299: 2014/03/23(日) 22:32:51.20 ID:ve3AFPAMo

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つづきですw
 

300: 2014/03/23(日) 22:33:23.46 ID:ve3AFPAMo




 「本当に大丈夫なのね?」

ミリアムが、もう何十回目か分からない質問を、まぁたあたしに投げかけてくる。

もう!大丈夫って言ったら、大丈夫なんだって。

「平気だよ。あたし、これでもお偉方には顔が利くんだ。向こうは今回のことの詳細を知りたいって思ってるんだろう
から、そこに付け入ればこっちの要求も通せるだろうし」

あたしはそう言ってあげる。

まぁ、ミリアムとしては、姫様の処遇も気になるだろうから、こうもしつこく聞いてきてるんだ、

ってのは分かってる。心配性なところはホントに変わらないよね、なんて言おうとして、やめた。

今回のことに関して言えば、ミリアムなんかよりもあたしの方が心配ばっかりしてた気がする。

そこに触れてミリアムをたしなめるのは、なんだか自分自身の居心地が悪くなっちゃいそうだから。

「とりあえず、さ。ミリアムは、プルとメルヴィと一緒に先にアルバに戻っててよ。

 心配してるだろうし、あたし達のことを伝えるって意味でも、直接アヤさん達に言ってくれた方がいいと思うしね」

「うん…」

あたしが言ったら、ミリアムは冴えない表情でそう返事をした。

困ったのは、ミリアムから伝わってくるのが、姫様のことや戦後処理への心配がメインなんじゃなくって、

もう少しあたしと一緒に戦いたかった、って気持ちが真ん中にあることだ。

まともに取り合ってそれを面と向かって言われたら断れなさそうだし、なにより、くすぐったくてたまんない。

それに、地球にプル達を連れて帰るのも大事な役目だよ、うん。だから、そんな顔しないでよ。

「…ん、わがままで、ごめん」

そんなあたしの気持ちを感じ取ったのか、ミリアムは情けない顔をしてそう言ってきた。あー、うぅ、調子狂うな。

いつもみたいにガツガツ絡んで来てよ、もう。そんな顔されたんじゃ、帰れって言いづらいでしょ。

 あたし達は、あの宙域を離脱して、フレートさんのチビアーガマに接続させておいたシャトルで、

今はルオコロニーに来ていた。あたしとミリアムとプルは、コロニーの管理を行っている建物の応接室で、

商会のお偉いさん達の乗ったシャトルが到着するのを待っている。こんなところにいる理由は簡単。

この件にあたしが関わっている、って言う情報が、ブライトくん経由でカラバとルオ商会のお偉いさん達の耳に届いたからだ。

巨大な経済基盤を誇るビスト財団の崩壊が、現実味を帯び始めている。

商会としては、こんな状況、またとないチャンスでもあるし、気をつけなければ崩壊に巻き込まれて共倒れしかねない。

それほどの規模のビスト財団の崩壊に、なにやら、元カラバの諜報員が一枚噛んでいる、

なんてことを聞けば、そりゃぁ呼び出すのも当然だろう。

あたしとしては、多少予測はしていたけど、こんなにも早い召集は思いも依らなかった。

あるいは、ブライトくんが気を効かせてくれたのかもしれない。

姫様達のこともあるし、あまり長い時間放置しておくにはリスクが膨れ上がる危険もあった。

それこそ、ネェル・アーガマが姫様を強引に連れだして連邦政府に引き渡す、なんてことは、

ブライトくんの目の黒いうちはないだろうけど、そこに誰かからの横槍が入ってくる可能性は否定できないもんね。

だけど、その程度の話ならあたし一人でどうとでもなる。

それよりも、あたしは、ミリアムやプルを一刻も早く地球に帰してあげたかった。待ってる人たちもいることだし、ね。
 
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集
301: 2014/03/23(日) 22:33:51.28 ID:ve3AFPAMo

「別に、私一人でもちゃんと帰れるから、ミリアムちゃんも残してあげればいいじゃん」

プルがそんなことを言ってくる。まぁ、それもそうなんだうけどね…

正直、あんまり長いこと連れまわしたら、ルーカスに怒られちゃうんじゃないかな、って言う気持ちもあるんだよ、あたし。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。と、こっちの返事もなしに、ガチャっとドアが開いた。

スーツ姿でガタイの良い男がさっと部屋の中に入ってきたと思ったらそのままドアを支える。

その後ろから、同じくスーツの男達を引き連れた高齢の男性が顔を出した。

 わー!久しぶり!なんて、あたしが感動していたら、さらにその後ろから、見慣れた顔つきの男が二人。

ブライトくんと、カイくんだった。当然といえば当然、なのかもしれないけど…まぁ、来てくれてよかった。

これなら、本題を話すとなっても、あれこれ手を回さなくって良いから、楽できそう。

 「立って」

あたしはミリアムとプルにそう告げた。二人が立ったのを確認して号令を取る。

「敬礼!」

ミリアムは条件反射みたいに、プルは、柄にもなくあわてた様子で、背筋を正して敬礼をした。



「あぁ、堅いのは要らん。まぁ、座んなさい、マライアちゃん」

しわくちゃの笑顔を見せて、彼がそう言ってくれる。

「ありがとう、ウーミンおじいちゃん」

あたしも、おじいちゃんに笑顔を返して、ミリアムとプルに席を勧めて自分も座った。

「ね、誰なの?」

ミリアムが耳打ちしてくる。あぁ、知らないか…あんまり、人前に顔出さないもんね、おじちゃんの方は。

「ルオ・ウーミンさん。ルオ商会の、当主で、最高顧問だよ」

「この人が…あの…!?」

ミリアムか瞬間的に体を堅くする。まぁ、無理もない、か。

ルオ・ウーミン、といえば、ティターンズが活動していた時期、

商会の全権を娘のステファニーに委譲して自分は地下にもぐりアナハイム社と連携してカラバやエゥーゴを支援していた張本人。

ホンコンシティあたりじゃ、彼の名前を出すと、どこからともなく男達がやってきてボコボコにされる、

と言う事件が起こるくらいに、徹底して地下の世界に身を置いて生きてきた人物だ。

そんな噂だけ聞くと怖い、って思われがちなんだけど、あたしは一度だってそう思ったことはない。

同じくエゥーゴを支援していたアナハイム社が接触役に任命していたウォン・リーって幹部と違って、

人間味のあるいいおじいちゃんなんだ。

「おじいちゃん、元気そうで何よりだね」
 

302: 2014/03/23(日) 22:34:19.04 ID:ve3AFPAMo

私が言ってあげたら、ウーミンおじいちゃんはガッハッハと笑って

「もう、あちこちガタが来ておるからな。長くもあるまいが…その割には確かにピンピンしておるわ」

と嬉しそうに言った。

「変なこと言わないでよね。心配になっちゃう」

「そう思うたら、ワシの傍で面倒を見てくれると助かるんじゃがの」

「まぁたまた!あたしなんかより若くてきれいな子を大勢、囲ってるんでしょ?」

「ガッハッハ!さすがにお見通しじゃの!」

うんうん、元気そうだ。これならまだあと10年はいけるね。っと、今は、そんなことより、だ。

「おじいちゃん、紹介するね。あたしの仲間の、ミリアム・アウフバウム元ネオジオン軍大尉と、

 こっちが、プル・パラッシュ。彼女はアクシズで調整された強化人間で、ニュータイプなんだ」

「ミリアム・アウフバウムです」

「プ、プル・パラッシュ、です」

ミリアムとプルがなんだか堅くなって挨拶をする。もう。そんなにならなくったって、大丈夫だってば。

「ほほぅ、なるほどなるほど…こりゃぁ、確かに、いい面構えをしておるな」

「でしょ?あたしに負けず劣らずの美人を揃えてみたよ!」

「これもお見通し、か!」

あたしが口を挟んだら、おじいちゃんはペシっと自分の額をはたいてまた豪快に笑った。

もう、スOベじいさんなところは相変わらずだね。

「あんまり変なこと言ったら、ステファンに言いつけちゃうからね!」

「おいおい、そりゃぁ、ちと度が過ぎやしないかい、マライアちゃんや!」

あたしが言ってあげたら、おじいちゃんは悲鳴を上げてからまた笑う。

 「し、しかし…ネオジオンの大尉だったんだな…」

不意に、傍にいたブライトくんがそんなことを口にした。

あぁ、いけない、ブライトくんたちはちゃんと紹介してないね。

「ごめんごめん、ミリアム、プル。彼は、ブライト・ノア。

 あたしと同い年なんだけど、今や泣く子も黙る、ロンド・ベルの司令官。そっちの彼は、カイ・シデンくん。

 あたしと同じ、カラバの諜報班にいたんだ。

 彼はジャーナリスト、って立場で情報収集をしてるオープンなスパイ。

 仲間内にもほとんど知られてなかったクローズドなあたしとはちょっと役割が違うんだけど、優秀なんだ」

「先の作戦で無線で話をした方ですね…複雑な状況でしたでしょう」

ブライトくんが、ミリアムにそういう。でも、当のミリアムはあっけらかん、としていて

「あぁ、いえ。所属なんてどうでもいいんです。私は、ミネバさまをお守りすることが出来れば、それで」

と言って笑った。

…3年前に、彼に言われてクリス達があたしの連れてたミリアムと姫様を追いかけてた、ってのは、今は内緒にしておこうかな、うん。
 

303: 2014/03/23(日) 22:34:46.25 ID:ve3AFPAMo

「まさかあんたが噛んでるなんてな。分かってたら、そっちに情報をまわすんだったのにな」

「そうでもないよ。ブライトくん経由でくれたアナハイム社と連邦艦隊の動きに関する情報は、助かったし」

カイくんの言葉にそう帰してあげたら、彼はヘヘっとニヒルに笑った。

 「さて、それでは、始めようかの。マライアちゃんや。一体、なにが起こったんじゃな?」

話がひと段落したところで、おじいちゃんはギラリと目つきを変えてそう話を始めた。あぁ、本題に入っちゃったよ。

先に、二人を帰して良いかって、相談したかったのに…

「うん、ちゃんと説明するよ。でも、その前にちょっとだけ、相談したいことがあるんだ」

あたしがそういったら、おじいちゃんは片方の眉をピクリ、と上げてあたしを見た。

ふふ、さすが、もう気がついたみたいだね。まるでニュータイプみたい。

頭が良いと、状況だけでそこまで推測出来ちゃうっていうんだから、正直、本当におじいちゃんをすごいって思えるんだよ。

「交渉、かね?」

「うん、まぁ、そうなるかな。別に悪い話じゃないと思うんだ。聞くだけ聞いてよ」

「ふむ、良かろう」

おじいちゃんは、ワクワクとなんだか楽しそうな表情をしている。

あたしがなにを言い出すのか、どんな出方でおじいちゃんを口説こうとするのか、それを待っているみたいだ。

まるで、若い子とチェスを差すベテランって感じだ。ふふ、楽しませて上げられるといいんだけどな。

 あたしはそんなことを思いながら、おじいちゃんに本題を打ち明けた。

「ミネバ・ザビと他数名の警護員の身柄の保証を、ルオ商会にお願いしたいんだ」

「なっ…!なんだと!?」

聞いた途端に声を上げたのは、ブライトくんだった。

まぁ、そうだろうね…彼女達の身柄は、今はネェル・アーガマにあるんだもん。

だけど、ブライトくん、いくら外郭部隊だから、といって、ロンド・ベルだけで姫様を守れるとは、あたしは思えない。

中央からの通達ひとつで動けなくなっちゃうかも知れない、ってことをあたしは知ってる。

だとしたら、そもそも載せてなかった、と書き換えてもらう方が都合がいい。

あの演説の放送を終えてから、姫様はお付きの人たちとともにルオコロニーを訪れて、保護を求めた。

筋書きはこんなところ、かな。おじいちゃんにはわかるでしょ?これが、どういう意味合いを持っているか、って…。

 

304: 2014/03/23(日) 22:35:17.95 ID:ve3AFPAMo

「ふむ…」

薄いひげを伸ばした顎を触りながら、おじいちゃんはそう唸って、首を捻る。

それもつかの間で、おじいちゃんはすぐに、口を開いた。

「アナハイム社、か」

さっすが!話が早いんだから!

「どういうことです?」

ブライトくんが混乱したようで、そう言っている。

「…ミネバ・ザビの後見を、ジオン共和国でも、連邦政府でもない、ワシとルオ商会がすることで、アナハイム社の肩をもつ、と。

 今回の騒動はアナハイム社の内部にも亀裂を生んだと聞く。加えて、ビスト財団の信用の失墜。

 件の放送を行った彼女はもはや連邦の敵でもジオンの味方でもない。

 一人の、融和主義者として、その理想を広く知らしめることに成功した。

 地球とも、宇宙ともない、人の幸福を説いた彼女を保護することはすなわち、彼女の理想に共鳴する意を示す。

 こと、あのような放送があった直後だ。すくなくとも連邦はこれについてはとやかく言うことは出来んだろう。

 あの演説じゃ。本人がどちらかに身を寄せる、と言うこともあるまいな…。

 彼女の保護を発表し、ルオ商会は、彼女の理想に共感することを表明するとともに、アナハイム社の反財団派へ肩入れする。

 社会的には、方や、エゥーゴの支援をしていたアナハイム社はルオ商会の云わば盟友であり…それに」

「ティターンズと戦い、その後には地球を攻撃してきたネオジオンとも戦った。

 姫様を囲い込むことで、カラバとルオ商会は、連邦政府と言う体勢側でも、

 ジオンをはじめとするスペースノイドの過激派寄りでもない、ただ、平和と発展を望んでいるんだ、

 という大きな意思表示になる。

 これは、アースノイドとスペースノイド、いずれの味方もし、依頼があれば武器を製造し提供するアナハイムとは、

 真逆の生存戦略。アナハイム社よりもはるかに敵を作らず、はるかに広く膨大な数の一般市民へ受け入れられる」

「アナハイム社に肩入れするともなれば、人事権もウチである程度は好きに出来るじゃろうな…。

 そうなれば、反財団派を登用し、これまでの所業とともに財団派を排し、社を健全化させる。

 それに際し、こちらの息のかかる物を登用できれば、アナハイム社の利益の数割はワシらの懐に入る、

 という寸法じゃな」

「そう。それに、アナハイム社もこのままじゃ他社に食い物にされるか自壊するのを待つだけ。

 それなら、盟友のルオ商会に助けてもらった方がよほどいいと思う人たちは少なくはないはず」

「ミネバ・ザビを保護する理由としてはもっともだ…」

おじいちゃんは、下唇を突き出して、相変わらずひげをいじっている。でも、しばらくしてポン、と、膝を叩いた。

「うむ、いいじゃろう。なかなか気が利いておるしのう」

「ホント!?よかった!さっすがおじいちゃん!」

おじいちゃんの言葉にあたしは思わず、パンと手を叩いて喜んでしまった。
 

305: 2014/03/23(日) 22:35:45.29 ID:ve3AFPAMo

「ガッハッハッ!感謝なら、ハグしてくれてもええんじゃぞ?」

「ブッブー!セクハラ、ダメ絶対!」

「まったく、マライアちゃんはつれないのう」

「ステファンに電話しよーっと」

「わ、分かった分かった。まったく…」

あたしとそんなバカ話をしたおじちゃんは、ふっと思い立ったように、脇に突っ立っていた黒服の男に目配せを送った。

すると男は、ササッとPDAを取り出しておじいちゃんに渡す。

「マライアちゃん、1週間ほど、ワシに付き合ってくれやせんかね?あんたがいてくれた方が、何かと話が早そうじゃ」

おじいちゃんはPDAを操作しながらそうあたしに言ってきた。うん、もちろん。最初からそのつもりだよ!

「うん、まかせて」

「うむ。そういうことじゃから、な」

おじちゃんはそう言って、ブライトくんを見やった。うん、そうだね、ブライトくん。

あたしもそう思って、彼を見る。ブライトくんは一瞬呆けた顔をしたけど、次の瞬間にはギクッと体をびくつかせた。

「ネェル・アーガマを、ここへ向かわせろと!?」

「うむ、お主も昔から、理解が早くて助かるわい。いや、もうちょっと考え方が柔軟じゃと、もっと良かったんじゃがなぁ」

「し、しかし…彼女は…」

「ブライト、この二人相手にやりあうのは諦めな。相手が悪すぎる」

カイくんが、援護のつもりなのか、そんなことを言って空笑いをしている。

ブライトくん、たいぶ物腰は柔らかくなったから、まぁ、こんなことも飲んでくれるよね、きっと。

考えてもらえればわかると思うんだ。

これが、たぶん、負けを作らない、なるべく多くの人が少しずつの幸せを分け合える方法だって、あたしは思う。

きっとね、たくさんの戦いを経験してきて、たくさんの人と出会って、

たぶん、たくさんの人たちと氏に別れてきたんだろうブライトくんにも、分かってもらえるって、そう思うんだ。

「ね、ブライトくん、お願い!」

あたしは、誰にも言われたことないけど、自分で思ってる必殺の笑顔で、ブライトくんにそうお願いした。

ま、お願い聞いてくれないようなら、あたしとカラバとルオ商会を敵に回すから、そのつもりでね!

ってのは可哀そうだから言わないでおいてあげた。



 

306: 2014/03/23(日) 22:36:38.45 ID:ve3AFPAMo




「本当に大丈夫なのね?」

ミリアムが、もう何十回目か分からない質問を、まぁたあたしに投げかけてくる。

もう!大丈夫って言ったら、大丈夫なんだって。って、あれ、こんなこと、一昨日も思ったよね?

デジャブじゃないよね?

 そんなことを思ったあたしは、自分の頭をぶんぶん振って思考を入れ替える。

違う違う、今はそんなの、どうだっていい。

 あれから二日後。あたし達はルオコロニーの港に来ていた。

昨日、姫様達を乗せたネェル・アーガマと、それを護衛するロンド・ベル全艦隊がこのコロニーに到着した。

いや、実際近くで見るのは初めてだけど、ロンド・ベル艦隊全部を眺めるのは、さすがに壮観だった。

あんな艦隊を指揮しているブライトくんもすごいの一言に尽きるよね。

 着いて早々、姫様達とルオおじいちゃんとあたしと、あと、商会の他の重役さん達と話し合って、

今後はおおむね、あたしの考え付いた案で行こうってことに落ち着いた。

姫様もそうだけど、ハマーンやナナイさんも、まとめて面倒見れくれる、って言うんだから、

さすがおじいちゃんは一味違う。やっぱり、頼って正解だったなぁ。

「大丈夫だって。おじいちゃん、あたしの言うことは割と汲んでくれるし、ブライトくんも協力してくれてるし、

 表だったことはカイくんがやってくれるし、あたしだっていなくても大丈夫なくらいだけど、

 言いだしっぺだし、一応残る、って感じだからさ」

あたしはそう説明をしてベシベシっとミリアムの頭をはたく。こうでもしないと、納得してくれなさそうだもんな。

まったく、ミリアムのあたし好きにも困ったもんだよ、ほんと。

「来週には、居残り組と一緒に地球に戻るからさ」

「うん」

ミリアムは、なんだか半分泣いてるんじゃないか、って思うくらいの表情をしてそう返事をした。

なんだか、意地らしいっぽく見えてかわいいと思わないこともないけど、いや、でも普段のミリアム知ってるし、

騙されちゃいけない。この子は、こんなことでもない限りは、もっとこう、あたしをイジリ倒してくるんだから。

 「メルヴィ、しばしのお別れですね」

「メルヴィ。あちらの気候にはくれぐれも気を付けてください」

「はい。あちらでお待ちしていますね、姫様、ハマーン」

メルヴィに、姫様とハマーンがそんなことを言っている。

ていうか、ハマーンって、メルヴィと姫様と話すときはすごく上品だよね。

姫様は分かるけど、メルヴィにもそうするのはちょっと不思議。

でも、旧ジオンの中でも有力な政治家の娘さんらしいし、きっと本当は育ちは良いんだろうな。
 

307: 2014/03/23(日) 22:37:16.76 ID:ve3AFPAMo

 「プルも、メルヴィをお願いしますね」

姫様にそうお願いをされたプルは優しい笑顔を見せて

「はい、任せてください、姫様」

なんて、普段はあんまり聞いたことのない敬語を使って返事をしている。プルのそう言うところ、あたし好きなんだよね。

固くなるわけでもなくって、自然にそうやって使い分けられる器用さ、って言うか、場数の豊富さ、って言うか。

なんだか、見ているだけで安心しちゃう。

「アウフバウム。メルヴィは姫様と同じく私にとっては大切な方。どうか、よろしくお願いする」

「はっ…あ、いや…うん、任せて。って、言っても、別になにがあるわけじゃないから、大丈夫」

ハマーンがミリアムに言ったら、ミリアムはケロっとした表情になってそう返事をした。

なんだ、意外に平気なんじゃんか。いや、それはそれで悔しい気がしないでもない気もするよ?

あれ?いやいや、なんでもない、深く考えるのはやめとこう。

 「ま、とにかく、先に行ってのんびりしててよ!」

あたしはそうミリアム達に言った。プルなんて、きっとマリーダ達が待ってると思うからね。

「ね、マライアちゃん、ちゃんとジュドーにも連絡してよ!」

そう思ったのを感じ取ったのか、プルがそんなことを言ってきた。

ジュドーくんは半日ほど前に、ルオコロニーを出港したネェル・アーガマに乗ってグラナダへ向かった。

そこで、妹のなんとか、って子とか、昔の仲間とかと待ち合わせしてるんだって。

合流したら地球に降りる、なんて話をしてたから、だったら島に遊びにおいで、って、そう言ってあげた。

プルも喜ぶだろうし、きっと楽しいよね、うん。

「分かってるよ。ちゃんとあたしの連絡先も渡してるし、あたし達と同じくらいにはアルバに着けるんじゃないかな」


そう返事をしてあげたら、プルは本当に嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、やっぱりあたし自身もゾクゾクっと嬉しい気持ちにさせてくれた。

待っててね、きっとすぐに戻るから、そしたらまた、ぱぁっとみんなで騒ごうね。

ふふ、アルバ島も、どんどん人が増えて行くね…

幸せを分け合える仲間が、こんなにたくさんになるだなんて、最初の頃のアヤさん達は、思ってもみなかっただろうな…。

アヤさんとレナさん、メルヴィがアルバに来るのだって賛成だったもんね。

きっと、大勢で移住したって、なんにも言わないどころか、きっと喜ぶだろうな。

二人の笑顔は、仲間が多ければ多いほど、明るく輝くんだって言うのをあたしは知ってる。

そんなこと考えたら、あたしも早く地球に戻りたくなってきた。だって、さ。

やっぱりね、あたしの幸せはあそこにあるんだもん。大事な大事な、あたしの宝物が、ね!


 

318: 2014/04/04(金) 20:18:11.28 ID:Dzv8GF1Jo




 空模様が怪しい。ハリケーンが発生した、って話で、

今夜にはここも暴風域に巻き込まれる、って予報がテレビから流れていた。

朝はあんなに晴れていたのに、今は風も強いし、どんよりとした雲がものすごい速さで走っている。

まだ雨は降って来てないけれど、それも時間の問題かもしれない。

 私は、部屋で身支度を整えて、リビングに出た。

そこにはもう、マリとマリーダに、それから施設での授業が終わって戻ってきていたママが準備を終えて私を待っていてくれた。

「ごめん、お待たせ」

私が言ったら、マリが笑って

「ううん、まだアヤちゃん迎えに来てくれてないし、大丈夫。お茶してたんだ」

と言って、マグを掲げて見せてくれる。そう言えば、リビングには紅茶の良い匂いが香っていた。

マリーダがソーサーに添えられてるビスケットをかじっては幸せそうな表情で笑っている。

うん、本当に大丈夫そう。

「そっか。まだ残ってる?私も飲みたいな」

「うん、座って座って」

私が言ったら、マリが席を勧めてくれて、準備してあったカップにポットから紅茶を淹れてくれた。

ふんわりとした、優しい香りのする紅茶だ。これは、なんだろう?

