151: 2013/11/04(月) 21:16:35.11 ID:hAHTTqeBo

152: 2013/11/04(月) 21:17:04.20 ID:hAHTTqeBo

 「状況はどんな感じ?」

バタン、と扉を開ける音がして、ホールでテレビに釘付けになっていたアタシ達のところにカレンがやってきた。

「カレン!」

アタシがそう声をあげるのも待たずに、その後ろからシローとアイナさんに、チビのキキと大きい方のキキもホールに姿を現した。

「アイナさん!」

レナがパッとイスから立ち上がって、アイナさんに飛びつく。アイナさんも、そんなレナを抱きとめる。

アタシは、まさかシローに抱きつくなんてごめんこうむるから、アイナさんを連れてきてくれたカレンにハグをした。

「カレン、ありがとう」

「なに、マライアの情報があって助かったよ。あと1日遅かったら、混乱で救出なんてできなかったかもしれなかったからね」

カレンはそう肩をすくめて言う。ホントに。

 あれは、三日前。いきなりマライアから連絡があって、5thルナが、ラサに落ちる、という話を聞いた。あいつ、ここを出て行く時には、

「ちょっと、野生動物を見に、東南アジアへ行ってくるね」

なんて言っていたんだけど、まぁ、本当にそんなことをするために出かけていくんだとは思わなかったけど、

まさか、とんだことに首を突っ込んでたみたいだった。まったく、あいつときたら、ルーカスじゃないけど、いい加減落ち着いたらどうなんだよ。

心配するこっちの身にもなって欲しいもんだ。毎回毎回、気が気じゃないんだよな。

 レナがアイナさんから離れたので、アタシもアイナさんにハグをして、それからホールのソファーに座らせる。

レオナが、お茶とお菓子を持ってきてくれた。極東からこっち、緊張の連続だっただろう。これで少し、気分をほぐしてもらえるといいんだけど。

 マライアから情報があって、アタシはアイナさん達に連絡を取った。

ラサに5thルナが落ちる、ということになれば、それほど近いわけでもなかったけど、アイナさんたちのいるところも多かれ少なかれ被害を受ける危険があった。

それを聞いた相変わらず独身のカレンが、すぐにアイナさんたちのところに飛んでくれた。

デリクを連れてったけど、カレンはときどき、ヤバい時に逃げるよりも一歩踏み出すクセがあって心配していた。

本当はアタシも行きたかったけど、カレンに突っぱねられた。

あんたは、こことみんなを守ってなきゃいけないだろう、って言われちまった。全部、あたしに任せとけ、って、さ。
 
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集

153: 2013/11/04(月) 21:17:30.57 ID:hAHTTqeBo

 まったく、頼もしいやらありがたいやらなかったよ。カレンには、酒だな。

アタシはそう思って、キッチンからいつものバーボンをとってきて、カレンに注いでやった。

「それで、状況は?」

「ひどいもんだよ。アジアの方はパニックだ。吹き上がった粉塵は気流に乗って北半球に

は広がっちゃうだろう。しばらくの天候不順は覚悟しないとな…」

「そうか…こっちも多少の影響は出るかもね」

「うん。食糧の確保だけは、意識しておいたほうがいいかもしれない。

 北米の穀倉地帯の日差しが長期間遮られるようなことになったら、南米からの流通路だけになっちまう」

「そうだね。まぁ、その点は、あたしの方でも手を回せることはやっておくよ。

 物資輸送便はデリクの班に任せてるから、優先的に融通してもらえるよう頼んでおくよ」

カレンはそう言って、グラスを傾ける。

カレンの会社は、順調に大きくなっていて、今は小型旅客機を4機と、中型の貨物機1機を抱えて、北米と南米を結ぶ航路をメインに飛んでいる。

グリプス戦役での被害から回復したジャブロー周辺地域と、北米のキャリフォルニアにひとつずつ支社も出来た。

この島にある本社は、相変わらずカレンの家みたいなもんだけど身入りはけっこうなもののようで、毎年施設の方に寄付している額は相当だってロッタさんが言っていた。

戦場じゃぁアタシとのケンカの種だったカレン独自の戦術、というか発想は、

ビジネスの世界じゃ、他の人間が考えもつかないポイントに目をつけてチャンスを広げるのに最適みたいだった。

まったく、世の中ってわかんないもんだよな。

「ありがたい。できたら、施設の方に一番に回してやってくれよ」

「あぁ、わかったよ」

アタシが頼んだら、カレンは決まってるでしょ、と言わんばかりに、クスっと微笑んで、グラスのバーボンを開けて、一息ついた。
 

154: 2013/11/04(月) 21:18:13.47 ID:hAHTTqeBo

 ホールには、ロビンにレベッカに、レオナとマリオンがいる。さっき、ユーリさん達もやってきていた。

シイナさんのところはさっきチラっと様子だけ見に来た。シイナさんとハッロルドさんは、今回は被災地には飛ばなかった。

去年、やっと子どもが出来たからだ。

 今回のことを聞いて、やっぱり現地には飛びたかったみたいだけど、まだ生まれたばかりの赤ちゃんを残していくわけにもいかず、ずいぶんと肩を落としていた。

その姿があまりにもいたたまれなかったから、アタシはシイナさんをロッタさんに紹介した。福祉局経由で、被災した人達への支援もできる。

寄付とか、医療物資の提供とか、あとは、施設やうちのペンションがしてるように、被災した子ども達や家族の一時保護、なんてのもある。

なにかの助けになれれば、シイナさんの気持ちも楽になるし、被災した人達も少ないかもしれないけど、助けられる。なにもしないより、マシだ。

 「母さん、そらから石が落ちてきたの?」

ロビンが、不安げにそう聞いてきた。

「あぁ、うん…そうなんだ」

アタシは10歳になったばかりのロビンを膝に抱き上げながらそう返事をした。

「ここへも、落ちてくるの?」

膝の上でロビンはアタシの顔を、不安げに見上げながら聞いてくる。アタシはカカカと笑ってロビンの頭を撫でてやった。

「なに、心配するな。ここへは落ちてこないよ。もし落ちてきたって、船か、カレンの飛行機で逃げ出せば大丈夫。

 それに、多分、今、マライアがどこかで、アタシ達を守るために戦ってくれてるはずだ。

 アタシ達は、マライアを信じて、マライアの帰ってくるこの場所を守らなきゃいけないんだよ」

アタシが言うと、ロビンは分かってくれたのか、コクっと頷いてくれた。

それから、パッと膝から飛び降りると、ホールのテーブルに置いてあった本を開いて目を落とし始めた。

「なにやってんだ、ロビン?」

アタシが聞くと、ロビンは本に目を落としたまま

「学校の先生が言ってた。人がいっぱいになって、食べ物とかがなくなっちゃったから、宇宙に追い出しちゃったんでしょう?

 そしたらきっと、食べ物がたくさんになれば、戦争は起こらないと思うんだ。そのために、食べ物の勉強をするの」

と言った。ロビンの読んでいる本は、“たべものになるしょくぶつ”というタイトルの、チビっ子向けの理科の参考書だった。

 食べ物が豊かになれば、か。確かにそうかもしれないな…もちろん、土地のこととか、利権のこととか、今となっちゃ、複雑な感情論もあるんだろうけど…

腹が膨れれば、ケンカなんて起こらない。贅沢をいえば、食べ物と暖かい家があればそれでいいはずなんだ。

 13年前の戦争以来、何度も戦いが起こっているのは、あるいは、何度それが起こっても、未だに宇宙のどこかに、命の危険を感じているやつらがいて、

片方では、そういうやつらの上にあぐらをかいて座っている連中もいるってことだ。ロビンも、そう言う不平等さを感じているんだろう。

アタシに似ないで、頭の良い子だ。ロビンなりに、世界のことを一生懸命に考えてるんだ。
 

155: 2013/11/04(月) 21:18:45.62 ID:hAHTTqeBo

 「マライア、無事だといいんだけど…」

不意に、レオナがそう口にする。そう言われれば、やっぱりマライアの身を心配する気持ちが蘇ってしまう。あいつ、バカだからな…バカ、優しすぎるんだ。

いざってときに、目の前に命を捨てるのに躊躇するやつなんだ。

どうしようもない、と半分以上確信しているクセに、そこへ躍り出て行って、なんでもかんでも救い出そうとする、バカなんだ。

ヤバいときは逃げろって、あんだけ言ってやったのに。帰ってきたら、またヘッドロックしながら説教してやらなきゃな。

だからマライア、無事で帰ってきなよ…待ってるからな…

 ふと、そばにいたマリが手を顔の前に組んで、祈るような格好で目をつぶった。マリから、ジワっと能力の感覚が染み出始める。

マリ、マライアと話そうとしてるのかな…うん、きっとそうだろう、マリは、マライアが大好きだもんな。アタシもそうだよ、マリ。

だから、マライアのやつに良く言っといてくれな。バカもほどほどにして、ちゃんと帰って来い、って、さ。

 そんなアタシの思いを察したみたいで、レナがそばにやってきて、そっと手を握ってくれた。アタシもその手を握り返して、レナに微笑みを返してやる。

わかってるよ、ありがとう、レナ。大丈夫、他のみんなと、それにあんたがいてくれれば、ビビったりなんかしない、不安に打ちひしがれたりもしないさ。

レナもアタシの顔を見て笑ってくれる。あぁ、その笑顔、やっぱりアタシ、大好きだよ。

 そんな気持ちまで伝わってしまったようで、レナはほんのり、顔を赤くした。

その顔を見てアタシまで顔を赤くしちゃったのを見逃さなかなったカレンが冷やかしてきたので、とりあえず、照れ隠しにケンカをふっかけてやった。

 ホント、やめてくれよな。そんなことばっか言ってると、あんたがアタシを親友だって言ってくれた、ってこともみんなの前で言っちまうぞ?

なんて思ったけど、どっちにしたって、アタシが恥ずかしいじゃないか、ってことに気がついて、

恥ずかしいんだか、悔しいんだか、幸せなんだか、ワケのわかんない気持ちになって、とりあえずロビンとレベッカをギュウギュウに抱きしめた。

 あんた達に、みんなのことは、アタシが絶対に守ってやるからな。だから、いつまでも元気で、アタシ達のそばにいてくれよな。
 

161: 2013/11/08(金) 01:18:23.35 ID:vA6yG1joo
 「おい、起きろ!」

ガシャン、という大きな音がして、あたしは目を覚ました。

ぼやけた目を擦ろうとして腕を動かしたら、両方の手首に痛みが走る。あぁ、そうだった、手錠掛けられてたんだった。

ふぅ、とため息が出てしまう。ずいぶん寝ちゃったな…ここはどこだろう…?

スィートウォーターに着いたのかな…

 鉄格子が開いて、衛兵が二人ズカズカと入ってきて、あたしの両脇をつかむとグイっと立ち上がらせた。

一人があたしの背後に立って、小銃で背中を小突いて来た。

「歩け!」

衛兵がそう怒鳴りつける。

「あー、もう。大きい声苦手なんだよね。聞こえてるし、抵抗する気もないから静かに言ってよ」

あたしはそうとだけ言いかえして、大人しく衛兵に連れられて独房を抜け、戦艦の廊下を歩いた。

 重力のかかり方が妙だ。この感じは、コロニーかな。

戦艦の遠心力を使った重力発生装置の感じではないから、多分そうだろう。

 地球のあの場所で、ミリアムとネオジオンの特殊班、と名乗る連中にボコボコにされてゲルググに乗せられたあたしは、

そのまま、近くの森の中に待機していた中型のシャトルに連れて行かれた。

特殊班の連中が到着してすぐ、シャトルは大気圏を飛び出した。

宇宙に出たアタシは、独房代わりに押し込められた個室の窓から、無数のネオジオン艦艇とモビルスーツ群を見た。

そして、その艦隊が囲むようにしている、5thルナも、だ。

 ロンドベルの艦隊らしい一団との戦闘も、個室の窓から見えた。アムロの、爆発するような感情が伝わってきた。

ロンドベルは、結局、5thルナの突入を止めることはできなかった。

大気圏に突っ込んで、まっかに燃え上がる様子は、あたしから戦う気力も希望すらも削ぐのに十分だった。

あれが落下したところで、どれだけの人が氏んだんだろう。

 アヤさん達は、無事かな…アイナさん達、ちゃんと逃げられたかな…ミリアム、怒ってたな…

裏切っちゃったもんね…謝らないといけないな…分かってくれるかわからないけど、でも、分かって欲しいんだ…

戦うことよりも、そんなことばかりが頭を駆け巡っていた。

それから、シャトルは戦闘を終えた戦艦に収容されて、今まで過ごしていた独房に押し込まれていた。

それからはもう、泣けるだけ泣きわめいて、あとは疲れて寝入ってしまっていた。

 あたしは、廊下を歩いた先にあった戦艦の小さなハッチから外に連れ出された。

そこは、やはりコロニーの中の港のようだった。

あちこちに軍服と銃を抱えた兵士がいて、ノーマルスーツを着こんだパイロットか、整備員らしい姿もたくさんいた。

港を抜けて、衛兵が増えた。コロニー内に入ると、今度はエレカに押し込まれて、30分ほど走った。

コロニー内の街は、かなり荒んでいるようだった。

お店やなんかは見当たらないし、道端には薄汚れた格好の人たちがぼうっと突っ立っていたり、座り込んだり、

まるで、ティターンズ時代に少しだけみたことのある、連邦の占領下にあったサイド3を彷彿とさせた。

そもそも、コロニーの中だというのに、陽の光がほとんど入ってきていない。

夜に、街灯に照らされているような薄暗さだ。

ここに居るのは、これまでの戦争で行き場を失ったジオン側の避難民だったはず。

まさか、難民用のコロニーがこんな状況になっているなんて、知らなかった…

連邦軍や政府のやることはロクなことじゃないって認識はあったけど、まさか、ここもだなんて…。
 

162: 2013/11/08(金) 01:19:12.58 ID:vA6yG1joo

 車がとまった。あたしはまた、小銃で小突かれて、車から押し出される。

目の前には高層ビルのような巨大な建物がそびえていた。

あたしは、5人の衛兵に引きずられるようにして、その中へと連れて行かれた。ロビーのようなところを通り、警備兵が守るエレベータに乗せられる。

 エレベータの中のモニターには、30階までの表示がある。エレベータは、28階で止った。

扉が開くと、そこからまっすぐに、ずいぶんと豪華に飾られた廊下が伸びている。

その突き当りには大きな扉があって、そこにもまた警備らしい兵士が4人、ビシっと立って、あたし達のほうを見ていた。

 その扉の中に、あたしは連れて行かれた。

その部屋も、これまで車で走ってきた街とは正反対の、廊下と同じように豪華に飾りつけの施された部屋だった。

ふわふわとしたジュウタンに、キラキラの大きなシャンデリア。

壁には、燭台に見せかけられた装飾の派手な照明もあるし、大きな執務机も置いてある。

街を見下ろせる大きなガラスがあって、かすかな明かりが無数に灯っているのが見えた。

「跪け!」

急にそう言われて、腰のあたりに痛みが走った。銃床で殴られたらしい。

あたしは、痛みから逃げるように、ジュウタンの上に膝をついた。

 「さて、久しぶりだな、マライア・アトウッド大尉」

そう声がした。執務机に腰を下ろしていた人物が立ち上がり、暗がりからあたしの方に歩いてきて、顔を見せた。

 あぁ、まぁ、地球で姫様も言ってたし、この派手な部屋からして、そうだろうと思ったけど、ね。

「お久しぶりだね、クワトロ・バジーナ大尉。シャア・アズナブル大佐って呼んだ方がいい?

 それとも、キャスバル・ダイクン閣下の方がお気に召す?」

「貴様、閣下になんて口を!」

衛兵が小銃を振り上げた。

「やめたまえ。彼女とは古い知り合いなのだ、気にするほどのことではない」

彼は、そう言って衛兵を止める。衛兵は少し焦った様子で

「は、はっ!」

と返事をして姿勢を正した。

「そうだな、大尉。シャア、と呼んでもらう方が都合が良い」

シャア大佐は、そう言って不敵に笑った。

まったく、あのころからちっとも変ってないよ、この傲慢で人を見下したみたいな感じがさ。

「それで、なんの用なの、こんなところに?

 せっかく、姫様を連邦から守ってあげたってのに、手錠掛けて引っ張り回すなんて、ひどいんじゃない?」

彼の顔を見て、あたしはすこし、頭に血が上っていた。

彼が、5thルナを落としたんだ…そう考えたら、冷静でいられる方が、どうかしている。

「ははは。こちらこそ、大尉には言いたいことがいくつもあるのだ。

 大尉のせいで、私はミネバ様にあらぬ疑いを掛けられてしまっているのだよ。

 身の潔白を証明したくば、大尉の処分を、私自ら決めろとな」

「頃したければ、殺せば?」

我ながら、なんて安直に挑発に乗っちゃうんだろう、とは思ったけど、思ったときにはすでに口に出てしまっていた。この男は、5thルナの件を、なんとも思っていないの!?

昔から、偉そうなヤツだとは思っていたけど、多少は紳士だったし、

笑って平気で人を頃すような人間ではなかったと思ってたのに…。

163: 2013/11/08(金) 01:20:03.91 ID:vA6yG1joo

 彼が5thルナを落とした理由は、納得はできないけど、理解は出来た。

隕石を地球に次々と降らせて、力づくで環境を劣悪にして、アースノイドから地球を取り上げるつもりなんだ。

スペースノイドのためとか、口ではそんなことを言っているけど、あたしにはわかる。

彼はただ、奪いたいだけなんだ。壊したいだけなんだ。

スペースノイドを、自分を受け入れてくれない地球を、ただ、壊してしまいたいだけなんだ。

どんなに偉そうなことを言ったって、どんなに地球連邦が悪だと言ったって、

そりゃぁ、悪かも知んないけど、彼にとって、そんなことはこじつけた理由でしかない。

 あたしは、知ってるんだ。彼がどれだけあの地球を愛してるかを。

どんなにか、求めているかってことを。まるで、全スペースノイドの意思を代弁しているみたいに言うけど、違う。

それが、それこそが、彼自身の願いなんだ。身分を偽ったりして住むんじゃ意味がない。

彼と言う存在をそのまま受け入れてくれる地球が、ただただ、欲しいだけなんだ…

そんな、子どものわがままみたいなことで、彼は、あれを、5thルナを地球に降らせたんだ…!

あたしは、湧き上がる感情を抑えきれなかった。

もうすでに、頭の中は、そのことでいっぱいになりつつある。手錠さえなければ、1、2発、ぶん殴ってやるのに…!


「保身を貫くためなら、それも良いだろう。だが、大尉にはその前にいくつか聞かねばならないことがある」

「拷問ってこと?いいよ、やれば?」

あー、もう、バカ!あたしのバカ!もっとうまく言いなさいよ!

レナさんを見習って、もっとこう、シレッとしながら、でも、相手を刺激しない言い方しなよ!?

そんなことしたって、説得できるチャンスが減るだけでしょ!

そうは思っても、あたしはもう、ほとんど頭に血が上っちゃってて、まともになんか考えられていなかった。

「女性を苦しめるのは本意ではないが、仕方ない」

大佐は、サッと手を挙げて、あたしを取り囲んでいた衛兵に命じた。

「彼女を地下牢へ監禁しろ。ナナイ、すぐに諜報班を招集して、大尉から事情聴取をさせてくれ」

「承知しました」

女の人の声がした。見たらそこには、秘書らしいかっこうをした女性が、

まるで汚いものでも見るみたいにあたしを見つめていた。

 いけ好かない…威張り腐って、人を頃して…シャア大佐…いいえ、キャスバル・レム・ダイクン!

あんたは、あんたはただ…!

「待ってよ、クワトロ大尉。あぁ、この名で良いよね?呼び慣れてるんだ」

「なにかね、アトウッド大尉」

クワトロ大尉は、呼び止めたあたしを見下ろしてくる。

キリキリとこめかみが締め付けられるような感覚がする。

気が付けば、あたしは自分でも痛いくらいに、歯を食いしばっていた。

胸の内から湧き出てきているのは、怒りとそして、苛立ちだった。

 彼からにじみ出ているこの感じが、あたしは気にくわないんだ。うまく言葉にできない。

でも、それは明らかに、迷走ともとれる、彼の迷いだった。

「手にかけるのなら、自分でやったら、大尉。衛兵の銃を借りてさ、この場であたしの頭を撃ちぬきなよ」

大尉の顔色が微かに変わるのを、あたしは見逃さなかった。
 

164: 2013/11/08(金) 01:20:37.12 ID:vA6yG1joo

「ふふふ、グリプス戦役の頃から、その度胸だけはいささかも変わっていないようだな」

「それをする度胸がないんでしょ、大尉には」

「き、貴様!」

警備兵の銃床が、あたしの肩に振ってきた。メキっと言う音と衝撃があって、肩に鈍い痛みが走る。

それでも、あたしはやめなかった。衛兵に当て身をくらわせて抵抗しながら、胸の内に溜まっていた気持ちを吐き出す。

「なにがそんなに気に入らないの!?なにがそんなに怖いの!?

 あなたはただ、欲しい物を欲しいと言えなくて、駄々をこねているだけじゃない!

 欲しい物が手に入らないなら、壊してしまえばいいって思ってる、ただの臆病者よ!

 向き合うことも、自分と戦うこともしないで、何が総帥よ、何が、スペースノイドの解放よ!

 あんたなんかに、人は救えない…!

  どんなに人を惹きつける魅力があったって、どんなにすごいことを言ったって、

 それはあなたの独りよがりでしかない、そうでしょう!?あなただって分かってるはずよ!

 だから、あなたは迷ってる!

  あの戦闘で、アムロを殺そうと思えば殺せたはずなのに、どうしてそれをしなかったの!

 わからないっていうんなら、言ってあげるよ!あなたは頃したいと思っていたはずだわ…

 自分の意にそわない彼を、自分を理解してくれない彼を、あなたは頃してしまいたいって、そう思ってたはず…

 でも、あなたは彼を殺せなかった。一方で、彼を、唯一の理解者を失いたくない…そう思っていたから!

 だったら、なぜそれを諦めるの?!理解してほしいのなら、どうしてもっと別の方法を考えないの?!

  連邦から地球を解放したいためだけに、

 どうしてあなたが愛してやまないあの地球を壊そうなんてことしか考え付かないの?!

 5thルナを落とすことよりも、もっと別の方法があったんじゃないの!?

 あなたは、結局迷い続けて、自分に負け続けているだけじゃない!

 どうにかしたかったら、もっと別の方法を探してみなさいよ!壊すんでも、奪うんでもない方法を!

 子どもみたいに駄々をこねるんじゃなく、もっとちゃんと向き合いなさいよ!自分自身に!」

あたしは一気にそうまくしたてた。クワトロ大尉の表情は、醜く歪んでいる。

でも、かれはつとめて冷静だ、と言わんばかりの口調で

「言いたいことは、それだけかね、大尉」

と言ってくる。ふんだ。やっぱりあなたはそうなんだね…取り繕うことばっかりがうまくて、

結局大事なものに触れようとしない、ただの弱虫だよ!

「腰抜けのクワトロ大尉には、話が届きませんでしたか?」

あたしが言ってやったら、大尉の蹴りが、鳩尾に沈んだ。でも、たいして痛みもなかった。

それですら、彼は迷っていた。

本気であたしを蹴るなんて、できやしないんだ、彼には。

 あたしは彼を睨み付けてやった。彼は、肩を怒らせて、憤怒の表情であたしを見下ろしている。

「目障りだ。連れ出せ!」

「はっ!」

彼の指示に、衛兵がそう返事をするなり、後頭部に、衛兵の銃床が降ってきた。

ガッと鈍い衝撃とともに、あたしの意識は途絶えた。


 

165: 2013/11/08(金) 01:21:03.17 ID:vA6yG1joo




 「いたたた…」

あたしは、独房にいた。幸い、まだ生きていた。クワトロ大尉のところを出るときに殴られた後頭部が痛む。

まったく、あの衛兵、ここを出て見かけることがあったら、思いっきりぶん殴ってやる!なんて意気込んでおく。

でないと、この寒さに負けちゃいそうだ。

 さっきも、あたしは気絶から、寒くて意識を取り戻した。コロニー内の空調がうまく機能していないんだろう。

吐く息が白い。小さな硬いベッドの上に、ペラペラの毛布だけは用意してあった。

あたしは、下こそ厚手の軍用のズボンにブーツを履いていたけど、上はランニングに薄手のパーカーだけ。

この寒さときたら、コートを羽織っても足りないくらいだろう。

あたしはとりあえず毛布を羽織って、ベッドにじっと座っていた。

 廊下にはさっきから同じ衛兵が行ったり来たりしている。

あたし以外に捕まっている人はいないようで、ときおり暇そうにあくびを漏らしている。

「へいっくしっ!」

あくびだけじゃなくて、くしゃみも、だ。彼も寒いんだろうな、こんなところの警備に回されて…

 それにしても、クワトロ大尉。結局、あたしを殺さなかったな。頃すどころか、まともに蹴りもできなかった。

あの頃のまんまだ。人を傷つけることに迷いがある。

モビルスーツに乗っているときはそうでもないんだけど、彼、生身の人相手にはうまく戦えないんだよね。

そう言う神経の持ち主だったからこそ、5thルナを落とすなんて想像もつかなかった。

だけど、さっき話をして分かった。彼は、その行為にすら、疑問を持っているようだった。

だからこそ、あたしの話を制して激昂して、こんなところに放り込んじゃった。

冷静じゃないなんて、あたしからしたら、手に取るように分かる。

あそこへは、あたしは裁かれに行ったはずだった。でも、彼はそんなこともせずに、ただあたしをここに入れた。

あたしを守る意味合いがあったのか、とも取れなくもないけど、たぶん、あたしの挑発がまともに効いちゃったんだろう。

 あたしとしても、5thルナの件では相当怒ってるから、まぁ、いい気味だ、と言わざるを得ない。

あとは、姫様の行く先が心配だ。ここにいたら、次こそは誰かに担ぎ上げられるかもしれない。

大尉がそれをすることはないと思うから、彼に何かがあった際に、その代わりの誰かに、という可能性が大きいだろうと思う。

なんとか、そう言う人の手の届かない場所、知られることのない場所へ逃げてくれるといいんだけど…

 そんなことを考えていたら、不意に外で金属のドアがガシャン、と音を立てた。誰か来たようだ。

拷問でも始まるのかな?いいじゃない、受けて立ってあげるよ。あたしは、そう思って、決意を固める。

こう見えたって、根性だけには自信があるんだ。なにをされようが、ヘラヘラ笑ってやり過ごしてやる。

どんなに殴られたって、あたしには喋ることなんてないんだ。とことんやられることは、覚悟しておかないと、ね。
 

166: 2013/11/08(金) 01:21:30.97 ID:vA6yG1joo

「なっ…こっ、ここは!」

衛兵の戸惑ったような声が聞こえてくる。次に聞こえたのは、返事ではなくて、しーっと言う、息を吐くような音…

どうやら、拷問、ってわけじゃなさそうだな…なんだろう?

