525: 2013/12/31(火) 03:22:54.26 ID:ZpaBXnS/o
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集

526: 2013/12/31(火) 03:24:16.72 ID:ZpaBXnS/o

 「それじゃぁ、マライア、レオナ、マリオン、ペンションをお願いね」

相変わらず良く晴れた日の朝、アタシ達は、ペンションの玄関いた。レナが、マライア達にそう頼んでいる。

「まっかせてよ!ペンション防衛隊隊長の名に掛けて、トラブルは一切起こさないんだから!」

マライアが胸を張ってそんなことを言っている。いや、トラブルを起こさない、が基準ってどうなんだよ。

お客を満足させてやるのがアタシらの仕事だぞ?ビルの管理してるのとは種類が違うんだからな、

って言ってやろうと思ったけど、やめといた。

まぁ、細かいことを除けば、マライアに任せて大丈夫だって、そう思えてたから。

「楽しんできてね」

なんて、レオナも言ってくれる。

「あぁ、ありがとう。レオナも、ロビンとレベッカ、頼むな」

「うん、平気だよ。ね?」

レオナにそう話を振られたロビンとレベッカが口々に喋り出す。

「母さん、お土産ね!忘れないでね!」

「あ!私も!私ね、えっと、なにがいいかな…」

二人とも、大丈夫そうだ。二人を置いて行くのが一番の心配だったけど、

考えてみれば、レオナもいるし、アタシとレナの子達だもんな。

どこまで考え方が似るかわかんないけど、でも、血がつながってるかどうか、なんてあんまり関係ない。

“家族だって思ったやつが家族なんだ”よな、うん。

 アタシはかがんで、ロビンとレベッカの頭を両手で撫でてやって

「留守番させてごめんな。マライア達をちゃんと手伝ってあげてくれな」

って言ってやった。そしたら二人は、声をそろえて、うんっ!って、元気に返事をしてくれた。

まぁ、でも、あんまり寂しがってもらえない、って言うのも、なんだかちょっと残念な感じもするよな、なんて思うのは、ちょっと贅沢かな。

 「おーい、そろそろ行くよ。デリクの便、出ちゃうからさ」

ペンションの前の道路に車をとめていたカレンがそう声を掛けてきた。

「あぁ、うん!今行く!」

アタシはそう返事をしてから、レナと二人で改めてみんなに行ってきますを言って、カレンの車に乗り込んだ。

 これからアタシとレナは、デリクの操縦する小型の物資輸送機に乗って、パナマまで行く。

マライア達には、2週間くらいになると思う、って言って、ペンションを任せてきた。

これって言うのは、一か月くらい前に、マライアが急に、言いだして始まったことだった。


 

527: 2013/12/31(火) 03:24:49.38 ID:ZpaBXnS/o





 「旅行だ?」

ある日の昼間。お客をいつもの島に乗せてきて、ボーっとしていたアタシに、マライアがそんなことを言ってきた。

「うん、そう!レオナとね、話したんだよ。来月、レナさんの誕生日って、言ってたじゃない?

 だから、なにかプレゼントしてあげたいなって思って、で、考え付いたんだけど、

 たまにはレナさんと夫婦水入らずで…夫婦?婦婦?あ、えーっと…」

「あー、細かいこたぁいいんだよ」

マライアが変なところで悩みだしたんで、そう先を促す。

「あ、うん、でね、二人で、旅行でも行って来たらどうかなって。ペンションの方は、あたしとレオナとマリオンで回せるからさ」

 旅行、か。そう言えば、考えたことなかったなぁ。

戦争終わってからすぐにここに来て、それっきり長い間よそに出かける、なんてしたことなかったな。

まぁ、これまでの人生でもそんなこと片手で数えられるくらいしかしたことないけど…でも…

「でも、大丈夫なのかよ?」

アタシはそう聞かずにはいられなかった。だって、ペンションはずっとアタシとレナで休まずやってきたんだ。

アタシ達しかわからないことがあるかもしれないし、マライア達が頼りないって言うんじゃないけど…

ずっとそうやって来てたから、いざ離れるって思うとなんだか不安だ。

「大丈夫!困ったときは、PDAに連絡できるしさ!」

マライアは負けじと、そんなことを言ってくる。

あんまりにも、勢いが良いもんだから、アタシはちょっと戸惑っちゃった。

くそっ、マライアに押し込まれるなんて、不覚だ、なんて、ほんのちょっぴり思ったけど、でも、そっか、旅行か…

 なんか、気を使ってもらって悪い気もするけど、でも、やっぱこういうことをしてもらえるのは嬉しいし、

喜んでやったら、マライア達も嬉しい、って感じてもらえるんだろうな…

 アタシは、そんなことを思って、とりあえずマライアに返事をした。

「まぁ、レナと相談してみるよ」

アタシ一人ではさすがに決められない。レナがどう思うかもちゃんと聞いてやらないとな。

でもアタシのそんな気持ちを、こいつ、分かってるくせに

「いや!レナさんもきっと行きたいって言うから!だから、行くよね?ね?」

なんて、ワケのわからない追い打ちをかけてくる。あぁ、もう!しつこい!あんたはちょっと、頭冷やせ!

「だからレナに聞いてからって言ってんだろ!」

アタシは、マライアにそう言いながら、腕を引っ張った。

「ふぇ!?」

呆けた声を上げたマライアを、アタシは気にせずに背中で腕を吊り上げて思いっきり海にぶん投げてやった。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

と叫び声をあげて、マライアが透明な海面に突っ込んだ。

まったく、あいつは、ほんっっっとに…かわいいやつだな。

 海の中からぎゃーぎゃー文句を言ってくるマライアを笑いながら見下ろしつつ、アタシはそんなことを思ってた。
 

528: 2013/12/31(火) 03:26:14.76 ID:ZpaBXnS/o

 その晩、寝る前にレナにその話をしたら

「あぁ、うん。レオナに聞いたよ」

って、レナは言った。まぁ、そうだろうと思ったけどさ。

「どう思う?」

アタシが聞いたら、レナは

「んー…」

って首をかしげてから

「こっちのことはちょっと心配だけど、でも、気持ちは嬉しいよね」

なんて言った。それから腕枕してるアタシにすり寄ってきて

「アヤは、どう?」

って聞いて来た。はい、上目遣いは禁止です。

「同感だ。こっちの心配がなかったら、行ってもいいかなって思ってる」

アタシは答えた。

まぁ、アタシの仕事をマライアにやってもらって、レナの仕事をレオナとマリオンにやってもらえれば、正直、なんの問題もないんだよな。

カレンに言ってシェリーに手伝いお願いしたりできるし、それもお客の具合いが多ければ、って話で、

いつも通りなら、やっぱり問題ないんだろうけどさ。

 「なら、ちょっと行ってみようか」

ポツリ、とレナが言った。なんだか、その言葉に、胸の奥が微かに暖かくなった気がした。

うん、そうだな…だって、今年は…

「出会って、10年目の年だし、ね」

アタシが言おうとしたら、さきにレナがそう言ったんで、思わずレナの顔をみてしまった。

レナは、ニコニコしながらアタシを見上げている。ギュッと胸が締め付けられた。

うぅ、なんだよ、そんな目で見ないでくれよっ!

「そ、そうなんだよな」

アタシは、恥ずかしくなって目を逸らしそうになって、でもそれを我慢して、そう返事をした。

返事をしてから、耐えられなくなって、目を逸らす代わりに、レナをギュッと抱きしめてやった。

あぁ、もう…10年間、調子狂わされっぱなしだよ、アタシさ…それが、嬉しいんだけどさ…。
 

529: 2013/12/31(火) 03:26:59.25 ID:ZpaBXnS/o

「じゃ、じゃぁ、10年目のお祝いってことで、マライア達に頼もうか」

「うん!」

アタシが言ったら、レナはそう返事をして、アタシにしがみついて来た。

あー、レナ、レナさん、そんなことされたら、アタシ、たいへんです…

「そしたらさ、私、行ってみたいところがあるんだ」

アタシの腕の中にすっぽり収まったレナは、アタシの首元に顔を寄せて、そんなことを言ってきた。

行きたいところ?そうだったんだ。そういや、レナは、地球よく知らないんだもんな。どこだろう?

ヨーロッパかな?そういや、ジオンはもともとあのあたりの民族圏のサイドだったもんな。

古城とかがあるって話だもんなぁ、それもよさそうだ。

「ヨーロッパ?」

そう思ってアタシが聞いたら、レナは首を振って、

「ううん」

って答えた。あれ、違うんだ?じゃぁ、どこだよ?アフリカか?

なんて思ってたら、レナはガバっとアタシの上に圧し掛かってきて、言った。

「ここから、オーストラリアに行って、東南アジアに行って、それから、ニホンと、北米に寄って、ここに戻ってきたい」

今まで、腕の中にいたからわからなかったけど、そう言ったレナの顔は真っ赤になっていた。

それにしても、そのルートって…10年前に、あんたを連れて逃げ回ったルートじゃないか…

そっか…10年経って、もう一度、あの道筋で、ここに戻って来る…それって、楽しそうだけど…でも、なんでそんなに、顔赤くするんだよ?

「ダ、ダメかな?」

アタシが返事をしなかったもんだから、レナが不安げにそう聞いて来た。

「あぁ、ごめん、そうじゃなくって。それでいいのかな、って思ってさ」

アタシが言ったら、レナは、今度は耳の先まで真っ赤にして

「だって、私が過ごした中で、一番大切で、一番、嬉しかった時間だから…あれを、もう一回、やってみたいんだ…」

って言った。一番大切で…一番、嬉しかった…心臓が爆発するんじゃないかと思った。

なんだよ、それ…そんなの、アタシだってそうだけど…そんな、こ、言葉にするなよ…!

は、は、恥ずかしいだろ!嬉しいけど!

「う、うん…!な、なら、それ、行こう!でも、その前に、一つだけ…」

アタシはたまりかねて、返事のあとにそう付け加えた。

「なに?」

赤い顔して、レナが聞き返してくる。アタシはそんなレナを無視して、レナの体を掴まえて、ぐるっと体勢を入れ替えた。

今度はアタシが上だ。

「…今夜は、夜更かしだ」

「もう…お盛んですこと」

「誰のせいだと思ってんだって」

アタシがそう言ってやった次の瞬間には、アタシが仕掛ける前に、組み敷いてるはずのレナがアタシの首元にかぶりついて来た。

途端に、ヘナヘナ力が抜けてくる。

あぁ、もう…レナ…!レナ!レナ!こうなったら、もう、抑えが利かないんだ。

だって、感覚が、繋がっちゃうんだから…融ける…融けるよ、レナ…。

 なあんて、その晩は、ずいぶんとはりきっちゃったんだよな…恥ずかしい。
 

538: 2014/01/05(日) 02:36:52.04 ID:5R2fFzhgo



 そんなワケで、私達は船の上に居た。

ここはまだ、中米からオーストラリアへ向かう船の上で初めての航路だっていうのに、アヤの興奮ったらない。

やれ、この船のエンジンがどうのとか、船底の形が船体の揺れを軽減しているとか、

この辺りの海にある何とかって島には、不思議な石の顔の形したモニュメントが並んでるところがあるんだとか、

そんなことで、お喋りが止らない。私はと言えば、一緒に居たデッキの上で、カクテルを飲みながらアヤの話を聞いていた。

 相変わらず、私にとってはそれほど興味がある話じゃないけど、

でも、アヤが嬉しそうに話している様子を見ているのは、私も楽しい。

ううん、可笑しい、って言う方が正しいのかもしれないけどね。

「あぁ、オーストラリアまだかなぁ?」

アヤが話を終えてから、そんなことをボヤいた。それもまた可笑しくって笑っちゃう。あと4時間くらいはあるのに。

オーストラリアは、どうなってるのかな?