「いつものじゃないね?これ、新しいの?」

私はカップを手にしながらママに聞いてみる。

「あぁ、うん。なんてったっけ、ニルギリ、だったかな?マドラス辺りが原産のお茶なんだって」

「へぇ…」

ママが教えてくれたので、私は一口、舐めるように含んでみる。

ん…これ、香りと同じで、いつものよりもあっさりしてて飲みやすいね…!レモンとか、ミルクティーなんかにも合いそうだな。

「これ、美味しいね!」

私が言ったら、マリが横から

「そう?私は、いつものヤツの方が甘いのに合って好きなんだけどなぁ」

なんて首をかしげて言う。そりゃぁ、甘いのとセットならそうかもしれないけど、これは紅茶だけでも美味しいじゃない?

なんて言おうと思ったけど、良く考えたらマリは合わせて美味しい方が好きなんだったね。

「ふふ、その方が、幸せだから、でしょ?」

「そうそう」

私が言ってあげたら、マリはそう言ってにっこりと笑ってくれた。

 「それにしても、天気大丈夫かな?飛行機到着するまでに持てばいいけど…」

なんて、マリが話を変えた。

「そうね…少し気がかりだけど、まぁ、多少荒れても、カレンちゃんのことだから大丈夫だとは思うけどね」

「でもさぁ、到着が遅れたりしたら、待たなきゃいけないじゃん。私、早くプルに会いたいよ」

ママの言葉に、マリがそう言ってもじもじと体を動かす。ふふ、マリってば。私もそうだけど、そればっかりは仕方ないじゃない。

 なんて思っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
 

319: 2014/04/04(金) 20:18:56.16 ID:Dzv8GF1Jo

「はーい」

なんて言いながら、ママが席を立って、インターホンに出る。

「はーい、ありがとう!すぐに行くね!」

ママはそう言ってインターホンの受話器を置いた。

来たんだね、アヤちゃん!私が立ち上がるのよりも早く、ママはニコっと笑って、

「アヤちゃん着いたって!さ、行こう!」

と言ってくれた。

 私達はそそくさを紅茶を片付けて、一階で診療中の母さんに出掛けることを伝えて、すぐに玄関を出た。

そこにはアヤちゃんとロビンが、車から降りて私達を待っていてくれた。

「悪い悪い、ちょっとペンションの方のハリケーン対策に時間くっちゃってさ」

アヤちゃんがそんなことを言いながら笑ってる。その横でロビンが嬉しそうに

「早く行こう!」

なんて言っている。

「うん、行こう行こう!」

マリもノリノリでそう返事をしたと思ったら

「ほら、乗って乗って!」

とマリーダの背中を押し始める。

「お、おい、姉さん!押すなって!」

マリーダはそう言いつつ、ワゴン車の後部座席に押し込まれ、続いてマリも乗り込んだ。

私とママもお邪魔して、スライドのドアを閉める。

ロビンとアヤちゃんも乗り込んで、アヤちゃんの運転で車は空港へと走り出した。

 空の様子を気にしながら、ふと、私は後ろに座ったマリーダを振り返った。

彼女は、なんだか微かにソワソワとした雰囲気になっていて、落ち着かない様子で窓の外を見やったり、

髪をいじったりしている。見つめていた私の視線に気が付いて、不思議そうに首をかしげたので笑顔を返して

「楽しみだね!」

って言ってあげたら、マリーダは、少し照れたように笑って頷いた。

 マリーダにとっては、プルはきっとお姉さん、って思えるんだろうな。

私やマリは、どっちかっていうと妹、って感じだよね。

だって、すぐふざけるし、楽しいことと食べること大好きだし、基本的に甘えん坊なところがあるからね。

プルは、たぶん、経験のせいだろうけど、落ち着いてるし、どこか、寂しげな一面もある。

そこは、現在我が家で療養中だから、きっとそのうちなくなると思うけど…

でも、たぶん、マリと比べると、プルの方がマリーダの見てる世界に近い物を知っているんだと思う。

とっても、悲惨で残酷な世界のことだ。

そんなときを過ごしてきたのはとてもつらいことだけど、でもそれは、今プルが明るく笑えるように、

マリーダもそのうちきっと、一日中、あの笑顔でいられる時間を過ごせる可能性が少なくない、ってことだって思える。

もしかしたら、プルがいてくれたら、私達お気楽組と、マリーダとの橋渡しになってくれるかもしれないな、なんて思うところもある。

まぁ、それはともかく、早く会いたいな!あ、今日焼いたパン、食べてもらわなきゃだね!
 

320: 2014/04/04(金) 20:19:39.90 ID:Dzv8GF1Jo

 そんなことを考えているうちに、車は空港の駐車場へと入った。

アヤちゃんの先導で、私達はエプロンへ続いている方の到着ロビーへと向かった。

「あと、20分、てとこかな」

アヤちゃんが時計を見やってから、ロビーの窓から外を眺める。

「風速…20メーターくらいか…タフなランディングになりそうだなぁ」

そう呟くアヤちゃんの表情は、少しだけ不安げだ。カレンちゃんのことを心配している、って感じじゃない。

いや、心配は心配なんだろうけど、アヤちゃんはカレンちゃんと昔からの友達なんだ。

カレンちゃんの操縦技術を疑うようなことはあんまりないだろう。

それよりもアヤちゃんは、こんな天気が嫌いなんだ、ってのを、私はなんとなく知っていた。

 「これは、嵐なのか?」

外の景色に気が付いたようで、マリーダがそんなことを聞いてくる。

「うん、ハリケーン、って言ってね。すごい風と、すごい雨になるんだよ、これから」

私が説明してあげたらマリーダはふぅん、と鼻を鳴らして、

「なんだか、落ち着かないな」

と、アヤちゃんみたいな心配げな顔をして、窓の外を見つめた。

まぁ、確かに、ね…私は、嫌いじゃないんだけどね、雨とか、曇りとか、さ。

 そんな話をしていたら、アヤちゃんが唐突に声を上げた。

「あれだ」

そう言って指をさした先には、一機の小型機が、スゥっと滑走路に進入してくる姿があった。

確かにあれ、カレンちゃんのところの飛行機だ。

 飛行機は、すでに車輪とフラップって言うらしい板を下ろしている。

機体はそのまま、空気の上を滑るようにして、スムーズに滑走路に降り立った。

「さすが。やるなぁ、カレン。あの操縦は、見事だよ」

アヤちゃんがそんなことを言って、うなった。

昔は仲が悪かったんだよ、なんて、いつか言ってたことがあったけど、今はそんなの少しも感じない。

アヤちゃんにとって、カレンちゃんがどんなに大切な友達か、なんて、見ていれば誰にだって分かっちゃうんだ。

 飛行機は、そのまま、エプロンへと走ってきた。やがて、窓からすぐのところに、機体を揺らして飛行機は停止した。
 

321: 2014/04/04(金) 20:20:11.08 ID:Dzv8GF1Jo

「到着!行こう、マリ!」

ロビンがそう言うなり、マリと一緒にロビーを駆けだした。人ごみを縫って行き、エプロンへ続くドアを飛び出る。

「あぁ、もう!二人とも!」

私はそんな姿を見て、思わずそう口に出してしまった。それから気を取り直して、マリーダの手を取って、

「行こう!」

と声を掛けて走った。マリーダは、何も言わずに着いて来てくれて、私達もドアを出て、エプロンに出た。

すると、ちょうどハッチが開いて、タラップが地上に設置するところだった。

そこに、ニュッとミリアムちゃんが顔を出す。

「おかえり!」

ロビンがそう声を上げたら、ミリアムちゃんも笑顔になった。

「ロビン!マリ達も!出迎えありがとう!」

ミリアムちゃんはそう言いながら軽い足取りでタラップを降りてくる。ロビンがミリアムちゃんに飛びついた。

ミリアムちゃんはロビンを抱きしめてひとしきり頭を撫でまわしてから、ふっと後ろを振り返った。

そこには、メルヴィの手を引いてタラップを降りてくるプルの姿があった。

「姉さん…」

隣にいたマリーダが、囁くようにして言った声が聞こえた。

マリーダの顔からは明らかに嬉しい、って気持ちが感じ取れる。

 と、プルの方もマリーダに気が付いた。プルは、襲い来るマリのタックルをひらりと躱すと、

軽い足取りで私達に駆け寄ってきて、とんとん、と目の前で歩調を緩めたと思ったら、そっとマリーダを抱き寄せた。

 「マリーダ…元気そうで、良かったよ…体、大丈夫?」

プルは小さな声でマリーダに聞いた。

「あぁ、うん…姉さんこそ、無事で良かった…」

マリーダはそう答えながら、プルの体に戸惑いながら腕を回す。

マリーダは、安心したような表情で、プルの肩口に顔をうずめる。

「うん…みんな、良くしてくれたみたいだね」

プルがそう言って、体を少し離してマリーダの顔を覗き込む。マリーダは、

「うん…みんな、私に優しくしてくれた」

と、クスっと笑顔を見せてプルに言った。
 

322: 2014/04/04(金) 20:20:44.89 ID:Dzv8GF1Jo

「えー、ちょっと、プル。なんで避けたんだよー」

マリが後ろから、メルヴィを連れて私達のところにやってくる。

「ごめんごめん、マリが元気なのは分かってたからね。マリーダが心配だったんだ、私」

ずるい、って言いだしそうな顔をしていたマリに、プルがそう言って笑いかける。

それを聞いたらマリも急に笑顔になって

「もう!しょうがないんだからー!」

なんて言った。うん、そうだよね。

何はともあれ、だけど、とにかくプルがこうして無事に帰って来てくれたのは、何よりうれしいことだもんね。

 宇宙で、何があったのかな…マライアちゃんや、他の人たちの話も聞かせてくれるかな。

きっと、マリーダも姫様のこと、心配だと思うしね。あぁ、話したいことがたくさんだ。

 そんなことを思っていたら、プルが私の顔を見て笑った。きっと、私の気持ちを感じ取ってくれたんだろう。

なんだか、プルの暖かい手のひらが、私の心に触れたような感じがして、私の胸に、いっそう穏やかな安心感が広がってくる。

―――おかえり、プル。お疲れ様。

声には出さないで、心の中でそう思ったら、プルはまた、私の顔を見つめて、ニコっと、あの笑顔で笑ってくれた。




 

323: 2014/04/04(金) 20:21:12.51 ID:Dzv8GF1Jo



 ガタガタと雨戸が音を立てている。風の音も、雨が叩きつける音もかすかに聞こえて来ている。

私は、自分の部屋でクッションに座って、温かいお茶をすすっていた。

 あれから私達はいったんアヤちゃんのペンションに行って、プルがレオナ姉さんにただいまの挨拶をして、

メルヴィの部屋のことをお願いして、ハリケーンがひどくならないうちに帰宅した。

プルを見た母さんは何も言わずに微笑んで、ポンポンと頭をなげてあげてから、

思い出したみたいに、おかえり、って声を掛けていた。

プルは本当に嬉しそうな表情で、ただいま、って、母さんに返していた。

母さんには話を聞いていたし、普段のプルを見ていて多分そうだろうな、とは思っていたけど、

プルに取って、母さんはレオナ姉さんと同じくらい、特別な存在なんだと思う。

もちろん、私やマリがそうじゃない、って意味じゃないけど、

プルは、マライアちゃんと一緒にあのエンドラ級に乗り込んできたときに、

母さんのことを、“母さん”って呼びたい、ってそう言ったんだって話だ。

母さんはそれを聞いて、プルに泣きながら謝ったらしい。放っておいてごめん、助けられなくてごめん、って。

 アクシズでの母さんの様子は、ずっとそばで見ていたから今でもはっきり覚えている。

ときおり、夜な夜なデータベースにアクセスしては、何かの情報を探っている様子があった。

今になって思えば、あれはたぶん、研究所からアクシズに持ち出された研究資料や、プル達のような子どもを探していたんだろう。

資料は分からないように改ざんして、子ども達は、理由を付けて逃がしてあげたりしていたのかもしれない。

それでもプル達を見つけることができなかったのはたぶん、

誰かがこっそりと、それも厳重にプル達を隠していたからなんだと思う。

そうでなければ、同じアクシズにいて、分からないはずがない。

もしかしたら、当時の母さんは、アリスママや、レオナ姉さんの面影を探して、

そんなことをしていたのかもしれないな、なんて思ってみることもあるけど、実際に聞いたことはない。

どうでもいいことだし、ね…今になったら。

 パタン、と音がしてプルが部屋に戻ってきた。短く切った髪をタオルで拭きながら、ふぅ、とため息をついてクッションに座り込んだ。

 今夜は、マリがどうしても、と言うので、プルもこの部屋にお泊りすることになった。

帰還祝いのお酒を飲んじゃったマリは、自分が言いだしたくせに、誰よりも早くにベッドで寝こけてしまった。

マリに勧められてお酒を飲んだマリーダも、慣れてなかったせいか、

コップ半分ほど飲んだくらいで、フラフラとベッドに倒れ込んで寝息を立て始めていた。

そんなわけで、残された私とプルは、順番にシャワーに入って、今、だ。
 

324: 2014/04/04(金) 20:21:43.79 ID:Dzv8GF1Jo

 私は、ポットのハーブティーをプルのカップに注いで上げる。

「ありがと」

プルはそう言ってカップを受け取って、ズズっと一口すすって、ふぅ、と、また幸せそうなため息を吐いた。

 「どうだったの、あれから?」

私は、プルにそう聞いてみた。そしたらプルは、んー、っと考える様なしぐさをみせてから

「ジュドーに会えたのが嬉しかったかな。戦闘は、私達の方は特にひどくはなかったよ。

 姫様の演説も流れてて、相手も迷っていたみたいだったし…もっとも、姫様の方は大変だったみたいだけど」

と教えてくれる。

「袖付き、って言ったっけ?そんなに数が居たのかな?」

「いや、姫様付きの部隊の数が多くなかった、って言うのもあったんだろうけど、

 実は、コロニーレーザーがインダストリアル7に発射されちゃってさ」

プルが二口めをすすりながらそんなことを言ってくる。

「コロニーレーザー!?」

私は思わず声をあげてしまった。

だって、コロニーレーザーって言ったら、コロニーまるまる一つを射出装置にして、

目に見えないレーザー光線を発射するアレ、でしょ?

現存するどんな方法でも、発射されたら逃げる外に対処方法がないはず…

「うん…でも、なんでか、インダストリアル7は無事だったんだ…

 あの、白いモビルスーツが盾になった、って話を聞いたんだけど…」

プルはそう言って口ごもる。プルの考えていることは、想像がついた。

たぶん、結果的に、インダストリアル7は無事だったんだろう。あの白いモビルスーツが盾になったから。

でも、そう、でも、なんだ。コロニーレーザーから発射されるのは、圧縮されたミノフスキー粒子なんかじゃない。

ただの高出力の光エネルギーだ。

ミノフスキー粒子なら、あのアクシズを押し返すほどの力を秘めてさえいるIフィールドだか、サイコフィールドだか、って言うのがあれば、

干渉して威力を軽減させることができる。でも、レーザーほどの強力な光エネルギーを物理的に軽減させることは難しい。

少なくともミノフスキー粒子の反応を使って防いだり、軽減したりすることができる類のエネルギーじゃないはずなんだけど…

でも、実際にそれが起こった、って言うんだよね?

「おかしなこともあるもんだよね」

私が聞く前に、プルはそんなことを言って笑った。

まぁ、確かに…無事だった、って言うんなら、きっとそこには何か理由があったんだろう。

明日、ママに聞いてみようかな…興味津々で、計算式なんかを書きだすかもしれないな…

なんてことを思ったら、プルがクスっと声を出して笑った。それからすぐに

「ママなら、やりそう」

って言い添えて、クスクスと声を押さえて笑い出す。そんなプルを見ていて、私も安心して笑いが漏れてしまった。

良かった、プル、なんにも変ってない。

私の知っているプルのまま、ちゃんと帰って来てくれた…良かった…本当に、良かった…!
 

325: 2014/04/04(金) 20:22:17.18 ID:Dzv8GF1Jo

 「んっ…」

そんな声がしたと思ったら、モゾモゾと何かがベッドの上で動いた。

あ、しまった、うるさかったかな…と思って振り返ったら、ベッドの上で、マリーダが起き上がっていた。

「ごめん、起こしちゃった?」

「いや…大丈夫だ」

マリーダがすこし呆けた様子でそう言うと、立ち上がっておぼつかない足取りでドアの方へと歩き出した。

「ついて行くよ」

プルが私のそう言って立ち上がった。

「どうしたの?」

私が聞いたらプルは苦笑いで

「トイレみたい」

と言って、マリーダの方へと早足で近づいて行って、背中を支えながら一緒に部屋から出て行った。

プルってば、帰ってくるなり“お姉さん”だな…

頼もしいけど、でも、そうしなきゃいけない、って思っているんだっていうのを、私は知っている。

前に話をしてくれたことがあった。プルは言ったんだ。

「私は、姉さんを頃しちゃったんだ」

って。今は、そんなエルピー・プルの思念がプルの中に焼き付いていて、

もう、自分がどっちだか、分からないくらいだ、なんて笑うこともあるんだけど、

それでも、プルはそのことを悔いている。

だから、エルピー・プルの代わりに、みんなの姉さんをしなきゃいけない、ってそう思っているんだ。

もちろん、エルピー・プルの思念に突き動かされてそうしているところもあるんだろうけど…

その言葉は、私には辛く思えたのに、プルはニコニコと笑って言っていたのを覚えてる。

もしかしたら、それは、プルにとって罪滅ぼしなのかもしれないのと同時に、

プルの中で、エルピー・プルとプルツーが手を取り合うことになるのかもしれないし、

誰かに温もりを与えられる、って言う感覚が、嬉しいのかもしれない。あの表情は、なんだかそんな感じに思えた。

 そんなことを思っていたら、マリーダを連れたプルがすぐに部屋に戻ってきた。

「おかえり」

なんて声をかけた私は、プルが何かを抱えているのが目に入った。それはカップのアイスだった。

「ひひひ、おつまみ」

私が、こんな時間に、太っちゃうよ、って言う前に、プルはそう言って笑った。

もう、マリにバレたらきっと怒るよ?

そんな私の心配をよそに、プルは静かにクッションの上に座った。

と、ベッドの上から自分の枕を取って、クッションがわりにジュウタンの敷かれた床に置いて

マリーダをそこに座らせた。
 

326: 2014/04/04(金) 20:22:50.40 ID:Dzv8GF1Jo

「姉さん、早く」

マリーダは待ちきれないって様子で、アイスのカップを抱えたプルを急かす。

「分かってるって」

プルはなんだか嬉しそうにしながら、そう返事をしてアイスのカップを開けた。

スプーンでバニラのアイスをすくって、マリーダの持ってきていたガラスの器によそっていく。

やがて、器に山盛りにされたアイスを満足そうに見て、プルはカップを閉めて部屋の冷蔵庫の上段に押し込んだ。

私はそのあいだに、マリーダ用のハーブティーを入れてあげる。

「ふふ、やっぱりこれだよね。地球に来て一番嬉しいことのひとつなんだ」

プルはそんなことを言って器の一つを手にとった。

「ね、姉さん、それが一番多いんじゃいのか?」

「えー?どれも一緒だよ」

「な、ならそれを私にくれないか?」

「え、いや、これは私の分だから…マリーダはほら、こっちで…」

「やっぱりそれが多いんじゃないか」

マリーダの言葉にプルは相変わらず嬉しそうな顔しておどけながら

「えー?そうかなぁ?」

なんて言って、それから不満そうなマリーダの表情を見て

「うそうそ。ほら、ちゃんと分けるから」

と、小さなスプーンで、均等になるように自分のアイスの山を崩して私とマリーダのとに分けてくれた。

マリーダってば、ムキになっちゃって、かわいいんだから。なんて思ったら、マリーダはまた不満そうに

「ね、姉さんが私をからかうから…」

なんて言って、ふくれっ面を見せた。もう、それだって、なんだか可愛く思えちゃうんだから、不思議。

 私達はそれから、とりとめもないことを話しながらスプーンでアイスをすくって口に運んだ。

冷たくて濃厚な甘味と、暖かいハーブティーのあっさりとした苦味と香りが良く合って、美味しさが引き立つ。

 ガタガタと、雨戸がなった。

「風、強いんだな」

「まぁ、そうだね。ハリケーンだし」

マリーダの言葉に、私はそう答える。

「このあたりでは、こんなのが普通なのか?」

「んー、まぁ、夏から秋にかけては多いかな」

今度は、プルが答える。

「四季というのは、聞いたことはあるが実際にはそんなに違うものなんだろうか?」

「この島だと、あんまり実感ないかもね。

 アヤちゃんに言わせると、潮の流れとか、風向きとかが違うんだ、なんて話だけど、

 正直、私にはよくわからないくらい。もう少し北か南にいくと、雪が降ったりするらしいよ」

「雪、というのは…白くて、フワフワしているという、あれか?」

「そうみたい。私も見たことないんだ」

私が言ったら、マリーダはふぅん、と鼻を鳴らした。そりゃぁ、見るもの聞くもの、みんな初めてみたいなものだもんね。雪は、私も見てみたいな…

確か、北米のもっと北の方なら見れるってカレンちゃんが言ってた気がする…いつか見に行ってみたいなぁ。
 

327: 2014/04/04(金) 20:23:17.44 ID:Dzv8GF1Jo

 ビュウっと風の音がして、また、雨戸がガタガタと鳴る。

壁や屋根を叩きつける雨音も、一層激しくなっているように感じられた。

それが響いている室内は、返って静けさが際立っている。こんな時間が、私は好きだ。

穏やかで、ゆっくりと時間が流れていく。

レナちゃんがハリケーンが嫌いじゃない、っていう気持ちが、私にはわかる。

レナちゃんもきっと、こういう時間と空間が好きなんだろうな。

 「姉さん…」

不意にマリーダが、その静寂に溶け込むような声色で口を開いた。

「ん、どうしたの、マリーダ?」

プルはアイスのスプーンを口にくわえながらそう聞き返す。

「姉さんは…その、姫様達には、あったんだろうか?」

マリーダは、いつのまにか、プルを真っ直ぐに見つめていた。

その表情はもう、私がかわいい、なんて冷やかせるようなものじゃなかった。真剣に、プルから何かを聞こうとしているのが分かった。

「うん、会ったよ。姫様と、その護衛、って人たちにも」

プルは、アイスのスプーンを置いて、ハーブティーを一口飲んでから、そう答えた。

プルは、マリーダの質問の意図を理解しているみたいだった。プルの顔も真剣になる。

でも、マリーダと違って、真剣だけど、すこし優しい感じがする。

「その…スベロア・ジンネマン、という男と、他にも何人かいなかったか?」

「うん、いたよ。会って、話した。

 あの人は、私を見るなり飛びついてきて、『マリーダなのか…?』って、言ってきた」

プルの言葉で、私も分かった。そのすベロア・ジンネマン、という人は、マリーダのマスターだったんだ…

「そうか…無事、だったんだな?怪我はしていなかったか?」

「うん、大丈夫。

 彼らは、インダストリアル7のコロニービルダーに格納されてた対空兵器で袖付きを迎撃する役目を負っていたんだって。

 戦闘が終わって、ルオコロニーってとこで、姫様の乗ったネェル・アーガマと合流したら、

 一緒に乗ってきていたんだよ。誰かが氏んだ、って話もしていなかったし、安心していいよ」

「そうか…」

マリーダは、消え入りそうな声で、そうつぶやいた。安堵の空気が、マリーダからにじみ出てくるのを私は感じた。

「彼は…生きているんだな…」

そう言った、マリーダの言葉を聞いて、プルはクスっと笑った。
 

328: 2014/04/04(金) 20:23:48.80 ID:Dzv8GF1Jo

「呼んだっていいんだよ、マスター、って」

プルが言ったら、マリーダはハッとして顔をあげた。

その目は部屋の小さなランプの明かりを反射させて、ふるふると震えている。

「でも…でも…私は…私は…」

マリーダはそう言って両手で頬を押さえて、その手は耳を、そして、頭を抱え込むように滑っていく。

そんなマリーダの肩をプルが抱いた。

「マリーダ…いいんだよ。マスターでも…

 あなたの言う“マスター”は、もう、私たちに命令をするだけの“マスター”って意味じゃないのは分かってる。

 会ったから、わかるよ。あの人は、あなたをちゃんと家族として愛して、守ってくれようとしていたんだろ…?