あたしはほんの少しだけ集中して、今入ってきたらしい誰かの気配を探る…

触れたのは、良く知っている、温かい感覚だった。でも、これって…

あたしがびっくりしている間にその人は鉄格子の向こうに姿を表した。

それは、姫様…ミネバ・ラオ・ザビ、その人だった。

「姫様!」

あたしが思わず大声を上げてしまったものだから、姫様は慌てた様子で人差し指を自分の唇に当てて

「しーっ!マライアさん、静かに!」

と言ってきた。あたしは続いて出そうになった言葉をなんとか飲み込んだ。

「姫様、どうしてこんなところに?しかも一人で、なんて…」

あたしが声を頃して聞くと、姫様はシュンとした表情をして

「マライアさん、ごめんなさい…私は、トラップ大佐にはなれそうもありません…」

と言ってきた。

逃げている最中に見た映画で、主人公のマリアと一緒に子どもたちを連れて逃げた、子ども達の父親で軍人のことだ。


姫様、もしかして…

「あたしを逃がそうなんて、思ってたの…?」

「はい…ミリアムに協力してもらえるよう頼んでも見たのですが、彼女は、その…」

姫様はそう言い淀む。うん、まぁ、そうだよね…わかってる…

「うん、それは…残念だけど、当然だと思う。姫様のことだってあたしは騙してた…」

「いいえ、マライアさんが私とミリアムを守ろうとしてくれていたのは本当でした。私には、分かります…」

「でも…でも、あたし…!」

「…ミリアムも、本当はわかっているのですよ…でも、彼女には許せなかったんです…

 本当のことを話していただけなかったのが。彼女のことは、私もあまり知っているわけではありませんが…

 シャアのようには、行きませんでした」

「シャア大佐に処分を任せるって言うのは、こうなることを見越して、だったんだね?」

「はい…シャアは優しい人です。優しくて、悲しい選択しか出来ない人なのです…」

姫様は、そう言って、またシュンと肩を落とした。

「…彼は、奪われたことしかないから…家族も名誉も、住むところも仲間も…愛した人でさえ…」

「はい…」

姫様の頬に涙が伝った。でも、すぐにそれを拭った姫様は、キッと厳しい表情を見せて

「ですが、だからと言って、あのような行為が赦されるなどとは言いません。

 私はこれから、シャアのところへ抗議しに参ります」

「そんな…いくら姫様でも、危険だよ!」

「マライアさんを私の想像通りにした、シャアの優しさに賭けてみようと思っていますよ」

姫様は、そう言って笑った。それは、あたしのよく知っている笑顔だった。

そう、まるで、アヤさんの笑顔みたいに、明るくて力強くて、それでいて優しい笑顔だった。
 

167: 2013/11/08(金) 01:21:57.81 ID:vA6yG1joo

それからすぐに渋い顔をして

「マライアさんをここから出して欲しいとも言って見るつもりですが…」

と小さな声で言ってくる。あたしは、思わず手を伸ばして姫様の肩をつかんだ。

そばにいた衛兵が慌てて銃を構えるが、姫様が笑顔で下ろすように言うと、

彼は、少し戸惑った様子をみせていたけど、銃を下ろしてくれた。

「姫様…あたしのことは気にしないで。大丈夫だから…」

あたしは、姫様の目をじっと見つめてそう伝える。姫様は、少しして、ハッとした様子で

「はい」

と頷いてくれた。良かった…あたしのために、姫様に余計なリスクは負って欲しくない。

分かってくれたみたいで、良かった。

あたしは、姫様から手を放して、もうひとつだけ、

アヤさんと同じ、あの笑顔で笑った姫様に伝えなきゃいけないことを思い付いた。

「姫様。ヤバくなったら、逃げてね。逃げて逃げて、うまくいくタイミングを探すんだよ。

 それから、ね、これは、隊長の言い付けにはなかったんだけど…

 当たり前過ぎて、きっと言わなかっただけだと思うんだけどね。姫様、逃げて逃げて、逃げまくったその先で、

 タイミングが見つかったらそのときは、ためらっちゃダメ。

 誰かを傷付けることになっても、それでも、一度逃したそのタイミングは2度と巡ってなんて来ないから、ね…」

姫様は、あたしの話を真剣に聞いてくれた。そして、真剣に頷いてくれた。

良かった…姫様は、きっと大丈夫だ。あたしなんかが想像するよりももっとずっと強くて頭が回る。

何かあっても、必ずうまくやれる…。

「それでは、失礼します」

「うん、姫様。元気でね」

あたしの言葉に、姫様は、また笑顔を見せてくれた。

あたしはいつの間にかへばりついていた鉄格子の隙間から、

姫様の後ろ姿を、扉から出ていくまで、ずっと見つめていた。

姫様…無茶しちゃ、ダメだからね。絶対に、約束だから…ね。

あたしは、本当に祈るような気持ちで、心の中で、何度も何度も、姫様にそう語りかけた。彼女は、戦いに行くんだ。

地球の人のために、ネオジオンのために、クワトロ大尉のために、そして、自分自身のために…

そんなの、止められるはずはないじゃない。

あたしにできることと言ったら、姫様を安心させてあげて、もしものときは支援してあげること以外には、ない。
 

168: 2013/11/08(金) 01:22:28.49 ID:vA6yG1joo

「おい、お前」

急に衛兵があたしに声をかけてきた。

言葉遣いは悪かったけど穏やかな口調だったので見上げてみたら、彼はクスッと笑って

「いいやつだな、お前」

なんて言ってきた。あたしは急にそんなことを言われたものだから返答に困っていたら、

彼はモゾモゾとポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。

それは、板のチョコレートだった。

彼は包装紙をベリベリっと剥がすと半分ほどをペキっと折って、あたしに手渡してきた。

「あ、あの…ありがとう…」

あたしがお礼を言うと、彼は人懐っこい笑顔を浮かべて

「このコロニーじゃ、こういうのは貴重品だ。味わって食べろよ」

と言ってきた。

なんなんだろう、この人?あたしと姫様との話に当てられちゃったのかな?

そんなことを思いながら、チョコレートを口に含む。

甘くって、懐かしい風味が口一杯に広がって、気持ちを落ち着けてくれる。

彼も、チョコレートをひと欠片折ってそれを口に投げ込んでから

「俺は…ミネバ様とは長くてな。アクシズでは、警護班にいたんだ。だが…あんな笑顔は、見たことはなかった…

 あれを見りゃ、お前がミネバ様にとってどんな人間か、ってのは想像くらいつくさ」

としんみりとした様子で言った。変な人。あなただって、たぶん、かなりのお人好しだよね。

あたしは、なんだかすっかり和んでしまった。

 

169: 2013/11/08(金) 01:22:54.74 ID:vA6yG1joo

「あたしは、マライア・アトウッド。あなたも良い人だね。

 姫様は、きっと、あなたがここで警備してるってのを知ってて、ここに来たんだね」

「ははは、そうだと、光栄ではあるんだろうな」

彼は、すこし照れた様子で、声を上げて笑う。

「あなた、名前は?」

「あぁ、俺か?俺は、ジョニー・ササキってんだ。うちの家系は、男にはジョニーと名付けるって決まっててな。

 実は親父もじいさんもジョニー、俺の息子もジョニーなんだ」

彼は、そんなことを言ってわははと笑い出す。聞いてもいないのに家族の話だなんて、本当に変わった衛兵だ。

でも、本当に良い人なんだろうな。こういう人に出会えると、自分のしてることが間違ってないんだって思える。

敵とか味方じゃない。あたし達は、こんなところでだって分かり合える可能性だってあるんだ。

敵が相手だって、仲良くなれる。戦争の中でも人を助けることって、この可能性を紡ぐことなんだって、そう思える。

13年前、ジオン兵達を逃がしていた隊長がしていたみたいに、ね。でも、だけど、さ…

「良い名前だね」

「はは、そうかい?」

「うん。それに、あなたもとても良い人だと思うよ!あたし、ちょっと感動しちゃった。

 …だから、ちょっと申し訳ないんだけど…その、ごめんね」

「え?待て、どういう意み…ぐっ」

疑問を投げ掛けようとした彼の上に黒い塊が落ちてきて、そう鈍い悲鳴を上げて床に沈み混んだ彼は気を失った。

彼の上に落ちてきた黒い塊が、むくりと起き上がって、あたしの閉じ込められていた鉄格子の前に立った。

「まったく、無茶はするなと、あれほど言っておいたじゃないですか」

「遅いよルーカス!」

あたしがそう言ってやったら、彼は、ちょっぴり不満そうな表情を見せてから、それでも、笑った。

「さて、とっとと行きましょう。相当ヤバイことになってます」

ルーカスは気を失った衛兵から独房の鍵で鉄格子を開けながら、表情を引き締めて、そう言った。
  

183: 2013/11/10(日) 01:13:55.87 ID:z0QQqQ9T0

「ア、アクシズを、地球に!?」

独房の天井裏から建物の外に抜け出たあたしは、ルーカスが隠れ家にしていたビルの地下室にいた。

そこでルーカスからの話を聞いて、思わずそう声を上げていた。

「ええ。すでに、相当数の部隊がここを離れて、アクシズ警護にあたっています。

 今は暗礁宙域に隠蔽してありますが、おそらく、そろそろ動き出す時期かと…」

ルーカスは、あたしがクワトロ大尉からの依頼を受けたその日に、ここスィートウォーターへ経った。

あたしが頼んで、こんなところに先行して潜入してもらっていた。

事実上の宣戦を布告したネオジオンが、地球に滞在していた姫様を秘密裏に回収する…考えれば、何かをしでかす可能性は簡単に導き出せる。

まさか、あんなに早くに5thルナを落とすなんてことをするとは想像の域を超えていて、こんなことになっちゃったけど…

「クワトロ大尉は、アクシズだけじゃなく、地球圏に浮かぶ資源衛星を地球に落として、地球に氷河期を繰り返させようとしています。

 あの星から、人を追い払うために…」

あたしは、思わず握り締めた拳でテーブルをぶん殴ってしまった。

あんの、バカ!しばらく見ないあいだに、どうしてそうもひねくれられるのよ!

「対策は?」

「既に、ロンドベル隊には連絡を入れました。俺の方は、あとは、戦艦のいくつかに工作をして、発進を遅らせています。

 こんなコロニーです。整備が行き届いているとは言い難い。工作していない艦もいくつか、トラブルを起こして出港できなかったり、

 引き返して来たりしている状況ですから、まだ、それほど怪しまれているとは思いませんが…」

「地球側の防衛ラインはどうなってるかな…ロンドベルからの情報で、連邦正規軍が動いてるかどうか…

 ただでさえ、トップダウンじゃないと動けない組織じゃん。

 絶対に初動は遅れる…最悪の場合、ロンドベル隊だけで、ネオジオン全軍を相手にしなきゃいけなくなる…」

状況は、芳しくない。

ここにあるモビルスーツや戦艦をいくら壊したって、もう既に出発してる部隊もいるわけだから、増援を絶てるのは利点だけど、

それだけじゃ、十分じゃない。ここにいるあたしたちが、もっと致命的な打撃を与えられるとすれば…

「もっと確実に、ネオジオン全体の足を止める必要が、ある…」

ルーカスがそう言って、あたしを見つめてくる。あたしの中に、答えがあるのを彼はわかっているんだろう。

「彼を、暗頃するしか、ない、か」

「それが、取りうる中で、最善の方法でしょうね。すでに、連邦の諜報班もここに入っているようです。

 目的は、定かではありませんが…単なる情報収集ってわけでもないでしょう」

あたしが口に出したら、ルーカスもゴクっと唾を飲んで、頷いた。

184: 2013/11/10(日) 01:21:44.89 ID:z0QQqQ9T0

「あたしがやるにしても、その諜報班がやるにしても、簡単じゃないよ。彼だって、ニュータイプ。

 忍び寄って、喉元にナイフを突きつけるわけにはいかない」

「狙撃も、まぁ、同じでしょうね」

「やるとなったら、あたしが刺し違えるつもりでやれば、もしかしたら…」

「大尉!」

あたしがそんなことを口走ったら、ルーカスが大きな声を出した。思わずビクっと体が反応してしまった。

もう、大きな声はやめてって、付き合い長いんだからわかるでしょ!?って言ってやろうかとも思ったけど、やめた。

あたしが妙なことを言っちゃったからだ。

「ごめん、ちょっと言ってみただけだよ。大丈夫、そんなことしたら、あたし生きてたとしたってアヤさんに殺されちゃうだろうし…

 まだ、氏にたくなんてないしね」

あたしがそう言って謝ったら、ルーカスはフン、と鼻をならしてため息を付いた。ごめんって、ルーカス。

しないしない、そんなこと、絶対にしないって。

「…わかりました。で、それなら、説得は効きませんかね?あなたの言葉なら、あるいは…」

ルーカスが気を取り直してそう話し始めた。でも、うーん、また怒られそう…

「いやぁ、5thルナも落としちゃってるし、もう無理だと思う。散々罵倒してきちゃったしね」

「またですか?長生きしませんよ、大尉」

ルーカスはそう言ってため息を付いた。あたしは、えへへと笑ってあげてから

「ごめん。5thルナの件で、血が上っちゃってて、さ」

と言って頭をボリボリかいた。ルーカスはもう呆れ顔だ。

まぁ、でも、本当に一歩間違えちゃったら、間違えなくたってあれ、あの場で殺されててもおかしくなかったよね、正直。

冷静に考えたら、5thルナを落とすような人だ。

いつまでも、グリプス戦役の頃の彼だと思っていたあたしに、読みの甘さがあった、と言われたら、反省の言葉もない。

 「とにかく、どうするんです、対応策。無茶のない範囲で」

ルーカスは、あたしが悪びれるのを見てか、話題を変えてくれる。もう、優しいんだから。そんなことを思いながらあたしは思考を走らせる。

 クワトロ大尉の暗殺は、難しいだろうな。彼だって、歴戦のニュータイプだし、こっそり忍び寄るのは無理だと思う。

それでなくても、あの警備体制をかいくぐるのは簡単じゃない。そっちは、無理だとは思うけど、連邦側の諜報班に任せよう。

 それなら、あとは防衛側の戦力が整う時間稼ぎ、か。

5thルナのときと同じだなんて芸がないけど、それくらいしかできそうにないし、

それくらいでもしておけば、止められる可能性は多少でも上がるかもしれない。

それに、姫様のことも気がかりだ。クワトロ大尉に手を出されてなければいいけど…変な意味じゃなくて、ね。

 「足止めするしかなさそうだね。あたしが残って、妨害工作を引き継ぐよ。ルーカスはすぐにここを離れて」

「…また、無茶をする気ですか?」

ルーカスがジト目であたしを睨んできた。だから!ごめんって!

「しない!しません!アヤさんとレナさんに誓って、絶対にしません!」

あたしは立ち上がって、ビシっと敬礼をしてそう言った。それから

「でも、危険なことをしなくたって、撹乱工作はあたしの十八番だからね。任せてよ。ルーカスには、最後の手段の準備をお願いしたいんだ」

と改めて言う。隊長譲りのアイデアはいくらでもあるし、あたしが編み出した方法だって、ごまんとある。

それは、ルーカスが一番よく知っているはずだ。

185: 2013/11/10(日) 01:22:22.19 ID:z0QQqQ9T0

「最後の手段?」

ルーカスがあたしの言葉を促す。

「そう。最悪のときは、あたしとルーカスとで、懐からネオジオン艦隊を攻撃できる体制を整えて置きたいんだ。

 あんまり気の進むやり方じゃないけど、ロンドベルと連邦の防衛ラインが出来上がる前にアクシズがたどり着きそうだったら、

 それが一番効果が上がると思う」

「まさに、決氏隊、ってわけですか」

「そうでもないよ?撃っては逃げる。まともにやりあう必要なんかはない。

 艦の機関部に一発ずつでも当てながら逃げ回れば、それだけで相当の時間は稼げる」

「確かに。ただ、そんなことをするとなれば、廉価機なんかじゃ、役不足ですね」

「リ・ガズィ、だっけ?あれがあったらいいんだけどなぁ」

Ζガンダムは、グリプス戦役以来、あたしのお気に入りだ。

確か、アムロはあれのマスプロダクションモデルの試作機に乗っていたって話だから、そのシリーズを譲ってもらえるといいんだけどな。

技術的にはもうずいぶんと型落ちだけど、それでもまだまだ機動性なら負けてはないはず。

少なくとも、アムロはリ・ガズィで戦果を挙げられている。

アムロにできて、あたしにできないって理屈はないよね、もちろん、アムロほどやれるってわけじゃないけどさ。

 「なるほど、先にここを出て、ロンドベル隊と連携しろ、と」

「そういうこと。内からと外からの同時攻撃は、なによりも効果的でしょ?」

あたしの言葉に、ルーカスは腕組みをして唸る。納得はしてくれているみたいだけど、やっぱり、引っかかる、よね。

 しばらく、そうして悩んでいたルーカスだったけど、不意に顔を上げて、半ば諦めたみたいな表情であたしを見つめてきた。

「分かりました。その案で行きましょう。連絡のために、近くにロンドベルの偽装艦とMS部隊が来てくれてます。

 俺はそっちと合流して、一度、キャプテン・ブライトに会ってきますよ」

「うん、よろしく」

「ですけどね、大尉」

胸をなでおろしかけたあたしに、ルーカスはキッときつい視線を浴びせかけた。それから、鋭い口調で

「今度無茶したら、アヤさんに言いつけますからね」

と宣告してきた。

 な、な、なんて、なんて残酷な宣言を…!

そんなことされたら、あたし、アヤさんに半頃しに遭うか、レナさんに鎖でぐるぐる巻きにされて納屋に監禁状態になっちゃうかもしんないじゃん!

ホント、やめて!それだけは絶対にやめて!

「わ、わかったよ、ルーカス!だから、絶対に内緒ね!?絶対だよ!?」

おろおろしちゃって、すがりつくみたいにしてそう言ったあたしを見て、ルーカスはやっと、ニヤっと笑ってくれた。
 

190: 2013/11/11(月) 23:59:13.05 ID:3vZmVmi00

 あたしは、ルーカスと話を終えてからすぐに、彼のポータブルコンピュータを貸してもらって、急いであのビルの中の警備システムに潜り混んだ。

たぶん、ビルの中ではあたしの脱走は知れ渡っていると思う。

そんなところへ潜入するなんて、さすがに危険が大きすぎる。

クワトロ大尉に近づくなんて、一層危ない。

それでなくても、あのビルの中には、複数人のニュータイプ能力者がいる気配があった。

もちろん、微かな間隔だったから、能力の強弱はわからないけど、

でも、そんなところへ潜り込むには、あたしの感情という感情を消していかないといけない。

それこそ、何年か前、姫様の影武者のメルヴィを逃がす時に戦った、あの人工知能みたいに、ね。

そんなこと、できるはずない。だって、あたし、ビビリだし。

緊張しない方が無理な話だ。緊張なんかしてたら、一発で感じ取られてしまうだろう。

 でも、姫様のことは気になる。だから、こうして、ビルの警備システムにアクセスした。

これなら、監視カメラの映像も、音声付きのやつなら会話までバッチリ聞かせてもらえる。

雲行きが怪しくなったら、遠隔操作で警報でも鳴らして、撹乱させて姫様を援護してあげることくらいはできそうだし、ね。

本当は、行ってあげたいんだけど、さ…

 そんなことを考えながら、キーボードを叩く。ほどなくして、いくつかの監視カメラの映像が拾えた。

音声も入ってる。ラッキーだね。

 あたしは、映像をひとつひとつ確認しながら切り替えていく。すぐに、クワトロ大尉の部屋の映像は見つかった。

クワトロ大尉と、姫様が映っていたから、ね。

 姫様の周りには、衛兵がたくさん。どれも、姫様のお付きの兵士みたいだ。

クワトロ大尉の方は、警備すらつけていない。少なくとも、あそこで姫様に何かしようって気はないみたいだ。

 二人は映像の中で何かを話している。

あたしは、イヤホンをつないでコンピュータの音量を上げた。
 


191: 2013/11/12(火) 00:03:16.67 ID:BoVStKHz0

<アクシズは、もう、止める気はないのですね>

<はい。これはすでに、私一人の意思ではありません。ネオジオン、いや、全スペースノイドの意思と言っても良い>

<あなたの独りよがりではありませんか!>

<彼女と、同じことを仰るのですな>

<…マライアさんのことですか?>

<…独りよがりではなく、道化です>

<あなたの意思ではないと言いたいのですか?>

<いいえ、そうではありません。私自身が、スペースノイドの体現なのですよ>

<思い上がりです!>

<思い上がりなどではありません。私は、私の運命を呪っている>

<…?!>

<私とて、このような非道は好むところではありません。ですが、私はやらなければならないのです>

<ジオン・ダイクンの子であるから、ですか?>

<いいえ。私が、シャア・アズナブルであるからです>

<…あのパイロットですか…?連邦の、確か、アムロ・レイと言いましたね?>

<…彼については、もっとも個人的な部分ではあります。ない、と言えば、嘘になるでしょう。

 独りよがりと言われても、仕方がない。>

<…?まさか、マライアさんを私のところへ送ったのも…!>

<お察しの通り、なのかもしれません>

<…!あなたは、マライアさんがロンドベルと内通することを分かっていたのですか?

 彼らに、自分自身の行動を止めてほしいと願っているのですか!?

 そう思うのなら、なぜ自分自身でやめないのです!?>

<…もはや、割り切れるものではないのです。スペースノイドの意思と私自身の劣情が同一化してしまっている。

 キャスバル・レム・ダイクンとしての私に、いかほどの力もありません>

<…それは違います、シャア>

<…?>

<あなたは、私のバイオリンをほめてくれました。

 あれは、確かに、私の知っているシャア・アズナブル…あなたでした。

 キャスバル・レム・ダイクンではなく、やさしい、シャア、あなたでしたよ>

<…!>
 

192: 2013/11/12(火) 00:04:19.38 ID:BoVStKHz0

<あなたは、私のバイオリンをほめてくれました。

 あれは、確かに、私の知っているシャア・アズナブル…あなたでした。

 キャスバル・レム・ダイクンではなく、やさしい、シャア、あなたでしたよ>

<…!>

ピーッ、ピーッ

<私だ>

<大佐。レウルーラの出航準備、整いました>

<よし、すぐに行く。ギュネイにクェスの面倒をみるよう伝えてくれ。それから、ジンネマンをここへ>

<はい>

<シャア!>

<ミネバ様を応接室にお連れしろ。有事に備え、スィートウォーターから一時退避していただく。

 今後は、諸君らもジンネマンの指示にしたがえ>

<待ちなさい、シャア!>

<ミネバ様>

<…!?>

<…生きて戻ることがあれば、そのときには、またあのバイオリンを聞かせていただけますか?>

<…シャア>

<ミネバ様。私のように、人を恨むことしか出来ぬ人間には、なるべきではありません。

 どうか、気を付けていただきたい>

<私は…!私はなりません…シャアや、ハマーンが…!優しくしてくれたから…だから、あなたも…!>

<すぐにお連れしろ>

<はっ!>

<やめなさい…!離して…離しなさい!シャア!シャア!!>

バタン

プーッ プーッ

<私だ>

<大佐、ジンネマンが到着しました>

<わかった。すまないな、ナナイ>

カツカツカツ、ギィッ、パタン

 

193: 2013/11/12(火) 00:04:59.96 ID:BoVStKHz0

 あたしは、絶句していた。クワトロ大尉…なんでなの?どうして、どうしてあなたは、そうなのよ…!

そこまでわかっていて、そこまで考えていて、どうして、どうして何もできないのよ!

過去がどうかこうとか、いつまでとらわれてるのよ!どうして、何もしようとしないのよ…

バカだよ、あなた、バカでビビリで、情けないよ…まるで、まるで昔のあたしみたいじゃない…!

辛いことから逃げて、一番戦わなきゃいけないことと戦わないで…

結局、自分でその尻拭いをしなきゃいけなくなってるだけじゃない…自分で自分の首を絞めてるだけじゃない!

