597: 2014/06/07(土) 22:48:44.12 ID:f2fjQNT1o

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598: 2014/06/07(土) 22:49:43.59 ID:f2fjQNT1o




 その翌日、私らは空にいた。眼下には、黄色く広がる砂漠地帯だけが広がっている。

見上げる空も、色を失っているようで、どこか白い明るいだけに思えた。

 ヘルメットの遮光バイザーを下ろしてから、私はレーダーを見やる。2機と15機、ちゃんとついてきてるね…

「こちら、ハガード少尉。各班、異常はない?」

私は無線にそう声をかける。

<こちらフィリップ。ベネット機とも、異常ない>

<こちら、1班。大丈夫です>

<2班も、問題なし>

<3班です。飛行に問題はありません。ですが、燃料が30パーセントを下回ってます>

各班から、そう声が聞こえてきた。

「情報じゃ、そろそろトンポリの航空基地が見えてくるはずよ。燃料計より、レーダーと景色に目を向けて」

<りょ、了解です、少尉>

3班の班長の、戸惑った声が聞こえた。負傷しているフィリップとベネットの他に私が率いているのは、訓練基地のヒヨッコ達。

昨日、訓練基地の指令室に呼び出された私に、基地司令は命令ではなく、頼みがある、と口を開いた。

頼みというのは、ほかでもない、ヒヨッコ達を逃がしてやってほしいんだ、ってことだった。

訓練基地のさらに北側にあったカイロの守備隊の偵察機が、カイロに接近するモビルスーツ部隊を補足したらしい。

先遣隊のようだが、と司令は言葉を濁らせて、恐らく、中央アジア。

オデッサへ降下してきた部隊の一部が、カイロに流れて来るのだろうと話した。

それから、先日、北米へジオンの大部隊が降下してきたという情報も入っている、とも教えてくれた。

 オデッサで資源、北米で工業地域を制圧するつもりなんだろう。

だとするとやつらの狙いは、こっちの生命線を絶つなんて生易しいものじゃない。

取り込んで、自分たちの“銃”をそろえるつもりなんだろう、この地球で、だ。

このアフリカ方面にどれほど戦略的な価値があるかは私にはわからないけど、

少なくとも、この勢いで万が一、キリマンジャロでも制圧されたら、ジャブローは北米とアフリカの二面作戦を強いられることになる。それは、事実上の敗北と言ってもいい。

大部隊でジャブローを包囲してから交渉でも迫られようものなら、あとはどんな条件さえ飲むしかないからね…

 そんなことを考えていた私に、基地司令は言った。訓練生たちを連れて、西のトンポリへ退避せよ、ってね。

その先の状況如何では、そのままジャブローに飛べ、とも言われた。

 それを聞いた私と、私にくっついてきたエルサが唇をかみしめたのは当然だろう。上の判断は、残念ながら正しい。

このヒヨッコ達は、まだ巡航飛行を覚えたばかり。戦闘機道はおろか、火器管制の使い方まで知らないと来ている。

各地の戦線では新兵や、予備役も戦闘に参加しているって話だ。

同じ訓練兵でも、ある程度戦闘訓練を積んでいる者なら戦線に投入されているらしい。でも、このヒヨッコ達は違う。

まだ、戦闘訓練なんて受けていない。飛行機を飛ばせるだけの普通のパイロット達だ。

航法も空中給油もままならず、途中の基地で着陸と補給を繰り返すしかない彼らの世話を私は仰せつかった。

基地司令は私に言った。優秀な子が多い、きちんと訓練さえ積めば、いずれは貴重な戦力になってくれる、と。

言いたいことはわかる。だからって、どうして私なんかに託すのよ…自分の気持ちを抑え込むのには慣れてる。

ずっとそうして生きてきたから。そうしなければ、周りをおびえさせたり、妙な目で見られてしまうばかりだったから。

でも、そうは言ったって、こんなときまで私に、それを強いるなんてね…つくづく、そういう星回りの下に生まれてきたんじゃないか、って、そんなバカげたことを考えてしまいたくなる。
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集
599: 2014/06/07(土) 22:51:12.30 ID:f2fjQNT1o