 だから、彼、なんて言わないでいいんだ。マスターでも、“お父さん”でも。

 私達は、あなたの言葉と、あなたの気持ちを信じる。

プルの言葉を聞いたマリーダは、ついには瞳だけじゃなく、体を振るわせて、そのままプルにしな垂れかかった。

プルはマリーダの体を受け止めて、ギュッと抱きしめる。

「…姉さん…ありがとう…ありがとう…」

マリーダは、鳴き声とも、うわごととも取れるような小さな声で、何度も、何度もそう繰り返した。

 そんなマリーダを見て、私は、何かが胸にぐっと溢れてくるのを感じた。これは…嬉しいの…?

そっか…マリーダは、誰でもない、私たちに気を使っていたんだ。

私達の前で、戦争の道具であってはいけないんだ、って、そう思って、

マリーダはマスターって言う言葉を避けたんだ。それを私達が嫌うと思ったから…

道具なんかじゃない、一人の人として在ってほしい、ってそう思っているっていうことを感じてくれているから…

それは、きっと私達の気持ちが届いている証拠。

マリーダを大切に、守りたい、なんとかしてあげたい、って言うきもちが、

マリーダはちゃんと受け取ってくれていたんだ…それで、返って悩ませちゃったのは申し訳ないけど、

でも、うん…私達は、間違ってなんかなかったんだ。何ができたかなんてわからない。

それでも、マリーダを励ましてあげようと思って、自由で居ていいんだよって伝えたくて、

私達がママや母さんや、レオナ姉さんや、マライアちゃんたちにもらったたくさんの暖かくて幸せなものを分けてあげたいって、ずっとそう思ってた。

それが、ちゃんとマリーダはわかってくれていたんだね。

それを受け止めてくれて、そう在ろうって思ってくれたんだね…良かった、本当に良かった…
 

329: 2014/04/04(金) 20:24:56.75 ID:Dzv8GF1Jo

 そんなことに気がついたら、私まででなんだか胸のつかえが取れたような感覚になって、

気がついたら、ボロボロと泣き出してしまっていて、

それに気づいたプルに、マリーダと一緒に抱きかかえられてしまった。

―――カタリナ、ありがとう。マリーダを、ちゃんと見ててくれて

プルの声が聞こえてくる。うん、当然だよ。だって、姉妹だもん。

私の大事な大事な、家族だ、って、そう思ったから、家族でいてあげたかったから、そうしたんだよ。

―――うん…そうだね。私も、そう思う

また、プルの声が頭に響いてきたと思ったら、私を抱きしめてるプルの腕に力がこもった。

 幸せだな。ふと、そんな感覚が頭に浮かんできた。

おかしいな、こういうの、ずっとずっと、感じてきていたはずなのに。

これをマリーダに分けてあげたいって、そう思ってたはずなのに、まるで、私が改めて感じているみたい…

これって、マリーダなのかな…?おかしいな、私、ニュータイプの能力はないはずなんだけどな…

プルが仲介してくれているのかな…?それとも、マリーダが私にそう伝えてきてくれてるのかな…

よくわからないし不思議だな…でも、まぁ、そういう細かいことは今はいいや。

とにかく、私は今、とっても嬉しくって幸せなんだ…

…マリーダ、分かる?あなたは、大切な家族だよ。

たとえどんなに離れてても、どこへ行っても、誰といても、私達は家族。 どこへ行っても誰といても、

私達は一緒だよ…ね、マリーダ。

 そんなことを思っていた私の耳には、プルの鼻をすする音が、ガタガタと鳴る雨戸の音に紛れて聞こえていた。



 

330: 2014/04/04(金) 20:26:07.32 ID:Dzv8GF1Jo

つづく!


やっと勢ぞろいしたパラッシュさんちの4姉妹。

次回、マライア、なんかあれこれ引き連れて地球に帰る。

キャタピラはうまくさばけることができるのか!?

おたのしみに!w
 

339: 2014/04/11(金) 21:59:37.06 ID:3EmBe8YOo




 「ありがとね、おじいちゃん」

「がははは!この歳になって、こんな面白い勝負をやれるとは思わなんだわ。マライアちゃんに感謝じゃな」

「もう!ありがとうを言ってるのはあたしなのに!」

あたしがそう言ってもう一度感謝したら、おじいちゃんはまた笑って

「約束は忘れてないじゃろうな?」

と念を押してきた。

「うん、もちろん。落ち着いたら連絡頂戴ね。島で、水着美女を待たせておくからね」

こないだした約束をあたしは確認する。そしたらおじいちゃんは満足そうな顔をして

「なら、ええんじゃ」

と頷いた。うーん、これならまだしばらくは元気でいてくれそうだね、おじいちゃん。

 あたしは、半分呆れながら、それでもどこか安心して、おじいちゃんにお別れを告げた。

このルオコロニーに滞在してもう10日。

みんなもそろそろ、地球に連れて行ってあげたいし、あとのことはおじいちゃんに任せることにした。

まぁ、正直ここから先のことはあたしが居ても大した役には立てそうもないし、ね。

 「じゃぁ、またね」

「おうおう、元気での!」

「おじいちゃんも!」

あたしは手を振っておじいちゃんの執務室を出た。建物の廊下を歩きながら、PDAを取り出して電話を掛けた。

呼び出し音がしばらく鳴って、相手が電話口に出る。

「あ、もしもし?ナナイさん?そっちはどう?」

<こちらは、彼をすでにシャトルに運んだわ>

「あぁ…あの子ね…」

あたしはナナイさんの言葉で、気がかりなことを思い出してしまった。

彼、というのは、バナージ・リンクス、という名の少年だ。彼は、あの白いモビルスーツに乗っていたらしい。

そして、あの戦いの終盤、ブライトくんが止め損ねたグリプスⅡのレーザー狙撃を、身を挺して防いだというのだ。

単純な光エネルギーのレーザーは、Iフィールドなんかじゃ防げない…と、普通なら思うだろうけど。

あたしは、あのサイコフレームって鋼材の力を身近に感じたから、分かる。

あと、アリスさん達にミノフスキー工学についても基礎の基礎レベルをちょこっと教えてもらった、っていうのもあるんだけど、

おそらく、ミノフスキー粒子を高密度に圧縮させたものを展開すれば、それも可能だ。

同じミノフスキー粒子を相頃するIフィールドは、ミノフスキークラフト技術とほとんど同じで、

相反する配列のミノフスキー粒子を交互に展開する構造だけど、光エネルギーはそんな複雑な構造はいらない。

あのサイコフレームの力を使ってミノフスキー粒子を圧縮して、目に見えるくらいの膜にすればいい。

それはそのまま、日傘の要領でインダストリアル7を守ってくれる。

もっとも、戦艦すら一瞬で融解させることのできるコロニーレーザーを防ぎきれるような“日傘”なんて、

普通考えたら無理だけど…それでも…

サイコフレームと極限まで共鳴して、地球の重力に曳かれて落下するアクシズを押し返すような力を引き出せれば、あるいは…
 

340: 2014/04/11(金) 22:00:07.77 ID:3EmBe8YOo

 そう、彼は、そうしたんだろう。その結果、彼は、ほとんど目覚めないまま、だ。

ここに来てからの何日間かの間で目を覚ましたこともあったけど、そのときの彼は、まるで2歳児のような奇行を繰り返して、

ベッドから転げ落ちたところを危険と判断されて、麻酔で昏睡状態にさせられてしまった。

彼を見ていた姫様の表情が沈痛だったのが思い出されて、あたしまで胸が痛くなってくる。

 ともかく、だ。療養をするなら、アルバ島がいいに決まってる。

あそこには、ニュータイプ研究の権威と、最高の環境と、彼の意識に働きかけることのできる能力を持った人たちがたくさんいるし、ね。

 そんなことを思いながら、あたしは建物を抜けて、車で港まで送ってもらった。

港ではすでに商会が用意してくれたミノフスキークラフト技術を使った中型のシャトルがあたしの到着を待っていてくれた。

しかし、こんなサイズのシャトルにミノフスキークラフト用の装置を詰め込めるくらいになったんだから、

技術の発展ってのは本当にすごいな。

 シャトルに入ったら、すでにみんなは席に付いていた。

「お待ちしていましたよ、マライアさん」

「あぁ、ごめんね、姫様。おじいちゃんが寂しがるからさぁ」

あたしが言ったら、姫様はクスっと笑った。彼女の並びのシートには、体を器具で固定されているバナージくんの姿ある。

その隣で、ナナイさんが彼の状態を逐一チェックしてくれていた。

さらには、彼の容体を心配して、カミーユくんも残ってくれた。

彼も、ゼータに搭載されてたバイオセンサーをフルに使おうとした結果、一時的に正常な意識を失くしてしまった、って話していた。

ていうか、ゼータって、バイオセンサーなんてついてたんだね…

あれって、要するにサイコミュと一緒で、サイコウェーブを使ってビットファンネルじゃなくて機体の操作を補助するってやつだよね?

あたしが乗った時にも付いていたのかな…さすがにリゼルには搭載されてないみたいだったけど…

プル達を助けたあの3号機、あいつにはもしかしたら積んでたのかも…

あれ、もともとアムロ達の隊に配属されるヤツだった、ってフレートさん言ってたしね…

そんなことを思いながら、あたしは席にはつかないでコクピットまでとんだ。

コクピットでは、ガランシエール隊の操舵クルーの面々が、和やかに談笑しているところだった。

「いよっ!よろしくたのむよ、アレクくん!」

あたしが言ったら、操舵桿を握っていた青年が振り返ってなにやら嬉しそうな表情で

「任せてください。ガランシエールよりは小回りが利くんで、どうとでもなります」

と言ってきた。マークを彷彿とさせる年下くんだな、彼は。

「そっちも、よろしく。えっと、フラストくん、だっけ?」

あたしは今度はもう一人の青年にそう声を掛ける。彼は肩をすくめて

「戦闘しようってんじゃないんで、俺はいらないようなもんですけどね」

なんておどけた。うん、どっちかって言うと、彼は友達になれそうなタイプかな。
 

341: 2014/04/11(金) 22:00:35.89 ID:3EmBe8YOo

 カランシェール隊は他に27名のクルーがいる。この一連の紛争で、前線に出て行った3名が帰らなかったって話だ。

残念だけど…うん、仕方ない、よね。

その27名のうちのクルーの半分以上は、家族やなんかが身を寄せていた資源採取用の衛星パラオに帰って行った。

あっちはあっちで、連邦の手が入る、なんて情報が入ってたから、アナハイム社の戦力とおじいちゃんに、先だって押さえてもらった。

あそこは以降は、ルオ商会の資源衛星になる予定だ。もちろん、連邦の査察を受け入れる必要はあるけれど、

武装解除とかそのあたりのことは、カラバの生みの親、ルオ・ウーミンの腕の見せ所。

うまく言いくるめて、ルオ商会お雇いの警備隊、かなんかにこぞって転職させてもらえるだろうな。

そっちはあんまり心配はしていないんだ。それよりも、ここに残った、放浪を決め込んでいるあのオジさん達…

あたしは、チラっと席を見る。姫様の後ろの席に座っているオジさん、こと、ジンネマン元大尉。

マリーダを助けてくれた、あの日まで守ってくれた人…。

プルを見て、動揺していたのが懐かしいけど、プルから事情を聴いた彼は、とたんに表情を硬くしたのを覚えている。

まぁ、分かるけどね、気持ちは。でも、きっとマリーダにとっては、辛い話になるだろうな…

まぁ、そこらへんは、おいおい考えることにしよう。今からそればっかりだと、さすがに気持ちが滅入っちゃいそうだ。

 「マライアと言ったな。早くしないか。いつまでこんな安い席に姫様を座らせておくつもりだ?」

あたしのそんなことをみて、彼女がそう言ってきた。もう、だからその凄むクセ、なんとかならないの?

「別にそんな言い方されたって怖くないけど、それ、良くないよ、カーラ?」

あたしが名前を呼んだら、一瞬呆けた表情になったけど、不意にハッとして、

「ふん、偽名など、わずらわしいだけだ」

とそっぽを向いた。

「いや、そうは言ってもあなたの名前は割と有名だからさ。しばらくはカーラ・ハーマンで行っておくべきだよ」

あたしが言ってやったら、カーラは不満そうな表情のまま

「分かっている」

と返事をした。まったく、素直じゃないんだから。

 そんなことをバレないように思いながら、あたしは艦長席に着いて、ベルトを締めた。

それから無線機でコロニーの管制室に連絡を入れる。

「こちら、4番格納庫のシャトル“アーク”。管制室、出向許可を求む」

<了解、“アーク”これよりハッチを解放する。衝撃に備えよ>

「了解」

あたしはそう返事をして無線を切る。

その直後、上部にあったハッチが開いて、エアーが吸い出され、シャトルの機体が小刻みに揺れる。

「あとの通信はよろしく、チュニック」

あたしは、機体に異常がないことを確認してから、コクピットの最後の一人、通信係のチュニックにそう頼んだ。

「了解です、マライア船長」

彼も、屈託のない表情であたしにそう返事をしてきてから、無線を引き継いだ。

 エンジンの音が高まって、シャトルがふわりと格納庫を浮き上がる。

あたしは、それを感じて、胸が高鳴ってくるのに気が付いた。

そんなに長い間留守にしたって、わけでもないのに、なんだかもう、ずいぶんとアルバに帰ってないような気がするな。

でも、もうすぐでまたあの場所へ、あたしの居場所へ帰れるんだ。

あたしの宝物の家族たちと、それから、あたしの大事な大事な、天使さま達の待っているあの島へ、ね!

 

342: 2014/04/11(金) 22:01:04.57 ID:3EmBe8YOo




 「おじちゃーん、こんちわ!」

開きかけた自動ドアをこじ開けて店に入ったアタシは、

カウンターで新聞を読みながら煙草をふかしていたおじちゃんにそう声を掛けた。

「おっ!来たな、わんぱく娘ども!」

おじちゃんは威勢よくそんなことを言いながら、新聞をとじて煙草をもみ消してから立ち上がった。

「こんにちは、おじさん」

あとから入ってきたレベッカもおじちゃんにそう挨拶をする。

「おうおう、元気そうだな!」

「ね、こないだのコーヒーの豆ってまだあるかな?それから、ソイソースと、あと、砂糖3袋に、お塩も3つ欲しいんだけど」

「おぉ、なんだ、大口の客でも来るのか?」

アタシが頼まれていたお使いを言ったらおじちゃんはそんなことを言いながらカウンターの上にドンドン、

っと業務用の調味料一式と母さんに頼まれて取り入れるようになったコーヒーの豆を出してくれた。

「うん、身内なんだけどね」

アタシは紙幣をカウンターに出しながら押してあげると、おじちゃんはガハハと笑って

「あぁ、いつものヤツか。いいよな、いつも賑やかでよ、お前さん達の周りは」

なんて言ってくる。うらやましいって思ってるわけじゃないけど、まぁ、おじちゃんも騒ぐの好きそうだよね。

「おじちゃんだって、いつも港の漁師さんとか市場の人たちと大騒ぎしてるじゃん」

アタシが言い返したらおじちゃんはまたガハハと笑って

「そりゃそうだな!」

だって。ホントに、アタシが言うのもなんだけど、おもしろいよね、おじちゃん。

 アタシはお釣りを受け取って持って来たカゴに商品を詰めて、レベッカと分けて持つ。と、おじちゃんが

「おっと、待て待て」

とカウンターの下にもぐった。ふふ、またいつものアレ、だね。

なんて思って、レベッカと顔を見合わせて笑っていたら、おじちゃんは案の定、スナックの袋を3つと、それからアイスキャンディーを出してきて

「ほれ、もってけ」

とアタシ達の持っていたカゴの中に投げ込んでくれた。

「いつもありがとう!」

アタシはとりあえずお礼を言っておく。そうしたらまたまた、おじちゃんは豪快に笑って

「なぁに!こっちこそ、いつも買ってってくれて助かってるよ!」

と言ってくれる。この商店は、市街地区のスーパーじゃ手に入らない業務用の調味料やなんかを取り寄せて売ってくれるから

ペンションとしてかなりお世話になっている。

だからって、こうも毎回、オマケをくれるとなんだか心苦しいところもあるんだけど、

まぁ、こういうのも、持ちつ持たれつだろ?って母さんも言ってたし、こうしてもらえるのは嬉しいから、甘えておこう、うん。
 

343: 2014/04/11(金) 22:02:07.62 ID:3EmBe8YOo

「じゃぁ、またお願いね!」

「おうよ、アヤ達によろしくな!」

アタシはもみ消したタバコをくわえてまたそれに火をつけようとしているおじちゃんに手を振りながらお店を出た。

 重い買い物かごをぶら下げながら、アタシとレベッカはスキップするみたいな足取りでペンションへと急ぐ。

何しろ今日の夕方にはマライアちゃんの乗ったシャトルが空港に到着するんだ。

ミノフスキーなんとか、って機体らしくで、打ち上げも滑空しながらの着陸も必要がないから、

普通の空港でも大丈夫なんだ、って母さんは言ってた。

まぁ、難しいことはよくわからないけど、キャリフォルニアに降下してそこから飛行機ってことになると

いちいち大変だっていうのはわかるし、そんなことができるんなら、便利でいいよね!

「ね、今日は何作る?」

不意に、レベッカがそんなことを聞いてくる。

「うーん、そうだなぁ、ビーフシチューみたいなものがいいかな。

 あとは、海鮮のサラダに、あとは、なにがいいかな…ピザとかどうだろう?」

「あぁ、いいね!みんなで食べれるし」

アタシの提案に、レベッカはそう言って賛成してくれる。それからレベッカはんー、と唸って

「なら、私は生地の準備しようかな。他の下準備はロビンの方が早いでしょ?」

なんて声を掛けてきた。まぁ、確かに、どっちかって言ったら、アタシの方が包丁さばきには慣れてるけど、

レベッカだってそんなに違いはないと思うんだけどなぁ。

ま、でも分業しておいた方が良さそうだ、ってのは、確かにレベッカの言う通りだと思う。

「早いかどうかはわかんないけど、仕事分けといた方がスムーズかもね」

「でしょ!」

アタシが言ったら、レベッカはそう返事をして笑った。

 ペンションが見えてきた。と、アタシは庭先に誰かが居ることに気が付く。あれ、キキかな?

そう思ったら、向こうもアタシ達に気が付いた。やっぱりキキだ!

キキは、レオナママと一緒に、マヤとマナを庭であやしている。デッキのところには、レナママとアイナさんの姿もあった。

「おかえりー!」

キキがそう声を掛けて来てくれる。

「来てたんだ!」

アタシも手を振り返してキキにそう言う。

 3年前、ネオジオンって連中がラサに5thルナ、ってのを落下させる直前にこっちに避難してきたアイナさん達は、

それからはここに住みついてしまった。

母さんは、最初からこうしときゃよかったのに、なんて笑ってたけど、でも、なんだか嬉しそうだったし、

アタシもいつでもキキやアイナさんに会えるようになったのは、嬉しいなって感じたのを覚えてる。
 

344: 2014/04/11(金) 22:02:55.25 ID:3EmBe8YOo

 「なんか、マライアちゃんがお客さんをたくさん連れてくるんでしょ?手伝いに来たよ」

キキがニコニコ笑ってそう言ってくれる。

「大丈夫だって言ったんだけどね」

「いつもごちそうになってばかりじゃ申し訳ないですからね」

レオナママの言葉に、アイナさんはそう答えて柔らかい笑顔を浮かべた。

 「料理するんでしょ?一緒にやろう!」

「じゃぁ、お願いしようかな」

「ほら、貸して!」

キキはレベッカと話して、レベッカの手から買い物かごを奪い取るようにして担ぎ上げた。

「さぁ、なんでも言ってよ料理長!こうみえて、割と手際は良いと思うんだよね」

キキがそんなことを言って、アタシを見つめてくる。りょ、料理長だなんて、や、や、止めてよっ!

アタシまだそんなんじゃなくって、いや、レナママやレオナママの方が上手だし、そのえっと、だから…!

「ほら、急がないと!」

キキの言葉に、思わず顔を赤くして取り乱しちゃったアタシの背中をレベッカがポンッとたたいてくれた。

う、うん、そうだった。急がないと、量がたくさんだから、マライアちゃん達が先に帰って来て待たせちゃったら大変だ。

 「う、うん!よっし、じゃぁ、ペンション炊事隊、出動!」

「おー!」

アタシが調子に乗って叫んだら、レベッカとキキが乗ってくれて、掛け声をあげてくれた!

マライアちゃんは、きっと疲れて帰ってくる。

そりゃぁ、いつもの調子でヘラヘラ、ニコニコしながらなんだろうけど、

それでもいつだって、任務から帰ってくるマライアちゃんは、どっと疲れてる。

そんなマライアちゃんに、アタシの料理を食べてほしいんだ!

ママ達が作るのにかなうかどうかは分からないけど、でも、お疲れ様、って気持ちをたくさん込めて、

早く疲れを取ってもらえるように、ね!


 

345: 2014/04/11(金) 22:03:30.23 ID:3EmBe8YOo



 <現在、高度1500。シャトル、着陸態勢に入ります>

無線からフラストくんの声が聞こえて来る。

あたしは、それを聞いてハーネスを改めて確認してからマイクに返事をした。

「了解。こちらマライア。ハッチ内の減圧も確認。ペイロード開放して」

<了解>

フラストくんの声。あたしは、ハーネスであたしの体に固定してある姫様の体を抱いて、

もう片一方の手で、そばにあったウィンチの支柱をつかむ。

「カーラ、そっちも、一応何かに掴まって!」

「分かっている」

カーラはそう返事をして、剥き出しになっていた隔壁の鋼材に手を掛けた。

ビービーと言う警報音とともに、目の前のハッチが開いて行く。

強烈な風が巻き起こって、体があおられそうになるのを支柱を握ってなんとかこらえる。

まぶしい光で一瞬視界を奪われたけど、開放されたハッチのそとに見えたのは、あの眩い海と、懐かしい街並みだった。

「姫様、ゴーグル付けてね」

あたしは姫様にそう伝えて、それから自分も頭に付けていた防塵ゴーグルを目の位置まで下げる。

カーラの方も、それをしたのを確認してから、姫様の様子を見る。

少し不安げだけど、それほど怖がっているのは感じられない。さすが、と言うしかないね、こればっかりは。

3年前以上に肝が据わってるよ、姫様。

 なんてことを思ったら、姫様は振り返ってあたしに笑いかけてきた。

「3年前を思い出しますね」

「ホント!空を飛ぶなんてしなかったけど、あのときも相当過激だったからね!」

そう返事をしたら姫様は嬉しそうに笑って

「はい!今回も、お願いしますね、マライアさん!」

と言ってきた。

「任せといて!パラシュート降下は、空戦よりも慣れてるから!」

あたしはそう返事をして姫様の肩を叩いた。

 まぁ、慣れてるのは、パラシュート降下と言うか、イジェクションの方だけど、

こっちの訓練も、カラバでなんどもやってるから特に問題もない。

「こちらマライア、降下します!下で待ってるからね!」

<了解です、気を付けて!>

フラストくんの素直な返事が聞こえてくる。それを確認しながら、あたしは眼下を眺めた。

あった、見つけた!あれがあたし達のペンションだ!