もっと他に方法なんてたくさんあるのに…バカだよ…ほんとに、バカだよ…

 気が付けば、あたしは自分の目から大粒の涙をこぼしていた。

彼にこそ、アヤさんみたいな人が必要だったのかもしれない。

厳しくて優しくて、でも、全部を受け止めてくれるような、アヤさんみたいな人がいたら、彼は…

もしかしたら、もっとちゃんと、違う道を歩けていたかもしれない…

どうしてあたし、グリプス戦役のときに気が付いてあげられなかったんだろう。

あのときに、彼を助けてあげることができていたら、そうしたら…

「大尉、夜食とコーヒー、持ってきましたよ」

ギィっとドアを開けて、ルーカスがサンドイッチとコーヒーの入ったポットを乗せたトレイを持って、部屋に入ってきた。

ルーカスはあたしを見て、目をパチパチさせて聞いてきた。

「た、大尉…?ど、どうしたんです…?」

「ううん…ちょっと、バカが居たんだ。本当に、救いようのない、バカがいたんだよ…」

あたしはそう返事をして、ルーカスからトレイを奪い取ってテーブルに置き、手が空になったルーカスの胸に顔をうずめた。

「大尉にバカだと言われるだなんて、そいつも、憤慨するかもしれませんね」

ルーカスは、そんな軽口をたたきながら、それでもあたしの体に腕を回してくれた。

ルーカスの体温が伝わってきて、心の中で、何かが一気に崩壊する。

胸の奥から混みあがってくる爆発しそうな切なさにおぼれて、あたしはしばらく、ルーカスの腕の中で泣いていた。

 それから、ずいぶんして、やっと泣き止んだあたしを、ルーカスは解放してくれた。

あぁ、まーたルーカスのシャツを涙と鼻水でべっちょりにしちゃった。

そのことに気が付いて、ルーカスの顔を覗き込んだら、やっぱり、苦笑いされちゃった。

いつもごめん、ルーカス。

ルーカスの腕の中は安心するんだよね、アヤさんの次に、だけど。

 

194: 2013/11/12(火) 00:05:51.87 ID:BoVStKHz0

 「さて、それじゃぁ、行きますか。大尉の分の装備は、その箱に収めてあります」

ルーカスはそういって、部屋の隅にあった箱を指さす。

「オッケ、ありがとう。ルーカスは、どうやってここから出るつもり?」

あたしは、箱の中身を確認しながら聞いてみる。

「俺は、5ブロック先にある、外壁点検口を使って外に出ます。

 ランドムーバーですこし行けば、デブリに偽装したロンドベル隊の小型シャトルが浮いてますんで」

「そっか、それなら、危険もあんまりなさそうだね」

ルーカスの言葉にあたしは安心した。

敵中突破になるようなら、先にそっちの援護が必要かなと思ったけど、大丈夫そうだ。

「大尉は、どうするんです?」

今度はルーカスが聞いてきた。

「あたしは、レウルーラって艦へ行ってみるよ。

 旗艦にトラブル起こさせて足並み乱せば、それが一番、痛いだろうからね」

着ていたシャツを脱いで、箱の中に入っていた黒いアンダースーツに着替える。

ノーマルスーツの下に着ておくと、保温性能と運動性能を上げてくれる最近開発されたビックリスールだ。

フィット感が高くて、着ている感じがしないくらい、軽いのも、良いポイントだよね。

 

195: 2013/11/12(火) 00:06:19.83 ID:BoVStKHz0

 「あ、あの、大尉…」

ズボンを脱いで、全身タイツのようなアンダースーツに足を通していたら、

ルーカスがなんだか、戸惑ったみたいに、そうあたしを呼んだ。

「なに、ルーカス?」

「せめて、俺が出てってから着替えてくれませんかね…」

ルーカスは、イスに座ったまま、首を横に向けて明々後日の方向に視線を逸らせている…

あ、やばい、今の、全然無意識だった…

ルーカスが居るのに着替えをはじめちゃうなんて…

それに気が付いて、あたしは顔が熱くなってくるのを感じた。

「み、見た…?」

「そ、そりゃぁ、急に、だったもんで…その、黒、でしたね」

「よし、処刑する」

「なっ…!り、理不尽だ!」

「だったら、出て行って!」

あたしは、思わず脱いだズボンをルーカスに投げつけていた。

「言われなくても、そうしますよ!」

「最初からそうしてよ!」

あたしは珍しくルーカスとそんな間抜けな言い合いをしてしまった。

うぅ、失敗した…ハグしてくれてたから、油断しちゃったんだ…どうしよう、恥ずかしい…

 そんなことを思いながら、あたしは、アンダースーツを着終え、さらにその上からノーマルスーツを着込む。

ノーマルスーツを着込んだら、装備品一式を身に着けて、最後に、すこし大きめの作業着を着て、完了だ。

 準備が終わったので、ルーカスを改めて部屋に呼び込む。

ルーカスも表で着替えを終えていたようで、あたしと同じ作業着姿に、

ノーマルスーツのヘルメットやその他の装備の入ったバッグを抱えていた。

 ルーカスも、なんだか、顔が赤い。あたしは、と言えば、ルーカスの顔が見れなかった。

「じゃ、じゃぁ、行きましょう」

ルーカスが、変に上ずった声で言ってくる。

「う、うん」

あたしも、なんとかそう返事をして部屋を出た。

 まったく、失敗しちゃったな…ほんとは、明るくしてたかったのに…

こんなんじゃ、お互いに気合い入らないじゃない、もう。脱出口につくまでに気分変えて、気持ち入れ替えておかないと、な。

 あたしは、ルーカスの後ろにくっついて歩きながら、そんなことを考えていた。
 

203: 2013/11/13(水) 02:35:29.27 ID:OI63/c2qo
 「ルーカス、ルーカス、聞こえる?」

<感度良好です、大尉。どうしました?>

「レウルーラ級を見つけた。そっちは?」

<今、外に出るところです>

「了解、じゃぁ、無線はしばらくお預けだね」

<そうなりますね。無事にもぐりこめたら、連絡をください。

そのころにはこっちも、シャトルと合流できているころだと思いますんで>

「うん、了解。気を付けてね」

<大尉こそ。今度は、ヘマしないで下さいよ>

「うん、わかってる。あたし一人なら、どうとでもなるから、大丈夫」

<ははは、そうでしょうね。それじゃぁ、気を付けて>

「うん、またね」

あたしは、そうルーカスと言葉を交わして、無線を切った。

眼下には、ネオジオン軍の旗艦、真っ赤に塗装されたレウルーラ級戦艦が最後の点検を行っていた。

港の中の格納庫の天井裏から、あたしはそれを眺めている。

タイミングを見て、あの艦に取り付いて、点検ハッチか、砲台の隙間から、艦内にもぐりこむつもりだ。

ユーリさんを助けに入ったときと同じ手法だけど、今回は戦艦が移動をはじめちゃうかもしれない。

ランドムーバーは背負っているけど万が一投げ出されたら大事だし、

取り付くタイミングが遅れようものなら、船体に弾き飛ばされてミンチになっちゃうかもしれない。

そうならないためにも、なるべく早くに艦内じゃなくても、隔壁外の部分にでも良いから隠れておきたいんだけど…。

 そんなことを考えて、隙を窺っていたら、格納庫にいた面々が、一様にあわただしく動き始めた。

と、思ったら、ノーマルスーツを着込んだ一団が入ってきて、それを取り囲んだ。

 あれは、クワトロ大尉…?それに、数人のパイロットも一緒だ。

距離があるし、人もたくさんいるから、大丈夫だと思うけど…気配、漏れ出ないように気を付けておかなきゃ…。
 

204: 2013/11/13(水) 02:35:55.42 ID:OI63/c2qo

 大尉たちが戦艦に乗り込むと方々のハッチが確認とともに次々と閉まり始める。

そろそろ、頃合いかな・・・あたしは、天井裏から抜け出た。

さも、確認作業中です、と言わんばかりの身振り手振りで、戦艦に近づいていく。

それから、そっと艦橋の影に隠れて、そのまま船の腹側に回って、下をへばりつく様にして下側後方の砲台を目指した。

真っ赤な装甲を滑って行った先に、対空機銃が見えてきた。口径の大きいタイプだ…あれは、狙えそうだな・・・

あたしは装甲に2、3度手を着いて、体の速度を落とし、対空砲へと取り付いた。

工具を取り出して手早く点検口を開けると、グッと体をその中に滑り込ませた。

中は狭かったけど、体を捩って向きを変えて、点検口を閉じ、入ってくるときに開けたビスを閉めなおした。

 ふぅ・・・良し。ここまでは、大丈夫。

あとはこの機関部を抜けて、なんとか居住区かどこかの天井裏にでも潜り込めると良いんだけど。

さすがに、妨害工作をしながらギリギリまでここで隠れてるのは、いろんな意味できついし、ね。

 あたしは、物音と気配に気をつけながら、機関部を進んでいく。

エンドラ級には、装甲の内側に狭い点検用通路があったけど、この艦はどうだろう。

確か、エンドラ級とレウルーラは、そもそもの開発系統が違うから、

前回の潜入があんまり参考にならないのが、痛いところだ。

時間もなくて、事前に図面も仕入れられなかったしな・・・どこか、繋げそうなコンピュータがあればいいんだけど・・・。

 機関部の、たぶん、給弾装置だろうけど、そこに寄りかかっていたら、グンと軽いGが掛かったのを感じた。

レウルーラが出航したんだ。のんびりしてると、まずいね。ここから地球圏までは、1日かからないはず…

せめて、あと2日は時間を稼いでおきたいけど…狙うなら、エンジンかな?

でも、爆発させちゃったら、あたしも無事じゃすまないしな…オーバーヒートくらいでとどめておけるかな。

あたし、ミノフスキー物理学とか分からないんだよなぁ。

モビルスーツを鹵獲されないように自爆させる方法しかわからないけど…どうしよう?

あぁ、アリスさんにそこんところの講義をちゃんと受けておくんだったなぁ。

まぁ、聞いても分かんなかっただろうけど、さ。
 

205: 2013/11/13(水) 02:36:32.97 ID:OI63/c2qo

 あたしは、そんなことを、機関部を進みながら考える。

やっぱり、物理的な破損を起こさせるのは、あたしには無理だ。

知識ないし、下手したら、宇宙で木端微塵になっちゃう。

あたしがしたいのは、戦いを止めること。クワトロ大尉を頃したいなんてこれっぽっちも思わない。

頃すどころか、ぶん殴ってペンションに引きずって行って、1年くらい監禁してあげたいくらいなんだ。

 物理的なトラブルじゃなければ、あたしにできることは、ひとつだ。

どこかで艦の制御系のコンピュータを見つけて、システムに侵入してエンジンを止める。

それからシステムを壊しちゃえば、復旧にはかなりの時間を必要とするはずだ。

もちろん、バックアップへのアクセスパスも少し手を加える必要がある。

できたら、バックアップシステム自体も壊せればかなり有効打になると思うんだけど…

基幹システムのバックアップって、だいたい、オフラインになってたりするんだよね。

有事の際にだけ、物理的に接続するようになってるのが多いから、そっちはあんまり期待できないかな。

とにかくコンピュータを探さなきゃ。いや、やっぱりその前に隔壁の中に入りたいかな…

さすがに、ずっとここにいるのは不安だし、正直言うと、食事とトイレの心配が一番大きいから、ね。

 そうこうしているうちに、あたしはグオングオンと重い振動をしている大きな箱を見つけた。

こっちは空気がないから音は聞こえないけど、進んで行くのに手を置いてみたので気が付いた。

 これは…空調の一部、かな?近くにダクトがあるだろうけど…

直接手を出したら、内圧で吹き飛ばされるよね、間違いなく。

やっぱり、二重隔壁になっているところからじゃないと侵入できない。

他を当たろうか…そう思って、そこからまた機械の間を縫って進む。

 するとその先で、あたしはダクトが数本、規則的に並んでいるのを見つけた。

ちょっと、がっかりした。

どうやら、これを使うしかないみたい…あぁ、イヤだなぁ…

最悪の場合はと思って覚悟はしてたけど、まさか、ここで出会っちゃうなんて…。

 あたしは、そう思いつつも、ここが一番安全で手近だから、と心を決めて、ランドムーバーを取り外してダクトに付いていたパネルのボルトをゆっくりと緩める。

フシュッとエアーが噴き出して、すぐに収まった。さらにボルトを緩めて、パネルを外す。

ダクトの中は、50センチ四方程度の管状になっている。

あたしは、そそくさとそこに体をねじ込んで、狭い空間で向きを変えて、内側からボルトを固定し直した。

その管の中を少し上がっていくと、すぐに向こうに明かりが見えた。

そこには、強化ガラスで出来た、二重の窓が付いている。

あたしはナイフを取り出して、管と窓の間にそれを突き立てる。

この二重の窓は、管との境目がパッキンになっていて、ナイフをねじ込んで空間を作り気密を失うと、本当にただの蓋になる。

思った通り、プシュン、という音とともに窓が微かに浮いた。

それを押し上げて、もう一枚の窓の方のところにもナイフを突き入れ、同じ要領で気密をなくさせる。

ナイフをしまいこんで、管の中で足を突っ張り、全身の力を込めて二枚の窓を押し上げた。

メキっと言う鈍い音がして、窓が開いた。あたしは管を這って行って、50センチ四方くらいのその窓から抜け出た。
 

206: 2013/11/13(水) 02:37:25.80 ID:OI63/c2qo

 抜け出た先は、トイレだった。もちろん、あたしが出てきたのは便器の中。

汚物は宇宙に放り出すのが半ば常識だ。

トイレは、まず、個室がひとつの隔壁になっていて、

さらに便器の中、用を足すときは自動的に開く今こじ開けた2枚の窓も隔壁替わり。

さらに、この管を降りて行った先に、もう2枚隔壁がある。

用を足し終わって、ボタンを押すと、その隔壁が開いてエアーと一緒に“出したもの”が吹き飛んでいく仕組みだ。

頻繁に、直接宇宙空間へとつながる部分だけに、これだけの隔壁が設けられている。

だけどその分、一枚一枚が頻繁に開閉できるようになっているのも事実…だから、侵入するときには、開けるのも楽だ。

 まぁ、こんなトコ、通りたくなかったんだけど…贅沢は言っていられない。

あたしは、個室から出た。出たところで、あたしはバッタリ、ネオジオンの軍服を着た女性と出くわしてしまった。

 個室からノーマルスーツで出てきたあたしに、彼女はびっくりしている。

あたしは、と言えば、ここが女子トイレで良かった、とどうでもいいことに安心感を抱いてしまっていた。

「ちょ、ちょっと、あなた、大丈夫…?その、なんかいろいろと付いてるけど…」

彼女は、あたしの全身を眺めまわしてから、おどおどした様子でそう言ってきた。

そりゃぁ、ね。いくら出した物を外に吹き飛ばす、って言っても、いろいろとこびりついてたり残ったりはしてるよ、ね。

 彼女に指摘されたら、なんだか泣きたくなってきた。

「誰かが、最終隔壁を開け忘れてた…便座の中の隔壁開けたら、噴き出してきて…」

実際は、管の中の気圧は外よりも低く設定されるはずだから、そんなことはないんだけど、まぁ、そう言うことにしておこう。

 あたしが言ったら、彼女はなんだかとっても悲しい顔をした。それから

「そっか…ノーマルスーツ着ておいて良かったね…」

なんてことを言ってくれる。ノーマルスーツ着てたから、通ろうと思ったのは事実だけど、ね。

「あの…あなたが済んだら、でいいんだけど、良かったら、クリーニングルームまで連れて行ってくれないかな…?

 こんな姿で、艦内うろついてるところを誰かに見られたくないんだ」

あたしが言ったら、彼女はまた深刻な顔をしてうなずいて

「分かった。任せて」

と言って、そそくさと別の個室の中に入って行った。

 彼女の先導してもらって、誰にも見られずにクリーニングルームに辿り着ければ、

あとはノーマルスーツを洗浄するフリをしてどこかに潜んでしまえばいい。こうなったら、この状況をトコトン利用しよう。
 
 それにしてもあの子、良い子だな。騙しちゃって、申し訳ない気持ちになってきた。

なんてことでチクチクと小さく胸を痛めていたら、ふと、ミリアムのことを思い出した。

彼女、今頃はまだスィートウォーターに居るのかな?

もしできたら、許してくれなくっても、もう一度、誠心誠意、謝っておきたいな…裏切って、傷つけちゃったし…ね。

 そんなことを考えている間にすぐに個室が開いて、さっきの子が出てきた。

「お待たせ。私が先に行くから、着いて来てね」

そう言った彼女は、洗った手を拭いていたハンカチを口元に当てた。

 臭うんだな、やっぱり…なんだか、悲しい気持ちになって、本気で泣きそうだった。
 

207: 2013/11/13(水) 02:39:01.12 ID:OI63/c2qo


つづく。


マリオの地下ステのBGM

便器から抜け出る際には、土管のSEを脳内再生してくださいw
 

224: 2013/11/15(金) 21:37:57.35 ID:xbYmVny0o

 潜入から3時間。

あたしはいつもの通り、艦の居住区の天井裏に網の目のように広がっている酸素を運ぶためのダクトの中にいた。

いろいろ考えてはみたけど、結局ここが一番便利で安全なんだ。

あらゆる場所へアクセス出来るし、宇宙では酸素は貴重品。それを運ぶダクトも相応に頑丈だ。

それこそ、9mm口径の弾丸くらいなら弾き飛ばせるくらいの厚い合金板で出来ているし、

そもそも、酸素供給のこのダクトを射つなんてことしたら、戦艦全体の生命維持が危機にさらされる。

例え見つかったとしても、容易く手を出される心配はない、ってことだ。

 トイレからクリーニングルームへ連れて行ってもらったあたしは、

彼女に見張ってて貰いながら着替える、といって更衣スペースのカーテンを閉めた。

クリーニングルームって言うのは、要するにランドリーみたいなもので、細い縦長のロッカーみたいなものが並んでいる。

そこにノーマルスーツや作業着なんかを引っ掛けてドアを閉めたらボタンを押して、

15分も待てばすっかり綺麗になって、パリッと乾いて出てくるんだ。

あたしは、着ていたノーマルスーツを空いていたロッカーに押し込んで、クリーニングを開始してから、

そばにあった、すでにクリーニングの終わっているロッカーの中にあった誰のか分からないネオジオンの軍服を着こんだ。

それからルーカスにもらったネオジオンの階級章の中からひとつ選んで、軍服に付いていたものと取り換えた。

あたしを案内してくれた彼女は軍曹の階級章を付けてた。それを思い出したあたしが選んだのは少尉の階級章。

こっちの階級が上の方が誤魔化しやすくて良いだろうと思ったから。

あたしがつけた階級章を見たら彼女は

「も、もうしわけありません!」

って敬礼をしてきたけど、あたしは笑ってやめてよ、と伝えて、精一杯感謝をしてからクリーニングルームを出た。

いい子だったな。戦場に突入すれば、あの子だって氏んじゃうかもしれない。やっぱり、そんなのはイヤだ。

なんとしても、艦を止めないと…。

あたしはそんなことを考えながらキーボードを叩いていた。

戦艦の管制システムを無力化するワームシステムを作成中だ。

処理速度を極限まで遅く出来る様に、無駄な計算を乗算的にループするってだけのシステムだけど、

システムを完全にクラッシュさせちゃうより、たぶんこっちの方が効果的だと思ったから。

クラッシュさせたら初期化とバックアップの反映が出来ちゃうけど、このワームで機能全体をマヒさせれば、

駆除にも時間がかかるし、初期化もバックアップの反映も作業自体をとことん遅らせることが出来る。

足止めには最適だ。

<大尉、大尉…>

不意に。耳につけていた無線が音を立てた。ルーカスだ!

「ルーカス?聞こえるよ。そっちはどう?」

あたしは小声でマイクに問いかける。

<こちらは、連携してもらってる部隊と合流しました。ロンドベルの、ユウ・カジマ大佐の隊です>

「ユウ・カジマ大佐…?聞いたことあるような、ないような…」

<今回のように、別働の特殊部隊の指揮が現在の任務だそうです。

 一年戦争当時から連邦に所属されていたらしく、なんでも、北米奪回作戦に新鋭機の実験部隊として参戦していたって話で。

 なかなか無口な人で、そこまで聞き出すのにずいぶんと骨が折れましたけどね>
 

225: 2013/11/15(金) 21:41:00.41 ID:xbYmVny0o

ルーカスはそんなことを言いながら笑っている。北米の、新鋭機の実験部隊…?

あの戦線に投入された実験機って、もしかして、あのEXAMシステムを積んでたっていう、あの蒼いジムくらいじゃなかったっけ…?

え、まさか、そのカジマ大佐って人が乗っていたって言うの?アリスさん達が開発したあの人工知能を搭載した機体に…?

い、いや、そんなこと、ないよね。ぐ、偶然だよ、うん。て言うか、今はそんなことは、どうでもいい、か。

「こっちはなんとか、レウルーラに潜入できてるよ。今は、通気ダクトの中にいる。

 たぶん、まだバレてはいないと思う。

 これから、今作ってるコンピュータウィルスを感染させて、システム制御を麻痺させるつもり」

<了解です。気をつけてくださいね。

 麻痺させすぎて、もしものときに脱出に使う敵モビルスーツまで動きません、とか、笑い話にもなりませんからね>

ルーカスはそんな軽い調子で言ってきた。失礼しちゃうな、なんて、これっぽっちも言えなかった。

確かに、システムを麻痺させて、モビルスーツデッキのハッチ開かない、カタパルトも動かない、じゃ、洒落にもならない。

最悪壊すしかない、か。

敵の動きを止める意味では、ハッチもカタパルトも動かないほうが良いんだけど、確かにもしものときにあたしが困るよね。

ワームの動きを制御して優先的にあたしだけがシステムに割り込める仕組み、なんて、こんな短い時間に埋め込めるかな?

無理しないで、頭の隅においておこう。出来なければ、別の方法を考えておいたほうが良いかもしれないし、ね。

<分かってるよ。十分、気をつける。そっちも、交渉と準備、お願いね>

「了解です。またなにかあったら、連絡ください」

<うん、そっちもね>

あたしはそう言って連絡を終えた。
 

226: 2013/11/15(金) 21:41:41.17 ID:xbYmVny0o

 今この間、どのあたりを移動しているんだろう。たぶん、もうほとんど時間的な猶予はないはず。

アクシズも移動を始めている頃だろう。

万が一、旗艦のレウルーラが到着しなくても、アクシズを落とす準備が引き返せないところまで行ってしまったら、作戦は決行されちゃう。

そうなる前に、なんとしてもこの艦を止めて、作戦を遅延させないと。

 あたしは、そう思って、さらにキーボードを叩く。基本構造は、ほとんど完成している。

これ以上の小細工をしなければ、すぐにでもシステムに侵入させることができるんだろうけど、

駆除されちゃうことを考えたら、もう少し複雑にしておきたいところだ。

このままじゃ、見る人が見たら、一発で構造を看破されて対処されちゃう。

 ふと、あたしの意思に反して、キーボードを叩く指が止った。

次の瞬間、あたしは、なにか、強烈な感情に突き上げられるのを感じた。



 

227: 2013/11/15(金) 21:44:06.05 ID:xbYmVny0o




 
モニターがパッと明るく光って、辺りの視界が一瞬奪われた。爆発だ…!

<ド、ドロス級、ドロワ!ご、轟沈!轟沈します!!>

無線から、誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。ドロワが?あの大型空母が!?

<ダメだ、もう終わりだ!>

<て、撤退だ…誰か、撤退の支持をくれ!>

 そう…そうだ、このまま、ここにいたら、みんな氏んじゃう…みんなが、殺される…!

「みんな!逃げて!早く!」

私は、声の限りにそう叫んだ。胸が締め上げられ、恐怖と、焦りと、悲しみとが膨れ上がる。

 私は、周囲に居る“みんな”のモビルスーツの最後尾をついて行く。速く…もっと速く!

そう思いながら、レバーを力いっぱいに握り、ペダルを踏み込む。

<逃がさんぞ!>

そう、おどろおどろしい声が聞こえてくる。私たちのモビルスーツの前に、無数のゲルググが立ちふさがった。

<どけぇ!>

そう叫ぶ、仲間の声がする、でも、ダメ…ダメよ!戦っちゃ、ダメ!

あたしは、何かを叫ぼうとしたけど、なぜか、声が出なかった。

目の前で、仲間のモビルスーツが、全身から血を噴きださせて次々と粉々にされていく。

あぁ…ダメ、やめて…お願い…!

   

228: 2013/11/15(金) 21:44:35.02 ID:xbYmVny0o

 だけど、私の願いに反して、ゲルググが私達に襲い掛かってくる。

逃げようにも、体が重くて、うまく身動きが取れない。

周囲からは無数のビームが撃ちこまれてきて、私の腕や、お腹や、足に命中して行く。

「逃げて…みんな、逃げて!!!!」

 私は、目の前で仲間を次々と殺されていくのを感じながら、それでも、二人のところへと急ぐ。

体からは血が流れて、胸には、ぽっかりと大きな穴が開いている。私はもう、助からない。

でも、彼らだけは、二人だけは、守らなきゃ…

 だけど。もう少しで、手が届く、そう思った瞬間、彼女の方に、ゲルググが斬りかかった。

彼女のザクが、大量の血液を噴出しながら、二つにちぎれる。

<うわぁぁぁ!!>

彼の叫び声が聞こえた。ダメ…ダメ!逃げて!!

 彼を止めようと、その体にすがりつく。だけど、手には力が入らない。

まるで、すり抜けるようにして彼は、ゲルググへと突進して行く。そんな彼の胸を、ビームが貫いた。

「そんな…そんな…いや…いやぁぁぁあ!!!」

悲しみが、胸の中で爆発する。体が、震える。逃げなきゃ、私も、ここから、逃げなきゃ…お願い、もう少しでいい。

動いて、動いてよ、どうして、どうしてこの体、動かないの?!

 恐怖と、悲しみに支配された私は、その場でもがく。

けど、まるでスカスカと意思だけが空回りして、体が反応してくれない。

 そんなとき、彼を撃ちぬいたやつが、前に現れた。彼女は、ニコニコと笑顔を見せていた。

その顔を見て、私は、絶望してしまった。どうして…?どうして、あなたが?

