 ふと、何かが聞こえた。あたしは咄嗟にレオナに合図を出してライトを消させる。

その場にしゃがんで、暗がりに耳を澄ます。これは、音楽?人の声も…テレビか、ラジオみたいだ…。

あたしは、さらにゆっくりと階段を下りていく。

すると、階段の壁の向こう側に、明かりのついた部屋があるのが目に入った。

壁越しに中を覗くと、そこは守衛室のようで、制服を着た男が一人、机に足を投げ出して、

小さなテレビに視線を送って時折笑いを漏らしている。

 普通の警備員、だと良いんだけど…サーバーのことを知ってて守ってる相手なら、ちょっと手ごわいかもしれない…

感覚的に、そんなに強そうな印象は感じないけれど…。

「マライア、どうするの?」

レオナが小声で聞いてくる。どうするもこうするも、この階をくまなく調べたいんだったら、眠ってもらうほかはないよね…

守衛室にこっそり入って行って、うしろから、かな。

「ちょっと行って来るよ。あたしがヘマしたら、すぐにルーカスに電話してね」

あたしはレオナにそう言い残して、一人で階段を下りていく。

地下階に降り立って、腰をかがめて守衛室から氏角になるように気をつけながら、その入り口のドアまで近づく。

あたしはノブに手をかけて捻り、ほんのすこしだけドアを開けた。それからすぐにノブから手を離す。

ドアは自重でそのまま音もなく開き切る。ポーチから取り出したミラーで中を確認する。気づいている様子はない。

 あたしはその場を一気に駆け出した。警備員の背後に飛びつくと、首の後ろから手刀を叩き込んだ。

「ぐっ…」

若い警備員は、そんなうめき声を上げて、イスの上でノびてしまった。

 ふう、とため息をついた。

「レオナ、オッケー。来て良いよ」

あたしはレオナに声を掛けながら、警備員をイスから引き摺り下ろして床に転がした。

それから、座っていたイスも床に倒しておく。

これで、襲われたんじゃなくて、転んで意識を失ってた、って思ってくれると良いんだけど…。

 そんなことを願いつつ、あたしは、ポーチの中のタブレットケースから一粒錠剤を取り出して、

こじ開けた男の口の舌の下へ押し込んだ。これで3、4時間は目が覚めないはずだ。とりあえず、制圧完了、だ。

 一息ついて、今度は守衛室からあたりを見回す。この男一人、とは限らない。

別の人間がいないかどうかに注意しながら、探索を始めることにしよう。

 レオナが、あたしの肩に手を置いてきた。なんだろう、と思ってみたら、レオナは手に、このフロアの見取り図を持っていた。

どうやら、警備員が足を投げ出していた机の引き出しから見つけたらしい。やるじゃん、レオナ!

 あたしはその見取り図に目を走らせる。地下は半分がオフィス、半分かビル全体のためのボイラー室やら電源室、

上下水の管理室になっている。

昼間の仮説が正しくて、ロムって会社がが施設を守備する目的で配置されているんだとして、

通路があるのなら、オフィスの方だろう。

 あたしは黙って、見取り図を一緒に見ていたレオナの目を見て、オフィスの場所を指差した。

レオナはコクっとうなずいた。

512: 2013/08/11(日) 12:28:41.57 ID:iPU4IZC90

 守衛室を出て、オフィスの入り口へと向かう。薄暗い廊下に、あたし達以外の気配はない。

程なくして、「ロム無線機器株式会社」と書かれたドアの前に差し掛かった。

見取り図を確認するとオフィスの中に地上階へ続く階段がある。どうやらここはオフィスの裏口のようだ。

両開きのそのドアを確認すると、やはり鍵がかかっている。

ピッキングツールを差し込んで、さっきと同じ要領で鍵を開ける。今度のは、構造が簡単だったので、すぐに開けられた。

 そっとドアを押し込んでオフィスの中へと入る。

廊下同様オフィスも薄暗く、誰もいないデスクと、おそらく昼間は使っていたんだろう機材があちこちにおいてある。

廊下よりも、こういう雑然としたところに一切人がいないって方が、かなり不気味な感じがする。

 着ていたシャツの袖口が何かに引っかかった。

見たら、なんてことはない、レオナがあたしのシャツをギュッと握り締めていた。

うん、いや、レオナ、気持ちはすごい分かるよ。オバケとか出そうだもんね、これは。

気持ち分かりすぎちゃうから、その、あれだ、も、もっとくっ付いてくれて、いいいいいいいんだからね…。

 あたしもなんだか背筋が寒くなって、袖を握っていたレオナの手を引き剥がして、

代わりに近くへ引っ張り寄せて、腕にしがみつかせた。よ、よし、これでちょっと安心する…。

 それにしても…隠された通路があるとしたら、どういうところだろう?

壁面にそんなものがあったら一目瞭然な気もする。

壁をライトで照らすけど、例えば壁材の継ぎ目なんかは特に見当たらない。ってことは、あとは、足元、だよね。

 あたしは、カーペットの敷き詰められた床を確認する。

けど、一面、同じ色のタイルカーペットが敷き詰められていて、こっちも注目するべきポイントもない。

壁よりはこの下の方が怪しいんだけど、かといって、さすがに一枚一枚、

カーペットをはがして確認するのは時間がかかりすぎる。何か、手がかりがあるはず…。

天井に付いた非常灯だけがぼんやりと浮かび上がるオフィスの中を、懐中電灯で照らしながら、あたしは恐る恐る進む。

レオナが体をぴったり寄せてついてくる。こんなんじゃ、まるでオバケ屋敷だ。

だ、だけど、で、電気なんてつけたら、さすがにヤバいしね…。

 「マ、マライア」

急に耳元でボソボソっと言う声が聞こえて、瞬間的に背中にゾクゾクゾクっと悪寒が走り抜け飛び上がりそうになった。

もちろん、呼んだのはレオナなんだけど、そ、そんな耳元で呼ばなくてもいいでしょ!

 半分涙目になりながら、レオナを見る。すると、レオナは懐中電灯で何かを照らしている。

そこには応接用のソファーとテーブルのセットが置かれていた。パッと見、おかしなところはないけど…

「あそこの床」

レオナが言うので、テーブルが置かれているその下を見る。

すると、一面灰色のタイルカーペットのはずが、その下だけが、うっすらと赤い感じのカーペットになっている。

ちょうど、上品にテーブルの下やソファーの足元にラグが置いてあるみたいな雰囲気になっていて気づかなかったけど、

確かに、あそこだけ別の色のタイルカーペットが敷いてあるみたいだ。

 あたしはレオナと一緒にそのテーブルまで近づいていく。どうみても普通のテーブルには間違いない。

しゃがみこんで、テーブルの足元確認する。警報装置やトラップなんかが付いている様子はなさそうだ。

 「これ、どかそう」

レオナに言って、テーブルの両端を二人で持って、少しだけ位置をずらす。

それから、あたしは赤いタイルカーペットを慎重に剥がして行く。

すると、その下から30センチ四方くらいの点検口の蓋のようなものが現れた。

513: 2013/08/11(日) 12:29:16.79 ID:iPU4IZC90
ネジ止めしてあったので、ポーチからドライバーを取り出してその蓋を開けてみる。

 中から出てきたのは、下へ降りる階段とかではなくて、コンソールと、データ用のケーブルを接続する端子口だった。

 これって、もしかして…あたしは、持ってきていたコンピュータを取り出して、データケーブルをその端子口に差し込んだ。

コンピュータを起動させて、ケーブルの先の情報を確認する。これは、どこにつながっているの…?

 しばらくして、画面に文字が表示された。





 パスワード、ね…わからないな、さすがに。でも…待って…ね。

あたしは、いったんその表示を消して、パスワードを要求してくるセキュリティのシステム自体の命令コードを確認する。

つらつらと表示されるコンピュータ言語のそのロジックを、あたしは見た覚えがあった。

これは…ソフィアを助けるために、あの旧軍工廠で、砲弾を遠隔爆破させるためのシステムを組み上げるために解析した、

ジオンのコンピュータのメインOSのとそっくりだ。だとしたら、さっきのセキュリティは…

 あたしはキーボード叩く。64進法の基本的な計算式と、共通情報言語で記述されてるこのシステムのロジックなら、
この命令文を送ってやれば…

 コマンドを入力し終えて、エンターキーを叩いた。ウィンドウが閉じて、しばらく画面から表示が消える。

処理中、の表示が出た次の瞬間、画面に表示されたのは、いくつかの選択肢の表示だった。

 マハル、リゾンデ、タイガーバウム、アキレス、ブリュタール、ウィルヘルムスハーフェン…

これって、サイド3のコロニーの名前だ…もしかして、これ、各サーバーに付けられた名前、ってこと?

あたしはその中のひとつを選んで中を見てみる。

 これは…当たりだ!そこには、無数のファイルが並んでいた。

ファイルのタイトルのいくつかには、「強化」や「NT試験」なんて文字列がある。間違いない…。

 あたしはコンピュータにデータディスクを差し込んで、サーバーの中身をコピーする。

処理の進行状況を示すバーがいっぱいになって、ディスクが吐き出された。一枚じゃ足りないみたい。

別のディスクを差し込んで、さらにコピーを続ける。

 結果的に、5枚のデータディスクが必要になった。これは、ちょっとすごい量だ…。

この下に、どれだけのパワーのあるサーバーが隠されているんだろう。

9年前の機材だって言うのに、これだけの情報量を保管しておけるなんて、さすが研究所の施設だけのことはあるね。

出来ることなら、サーバーごと持って帰ってあたしがためてる情報をみんなここに移してみたいな…

いや、どうでもいいか、別に。

514: 2013/08/11(日) 12:29:54.19 ID:iPU4IZC90

 コピーが終わって、ほっとして端子からケーブルを引っこ抜いて、コンピュータを片付ける。

蓋をしてネジで止めて、タイルカーペットを敷きなおして、テーブルを元の位置に戻す。

これで、あけたことはバレない、と、思う。

まぁ、システムにつけた足跡は消したし、アクセスしたあたしのコンピュータは署名を消してあるから、まず辿られる心配はない。

カメラもルーカスがつぶしたし、問題はないよね。

 あたしは、相変わらずくっ付いていたレオナに合図をして、オフィス内の階段を上った。

地上階に出たら、そこから外へ続く扉はすぐのところにあって、オフィスの鍵を内側から開けて、静かにビルの外へと脱出した。

 ぷはっ、と大きく息を吸い込んで、それからレオナの手を引いて車に駆け込む。

周囲を一度確認して、見られていないことを確かめてからあたしはアクセルを踏み込んで車を走らせた。


515: 2013/08/11(日) 12:30:31.71 ID:iPU4IZC90



 「姉さん!マライアちゃん!」

シャトルにもどったあたし達を、マリが叫びながらの突撃で迎え撃ってくれた。

あたしが受け止めたから良かったものの、レオナの方に突っ込んでたら、

一緒に吹っ飛んで行っちゃってもおかしくないくらいの勢いだった。まったく、いつでも全力なんだから、この子は。

「はいはい、ただいま」

あたしはマリを抱きしめてそういってあげる。

「大丈夫でしたか?」

ついでルーカスがシャトルの中にあたしたちを向かえ入れながら聞いてきた。

「うん、警備が一人いたけど、たぶん、バイトくんだったんじゃないかな」

あたしが言ってやると、傍らでレオナが苦笑いを浮かべた。まぁ、悪いことしちゃった、とは思うけどさ。

「情報は、バッチリ」

あたしはポーチからデータディスクを取り出してルーカスに手渡す。受け取ったルーカスは、ギョッとした顔を見せて


「こ、これ全部、ですか?」

といってきた。

「うん、相当な量だよね。検索するのに苦労しそう」

あたしはへばり付いていたマリを引き剥がして、レオナの方に押し付けて、ラウンジのソファーにドカっと腰を下ろした。

「とりあえず、シャトルを出して、サイド3に戻ろうか。

 心配されてるとあれだし、ないとは思うけど、オフィスに侵入してたのバレたら、追っ手付いちゃうしね」

「はは、了解です。すぐに」

ルーカスは笑顔でそう返事をしてくれて、ハッチを閉じるとコクピットの方へと飛んで行った。

 さて、とりあえずは、一休み、だ。休んで、マリを寝かしつけたら、あのディスクの検索をしないと。

レオナのことや、マリ達に関する情報が詰まっている可能性は高い。

出来たら、レオナの家族のこととか、そういうのまで、出ていると良いんだけど…まぁ、それも見てみれば分かる、か。

516: 2013/08/11(日) 12:31:02.13 ID:iPU4IZC90


 ふと、マリの甘え攻撃に全身で応えて、まるででっかい猫がじゃれ付くみたいになっているマリをあやしているレオナを見やった。

 レオナはどんな気持ちでこのデータを見るのかな。うれしいのかな、怖いのかな…きっとドキドキはするだろうね。

良い物であってほしいけど、もしかしたらそれは、レオナを苦しめたり傷つけたりするようなものかもしれない…

でも、そんときはそんとき、だよね、たぶん。あたしはそのために来たんだ。

本当のことを知って、何を思うかわからないレオナを、とにかく引きずってでも地球に戻すために…

戦うことより、助けることより、アヤさんはそのことを心配していたんだよね。大丈夫だよ、あたし。

ちゃんと約束は守るからね。

 不意に、ブルブルとPDFが震えた。画面を見ると、アヤさんの名前が表示されている!

まるで図ったみたいに送られてきた…なに、あたしとアヤさんって以心伝心?

 なんだかうれしくなってメッセージを開いたらなんのことはない、たまたま今届いただけで、

送信されたのはもう4時間も前のことだったようだ。これだから、宙間通信は困るんだよなぁ。

 あたしは、文面に目を走らせる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
親愛なるマライアへ


 お元気ですか?宇宙での生活はいかがでしょうか。

私は、宇宙へは本当に幼いころに出たくらいで、それからはまったく経験がなく、

どのような場所か想像がつきませんが、

レナの話では、いろいろと怖い思いをするようなところだということで、マライア達の身を案じています。

 さて、先日になりますが、かねてより計画していました母屋がついて完成しました。

リビングの広さと部屋数を確保するために、各個室は少々手狭になってしまった感が否めませんが、

それでも二人くらいまでなら快適に過ごせるかと思います。洗濯室に、シャワー室に、立派なキッチンもあります。

 写真を添付しておきます。みんなが元気に帰って来る日を、待っています。


                                 アヤより
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ふふ、アヤさんてば、いっつも通りのメッセージだな。普段あれだけラフなのに、

どうして手紙やメッセージになると、こんな丁寧になっちゃうのよ。

“親愛なるマライア”って何よ?なんだか、アヤさんがそう書いているかと思うと、

そこはかとなくむずがゆいんだけど。

 もっとこう、

「マライアへ、おーい、元気かー?母屋完成したから写真送る!早く帰って来いよー!」

みたいなノリで良いのにね。もしかしたら恥ずかしいのかな?いや、この文章書くほうが恥ずかしいよね?

ラフなほうが書きやすいよね?

 そんなことを考えていたら、ポカポカと胸にぬくもりがともった。データは手に入った。

マリとプルツーも助けたよ。もうすぐ、地球に戻るからね。だから、待っててね、アヤさん、レナさん。

518: 2013/08/11(日) 14:02:45.11 ID:iPU4IZC90

ちゃーちゃちゃーちゃーちゃちゃーちゃらららららららちゃんちゃちゃーん

隠された真実―

失われた過去―

それらが明るみに出たそのとき

彼女は何を思うのか。


次回、機動戦士ZZガンダム


フラナガン機関、誕
        生


さぁて、来週も♪
サービスサービスゥっ♪



あっ、間違った!←

520: 2013/08/11(日) 18:32:28.48 ID:iPU4IZC90
>>519
感謝!

そうそう、Acrobat readerUC 3.4がこの時代の主流ですね。
PDFが震えて、音声通話やメッセージがやり取りできる優れもの…

…くそぅっ、やってはいかんと思っていたのに!!!w

そう言っていただけてうれしいのですが…アヤレナさんはしばらく出ませんw
マライアたんすら、出ません。


ZZ編、新章、投下します。

521: 2013/08/11(日) 18:36:07.34 ID:iPU4IZC90

****************************************
UC0074.10.10
遠隔感応遺伝子の検討実験 第4次報告会 目次

【被験体概要】
①被験体名:第2被験体LP

②遺伝沿革:■■■■■■■■■■■■■■(卵)(遺伝型は別紙資料1に記述)■■■■■(精)(遺伝型は別紙資料2に記述)間による人工授精。③遺伝操作項目:別紙資料3

【v!9!”#$A■; --^:;lk



****************************************

ウルフヘズナル(人工ニュータイプ)計画 第13期報告 概要

1.人工胚への遺伝子操作による身体機能強化についての経過報告
 ①前回報告からの変化
 ②遺伝的負因の検討

2.人工胚への遺伝子操作によるNT能力についての経過報告
 ①前回報告からの変化
 ②遺伝的負因の検討

3.第一次被験体LP1、LP2の成長報告
 ①身体面
 ②精神面
 ③NT能力

4.第二次被験体群PLS3-12の成長報告
 ①身体面
 ②精神面
 ③NT能力

5.人工子宮(スリープカプセル)内での身体およびNT能力の変化率の報告
 ①身体、NT能力などの変化
 ②カプセル内での強化施術結果と精神面への影響

****************************************

522: 2013/08/11(日) 18:41:06.30 ID:iPU4IZC90

****************************************

【感応現象研究被験体B成長記録:アリシア・パラッシュ研究企画室主任


UC0067.1.5
 受精卵、着床が確認される。体調に異常なし。


UC0067.6.9
 頻繁な胎動あり。当職の精神的な変化は、なし。概ね、順調であると思われる。


UC0067.8.10
 7ヶ月目検診、異常なし。


UC0067.11.1
 10ヶ月目検診、異常なし。緊急対応に備h;-;、病室にて経過観察。


UC0,^-―j:―a、
2時間の陣痛の後、出生。女児。3120*/,


;0-as^ad
:-l1ah生k[1から2日目。異常なし。母乳を飲む。排泄等、異常なし。


UC0068.5.29
 通常よりも夜鳴きが多い印象。多感なのか、人の出入りについても敏感に反応する。
感応的な能力のためかは、現段階では、判断できず。


UC0068.6.4
 首、腰はおおよそ据わる。視線を当職に向けてしきりに追いかけてくる様子あり。視界より消えても、泣かず。
居住室から出ようとすると号泣。壁一枚隔てても、こちらを認識出ている印象がある。


jo^-a/w;dl



*-;s0.11.25
 レオニーダは心身ともに健康な状態を維持している。
来週で出産から3年目となるが、現在のところ、知的、精神的発達は通常児の平均に即した成長を遂げている。
感応能力に関してはまだ推察の域を出ないところではあるが、いくつかの事例を記述する。

当月10日、午後15時頃の会話の中で彼女より、「なぜ、ここにはたくさんの子どもがいるの?」との問いかけあり。
これまでの養育の中で、保育所を除く施設内で他の研究対象と接触した経緯が記録上はないことから、
感応能力による察知であるとも取れる。

次に保育所での出来事として、カードで遊んでいる最中、彼女が他の子どもの持っているカードの中身が分かる、と発言していることが報告としてあがっている。

また、些細ではあるが、当職との生活の中で、準備するデザートを言い当てる場面もある。
いささか、主観的な部分があることは否めないが、近日中に正式なテストを行うことが可能であると判断する。



523: 2013/08/11(日) 18:42:15.02 ID:iPU4IZC90

UC0070.1.7
 あちこちに擦り傷を作って帰宅。
送迎担当の研究員に話を聞いたところ、保育所にてカードの中身を見た、見てない、ということが原因でケンカになり、
彼女が激昂して他の子ども複数と揉み合いになったとのこと。傷の程度は軽く、身体的な問題は見られない。

 目立つものだけに手当てを行い、傾聴と肯定を主体に彼女の話を聞く。
内容としては研究員の話と合致しており、記憶的な改ざんはないと判断。
攻撃行動に出た理由についてたずねると、いつも、イジメる、仲間はずれにする、などの言葉が聴かれる。

保育所の担当保育士との確認も必要になってくると思われるが、彼女の能力が徐々に開花傾向にあるのではないかと感じられる。


UC0070.1.10
 担当の保育士と面談。その担当の話によれば、「勘の良い子」で、
誰かが欲しているものや考えていることが分かるのかもしれない、とのこと。
分かる上で、その先回りをして他児に対応することが多くなってしまい、入所当初はやさしいと人気だったが、
徐々にそれが気味悪さに変化していったという話だった。

彼女のこれまでの精神的影響を鑑み、デルクマン研究科長とのカンファレンスにて、しばらく保育所を休ませることとなる。
その報告に、安心した表情を見せる。


UC0070.1.14
 保育所の休みを利用して、第一次感応試験を開始する。
手始めに、裏返したカードの絵柄と数字を当てさせてみるが結果は10試行中、正答0。
この際、彼女より「見てくれないと分からない」というので、当職がカードを見ると正答する。

同じ要件で当職が持っているカードの場合は10試行中、正答9。
残りの1答については、当職のカードの誤認(6を9と認識してしまったため)によるものである可能性が高い。
試行後、しばらくして糖分摂取を要求してくる。疲労感あると思われる。


UC0074.2.15
 脳波検査の方法を教える。
装置の物々しさにやや不安を感じている様子であったので、糖分を与え、ホールディングによる心身支持を行い、落ち着く。
検査にも集中して望めた印象。*結果はDr.■■■■■■の報告書へ記載。


UC0074.5.1
 研究所外へ出たいと要求がある。デルクマン研究科長に許可を取り、外出。
コロニー内のショッピングモールにて、ヌイグルミを購入。ラウンジでソフトクリームを食べる。笑顔。
 ヌイグルミに「タイガー」と名をつける(ヌイグルミはクマである)。

理由を聞いてみると、「レオニーダ」はレオン、つまり自分はライオンであるので、友達はトラがいいのだという。
しかしそのヌイグルミはクマであると指摘すると、「あたしだって人間だけど、ライオンでしょ」と笑う。


UC0074.8.2
 当職の顔を見るなり、「怒ってる?」と尋ねてくること、多数。
「そんなことはない」と繰り返すも、しきりに心配してくる。ホールディングとスキンシップで、安定を図る。
笑顔あるも、どこか不安げ。


UC0075.11.13
 8歳になる。当初の計画通り、今後は別生活となることを説明。
以前より、そのことについては話していたので、理解はスムーズ。
生活が別になるだけで、会うことは可能であることを何度も伝えるが、彼女は笑顔。不安がないのか。

当職がつけていたペンダントが欲しいと言ってくるので、担当技術仕官の許可を取り譲渡する。
彼女は別れの最後まで笑っている。


UC0075.12.1
 夜半、宿舎で就寝中、レオニーダの呼び声で目を覚ます。
脳裏に彼女の姿や声を知覚するも、視覚、聴覚からの刺激ではないことを確認。

感応能力と思われるが、当職は現在、極度の精神衰弱状態にあり、妄想との識別が必要と思わ






524: 2013/08/11(日) 18:47:21.90 ID:iPU4IZC90

UC0067.8.10



「お、ずいぶん出て来てんじゃねぇか」

中年の研究員、マルコがそんな風に声を掛けてきた。

「あはは、今近づいて来ないでくださいね~悪阻酷いんで、マルコさんに吐きますよ?」

「え、なに、俺臭う?」

マルコさんはそんなことを言いながら、スンスンと自分の体の匂いをかぎだした。

いつもと変わらず、ヒョイヒョイ私の冗談に付き合ってくれて、優しいんだから。

悪阻なんて、もうあるわけないじゃない、7ヶ月でガッツリ安定期よ!

「で、どうなんだよ、他人の子どもを身ごもる、ってのは?」

「案外、悪い気分じゃないんですよ、これが!

 血が繋がってなかろうがなんだろうが、私が産む、私の子どもになるんですし」

私はイシシ、と笑って言ってやる。マルコさんは眉をヒョイっと吊り上げて

「そりゃぁ、代理母の鏡だな」

と皮肉ってくる。よし、決めた、悪阻とか関係なく、この男に昼に食べたアップルパイをお見舞いしてやる。

「なに、やってんだい、あんた達?」

そんなバカなやり取りを見られてしまった。そばにたっていたのはドクター・ユリウス・エビングハウス。

男みたいな名前の男みたいな性格の、見かけだけが麗しい女研究者。私の親友。

「その様子じゃぁ、心配は必要無さそうだね」

ユリウスは両手を腰に当ててだらしなく白衣を羽織って、ふんぞり返ってそう言ってくる。

「お陰さまで」

そんな彼女に笑顔を返す。

 持つべきものは、友達だよね!子どもを作れない“卵なし”の私に、まさかこんなことを任せてくれるなんて!

一生出来ないと思ってた体験をできるわけだし、驚くことに研究所のお偉方から、

産んだ子どもの親権まで持っていいなんて許可まで取り付けてくれた。

 もうね、私のダンナはあんたで決定だと思うんだ。

「なによりだよ。それよりも、ほら、さっさと準備しな。検診のお時間だ」

ユリウスはそう言って私を肘でつつく。

「はーい!アリシア・パラッシュ、参ります!」

525: 2013/08/11(日) 18:48:18.21 ID:iPU4IZC90

 病室って退屈だ。朝起きて、朝食とって、軽い運動して、お昼ご飯食べて、

ちょっとやすんでまた少しだけ体を動かして、夕飯食べて、シャワー浴びて、消灯。他にやることなんてない。

これならまだ、事務作業に忙殺されてた方がマシかもしれないな。

 って話をしたら、ユリウスはカカカと高らかに笑った。

「まぁ、今は休んでおくのもあんたの仕事だ。ほら、面白そうな論文持ってきてやったから、これでも読んでな」

「わ!ありがと!」

ユリウスが紙袋に入ったファイルを山ほど持ってきてくれた。これでしばらくは暇をつぶせるし、勉強にもなるから、一石二鳥だ。

「で、体調は問題ないよな?」

「え?うん、すこぶる元気!昨日からこの子も良く動くし、もうじき始まるかもしれないよ」

「そっかそっか、まぁ、24時間体制であたしが見てるからな。それに関しては、心配しなくていい」

「産婦人科の医師免許なんて、持ってたっけ?」

「医師免許なんて、どれも同じだ。まぁ、任せとけ」

ユリウスはそう言って胸を張り、私の頭をポンポンと撫でた。まぁ、それでも、ユリウスは天才だ。

遺伝子研究が主な専攻だけど、外科手術からメンタルケアまで、どれをとっても業界の第一線で活躍する医者に引けを取らない。

私も医学の知識はあるけど、専門はもっとフィジカルな部分で、人体工学が専攻。

特に、脳波を利用した機器操作に力を入れている。

今年の頭に発表した論文がこの研究所の責任者であるドクターフラナガンに気に入ってもらえて、

それまで居た大学の研究室から抜擢された。

 ドクターフラナガンの論文は幾つか読んだことがあったけど、

特に面白いのが感応現象と呼ばれる、いわゆるテレパシーの一種の研究を盛んにしていた点だった。

言葉だけ聞くと眉唾ものの怪しげなものでしかないんだけど、

中身を見ればそれがどれだけ有意義な研究であるかは、一目瞭然だった。

 彼が目を付けたのは、いわゆる感応現象を引き起こす、と言われる人のDNAの分析だった。

彼の研究では、その遺伝子は本来、人がすでに備えているものであるらしいんだけど、

その感応現象を発現させる個体の遺伝子には、特定の組み合わせがある、とのことだった。

ここら辺は、私にはよく理解できなかったんだけど、

それは有機配列の中では感覚をつかさどる遺伝子がどうのこうの、ってことらしい。

 まぁ、私にとって重要なのは、その感応現象が、機器操作にいったい、どれほどの影響力を与えることができるのか、だ。

もし、感応現象のことが子細に判明すれば、脳波で遠隔操作が出来る様な、作業用機械の開発なんてこともできるかもしれない。

この宇宙では、作業するだけで宇宙線にさらされる危険が付きまとう。

離れたところから、例えば作業用のモビルワーカーなんかを動かせたら、それってとてつもない安全につながるわけでしょ。

そうしたら、私みたいに、被ばくで卵細胞が氏滅する、なんて、悲劇も、ぐんと少なくなるわけだし…ね。

 ユリウスと話をしていたら、ふと、何か変な感覚があった。なんだろ、これ…なんだか、変にムズムズするよ?

それになんか…お尻のあたりが、汗っぽい、っていうか…

 私は、それに気づいて、布団の中に手を入れて、自分の股ぐらを確認した。濡れてる…なんで?

ユリウスと話してたら、濡れちゃったの?

いや、確かに性格は男前だし、良い女だし、抱かれてもイイ!って思えるけど…そういうことじ、ないよね、これ…。

 私の行動に疑問を持ったのか、ユリウスもそっと布団の中に腕を入れてきた。彼女の手が私の股間に伸びる。

あ、ちょっと、ユリウス…そんな大胆なこと…

526: 2013/08/11(日) 18:49:20.83 ID:iPU4IZC90

 「お、おい!破水してんじゃないかよ!」

ユリウスが、股を一撫でした手を引っこ抜いて、そう叫んだ。

 破水?あ、これ、破水なんだ?え、じゃぁ、なに、このムズムズ感って…陣痛?

「陣痛来てないのか!?」

「え、なんかムズムズはするけど…痛いってほどじゃない…」

「早期破水か…!」

ユリウスは医学用語っぽい何かを口にして、私の枕元にあったナースコールを押した。

「早期破水だ!エコー持ってきて!」

「え、なに、もう生まれるの?」

私は、ユリウスが臨戦態勢になったので聞いてしまう。

「あぁ、元気な子らしい。早く出せって暴れてるみたいだ」

ユリウスはそう言って笑った。それから、キュッと表情を引き締めると

「念のため、だ。促進剤使うよ。結構な量が出てるし、部屋も滅菌室に移す。こっから、5時間、勝負どころだ」

と私の肩をポンと叩いた。

 そっか、ついに生まれてくるんだね…私、頑張るよ!ユリウス、頼むわよ!