あの頃は、コロニーが落ちた直後で、港の主要な機能ですら、仮設のプレハブだったけど…

少しは、復興が進んでいるといいな…あの辺りに立ちこめる怨嗟は、そう簡単には消えないとは思うけど…

それでも、今を生きている人たちが逞しくあれば…私は、そんな願いを持たずにはいられなかった。

 「な、下のラウンジ行ってみないか?ショッピングモールもあったし、水着でも買ってさ、上のプールで遊んだりできそうだし!」

「なんで水着買う必要があるの、持って来たでしょ!」

アヤがワクワクした顔で言うので、そう突っ込んであげたら、アヤはそれを待ってたみたいにケタケタと笑って、

「そうだった!まぁ、いいじゃんか!買い物しよう、買い物!」

なんて言って、私の手を取ってグイグイと引っ張り歩き出した。もう、アヤってば、張り切ってるんだから…

私は、残っていたカクテルを慌てて飲み干してカウンターに置きつつ、デッキから船内に入って、ショッピングモールに向かった。

 船の中層には、ショッピングモールやレストラン、バーやカジノなんかも入っている。

子ども向けのゲームコーナーとか、小さな映画館まである、って話だ。

いわゆる、豪華客船、ってやつで船室は二等客室だけど、それでも私とアヤで使うには豪華すぎするくらいだ。

マライアってば、こんな船のチケット、高かっただろうに、良かったのかな、なんて思ってたらアヤが、

あいつの財布の心配はしないでいいと思うぞ、だって。

よくよく話を聞いたら、マライア、5年は連邦所属で、そこからティターンズにカラバの構成員だったりしてて、

特にティターンズからは、『質素に生活していけば、一生困らないだけもらった』なんて言ってたらしい。

確かに、二重でお給料もらってたようなもんだったのかもしれない。

それでも、やっぱりすこし心苦しいよね…ちゃんとお土産と、写真と、楽しい話をいっぱい聞かせてあげないとな。

 そんなことを考えていた私をよそに、アヤは、私の手を引いて、

洋服のお店を覗いては、10年前にジャブローの服屋に入ったあとはびっくりしたなぁ、とか、

カメラ屋さんに入ってはアタシもレナを撮る専用に一個買おうかな、とか、

アルバ島の町の中心街にあるのと同じチェーンのコーヒーショップなんかを見つけては、

興奮した様子でちょっと飲んでいこう、なんて言ってきたり、とか。
 

539: 2014/01/05(日) 02:37:33.41 ID:5R2fFzhgo

 アヤ、楽しそうだな…。

もちろん、私も楽しいけど、でも、アヤの楽しそうなのを見ている方が、やっぱりよっぽど楽しくって、それでいて嬉しいな、

なんて思って、ひとりでに顔を赤くしてたら、アヤにどうしたんだ、って質問攻めにされて、私はちょっと困ってしまった。

返事をする代わりに、歩きながらアヤの腕にしがみついてあげたら、アヤも顔を赤くしながら、それでも私の腕をギュッと引いてくれる。

いつもは二人っきりで買い物なんてあんまりしないし、たまにはこういうのも良いかな、本当に、マライアには感謝してもしきれない。

 ショッピングモールを抜けて、レストランやバーなんかがあるエリアに差し掛かったとき、ふと、私は胸騒ぎを感じた。

思わず足を止めてしまう。

「どうした?」

アヤがそう聞いてきて、でも私が何かを答える前に

「あぁ、そろそろ、か」

なんて言って、私をジッと見つめてきた。

 そう、この感じ。胸騒ぎ、って言うか、あの、怖くて暗くて、引きずり込まれてしまいそうな感覚。

そろそろ、シドニー湾が近づいてきているんだ。

ここに来て、私は一つだけ、しておきたいことがあって、私を見つめてくれていたアヤの目をジッと見返して

「ね、お花屋さん、あったよね?ちょっと行かない?」

って言ってみた。アヤはそれだけで、全部を分かってくれたみたいで、ニコっと笑って

「うん、行こう」

って言ってくれた。

 私は元来たショッピングモールの中にあった生花店に戻って、

白いユリと、白いスズランに黄色いガーベラをきれいに花束にしてもらった。

それから、それを持って後部デッキへ行った。

 青い海に、スクリューが二本の白い筋を立てている。

船首の方から吹いてくる風が、背中を抜けて、広がる海原へと抜けて行った。

私は、買った花束を船尾から海へと、そっと放った。風にあおられた花束は、音もなく海面に落ちて、

スクリューが作り出した水流に乗って、どんどん遠くへ離れて行く。

 それを見届けながら、私は、目をつぶって、祈った。

 ごめんなさい…戦争なんかに巻き込んでしまって、ごめんなさい、ごめんなさい…

罪の意識があるわけでは、たぶん、なかった。

でも、ここへ来ると、どうしてもそう言う気持ちになってしまう。私がコロニーを落としたわけじゃない。

ううん、こんなことをするなんて知っていたら、きっと反対しただろう。

だけど、そう言う問題じゃない。私は、ジオン軍人の一人として、そう言わなければいけない義務があると思う。

あの戦争を遂行した関係者の一人として…。
 

540: 2014/01/05(日) 02:38:11.78 ID:5R2fFzhgo

 ポン、と、アヤの手が肩に乗った。あんまり背負いこむなよ、って、アヤの感覚が伝わってくる。

うん、大丈夫だよ、アヤ。そう言うんじゃないんだ。これは、ひとつのけじめみたいなものだから。

ずっと思い悩んでいるより、こうして祈ることが出来た、って言うのが、私にとっては大事だと思うし、ね。

 それからしばらく、私はその場所を動かなかった。

どれくらいかして、やっとすこし気持ちが落ち着いたから、目を開けてアヤを見た。

待たせちゃって、ごめんね、って、そう言ってあげるつもりだったのに、

私の顔を見るや、アヤはグイっと、私の頬を指で撫でて、苦笑いした。

なんで、そんな顔なの?って聞こうと思って、私は気が付いた。

ポタっと、手の甲に滴が落ちて来たからだ。

あぁ、私、また泣いちゃったんだ…このクセだけは本当に、いつまでも治らないなぁ…

 私は自分で顔をごしごしと拭いて、改めてアヤに笑顔を返してあげた。

そしたらアヤは、今度は私の頭をグシャグシャっと撫でてくれて、それからまた肩に手を戻して、

「さって、じゃぁ、夕飯にしよう!今日は、なんにしようか?」

なんて明るく言ってくれた。

10年前はアヤにおんぶにだっこで、気を使わせまくっちゃったのに、今回はそんなことばっかりさせるわけにはいかない。

私もすぐに気を取り直してアヤに笑ってあげながら

「パスタが良いな!ミートソースの!」

って答えた。アヤは嬉しそうにニコっと笑って

「そっか、じゃぁイタリアンの店探しに行こう!」

なんて言うと、私の手を取って歩き出した。

私はまたアヤの腕にしがみついて、ならんで、さっきいたレストラン街までの道のりを、10年前の話をしながら歩いた。



 

541: 2014/01/05(日) 02:38:40.71 ID:5R2fFzhgo




 翌日の昼ごろ、ボーっという低い汽笛の音をさせて、船はオーストラリアのシドニー湾の港を出た。

シドニー湾のあたりは、すっかり復興が進んでいて10年前とはくらべものにならないくらいの発展ぶりだった。

港の施設は整っていたし、食事ができるところやお店もたくさんあった。

人も、大勢いるようだった。私はその光景を見て、なんだか少しだけ、胸がスッとなるのを感じた。

気に病んでいるわけではなかったけど、でも、ずっと気にはなっていたから。

戦争があったことを忘れてはいけない。でも、傷跡はなるべくなら残らない方が良いから、ね。

 船が出てからすぐに私はアヤを連れて、船内にある映画館に出向いていた。

映画なんて見るのは、子どものころ以来で楽しみにしていた。

アルバの町にも映画館が一つあるけど、いっつもちょっと古い映画の再放映ばかりで足が向かなかった。

古い映画をやるんなら、前世期の映画にすればいいのに、

あそこときたら、10年前の映画をダラダラ流しているだけだったりするんだもん。

そんなテレビ放送にも流れているような映画をやってどうしてお客が入るんだろう?

 この船の映画館はレトロなものと最新のものの両方を交互に流しているらしい。

アヤは新しい物が好きみたいだったけど、私のわがままを聞いてもらって、前世期の名作って言うのを一緒に見ることにした。

タイトルは、“The Great Escape”。前世期にあった大戦中に捕虜になった兵士たちが、収容所から脱走するって話だ。

内容は知らなかったけど、タイトルだけ見て、なんだか私達っぽいな、って思って選んだ。

どんな状況になっても諦めないって、心意気の映画だった。良い映画だったけど、見終わった後にアヤは、

「殺されちゃぁ、意味ないよな。もっとうまく運ぶ方法を考えるべきだったよなぁ」

なんてことを漏らしていて、笑ってしまった。でも、私もすこしだけそう思った。

勇敢であることは必要だけど、それだけじゃダメなんだ、って言うのを私はアヤから学んだ。

慎重さや広い視点で物事を観察することのできる洞察力や分析力が下地にあってから、

その上に少しだけの勇気があれさえすればいい。アヤが、私を連れ去ってくれたときみたいに、ね。

 お昼を食べてからは、デッキのプールで遊んだ。

夕食はどうしようか、なんて言っていたら、アヤがいつ用意したのか、ドレスを出してきて、良いレストランを予約したんだ、なんて言ってきた。

私はアヤに言われるがままに、その蒼いドレスに着替えた。アヤは、ワインレッドのタイトなやつ。

それから私達は船の上層階にあるレストランで食事をした。

 食事を終えてから、アヤが言いだした。

「なぁ、カジノ行ってみないか?」

「カジノ?」

「うん。アタシ、仲間内で賭け事してたことはあったけどさ、カジノって初めてなんだよ。なんか、行ってみたくってさ」

なんて、ワクワクした表情で言っている。なるほど、このドレスにはそう言う意味もあったんだね。

「いいんじゃない。でも、無駄遣いはダメだからね」

私はアヤがそんなことをするとは思わないけど、熱くなっちゃうところがあるから、そう釘を刺しておいた。

もちろんだよ、って、アヤは笑ってた。
 

542: 2014/01/05(日) 02:39:36.95 ID:5R2fFzhgo

 それから、エレベータで中層階のカジノへと向かった。

入り口で無料のカクテルを貰って、カウンターで現金をチップに監禁する。

アヤは一握りのチップを手でもてあそびながらあたりをくるっと見回した。

「なにするの?」

私が聞いてみたら、アヤは

「決まってんじゃん」

とニヤっと笑って言いきった。決まってる、って…ま、まさか、アヤ、あなた…!

 私がそのことに気が付いて、アヤに声を掛けようと思ったときには、

アヤはすでにお目当てを見つけて、私の手を引いて歩き出していた。

 アヤの歩いて行く先には大きなテーブルがあって、ディーラーがカードを配っている。やっぱり、か…

 「アタシもやらせてくれよ」

アヤがそう言って空いていたイスに座る。男性のディーラーがコクっとうなずいてアヤにもカードを配った。

でも、2枚だけだ。あれ、このテーブル、ポーカーじゃないのかな?

「アヤ、ポーカーじゃないの?」

私が聞いたら、アヤは自分の座っていたスツールを半分開けて、私を座らせてから

「ポーカーだよ。これはテキサスホールデムってルールなんだ」

って教えてくれる、けど、なに、それ?

 私は聞きなれない言葉に思わず首をかしげてしまった。そしたら、それを見たアヤは苦笑いで

「ほら、ここに2枚カードがあって、あっち。テーブルには5枚カードが伏せてあるだろ?」

と、テーブルの上を指差す。確かにそこには、カードが伏せた状態で並んでいる。

「この二枚のカードと、あそこにある5枚の内の何枚かを使って役を作るんだよ。

 あそこに伏せてあるカードを表にしていくたびに、ベットしていくんだ」

アヤはそう説明してくれた。なるほど、そうやってカードをめくっていくごとに賭けたり降りたりして、駆け引きをしていくんだね。
 

543: 2014/01/05(日) 02:40:04.59 ID:5R2fFzhgo

私がアヤの説明で納得していたら、隣に座っていたタキシード姿のオジさんが声を掛けてきた。

「ははは、お嬢さんは、カジノは初めてですかな?」

「ええ、私は」

そう言ってアヤを見る。アヤも高らかに笑って

「いやぁ、アタシもルール知ってるだけで、ちゃんとしたところでやるのは初めてなんだよ。お手柔らかに頼むな」

なんて言っている。もう、そんなこと言って、ずるいんだから…

「女が賭け事なんてするもんじゃない。痛い目見る前に、とっととやめときな」

今度は、はす向かいに座っていた中年の柄の悪そうなオジさんが言ってくる。

こんな安い挑発に乗るようなアヤじゃないし、そもそも、これはもう勝負、なんかじゃないんだよ…

本当に、アヤにとっては遊びでしかないんだろうな。

「あはは。まぁまぁ、そう言わずに、少しだけ遊ばせてよ」

アヤは至って余裕だ。まぁ、当然だけど、さ。

「ふむ、では、次はワシからだな」

タキシードのオジサンの隣に座っていた高齢の男の人が、口ひげを手で撫でながらそんなことを言って、チップを何枚かテーブルに積んだ。

それを見たタキシードのオジサンはにんまりと笑って同じだけのチップをテーブルに置く。

アヤは二人の倍のチップをテーブルに積む。大した額ではないんだろうけど、ちょっとびっくりした。

アヤの手に握られているのは、スペードのキングとクラブの8。

この二枚だけで、最初は先のことを想定しておかなきゃいけないんだ…

「これだけで賭けなきゃいけないなんて、難しいね」

「だろう?そこがおもしろいんだよ」

私が言ったら、アヤがそう返事をして笑った。それから、全員がベットを終えて、伏せられたカードの3枚がめくられる。

ダイヤのジャックに、スペードのエースに、ダイヤの8だ。あ、ペアになったね。

 カードがめくられた瞬間、テーブルについていた人たちが一斉に、ふーん、と鼻を鳴らして考え込んだ。

ここから駆け引きが本格的になるんだな…私は、対して緊張もせずにそれを眺めていた。

だって、どの人がどんなカードを持ってるか、なんて、おおそよ見当が付いちゃうんだもん。

レオナとマライアとロビンとレベッカと遊ぶときなんかは、ホントにもう、脳が疲れちゃって大変なんだから。

 チラっと見たアヤは一人一人の顔を見て、ニヤニヤと笑っている。

もう、この力は、遠く離れた人と心を繋げておくためのものだ、ってレオナは言ってたのに。こんなことに使ってたら、怒られるよ?

 そんな私の気もしらないで、アヤは賭け金をどんどん吊り上げて行って、

最終的にドンと賭けてそれに乗ってきた柄の悪いオジサンから結構な量のチップを巻き上げていた。

それから、3回勝負して、内2回は途中で降りて、最後の1回は最初ほどじゃないにしろ、また勝ってチップを貰っていた。

ゲームを終えて席を立ったときには、アヤがカウンターで支払って買ったチップが、5倍くらいになっていた。
 

544: 2014/01/05(日) 02:40:51.48 ID:5R2fFzhgo

 「あはは、こりゃぁ、ボロ儲けだな」

なんて笑うアヤの肩口を私はペシっと引っぱたいてやった。まったく、こんなこと、ダメだよ!

って言おうと思ったら、アヤはすぐに

「ごめんごめん、ちょっと魔がさしてさ…ほら、マライアにこんな機会作ってもらえたんだし、お土産奮発しないとと思って、な」

なんて言って謝ってきた。

「そんなお金でお土産買ってったって、マライア喜ばないと思うよ?」

いや、マライアはアヤと私からのお土産だ、って言ったら、

たぶん、天井を突き破るくらいに飛び跳ねて喜ぶだろうけど…まぁ、ほら、アヤに釘をさしておかないと、ね。

「そっかなぁ?まぁ、確かに、あんまり、まっとうな金ではないけどな…」

アヤは私の言葉を聞いて、しょぼくれる。あ、そこまでへこむとは思ってなかった…なんか、悪いことしたかな…?

でも、ギャンブルにハマったりなんかしたらいけないから、これくらいは言っておいた方がいいよね、うん。

まぁ、アヤがそんなことにハマったりすることはないとおもうけどさ。

「ま、そのお金は、私とアヤの夕飯、ってことで、マライアには浮いた分で何かしてあげればいいんじゃないかな」

私がそう言ってあげたら、アヤはまた笑顔を取り戻して、そうだな!って言ってくれた。

うん、やっぱりアヤには、その笑顔が似合うね。

 私達はチップを換金して、そのお金でショッピングモール内のワインショップでちょっと高いシャンパンを買って、部屋に戻った。

ルームサービスで軽食を頼んで、買ってきたシャンパンで乾杯する。

 「そう言えば、オーストラリアからの船で、アイナさん達に会ったんだよね」

チーズの乗ったクラッカーを食べながら私が言うと、アヤはシャンパンを飲んでから

「そうそう!あれはびっくりしたよなぁ、ほんと。あ、最初のケンカしたのも、この航路だったよな」

なんて声を上げた。

 そうだ、アイナさんを、連邦のスパイ狩りと勘違いして、アヤが私を身を挺して守ろうとして、私はそれに怒って、部屋で怒鳴り合いになったっけ。

必氏だったもんな、あのときは。今考えれば、ちょっとした笑い話だけど、でも、あれ、嬉しかったな。

守ってくれるって言ってもらえて、守る、って言えて…。

 そんなことを思い出して、私は思わず、笑顔になっていた。

もう10年か…あのときから、私達の“旅”は始まったんだよね。

そう思うと、やっぱり、こうして二人で船で旅をしているのも感慨深い。

 来てよかったな…私は、心のそこから、そんなことを思っていた。

 なんて思っていたら、不意にどこかで電子音がした。

これ、PDAの呼び出し音だ。
 

545: 2014/01/05(日) 02:41:30.11 ID:5R2fFzhgo

「ん、アタシのだ」

アヤがそう言って、ベッドの上に投げてあったポーチからPDAを取り出した。画面を見て、ニヤっと笑う。

「誰?」

「マライア。なんかあったかな?」

私が聞いたら、アヤは嬉しそうにそう答えて、電話口に出た。

「マライアか?どうした?こっちは楽しんでるぞ!ありがとうな!…おい、なんだよ?え?平気だけど…?

 おい、待て、落ち着けって、どうした?なにかあったのか?え?レナ?レナも一緒だけど…?」

アヤが電話でマライアと話しながら私を見つめてくる。どうしたんだろう?なにか、トラブルでもあったのかな?

マライアが焦ってるの…?