「カーラ、先に飛んで!あの、赤い屋根の建物がそうだから、あの庭を目指して!」

「了解した!」

カーラの返事が聞こえて来る。あたしよりも、むしろカーラの方が心配だ。こんなこと、やったことないだろうに…

彼女の肝の据わり方も、正直尋常じゃない、って感じられる。

事実、彼女から伝わってくる感覚に、微塵の動揺もない。アクシズを率いていただけのことはある、か。
 

346: 2014/04/11(金) 22:04:21.83 ID:3EmBe8YOo

 カーラはハッチのすぐ際まで行くと、あたし達を振り返った。

「姫様を頼むぞ!」

「任せて!」

あたしは彼女のことばにそう返事をした。そしたら彼女は、ニコっと笑顔を見せて床を蹴り空中へと身を投げた。

あたしは、姫様と息を合わせながらハッチのところまで行って下を眺める。

そこには、白いパラシュートが漂っているのが見えた。うん、大丈夫そうだ。

「姫様、あたし達も行くよ!」

「はい!」

姫様の返事が聞こえてきた。よし、じゃぁ、行こうか。アヤさん、今帰るよ!

 あたしはそんなことを思いながら、ハッチを蹴って機体の外に身を投げた。

地上の方から、強烈な風が吹き付けてくる。あたしはそれに乗れるよう体制を整えて、うつぶせに地上を向く。

落ちる距離が長くなると、マイナスGのあの気持ち悪い感覚もすぐになくなっちゃって、体が解き放たれたみたいになる。

それでも、この風圧は侮れない。宇宙遊泳とはまたちょっと違うんだ、大気圏の降下、ってのは。

 あたしはまた、片手で姫様を支えて、もう一方の手を背負っていたパラシュートに伸ばしてその取っ手を引っ張った。

途端に、ガツンと言う強烈な衝撃が走って、空に引き戻されるような感覚に襲われる。

次の瞬間には、綺麗に広がったパラシュートに吊り下げられていた。風は…南から、かな。時期が時期だし、読みやすい。

「フラストくん、降下した。ハッチ閉めて、空港へ向かって!」

あたしは無線にそう叫ぶ。

<了解です!>

付けていたイヤホンから返事が聞こえた。あっちはあっちで、地球での慣れない着陸になるだろうから、

集中してもらわないとね。まぁ、あたしも、それほど悠長に構えているほど、余裕ないけどさ。

 無線を終えて、あたしはバラシュートのコントロールラインを握る。ペンションの庭に降りるんなら…

そうだな、すこし南に下って、そこから風に乗ってアプローチするのが良いかな…あ、カーラも同じ発想みたい。

あれに続いて降りよう。

 あたしは右で握ったコードを引っ張ってパラシュートを一度南へ向ける。そこから旋回しつつ、位置を会わせる。

高度は、900。位置は…すこし、西に寄っちゃったかな?微調整しながらのアプローチになりそうだなぁ。

 そんなことを考えながら、あたしはパラシュートをさらにコントロールする。眼下の街並みが近づいてくる。

もう、手が届くんじゃないかってくらいの距離だ。ペンションも、窓が見えてくるくらいにまで近づく。

庭先に、誰かいるな…あれ、レオナかな?

待って。カレンさんもいる!あたしは、それに気が付いてなんだか異常に嬉しくなった。

もう!パラシュートって加速できないから嫌いだよ!

 そんなことを思っている間に、カーラが庭先に無事に着地した。

いや、すごいよね、ほとんど初めてのはずなのに、ちゃんとあそこに降りられるなんて…。

あたしもそれに続いて、小刻みにコードを引きながら位置を調整して、庭の芝生の上に、サクっと降り立った。

コントロールコードをギュッと引っ張って、パラシュートの孕んだ空気を抜いて、庭の上に降ろす。

ほとんど反射で、姫様のハーネスを外して、芝生の上に広がったパラシュートを丸めて、

体から外したハーネスでギュッと固定する。これで、片付け完了、っと。
 

347: 2014/04/11(金) 22:05:29.26 ID:3EmBe8YOo

 それからあたしは、改めて、足元を見た。

帰ってきた…あたし、帰ってきたよ!地球に!アルバに!ペンションに!みんなのいる、あたしの居場所に!

「ただいま!レオナ!カレンさん!」

あたしは、二人にそう叫んだ。

「お、おかえり、マライア…」

レオナはなんだか、呆然としている。

反対にカレンさんは、あたしの天使ちゃん達と同い年のミックを抱きながら大声で笑っていた。

「珍しい船が来てるなと思ったら、あんた、なんでそんなことやってんのよ!」

ケタケタと笑うカレンさんがなんだか嬉しくって、あたしは思わず笑顔になっていたけど

「いやさ、こっちの子、有名人になっちゃったからね。許可自体は下りてるんだけど、

 空港やなんかを使うといろいろと面倒で。だったら、空挺降下で直接来ちゃえばいいかな、って思ったんだ」

あたしが説明したら、カレンさんはなおも笑って

「あははは!そういうとんでもない発想は相変わらずだな!」

なんて言う。もう、変わった発想をするのは、カレンさんにはかなわないよ、正直。

「あ、あの、マライアさん?」

不意に姫様がそう声を掛けてきた。あっと、いけない。そうだったね、ちゃんと紹介しなきゃ。

「カレンさん、レオナ。この子が、例の」

あたしはゴーグルを外して、二人に姫様を紹介する。すると姫様は丁寧な口調で

「初めまして。ミネバ・ラオ・ザビです。

 こちらではルオ商会に用意していただいたジュリア・アンドリュース、と名乗らせていただきます。よろしくお願いします」

とあいさつをした。

「あぁ、こりゃご丁寧に。私は、カレン。カレン・マクレガー。こっちは息子のマイケル。ミックって呼んでやって」

「私は、レオナ・パラッシュです。よろしくお願いします、ミネバ様…あ、いえ、ジュリア」

二人も、そう言ってミネバ様に自己紹介をする。ふと、姫様が、レオナの顔を見て、表情を変えた。

「あなたは…」

あぁ、そっか。うん、確かにそっくりだもんね、レオナ。

「ジュリア、レオナは、マリーダ達プルシリーズのオリジナルなんだよ。彼女の遺伝子から、プル達は作られたんだ」

あたしが簡単に説明したら、姫様は神妙な面持ちになって、

「そうですか…一族の者が」

「あーっと、なしなし、そう言うの、なし!」

何かを言いかけた姫様の言葉を、レオナは声を上げて遮った。それから、みんな大好きなあのまぶしい笑顔で姫様に言った。

「なにはともあれ、今、私は幸せです。だから、そう言うのは全然良いんですよ」

レオナの言葉に、姫様が微かにどうようしたのを感じた。

ふふふ、ここはこんなこと言う人ばっかりだから、これくらいでグッと来てたらあとが持たないよ、姫様!
 

348: 2014/04/11(金) 22:06:00.63 ID:3EmBe8YOo

 「マライアさん!」

不意に声がした。顔を上げたら、デッキにアイナさんが出て来ていた。

「あれ、アイナさん!来てたんだ!」

あたしが飛び跳ねて手を振ったら、アイナさんはサンダルをつっかけてあたし達のところまで小走りにやってきた。

「はい、お客さんがお見えになるとうかがったので、お手伝いをさせていただこうかと」

「あー、そういうの良いのに」

「ふふ、それは名目で、騒がしくするのなら混ぜていただきたかったんですよ」

あたしの言葉に、アイナさんはそう“言い換え”た。

本当に手伝いに来たんだろうけど、そう言った方が、あたし達が気を使わない、ってのを、アイナさんは分かってるんだろう。

付き合い長いしね。そう言うのは、すごく嬉しいよ。
 

349: 2014/04/11(金) 22:06:35.49 ID:3EmBe8YOo

 「なぁ、マライア。あっちの人は…?」

と、今度はカレンさんがそんなことを言って、指を指した。

「えぇい、布風情が!この私に刃向おうというのか!おっ、大人しくせんか!」

そこには、風にあおられるパラシュートのキャノピーを畳もうと悪戦苦闘しているカーラの姿があった。

「あぁ、ごめんごめん、大丈夫?」

あたしは慌てて彼女のところまで駆け寄って、一緒になってパラシュートを畳んであげた。

ようやく一息ついた彼女にもみんなを紹介しなきゃな。

「えっと、こっちは、カーラ・ハーマン。姫様の側近みたいな人かな」

「見苦しいところを見せて申し訳ない」

カーラは、微妙に赤くなりながら、仏頂面でそう自己紹介をする。んー、なんだろうな、この子は…

意識してやっているのか、素なのか、まったくわかんないんだけど…

これ、意識してやってるんなら、相当の策略家だよね。

い、いや、待ってアクシズを率いて、一時期は地球の半分を制圧してた彼女だよ!?

も、もしかして、狙ってやってるの!?だとしたら、恐るべしだよ、アクシズ摂政ハマーン・カーン!

 「あなたは…ハマーン、なのですか…?」

そうそう、ハマーンなんだよ、この人。こんなだけど、モビルスーツに乗せたらすごく強くて勇ましいんだから…

って、あれ?なんでハマーン知ってるの?

あたしはハッとして、そう言った声の主、アイナさんに視線を送った。

と、次の瞬間、傍らにいたカーラが激しく動揺するのが伝わってきて、今度はそっちに視線を向ける。

そしたらカーラは、ガクガクと全身を震わせながら、半分目に涙を浮かべて、言葉をなんとか紡ぎ出していた。

「…!?ま、まさか…ア、アイ、ナ、姉様…なのですか…?!」

ア、アイナ姉様…?え、待って、ちょっと待って!知り合い?二人は、知り合いなの!?

「ハマーン!」

そんなあたしの混乱をよそに、感極まっているらしいアイナさんがそう叫んでカーラに駆け寄った。

「アイナ姉様!」

カーラもカーラで、アイナさんの腕の中に飛び込んだら、すがりつくようにして身を震わせシオシオと泣き出した。

その姿はまるで、10歳くらいの子どもに見えた。いったい、なにが起こってるの…?

た、確かアイナさんって、ジオンの名家の娘さん、だったよね。

確か、ハマーンも、カーン家って言ったら、ザビ家の腹心みたいな存在だった、って話は聞いたことあるけど…

もしかして、知り合いだったのかな?あれ、もしかした、あたし、また“引いた”?

い、いや、さすがにもしそうだったら自分が怖いって言わざるを得ないけど…

でも、そっか…そんなこともあり得るかもしれないね…アイナさんがもしかしたら、

家族も、部下も、愛した人も失った彼女に唯一残った幼い頃を知っている人なんだとしたら、そりゃぁ、嬉しいだろうな…

ふふ、思ってもみなかったけど、でも、良かったかな。だって、カーラから伝わってくる感じは、悪い感覚じゃない。

本当に、子どもみたいな無邪気で、純粋な手触りがする。難しいことはいろいろあるだろうけど、

でも…カーラの姿を見ていたあたしは、そんなこと考えもせずに、ただただ、嬉しいな、って、そう感じていた。

 
 

369: 2014/04/24(木) 21:29:49.10 ID:LSiKZqMvo



 アタシはそのとき、港で船のメンテナンスをしているところだった。

ロビン達が張り切って夕飯の準備なんかを始めるもんだから、

手持ち無沙汰だと言って、珍しくレナが港まで着いて来て、一緒に船のチェックをしてくれている。

なんだか、こういうのは久しぶりだ、なんて思うところもあるけど、

案外、ちょこちょこっと二人で過ごす時間はある。特にどちらかが宿直当番でペンションに残ってるときの夜なんかは、

まぁ、二人で宿直しているようなもんだからな。

 「アヤ、細いパイプのところの油の跡は大丈夫なの?」

エンジンルームの方から、レナの声が聞こえる。

アタシは、二階部分の計器のチェックを中断して、下を覗き込むようにしてレナを見やる。

「細いパイプ?んー、ラジエーターのところの?」

「たぶん、そう」

「あぁ、なら大丈夫。それは、一昨日アタシが吹いたサビ落としの跡だと思う」

「そっか、なら、こっちは大丈夫」

レナがそう言いながら、後部デッキの床下から這い出てくる。

こっちの計器は、去年新しいのに入れ替えたばかりだから、調子が良い。

船自体は、もうちょっと型落ちにもほどがあるんだけど、手入れはちゃんとしてるから、

機関部も内外装も、まだまだピカピカだ。さすがにこいつを買い替えるとなると、

もう一軒母屋を建てるくらいの金額がとんでっちゃう。

工面できない額じゃないけど、まだまだ元気に走るし、それにレナが手放させてくれないだろうし、

まぁ、アタシも愛着があるから乗り換える気はさらさらないし、な。

 「エアコン、治ったんだっけ?」

レナがデッキの床を閉めながらそう聞いてくる。アタシはラダーでレナのいるデッキに降りてから

「たぶんな。もしあれでダメなら、いよいよ大元を替えるっきゃないけど、たぶん大丈夫だと思う」

エアコンの方はちょっと調子が悪い。まぁ、空調の機械を取り換えるのは大して金額はかからないけど、

もし替えるとなると、後部デッキの点検口から出し入れができないんで、

床板を取り外すところから始めなきゃいけないから、作業的に大がかりになる。

今日みたいな日は良いけど、普段はお客がひっきりなしだから、そんな暇はないしな。

できたらもうしばらく、機会がくるまでは誤魔化しながら使っていく方が都合がいい。

 アタシは、船内の操舵室に置いておいたクーラーボックスの中からソーダの瓶を2本取り出してその1本をレナに手渡す。

 

370: 2014/04/24(木) 21:30:17.26 ID:LSiKZqMvo

「ありがと」

レナは笑顔で短くそう言って、栓を切って瓶に口を付け、ふぅ、と一息吐く。

アタシもレナをマネして一口飲んで、ふぁっと大きく息を吐いた。

 クークーとウミネコが鳴いている。ザン、ザン、と船底を波が叩く音も心地良い。

アタシは、デッキの手すりに腰掛けてレナを眺める。レナは、クシャっとなった髪を結い直していた。

もう数えきれないくらい見てきたそのしぐさだけど、なんだか毎回、あの旅の車の中で、アタシが変装をさせたときのことを思い出す。

あのテンガロンハット、どこやったけっけな…なんて思っていたら、ふと、何かが肌に触った気がした。

「ん…?」

同時にレナも、何かに反応する。これ、上?空か?

アタシは、その感覚に導かれるように、青く澄みきった空を見上げた。

そこには、見たことのないタイプの輸送艦が滑空するんじゃないスピードで移動しているのが見えた。

エンジン音もそれほど大きくない、ってことは、あれは、ミノフスキークラフト機か。

気配もするし、あれで間違いなさそうだな。

「あれに、マライアが?」

「そうみたいだな」

アタシとおんなじように空を見上げているレナにそう返事をしたのもつかの間、

何かが、輸送艦から零れ落ちるのが見えた。

黒いつぶのように見えたそれは、ビンビンと、ニュータイプの感覚を放っている。

そのうちの一つは…マライアか?あんた、何を…?

 次の瞬間、その黒い粒から白い物がパッと広がった。

「パラシュート?」

レナのつぶやく声が聞こえて来る。

あぁ、うん、パラシュートだな…マライア…あんた、なにやってんだ?

わざわざそんなことをしなきゃいけない理由…例の、姫様って子のため、か?

そんなことを思っていたら、もう一つ、空にパラシュートが開く。

二つのパラシュートは、いったん、島の南側に旋回して見せてから、居住地区へのアプローチをする体制に入った。

「あ、あいつ、まさか…!?」

「なに、どしたの?」

「あのバカ、あのままペンションに降りる気だ!」

「えぇ?!どうして?!」

「例の姫様のためだろ。まったく、あいつの思考回路はどうしてこうも突き抜けてんだよ!」

アタシはそんなことを言ってから、ソーダの瓶の中身を一気にあおって飲み干した。それからすぐに

「レナ、急ごう!」

「うん!」

アタシの声掛けで、レナはすぐに全部を理解してくれたようだった。
 

371: 2014/04/24(木) 21:31:13.21 ID:LSiKZqMvo

アタシ達は船室やエンジンルームの施錠を済ませ、二階の操舵塔にシートをかぶせて船からハーバーに飛び降りた。

そのまま、二人でならんで、オンボロまで小走りで行って飛び乗る。

キーをひねったら、素直にエンジンが掛かってくれた。こいつも、良く走ってくれるよな。

もう、100年選手なんじゃないのか?

これ、骨董品のレベルだよ!そんなことを思いながら、それでもアタシは構わずにアクセルを踏み込んだ。

オンボロはまだまだ、と主張するつもりなのかどうなのか、グングンとスピードが上がっていく。

ハーバーを出てペンションへの坂道を駆け上がると、そこには、庭先で談笑しているマライア達の姿あった。

 車をガレージの方へ回すと、マライアがアタシ達に気が付いて、手を振ってきた。

アタシはガレージの前に車をとめて、外に飛び出した。

「アヤさん、レナさん、ただいま!」

「おかえり、マライア!」

アタシが言うよりも早く、レナが笑顔でそう言って、マライアに駆け寄る。

アタシはそんな二人が抱き合って喜ぶ様子を遠巻きに見つめてから、芝生を踏んで二人に歩み寄った。

「相変わらず、今回も派手にやらかしたらしいな」

アタシがそう言ってやったらマライアはエヘヘと笑って

「いやぁ、こんなことになる予定はこれっぽっちもなかったんだけどね」

なんて言う。まぁ、大目に見てやるよ。

全員無事で帰ってきたし、何より、ロビン達の表情の変わりようったらなかったもんな。

きっと、代わりの効かない、大事な体験をさせてくれたんだろう。

「まぁ、無事で何よりだ」

アタシがそう言ってマライアの頭をポンポンと撫でてやったら、マライアはパァっといつもの笑顔を浮かべた。

まったく、いい歳していつまでも妹の気でいるんだからな。

宇宙をまたにかけて、なんだかんだ大舞台の隅っこで重要なことを毎度毎度やってきてるマライアにこういう表現もなんだけど、

いいかげん、しっかりしてくれよな、ホント。

いや、こう思っちゃうアタシ自身が、マライアを妹だと思ってるからなのかもしれないな。

だとしたら、まあ、これはこれで良い、ってことにしておくか、うん。

 「で、なにがどうなってるの?」

レナが改まってマライアにそう聞く。確かに説明は欲しいよな。

なんか、アイナさんに抱きついて泣いてるのもいるし。アタシもマライアの顔を見て頷いて見せる。

そしたらマライアは、あっと思い出したような顔をして

「ごめんごめん、今紹介するね」

とあわてた様子で言った。いや、忘れてたのかよ!どれだけアタシとレナに夢中なんだよ、あんたさ。

「こっちが、噂の姫様。顔が知れちゃってるから、空港でパニックにでもなったらイヤだったんで、パラシュート降下で来てみたんだよ」

「ミネバ・ラオ・ザビです。こちらでは、ジュリア・アンドリュースと名乗らせていただきます。よろしくお願いします」

ジュリア、と名乗った彼女は、どこか凛とした芯のある強さを感じさせる子だった。姫様、ね。

こりゃぁ、イメージとちょっと違ったな。

姫様、なんて呼んでたから、もっと高飛車でお高くとまったのを想像してたけど、この子はどっちかって言うと、

そう言うのとは無縁の、奔放な感じを受ける。それにしても、なんだろう、この感じ、なんだか、マライアを見てるのと同じ気持ちになってくるな…

マライアと違って、かなりいろんなものを背負いこんで、苦労してきたんだろうな、って感じるけど、それでも、この子の強さはどこか、マライアに似ているように、アタシには思えた。
 

372: 2014/04/24(木) 21:31:58.18 ID:LSiKZqMvo

「よろしく頼むよ。アタシは、アヤ・ミナト。このペンションのオーナー」

「初めまして、ミネバ様…いえ、ジュリアさん。私は、レナ・ミナト。アヤの妻で、同じくペンションを切り盛りしています」

アタシに続いて、レナもそう挨拶をする。と、ジュリアの表情がキョトン、となった。あぁ、まぁ、そうなるだろうな…そう思ったら案の定、ジュリアは

「妻、ですか?」

と首をかしげて聞いてくる。

「あぁ、まぁ、それについては、おいおい話すよ」

アタシ達の会話に、苦笑いしたマライアが割って入ってきた。

それから今度は、アイナさんに抱き着いてメソメソないてる方の女性を指差して

「彼女は、カーラ・ハーマン。元アクシズの摂政で…どうも、アイナさんの知り合いだったみたい」

と相変わらず苦笑いでそう言ってくる。その表情、ってことは、あんたも知らなかった、ってことか?

そう思ったらマライアが

「そうなんだ」

と返事をした。まぁ、よくわかんないけど、あとで話を聞けばいいかな、そっちも。

それよりも、こんなところでずっと立たせておくわけになんていくわけない!

「まぁ、とりあえず、ようこそ!アルバへ!上がってくれよ!なにか冷たい物での出すからさ!」

アタシは気を取り直して、出来る最上級の笑顔でそう言ってやった。マライアから、話は聞いてる。

この子達が、どんなに重い物を背負って戦ってきたのか、を。そんなのさ、ほっておくわけにはいかないだろ。

ここはアルバで、アタシ達のペンションなんだ。山ほどつらい経験をしてきてヘロヘロにくたびれた心を、

ピンっと洗い直してまっすぐに出来る、アタシの自慢の場所なんだからな!
 

373: 2014/04/24(木) 21:32:25.14 ID:LSiKZqMvo

「あぁ、それなんだけど、ね、アヤさん」

アタシの言葉に、マライアがそう口を挟んできた。

「アヤだ、っつってんだろ?」

「慣れないよ、やっぱり、それ!あぁ、それより、ちょっと車貸してほしいんだ。ユーリさんのところに行きたいんだよね」

「ユーリさんのトコ?なんでだよ、注射なら明日以降でも良いだろうし、今夜はこっちに来てくれる手筈になってるよ?」

アタシがそう言って首を傾げたら、マライアはなんだか口ごもった。言いにくい、ってことじゃないらしいけど、

説明が難しいな、って顔してる。あぁ、分かった分かった、悪かったよ、マライア。

なんか、やらなきゃいけないことがあるんだな…

「分かった。ほら、キー」

アタシはそう言って、乗ってきたポンコツのキーをマライアに手渡した。

「ありがとう、アヤさん」

「アヤで良いって」

「だから!それ、あたしにはすっごく不自然なの!」

アタシが言ってやったら、マライアはそう頬っぺたを膨らませて言い返してきた。でも、すぐに笑顔になって

「でも、そう呼んで欲しい、って言ってくれるのは、すごく嬉しいよ!」

なんて言葉を添えてくる。アタシとしては不満なんだけど…

まぁ、マライアがそう言うんなら、強制させるようなことじゃないよな。

マライアに言わせりゃぁ、アタシとレナは卵子提供しただけで、

マライアと結婚したわけでも養子縁組したわけでもないし、ただアタシがいつまでも妹扱いしてちゃいけないかな、

なんて思うからそうしてほしいって思ってたんだけど…それを言ったら、アヤさんはアタシの姉さんでしょ!?