 それから私は、着替えさせられ、ストレッチャーの乗せられて滅菌の分娩室に担ぎ込まれた。

病室でユリウスに打たれた注射のせいで、お腹全体が痙攣するみたいにギュゥゥゥっと痛んでくる。

あぁ、これは、きっついよ!やっぱ話に聞いてた通り、戦いだ、これは!

えぇっと、なんだっけ、ヒッヒッヒッ、ってやつ…あぁ、ダメだ、かなり練習したのに、

こんな状況でうまくやれって方が無理だよ…あっ、あぁっ、ま、また来るっ!

「うぐぅ…!」

 下腹部全部の筋肉が一気に収縮する。壊れる、筋肉が壊れるっ!

「アリス、頑張れ!」

おっぴろげになった股の間から、マスクと帽子をかぶって、メガネ保護のためのゴーグルまでしたユリウスが顔を出してくる。

そんなことより、ユリウス、いつからそんなとこにいるのよ!

「ちょ、ユリウス、恥ずかしいんだけど!」

「黙って、呼吸!」

ユリウスに怒られた。私は仕方なしに、練習通りに呼吸法で痛みを和らげる試みを始める。

でも、ホントに効くの、これ!?

527: 2013/08/11(日) 18:49:48.52 ID:iPU4IZC90

「アリス、次のヤマが来たら、いっきにいきんで!」

ユリウスがそう言ってくる。

「はぁい!」

私も必氏になって返事をした。次のヤマったって、もう1分間隔ぐらいでお腹がギュウギュウなるんだけど…

って、ほら、また来たっ…!!!

「いきんで!」

「がんばって!」

ユリウスの他、そばにいるナースたちの声が聞こえる。

 私は、縮み上がる腹筋に思い切り力を込めた。次の瞬間、ニュルン、と妙な感覚があった。

え?と思っていたら、今度はか細い泣き声が分娩室に響く。

 「処理、頼む」

ユリウスの声。ナースたちが一斉にユリウスの周りに集まって、何やら作業をしている。

すぐに、ゴーグルの下で、満面の笑みを浮かべたユリウスが、血だらけになった赤ん坊を抱いて姿を見せた。

 これが…私の子…?私の、赤ちゃん!なんだか、本当に、もう、感無量だった。

こんな状態じゃなければ、飛び上がって、ユリウスに抱き着いて喜びたいくらいだ。

 もっと近くで見たい…私がそうお願いする前に、ユリウスは赤ちゃんを私の顔のすぐ横まで抱いてきてくれた。

「ほら、挨拶しろよ」

 赤ちゃんは、元気に、力いっぱい、泣いている。元気で、良かった…

良くわからない気持ちがこみ上げて、目から涙がこぼれた。



「こんにちは、初めまして…レオニーダ。私が、ママだよ」


 

533: 2013/08/12(月) 21:16:45.22 ID:nGGHAbg30

 数時間後、私は病院のベッドにいた。隣には生まれたばっかりのレオナが、寝息をたてている。

母親になる、なんて、一年前までは想像もしてなかったな…

4年前に、シャトルの事故で、宇宙線に長時間晒されて、

なんとか帰還してからの検査で、大学時代からの友人だったユリウスに告知されたのが、卵細胞異常だった。

 それから、宇宙線の影響なのかショックなのか、何ヵ月も寝込んだのを覚えてる。

ユリウスはそんな私のところに、毎日お見舞いに来てくれた。

そのお陰で私は元気を取り戻して、なんとか、立ち直ることが出来た。

 その後、私の論文をドクターフラナガンに紹介してくれたのもユリウスだ。

彼女には助けてもらってばかりで、頭が上がらないのが正直なところだけど、

そう言うのを嫌う彼女なので、今はそんなことは気にせずに、友達として一緒にいる。

そんなユリウスが、病室に顔を見せた。

「よっ!お母さん!」

冷やかすように、そんなことを言ってくる。

「あら、いらっしゃい、パパ」

言い返してやったら、ユリウスはカカカといつものように笑って

「そんな趣味はねえよ」

だって。強がりなのは知ってんだよ?私のこと、好きなクセに。

ユリウスが、私のベッドの枕元にあったイスに腰掛ける。私の顔を覗き込んでニカッと明るい笑顔を見せると

「母親って、どんな気分なんだ?」

と聞いてくる。

うん、うまく説明できないんだな…何て言うか、もうとにかく暖かくてそれでいて、強くなった気分。

思ったその通りを伝えたらユリウスは、また声を上げて笑って

「それ、母子同一期っていうんだって知ってた?」

だって。

「心理学用語でしょ?あんたは、どうしてそう、ロマンのないこと言うのかなぁ?」

「科学者に必要なのは感情的になることじゃなくて、夢見ることだ」

「なっ…くっ、それはロマンな言い方だ…!」

悔しい、言い負かされた。こうなったら、急所を突いてやる!

534: 2013/08/12(月) 21:17:51.99 ID:nGGHAbg30

「ユリウスも子ども産めば分かるって」

「あたしは、産まないよ」

「どうして?」

私は追撃をかける。逃がすもんか!

「子ども作りたい、って相手がいないからな」

ユリウスもまぁだ強がる。まったく、あんたも強情だな…なら、最後の手段だ!

「作りたい って思った相手の遺伝子が使い物にならないからでしょ?」

そう言ってやったら、ユリウスはやっと顔を赤くした。ヒヒヒ、いいきみだ。

「そ、それは反則だ!」

「意見は却下します、さぁ、正直に言いなさい、パパ!」

私は止めの追い込みを突き立てて、ユリウスの顔を見つめた。彼女は、ほんとうに真っ赤になりながら

「あ、あんたがいりゃ、それでいいんだよ…」

よしよし、白状したな。許してやろう。私は満足して、また、ベッドに横たわった。

それにしたって、こんな大事な時に、妻に賞賛も労いも掛けない、なんて、どういう了見なんだよ、

この遺伝子オタク女は!なんて言えるはずがなく、むしろ、来てくれたことが、何よりうれしい。

 ふと、レオナがムニュムニュ言ったと思ったら、かすかな声で泣き出した。あらら、起きちゃった…

どうしたらいい?おっOいかな?トイレ?

 「お腹すいたんだな、暴れん坊め」

ユリウスはそう言って、見たこともない優しい顔つきで、優しい手つきで、レオナをベッドから抱き上げると、

ゆっくり私のところまで運んできた。

「授乳のさせ方、わかるだろ?」

「うん」

私は返事をして、検査着の方袖を抜き、レオナを抱っこして胸を彼女にあてがう。

レオナは、もぐもぐと宙で口を動かしながら乳Oを探し当てて、キュッと口に含んだ。

 得体の知れない恍惚感が、私の体に広がっていく。そんな私の隣にユリウスが腰かけてきた。

さりげなく、私の腰に腕を回して体をぴったりと寄り添わせてくる。

そのせいで、そのおかしな快感が勢いを増して私を包む。

 あぁ、これが、幸せってやつなんだな。

今まで、実感したことがないと言ったらウソだけど、でも、こんなに鮮明に感じたのは、初めてだ。

 レオナ、生まれて来てくれてありがとう。血は繋がってないかもしれない。でも、あなたは私の大事な娘だよ。

ユリウスも、きっとそう思ってくれてる。あなたのことは、私たちがいつでも守るからね…。

だから、レオナ、ありがとうね…ありがとう…。

535: 2013/08/12(月) 21:18:22.24 ID:nGGHAbg30



UC0070.1.16



 「よぉ、姫さまは元気か?」

そんなことを言いながら、ユリウスが久しぶりに顔を出してくれた。

私はレオナと近所の公園に行く準備をしていたところだった。

「あー!ユーリ!」

3歳になったレオナが黄色い声を上げる。その気持ちは痛いほど良く分かる。

私だって、黄色い声のひとつも上げたい。

「ユリウス、久しぶり」

私は、胸の中に湧き上がる思いを押し込みつつ、そう声をかける。するとユリウスは、怪訝な顔をして

「久しぶりって…一週間留守にしてただけだろう?」

と言ってきた。その一週間が、長かった、っていうんだ。

学会発表だかなんだか知らないけど、妻と子どもを置いていくなんてどういうことよ!

 文句を言ってやろうと思ったけど、私はともかく、レオナはこの研究所を出るには、ずいぶんと手のかかる手続きが要る。

そこまでしたって、学会なんか、難しい顔した堅物か変人ばかりで、レオナが楽しめるとは思えない。

3歳になって、おしゃべりもずいぶん達者になってきたとは言え、

いくらなんだって研究発表を聞かせるなんて飛び級過ぎる。今のレオナには、絵本くらいがちょうどいい。

最近のお気に入りは、「お菓子のいえ」が出てくるから、という理由で「ヘンゼルとグレーテル」だ。

まったく、食いしん坊だなぁ、レオナは。

「あのね、レオナね、公園行くの!」

レオナは得意げにユリウスに報告している。ユリウスは、そんなレオナの頭をゴシゴシっとなでて

「そんなら、あたしも一緒に行ってもいいか?」

とレオナに聞いた。レオナは満面の笑みで

「うん!ユーリも行く!」

と返事をして、彼女の手を握った。

 うんうん、親子三人、水入らずで、幸せだよ、私さぁ。

536: 2013/08/12(月) 21:19:05.02 ID:nGGHAbg30

 ユリウスと二人でレオナの両手を取って、三人でならんで公園に向かった。

研究所から出てすぐのところにある公園は、芝生と噴水と、ほんの少しの遊具があるだけだったけど、

わんぱくレオナが駆けずり回るには、ちょうど良いくらいだ。

 「よーし、レオナ、サッカーだ!」

ユリウスがそう言って、持ってきたボールを芝生の上に転がせた。

レオナが笑顔で、キャッキャッと声を上げながら、ユリウスの足元のボールに絡みつく。

 私は、といえば、その様子をベンチに座って微笑ましく思いながら眺めていた。

なんだかんだ言って、ちゃんとお父さん役やってくれてるんだな、ユリウス。

まぁ、もちろん、半分は実験のためだってのは分かってる。

より良い成長のためには、適度な母性と父性を別の対象から受けることが望ましい。

絶対に必要ってわけじゃないけど、そういう条件を整えられることができるんなら、それにこしたことはない。

情操教育、ってやつだ。

 でも、待った。なんで帰ってきて早々に、ユリウスがレオナを独り占めなんだ!

レオナ、悪いけど、ユリウスは私のもんだ!

 思い立って、私はベンチから飛び上がって二人めがけて突進し、

ユリウスの足元のボールめがけて華麗にスライディングで滑り込んだ、つもりだったんだが。

それは本当につもりだけで、実際はただ足を滑らせて、無様に仰向けにすっ転んだだけだった。

 けっこうな衝撃が全身を襲う。くそぅ、痛いぞ、ユリウス!

私はそれにもめげずに立ち上がって、ユリウスの下半身にタックルでつっこんだ!

 「お、おい!あんた、なにやってんだよ!」

苦情はあるだろうけど、一切、受け付けませーん!

さすがのユリウスも足を捉えられてバランスを崩して芝生の上に倒れ込んだ。

「レオナ!ユリウスやっつけろー!」

「おー!」

「な、なんでそうなるんだよ!?っ!うわぁぁっ!」

ユリウスの悲鳴を楽しむように、レオナが倒れたユリウスの上に飛び乗った。

ケタケタと笑い声を上げながら、レオナはさらにユリウスにのしかかる。

私も負けじと、足元からユリウスの上半身へと這い寄る。

「私たちを置いて行ったお仕置きだ!」

「おしおきだぁー!」

私はユリウスのわき腹に手を伸ばして、指先を肋骨の間に軽く食い込ませて、小刻みに動かしてやった。

「うひっ!くはっ、ははははっ、ちょと、やめろっ、やめろって!」

私がユリウスをくすぐっているのに気づいたレオナも参戦して、そのちっちゃいかわいらしい手でユリウスの脇をコチョコチョし始める。


537: 2013/08/12(月) 21:20:32.00 ID:nGGHAbg30

「くっ…ひゃうっ!こ、このっ、性悪親子め!」

不意に、ユリウスは体勢を無理やり起き上がらせて、私と私の前にいたレオナをまとめて抱きかかえたと思ったら、

そのまま勢い良く、横向きに芝生に倒れ込んだ。

私もレオナもたいした抵抗もせずにユリウスにされるがままに倒れ込む。

「きゃぁー!」

「ぎゃー!」

レオナも私も、楽しくって声を上げていた。

 それからしばらく、芝生でプロレスごっこをしたり、追いかけっこをして遊んだ。反射ミラーが時間と共に傾いて、
コロニーの中が薄暗くなってくるころには私たちは研究所へと戻った。

 夕食を作って、ユリウスにも振舞ったら、今晩は泊まっていく、というので、

ついでにレオナのお風呂と寝かしつけも頼んだ。

私は、持ち帰りの仕事がまだ少し残っていたので、その間にそれを片付ける。

 ちょうど、最後のデータの分析が終わったところで、レオナを寝かせてくれたユリウスがリビングに戻ってきた。

 「ありがと」

私がコンピュータをシャットダウンしながら言うとユリウスはニコッと笑って

「なに、久しぶりに満喫させてもらった」

と言ってくれる。

「一週間しか経ってないのに、なに言ってんの?」

と言い返してやったら、危うくヘッドロックで私の大事な頭脳が破壊されるところだった。

まったく、人類史に残る重大な損失になるところだよ、ホント…なんてね。

538: 2013/08/12(月) 21:21:06.49 ID:nGGHAbg30

ひとしきりふざけてから、ユリウスはソファーにドカッと腰を下ろして

「保育所、無期限停止だってな」

といってきた。

 マルコさんに聞いてきたんだろう。語彙が増えて、おしゃべりがうまくなっていくにしたがって、

レオナの感応能力は次第に良く観察できるようになってきた。今回のことも、その一端、といえるだろう。

保育所で、他の子から気味が悪い、と言って避けられ、挙句にケンカになったそうだ。

保育所の担当のスタッフは、なんとか仲を取り持つから、と言ってくれたが、

私としては、どうしても保育所が必要だったわけではないし、

その気になれば、研究室に連れて行くって手もある、いい子のレオナは私の手なんてそれほど煩わせない。

同年代の子ども社会になれて欲しいと思って入れた保育所だったけど、トラブルが起きてしまうんなら、

すこし期間を置いて感応現象の能力を伸ばしたり、レオナ自身に理解させてからだって、遅くはないだろう。

今は、ギスギスするのが眼に見えている保育所に入れたままにしておくほうが有害だ。

 私がそう説明すると、ユリウスは

「まぁ、そうだなぁ」

と穏やかなに相槌を打った。

 私は、作業に使っていた書類やらを片付けてから、ウイスキーとグラスを持ってきて、一つをユリウスに手渡して、
注いであげる。

「学会、お疲れ」

そう言ってグラスを傾けたら、ユリウスも

「ありがとう、ただいま」

と返してきて、グラスをカチンとぶつけてくれた。

 「学会、どうだった?」

「あぁ、畑違いの話だけど、去年の、ほら、例の発表の噂で持ち切りだったよ」

「ドクターミノフスキーだっけ?」

「そう!あの素粒子の発見、物理学会の連中は驚天動地だったらしいけど、

 遺伝子学会の方にも影響与えてくれそうなんだ」

「そりゃぁ、そうだな。だって、あれ、理論的には反重力装置とか、熱核融合なんかにも応用できるわけだし。

 私としては興味あるんだな」

「あっちの分野はあんたのほうが詳しいだろうな。遺伝子ばかり弄くってるあたしには、縁の遠い論文だったけど」

ユリウスは自嘲気味にそう言って笑った。

539: 2013/08/12(月) 21:21:54.23 ID:nGGHAbg30

 「発表は?うまくやったんでしょ?」

「まぁ、な。そっちは抜かりない。感応遺伝子の配列についての文句ばかり言ってくる地球の学者が居たんで、

 揚げ足とってからの一突きで沈めてやった。キーッてなってて面白かったぞ?」

「あはは、あんたらしいや」

ユリウスが可笑しそうに話すので、私も思わず笑ってしまった。ホント、怖いもの知らずだよなぁ、ユリウス。

「それで、評価のほどは?」

「そっちは、まぁ、気に入らないけど、いつもどおり。

 『キミの研究は非常に独創的で面白い』だと。面白いんじゃないんだっての、分かってないんだよな。

 まぁ、そんなのはまだ良いほうで、中には、『どんな実用性があるのかね?』なんてことを聞いてくるやつが居る始末だ。

 実用性じゃない、今、あたしらは人類の進化を目撃してるかも知れないってのが、なんでわっかんないのかなぁ」

まぁ、感応現象なんてことを本気になって捉える科学者なんて、私達くらいかもしれないけど。

でも、ユリウスが確信を持っていたし、私を引っ張ってくれたフラナガン博士の論文は非常に優秀で、

一考の余地があるものだ。

 私にしてみても、その可能性は信じていたし、今、こうしてレオナの母親になってみて、分かる。

感応現象は、確実に存在している。

それが遺伝的な変化によるもので、進化なのかは、私にはまだ良くはわかっていないが。

でも、ユリウスが言うのだから、あながち的外れではないと思う。

 そんなことを考えていたら、突然、ユリウスが私の腕を捕まえた。あ、やばい、もうウィスキー回った?!

「な、アリス。この一週間、寂しい思いさせて、悪かったな…」

ユリウスは私の腕を無理やりに引っ張って、彼女より一回り小さい私の体を抱きとめると耳元でそんなことをささやいてきた。

低いトーンの、妖艶な声色が私の背骨をゾクゾクと貫く。

ユリウスのメガネの向こうの、トロンとして涙を潤ませた目が、ジッと私を捉えて離さない。

 こんなところで…止そう…あぁ、いや、ホントは止めてほしくなんかないんだユリウス。

ダメだって…あ、うん、ダメなことなんか1ミトコンドリア分もないけど、ほら、そういう風に言っておくもんじゃん?

あぁ、もう、なんで酒飲むとそんなに妖艶な感じになんの!?シラフのときみたく、ガバッと襲っといでよ!

ムード作られると、乗っちゃってトびそうになるから、やばいんだって。

 抵抗する気もなく、そんな危機感とも期待感とも取れない気持ちを抱えた私の唇を、ユリウスの唇がふさいだ。

 ああ、落ちる…またあんたに落とされるよ、ユリウス。

 私は、頭のどこかで、理性がはじけ飛ぶ音を聞いた。

545: 2013/08/13(火) 20:06:06.58 ID:VbWE6aCM0


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 「ん、良い感じ。今度は、右を動かしてみて」

私は、ここのところ、レオナを研究室に連れ込んでは、実験の手伝いをしてもらっていた。

7歳になるレオナは、私とユリウスの英才教育のおかげか、小学校に行かずに、

もっぱら中学生用の教科書やなんかで勝手に勉強している。

利発、と一口に言ってしまってはもったいないくらい、頭の良い子だ。

「ん」

そんなレオナは、頭にいっぱい電極を貼り付けて、目の前にある私が作ったとある実験装置を見つめている。

バッテリーと簡単なモーターに受信機、それから電気信号で収縮する人間の筋肉を模して造られた特殊繊維を使って作った。

本体から特殊繊維と金属のフレームを使った二本のアームが伸ばしてあるだけの、簡素なものだけど。

 キュインと音を立てて、向かって右側のアームが動く。うん、上々かな。

まさかこれほどうまくいくとは思わなかった。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。キュウン、と機械のアームが意思を失ったように垂れ下がる。

「どうぞ」

私が声を掛けると、研究室に入ってきたのはユリウスだった。まぁ、特に驚くようなこともない。

「ほら、差し入れ持って来たぞ」

ユリウスは、手にドーナツショップの紙袋を抱えていた。これはありがたい。

この実験をすると、レオナ、ちょっと憔悴気味になるんだ。甘いものでも食べさせてあげないと、申し訳ないと思ってた。


「わー!ドーナッツ!」

レオナはパァッと明るい笑顔を見せた。今日もかわいくてなによりだ、レオナ。

 「ちょっと休憩にしよか。紅茶淹れるから、レオナはテーブル片付けといてよ」

「うん!」

レオナは素直にそう返事をして頭から電極を外し、テーブルの上にあった機材を片付け始めてくれる。

私も、部屋に備え付けの電気ケトルからポットにお湯と茶葉を入れて、適当にカップも揃えて、テーブルに並べた。

「今日のは?」

「地球産の、ちょっと良いヤツ。アールグレイ、って言ったかな?」

「地球産か。これは期待できそうだ」

ユリウスも、相変わらずのきれいな顔でそう言い、笑う。

しなだれかかりたくなるのを抑え込んで、紅茶を淹れて、テーブルに着いた。

546: 2013/08/13(火) 20:06:58.59 ID:VbWE6aCM0

 ユリウスとは、今朝、一緒に部屋を出てから3時間ぶりに会う。と言うのも、2年前の、

「もう、毎晩通ったりするのとか、なんかいろいろめんどくさい」

と言うユリウスの投やりともとれる発言がきっかけで、

私とレオナと、ユリウスは研究所の宿舎の2部屋とリビングダイビングのある部屋で一緒に生活することになった。

そりゃぁ、もう、ね。毎晩毎晩、ユリウス腕枕で寝られる私の涎の量が増えたのなんのって。

「あたしが言えたことじゃないけどさ、変なことしてるよな」

ユリウスはドーナツを配りながら、私の作った機材に目を向けて、そんなことを言ってくる。変て、人聞き悪いな。

「新人類のための新たな機材を作ってんの。変、とか言わないで」

「カカカ、悪い悪い」

ちょっとぶすくれてみたら、ユリウスは悪びれる様子もなく謝った。

 「いただきまーす!」

レオナが元気にそう言って、ドーナツを口に運ぶ。

「で、要するにバイオフィードバックみたいなもんなんだろ?」

「まぁ、近い、と言えば近いかな。

 別に、自分の体を調整するわけじゃないから、そもそものバイオフィードバックとは違うけど」

「脳波で機械を動かす、ってんだろ?」

「そう。手元にある測定器で脳波を検出して、それを電気信号にして機械へ送って操作する、

 荒っぽく解説するとそんなとこ」

私が説明すると、ユリウスは怪訝な顔をして

「そんなの、別に電気だけで良くないか?たとえば、シャトルの無線操縦かなんかみたいにさ」

と言いながら紅茶をすする。

「それだと、細かいことまでできないんだよ。

 私が目指してるのは、例えば、コロニーの外壁の修理とか、そう言うこと」

「あぁ…なるほど、そうか」

納得したのかユリウスは、宙を見つめながらそうとだけつぶやく。

「それに、電気信号だと、ほら、例の素粒子が、ね」

私は、そのことも付け加える。

 ミノフスキー粒子の発見から、数年。革新的な技術が発展するとともに、それは地球連邦と対立関係にあり、

ジオン共和国を名乗って独立を宣言したサイド3との軍事的思惑に絡め取られた。

素粒子本来の性質を利用した電波妨害は、

これまでの通信やレーダーを利用した兵器誘導と言った電子戦を、一瞬にして無効化する効果を持っている。

軍事能力的遂行能力が無条件に一世代退化させられることになった。

それに伴い、ジオンは、ミノフスキー粒子を利用した核反応コントロール技術を応用して小型の熱核融合炉を開発、

それをモビルワーカーのような機体に積み込んで、高いエネルギーを持たせた人型の兵器を開発した。

ミノフスキー粒子によって退化せざるを得なかった軍事作戦上、新たな戦術として発案されたのが、

この人型兵器による汎用的な任務遂行。

特に、これまでのような遠隔デジタル戦術の利用が出来なくなった以上、

近接戦闘による白兵戦をいかに優位に進めるかがネックになってくる。

戦闘機や戦艦に求められてきたようなスピードやステルス性能ではなく、必要なのは、小回りと汎用性、なんだそうだ。

547: 2013/08/13(火) 20:07:36.71 ID:VbWE6aCM0

 いつの時代も、科学は戦争に利用される。悲しいことだが、かと言って、研究をやめるわけにはいかなかった。

暴走した科学を抑えるのもまた、科学の役目。

せめて、自分の開発したものが、人を頃すためではなく、人を守るために使われることを祈るばかり、だ。

ドクターミノフスキーも、数年前にそれを理由に連邦へ亡命してしまった。ドクターの想いも理解できる。

まぁ、理論ばかりでまともな発見も開発もできていない私にとっては、まだ縁遠い話ではあるんだが。

 「ママ、難しい話?」

ドーナツを頬張ったレオナが、私の顔を覗き込んでくる。複雑に思っていた私の胸の内を感じ取ったようだった。

私はレオナに笑ってあげた。

「ん、ちょっと考え事。大人って、大変」

「ん、大変そう」

レオナはムムムっと眉間にしわを寄せて考えるようなしぐさを見せた。あはは、そうだな。

レオナ、あなた達子どもが生きて行く未来に、せめて明るい希望が残せるような発見をしておきたいもんだ。

「リモートコントロールで作業ねぇ、まぁ、精度が確かになるんなら便利っちゃ、便利だけどな」

「リモートコンロトールじゃないんだ」

「えぇ?」

「これは、新しいタイプのマン・マシン・インターフェイス。名付けて、サイコ・コミュニケーター」

私が自信満々に言ってやったら、ユリウスはいつもどおりにカカカと笑った。なんだよ、笑うところじゃないぞ!?

「仰々しい名前だな。それに見合う開発が出来る様に祈ってるよ」

ユリウスはニヤニヤしながら、残りのドーナツを口に頬り投げて、紅茶をすすった。

それからふと、気が付いたみたいに

「そういや、この紅茶。良い香りだな」

なんて話を変えた。うん、そうだ。せっかく3人でいるんだし、仕事の話は、やめにしよう。

もっと、楽しい話をするべきだ。

 それから私たちは、レオナの自由研究の話題で盛り上がった。

学校の宿題じゃなくて、私とユリウスからそれぞれご褒美をもらうための研究だ。

レオナは、私の人間工学でも、ユリウスの遺伝子学でもない、化学に興味があるらしかった。

 そんなレオナが決めた自由研究は、ずばり、科学調合によるうま味成分の再現、だ。

要するに、おいしい料理の味を如何にして科学調合で再現して、あのマズイチューブ食をおいしく召し上がれるようにするか。

ホントに、食いしん坊のレオナらしい。楽しみにしてるよ、って言ってやったらレオナは胸を張って

「任せて!」

なんて言ってきた。これは、ゆくゆくは私達なんか抜かされるくらいの科学者になってくれるかもね、レオナは。

548: 2013/08/13(火) 20:08:22.35 ID:VbWE6aCM0

 その晩、レオナが眠ってから、ユリウスが私を呼び止めた。

その表情は、これまでとは一転してなにやらくぐもっている。

悪い予感は感じたが、それでも話さなきゃいけないことなのだろうと言うのは、感じ取れた。

不安を胸に抱えて私は席についた。

 まさか、別れたい、とか、出ていくとか、そう言う話じゃない、よな?

「今日、上から指示が来た」

ユリウスが話し始める。この研究所で上、と言えば、ドクターフラナガンを筆頭とした、執行部会。

研究の方向性や内容を検討する意思決定機関だ。それが、ユリウスにどんな指示を?

私は黙ってその先を促す。ユリウスは、重々しそうな唇をやっとの思いで動かしながら言う。

「来年、施設の拡張が済んだら、レオナはそこで生活をさせることになるらしい」

ユリウスの言葉の意味が一瞬、理解できなかった。

「ま、待って…私も、一緒でしょ?」

私の問いかけに、ユリウスは力なく首を横に振った。

「レオナ一人での生活になる。

 ジオンからの資金を増額する見返りに、感応現象に関する研究体制の整理と強化が目的らしい」

「そんな…だって、親権は私に持たせるって契約だったはず…」

「あぁ、うん。親権の移動や譲渡はない。放棄も条項の要件にはなっていない。

 ただ、研究体制を整えるために、生活棟が、常時モニターを行える新しい施設になる、ってことだ。

 他の子ども達も、恐らくそこに集められる…」

ジオンの資金…それは、もしかしてあの能力を軍事転用することが目的なの…?!レオナが、兵士に?

それとも、前線に出向いて、レーダーの代わりになれとでも言うの?!

 ふざけんじゃない…ふざけんじゃないよ!

私は思わずユリウスの胸ぐらをつかんでいた。

「あんた、私にとってあの子がどういう存在か分からないなんて、言わせない!」

言ってしまってから、しまった、と思った。

だってユリウスの目からはボロボロと涙がこぼれていたから…ユリウスが泣いているところなんて、初めて見た…

 私は全身の力が抜けていくのを感じて、イスにへたり込んだ。

「幸い、レオナの担当はなんとかあたしに割り振らせた。多少強引だったが、他の研究者には任せておけない」

ユリウスが…レオナを見ててくれるんだ…。

「それに、面会が謝絶されるってわけでもない。

 テストのない時間に会って遊んだり出掛けたりするのは今まで通りで構わないそうだ」

そうか、会ったりすることは、出来るんだ…

「すまない。あたしもずいぶん食い下がったんだが…力不足だった…」

ユリウスは力なく肩を落とした。

549: 2013/08/13(火) 20:08:48.34 ID:VbWE6aCM0

 なんだか、ショックというよりも、呆然としてしまった。ユリウスと三人で暮らすようになって、2年。

毎日、楽しかった。それが、来年からなくなってしまうなんて、想像が出来ない。

想像は出来なくても、それはやってくる、ってのが突きつけられて、

まるで私の頭脳が考えることを放棄したみたいだった。

 ユリウスがイスに座ったままの私を抱きしめてくれる。そっと、その手に触れる。

背中から伝わる体温で、少しだけ気持ちが戻ってくる。

 大丈夫、寝るところが変わるだけ。今、こうして、別の部屋で過ごすのと大きく変わらない。

施設の中に居れば、会いたいと思えば会いにいける。

担当がユリウスだっていうんなら、多少のワガママも聞いてもらえる。大丈夫、大丈夫だよね?