「あぁ、うん、ちょっと待て」

アヤはそう言っていったんPDAをテーブルに置いて、持って来ていたトランクから、小さなポーチを引っ張り出して、

さらにその中から、イヤホンを出してきてPDAにつなぎ、片方を私に差し出してきた。

 私は、アヤに言われるがままに、イヤホンを片耳に付ける。アヤももう片方を耳に付けて、電話口に話しかけた。

「マライア、繋いだぞ」

<あ、レナさん!?聞こえる!?>

マライアの声が聞こえる。焦っている、って言うより、緊張しているような、そんな声色だ…

「マライア、どうしたの?」

私が思わずそう聞いていた。

 そしらたマライアは、声のトーンを落として、言った。

<いい、アヤさん、レナさん、落ち着いて聞いてね。たぶん、レナさんがジオンから来た、って言うのがバレた。

 ペンションに移民局の役人が来て、危うく連行されそうになったから、

 ぶん殴って、ロビンとレベッカをレオナとマリオンと連れて逃げてきた。

 たぶん、家宅捜索されて、レナさん達の行先も割れてる。その船、気を付けて。

 もう、監視の人間が乗り込んでいるかもしれない>

  

555: 2014/01/10(金) 02:34:01.95 ID:+yJVe1O8o


 翌朝、私達は、朝食を摂るために中層階のレストランにいた。

アヤは、昨日の夜からビンビンに能力を研ぎ澄ませてあたりを警戒している。私にしてもそうだ。

この船に、連邦の移民局のエージェントが乗り込んでいる可能性は高いだろう。

そうは言っても、こちらがそれに気付いたってことがバレたら、実力行使に出てくるかもしれない。

ここはひとまず、東南アジアに着くまでは大人しくしておいた方がいい。

 マライアの話によれば、移民局が私のことを嗅ぎ付けたのは、

アルベルトの情報操作がどこからか漏洩したからかもしれない、ってことだった。

アヤはそれを聞いて顔を苦痛にゆがめた。

「あいつは、尋問されようが、アタシ達のことは喋らない。そう言うやつだ。

 でも、あいつの身に何かあったのは確実だろう…逮捕されたか、あるいは…」

アヤがそう言って言葉を濁したのが、辛かった。アヤは、最悪を想定している。

その可能性は決して低くはないように感じられた。

彼だって、アヤの“家族”だ。万が一のことなんて起こってほしくなんかはないけれど…。

 マライアは、レオナやロビン達を連れて、ルーカスに用意してもらった隠れ家に身を寄せている、って話だった。

場所は、盗聴の可能性を考えて話題にはでなかった。あっちは、マライアとレオナがいるから、きっと大丈夫。

心配なのは、同じようにアルベルトに戸籍をデッチ上げてもらった、シロー達やシイナさん、ユーリさん一家だ。

そっちは、マライアとルーカスで段階的にうまく保護を進めているらしい。

アルバ島のみんなととシロー達のことは任せて、アヤさんレナさんは、自分の身だけを守って、

とマライアは鬼気迫る口調で言ってきた。

 そんなだから、私も食事が進まない。昨日までの幸せな船旅から一転、これじゃぁ、10年前と同じ。

休まることのない逃亡生活が始まってしまったのかもしれない。私たちのことは、まぁいい。

慣れてる、と言ったらおかしいけど、アヤと一緒なら、どこまでだって逃げ切れる。

だけど、今の私達には守りたい人たちがいる。

その人たちが手の届かないところで戦っているかもしれないんだ、と思うと、正直、気が気じゃない。

 ふぅ、とアヤが、オレンジジュースをあおってため息を吐いた。気持ち、分かる。

息がつまりそうだよね…私のそんな気持ちを感じ取ってくれたのかアヤは、私の顔を見て苦笑いを浮かべた。

「それにしても、東南アジア、か」

「そうだね。あと、3日…とりあえず、そこまでは大人しくしておかないとね」

私とアヤはそう言い合って、また、どちらともなくため息を吐いた。
 

556: 2014/01/10(金) 02:34:30.86 ID:+yJVe1O8o

 マライアは、私達がこれからとるべき行動についても、アヤのラップトップコンピュータへのメッセージで指示をくれた。

この船は、東南アジアからインド洋に出る航路に入る。

もともと、そこで私達は一度下船して、ニホンを経由して北米に向かう航路を取る船に乗り換える予定になっていた。

下船してすぐにそっちの船に乗るスケジュールのはずだったんだけど、マライアは追手を警戒して、

一泊ホテルに泊まるように手筈を整えてくれていた。

そのホテルに、小包を送っておくから、着いたらまずそれを確認してほしい、って言ってきた。

 電話を切ってからアヤがボリボリ頭を掻いて

「マライア、すっかり立派になっちゃったよなぁ…頼もしいんだけど、なんか寂しいよ」

なんて言ってたのにはさすがに笑っちゃったけど。

 食事を終えた私達は、ショッピングモールの中でコンピュータの部品を少しと、

それから、工具類を買って部屋に戻った。

 アヤは、部屋のドアを閉めるやいなや、買ってきた工具と自分のカバンから取り出した配線やらワイヤーを使って、なにかの作業を始める。

「なにしてるの?」

「あぁ、一応、センサーとトラップを作っておこうかと思って。

 ベランダと、部屋のドアのセンサーが反応したら、トラップが起動する仕組みだ」

アヤはそう言いながら、電源に刺すプラグから引っ張った配線の先に、コンピュータの部品を付けて、

それをまた別の部品と繋いで、そこから伸ばした配線をドアノブに括り付けた。

ふぅん、これは、なんとなく仕組みがわかりそう。

「電源の電流を、ノブに流すの?」

「お、正解!」

私が聞いたら、アヤはなんだか嬉しそうにそう言った。

「ドアを無理に開けようとしたら、警報と一緒にノブに通電する仕掛けだ。

 寝てる間だけでも仕掛けておけば、安心できるだろ?」

その表情がなんだかあんまりにも場違いな感じがして、私も思わず笑ってしまった。

アヤ、あの頃となんにも変ってないな。こんなときだっていうのに、笑顔を忘れないんだ。
 

557: 2014/01/10(金) 02:34:58.30 ID:+yJVe1O8o

それから、私もアヤの作った装置の取り付けを手伝った。今はまだ状況が分からない。

東南アジアに着くまでは私達には隠れて待つことしかできないのだから、焦っても仕方ない。

今はとにかくあの時のような無茶をせずに大人しくしていよう。

あのときはアイナさんだったから良かったけど、今回は明らかに連邦政府の役人か、

調査機関の人間だって言うのはマライアからの情報で分かっているんだ。

 私は、アヤと居れば、大丈夫。

アヤのことを私が守って、アヤが私を守ってくれれば、私達はどんなことだって乗り越えられる。

ロビンとレオナも、マライアとレベッカ、マリオンが居てくれれば、危険を察知して逃げ切れるくらい、簡単なことだ。

シイナさんやユーリさん達もも、マライアからの情報とハロルドさん達オメガ隊が援護してくれるはず。

心配なのはアイナさん達だな…東南アジアに着いたら、すぐに連絡を入れてみよう。

マライアがなんとかしてくれる、って言ってくれてたけど、うまく行ってるかな…アイナさん、気を付けてね…

 私は、作業を終えてアヤと一緒に座ったソファーでそんなことを考えていた。


 

558: 2014/01/10(金) 02:35:46.85 ID:+yJVe1O8o






 「着けられては、なさそうだな」

東南アジアで船を降りた私達は、港町の大通りを歩いていた。

多種多様な人種に年齢に性別の人たちが大勢行きかっている。

私とアヤは、トランクを引きながら、それこそ、かすかな気配すら漏らさないように、神経を研ぎ澄ませながら移動していた。

 あれからは、ほとんど部屋から出ず、食事やなんかもルームサービスで済ませた。

あんな豪華な船に乗ったのに、それをちゃんと楽しめないなんて、ってすこしは思ったけど、

それでも、10年前の話をあれこれ、あの航路でアヤとするのもそれはそれで楽しかったけど、ね。

 船の中で、私達はかすかに監視らしい気配を感じ取っていた。

それは、本当に遠くから慎重に私達を“見ている”様な感覚で、直接その監視役の姿を見ることはできなかった。

まぁ、もしどこの誰がそんなことをしているかまで特定出来ちゃったら、

アヤ、また、威力偵察、とか言いかねないから、そうはならなくって良かったのかもしれないけど。

 私達は何事もなく、ホテルに辿り着いた。ホテルは思っていた以上にきれいな外観と内装で、作りもしっかりしていた。

これなら、もしものときには立てこもるくらいのことはできるかもしれないな。

少なくとも、こんな人通りの多い場所で、お客さんも多そうなホテルだし、無茶なことをしてくるとは思えなかった。

 「あー、ダブルの部屋を頼みたいんだけど、空き、あるかな?」

アヤがフロントにそう確認する。すると、若い男のフロントが

「畏まりました。グレードはいかがなさいますか?」

と、うやうやしくアヤに聞き返した。

「一泊寄って行くだけだから、スタンダードなのでいいや」

アヤが言うと、彼は手元のコンピュータを操作して

「それでは、303号室へご案内します」

と返事をした。

「あぁ、いや、自分たちで行くからいいよ。キーだけ頂戴」

「よろしいですか?恐れ入ります、それでは、こちらがお部屋のキーになります。

 料金はお支払の方はいかがいたしますか?」

「あー、っと、待って」

アヤはそう言いながらポケットから財布を引っ張り出して、その中から抜き出したカードをフロントに手渡した。

そのカードで支払いを終えて、アヤがキーを取ってエレベータへ向かおうとする。

私は、そのあとを追おうとして、はたとマライアの電話のことを思い出した。

「アヤ、荷物」

私がそう声を掛けたらアヤは振り返って、ああ、そうか、って顔をしてフロントに

「なぁ、アンナ・ヘルザー宛てに、ここに小包が届いてると思うんだけど、来てないかな?」

と聞いた。

「お荷物ですか?少々お待ちください、確認いたします」

フロントはそう言ってカウンターの奥へと消えて行った。しばらくして戻ってきた彼は手に小さな荷物を抱えていた。

私は、10年前にアルベルトに作ってもらったIDを見せて、その荷物を受け取る。

それから二人でエレベータに乗って3階の部屋へと向かった。
  

559: 2014/01/10(金) 02:36:42.59 ID:+yJVe1O8o

 3階へとたどり着いた私とアヤはトランクを引いて部屋に入った。部屋は、一般的なダブルルーム。

大きなベッドが一つに、小さなダイニングテーブルとイス、ソファのセットに、小さな壁掛けのテレビなんかがある。

 トランクを置いて、冷蔵庫から水を取り出してそれを代わる代わる飲んで気持ちを落ち着けてから私達は、

さっそく受付で引き取った小包を開けた。

中にはクッション材がいっぱいに詰まっていて、それをどけたらその奥から黒い袋が出てきた。

アヤがそれを慎重に手にとって中を確認する。

そこにもクッション材が詰まってて、それを引っ張り出したら、

袋の中からは消音装置付きの小型拳銃が2丁と、PDAが入っていた。

拳銃が必要かもしれない状況ではあるんだよね…不思議と、それほど追い詰められている、って感じはしないんだけど…。

私が拳銃を手にとって弾装と機関部を確認してたら、アヤが今度は小包の箱の中から封筒を見つけて取り出していた。

カサカサと音を立てて中身を取り出して、私にも見えるように広げてくれる。それは、マライアからの手紙だった。

「アヤさんへ。盗聴と探知の妨害装置を取り付けたPDAを送ります。

 以後は、下に書いておいたあたしの方のPDAに連絡してね。

 シイナさん達とユーリさん達は無事にあたしたちのところに逃げてこれたよ。

 シローのところには、25日現在、ルーカスが到着したって連絡があったから、

 たぶん、明日か明後日にはあたしと合流できると思う。」

私は、その一文を読んで、とりあえず一息、ふう、と吐いた。

とりあえず、シイナさん達とシロー達が大丈夫そうで、よかった。

私達だったらいざ知らず、シイナさん達にユーリさん達やアイナさんに何かあったんじゃ、

私とアヤはそのまま行き先を変えて助けにいくつもりだったからね。リスクは負わないにこしたことはない。

アヤのためにも、アヤを守る、私にとっても…。

 手紙にはまだ、続きがあった。

「今後の予定だけど、たぶん、しばらくは地球からは離れた方がいいと思う。

 キャリフォルニアにシャトルを準備させるから、それに乗って、マーク達の居るコロニーに逃げておこうと思う。

 追っ手を巻く案は、これを書いている段階では検討してるところだから、ちょっと待ってね。

 とりあえず、このPDAを受け取ったら、私に電話かけてね。 マライアより 」

 キャリフォルニアの打ち上げ基地…今は、あそこには、軍の宇宙基地だけじゃなくて、民間船の打ち上げ施設もある。

この間、マライアとルーカスがシャトルで飛び立った、あの場所だ。あそこに辿り着けば、宇宙へ出られる。

地球の、アルバ島のあの空や海から離れなきゃならないのは寂しいけど、

でも、大切なのは、みんなで一緒にいること、だ。

みんな無事でありさえすれば、またペンションにも戻ってこれるかもしれない。

今は、その可能性を信じてとにかく逃げるしかない。

 そんなことを思っている間に、アヤがマライアから送られて来たPDAにイヤホンをさして、電話をかけ始めた。

こないだと同じように、片方のイヤホンをして、私もアヤの座っていたイスの傍に立った。

 ブツッと音がした。
 

560: 2014/01/10(金) 02:37:09.82 ID:+yJVe1O8o

「アヤさん?」

マライアの声だ。

「あぁ、アタシだ。こっちは無事に東南アジアまで辿り着いた。あんたが送ってくれた小包もちゃんと受け取れたぞ」

「そっか…よかった!」

アヤの言葉に、マライアの安堵の声が聞こえてくる。

「マライア、そっちは大丈夫なの?」

私は、そういえば手紙にそのことが書いていなかったのが気になって、マライアに聞いた。

「あぁ、レナさんも!無事でよかった…こっちは全然平気だよ、今のところ。

 今は、隊長にお願いして北米に潜伏している。

 キャリフォルニアからはまだちょっと距離があるんだけど、来週にはベイカーズフィールドまで出てみるつもり。

 あとは、アヤさんたちとタイミングを合わせて、シャトルの打ち上げ場で合流して、宇宙へ逃げられると思う」

「他のみんなも?」

「うん。シイナさんのところとユーリさんのところは先週末に合流できたよ。

 ルーカスが、今、シローたちを連れて北米に向かってきてる。

 もしかしたら、二人はニホン辺りでレナさんたちと一緒になれるかもしれない…」

「そっか…まぁ、そこは無理して合流しようとしても返って危険かもしれない。

 でもお互いになにかあったときのために、フォローできる位置にはいるんだってのは共有しておきたいな」

「うん、了解。ルーカスのほうにはあたしから伝えとくね」

アヤの言葉に、マライアは明るく返事をした。あと、マライアに聞いて置かなきゃいけないこと、は…

そう私が考えていたら、アヤがマライアに聞いた。

「追手を巻く方法、ってのは、考え付いたか?」

「あぁ、うん。それなんだけどね、隊長に10年前の話を聞いて、

 同じような手が使えないかなと思っていろいろ考えてたら、フレートさんが手を貸してくれるみたい」

「フレートが?」

アヤがマライアの言葉にそう疑問を返している。確かに、フレートさんが助けてくれる、って、

いったいなにをどうするつもりんなんだろう?
 

561: 2014/01/10(金) 02:38:32.77 ID:+yJVe1O8o

「うん。ニホンのヒロシマってところに、アナハイム社の極東生産工場があってね。

 そこの飛行機を、キャリフォルニアのアナハイム社のモビルスーツ工場に届けて欲しいんだ。アナハイム社の社員として」

「なるほど…今回は軍用機じゃなくて、民間機を使う、ってわけか」

「まぁ、アナハイム社だから、機体選びはこっちの自由になるけどね。

 あの会社、戦闘機だって手がけてないわけじゃないし。機体の選定は、こっちで手筈を整えておくよ。

 アヤさん、10年前に泊まったホテルって、覚えてる?」

 10年前の、二ホンでのホテル、覚えてる…シロー達とドアンの島から渡って来て泊まったあのホテルのことだ。

「うん、覚えてるよ」

アヤの代わりに私は答えた。

「今、フレートさんに頼んでるところだけど、そのホテルに今度は、アナハイム社のIDを送るから、それを使って、

 その工場で作った飛行機に、緊急でってことで、キャリフォルニアまで乗って行く…」

そうか…私達は、ニホンから先、北米へ至るにも船での移動ってことに、最初のスケジュールではなっている。

でも、そこへ飛行機で、しかもアナハイム社の工場から直接飛ぶことが出来る…追手はそれで巻ける可能性は高い。

捕まってしまう前に宇宙へ飛び出すには、それが一番、確実な方法…!