なぁんて、軽々言いきるから、反論できないんだよなぁ。ホントに、出来の良い妹で、幸せだよ、アタシさ。

 アタシはマライアの頭をポンポンと叩いてやった。そしたらマライアは満足そうに笑って、

「じゃぁ、ちょっと行ってくるね。夕飯までには戻るから!」

とふざけて敬礼なんてして見せた。

「あぁ、行って来い。いつものバーボン用意して待っててやるからな」

アタシも、そう返事をしながら、二本指で敬礼を返して、マライアに笑いかけてやった。



 

374: 2014/04/24(木) 21:33:01.56 ID:LSiKZqMvo




 玄関のチャイムが鳴った。

と、それまでリビングテーブルに座っていたマリーダが、椅子の上で飛び上がったと思ったら、

インターホンの受話器に飛びついた。

「こ、こちらマリーダ!」

「いや、無線じゃないから普通で良いんだよ、マリーダ」

マリがクッキーをモサモサと頬張りながらそんなことを言って

マリーダが耳に当てている受話器に反対側から耳を押し付けて一緒になって電話を聞いている。

「あぁ、分かった…えぇっと…」

「マライアちゃん、もう着いたんだ!上がって上がって!」

マリーダの代わりにマリがそう言ったら、階下でガチャン、とドアの開く音がした。

マライアちゃん、帰ってきたんだなぁ。無事で良かった。みんなも平気だって話だけど、なんだか折り入って、

母さんに話したいことがあるから、っていう連絡を受けていたから、ちょうど待っているところだった。

母さんは下の診察室でなにか調べものをしていて、ママもそれにつきあっているらしい。

 「カタリナ、お湯、まだある?」

そんなことを考えていたら、一緒にキッチンに立っていたプルがそう聞いて来た。

あ、いけない、そうだね、マライアちゃんのお茶、淹れてあげないと。

「二人分。姫様も一緒みたい」

プルが優しい笑顔でそう言った。姫様…?それって、ミネバ様、だよね?え?来てるの?

ちょ、大丈夫かな…家、その、そんなに広くないし、このお茶も安物だけど…

「プ、プル、あっちの、こないだ患者さんにもらった高い方のお茶にした方が良いかな?」

「あぁ、そんなに気を遣わなくても大丈夫。何もなければ、ただの普通の女の子だから」

私の心配を感じ取ってくれたのか、プルはそんな風に言って、私達の分のお茶を淹れたポットにお湯を足して、お客様用のカップに注いだ。

そ、そっか…それならいいんだけど…あ、でも、お茶菓子くらいは、確か戸棚に先週買った美味しいのがあったよね。

それ、出してあげないと、お口に合わなかったら大変!
 
 そう思って慌てて食器棚の上の戸棚を上げて箱を出した私を見て、プルはクスクスと笑った。

もう、仕方ないでしょ、これでも私だって、元々はアクシズにいたんだから!姫様、って言われたら、緊張しちゃうよ!

プッと頬っぺたを膨らませたら、プルはなおもクスクスと笑って

「ごめんごめん、悪かったよ」

なんて言って、私の手からお菓子の箱を受け取ってくれた。

 そうこうしているうちに、マライアちゃんがリビングに顔を出した。
 

375: 2014/04/24(木) 21:33:31.30 ID:LSiKZqMvo

「やっほー、ただいま!みんな元気ー?」

相変わらずの明るい声。聞くだけでなんだか気持ちを元気にしてくれるこの感じは、本当に、アヤさん譲りだよね。

「おかえり、マライアちゃん!」

そう叫んでマライアちゃんにタックルで突っ込んだマリが、腕を取られて動きを封じ込められ

マライアちゃんに撫でまわされている。マリの方も嬉しそうで、まるで甘えてる猫みたい。

と、マライアちゃんの後ろから、メルヴィに良く似た女の子が姿を現した。あれが…姫様…!

私はちょっとだけ、緊張が込み上げてくるのを感じた。そしたら次の瞬間にはプルが脇腹に人差し指をめり込ませて来た。

「ひぃっ」

思わずそんな声を上げながら身をよじってしまう。な、なにするのよ、プル!

そう思ってプルを見たら、彼女は相変わらず、クスクスと笑っている。

うぅ、分かったよ、分かったから、ちょっと時間を頂戴、すぐに慣れるから!

「姫様!」

「マリーダ…!無事で何よりです…!」

「姫様こそ…!放送、拝見しました。ご立派でした…!」

マリーダの目にも、ミネバ様の目にも涙が浮かんでいる。この二人も、不思議な関係だな…

突き詰めれば、血は繋がっているから、私とプル達と似てるけど私とプル達は異父姉妹、ミネバ様とプル達は…

親戚みたいな間柄のはずなんだけどね、たぶん。でも、こうして見ていると、本当の姉妹みたい。

ううん、家族に本当も嘘も、きっとないんだ。そうだって思えれば、家族になれるんだよね…ね、マライアちゃん?

 そう思って、二人の様子を柔らかい笑顔で見つめていたマライアちゃんに投げかけたら、

彼女は私にも、同じ笑顔で笑いかけてくれた。

 「すまない、遅くなった」

そんなところに、一階から母さんとママが上がってきた。手には分厚いファイルを持っている。

「あぁ、ユーリさん、アリスさん」

マライアちゃんが二人に気が付いて声を掛ける。

「状況を聞かせてくれる?」

ママが少し険しい表情でマライアちゃんにそう言った。

マライアちゃんは、それを受け止めたみたいに、笑顔をキュッと引き締めて、ミネバ様達に言った。

「ジュリア。ちょっといいかな。彼女が、シャトルの中で話したドクター・ユリウス。

 こっちは、ドクター・アリシア。二人ともニュータイプ研究の権威なんだ」

「あっ…この度は…お力添えをいただけると伺いました…感謝してもしきれません。どうか、お願いいたします」

ミネバ様は、そう丁寧に二人に頼む。そしたら、それを見た母さんは急にヘラっと表情を変えて

「あぁ、そう言う形苦しいのは、良いよ。これでも医者だし、

 ニュータイプのこととなると、軍事開発を切り開いて来た一端を担ってたんだ。

 もう責任を背負いこんでる、なんて言うつもりはないけど…でも、困ってるって言うんなら、助けにはなるはずだ。

 話を聞かせてくれるか?」

母さんは、ミネバ様にイスを勧めながら、自分もドカッと腰を下ろしてそう言った。

「…はい」

ミネバ様は母さんの目を見て、はっきりと、力強く返事をした。
 

376: 2014/04/24(木) 21:33:57.45 ID:LSiKZqMvo

 ここに二人が来るって話は、昨日の昼間に連絡を貰った。マライアちゃんが、直接母さんと話したい、って言うんで、

診療中だった母さんにわざわざ電話を繋いだ。

夕食のとき、母さんはマライアちゃんに聞かされたことを教えてくれた。

バナージ・リンクス、という名前の少年の話だ。彼は、ニュータイプの能力の使い過ぎで、精神をやられてしまったのだという。

それを、この島の病院に入院させて治療をしたい、というのが、マライアちゃんの話だったのだという。

それを聞くや、マリーダが持っていたスプーンを取り落とした。マリーダも、彼のことを知っていた。

まだ16歳で、あの白いユニコーンのモビルスーツに乗っていたんだという。

そのモビルスーツには、サイコフレームと言う機材?が積み込まれていて、

それは、ニュータイプのサイコウェーブを増幅させるもので、マリーダは、その波にのまれたんじゃないか、って話をしていた。

その点は、マライアちゃんからの説明で、母さんもおおむね聞いていたらしい。

その話に一番興味を示したのは、ママだった。

それは、すごく単純に、そのバナージって子が心配だから、というんじゃなくて、技術的なところに何かを感じたんだと思う。

もちろん、バナージって子がどうでも良いってわけじゃなかったけど…。

 そんなママはマリーダにサイコフレームについてあれこれ質問して、しばらく考え込んでから、

サイコフレームって言う物についての仮設を話してくれた。

それは、バイオセンサーに良く似たものだけど、それをさらに発展させたんじゃないかって話だ。

難しいことは正直良くわからないけど…サイココミュニケーター装置に必要な、

サイコウェーブを感知できる特殊なチップをモビルスーツのフレーム自体に均等に配置していき、

メイン回路から増幅させたサイコウェーブを送信することによって機体自体を遠隔操作する技術なんじゃないか、

と言っていた。

それ自体は、バイオセンサーっていうのもほとんど同じ発想らしいんだけど、

それは、いわゆるファンネルビットの代わりに手足をサイコウェーブで操作するのに対して、

サイコフレームは電気信号のようにサイコウェーブがフレームを伝って各部を操作できるんじゃないか、って。

これまでどうしてもミノフスキー通信技術に頼っているところが大きかったサイココミュニケーターシステムも、

直接サイコウェーブを伝えることによってその精度も強度も高くできる可能性があって、

なおかつ、ファンネルビットのようにミノフスキー通信技術を使うにしても、

その精度や強度はこれまでとは比べものにならないかもしれない。加えて、サイコウェーブが電気信号ではなくて、

電波みたいなもので、サイコフレームのようにそれを感知して隣へ伝えるチップは、

共振を起こしていると考えられて、操縦者のサイコウェーブの出力と、

それを媒介するサイコフレームの量や質に依存している可能性もあって、

それがマリーダの言う、機体に飲まれる、ということなのではないかってことらしい。

うん、いや、後半からどころか、頭っから全然何の話だかは分からなかったけど、

ママの話をひとしきり聞いた母さんには理解できたようで

「要するに…その共振で返って感情神経が揺さぶられた、ってことか…外因による器質性の感情障害、って理解するのが順当だろうな」

とポツリと言った。
 

377: 2014/04/24(木) 21:34:39.93 ID:LSiKZqMvo

「治りますか?」

と聞いたマリーダに、母さんは渋い表情で

「仮説だらけだから何とも言えない…もし、脳の感情神経に物理的なダメージが出ているようなら、

 回復は簡単じゃない…いや、もう回復は見込めないだろ。逆に、一時的な混乱ってことも考えられる。

 それなら、時間を掛ければ正気にはなるだろう」

と答えていた。そのときのマリーダの心配げな顔は、まだ私の脳裏に焼き付いている。

ミネバ様を守ってくれた人、って言う感じだけでもなかった。

きっと、マリーダにとっての弟みたいな存在だったのかもしれない。

とにかく、大事な人なんだな、って言うのは、なんとなく分かった。

 「それにしても…なるほどな…その、サイコフレーム、ってのを暴走させて、光エネルギーすら防いでみせたのか…」

「やはり…難しいでしょうか?」

「正直、なんとも言えない。もし仮にマライアちゃんの言うように、

 ミノフスキー粒子を使って物理的な障壁を作ってそれを防いだとして、アタシにはそれがどの程度の負荷なのか、

 さっぱりわからないからな。とにかく、診てみないことには、何とも言えない」

母さんの言葉に、ミネバ様の表情は冴えなかった。ミネバ様どころか、マライアちゃんまで…

でも、そんな雰囲気を打ち壊すみたいに母さんがポンと膝を叩いた。

「ま、とにかく、早く会わせてくれよ。病院にいるんだろう?」

そう言って母さんはミネバ様にニコっと笑った。

「大丈夫。最善を尽くす、って、約束するよ」

母さんのそんな笑顔に、ミネバ様の表情が、かすかに緩んだ気がした。

 それからすぐに、私達はマライアちゃんの運転で病院に向かった。マライアちゃんが車を停めている間に、

私は母さんとマリーダにプルとミネバ様と一緒に、病院に入った。車の中でマライアちゃんのPDAに連絡があって、

こっちであのナナイ、って人が待っていてくれてるって話だった。
 

378: 2014/04/24(木) 21:35:30.97 ID:LSiKZqMvo

 病院のロビーを歩いていたらプルがふと、なにかに反応した。

「あれ…ジュドー?」

「え?ジュドーさん?」

プルの言葉に私が思わず聞き返した時、ロビーの奥へと延びている廊下から一人の男の人が姿を現した。

あれ、でも、あれはジュドーさんじゃない…よね?

「あれ、カミーユ」

プルはそう呟いて大きく手を振った。男の人は、確か、ジュドーさんと一緒に来てたカミーユさん…

カミーユさんもプルに気が付いたみたいで軽く手を振ると、私達の方に歩み寄ってきた。

「やぁ、待っていたよ」

カミーユさんはそう言ってプルに笑いかけた。それから、私達を一人ずつ見やり、ミネバ様に気が付くとまたニコっと笑って

「ミネバ様。彼が待ってますよ」

と優しい声色で言った。

「…はい」

ミネバ様は、そう返事をしてコクっとうなずいた。それから

「はじめまして。僕は、カミーユ・ビダン。元はエゥーゴのパイロットでした。

 僕も、今のバナージくんと似たような症状に陥ったことがあって…それで、何かの役に立てるんじゃないかと思い、
 こうして、一緒にここまで来ました」

と自己紹介をしてくれる。この中でカミーユさんを知らないのは母さんとマリーダかな。私は二人をチラっと見る。

そしたら母さんもニコっと笑って

「カミーユ、か。はは、かわいい名前だな、女の子みたいだ。アタシは、ユリウス・パラッシュ。

 医者だ。あんたとは逆に男みたいな名前だけど、あはは、笑わないでくれよな」

と懐っこく言った。それを聞いたカミーユさんは、なんだか嬉しそうな表情で母さんの言葉に応えてくれていた。

「みんな、お待たせ!」

そんなことを話している間に、車を置いたらしいマライアちゃんがロビーにやってきた。

「お揃いですね、それじゃぁ、行きましょう」

カミーユさんはそう言って、私達を先導して、奥にあったエレベータに乗って、病棟の5階へと向かった。

 エレベータを降りてすぐ、警備員が暇そうに突っ立っている扉の前に来た。ここは…閉鎖病棟だ…

この階は確か、精神科の病室がある階だったよね…隔離しておかないとマズイ、ってことなのかな…

なんだろう、私、そのバナージって人に会ったことないのに、すごく心配になってきた…

もし、見るに堪えないような状態だったら、どうしよう、なんてそんなことを考えてしまっている…

ズドンっと鈍い痛みが、脇腹に走った。振り返ったらそこには、優しい笑顔で私を見つめてくれているプルがいた。

「深呼吸。カタリナがそんな風に感じる必要はないんだから。

 むしろ、姫様とマリーダを支えなきゃいけないかもしれないんだよ?しっかり」

「う、うん、ありがとう、プル」

確かに、プルの言う通りだ。ここにバナージって人が入院しているんなら、

姫様はきっとこの島でしばらくは生活をするんだろうと思う。そうなったら、うちか、アヤさんのところにお世話になるのかな?

どっちにしても、プルの言う通り、私達がフォローして行ってあげなきゃいけない。

ミネバ様は強いけど、でも、これは戦ってどうこう、って言う話じゃないから、不安だったり焦ったりしちゃうかもしれない。

そう言うときは、私達の出番…そうだね、プル?

 そう思ってプルを見つめたら、プルは、どうしてか、母さんに良く似た笑顔をニコっと浮かべてうなずいてくれた。
 

379: 2014/04/24(木) 21:36:05.50 ID:LSiKZqMvo

 「ここです」

カミーユさんがそう言って、病室のドアを開け放った。私達は母さんを先頭にして部屋に入る。

 そこには、ベッドに上体を起こして呆然としている男の子の姿と、それを心配げに見つめる女性の姿があった。

あ…この人…

「ナナイさん!」

私は彼女を見て、思わず声を上げていた。ナナイさんが私達の方を振り返って、かすかに、表情を緩める。

「ナナイちゃん、お待たせ」

マライアちゃんがそう言って、ナナイさんに歩み寄って、それから、バナージって人らしい、ベッドの上の少年を見つめる。

「どういう状況?」

「特に大きな変化はなし、ね。ここへ移しても、特段反応がないと言うのが、良いことなのか悪いことなのか、判断はまだついていないけれど…」

マライアちゃんの質問に、ナナイさんはまた、顔をしかめる。

「バナージ…」

ミネバ様がそう呟くのが聞こえた。マリーダに至っては、固く唇をかみしめている…

二人にとって、彼は、大切な存在だったんだな…私にはそれが、痛いくらいに伝わってきて、やっぱり胸が締め付けられるようだった。

 「マライアちゃん、その彼女は?」

母さんが、そんな二人に声を掛けた。

「あぁ、ごめん。ユーリさん、彼女は、ナナイ・ミゲル、って言って、元ネオジオンの士官で、研究員。

 ナナイさん、この人は、ユリウス・エビングハウス博士。あ、今は、もうパラッシュだっけ?」

「ユリウス…エビングハウス?まさか、あの“感応能力者の遺伝配列の研究”の…?」

マライアちゃんの紹介を聞いたら、ナナイさんはなんだか驚いたような表情を見せて、母さんを見つめた。

母さんは、なんだか可笑しそうに笑って

「あぁ、あれね。ずいぶんと古いのを読んでくれたんだな。そうそう、それ、アタシが書いた論文だ」

と返事をする。それを聞いたナナイさんは、ピッと背筋を正して、

「お会いできて、光栄です」

と手を差し出した。母さんは、にこやかにその手を握ってから、バナージ少年を見つめる。

「これが、過感応の結果、か…脳波のデータ、あるかな?」

「えぇ、はい…こちらです」

ナナイさんはタブレット型のコンピュータを母さんに差し出す。母さんはそれをマジマジと見つめてふぅん、

と鼻を鳴らした。

「なるほどね…まるで、感情野を迂回して記憶野に直接バイパスしているような感じだな…。

 まぁ、逆説的だけど、当然かな」

「当然?」

母さんの言葉にナナイさんが聞き返した。そしたら母さんは、あぁ、と声を上げてから

「まぁ、あとで順を追って話すよ」

と言って笑って、ミネバ様の方を振り返った。それから、彼女の肩をポンとたたいて、また、笑う。

「彼も、彼の意思も、きっと生きてる。時間は多少かかるかもしれないけど…アタシが、必ず治してやる。安心しな」

そう言われたミネバ様の表情は、かすかに、だけど、安心したような気がした。
 

380: 2014/04/24(木) 21:36:36.45 ID:LSiKZqMvo

 「あの…“母さん”…」

不意に、マリーダがそう口を開いた。

「ん、どうした、マリーダ?」

「彼に、話しかけても構わないだろうか?」

マリーダは、すこし不安げに、母さんにそう聞いている。でも母さんは、ニコっと笑って

「うん、そうしてあげて。多分、脳神経自体に大きな損傷はないと思う。

 話しかけて刺激してあげれば、良い影響が出るかもしれないしね」

とマリーダに言った。それを聞いたマリーダは、コクリと頷いて、バナージくんのそばまで歩み寄る。

そして、虚空を見つめる彼の手を握った。

「バナージ…姫様を守ってくれて…感謝している…ありがとう。今度は、私がお前を助ける番だ。

 どんなに時間がかかっても…それでも、私は、お前と姫様のために、力を尽くすと約束する…

 だから、早く、元に戻ってくれ…頼む…」

「マリーダ…」

マリーダの言葉を聞いて、ミネバ様がそう呟いた。

なんだか、マリーダが、どれだけミネバ様のことを想っているかが、私にも伝わってきたような気がした。

そして、バナージくんにも、マリーダは、強い信頼を置いているようにも感じられる。

彼女は、確かにつらい経験をしてきた子だ。でも…それでも、彼女には、最後には、支えてくれる大切な人たちがいた。

支えなきゃいけない、守らなきゃいけないと思える人もいた。

きっとそれが、マリーダを戦場で生きながらえさせたんだろう。

強化人間の洗脳から、一線引いたところに、彼女をとどめさせたんだろう。

 きっと、彼女のマスターと言う人も、同じくらい暖かい人なんだろうな…

もう、ペンションに到着してるはずだよね…。

早く、会わせてあげたいな…私は二人の様子を見ながら、そんなことを思っていた。



 

381: 2014/04/24(木) 21:37:05.21 ID:LSiKZqMvo




 「やっと泣き止んだな、ハマーンちゃん…じゃない、カーラ、か」

「申し訳ありません…挨拶もせずに、このような姿を見せてしまって…」

「あぁ、まぁ、そう言うことは気にしないで。ウチのウリは、そう言うのを全く気にしないところだからな」

「ご配慮、痛み入ります…」

「あはは、あんまり畏まらないでくれよ、アタシもなんだか窮屈に感じちゃう」

母さんが、ソファーに座ってアイナさんにもたれかかっているハマーンさんに、タオルを渡しながら、そう言って笑っている。

いや、なんて言うか、ものすごくびっくりしてるけどね、アタシ。

だって、あのハマーンさん…あ、いや、カーラさんは、あのときフレートさん達の船で聞いた無線の人でしょ?

ジュドーさん達の知り合いだったって言う…あのときは、あんなにツンツンした声の人だったのに…

この変わり様は、一体どういうことなの!?

だって、今のカーラさんは、なんて言うか、アイナさんみたいに、おしとやかで丁寧で、イイトコのお嬢さん、って感じだ。

 「カーラさんは、アイナさんと知り合いだったの?」

レベッカはツンツンのカーラさんを知らないから、さして驚いた様子もなく、そうアイナさんに聞いた。

「ええ…私の一族、サハリン家も、ハマーンのカーン家も、元々はダイクン派の政治家の家系だったんですよ」

「ダイクン、って、確か、ジオンの…思想家、の?」

うんうん、その名前は、インダストリアル7でおじいちゃんから聞いたね。

ニュータイプの存在を言い当てる様な言葉を残したって言う人だ。

「ええ、そうです。ですが、当時の政争はすさまじく、私の父は、ダイクン派とザビ派の争いに巻き込まれて失脚し、

 その後に病氏してしまったのです。

 その後、ジオン・ダイクンも亡くなり、ザビ派がダイクン派の政治家の粛清を行いました。

 その中をうまく生き抜いたのが、カーン家です。当主のマハラジャ・カーン様は、

 その後、サビ家の重臣として、政局にかかわることとなりました。私達兄妹は、父が亡くなってからしばらく、

 同じダイクン派で、交流のあったマハラジャ様に本当に良くしていただきました。

 兄が…当主としてサハリン家再興を目指すにあたって、サビ派に根回しし、

 受け入れていただける土台を築いてくれたのも、マハラジャ様でした」

アイナさんは、そこまでは難しそうにしていたのに、とたんにクスっと笑って

「カーン家にお世話になっている間、私は、彼女の教育を頼まれていたんですよ」

とカーラさんを見やった。カーラさんは、なんだか恥ずかしそうにモジモジして

「ね、姉様…!あの頃の話は…やめてください!」

なんて言っている。うーん、と、誰だっけこれ?カーラ、うん、そう、カーラさんだ。

これは、あの船で聞いたハマーンって人とは別人だ。きっとそうに違いない、うん。

「良いではないですか。お転婆でこれと思ったらどこまでもまっすぐに突き進むあなたは、とてもかわいらしかったんですよ」

「で、ですから、それは…まだ、私が10歳にもならないころの話ではないですか!」

アイナさんが何か言うたびに、カーラさんは顔を赤くしてそんな風に訴えている。

なんだか、まるで、本当に10歳の子どもみたい。

見ているだけで、カーラさんがどれだけアイナさんを信頼して、頼りに思っているのか、って言うのが分かる。

それはなんだか、見ているだけで、気持ちがあったかくなってくるような光景だった。
 

382: 2014/04/24(木) 21:37:37.42 ID:LSiKZqMvo

 と、テーブルの方から声が聞こえる。うーん、あっちは、そう言う穏やかな雰囲気じゃないよね…

なんだか、みんな落ち着かないみたい。

 そこにいたのは、男の人ばっかり、10人くらい。

レナママとマリオンが対応しているけど、なんだか心ここにあらず、って感じだ。

「へぇ。じゃぁ、1年戦争当時は学徒部隊だったんだ?」

「はい、って言っても、俺はモビルスーツ隊は欠格で、輸送船のクルーだったんですけどね。

 今思えば、前線に出てったやつらに比べたら、楽な任務だったんだなって思います」

「まぁ、そうとも言えるけどね…無事だったんだから、良かったじゃない」

「レナさんも、元軍人、って、あのチビっ子が言ってましたけど、そうなんですか?」

「あぁ、ロビンが?そうそう、私は、キャリフォルニアに降りたんだよ。ジャブロー降下作戦にも参加したりね」

「ほ、本当ですか!?」

「エリートパイロットじゃないですか!」

「いやぁ、あの作戦もロクなもんじゃなかったよ…

 私の隊の、隊長も、後輩も、結局、降りる前に撃墜されちゃったからね…

 あとから聞いた話じゃ、どうも地上での降下はそれ自体が囮で、本命は地下水脈から潜入した水中部隊だった、

 なんて噂だし」

「激しかったんでしょうね…」

「そりゃぁ、ね…あ、えっと、ジンネマン元大尉は、1年戦争時は、どこに?」

レナママが、さっきから一番ソワソワしているおじさんにそう声を掛けた。おじさんはハッとした様子で

「ん、あ、あぁ、俺はアフリカ戦線だ。宇宙にも逃げられず、その後しばらくは捕虜生活さ」

と言葉少なに答えた。ママはその様子を見て、それ以上聞くのを諦めていた。

まぁ、仕方ないよね…アタシは、おじさん達がここへ来たときに、大まかに理由は分かった。

おじさん達、庭先にいたレオナママのことを見て、マリーダなのか?