信じていたのに、あなたのことを、信頼していたのに、好きだったのに…!

「マライア!」

私は、彼女の名を呼ぶ。彼女は、それに応えるように、いつもの笑顔で、握っていた拳銃の引き金を引いた。




    

229: 2013/11/15(金) 21:45:16.85 ID:xbYmVny0o




 「マライア!」

私はそう叫んで、目を覚ました。あぁ、夢、か。そのことが分かって、ホッと胸をなでおろす。

だけど、不快感が消えるわけでもない。もう、あのときの夢なんて、ずいぶん見ていなかったのに…

地球から宇宙へ上がって、スィートウォーターに戻ってから、今回でもう2度目だ。

 あのとき、私達の行く手を阻んだゲルググと、アトウッドを重ねていることは自分自身でも自覚していた。

頼るべき味方にすら、銃口を向けられるあの絶望感は、言葉にはできない。

それでなくたって、みんな氏んでしまった。そのことですら、ひたすらに私を黒い悲しみの中へ引き込んでいくと言うのに…。

 ふぅ、とため息が出た。これから戦場へ向かうから、改めてこんな夢を見てしまったんだろう。

あと10時間もすれば、作戦が始まる。

もう3、4時間は眠っておく必要がありそうだけど、こんな状態じゃ、とてもじゃないけど、寝る気にはならない。

 そう言えば、軍医にもらった睡眠薬があったっけ。あれ、半錠だけでも飲んでおこうかな。

気分も楽になるし、その方が、良い…

 私はベッドから起き上がって、明かりを消してある部屋に視線を走らせた。

壁には、戦争前に、士官学校で撮った写真を飾っている。

私物なんてこれくらいで、あとは、スィートウォーターに入ってから支給された官給品がほとんど。殺風景な部屋だ。
持ち込んだスーツケースに、誰だかわからない人影に、洗面台と、冷蔵庫。薬、どこに置いたっけな。

冷蔵庫の上の、ボックスだったっけ…




誰だかわからない人影…?

そんなもの、一人部屋のここに、あるわけ、ない…

私は、ぼんやりとそんなことに気が付いて、その人影を見つめた。

暗がりに浮かぶその顔を見て、私は、背筋が凍りつくのを感じた。

「ア…アトウッド!な、なにをしてるの!?」

私は、思わずそう叫ぶ。

そこに居たのは、ネオジオンの軍服に身を包んだ、私を裏切った、マライア・アトウッドだった。

動きせずに真剣な様子で言った。

「い、いやさ、こう、じっとしてたら、バレないかな、とか思ったんだけど…」

私とアトウッドのいるこの狭い一人部屋に、覚めるほど奇妙な沈黙だけが流れた。


  

233: 2013/11/16(土) 19:39:43.49 ID:4okZT7Gko

 あたしは、突然に突き上げてきた感情の波にのまれて、瞬間的に自分自身を見失った。

あの日、ソフィアが目の前で粉々に吹き飛んでしまったような幻覚を見た気がして、体が震えだしたのを無理矢理に止めた。

違う、これは、あたしの感覚じゃない…ソフィアは生きてる…

あの子は、今は、デリクと、子どものグレンくんと、三人で笑って暮らしてる…違う、これは、違うんだ!

 なんとか、我に返ったあたしは、とっさにこの感情を探っていた。

これは、まさか…ミリアム?ミリアムなの…?

あの子、この船に乗ってるっていうの?その感触は、ミリアムの物に違いなかった。

それにしても、この強烈な絶望感…いったい、なに?ミリアム…あなたに、何かあったの?

あたしは、さらにその出所を探る。

 近い…すぐ、そばだ。

 あたしは、コンピュータを閉じてダクトのなかを歩いた。

途中でさらに正気に戻って、自分の能力は最低限にして、気持ちも落ち着ける。

高ぶれば、クワトロ大尉に感づかれてしまう。

うまくコントロールしておかないと…

 10メートルも進まないうちに、あたしは、ミリアムの気配の真上に来た。

この下だ…このダクトの枝の先に、ミリアムがいる…他の人間の気配はない。

今なら、大丈夫…

 あたしは、思い切って、そのダクトへと飛び込み、先にあった金網を蹴破って、部屋におりたった。

そこは、個人部屋で、ベッドに、冷蔵庫に、コンピュータくらいしかない。壁には、写真が掛かっている。

荷物と言えば、スーツケースくらいの、簡素な部屋だ。

 その部屋のベッドに、ミリアムは寝ていた。寝苦しそうに、うーうーと唸っている。

悪い夢でも見てるんだな…前に見せてもらった、あの傷を負ったときの夢かもしれない。

起こしてあげたいけど…どうだろう。今は、ちょっとまずいかな…

 ふと、思い立って、もう一度部屋の中を見回した。コンピュータがある。

ここへ来たのも何かのタイミングだろう。

あたしは、据え置きのコンピュータからケーブルを抜いて自分のコンピュータに差し替え、

まだほとんど細工していないワームシステムを戦艦の制御系の複数の箇所に潜入させた。

30分後には、一斉に動き出して10分もすれば、制御系コンピュータのメモリを完全に使い切るくらいまでの計算に膨れ上がってくれるはず。

そうなれば、この艦はしばらく動けないはずだ。

 あたしは、作業を終えて、ケーブルを据え置きのコンピュータに戻した。

ふと、コンピュータの脇に掛かっていた写真に目が留まった。ミリアムと、もう一人女性が写っている。

あれ、誰だろう、これ?どこかで見たことある人に思える…どこだっけな…

 そんなことを思っていたら、うぅっとミリアムが呻いた。

おっと、まずいね…ごめん、ミリアム。

事が落ち着いて、お互いに無事だったら、またちゃんと謝りに来るからね。

本当に、ごめんね。
 

234: 2013/11/16(土) 19:40:26.11 ID:4okZT7Gko

 あたしは、心の中でミリアムに謝りながら、落ちて来たダクトまで飛び上がろうと膝を曲げた。

その瞬間

「マライア!」

ミリアムが、絶叫した。あたしは、だから大きな声はやめてって言ってるでしょ!

とビクビクっとなってしまって、危うくそう口に出そうだった。

 ミリアムは、呼吸を荒くしている。でも、やがて、ふう、とため息をついて、呼吸を整えた。

 まずいよね、これ、まずいよ。どうしよう…今飛び上がったら、確実にバレるよね?

で、でも、このままってわけにも、行かない…よね?

い、いや、ミリアムは寝起きで、ぼんやりしてるし、寝ぼけているかもしれないし…

ほ、ほら、暗がりだから、じ、じっとしてれば、あたし見えないかもしれない!

 自分でも、どうしてそんなことを考えたのかわからなかったけど、とにかくあたしは、その場でジッと動きを止めた。

ミリアムが起き上がって、部屋の中を見渡す。

ミリアムの視線が、あたしを通り過ぎて、冷蔵庫の上を向いた。

お…おぉ、バ、バレなかった!?

なんて思っていたのもつかの間、ミリアムの視線があたしに戻ってきた。

ミリアムはあたしをジッと見つめて、何かに気が付いたみたいに、顔を恐怖にこわばらせて、叫んだ。

「ア…アトウッド!な、なにをしてるの!?」

「い、いやさ、こう、じっとしてたら、バレないかな、とか思ったんだけど…」

あたしは、相変わらずダクトへ飛び上がろうとした姿勢のまんま、じっとしながら、ミリアムにそう言ってみる。

これも夢だって、思ってくれないかな…そんな、子どもじみた期待はさすがに通用しなかった。

 ミリアムはベッドから跳ねるように飛び起きると、枕元にあった拳銃に手を掛けた。

もう、こんなこと、したくないのに!

 あたしは、とっさに床を蹴って、ミリアムへ飛び掛かった。ミリアムの拳銃があたしに向けられる。

あたしは、それを左手でつかんで、右手で手首を固定する。

そのまんま、左手でスライドを押し込んで機関部から装填されていた弾丸を排出させて、右手でマガジンを抜き取る。

左手の薬指で、スライドの留め金を外して、そのまま引っ張ってやった。

拳銃は、グリップの部分と、スライドの部分に分かれる。

ふぅ、これ、ユージェニーさんに教えてもらってから、実戦では初めて使ったかも。うまく行って良かった。

 なんて、あたしが安心していたら、今度はミリアムが血相を変えて飛び掛かってきた。

ちょ、ちょちょちょ!待って、待ってって、ミリアム!

 そんなあたしの想いとは裏腹に掴み掛ってくるミリアムをあたしは反射的に受け流して、

腕を取ってひねり上げ、ベッドの上に押し戻した。

「くっ…!」

ミリアムがそう声を漏らしながら、すごい形相で、あたしを睨み付けてくる。

うぅ、そうだよね、やっぱり…許して、なんて、都合よすぎるよね…。
 

235: 2013/11/16(土) 19:41:25.60 ID:4okZT7Gko

 あたしは、なんだか悲しくなってしまった。

だって、さっきに、夢で見ていた絶望的な感覚は、もしかしたら、あたしのせいかも知れないんだ。

あたしが裏切っちゃったせいで、あたしが抱えようとしてあげてたミリアムの重くてつらくて、

壊れそうな過去が、行き場のないままに彼女の心に溢れているのかも知れないんだ。

あたしは、ミリアムを傷つけた。あたしが、もっと良い案を考え付かなかったばっかりに…

あのとき、クリス達の援助要請じゃなくて、あなた達を期日通りに宇宙へ上げることを選ばなかったばっかりに…。

いや、実際には、選べなかったんだけど、でも、それでも、あたしは…

ミリアム、あなたを苦しめたくなんてなかったんだよ…。

 「ミリアム…聞いて…」

「黙れ!裏切り者の言葉なんか聞きたくない!」

「お願い…お願いだから…!」

「黙れって言ってるだろ!」

ミリアムは、あたしの腕を振りほどこうとしてもがき始める。でも、この関節技は、そう簡単には外れない。

あたしは、少しだけ力を込めて、ミリアムの動きを制する。

「ミリアム…ごめんね。言い訳はしないよ。あたしは、あなたをだまして、裏切った。

 あなたを傷つけた。だから、ごめんなさい」

「いまさら何を言っても遅い!」

「お願い、最後まで聞いてよ…」

あたしは、まるで、胸に穴が開くような感覚を覚えた。

その穴は、黒くて、深くて、どんどんと大きく広がってくる。自然に、目から涙がこぼれ始める。

「あたしは、あなたも、姫様も助けたかった。ラサも、あそこに住んでいる人たちも助けたかった。

 あたしは、信じてる。人間は、分かり合える生き物だって。

 そのためには、憎しみをこれ以上、増幅させちゃいけないんだって思ってる。

 だから、止めたかった。5thルナの落下も、あなた達を捉えようとしてた、マハも」

「出まかせを言わないで!あなたも私達を人質にしようとしていたんでしょう!?」

ミリアムのその言葉に、あたしは、何も言えなかった。だって、本当のことだ。

そのうちに二人を宇宙へ逃がすつもりがあったにせよ、ラサを守るために、

地球にとどめようと思ったのは、人質だって言われたら、その通りだから。

あたしは…あたしは、分かってた。自分が、一番しちゃいけないことをしたんだって。

姫様を、地球を守るための道具に…戦争の、防衛の道具に仕立て上げようとしたんだってことを…

 こんなの、ミリアムや、姫様に見限られるだけじゃない。

きっと、レオナだって、アヤさんだって、レナさんだって、あたしを軽蔑するはずだ。

だって、あたし達は、そう言うことから逃げてきたんだ。

人が、戦争の道具じゃなく、戦争の駒でもない、ひとつひとつの命として生きたいって願って、

大切な誰かが、そうであってほしいって願って、あそこに集まったんだ。

それなのに、それなにのあたしは、あたしは…
 

236: 2013/11/16(土) 19:42:35.86 ID:4okZT7Gko

 「あたしは、弱いんだよ、ミリアム」

ついには、ポタポタと涙がこぼれた。

そのしずくが、ミリアムの頬に落ちて、彼女は抵抗をやめ、あたしを振り返るようにして見上げた。

「あたしは、弱くて、バカなんだ。臆病で、弱虫で、泣き虫で…本当は、誰かを守りたいって思ってるんじゃない。

 誰かが傷つくのを見るのが怖いだけなんだよ。誰かを傷つけてしまうのが怖いだけなんだ。

 でも、それでも戦わなきゃいけないときがある。だからあたしは笑うんだ。笑いながら、逃げてるんだよ。

 戦えば、誰かが傷つく。誰かの命が失われる。

 でもね、本当は、あたし、誰かの命を奪おうとしている人だって、本当は氏なせたくなんてないんだ。

 傷ついても欲しくないんだ」

「そんなの、ただの理想論よ!これは戦争…誰かが氏に、誰かが生き残る…そう言うものよ!」

「そんなの、分かってるよ!」

「なら、何だって言うの?」

「…だから、あたし、アクシズを止めたい。

 この作戦を止めて、出来たら、ネオジオンとロンドベルの衝突も止めたい。

 ロンドベルには、あたしの仲間が話す。だから、ミリアム。一緒に、シャア総帥のところに来て。

 あたしに協力して…お願い。あたしを許してくれなんて言わない。憎んでいていい。

 全部が終わったら、気の済むまで殴っていい、なんなら、頃してくれたっていい。

 だけど、その前に、あたしは、この戦いを止めたいんだ…お願い、力を貸して…!」

あたしは、ミリアムに言った。彼女は、黙って話を聞いてくれた。

あたしが話し終わっても、彼女はしばらく黙っていた。どれくらい経ったか、ミリアムは、笑い出した。

なんだか、とても可笑しそうに…

「はは…あははは!バカなこと言わないで…私に、あたなと同じになれっていうの?

 私を裏切ったあなたと同じように、私も、ネオジオンを裏切れって?そんなこと、何があったってごめんだわ…!」

ミリアムは、あたしをあざ笑うような笑顔を見せながら言った。

「私は、13年前の戦争で、守りたいと思っていた、守らなきゃいけないと思っていた人達の半分以上を、

 味方に殺されたの…とても支えきれるような戦線じゃなかった。

 戦線を支えられるほどの経験も技術もあるパイロット達じゃなかった。

 でも、あいつらは私達の撤退を許さなかった。あろうことか、あいつらは撤退を始めた私達を撃って来たのよ。

 それで、何人も氏んだわ。腕も機体性能も雲泥の差があった。彼らが生き残れるはず、なかったのよ。

 私の機体を撃ちぬいたのも、敵か味方かわからない。

 宇宙に放り出されて、氏ぬはずだった私は、援護に来てくれた海兵隊のモビルスーツに拾われた…

 私は、ただ運が良かっただけ。いいえ、運が悪かったのかもしれない。

 こんな憎しみと絶望だけを残して生かされたんだからね…私達は、圧倒的な力を持った味方に、殺されたんだ!

 だから、私は、裏切りを許さない。仲間に手をあげるようなことは絶対にしない!

 私はあいつらとは違う…アトウッド、あなたとも違う!

 私は、ネオジオンを裏切ることも、あなたに協力することもしない!」
 

237: 2013/11/16(土) 19:43:18.85 ID:4okZT7Gko

ミリアムは、そう怒鳴って、グッと力を込めてきた。

あたしは、今以上に、ミリアムを押し付けることができなかった。あたしも、彼と一緒だ。

あたしを思い切り蹴ることすらできなかった、クワトロ大尉と…

ミリアムは、かすかに起こした体の下から腕を引きずり出すと、壁に付いていたボタンを叩いた。

とたん、部屋に警報が鳴り響く。部屋だけじゃない。おそらく、艦全体に行きわたる、緊急警報だ。

空気漏れやなんかのときに鳴らすものだけど、なんにしたって、これじゃぁ、ここに人がいっぱい駆けつけてくる。

 あたしは、そう思って、思わずミリアムに込めていた力を緩めてしまった。

ミリアムは素早くあたしの腕を振りほどくと、床を蹴って、反対の脚を水平にあたしに向かって突き出してくる。

間一髪、あたしはその動きを感じ取って身をよじり、直撃をかわす。あたしはミリアムから離れて床を蹴った。

 このままじゃ、次は牢屋じゃなくて、確実に殺される。逃げないと、ね。

あたしは涙をぬぐって、そのままダクトに飛び込んだ。部屋の方で、バタバタと足音が聞こえてくる。

「なにごとですか、アウフバウム大尉!」

「侵入者です!すぐに追跡部隊を組織してください!」

男の声に、そう命令するミリアムの声が聞こえる。

 さすがに、いくらこのダクトの中って言っても、入ってこられたら、アウトだよね…

あたしは、胸の真ん中に沸いて広がり続ける、奇妙な空虚感を必氏にこらえながら、ダクトの中をクリーニングルームへ急いだ。

 クリーニングルームに降り立ったあたしは、すぐにここに来るときに着ていたノーマルスーツを着こんで、

さらにそのまま、侵入してきたトイレへと向かう。

幸い、艦内はバタバタとしていて、ノーマルスーツのバイザーを下ろしたままなら、誰もあたしには気づかない。

あたしは無事にトイレに到達できた。

もう、迷ってなんていられない。あたしは、元来た便器の内側の隔壁をボタンで開けて、その中へ飛び込んだ。

管の中を下って行って、侵入してきたのと同じパネルを開け、機関部に出る。

そこには、入るときに取り外したランドムーバーが、まだちゃんとあった。

あたしは急いでそれを取り付けて、機関部を抜け、手ごろな部分から戦艦の外へと飛び出した。

 宇宙空間に、ランドムーバーひとつでどこかに辿り着けるわけはない。

あたしの目標は、すぐ近くを、レウルーラと並行して航行していたムサカ級だ。

レウルーラと同速度で並行して動いているなら、相対速度では止っているのと同じ。

あたしは、迷うことなく、ムサカ級を目指した。
 

242: 2013/11/16(土) 22:35:01.47 ID:dNEy8UsNo
>>239
感謝!
クリーニング済みです!w

>>240,241
感謝!!
悲しい再会です。。。

マライアたん、がんばれ!
 


つづきます!
 

243: 2013/11/16(土) 22:37:08.38 ID:dNEy8UsNo

 レナが、庭で空の遠くを見つめている。

青空のその彼方には、こんぺいとうみたいな形をした何かが浮いているのが見える。

ついに、見えてくる距離になっちゃったか…。

「来たか、アクシズ…」

シイナさんが、まだ2歳にもならないダイアナを抱きながら憎々しげにそう言う。

ハロルドさんは、黙ってその隣に立ち尽くしていた。

「母さん、あれが、そうなの…?」

13歳になった、チビだったキキが、アイナさんに寄り添うようにして言っている。

「ええ、そうよ」

アイナさんが、静かな声で言う。シローも、おっきいキキも空を見上げている。

 「ママ…あれ、ここに降って来るの?」

レベッカが、レナにそう聞いている。レナは、レベッカに笑って言った。

「大丈夫だよ。マライア達が、あそこで戦ってくれてる…きっと、何とかしてくれるはずよ…」

「“隊長”氏んじゃったり、しないよね?」

今度はロビンがアタシを見上げてくる。アタシは、ロビンの頭を撫でてやる。

「大丈夫だよ。マライアは、アタシなんかよりもすごいんだ。

 あんなところで、バカやって氏ぬようなことはしないさ」

 「マライア…」

車イスに座ったソフィアは、まるで、マライアに語りかけるみたいに口にした。

傍らで、グレンを抱いたデリクがその肩に手を置く。

「マリ、今日はずっとそうしてるよね…マライアちゃんに話しかけてるの?」

カタリナが、相変わらずに顔の前で手を組んで、固く目をつぶりうつむいているマリに声を掛けた。

マリはカタリナの声掛けに反応すら見せない。

アタシは、祈るようなマリから、洗練されたイメージがあふれ出ているのを感じていた。

きっと、宇宙のマライアに届くように、全神経を集中させているんだろう。

 返事がないマリに代わって、ユーリさんがカタリナの肩を抱いた。

「大丈夫だ。あたしらをあの戦艦から逃がしてくれたマライアちゃんだぞ。あんなところで、氏ぬはずない」

ユーリさんの言葉に、カタリナがうなずく。
 

244: 2013/11/16(土) 22:37:34.21 ID:dNEy8UsNo

 「あの…ママ、何してんの?」

レオナは、変な機械を片手に、細いドライバで突いているアリスさんに聞いている。

「あぁ、うん、こういう時って、機械いじってると落ち着くんだ」

アリスさんは、そう言ってドライバで機械の蓋を閉じ、アタシに突き出してきた。

「なにこれ、アリスさん?」

「小型サイコミュを搭載した、おもちゃだよ」

アリスさんはそう言うと、その棒状の機械をそーっとプルに近づける。

するとそれは、音もなく小刻みに、高速に振動を始めた。

「能力を感知して無段階に強度を調整できるんだ」

そう説明したアリスさんは、アタシにそれを押し付けてきた。

 アリスさん、これってるつまり…その、大人のおもちゃっていうか、その…えぇ?!

こんなときになに作ってんの!?

 アタシはそう大声をあげそうになったのをこらえて、それを受け取った。

と、とりあえず、ポケットに入れておこうか、うん…。

「アヤ」

カレンが、庭の先から声を掛けてこっちへやってきた。シェリーも一緒だ。

「カレン」

アタシはカレンの手を取って、すぐそばに引き寄せる。

「施設の方には、声を掛けてきた。

 落下地点が特定されて、ヤバそうなら、すぐに私とシェリーで迎えに行くことになってる」

「それなら、アタシも…」

「いや、あんたは、ここにいる奴らを頼む。

 デリクには、ヤバくなったら、あんた達を連れて、すぐに空港へ行って飛行機で離脱するように言ってある。

 施設の方は、私とシェリーに任せな」

カレンはそう言って、ポンポンとアタシの肩を叩いてくる。

まったく…ホントにあんたは、いつからそんなに“アタシの家”に手を焼いてくれるようになったんだっけな。

もうさ、あんたには、感謝の言葉しか出てこないよ。ありがとうな、カレン。

 アタシはカレンの言葉にただうなずいて、青空の彼方のアクシズを見つめた。

「お願い、急いで…お願い…お願い…!」

マリがそうつぶやく声が、アタシ達の耳に届いた。



 

245: 2013/11/16(土) 22:38:00.89 ID:dNEy8UsNo




 なんとかあたしはムサカ級の中に入ることには成功した。

さすがに、レウルーラの乗組員もこんな短い間にまさか宇宙空間を飛んで隣の艦に乗り移っているとは思ってもないみたいだった。

というのも、こっちの艦にはそれほどの騒ぎや混乱は起こっていない様子だったから。

でも、どこか警戒している様子も感じられる。

レウルーラに潜入していた人物がいた、という情報くらいはこちらにも届いているんだろう。

 隠れられるような場所をくまなくチェックしている様子を、

あたしは今度は、モビルスーツデッキのすぐそばの、機材点検室の床下から見かけた。

 ミリアムのことを思い出しそうになって、あたしは、やめた。今は、感傷に浸ってる場合じゃない。

なんとしても、レウルーラを止めないといけないんだ。

あたしが仕掛けたワームは、そろそろ起動して活動を開始する。

プログラムの中に減速の命令が組み込んであるから、ワームが乗算を繰り返せばそれが定期的に発信されて、徐々にアシが止まってくるはず。

あとは、コンピュータが操作可能な軽い段階で駆除されないことを祈るばかりだ。

 「ルーカス、ルーカス。応答できる?」

あたしは、声を押し頃しつつ、ルーカスにそう呼びかけた。

<大尉、聞こえます。状況はどうです?>

「ごめん、ヘマしちゃった」

<大丈夫なんですか?>

「うん。地球で一緒に逃げてた子に会って、思わず、話しかけちゃってさ…。

 今は、とりあえずレウルーラからは離れて、ムサカ級に乗り換えたから、まぁ、一息ついてるところ」

あたしが言うと、ルーカスのため息が聞こえた。

もう、あたしだって、ため息つきたいくらいの気持ちなんだから、やめてよね。

<とにかく、無事ならそれでいいと思うことにしておきます>

ルーカスが諦めたような声色でそんなことを言ってきた。今回は、本当にルーカスを心配させてばかりだな。

ううん、もしかしたら、ルーカスも不安なのかもしれないね。

一緒にいれば、あたしを助けることくらいルーカスにも出来るけど、今はそうじゃない。

ライラのときと同じだ。そこで戦ってる、って分かっていながら、直接手助けが出来ない…

確かに、逆の立場だったら、すぐにだって駆けつけて上げたい気持ちになるだろうな。

そう考えたら、ルーカスのお小言も素直に聞いておいてあげるべきだ、とも思えてきた。

<こちらは、さきほどロンドベル隊旗艦のラー・カイラムに合流しました。

 これから、ブライト・キャプテンと話をさせてもらいます>

「了解。あ、ルーカス、ブライトは、キャプテンじゃなくて、今はコマンダーだから、失礼のないようにね」

<あぁ、はい。それじゃぁ、コマンダー・ブライトと呼んでみます。嫌がられそうですけど>

「たぶん、嫌がるだろうね」

あたしはそんなことを言って、クスクスっと笑った。ルーカスのかすかな笑い声も聞こえてくる。
 

246: 2013/11/16(土) 22:38:40.62 ID:dNEy8UsNo

 <それで、そっちは、レウルーラを止める手立てはどうなってるんです?>

「あぁ、うん。ワームを作って、基幹の制御系に複数感染させてきた。

 そろそろ起動して、メモリを食うように無駄な計算をし続けるだけにしたから、

 セキュリティシステムには引っかからないと思うし、

 でも、制御系のシステムを不自由に出来ると思うから、時間は稼げると思うんだけど…

  すごく簡素な作りにしちゃったから、見つかったら、すぐにでも駆除されちゃう可能性があるかな。

 もし、あと3時間間ってレウルーラのアシが鈍くならなかったら…」

<最後の作戦に移る準備が必要、ってことですか>

「そうなるかな。アクシズの位置は?」

<すでにこちらから光学測量で視認できる距離にまで接近してきています。

 おそらくは、あと4、5時間で、こちらは防衛部隊を出撃させるでしょうね>

ルーカスの渋い声が聞こえる。それって、ちょっとマズいよね…

あたしは、できればルーカスが運んできてくれるモビルスーツを待ちたい。

リ・ガズィでも、この際、ジェガンってやつでもいい。

ここのモビルスーツを盗んで一人でやるには、機体性能も、条件も悪すぎる。

ここのモビルスーツデッキにあるのは、ギラ・ドーガって言う、ネオジオンの量産機体だけ。

これだって、そんなに性能が悪いわけじゃないんだけど、でも、リ・ガズィに比べたらあんまり動けないし、

何より、レウルーラにはクワトロ大尉がいる。

性能差がある機体で、彼に勝てる気はまったくしないし、逃げ切れる可能性もほとんどないだろうな。

同じ機体に乗って、なんとか無事に逃げおおせることができるくらいなものだろう。

 彼もアムロと同じ、歴戦のニュータイプエース。あたしなんかがまともにやって、勝てる相手じゃない。

 だけど、戦闘開始が今から長く見積もって5時間だとしても、

ルーカスが首尾よくロンドベルからモビルスーツを借りられてこっちに向かってくれるとしたって、2、3時間はかかる。

いや、合流点の位置を考えたら、2時間あればなんとかなるかも知れないけど…

いずれにしても、ギリギリのラインだ。

そこまでアクシズが近づいたら、レウルーラを止めようが、ムサカ級をいくら撃沈しようが、アクシズ落しは決行される。

引き返せないラインを超えちゃう。

 そのタイミングなら、ロンドベルがアクシズを止められる公算の方が高くなるだろうけど、

そうしたら、ネオジオン側にかなりの被害が出てしまう。それじゃぁ、あんまり意味ないよね。

だって、これまでの憎しみの連鎖をまた繰り返すだけになっちゃうから。

決起したスペースノイドを、連邦が叩き潰した、って言う、繰り返し…。

だから、もっと違う方法を探ってもらうためにも、時間がほしい。

ワームが効かなかったときに備えて、なるべく早くに、アクシズが引き返すことの出来るうちに、

なんとか作戦を中止させるための別の案を考えておかないと。


 

247: 2013/11/16(土) 22:40:16.47 ID:dNEy8UsNo

「了解、ルーカス。なるべく急いでくれると、うれしい。

 あたしは、ワーム意外に出来ることがないかどうか、考えてみるよ」

<了解です。大尉>

「無理はしないから、安心して」

あたしは、ルーカスに言われる前に、自分からそう伝えた。ありがとう、ルーカス。

大丈夫だよ、あたし。バカなことは、もうしない。絶対に、しない。

<信じてますよ、大尉>

ルーカスが、クスっと笑ってそう答える声が聞こえてきた。

「ありがとう、それじゃぁね」

あたしは無線を切った。

 さって、どうしようかな…このムサカを足止めするくらいじゃ、レウルーラは止まらないと思う。

レウルーラ自体にこれ以上の妨害をするのは、きっと無理だ。

だとしたら、あと、残されているのは…アクシズ。

アクシズに直接攻撃を仕掛けて、あのバカでっかいエンジンを破壊する。ううん、破壊しちゃダメだ。

慣性ついてるから、動きは止まらない。乗り込んでいって、上手く方向を調節するくらいが良い、か…

 でも、アクシズに乗り込むとなると、ここからならモビルスーツがいるよね…

強奪するようなことをしたら、多分、クワトロ大尉に追われて、撃墜されちゃうし…。

 あー参ったな、最初からアクシズに向かっておくべきだったんじゃない、これって?