「ね、ユリウス、何もないよね?大丈夫だよね??」

私の言葉に、ユリウスは私の体に回した腕に力を込めて、

「大丈夫だ。上のやつらの好きにはさせない。レオナはあたしが守ってやれる」

といってくれた。また少し胸のつかえが取れた感じがする。

 ユリウス、頼むね。私も出来ることはなんでもする。

だから、私の手の届かないところにレオナがいるときは、あんたが守ってやって…。

あの子は、私の宝者なんだ。あんたがくれた、私の掛け替えのない、希望なんだから…。

550: 2013/08/13(火) 20:10:24.53 ID:VbWE6aCM0

UC0075.11.13

 あぁ、いよいよ来てしまった。今日は、執行部会から支持のあった日。

レオナが、この部屋を出て行く日だ。レオナには何ヶ月も前にこの話を伝えていた。

でも彼女は、別段寂しそうな顔を見せずに、

「わかった」

と言って、笑っていた。

 今日も、そうだった。

昨晩から荷物の整理をしていたが、私はそのときからずっと、突き上げるような不安感と悲しみで、心が壊れて泣き崩れそうだった。

だけど、レオナは、洋服や本なんかを几帳面に箱に詰めながら、動揺1つ見せずにいた。

 どうしてなんだろう。私、何か間違ってんのかな。

一生懸命、レオナを育ててきたつもりだったけど、レオナは別れが寂しくないんだろうか?

それとも、崩れてしまいそうな私を思って、気を使ってくれているんだろうか?

 お昼過ぎ、この部屋で食べる最後の昼食を摂り終えたころに、ユリウスが戻ってきた。

口を真一文字に結んで、険しい表情をしている。

それなのにレオナは、よく面倒をみてくれていた研究員が用意してくれた台車に自分の荷物を積み上げて

「お待たせー」

なんて軽い様子で、ユリウスと私の前に姿を現した。

「準備、出来てるみたいだな」

ユリウスは低い声でレオナに確認する。

「うん!大丈夫!」

レオナは、はつらつとしていた。

「じゃぁ、アリス。行って来る」

ユリウスは私にそう確認した。私は、昨晩、ここで見送るようにとユリウスに言われていた。

私の状態を察したユリウスの、厳しいやさしさだった。

 私はうなずいて、レオナを抱きしめた。

「レオナ…ママは、おなじ建物の中にいるから、寂しく思わなくたっていいんだからね」

それは、レオナに、というより、自分に言い聞かせるようにそう言った。

レオナは、そんな私の頭をゴシゴシとなでてくれた。

「ママ、わたし、寂しくないから、大丈夫だよ」

レオナは少しだけ不安そうな顔をした。でも、その顔は自分が不安なんじゃない。

私のこんな状態を心配してくれているからだ。それから、ふと、私の首元に目をやって

「ね、それ、ちょうだい?」

と指さしていってきた。レオナが際示したのは、私のつけていたチョーカーだった。私は、チラッとユリウスを見やる。

「かまわないよ、それくらい」

ユリウスは言ってくれた。私はチョーカーをはずしてレオナの首にかける。彼女はうれしそうにして

「これで、わたしとママはいつでも一緒だよ!だから、大丈夫だよ!」

と笑う。レオナ…私、ダメなお母さんだね…子どものあんたに、こんな気の使い方させてさ…

 私は、気持ちを押し頃してうなずいた。レオナはまた、ニコッと笑った。

「じゃぁ、行って来ます、ママ!」

元気にそういって、レオナは部屋を出て行った。

551: 2013/08/13(火) 20:10:56.24 ID:VbWE6aCM0
 あぁ、行ってしまった…レオナ…私は、ユリウスが出て行くまで我慢して、ドアが閉まってから膝から崩れ落ちた。


 あんなに楽しかったのに…レオナ、いなくなっちゃった。研究のために、引き離されちゃった…

もう、あの突き上げてくるような悲しささえこみ上げてこなくなった。

まるで、こころにぽっかり穴が開いたみたいに、むなしさだけが私の胸を締め付ける。

ハラハラと、涙だけが頬を伝っていた。

 どれくらいそうしていたか、私は、部屋の内戦が鳴る音で、我に返った。

よたよたと立ち上げって、内戦の受話器を手に取る。

「…はい」

<あぁ、私だ>

電話の向こうからしたのは、私の新しい上司で、執行部会のメンバーの一人、ドクターバウマンだった。

「なんでしょうか…?」

憔悴しきった心からは、そんな味気ない言葉しか出てこない。

<話がある。すぐに私の研究室に来てくれたまえ>

ドクターは一方的にそうとだけ伝えてきて、電話を切った。

 こんなときに、なんだって言うんだ。慰めてくれるようなタイプの人じゃない。

きっと、レオナのことなんかこれっぽっちも気にせずに、また味気ない仕事の話でもするつもりなんだろう。

 やっと形になってきたサイコ・コミュニケーター、サイコミュ技術には興味を示してくれているみたいだし、

それについての話かもしれないな。

 私は、顔の涙をぬぐって、思いっきり鼻をかんでから、部屋を出て、ドクターの研究室へと向かった。

ドアをノックして中へと入る。

 ドクターは、イスにふんぞり返ってココンピュータのモニタを見ていたが、

部屋に入った私に気がつくとひとつ咳払いをして

「あぁ、よく来た」

と言ってモニターを横へずらした。

「お話、とは?」

私はドクターにそう促す。もう、今日はたぶん、ダメだ。話なんかとっとと終えて、部屋でユリウスを待っていたい。

「うむ、他でもない、君のサイコミュの研究についてだ」

やっぱり、な。

「着眼点、発想、実用性、どれを取っても、非常に有意義な研究であるといえる」

なんだ、すごく持って回ったような言い方だ。なにか、あるのか?

「ついては、先日の執行部会会議で、研究そのものを感応能力研究に次ぐ実践的内容であると判断され、

 以後は執行部会で組織する研究班で専門的に行うこととなった。

 また、今回の君の成果に経緯を評し、明日からは、研究企画室主任としての仕事をしてもらう」

552: 2013/08/13(火) 20:11:24.85 ID:VbWE6aCM0
…待った。どういうこと?その、執行部会特別編成の研究班に、私は入れないってこと?

それも、栄転名目で、研究企画室、だなんて…。あんなところ、研究員のいる場所じゃない。

あそこは方々の研究室から上がってくる書類にサインするだけのただの事務職。

 これは…私は、研究を奪われた…?研究さえ、私は、奪われるの…?

大切なレオナすら、もう、私の手元にはいないって言うのに…

「…わかり、ました」

もう、そうとしか返事を出来なかった。私は、その後、どうやって部屋へ戻ったのかも、覚えていなかった。

気がついたら、部屋のベッドにいて、傍らには、殻になったウィスキーの瓶と、酸えたにおいを放つ吐しゃ物が床に広がっていた。

 ねぇ、レオナ。いったい、なにがどうなってるっていうの?あなた、無事よね?

ユリウスに守ってもらってるよね?

 私、どうしたらいいの…研究も、あなたもなしで、私は…私は…ここでなにをしていればいいの?

誰か、誰か教えてよ…ユリウス…早く、帰ってきて…。

 私は、明らかに自分の精神の異常を感じながら、それでも、

自分自身ではどうすることも出来ない喪失感を抱えて、ただただ、ベッドに身を委ねて泣き続けた。

553: 2013/08/13(火) 20:12:22.03 ID:VbWE6aCM0



 水音と、カチャカチャと言う食器のぶつかる音が聞こえて、私は目を覚ました。

見ると、私はいつのまにかリビングのソファーにいて、薄く開けたまぶたの向こうに居たのはユリウスだった。

キッチンで、洗い物をしている。

 「ユリウス…」

私が彼女を呼んだら気が付いたようで、私を見やって、かすかに笑った。

ユリウスは水をとめて、タオルで手を拭いて、ストン、と私の頭の方に腰を下ろした。

水で少し冷たくなった手が、私の額に触れて心地よい。

「ずいぶんと荒れたみたいだな」

「うん…」

ユリウスの、低い、優しい声が心地よくて、私は目を閉じた。

「異動の件、聞いた」

「うん」

「文句言ってきた」

「なんだって?」

「決定事項だ、の一点張り。揚げ足取る隙もない」

「そっか」

私は目を開ける。ユリウスが心配げな顔つきで、私を見下ろしていた。

 「私、何やってんだろう」

「え?」

「レオナに、金輪際会えなくなるわけじゃない。会おうと思えば、明日にだって会えるわけでしょ?」

「まぁ、そうだな」

「研究だって、同じだ。企画部にまわされたからって何もできないわけじゃない。

 その気になれば、サイコミュの研究を独自にやる方法だってある。

 サイコミュじゃなくても、他に調べてみたいことなんて、いくらでもある。

 そんなに、しょげる様なことでもないのに」

「連続で来られたんだ。仕方ないさ」

ユリウスは、なおも優しく言ってくれる。そうだ…それに何より

「あんたが、私と一緒に居てくれる」

私は、ユリウスの手を握る。

「昔と一緒で、変わらずに、一緒に居てくれる。私は、最初は、本当にそれだけで良かったはずなんだけどな。

 贅沢になったもんだよ」

私の言葉にユリウスはほほ笑んだ。彼女の手を離して、そっと顔に触れる。彼女の顔が近づいて来た。

微かに唇が触れ、ユリウスは、ためらいがちに私にキスをした。

頭に手を回そうとした次の瞬間ユリウスは、

最近開発されたと聞く、ミノフスキー充填式の素粒子砲から射出されるビーム如き勢いで私から唇を離した。


554: 2013/08/13(火) 20:12:58.69 ID:VbWE6aCM0

 あまりの勢いで、正直、ショックとかそう言うのではなく、単純に驚いた。

「…な、なによ」

「ごめん、思った以上に口がゲロ臭かった」

こ、この女…それが同じ乙女に言うべきセリフ!?

と、内心憤慨しながら、それでも一応、口と鼻を手で覆って確かめてみる。あぁ、うわ、これは、臭う…

だからユリウス、ちょっとためらったんだ。私ならその時点でクッセー!って声あげてるよ。

ごめん、ユリウス、あんたが正しい。

それに、一度はちゃんとキスしてくれたあんたを、私は誇りに思うし、惚れ直した。

「歯磨きしてくるわ」

「そうしてくれ」

 私はソファーから起き上がった。ユリウスが支えてくれる手のぬくもりが伝わってくる。

この感じが、やっぱりすごい安心するんだ。

 それから私は念入りに歯を磨いて、さらに念入りに口をマウスウォッシュでゆすいだ。

それでもまだ、どことなくあの臭いが鼻につく。体か服にも着いているのか、

それとも、鼻の粘膜の方か、ただの気のせいかわからないけど、とりあえずシャワーに入るまではキスはやめておくことにした。

 洗面所から戻ると、ユリウスが簡単な夕食の準備をしてくれていた。

私のことを考えて、なのだろう。良く煮込んだスープと、やわらかめのパンだった。

 席について、スープを口に運ぶ。ユリウスが作った味がする。美味しい。

「しかし…上は何を考えてやがるんだ?」

不意に、ユリウスが言った。このタイミングで、私を研究から外したことを、言っているらしい。

「向こうにもいろいろ都合があるんじゃないの?ほら、資金のこととか」

そんなことを言いながら私も思索を走らせる。

あの技術は、宇宙空間での遠隔操作を目的としてるだけ。危険な場所で、より効率的に作業をするためのもの…

どうしてそれが、そんなに優先的な研究対象になるっているのか?何かほかに、重要な使い道があるというのだろうか?

「ジオンの、資金…」

 ユリウスが呟いた言葉で私はハッとした。レオナの件と、同時進行なんだ、これは。

555: 2013/08/13(火) 20:13:35.34 ID:VbWE6aCM0

上層部は、感応能力と私のサイコミュを、軍事転用するつもりなんだ。感応能力とサイコミュを戦場で利用すれば…

理論的には宇宙空間で、無人の砲台そのものをコントロールして戦うことすら可能なはずだ。

敵艦隊を相手にしても一人の思念によって、全周囲からの無差別攻撃を実行できる…

人の乗る、あのモビルスーツとか言う人型の人形で近接戦闘をするまでもない…

 ジオンの資本が入っている、去年から、研究所の中で頻繁に聞かれるこの言葉。

それはすなわち、この研究所そのものが、ジオンの傘下として、軍事技術をジオンに提供しているということではなかったか。

そうだ、一年前のあの日、ユリウスの言葉に私は思ったはずだ。「あの子を、前線に送るつもりなのか」と。

どうしてそのことを突き詰めて考えなかったんだ。

ジオンは、この研究所は、感応能力を軍事転用して、あの子どもたちを戦争に投入しようとしているんだ…。

 私は、ユリウスの顔を見た。ユリウスも、私を見ていた。彼女にも当然、導き出されたはずだ。

私のと、同じ答えが…。

「軍事転用…くそ、確かにあの軍属どもが好きそうな内容じゃないか!」

ユリウスは声を押し頃して、テーブルを叩いた。

 これはもう、レオナと私達だけの問題じゃない。事は、もっと大きくなってしまっている。

感応能力とサイコミュの実用化が現実になって、戦線に投入されれば、戦力の拮抗なんてものは起こらない。

組み合わせ自体が大量破壊兵器みたいなものだ。

本当に一人の感応能力者が、艦隊規模の戦力を瞬く間に殲滅できる可能性があるんだ。

556: 2013/08/13(火) 20:14:11.88 ID:VbWE6aCM0

「止めないと…」

「どうやって!?」

私の言葉に、ユリウスがそう言ってくる。

 方法は、あるはずだ。ニュータイプを戦場で不要にする手だてが。

これは、科学の暴走だ。暴走した科学を抑えるのもまた、科学の役目。

私は、その言葉を思い出した。

 感応能力は、戦場にいる人の感覚を頼りに攻撃をしかける。

だとすれば、それに対抗しうるのは、人ではないものであるはずだ。

サイコミュを利用した兵器の火線をかいくぐって、優先的に、感応能力者を攻撃するための兵器…。

 自分でも、恐ろしいことを考え付いてしまったのは分かっている。

それは、もれなく、もしかしたらレオナに向かって行く兵器なのかも知れないからだ。

だが…このまま現状を放置すれば、ここにいる子ども達どころか、

膨大な量の感応能力を持っている可能性のある人たちが戦場へ投入されて行く。

親の気持ちも、本人たちの気持ちも、汲み取られぬまま。

そんな先に描かれる未来が、明るいわけがない。

ユリウスは言った。あの能力は、人の進化の形なのかもしれない。

進化によって切り開かれる未来が、破滅であってはいけない。

 科学は、そんなもののためにあるんじゃない。科学は、人の未来を照らす、灯台でなければいけないんだ。

 感応能力者の天敵を作り、戦場から彼らの居場所を失くせば、あるいは、

これ以上の実験や研究を中止させることが出来るかもしれない。

遠まわしにはなるが、彼らを救う手立てになるはずだ。

 そのために必要なのは…人工知能。戦場を自らの判断で駆け、感応能力者の脳波や、

今確立されつつあるミノフスキー通信技術を感知して、その発信源を優先的に停止させる機能を持った人工知能が必要だ。
 

「おい、アリス」

「ユリウス、私、やる。レオナを…あの子たちを戦場へ出させやしない!あの子たちは、私が守る!」

560: 2013/08/14(水) 22:48:26.27 ID:p5dyD009o


UC0075.12.1

 って、意気込んだはずなのに。まったく、慣れないことはするものじゃない。

二か月前に一念発起で、企画室の仕事をする傍らに人工知能の研究を始めてはみたが、

そもそも私の専門はマン・マシン・インターフェイス・デバイスの開発。

人からの指示が考慮されていない人工知能のことなんて、基礎的な理論以外に知識的蓄えはない。

結果、寝る間も惜しんで論文や理論書を読む必要があったのだが、無理がたたって、一気に体調を崩してしまった。

「だぁから無理しすぎだっつったろ」

キッチンでオートミールを作りながら、ユリウスがそう言ってくる。

「ぐぬぬぬ」

悔しいけど、ユリウスの言う通り過ぎてそんなうめき声しか出てこない。

もっとこう、慰めの言葉とか、そう言うの言ってくれても良いんじゃないの!?

「あんたにぶっ倒れられると、あたしまで研究が手につかなくなるんだからな。ホント、止めてくれよ、無茶はさぁ」

うん、よし、許す!今のは100点満点中、95点!

 ユリウス印のオートミールをおいしくいただいてから、一緒に湯船に浸かった。

ユリウスはしきりに私のことを心配して、肩をマッサージしてくれたり、

他愛もない話に付き合ってくれたりしてくれた。

ビタミン剤を飲んで、それから、飲み合わせが良くないかもしれないから、と、あまり良い顔はされなかったけど、

以前にユリウスが調達してきてくれた睡眠導入剤も胃の中に放り込んだ。

 確かにユリウスの言うとおり。私は、疲れすぎている。少しだけでもいい、ゆっくりと休む必要がある。

 私はそのまますぐにベッドに潜り込んだ。

ほどなくしてユリウスも来てくれて、私の隣に横になって、いつものようにグイッと腕を伸ばしてくる。

私は、彼女の腕を枕に、一回り大きい彼女の胸元に顔をうずめた。

「…ムラムラしない?」

「病人相手に欲情するほど、飢えてないよ」

ちょっと誘ってあげたのに、そんなことを言われてしまった。残念。

そうは言っても、私の方も、疲れと、薬が効いてきて、意識がぼんやりとしてくる。

体の力が抜けてまるで沈んでいくように、その心地よい気だるさに身を任せて、私は眠りに落ちた。



―――ママ、ちゃんと寝ないと、ダメだよ


561: 2013/08/14(水) 22:49:10.79 ID:p5dyD009o

―――ママ、ちゃんと寝ないと、ダメだよ

レオナ?

―――レオナが子守唄、歌ったげるね

レオナ、なの?

―――The journey begins, Starts from within, Things that I need to know―

レオナ…

―――The song of the bird, Echoed in words, Flying for the need to fly―

レオナ…心配かけて、ごめんね…

―――Thoughts endless in flight, Day turns to night, Questions you ask your soul―

レオナ…ありがとう…

―――Which way do I go? How…how…あれ?

レオナ、なに、どうしたの?

―――続き、忘れちゃった、えへへ

なによ、もう!続きは、こうだよ。

Which way do I go? How fast is to slow? The journey has it's time, then ends.

If a man can fly over an ocean, and no mountains can get in his way.
Will he fly on forever, searching for something to believe?

From above I can see from the heavens, Down below see the storm raging on.
And somewhere in the answer, There is a hope to carry on.

When I finally return, Things that I learn, Carry me back to home.
The thoughts that I feed, planting a seed, in time will begin to grow

The more that I try, the more that I fly,
The answer in itself, will be there.

…レオナ?

おーい、レオナ?

なに、寝ちゃったの?

もう、子守唄歌いに来て先に寝ちゃうなんて、ユリウスじゃないんだから。



歌いに、来た?

レオナが?

レオナ…レオナ…!



562: 2013/08/14(水) 22:50:23.05 ID:p5dyD009o
「レオナ!」

「うわっ!」

私は叫び声をあげて飛び上がった。ユリウスが、寝ぼけ眼で、でも、驚いたような表情で、私を見ていた。

「な、なんだよ」

「レオナが、話しかけてきた」

「はぁ?」

「レオナと、話した」

私は、今の体験を説明できずにいた。ただ、感じたことだけをユリウスに説明する。

ユリウスは、私の目をじっと見て

「なぁ、今日って何日だか、分かるか?」

と聞いてくる。なんで、そんなことを?

「え…11月30日?あ、もう日付変わったから、12月1日、か」

「なら、本当のあんたは今、どこにいる?」

「本当の私?なにそれ、私はここにいるじゃん。いつもの研究室の、私達の部屋でしょ」

私が答えたら、ユリウスは黙った。あれ、なんか変なこと言ったかな、私?

「ビョーキ、ってわけでもなさそうだ、な」

「あ、統合失調とかって思ってた?」

「ちょっと、疑った」

「ホントなんだって!」

私は枕でボフッとユリウスの頭を殴りつける。

でも、その枕は受け止められてしまって、私はそのまま、ベッドの中、ユリウスの腕の中へ引き戻された。

「悪い、医者のクセみたいなもんだ。感応能力かも知れないな、レオナの」

ユリウスはそんなことを言った。


563: 2013/08/14(水) 22:50:48.92 ID:p5dyD009o

「そんなこともできるの?あの力、って?」

「あぁ。向こうの棟の夜勤担当の連中が、そんな話をすることがある。

 そのたんびに精神鑑定やらされるから、黙ってるやつも多いけど」

「じゃぁ、今のは本当に、レオナの声?」

「どうだろうな。あんた疲れてるし、だたの夢、ってこともあるかもしれない」

「なんだ」

「…あぁ、なぁ、明日、休み取ってレオナと出かけないか?

 感応能力なら、レオナに聞くのが一番早いし、それに、あんたもたまにはレオナとゆっくり会え。

 研究に必氏なのも理解できるけど、一番大事なことを忘れんなよな」

ユリウスは、そう言ってくれた。私は、ユリウスの胸元に改めて顔をうずめる。あぁ、私、本当にこの人が好きだ。

こういう優しいところも、たまに厳しいところも、知的で、強くて、誰にも従うつもりはない気高いところとか、

あと、ほのかに香る匂いとか、そのほか、もろもろ。

「うん、ありがとう…ユリウスも一緒?」

「あたしを仲間外れにすんなよな」

「そんなつもりないよ。弁当でも作って、公園でのんびりしようか」

「うん、それがいいな」

「楽しみ」

「あぁ。だから、早く寝ろ。あたしももう、眠いんだ」

「うん。おやすみ、ユーリ」

「あぁ、おやすみ、アリス」

564: 2013/08/14(水) 22:51:27.48 ID:p5dyD009o



 翌日、私は朝食を摂ってから、ユリウスに連れられて感応能力研究棟へと向かった。

そこは、想像していたよりも明るくて清潔で、子ども向けの施設らしく、庭や遊具があったり、

棟内にもおもちゃや絵本がたくさんあった。一見すれば、良い環境だと思える。

だが、レオナを“取られた”私にとっては、そんなものも、子どもをここに無理やり適応させるための道具にしか見えなかった。

 子ども達の走り回る廊下を抜けて、ユリウスは一つの部屋のドアをノックした。

ガチャッとドアが開いて姿を見せたのは、レオナだった。

 レオナは見るからに元気そうにしていた。前に会ったのは確か、一週間も前だ。それも、チラッと私が見かけただけ。

一緒に住んでいた部屋を出て行った時から、ちょっと髪が伸びている。

でも、かわいい笑顔はこれっぽっちも変わってはいなかった。

「ママ!」

レオナは私を見るなり、全力で私に飛びついて来た。目一杯、ギュウギュウに抱きしめてやる。

「ママ、昨日は先に寝ちゃってごめんね」

レオナはさも当然のようにそんなことを言ってきた。

私はユリウスと顔を見合わせて、それからしばらくはその話について根掘り葉掘り聞いていた。

 なんでも、物心つくころには、すでに意識してあれが出来ていたらしい。

そばにいる私達には使うことはなかったけど、施設内にいる他の子と話をする、なんてこともできたようだ。

この棟に移ってきて、いろいろな実験やトレーニングを受けている中で、

徐々にそれが鮮明に使いこなせるようになってきたのだという。

昨日私に“話しかけて”来たのは、なんとなく、疲れている感じが伝わってきたからだ、と言った。

感応能力は感じるだけのものだと思っていたが、そもそもがコミュニケーション能力の側面を持っていたんだ…

受け取るだけではなく、発信もできたなんて…私のサイコミュの実験は、間違ってなかったんだ…。

 一瞬、頭の中があの実験のことで埋め尽くされそうになったので、私はいったん、考えるのをやめた。

今日は、レオナと過ごすって決めたんだ。仕事のことを考えるのは、やめよう。

565: 2013/08/14(水) 22:52:23.36 ID:p5dyD009o

「レオナ、今日は一緒にお出かけしようと思ってきたんだ」

私はレオナを体から離して、そう言った。でも、それを聞いてレオナは少し複雑な表情をする。

「うーん、そっかぁ…」

「どうしたの?」

「今日ね、友達と遊ぶ約束してたの」

レオナはモジモジとそんなことを言う。友達が、出来たんだね。それは、なんだかすごく嬉しい響きだった。

「友達って?」

ユリウスがレオナに尋ねる。

「グレミーくんと、レイラと、マリオン!」

「ふうん」

それを聞いて、ユリウスは宙に視線を走らせた。何かを考えている感じだ。

「そうだったんだ…急に来ちゃってごめんね」

「ううん、約束は今度にしてもらってくるよ!みんなとはいつでも遊べるし!」

レオナはそんな優しいことを言ってくれる。でも、気を遣わせてしまうのは、なんだ気乗りしないな。

 「おやおや、これは、エビングハウス博士」

不意に、そう声がした。振り返ったらそこには、中年の作業着を着た男が立っていた。

「あぁ、モーゼス博士」

ユリウスは男の名を呼んだ。知り合いなの?

「アリス、紹介するよ。彼は、最近赴任してきた、クルスト・モーゼス博士。

 感応能力研究室所属で、あたしとは違う班なんだけけど」

ユリウスは私に博士を紹介してくれる。私はとりあえず立ち上がって、モーゼス博士に手を差し出した。

「アリシア・パラッシュです。人間工学を専門にしています」

「ご丁寧に。クルスト・モーゼスです。

 電子工学を専門にしてるんですが、なんの因果か、ここで世話になることになりましてね」

モーゼス博士は私の手を握った。見かけは横柄な人かと思ったけど、意外と紳士だな。

「モーゼス博士、アリシアは…」

「エビングハウス博士のアレ、ですな。噂はかねがね聞いております」

「あー、まぁ、そうなんだ」

ユリウスはなぜだか照れた。違う、ユリウス、ここは胸を張るところ!

566: 2013/08/14(水) 22:53:15.24 ID:p5dyD009o

 そんなことを思ってチラッと睨み付けたユリウスは、パッと表情を明るくした。

「なぁ、モーゼス博士、マリオンはあんたのトコの班の担当だったよな?」

「えぇ、そうですが、彼女が何か?」

「いや、レオナを連れて遊びに行こうと思ってたんだけど、

 マリオンとかうちのグレミーやなんかとも遊ぶ約束をしちゃってたみたいでさ。

 もし、暇だったら、マリオン連れて一緒に来てくれないか?」

ユリウス、何か考えてると思ったら、そう言うことだったんだ!もう!素敵!

「あぁ、構いませんよ。それなら、申請を出してくるので…20分後に、棟の前で良いですかな?」

「あぁ!ありがたい、よろしく頼むよ!」

「では、さっそく行ってきましょ。後ほど!」

モーゼス博士は、そう言い残して、廊下の奥へと消えて行った。

 「みんなで行けるの!?」

話を聞いていたレオナが、ピョンと飛び跳ねて言ってくる。

「そうみたい」

「やった!」

レオナは嬉しそうに、またピョンピョンと跳ねた。うーん、かわいい!

娘ながら、いっぺんの隙もなく、かわいい!

「じゃぁ、アリス、あたしも、グレミーとレイラの外出申請出してくるから、レオナと待っててくれな」

ユリウスは、なぜか、私の頭をゴシゴシと撫でながらそう言って、モーゼス博士とは別の方の廊下の奥へと歩いて行った。


567: 2013/08/14(水) 22:54:07.24 ID:p5dyD009o


 30分後、私達は研究所を出て、道路を挟んで反対側にある公園にいた。

「いくよー!ほいっ!」

テンッ

「グレミー、お願い」

「え?うわわっ!」

テンッ

「レイラ、いったよー!」

「ええ!」

テンッ

 子ども達は、芝生の上で、持って来たバドミントンで遊んでいる。

しかし、あれだな。こうしてみると、レオナが一番かわいいな。

いや、どの子もみんなかわいいんだけど、レオナだけはとびっきりにかわいいな、うん。

「アリス、よだれ垂れてるぞ?」

「ふぇ!?」

ユリウスの言葉に驚いて、私は思わず口元をこするけど、別にそんなもの出てはいなかった。謀られた!

「もう!」

ちょっと恥ずかしくて、ユリウスの肩口をひっぱたく。カカカと、彼女はいつものとおりに、笑った。

 「子どもは、いいですなぁ」

「お?大変だ、アリス、警察に電話しろ、ペドフィリアだ」

「い、いや!そう言う意味ではなく!」

ユリウス、モーゼス博士、明らかに年上だってのに…さすが、怖いもの知らず。

 「みんな、いろんなところから連れてこられたのかなぁ…」

私は、彼らを見て、そんなことが気になった。

だって、レオナは、私が産んだからいいけど、他の子は、親元から引き取られたりしているって話を聞いたことがある。

同じ施設内にいるのに、生活する部屋が別になったっていうだけで、私はあそこまで落ち込んだんだ。

他の子の親が、もしそんなことを感じていたらと思うと、気が気ではない。

568: 2013/08/14(水) 22:55:17.57 ID:p5dyD009o

「ん、中には、な。あたしの班の担当は、みんな人工授精児なんだよ。

 グレミーは、ほら、レオナの研究の流れの第3被験体。一応、遺伝的には、レオナの異母兄弟にあたる」

「そうなの?!母親は誰なの?!」

「あー、そいつは、決まりで、言えないんだ。あの子はいろいろと政治的な問題をはらんでてだな…

 本来は、出産後すぐに、引き取られる予定だったんだが…今はここで預かってる」

ユリウスは難しそうな顔をした。政治的問題、か。確か、父親はザビ家の血筋だって話だけど…

それと問題になるような、相手、ってことだよね?