って、戸惑っていたから、ね。きっとこの人が、マリーダのマスターってやつなんだろう。

話で聞いていた、強化人間のマスターって人は、もっとこう、人間を道具くらいにしか思ってない人、

って感じだったんだけど、この人の感じは全然違う。

それこそ、アタシが宇宙で、マライアちゃん達を心配しているときと、全くおんなじ感じだ。

このおじさんも、それから、他のクルーの人たちも、マリーダのことを本当の家族みたいに思ってるんだな、ってのが、伝わってくる。

ふふ、これじゃ、マリーダに再会出来たら、きっと泣き出しちゃったりするんじゃないかな。

それ、ちょっと見てみたいなぁ…早く帰ってこないかな、マライアちゃん達…

 そんなことを思って、アタシは何気なく感覚を集中させていた。そしたら、感じた。マライアちゃんの感じ…!

それに、マリにプルにマリーダに、あと、カミーユさんも、ミネバ様もいるみたい!もう着くところかな?
 

383: 2014/04/24(木) 21:38:08.43 ID:LSiKZqMvo

―――今、ガレージの前に着いたよ

アタシが思ったら、そんな声が頭に響いて来た!良かった、ようやく、だよ!

アタシは嬉しくなってイスから飛び上がった。

「ん、どうした、ロビン」

母さんがそう言ってきたけど、すぐに、母さんも感じたみたいだった。

「あぁ、帰ってきたか」

そう呟いて、母さんも立ち上がる。それに、レベッカもソファーに跳ねるみたいにして立つ。

ご飯の準備しなきゃね!きっとみんな、腹ペコに決まってる!こんなにたくさんお客さんが来るのは初めてだから、

アタシとレベッカとキキとで、気合入れて作ったんだからね!きっと、喜んでもらえると思うんだ!

 アタシはそう思って、レベッカと顔を見合わせてから、母さんと三人で、キッチンへと駆け込んだ。

 キッチンで保温していたお皿を、リレー形式でテーブルに準備していたら、ホールの扉が開いた。

「んー!良い匂い!」

マライアちゃんが、嬉しそうな表情で、そんな声を漏らしている。そんなマライアちゃんの脇から

「わっ!今日はなんだろう!?」

と言いながらヒョコっとマリが顔を出した。そのとたん、ジンネマンさんがガタっとイスを引いて立ち上がった。

「マ、マリーダ…!」

他のクルーの人たちも、ゆっくりと立ち上がってマリの方を見つめている。

プルはその視線に気づいて、なんだかぎょっとした表情をした。

「い、いや、私確かに一応、マリーダって名前だけど…その、えっと…多分、お探しのマリーダとは別人だと…思います…」

そんな様子を見て、マライアちゃんがブッと吹き出して笑った。と思ったら

「ほら、止ってないで、早く入ってよ!」

と言いながら、マリの背を押してホールにプルが入ってきた。

「マ、マリーダか!?」

ジンネマンさんは、今度はガンっ、とテーブルの上に前のめりになる。

「ジンネマンさん、私、プルだよ。ルオコロニーで話したでしょ?」

そんなことを言っているプルの脇で、マライアちゃんが声を頃してお腹を抱えて笑っている。

ジンネマンさんは、なぜだか、カチコチに固まって反応しない。

そんなジンネマンさんとマライアちゃんを気にも留めないで、プルは後ろを振り返って、誰かを手招きした。

そして、プルに手を引かれて、マリーダがホールに入ってきた。

「マリーダ!」

「…マスター!」

ジンネマンさんがそう叫んで、テーブルを乗り越えてマリーダに飛びつく。

マリーダも、声を上げて、ジンネマンさんに抱き着いた。

 そんな二人のすぐ横からカミーユさんとミネバ様に、ナナイさんもホールに姿を現した。

ナナイさんとカミーユさんは入って来るなり、抱き合っている二人を見て、不思議そうな表情をしている。

ミネバ様はなんだか感慨深げな表情だ。
 

384: 2014/04/24(木) 21:38:37.66 ID:LSiKZqMvo

 マリーダ、やっぱり、ずっと会いたかったんだよね…心配だっただろうな…

「ほら、ロビン、ピザ」

と、レベッカがニコニコしながらそう言って抱えていたお皿をアタシに押し付けてきた。

「あぁ、ごめん」

アタシはそれを受け取って、テーブルの上に並べる。

「はは、ようやく会えたな」

ふと、声がしたのでみたら、母さんがサラダのボウルを抱えて立っていた。

母さんは、まるでアタシやレベッカや、マナマヤを見るみたいに優しい、温かい表情をしていた。

それを見たら、アタシもなんだか、気持ちが弾むような感覚になった。

二人とそれを見ているガランシェールで一緒だったって言う、マリーダの家族たちは、なんだかとっても幸せそうだ。

安心と、弾けそうに嬉しい感じと、それから、なんだかよくわからない、

胸をキリキリ締め付けるみたいな切なさが伝わってくる。

「良かった…」

アタシは思わずそう呟いていた。そしたら、ポンポン、と頭に何かが乗った。もちろん、それは母さんの手だ。

「いいよな、こういうの」

母さんも嬉しそうに笑っている。

「うん!」

アタシもいつのまにか笑顔になって、そう答えていた。

 大切な人との絆を紡ぐ場所、心に受けた大きな傷を癒す場所、美味しい料理と、

穏やかな時間を楽しんでもらえる場所。

ここが、アタシ達の自慢のペンション、アタシ達の自慢の場所、アタシの自慢の家族なんだ!




 

390: 2014/04/25(金) 01:37:17.99 ID:/KTZDBzVo
 あたしが姫様たちをペンションに案内してすぐに、ホールでいつもの騒ぎが始まった。

しばらくしたら、シーナさんのところと、デリクとソフィアに、マーク達とミリアム達にそれからクリスとなんでかシローと仲良しになった彼女の旦那のなんとか、って小説家の人も来てくれた。

さすがに集まりすぎでいったいぜんたい何の会合なのかわけわかんなくなってたけど、まぁ、でも、みんなしばらくはこの島に滞在する予定だし、

とりあえず顔だけでも覚えておいてもらえれば、あとはまぁ、少しずつ時間をかけて知り合っていけばいいし、ね。

 今日の分の食費やなんかは、あたしの方からまとめておじいちゃんの方に請求を出すつもりだ。

ちょっと図々しいけど、おじいちゃんが来た時に、それ以上のおもてなしをすればいいわけだから、そこら辺は抜かりはない。

もちろん、そのときの代金はお客さんとしてやってくるおじいちゃん持ちだけど、そういう“細かい”金額を気にするようなおじいちゃんじゃないから、ね。

 夜もずいぶんと更けて、アルバに住んでるみんなは、それぞれ家に戻って、カランシェールの面々と姫様にメルヴィに、カーラとナナイさんは、ペンションの客室へと上がってもらった。

もちろん、これもルオ商会に請求するけどね。こっちも商売だから、部屋が埋まっちゃってるのは、あんまりよろしいことじゃないし。

 ロビンとレベッカに、遅くまで残ってくれてたアイナさんとキキとで、ホールの後片付けをしてくれた。アヤさんは、明日は島に行くんだ!

と張り切っていて、夜な夜なレナさんと船のチェックに向かってしまった。あれ、なんかいやらしいことするつもりだな、たぶん。

あたしは、そんな勝手な疑惑を胸に秘めつつ、マリオンにマヤマナの寝かし付けを頼んで、宿直室で今日の分の帳簿を書いてから、シャワーを浴びてきた。

帰って来て早々、あたしは宿直当番の名乗りを上げた。

今日はレオナの当番の日だったけど、もし困ったことがあったときには、あたしが居た方が、みんなも安心するかな、と思ったからね。

シャワーから上がって、適当に髪を結わいて、最後のお仕事、ペンションの見回りをする。

懐中電灯片手に、ペンションの中の照明を、非常灯に切り替えたり、窓の施錠とかを確認するだけのことだけど。

二階へあがって、廊下の照明を消していく。ガランシェール隊のものらしい、盛大ないびきが廊下まで聞こえてくる。

ふふ、ゆっくり休めてもらってるな。マリーダとの再会は、マリとプルが先に出て来て可笑しかったけど、でも、嬉しそうで本当に良かった。

ルオコロニーであたしとプルと話をするまでは、彼ら、マリーダが氏んだものと思っていたんだから、嬉しいにきまってるよね。

思い出すだけで、なんだか幸せな気持ちになってくる。

あたしは、足取り軽く、二階のチェックを済ませてから、一階に降りて玄関ホールと裏の納戸の施錠を確認する。

それからキッチンへ戻って、火の元を確認してから、夕方からみんなで騒いだホールへと出た。

 と、あたしは、すでに非常灯に切り替わっている薄暗いホールの奥のソファーに誰かが座っているのに気が付いた。

 「あれ、カーラ。まだ起きてたの?」

そこにいたのは、カーラだった。

391: 2014/04/25(金) 01:38:50.91 ID:/KTZDBzVo

「あぁ、アトウッド」

カーラは、どこか穏やかにそうあたしの名を呼んだ。

「どうしたの?眠れない?」

あたしが歩み寄ってそう聞くと、カーラは鼻で笑って

「あぁ、情けないことだがな」

と吐き捨てるように言った。情けない、って、眠れないのがそんなに情けないことなのかな?そう思ったので、あたしはそのまま聞いてみた。

「別に、眠れないってだけで情けない、なんて言いすぎだと思うけど…枕が変わると、眠れないタイプだ、とか?」

「いや、そうではない…」

カーラはそう返事をして、深くため息をついた。なんだろう、この感じ…なんだか、ずっしりと重い感覚だ…

この子、何か、変なこと考えてるんじゃないのか…

あたしは、そう思わされてしまった。自殺、とまでは言わないけど、でも、もしかしたら、このままフラっと姿をくらましたりとか、

なんか、そういう気持ちになっているんじゃないか、って思ってしまうような、そんな感じだ。

あたしは、なんだか不安になって、カーラの隣に座ってさらに質問を続ける。

「だったら、どうしたの?」

そしたらカーラは、ふぅ、と大きなため息をついて言った。

「今日は、楽しかった。私の人生の中でも、こんなに楽しかったのは、子供のころ以来だと言って良い…だが、気付いてしまったんだよ」

なにに?という代わりに、あたしは彼女の顔を覗き込みながら首をかしげる。

するとカーラは、ソファーの背もたれにトスっと身を預けて、溜息とともに言った。

「ダブリンでも、こうだったのだろうか、と、な」

ダブリン…?6年前の、あのコロニーの、落下地点…?

「コロニーの?」

「あぁ…私がしたことは、連邦の権力者どもを抹頃しただけではない…このような日常をも、奪い去ったのだな…」

そう、かすれた声で言ったカーラは、頭を抱えるように、身を丸めてうなだれた。

 そうだ。彼女は、旧ネオジオンの摂政。事実上の権力者で、地球侵攻作戦や、ダブリンへのコロニー落としを指揮した人物。

彼女のせいで、確かに多くの人命が失われた…彼女ほどの人が、それを悔いているというの?

「後悔しているの?」

「後悔か…そうだな。あの男に憑りつかれ、我を忘れた自分自身を悔いているのだ」

カーラは、そう言って顔を上げた。

「…愚かだな、私は…アイナ姉さまが、あれほど私の手本となってくれていたはずなのに…

 この言葉遣いにしても、人を人とも思わぬ行動にしても、私は、姉さまから何一つ学べてなどいなかったのだ」

ハラリと、彼女の頬に涙が伝った。あたしは、なんだか…こういう言い方が正しいのかはわからなかったけど、彼女がかわいそうだ、と、そう思った。

392: 2014/04/25(金) 01:39:31.11 ID:/KTZDBzVo

シャア・アズナブル、クワトロ・バジーナは、確かに、魅力的な人だった。

父として、兄として、男性として、リーダーとしての素質を持った、すごい人間だったと、あたしも思う。

それでも…ううん、それを恐れたからこそ、ザビ家は彼を殺害する方法を模索したんだろう。

結果的に、それは成功せず、キャスバル・ダイクンは、シャア・アズナブルとしてジオン軍に入隊し、ザビ家を討った。

そして、その後は、クワトロ・バジーナと名乗って、ティターンズやアクシズと戦うことになったけど…

ある意味で、ザビ家の行動は成功していたともいえる。彼は、その時にはもう、歪んでしまっていた。

愛したものを愛していると言えず、傷つけ、苦しんだ。そうしながら、それでも彼は、彼を受け入れてくれる何者かを探していた…。

たぶん、その何者か、が、アムロだったんだと思う。アムロの方はどうか知らないけど、少なくとも、クワトロ大尉は、アムロに固執し、

アムロや、アムロの大切なものを傷つけながら、それでもアムロに理解と受容を求めていたんだ。

カーラは、そういう男に、憑りつかれた。彼女は、彼を愛し、彼を倣った。彼以上に彼になろうとした。

あるいは、彼が、カーラを裏切ったことを認められずに、彼を真似ることで、彼を自分の中に取り込みたかったのかもしれない。

 その気持ちを、あたしは、十分に理解が出来ていた。だって、あたしも同じだったから。ううん、今だってそうかもしれない。

あたしは、ミラお姉ちゃんのようになりたかった。アヤさんのようになりたかった。うん、やっぱり、今でもそうなりたいって思ってる。

誰かを助けるために勇敢に戦えるミラお姉ちゃんのように、誰かの暗闇を、まっすぐに見つめて、まっすぐに踏み込んで、明るく照らすアヤさんのように、あたしは、なりたい。

きっと、そう思うこと自体は悪いことじゃないんだって思う。誰にだって、憧れはある。理想だってある…

だけど、もし、カーラが…幼い日のハマーン・カーンが愚かだった、というのなら、シャア・アズナブルという男のことを見極められたなったことだろう。

でも、ある程度分かっていたあたしだって、3年前は完全に彼の雰囲気にのまれて、危うく、ミリアムと刺し違えるところだったくらいだ。

当時まだ14歳だった、今のロビンと変わらなかった彼女が、彼を目の当たりにして冷静でいられるはずはなかっただろう。

特に、恋心なんて抱いていたんじゃ、余計に…ね。だから、気にすることなんて、ない…

一瞬そう思ったあたしの気持ちに、なにか棘が刺さってみたいな違和感が生まれた。

あたしは、その違和感の正体を探ろうと、自分の気持ちに注意を向ける。

なんだろう、この違和感…あたし、彼女に大丈夫たよ、ってそう言ってあげようと思うのに…うまく言葉が出てこない。

うまく、気持ちが付いてこない…こんなのは、初めてだ…

どうして…?いったい、なにがそんなに気にかかるというのだろう?

そう思ったあたしの胸の内に、ふっと、その理由が浮かんできた。

そう…この子は、ダブリンに、コロニーを落としたんだ…

393: 2014/04/25(金) 01:40:04.21 ID:/KTZDBzVo

「まぁ、気にするな、って言っても、そうもいかないと思うし…すっぱり忘れちゃう、ってのも、違うと思うし、ね…あ、ねぇ、今日会った、シーナさん、って覚えてる?」

あたしはカーラの顔を覗き込むようにして尋ねた。彼女は、ふっと首をかしげてから

「あの、髪の長い女性のことか?」

と聞き返してくる。

「そうそう、正解。あの人ね、もとの名前は、シーマ・ガラハウって言って、ジオン軍の中佐だった人だったんだよ」

あたしは、カーラの顔色を確かめながらそう告げる。案の定、カーラの顔色がみるみる変わった。

驚いているのと、まるで、おぞましい何かを感じたような、そんな雰囲気だった。

「まさか…あの、シーマ艦隊の指揮官だというのか?」

「そう、その通り。彼女が、当時のサイド2の8バンチコロニー、アイランドイフィッシュをガス攻撃した部隊の指揮官」

「そのようなものが、なぜこんなところに!?」

カーラは憎悪とも驚愕ともいえない表情で、あたしにそう聞いてくる。

「彼女はね…知らなかったんだよ」

「知らなかった…?」

「うん…彼女は、アイランドイフィッシュを、無血奪取せよ、と命令を受けていた。

 彼女の部隊が抱えていったガスボンベも、催眠ガスだと聞かされて、ね…。あたし、その話を聞いてから、一応、本当かどうか調べたんだ。

 そしたらね、無線記録を見つけたの。発は、キシリア中将、宛は、当時の彼女の上官だった、アサクラって大佐だった。

 その任務を任されたのはね、彼女の部隊が初めてじゃなかった。キシリア中将から、毒ガス攻撃の命令を受けた部隊は、3つ。

 そのうち2つの部隊の指揮官は、それを拒否して反逆罪で射殺された。

 そこで、最後の1隊、シーマ艦隊には、そのアサクラって大佐にこう命令が下ってた。

 『“造反なきよう、本攻撃は、催眠ガスによる、無力化が目的である”と説明せよ』って、ね。なんなら、マスターデータもあるけど、聞いてみる?」

あたしが言ったら、彼女は首を横に振った。まぁ、聞きたいようなものでもないだろうし、ね…カーラはそれから、力なくうなだれた。

「…彼女たちは、知らなかったのか…それにも関わらず、大罪と汚名を背負わされ、アクシズへも来れずに…」

「まぁ、そうなんだ。で、ね。この話には、まだ続きがあって」

あたしが言うとカーラは、顔を上げた。大丈夫、ハッピーエンドとは言えないかもしれないけど、でもね、救いのない話ではないと思うんだ。

「0083年の、デラーズフリートの決起に、あたしは連邦の防衛隊として参加してた。そのときに、撃墜された彼女を拾ったの。

 あたしは、味方に内緒で彼女を保護して、こっそり地球に…っていうか、この島に送ったんだ。

 そしたらね、ここには、アイナさんと夫のシローが遊びに来てた」

「アイナ姉さまが…?」

「うん。夫の、シローはね…アイランドイフィッシュ出身で、攻撃のあったときには、連邦の下士官として、あのコロニーにいた…

 彼は、目の前で、シーマ・ガラハウと彼女の部下に、家族や友達を、コロニー全体が殺されるのを、見ていた…そんな二人がね、ここで出会った」

カーラは愕然としていた。彼女の心のうちに混みあがってきていたのは、恐怖だった。

もし、自分が、ダブリンで生き残った人間にあったとしたら、どんな目にあうか、なんてことを想像しているのかもしれない…

そんなカーラを確認しながら、それでもあたしは続けた。もう、自分でも、止められなかった。

394: 2014/04/25(金) 01:40:50.25 ID:/KTZDBzVo

「そこで、シイナさんは言ったんだって。自分のことは、気が済むのなら頃してくれていい、って。

 でも、部下のことだけは、許してやってくれ、って。

 彼らは、何一つ知らなかったんだ、自分が命令しなければ、そんなことをするようなやつらじゃなかったんだ、って。それを聞いたシローはね…

 笑ったんだって。わかったよ、って。信じるよ、って。

 それから、部下や、コロニーのみんなの分まで、ちゃんと生きてくれ、ってシイナさんにお願いしたんだって」

「あの男性が…?」

カーラは、ホールであった、アイナさんの夫のシローのことを思い浮かべているみたいだった。それから、呆然とあたしの顔を見つめる。

「それから、シイナさんは、当時の部下を捜索しながら、戦時被災者を救護する団体を立ち上げた。

 それこそ、ダブリンにコロニーが落ちたときには、3日後には現地に入って、救助活動に参加していたんだ…」

あたしはそこまで言って、じっとカーラを見つめた。そして、思っていたことを、彼女に伝えた。

「あたしはね、カーラ、あなたが、シイナさんと同じだとは思わない。

 いくら、クワトロ大尉のせいで混乱していたからって言っても、ダブリンへのコロニーは、あなたの意思で落とされた…

 あたしはね正直、あなたを許す気には、なれない…戦争だから、仕方なかったとも思えない…

 さっきあなたが言ったように、今日、このホールで過ごした穏やかだったかもしれないダブリンを、あなたは、一瞬で、地獄に変えたんだよ」

カーラは、あたしをキッとにらみつけた。でも、次の瞬間には、その表情のまま、目に大粒の涙を浮かべて、しまいには、ぽろぽろとそれを頬にこぼし始める。

「わかっている…」

カーラは、目を伏せて、そうつぶやいた。

「わかっている…私は…私は…」

カーラは、そう言ってまた、頭を抱える。ごめんね、カーラ…でもね、あたし、言っておかなきゃいけない、ってそう思った。

あなたを責めるつもりはない。でもね、あなたのしてしまったことは、あまりにも重すぎる…

あなたが決して、それから逃げようだなんて思っているとは思わない。

だけど、あたしは、一人の平和を求める人間として、あなたに戒めみたいなものを与えてあげなきゃいけないんだと思う…

あなたの幸せを、今のあたしは、願ってあげられない…だって…だって…あそこで、氏んだんだ、ハヤトは…彼は、フラウと子ども達を残して…

あの場所で…。

 カーラは、声を頃して、子供のようにしゃくりあげていた。あたしは、そんなカーラの隣に座ったまま、奇妙な脱力感に襲われていた。

シローは、すごいな…知らなかったにせよ、彼は、家族や友達を頃したシイナさんを許してあげられたんだ…

ハヤトが氏んじゃったことで、あたしはカーラに対する気持ちがこんなに整理がつかないのに、家族が…

あたしにとっての父さんや母さんや兄さんや、アヤさん達が氏んじゃったのと同じくらいのことなのに、シローは、許してあげられたんだ…

それに比べて、あたしは、ダメだね…あなたのこと、嫌いじゃないのに。

かわいい子だな、ってそう思うのに…ごめんね、カーラ…本当に、ごめんね…

 あたしは、いつのまにか静かに涙を流しながら、心の中で、なんどもそうつぶやいていた。



 

403: 2014/04/27(日) 03:52:42.78 ID:LhX8FjPvo




「ミネバ様!あ、じゃなくって、ジュリア!こっちこっち!」

「はい!今まいります!」

「メルヴィも!大丈夫だって、そんなに怖がらなくったって!」

「い、いえ、ですが…」

「メルヴィ、一緒に行こう。手、持っててあげるから」

「プルと私でエスコートするよ!」

「わー!マリーダがずっこけた!」

「くっ…!ゲホゲホッ!砂に足を…!このサンダルとかいう履物、どうにかならないのか!」

ロビン達が腰まで海に浸かってはしゃいでいる。どうやら、いつもの熱帯魚をこぞって探しているらしい。

あれだな、ホールに大きい水槽でも買おうかな?そうすりゃぁ、いつでもあの魚見られるし…

いや、海で見るからいいのか。ちっぽけな水槽に入れておくなんて、ちょっと野暮だもんなぁ。

「アヤさん、お肉、もういる?」

そんなことを考えてたら、マリオンが小さな声でそう聞いてきた。

「あぁ、うん、頼むよ。おーい、野菜焼けたぞ!」

アタシはマリオンにそう頼んでから、海の中で遊んでる子供たちに大声で怒鳴った。

「はぁーい!」

ロビンがピョンピョン飛び跳ねて返事をしてる。

「いったん上がろう!お昼お昼―!」

マリはいつものように、食事には目がないみたいだ。

「…うわっ!」

と、突然マリーダがつんのめるようにバランスを崩した。また砂に足でもとられたか?