クワトロ大尉のことばっかり考えてたから思わずこっちに乗っちゃったけど、そうだよね。

アクシズを止めることが一番の目的なんだから、足止めとかそんなけち臭いこと言ってないで、

とっととリ・ガズィ借りてアクシズで暴れておけばよかった…

あぁ、でも、そっちにクワトロ大尉が援護に来ないとも限らない、か。

うーん、どうしよう…やっぱり、レウルーラをどうにか止めるしか方法がないのかなぁ…

<管制室より、モビルスーツデッキクルーへ。レウルーラより、ランチが来る。

 そちらで回収し、搭乗しているアウフバウム特務大尉をお迎えしろ。繰り返す、管制室より、モビルスーツデッキクルーへ…>

不意に、そんなアナウンスがデッキ内に響き渡った。ミリアムが、来るの?

この艦に?!

何しに…て、そんなの、決まってる、か。

あの子、クワトロ大尉から、あたしを探して始末をつけるように言われてきてるんだろう。

ううん、もしかしたら、あの子が自分で志願したのかもしれないな…。

 ミリアムは言ってた。大事な人たちを味方に殺されたから、あたしは裏切りが一番許せないんだ、って。

あたしがしたのは、ただ彼女を裏切ったわけじゃなかったんだね。

ただ、人質として、戦争の道具として利用したってだけじゃなかった。

彼女の過去を繰り返させてしまったんだ…やっぱり、もう、取り返しがつかないのかなぁ…

 また、ふっと胸に、あの空虚感が戻ってきた。同時に、焦りも沸いてくる。

時間がないってのに、ミリアムから逃げながら、レウルーラを止める方法を考えなきゃいけないなんて…

できるかな…ううん、できるかな、じゃない、やらなきゃいけないんだ…!
 

248: 2013/11/16(土) 22:40:42.75 ID:dNEy8UsNo

 あたしは、凹みそうになった気持ちを立て直して、その場を離れた。

この艦のコンピュータから、艦隊管制のシステムを経由してレウルーラに遠隔で潜入して、

もういちどシステムをいじろう。安全に出来ることといったら、それくらいしか出来ない。

もうあたしの潜入はバレているわけだし、不自然にならないように気を使う必要もない。

無理やりにでもセキュリティこじ開けて、ダリルさん特性の性格の悪いワームを使ってやる。

あれは、システムの主要部分を食い荒らして機能不全にさせるシステムだ。

あたしのワームで動きが鈍っているところへ、ダリルさんのを感染させれば、

バックアップの反映も、初期化もおぼつかなくなるはずだ。

確実に、レウルーラは止まる。レウルーラが止まれば、作戦も、きっととまる…それに賭けよう。

 あたしは、一度だけ大きく深呼吸をして、その場を移動した。

目指すは、艦隊管制をつかさどっているメインコンピュータ。艦隊の間で、常に情報を共有しているはずだ。

そこにワームを落とせば、あとは勝手に広がってくれる。

たぶん、その手のコンピュータは艦橋の近くにあるはず…ミリアムも来ることだし、急がないと、ね。

 あたしは足早にその場所を離れて、さっき抜き取った見取り図を頼りに、艦橋の方へと急いだ。

もう、時間がないんだ…。

 床下をはいずり、エレベータシャフトの近くまで行く。

そこから、一度廊下に出て、今度は天井の上に上がって、張り巡らされているパイプや配線の間を上に登った。

5、6メートル行ったところで、改めてコンピュータ上の見取り図を確認する。

このあたりに、艦隊管制システム用の受信サーバーがあるはずなんだけど…あたしは、ライトをともして周囲を確認する。

 すぐ近くに、大型のコンピュータらしい機材が色とりどりの明かりを点けているのを見つけた。

たぶん、あれだ。

 あたしはそのコンピュータに取り付いて、ケーブルを差し込んで中身を見る。

データベースに、回線チャンネルに、エリアマップ…当たり、だ。

キーボードを叩いてさらに中身をよく確認する。

すると、あたしのコンピュータのモニターに、艦隊の現在位置がマップで表示された。

アクシズの位置も出ている。ルーカスの読みどおり、あと4時間もあれば、突入コースに入れる。

まずいな…急がないと…あたしは、さらにキーボードを叩く。

厳重に圧縮して機能を頃しているダリルさんのワームを艦隊管制システムのサーバーにコピーしようとしたら、エラーメッセージが表示された。

あたしのコンピュータには書き込みの権限がありません、という内容だ。

まぁ、セキュリティとしては当然、か。
 

249: 2013/11/16(土) 22:41:31.11 ID:dNEy8UsNo

 あたしは、表示をロジックに切り替えて、セキュリティの構造を解析する。特に複雑な仕組みではない。

こういうときは、擬似的な信号をランダムで送って、認証コードを特定するのが一番だ。

あたしは、そのための命令文を打ち込んでエンターキーを叩いた。

すると、とたんにあたりからけたたましい音が鳴り響いた。

 まさか…警報!?罠だった、ってこと!?まさか、クワトロ大尉に先手を打たれてたの!?

 あたしはケーブルを引っこ抜いて移動を開始した。おそらくネオジオンの兵士がここに来る。

とにかく、場所だけは変えないと…

 移動しかけたあたしは、ふと、頭に浮かんだ考えに取り付かれて、身動きが出来なくなった。

クワトロ大尉が、こんな形まで読んでいた、ってことは…もしかして、あたしが作ったほうのワームもすでに駆除されている可能性が…

だとしたら、まずい…レウルーラを止められずに、このまま戦闘に突入しちゃう。

 ま、また、向こうに戻らないと…できるかな?

相当に警戒されているはず…しかも、こっちの船に移ったことはバレちゃってる。

だとしたら、次に宇宙に飛び出したときに対空機銃で狙い撃たれる可能性だってある。

うぅ、後手後手だよ!

「こっちだ!」

「サーバーに傷はつけるなよ!」

上の方から声が聞こえる。来た…!と、とにかく、今は逃げよう…

 あたしは、そう決めて、さらにその場を離れた。

目指すは、さっきいた、モビルスーツケージ近くの点検室の床下。

あそこからなら、モビルスーツに乗ることも出来る。

ここにあるのはギラ・ドーガだけだけど…でも、一目散に逃げるだけなら、なんとかなるかもしれない。

ううん、一発でも、レウルーラを撃っておくべきかもしれない。状況が状況だ。

ワームが駆除されていることを想定して動かないといけない。

でも、たぶん、そんなことをしていたら、あたし、確実に撃墜されるな…

氏んだら、アヤさんにもレナさんにもレオナにも、きっとルーカスにも怒られるだろうな…

怒るだろうし、きっと悲しむだろうな…

特にルーカスなんか、ライラが氏んじゃったときのあたしよりひどいことになっちゃうかもしれない。

そもそも、彼はジオンにいたころだって、たくさんの仲間を殺されて、一人だけ生き残って、

連邦艦に拾われた経験があったって話してた。

そんなことを、繰り返させたくはない、な。そうだ、ヤバくなったら、逃げるんだ。

それを、ちゃんとやらないと…。

だとしたら、何するの…?ええと、ええっと…あぁぁぁ!もう!頭が、回らない!あたしは、いったい何がしたいの!?
 

250: 2013/11/16(土) 22:48:48.42 ID:dNEy8UsNo

 あたしは、グルグルと空回りして、半ばオーバーヒートしそうになっていた頭の回転を、止めた。

違う…これは、あのときと同じだ。

この、何も浮かんでこないで、ただ回転数だけが上がる感じ。

これは、ソフィアのとき、あの場所から逃げられなかった、何もできなかったあたしと、同じ…。

そう、これは違う、これは、考えてるんじゃない。

焦ってるだけだ。感情に突き動かされているだけで、衝動的で、刹那的な“反応”でしかない。

 落ち着いて、マライア。あなた、ミリアムと姫様のことがあってから、おかしいよ。

あなたなら、5thルナを落とされずに、でも、二人を期日どおりに宇宙へ上げる方法を考えたはず。

レウルーラが発進する前に、アクシズへ向かって、あれを奪還する手はずを整えたはず。

あなたは今、戦っちゃってる。前線に出て、真正面から問題っていう名の敵とやりあってる。

でも、違うでしょ、マライア。あなたが隊長やアヤさんから教えてもらったのは、そんなことなんかじゃない。

大事なのは、逃げること。逃げて隠れて、タイミングを逃さないこと。

今回のあなたは、逃げずに戦って、全部のタイミングを逸してるじゃない!

違うよ、そんなの!

あたしは、隊長やアヤさんのように、“反則”を思いつくべきなんだ!

いくらモビルスーツをうまく動かせたからって、すべての相手をやっつけられるわけじゃない。

考えなさいよ!

戦うんじゃなくて、“うまくやる”方法を…!

 あたしは、こころの中で、そう自分をしかりつけた。今回のあたしは、ホントにおかしい。

なんでこうも、直線的な発想しか出てこないんだろう?

あたしなら、いつものあたしなら、こんなとき、どうする?隊長なら、アヤさんなら、どう考える・・・!?

 そう思って、思考を走らせたあたしは、また、後悔を始めてしまった。

戦いを避けさせたいんだったら、まず最初に戦力を奪うべきだったんだ。

狙うのなら、艦の制御系じゃなくて、モビルスーツデッキか、射出用のカタパルト…

初めから、そこを狙っておけば、多少の被害を出していたかもしれないけど、少なくとも戦力は削れていたはず。

それだけじゃない。あたしはいつからあんな奇麗事を言うようになったの?

誰も傷つけたくない、誰も頃したくない、なんて。

あたし、今までもたくさん、モビルスーツを撃墜してきたじゃない。

何も考えないで、大事なものを守るために…どうして、それをいまさらためらったりしたの?

極論を言えばアクシズを落とすくらいなら、レウルーラそのものを爆破したってよかったはず。

そのほうが被害が小さくて済むはずだから…被害?待って、どうして、あたし…いったい、なにを迷っているの…?

そこまで考えて、あたしは、さっきミリアムの部屋にいた自分を思い出した。

あたしは、そこで、ミリアムを押さえつけながら思ったんだった。

―――クワトロ大尉と、一緒だ、って…
 

251: 2013/11/16(土) 22:49:55.92 ID:dNEy8UsNo

 この感じ、この感覚、まさか、あたし、クワトロ大尉に飲まれていたって言うの?

ううん、大尉だけじゃない、もしかしたら、ミリアムがさっき話していた、彼女の経験した絶望にもあたしは飲まれていたんだ…

 あたしは、気がついた。いつからだったんだろう。

あたし、完全に何か、自分とは違う、別の感情に動かされていたんだ。

でも、違うよね。こんなの、あのころの、情けないあたしのままじゃない。

誰も傷つけたくない、怖い、だなんて、いったいどの口が言うのよ!

あたしは、大事なものを守るためなら、どんな相手だって殴り飛ばすのが仕事だったんでしょ!

オメガ隊の、マライア・アトウッド曹長は、仲間のためになら、どんな相手にだって立ち向かっていくんだ。

それを恐れてたら、また、ソフィアのように本当に大事なものを傷つけちゃうかもしれない。

守れないかもしれない。そんなのは、そんなのは、絶対にダメなんだ!

 あたしは、ノーマルスーツのシールドを開けて、顔をひっぱたいた。

しっかりしろ、マライア・アトウッド曹長!

あんたが今なんとかすれば、アクシズを止められるかもしれないんだから!

 そう思いながら、あたしは、PDAを取り出した。

今、ペンションは何時くらいかな…迷惑じゃなければ良いけど…

そんなことを考えながら、あたしはペンションのナンバーをコールする。

程なくして、電話口に誰かが出た。

<はーい、ペンション、ソルリマールですー>

「あぁ、アヤさん。あたし」

アヤさんだ。アヤさんの声がする。

<マライア!あんた、大丈夫なのか?今こっち、すごいことになってるぞ?>

宇宙だから、音声通話はすこしだけ、遅れて聞こえてくる。

アヤさんは電話の向こうで、あわてた様子でそういっている。

「ごめんね、黙ってて。こうなるなんてことは想像してなかったんだけど、

 でも、首を突っ込んでるのは、確かなんだ」

あたしは、アヤさんに謝った。また、少し遅れて声が聞こえてくる。

<別に、そんなことは今始まったことじゃないだろ?気にすんな。

 そんなことより、大丈夫なのか?どうしたんだよ、急に電話かけてきたりなんかして?>

「うん、大丈夫。イヤね、5thルナのことがあってから、連絡入れられてなかったから、

 電話しておこうかな、って思って。そっち、騒ぎになってるよね?」

<あぁ、まぁな。肉眼でもアクシズの形が確認できる。あれを落とされたら、さすがに遠くでもやばいだろうな…>

「ロンドベル隊が迎撃態勢を整えているから、きっと大丈夫だと思う。あたしも、ちょこっとだけ手伝ってるし、ね」

あたしが言ったら、アヤさんが笑った。

 

252: 2013/11/16(土) 22:50:35.58 ID:dNEy8UsNo

<ちょっとだけ、か。まぁ、そう言うんなら、そう言うことにしといてやるよ>

笑いをおさめてそういったアヤさんは、今度は声のトーンを少し落として

<バカなマネだけは絶対にするなよ。

 あたしらは、直撃か余波の被害を食うようだったらすぐにカレンの飛行機で逃げ出せるように準備を済ませてる。

 だから、あんたもちゃんと帰ってこいよ…電話なんか掛けて来て、不安にさせるなよな…>

アヤさんは、そんなことを言ってくれた。心配かけちゃって、ごめんなさい。でも、そう言うのじゃないんだよ。

「ごめんね、アヤさん、心配かけて。でも、そう言うのじゃないから平気だよ。

 あたし、今ちょっと負けそうになっちゃってた。

 昔みたいに、情けないこと言って、へこたれそうになっちゃってたんだ。だから、アヤさんの声、聞きたかった。

 ちょっと、叱ってくんないかな?」

<あははは!なるほど、そっか…でも、今はもう、アタシはあんたを叱るなんて出来ないよ。

 あんたはアタシなんかよりも全然すごいことをやってんだ。だから、さ、マライア。頑張れよ。

 あたしたちを、地球を守ってくれ。帰ってきたら、美味いバーボンと、上等なステーキ肉に、

 アタシのコブラツイストで出迎えてやるからさ>

「アヤさん、コブラツイストはキャンセルで」

<そうか?じゃぁ、変わりにパロスペシャルでどうだ?>

「イヤだよ!たまには、やさしくしてよ!」

あたしは小声だったけど、本気でそう悲鳴を上げた。そしたら、また、アヤさんの笑い声が聞こえた。

<あはは。分かったよ、マライア。サービスしてやるから、ちゃんと帰って来いよな>

アヤさんは、優しくって穏やかな声色で言ってくれた。

「はい!がんばって、地球守って、胸張って帰るから待っててね!」

胸に力が溜まってくるみたい。

そわそわしていた、胸にぽっかり空いた空虚感が“埋まる”んじゃなく、

まるで影が太陽に照らされてなくなるみたいにすっと消えていくのを感じた。

そう、そうなんだよ、この感じ!変な感情に飲まれて忘れるところだった!

あたしの帰る場所のこと、あたしが大好きな人たちの温もりを、さ!

<ははは。じゃぁ、無理しない程度にがんばれよ。ヤバくなったら…>

「逃げる!」

<そうそう、とにかく、それが一番大事だ。上手く行こうが行くまいが、お互い生きてりゃまた会える!>

「うん!ありがとう、アヤさん!」

それからあたしは、散々アヤさんにお礼を言って、電話を切った。
 

253: 2013/11/16(土) 22:51:18.30 ID:dNEy8UsNo

まるで、ここ1週間ちょっとの悩みがウソだったみたいに思える。なにやってたんだろ、あたし。

慎重すぎた。縮こまってた。

 作戦なんて、どーんとでっかいことをやったもの勝ちでしょ!

よし、こういうときは気合一発、だ!

「マライア、行くよ!」

あたしは、そう声を上げて叫んだ。

 でも、次の瞬間、バタンとドアを開ける音がした。

「…声がした…?」

やややや、ヤバ!テンションあがりすぎて、なんにも考えてなかったわ!

 あたしは、そそくさと床下から機関部を抜けてもっと隠れやすい場所をさがしに移動を始めた。

  

261: 2013/11/19(火) 00:33:51.43 ID:kVP2hPbUo

 さっきから、ルーカスへの無線が通じない。

ここの位置座標は無事に送れたけど、それからというもの、まったく反応がない。

 距離的には、相当近いはず。

この無線機を中継させて、PDAでアヤさんにも電話出来たし電波的に、かなりの強度は保っていると思う。

暗号化にステルス機能も付けてもらってるから、この艦に見つかって、妨害されてるってわけでもないと思う。

それでも、これが通じないってことは、たぶん、ルーカスの方でミノフスキー粒子の散布が始まったんだ。

艦のコンピュータにはつなげないから、外の様子がまるでわからない。

位置情報だと、まだ戦闘空域からはちょっと離れているはずなんだけど…

でも、アヤさんはもう肉眼でアクシズが見え始めているって言ってた。

もしかしたら、アクシズを奪った部隊はすでに戦闘に入っているのかもしれない。

 ってことは、この艦も、それを追って戦闘に突入する可能性が高い。急がないと…。

あたしは、時計を見やった。

ワームが起動するまで、あと5分…もうルーカスの対応を待ってなんて居られない。

ここのギラ・ドーガを分捕って、艦から逃げ出そう。

そのタイミングで、レウルーラのアシが止ったら逃げればいいし、もし止まらなければ、エンジンを片方撃ちぬく。

多少の被害は、覚悟の上だ。

あたしは、さっきいた床下から、モビルスーツデッキの天井裏に潜り込んでいた。

ここからなら、一気にギラ・ドーガを奪える。

縦に一列に並んでいるから、先頭のやつに乗り込んで、後ろに並んでるのをあのビームマシンガンで掃射して追撃を絶てば、問題ない。

 あたしは、緊張してきた胸を落ち着けて、体中を伸ばす。たぶん、クワトロ大尉との追いかけっこになる。

さすがに、彼から何事もなく逃げおおせるとは思えない。

戦闘機動を繰り返しながら、ロンドベル艦隊の方に逃げることになるだろう。

体も機体もボロボロになるだろうな…いや、ボロボロになるくらいなら、まだいいか。

氏んじゃう可能性もあるもんね、彼とやりあったら…。

 ピピっと時計が音を立てた。ワームが起動する時間だ。あたしも、行こう。

ペシっと顔をひっぱたいて、あたしは、ヘルメットのシールドを閉めた。天井裏の金網を外して、外にでる。

天井を蹴って、先頭のギラ・ドーガ目がけて、ケージの中を飛んだ。

「おい、貴様!何をしている!」

誰かの叫ぶ声が聞こえた。次の瞬間、銃声が聞こえて、あたしのまわりを銃弾がかすめ飛んでいく。

見つかった…!でも、反撃は、あと!

 あたしはランドムーバーを吹かして、ギラ・ドーガのコクピットに突進した。

開いたままになっていたコクピットの隔壁に思い切り叩きつけられた体が止る。

痛みなんか感じている暇はない!あたしはさらにその隔壁を蹴って、コクピットに飛び込んだ。
 

262: 2013/11/19(火) 00:34:37.94 ID:kVP2hPbUo

 ジオンのモビルスーツは初めてだけど…大丈夫、基本設計は、アナハイム社のモビルスーツと変わらない…!

あたしはコクピットのコンピュータを操作して、隔壁を閉めた。

全周囲モニターが点灯して、ケージの中が映し出される。

ノーマルスーツを着た衛兵とケージクルーが、あたふたと動き回っているのが見える。

 お願い、みんな、逃げてね!

 あたしは、ランドムーバーを外し、シートに付くと、レバーを引いてモビルスーツを動かした。

振り返って、後ろに並んでいたギラ・ドーガにビームマシンガンを一連射する。

ギラ・ドーガ達は、貫通したビームでズタズタになって行った。起動してなければ、爆発はしない。

推進剤に引火しなければ、ね。

 ケージ内に、ビービーと警報が鳴り響きだす。

あたしはそんなことは気にせずに、今度は、ケージのハッチに照準を合わせた。

一気に引き金を引いてハッチを吹き飛ばす。エアが漏れ、機材やなんかが外へ吹き飛んでいく。

あたしの機体も、吸い込まれるように外へと放り出された。スラスターで姿勢を制御して、安定させる。

 レウルーラは、向こう…!

 あたしは機体を翻して、レウルーラの居るだろう方向を見た。

そこに居た艦は、エンジンを止めていた。

今は慣性で動いているだけに見える。艦の制御系は、完全に機能を失っているように見えた。

 でも、あたしは、これっぽっちも、良かった、なんて思えなかった。

 だって…だって、そこに浮いていたのは、レウルーラなんかじゃなかったからだ。

あたしが、あの艦をレウルーラだと判断したのは、スィートウォーター内のデータベースで、

港のあのケージにレウルーラが泊まっているという情報があったのと、あの特徴的な、3つの推進剤のタンクだった。

あたしは、実際にレウルーラ級なんて戦艦は見たことがなかったから…

でも、情報的にあれに違いないって、そう思っていた。

それに…それに、クワトロ大尉も乗り込んでいくのを見たのに…

こうしてみるあの艦は、あれは…あれは、あたしが向こうの船を飛び出して、

こっちの艦に移ってきたときに見たのと同じ、ムサカだ!

推進剤のタンクは3つに増設されているけど、あの形状は、あたしの後ろにある艦と同型…!

 あたし…あたし、またハメられた!?

クワトロ大尉、あたしに邪魔をされないように…あたしを遠ざけるために、ダミーの情報を流して、

あたしをあの艦に誘い込んだの…?!

 同時に、あたしは全神経を目の前の戦艦に集中させる。いない…感じない、クワロト大尉の気配…!

バレちゃいけないと思って、ずっと能力使ってなかったから、そのことにも気が付かなかった…

まさか、それも計算の内?乗ったように見せかけて、あたしが潜り込んでいる間に、本物のレウルーラに乗り換えたの…?

それとも、あのときみたクワトロ大尉自体が、偽物だった…?