 年頃は、5歳くらいか。ここ5年で、ザビ家と反目するような政治家はいなかったはずだけど…5年前、か。

確か、ちょうどそれくらい前に、ジオン・ダイクンが亡くなったよな…いや、もう少し前だったけ?6年?7年かな?…

サビ家の政敵、って言ったらあの人くらいだったろうけど…


……


そう言えば、ジオン・ダイクンの国葬で見たファーストレディ、アストライア・ダイクンと子ども達って、

あのグレミーくん、てのと同じ、綺麗なブロンドだったよな…

あれ、もしかして、そういうこと?

いやいや、ないない。なんでわざわざそんなことをジオン・ダイクンが氏んでからする必要がある?

そんなのってザビ家にこれっぽっちもいいことないわけだし、ね…

だ、だけど、仮に、仮にだよ?もしそうなら、スキャンダル物だよね?そりゃぁ、存在を隠したくなるよな…

あれ、なんだろう、背筋が寒い。

「どした?アリス」

「いいいいいいいや、なんでもないよっ!」

ミステリーは嫌いじゃないけど、このことを詮索するのはさすがに得策じゃない。

もし、想像通りの出自だったんなら、一歩間違えれば、いつどこで“交通事故”にあったって不思議じゃないし…。

「レ、レイラちゃんも、そ、そうなんだ?」

私は必氏で話題をそらす。

「あぁ、レイラは、レオナのときのデータをもとに、純粋に遺伝子的な配列の実証するために計画されて人工授精された子なんだ」

「どこぞの政治家のエゴは関係ないってことか」

「まぁ、大きい声じゃ言えないが、そうなるかな」

 話を聞いていて、なんだか変な気分になった。感応能力者の研究に携わっているからかもしれないけど…

まるで、機械を作るみたいに、子どもを“合成”してない?私達って…?

少なくとも、グレミーやレイラは、この研究所に、家族って呼べる存在がいないってことだよね?

彼らは…いったい、自分たちが置かれている状況を、どれほど理解しているのだろう?

疑問に感じることはないのだろうか?

569: 2013/08/14(水) 22:56:09.75 ID:p5dyD009o

 「モーゼス博士、マリオンはどうだったっけ?」

「彼女は、孤児だと聞いてますな。ニュータイプスクリーニングテストで引っ掛かった子らしいです」

「ニュータイプ?」

私は聞きなれない言葉に反応して、そうたずねていた。

「あぁ、我々の仲間内では、感応能力者をそう呼んどるんです」

「ニュータイプ…新しい型の、人類、か」

「そうですな…」

モーゼス博士は、そうつぶやくように返事をした。

 「私は時々、彼らが怖いのですよ」

急に、博士はそんなことを言いだした。

 怖い?あの子たちが?

「どういうことだ、博士?」

ユリウスが先を促す。

「彼らの能力は、我々、古いタイプの人間を、いつかは消し去ってしまうのではないか、と思うと、と言いますかな」

「あぁ、まぁ、適者生存が進化の法則だからな。抗おうとすることは、無意味だ」

博士の言葉にユリウスは言った。私もそう思う。

もし、あの子たちが新しい人類なんだとすれば、古いタイプの人類がいずれ数が少なくなっていくんだろう。

それが、戦いによるものか、あるいは、吸収されるような形で、なのかは、分からないが。

「そうとも言えますな。だが…彼らの能力は、我々を殲滅するのに、余りある。

 人口の10%が入れ替われば、古い我々はたちまち淘汰の憂き目にあうでしょう」

「あたしには、あの子たちがそんなことをするとは思えないけどね」

ユリウスは言った。

「あの子たちの力は、過密状態から宇宙へと進出した人類が必要だと選択して得た力だ。身近に接していてわかる。

 あれは、人間が人間たるための能力なんだよ。

 人口過密と、資源不足、そしてこの広大な宇宙へ飛び出るって経験の中で、

 よりよく他者を理解し、共生して行くための能力だと、あたしは思ってる」

「そうでしょうな、悪い物であるとは思いません。ですが、人類の種として意思と、人間の意思とは必ずしも一致ますまい?」

博士の言いたいことは、分かる。子ども達の能力は、脅威だ。

私も想像した通り、その気になれば、あの能力を利用して無数の人間を頃すことだってできる。

だから、私達は、あの子たちを“ちゃんと”育てなきゃいけないんだ。

善悪、道徳、そう言う物をきちんと教えておかないといけない。

脅威だから、と言って迫害すれば、それこそ、敵対する者に容易に牙をむける存在になる。

それは、ニュータイプでも、古いタイプの人間でも、同じことだ。

570: 2013/08/14(水) 22:57:06.69 ID:p5dyD009o

「私も、能力があるからこそ、真摯に向き合っていくべきだと思います。

 私たちは敵対するものではないと、能力の有無にかかわらず、同じ人類として、

 一つの仲間として扱っていくべきだと思います…

 もしかしたら、ここでの研究も、本来は、するべきことではないのかもしれない…」

思わず、そんなことを口にしてしまった。だが、間違っているとは思わなかった。

彼らに、人としての尊厳がどれほどあるのか?そう問われたら、私には、答えるすべがない。

それが、すべてなんじゃないか…

「軍事転用は、やっぱ、違うよなぁ」

ユリウスは言った。この研究所にどれくらいの時期からジオンの資本が入っているのかはわからない。

レオナもまた、ザビ家の血縁であることからも、あの時期にはすでに何らかの介入があったともとれる。

だとするなら、ニュータイプに関する研究や実験そのものが、そもそも軍事転用を目的にされていたものなのかもしれなかった。

「止める方法は、今のところ、ありませんな…」

博士は肩を落として言った。いや…ないことも、ない。それが正しい方法かわからないけど…

彼らの軍事的有用性を否定すれば、あるいは…

「博士は、電子工学が専門でしたね?」

「え?ええ、研究所では、主に思考能力の情報的解析を行っていますが…それが?」

モーゼス博士は、なぜ?言わんばかりの表情で、私を見やる。

「ニュータイプの彼らには、特殊な脳波を発します。

 たとえば、それを頼りに、彼らを殲滅するような人工知能の開発は可能だと思いますか?」

「彼らを頃す兵器を作る、と言うので?」

「いいえ、実際に運用されなくても構わない。いいえ、されない方が良い。

 ですが、開発することで、彼らの軍事的優位性を切り崩せれば、軍事転用は白紙になるかもしれない…」

「ふむ、つまり、普段は人間が操縦しつつ、例えば軍事転用されたニュータイプを感知出来次第、

 人工知能の起動を持ってあの能力に影響を受けずに戦闘を行う兵器、その開発、ということになりますか…」

「ええ」

博士は、じっと考え込んだ。どれくらい経ったか、彼は、何か強い思いのこもった目で言った。

「可能かも知れませんね…」

571: 2013/08/14(水) 22:57:50.40 ID:p5dyD009o





 0079.2.1

 今日もまた、朝から戦況報告のラジオが鳴っている。

私は、圧し掛かる絶望感を振り払って、ベッドから体を起こした。ユリウスが隣で寝苦しそうな表情でいる。

ラジオを切って、代わりに音楽プレーヤーの電源を入れた。

聞き古されたクラシックの旋律が響き、いっときの静寂が心の中に訪れる。

 先月の三日、ジオン公国が、独立宣言とともに地球連邦政府に対して宣戦布告を行った。

事前に計画されていたのだろう、それとほぼ同時にサイド3へ近いサイドへの一斉攻撃が始まった。

 公国軍はミノフスキー粒子の散布を行い、それによって半ば無力化された連邦兵力に対して、

モビルスーツ、ザクでの近接戦闘攻撃を行った。結果は、予測通りだった。

 瞬く間に戦線は拡大し、連邦軍の駐留しているコロニーは、次々と破壊されていった。

挙句には、コロニーの一つを地球に向けて落下させる暴挙まで働いたらしい。馬鹿としか思えなかった。

そんなことをしていったい、何になるというんだ。

 戦端が切り開かれるのとほぼ同時に、サイド6は中立宣言を行い、両国はこれを合意した。

ここにジオン贔屓の研究所があることを考えれば、この中立宣言も、どこか胡散臭く感じてしまう。

ここには、すでに、モビルスーツも、モビルアーマーと呼ばれる次世代兵器の試験プランまで舞い込んできているというのに。

 私とモーゼス博士の実験は、間に合わなかった。

いや、正確に言えば、まだこの研究所から実戦に送られた子ども達がいない分、時間はあるともとれるが、

それもおそらく、ほんの僅かだ。

 EXAMシステム、と名付けられた人工知能は、完成を見せた。レオナの友達、マリオンの犠牲を以って…。

今は、それを搭載する機体の選定に入っているが、理論上、今のザクではフレームや間接の強度が足りない。

システムの出力を落とすかでもしない限りは、とてもじゃないが実用は出来なかった。

572: 2013/08/14(水) 22:58:42.70 ID:p5dyD009o

「…朝、か」

ユリウスが目を覚ました。私は、彼女の髪を撫でつける。ユリウスもまた、落ち込んでいた。

 開戦の直前、この研究所には、耳をふさぎたくなるような実験計画がたびたび持ち込まれた。

クローン、薬物や精神手術による能力強化、人体実験、エトセトラ。

 もちろん、それを行うよう指示されるのは、担当のユリウス達。彼女は、猛烈にそれに反対した。

だが、上層部は、彼女を切り捨てなかった。切り捨てるには、ユリウスは知りすぎていた。

彼女はそれを察知していた。だからこその反対ではあったのだが、行き過ぎは命に関わった。

ユリウスもそのギリギリのラインで必氏に戦った。その結果、レオナを、試験対象から外すことに成功した。

でも、その代償として研究企画室への異動とともに、一つの計画の片棒を担がされた。

 古い神話の、神々から力を得た、狼の姿をした戦士たちの名を取った、ウルフヘズナル計画。

計画の名称自体が、異常だ。暗に、自分たちが神だと言わんばかりじゃないか。

 計画の内容は、簡単。遺伝子操作によって、肉体やニュータイプ能力の強化を施したクローンの作成。

しかも、依りによって、オリジナルとなるのは、レオナだ。

上層部としたら、レオナを放棄する条件として、代わりになる物を手に入れようとしたのだろう。

レオナに直接手を下そうとすれば、私やユリウスが黙っていないのはあいつらも分かっているはずだから。

 ユリウスは、悩んだ末に、その指示を受け入れた。レオナからips細胞を取り出して、その中の遺伝情報を操作した。

細胞は空になった卵子に入れられ、代理母の子宮へ着床された。

 レオナは、ちゃんと、私達の部屋に戻ってきた。

嬉しかったけど、だけど、心のどこかには手放しで喜べない自分がいた。

サイコミュの着想と開発、ユリウスの研究やクローン胚作製の作業。

私たちは、今まで、何をしてきたのだろう?実質、ここでの研究は、ただ単に、戦争の準備をしていただけじゃないか。

その事実が、私達に重くのしかかっていた。そして、開戦してしまった今、それを挽回することなど、不可能に近い。


 私はただ、宇宙空間での作業を安全に行えるようにしたかっただけなのに…

ユリウスは、人類の進化を見ていたかっただけなのに…

私たちは、そのことばかりに集中していて、もっと肝心な、もっと巨大なものをみることができなかったんだ。

 カチャッと静かな音がして、ドアが開いた。

「ママ、ユーリ、おはよう」

レオナが、笑顔で部屋にやってきた。

「おはよう、レオナ」

私も笑顔を返して、両腕を広げて、レオナを迎え入れる。レオナはピョンと、私の腕の中に飛び込んできた。

そのまま、ベッドに倒れ込む。ユリウスも、レオナを私ごと抱きしめてくる。

573: 2013/08/14(水) 22:59:30.12 ID:p5dyD009o

 この時間も、そう長くは続かないだろう。ニュータイプの実戦投入の準備が整いつつある。

時が来れば、レオナも、私達を頃してだって、連れ出される。反抗すれば、強化手術と言う手法もある。

チェックメイトまで、あと数手、だ。私たちにはもうほとんど、打つ手はない。

「ママ、ユーリ」

レオナが静かに口を開いた。

「ん、どした?」

ユリウスが、レオナにそうたずねる。

「…私、怖い…」

レオナは震える声で、そう言った。

「人の声が、たくさん聞こえる。苦しい、怖い、ってそう言ってる…」

腕の中のレオナは、かすかに震えていた。

 ニュータイプ能力で感じるんだ。戦氏者の声を、苦しみを…。

 私は、レオナにまわした腕に力を込めた。

「大丈夫だよ、レオナ。私とユーリがついてる。怖がらなくっていい」

「そうだな。いざとなったら、三人で逃げ出しちまえばいいさ」

ユリウスも、そう言ってくれた。逃げ出すことすら、簡単ではない。当然、私達は見張られているだろうから。

 そう、だから、もしものときは…レオナ、あなただけでも、生きていれば、それで…。


それで、いい。


574: 2013/08/14(水) 23:00:35.35 ID:p5dyD009o


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クルスト=モーゼス博士 脱走、亡命に関する報告書 概要


 UC0079.9.22に発生した脱走事件について、脱走に際して、以下の資料が持ち出された形跡が発見された。
・モーゼス博士の独自研究による人工知能に関する研究資料
・NT-001(レイラ・レイモンド)に対する強化手術式に関する資料


また、以下の被験体の持ち出しも確認された。
・EXAMシステム被験体、マリオン=ウェルチ
・遠隔感応遺伝子検討実験、実験体、レオニーダ=パラッシュ


なお、脱走に絡む武装禁止区域外での戦闘で、貨物シャトル一機の撃墜を確認。
搭乗していたとみられる、以下のスタッフについては行方不明。
・エトムント=バシュ博士
・アリシア=パラッシュ博士
・シェスティン=フランソン研究員
・パオラ=ヒノモト研究員
・サブリナ=ジェルミ飛行士


加えて、脱走にあたり、所属不明のジオンMS部隊と当研究所の試験機が交戦した。
現在、軍部に確認して当該部隊の割り出しを依頼している。
撃墜に成功したMS部隊機2機の残骸はすべて当該部隊により回収されている。

交戦した当研究所のエルメス1号機は被弾、大破のため、回収後、処分。テストパイロットは氏亡。
公式記録には、ビットの暴走による自爆と表記。
戦闘データのバックアップは回収し、現在組み立て段階の2号機への調整対応で反映する予定。


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575: 2013/08/14(水) 23:02:26.63 ID:p5dyD009o




 それらしい資料を見てからのレオナは大変だった。頭を抱えて苦しむわ、泣いたり笑ったり錯乱するわの大騒ぎ。

あまりの騒ぎに起きてきたマリがレオナを見たときの怯えた表情もかなり壮絶だった。

なんとかレオナを落ち着けた頃にはあたし達は再びサイド3の港に到着して、シャトルをケージに係留し終えていた。

「大丈夫?」

あたしは、ギャレーで淹れた紅茶にハチミツをいっぱい入れてレオナに差し出す。

レオナは黙ってうなずきながら、それを口に運んでため息をついた。

それから、沈んだ声色で一言

「私、記憶操作、されてたんだね…」

と、呟いた。

違和感は感じていた。

レオナは昔の話をたくさんしてくれてきたけど、

そのどれもが断片的で深く聞こうと思えば思うほどうやむやな言葉ばかりが出て来ていた。

レイチェルのことも、両親のことも。本当に確かだったのは、マリ達のことだけだった。

あるいは、それが記憶を操作される直前の、一番新しい鮮明なものだったからなのかもしれない。

 人為的に隠されていた記憶が噴出したときのショックを考えれば、あんなに取り乱したって仕方ない。

 それにしても…あたしは、これまで目を通してきた記録を思い出す。

レオナは、間違いなく、そのアリシア・パラッシュという研究者に愛されていたんだ。

それこそ、アヤさんがレナさんやレベッカを守ろうとしたように、アリシア博士は、命をかけて、レオナを守って、

地球圏に送り出した。同僚の亡命を手助けして…。彼女に、どんな覚悟があったんだろう。

 自分の立場や、命や、仲間や、そういう大事なものを振り捨ててまでレオナを助けようとした彼女は、

まるで、あたしやアヤさん達がしてきたことと一緒だ。でも、彼女はあたし達とはちょっと違う。

たった一人で、誰の支援もない中で戦い抜いたんだ。

アヤさんやレナさんのために、あたしは自分の命を掛けられるかな…

そりゃぁ、いざとなったらやるかもしれないけど…でも、絶対にそれ以外の道を必氏で探すだろうな。

それは、良い言い方をすれば諦めないってことだけど、素直な気持ちをいえば、恐いからだ。

出来ればそんなシチュエーションには遭遇したくない。

576: 2013/08/14(水) 23:03:50.11 ID:p5dyD009o

 アリシア博士は、亡命したかっただろうな。生きて、レオナと一緒に地球へたどり着きたかっただろう。

 もしかしたら、レオナに施された記憶操作は、クルスト・モーゼスという博士の親切心からだったのかもしれない。

その出来事を聞かされたか、聞かされる前だったか分からないけれど、

レオナの心を守るために、家族の記憶を封印してくれたのかもしれない。

今のレオナのように、それを受け入れる準備が整うまで…。

 レオナは紅茶をグッと飲み干して、あたしの目の前に突き出してきた。お代わりを要求しているようだ。

あたしは、とりあえずポットでもう一杯紅茶を入れてあげる。

それに口をつけたレオナは、ふと、視線をあたしの背後に走らせた。

 振り返るとそこには、マリが居た。マリは、オドオドしながら、扉の影からこちらをのぞくようにして見つめている。

 「マリ、ごめんね。もう大丈夫」

レオナは笑っていった。その表情にあまり力はなかったけど。

 それを聞いたマリが、やっぱりオドオドしながら、あたし達の方に歩いてきた。

レオナの腰掛けていたソファーの隣に座って、戸惑いながら、レオナの手を握った。

「姉さん、悲しかったの?」

マリがそう尋ねる。そう、あのときのレオナから漏れていた感情は、悲しみに似ていた。

でも、ただの悲しみだけじゃなくてもっと複雑で激しい感じだったけど。

 「うん」

レオナは静かにそう返事をして、やんわりとマリを抱きしめた。

マリは抵抗することなく、力を抜いてレオナに身を任せる。レオナは、マリに回した腕に力をこめた。

「マリ…私達のお母さんは、立派な人だったよ…実験のためだけに、私を産んだんじゃなかった。

 私を愛して、守ってくれた。私は…やっぱり、道具なんかじゃ、なかったんだ…」

レオナはそういいながら涙をこぼした。それからクスっと笑って

「マリは、お母さんを知らなかったんだったね。ごめん、分からないことを言って」

とマリを開放する。でも、マリはレオナの手をとったまま、まっすぐにレオナを見据えて言った。

「分かるよ。姉さんは今、悲しいけれど、寂しくはない。そうでしょ?」

マリは穏やかな笑顔で笑った。でも、それからシュンと不安げな表情になる。

「わたし達は、道具として生まれて来たのかもしれない。だから、いつも寂しいんだろうなって思う…

 姉さん、わたしも、姉さんと一緒にいたら、そうじゃなくなれる日が来るかなぁ?」

マリの瞳は、涙に震えていた。レオナはまた、ギュッとマリを抱きしめた。

「うん。約束するよ」

レオナも、震える声でマリにそう伝えた。

 あぁ、ダメだ、あたし。じっとしてらんないよ…こんなの!

 そう思った次の瞬間には、あたしは、二人に飛びついて力いっぱい抱きしめていた。

「レオナも、マリもあたしが守る!守ったげるから…大丈夫…大丈夫だよ!心配なんてしなくていい!

 だから、だから…もう、泣かないで…!」

そんなことを叫んでいたあたしが、レオナよりもマリよりもひどい顔をして泣いていたらしいけど、

まぁ、そんなことは気にしない。

レオナたちが笑顔になってくれれば、あたしだってすぐに負けないくらいの明るい顔で笑ってやれるんだから!


580: 2013/08/15(木) 22:08:20.34 ID:oUgkPfPRo


 「あぁ、いっぱい泣いちゃったなぁ」

レオナは、アイスクリームを頬張りながらまるで他人事のようにそうつぶやいた。

 ルーカスは、シャトルの整備を済ませて、キャビンで寝こけているはずだ。

マリももうずいぶん前に、寝室でレオナに添い寝されて再び眠りに落ちた。

一緒に寝るものだと思っていたのに、レオナはしばらくしてラウンジに戻ってきた。

あたしは、資料をさらにくまなくチェックしている最中だった。

 ギャレーから持ち出したアイスクリームを自分の分だけお皿によそってひたすら食べ続けながら

レオナはポツリポツリと、昔の話を始めた。たぶん、話したい気分なんだろう。

 アリシア博士と、一緒に住んでいたエビングハウス博士の話、一緒に公園でピクニックをした話、

自由研究を言いつけられた話、住むところが変わって、動揺したアリシア博士をなだめた話…

どれもこれも、暖かな思い出の様で、聞いているあたしも、なんだか和んだ。

すこし悲しかったけど、でも、それを話すレオナの表情は明るくて、満ち足りた穏やかなものだった。

 ふと、話しながら、彼女が首から下げていたチョーカーをいじっているのに気が付いた。

あれって、レベッカの写真を入れてた記憶媒体、だよね?でも、待って。

今の話だと、確か、アリシア博士にもらったチョーカーってのも、それ、だ、よね?

 え?あれ…?ちょ、ちょっと、待ってよ…?

 

581: 2013/08/15(木) 22:08:54.04 ID:oUgkPfPRo

 「ね、ねぇ、レオナ」

あたしは、何かを感じて、聞かずにはいられなかった。

「ん、なに?」

「そのチョーカー、アリシア博士にもらったもの、なんだよね?」

「あぁ、うん、そうだよ。ママがくれたの」

レオナはニコッと笑ってそう答える。

 ってことは、アリシア博士は、レオナに、記憶媒体だって分かっててそれを渡したってことだよね…

…まさか、ね…でも、ありえない話じゃない…よね…?

「レ、レオナ、ちょっとそれ、貸してくれないかな?

 ほら、レベッカの写真見せてくれた時みたいに、パキッて外して…」

「え?良いけど…」

レオナは、なんの疑問も持たずに、首につけていたチョーカーのヘッドをパキッとひねって、あたしに手渡してくれた。

「これの中身、見るけど、良い?」

「えぇ?うん、写真くらいしか入ってないけど…どうして?」

レオナはスプーンを咥えたまま、首をかしげてそんなことを言った。

レオナ、そんなカワイイポーズであたしを誘惑してる場合じゃないかもしれないよ!

 あたしは、チョーカーのヘッドをコンピュータに差し込んで、中身を確認した。

そこには写真のデータが分けられて入っている。一見して、何も変なところは見当たらないけど…

…でも、この表示じゃ、分からない。

 あたしはキーボード叩いて、一度画面を閉じ、それから、ロジック表示に切り替える。

データの階層構造が、画面に文字列で表示された。その文面に注意深く目を走らせる。

「なに、どうしたの、マライア?」

レオナは、アイスクリームを乗せたスプーンをあたしの目の前に差し出しながらそんなことを聞いてくる。

 そのスプーンに食らいついて、冷たいアイスクリームを味わっていたら、見つけた。

やっぱり、あった…!

背中に、ゾクゾクとした何かが走った。

 

582: 2013/08/15(木) 22:09:35.13 ID:oUgkPfPRo

 これは…ずいぶん高度に暗号化されているけど、明らかに、何かのデータだ。巧妙に隠蔽されている。

おそらく、独自のOSを使って作ったデータを暗号化したうえで、記憶媒体の基本システムの合間に入れ込んだんだ。

16進法…いや、違う。これは…32進法のロジックをテキストデータにしてからさらに16進法で変換しているの…?

そんなに大きいデータってわけじゃなさそうだけど…

 あたしは、ロジックの内容を一度、テキストソフトにコピーして、丁寧にそれを分解して計算しなおす。

16進法は、解けた。やっぱり、このロジックは32進法…これをもう一度計算し直して…

 出てきたのは、見たことのない、不可解な文字列…これは、見たことのない暗号コードだ。

やっぱり、このデータを作ったOSじゃないと、解き様がないのかな…

 「なに、これ?」

レオナが画面を見てあたしに聞いて来た。

「レオナのチョーカーに隠れてたデータ。

 ママがこれをくれたのなら、何かが隠してあるんじゃないかと思って探してみて、

 それっぽいのはあったんだけど、あたしじゃぁ、暗号がわかんないんだ」

どうしよう?ダリルさんにデータを送って解析してもらう?でも、もしかしたら、かなりヤバイ内容かもしれないし…

巻き込むのは、ダメだよね。だとすると、暗号の傾向から基本OSを再現する必要があるかもしれないな…

時間もかかるだろうし、そもそも、そんなことはさすがにうまくいく気がしない。

いくらあたしが、ダリルさんやアヤさんに情報技術について叩き込まれていたとしても、

相手は比べものにならないくらいのレベルの技術者。そんな人の考えた暗号が、果たしてあたしに解けるんだろうか?

「んー、これってさ、言葉遊びみたいなものじゃない?」

「へ?」

難しい顔をしながら画面を見ていたレオナが、そんなことを言いだした。

「こ、言葉遊び?」

「うん、そう。こういうの、良く、ユーリとやったんだよね…例えばさ」

レオナはそう言いながら、スプーンの先っちょでモニタを差して

「この記号、なんていうのかな、ほら、数字が割り当てられるじゃない?」

記号に、数字…?それって、テキストデータの文字コードのこと?いや…もしかして…!

「だとしたら、これは2302番だよ」

「それをさ、アルファベットに置き換えるんだよ。それで意味が通らなかったら、逆順かもしれないけど」

レオナは、スプーンをフリフリしながら解説してくれる。

全部の文字と記号を、テキストコード化して、それをアルファベットに置き換える。

…暗号と言えば暗号だけど、ひどくアナログだ。デジタルばかりやってる暗号解読では決して解けない方法…。

でも、それでこそ、このデータを残した意味が量れる。これは、レオナに解けるように作られた暗号なんだ…

 あたしは大急ぎで文字列をコードに置き換える。

レオナはそんなあたしの作業を見守りながら、ときどきアイスクリームを乗っけたスプーンを口元に押し付けてきた。

いや、レオナ、こういう時に甘いのは大事だけど、今はそんなにいらないから!

583: 2013/08/15(木) 22:10:37.12 ID:oUgkPfPRo

 全部の数字が出そろった。前からアルファベットに置き換えてみるか…ダメだ、意味通らない。

「逆順だね」

レオナが言った。あたしは、数字の列を逆からアルファベットに置き換えていく。

「ア…ス…テロイ…ド…ベ…ル…ト…へ…タ…ツ………ユー、リ…」

あたしと、レオナは声をそろえて、そう読み上げた。


 アステロイドベルトへ、発つ…!


エビングハウス博士が、そう残したの…?そうか、このデータを残したのは、チョーカーを渡した日じゃないんだ。

レオナの話では、一度3人の暮らしに戻れた時期があったらしい。

きっとそのとき、亡命の計画を立てた時点で、こっそり仕掛けた…

確かに彼女が亡くなったって情報は出て来てない。

そもそも、レオナやアリシア博士が研究所を脱走した時点で、エビングハウス博士にも疑いの目が行くのが自然だ。

だけど、訴追した形跡も、殺害した記録も残っていない…

そうだ、レオナ達の脱走騒ぎを支援した後か、あるいは同時に、それを隠れ蓑にして、研究所から抜け出したんだ…!

混乱に乗じるのは隊長の良く使う手…その成功率は、身を以って体験済み。これって、もしかして…もしかして!

「もしかして、ユーリが生きてる、かも…?」

レオナがポツリと口にした。

「そうだよ、レオナ!エビングハウス博士は、あなた達が亡命するのと同じタイミングで

 無事にあのコロニーを脱出出来ていたのかもしれない!」

あたしは、興奮してレオナの方を振り返った。レオナは、目に涙をいっぱい溜めていた。

「マライア…アステロイドベルトって…遠いの?」

遠いけど、このシャトルでもいけない距離じゃない…でも、、気がかりなのは、そこじゃない。

その当時にアステロイドベルトに逃亡したってことは、アクシズへ逃亡したというのと同じ意味だ。

でも、アクシズは先の戦闘以降は、連邦の手に落ちたと聞いている。

そこに居たとしたら、逮捕されているか…それとも難民収容コロニーに送られているか…

いや、それは連邦のデータベースに侵入すればわかることだ。

とにかく今は、アステロイドベルトじゃなく、この地球圏にいる可能性が高い。

「アステロイドベルトっていうのは、アクシズのことだよ、レオナ。

 今回の戦争に巻き込まれているかもしれないけど…博士はきっと生きてる。

 こんなメッセージを残すくらいだもん。諦めて氏んじゃうような人じゃないはずだよ。

 今も、きっとどこかで生きていて、あなたを待ってる…」

あたしはレオナにそう言った。レオナは、全身を震わせながら、なんども、なんどもうなずいた。




584: 2013/08/15(木) 22:11:11.24 ID:oUgkPfPRo




 翌朝、あたしはPDAでジュドーくんに電話を掛けた。

サイド3へ戻る約束をしていたのは明日だから、まだジュドーくんはここにプルツーと一緒に居てくれているはずだ。


 数回コールが鳴って、電話に出た。

「マライアさん?」

ジュドーくんだ。

「あぁ、ジュドーくん?ただいま!」

「早かったんですね。明日って話じゃなかったですっけ?」

あたしが挨拶をしたら、彼はそんなふうに言って、こっちのことを気遣ってくれるようなことを言ってくれた。

優しい子だなぁ。

「うん、そうだったんだけど、意外に首尾よく運んだってのもあってね」

「そうだったんですね。それで、欲しかった情報ってのは、手に入ったんですか?」

「うん。そのことで、ちょっと話があるんだ。良かったら、会えないかな、プルツーと一緒に」

あたしは、ジュドーくんにそう頼んだ。

これからあたし達は、情報を集めて、ネオジオン残党の居場所を突き止めて、そこへ乗り込むつもりだ。

こればっかりは、さすがに、危険を伴う。

プルツーにも説明しなきゃいけないし、氏ぬようなことはしないけど、でも、もうここへ戻ってこれなくなるかもしれない。

すこし、苦しいけど、プルツーに、選んでもらわなきゃ、いけない。

「あぁ、ちょうどよかったです。俺からも、話があって…。ホテルの一階のカフェにいます。待ってますね」

ジュドーくんから、話?なんだろう、ジュドーくんも忙しくなるのかな?