そう思ったのもつかの間、マリーダは派手に海面に倒れこんでしまった…

前を歩いていたジュリアのトップスをはぎ取りながら…

「なっ…!何をするのです、マリーダ!」

「わー!ちょちょちょ!かくして!みんな!ジュリアを守って!SPのごとく!」

「見ちゃダメ!男性は見たら、銃殺刑!」

「あっ!プル!私、手を離されたら…!わっ!」

ジュリアを目隠しするために飛び出したプルが手を放してしまったせいで、今度は慌てたメルヴィが海に倒れこんだ。

「わー!メルヴィ!」

「ロ、ロビン!そこ動いたらジュリア丸見え!」

「ジュリア、しゃがんで!首まで浸かって!」

「マリーダ!早く、水着を返しなさい!」

「も、申し訳ありません、姫様!」

「メルヴィ!大丈夫?!」

「ゲホっゲホっ!ひ、ひどいではありませんか、プル!」

「ご、ごめん!びっくりしちゃって…!」
 

404: 2014/04/27(日) 03:53:11.21 ID:LhX8FjPvo

…なぁにやってんだ、あいつら?まぁ、楽しそうだからいいか。好きにやらせとこう。

アタシは半ばあきれて、野菜を男連中に盛って手渡す。

「いやぁ、良いなぁ、こういうところ…」

そんな男連中の中の一人、無線を担当していたっていうチュニックがそうつぶやいた。

呆れていたアタシだけど、その一言を聞いて閃いてしまって、次の瞬間には思わず叫んでいた。

「おい!チュニックが見ちゃったらしいぞ!」

「な!本当ですか!?」

「ちょ!な、何を言うんですか!」

「銃殺だ!」

「いや、手っ取り早く沈めよう、そうしよう!」

「よし、アルバ島防衛隊、出撃!」

マリがそう叫ぶやいなや、プルとマリとロビンにレベッカが駆け出した。

アタシが言うのもなんだが、ご愁傷様だな、チュニック。

あいつらが束になったら、アタシでもちょっと危ういぞ?慌てるチュニックに、ロビン達が一斉に襲い掛かる。

「や、やめろ!」

案の定、チュニックはロビンに腕の関節を決められたところを、マリとプルに引き倒され、

レベッカとロビンがそのまま両足を抱えて、両腕をマリとプルに掴まれて、そのまんま海の中に投げ飛ばされた。

ガランシェールの連中が声をあげて笑い出す。もちろん、アタシもおかしくって笑う。

それにナナイも、一緒に来ていたアリスさんと、それからレナもマリオンも声をあげて笑っていた。

そんな様子を、カーラだけは、ポツンと船のデッキに腰かけたまま、呆然と見つめていた。

 今朝方、メソメソ泣きながらアタシのところにやってきたマライアに、大雑把に話は聞いた。

正直なところ、一瞬、なにをバカやってんだ、と言いそうになったけど、でも、アタシはマライアを怒れなかった。

代わりに、アタシは黙って、マライアを抱きしめてやった。マライアも、苦しかったんだろう。

そうでもなけりゃ、あんな泣き方して、アタシのところに話になんて来ない。

アタシは、そんなマライアの気持ちを受け止めてやりたいと、そう思った。

カーラの方は、まぁ、あとでじっくり話をしてやろう。

そうだな、できれば、アイナさんも一緒にいてもらえたら助かりそうだ。マライアの気持ちも、十分わかる。

でも、せっかく、こんないい天気なんだ。前を向いてもらいたいと思うのが、アタシと、レナの気持ちだ。

な、そうだろ、レナ?

 なんて思って、マリオンと一緒にクーラーボックスから野菜を出しているレナを見やったら、

レナは何も言わずに、ニコっと微笑んだ。

―――うん、そう思うよ

だよな!
 

405: 2014/04/27(日) 03:53:42.96 ID:LhX8FjPvo

 子ども達にも野菜を配って、鉄板を網に取り換えてからその上にレナと一緒に肉を並べる。

ジュウゥと言う音とともに、香ばしい匂があたりに漂う。

今日のは、人数もいるしとびっきり、って言うんでもないけど、でもまぁ、そこそこの肉を仕入れたつもりだ。

オーストラリア産だったかな?

あそこも、コロニー落下の影響でしばらくは家畜なんて飼える状態じゃなかったらしいけど、

ここのところは割と市場に出回るようになった。

復興の勢いも加速がついているらしいし、まぁ、こないだのトリントンでのことはあったにしても、

普通の市民が暮らしていけるようになってきてるんだな、ってのを実感できる。

そんなことでも、アタシにとってはなんだか嬉しいことのように感じられた。

 「うぅぅ、おいしそう!アヤちゃん、お肉まだ焼けないの!?」

マリが奇妙に体をくねらせながらそう聞いてくる。もう、我慢の限界だって言いたいらしい。

「今乗せたばっかりなんだから、もうちょっとだけ我慢してくれよ」

アタシが笑いながらそう言ったら、マリは今度はなんでかクルクル回りながら、

「待てない!早く!はっ、やっ、くっ!」

と踊りだしてしまった。まったく、ホントにあんたは、レオナの妹だよな。

そう思ったら、また、可笑しくって笑えてしまった。

 マリやプルに、ロビン達にとってはいつものことだけど、宇宙から来たガランシェールの連中にとっては、

バーベキューなんてよっほど珍しいらしくって、口々に、

「こんなうまいもん初めてだ!」「うちの船で食ってたあれは、本当に食い物だったのか?」なんて言いながら、

用意していた分の肉と野菜をペロっと平らげてしまった。

喜んでもらえたのも嬉しかったけど、ちょっと量が少なかったかな?

軍人てのは、なんでか知らないけど揃いも揃って良く食うんだよな。

 もうちょっと食わしてやりたいけど、もう残りはないしな…あとは、自給自足、か。

「レナ、ここちょっと頼めるか?」

「うん、いいけど、どうしたの?」

「いや、ちょっと、食糧追加、だ」

「あぁ、うん、了解」

アタシが言ったら、レナはそう返事をして笑ってくれた。
 

406: 2014/04/27(日) 03:54:27.96 ID:LhX8FjPvo

 アタシは船の後部デッキの床下の物入れから、釣竿を引っ張り出す。

エサは、網やら袋に残った肉の欠片さえあれば十分だ。

時間的には潮が止っちゃってるから、あんまり食いつきは良くなさそうだけど、

この時期なら、このC字型した島の突端のところの岩場から外に垂らせば、パームヘッドが掛かるはずだ。

あとは…もう一本仕掛けを作って、そっちは置きっぱなしで海底のヒラメ辺りを狙っておけば、

まぁ、何かしらは釣れるだろ。

 準備を終えてデッキから砂浜に降りたら、食事を終えたロビン達は、

いつもの食休みと同じに、代わり順番に穴を掘って砂に埋まって笑っている。

でも、あれなら、海が怖いらしいメルヴィも楽しめるな。

と、そこにガランシェール隊の連中も加わって、ケタケタ笑いながらマリーダに大量の砂をかぶせている。

あれ、マリーダ、キレるな、そのうち。なんてことを考えてたら、ふと、アタシの視界にあいつらの隊長が入った。

スベロア・ジンネマン、って言ったっけ。確か、マリーダのマスターだ、って言ってたよな…

ガランシェール隊は、家族なんだ、ってマリーダに言った、っていう…

 ふと、アタシはそのことを思いだして、気が付いたら、何となしに、ジンネマンさんに声を掛けてた。

「なぁ、釣りでもどうだ?あそこの突端から糸を垂れれば、食えるのが釣れるんだよ」

ジンネマンさんは、ちょっと意外そうな顔をしたけど、でも、ちょっと考えるしぐさをみせてから

「付き合おう」

と返事をして、髭もじゃの唇の端っこをクッと上げて笑った。

 岩場からみる海は、いつも通り青く澄んでて、底の方に魚が泳いでいるのが見える。

大型の回遊魚なんかが来ると、小さいのはみんな逃げたり隠れたりしちゃうけど、今のところはまだ大丈夫そうだ。

潮が動き出すとどうしてもあいつらはこの辺りをウロウロするから、潮が止ってる間にここで釣果が上がるのは、

回遊魚のいない間にエサを取ろうとする習性が小さいのに身に着いたせいだとアタシは踏んでいる。

まぁ、そのおかげで今度はアタシらに食われちゃうんだけどな。

 とりあえず手頃な岩に腰を下ろして、竿を一本ジンネマンさんに渡したアタシは、

レナに詰めてもらったバーベキューの肉の残りを針先にひっかけて海中に落とした。

トプン、と水音を立ててエサと重りが沈んで行って、プカっと浮きが立ち上がる。

 ふと、少し離れたところに腰を下ろしたジンネマンさんも、妙に手慣れた様子で針にエサを掛けて、

海へと投げ込んでいた。

「やったことあるの?」

アタシが聞くと、彼は

「ん?あぁ、昔な」

と静かに答えた。昔、か…

「地球にいたことでもあるのか?」

「あぁ…1年戦争のときだ。オデッサが奪回されてからは、陸路でアフリカへ転戦してな…そこで、捕虜になった。

 転戦の最中に、補給がままならなかったところを、地元の人間に教えられて、な」

ジンネマンさんは、なんだか遠い目をしてそんなことを話し始めた。
 

407: 2014/04/27(日) 03:55:16.73 ID:LhX8FjPvo

「あの戦争にゃ、イヤな思い出が多い。戦争が始まるずっと前から俺は軍にいたが…

 オデッサじゃぁ、部下の氏に目に何度も立ち会ってきた…逃げおおせたアフリカでも、だ。

 結局俺たちの部隊は満身創痍のまま連邦に包囲され投降。そこから終戦まで、収容所生活さ…

 あそこもまたひどかったが…その後のことに比べりゃぁ、まだのんきなもんだったさ…」

「その後のこと?」

アタシは、ジンネマンさんが妙に含んだ言い方をしたのが気になって、そう聞き返していた。

彼はアタシをチラっと見やってからふぅ、と大きくため息をついてアタシに聞いた。

「聞きたいか?」

うん…なにか、ありそうだな…こいつは聞いてやって、受け止めてやったほうがいいことだって、アタシはそう思う。

それがアタシのペンションでの役割だ。

「ああ…聞かせてくれよ。辛いんだろ、それ、自分の中に溜めこんでおくの」

アタシはジンネマンさんにそう伝えた。そしたら彼は、また、ふぅ、とため息を吐いて口を開いた。

「お前さん、グローブってコロニーを知ってるか?」

グローブ…?聞きなれないな…

「いや、すまない。知らないな」

「俺たちの、故郷だったコロニーだ」

ジンネマンさんは、そう言ったっきり、しばらく黙った。でも、アタシには分かった。

彼からは、とてつもない感情の混乱が沸き起こっているのが感じられる。

その故郷に、何かがあったんだ…

「その場所で、なにが?」

アタシは、怖かった。あまりにも急にこんな話になって、彼の中の感情が大きく膨れ上がるのを感じて、

正直、一瞬、ひるんだ。

でも…だけど、そんなのを、抱えさせたままにしておきたくはない。

それは、受け止めるアタシが感じる辛さの、何倍も苦しい筈なんだ…そう思えば、アタシは、そう聞かざるを得なかった。

「…ガス抜き、ってやつだ」

ジンネマンさんは、ポツリと言った。ガス抜き…?ストレス発散、って、やつか…?

コロニーで、どうやってそんなことを…い、いや、待て…まさか…

「…虐殺…?」

「…虐殺なんてことなら、まだマシだったろうさ…」

ジンネマンさんはそう言って、ワナワナと肩を怒らせた。彼の強烈な感情がアタシの胸をまるで焼き尽くすみたいにはい回る…

怒り…とてつもない、怒りだ…アタシは、それを、竿をギュッと握ってこらえる。

だけど、ジンネマンさんは、堰が切れたように、感情に任せて、言葉をつづけた。
 

408: 2014/04/27(日) 03:55:52.20 ID:LhX8FjPvo

「終戦後、サイド3の主だったコロニーには、連邦の宇宙軍が駐留していた…

 ア・バオア・クーの戦闘からそのまま駐留軍となったやつらは、故郷にも戻れずに溜まっていたうっぷんを、

 それぞれの場所で撒き散らし始めた。コロニーに住む、一般住人に、な…

 0083年のクリスマスイブだったって話だ…

 それを憂慮した連邦の指揮官は、当時、宇宙作業用員が暮らす小さなコロニーに目を付けた。

 1バンチコロニーの3分の1ほどの、小さく貧しいコロニーだった。

 あとから調べたところじゃ、連邦と、ジオンの当時終戦を決定した政府の密約はこうだ。

 『コロニー内での連邦軍人の違法行為は、徹底的に取締る。ただし、作業用コロニー、グローブはこれに含まない』…。

 連邦も、そして、連邦の力におびえた政府も、“受け入れ先”を探していたんだ…

 そして、生贄として祭り上げられたのが、グローブ…ほんの2日の出来事だったらしい。

 グローブに残っていた連中は、そのほとんどが殺された…ただ殺されたんじゃない。

 もてあそばれ、踏みにじられ…まるで、ガキが虫ケラを頃すのと同じように…」

ギリっと、彼は歯を軋ませた。弄ばれて…か。

それは、たぶん、慰み者にされたやつらもいただろう…

銃の的にされたようなやつらもいたんだろう…

おそらく、想像できる全てのことを、いや、想像できる以上のおぞましい出来事が、そこで起こったんだ…

アタシは、ジンネマンさんの怒りとは別の感情が沸き起こるのを感じた。

これは、アタシの怒りだ。

ふざけるなよ…無抵抗の人間をいたぶって…なにがガス抜きだ…何が終戦だ…何が…何が、地球連邦だ…!

「その後、事態が地球の本部に知れ、現場の司令官は解任…秘密裏に、銃殺された、なんて噂もあるが…真実は定かじゃねえ。

 ただその後、連邦は事態隠ぺいのために、グローブは、武装解除に応じないジオン軍残党が立てこもったため、

 やむなく攻撃し、これを壊滅させたと書類上の処理をした…それを信じる者も多い。

 信じたくない、と思う者も多いだろう。連邦だけではなく、ジオンにもな…だが、俺たちの故郷は、そうして闇へと葬られた…」

ジンネマンさんは、そう言って、懐から何かを取り出した。

それは、若い女性と、そして幼い女の子の姿が映し出された写真だった。

うん、アタシは、分かってた…彼の頭の中に、心の奥底にあったのは、その“叫び”だった…

「家族がいたんだな、そのコロニーに…」

「あぁ…」

アタシの言葉に、ジンネマンさんは、そうとだけ答えた。

いつの間にか…彼からあふれ出ている感情は、渦巻く怒りと憎悪から…心を切り裂いて行きそうな、悲しみに変わっていた。

「怖かっただろうに…痛かっただろうに…」

アタシは、その感情に揺さぶられるままに、そう口にしていた。

途端に、自分でも意識していないのに、ポロポロと大粒の涙がこぼれてくるのが分かった。

途端に、ジンネマンさんはアタシの顔を見やって、そして、自分も、涙でボロボロに濡れた顔を両手で覆った。

 それから、アタシ達はしばらく、釣りをするのも忘れて、こんな天気のいい日だって言うのに、爆発しちゃいそうな悲しみを吐き出すように、

アタシはただひたすら歯を食いしばって、無言で、ジンネマンさんは大声を上げながら、とにかく泣いていた。
 

409: 2014/04/27(日) 03:56:48.05 ID:LhX8FjPvo

 どれくらい経ったか、アタシは、顎の筋肉が痛むのを感じて、顔を上げて、大きく口を広げてから、

肺いっぱいに空気を吸い込んで、それをゆっくり吐き出した。

胸の内には、何もかもを失くしちまったみたいな空虚感が、ぽっかりと穴を開けている。

だけど、頭はなんとか、少しすっきりはしてきてた。アタシはその頭で、ジンネマンさんのことを考える。

彼にとって、売春宿で見つけたマリーダは、たぶん、あの写真に写ってた娘と重なったんだろう。

たぶん、そうだ。だから、マリーダを助けて、船に置いたんだ。

手の届かなくなる“安全な”コロニーなんかじゃなくて、今度は、何があっても、自分自身で守るんだと、そう思ったんだろう…

隊は、家族、か…いや、ジンネマンさんにとってマリーダは、きっとそれ以上の存在だったんだな…

失くした“はず”の娘、だったんだ…

「奥さんと、娘さん…名前は、なんて言ったんだ?」

アタシは、なんとか気持ちを整えたらしいジンネマンさんにそう聞いた。

「フィオナと…マリィ、だ」

彼は、写真をジッと見つめて、それからアタシの顔を見て、悲しげに笑って教えてくれた。

マリィ、か…やっぱり、そうだったんだな…マリーダの名前は、その娘から取ったんだ…

「マリーダに、娘さんを重ねてたんだな…」

アタシが言ったら、ジンネマンさんはまた微かに悲しげな笑顔を見せて

「あぁ、そうだ…」

とつぶやくように言った。それから、アタシがしたように大きく息を吸って、ゆっくり吐いてから

「マリーダには…悪いことをした…」

と砂浜で遊んでいるロビン達の方を見て言った。

「悪いこと?」

「あぁ…俺はずっと、あいつを娘の代わりだと思ってきた…実の娘のように、と言えば聞こえはいいかもしれんが…

 結局俺は、あいつのことを…マリーダ・クルスでも、プルトゥエルヴでもない、あいつと言う人間が、

 何を考え、どう生きて行きたいのかを、俺は考えてやらなかった…それを俺は、今回のことで思い知ったよ…

 俺は結局、あいつをそばに置いておきたいばかりに、あいつを戦闘に巻き込み、

 そして、危うく氏なせるところだった…いや、氏んでいただろう…あいつの姉妹が来てくれてなきゃぁ、な…」

ジンネマンさんはそう言って、笑った。

「あの顔を見ろ…俺は、あんな表情をするあいつを、いまだかつて見たことがねえ」

シンネマンさんの視線の向こう。

砂を掛けられ埋められていたマリーダが、体の上に出来た砂の山を二つに割って飛び出して、

悪乗りしたガランシェール隊のチュニックやフラスト達をマリとプルにロビンと一緒に掴まえては海に放り込んで、

笑っていた。

アタシ達の良く知ってる、あの太陽みたいな笑顔で…!

「あいつが、本当の家族に出会えて、俺は幸せだ…家族は、家族のところにいるべきだと、俺はそう思う…」

そう呟いたジンネマンさんは、アタシを見て笑った。悲しいのと、嬉しいのと、寂しいのが混ざり合ったような、そんな笑顔だった。

それからまた、ふうと息を吐いて、今度は軽い口調でジンネマンさんは続ける。

「ルオ商会から、引きが来ていてな…ルオコロニーの警備隊として働かねえか、って話だ…

 所詮、俺たちはならず者…地球での生き方なんぞは知らんし、あの暗い海を漂っているのが性に合っている。

 この島はお前さん達のお陰でこの上なく居心地がいいが…俺たちには、まぶしすぎる場所だ…」
 

410: 2014/04/27(日) 03:57:28.31 ID:LhX8FjPvo

そうか…彼は、マリーダとここで別れる決意をしているんだ…いや、マリーダだけじゃない。

彼は、妻や娘のことも、これ以上悲しむものかと、そう決めているんだ…

マリーダがこれから進んでいくだろう人生を見守るために、自分も、マリーダのように、

何が起こっても、それでも、と、前を向かなければいけない、と、決めてるんだ…。

でも…でも、本当に…本当にそれでいいのか?マリーダは、どう思うんだ…?

少なくとも、マリーダは、ジンネマンさんが、自分のことを本当に考えていなかったなんて思ってない。

マリーダは、血がつながってなくても…レベッカやロビンが、レオナをそう言うように、本当の親だと思ってる。

そんなこと、大した問題じゃないんだ…家族だと思って、そうあろうとすれば、誰だって家族になれる…

アタシ達は、そう信じて、そうやって、ここでこれだけ“家族”を増やしたんだ。それが間違ってるなんて思わない…

だけど、ジンネマンさんのマリーダに対する想いは、本物だ…

アタシも、マリーダがもっとプルやマリやカタリナや、ユーリさんにアリスさんに、レオナと、

それに、アタシ達との時間を過ごしていった方が良いとも思う…

少なくとも、ユーリさんの言う、洗脳や刷り込み、きれいさっぱり洗い流されるまでは…

 でも…だけど…

 そんなことを考えていたら、ビクン、と手に何か重みが掛かった。とっさに手にギュッと力を込める。

そうだ、アタシ、釣りしてたんだ!慌てて立ち上がり、リールを巻き上げるとそこには30センチくらいのヒラメがぶら下がっていた。

「ははは!なんだその不細工なやつは!」

途端に、ジンネマンさんがそう言って野次ってくる。

ったくもう…考え事してたってのに、あんた、掛かるんならもう少し雰囲気読んで掛かってくれよな…!

なんて、心の中でヒラメニ文句を言いながらアタシはムスっとした表情を見せてジンネマンさんに言ってやった。

「こいつを食ってみたら、同じことは言えなくなるから、覚悟しとけよな!」





 

436: 2014/04/30(水) 02:45:53.56 ID:qO6Uwfh1o





 眩しい太陽が青空に昇って、いつものように、島を明るく照らしている。

今日は風も穏やかで心地良く潮の香りを孕んで吹き抜けていく。お散歩日和だね、まぁ、午前中は、だけど。

午後になったら暑くなりそうだな。帰ってくる時間を考えないと、二人がぐったりしちゃうかもしれない。

 「ままーどこいくのー?」

「びょーいん?ゆーりしゃんのところ?」

ベビーカーに乗せたマヤとマナが、持って来た小さなぬいぐるみで遊びながら、そんなことを聞いてくる。

「ん、ウリエラのお家だよ」

あたしは、ベビーカーを覗き込むようにしてそう言ってあげる。

そしたら二人は、ふーん、って感じでまた人形遊びに夢中になる。まぁ、そりゃそうか。

まだよくわかんないよね、そう言うのは。もうちょっとしたら、遊びに行きたい、なんて騒ぎ出すんだろうなぁ…

それはそれで、なんだか楽しみだな!