確かに、遠目の姿しか確認していないし、気配も感じ取ってなかったから、本物かって言われたら、正直、自信がなくなっちゃう…
 

263: 2013/11/19(火) 00:35:04.57 ID:kVP2hPbUo

 あたしは、ハッとして、機体の向きを変えた。煌々と輝く、青い地球に向けて。

あたしが機体を向けたその先には、地球を背景に、アクシズと、それを取り巻くように走る無数の光線が見えた。

 戦闘が、始まってる…!ルーカスとの連絡も取れなくなるはずだ…。

あたしの潜り込んでいた艦隊は、戦闘を横目に見ながら、地球へと進んでいる。

この先の引力圏近くまで行って、その加速を利用して、一気に離脱するつもりなんだろう。

この艦隊は、戦闘をする意思がないの…?

―――マライアさん!

 なにかに呼ばれたような気がした。あたしは機体をもういちど翻してあたりを確認する。

レウルーラだと思っていた艦の他に、ムサカが2隻。さらにその後ろに、大型の貨物船らしい船が追従している。

この感じ…まさか…!

「姫様!?」

 間違いはなかった。この感覚は、ミネバさまの感覚だ。あの貨物船に乗ってる。

そっか…あのときクワトロ大尉は、スィートウォーターから姫様を脱出させると言っていた…

この艦隊、姫様を警護するための艦隊なんだ!

だから、ミリアムもこのあの船に乗っていた…

それにしても、彼、どうしてそんな艦隊に、あたしを誘い込んだの?

まさか、この期に及んで、まだ、あたしに姫様を守って欲しかったっていうの…?!

<姫様!なりません!>

<手を放しなさい、ジンネマン!命令です、すぐにこの艦隊をアクシズへ向かわせなさい!

 マライアさん、マライアさん、聞こえますか!?>

無線が鳴った。姫様の声だ…!

「姫様!」

<お願いです、私達と一緒に、アクシズを止めてください!>

<姫様!>

男の声が、そう怒鳴っている。でも、姫様は負けてない。

<命令です、すぐに艦隊を向かわせなさい。私が出向けば、シャアは戦闘を中止せざるを得ません!>

<姫様…私は、シャア大佐より、姫様のことを任されております。

 たとえそれが、姫様の意思に反することになろうとも、です>

<やめなさい…くっ!マライアさん、お願いします…どうか…どうか、シャアを止めて…!>

無線が、切れた…姫様…分かった、分かったよ…あたし、行ってくる。

だから、姫様、あなたは逃げなきゃダメだよ…逃げて、逃げて、逃げ通してよね…

もし、この先、何かを変えられることのあるチャンスが残っているなら、姫様、あなたはそのタイミングを逃しちゃだめ。

それはたぶん、あたしや、アムロやクワトロ大尉にもできないこと。

あなたにしかできないことになるんだから。

だから、そのときまで、ちゃんと逃げなきゃダメだよ!
 

264: 2013/11/19(火) 00:35:41.97 ID:kVP2hPbUo

 あたしは、心の中でそう伝えて、機体を翻した。ペダルを踏んで、バーニアを全開に吹かす。

距離は…遠い。でも、間に合わないほどじゃない…!

1時間か…50分くらい?ううん、引力を使って加速すれば、もっと速度が稼げるはず…!

待ってて、アムロ!すぐに行くから!そっち着いたら、リ・ガズィ貸してね!

 そのときあたしは、背後から言葉に出来ない悪寒を感じて、反射的にレバーを引き上げた。

次の瞬間、あたしがいたところを、ビームマシンガンの破線が飛びぬけていく。

撃たれた…艦隊からの攻撃?!

 全周囲モニターで背後を確認する前に、あたしは聞こえてきた無線で、撃ってきた相手が誰だか、わかった。

<止まりなさい、アトウッド!>

ミリアムの声だった。

<ミリアム、やめなさい!>

姫様が、ミリアムを制止する声も聞こえてくる。でも、ミリアムは押し頃した声で言った。

<姫様…アトウッドは、ネオジオンの敵です。アクシズへは行かせてはいけません…>

その声色からは、冷静さではなく、冷たく、重い、憎悪が伝わってきた。

 モニターで背後を確認する。そこには、アンテナの付いたギラ・ドーガとその傍らにはべるようにもう一機、

あたしの乗っているのと同じタイプのギラ・ドーガが位置取っている。

「ミリアム…」

あたしは、思わず彼女の名を呼んだ。

また、彼女の絶望があたしに迫ってくるようで、胸が苦しくなって、思考が狭まる。

<その声は…まさか…!あなたがスパイだったんですか?!>

もうひとつ、別の声があたしを非難した。聞き覚えのある声…

彼女は、レウルーラだと思っていたほうの船で、トイレからクリーニングルームへあたしを誘導してくれた子だ…

まさか、パイロットだったなんて…

 <投降しなさい。さもなければ、撃墜する>

ミリアムの鋭い声が聞こえてくる。アンテナ付きのギラ・ドーガが、ビームマシンガンを構えた。

 やらなきゃ、ダメなの?あなたを落とさないと、地球を…アムロを助けにいけないの…?

あたし、やりたくなんかないのに…あなたも、あたしを助けてくれたそっちの子も、傷つけたくなんて、ないのに!

 「ミリアム、邪魔するなら、落とす!」

<相手になってやるわ!生身の格闘ほど、甘くないよ!>

あたしがブースターを吹かすのと同時に、ミリアム機もあたしに突っ込んできた。お互いに装備は同じ。

ミリアムの期待は、アンテナがついてるから、隊長機かもしれない。多少のチューンアップが施されている可能性がある。

機体性能は、あっちが上と思っておいたほうが良い。

<ジェルミ曹長、あなたは手出しをしないで!こいつは、私がやるわ!>

ミリアムの無線が聞こえる。1対1でやろうっていうのね。

バカにして…余裕のつもりでいるんなら、痛い目見るからね!
 

265: 2013/11/19(火) 00:36:08.49 ID:kVP2hPbUo

 あたしは、牽制の意味でビームマシンガンを発射した。

ミリアム機はそれを軽快に回避すると、さらに距離を詰めてくる。

あたしは、突進から上昇に転じて、ミリアムの機動を見極める。

ミリアム機は、するどい弧を描いてあたしの機体を追従してきた。

あたしは、そんなミリアムにもう一度ビームマシンガンを発射する。

3連射のマシンガンの、3発目をミリアムはシールドで受け流した。

―――来る!

 ミリアムの機動が頭に流れ込んでくる。ミリアム機は、ビームをはじきながらビームアックスを装備していた。

ブースターの炎を大きく灯しながら一気にあたしに突っ込んでくる。

「・・・くっ!」

あたしはスラスターで機体を前転させるように回転させて下から来るミリアム機のビームアックスをかわし、

彼女の後ろからバックパックを蹴りつけようとレバーを引く。

でも、ミリアムはそれが分かっていたかのように、あたしにかわされた直後には機体を反転させていて、

こっちにビームマシンガンを向けていた。

 それを感じ取っていたあたしは、蹴りの動作を中止して、バーニアを吹かして距離をとる。

離れていくあたしに、ミリアムがビームマシンガンを乱射してきた。

「うぅっ!ミリアム、本気だね…!」

あたしはビームをかわしながら、思わずそう口にしていた。

この射撃も、さっきのビームアックスの突撃も、確実にあたしを落としに来てる。伊達や酔狂じゃない。

 距離が開いた。あたしは、今度は期待を下方へ駆る。

ミリアムはさらにあたしにビームマシンガンを撃って来ている。

あぁ、もう!すごい精度だよ!お手本みたいな予測射撃…!

ニュータイプの動きじゃないけど、それにかなり近いくらいの予測の仕方だ。

避けた先に撃って来て、またそれをかわした先に撃ち込んでくる。

逃げてばっかりじゃ、ダメだ…ごめん、ミリアム…脚の一本くらいにしておきたいから、あんまり変に回避しないでね…!

 あたしは、届くわけはないと思いつつ、そう伝えながら、集中してミリアム機に向かって引き金を引いた。

でも、ビームが伸びていった先のミリアム機が、それをするりとかわすイメージが脳裏に走る。

あたしは、さらに引き金を引き、かわした先へとビームを撃ち込んで行く。

だけど、ミリアムはそれすらかわし、辛うじて掠めた一発も、シールドで器用にはじかれてしまった。

 なんて操縦をするの、あの子!

ニュータイプって感じじゃない。でも、あたしの動きは読まれてる。

それに、操縦のキレも良い。操縦技術だけなら、たぶん、あたしよりも、上!

 ミリアム機が今度はビームマシンガンを連射しながら突っ込んできた。ミリアムの気迫が伝わってくる。

やる気だね…

あぁ、もう!ホントにあんた、とんでもない頑固の石頭のバカだよ!

あたしはビームを避けながら、ミリアムが突進して来る方へと機体を加速させた。

 考えてること、分かるよ、ミリアム。射撃では落とせそうもないって、そう思ってるんでしょ?

だとしたら、一撃離脱の接近戦に持ち込もう、って腹だよね…いいよ、あたしの方も、その方が都合が良い。

撃ち合いじゃなければ確実に、その腕、切り落としちゃうんだから!
 

266: 2013/11/19(火) 00:37:04.33 ID:kVP2hPbUo

 あたしは、ビームアックスをサーベルモードに切り替えた。柄からまっすぐにビームが伸びていく。

ミリアムも射撃を止めて、ビームアックスを装備した。ミリアム機は、アックスモードのままだ。

リーチはこっちが有利だけど、アックスモードの方が出力が集中している分、触れたら機体が損傷するのは早いけど、

大丈夫、あんなの、当たらなければ、どうってことない!

 ミリアム機が眼前に迫った。あたしはレバーを引いてサーベルを構える。

ミリアム機は、ビームアックスを持っていない方の腕を動かした。

―――しまった…!

 その距離になって、あたしは感じ取った。ミリアムの機体は、あたし目掛けて、クラッカーを放り投げてきた。

慣性のついた機体じゃ、避けるのは間に合わない…!あたしはとっさに肩のシールドを構えた。

次の瞬間、期待を鈍い衝撃が襲う。

「くぅっ…!」

あたしは歯を食いしばってそれに耐えつつ、煙で視界のなくなったモニターを見やる。

目潰しの目的もあったんだね…でも、その手は食わない…!

 あたしは意識を集中させてミリアムの気配を感じ取る。来る…左!レバーを引いて左の腕を突っ張らせる。

そこに、ビームアックスを握ったミリアム機の腕が飛んできた。

あたしはそれを受け止めながら、右手に握ったサーベルをミリアム機の左肩周辺だろう個所に振り下ろす。

だけど、あたしの攻撃も、ミリアムに腕ごと受け止められる。

 すごい…ミリアム、あなた、いったい、どこでそんな操縦を覚えたの?!

ニュータイプでもないのに、ここまであたしに対応できるなんて…腹が立つな…悔しいし、腹が立つ!邪魔ばっかりして!

「ミリアム…お願い、邪魔しないで!あたしは、地球を守りたいだけなの!」

<あなたの言うことを信じろと言うの?!裏切り者のクセに…!>

ミリアム機がスラスターとバーニアを吹かして圧力をかけてくる。

あたしもそれに対抗してペダルを踏み込み押し返す。

 もう!確かに裏切ったのは本当だよ、あなたを傷つけたのも本当!だけど、いつまでもいつまでもグズグズと同じこと繰り返して、自分の気持ちばっかりにとらわれて!

あたしは、あたしは…

「こんのバカ!石頭!」

<黙れ、この軽薄女!>

「なによ!わからずや!」

<うるさい…!あんたに私の気持ちがわかるか!>

「分かってたまるか!あたしは…あたしは!

 あんたみたいに、いつまでもウジウジしてるヤツが大っっっ嫌いなんだよ!」

あたしは、込みあがってきた感情に任せて、ミリアムの機体を蹴りつけた。

同時に、ミリアムのギラ・ドーガの脚が飛んできて、あたしの期待のお腹の辺りにぶつかった。

慣性で吹っ飛びそうになった機体をバーニアで支え、スラスターで姿勢を整えて、またミリアム機に突っ込む。

もう、怒った!いつまでもいつまでも!だいたいあんた、あたしに怒ってるんじゃないよね!?

過去にあったいろんなことをあたしにぶつけてるだけじゃんか!

自分自身でそれと戦いもせずに、全部あたしのせいだって押し付けて、なんとかすっきりさせようとしてるだけじゃない!

あたしは、そんな甘ったれた根性したあんたに、負けるわけには行かないんだよ!

あたしは、オメガ対の10番機、アヤさんレナさんのペンションの最強の防衛線、泣く子も黙る、マライア・アトウッド曹長なんだから…!
 

267: 2013/11/19(火) 00:38:27.00 ID:kVP2hPbUo

 肩についたスパイクアーマー同士が衝突して、機体にミシミシとすさまじい衝撃が走る。

コンピュータのモニタ上で関節の各所に警告表示が出て、ビービ―と警報が鳴り響く。

損傷箇所は…どこ?!あたしが、そんなことを確認していたら、目の前のミリアム機が腕を振り上げた。

その腕があたしの期待の胴体に物凄い勢いで衝突してくる。

ズドンと言う鈍い衝撃と共に、全周囲モニタやコンピュータから火花が散る。

コンピュータには、胸部外部装甲破損の表示が出た。殴ったな…!この、ヘタレ女め!

 あたしはレバーを勢い良く引いて、ペダルを踏みつけながら右の腕をミリアムの機体に叩きつけた。

ミリアム機の胸部の装甲が凹んだのが確認できる。いい気味だ!

<大尉!なにやってるんです!>

<アウフバウム隊長!ロンドベル機です!>

ルーカスの声が聞こえた。ほとんど同時にミリアムがジェルミと呼んだあの曹長の声が聞こえる。

モニターには、2機のジェガンが映り込んでいた。

<まったく、レウルーラに乗ってたんじゃなかったんですか?!位置情報確認できてなかったら、どうするつもりだったんです!>

あぁ、ルーカス、そのことは言わないで…あたしの人生の中でも、渾身のミスなんだもん…

「そ、そっちのジェガンがあたしの!?」

<向こうは手一杯で、予備機は俺の機体しか出してもらえませんでした。正直、あの戦闘を抜けてくるもの大変で…すみません…>

<…ユウ・カジマだ>

別の声が聞こえてくる。ルーカスを支援してくれてた、あの大佐がこんなところまで…?

<アウフバウム大尉、援護します、一旦、引きましょう!>

<ダメよ、ここで落とすわ!>

<来ますよ、大尉!大佐、援護願います!>

<…了解した>

あたし達が、戦闘に入りそうになった、その瞬間だった。

あたしは、遠くに、声を聞いた。

何…今の?悲鳴…?歓声…?

 あたしは、機体の向きを買えた。地球の方へ。

その瞬間。

微かな光がパッとアクシズに灯って、まるで氷が溶けていくみたいに、ゆっくりとアクシズが分解を始めた。


 
 

275: 2013/11/21(木) 00:37:02.12 ID:srZDixOGo

その瞬間。

微かな光がパッとアクシズに灯って、まるで氷が溶けていくみたいに、ゆっくりとアクシズが分解を始めた。

「ア、アクシズが…」

あたしの言葉に、その場にいた全員が、アクシズの方を見た。

<ブライト艦長…!やったのか?>

<まさか…!作戦が失敗したの?>

<待て…この軌道…マズイな…>

大佐の声が聞こえた。あたしは、崩れていくアクシズを見て、その言葉を理解した。

大きく割れたアクシズの後ろ側が、軌道を変え、それでもなお、地球への落下コースを辿っている…!

 <アクシズが…>

ミリアムの声が聞こえる。

<ラー・カイラムにはまだ、核ミサイルが残っているかもしれない。援護が必要だ…!>

大佐が言う。そう、そうだ。あたし、こんなとこでミリアムとケンカしてる場合じゃない。あれを、止めないと…!

「大佐、アクシズへ急ごう!」

<逃げる気!?>

あたしが機体を滑らせてアクシズへのコースを取ったのを見て、ミリアム機が発砲してきた。

関節はやられてるけど、バーニアとスラスターでの機動には問題はない。

あたしはそのビームをかいくぐって、ペダルを踏み込む。

 <大尉、行って下さい!ここは俺が引き受けます!>

ルーカスの声が聞こえた。ミリアムを相手にする気!?

ルーカス、あの女、あなたでもちょっと荷が重いかもよ?!

「ルーカス、そのパイロット、結構な腕だよ、気をつけて!」

<了解です、落とせなくとも、足止めくらいは出来ますよ。先に行って下さい、すぐに追いかけます!>

ルーカスの頼もしい返事が返ってきた。ルーカス機がミリアムの行く手を阻むように阻止してくれている。

ルーカスに勝てる相手じゃないだろうけど、でも、足止めして時間を稼いでもらえるくらいのことはできる。

ルーカスはそう簡単にはやられない。頃合いを見計らって、ちゃんと引いてくれるはずだ。

ここは、ルーカスに任せよう…!

「ルーカス、お願い!大佐、急ぎます!」

<了解。マッキンリー中尉、気をつけろ>

あたしと大佐はルーカスにそう声をかけて、その場を離れた。ジェガンと、ギラ・ドーガでアクシズへと急ぐ。

<ジェルミ!やつらを追って!こいつを落として私もすぐに行くわ!>

<りょ、了解です、アウフバウム大尉!>

あたし達のあとを、ギラ・ドーガが追いかけてくる。けど、撃ってくるつもりはないみたい。

彼女の感覚が伝わってくる…あの子、戸惑ってる…あたしを撃ってしまって、いいのか、って…

 

276: 2013/11/21(木) 00:37:51.96 ID:srZDixOGo

 ふと、今度はアクシズの方から強力な気配がまるで押し寄せるように伝わってきた。

アムロの叫び声だ…怒ってる、アムロが…。でも、怒ってるってことは生きてるんだね、アムロ。

良かった…クワトロ大尉はちゃんとぶん殴ってくれたかな…?待ってて、あたしがすぐに行くから。

あたしが敵をひきつけておいてあげるから、総攻撃でも核ミサイルでもいいから、アクシズの後ろ側の軌道を逸らさないと!

 もうこんな絶望はたくさんだ…こんなことをしたって、なんにも残らないじゃない。

コロニー落としたり、衛星を落としたりすると、みんな悲しいんだよ。

それをすると、レナさんとシイナさんが、悲しい顔をするんだよ。もっとたくさんの人が、絶望しちゃうんだよ。

もうやめようよ、こういうの…

そうじゃなくたって、こんな戦いはどっちが勝っても、どっちが負けても、良いことなんてこれっぽっちも残さないんだ。

コロニーが落ちなくたって、5thルナが落ちなくたって、戦争があれば、大事な人が氏んじゃうんだよ。

ミリアムやルーカスだって、前の戦争で、あんなに傷ついて、悲しい思いをしたんだ。

 ルーカスも、当時はジオン側で、ア・バオア・クーでの戦闘で被弾して宇宙に放りだされたところを連邦軍の士官に拾われて、

引き抜かれる形で、連邦に鞍替えして新しい名前を用意してもらって、あたしの隊に配属されてきたって言ってたっけ。

 ミリアムも、それから、最初のころのルーカスも、おんなじような絶望感だったよなぁ。

ア・バオア・クーの戦闘は壮絶だったんだね…撤退しようとする味方を撃墜するような戦場、あたしは体験したことないし…な。

ミリアムもルーカスも、ゲルググにたくさん仲間を殺されたって言ってた。

きっと、ひどいありさまだったんだろうな…

 機体を駆りながら、あたしはそんなことを考えていた。

この戦闘でも、同じように感じる人がたくさん出てくるかもしれない。そんなことを、許したくはない。

あたしは、やっぱりできることをしないといけないんだ。

ミリアムとルーカスみたいに…

 ミリアムと、ルーカス、みたい、に…?

 なんだろう、この胸騒ぎ…あたしは、ペダルを踏み込んで加速するのを、一瞬ためらった。

なに、この感じ…?そう思って、あたしは瞬間的に自分の感覚に神経を集中させる。

これは、一体、なに?!

 それは、ニュータイプの感覚なんかじゃなかった。

ただ、本当に、虫の予感としか言えなかったけど、あたしの中で全然別のことだって思ってた、

ミリアムとルーカスのことがつながった。

同じ戦場、同じ状況、同じ、絶望感…


―――まさか…


あたしはノーマルスーツの中の全身が寒気立つのを感じた。ゾクゾクと体中がこわばる。

<邪魔をするなら、叩き落とす!>

<できるものならやってみろ!>

二人の無線が交錯しているのが聞こえる。ダメ、ルーカス…待って、ミリアムと戦っちゃダメだ!

あたしはレバーを引いてギラ・ドーガの軌道を変えた。
 

277: 2013/11/21(木) 00:39:00.93 ID:srZDixOGo

<どうした、大尉?>

「ごめん、大佐!あたし、ちょっと行かなきゃ!ロンドベルの援護の方、お願い!」

そう叫んで翻した機体が、追ってきたギラ・ドーガの脇をすり抜ける。

彼女は、一瞬迷ったような動きを見せたけど、思い直したのかすぐに体制を整えてまた大佐の方を追っていった。

 ルーカスとミリアムはビーム兵器で激しい攻防を繰り広げている。

ルーカスも、負けてないけど、でも有利ってわけでもない。止めないと…二人を!あたしはさらにペダルを踏み込む。

ミリアム機が鋭い旋回をしながら、ビームマシンガンを放った。

ビーム弾が、ルーカスのジェガンのビームライフルに当たってライフルがはじけ飛ぶ。

でも、ルーカスはひるまずに、次の瞬間にはビームサーベルを抜いて、そのままミリアム機に突っ込んでいく。

ミリアム機も、それを迎撃するつもりのようで、マシンガンを収納してビームアックスを光らせた。

二人の思考が、頭の中で重なる。お互いに、決める気だ…

 それを理解してしまって、あたしは全身から血の気が引いた。ダメ、ダメだよ、二人とも…!

あたしはさらに機体を加速させる。

バーニアの温度を示すメーターが危険域を指し示し、コンピュータから警報が上がっている。

オーバーヒートしたら、破損しちゃうかもしれないけど、そんなことに、かまってる余裕なんてない!

あたしは、お互いをめがけて突進していく、二機の間に機体を割り込ませた。

ミリアムの機体のスパイクアーマーが胸の装甲に衝突し、衝撃に襲われながらあたしは、

振り下ろされてくるミリアムのビームアックスが握られた腕を受け止める。

それと同時にルーカス機があたしの背後から突っ込んできて、あたしの機体ぶつかって衝撃が来るのとともに、

あたしをかわすように突き出したサーベルが、ミリアム機の腕の付け根に突き刺さっていた。

あたしが受け止めたミリアム機の腕に握られたビームアックスは、それでもルーカス機の腕をもぎ取っていた。

 ミリアムと戦ったとき以上の警報が、コクピットに鳴り響いている。

フレームはガタガタだし、装甲はベコベコだし、ひどい状態。

モニター上の異常箇所を示す表示は真っ赤っかだ。
 
<何してるんです、大尉!>

<アトウッド!氏にに来たの?!>

二人の声が聞こえる。

「良かった、二人とも、無事だね…」

あたしは、二人の声に安堵して、全身の力が抜けて行くのを感じた。

それでも、なんとかレバーを握って、二人の機体を掴んで接触通信をつなげる。

<アトウッド、なんのつもりなの?!まだ、きれいごとを言うつもり?!>

ミリアムの困惑した、でも、突き刺さるような声色の言葉が聞こえる。

でも、もうそれはあたしの気持ちを掻き立てるようなことはなかった。
 

278: 2013/11/21(木) 00:39:57.03 ID:srZDixOGo

「ミリアム、紹介するよ。このジェガンのパイロットは、あたしの相棒のルーカス・マッキンリー元中尉。

 13年前の戦争では、ジオンだったんだけど、戦場で連邦に保護されて、そこからは連邦所属になって、

 今は、あたしと一緒にカラバの予備役やってるんだ」

<あなたもジオンを裏切ったの!?>

ミリアムが声をあげる。でも、ルーカスは逆に、すこし落ち込んだ様子で

<いや…ジオンが、俺たちをすてたんだよ>

と静かに答えた。ルーカス、また頭に血が上ってるんじゃない?

切羽詰ると、感じることを忘れちゃのは、もったいないよ、せっかく能力あるのにさ。

「ルーカス、こっちは、ミリアム・アウフバウム特務大尉。

 13年前の戦争から、ずっとジオンで戦ってるみたい。ア・バオア・クー防衛戦にも参加してたって」

<ア・バオア・クー、に…?>

ルーカスがあたしの言葉を繰り返す。

<アトウッド、また何か企んでいるの?!>

ミリアムの叫び声にも思える言葉が飛んでくる。もう!ちょっと静かに、ミリアム!

「ルーカス」

<なんです…?>

あたしが声をかけたら、ルーカスは少し戸惑いながら返事を返してきた。

ルーカス、すこし冷静になってきたかな?落ち着いてよね。

「あなたの、ジオン時代の名前、聞いたことなかったよね。教えてくれる?>

あたしは、ルーカスに聞いた。彼は、それを聞いて、少しの間黙った。戸惑っている感じが伝わってくる。

でも、彼はすぐに、それを自分の力で、整理して、口を開いた。

<アレックス・オーランドは、氏にました。俺は、今は、ルーカス・マッキンリーです>

<アレックス…オーランド…?>

そんな名前だったんだね、ルーカス。思ったとおり、ミリアムが、その名前に反応した。

彼女の機体からのプレッシャーが消える。ビームアックスから光が消えた。

<ウソ…ウソよ、彼は…彼は、氏んだはず…>

ミリアムの、詰まりながらの声が聞こえる。

<…あんた、誰だ?アレックスって名前を、知ってるのか?>

ルーカスのサーベルも消えた。もう、大丈夫かな…とりあえず、このコンピュータの警報、うるさいから切っていいよね。

二人の話、聞き逃せないじゃない。あたしは、機体の制御コンピュータをオフにした。

<あなたは、本当に、アレックス・オーランドなの…?