それとも、プルツーに関して、思うところでもあるんだろうか?

まだ14歳だっていうけど、でも、彼になら彼女を任せても、心配はないけど…でも、うん、とにかく、会って話をしよう。

いろいろ考えるのは、そのあとでも良い。

「わかった。これから行くから、すこし待っててね」

あたしはそう伝えて電話を切った。

「ジュドーなんだって?」

マリが電話を切ったあたしに、聞いてくる。。

「うん、カフェで待っててくれるって」

あたしが言うと、マリはピョンと飛び跳ねて

「カフェ!?やった、ご飯!」

と喜んだ。うーん、マリ、今日ばっかりは、楽しい気分で食事させてあげられるって保証はできないよ。

プルがどんな反応するか、ちょっとまだ読めないんだ。

 そんなマリに苦笑いを返したあたしのところへレオナがやってきて

「あんまりはしゃいじゃダメだからね。他のお客さんに、迷惑になっちゃうから」

とマリをたしなめた。うん、まぁ、テンションあがっているところから一気に下まで落ちるより、

そこそこのところから落ちた方がショックは小さくて済むしね…

マリのことは、とりあえずテンションを上げさせないように気を付ければ大丈夫か。

 そう思い直して、レオナを見やる。彼女はあたしの目を見て、ニコッと笑った。

 

585: 2013/08/15(木) 22:11:57.17 ID:oUgkPfPRo

 それからあたし達は、そろって港を出て、タクシーでホテルへと向かった。

カフェに入ると、一番奥の席に、ジュドーとプルツーが座っているのが見えた。

「ジュドー、お待たせ」

あたしが声を掛けると、ジュドーがこっちを向いて、無言で手を振ってきた。

 席について、とりあえず、飲み物だけを注文した。

話がある、ってのは分かっていたので、マリは素直に、オレンジジュースを頼んで大人しくしている。

 ふぅ、さて、話をしなきゃな…チラッとレオナを見やったら、彼女もすこし神妙な面持ちでコクッと頷いた。

今日、説明するのはあたしの仕事だ。レオナが出て行くことを言ってしまうと、プルツーの動揺を大きくしてしまいかねない。

できる限り中立のあたしがしないと…。

 「サイド5で、情報を手に入れて来たよ」

あたしは、口火を切った。ジュドーとプルツーは黙ってあたしを見つめてくる。

「そこで、レオナの過去を調べた。いろんなことが分かった…

 レオナがどうして生まれたのか、とか、どんな生活をしていたのか、とか、

 お母さんが氏んじゃったってことも、全部わかった…」

「姉さん…」

プルツーが、そう不安そうに声を上げた。レオナのことを心配しているんだろう。それを聞いたレオナは、

「ん、大丈夫だよ」

と明るくプルツーに言っている。

 「…でも、レオナのお母さんと一緒にレオナを育ててくれた、もう一人の女性が、まだ生きてるかもしれないんだ」

「もう一人の女性?」

ジュドーが聞き返してくる。うーん、二人の関係って、うまく説明しづらいよな…。

いくらしっかりしているからって、14歳にそう言う、オトナの難しい状況をうまく飲み込んでもらえるかどうか…

しかたない、当たり障りない程度にしておこうか…

「説明が難しいんだけど…育ての親、みたいな人、かな」

あたしがそう言ったら、ジュドーは納得したようで「ああ」と声に出しながらうなずいた。

「その人は、たぶん、9年前の戦争のあと、アクシズに逃れている。

 今回の紛争でどうなったかって足取りはつかめてないんだ。

 でも、あたし達はレオナとその人を会わせてあげたいって思ってる。

 だから、今度はサイド3を拠点にするんじゃなくて、宇宙をあちこち彷徨うことになると思う」

あたしは、コクッと息を飲んだ。あぁ、これ言うの、イヤだな…。

「だから、プルツー。あたし達は、近いうちにサイド3を出る。だから、あなたに選んでもらわなきゃいけない…」

あたしはプルツーの顔を見た。思ったほどの動揺はない。むしろ、キュッと真剣な顔をしてあたしを見つめ返してきている。
 

586: 2013/08/15(木) 22:12:25.19 ID:oUgkPfPRo

 「そのことなんだけど」

プルツーの反応を見ていたら、隣に座っていたジュドーが口を開いた。

「実は…俺、木星探査船への乗船を志願したんだ」

「え…?」

木星探査…?あの、ジュピトリスへ…?それって…つまり、どういうこと?

「プルツーとも良く話した。相談して、プルツーはマライアさん達にお願いしたいと思ってる」

ジュドーは言った。

 良いの…?本当に、それで、良いの?あたしは、そんな思いがいっぱいになって、今度はプルツーの方を見る。

彼女は表情を変えないまま、話し始めた。

「ジュドーとは、ちゃんと話をした。わたし、マライアちゃん達と一緒に行くことにするよ。

 ジュドーは…家族を亡くしたんだ。たった一人の妹だった。

 だから、家族がどれだけ大事か、って話してくれた。一緒に居たくても、それができない人もいるんだって。

 わたしには、そうなってほしくないんだって。わたし、ジュドーと離れるのは、寂しいよ。

 でも、ジュドーが言ってることも、分かるんだ。だから、わたしは姉さんたちと一緒にいようって思う。

  木星に行っても、3年したら帰ってきてくれるって約束もした。それなら、わたし、待っていられる。

 だから、今は、姉さんたちと一緒にいようと思うんだ」

ジュドーくんは、妹を亡くしてたの…?そんな話、これっぽっちもしなかったじゃない…。

もしかして、ジュドーにとって、プルツーは妹みたいな存在だったのかな…?

もし、もしだよ?本当にそうだったとしたら、あたし、すごくひどいことをしているんじゃない…?

 そんな思いで、あたしはジュドーくんを見た。ジュドーくんは、笑った。それから

「任務が終わったら、すぐに会いに行きます。だから、プルツーを、頼みます」

と、あたしとレオナをまっすぐに見つめて言ってきた。

 そんな目をされたら…飲むしか、ないじゃない…。

「プルツーは、それでいいのね?」

レオナが、穏やかな口調で、プルツーに聞いた。

 プルツーは、黙って、口をへの字にしてうなずいた。

 辛くない、なんて言ったら、ウソだろうな…。絶対に寂しいし、悲しいだろう…

でも、もしかしたら、逆にジュドーくんに着いて行くことにしていたって、彼女は同じ顔をするかもしれない。

そもそも、そう言うことを迫っていたんだ、あたしは。どうにか、うまい案があればよかったけど…

でも、残念ながら、どうしようもない。

 うん…そうだよね。どっちを選んだって、辛いんだ。

でも、あたし達を選んでくれたんだったら、あたし達が責任を持たないとね。

プルツーに後悔させないように、レオナと一緒で、良かったって、思ってもらえるように。

 「わかったよ、プルツー。じゃぁ、あたし達と一緒に、行こう」

あたしは、自分にできる、最大限の笑顔を作って、プルツーにそう言ってあげた。

それを聞いて彼女は、今日初めての笑顔で応えながら

「うん!」

と返事をしてくれた。
 

587: 2013/08/15(木) 22:12:55.08 ID:oUgkPfPRo

 その二日後、あたし達は、港でジュドーとお別れをすることになった。

 プルツーは最後まで泣かなかった。泣くのをずっと我慢していたけど、それでも、泣かずに、

出来るだけ笑顔でいた。それはやせ我慢なんかじゃないってのは、なんとなく伝わってきていた。

プルツーは、ジュドーくんといるのが、本当に楽しかったんだな…

だから、たぶん、最後まで彼と笑って過ごしていたかったんだろう。

 シャトルに乗り込んで、ケージがシールされて、宇宙へ続くハッチが開く。

窓の外のジュドーくんが、どんどん視界から遠ざかって行って、ついには見えなくなった。

 そのとたん、プルツーは大声を上げて泣き出した。まぁ、そうなるよね…良く頑張ったね、プルツー。

あたしは、彼女の頭をなでてやる。と、フワリとあたし達の前に、マリが浮いて来た。

マリは、プルツーの後ろからそっと彼女の肩に両手を置いた。それからそのままマリは、後ろからプルツーを抱きしめる。

 マリは、何も言わなかった。プルツーも何も言わなかった、大声で泣いてはいたけど。

もうしかしたら、「アレ」で語りかけてるのかな…

あたしは、二人に感応しようと思って、感覚を研ぎ澄ませ始めたところで、思いとどまった。

二人の関係に、あたしが入り込むなんて、無粋かもしれない、なんてことを思ったからだ。

せっかく、マリがプルツーを慰めようとしてるのに、水を差したくなんてない。

マリだって、いろんなことを考えてるんだ。

彼女なりに、姉で、自分自身でもあるプルツーを助けたいって思ってるんだろう。

手を貸してあげるのは簡単だけど、それって、違うよね。

 レオナも言ってたし、隊長も言ってくれたし、あたしもそう思う。

自分に何ができるのかって、それを考えることが大事なんだ。それがきっと、この子達を大人にしてくれる。

お手本になれるかどうかわかんないけど、あたしやレオナが、すこしだけそうなれたみたいに、ね。

 あたしは、マリの肩を叩いた。マリが顔を上げてあたしを見る。

「プルツーを、お願いしても良い?」

あたしが聞いたら、マリは穏やかな笑顔を見せて、小さくうなずいた。

 あたしは、プルツーをマリに託して、レオナの手を引いて操縦室へと向かった。のんびりもしていられない。

すぐに、カラバにエゥーゴに連邦のデータベースへアクセスして、情報を漁らなきゃいけない。

エビングハウス博士が今、どんな状態にいるかわからないんだ。

 場合によっては、人呼んでカラバの隠し兵器、ティターンズのお喋り悪魔、連邦の泣き虫エースのこの

マライア・アトウッドが、邪魔するやつを根こそぎぶっ飛ばしてやる!

ジオンだろうが、アクシズだろうが、連邦だろうが、たとえエゥーゴやカラバだって、

一緒に居たいって家族を邪魔するんなら、あたしは絶対に許さないんだからね!




 

602: 2013/08/30(金) 01:15:55.17 ID:woWQEVjWo

 ガタガタと風雨を防ぐための雨戸が音を立てている。びゅうびゅうという風の音と、激しい雨音も聞こえてきている。


私はホールにいた。アヤは、ロビンとレベッカを寝かしつけながら一緒に眠ってしまった。

昼間、ハリケーン対策で走り回っていたから、疲れていたのだろう。

アヤは、こういう嵐をあまり好きにはなれないみたいで、

ハリケーンが来るたびに憂鬱そうな顔をしてあれこれとせわしなく動き回るんだけど、私は、あまり嫌いではなかった。

もちろん、天災だから注意はするし、備えもする。

だけど、こんなのは気象を管理されているコロニーでは起こらない現象だ。

たとえどんなにひどいハリケーンでも、それは、私達が身を寄せ合って、

この青い地球に住んでいるから、体験できることなんだ。

それに、嵐は嵐で、青い空と海と同じように、それなりの風情があって、良い。

たとえば、ホールに響いている雨戸のがたつく音と、雨風の隙すさぶ音がそうだ。

 ホールの電気は消して、小さな電池式のランタンと灯しながら、私はボーっと、ホールのソファーに腰掛けていた。

マライアのことを考えながら。

彼女たちが出かけて、もう一か月以上になる。

毎晩、ってわけでもないけど、2日に一度はメッセージを送ってきて、無事で、元気でいるのは分かっている。

戦争も終わったみたいだし、それほど心配をしているわけでもなかった。アヤもアヤで、

「あいつは、やると言ったら、やるやつだ。アタシよりもガンコなやつだからな」

なんて言って、笑っていた。ガンコ、っていうより、忠実なんだと思う、自分自身の気持ちに。

なんて、そんなことを思ったのを覚えている。

 パタン、と音が聞こえて、ホールに人が入ってきた。シイナさんだった。

「悪いかったね、シャワーまで借りちゃってさ」

シイナさんは、バスタオルで髪を拭きながらそんなことを言ってくる。

「ううん、気にしないで」

私はそう答えて笑ってあげた。

 シイナさん達は、今朝方、アルバに戻ってきた。

アイルランドはひどい状況だったらしいけど、生存者もそれなりにたくさんいて、ハロルドさんと一緒になって、

他の現地の人やボランティアの人たちと一緒に、避難所の運営や救助作業なんかを手伝っていたらしかった。

一週間ほど前にやっと本格的に現地に軍や政府の支援が入ってきたらしくて、それを見届けて、アルバ島に戻ってきてくれた。

正直、マライア達よりシイナさん達の方が心配だったから、無事に戻ってくれたことが嬉しかった。

でも、タイミング悪く、今日はハリケーン。

シイナさん達は、つかれた体のまま家のハリケーン対策をしたり、忙しくしていたので、

私は夕飯を準備してウチで食べようと誘ってあげた。

結果、食べ終わるころにはハリケーンがひどくなってしまって、

歩いて3分の二人の家に帰すのも危ないかもしれないから、今晩は泊まって行けば、と言うことになった。

603: 2013/08/30(金) 01:16:57.04 ID:woWQEVjWo

「どうしたのさ、真っ暗にしちゃって」

「うん、なんだか、そんな気分でね」

そんなことを話しながら、シイナさんは私の座っていたソファーに腰を下ろした。

「なにか、飲む?」

「あぁ…悪いね、なにかあるかい?」

「うん、バーボンで良い?」

「あぁ」

私はシイナさんの返事を待って、キッチンへ向かってバーボンとグラスを二つに、ロックアイスを持ってホールに戻った。

 氷の塊をグラスに放り込んで、それから、バーボンを注ぐ。

シイナさんはその片方を手に取って私に向かって掲げてきた。

なんだか、らしくなくて、クスっと笑ってしまったけど、私はカチンとグラスを合わせて、バーボンに口を付けた。

 「ふぅ」

シイナさんが、そう声を上げる。

 カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。

 「アイルランドは、どうだった?」

私は、二人が帰ってきてから聞きあぐねていた質問をしてみた。

ロビン達が起きていて、なんとなく聞けない感じだったから、避けていたけど、今なら大丈夫だろう。

「あぁ、うん…ひどいもんだったさ」

シイナさんは、うなだれて答えた。

「絶望的な光景は見慣れたと思っていたけどね…強烈だったよ、実際…一面、なんにもありゃしないんだ。

 ぽっかり空いた穴と、元がなんだったのかさえわからない金属片だけが散らばってて、ね…」

シイナさんが見ただろう景色は、テレビ放送で何度も流れていたし、容易に想像が出来た。いや、景色だけじゃない。

その場所に立ちこめていただろう、気配すら、私には手に取るようにわかった。

「報道じゃ、何千万人って話さね、氏んじまったのが、さ」

シイナさんは、空になったグラスにバーボンを注ぎながらそう話す。

「けが人は、もう、数える意味なんてありゃしなかったよ。それこそ、見渡す限り、さ」

私は、バーボンを味わいながら、シイナさんの話に耳を傾ける。

コロニーが落ちた、と聞いたその日、私は、いてもたってもいられなくなった。

だって、それは、ただの繰り返しにすぎなかったからだ。

前の戦争で、私達の祖国は、あの巨大な塊をこの地上にたたきつけた。何億もの人々を犠牲にした。

それは、いくらアヤが「どうすることもできなかったことだ」、と言ってくれても、変わらない事実。

それと全く同じことを、ネオジオン、と名乗る集団が行った。止めることはできなかった。

でも、せめて、あのときにできなかったことを、侵略者としてこの地球に降り立った私とは違ったことをしたかった。


604: 2013/08/30(金) 01:17:36.99 ID:woWQEVjWo
 前の戦争で落とされたコロニーを、住民を虐頃してまで奪取させられたシイナさんにとっては、

もっとつらい出来事だっただろう。でも、だからこそ、彼女はあの地へ行ったんだ。シイナさんは、いつか言った。

「私は、氏なせちまった以上の人を助けてやんないといけないんだ」

って。

その命に代えても、罪が雪がれるでもないけど、それでも、ひとりでも多くの命を救って、

そして、救えなかった人のために、祈らなきゃいけないんだ、って。

その言葉は私の胸にも響いていた。コロニーのことだけじゃない、私も地球方面軍として、緒戦で連邦軍と戦った。

モビルスーツのレバーを引いて、戦闘機や戦車を破壊した。何も疑わずに、なんの疑問も持たずに…

その行為の意味が分かってしまっていたから、私もシイナさんと一緒にアイルランドへ行かなきゃ、と思った。

アヤが止めてくれなかったら、ロビン達を置いて、向かっていただろう。それが良かったのかどうかわからない。

でも、戦争のさなかでも観光客や、時折訪れる傷ついた兵士たちの相手をしていたら、吹っ切れるところもあった。

アイルランドに行かなくても、私には、出来ることがあった。この場所で、そういう人たちを助ける…

この戦いの続く世の中で、誰もが心を休めることのできるこの場所を守ることもまた、

私にとっての、“祈り”なのかもしれなかった。

まぁ、もっとも、アヤと、ロビンにレベッカに、オメガ隊の皆と一緒に居られる嬉しさもあるんだけどね…

でも、それに浸ってばかりいるわけじゃ、ないんだ。

「手当てをしてるとさ」

シイナさんが、続ける。

「ありがとう、なんていうのさ、あいつら。こっちが謝ってやりたいくらいなにの…。

 私なんかに、礼をする必要なんてありゃしないのにさ…」

シイナさんは、かすかに目を細めた。彼女からは、悲しみだけが伝わってくる。

「それはきっと、“許し”なんだよ」

「許し?」

「うん…ありがとう一つで、ひとり分の、許し…」

私が言ったら、シイナさんは黙ってうつむいた。バーボンを、クッと飲み干して、

「許し、か…」

とつぶやく。相変わらず、悲しい感じばかりが伝わって来るけど、仕方のないことかもしれないな。

いつの日かシイナさんが、今の気持ちと、それ以外を割り切っていられるようになれれば…

私は、そう願ってやまなかった。シイナさんのために、そして、氏んでしまった人達のために…。

 パタン、と音がした。ホールの入り口の方を見たら、そこには、ロビンが居た。

605: 2013/08/30(金) 01:18:06.62 ID:woWQEVjWo

「ママ、起きちゃった」

ロビンは目をこすりながら、そんなことを言ってくる。それから首をかしげて

「シイちゃんとお話?」

と聞いてくる。

「うん、お話してた」

私が答えるとロビンはさらに首をかしげて

「大人のお話?」

と言ってくる。ふふ、ロビン、ホントにあなたは、私の娘だね。そう言う気の使い方、私に良く似てる。

「ううん、大丈夫だよ。ロビンもおいで」

「そうさね。こっちへ来なよ」

私が言うと、シイナさんもそう話を合わせてくれる。

ロビンはそれを聞いて安心した表情を浮かべて、私の腕の中にすっぽり収まった。

私はロビンを抱き上げて、膝の上に横向きに座らせて両腕で抱え込む。

ロビンは私の腕に頭を乗せて、すっかりくつろぎモードだ。

 ロビンは、レオナが出かけてしまって寂しそうにしていたレベッカにとても優しかった。

片時もそばを離れずに、あれこれと心配をしては、励まそうと一生懸命だった。

アヤは、気を使いすぎだ、なんて言ってたけど、いいじゃない、って言ってあげた。

その代わりに、私達がロビンを甘えさせてあげれば、これっぽっちも問題なんてないんだ。

 ロビンはほどなくし、私の膝の上で寝息を立て始めた。もう、かわいいんだから。

 そんなロビンをシイナさんとみていたら、不意にテーブルに置いておいたPDAが音を立てた。

メッセージを受信した着信音だった。

「シイナさん、ちょっと見てくれる?」

「いいのかい?」

「うん」

私が頼むと、シイナさんはそう確認してきて、私のPDAを手に取って操作した。それから、クスっと笑って

「宇宙からの報告書だよ」

と、私にPDAの画面を見せてきた。マライアからだ。

606: 2013/08/30(金) 01:18:36.32 ID:woWQEVjWo


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レナさんへ

 アヤさんにメッセージ送ると返事が硬くてムズムズするから、レナさんに送りました。

やっとの思いで、レオナの生まれが分かったよ。時間が掛かっちゃった。レベッカ、寂しくしてないかな?

 もしそうだったら申し訳ないんだけど、実は、もうちょっと時間がかかりそうなんだ。

レオナを育ててくれた人が、まだ生きているかもしれなくて、今は、宇宙中の情報を集めて足取りを追ってるところ。

 9年前の戦争中に、アクシズに亡命して、今回の紛争があってからの行方を捜しているんだ。

それで、ちょっとお願いなんだけど、もしできたら、ソフィアあたりに、

秘密の集合地とかないかって聞いておいてくれると嬉しいな。

 今はもう、ネオジオン側の人間は、難民コロニーに行っているか、宇宙のどこかに隠れているかしかないと思ってるんだ。

難民コロニーの方は今情報を攫っているんだけど、めぼしいものがなくて、困ってて。

 忙しくしてると思うけど、聞いてくれたら結果報告お願いします。



 寝てるときにメッセージ届いて起こしちゃったりしてたらごめんね。

 あとひと頑張りして、地球に帰るから、待っててね!



                                      マライア
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

607: 2013/08/30(金) 01:19:20.83 ID:woWQEVjWo

「ジオンの集合地、か…聞いたことないな…」

私は、文面を読み終えてそう口にしていた。

 私は、開戦してしばらくしてからの入隊で、入隊直後はすぐにHLVで北米に降下して連邦軍と戦闘になった。

私の知っている退路は、キャリフォルニア打ち上げ基地から、サイド3までのルートくらい。

地球では戦後、アフリカあたりに残党軍がけっこう残っていたって話だけれど、

あれはオデッサを中心としたヨーロッパから撤退した部隊が結果的にあそこに集合してしまっただけで、

なにかの打ち合わせが事前にあったわけではない。

 宇宙の戦闘はほとんど経験したこともないし、そんな集合場所が、本当にあるんだろうか?

 「秘密の集合地、か」

ポツリ、とシイナさんがそう口にした。そう言えば、シイナさんは宇宙を拠点にしてたよな。

何か、知っているのかな?

 私がシイナさんの顔を見つめると、彼女はすこし苦々しい表情をしながら

「L2ポイントだよ」

と言った。

 L2ポイント…ラグランジュポイント2。

ジオン本国のサイド3と月面都市グラナダのちょうど中間ほどにあるポイントだ。

たしかあそこは、ア・バオア・クー建造のときに出た余剰鉱石群を廃棄した場所だ…

デブリが多い上に、月の影に隠れると太陽の光さえ届かなくなる“暗礁”になる。

基本的に航行を避けるべき宙域だったはず…。

「カラマポイントだ。あの戦争の後、生き残った公国軍はあの場所に集まった。

 それから、私達を置いて、アクシズに向かったんだ。

 アクシズの生き残りなら、あの場所を知ってたっておかしくはない。

 探している育ての親、ってのがもし見つからないっていうんなら、そこを探してみる価値はあるだろうさ」

シイナさんは、そう言って遠くに視線を投げ、グラスをあおった。

昔のことを、思い出してるんだな…故郷を追われた日のことを…。

 胸が痛みそうになるのをこらえて、私はPDAのメッセージでシイナさんの今の話をマライアに知らせた。

送信画面を確認して、PDAをテーブルに置く。

 レオナを育てた人、か。だったら、レベッカのおじいちゃんかおばあちゃん、ってことだよね。

そんなことを思ったら、ふっと、脳裏に父さんと母さん、兄さんのことが浮かんできた。

氏んだ、って聞かされた家族が生きてたら、きっとどれだけ嬉しいだろう。

レオナは、きっと今は、そんな気持ちなんだろうな。

 レオナ、必ず無事に帰ってきてね…。その育ての親って人がどんな人かわからないけど…なんだか、さ、

変なんだけど、自分の家族みたいに思えるんだよね。当然かな、家族の一員のレオナの親なんだもんね…。

 生きてると良いね、レオナ。無事に、二人でここへ帰ってきてね。

 私は、そう願わずにはいられなかった。

612: 2013/09/01(日) 11:40:26.86 ID:8hpv4eXMo
 「プル、大丈夫?」

あたしは、宇宙空間に浮かぶ小さなデブリに掴まって、同じようにしてデブリにしがみついているプルに尋ねた。

「うん…ちょっと、怖いね」

プルはそう言って、キュッと身をこわばらせた。

 宇宙には慣れているあたしも、こんなのは、怖いと言わざるを得ない。

なんたって、モビルスーツなしで、宇宙空間に浮いているんだ。

移動速度の速いデブリなんかに衝突されたりしたら、一貫の終わり。

背中に背負っているランドムーバーと呼ばれる推進装置の出力の計算を間違えれば、これまた、宇宙遭難。

もちろん、接近が敵に気付かれても、たぶん、助からない。

AMBACがシステム的に組み込まれているモビルスーツなら、姿勢制御はある程度簡単なんだけど、

それを生身でやるとなると、そう簡単な話じゃない。

いったんバランスを崩して変な回転でも始めようものなら、それを止めるので一苦労してしまう。

そうなったら、ランドムーバーの燃料の減りも早くなって、計算をし直さなきゃならなくなる。

宇宙空間では、移動状態から停止するだけで、加速時と同じだけの燃料がいる。

それを極力抑えるためには、こうして、低速移動をしながら、デブリ掴まって停止しながら、

慎重に進路を見極めつつ進まなくてはいけない。

 この緊張感は、怖いし、シビれてくる。さすがに、お喋りするのも、忘れてしまいそうだ。

「次は…あのデブリまで行こう」

「うん」

あたしは、今掴まっているやつから、Y軸10時方向にある、ほぼ停止状態と見えるコロニーの構造物だったものらしいデブリを指して言う。

プルの返事を確認して、あたしは慎重にデブリを蹴って、一瞬だけ、かすかにランドムーバーを吹かす。

体が軌道に乗ったのを確認して、続いてくるプルを見やる。彼女も、うまく離れられたようだ。

 ほどなくして、あたしが先にデブリにたどり着く。振り返ったら、プルがすぐそこに迫っていた。

待って、プル、速い!