 あたしは、朝からペンションで洗濯やらを終わらせて、あとのことはレオナとマリオンに頼んで、

ミリアムの家に向かっているところだった。

昨日あんなことがあって、今朝はアヤさんにすがり付いちゃって、なんだか気持ちがフワフワしちゃっていた。

相談、ってわけでもないんだけど…こういうときは、ミリアム達と話すのが一番すっきりするんだ。

あたしの抱えてる問題でも、どうでもいいバカ話でもなんでもいい。

とにかく、なんだか無性に顔を見て話したくなってから、電話をかけてみたら、

じゃぁ、一緒にお昼でもどう、なんて誘ってくれたので、こうして二人を連れて、ミリアムの家を目指している。

 レオナは、見てるからお留守番させたら、なんて言ってくれたけど、あたしはこの子達と一緒に居たかった。

だって、しばらく留守にしちゃってたからね。その分の埋め合わせはしてあげなきゃ。

って言っても、あたしが帰ってきたって、二人はどこ吹く風でペンションから出かけるときとおんなじ様子だったんだけど。

接し方間違ってたのかなぁ、なんて思っても見たけど、そう言うことじゃなくって、

きっとアヤさん達が、ちゃんと二人のことを守ってくれてたからだろうし、それに、ね。

二人は、ロビン達と一緒で、こんな歳なのに、ふっと能力のような感覚を感じさせることがあるんだ。

もしかしたら、宇宙にいたあたしのことも、身近に感じるくらいのことが出来たのかもしれない。

まぁでもとにかく、一緒に居る時間をたくさん作って、二人にも、ロビンやレベッカと同じように、

ノビノビ育って欲しい、って、そう思うんだ。

 ペンションから歩いて10分弱。

あたしはペンションのある場所からもう少しだけ丘を登ったところにあるミリアムの家に到着した。

この辺りはまだ新しい住宅街で、新しく島に移り住んできた人たちが割と多く住んでいる。

ミリアムもそうだし、マーク達も、このあたりの区画に家を建てた。

と、あたしは、ミリアムの家の敷地の中に、見慣れた車がとまっているのを見つけた。あれは、ソフィアのだ。

ふふ、ミリアムが呼んでくれたのかな?さすが、あたしのことならお見通し、って感じだね。
 

437: 2014/04/30(水) 02:46:42.72 ID:qO6Uwfh1o

 なんだかちょっと嬉しい気持ちになりながら、あたしはミリアムの家の玄関のチャイムを鳴らした。

ほどなくして

「はいはい」

と声がしてドアがあく。そこには、エプロンをつけたルーカスが、ウリエラを抱きかかえて顔を出した。

その姿に、やっぱりなんだか笑ってしまう。ルーカスがお父さんだなんて…しかも、エプロンだなんて…可笑しい。

でも、ルーカスなんてまだ似合う方だ。

 3年前にカレンさんと結婚したダリルさんなんか、カレンさんが会社が忙しくて家事なんかほとんどできないもんだから、完全に専業主夫。

エプロン姿でミックを抱いたまんま、料理したり洗濯したりするダリルさんの姿を見て、

あたしとアヤさんは、もう我慢が出来なくなってお腹を抱えて笑ってしまった。

カレンさんに怒られるかな、と思ったけど、カレンさん自身もそれを可笑しく思っているらしくって、

一緒になって大笑いしてた。

でも、ダリルさんはまんざらでもないようで、

家事の合間に、契約しているコンピュータ会社のソフトウェアやなんかを作ったりしながら、悠々自適に暮らしてると、笑っていた。

 「笑わないでくださいよ、これしないと怒られるんです…」

ルーカスがバツが悪そうにそう言って苦笑いする。

怒られる、って、それ、明らかにあたしから一笑い取りたくって無理矢理に着させてるよね?

いや、あたしにとっても、素直にあれこれ言うことを聞いてサポートしてくれる後輩だったけど、

ここまで尽くすタイプだとは正直思わなかった。ミリアムの調教のたまもの、かな?

 なんてことを思っていたら、ルーカスの後ろからミリアムが顔を出した。

「あー、来た来た、待ってたよ。ソフィアも来てるんだ、上がってよ」

ミリアムはそんなことを言ってあたしを中へと促してくれる。

マヤとマナを降ろしたベビーカーを畳んで、中にお邪魔する。と、リビングには、紅茶をすするソフィアの姿があった。

 ソフィアはあたしを見るなり

「あら、泣き虫マライアちゃん、いらっしゃい」

だって。ソフィアも相変わらずだ。

マヤマナは、さっそく同い年のウリエラと一緒になって、ルーカスにまとわりついている。

ごめん、ルーカス、ちょっとだけお願いね。あたしは心の中でそんなことを頼みながら、ソファーに腰を下ろした。

「なんだか、お悩みなんだって?」

座る早々、ソフィアがそんなことを聞いてくる。どうやら、話は大方、ミリアムから聞いてるみたいだ。

438: 2014/04/30(水) 02:47:16.81 ID:qO6Uwfh1o

 ミリアムがアルバに来てから、あたしはまず真っ先に、ソフィアを紹介した。

だって、今のあたしがあるのは、ソフィアのお陰みたいなもんだからね。

まぁ、お陰、って言うか、ソフィアを守れなかったから、って言うか…

そ、そこらへんは、すぎちゃったことだからいいとして…だ。

 あたしをおちょくってばかりのソフィアだけど、

それでも、フェンリル隊と一緒に撤退したあとは南米に戻って一緒に生活してたし、すごくいい子なんだ、ってのは、もちろん知ってた。

あたしもソフィアを信頼できたし、ソフィアもあたしを頼ってくれてた。

あたしがこれだけ仲良くなれたんだ、ミリアムともきっと、良い友達になれるんじゃないかな、って思ってたけど、

案の定、二人はすぐに打ち解けてくれて…二人して、あたしをおちょくるようになった…で、でも!

それでも、あたし、この二人の親友が好きだよ!

「うん、まぁ、そうなんだ…そこは、まぁ、おいおい、ね?」

あたしが言ったら、ソフィアはふぅん、と鼻を鳴らして、なんだかニヤニヤしながらあたしを見つめてくる。

な、なによ、もう!べ、べつに逃げてるわけじゃないんだからね!

ミ、ミリアムが来て、ば、場が暖まるまで待ってるだけなんだから!そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、

ソフィアはクスクスと笑いながら義手でティースプーンをつまんでいる。

「調子良さそうだね、それ」

「うん、お陰様でね。アリスさんがその道のプロだなんて、驚いちゃった」

ソフィアの義手は、アリスさん特製だ。

なんでも、アリスさんはそもそもが、人間工学の専門家で、マン―マシーンインターフェースの開発を専門にしていた、

って話で、詳しいことはよくわからないけど、要するに、人間が自分の意思で機械を自由自在に動かすための技術のことなんだと思う。

サイコウェーブを使った、サイコミュの原型を開発したのも、その延長だって話だ。

 もちろんソフィアはニュータイプじゃないし、これは普通の筋肉の電位変化を感知して動くタイプのものらしいんだけど、

それでも、ソフィアはアリスさんのところに通って微調整を繰り返しながら、毎日なんだか感動していた。

義足の方もそうだけど、ちょっとした動きなんかは普通の手足とさして変わりがない。

アリスさんは、完成したら、アナハイム社に売り込みかけるから、お金はいらないよ、って笑ってたけど…

モニターとしてはソフィアとシローがいて最適だし、

正直、これ、この戦争が続いてた世の中的には、かなり需要ありそうだよね…

いやぁ、やっぱ、そう言う専門知識って、お金にもなるんだよねぇ…なんて思いながら、あたしはてんで明々後日のことも考えていた。

 「それさ、アタッチメントとかにして、用途別にいろいろ取り換えたりとかできたら良さそうだね」

「用途別?」

「そうそう、例えば、電動ドライバーとかさ、窓ふき用のモップとか、

 あとは、もしものときにはミニガン付けて、ババババーっ、とか!」

あたしが言ったらソフィアは何それ、と言いながらケタケタ笑って

「でもね、実際問題、それはそれで不便なのよ。現状ある物を現状あるままで使えるようにしておく方が、よっぽど有用なんだよね。

 場面ごとに取り換えるなんて、わずらわしいでしょ?生活の中じゃ、汎用性の高さが一番、ってわけ。

 モビルスーツと同じね」

と言った。ん、まぁ確かに…ビスをねじ込むのに、いちいち電動ドライバーモードのアタッチメントに付け替えるよりも、

転がってるドライバーを拾って固定できる機能があれば、それで済んじゃうもんね。

あ、いや、でも、ビス締める時くらいはこう、手首のところが高速回転でグァーっとか…

ダメかな?いや、うん、ダメだよね。

439: 2014/04/30(水) 02:47:57.70 ID:qO6Uwfh1o

 「お待たせ」

なんてことを考えていたら、ティーポットとカップをトレイに乗せたミリアムがリビングに姿を現した。

「あ。ありがとう」

あたしのお礼を聞いたミリアムはニコっと笑って、あたしの分の紅茶を淹れてくれた。

それから、小さなため息とともにソファーに腰を下ろして

「それで、どうしたの?」

と話を促してくる。

 あたしは、一瞬、ズーンと落ち込んだ気持ちになったけど、でも…

せっかく時間取ってもらったんだし、ちゃんと話さないとな…話しにくいけど…

ううん、話しにくいからこそ、ミリアムに頼んだんだし、ソフィアも居てくれるんなら、もっと安心できるけど…やっぱり、怖いね、こういうのは…

 ふう、と大きく深呼吸をした。ビビるな、マライア。

二人とも、拒否したり逃げたりしないでちゃんと聞いてくれる。それで、きっとあたしをぶっ叩くような気持ちで、

それぞれの気持ちを聞かせてくれる。大丈夫だ、大丈夫…

「あのね」

あたしは口を開いた。二人の視線が、あたしに注がれているのがなんとなく心苦しいけど、

でも、あたしはちゃんと、話を続けた。

「昨日、カーラ…ハマーンと話したんだ」

「あぁ、例の、カーン家のご令嬢ね」

ソフィアがそう言う。あたしはうなずいて返して、昨日の夜のことを説明する。

「夜にね、ひとりでホールにいて…で、どうしたの、って聞いたら、自分は、とんでもないことをしてきたんだな、って言いだして…

 あたし、彼女を慰めなきゃって思って、話を聞いたんだ…でもね、結果的に言うと、あたし、出来なかった。

 出来なかったどころか、彼女のその傷にもう一回ナイフを突き刺すみたいなことを言っちゃったんだ…」

「なんて?」

すでに、あたしは胸の奥から煮えたぎるような悲しみが吹き上がりそうになっているのを感じていた。

それをなんとか押さえつけようとするけど、それが苦しくって辛くって、手が震えてくる。

ミリアムが、心配そうな表情でそう聞いてくれた。

「あたし…ダブリンへのコロニー落としのときに、カラバにいた頃にずっと協力して仕事をしてたカラバの幹部が、

 そこで氏んじゃったんだ。コロニー落下の報を聞いて、街から避難しようとする民間人の援護に出ていたんだって…

 あたし、カーラの話を聞いてたら、そのことを思いだしちゃって…それで、あたし…

 どうしても、彼女を慰めてあげられなくって…『あなたのことが許せない』、って、そう、言っちゃった…

 あたし、分かってたはずなのに…カーラは言い訳したかったわけじゃないんだ。

 ただ、アイナさんに会って、あたし達と過ごして、やっと我に返ったんだ、ってこと。

 それで、自分のやってしまったことがとんでもないことだったって気が付いて、

 それで沸き起こった気持ちの扱いに戸惑っていただけだって言うのに…

 あたし、それを受け止めてあげるどころか…傷ついてる彼女を、余計に傷つけちゃった…」

あたしはそう言って顔を上げた。甘ったれてる、って言われたら、多分そうだろう。

アヤさんはあたしの気持ちを受け止めてくれた。

でも、それだけじゃ、今のあたしには足りないんじゃないか、って思ってる。あたし、誰かに叱ってほしい。

なんてこと言ったんだバカ、って。そうじゃないと…あたし、あたしも、自分のしたことで、つぶれちゃいそうだよ…。

440: 2014/04/30(水) 02:48:26.24 ID:qO6Uwfh1o

 「ふぅむ…」

ミリアムがそんな風に唸って、ソファーの背もたれに体を預けて、ソフィアを見やった。

ソフィアは、じっとあたしを見つめてから、ミリアムの視線に気が付いて、ふっと虚空を見やった。それからふと

「なら、何が正解だった、って思うの?」

とあたしに聞いて来た。正解…?あの場で、カーラにあたしは、なんて言うべきたったのか…ってこと?

「そ、そりゃぁ、本当は、ちゃんと話を聞いてあげて、それで、彼女の気持ちを整理するのを手伝って…

 気の利いたことの一つでも言ってあげてさ…

 それで、とにかく、彼女を前向きにしてあげるのが正解なんだろうと思う、けど…

 そうだ、あとはシローさんがシイナさんにしたみたいに、ちゃんと許してあげたかった、って言うか…」

あたしが言ったら、ソフィアはなんだかちょっとムスっとした表情になった。うわっ、これ、来る…

「私ね、あのとき、シローさんとシイナさんの話聞いていたけど…

 シローさんの苦しみ方も、シイナさんの想いの悲しさも、普通じゃなかった…。

 たぶんね、そんな簡単なことじゃないんだよ。あのときに、シローさんは何も言わなかった。

 シイナさんを責める様なことは、何一つね。でも、私には、彼とシイナさんが、戦ってるように感じた。

 ううん、実際にそうする方が、きっと簡単だったかもしれない…

 彼は特に、実際に手でも上げちゃえば、どれだけ気持ちが楽だっただろうって、そう思うよ。

 でも、シローさんはそうしなかった。シイナさんの告白に、彼自身が、一番つらいって感じるだろう選択をしたんだって思う。

 なんでか、って言ったら、たぶん、彼は、それが正解だって、信じたからだと、私は思う。

 彼は、あの短い時間で、きっとすごくたくさんのことを考えてた。

 短い時間の中で、彼は、自分の信じられる正解を自分で出して、そのために戦ってたって、私は思う」

ソフィアはあたしの目をじっと見て、そう言ってくる。それから、少し声のトーンを落として、あたしに聞いた。

「マライアは…そのとき、何が正解か、とかって、少しでも考えた?」

ソフィアの言葉に、あたしは、返事に詰まった。

だって、そんなの、今、ソフィアに聞かれて考えたばかりだったから…で、でも、アヤさんも言ってたし…

人の気持ちをどうにかしてやりたいときは、ちゃんと話を聞いてあげるのが一番だ…って…。

 「考えたわけじゃないけど…でも、あたし、そうするのが良いんだろうって思って、それで…」

あたしがそう答えたら、ソフィアはまた厳しい表情であたしを見て言った。

「マライアには、あったの?彼女の話を、ちゃんと聞いてあげる覚悟とか、そう言うのが。私は、そう思えないんだ。

 良かれと思って、やったんだとは思う。でもね、私だったら話を聞く前に彼女のことをいろいろ考えると思う。

 彼女が、自分の大切な友達を氏なせた原因を作った人間だって言うことも含めて、ちゃんと思い出して、

 それでちゃんと話をすると思う。それでも許せないって言う気持ちなのだとしたら、それは仕方ないこと。

 でも、あなたのはそうじゃない。なんとなく、混乱してそうだったから、なんとなく悲しそうだったから、

 話を聞いてあげなきゃって思った、ただそれだけ。

 そう言う覚悟もなしに向き合おうとしたから、あなたは、自分の中に急に湧いて来た気持ちに驚いて、

 逃げたんだよ、彼女と、彼女の気持ちから」

逃げた…?あたし、逃げたの?彼女から…?

ソフィアの言葉が、あたしの胸に、鋭利な刃物みたいに突き刺さったようだった。

そう…そうだ…あたし…あのとき、本当に何にも考えないで、カーラと話をしたんだ。ハヤトのことも忘れてた。

カツを失って悲しんでたフラウが、ハヤトが氏んじゃって、もっと落ち込んでたってこともすらも、忘れてた。

441: 2014/04/30(水) 02:48:58.25 ID:qO6Uwfh1o

 ソフィアは、シローとシイナさんは、戦っていたみたいだった、って言ってた。

だとしたら…だとしたら、あたしがしたことは、なんとなくって気持ちだけで、戦場に出て行ったのと同じなんだ。

それがどれだけバカな行為か、なんて、考えないでもわかる。「ヤバくなったら逃げる」のとは質が違う。

遊び半分で銃を扱うようなものだ。無暗に誰かを、敵味方の区別なく傷つける…自分が、氏んじゃうかもしれない…

それくらいのことだったんだ…

 ハラっと、涙が零れ落ちた。

 バカだ。あたし、バカだ…全部…全部、自分のせいじゃないか。なにがカーラを許せない、だ。

なにが、あなたの幸せを願えない、だ。端から、願えるかどうかなんて考えてもいなかったくせに…

端から、許せるかどうかも考えていなかったくせに…

急に、それを突きつけられて、びっくりして、あたしは、逃げたんだ。

この話をする直前に、あたしが怖がってた拒絶と回避を、あたし自身がしてたんだ…。

しかも今度は、見捨てるどころか…とどめを刺すようなことまでして…!

「まぁ、マライアの気持ちも分かるけどね…

 人と正面切って向き合うのって、時と場合によっては、すごく難しいことってあるじゃない?

 アヤはよくいつでも全力で人に向かって行けるなって、思うんだ」

ミリアムが、あたしに気を使ってなのか、そう口にする。そしたらソフィアもクスっと笑って

「確かにね。アヤさんのアレは、ホントにすごい。マネなんかできないよ。

 あの人は、本当に特別なんだな、ってそう思う」

とミリアムに同意した。そしたらミリアムは今度はあたしを見て言った。

「やっちゃったことは仕方ないでしょ、マライア。今大事なのは、どうフォローして行くか、ってこと!」

「あ、まぁたそういう美味しいところばっかり持っていく!いっつも私ばっかり怖い方じゃない!」

「だってソフィアはガツンって言ってくれるんだもん。私は、さ、そういうの向いてないからね」

「良く言うわよ。ミリアムだってこないだ、私にズケズケ言って凹ませたじゃない」

「あれはソフィアが悪いんでしょ?ヤキモチなんか焼いてさ!相手はキャリフォルニア支部の整備士さんだっけ?若くて美人な!」

「だからあれは、デリクが誰彼かまわないで優しくするから…!」

「でも、そんなところが好きなんでしょ?」

「そ、そうだけど…って、そうじゃなくて!」

「あはは、赤くなってる!」

ミリアムとソフィアが、そう言い合って笑っている。

なんだか、そんな様子が嬉しくって、可笑しくって、聞いていたあたしも涙を拭きながらついつい笑顔になってしまっていた。

良い友達を持ったな、あたし…辛い時に話を聞いてくれて、ときにはこうして叱ってくれて、

一緒に楽しい時間も過ごせる…お酒飲んだりバカ騒ぎしたりもするし、のんびりしたり、子どもの話をしたり、

時には命を賭けて戦える…アヤさんとカレンさんは親友だって、アヤさんが真っ赤な顔しながら言ってたけど…

うん、あたしにとっての親友は、やっぱりこの二人だよね…!

442: 2014/04/30(水) 02:49:30.37 ID:qO6Uwfh1o

「ありがとね…あたし、ちゃんと考えてみるよ、カーラとのこと。

 どうやって気持ちの整理着けたらいいか、まだ全然見えてないけど…

 でも、あたし、カーラの力になってあげたいって思うのはホントなんだ…。

 どうしてあの子が、我を忘れちゃったのか、ってのっが、分かってるから、余計に…ね」

あたしは二人にそう言った。そしたら、ソフィアが優しい笑顔を見せてくれて

「それは、シローさんに相談するのが良いと思う。私が言ったのは、あくまでも私が見てて感じたことだからね。

 シローさんがあのときどう思ったのかってのを聞いておくのは、参考にはなると思う」

って言ってくれた。

「うん…ありがとう、ソフィア」

あたしはソフィアにそうお礼を言ってから、今度はミリアムにも

「ミリアムも、ありがとう…あたし、また弱気になってた。ちゃんと逃げないで、考えるよ。

 あたしが傷つけちゃった分も、カーラを支えてあげられる言葉」

と伝えた。でも、それからふっと、なんだか自分が情けなく感じてしまう。

「ダメだね…宇宙でのロビンとのときもそうだったのに…気持ちが高ぶっちゃうと、全然なんにも見えなくなっちゃう…

 ううん、弱い自分が出てきちゃう、って言うのかな…情けないけど、あの頃と全然、あたし変わってないや…」

「あはは、まぁ、変わってないのはここぞっときの勇ましさだと思うけどね私は。

 弱虫マライアは、とっくに卒業したでしょ?昔のあなたは、戦場に上がることを恐れてたけど、今は違う。

 あなたはちゃんと戦えるし、それに、考えることもやめない。

 なにかあったら泣いて震えちゃうあの頃に比べたら見違えるみたいだよ」

あたしの言葉にソフィアがそう言ってくれた。

「昔のマライアは分からないけどねぇ…まぁ、でも、お礼なんて良いんだよ。

 私もソフィアも、あなたなしじゃぁ今頃氏んでただろうからね。恩返し、なんていうつもりはないけどさ…

 アヤやレナと、同じよ。あなたが私達をここに連れて来てくれたの。

 だから…そうだな、感謝とか、そう言うことじゃなくて、

 私達のためにも、自分のためにも、私達を誇りに思ってくれていいんじゃないかな」

今度はミリアムがそんなことを言ってくれる。な、なによ、もう…せっかく泣き止んだのに…

また泣けてきちゃうじゃん!ソフィアは怪我させちゃったし、ミリアムも振り回して傷つけちゃったりしたけど…

そんな風に言ってくれるなんて…

でも、涙が出そうになってきていたあたしを知ってか知らずか、途端にソフィアが声を上げた。

443: 2014/04/30(水) 02:51:08.78 ID:qO6Uwfh1o

「なぁんかそれ、半分自分を持ち上げてない?」

「あ、バレた?」

「幸せに思いなさいよね?って聞こえたよ」

「そりゃぁそうでしょ!なんたって一番の親友ですから!」

「ちょっと待ってよ。あとからやってきて一番ってどういうこと?

 一番はもう10年以上の付き合いの私に決まってるでしょ?」

「いやいや、こういうのって、付き合いの長さとかそう言うことじゃないと思うんだよね。

 関係性の深さとか、そう言うことじゃないかなぁ?」

「あぁ、だとしたらやっぱり一番は私だね。ミリアム、マライアにお風呂で全身洗ってもらったこととかないでしょ?」

「なっ…マライア、ソフィアとそんな関係だったの?!

 い、いや、でも!私は、命を賭けてまで守ってもらったことがあるし!」

「それなら私だって、ギュッと抱きしめられて、『氏ぬときは一緒』って言ってもらったことがあるなぁ」

「な、なにそれ!?ちょ、ちょっとマライア!どっちなの!?私とソフィアとどっちが一番の親友なの!?」

「もちろん私よね、マライア?」

え、え、えぇ!?ちょ、なに、なにそれ!?なんであたしそんなモテモテになってんの!?

て言うか、別に恋人とかそう言うことじゃないんだから、どっちも一番で良いじゃん!?

みんなで仲良くで、それで良いよね!?

「別に一番なんてないよ!二人とも、あたしの大事な親友!」

あたしが言ったら、二人は怪訝な顔をして

「サイテー、二股宣言ですわよ、奥様」

「まったく、女の風上にも置けないわね」

「ここはひとつ、私とソフィアとで仲良く、ってことでいいよね?」

「そうね。二股女はもう知りません!」

なんて一気に態度を裏返した。

え…えぇ?!なんで!?なんであたしが仲間外れに!?ダメだよ、いじめダメ絶対!

「だーかーら!どうしてそうなんよ!?」

あたしが声を上げたら、二人はクスクスと笑いだして、終いには大声を上げて笑っていた。

もちろん、あたしも、楽しくって、可笑しくって、幸せで、一緒になって、大笑いしてしまっていた。

 「あーその、悪いんですけど…」

不意に、声が聞こえたので振り返ったら苦笑いを浮かべたルーカスが立っていた。

「ん、どうしたの?」

ミリアムが聞いたら、ルーカスは、はぁ、とため息を吐いて、

「今、お昼寝やっとしてくれたから…その、なるべく静かに…お願いします」

と言ってきた。なんだか、そんなルーカスの言い方がおかしくって、

あたし達3人はまた、顔を見合わせて、クスクス笑ってしまっていた。

444: 2014/04/30(水) 02:51:40.92 ID:qO6Uwfh1o

つづく。

次回はたぶん、ナナイさんの回。
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【4】

引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―