「うん、良い案だと思う。まさか10年経っても同じ作戦でキャリフォルニアへ向かうなんて思ってもみなかったけどな」

アヤがそんなことを言って笑う。確かに、そうだな…移民局に追われるなんて、

全然、そんなことを楽しんでいる余裕があるはずはないのに、私もどこかで、

それを楽しんでいるような気持ちすらあるように思えた。

本当に、10年前のあのときと同じだ。

太平洋を時計回りに回って、最後は、飛行機でキャリフォルニアの打ち上げ施設を目指す…

そう思ったら、思いで話じゃなくって、まるで本当に10年前にタイムスリップしたような、そんな感じすら覚えていた。
  

562: 2014/01/10(金) 02:39:06.78 ID:+yJVe1O8o

そういえば、あのときの私、アヤに対して、どうしたらいいのかって、悩んでたっけな。

大切にしたい、でも、宇宙へ帰らなきゃいけない、って、ずっと葛藤してた。

今回は、一緒になって、宇宙へ飛び出せばいいだけの話だ。簡単な状況じゃないのは分かってるけど、1

0年前に比べたら苦しくも寂しくもない。

だって私には、アヤだけじゃない。地球で出会った、たくさんの“家族”が居るんだ。

その人たちと一緒に逃げるんなら、あの、暗くて果ての無い宇宙でも、きっと私は、怖くないんだろう。

「ん、なに?あぁ、うん、いいよ」

不意に、マライアが電話口でなにかを言ったと思ったら、向こうから違う声がした。

「アヤさん、レナさん、大丈夫?」

レオナの声だ。

「あぁ、レオナ。大丈夫そうでよかったな。ロビンとレベッカはどうしてる?」

「二人とも平気。“旅行みたいだね”なんてのんきなことを言ってるくらいだよ」

レオナの言葉に、私は思わず頬が緩んだ。二人がそう言っている姿が目に浮かぶ。

そんなことを言える元気があれば、大丈夫…きっと、大丈夫!

 私とアヤは、それからもしばらく、マライアやレオナ達と話をしていた。

細かな打ち合わせはほどほどに、あとはまぁ、他愛もないおしゃべりとか、お互いの無事の確認と、

あと、ムチャはしないように、って心配しあったりとか。

 そう、とにかく、私達は、無事にキャリフォルニアに到着しなきゃいけない。

みんなのところへ、家族のところへ、家族の待っている場所へ、私達は帰らなきゃいけないんだ。

私は、話をしながら、そう思っていた。アヤと出会って、10年。こんなにもたくさんの人に出会った。

それは、私の何よりの宝物だ。それを壊されてしまう前に、私達は、宇宙へ逃げるんだ。

ずっとずっとやってきた私たちの戦いと変わらない。これまでも、これからも、やることは一緒だ。

 私は、そんなことを思いながら、話をしつつ、拳銃の弾装と機関部を確認していた。
 

568: 2014/01/13(月) 02:56:55.78 ID:afPzZVFRo

 「レナ、レナ、起きろ」

アヤの声がする。私は、体を揺さぶられて、意識を取り戻した。

昨日の夜、ベッドでごろごろしながら、アヤと話していて、それで…そのまま、寝ちゃったんだ。

「おはよう、アヤ」

私は体を起こしながらアヤに声をかけた。首に腕を回して抱きついて、頬にキスをする。

アヤの腕が私に絡まってきて、ギュッと抱きしめてくれる。私の肩に顔を乗せながら、アヤは言った。

「見張られてる」

え…?私には、一瞬、意味が分からなかった。見張られている…?

そうだ、移民局の…私は寝ぼけた頭が急速に目覚めるのを感じた。

それと同時に、私は感覚を集中させる。聞こえる…これ、息遣い。

こっちを見つめてる潜んだみたいな声…見られてる、また、遠くから、こっちを見てる…!

 瞬間的に体に走った緊張を、アヤがギュッと抱きしめながら、

「大丈夫、まだ、手を出してくるような雰囲気じゃない、落ち着け」

と言って、背中を撫でながらほぐしてくれる。…アヤ、もしかして、寝ないでずっと見張っていたの…?

また、無茶をして…私は、アヤから伝わってくる微かな疲労感を感じ取って、そんなことを思った。

私も、しっかりしなきゃ。今回は、アヤばっかりに負担をかけてたらいけない。

 「アヤ、寝てないの?」

私が聞いたら、アヤはカカカと笑って

「バレた?まぁ、一晩くらい、どうってことない」

なんて言う。

「今夜はちゃんと寝てね。今夜は私が起きてるから」

「まぁ、起きてる必要があるかどうかは分からないけどな」

そう言ったアヤから、なにか、別の気配が感じ取れる。体を離して、アヤの目を見た。

その表情は、いつもの、何かをたくらんでる、あのニヤニヤした笑顔だった。

「どうする気?」

「ん、聞きたい?」

アヤは表情を変えないまんま、私を見つめ返してそう聞いてくる。聞きたいに決まってる。

もちろん、また突拍子もないことなんだろうけど。私がうなずいて見せたら、アヤは声を落として

「なら、とりあえず飯食べよう」

って言いながら、私をベッドから立ち上がらせた。

小さな部屋のダイニングにはすでにルームサービスで頼んだらしいサンドイッチのセットと、

湯気といい香りを立ち上らせているコーヒーが並べられていた。

 テーブルについて、熱いコーヒーのカップに口をつける。ん、このコーヒー、おいしい。

なんだかパッと気分が明るくなって、アヤの顔を見たら、アヤもすこしびっくりした表情をしていて

「いい豆使ってるみたいだ。これ、お土産で買ってったら、マライア喜ぶだろうな」

なんて言って笑う。銘柄さえ分かれば、うちのペンションでも仕入れて見たいな!

あ、でも、ペンションに帰れるかは、正直、今のところはわからない、か…。

でも、うん、おいしい。あとでフロントに聞いてみようかな。
 

569: 2014/01/13(月) 02:57:23.75 ID:afPzZVFRo

「それで、さっきの続きだけど、巻けそうな案があるんだ?」

サンドイッチをほおばりながら、私はアヤにもう一度聞いた。

アヤは、ポットからマグに、コーヒーのお代わりを入れながら

「あぁ、うん。荷物だけニホンに向かう船に載せてもらって、アタシたちは、ほら、これ、こっちの船に乗り込む」

と説明する。

それから、コーヒーを入れ終えてポットを置いたその手で小さなパンフレットを取って、テーブルの上に広げた。

アヤはその一角を指差す。そこには、私たちの乗る予定の船とは違う航路を行く船があった。

インド洋を抜けて、アフリカの東海岸へと至るコースだ。

「アフリカへ?」

「そう、アフリカに行って、アフリカから大西洋を渡って、アルバに戻る」

え、待って、アヤ。私たちの目指すところは、アルバじゃなくって、北米のキャリフォルニアだよ…?

なんて私が言おうとしてたらアヤはニンマリ笑って

「と、見せかける」

と付け加えた。もう、なによ、驚かせて。私は頬を膨らませて見せてから、その先を促す。

 「このアフリカへ向かう船、アタシらの乗る船の10分前に出港になるんだよ。

 とりあえず、安いチケット買って、身軽にしてこっちへ乗り込んでおく。

 で、乗り込んだら、船尾の、ここ、レジャーボートの発着用のハッチの中に忍び込んで、

 船が出港した瞬間に海へ飛び込んで、もともと乗るはずだったほうへ乗り換える」

アヤはずずっとコーヒーをすすりながらそう説明してくれた。でも、それでうまくいくのかな…?

相手がよっぽどマヌケならうまくいくだろうけど、もし、複数居たりしたら、たちまちに対応されちゃう…

私のそんな心配そうな顔を見たのか、アヤはまたニヤっと笑って

「大丈夫、これは、相手の出方を見る意味もあるんだ。

 これやって対応してくるんなら、相手はそこそこ力を入れて追ってきているか、

 追跡してきてるヤツのスキルが高いと判断できる。

 まぁ、それでも、ニホンからいきなり飛行機に乗っちゃえば、対応なんてできやしないだろうけどな。

 最終的に巻くのは、そこで、だ」

と言ってくれる。まずは、情報の収集と分析、ってわけだ。確かに、そこを怠ったら判断の付けようはない。

移民局のエージェントってマライアは言ってたけど、

どれほどの人数で、どれほどの諜報力を持った集団なのかを知っておくのは、私たちにとっては必要だ。

 こういうところであまり役には立てないのは悔しいけど、でも、それはアヤがちょっと異常なんだ。

いや、アヤが、って言うか、アヤにあれこれ仕込んだ隊長が、の方が正しいかな。

でも、これも私たちの強みだ。私に出来ないことはアヤがやる。アヤに出来ないことを私がやればいい。

そうやって、ずっと守り合って生きてきたんだ。

10年前に逃げていたときとも、これまでペンションでやってきたこととも、さして変わりはない。

私はアヤを信頼して、アヤに助けられて、アヤを助けていけばいい。

そうすれば10年前と同じように必ずあそこに辿り着けるはずだ。
 

570: 2014/01/13(月) 02:57:54.71 ID:afPzZVFRo

 私達は食事を終えて、荷物の整理を済ませた。出航まで時間はまだ3時間ほどある。

私はアヤと一緒に荷物をフロントに持っていって、

チップを弾みながら客室係の人に、荷物をニホンへ向かう船に乗せるためのカウンターに届けてもらえるように頼んだ。

荷物を預けてから、すぐにホテルをチェックアウトした。

部屋にいたときから感じられている“見張られている感じ”はホテルの外に出ても続いていた。

出航まで、あと3時間弱。

私とアヤは、監視の動きを確認するために、あえてホテルから外に出ていた。

ウィンドウショッピングをしながら、その“見られている感覚”をそっと探っていく。

ここで相手の出方や目的なんかを確認をしておくべきだ、と、私達は真剣だ。

「あ、レナ、これ!」

不意に、アヤが店先でそう声を上げた。

「これ、今朝のコーヒーの豆じゃないかな?!」

アヤはまるで世紀の大発見をしたみたいな表情で、店先に出ていた豆の袋を指さしていた。ちょっと訂正。

アヤは、割といつもどおりにどこかお気楽、だ。そんなアヤにどうしたって、クスって笑ってしまう。

「これ、焙煎してあるんだよね?このまま挽けばドリップして飲めるね」

「うん、どうしよう、大きい袋買って行こうか?」

「んー、でも、状況的に荷物を増やすのはどうかなって思うけど…」

店先で私たちが話していたら、店の奥から店員が出てきて私たちに話しかけてきた。

「お買い上げですか?」

「あぁ、今朝まで港通りのホテルに泊まってたんだけど、そこで飲んだコーヒーがおいしくってさ。

 給仕してくれた客室係に聞いたら、この銘柄の豆だって言ってたから、買って行こうかな、って」

アヤがそう話したら、店員さんは、パッと明るい営業スマイルを浮かべて

「あぁ、そうでしたか!この種類は、淹れ方にあまり左右されずに香りと味を楽しんでいただけますからね。

 もし、焙煎やドリップにこだわりがおありでしたら、奥にもうすこしご用意してますけれど」

なんて言って来た。ちょっと興味はあったけど…奥へ通されるのは、あんまりうまくない、よね。

その瞬間に表に人数集められちゃったら、押し込まれてさすがのアヤでも、突破できるか分からない。

上着の下にしまっている、消音装置付きの拳銃は、まだ、使いたくはないから、ね…。

「そうなんだ?じゃぁ、ちょっとお邪魔しようかな」

なんて言ったアヤを私は引き止めた。チラッとアヤの目を見やって、

「ほら、船の時間になっちゃう。私の靴屋さんに付き合ってくれるって約束でしょ?」

なんて言ってみた。そんな約束はしてないけど、まぁ、アヤなら分かってくれるでしょ?

アヤは、ハッとして

「あぁ、そうだった、悪い悪い。ごめんね、お姐さん、アタシ達あんまり時間なかったんだった。

 とりあえず。この豆のこの小さいのを二袋詰めてくれよ」

って話をあわせて、それでも、豆を注文した。まぁ、おいしかったからね。

船の中で飲めたらちょっとうれしいかも。

アヤが料金を払って、袋詰めにしてもらった豆の入ったビニールバッグを受け取ってお店の前をあとにした。
 

571: 2014/01/13(月) 02:58:36.48 ID:afPzZVFRo

 相変わらず、見張られている感覚はなくならない。いや、さっきより、すこし距離が詰まっている…?

近くに来てる気がする…感覚は、一人…いや、二人、いる。なんだろう、これ…。

普通の人とは、違う…ザラっとする、どこか、ゾワゾワとする感じ…

敵意ではないけど、でも、なにか、鋭いトゲトゲした感覚が伝わってくる…

 「レナ」

アヤが私を呼んで、手を握ってきた。

なな、なに、アヤ、いきなりそんな、デートっぽいこと…油断は禁物だよ!

なんていおうとした私は、アヤの顔を見てすぐにそんな考えを改めた。

アヤは珍しく引きつった表情をしていた。

「レナ、この感じは…強化人間だ…!」

強化人間…?連邦やジオンの研究所で洗脳や能力強化手術を受けたって言う、あの?

確か、マリがそうだ、って、レオナが言ってた。

マリからはこんな感覚は受けた事ないから、知らなかったけど…アヤは、知ってたの?

「どうして、分かるの?」

「ほら、レベッカやレナを助けに入った研究所で、アタシ、強化人間ってのとやりあったことがあるんだ。

 あとで聞いたらあいつら、能力だけじゃなくて、身体能力まで強化されてるタイプもいるらしくて、

 アタシが相手にしたのは、その手のやつだった。格闘でアタシが、押されっぱなしだったんだ」

アヤが、近接戦闘で押し負ける…?それ、それって、話に聞くだけで、ヤバいじゃない…

この感じ、普通じゃないとはおもったけど、そんなに、なんだ…

ヤバい、そう、ヤバい、ってことは…私はアヤを見る。

アヤはニっと笑った。

「ヤバいな」

「ヤバいね」

「どうしようか?」

「ヤバいときは、」

「逃げろ、だな!」

私達はそう笑い合って、そのまま大通りを歩いた。途中で路地に入り込んで、すぐにまた別の路地へと曲がる。

また尾踊りに戻って、今度は、港への道のりを歩く。気配が、すこし遠のいた。

こっちを見失ってくれているといいんだけど…

 私達はそのままいったん、ニホンへ向かう船の荷物を預けるカウンターに行って買ったコーヒー豆やら、

本当に行った靴屋で買ったコンバットブーツなんかも預けて、インド洋に抜ける方の船に乗り込んだ。

その船は、私たちがオーストラリアからここへ来た船と同じクラスの船で、お客も多くて比較的紛れやすそうだった。

実際に、見られている感覚はこの船に乗って、急に感じられなくなった。

うまいこと、巻けたのかな…?でも、油断は出来ない。

相手は、強化人間だって、アヤは言っていた。

だとすると、私たちのように“感じ取る”力を持っている可能性がある。

こっちの手もうっすら悟られてる危険性だって考えておかなきゃいけないんだ。
 

572: 2014/01/13(月) 02:59:05.41 ID:afPzZVFRo

 「レナ、気持ちを落ち着けよう。あまり緊張してると、逆に反応されやすい。時間まではなるべく、頭を空っぽに」

「うん、了解。どこかで、お茶でもしようか」

私は深呼吸をしてからアヤにそう言って、船のレストラン街へ向かった。

 それから私達はおしゃれなカフェでコーヒーを飲みながら、私達は時間を待った。

出航まであと30分となったとき、アヤが時計を見やって、

「そろそろ、行こうか」

と、声をかけてきた。

「うん」

と私はうなずいて、料金をテーブルの上において二人で席を立った。

 一度トイレに入って、個室で拳銃を確認する。弾装も、機関部も問題ない。

一度機関部から弾を抜いて、もう一度入れなおして、スライドを戻す。

私だって、アルバでずっとペンションの仕事ばかりをしていたわけじゃない。

アヤに泳ぎを教えてもらったし、戦い方も銃の使い方も、身に付けた。

ペンションを守るために、万が一のときのことを考えたら、使えておいて損はない、

って思ってアヤに頼んで仕込んでもらってある。基本的な取り回しはきっと大丈夫なはずだ。

 銃を上着の下のホルスターにしまって、私達はトイレを出た。

とたんに、またあの気配が感じられる。強く、近くで…!