 そう感じたのもつかの間、プルは、デブリの表面に衝突し、滑るようにその軌道を変えた。

あたしは、目についた出っ張りを握って、反対の腕で、プルを抱き留めて、引き寄せる。

 ふぅ、肝が冷える。腕の中のプルの顔をヘルメット越しに見ると、

彼女は、汗で前髪を濡らしながら、すこし、動揺した表情を見せていた。

 「すこし休憩しよう」

あたしは、プルを抱きしめたまま、そう提案した。プルは、黙ってうなずいた。

 

613: 2013/09/01(日) 11:41:42.54 ID:8hpv4eXMo
 ジュドーと別れた日に、あたし達はネオジオンの情報を集めるべく、月面都市グラナダに赴いた。

そこで、アムロに協力を仰いで、戦時捕虜や避難民、戦争前のアクシズ巨樹者のリストやらを見せてもらった。

エビングハウス博士が偽名を使っている可能性はおおいにあったので、そのリストを慎重に調べて行って、

あたし達は、ついに見つけた。それは、捕虜でも、避難民のでもなく、居住者のリストにあった。

 軍医として住民登録されている、モニカ・シャリエ、と言う人物だった。

他にも軍医、医者、研究者、とされている人たちのこともしらみつぶしに調査して、

その中で、このモニカ・シェリエの医師免許の顔写真を入手できた。

それが、レオナの記憶していたユリウス・エビングハウス博士の顔と一致していた。でも、そこからがまた大変で。

 博士の居所は、難民キャンプでも捕虜収容所でもなかった。

その所属は、紛争終結直後から行方が分からなくなっている、ネオジオン所属のエンドラ級戦艦内の医療班だということも、そのデータから分かった。

だけど、そのエンドラ級がどこにいるかがわからない。

それこそ、エゥーゴや連邦軍が血眼になって探しているにも関わらず、見つかっていないネオジオン残党戦力が多数あるくらいだ。

 そういうことで、あたし達はエンドラ級の足取りがつかめずに困っていた。

でも、そんなとき、地球に状況報告として送っていたメッセージに、返信が来た。

 レナさんからだったけど、そこには、元ジオン軍中佐の、シーマ・ガラハウ、

今はシイナ・カワハラと名乗っているけど、その人からの伝言があった。

「L2の暗礁宙域、カラマポイントに、ジオンの秘密の集結地がある」

 そのメッセージを見て、ノコノコとこんなところにやってきた。ここは、かつてサイド2のあった位置に程近い。

戦闘によるコロニーの破片を初めとするデプリがあちこちに浮いている。

確かに、隠れる場所が豊富なところではある。

この宙域に来て、しばらくの捜索をしたあたし達は、

博士が所属する班の搭乗するエンドラ級が、デブリに偽装して留まっているのを発見した。

軍用の暗号通信を解読して、おおよその位置を割り出せたのが、幸いだった。

 そんなわけで、今、あたしとプルは、エンドラ級に潜入に向かっている最中だ。

離れたところでシャトルからゼータガンダムで近づいて、手ごろなデブリに機体を固定して、さらにそこからエンドラ級を目指している。

シャトルは、あたし達とは別動で、遭難船として、あとからエンドラに救助要請を出す手はずになっている。

あたしとプルで博士を確保したら、収容されたシャトルに乗せて、それをモビルスーツで援護しながら脱出する手はず、だ。

それにしても、ただでさえ、ノーマルスーツだけの姿で宇宙遊泳なんて怖いことこの上ないのに、

この場所ときたら気味が悪すぎる…プルは、幼いのによくこんな状況で取り乱さずにいられるな。

あたしは、プルの体にまわした腕に力を込めながら、そんなことを考えていた。

 

614: 2013/09/01(日) 11:42:18.29 ID:8hpv4eXMo

 そういえば、ジュドーくんと別れてシャトルに乗ってから、これまでずっとプルツー、と呼んでいたあたし達に、

彼女が言ってきた。

「わたしのこと、プルって呼んで」

それは、エルピー・プルのことじゃなんじゃ?なんて聞いてみたら、

「もうどっちがどっちとか、関係ないかなって。あたしは、エルピー・プルじゃないけど、プルなんだよ」

なんて言っていた。

 その感覚は、いまいちよく分からなかったけど、

たぶん、エルピー・プルの方の感覚がプルツーにビンビンに伝わった結果、なにか良い変化が起こったんだろう。

彼女はもう、プルツーでも、エルピー・プルでもない、レオナの妹の、プル、として在りたい、

そう思っているように感じられた。

それは、頭で考えると、なんだか引っ掛かることがあったけど、でも、プルの笑顔を見ていたら、それでよかったんだな、と思えた。

 プルが一緒にいるようになって困ったのは、マリと見分けがつかないことだ。

マリの方が、なんとなく馴染んでいるから、多少の雰囲気の差はあるんだけど、

「姉さん」

と話しかけられたレオナが自信満々に

「プル、どうしたの?」

と返したら

「わたしはマリだよ!」

と言われて謝る姿がおかしくて笑わせてもらってる。

本人たちは、半分面白がっているのか、前後の会話の流れ的に絶対にマリなのに

「わたしはプルの方」

と言ってわざと混乱させようとする節もある。

 そんなやりとりを見ているのは楽しかったし、あたしもそれに混ざれることが嬉しかった。家族、か。

あたしも帰ったら、実家に帰ってみようかな。もう1年くらいは戻ってないもんね。

メッセージは頻繁にやり取りしてるけど、レオナ達を見ていると、なんだか顔を見たくなってしまった。

 そのためにも、とっととこんなところからは逃げ出して、あの青い地球に帰りたい。

 

615: 2013/09/01(日) 11:43:03.93 ID:8hpv4eXMo

「マライアちゃん、わたし、大丈夫」

不意に、プルのそう言う言葉が聞こえた。

「うん、じゃあ、行こうか」

あたしはそう言ってプルをゆっくり開放して、次に飛び移るデブリを探す。次は、正面に見えるあれがいいかな。

 プルを気遣いながら、足場を蹴って、デブリを目指す。

エンドラ級は、もう目と鼻の先。気づかれている様子はない。

ここからは、ランドムーバーは極力使わずに行きたいんだよね。光で気づかれちゃうかもしれないから…。

 次のデブリにたどり着いた。今度は、プルもうまくしがみ付く。

あと、2つか3つ経由できれば、直接エンドラ級に辿り着ける。

 「プル戦艦に取り付くから、慎重にね」

あたしがそう言うと、プルはコクっとうなずいた。

 プルのリアクションを確認してから、エンドラ級を見やる。あのクラスの船だ。

どこかに、メンテナンス用の外部ハッチがあるはず。

モビルスーツデッキや、通常のハッチから潜入するのは、さすがに危険すぎるから、

居住区じゃなくて、そう言う機関の隙間に入り込まなきゃいけない。

そういうのがあるのは、後部のエンジン周りか、対空兵器周りと相場が決まっている。

さすがに、ネオジオンの戦艦の構造図なんて手に入らなかったから、場当たり的な判断が必要になってくる。

 あたしが目指していたのは、後部下方にある、対空砲だった。

ここなら、もしあの場所に目当てのハッチがなくても、エンジンの方へ移動してハッチを探すのに都合がいい。

引き返せないこういう作戦のときほど、保険は大事だ。

 あたしはデブリを蹴った。エンドラ級が近づき、ついには、装甲を止めているリベットの一本一本が見える距離にまでなる。

すこしだけランドムーバーを吹かして方向とスピードを調整して、ノーマルスーツの電磁石のスイッチを入れて装甲に足を付けた。

両足を取られるような形で前につんのめった体を両腕を付いて支えて起き上がって、飛んでくるプルを受け止める。

 なんとか、たどり着けた…ふぅ、と思わずため息が出る。と、ほとんど同時に、無線でプルのため息も聞こえた。

思わず、顔を見合わせて笑ってしまう。

 あたしは、アンカーワイヤーを1mほどまで巻き取って、プルと繋がったまま、対空砲を目指して進む。

そのすぐそばに、点検口と思しき切れ込みがあるのを見つけた。

良かった、ないはずはないと思ってたけど…あってくれて、安心した。

 あたしは、工具を取り出して、その点検口の入り口のボルトを回す。

二つ外したところで、厚手の金属板が、宇宙空間でふわりと開いた。

工具をしまって、ライトを取り出して中を覗く。

中は真っ暗だが、点検用の狭い通路があって、通ることは出来そうだ。

給弾された弾に、対空砲を直接制御しているんだろうコンピュータなんかがぎっしりと詰まっている。

中にはまだ酸素はない。居住区画では、ない、ね。

616: 2013/09/01(日) 11:43:44.70 ID:8hpv4eXMo

 あたしはその中に入り込んで、プルを引き込み、点検口を内側から閉じて再びボルトで留めた。

それから足場を蹴って、対空砲の制御コンピュータに飛びついた。

 これも、計画のうち。絶対に必要、ってわけじゃないけど、チャンスがあったらやっておこうと思っていた。

携帯コンピュータを出して、ケーブルで制御コンピュータに接続する。

こういう、各部の制御装置はそのほとんどが状態モニターのために、艦の基幹システムに接続されている。

情報も取れるし、その気になれば、艦のシステム全体をクラッシュさせて、一定時間は制御不能に陥れることもできる。

これも、“保険”だ。

 あたしは、艦内部の見取り図を探して保存して、外部ハッチの開閉センサーのシステムをいじって、

それから事前に作ってきていたプログラムをシステムのデータベースに移して、隠ぺいする。

あたしがこの自前のコンピュータで命令を出すか、あるいは、警報装置か火器管制システムの起動を感知したときに、

システム全体を破壊するプログラムだ。

この艦の技術者のレベルや、対処策の有無にもよるけど、30分は行動不能に出来る。

脱出するときにトラブルがあっても、時間稼ぎにはなるだろう。

 作業を終えてコンピュータのモニタに艦内の見取り図を出す。それをプルに見せた。

「医務室の場所とか、分かる?」

「うん…たぶん、生活区画の、このあたりだと思う」

プルはそう言いながら、モニタの一部を指差した。艦中央部の、一番行きにくそうな場所にある。

これは、ちょっと困るな…さすがにこんなところにまで点検用の通路が続いているとは思えないし、

見つからないように進むのは至難だ。

一応、ネオジオンの制服をこのノーマルスーツの下に着込んではいるけど、ここは基地やなんかじゃなくて、戦艦だ。

自分の艦に乗っている人間に、知らない顔がいたらすぐさまバレちゃう。今回は、隊長戦法は使えない…

可能性として期待できるのは、居住区画に空気を送り込んでいるエアダクト、か。

人が潜り込めるスペースがあれば良いんだけど…

 あたしは、そう思いながらプルに合図をして点検用の通路を先へ進む。どこかに、艦内へ続くハッチがあるはず。

ハッチのセンサーは無力化しておいたから、あとは入る場所さえ見つけられれば、とりあえず艦内へ潜入は出来る。

 「マライアちゃん、あそこ」

プルがそう言ってあたしの肩を叩いた。そこには、今入ってきたのと同じ大きさの、ハンドルが付いた小さな扉があった。

 あたしは、コンピュータでその扉の位置を確認する。後部対空砲台のすぐそば…見つけた。
このハッチのことだ。

エンジンルームへ続く、整備用のハッチのようだ。図面によれば、ちゃんと二重構造になっている。

これならエアー漏れでバレてしまうこともなさそうだ。

 

617: 2013/09/01(日) 11:44:25.84 ID:8hpv4eXMo

「プル、ちょっと下がってて」

あたしはプルにそう伝えて、扉から距離を置かせて、ハッチのハンドルを回した。すぐに、音もなくハッチが開く。

中を確認すると、人が1人立ち止まれる程度のスペースがあって、そのすぐ先に、もう一枚ハッチが見える。

良かった、図面どおりだ。

 あたしは中に入って、それからプルもその狭い空間に招き入れる。

後ろのハッチを閉じてから、今度は慎重に艦内へ続いているだろうハッチのハンドルを回す。

この先は空気がある可能性が高い。

音も響くし、なにより、エアーでハッチが開かないか、逆に勢い良く開いてしまう恐れもある。

ゆっくりとハンドルを回して行くと、フシューという音が漏れ出した。

ハッチの隙間から、向こう側のエアーが入り込んでいるんだ。

あたしはしばらくその位置でハンドルを動かすのをやめて、この狭い空間に空気が充填し切るのを待つ。

ものの2,3分でエアーが漏れてくる音がやんだ。これなら、大丈夫のはず…あたしは、ハンドルを一気に回した。

ゴンと音がして、ハッチが開いた。

 腰に挿しておいた、銃身を短く切り詰めたデザインのサブマシンガンを手にとって、ハッチの向こう側を覗く。

そこは小さな小部屋で、工具やエンジン補修用のものらしい部品が整頓されておかれていた。

部屋の反対側の壁にはドアがある。図面どおりなら、あの向こうはエンジンルームだ。整備員が居る可能性がある…。

プルを部屋に引き入れて、すぐにハッチを閉じる。

それから、部屋の棚の影に身を隠して再度、コンピュータの図面を開く。

「これから、どうするの?」

プルが心配そうにそう聞いてくる。

このサイズの船だ。エアーを行きわたらせるために、絶対どこかに通気ダクトがあるはず。

この部屋には、メインダクトからの枝分かれが来ているらしい。

位置的には、天井…?あたしは、部屋の天井を見上げた。そこには、頼りない金網でふさがれた穴ぼこがある。

この枝分かれのダクトが人の通れる太さならいいけど…。

「あそこから行くよ」

 あたしは飛び上がって、金網に取り付いて中を覗いた。

それほど大きい、というわけではないけど、でも、さっき見た対空砲の砲口くらいのサイズはある。

狭いけど、なんとか通れそうだ。あたしはナイフを取り出して金網と天井の隙間にねじ込んでひねった。

メキっと音を立てて、金網が宙に浮く。プルを先に穴に押し込んで、あたしは後から入って、金網を元に戻して、粘着シートで固定する。

こうしておけば、逃げるときにもつかえるかもしれないもんね。

 あたしはプルのお尻をつつきながら、タクトの中をゆっくりと這って行く。

コンピュータ上の図面では、このダクトは合流と分岐を繰り返している迷路だ。

それに生活区域の天井裏も通っている。物音は極力立てるべきじゃない。

618: 2013/09/01(日) 11:45:15.53 ID:8hpv4eXMo

 なんとなく、胸が詰まるような感じがする。おかしいな、こういうのはなれたものなんだけど…

自分の感覚に疑問を感じてよくよく探ってみると、これは、違う、あたしの感覚じゃない…

プル、まだ緊張しているの?

「プル、大丈夫?」

あたしは無線でささやくように彼女に尋ねる。するとプルも小さな声で

「ちょっと、緊張してる」

と言って来た。

「安心していいよ。あたし、潜入のプロだからね」

顔が見えないので、仕方なしにお尻に笑いかけながら言ってみる。するとプルは意外な返事を返してきた。

「ううん、ここに入るのはそれほどでもないよ。だって、エンドラ級はそもそも私たちの船だし」

違うの?じゃぁ、なんで???

「それじゃ、どしたの?」

「博士、って人は、わたしと…プルを作った人、なんでしょ?」

「うん」

「わたしを見たら、どんな顔するのかな、って。怖がられたり、しちゃうのかな?」

そういえば、気になるところだ。エビングハウス博士は、戦争が終わる前にアクシズへと向かったはず。

プル達は博士のことは知らない、と言っていたから、そのときには一緒じゃなかったってことになるのかな?

レオナを取り戻したのは、開戦直後…だとしたら、プル達はまだお腹の中にいたって計算になる、か。

一緒じゃなかったとしても、博士が、プル達もアクシズへ合流したことを知らないなんてことがあるんだろうか?

アクシズがどんなところか、いまいちイメージできないけど、でも、

アクシズへわたる際に博士は偽名を使っていたってのは確認できた。当然身分も偽っているだろう。

かたや、研究所の実験データやら、成果であるプル達は機密事項。

プル達がアクシズに到着しても、研究所の所属ではない、ただのお医者になっていただろう博士が

それを知ろうとしたって、簡単じゃないかもしれない。
 

619: 2013/09/01(日) 11:45:58.46 ID:8hpv4eXMo

「平気だよ。ちょっとびっくりされるかもしれないけど、あなたはちょうど、戦争中だった頃のレオナと同じくらいの年齢だし…

 レオナと、おんなじ顔してるしね。きっと、うれしいんじゃないかな…あ、その角、左ね」

「うん。…そうだと、いいな」

「うん」

あたしは、頭の代わりに、目の前のプルのお尻を撫でてあげる。

いや、ほら、気分を紛らわせてあげようと思って、ね?

怒るか、嫌がるかすると思ったのにプルはほとんどなんのリアクションも示さなかった。

なにか反応してよ、プル。あたしが変な人みたいじゃない。

そんなことを思っていたら、また、プルの声が聞こえた。

「お母さん、ってわたしが呼んだら、嫌がるかな?」

お母さん…?ど、どうだろう?博士はプルを生んだわけじゃないし…

プル達がレオナの妹なら、プルのお母さんは、一応、アリシア博士、ってことになるのかもしれないけど…

だけど、急にそんなことを聞いて、なにかあったの?

「どうしてそんなこと思うの?」

「そう呼んでみたいんだ。だって、博士は、姉さんからわたし達を作ってくれたんでしょ?

 これまで、つらいことのほうが多かったけど…でも、お母さん、って呼んで、笑ってくれたら、

 あたし、嬉しいなって思うんだ」

「プル…」

プル達がどんな生活を送ってきたのかは、マリからおおよそ聞いていた。

一日の大半をスリープカプセルで過ごして、感覚の強化や戦闘についての睡眠学習を強制させられていたらしい。

起きている時間は、モビルスーツの操縦訓練くらいしか出来なかったといっていた。

レオナ以上に、この子達には“素地”がない。それって、いまさら埋めてあげられるようなものなのかな…

エビングハウスがどんな人かはわからないけど、でも、アリシア博士と一緒に、レオナを守ろうとしてくれた人だ。

プルが今の気持ちを伝えることが出来れば、きっとそれに答えてくれる…そう、信じたいな。
 

620: 2013/09/01(日) 11:47:13.68 ID:8hpv4eXMo

 そんなことを話しながら、あたしとプルはダクトを進んだ。途中でようやく、基幹部に出ることが出来た。

中腰でくらいなら立って歩けるほどの高さで、これまで進んできたダクトよりも丈夫に出来ている。

これなら、多少は進みやすい。

 目指している医務室は、もうすぐそこだ。あたしは、プルの前に立って進む。

プルは、やっぱりなにか不安らしく、あたしの腰のベルトをつまんで着いてきていたので、手をつないでゆっくり先導してあげた。

あたしは、図面を見て、足を止めた。傍らには細い枝分かれのダクト。これが、医務室の天井に続いているはずだ…。

「この先だよ」

あたしが言うと、プルはヘルメットの中でコクっと喉をならしてうなずいた。

その表情があんまりにも不安そうだったから、思わず引き寄せて、肩を叩いてあげてしまっていた。

「大丈夫だよ、プル」

笑顔で言ってあげたら、プルもかすかに笑った。うん、やっぱり、あなた達には笑顔が似合うね。

 身をかがめて、今度はあたしが先頭になって、細いダクトを進む。

ほんの数メートルほど進んだところで、前方に明かりが見えてきた。

ダクトに入り込んだ最初の小部屋についていたような華奢な金網がある。その先は部屋になっていた。

 金網越しに中を覗く。眼下に、コンピュータに向かってキーボードを叩いている人の姿がある。

白衣を着て、短く刈り上げた髪の人物。顔や性別はうかがうことができない。部屋には他に人影はないけど…

あたし、博士の顔は写真でしか見たことないし、顔が見れても本物かどうかいまいちわからないのが困ったところなんだよね…

感覚を駆使すればおおよそどっちかは分かると思うんだけど、もし不用意に出て行って人違いだったりしたら、

たちまち囲まれて逮捕拷問だもんな。

もうしわけないけど、ちょっと手荒に行かせてもらう必要があるよね、安全のために。

 あたしは、手にしたサブマシンガンの弾倉と機関部を確認する。弾はちゃんと装てんされてる。

「プル、一気に行くから、ついてきて」

あたしはそうプルに声を掛けて、思い切り金網を蹴破って、ダクトから飛び出た。

物音に気がついたその人物がこっちをみる。女性だ。

エビングハウス博士は、計算だと、もう40を超えているはずだ。

でも、目の前の女性は、アヤさんよりちょっと年上くらいにしか見えない。

なにより、切れ長の二重に、キリっとした眉、すっと通った鼻筋に、きゅっと結ばれた口角の広い唇。

今まで見たことのない、とびっきりに、とんでもない美人だった。

あたしは、戸惑いそうになった気持ちを一気に引き締めなおして上から降りかかるような体勢で女性の肩口を掴むと

引き寄せて一緒に床に倒れ込んで銃口を突きつけた。

とりあえず、制圧は完了、かな。

 傍らにプルも降り立ってくる。もう一度部屋の中を確認する。うん、この人、一人、だ。

「なんだ、あんたは?」

女性は、落ち着いた様子であたしにそう問いかけてくる。

まぁ、そうだよね…この人が博士でもそうじゃなくっても、寝耳に水だよね、これ。
 

621: 2013/09/01(日) 11:47:44.57 ID:8hpv4eXMo

 あたしは、ヘルメットのバイザーを上げて

「危害は加えません。少し話をさせていただきたいんです。抵抗はしないようにお願いします」

と女性に伝えた。女性は鼻で笑って

「お願いします、なんて言えば聞こえがいいと思ってるのか?銃を突きつけておいて」

とこっちを煽るように言ってくる。まぁ、そうなんだけどさ…ホントなんだもん。

 あたしは、女性を支えるようにして体勢を入れ替えて遠心力がかかっている床に座り込んでから、女性を掴んでいた手を離した。

女性は、俊敏に床を蹴って、あたしに向き直る。これ以上警戒されたら、通る話も通りにくくなっちゃいそうだ。

あたしはそう思って、サブマシンガンを腰のホルスターに戻して、両手のひらを彼女に向けて見せ付けた。

危害は加えません、のメッセージだ。伝わるといいけど。

 女性は、あたしのしぐさを確認して、ふう、とため息をついた。どうやら、とりあえずは、信用してもらえたらしい。

「で、どこの誰で、アタシにどんな用だって?」

女性は、それでも怪訝な表情でこっちを見つめながらそう聞いてくる。うんと、なにから説明すればいいかな…

とりあえず、自己紹介して、博士かどうか、確認してみようか…

「あたしは、マライア・アトウッド。元連邦軍で、元ティターンズで、今はカラバの予備役やってます」

我ながら、正直に話すととんでもなく不可解な経歴だな。そんなことを思ったら、なんだかひとりでに笑えた。

「元ティターンズで、カラバ?なに言ってんだ、あんた?」

「あぁ、まぁ…そこは、おいおい説明します。

 とにかく、今、あたし達は、カラバとして戦時被災者の救助活動を行っている最中だったんですけど…

 あなたは、ユリウス・エビングハウス博士で、間違いありませんか?」

あたしが尋ねたら、彼女は、一瞬だけ、反応が止まった。すぐに

「誰だよ、それ。知らないね」

と、さも、なに言ってんだ、みたいな口ぶりで言ってくる、けど。

今の一瞬の間は、少なくとも名前は知っているくらいの可能性として捉えてもよさそうだね。

あとは、もう、事実を付きつけてこっちを信用してもらうしかない。手っ取り早いのは…やっぱり、プル、だよね…。

 あたしはプルをチラッと見やった。プルもあたしを見た。

あたしがうなずいたら、プルにはすべてが伝わったようだった。

彼女は一瞬戸惑いを見せてから、それでも、ノーマルスーツの首元を操作して、ヘルメットを脱いだ。

プルの手に払われたヘルメットが宙に浮いて、いつもの顔が現れる。

 それをみた女性は、明らかに動揺した。顔はこわばって、一方後ろに下がって、身を引くような姿勢でプルの顔をじっと見つめている。

あぁ、そんな反応はしないでほしいな。プルが傷ついちゃうでしょ…
 

622: 2013/09/01(日) 11:48:48.83 ID:8hpv4eXMo

「なんだ…あんたは…その顔…どうして…?ま、まさか、あのときの、クローン…!?」

彼女は、強ばった口調で、そういった、やっぱり、プル達のことは知らなかったんだね…。

そんなことを思いながらあたしもヘルメットを取った。ふう、と、ため息が出るのはお約束だ。

「彼女は、プルです。レオニーダ・パラッシュの妹の、プル」

あたしがそう言ってあげると、女性は、愕然とした顔であたし達を見つめた。

「これに、メッセージを残してくれてたんでしょ?」

プルからも緊張しているのが伝わってくる。彼女はそういいながら、胸元に手を突っ込んで、何かを引っ張り出した。

それは、レオナがつけていた、あのチョーカーだった。

 彼女は、それを見てもっとびっくりした表情を見せた。もう、言葉を失ってる、って感じだ。

うん、これはもう、完璧、間違いないよね。

「レオナは…あいつは、生きてるのか…?」

掠れて、聞き取るのもやっとの声で、彼女は聞いて来た。

「うん、レオナも、近くまできています。あたし達はある人を探しに来たんです。だから、教えてください。

 あなたは、ユリウス・エビングハウス博士で、間違いないですか?」

あたしは、改めて女性に尋ねた。

 女性は、あたしの言葉を聞いて、すこしためらってから、でも、クッと唇を結んで、頷いた。

 その瞬間に、あたしはホッと胸のつかえが取れるのを感じた。良かった…やったよ、レオナ!

博士、ちゃんとまだ生きてたよ!あなたの、もうひとりのお母さん、生きてるよ!


「あ、あたしは!マライア・アトウッドです、レオナの友達で…あぁ、ホントに生きててくれた!」

興奮しているのを無理矢理に抑え込んで、あたしはなるべく簡単に事情を説明する。

でも博士は聞きたいことがたくさんあるようで、あれこれと聞き返してくる。

そろそろ、ルーカス達が行動を起こす時間になってしまう。嬉しいし、いっぱい話してあげたいけど、時間は惜しい。


「細かい話は後でします。今はとにかく、あなたをここから連れ出したいんです」

あたしが言うと、博士は一瞬、何かを言いかけて、急にバシっと両手で自分の顔を引っ叩いた。

「すまない。ちょっと混乱してる…。5分、いや、3分でいい、時間をくれないか?」

博士はそんなことを言ってきた。

 どうしよう…あまり時間はないけど…でも、今のまま連れて行っても、逆に動揺をひどくさせてしまうかもしれない。

この船についてはプル以上に博士の方が良く知っているはずだ。

だとしたら、落ち着いてもらって、安全な脱出方法を一緒に考え直すんでもいいのかもしれない。

その間に、あたしはルーカスに無線で状況の変更を伝えられる。

あ、そうしたら、レオナと話もしてもらえるし、一石二鳥じゃない。それがいいな!
 

623: 2013/09/01(日) 11:50:06.60 ID:8hpv4eXMo

「分かりました。すこし、待ちます」

あたしが言うと、博士はまた、ふう、とため息をついて、デスクの上にあったポットから紅茶をマグに注いた。

お茶の葉の、良い匂いが香ってくる。落ち着く、薫りだ。

 「あ、あの!」

急に、プルが声を上げた。な、なによ、プル…急に大きい声出されるの、ダメなんだってば…

「あの…わたしは、プル。プルツーです。レオナ姉さんの体から作られた、クローンです」

プルは、まるで搾り出すように言葉を並べだす。あぁ、そうか。さっきの話だね…

大事な話だもん、今しておいた方がいいかもしれない。この先しばらくは、そんなこと話す余裕はないかもしれないし…。

「だから、わたしには、家族は居ないけど…レオナ姉さんは、家族だって言ってくれた。

 あの、だから、博士も、博士のことも、あたし達を産んでくれた人だって思ってる、だから…」

胸がきゅっと詰まる。がんばれ、プル。あなたの気持ち、きっと伝わるから…勇気、出して…!

そんなことを考えてたあたしは、自分でも気がつかないうちに胸の前で両手を握っていた。

「本当の家族じゃないかもしれないけど、あたし、博士のことを、母さんって、呼びたい!」

言い切った!頑張ったね、プル…!あとは…博士の反応、か…あたしは博士に視線を向けた。

彼女は、紅茶の入ったマグを手に、プルの顔を見て呆然とした表情をしていた。

なんだか、ムズムズする沈黙が部屋に立ち込める。

どれくらい時間が経ったか、不意に、博士が俯いたと思ったら顔を上げて、笑った。



624: 2013/09/01(日) 11:50:37.36 ID:8hpv4eXMo

「そんなふうに、思ってくれてたんだな…。アタシは、あんた達を作って、見捨てて来ちまったって思ってたのに。

 恨まれて当然だって、そう思ってたのに…母さん、なんて呼んでくれるのか?」

博士の目には、うっすら涙まで浮かんでいる。

 博士の言葉に、プルは頷いた。それを見た博士はマグを置いて、プルに歩み寄って、抱きしめた。

背の高い博士の腕の中にプルがすっぽり収まる。

「ごめんな…アタシ、なんとかあんた達も助けてやりたかった…

 だけど、あんた達は当時は、被験者になってくれてた人のお腹の中で、彼女たちは身重だったし、

 連れだしてやることもできなくて…アタシ、あんた達を見捨てちゃったんだ…今まで、どこでどう暮らしてたんだ?

 聞かせてくれよ…全部、聞くから。辛かったことも、苦しかったことも、全部アタシにぶつけてくれていいから…

 ごめんな、本当に、ごめんな…」

博士は、泣きながら、膝から崩れ落ちた。彼女は、罪だ、と言った。

あまつさえ、遺伝子操作で生み出した命を、見捨てたことを。でもね、違うよ、博士。

どんなことがあったって、どんな出自だったって、プルやマリは、生まれて来れたんだよ。

彼女たちはこれからだって、自分の選んだ運命を歩ける可能性がいっぱいある。

プル達も、それが分かってるんだ。今、プルがこの話をしたことも、あたし達に着いてきてくれたことも、

マリが、レオナやあたしに、いっぱい甘えてくることだってそう。二人は、あなたのことを恨んでなんかない。

罪だと思ってもいない。

 今はまだ、言葉にならないかもしれないけど、そのうちにきっと二人は、ありがとうって、あなたに伝えられると思うんだ。

「母さん…」

プルが呟くように言った。博士の腕にいっそう力がこもる。

 博士、プルでさえこんなになっちゃうんだもん。レオナになんか会ったら、発狂しちゃうんじゃないかな?

ふふ、それはそれで、見てみたい気持ちもするな…レオナに、プルにマリに、博士の四人家族、か。

ロビンやレベッカからしたら、博士はおばあちゃん、だね。おばあちゃんなんて呼んじゃうには若いし、綺麗だし、ちょっと抵抗あるなぁ。

 あたしはそんなことを考えながら、無線機を取り出していた。暗号通信でルーカスに知らせて、作戦を変えなきゃ。

何か良い案があれば良いんだけど…ね…。

630: 2013/09/01(日) 23:47:40.54 ID:8hpv4eXMo

 しばらくして、落ち着きを取り戻した博士は、あたし達にも紅茶を振る舞ってくれた。

そんなことをしている暇はあんまりないんだけど…と思いながらもカップに口を付けて、驚いた。

こんな紅茶、今まで飲んだことないよ!?

すごく上品な香りがするし、味も、まろやかで、コクがあって、渋みも少ない…

今まで飲んできたのは紅茶じゃなかったんじゃないの!?そう思えるくらいの代物だった。

アクシズやこんな軍艦にいて、こんな上物どうやって手に入れているのか気になってしまう。

それを聞こうと思ったら、先に、博士の方が口を開いた。

「来てくれたことには、感謝してる。だけど、アタシも、すぐにはここを出れないんだ」

出れない?どうしてまた?

あたしは一緒に出してもらったお茶菓子を頬ばっていたので、尋ねる代わりに首をかしげてみる。

博士はそんなあたしのしぐさを見て、クスっと笑ってから

「アタシもここに、あえて潜り込んだんだよ。どうしても、助けてやりたい子がいるんだ」

と言った。

「助けてあげたい、子?」

あたしの代わりに、プルがそう聞いてくれる。ありがと、プル。今飲み込むから、それまでお願い。

 あたしはクッキーをボリボリ言わせながら、また博士に視線を向ける。

「あぁ…。もとは、アタシの居た研究所で、レオナと同じように人工授精で生まれた子で、ね。

 プル、あんた達と違って、見つけるのは簡単だったんだ」

博士は、すこし申し訳なさそうに言った。

「その子を追って、この船に搭乗した、ってことですか?」

なんとかクッキーを飲み込んで、博士にそう聞き返す。

「まぁ、そんなとこかな」

博士は、そう言いながら、デスクの上のキーボードをたたいた。

それから、チラッとモニターを確認して、あたし達のほうにそれを向ける。

 そこには、プルと同じくらいの年ごろの女の子が写っていた。

プル達よりももう少し色素の薄い、亜麻色のショートカットで、碧い目をした女の子。

あれ?あたし、この子、どこかでみたことあるな?誰だろう…

一瞬、プルにも見えたけど、でも良く見ると似てはないよね。ううん、思い出せないな…

本当に一瞬チラっと見たくらいの記憶なんだけど、でも、見たことある、って感じるくらいだから、

よっぽどの状況で見たようにも思うんだけど…

 あたしが一生懸命考えていたら、横にいたプルが声を上げた。


631: 2013/09/01(日) 23:48:22.22 ID:8hpv4eXMo

「姫様!」

姫、様?…そ、それって、もしかして…ネオジオン総帥の…ミネバ・ラオ・ザビ…!?