 ニュータイプ研究所出身で、終戦間際に、ジオンの学徒部隊に編入された…アレク、なの?>

ニュ、ニュータイプ研究所!?ル、ルーカス、あそこにいたの!?

で、でも、ユーリさんも、アリスさんも、レオナもミリアムも、なんにも言ってなかったよね!?

同じ施設にいて、顔を知らないなんてことあるのかな?そりゃぁ、年代は少し離れてるけど、

でも、ユーリさんやアリスさんは、知らなかったの!?

 

279: 2013/11/21(木) 00:40:33.04 ID:srZDixOGo

<まさか…イレーナ中尉…?!だって、中尉、あのとき、撃墜されたはずだ…どうして…?

 無事だったのか…!?>

ルーカスの声も聞こえてきた。ミリアムまで名前を変えてたんだ…イレーナ、ってそういうんだね、ミリアム。

<アレク!>

ミリアムの叫ぶ声がした。次の瞬間、あたしの目の前にあった、ミリアムのギラ・ドーガのコクピットが開いて、

ミリアムがランドムーバーもつけずに飛び出してきた。

<イレーナ!>

後ろにいたルーカスまでジェガンのコクピットを上げた。

ミリアムはあたしのギラ・ドーガに手をついて、装甲の表面を伝ってジェガンの方まで回ると、

そのコクピットの中、ルーカスの腕の中に飛び込んだ。

 「っていうか、ルーカス、研究所にいたなんて初耳だよ!?

 なんで、ユーリさん達助けに行ったときに言ってくれなかったの!?ユーリさん、それ知ってるの?!」

<すみません、大尉。昔の、アレックス・オーランドの人生には忘れたいことが多くて。

 ユリウス博士たちのことは、知らなかったんですよ。

 俺は、年齢が高かったたから、別の棟で生活をしていたんです。

 ユリウス博士や、アリス博士は、レオナたちあそこで生まれたはじめの世代を担当してたんだと思います。

 俺たちは、もっとも初期にサイコウェーブの検出に利用されてた世代なんです>

ルーカスの、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

そっか、だからあのときのルーカスは、あんまりあたしに絡んでこないで、

おとなしくシャトルの運転なんてしてたんだね。知らなかったとはいえ、悪いことしちゃったなぁ。

「二人は、どんな関係だったの?」

正直、そこまでわかっているわけじゃない。

まぁ、話と、今の二人の様子を見れば、お互いの守りたかった相手、だったんだろうなってのはわかる。

落ち着いたら、ちゃんと話w聞いてあげよう。きっと姉弟みたいな間柄だったんだろうな…。

<俺の、大切な人、でした>

ルーカスの涙でくぐもった声が聞こえて来る。大切な人、か。あたしにとってのアヤさんみたいなものかな?

まぁ、詳しい話は、あとで聞けばいいや。今は、それよりも、アクシズへ行かなきゃ…

でも、この機体じゃあ、正直、もう無理、かな…。

 あたしは割れたモニター越しに、ミリアムの機体とルーカスのジェガンを見る。

ルーカスのジェガンは、まだ十分動きそうだ。ミリアム機は、もうダメだね。

ルーカスのビームサーベルが、機体の胸部装甲まで溶かしてる。基幹機能まで影響出ちゃってるかもしれない。
 

280: 2013/11/21(木) 00:41:18.97 ID:srZDixOGo

「姫様、聞こえる?」

<マライアさん!>

あたしは無線に呼びかけてみたら、姫様はちゃんと、答えてくれた。

「ごめん、機体がぼろぼろになっちゃった。

 もしよかったら、代わり出してもらえないかな?姫様自身を守るための戦力だってのはわかってるんだけどさ…

 でも、この機体じゃ、もうアクシズへは向かえないかもしれない」

<…わかりました。ジンネマン、すぐにギラ・ドーガを一機、アウフバウム大尉の代替機として射出してください>

<し、しかし、姫様…!……!?あ、あれは、なんだ…!?>

<…!?…アクシズが、光っている…>

ジンネマン、と呼ばれた姫様の警護を命令されている人物と、姫様が戸惑った様子になっているのが聞こえて来る。

アクシズが、光ってる…?

 あたしは、機体の向きをそっと変えて、地球の方を見た。そして、その光景を見て、息を飲んだ。

 アクシズから、緑色の光がまるで絹のように広がっているのが見える。なんだろう、あの光?

優しい心地がする…あれは…サイコウェーブ?あんなに強力な、こんなに暖かい能力を引き出せる人が居るの…?

 あたしは、まるで満ち溢れてくるようなその感覚を受け入れて、そして、その中心を探った。

アクシズが、地球へと落下して行く、その落下面から発生しているようにも感じる。

あの中心にいるのは…アムロ!?

 <なんて、きれいな…>

<大尉、なんなんです、これは…?>

「わかんないよ…でも、あそこに、アムロがいる…」

<アムロ大尉が…?>

ルーカスがそう言って黙った。

 次の瞬間、あたしは、もっと驚くような光景を見た。

アクシズの周囲にあった、モビルスーツらしい無数の光点が、きらめきながら機動して、アムロの居る、アクシズの落下面に突入を始めた。

嘘…嘘でしょ…!?

<あいつら、まさか、アクシズを押し返そうとしているのか?>

<そんな…無理よ…あんな数じゃ…!>

ルーカスと、ミリアムの声が聞こえる。

光学測量では機種までは判別できないけど、あの戦闘空域に居た光点のほとんどがアムロのところに集結している。

敵も、味方もない…みんなが、地球を守ろうって思ってる。

正しいとか、間違ってるとかじゃなくて、あの下にいる人たちと、青い地球を、守ろうって思ってる。

あたしには、それが伝わってきていた。何を考えたわけでもないのに、自然と涙があふれ出してくる。
 

281: 2013/11/21(木) 00:42:27.55 ID:srZDixOGo

もう、あたしが行っても間に合わないだろう…

モビルスーツがいくら集まったって、搭載しているバーニアなんかで、アクシズを押し戻すなんて、出来る芸当じゃない。

あれは、落ちる…でも、次々とモビルスーツが集結してアムロの周りに集まってる。

大気摩擦が始まって、引力と摩擦とで、いくつもの光点がアクシズから吹き飛ばされているのが見える。

それでも、それでも、誰も諦めてない…連邦も、ネオジオンも、あれを止めようとしている…!

 不意に、アムロの居たあたりがひときわ明るく光ったと思ったら、そこからまっすぐに、碧の光が広がって行った。

 暖かい…なんて、暖かい光なの…あたしは、もう、アクシズを止める、とか、そんなことを思う以上に、この感覚におぼれていた。

まるで、ペンションで、アヤさんとレナさんと一緒にあの白い砂浜にいるみたいな、心を温めてくれるような、温もりが…

<バカな…アクシズが…>

<押し戻されてる…?>

二人の声が聞こえた。アクシズの表面から、摩擦熱で光っていた赤みが消えた。

アクシズ自体が、軌道をゆっくりと変えている。押されているって感じじゃない。

まるで、大気圏の上を滑るようにして、ゆっくりと、でも確実に落下コースからは遠ざかっている。

アムロ、やったの…?あなた、やったのね!

 地球から、アクシズが遠ざかる。碧の光が、地球を覆うように広がっていく。

あれは…iフィールド?地球全体に、iフィールドが展開されたの?

いったい、どこの誰がそんなことをやれるっていうの?アムロの力?ううん、違う。

あれは、アムロの感覚なんかじゃない。あれは…あの感じは、そうだ…

あれは、やっぱり、あの暖かい、島や、港や、砂浜の感じだ。あれは…あたし達が地球で感じてる暖かさだ。

地球が、アムロ達の意思に答えて、iフィールドを…?そんな、非現実的な事って、あるの…?

わからない…実際に目の前で起こったことなのに、どうしてなんだろう…?

帰ったら、アリスさんたちに聞いてみようかな…。

 <マライア…>

そんなことを思っていたら、不意に、無線からそう声が聞こえてきた。ミリアムの声だ。そう言えば、今、名前を…

「また、マライアって呼んでくれたね、イレーナ、だっけ」

<ううん、イレーナの方が、偽名なの。私、身分も年齢も誤魔化して士官学校に入ったから…ミリアムが私の本当の名前だよ>

「そっか、じゃぁ、ミリアム、どうしたの…?」

<その…あの、ごめん、ね…>

ミリアムの声が聞こえてきた。あの光を見たせいかな…?ミリアムってば、やっと分かってくれた。

謝らなきゃいけないのはあたしの方なんだけど、さ。

「ううん、こっちこそ、ごめん。今回は、本当に後手後手でさ。

 ミリアムを傷つけちゃったし、もう、いいトコなしだよ」

<ううん、もういいの…>

ミリアムの穏やかな声が聞こえる。ミリアムとも話したいことはいっぱいだな。

ま、それは落ち着いてからでいい、か。とりあえず、これでもう戦闘は終わるよね…

姫様に回収してもらうよう頼まないと。

あ、でも、姫様に回収頼んじゃったら、地球に戻りにくくなりそうな気がする…ミリアムとルーカスはどうするつもりかわからないな…

でも、もしミリアムが姫様のところに戻るつもりなら、今回収してもらっておいた方が良いよね。

じゃないと、これから逃げて行くあの艦隊がどこに隠れるか分かったもんじゃないし…
 

282: 2013/11/21(木) 00:42:54.89 ID:srZDixOGo

 「ね、ミリアム」

あたしがそのことを聞こうとして、ミリアムにそう話しかけた時だった。

ボロボロで警報だらけにコンピュータから、音がした。

これは…モビルスーツの反応?近づいてくる…

<なに、マライア?>

「ごめん、ミリアム、待って。ルーカス、レーダー確認して。これ、あたしの方の故障じゃないよね?」

あたしは、コンピュータに写ったレーダー情報を確認して、ルーカスにそう聞いてみる。

<…?!これは、連邦機…?10機…いや15は居る…!>

あたしのコンピュータに写っているのと、おんなじだ。

15機の連邦のシグナルを発しているモビルスーツが急速にこっちへ接近してきている。

あたし達を救助に来た、って感じの規模じゃなさそうだ…!

 「まずい…!姫様!ジンネマンって人!連邦機が急速接近中!速度を上げて、離脱して!」

あたしは無線にそう怒鳴った。連邦のシグナルと、ロンドベルのシグナルの二種類いる。

こいつら、まさか、姫様を狙って…!?あのあったかい光を見てもまだ、そんなことをしようとするなんて…

こんな言い方したくないけど…オールドタイプの、頭の固い方の連中だ!

<アレク、迎撃して!ミネバ様を守らないと!>

ミリアムの叫び声が聞こえる。迎撃、って言ったって、簡単じゃないよ…

ルーカスの機体は、片腕がない。あたしのはもう動くので精一杯。

ミリアムの機体に至っては、多分、下手に動かそうとしたら、爆発しかねない。

だけど、何かしないと…艦隊が、危ない!最大戦速で離脱するんじゃ、モビルスーツの射出も簡単じゃない。

すぐに援護は出てこないかもしれない。これって、ヤバい!

 「姫様!早く!」

<マライアさん達はどうされるのです!?>

姫様の声が聞こえる。あたしは、レバーを握っていた手に、ギュッと力を込めた。やるしか、ない。

「あたしは、あいつらを食い止める…!」

<そんな機体では、無理です!>

「無理でもなんでも、やらなきゃならないんだよ!姫様、逃げて!あたしとの約束、忘れないで!」

<…!わかりました…マライアさん、どうか、氏なないで…!ジンネマン、最大戦速で離脱を!>

姫様、分かってくれた。良かった…ホント、ミリアムとは反対で、強くて物わかりのいい子だ。

そんなことを思ったら、笑えてきた。

 あぁ、せめてこの機体がゼータだったらなぁ。ボロボロだろうが、15機くらいなんとか出来たかもしれないのに…

ギラ・ドーガじゃ、あたしの実力の半分も出せないよ。

ルーカスのジェガンと2機でやったって、とてもじゃないけど、うまく行く気はしないな。

それでも、なんでも、あたし達はやるしかないんだ。

姫様と、お互いを守るために、ね。こんな絶望的な状況でも、さ。
 

283: 2013/11/21(木) 00:43:40.24 ID:srZDixOGo

 <ルーカス、お願い!>

<ったく!あんたとの戦場は毎回これだ!ウリエラやキリの二の舞を見るのは、ごめんだよ!>

二人のやりとりが聞こえる。ミリアムと、ルーカスの戦場、か。ア・バオア・クーのことかな。

それとも、別のところかな。ミリアムは、この絶望で、大事なものを失ってきたんだね。

あたしは、もうなんだか、すでに疲れてるけど、きっと今って、ソフィアのときと同じだ。

味方には、損傷して消耗した機体があるだけ。敵は、ピンピンしたモビルスーツがいっぱい。

いくらあたしやルーカスの腕が良くったって、あのときの、フェンリル隊みたいに苦戦するのは絶対だ。

どんなに考えたって、勝てる策なんか出てこない。でも、大事なものを守るためには、逃げることもできない。

あはは、困ったな、13年経って、またおんなじ問題を突きつけられちゃったな。

成長したあたしは、ここで一体、何ができるんだろう?

この絶望的な状況で…


 絶望―――そっか、ミリアムは、あたしと似てるんだ。

分かった…あたし、分かったよ、あなたのこと。あなたは、あたしだったんだね…

もう一人のあたし。あのとき、ソフィアを救えなかったあたし。

ライラもルーカスを氏なせちゃって、デラーズフリートがしたコロニーの落下を止めることができなかったあたし。

地球でレナさんも、アヤさんも守るこのとのできなかったあたし…

だから、あんなに、イライラしたんだ…だから、大っ嫌いだって思ったんだ…

だから、こんなに助けてあげたいって、思ってるんだ…。

 「ミリアム、ルーカス、聞いて」

そう思ったらあたしは、そう無線に話しかけていた。

<大尉、何か策でも?>

ルーカスの声が聞こえる。でも、違うんだ、ルーカス。ごめんね、ルーカス。

「あなた達は、ここを離れて。ジェガンなら、撃墜される心配はない」

<な、なにを言ってるんです、大尉!>

<マライア!一人でここを打開する案でもあるっていうの!?>

「策なんて、ないよ。ミリアム…ルーカス。あたし、二度目だ、こんな絶望的な状況。

 あなた達もそうなんでしょ?ア・バオア・クーのときに、きっとこれとおんなじような目にあってるんだよね…?

 あたしは、あのとき、たくさんの仲間に支えられて、なんとか最悪は避けられた。

 自分の命も、ソフィアの命も、消える寸前のところで、救われた。

 あなた達は違ったんだね。守りたいって思った人たちをみんな、失っちゃったんでしょ…?」

こんなの、怒られるよね。でも、ね、アヤさん。あたし、そうしてあげたいんだ。

だって、絶望ばっかりの人生なんて、かわいそうじゃない。

あたしがしてもらったのとは違う、みんなに助けてもらえてなかった人生なんて、寂しいじゃない。

「だから、行って。あなた達二人の“運命”はあたしが代わるから。

 その代わりに、ミリアムとルーカスには、あたしの“運命”をあげる。アヤさんも、レナさんも、隊長も、

 レオナや、ユーリさん達も、それからフレートさんにハロルドさんに、シイナさんも、カレンさんも、

 隊のみんなも、みんなあげる…だから、これからは、あのあったかい陽だまりの中で、

 みんなに囲まれて生きてって。あたしは、もう、みんなに十分、幸せにしてもらったから…!」

 

284: 2013/11/21(木) 00:45:17.56 ID:srZDixOGo

<大尉、何バカ言ってんです!>

ルーカス、怒ってる…そうだよね、でも、最後くらい、優しい声聞かせてよ…ごめんね、ルーカス。

 あたしは、握っていたレバーを引いた。

ギラ・ドーガが装備していたビームマシンガンから、ビームが発射されて、ルーカスの機体の脚を一本もぎ取った。

どう、連邦機…!あたし、ジェガンを撃ったよ!あたしは、あなた達の敵!かかってきなさいよ!

ただで落とせると思ったら、大間違いなんだから!姫様にも、ミリアムにも、ルーカスにも指一本触れさせない!

体がバラバラになったって、機体が粉々のデブリになったって、あんた達に、あたしの大事なものなんか奪わせない!

あたしの、命に代えても!

 あたしは、思い切りペダルを踏み込んだ。連邦機があたし目がけて群がってくる。

<大尉!>

<マライア!>

二人の叫び声が聞こえた。はやく離脱しなさいって、言ってるでしょ!

「ルーカス、これは命令!さっさとどっかに消えなさい!」

 あたしは、軋む機体を駆った。連邦機が、ビームライフルを掃射してくる。

ペダルを片方だけ踏みつけて、わざとバランスを崩しながら、AMBACの姿勢制御とスラスターで不規則に攻撃をかわしていく。

動きが鈍い!反応が遅い!これだから廉価機ってイヤなんだよ!あたしの腕が、十分に反映されないでしょ!

あたしはやっきになりながらレバーについたトリガーを引いた。

ビーム弾が、連邦のジムタイプに当たって、装甲をめくり上げる。まずは、1機!

ビー、と警報が鳴りだした。あぁ、Gのせいで、左腕の関節が負けた…!

ミリアムのバカ、あんたが殴ったせいだからね!関節の異常でAMBACの制御が突然に乱れる。

あたしは、なんとか機体の体制を整えようと、ペダルを踏み込む。艦隊の逃げた方へは行かせない…

ほら、着いてきなさいよ!あたしはさらに加速して艦隊とルーカス機から離れるコースを取る。

案の定、連邦機はあたしを取り囲むようにしてついてくる。バカなやつら…!誘われてるってことも知らないで…!

あたしは、もう、あたしの意思とは全然違う動きしかできなくなりつつある中で、でも、狙ってマシンガンを撃った。
外れる…ダメだ、機体がブレちゃって、定まらないよ…!参ったな…接近戦なら、やれるかな…!?

そんなことを思った瞬間、あたし目がけて、ビームが一直線に伸びてきた。

あぁ、これは、当たる!

避けることもできないまま、あたしは、そのビームを何とか構えたシールドで受け止める。

だけど、その反動で、機体がまるで、主翼を失くした戦闘機みたいな回転を始めながら、すっ飛んで行く。

レバーを引いて、スラスターを吹かして、ペダルを踏み込んでバーニアの出力を上げても、姿勢が立て直らない。

もう!もう!!まだ、1機しかやってない!あと、14機…こいつら全部、落とさないといけないんだ!

 だけど、ついには、全周囲モニターの半分くらいが見えなくなった。遠心力で、機体が壊れてるんだ…

これじゃぁ、敵、狙えないじゃない…!そんなことを思いながら、それでも必氏にレバーを引いていた目に、何かが飛び込んできた。

 なんだろう、そう思った次の瞬間には、目の前がパッと明るく光った。



まぶしいくらいに、何も、見えなくなるくらいに…


 あぁ、終わっちゃったのか、な…はは、さすがに、無理だった、な…


アヤさん、ありがとう…レナさん、ごめんね…カレンさん、アヤさんと仲良くね…レオナ…一緒に居れて、楽しかったよ…!

 あたしは、そんなことを思いながら、まっしろに輝く視界に包まれながら、そっと、目を閉じた。
 

285: 2013/11/21(木) 00:45:48.39 ID:srZDixOGo


 ドシン、という鈍い衝撃があった。あぁ、着弾した、と思ったら

<マライアちゃん!>

と、あたしを呼ぶ声がした。

 なに…?あたし、やられたんじゃないの…?

 あたしは、そう思って、目を開けた。目の前には、まるで、網目のように交差するビームの残像が残っていた。

ビームの網目…?まるで、多方向から一斉にビームを撃ちこんだみたいだ。

そんなこと、出来る兵器って…ファンネル?まさか、いったい、誰が!?

アムロ…?それとも、クワトロ大尉なの…?!

<マライアちゃん、大丈夫!?>

また、あたしを呼ぶ声。ちょ、ちょっと待って…この声って、もしかして…

「マリ!?」

<マリじゃないよ、プルの方!>

プル…?プルって、え、だって…あなたは…なんで…?どうして…?

「プル!?だって、だってあなた、ジュピトリスで木星へ…」

<ジュピトリスは3年で帰って来るの知らないの?わたし、帰ってきたんだよ!>

あたしは、割れて、映らなくなっているモニターを確認した。

後ろに、見たことのないモビルスーツが取り付いている。接触通信…?このモビルスーツにプルが乗っているの…?

「それにしたって、なんでここが?ジュピトリスなんて、どこにも見えないのに…」

<マリが、呼んでたんだよ。マライアちゃんが危ないって、急いで、お願いって。

 だから、ジュピトリスから高速のシャトルにこの子を乗せて、急いで先にこっちへ来たんだ>

マリが?だって、マリ、地球に居るはずだよね…?

まだ見えてもいないジュピトリスまで、思念を届けたっていうの…?そんなの、そんなのって…!

<大尉!>

ル、ルーカスの声だ。

<大尉、無事ですか!?その機体は!?>

「ル、ルーカス…これ、プルだって、言ってる…」

<プル!?>

<あ、そっちのは、ルーカスちゃん?>

<…!プル!一機撃ち漏らしてる!>

ルーカスの声が響いた。

 ジェガンが1機、プルのサイコミュの攻撃をかわして、こちらへ突っ込んできている。

<生意気に!>

プルはそう言って、たぶん、10機以上のビットをいっぺんに動かして、そのジェガンに集中砲火を始めた。

でも、ジェガンは機体をひねらせ、急性動と急軌道を繰り返して、それをなんとか、といった具合で回避した。

<こいつ、やる…!>

「ちょ、ちょっとプル!そのパイロット、もう戦意ないよ!ほっといてあげよう!」

あたしは、あのジェガンから滲んできていた恐怖を感じ取った。

あたしの言葉にプルもそれに気づいて、攻撃をやめる。

ジェガンは、無傷だったけど、ほうほうのてい、って感じで、地球の方へと飛び抜けて行った。
 

286: 2013/11/21(木) 00:46:15.56 ID:srZDixOGo

 一瞬で、助かっちゃった…はは、あはは…プル、プルだって…なんだか、ひとりでに笑えてきた。

まだちょっと信じられなかった。だって、プルは木星に行ってて、それで、あたしは、もう氏んだと思って、それで、
えっと…あぁ、ダメ、すごい混乱してきた…

 <マライアちゃん、その機体、もうダメだよ!こっちに来て!>

プルのそう言う声が聞こえて来る。あたしは、呆然としながらも、ギラ・ドーガのコクピットを開けた。

すぐ前にプルのモビルスーツのマニピュレータが伸びてきて、コクピットから飛び出したあたしを掴まえて、

プルの居るコクピットへ引き寄せてくれる。

 あたしは、マニピュレータを蹴ってコクピットに飛び込んだ。

そこには、赤と黒のデザインのノーマルスーツに身を包んだ、マリと同じくらい大きくなったプルが居て、

あたしに笑いかけてくれていた。でも、すぐにふっと何かに気が付いたみたいに、顔を上げる。

それから、肩をすくめてあたしをみやって、

「ごめん、マライアちゃん。この機体、やっぱりダメだった。ルーカスちゃんに乗せてもらおう」

と言ってきた。ダメ、ってどうして?被弾しているようには、見えなかったけど…

あたしは、そうは思ったけど、プルに連れられたコクピットを出た。

ルーカスに信号弾を飛ばして迎えに来てもらう。

プルは、コクピットの中で何かを操作をすませて、外に出てきた。それから、ヘルメット越しに頭を押し当てると、

「ありがとう、クインマンサマークツー。あなたの設計は、きっと役に立つはず。あの子を助けてやって…」

とつぶやいた。先に乗り込んでいたジェガンに、プルを引き入れた。

プルは、クインマンサ、と呼んだ機体に何かの思念を送り込む。すると、機体は、姫様達の艦隊の方へと飛んで行った。

「プル、何をしたの…?」

「うん、あの艦隊の役に立つかな、と思って。わたしにはもう、必要ないからね」

そう言ったプルは、明るい笑顔で、ヘルメットの中で笑った。なんだか、もう、頭の中がおかしくなってる。

まともに物を考えられない。いろいろ聞いてみたいことがあるような気もするけど、それがなんだかも良くわからないや。

 とにかく、全身疲労感でいっぱいだし、頭の中はこんなだし、もう、ちょっとダメだ、これ。

あたしは、そのままプルにしがみついた。あとはよろしく、プル。そんなことだけど思って、あたしは、瞳を閉じた。

 プルが、あたしの体をキュッと抱きしめてくれるのが伝わってくる。あ、そうだ。

あたし、これだけは言っておかなきゃ、プルに。遠のき始めた意識を引き戻して、あたしは、ヘルメットのシールドを上げた。

それをみたプルも、不思議そうにあたしを見つめながら、自分のヘルメットのシールドを開ける。

「おかえり、プル。大変だったでしょ?あとでいっぱい、話聞かせてね」

あたしが言ったら、プルは、マリやレオナとおんなじ、いつものまぶしい笑顔で笑った。

「うん、ただいま、マライアちゃん!」
 

287: 2013/11/21(木) 00:46:54.01 ID:srZDixOGo



つづく。


次回、エピローグ第1章?
 

290: 2013/11/24(日) 04:26:44.66 ID:2m8FIGYCo

 滑走路に降り立った。どこまでも、青い空が広がっている。

肌を刺すみたいな日差しと、微かに香ってくる、潮の匂い。帰ってきた…

あたし、生きて帰ってきたよ、アルバに!