「レナ、逃げるぞ…!」

「うん!」

私は、瞬間的に胸にこみ上げてきた緊張を押さえつけて早足で歩いた。ザラついた感覚は消えない。

見られている。まだ、まだだ。

 私達は船の大きなホールを抜けて船尾へと向かった。

そこにはレジャーボートを出し入れする大きな水槽があって、

うちの船よりも二まわりほど小さい船が、プカプカと揺れている。

ボートの後ろには大きなハッチがあるけど、あれ、開けるわけには行かない、よね…そう思ってアヤの方を見やる。

アヤは私には目もくれずに、天井を見上げていた。

「よし、レナ、ひとつ上の階へ行こう」

アヤはひとしきり天井を眺めてからそう言った。

私はアヤに連れられて、さっき通ってきたホールにあった階段を目指す。

 「落ち着けよ、レナ…」

アヤが、私にそう話しかけてきた。それもそのはず、あの感覚がどんどん近づいてきていたからだった。

人ごみで、どの人かは分からないけど、すぐ、近くに居る…!
 

573: 2014/01/13(月) 02:59:33.80 ID:afPzZVFRo

 不意に私を、アヤが壁際に押しやってきた。

まるで、あのとき、アイナさんから私を身を挺して守ろうとした行動のようだったけど、

私はそうではないってことを感じ取っていた。

これは、“アタシが目隠しになるから、相手を確認しろ”ってことだ。

アヤは口では何も言わなかったけど、目で、じっと私を見て、そう伝えてきているように感じられた。

私は、アヤの体に抱きつくみたいにしがみついて肩越しに周囲を観察する。

感覚を頼りに、緩んだ紐を引っ張っていくみたいに、少しずつこの感じをかもし出している人物を探していく。

人々が行き交う中で、私の視線は、ある一点に止まった。

それは、ホールの隅に設置してあった休憩所のベンチだった。

そこに、一人の男が座っている。

こっちを見ずに、膝の上に置いたタブレットコンピュータに目を落としては居るけど、

確かに、この気配はあの男から感じられる。

 「レナ、居たか?」

「見つけた。タブレットコンピュータ持って、ベンチに座ってる男」

私はそうアヤに告げながら体勢を入れ替えた。すぐにアヤから

「確認した…あいつだ、かなりの圧を感じるな…ヤバそうなヤツだな…」

と苦々しい口調の言葉が聞こえる。相手が強化人間、ってことをは、こっちも感覚を消していく必要があるけど、

そんなの、“周波数を合わされてる”私達には中々出来ることじゃない。

気配を消すのは誰かの気配を感じ取ることよりも訓練と慣れがいる。

それでなくたって、集中的にマークされちゃってるんだ。微かな部分を辿られたって、不思議じゃない。

「逃げ切れるかな…」

「まぁ、ここで絶対に巻かなきゃいけない、ってわけじゃない…でも、相手が相手だ。何か、仕掛けてみるか…」

「仕掛ける、って、まさか、攻撃するつもりじゃないよね?」

すこしだけ心配になって聞いたらアヤは笑って

「いや、そうじゃない。なにか、策を、さ」

と体を離して私を見た。

 不意に。ボーっと、音がした。気的だ。船が出港するんだ。

ここであまりのんびりしてると、降り損なうし、本来の船にも、乗り損ないそうだ。アヤ、なにか考え付いてるの?

 私は、再度アヤの顔を見る。アヤは、渋い顔をしながら、

「まぁ、ありきたりの、安い撹乱だけど、ね」

なんていって、すぐそばを歩いていた船内の警備員を捕まえて、言った。

「なぁ、あいつ、あそこのベンチに座ってるやつ、どうも挙動がおかしいんだよ。

 さっき、電話で爆弾がなんとか、って話もしてたし…ちょっと、調べてみたほうがいいと思うんだ」

「爆弾、ですか?」

「うん、電話で言ってた。あ、ほら、こっちに気付いて、立ち上がったぞ」

見たら、ベンチに座っていた男はいそいそと立ち上がって人ごみに紛れようとしているのか、

私たちから遠ざかる方へと歩いていこうとする。

「ご協力に感謝します、緊急時には、他の船員の指示に従ってください」

警備員はそう言い残すと、小声で無線に何かをしゃべりかけながら、人ごみの中へと消えていった。
 

574: 2014/01/13(月) 03:00:03.97 ID:afPzZVFRo

 確かに、おっぱらうにはいい口実だけど、相手が連邦のエージェントだっていうなら、

すぐに危険ではない、ってバレちゃうだろう。でも、この隙に私達はここから抜け出せる。

警備員を見送ったアヤは、私の手を引いて走って階段を上った。私も送れずにアヤについていく。

1つ上の階まで上がった私達は、そのまま“STAFFONLY”と書かれたドアに飛び込んだ。

アヤ、さっき天井を見上げていたけど、ここが目的だったの?

「アヤ、ここから先は?」

私が聞いたらアヤはニコっと笑って

「ここは、後部ハッチの点検口にまで続いてるはずなんだ。

 そこまで行ったら、船がスラスターだけの、スクリューを回す前に海に飛び込んでおかないと、

 巻き込まれちゃったらシャレになんないからな」

って言って、薄暗い細い廊下を走っていく。

やがて通路の突き当たりに、「レジャーゾーンハッチ点検口」と書かれた扉が見えた。

アヤがその扉に飛びついて、密閉扉を開け放った。

その先に見えたのは、青い空と、青い海。

 次の瞬間、アヤの手が私の肩を叩いた。

うん、ためらってる暇なんてない!

私は、アヤと同時に、点検用の通路の柵に脚を掛けて海へと飛び込んだ。

 ゴボゴボっと言う水音に包まれながら、海中で水を蹴って、浮かび上がる。

巨大な船は、バウスラスターを使って、また、堤防から離れている最中だった。

「レナ、埠頭を回った向こう側にあがろう、ここだと人目につく」

アヤがプカプカ浮きながらそう言ってくる。

「うん!」

私も浮かんだままそう返事をした。でも、アヤ…埠頭って、あそこのことだよね?

け、結構、距離、あるよね…?私、せいぜい100メートルが限界だと思うんだけど…

もしもの時は、助けてくれるよね?

 私のそんな不安を汲み取ってくれたのかアヤは私の体に腕を回して、

「ほら、行こう!」

って泳ぎだした。

 ふと、また、10年前に、釣りのあとに一緒に海へ飛び込んだことを思い出していた。

あれはふざけてだったけどさ。あのときも、こんな気持ちだったな、なんて、私はそんなことを思っていた。

 

581: 2014/01/14(火) 01:04:38.40 ID:cavlO5Buo
>>576
感謝!
ゼータはバウでリハビリが済んでからにしますー

>>577
感謝!!

>>マライアゼータ
マライアはマライアです!マラとか言わないであげて!w



てなわけで、続きです。

 

582: 2014/01/14(火) 02:53:05.74 ID:cavlO5Buo


 「レナ、聞こえるか?」

「うん、感度良好!」

フクオカの港についてから2日後、

私達はヒロシマと言うところにあるアナハイムエレクトロニクス社の実機試験場の滑走路の上に居た。

 乗っているのは、アナハイム社製の高速偵察機。

見たことのない機体だったけど、アヤに言わせると、昔連邦が使っていた偵察機のモデルの流れを汲んでいるらしかった。

とにかく、座席は複座の二人乗りで、10年前の戦闘機とは違って席は横に並んでいる。

無線が聞こえるかの確認なんて要らないくらいだ。もちろん、操縦はアヤ。

私の席は、どうやら機体下部に付いている偵察用の高感度カメラを操作するための席のようで、

目の前には予備の操縦桿や計器のほかに、レーダーとも違う大きなモニターが付いている。

カメラの映像がここに写るんだろう。まぁ、今回は、前回のレーダー以上にやることなんてない。

眠っててもいいくらいだ。アヤに任せっきりってわけにはいかないから、そんなことはしないけどね。

でも、飛行機の操縦が出来るわけじゃないしこればっかりは出来て話し相手になるくらいだ。

まぁ、アヤはそれでも喜んでくれるんだろうけどね。

 東南アジアで海に飛び込んで船を乗り換えてからは、あのベンチに座っていた男を見かけることもなく、

見られている感じもしなくなった。

どうやらうまく撒けたみたいで、すこしだけ安心して、このニホンまでの船では過ごすことが出来た。

オーストラリアからの船に比べたら、クルーザーってよりはフェリーって雰囲気でランクが落ちたなとは思ったけど、

でも部屋はきれいだったし、なにも豪華じゃなきゃイヤっていうわけじゃない。

10年前のことを思い出すんだったら、あれくらいの方がいいってものだ。

 <こちら、クレ試験場完成室。アークバード、滑走路への進入を許可する>

「こちらアークバード、了解、管制室」

アヤは無線にそう答えて、スロットルのレバーを押し込んだ。

後方でエンジンのうなる音が聞こえてきて、機体がゆっくりとエプロンを離れて滑走路へと向かっていく。

 私は、シートベルトを確認して、離陸に備えた。

 機体が滑走路に入って、停止した。

「こちら、アークバード。管制室、離陸可能位置に到達した」

<了解した。アークバード。Cleared for takeoff>

「了解、離陸する」

無線を交わしたアヤは、もう一度スロットルを、今度は前に目一杯に押し込んだ。

ギュゥゥと言う甲高いエンジン音とともに、機体が弾かれるように動き出した。

体がGでシートに押し付けられる。

クッと顎を引いてそれに耐えようとしていたら、ふわっと言う感覚があって、機体が宙に浮いた。

アヤがすぐさま計器を弄って、車輪を格納させて、高度を上げる。

「こちら、アークバード。離陸完了」

<管制室、了解した。良いフライトを!>

「感謝する」

アヤはそう返事をして無線を切った。
 

583: 2014/01/14(火) 02:53:34.65 ID:cavlO5Buo

 機体が、高度1万メートルを超えたところでアヤは機体を水平にして、オートパイロットのスイッチを入れた。

それから、被っていたノーマルスーツのヘルメットを抜いて、ふぅ、と大きく息をつく。

それから私を見やって

「レナも脱いで大丈夫だぞ。今回は、戦闘があるってわけじゃないしな」

なんて、相変わらずにそう言ってきた。でも、まぁ、確かにそうかもしれない。

あの、移民局のエージェントは、何も私たちを頃したいわけじゃないんだ。

逮捕して拘留するか、あるいは宇宙へ放り出すかのいずれか。

ううん、その前に、他に不法移民者を知っているだろう、吐け、なんてことにもなりそうだな。

まぁ、もしそうなっても、なんにも話さないけど。

マライアが無事なら、万が一掴まったって、きっとなんとかしてくれる。

大事なのは、ムチャして怪我したり、氏んじゃったりしないこと、それだけだ。

 私はアヤがそう言ってくれたので、ヘルメットを脱いだ。息をついて、キャノピーの外を眺める。

あの日見たのと同じ、きれいな青い空と白い雲の海の景色が広がっている。

あれからなんどか飛行機には乗ったけど、そのたびに、この景色の雄大さに感動してしまう。

本当に、すごいんだ。

 「やっぱり、いい景色だね」

私が言ったら、アヤは声を上げて笑った。それから

「この機体、もっと上昇できるんだよ。それこそ、いつか言ったみたいに、地球と宇宙の間くらいまでな」

なんて言ってきた。地球と、宇宙の間まで…私は、アヤのその言葉にやっぱりすこしだけ、恐怖を感じた。

宇宙空間のあの感覚はどうしたって慣れない。

「遠慮しておくよ。好きじゃないんだ、宇宙」

私が答えたら、アヤはやっぱり笑った。知ってて聞いたくせに、意地悪なんだから。

そうは思いながら、私もアヤに笑顔を返した。

それからすこししてアヤは、なんだかニヤニヤした顔して私を見つめてきた。

まぁ、なにを考えてるかなんて、この距離で、この状況なら、イヤでも分かっちゃう。

最近、いつも調子狂わされっぱなしだ、なんていってたけど、その仕返しでもしたいのかもな。

こんな状況になってから、アヤが私をいちいちからかってくる。

こんな状況だから、それも気持ちを和ませて過剰に緊張しないように気をつけている部分もあるんだろうけど、

10年前と同じで、余裕のあるアヤに戻ったみたいで、嬉しいんだか悔しいんだか、私は変な気持ちになっていた。
 

584: 2014/01/14(火) 02:54:16.50 ID:cavlO5Buo

「確か、あんときはレナ、ここで泣いてたよなぁ、私をさらってくれよ、って」

「私そんな言い方してないじゃない!」

「おんなじだろう?私は宇宙に帰ろうとしてるのに、アヤはそれをなんとも思わないの?って言ってたじゃないか」

「そ、それは言葉のあや、ってヤツでしょ!?

 べ、別に無理矢理引き止めて欲しいとか、そういう意味では言ってない!」

「そうだったっけ?いやぁ、知らなかった。新たな真実がわかったなぁ、10年越しで」

アヤはうそぶくようにそう言って、また笑う。

文句を言う代わりにシートベルトを外してアヤの肩口を引っ叩いてやる。

するとアヤは、そんな私の腕を引いて、自分の膝の上に座らせた。

 不意に、アヤから何かが伝わってきた。これ、この感じ…アヤ、寂しいの…?