あたしはハッとしてモニターに視線を戻した。

そうだ、この子は確かに、数か月前、ネオジオンが地球に降下してきて、

ダカールでパレードをしていたときの映像で見た子だ!彼女がこの船に乗っているの?

っていうか、待って、ミネバ・ザビは、人工授精児だったの?!

 あたしは、博士の顔を見やる。博士はまた、申し訳なさそうな表情で言った。

「彼女は、ミネバ・ザビじゃない。れっきとした、アタシの作っちゃった、人工授精児。

 影武者としてネオジオン総帥に祭り上げられた、偽物なんだ」

「影武者!?」

「ああ。本物は、先のグリプス戦争終結前後に、何者かによって拉致された、っていうのがアタシが得ている情報。

 それ以降、ずっと影武者として裏に居た彼女が、本物のミネバ・ザビとして引っ張り出されたんだ」

「じゃぁ、以前、地球でパレードをやったミネバ・ザビは…」

「あれも、この子。偽物だったんだよ」

博士はそう言いながら紅茶を飲んだ。

「そんな子が、どうしてまだここに?」

「エゥーゴや連邦は、どうやら事実をつかんでいるみたいでね。

 サイド3にいるところを、ネオジオンの残党が奪い返してきて、ここにいる。

 偽物だって分かっているんだろうから、奪回も容易だったんだろう。

 でも、ネオジオンはまだ、彼女を利用する気でいる。だから、アタシは彼女を連れ出しにこの船に乗ったんだ。

 これ以上、戦争の道具にされないように、な」

戦争の、道具…レオナがいつも言っている言葉、だ。

この子も、そうなんだね…戦争のために生み出されて、望んでもいないのに、戦争のために運命を利用されている…

そんなのって…ない。

 一人や、二人、逃がす人が増えたって、支障はない、よね?

「なら、その子も、一緒に」

あたしは、博士を見つめて言った。それを聞いた博士は、ハッとした表情であたしを見つめ返してくる。

「いいのかよ、危険だぞ?」

「大丈夫です、慣れてますから。それに、建前だったけど、あたし達は、戦時被災者の保護が目的。

 プルやその子が戦争の被害者でなくて、いったい何を助けるっていう、話ですよ」

あたしは、笑って言ってやった。ここまできたら、乗りかかった船、だ。

そんな重要人物、追手がかかるだろうけど、なんとか対応してみせる。

「だから、一緒に脱出プランを練ってください。この船のことは、あたし達よりも博士の方が詳しい。

 使えそうな機材にルートに、脱出方法、なんでもいいんです、教えてください!」

あたしが言ったら、博士はその表情をキュッと引き締めてうなずいてくれた。

 

632: 2013/09/01(日) 23:49:21.71 ID:8hpv4eXMo

 博士の話だと、姫様、ミネバ・ザビ、本名はメルヴィ・ミアっていうらしいけど、とにかくその子は、

ここから2区画離れたエリアにお付きの人と一緒にいるらしい。

博士は、その人達も一緒に助け出したい、と言った。あたしはそれも了解した。

だって、そばにいてくれた人と離れるのは、寂しいからね。

助け出しても、最悪、あたし達が一緒に居てあげることにしたって、やっぱり、埋めきらないものもあるだろうし。

 そこへ行くのは、やっぱりエアダクトが一番だろう。

ここから2区画なら、さっき通ってきたメインのダクトへ戻って、すこし進めばたどり着ける。

下手に廊下に出てリスクをかぶる必要はない。

 問題は、そこからだ。重要人物が行方不明、となったら、艦内は大騒ぎになるだろう。

なるべく悟られないように船から逃げ出したい。

できたら、ノーマルスーツにランドムーバーを付けて、プルとここへ来た道を戻って行くのが一番安全なんんだけど、

それはそれで時間がかかる。もし、いないのがバレて、モビルスーツでも出されたら、たちまちアウト、だ。

それを考えると、こっちもモビルスーツで脱出したいところだけど、全員を乗せることはできない。

モビルスーツとは別に、脱出に使う輸送船か何かが必要だろう。

 そう思ってモビルスーツケージの位置を確認する。救助する区画からは、そんなに距離はない。

だけど、この部分は船の中枢。どうしてもリスクは高まる…。

 困ったな、助ける、とは言ったものの、これはちょっと、ずいぶんと難問じゃない…。

 あたしは腕を組んで悩んでいたら、プルが口を開いた。

「二手に分かれた方が良いかもね」

「二手に?」

博士がそう聞き返した。

「うん。かたいっぽうで、先に脱出のための船のそばにいる。

 もう片方で、姫様たちを連れ出して、いったん合流して、

 それから、モビルスーツの確保の班と、脱出船の確保の班とに分かれる」

「合流しなくても、最初から別れた方が良いんじゃないか?」

いや、違う。プルの考えが正しい。パズルに興味津々で、マリと一緒に集中していたプルらしい組み換えの発想だ。

それは人数じゃなくて、戦力の問題。万が一のことを考えたら、どうしたって救助の方には戦力がいる。

これは、あたしとプルが担当するほかない。

でも、救助したからってそのまま一緒に輸送船に乗り込んじゃったら、今度はモビルスーツが出せなくなる。

だとしたら、救助する間に、輸送船での脱出準備を、比較的艦内を動き回りやすい博士に頼んでおいて、

救助が済んだら姫様たちを引き渡して、それから、今度はモビルスーツを奪いに、

あたしとプルでモビルスーツケージへ向かう…簡単じゃないし、複雑だし、負担も大きいけど…

万が一のときに備えて、マリにゼータで待機していてもらうこともできる。

あんまりモビルスーツには乗せたくないけど…こればっかりは、そんなことを言っている場合じゃない、よね。


633: 2013/09/01(日) 23:49:56.07 ID:8hpv4eXMo

 あたしは、改めて作戦を確認した。

まず、あたしとプルで、姫様の部屋に行く。

博士にはその間に、輸送船での脱出準備をできる限り安全なところまでやっておいてもらう。

あたしとプルで姫様たちを助け出したら、いったん、どこかで合流して、姫様達を輸送船に乗せる班に引き渡す。

この段階で、ルーカス達に行って、援護のために近くで待機してくれるように頼む。

で、あたしとプルはその足でモビルスーツケージへ向かって、適当に拝借して、

ケージとデッキを追手が出れないように破壊したうえで脱出する…こんなところかな。

「やりづらそうだけど、それが一番だな」

「うん、大丈夫、出来るよ」

博士とプルが言っている。あたしも、黙ってうなずいた。漏れはない。

念のため、ちょっとだけ感覚を使って、この船に危ないパイロットが乗っていないかどうかは調べた。

特に、気になる反応が返ってきたわけじゃないから、たぶん、モビルスーツ戦になれば、

あたしとプルにマリが居れば、シャトルも輸送船も守り切れる。大丈夫、だよね?

 「向こうには、連絡しておく。すぐに出られる準備をしておけるように」

博士はそう言って部屋にあった内線を取った。

「ノーマルスーツを着ておいて、って言っておいてください」

あたしはそう伝えながら、プルの腰に着いていた暗号通信用の無線機を博士にほおった。

「あたしへの連絡はそれで。あたしとプルは、ヘルメットの通信で事足ります」

「了解した」

博士は、いったん受話器を置いて、あたしにそう返事をしてそれからニコッと、レオナやプルの比じゃない、

とてつもない笑顔を見せてきて

「来てくれてよかった…9年前にも、あんた達みたいな頼もしい仲間がいたら、って思っちまったよ」

なんて言ってきた。あぁ、アヤさん…あたし、今回の旅で、どうしてこうも、変な誘惑に出会うのかな?

もういっそ、それでもいいかも、と思ってる自分がいるよ…あぁ、もう!違う違う、あたしは違うんだって!

 あたしは、そんな得体の知れない考えを頭の中から追い出して

「きっと、無事に、レオナと一緒に逃げ切りましょう」

と言い返して笑ってあげた。

 それからプルと一緒に、ダクトへと戻る。その間に、ルーカスへ作戦の内容を説明した。

ルーカスはすでに気を利かせてくれていて、あたしがゼータを隠した位置まで移動して、

マリが搭乗してくれているらしい。それに、アムロとブライトキャプテンにも連絡をつけてくれていたようだった。

ちょうど運良く、月へ帰ってきていたところらしくて、2時間もすれば到着してくれるとのことだ。

これは、頼もしい。

アムロの他にどんなパイロットが乗ってるのかは知らないけど、誰が乗ってたって、

アムロがいて、こっちはあたしとプルとマリがいる。もうこれ、最強じゃない?

634: 2013/09/01(日) 23:51:19.72 ID:8hpv4eXMo

 そんなことを考えているうちに、あたし達は目的の部屋のそばまで来た。

さっきと同じように枝分かれのダクトへ入って、部屋の中を覗き込む。そこには、4人いた。

子どもが二人に、大人が二人。子どもの内の一人は、メルヴィ・ミア。もう一人は、分からない。

大人は男女一人ずつ、だ。連絡は来てるはずだから、大丈夫だよね…?

 そうは思いつつ、だけど、あたしは念のためにサブマシンガンを抜いてから一気に部屋の中に突入した。

床に転がるまでの瞬間に大人二人の反応を見る。びっくりしている様子だったけど、こっちに敵意は感じられなかった。

 宙で体を回転させて、あたしは床に降り立つ。

「ちょと!避けて!」

跪くような体勢で着地した次の瞬間、そんな声がしたかと思ったら上からの衝撃で顔面から床に突っ込んだ。

したたかに、鼻をぶつける。

「ご、ごめん、マライアちゃん…大丈夫?」

どうやら、プルが上から降ってきてしまったらしい。もうっ!大人二人に注意してて、気が付かなかったよ!

「だ、だいじょうぶだよ、プル」

あたしは、起き上がってそう答える。幸い、鼻血やなんかは出てないみたいだ。

635: 2013/09/01(日) 23:51:49.66 ID:8hpv4eXMo

 「え、ええっと…」

男の方が、そう声を上げた。あぁ、かっこ悪いとこ見られた…恥ずかしい…

「あ、あたしは、マライア・アトウッド。元軍人で、今は戦時被災者保護の活動を行ってます」

とりあえずあいさつをしてみたけど…さすがに、きまりが悪い、よね。

「わ、私はオリヴァー・マイだ。話は聞いてる。よ、よろしく頼む…」

男の方も挨拶を返してくれたけど…なんだろう、視線が、痛い。

「世話になるわ。私はモニク・キャデラック…ねぇ、本当に任せて、大丈夫?」

もう一人の、女性の方もそう言ってくる。くぅ、あたしとしたことが…とんだ失敗だ…。

 床に崩れ落ちそうになるのをこらえてあたしは虚勢でもなんでも、とにかく胸を張る。

「ま、任せてください!これでも、いくつもの氏線をくぐってきてますんで!」

そうは言っても、今のあたしは恥ずかしくって自爆したい気持ちだけど…。

 「プルも、一緒だったのですね」

不意に、後ろで声がした。

振り返ると、そう言ったのは、ミネバ・ザビの影武者、メルヴィ・ミアだったみたいで、

彼女は立ち上がってあたし達をじっと見ていた。

「姫様」

プルはそう言って、突然に跪いた。あれ、なに、そう言う関係なの、二人って?

「プル、私は、ミネバさまではありません。どうか、顔を上げてください」

メルヴィはそう言って、跪いたプルに手を掛ける。促されて、プルは顔を上げた。

「これから一緒に逃げてくれるのですよね?あなたと一緒なら、心強いです。どうか、よろしく頼みますね」

「はい!」

プルは、そんな返事できたんだ、と思うくらいにシャキっとした様子で返事をした。

って、ちょっと待ってよ、プルを見て頼りになる、って、そんな、あたしが頼りにならないみたいじゃん!

姫様、あぁ、いや、影武者様!それってあんまりじゃないの!?

「よろしく、お願いします」

あたしがプリプリしていたら、もう一人の子ども、彼女も女の子だったけど、そう言ってきた。

「あなたは?」

私が聞くと、女の子はニコッと笑って

「カタリナ、と言います。ミネバさま…いえ、メルヴィの身辺係を務めています」

と自己紹介してくれた。うん、あなただけだよ、ちゃんとあたしを見てくれてるのは。

なんかあったら、最優先に助けてあげるのはあなたで決定ね。他の人はもう知らない!

プルにでも助けを請えばいいじゃない!

…なんて、子どもみたいなことは思わないけど、ね。

でも、ちょっと転んだくらいで、この扱いはないと思うんだ、うん。

やっぱり、釈然としないものを感じながら、あたしは暗号無線機を取り出した。

636: 2013/09/01(日) 23:52:32.19 ID:8hpv4eXMo

「こちら、マライア。博士、そちらの準備は?」

<あぁ、アトウッド。こっちは、研究用の資材運搬、って名目で、食料や医療品なんかを輸送船に積んでもらった>

「運搬?そんな、どこかに行く当てがあるんですか?」

あたしが聞くと博士は笑って

<難民コロニーへの物資輸送だ。あっちとは、多少、連絡を取れているんでな>

と言ってきた。なるほど、それなら、発進準備もいい具合に進んでいるだろう。ここからは、時間が勝負。

メルヴィが居なくなったのがバレた段階で追手がくるから、出来ればそれまでに輸送船を発進させて、

モビルスーツで暴れておきたいところだ。

「了解、これからそっちへ向かいます」

<あぁ、待ってるよ。急いでくれ>

博士の返事を待って、通信を切った。

 あたしは、4人にノーマルスーツを着こませて、来た時を同じようにダクトへと入った。

今度は、あたしが先頭で、その後ろに、オリヴァー、モニク、メルヴィ、カタリナと続いて、最後尾に、プルだ。

 輸送船のケージには、メインダクトがそのままつながっている。

何かトラブルがあったときに、一番エアーが抜けやすい場所だ。

その分、素早く再充填が出来る様に、そんな構造になっているんだろう。あたし達にとっては願ってもないことだった。

 あたし達は、難なく、ダクトでケージの天井に辿り着いた。

下を見下ろしたら、そこには、あたし達のシャトルとサイズは同じくらいだけど、

出力の高そうなエンジンを積んだ輸送船があった。

「博士、こちら、マライア。ケージの天井に着きました」

<了解。人払いは済んでるから、降りてきな>

博士の言葉に、あたしは、金網を押しのけてケージへ出た。そこは、思ったよりも狭い空間だった。

この輸送船一隻しか置いてない。

「博士、ここは?」

「この船は、ケージが隔壁で仕切られてるんだ。有事の際に、被害が広がらない配慮さ」

博士がそう言いながら眼下で手を振っていた。

 あたし達は博士の下に降り立った。オリヴァー達に博士が作戦を説明する。

あたしはその間に、無線機を取り出した。

「ルーカス、聞こえる?輸送船ケージに到着。これから、モビルスーツケージに移動するから、接近お願い。

 見つからないようにね」

<了解。万一に備えて、ミノフスキー粒子散布の準備も整ってます。

 マリは、ゼータを隠していたデブリからさらに戦艦近くへ向かいました。合図で、いつでも拾いに行けます>

「ありがと。マリ、聞こえる?」

<マライアちゃん、聞こえるよ。大丈夫?>

「うん。脱出のときに、デッキの一部を破壊するから、その光が見えたら、援護しに来てくれると助かる」

<任せて!>

マリの元気のいい声が聞こえる。そう言えば、マリ、ゼータに乗ってるんだよね…大丈夫かな?

あの機体、あたしには扱いやすいんだけど、基本的にすごく敏感でクセっぽいんだよね…

うまくコントロールできてると良いけど…。


637: 2013/09/01(日) 23:53:58.56 ID:8hpv4eXMo

 そんなことをしている間に、博士は説明を終えたようだ。メルヴィ達が輸送船に乗っていく。

博士も乗る…と思ったのに、なぜか、カタリナと残った。

「博士?」

あたしが尋ねると博士は

「モビルスーツデッキは、ちょっと特殊なんだ。案内するから、着いてきな」

と言って手を振って、宙を舞った。どこへ行くのかと思ったら、

ケージのすみっこにあった、隔壁に取り付けられた小さなハッチを開けてくれる。

「ここから、整備用の通路を通って、左舷ケージに出られる。急げ」

あたしは、プルと頷きあって、博士とカタリナのあとに続いた。ハッチから中に入って、薄暗いエリアに出る。

どうやら、モビルスーツ発進用の射出装置の点検ルームらしい。あたし達はそこに作られた通路を飛んでいく。

しばらく行って、戦闘を行っていた博士がとまった。彼女にしがみつくようにして、カタリナも停止する。

あたしもプルに腕を回して、そばにあったパイプをつかみ、体を止める。

 博士が、天井を指差している。そこには、金網があった。

あたしはその向こうを覗くと、ちょうど、モビルスーツの足元にあるようで、大きな黒っぽい塊が立っているのが分かる。


「ここは、ケージっていうより、倉庫に近いけどな。こいつ、ニュータイプ専用機で、この船にはもう乗れるやつがいないんだ」

博士がそう言う。ニュータイプ専用機…?

「見せて」

あたしがそう思っていたら、プルがあたしの体を昇るようにして、金網を覗き込んだ。

「キュベレイ!」

プルがヘルメットの中で叫ぶ声がした。

「知ってるの?」

「うん、あたし達専用の!まだ予備があったんだ…」

プルはなんだか感慨深げにそんなことを言っている。


 「いま、照明を落とすから待てよ」

博士は、そう言いながら、持っていたコンピュータのキーボードをたたいた。

バツっと音がして、金網から洩れていた光が消える。

「今だ、行くぞ!」

博士がそう言って金網を押し上げた。あたしはサブマシンガンを抜いて、先頭でケージの中へ入る。

人の気配はあるけど、こっちに気が付いてはいない。

あたしは、浮き上がったまま、一番傍にあったモビルスーツに取り付いて下を見た。

プルが同じように上がってくる。あたしはその場で待って、上がってきたプルを捕まえた。

「プルはこの機体に乗って。あたしは、向こうのやつを借りるから」

プルにそう伝える。もう一機、同じ黒い機体、キュベレイが置いてある。

向こうへ飛び移ろうとしたとき、プルがあたしの腕をつかんだ。

「マライアちゃん、待って。母さんと、あの、カタリナって子を、乗せて行ってあげて」

プルはそんなことを言ってきた。
 

638: 2013/09/01(日) 23:54:29.45 ID:8hpv4eXMo

「どうして?」

「たぶん、マライアちゃんにキュベレイで戦闘は出来ないと思う…これ、すごく難しいんだ」

プルは、言った。難しい、って言ったって、モビルスーツに変わりないでしょ?

すくなくとも、ゼータよりは動かしやすいと思うけど…そんなことを思っていたら、下から博士とカタリナもやってくる。

無線で話を聞いていたようで

「こいつは、サイコミュ兵器を積んでるんだ。ファンネル、って呼ばれてる。慣れないうちは、止めておいた方が良い」

と博士もそんなことを言ってくる。うーん、ファンネルって、あのファンネル・ビットのことだよね?

確かに、遠隔操作の武器なんて、正直、イメージつかないな…

じゃぁ、博士とカタリナを乗せて、マリと合流して、ゼータとキュベレイ交換して、

マリに二人をシャトルまで連れて行ってもらおう。

その間に、あたしとプルで、輸送船とシャトルを護衛すれば、平気かな…。

「わかった。じゃぁ、二人とも、来て」

あたしは、博士とカタリナにそう声を掛けた。

 キュベレイの腰の部分に脚をかけて蹴る前に、ふと、なぜかプルに触れておかなきゃ、と思った。

変な感じだったけど、あたしは、とりあえず、プルを抱きしめておいた。

「どうしたの、マライアちゃん?」

プルが聞いて来た。まぁ、そうだよね。なんかわかんないけど、そうしたくなった…

もしかしたら、ライラのことが頭をよぎっているのかもしれない。大丈夫、そんなことはない…

自分に言い聞かせた。

 すくなくとも、ライラみたいに、あたしの手の届かないところで戦って氏なせちゃうようなことには、ならないはず。

だから、安心してよ、あたし。

「無理しちゃだめだよ、プル。一番大事なのは、氏なないこと、だからね」

あたしは、プルにそう言い聞かせた。

「分かってる。もう、無茶なことはしないよ」

プルはそう言って、ヘルメットの中で笑顔を見せてくれた。

あたしも、プルに笑顔を浮かべて、もう一機のキュベレイのところまで移動する。

すでに、博士たちはコクピットに乗り込んでいた。
 

639: 2013/09/01(日) 23:55:35.01 ID:8hpv4eXMo

 コクピットを閉じて、プルに無線をする。

「プル、そっちはどう?」

<大丈夫、いつでも行けるよ!>

プルの、しっかり、はっきりした返事が返ってきた。

 よし、じゃぁ、作戦開始、と行こうか。

「こちら、マライア。オリヴァーさん、聞こえる?」

<こちら輸送船のオリヴァー・マイ。準備よし>

「合図でハッチを破って、一気に離脱して。5、4、3、2、1、てっ!」

あたしは自分で合図をして、レバーにあったトリガーを引いた。

細いビーム兵器が炸裂して、目の前にあったハッチに大穴が空く。

その先は、モビルスーツの射出デッキになっていた。

「プル、行くよ!」

<了解!>

あたしは、プルに先んじてケージを抜け出した。なんだ、このモビルスーツ、素直でいい子じゃない。

ゼータより操縦が素直で、割といいよ、うん。

 あたしはそんなことを考えながら、こんどは無線でルーカスを呼び出す。

「ルーカス!脱出した!」

<了解、すぐに援護に向かいます!>

「マリ、見える?!」

<もう、出口のところに着いてるよ!>

マリの無線を聞いて、あたしは、射出デッキの先を見た。

そこには、見慣れたシルバー薄いネイビーのカラーリングが施された、ゼータガンダムが待機してくれていた。

射出デッキから飛び出して、すぐにマリのゼータにしがみつく。

接触通信でマリに機体を交換したいと伝えると、すぐにマリがゼータのコクピットを開けてくれる。

 「あたしは、向こうに行きます。こっちは、マリ…もうひとりの、レオナの妹に任せます」

あたしは、博士たちにそう伝えて、キュベレイのコクピットからゼータへ飛び移った。

途中の宇宙空間で、マリとすれ違う。マリも、プルとおんなじに、笑っているのが見えた。
 

640: 2013/09/01(日) 23:56:34.66 ID:8hpv4eXMo

 ゼータのコクピットに辿り着いて、ハッチを閉める。

モニターでキュベレイの様子を確認すると、マリも無事に向こうへ到着できたようで、キュベレイも動き出していた。

「マリ、あなたはその人たちをシャトルへ運んで!」

あたしはマリにそうお願いする。

<マライアちゃんは!?>

「あたしもすぐに行くよ。でも、その前にこの船の足止め、やっておきたいんだよね」

<…わかった、無理しないでね!>

マリがそう言い残して、キュベレイをシャトルの方向に駆った。

 <マライアちゃん、デッキの出口、破壊するよ!>

今度は、プルの声…って言っても、声、おんなじなんだけどね。聞き分けられた自分を、ちょっと見直した。

いや、そうじゃなくて。

「了解、あたしはエンジンに穴開けてくる!」

この場はプルに任せて、あたしはそのまま後部に向かう。

ビームサーベルを抜いて、エンジンから突き出ている噴射ノズルに斬りつけた。

あんまりやりすぎると爆発しちゃうから、ちょっとだけ、ね。

 片側のエンジンさえ使えなければ、そうそう追いかけては来れないでしょ。

あとは、モビルスーツ射出用のデッキさえふさいじゃえば…

 そう思っていたあたしの耳に、突然警報が響いた。下…!?

 咄嗟にフットペダルを踏み込んで、その場から脱出する。

誰もいないところをビームが飛んで行って、戦艦のエンジン部をかすめた。

<ごめん、マライアちゃん!右舷のデッキ、間に合わなかった!>

プルの声が聞こえる。うぅ、やっぱ、あたしが右舷に行っておくべきだった!ここまで対応が早いなんて…!

あたしはモニターとレーダーで敵の位置を確認する。

3機いる…とりあえず、下から撃って来た、あんた!

 あたしは機体を翻らせるのと同時にビールライフルを発射した。

緑色の、バウとかってモビルスーツに当たって、小爆発を起こした。

 

641: 2013/09/01(日) 23:57:32.43 ID:8hpv4eXMo

 あとの2機は…!?あたしはさらに敵機を追う。

2機はそれぞれ別行動で…1機はシャトルへ、もう1機は輸送船に向かっていた。あぁ、なんでそっち行くのよ!

<マライアちゃん、輸送船はあたしが守る!マライアちゃんはデッキ壊して!>

プルの声が聞こえた。プル、なんだかんだ言って、戦闘には慣れてるよね!頼っちゃうよ!

「ん、了解、プル!マリ、1機そっちに行っちゃった!対応できる!?」

あたしはそう言いながら機体を反転させて、右舷の射出デッキに狙いを定めてトリガーを引いた。

パッと光が広がってデッキの出口が完全につぶれる。よし、これで大丈夫…な、はず。

 そう言えば、マリからの返答がない。あたしはマリが飛んで行った方に目をやった。

マリは、バウに撃ちまくられて、なかなか反撃ができないでいた。

「マリ!」

<ごめん、マライアちゃん!こっち二人乗ってて、思うように動けない!>

あたしは、ゼータを飛行形態にしてマリの下へ突っ込んだ。敵の動きに集中する。

マリを正面から撃ち損じたバウは、いったん、距離を置いて、下方に回った。残念、その軌道は、相対速度で回避難しいんだよ。

 飛行形態のまま、搭載状態にされたビームライフルを撃った。

ちょうど、マリに向かって上昇を始めていたバウの進行後方を通過する軌道で。

バウはあたしの射撃に気付いたけど、もう遅い。慣性が付いてるから、どうしようも、ないんだ。

ビームがバウを貫いた。バウは、爆発はしなかったものの、完全に停止してしまった。

 さって、プルの方も苦戦してなければいいけど…あたしは、機体を旋回させてプルと輸送船の方を見る。

そこには敵機の姿はなくて、輸送船にへばりつくようにして飛行しているキュベレイの姿あった。

「プル、そっちは大丈夫?」

<うん、1機くらい、敵じゃないよ!>

プルの元気な声が返ってきた。ふふ、さすがだね!
 

642: 2013/09/01(日) 23:58:41.44 ID:8hpv4eXMo

 そう言って、褒めてあげようと思ったら、また、コンピュータに反応があった。今度は、戦艦からだ。

そっちを向くと、戦艦のデッキに明かりが見えた。あれは…爆発?まさか、ハッチを射撃で取り除いたの!?

 そう思ったのもつかの間、射出デッキから、何かが飛び出してきた。光点が3つ、こっちへ迫ってくる。

モビルスーツだ。でも、なんだ、この感じ?なんだか、スカスカして…まるで、誰も乗ってないような…

 モニター越しにモビルスーツの機影を拡大して確認する。またバウだ。でも3機とも真っ青に塗装されている。

量産型は、さっき見た、ザクと同じ緑。あれは、エース機…?

だけど、この感触は、エースでも、ましてやパイロットとも違う感じがする。

 そこまで考えて、あたしは背中を走る、強烈な寒気を感じた。

 パイロットの乗っていない、蒼い、モビルスーツ。機械のような動きをする、蒼い、モビルスーツ…

9年前のソフィアの話が、脳裏によみがえってきた。

 あたしは、戦慄を覚えずには、いられなかった。 


 

647: 2013/09/02(月) 20:07:11.93 ID:KrMwBe1wo

 光点が3つ、こっちへ迫ってくる。モビルスーツだ。

でも、なんだ、この感じ?なんだか、スカスカして…まるで、誰も乗ってないような…

 モニター越しにモビルスーツの機影を拡大して確認する。またバウだ。でも3機とも真っ青に塗装されている。

量産型は、さっき見た、ザクと同じ緑。あれは、エース機…?

だけど、この感触は、エースでも、ましてやパイロットとも違う感じがする。

 そこまで考えて、あたしはハッとした。

パイロットの乗っていない、蒼い、モビルスーツ。

機械のような動きをする、蒼い、モビルスーツ…

9年前のソフィアの話が、脳裏によみがえってきた。

 あたしは、戦慄を覚えずには、いられなかった。

 敵の前線を、たった1機で突破してレーダー基地を破壊して、

さらにキャリフォルニアベースで10機以上のモビルスーツを撃破した、連邦の、蒼いモビルスーツ…!

機械のようだ、とソフィアが言っていた、あの、モビルスーツは、もしかして…

「あいつら、EXAMを…!」

エビングハウス博士の声が聞こえる。やっぱり…そうなんだね。

アリシア博士の開発していた人工知能の性能の話が本当なら、

9年前の蒼いジムには、亡命したレオナと一緒に居たモーゼスって博士が連邦に持ち込んだ人工知能が搭載されていたんだ。

そう考えればソフィアの話してたあの被害状況にも説明がつく…

あのとき聞いたジムの戦果が、あの人工知能の戦闘能力…だとしたら、あいつらは…!

「おい!アトウッド!気をつけろ、そいつら、ネオジオンの技術者が研究所から持ち出された資料をもとに復元した

 人工知能を搭載した試験機で…!」

「バケモノ、だよね」

あたしは、エビングハウス博士の言葉に、そうとだけ返した。

あのモビルスーツはサイコウェーブを感知して、攻撃をかけてくるはず…

ファンネルを使っているプルやマリは、格好の標的だ…!

「オリヴァー、ルーカス!合流はいったん中止!全速力でこの宙域から離れて!