 なんだか、飛び上がりたくなるような心持ちだった。

もう、嬉しくて嬉しくて、あたしは、プルの手を引いてズンズンと空港の建物の方に歩いていく。

自動ドアから中に入って、ゲートを抜けてロビーに出た。

見回したら、いた、見つけた。あたし達の方を見て、手を振ってくれてる…!

アヤさん、レナさん、ロビンにレベッカに、ユーリさんとアリスさんとカタリナとマリ。レオナも来てくれてる!

あたしは、ルーカスとマリオンをそこに置いて、

プルの手をグイグイ引っ張りながら半ば引きずるようにしながらみんなのところまで走った。

「ただいま、アヤさん!」

もう、タックルに近いくらいの勢いでアヤさんに突っ込む。

アヤさんは、そんなあたしをいつものように軽々と受け止めてくれた。

「お帰り、マライア」

ポンポンと、アヤさんがあたしの頭を叩いてくれる。

「あなたが、プルね。はじめまして」

レナさんが、あたしに引きずってこられたプルを見て、笑顔で挨拶をする。

プルはちょっと照れながら、レナさんに挨拶を返した。

プルの周りに、ユーリさんたちが群がって代わる代わるモミクチャにしている。でも、プルもうれしそうだ。

 そこに、ルーカスろミリアムがやってくる。

「みなさん、ご心配をおかけしてすみませんでした」

ルーカスがそういう。まぁ、心配かけたのは、あたし1人だけど、ね。

なんて正直に言ったら、アヤさんにこのまま関節技をかけられそうだったから、黙っておいた。

そんなことよりも、だ。
 

291: 2013/11/24(日) 04:27:12.15 ID:2m8FIGYCo

 あたしは、ミリアムの顔をチラっと見やる。

彼女は、最初はなんだか首をかしげていたけど、次いで、びっくりしたような顔になって、

最後には、確信を持った表情で、目に根涙を浮かべた。

「レ、レナ…?」

ミリアムが、かすれた声でそうレナさんの名を呼ぶ。それに気がついたレナさんは、

「うん、そうだよ、イレーナ。久しぶり」

と笑顔を返した。

 レナさんには、サイド5に居るときにこっそり連絡してやったからね。

ミリアム、びっくりしたでしょ?いい気味だよ!

 偽のレウルーラの中で、ミリアムの部屋に入ったときに、壁に掛かっていた写真をあたしは覚えていた。

最初は、見たことある顔だな、カラバかなんかの知り合いだっけ、なんてのんきなことを言ってたけど、全然そんなんじゃなかった。

シャトルの中で思い返していたら、それは、あたしが初めて会ったときよりも、さらに数ヶ月前に取られたレナさんとミリアムの写真だった。

 話を聞いたら、1年戦争当初、ミリアムは地球へ降下するジオン軍の防衛任務についていたらしい。

あの写真に写っていた人とは、兵学校時代からの友人なんだと、ミリアムは言ってた。

ミリアムは地球に降下するその友人を援護する任務についていたんだ、とも話してくれた。

やっぱり、ニュータイプの“引き”ってすごいよね。

「レナ!」

ミリアムはレナさんに飛びついた。ふふ、ミリアムも喜んでるし、まぁ、これも良かったかな。

 あたしはやっぱりうれしい気持ちになって、自然と笑顔がもれていた。

「さて、とりあえず、ウチかな。大変だったんだろ、あんなことに首を突っ込んでたんだからな。

 とにかく、うまいもの食って少し休め」

アヤさんがそういってくれた。あぁ、アヤさん、やっぱあたし、そうやって、優しくあったかくしてくれるアヤさんが大好きだよ。

 そんなことを思いながら、あたしは、出来る限りの、全力の笑顔でアヤさんに返事を返した。

「うん!」

 ペンションに戻ったあたし達は、いつものとおり、お帰り会をしてもらった。

久しぶりに飲む、アヤさんお気に入りのバーボンは美味しいし、本当に用意してくれてた、ニホン産のお肉も美味しいし、

それに、アヤさんもレナさんも笑ってるし、優しいし、もうホント生きてて良かったって、心のそこからそう思った。

 プルはユーリさんとマリとレオナのおかげですぐに慣れたみたいだったけど、

ミリアムの戸惑いっぷりったらなかったな。そりゃぁ、きっとこんなのは初めてだろうしね。

結局ミリアムは、終始、ルーカスのそばに縮こまってくっ付いていて、まるで子どもみたいでおかしかった。

ミリアムもここにいればきっと明るくなってくれるかな。うん、絶対、そうなるよね。

だって、ここにはみんないるんだもん。

楽しくって明るくって、困ることも大変なこともいっぱいあるけど、それでも、みんなで力をあわせて乗り越えていくんだ。

 ここが、あたし達の帰る場所なんだ。誰にも壊させない、誰にも邪魔させない。

ここが、あたし達の居場所。ここが、あたしの住処なんだから、ね。



 

292: 2013/11/24(日) 04:27:42.36 ID:2m8FIGYCo




 その晩、私は、なんとなく寝付けずに、昼間大騒ぎをしていたホールへ降りた。

シーンとしたホールに、アヤって人と、レオナって人の寝息が聞こえている。

私は、ホールの大きな窓から、外を眺めた。遠くに暗い海が見えて、そこに月が写り込んで、

キラキラ、ユラユラと輝いている。

そんな景色を見ながら、なのか、デッキに座っている人の姿が見えた。

―――あれ、マライア?

 私は、それに気がついて、静かにサッシを開けて、デッキに出た。

マライアが気がついて私の方を見るなりうれしそうに

「あぁ、ミリアム」

なんて声を上げた。私は、彼女に笑顔を返す。

「寝れないの?」

マライアはあたしにそう聞きながら、私に隣に座るように促してくる。

「うん、なんだか、ね」

促されるがまま、私はマライアの隣に腰を下ろした。

 サッと、柔らかな風が吹き抜けていく。マライアが何も言わずに、ビールの瓶の栓を切って私に押し付けてきた。

私も黙ってそれを受け取る。

「ん」

私が受け取ったら、今度は自分の瓶を持ってこっちに向けて掲げてきた。

なんだか、そのしぐさがおかしくって、すこし笑ってしまったけど、

私は自分の瓶をマライアの瓶にぶつけて口をつけた。

 苦くて冷たい感覚とアルコールの風味が、口の中いっぱいに広がる。ふぅ、と思わずため息が出てしまった。

今度はマライアが、そんな私を見てふふっと笑った。

 それから、私達はどちらからともなく口をつぐんだ。

私は、と言えば、口を開いたらまた「ごめんなさい」って言ってしまいそうな気がしていたし、

マライアはどう感じているのか分からなかったけど、でも、あれから私とマライアとの会話はいつだって、

「ごめんね」と「あたしこそごめん」の繰り返しだったから、マライアもおんなじことを思っているかもしれないな。

 また、穏やかな風がサワサワと吹いてきた。

スルスルと肌を撫でて抜けていくその風は、まるで、いつかのマライアに感じたように、

私の心からくすんだ何かを取り去ってくれるような感じがした。
 

293: 2013/11/24(日) 04:28:20.77 ID:2m8FIGYCo

 「ね、ミリアム」

不意にマライアが口を開いた。

「ん、なに?」

私はそう尋ねる。

「…ミリアムはさ、これから、どうするつもり?宇宙に出て、姫様を探すの?」

マライアは、表情こそ、ボーっとした感じだったけど、そう、探るように私に聞いてきた。

「まだ、決めてないんだ。でも、ミネバ様を探すのは難しいと思う。

 だったら、少し、ここで過ごしてみるのも良いかもしれないなって、思ってる。

 こんなに軽い気持ちになれるのは、子どもの頃以来かもしれない。

 明るいかもしれない明日に期待して、寝るに寝られない気分なんだ」

私は、感じていたことをそのまま話した。ミネバ様のことは、気にならないといえば嘘だ。

でも、あれだけの護衛もいたし、もしかしたら、ミネバ様は私なんかに心配されるほど弱くなんてないのかもしれない。

ミネバ様は、なにがあってもマライアを信じていた。

もちろん、ミネバ様に発現しつつあったニュータイプ的な能力のせいかもしれないけど、だけど、

私のように取り乱して、感情に飲まれることはなかった。

冷静に、マライアが一番安全な方法を瞬時に選択して、総帥に会わせるとまで言ったんだ。

それに、私ひとりで宇宙に上がったって、

散り散りになって身を隠しているだろうネオジオンの残党からミネバ様を探し出すのは無理だと思う。

もちろん、マライアに頼めば一緒に探してくれるだろうけど、ミネバ様にそれが必要かどうか、なんてわからない。

「そっか」

マライアは、私の話にそうとだけ返事をして、なにがおかしいのか、ヘラヘラといつもの調子で笑った。

私は、どうしてか、それがうれしかった。
 

294: 2013/11/24(日) 04:28:46.81 ID:2m8FIGYCo

 マライアとこうして笑い合えることを、私は望んでいたのかもしれない。

こんな、穏やかな時間をずっと求めていたのかもしれない。

あのとき、シャトルの中で妹を助けられなかった私が、戦争で、すべてを失ってしまったことに絶望した私が、

地球に降りて逃げ隠れするだけの暮らしを送り続けた私が、ずっとずっと、欲しかったものだったのかもしれない。

 何気ない平穏とか、些細な楽しみとか、明るいかもしれない、明日、とか。

そういうものの全部を、私はマライアに貰った。

あの時、マライアは「あたしの運命をあげる」と言ってくれたけど、でも、

こうしていると、そんなことをされなくったって、マライア、あなたに会えた私は、もう救われていたのかもしれないね。

アレクと再会させてくれた。私を守ってくれた。そばに居て、支えてくれた。

姫様と5thルナの件でマライアはすごく悩んだんだろうし、それで私は、傷つけられたって感じてしまったけど、

でも、それでもマライアは常に私たちのことを考えてくれていた。

それだけは、変わらない真実。

カラバのお喋り悪魔、なんて自分では言って笑っていたけどね、マライア、あなたは私にとっては、

傷だらけで、それでも、あの暗い絶望にとらわれないで、不屈の精神を持った、傷だらけの優しい天使様、だよ。

 「ぶっ!」

そんなことを思っていたら、突然マライアが噴きだした。

「な、なに?」

「いや、今、ものすごいイメージが伝わってきたら、思わず…」

あ…あぁ!しまった!今、私のイメージを共感したの!?

そ、そりゃぁ、頭の中に、ボロボロでも笑ってる、羽の生えた天使みたいなマライアを想像しちゃったけどさ!

そ、そこは黙っておこうよ!?なかったことに、かか、感じなかったことにしとこうよ!?

 私は、顔が熱くなるのを感じて、思わず、マライアの肩口を平手で叩いてしまった。

でも、マライアはそれでも、クスクスと笑っている。

「あー、あたし、ミリアムの中でそんな風に写ってたんだねぇ。あははは、そっかそっか、これはうれしいな」

笑いながらそんなことを言っては、さらにお腹を抱えて笑い続ける。もう!もう!!やめてよ!!本当にやめて!!

 でも、私の気持ちを知ってか知らずか、マライアはそれからしばらく笑い続けた。

最初は恥ずかしいやら悔しいやらでプリプリしていたけど、笑っているマライアを見ていたら、なんだか、

そんなことを気にしていることが自分でも可笑しくなって、気がついたら私も、声をあげて笑っていた。

 二人してなんとか笑いを押さえ込んで、ふうとため息をついた。サラッと風が吹いてくる。

本当に、気持ち良いな、これ…

「マライア」

気がついたら、私は、彼女の名を呼んでいた。

「ん、なに?」

「私、あなたに出会えて、本当に良かった」

スルッと、何の抵抗もなく、そう言葉が出た。マライアは、満面の笑みで、私を見つめてきて

「うん。あたしもだよ、ミリアム!」

って、私の良く知っている、大好きな、いつもの笑顔でそう言ってくれた。


 

295: 2013/11/24(日) 04:29:12.85 ID:2m8FIGYCo



 鐘が鳴り響いている。あたしは、人ごみから少し離れて、教会の庭の隅っこの芝生に腰を下ろしていた。

あたしの視線の先には、白いドレスに身を包んだミリアムと、どこで借りてきたんだが、

あんまり似合わない白いタキシードを着込んだルーカスがいる。

その周りをみんなで取り囲んで、シャンパングラスを片手に、騒々しく談笑している。

 ここは、島で唯一の教会。地球へ戻ってから半年、今日は、ミリアムとルーカスの結婚式だ。

ミリアムもルーカスも、見たことのない明るい笑顔で笑ってる。

あたしはそれを見ていたら、なんだか自分も幸せな気分になって、知らず知らずのうちにニヤついていた。

 「なにやってんだ、あんた」

不意に声がしたので、振り返ったら、まるであたしに忍び寄るみたいに、パンツスーツ姿のアヤさんがいた。

うわっ、なにこれ、すごいかっこいい…あたしは、一瞬見とれてしまってから我に返って

「…う、うん、二人を見てたんだ」

と答えた。するとアヤさんは、顔をしかめて

「良かったのかよ、あんた」

なんて言ってくる。言葉の意味は、まぁ、分からないでもない。

あたしともう10年以上も一緒にいてくれているルーカスだ。

お互いのことは、夫婦みたいに知ってるし、まぁ、それこそ、同じテントで野営したりとか、

ルーカスの腕の中で泣きつかれて寝ちゃった、なんてことも、そりゃぁ、あったけど、さ。

「別に?あ、これは、負け惜しみじゃないよ?ルーカスは、なんか、弟みたいな感じなんだよね。

 好きだけど、なんていうか男に見れないっていうかさ。

 それに、ルーカスとミリアムはずっと昔から想い合ってたんだもん。

 新参のあたしがクビを突っ込むなんて、野暮じゃない」

「そうかよ。まぁ、そこまで言うならもうなにも言わないよ」

あたしの言葉にアヤさんは納得したんだか諦めたんだか、そう言ってあたしのそばに腰を下ろした。

まさか、アヤさん、あたしを慰めに来てくれたとか?だとしたら、それはお門違いだよ。

あたしは、本当にルーカスのことは弟くらいにしか思ってなかったんだから。

そりゃぁ、頼りになる相棒だし、ミリアムと結婚したからって、なにかあるときは問答無用で引っ張っていくつもりだしさ。

断るようなら、ぶん殴って気絶させて、引きずってでも連れて行く。

だからまぁ、結婚しようが何しようが、今までのあたしとルーカスとの関係がどうこうなる、ってわけじゃないんだ。
 

296: 2013/11/24(日) 04:30:07.93 ID:2m8FIGYCo

 そんなことを思っていたら、今度はレナさんまであたしのところにやってきた。

レナさんは、アヤさん以上に複雑な顔して、あたしの表情を覗き込もうとしている。

だから、大丈夫だってば!もう!みんな心配性なんだから。

 心配してくれるのは嬉しいけど、でも、今二人がしてるのは、まったく不必要な心配だし、あんまり役に立つ方のことじゃない。

ちゃんと説明して、疑いを晴らさないとな、疑いって違うか、壮大な憶測に基づく勘違いっていうか?

まぁ、いいや。とにかく、だ。

「あのね、10年一緒にいて、あたしとルーカスの間にはなぁんにもないんだよ!?

 キスはおろか、そう言う雰囲気で手を握ったこともないんだから!

 そりゃ、あたしがダメなときに胸借りて泣かせてもらったことは何度もあったけどさ…

 それは、仲間として!恋愛感情でそんなことしてたわけじゃないんだからね!」

あたしは、二人に安心してほしくって、そう力説した。

そうしたら、アヤさんもレナさんも、それを聞いて盛大にため息を吐いた。

「なるほどなぁ、そっか。お前、惜しいことしたよ、ルーカス、良い男だったのにな」

「ホントに…。まぁ、ルーカスくんが手をださなかった、っていうのも問題だとは思うけどね…

 今でこそミリアムとああして一緒になったけど、辛かっただろうな、10年間も」

「なんてったっけ、こういうの?据え膳?」

そう言い合って、二人はなんだか呆れた様子でまたため息をつく。

 え、ん?待って、どゆこと、それ?なんで、そんなルーカスがあたしのこと好きだった、みたいな感じになってんの?

え…?あ、あれ…?えっ…えぇぇぇぇ!?ル、ルル、ルーカス、もももしかして、そそそそそそうだったの!?

 あたしはびっくりして、二人の顔を交互に見据えた。アヤさんとレナさんは、渋い表情で黙ってうなずいた。

 ああ、まずったなあ、そうだったんだ…近くに居すぎて、そんなこと全然感じ取れなかったもんなぁ…

あたしは、そんなことを思って頭を抱えてしまった。

「まぁ、もう手遅れだ、あきらめろ」

アヤさんがそう言って、あたしの肩をポンっとたたいてくれる。

ん…?あきらめる、って、なに?だから、それは違うって…

「ね、だから、それは違うんだって。あたしは、ホントにルーカスは弟みたいに思ってただけなんだから」

「じゃあ、なんでそんなにショックそうなの?」

レナさんがそう聞いてくる。そんなの、決まってるじゃん!

「だって、ルーカスそんな風にあたしを思ってくれてたのに、あたしってば、なんにも考えずにルーカスに抱き着いたり着替え見せちゃったり…!

 いやこれ、逆の立場だったらただの拷問でしょ?!

 っていうか、ルーカスどうしてあの状況で一切なんにもしてこなかったのよ!?鉄の意思すぎるじゃん!」

あたしが半狂乱でそんなこと言ったら、アヤさんとレナさんは、顔を見合わせてプッて噴出して、声を上げて笑いだした。

「ははは!なんだよ、ほんとにあんた、なんでもないのかよ!」

「あははは!ルーカス可哀そうだったんだねぇ!」

もう!笑い事じゃないんだってば!
 
あぁぁぁ、謝りたいけど、いまさらそんなこと言ったっておかしな方向に話がいっちゃうじゃん!

あたしは、10年間の罪を、ずっと胸にしまいながら生きて行くしかないんだね、この先ずっと…

うぅ、なんかルーカスの顔を見れなくなっちゃうかもしれない。

あたしは、なんだかシュンと気落ちしてしまうのを感じた。

鈍くてごめんね、ルーカス…気が付いて、聞き出してあげられてれば、ちゃんと振って、失恋させてあげられてたのにね…。

297: 2013/11/24(日) 04:30:34.41 ID:2m8FIGYCo

「ったく、そんなんじゃあんた、一生結婚なんてできないぞ?」

アヤさんが、笑いを収めてそんなことを言ってきた。

「あたし、結婚するつもりなんてないよ?」

「は?」

「え?」

あたしが思わずそう言ったら、アヤさんもレナさんも、びっくりした表情であたしのことを見つめてきた。

な、なによう…そんなに見つめられたら、恥ずかしいじゃん。

「結婚しないって、じゃああんた、どうするつもりなんだよ?」

アヤさんが、そんなわかりきったことを聞いてくる。えぇ?今更それを説明しなきゃなんないの?

もう、しょうがないなあ…

「ずっとここにいるよ。ずっとアヤさんとレナさんのそばに居させてよ。

 あたしは、そのためにずっとがんばってきたんだ。

 アヤさんとレナさんの笑ってる顔を見ること、その笑顔を守るのが、あたしの生きがいなんだ。

 だから、結婚なんてするつもりは、あんまりないんだよ。

 だって、今以上の幸せって、たぶん、あんまり見つからないような気がするんだよね」

あたしは、思っていたことを、伝えた。迷いも、後悔も、ためらいもない。

だって、あたしは、マライア・アトウッド曹長なんだ。

アヤさんが家族だって言ってくれた、オメガ隊の末っ子の、泣き虫だけど、ここぞってときには、なんでもやれる、

自分で言うのはなんだか変な感じだけど、二人と、二人の大切なものを守る天使さまなんだよね。

それがあたしの使命で、あたしの幸せで、ここがあたしの帰る場所で、みんながあたしの家族。

他に行くところも依るべきものもない。

どんなことよりも大事な、どんなことにも代われない、あたしの宝物だ。

 「あんた…なに、バカなこと言ってんだよ…」

アヤさんが、そう言ってきた。バカでもなんでも、いいんだ。

「マライア…本気なの?」

あたしはレナさんに頷いて返した。本気も本気!

でなきゃあたしは、今頃はラー・カイラムにでも乗って宇宙を駆け巡っては世のため人のため、とか思って戦ってると思うしね。

 二人は、呆然とあたしを見つめている。あたしは、ふふん、と鼻を鳴らして胸を張ってやった。

ここに居て、あたしの宝物を守る、それがあたしの決めたことで、あたしの誇りだ。
 

298: 2013/11/24(日) 04:32:50.40 ID:2m8FIGYCo

 そんなことを思っていたら、唐突にレナさんがあたし目がけて突進してきた。

「うえぇ!?」

と声を上げる間もなく、あたしは座っていた芝生の上に、タックルされたラガーマンみたいに倒れ込んでしまっていた。

あたしの体に両腕を回して締め付けてくるレナさんがあたしの耳元で、掠れた声で囁いた。

「バカよ…マライア、あなた、大バカよ…」

だから、バカでも何でも良いって…あ、ちょ!ア、アヤさん!それはまずい!まずいって!!

レナさんに何かを言い返そうとしていたあたしの目には、レナさんの上からあたしに飛びかかってくるアヤさんの姿が映っていた。

ズムっとあたしの体にアヤさんの体重が降りかかってくる。こ、呼吸がで、出来ないっ…!

そんなあたしのことを知ってか知らずか、アヤさんはそのままあたしの後ろに回ると、抱きしめてるつもりなんだろうけど…

腕をあたしの首元にまわして強烈に締め上げ始めた。

 「うっ…ぐぅぅ!」

あたしは、猛烈な勢いで熱くなる胸と脳の苦しみから逃れようと、必氏にアヤさんの腕をタップする。

でも、当のアヤさんは

「ごめんな、マライア。アタシ、あんたにキツいことばっかりやさせて…命かけさせるようなマネばっかさせて…

 もう、二度とそんなことしないからな。安心しろ。

 あんたがアタシらを守ってくれるっていうんなら、あんたのことは必ずアタシとレナで守ってやる…

 だから、もう、どこへも行くなよ…!」

目の前が、うっすら暗くなってくる。行くな、って言われても、ね、アヤさ、ん…あ、あた、し、い、逝…き…そ…

「ア、 アヤ!マライア、白目むいてるよ!?」

「えぇ?!うわっ!おい、大丈夫かよ?!」

レナさんの声が遠くで聞こえたと思ったら、アヤさんのびっくりしたような声も聞こえて、首に回っていた腕がほどけた。

止まっていた血と、酸素が脳へと送られ、呼吸がもとに戻る。くぅぅ、危なかった…今のは、本当に危なかった…。

「なにするのさ!この、鬼!悪魔!」

あたしは、そう叫んで、あたしの背後に居たアヤさんに腕をつかんでひねり上げようとした。でもアヤさんは

「あはは、悪い悪い」

なんて笑いながら、グニャリとそれをいなすと、反対にあたしの腕を絡め取ってそのまんま引っ張ってくる。

「ちょ、危ないよ!アヤ!マライア!」

それを止めようとしてくれたのか、レナさんがいきなり体当たりしてきた。

いやっ!レナさん、そんなことされたら…!

 あたしは、レナさんの体当たりでバランスを崩してしまって、アヤさんとレナさんと一緒になって、芝生に倒れ込んでしまった。
 

299: 2013/11/24(日) 04:33:27.16 ID:2m8FIGYCo

「もー!いったいなあ!」

あたしが文句を言ったら、アヤさんが笑って

「だから悪かったって!」

なんて、言い訳にもならないことを言ってくる。

「ふたりとも、何年経ってもホントに変わらず元気だよね」

レナさんも、そう言って笑っている。なんだか、それをみたら、あたしもほっぺたが緩んできた。

だって、そうでしょ?

 そばに立っていた木が、サワサワと風に揺れる。木漏れ日がキラキラと輝きながら降り注いでくる。

おんなじようにキラキラと太陽を反射させている海の潮の香りと波の音を、風が届けてくれている。

 地球はこんなにきれいで、それに、アヤさんとレナさんが笑ってる。

こんなの、笑顔にならない方がおかしいんだよ。

「この先だって、ずっとずっとあたしは元気だよ!二人が居てくれれば!」

あたしは、そう言いきってやった。そしたら、ストン、と、アヤさんの手があたしの頭に降ってきた。

その手は、いつもみたいにあたしの髪をくしゃくしゃに撫でまわしてくれる。

レナさんも、あたしの肩に手を置いてくれる。

「あんたのためにも、アタシらは笑顔を絶やさないようにしないとな」

「大丈夫だよ。だってここに居て笑顔にならない方がおかしいんだから」

アヤさんとレナさんがそう言った。あたし達はそれから顔を見合わせて笑った。



ここがあたし達の帰る場所。みんながあたし達の家族。

どんなことよりも大事な、どんなことにも代われない、あたし達の宝物だ。


 「ね、アヤさん、レナさん」

「ん、なんだよ?」

「実はさ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なに、マライア?」

「あのさ、良かったら、どっちかの卵子をあた、ぐぁっ!肘は痛い!もう!バカ!冗談だってば!」

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ!?」

「そう?じゃぁ、あたしの使う?マライア?」

「なっ!?レナ?レナさん!?」

「ホントにぃ!?」

「あんたは調子に乗るんじゃないっ!」

「ぎゃぁっ!やめてっ!三角締めはやめてっ!」

なんて、本当に他愛のない、いつものやり取りを飽きることなく続けていられる。

あぁ、もう、ほんと。あたしって、あたし達って、幸せだ。




――――――――――to be continued to their future...
 

300: 2013/11/24(日) 04:39:19.93 ID:2m8FIGYCo



以上、CCA編完結です。

なんかもっといろいろ書こうかとも思ったのですが、この感じでさらっと行った方が

分かりやすくていいかな、と。


次回:【機動戦士ガンダム】機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【3】


引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―