私は、とっさにアヤの顔を見やった。アヤは、微かに目を潤ませていた。

すこしびっくりしたけど、でも、私はアヤの頬に手を当てて、こぼれそうになった涙をぬぐって上げた。

「どうしたの?」

それから、改まって聞いてみる。するとアヤは、顔をぶんぶんと横に振って、

「大丈夫だ。少し、寂しいな、って思っただけ」

と答えた。

「地球を発たなきゃいけないのが?」

「うん…まぁ、そうだ」

アヤはそう返事をして、私の体を抱きしめた。それから、ポツリポツリと話を始める。

 「レナとさ、もう10年も一緒にやってきたペンションと、

 レナと一緒に選んだ船にもう戻れないのかなって思ったら、なんかさ…。

 施設のことは、カレンがやってくれるだろうし、そっちの心配はないんだけど、でも…

 アタシ、あの島好きだったからなぁ。

 市場のおっちゃん達も、果物屋のおばちゃん達も、街の酒屋の姉ちゃんも、

 それから、シャロンちゃんの病院の先生達もそうだし、たまに漁に連れてってくれるあの漁師夫婦とかさ…

 みんな、いい人たちだったんだよなぁ…」

ついに、アヤの目からポロっと涙がこぼれた。寂しいのは、私も同じだよ…アヤ…

私は、そうは思いながらアヤの涙をもう一度ぬぐって、だけど、私はアヤを慰めなかった。

その代わりに言ってあげた。

「弱気なんて、珍しいね。アヤ、私はまだ諦めてないよ。

 みんなで無事に宇宙へ逃げたら、私はまた必ずアルバに戻る方法を探すつもり。

 これで終わりなんかじゃないでしょ。

 アルバでの生活は、ペンションも、船も、全部ひっくるめて、“私たち”の夢だったんだから。

 こんなところで諦めないよ、私は」

それから、両手でペシペシとアヤの両頬を弾いた。

「元気出して」

そう耳元でささやいて、私はアヤを胸に抱きすくめた。アヤの腕が私の腰に回ってギュッと力がこもる。
 

585: 2014/01/14(火) 02:54:46.94 ID:cavlO5Buo

 そりゃぁさ、いつもは自信満々のアヤだって、弱気になることくらいあるよね。

別にそんなことで私は揺らがないから大丈夫だよ…。いつもは、私の方が支えられることが多いもんね。

こんなときくらい、私がアヤを支えてあげないといけないんだ。

そんなことを思いながら、アヤがいつも私やロビン達にするみたいに、ポンポンって頭を撫でて上げる。

アヤは、グスっと鼻を鳴らして、私の胸元にグイグイと顔を押し付けてきた。

なんだか、微かに不純な動機を感じるけど…まぁ、それで元気が出るんなら、安いもの、か。

そう思ったら、クスっと笑ってしまった。それに気がついたアヤが胸の中で私を見上げてくる。

涙のあとはあるけど、もう泣いてなんてない。それどころか、ちょっとニヤついて、その、私の胸に頬をすり寄せている。

「あの、アヤさん?元気になったんなら、離れよっか?」

「いや、アタシ、まだダメだ、元気出ない、出ないなぁ」

アヤはそんなことを言いながら、まぁだ私から離れない。もう、まったく、甘ったれめ…

私はそんなことを思って、ふふっと笑ってから、アヤの首の後ろに腕を回して、そのままギュッと締め上げた。

「ぐ!?いて、いたたた!レナ、痛い、レナさん!分かった、ギブギブ!」

アヤがそう悲鳴を上げたので、私はアヤの頭を解放する。

ほとんど同時に、アヤも私の体を離して私は自分の席へともどった。アヤは、なんかすこしだけ息を荒げながら

「はぁ、びっくりした…」

なんていいながら笑っている。私もそんなアヤを見たらなんだかまた笑ってしまった。

 そうだよ、アヤ。まだ、諦めなくたっていいんだよ。

みんなで無事に地球から逃げて合流したら、今度は私たちが、攻める番。

どんな手を使ってだって、ペンションと船と島を取り返してやる。

たとえそれが連邦政府にケンカを売るようなことになったって、構わない。

私たちの生活を、私達の幸せを壊そうとしたのがどういうことか、とくと味わってもらう必要がある。

 そんなことを思っていたら、アヤが私を抱えて立ち上がって、仮眠用のベッドに押し倒そうとしてきたので、

今度は脳天にチョップをかまして上げた。

フギャっと声を上げたアヤが私を手放したアヤと、私は見つめ合って、どちらからともなく笑い合った。


 

592: 2014/01/14(火) 22:07:47.85 ID:2R5V9iGIo



 それから7時間。私達の乗るアナハイム社製の偵察機は、北米の西海岸に接近していた。

アヤがヘルメットを被りなおして、無線で呼びかけている。

「こちら、アークバード。キャリフォルニア工場、応答せよ」

<こちらキャリフォルニア第二工場。貴機はニホンからの運搬機か?>

「あぁ、そうだ。進入方位を指示してくれ」

<了解した>

 アヤは工場の管制官と何度かやり取りをしてから機体の高度を下げた。

眼下には、いつかみたキャリフォルニアの街並みが見えてくる。

降下作戦以来かな、10年たった今、あの街をこうして見下ろすなんて…

私がそんなことを考えている間に、アヤはまるでブランクなんかないくらいの手際で偵察機を着陸させた。

「ふぅ」

アヤはそうため息をついてから

「あー、誘導に感謝する。この機体はどうすればいい?」

と管制官に指示を仰ぐ。

<4番格納庫へ収納する。エプロンに入って、左から4番目だ>

「了解、そっちへ回す」

アヤはそう言って無線を終えた。

 アヤはそのまま機体を動かして格納庫の前に着けると、エンジンを切ってヘルメットを脱いだ。私もそれにならう。

後ろに積んでおいたトランクを二人で降ろして、私達は地面へと降り立った。

作業服の男たちが近づいてきて、機体の車輪に何かを取り付け始める。

カレンの飛行機にも似たようなものが付いているのを見たことがある。

機体を引っ張るための車を取り付ける装置なんだろう。

 「ご苦労さまです。確かに、機体は受領しました。ここにサインをお願いします」

作業着の男がファイルを片手に、アヤのところにやってきてそう言う。

「ああ、了解。っと、確か、預かった書類があったな…」

アヤはサインをしてから手持ちのカバンにしまってあったヒロシマの試験場で預かった書類を作業員に手渡した。

 私達は“任務”を終えて、アナハイム社の工場を後にした。

「さて…マライアのやつは、もう着いてるんだろうな…」

工場から出て、そこからタクシーで向かった市街地のカフェでお昼を食べながらアヤがそう言い出した。

「どうだろう?あっちも追われているだろうからね…予定通りに着いていてくれれば良いけど…」

私は自分でそんなことを言って少し心配になった。マライアが頼りないわけじゃない。

ううん、彼女ならもしもの時、命を張ってだって、必ずロビン達やレオナ達を守り通す。

だから、心配なんだ。無茶なことをしてなきゃ良いけど…
 

593: 2014/01/14(火) 22:08:29.84 ID:2R5V9iGIo

そんなことを考えていた私の向かいの席のアヤは、ポケットから取り出したPDAでマライアに電話をかけはじめた。

でも、しばらくたっても、アヤは口を開かない。私はその姿をじっと見つめていたけど、少ししてアヤは

「ダメだ」

と発信を止めた。

「繋がらない…トラブってんのかなぁ」

そう呟いたアヤの表情がみるみる暗くなる。私もグッと辛さが胸に込み上げてきら。

マライア…バカなマネだけは絶対にしないでね…もし捕まっても、私とアヤで必ず助け出せる。

変に抵抗してケガでもさせられたり、殺されちゃったりしなきゃ…きっと大丈夫だから…

「まぁ、とりあえず食うもん食って、打ち上げ場の方へ向かっておこう。

 近くまで行って連絡がなけりゃ、探知されるの覚悟でカレンか隊長に連絡してみる。

 何か情報を持ってるかも知れない」

アヤはそう言ってふうと息を吐き、気持ちを切り替えた。

そうだね…今は取り込んでるだけかも知れないし、心配だし、不安だけど…

私達はまず、打ち上げ場のそばにまで行って腰を落ち着けないことには、身動きをとりづらい。

もしマライア達に何かがあったとしたって情報収集も準備もしないままに行動を起こしたら私達まで二の舞だ。

「うん…そうだよね」

私はそう返事をしてとにかくカフェのメニューを開いた。

心配で食事も喉を通らない、なんてかわいげのある感じならよかったけど、残念ながらどうしてこうも、

肝だけは座っているんだか、お腹は空いてしまうんだ。

私はミートソースのパスタを、アヤはピザをラージで頼んだ。

北米のコーヒーはあまり好きじゃないから、アイスティーを飲みながら料理を待った。
 

594: 2014/01/14(火) 22:09:06.87 ID:2R5V9iGIo

 そんなとき、ピリリと音がした。アヤのPDAだ。

アヤが慌ててイヤホンを出して端子に差し込み、二人してそれを耳に付けて、通話ボタンを押す。

「マライアか?」

アヤが言うとすぐに、弱々しい声色の返事が返ってきた。

<あぁ、アヤさん…?そっち、大丈夫…?>

マライア…?どうしたの…?なにか、あったの?!

「おい、あんた、大丈夫か?」

<あぁ、うん、大丈夫、ちょっと寝不足でさ…あっババババ!タン、タン、タン!>

銃声!?まさか、マライア、あなた…!

「マライア、撃たれたの…!?」

私は電話口に叫んだ。

<えへへ…バレちゃった?>

そんな状況でもないのに、マライアは笑った。それから、相変わらず弱々しい口調で言った。

「シローさん達とユーリさん達と合流したところに押し掛けられちゃってね…

 へへ、みんなは無事に逃がせたけど、さすがに守らなきゃいけない人の数が多すぎてヘマしちゃったよ…」

アヤがグッと拳を握った。マライア…あなた、どうして…どうしてそこまでするのよ、バカ!

私は叫びだしそうになりながら

「マライア、今どこにいるの?」

と聞く。

「サンフランシスコの新市街のタワーホテルの、2602号室。でも、助けになんて来ちゃダメだよ…

 アヤさんとレナさんは、レオナ達と合流して打ち上げ場を目指して…」

マライアは息も絶え絶えにそんなことを言ってくる。バカ言わないで…あなたをおいてなんか行けない…!

そう言おうとした私をアヤが手で制止して

「レオナ達はどこにいる?」

と聞いた。アヤ、マライアを、見頃しにする気じゃ、ないよね…?

<今、メッセージで連絡先送るよ…ちゃんと、合流してね…>

ブツっと、電話は一方的に切れた。ブルルっとPDAが震えて、マライアからのメッセージが届く。

そこには電話番号のみが表示されていた。
 

595: 2014/01/14(火) 22:09:45.69 ID:2R5V9iGIo

アヤが画面をタップしてすぐに通話を始める。

<も、もしもし…?>

すぐに、レオナの声が聞こえた。こっちは無事みたいだ。

「レオナ!アタシだ、アヤだ!そっち大丈夫なのか?!」

<えっと、その、うん…大丈夫>

レオナの少し戸惑った声が聞こえる。レオナもマライアのことを知ってるんだ…

撃たれながら、それでもレオナ達を逃がした彼女の姿を見ていないはずが、感じてないはずが、ない。

「レオナ…ロビンとレベッカは大丈夫か?」

<うん、二人とも、元気だよ>

「そっか、よかった…あんた達も、ケガはしてないんだな?」

<私達は、皆無事だよ>

アヤがレオナとそう話をしている。でも、でも、アヤ…アヤ、マライアを助けに行かないと…!

そう思った私をアヤは真剣な表情で見つめてきた。

「分かってる。あいつはアタシの大事な妹分だ。氏なせやしない…!」

アヤから、肌が焼けるんじゃないかって思うくらいに強い感情が伝わって来る。

「レオナ、マライアからこれからの指示は受けてるな?」

<う、うん>

「なら、その通りに動くんだ。アタシとレナはマライアを助けに行く」

アヤは力強くそう言った。彼女の目に迷いはない。

「だから、もし、アタシ達がそっちに戻れなかったら…ロビンとレベッカを、よろしく頼むな…」

ロビンと、レベッカ…私は名前を聞いて、一瞬、目に熱を覚えた。

連邦のニュータイプ研究所に捕らえられたときに感じた恐怖がこみあがってくる。

私が氏んだら…私とアヤ、マライアが氏んだら、ロビンとレベッカがどれだけ悲しむか…

でも、でも、私もアヤも、マライアを放っておくなんて出来ない…

「ごめん、レオナ。生きて戻れるように努力するけど、約束は出来ないかも知れない…

 でも、私達、行かなきゃいけないんだ。二人のことを、お願いね…!」

<待って!レナさん、アヤさん…私、私は…>

レオナが何かを言い掛けたところで、アヤが通話を切った。

もう少し話したかったけど…でも、アヤ、切ってくれてよかった。

決心が鈍ることはなかったけど、でも、あれ以上話をしても、辛さが募るだけ…これで、良かったんだ…。

私は胸が裂けそうな痛みをこらえて、顔を上げた。

そこには、きっと私もおんなじような顔をしてるんだろう、厳しい目付きをした、アヤの顔があった。

「行こう、レナ」

「うん」

私達は、そう言い合ってカフェから飛び出した。
 

596: 2014/01/14(火) 22:11:09.55 ID:2R5V9iGIo

 通りでタクシーを捕まえて、新市街のタワーホテルを目指す。

ホテルはカフェから15分のところにあった。私達は、その15分間をただ黙って過ぎるのを待った。

焦りばかりが心を追いたててくる。私はそれを押し止めるので必氏だった。

ホテルは 、新市街の中でも一際高くそびえる建物だった。

見える箇所はないそうも外装もキラキラときれいに整っている。

私達はホテルのロビーに飛び込んで客室係に2602号室のことを聞く。

「あぁ、セミスイートのお部屋ですね。あちらのエレベーターからお上がりください」

客室係は、私達の剣幕にビックリしながら、でも、そう教えてくれた。

私達はエレベーターに飛び乗って、26階を目指した。

マライアに言われた2602号室はエレベータを降りてすぐのところにあった。

ドアが微かに開いていて、隙間に、軍用のブーツが挟み込まれている。

私はそれを一目見て、分かった。マライアの靴だ。

いつも、アヤと一緒に力仕事をするときに履いていた、ティターンズのだけど、すごく性能が良いんだよ、って言っていたやつ…

マライア…お願い、無事でいて…!私は、胸のうちでそう願わずにはいられなかった。

アヤからも、高ぶる感情が伝わってくる。もう一刻の猶予もない。

罠かも知れないのは分かってる、でもこの先に、撃たれたって言ったマライアがいるかもしれないんだ…行くしか、ない。

私を振り返ってきたアヤと目があった。私は、胸になかに巻き起こる焦りと怒りを抑えながら黙ってうなずく。

それを確認して、アヤが静かに部屋のドアを開けて、ゆっくりと中に踏み込んだ。私も、そのすぐあとに続く。

アヤが、右手前のクローゼットを覗いた。

私は、それを横目に進行方向に銃口を向けてアヤのクリアリングが終わるまで待つ。

「クリア」

アヤが囁くように言った。私は、また頷いて見せて、入り口を入ってまっすぐ続く廊下をゆっくりとすすむ。

今度は、左手にドアがある。

アヤがドアに銃口を向けたので、私がノブを掴んで、ゆっくりとドアを開けて中を覗く。

そこはトイレで、誰かが隠れている気配もない。

「クリア」

私も小声でそう報告をして、二人でさらに先へとすすむ。客室係は、セミスイートの部屋だと言ってた。

この長い廊下はそれを物語っている。

無駄に部屋がたくさんあって、ひとつずつをクリアリングしながらさらに奥へと進む。

焦っちゃダメ…アヤに訓練してもらった通り、ひとつずつ、冷静に、確実に押さえて行かないといけない…

でも、マライアがもしこの先のどこかでひどいケガでもしてたら、一分一秒が生氏に関わる。

焦っても、熱くなっても、ダメ…落ち着いて、落ち着きながら、急がないと…!
 

597: 2014/01/14(火) 22:11:39.61 ID:2R5V9iGIo

 私達はようやく廊下の突き当たりにあるドアへとたどり着いた。

この先はリビング?それとも、また別の廊下…?

アヤがノブに手をかけて銃を構えながらゆっくりとドアを開けた。

隙間から今度は私が銃口を向けて、先の様子を確認する。

気配はない…アヤ、一気に行くの?

 私は、アヤの気配を感じ取った。行く気だ…!