 プル!マリ!サイコミュを使っちゃダメ!あのモビルスーツは、あたしに任せて、あなた達も船を援護したまま離脱して!」

「マライアちゃん!」

マリなのかプルなのか分からない声が聞こえてくる。

 マリ達のニュータイプ能力はあたしなんかよりも強い。

でも、そもそもこの人工知能は対ニュータイプ戦闘のために作られたもの。

その点、ニュータイプ能力を無視すれば、実戦経験はあたしのほうが豊富。

動きを察知し切れない人工知能を積んでいて、

なおかつサイコウェーブを感知して攻撃を仕掛けてくるモビルスーツが相手では、マリ達では、勝てない…

こいつらは、あたし一人でやるしか、ない。
  

648: 2013/09/02(月) 20:07:45.86 ID:KrMwBe1wo

 あたしは、シャトルから離れた。近くで戦えば、巻き込んでしまう。

離れながら、あたしは一気に集中力を高めた。

ほら、食いつけ!あんたたちの敵は、こっちにいるよ!

 とたん、3機のモビルスーツの機動が変わった。猛スピードでこっちに進行方向を変えて突進して来る。

まるでアムロのように…ううん、あの鋭い旋回は、アムロでも無理。あんなの、人間が出来る動きじゃない。

中に乗っている人が、Gでつぶれる…これが、人工知能…リミッターをはずした、モビルスーツの性能なの?!

 3機の蒼いバウがいっせいに射撃してきた。あたしはスラスターを駆使して最低限の機動でそれをよける。

射撃がやんだ瞬間には、もう、3機との距離はあたしが反撃する隙もないほどに迫っていた。

「くっ…!」

咄嗟にバーニアを吹かしながらスラスターで機体を滑らせて回避する。

でも、3機は、停止することもなく、ほとんど直角に近い角度で軌道を変えてあたしを追随してきた。

 ダメだ、機動性じゃぁ、かなわない…

でも、格闘したって、あんな動きが出来るくらいのパワーを持ったモビルスーツとやれるの!?

 背中に、冷たい何かが伝った。これは…恐怖じゃ、ない。胸のうちを締め付けるあの感覚とは違う。

これは…なに?寒い…寒くて、体が震える。

 あたしは、追従してくるモビルスーツにビームライフルを掃射する。

3機は一瞬にして四散し、迂回するように軌道を変えてしつこくあたしを追ってくる。

あのビームを避けるなんて…こっちの動きを計算されている!?普通に戦ったんじゃ、ダメだ!

 あたしはスラスターを全力で吹かした。AMBACを切って、手動操作に切り替え、機体を不規則に揺さぶる。

敵の攻撃の照準がバラ付いた。この動きは、行ける…!AMBACの動きを計算しているんだ、あのAI!

あたしはそのまま、バーニアで加速して旋回を繰り返す。内臓が潰れそうなGがかかる。

頭が冷たくなり、目の前が白んでくる。

―――まだ…まだだ…あの動き…良く見て、マライア!右、左…最短の軌道を来る…そこ!

 あたしは、レバーのトリガーを引いた。

ゼータガンダムのライフルから光跡が伸び、狙っていた蒼いバウの両脚と交差して、爆発した。

―――やった!

 そう思った次の瞬間、爆煙の中からビームが伸びてきた。息を飲んで、フットペダルを踏み込んだ。

鈍い衝撃があって、機体が回転しそうになる。姿勢制御を…手動じゃ、ダメだ、AMBAC!

あたしはコンピュータを操作しながら、爆煙に向かってライフルを連射した。

と、パッと明るく何かが光った。
 

649: 2013/09/02(月) 20:08:12.39 ID:KrMwBe1wo

 「よし、今度こそ、やった!」

「マライアちゃん!」

油断だった。マリの声が聞こえたのと同時に、再び鈍い衝撃。

機体が予期しない急旋回でメリメリと音を立てている。あたしの体もバラバラになっちゃいそうな遠心力…!

歯を食いしばって、必氏にレバーを握りながら、ビービー鳴っているコンピュータに目をやって損害を確認する。

片脚を持って行かれた…もう!ABMAC入れた途端に直撃なんて…!

 宇宙を映し出すモニターの向こうに、光点が暗闇を切り裂くように動いている。

まずいよ、あの機動に、脚一本失って、追いつくのはおろか、逃げるのなんてもっと無理だ。

 背中にまた、冷たい何かが伝った。肩から、腕に、小刻みな振動が伝わる。

あたし、震えてる…これは、恐怖なんかじゃ、ない…怖くなんか、ない!

「マリ!プル!シャトルと姫様、頼んだよ!」

「マライア!」

レオナの叫ぶ声が聞こえた。それはもう、悲鳴に近かった。

 思考が狭まる。頭の回転数ばかりが上がって、対応策は沸いてこない。

脚をなくしたゼータガンダムの振動のせいなんかじゃない、冷たい感覚で全身が震える。

胸が、詰まってくる。呼吸が苦しい…違う、怖いんじゃない!これは、Gのせいだ!

怖くなんかない、だから、考えるのをやめるな!動きを止めるな!じゃないと、また何も守れない!

あのときの、ソフィアのときのような思いはもうたくさんだ…あたしだって、あたしにだって戦えるんだ!

逃げ場なんてない、助けなんか待ってられない、あたしが、あたしがやるしか、ないんだ!

―――ライラ!

 あたしは、ペダルを踏んで、レバーを引いて、バーニアを全開にして、蒼いバウへ突進した。

ビームが機体をかすめて行く音がする。

「うわぁぁぁぁ!!!」

あたしは、シールドを突き出して、バウに突っ込んだ。逃がしたら、追い回される。

もう、これしかない!あたしは、シールドをパージせずに、バウの肩の関節部にマニピュレーターをねじ込ませた。

反対の腕で、ビームサーベルを抜く。バウも近接戦闘に反応して、サーベルの柄を手にした。

サーベルの起動を確認する前に、あたしは先端をバウの胸部に押し付けた。

ちょうど良く伸びたミノフスキー粒子の反応炎が、バウの装甲を一気に溶かす。このまま、八つ裂きに…

 ゾクっと、背筋が凍りつく感覚が、またあたしを襲った。

―――後ろ!

 あたしはバウを捕まえていたほうの腕を放し、予備のサーベルを抜いた。

そのまま逆手に持って、後方へ突き出す。

そこには残った一機のバウがサーベルを振り上げてこっちへ突進してきていた。

バウの頭部に、サーベルが突き刺さる。それと同時に、バウのサーベルがゼータの腕を切り落とした。

 まだ!機体を分解するまで、油断しちゃ、ダメ!

 あたしは最初に貫いた方のバウに突き立てていたサーベルを振り上げて、胸から頭までを切り裂く。

振り上げたそのサーベルで、機体を捻らせて後ろのバウに袈裟掛けに切りつけた。
 

650: 2013/09/02(月) 20:09:08.26 ID:KrMwBe1wo

 フットペダルを踏み込んで、2機の間から脱出する。

距離を置いて見下ろしたとき、2機は小さな爆発を起こして、宇宙空間に弾けて行った。

 あぁ、勝った…あたし、生きてる、よ、ね…?

「マライアちゃん!大丈夫!?」

脱力していたあたしの耳に、マリの声が聞こえてきた。

見渡したら、すぐそばに、マリの乗るキュベレイが近づいてきていた。

「マリ…うん、大丈夫だよ。ケガもない。ちょっと、腰が抜けそうだけど…博士たちは?」

「シャトルに乗せてきたよ!ねぇ、マライアちゃん、こっちに来て!ガンダム、爆発しちゃうよ!」

マリがそう怒鳴っている。確かに。コンピュータはビービーと鳴りやまない。

腕と脚を失って、あのバウとの衝突でフレームもガタガタ。

なにより突っ込んだときに何発も食らった攻撃が、致命的な損傷につながっている。

よくもまぁ、あんなギリギリまで動いてくれた。

「すぐ行く。捕まえて」

あたしは無線でそう話して、コクピットを開いた。ベルトを外してシートを蹴り、宇宙空間へ飛び出す。

キュベレイのマニピュレータがあたしを受け止めて、そのままコクピットへと押しやってくれる。

「マライアちゃん、はやく!」

キュベレイのコクピットが開いて、マリが顔を見せた。

あたしはマニピュレータを蹴って、マリに受け止められながら、その中に飛び込んだ。

コクピットが閉まり、全周囲モニターが点灯する。

シャトルは、後方、下側…お姫様を乗せた輸送船と、プルの姿が見えない。

「ルーカス、プルは?」

「ずいぶん離れてしまったみたいです。そちらから、1時方向上方」

あたしはそれを聞いて上を見上げた。遠くに、かすかに、エンジンの物らしい光点が光っていた。

ふと、視界に何かが入った。

あれは…星?小惑星…?ううん、違う…あれは、もっと、大きい…船だ…!

「きょ、巨大船を肉眼で視認!距離…1万!?1万あって、このサイズだと…!?」

「ジュドー」

プルの、つぶやくような声が聞こえた。

「あれが、ジュピトリスⅡ…」

プルの言葉に、あたしはそう口にしながら船を見つめた。あそこにジュドーくんが…

「マライアちゃん!戦艦から、モビルスーツ!」

あたしはハッとしてエンドラ級に視線を戻した。キラッと、複数の光が瞬く。あの蒼いモビルスーツが出てきたら…

想像して瞬間的に肝を冷やしたけど、モニターに映っているのは、普通の量産機だった。

でも、数が多い。6機、いや、9機、3個小隊?こっちはいくらファンネルを使えるとは言っても、あの数は簡単じゃない。

プルと合流しなきゃいけないってのに…!
 

651: 2013/09/02(月) 20:09:42.57 ID:KrMwBe1wo

「マライアちゃん、操縦して!ファンネルはあたしが動かす!」

マリがレバーを握りしめてそう言う。シャトルと守りながら、プルの方に転舵しつつ、9機とやりあう…

簡単じゃ、ないよ!?でも、マリ、その判断は正しいと思う!

「うん!」

あたしはそう返事をして、マリの座っていたシートに割り込んだ。二人で折り重なるようにしてシートに着く。

 体はすでにガタガタだ。神経も、精神的にも消耗が激しい。正直、万全の状態とは、ほど遠い。

何も守る必要がなくったって、厳しい状況だと言わざるを得ないけど…でも、そんな泣き言、言ってる場合じゃない!


来なさいよ!アムロには連絡が付いてる。もうすぐ、来てくれるはず…!

それまで、シャトルにも輸送船にも、指一本、触れさせないんだから!

「マライアちゃん!すぐそっちに行く!待ってて!」

プルの声が聞こえてくる。

「ダメだよ、プル!あなたは、輸送船の直掩について!」

あたしは無線に怒鳴り返した。戦艦の火器管制が回復するまでに残された時間も長くはない。

合流は、たぶん、もう無理だ。だとしたら、プルには、輸送船を守ってもらいながら、この場を離れてもらう方がいい。

「だって、マライアちゃん!」

プルが必氏にそう叫んでいる。

「行きなさい、レベッカ…いいえ、プル」

不意に、無線からそう言う声が聞こえた。レオナの声だった。待って、今、レベッカ、って、そう、言ったの…?

「レオナ姉さん!」

「プル、聞いて。あの大きな船を追いかけて。あそこに、ジュドーくんがいるんでしょ?」

「そうだけど、でも!」

「行きなさい。あなたは、もう、誰の言うことを聞く必要もないの。

 道具や兵器としてじゃない、プルっていう一人の人間として、あなたの運命を、生きなさい」

氏んでしまった、クローンの一人は、レイチェル、と呼んでた。

そうだ、もう一人、“プルツー”につけた名を聞いたこと、なかったな…。

レベッカ、ってつけてあげてたんだね、レオナ。アヤさんレナさんの遺伝子を持った、あのレベッカと同じように、

あなたは、あの子を愛してあげようって、そう思ってたんだね…。

「プル、行って。私たちに気を遣わなくても大丈夫。ジュドーくんと一緒に行きたいのはしってる。

 だから行っていいの。たとえどんなに離れてても、どこへ行っても、私達は家族。

 どこへ行っても一緒よ、それを忘れないで」

レオナは、優しく、諭すように、プルにそう言った。




 

652: 2013/09/02(月) 20:10:13.81 ID:KrMwBe1wo


UC0079.9.22



 港の建物の中には警報が鳴り響いている。

私は、ユリウス達が用意してくれていた脱出路を抜けて、一足早く、このシャトルへと乗り込んでいた。

準備は済んだ。あとは、レオナ達が来てくれるのを待つだけ…!

 不意に、激しい銃声が聞こえた。来た…!

<パラッシュ博士!こちら、ジェルミ!ケージへ到着しました!>

無線機から、そう叫ぶ声が聞こえてくる。

「了解!ハッチをシールする、下がって!」

私はそう叫んで、手元のコンピュータを操作した。ここに来るときに、すでに空港のシステムは一部掌握済み。

ハッチを閉めたら、物理的に破壊されるまでの時間くらいは稼げる。

<ハッチ閉鎖を確認!ありがとうございます!>

ジェルミ飛行士の声が聞こえてくる。とりあえず、無事みたい。良かった。

 私は機材をカバンにまとめて、シャトルを飛び出した。

 ケージには、ノーマルスーツに身を包んだ一団が、肩で息をしつつ、思い思いにヘタレこんでいる。

その中に、レオナの姿はあった。

「レオナ!」

私が声をかけたら、レオナはハッとした様子でこっちをみて

「ママ!」

と声を上げて駆け寄ってきた。胸に飛び込んできたレオナを私は力いっぱい抱きしめる。

「無事で、良かった。怖い思いさせて、ごめんね」

「ううん、平気だよ…」

あやまる私の体にまわしたレオナの腕にも力がこもる。私は、レオナの感触を全身で感じ取った。

ユリウス達が私達のために稼いでくれた時間は、もう残り少ない。

「レオナ、聞いて」

私がそう声を掛けると、彼女は顔を上げた。

「自由研究、覚えてる?」

「うん、料理の研究」

「地球に行ったら、続きをやろうね」

私は、なるだけ穏やかにそう言ってあげる。

「うん…でも、なんでそんなこと言うの?」

「ん?だって、ユーリが一緒じゃないでしょ?ご飯作るの私だけになっちゃうし、できたらレオナにも覚えてほしいんだ」

「わかった」

レオナは、素直にうなずいてくれる。

「あぁ、でも、ユーリがいないと、失敗作を食べてくれる人が居なくて困るよね」

続いてそんな風におどけたら、レオナは笑ってくれた。

私の大好きな、大切な宝物の笑顔で。
  

653: 2013/09/02(月) 20:11:01.99 ID:KrMwBe1wo

「レオナ」

「なに?」

「その笑顔を忘れないでいてね」

「え?」

私はそう言って、もう一度レオナを抱きしめてから、

「レオナ、あなたは向こうのシャトルに乗って。私も、別のシャトルですぐに追いかける」

と伝えて体を離した。ノーマルスーツの中のレオナの顔が不安にゆがむ。

「ママは、一緒じゃないの?」

「一緒よ、大丈夫。あとから、必ず行くから」

私は、ヘルメットのシールドを開けて、レオナの頬をさすってあげた。

でも、すぐにシールドを閉じて、立ち上がった。あまりこうしていると、決心が揺らぐ。

「パラッシュ博士、もう時間がない」

そばに、モーゼス博士がやってきて、そう言った。

「えぇ、モーゼス博士。レオナをお願い」

「確かに、引き受けました。あなたも、無事で」

彼はそう言って、私に握手を求めてきた。その手を握り返して、そのまま彼とレオナをシャトルの方に促す。

何人かの研究員がいまだ意識を取り戻していないマリオンの体を支えながらシャトルへと向かう。

最後に残ったのは、私と一緒に行くメンツと、もう一人。

わざわざこんな作戦のために志願してくれた、一号艇を担当するジオンの若いパイロットくん。

「ねぇ、シャトルの操縦、どうかお願い…無事に地球まで、みんなを届けて…!」

私は彼を捕まえてお願いした。彼は、ヘルメットの中でクスッと笑い

「大丈夫。俺たちが援護についてますからね。なんたって、キマイラ隊のライデン少佐まで出張ってきてるんです。

 シャトルの2機くらい、なんとか抜け出して見せますよ」

と胸を張って言った。

「ジョニーくん、ね。彼にも、お礼を言っておいて」

「どういうことです?」

「二号艇は、囮が目的だから」

私は、彼に伝えた。彼は、あまり驚かなかった。ただ、真剣な表情で

「いいんですか?」

と聞いて来た。良いワケない。でも、それが一番確実に、レオナを地球に送る方法。

誰かがそれをやらなきゃならない。あのエルメスは、ビットを使った全周囲攻撃ができる。

狙われたら、いくら腕のいい援護が居たってシャトルなんてまず間違いなく落とされる。

レオナのシャトルを逃がすには、陽動が必要。

だから、そうするしかないんだ。
 

654: 2013/09/02(月) 20:11:38.33 ID:KrMwBe1wo

 私は、何も言わずにうなずいた。

「…わかりました…では、ご武運を!」

彼は、そう言って私に敬礼をし、シャトルの方へと走っていた。一号艇も発進の準備が整う。

ケージ内のエアーが抜けた。ハッチが開いて、シャトルが発進する。

一号艇は、地球方面へ、二号艇は、戦闘の始まっているギリギリのラインへ、盾として進む。

「ママ!どこにいくの、ママ!」

ヘルメットの中に、レオナの叫ぶ声が聞こえてくる。私は、唇を噛んで、涙をこらえた。

「レオナ…行きなさい…!」

「ママ!」

「行きなさい。あなたは、もう、誰の言うことを聞く必要もない。

 被験体や道具や兵器としてじゃなく、レオニーダ・パラッシュっていう一人の人間として、

 あなたの運命を、生きなさい!」

「ママ、ママも一緒じゃなきゃイヤだ!」

「レオナ、どこへ行っても、私達は家族。どこへ行っても一緒だよ。

 あなたには、素晴らしい能力があるんだもの。私はいつも、あなたのそばにいるよ。それを…忘れないで」

「ママ!」

私は、ヘルメットの無線を切った。これ以上は、聞いていられない。

 カッと、目の前が明るくなった。

エルメスのビットから放たれたビームが、二号艇をつらぬいた。


 レオナ…元気でね…あなたの笑顔、また、見たい、なぁ…





 

655: 2013/09/02(月) 20:12:26.56 ID:KrMwBe1wo

 「レオナ姉さん…あたし、行ってくる!」

プルの叫ぶ声が聞こえた。

「うん」

レオナもそう返事をする。

「絶対、絶対に、帰ってくるから、待っててよ!」

「うん。プル、いってらっしゃい。地球で、あなたの帰り、待ってるよ…」

レオナはもう、涙声になっている。

「うん、レオナ姉さん!母さん!ありがとう!マライアちゃん、マリ!」

プルは今度はあたし達の名前を呼んだ。あたしは、マリにかぶりを振ってあげる。

「姉さん…!」

マリの瞳にも、涙が滲んでいるのが分かる。

「マリ、わたし、ちょっと出かけてくるよ…だから、母さんと、レオナ姉さんをお願いね!」

「うん…わかった!姉さんも、元気でね…氏んじゃだめだよ…帰ってきたら、またパズルやろうね…!」

マリはプルの言葉に力強く答えた。

「マリ…わたし、プル姉さんにはひどいことしちゃった…だからそのぶん、あなたとはちゃんと仲良くしたいんだ。

 絶対に帰ってくるから、また、遊ぼうね…!」

「うん…!待ってる!」

 戦艦からは、まだモビルスーツが出撃してくる。15機?ううん、もっといる?もう、数えるの、めんどくさい!

 そんなことを考えてたら、何か、得体の知れない感覚があたしを襲った。

振り返ったら、マリが目をつむっていた。なに、この気配…なにをしてるの、マリ…?!

「姉さんの邪魔はさせない!!」

次の瞬間、戦艦の周囲に、無数のビーム弾幕が走って、モビルスーツが4、5機、いっぺんに爆発した。

今のが、ファンネル!?あんなにたくさん!?…いや、違う、これは、この機体のファンネルだけじゃ、ない…

プルだ、プルがマリに、ファンネルを残して行ったんだ!

「ルーカス!すぐに撤退して!マリ、このまま敵を引きつけるよ、出来る!?」

「うん、任せて!」

マリは目をつぶったまま、答えた。戦艦から、さらに数機のモビルスーツが出てくる。

でも、やられるわけには行かない…プルを逃がすんだ…シャトルを無事に、逃がすんだ!

そうだ、もうこれ以上、誰も泣かすわけにはいかないんだから!

邪魔す奴は、カラバのお喋り悪魔こと、このマライア・アトウッドさんが吹っ飛ばしてデブリにしてやるんだから!

氏んじゃっても、恨まないでよね!
 

656: 2013/09/02(月) 20:13:07.31 ID:KrMwBe1wo

 あたしは、キュベレイを駆った。それからのことは、なにをどうやったのか、良くわからない。

でも、なにか、とてつもなく強い意思に導かれたみたいに、とにかく戦った。

もう、どれだけ撃墜したかも、どれだけ撃ったのかも斬りつけたのかも、記憶になかった。

 ハッとして、我に返った時、あたりには、半壊したモビルスーツが無数に漂っていた。

「大尉!大尉、聞こえるか!?」

無線が、鳴り響いた。この声、来てくれた?!

 コクピットの中に、何かが表示された。

「ガ、ガンダム!?」

マリがビクッとして、レバーを握ろうとする。

「マリ、大丈夫、あれは、味方だよ。あたしの、友達」

「大尉、それか…?」

あたしは、アムロに向けて信号弾を上げた。それからすぐにアムロのそばに飛んで、編隊を組む。

「大尉、無事の様だな」

「うん、お陰様で…」

「どうした?様子が変だぞ?ケガでもしているのか?」

「ううん、なんか、放心しちゃっただけ…」

あたしは、アムロにそう言って、後ろにいるプルの様子を見る。プルもどこか視点が定まっていない。

これは、お互いに、相当消耗しちゃってるね…そう思ったら、なんだか余計にぐったりしてきた。

あぁ、ほんとに、疲れちゃったよ。

「ルーカス達は、回収してくれた?」

「あぁ。ダークペガサスに収容した。ここの処理は俺たちに任せて、大尉も船へ行ってくれ」

アムロがそう言ってくれる。でも、ごめん、アムロ。これ、どうもあたし達だけじゃ、帰れないや…

「ごめん、アムロ。もうクタクタで、ダメだわ。そっちへ乗せてもらっていいかな?

 一緒に連れて帰ってくれると、助かる」

あたしがそう頼んだら、アムロの笑い声が聞こえた。

ふふ、アムロ、いつも憂鬱そうな顔してたけど、笑うことなんてあるんだね。

「了解だ。こっちへ」

モニターのむこうでアムロのゼータがコクピットを開けてくれた。

あたしは、マリのノーマルスーツにアンカーワイヤーをひっかけて、キュベレイの自爆装置をセットした。

これをアムロの船に運び込んじゃうのは、反則だからね。

 コクピットを開けて、ゼータヘと飛び移る。

キュベレイを捕縛しようとしていたアムロに動力部が破損したから、爆発するかも、と言って、回収を諦めてもらった。

ごめんね、アムロ。でも、ネオジオン残党の位置知らせてあげたから、五分五分ってことで許してよね。

 それからあたし達は、アムロの操縦するゼータの中で、眠りこけてしまった。こんなに疲れたのは、初めてだ。

あのときの、妙な感覚はいったい、なんだったんだろう?

まるで、本当に、なにか、得体の知れない意思みたいなものに、体を明け渡したみたいな感じだった。

もしかしたら、あるいは、あれが、ニュータイプの意思、ってやつなのかな。あたしには良く、分からないけど…

 疲れちゃったけど、でも、悪い気分じゃ、なかったし、ね…。ね、あなたも、そうだったよね、マリ?

あたしは、夢の中で、マリにそんなことを話しかけていた。

 

657: 2013/09/02(月) 20:13:39.78 ID:KrMwBe1wo




 気が付いたらあたしは、ベッドに横たわっていた。

起き上がろうとして体を起こしてみたら、ひどいめまいがして、座っているのもやっとなくらいだ。

 しかたなくまた横になって、あたりを見渡す。ここは、シャトルの居住スペースだ。

あたし、氏んじゃったりしてないよね?大丈夫だよね?

 そんな心配をしてたら、ひょっこりとレオナが顔を出した。

「マライア!」

レオナはあたしが目を覚ましているのに気が付いて、フワッと宙を飛んでベッドに飛び込んできた。

「良かった…目を覚まさないから、心配してたんだよ…」

レオナは半べそになってそう言ってくる。

そっか、アムロのゼータの中で寝ちゃって、それから…どれくらい経ったんだろう?

「どれくらい寝てたの?」

あたしが聞くと、レオナは宙を見据えて

「んー、3、4時間くらい?」

「なんだ、ちょっとじゃん」

あたしが言ったらレオナはプウっと頬を膨らませて

「それでも!心配だったの!」

と怒った。もう。怒らなくたっていいじゃんか、こっちはヘトヘトだったんだから。

 そんなやりとりをしてたら、エビングハウス博士も部屋にやってきた。

「あぁ、もう目が覚めたか」

博士はそんなことを言いながらあたしに近寄ってくる。その手には、注射器が握られていた。

「ふらつきがひどかったろ?ずいぶんと派手に能力を使ったみたいだったからな。

 念のために、睡眠剤を打っといてやったんだ」

「睡眠剤?」

「あぁ、知らなかったか?能力の使い過ぎは、脳への負担が大きいんだ。回復のためには、睡眠が一番なんだよ」

博士はそう言って笑う。それから、あたしの腕を消毒して、注射器の針を刺した。

「これは中和剤。ふらつきがすこしはマシになるだろうが、正直、もう少し寝ててもらった方が良い」

「ありがとう、ございます」

あたしは、なんだかため息が出てしまった。そう言えば、エンジンの音が聞こえない。

どこかの港にでもいるのかな?それとも、アムロ達の船の中?

今、状況はどうなっているんだろう?マリは大丈夫かな?

 なんだかいろいろと聞きたいことがいっぱいだ。待って、整理しよう…

とりあえず、安全かどうか、と、マリの容体だけでも聞いておかなきゃ、安心できない。

「今は、どこにいるの?」

「アムロさん達の船だよ。月へ送ってもらってるの」

レオナが答えてくれる。

「マリは、大丈夫?」

「うん。あの子は、もっと元気。ラウンジでルーカスとおしゃべりしながら、アイス食べてるよ」

アイスか…あたしも食べたいな…甘い物。まぁ、でも、とにかく、無事なら良かった。
 

658: 2013/09/02(月) 20:14:06.75 ID:KrMwBe1wo

 ふぅぅ、とため息が出た。なんだか今日は緊張したりなんだりで、ため息ばっかり出る様な気がするな。

はぁ、こんなんじゃ歳とっちゃうよ、まったく。

 そんなことを思っていたら、ふと、目の前の二人に気が付いた。もうすっかり落ち着いちゃってる感じだけど…

「ね、感動の再会は、どうだったの?」

あたしが聞いたら、レオナがニコッと笑った。

「もう、済んだよ。マライア、本当にありがとうね…」

レオナはそう言ってくれた。あぁ、良かった。別にお礼が聞きたかったわけじゃないけどさ…

でも、レオナが幸せに感じてくれることが増えたんなら、あたし、それで満足だよ。疲れもふっとんじゃうくらいね。

 そこへ、あたし達の会話を聞きつけたらしいマリとルーカスも姿を現した。

「あー!マライアちゃん、目、覚めた!」

マリはそう言いながら、アイスのカップを抱えてあたしの方に飛んでくる。

マリはあたしのベッドの脇まで来ると、スプーンですくってアイスを突き出してきた。あたしはそのスプーンに食らいつく。

疲れてるときは、睡眠と、あと、甘い物、だよね。

冷たくて舌でとろけるアイスはなんだか体だけじゃなくて、心にも行きわたって、ふつふつと安心感が湧いてくるようだった。

 「大尉、今回ばかりは、ダメかと思いましたよ」

ルーカスが心配そうにそんなことを言ってくる。あたしは苦笑いしか出なかった。

「ごめんね…ルーカス」

なんとかそう口にしたら、ルーカスはすこし、辛そうな顔をして

「ライラ大尉に続いてなんて、俺は嫌ですからね。置いて行かないでくださいよ、大尉」

なんて言ってきた。

ふふ、ルーカスってば、かわいいんだから。あなたにはこんな迷惑かけてばっかりだもんね…

すこしは自重するべきかな?でも、ああでもしなかったら、あなた達かマリ達の方がやられてたかもしれないしね。

今回も、まぁ、無事だったんだし、許してよ、ね?

そんなあたしの気持ちを察してくれたのか、ルーカスはふうとため息をついて

「ともかく、月へ戻ってます。そこでシャトルを点検して、地球へ帰りましょう」

と言ってくれた。うん、点検は大事。

ここまで来て、大気圏突入のときにトラブってドカーン、じゃシャレになんないもんね。

あたしはルーカスの報告に満足して、笑ってあげた。

 「母さん、あともう少しで月につけるから、準備してって、アムロってお兄さんが…」

そんなことを言いながら、誰かが部屋に入ってきた。あぁ、カタリナ、だっけ。

確か、メルヴィの身辺掛かりで…って、え?

 お、母さん?博士の娘さん、だったの?

 あたしは、思わず博士を見やった。彼女はクスッと苦笑いを見せて

「今は休みな。落ち着いたら、ちゃんと説明するよ」

と言ってふん、と鼻で息を吐いた。

 今聞きたい気もするけど、ダメだな。とてもじゃないけど、頭が付いてこない。

月に着くまでもう少しウトウトしていよう。

そう思って目をつぶったあたしだったけど、整備が済んだシャトルで地球に戻る間に博士に聞かされた話に、

びっくりせざるを得なかった、ってのは、このときはまだ、ぜんぜん想像すらできていなかったんだけど、ね。

 

659: 2013/09/02(月) 20:14:37.95 ID:KrMwBe1wo

引用: ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…