アヤがドアを思い切り押し込んで、自分もドアの向こうへと飛び出す。

私も遅れないようアヤの後ろについて部屋へと踏み込んだ。そこは、リビングだった。

テーブルセットに、ソファーに、大きな液晶テレビにとキッチンまである。

敵の姿はない…いや、マライアの姿すらない。

 部屋には争った形跡なんてなくて、あるのは、テーブルの上に置かれたワインとグラスが二つに、

部屋中のあらゆるところに付けられている、色紙で作った飾りくらい。

まるで、これからここで誕生パーティでもするみたいな部屋だ。

いったい、どうなってるの?部屋を間違えたの?それともマライア、上手く逃げたか…あるいは、もうあいつらに…

 そんなことを思っていたら、アヤがテーブルの上にあった名刺のように小さな紙を手にとって見つめた。

そしたら、今まで構えていた拳銃を降ろした。同時に大きくため息をついて、脱力するようにイスに腰掛けた。

「ア、アヤ、どうしたの?」

私は、アヤの予想外の行動に戸惑って思わずそう聞いていた。アヤはまた、大きくため息をついてから

「これ」

と言って、持っていた小さな紙片を私につき出して見せた。これが、なんだって言うの…?

私は戸惑いながら、それでも周囲を警戒しつつ、その紙片に目を走らせた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アヤさん、レナさん、

    結婚10執念おめでとう!

             マライア
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



え?

なに、これ、どういうこと?どういう意味…?ど、どうしてこんなメモが、ここに?

あのエージェントの計画か、それとも…何かの暗号…?

マライアが、私達に何かメッセージを残そうとしたの…?

いや、でも…待って 、なんなの…?

 私は、混乱した頭を整理したくて、アヤを見た。アヤは、ぐったりした顔でポツリと言った。

「ハメられた」

ハメられた…?私達が?誰に?やっぱり、これは罠…?

私達を追跡してた連中が先回りして…でも、この部屋と、このメッセージは、何?

一体、どんな意味があるって言うの?
 

598: 2014/01/14(火) 22:16:32.62 ID:2R5V9iGIo


BGMです、PCの人はこれを掛けてつつ続きをご覧ください。
www.youtube.com/watch?v=f63Fo4BZMDA

599: 2014/01/14(火) 22:17:02.71 ID:2R5V9iGIo





 不意にどこからか音が聞こえだした。ハッして拳銃を構える。

でも、それは物音なんかじゃなくて音楽だった。


―――10years after、10年後のあなたを見つめてみたい


stay together、そのとき、きっと、傍で微笑んでいたいーーー


この曲…私が昔、良く歌ってた…そう思った瞬間、パッとテレビが光って映像が写し出された。

それは私達の写真だった。

それも、アヤと出会って、ベイカーズフィールドでカメラを買ってから、私が撮った写真だ。

ベイカーズフィールドで撮った写真、フ口リダのでした船の進水式、クリスと騒いだ時の写真に、

ペンションを手に入れたときのも、アヤの誕生会も、シロー達と撮ったのも、レオナとレベッカ達が来てからのも…

オメガ隊やレイピア隊のみんな、シイナさん、ユーリさん達と一緒に撮ったやつまで…

私の…私達の 、思い出の写真達だ…

パッと画面が切り替わって、ペンションが写し出された。

<3、2、1、スタート>

<アヤさん、レナさん、結婚10年目、おめでとう!みんなのアイドル、マライア・アトウッドだよ♪>

<引っ込め!>

<黙れ!>

<バカやってないで進めろー!>

<え、ちょ?!ひどくない!?あたし台本通りにやってるだけなのに!>

マライアだ…周りから聞こえた野次は…隊長とダリルさんと、フレートの声…?

<ドキドキの船旅は満喫してもらえたかな?楽しんでもらえてたら嬉しいな!

 さて、ここで今回の計画の外部協力者をご紹介します、どうぞ!

 あぁ、もう、ほら、ジークくんもうちょっと愛想良くしてよね?!>

テレビの中のマライアはそう言いながら、フレームの外から見知らぬ二人を自分の隣に引っ張り込んだ。

見知らぬ…?ううん、この人…この男の方…!東南アジアの船の中で私達に視線を送っていた…あの男だ…!

私は、そこでようやく意味が分かった。アヤが言った、ハメられた、っていうのは、その、つまり…

私達は、マライアに踊らされて…!
 

600: 2014/01/14(火) 22:17:43.90 ID:2R5V9iGIo

<今回のドキドキ10年ぶりの逃避行計画は追っ手がいないと盛り上がらないってことでえ~、じゃん!

 こちら!小型のビデオカメラです!これを持ったジークくんとレイラちゃんにアヤさんレナさんを追跡しながら、

 二人の思い出を撮影してもらうことにしました~!

 ではでは、早速、二人の撮影してくれたビデオで旅をプレイバックしてみてね!

 部屋についたら料理が届くようにするから、お酒と美味しい夕食と、それからビデオと夜景でも見ながら楽しんでね!

 それではあたしもこれからいろいろ下準備があるのでこれにて失礼します!

 たった今、アヤさんレナさんを空港で見送ったマライア・アトウッドがお送りいたしましたー!>

プツっと、映像が切り替わった。

そこには、オーストラリアへ向かう豪華客船に乗り込もうとしている私とアヤが、

ニコニコ笑顔で、船のタラップを上っている場面が写し出された…

 全部…全部、計画されてたんだ…私達の情報が漏れたってことも、追っ手も、移民局のエージェントっていうのも、

マライアがこの部屋で撃たれた、っていうのも、全部…嘘!

マライア、これをするためにずっと私達にありもしない情報を流し続けて、ありもしない状況をでっち上げたんだ…!

 私は体が震えるのを感じた。胸のうちから激しい感情がこみあがって来る。

私は、それを抑えきれずに、アヤに言った。

「アヤ、マライアに、電話」

「え?あぁ、えっと、うん」

映像に見入っていたアヤはPDAを取り出してマライアに電話をかけ始めた。

そのとたん、テレビのすぐ脇にあった小さな戸棚から、ピリリリと言う呼び出し音と共にゴソゴソモゾモゾと言う音が聞こえ出す。

まさか、と思って、私は拳銃を手にその戸棚に手をかけて開けてみた。

「ふぎゃっ」

そう、悲鳴とともに中から何かが転がり出てきた。何かが、って言うか、まぁ、マライアなんだけど…

「あ、へ、へへへ…そ、その、時間がなくてどうしてもビデオをうまいタイミングで流すシステム組めなくってね…

 だから、その…マニュアル操作で…」

マライアはバツが悪そうに苦笑いでそう言いながら、そそくさと立ち上がった。それから

「お、お邪魔しました!その、えっと、楽しんでね!」

ときびすを返して部屋から出ていこうとする。

「マライア、待って」

そんなマライアを私は呼び止めた。マライアはピタッとその場で止まってポリポリ頭をかきながら

「いや、レナさん、今日は二人でゆっくりしててよ…その、お礼とかは別にいらないからさ…」

なんて照れ笑いを浮かべた。



頭の中で、バツン、と 何かが弾けた。


 

601: 2014/01/14(火) 22:18:14.54 ID:2R5V9iGIo

私は、抑え込んでいた感情を爆発させてマライアにとびかかった。

胸ぐらをつかんで拳銃を投げ捨てた右手を振り上げる。

「このバカ!どれだけ心配したと思ってんの?!ふざけるのも、大概にしなさい!」

振り上げた右腕を叩きつけようと思った瞬間、手首をガシッっとなにかに捕まれた。

アヤが私の腕を、優しく捕まえていた。でも、私の怒りはおさまらない。

もっとなにか言ってやりたい、そう思ってキッとマライアを睨み付けた。

そしたら、マライアは、目に涙をいっぱいに溜めて

「ごめんなさい…でも、だって…違うもん…違うんだもん…」

って、ブルブル体を震わせながら言ってくる。なに、いいわけをしようって言うの!?

胸ぐらを掴む手に力を込めて、マライアの首元を締め上げる。マライアはついに目から涙を溢して言った。

「隊長がやろうって…だから、それで、あたしは…ひぐっ…ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、レナさん…

 えぐっ、ごめん、ごめんなさい…」

最後の方は言葉にならないで、マライアはまるで子どもみたいに大声で泣きわめき出してしまった。

そんなマライアの様子に、私は我にかえって、呆然としてしまう。

そんな私の肩を抱いて、アヤが、耳元で囁いてくれた。

「怒っていい。さすがにこれは、マライアが悪い」



 

616: 2014/01/16(木) 02:22:45.91 ID:BPt7w8Tao

「だぁ…すまなかったな、レナさん」

隊長が代表してレナにそう謝っている。レナは苦笑いで

「気持ちは嬉しいんですけど、ちょっと行き過ぎでした」

なんて言った。そんなレナの膝を枕にマライアは泣きつかれて寝息を立てていた。

アタシ達はあれから、マライアをなだめすかして話を聞いた。

そしたら、みんなこのホテルに部屋を取ってる、と言うので、とりあえずアタシが一人でレオナのところに行った。

ロビンとレベッカはニコニコしてアタシ達に

「旅行はどうだった?」

とか

「レオナママ達と水族館っていうとことに行ったんだよ」

とか楽しそうにしてるので、アタシも楽しかったよ、ありがとうって言ってやった。

二人にはまだわからないだろうしな。

 それとは正反対に、レオナはすっかり凹んでいた。話を聞いたら、レオナは最後まで反対したらしかった。

でも、隊長やダリルに押しきられて協力することになったんだって言う。

マライアが撃たれた、って話を聞いてからすぐに電話をしたレオナは、

アタシ達に本当のことを言おうとしてくれたらしい。

でも、動転してたアタシ達はレオナのそんな様子には気づけなかった。

 マリオンは、この事に疑問を感じつつでも、そう言うものかな、と思って口を出さなかったと言う。

マリオンは隊長達をまだよく知らないし、仕方ないよな。

レオナとマリオンを慰めて、アタシは二人をレナのところに連れてって話をさせた。

レナはいつも通りに優しく笑って、

「もう、いたずらもほどほどにしてよね」

なんて、言ってやってた。

 それから今度は他の連中も集めて、今、だ。

隊長め、アタシだけを引っ掛けるならまだ笑ってすむかもしれなかったけど、レナのことは予想外だったみたいだ。

「なんだ、そう言うことだったのかい」

ワインのグラスを傾けながら、ユージェニーさんが呆れてる。

この手のイタズラをユージェニーさんは絶対に諾とはしない。

こりゃぁ、このあと隊長は個別で説教だな…うぅ、考えたら寒気がしてきた…でも、まぁ、ザマ見ろってんだ。

アタシは良いけど、レナを怒らせた分はしっかり反省してほしいもんだな。

 結局のところ、マライアとレオナがアタシ達に旅行でも行って来なよ、って言ってきたところから隊長の計画は始まってたんだ。

オーストラリア行きの船に乗るときにはすでにあのジークって見張り役が先回りしてて、

オーストラリアから東南アジアへ向かう航路でマライアの話を聞いたアタシ達が感覚を総動員してジーク達を感じとることも、

撃たれた、でも先に逃げて、とアタシ達に言えば、絶対に助けにここへ来るだろうってことまで、全部お見通しだった、ってワケだ。

そりゃぁ、隊長にダリルとマライアがセットになったら、いくらアタシだって簡単に踊らされるよな。

隊にいた頃はダリルに良くこの手のイタズラは掛けられてたから、

アタシ達は、あぁ、またか、悔しいなって感想くらいしか沸かなかったけど、レナはそうじゃないもんな。
  

617: 2014/01/16(木) 02:24:21.85 ID:BPt7w8Tao

 まぁ、でも、とにかく。

みんなが危険じゃなかったんだ、って言うのと、明日になればいつもみたいにペンションに帰って大好きな海と船と、

レナにロビンにレベッカ、レオナとマリオンと、シイナさん達にユーリさん達、あとカレンにデリクにソフィアに 、

施設の連中やシャロンちゃんと、今まで通りに暮らしていけるんだ、って思ったら、本当に安心しちゃって、ちょっと泣けた。

 その晩、ロビンとレベッカに、レオナとマリオンに、

あと、相変わらず寝こけているマライアもこのセミスイートに泊まることになっているんだ、とレオナに聞かされた。

マライアめ、こんな良い部屋、誰よりも自分が泊まってみたかったに違いない。

だから、こんなにベッドがいくつもある部屋なんだな。

本当にアタシとレナを祝うって意味合いももちろんあったんだろうけど。

ロビンとレベッカは、昼間動物園にも行ったらしく、隊長達と騒いだらすぐに疲れたみたいで、

眠そうな目をこすりながら眠い、というので、アタシが一緒に風呂に入って、

クイーンサイズのベッドに二人を寝かせてやった。

レオナとマリオンも、それにずっとくっついていたらしくて、早々に眠そうになっている。

アタシもレナも疲れているはずなのに、あの脱力するようなドッキリをバラされてからは頭がどうかしちゃったみたいで、

最初はレオナとマリオンも交えて話をしてたけど、二人が寝ちゃってからも、ジャンパンを開けながら話し込んでいた。

 酒の肴は、デリバリーで頼んだピザと、それから、マライアのカラバ時代の知り合いだっていう、

ジークとレイラってのが撮ってくれたあのビデオだ。

 オーストラリアに行く船じゃ、もうワクワクだったよね、なんて言ったり、

ジークの姿を確認するときに壁に持たれて抱き合ってたアタシ達はこれ、完全に挙動不審だよな、とか、

コーヒー豆を売っている店の前でのやり取りを見て、

あぁ、そういえば、明日の朝、あの豆でコーヒー淹れてみようか、ドリップするやつあったかな、とか、

まぁ本当にそんな他愛もない話だ。

 でも、なんだかそれが楽しくって、嬉しくってアタシもレナも、おしゃべりを止められなかった。

アタシは、といえば、毎日一緒にいるはずのレナなのに、いつも以上に気持ちが弾んでいるように感じられていた。

マライアのおかげなんだろうな、なんて思ってはいたけど、

それを口にするとまたレナがご機嫌を損ねちゃいそうだから黙っといた。

 「そういえばさ、もうひとりのレイラ、って子も、強化人間だって言ってたけど、アヤは彼女の気配は感じてた?」

「いや、全然。あっちの子は、わりとノリノリだった、って言ってたから、

 まぁ、アタシらが敵意とか、変に監視されてる、みたいな感じを受けなかったんだろう。

 あのジークってのから感じたザワザワするのは、

 たぶん『なんで俺がこんなことしなきゃなんないんだ』っていうようなことだったのかもしれないな」

「あぁ、それはありえるよね。楽しいとかって感情は割と他の人たちの中に紛れ込ませやすいからね」
 

618: 2014/01/16(木) 02:25:28.55 ID:BPt7w8Tao

レナとふたりでそう笑っていたら、もう4時間は眠っていたマライアが、突然ムクっと起き上がった。

「あぁ、やっと起きたか。そこは本来、アタシ専用なんだからな。レンタル料払えよ」

アタシはとりあえずそんな軽口をたたいて笑ってやる。でも、マライアは呆けた顔をして、

「あれ、あたし、どうしてたんだっけ…ここ、どこ?」

なんて言い出した。こいつめ、寝ぼけてやがる。

「バカ、あんたが取ったホテルだろう?キャリフォルニアで、アタシらをハメるための」

アタシがそこまで言ったら、マライアの表情がまた引きつった。

それから、すぐ脇にいたレナを見るや、1メートルくらい飛び退いて、床に座り込んで頭を地面にこすり付けだした。

あぁ、なんだっけ、これ、確か、ニホン式の謝罪の仕方なんだよな。

昔、文化を紹介するテレビ番組でみたことある。マライア、なんでそんなこと知ってんだ?

「ごめん、レナさん…あたし、二人をびっくりさせたくて、よろこんで欲しくて、

 計画する自分ばっかりが楽しくなっちゃって、レナさん達がどんな気持ちになるか、って考えてなかった…

 許してとは言えないけど…とにかく、ごめんなさい…」

まったく、謝るくらいならやるなよな、なんて、冷たいことも言えたんだろうけど、

アタシは黙って、レナをみやった。レナはそんなマライアの奇妙な謝罪にクスクスっと笑顔を見せて笑っていた。

 「もういいよ、マライア。仲直りしよう」

レナはそう言って、空いていたグラスにシャンパンを注いでマライアに差し出した。

マライアは顔をあげて、ウルウルした瞳でそのグラスを受けとる。

アタシじゃないんだ、レナがいつまでもしちゃったことを怒ってるわけないだろう?

「怒鳴って、ごめんね。私達のお祝いをしてくれようって思ってくれたのは、本当に嬉しかったよ。ありがとう」

レナがニコっと笑って言う。マライアは、また、ボロボロ涙をこぼしながらそれでも

「うん…ごめんね。ふたりとも、結婚、10周年おめでとう!」

なんて言って、グラスの中身を一気に飲み干した。

それからマライアはレナの座っていたソファーに戻って、擦り寄るようにして腰を下ろす。

マライア、あんた今日は随分とレナにべったりしすぎじゃないのか?

まぁ、別にいいけどさ…いや、良くはないけど、でも、マライアだし、別に、良い…

いや、でも、あぁ…うーん…良い、ような、気がしないでもないような気がするかもしれない、な、うん。うん?

 アタシはそんななんだか複雑な気持ちになりながら、でも、ふたりの様子を眺めていた。

「よかった、嫌われちゃったらどうしようか、ってずっと思ってた」

マライアが体を丸めながらレナに言う。レナはあはは、と笑って

「嫌いになんてなるはずないでしょ?家族だもん。

 悪いことしたり、イヤだと思ったら、それを伝えるし、ときには叱ったり、気持ちをぶつけることはあるけどさ。

 でも、それはどこの家族にだってあることでしょ?それとおんなじだよ。

 心配かけて、しかもそれが、嘘でお遊びだったんだ、なんて、マライアだって、

 ロビンやレベッカがおんなじようなことしたら、やっぱりいけないことだ、って叱るでしょ?」

とマライアの肩を抱いて、ポンポンと叩く。マライアは無言でコクコク頷いて、それから

「あたし、家族で、いいんだ…」

なんて、ポツリ、と言った。
 

619: 2014/01/16(木) 02:27:50.42 ID:BPt7w8Tao

「当たり前じゃない。ほかになんだと思ってたの?」

「えぇ?そりゃぁ、アヤさんの…妹分?」

「あはは、まぁ、そうなんだろうけどね…

 私はね、アヤも、あたなも、ロビンもレベッカも、レオナもマリオンも同じだと思ってるよ。

 それから、離れて暮らしてるアイナさんも、だけど…家族だって、そう思ってる」

レナの言葉に、マライアの目がまた潤んだ。まぁ、レナ、アタシもそれには反論なしだ。

そもそも、マライアはアタシの妹、だしな。

「え、じゃぁさ、例えばあたしがレナさんの子供産みたいって言ったら、卵子くれる?」

「んー、アヤと相談だけど、別にいいよ?」

いやいやいやいや、待て、待ってレナ!今のは聞き捨てならないぞ!

「ちょっと!レナ!レナさん!あんた、それ問題発言だぞ!?」

アタシが声を上げたらレナはクスクス笑って

「なぁに、ヤキモチ?」

なんて言ってくる。

「そ、そうじゃないけど…!」

「じゃぁいいじゃない。みんな家族。差別は良くないと思うんだ」

い、いや、差別とかそうじゃなくって!

アタシとレナとの間に子どもがいるのは、それはアタシ達が結婚したからであって、だから、えっと、つまり、

アタシはその、レナが、えっと、大事で、その、あぁっと、大事にな、パートナーだと思っているわけで、えっと、だから…

「レナさん、優しい…!もう、ケチんぼアヤさんなんて知らない!あたし、レナさんが好き!」

マライアはあろうことか、そんなことを叫んでレナに抱きついた。

レナはレナで、マライアを抱きとめて、アタシがいつもレナにしてやるみたいに頭をポンポン叩いて

「うんうん、ありがとう、私もマライアが好きだよー」

なんて言ってる。

 ダメだ。もう、我慢できない…!

「マライア!その場所はアタシんだ!どけ!」

アタシはグラスをテーブルに置いて、マライアの体をレナから引き離しながらその隙間に体を割り込ませた。そしたら珍しくマライアが反抗的に

「なによ!邪魔しないでよ!あたしとレナさんの愛の語らいを!」

なんて言ってきて、ペシペシアタシをひっぱたいてくる。この!この!!マライアのクセに、生意気だ!

アタシはその手首をひっつかんでひねってやろうとするけど、体勢が悪くてうまくやってやれない。

「あぁ、モテる女は辛いなぁ」

レナはアタシとマライアの下敷きになりながら、そんなことを言って笑っている。

それから、ハッとした顔をして、

「それじゃぁ、こうしよう!私に愛を囁いてくれて、私がキュンとなった方が勝ち!」

なんて言い出した。

 ななななな、何言ってんだレナ!そ、そ、そ、そ、そ、そんなの、アタシに出来るわけないじゃないか!

そう言ってやろうとして、アタシはハッと我に返った。

 違う、これ、アタシ、遊ばれてる…!

レナめ、これ以上アタシの調子を狂わせられると思ったら大間違いなんだからな!
  

620: 2014/01/16(木) 02:28:54.05 ID:BPt7w8Tao

「んじゃぁ、しょうがない。マライア、レナはふたりで共有することにしよう」

「え?なに、そう言うチョイスがあるの?」

「あぁ、レナは懐が広いから、二人を抱えるくらい、ワケない。

 ここはアタシ達二人でレナを喜ばせてやったほうが良いと思うんだ」

「うんうん、いいね。どうするの?」

「レナは、くすぐられるのが好きなんだ。押さえつけられて脇腹くすぐられると、そりゃあもう幸せなんだそうだ」

アタシはそんなこと言いながら、下敷きになっているレナを動けないように押さえつけた。

「そうなんだ!じゃぁ、遠慮なくくすぐってあげないとね!」

「ちょ、え!?アヤ、マライア…!ま、待って!」

「待たない!覚悟しろ!」

「や、や!いやひゃはははははは!」

抵抗するレナを二人で押さえつけて、

アタシはマライアと一緒にレナの脇腹に思いっきり指先を立ててモゾモゾ動かしてやった。

レナがジタバタしながらアタシとマライアの下で大声を出して笑っている。

「ひっ!ひぃぃっ!やめ、やめてっ!うひっ、あはははは!」

なんだかおもしろくなっちゃって、アタシはどんどんコチョコチョをエスカレートさせていく。

そんなとき、バタン、と大きな音がした。

 ちょっとびっくりして振り返ったら、そこには不愉快そうな顔をしたレベッカが居て、こっちをじっと見つめて来ていた。

と思ったら、レベッカは

「なんじだと思ってるの!レナママも母さんもマライアちゃんも!みんなの迷惑でしょ!静かにしなさい!」

と言い捨てて、バタン、とドアを閉めた。

 アタシは、いや、マライアもレナも、だけど、あまりのことに唖然としてしまった。

でも、そのあとで、なんだか可笑しくなって、三人で声を押さえて笑い転げた。

「そういえば、マライア」

アタシはふと思い出したので、マライアにそう声を掛けた。

「ん、なに?アヤさん」

「あんた達、ずっと結婚10周年って言ってたけどさ、10周年なのは、出会ってから10年目で、結婚したのは7年前だぞ?」

「ふぇ!?うそ…?!それ、最悪じゃん!一番やっちゃいけないミスじゃん!うわぁぁ!そうだよ!

 アヤさん達が結婚したのって、シイナさんをアルバに送ったあとじゃん!

 あぁ、なんでそんなことに気が付かないんだ、、あたし!バカ!バカ!!あたしのバカ!」

アタシの話を聞いて、頭を抱えて苦しみだしたマライアを見て、また、アタシとレナは声を上げて笑っちゃった。
 

621: 2014/01/16(木) 02:29:32.05 ID:BPt7w8Tao






 「おーい、レナ!部屋の準備大丈夫そうかな?」

「うん!こっちは平気!レオナ、夕食の準備は間に合いそう?」

「あ、うん!掃除終わったマリオンが手伝ってくれてるから、大丈夫!」

「アヤさん、アヤさん、大変!オンボロから油漏ってる!」

「だぁ!?あいつ、先月メンテしてやったばっかだってのに!

 マライア、油バケツで受けといてくれ、工具持ってすぐ行く!」

「了解!まかせて!」

 あれから一週間して、私達はいつものペンションの日常に戻った。

私は部屋のセッティングを終えて、剥したシーツと枕カバーに、毛布と、それから少しだけ出たゴミを袋に詰めて、

2階の客室から玄関ホールへ降りてきたところだった。

 アヤが階段下の倉庫から工具箱を取り出して外へと駆けて行く。

ホールの方からは、バーベキューソースの焼ける良い匂いがしていた。

今日の献立は、豚肉のステーキと、コンソメのスープにサラダと、

それから珍しく市場に出張ってきてくれてたパン屋のおじいちゃんに安くしてもらったふわふわのバターロールだ。

 これから、遅入りのお客さんを空港に迎えに行くところ、のはずなんだけど、オンボロ号はどうやら体調不良みたい。

困ったな、ワゴンのエレカの方は、充電池取り換えとミッション系の調整で修理工場に見てもらってる、っていうのに。

 私はシーツやなんかをリネン室の洗濯カゴに突っ込んで、ゴミを外のダストボックスに捨てるついでにガレージを覗いた。

アヤがジャッキアップしたオンボロの下に潜り込んで、

傍らのマライアにレンチを取れ、だの、テープが欲しい、だのって言っている。

「アヤ、間に合いそう?」

「あぁ、レナ!ちょっと微妙だな…油止めておくバッキンが相当劣化しちゃってる。

 テープで止めても漏れが止らないようだと、ちょっと危なっかしくて走らせらんない」

私が聞いたら、アヤは車の下からそう声を張り上げて答える。そっか、それは、困ったな…
 

622: 2014/01/16(木) 02:30:15.15 ID:BPt7w8Tao

 「車、動きそう?」

ボソボソって声がしたので振り返ったら、マリオンがガレージの入り口のところに立っていた。

「いやぁ、なんか雲行きあやしいみたい」

私が言ったら、マリオンはうっすらと困った顔になった。これは、代替案を考えておいた方が良いかもしれないね。

「カレンのところに連絡して、会社の車借りれないか聞いてみるよ」

私が言ったら、アヤが相変わらず車の下で

「あぁ、そうだな。こりゃぁ、ちょっと、新しいパッキンないと修理は無理そうだ…

 とりあえず、この漏れてる油を全部抜いとこう。

 マライア、あんた、カレンのところまで走ってって、そのままお客迎えに空港行ってくれないか?

 アタシはこいつをなんとかしちゃいたいからさ」

なんて大声で言っている。

「オッケー、じゃぁ、着替えて行ってくるよ!」

マライアはよれよれに汚れたツナギの作業着姿だから、そうしてくれた方がいいね。

「あ、そうだ。マライア、キッチンに、パン屋のおじいちゃんがおまけしてくれたクロワッサンが入った袋があるから、

 それ、お詫びに、って持って行って」

「うん、任せて!」

マライアはそんなことを言いながら、小走りでガレージから飛び出していった。

 「ちぇ、参ったな、これ。どれだけ漏って来るんだよ?なぁ、このオンボロ買い替えようよ」

「なに言ってんの。この車だけは、絶対に売らないんだからね」

アヤの言葉に私はそう言ってあげた。思い出の品だから、なんて、言わなくても分かってるでしょ!

「もう、物持ちが良いのは悪いことじゃないけどさ…夜のウミホタルの方の準備もしなきゃいけないし…

 参ったな、これはアタシ、夕飯抜きコースだ」

「あとで差し入れ持って来るから、頑張って!」

アヤがぶつくさ言うので、私はそう言って励ましてあげた。と、なにか、強烈な気配がして、私はハッとした。

この感じ、レオナ、だ。なにかあったのかな?

「お塩のストックが、ない…」

ボソボソっとマリオンが言った。ほとんど同時に、私はレオナからのSOSを感じ取っていた。

あぁ、しまった!今朝の買い出しで買わなきゃいけないの、忘れてた!

「ペンション防衛隊、さんじょう!」

「お困りですね!」

私がどうしようかと思ってたら

突然そんなことを叫んで、学校から帰ってきたらしいロビンとレベッカがガレージに駆け込んできた。

「おかえり!」

私は飛びついて来た二人を抱きしめてあげてから、

「ごめん、お願いしていい?」

と聞いてみる。二人はそっくりのニコニコ笑顔で

「大丈夫!」

「任せて、さんぼうちょう!」

って答えてくれた。ホントに助かる!私は二人に紙幣を一枚持たせて、学校からの帰り道にある商店へと送り出した。
 

623: 2014/01/16(木) 02:30:58.86 ID:BPt7w8Tao

 さて、じゃぁ、私達もやることをやりに戻らないと…!私はそう思って、マリオンをみやる。

マリオンはいつものように微かに笑って

「洗濯と、アイロン掛け、ですね」

って分かってくれた。

うん、あれだけは今日中にやっておかないと、明日は大口のお客さん来るから足りなくなっても困るしね!

「行こう、マリオン!アヤ、車お願いね!」

「分かったよ!“思い出の品”だもんな!」

やけっぱち、って感じでアヤが言うので、思わず笑ってしまった。

 こんな何気ない毎日が、私にとっては幸せだ。頼れる人がたくさんいて、困ったときは甘えられて、

辛い時は一緒に泣いてくれて、楽しい時には一緒になって楽しめる、大事な大事な家族たち。

10年前、キャフォルニアに降り立ったときには、こんなこと想像すらしなかったな。

アヤに出会って10年、本当にいろんなことがあった。

楽しことも、幸せなことも、辛いことも、痛いことも本当にたくさん。

家族を失ってしまった私ひとりでは、到底ここまで生きてなんてこれなかったろうな。

アヤと、ロビンとレベッカに、それからアイナさんにシロー、オメガ隊のみんなに、レオナに、シイナさんに、ユーリさん達。

地球に攻め入った私に、こんな幸せが待ってるなんてね…

こんなに嬉しくて幸せなことって、きっと他にはそうそうあるものじゃないんだって、そう思う。

「レナさん、大変!今日、部屋空きないか、って電話!」

「えぇ!?分かった!すぐいくからちょっと待ってもらって!」

お客が増えるの!?夕飯のおかず、材料足りるかな…?!

部屋は今日と明日なら空いてるけど、そっちが心配だな…とりあえず、電話に出ないと!

「マリオン、ごめん、アイロンと洗濯お願い!私、向こうに行ってくる!」

「うん、分かりました」

マリオンがニコっと、優しい笑顔を見せてくれた。

 忙しいしなんだか急なトラブルだらけだけど、でも、今日も今日で、良い天気だ!






 ―――――――――――to be continued to CCA

624: 2014/01/16(木) 02:31:37.72 ID:BPt7w8Tao

以上です!

今回もお読みいただき感謝!
 

632: 2014/01/16(木) 22:58:57.85 ID:71xwyyeq0

引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―