<カ、カレン少尉!何か来ます!>

不意に、そう声が聞こえてきた。後ろのシートに座っている、エルサの声だ。私はレーダーに視線を落とす。

そこには、4機編隊でこちらに接近してくる機影が映りこんでいた。方角は、東。私達が向かっている正面からだ。

じっと私は空のかなたに目を凝らす。キラっと、白く輝く空に何かが光った。セイバーフィッシュ…大気圏内仕様だ。味方機らしい。

<こちら、連邦アフリカ方面軍第3支部所属の要撃飛行隊。接近中の編隊に告ぐ。所属と姓官名を報告せよ>

無線に、この編隊のものらしい声が聞こえてきた。

「こちら、連邦中央アジア方面軍所属のタイガー隊の残存機、及び、カイロ訓練基地から退避してきた訓練部隊。

私は、指揮を任されています、カレン・ハガード少尉です」

<…オデッサからの撤退組か…戦闘状況は聞いている。ご苦労だった…こちらは、アフリカ第3支部トンポリ所属の第2要撃飛行隊だ。

 先導する。着いて来い>

そう声が聞こえた。すると、かなたに見えていた機体がまた、キラっと太陽を反射して翻る。

お客様待遇、だね。まぁ、邪険にされるよりはマシ、か…

「感謝します。よろしくお願いします」

私は、とりあえず無線に、そうとだけ告げた。

 それからほどなくして、私たちは基地へとたどり着けた。

先にヒヨッコ達と、負傷しているフィリップを着陸させて、最後に私とベネットが地上へと降り立った。

基地へ着いて驚いたのは、そこに、オデッサから逃れてきた陸戦隊がかなりの数いたからだ。

この暑いのに、基地のはずれにテントを張って、一様にうなだれている。

なんでも、ジオンに追われて地中海を渡ってここまで逃げてきたらしい。

ヨーロッパ方面もすでに戦火に巻き込まれ混乱しているという話だった。

ふと、隊長の家族がプラハに疎開していたって話を思い出して、気が重くなる。どこか安全なところに避難してくれているといいけど…

プラハほどの街なら、必ず攻守の要衝になる。戦闘の被害が出ないなんて言いきれない。

余裕があれば、戦況情報を集めてみたほうがいいかもしれないね…知ったところで、私にはどうすることもできない、ってわかっていたとしても。

 私達の後に着陸した、この基地の所属隊だという飛行隊のパイロットが、私とエルサのところにやってきた。

アラビア系の、精悍な顔つきをした人のよさそうな男だ。

「よく無事でここまで」

男は、そう言って、わざわざはめていたグローブを外して私に握手を求めてきた。何を言ってるんだか、私は何もせずに逃げてきただけ。

労りも気遣いすら、受ける資格があるとは思えないのだけど。

「いいえ。逃げるだけしか手立てがなかっただけです」

そう答えながらも、一応、男の気持ちにこたえる。こんなところで変な主張をしたって、何一つ得はない。

それに、自分で言っておきながら、逃げるだけしかできなかった、というのはウソなんだろうとも思えた。

その気になれば、私にだってできたはずだ。隊長たちのように、氏ぬことだって。

それに、どれほどの意味があったのかどうかは、考えないにしても。だけど、男はそれでも肩をすくめて私に言った。

「映像で敵の新兵器は見ている。あれに奇襲されては、逃れるだけでも至難の業だ」

労う気持ちは本当なんだろう。
  

600: 2014/06/07(土) 22:51:47.66 ID:f2fjQNT1o

「お心遣い、感謝します」

私がそう返すと、男はすこし満足したのか、私の手を放して滑走路の向こう、オデッサの陸戦隊に頭を振った。

「彼らからも、話を聞いています…陸戦隊では、ほとんど歯が立たないようですね…唯一対抗できるのは我々航空隊だと。

 もし、戦術面で気付いたことがあれば、ぜひご教授願いたい」

「私に語れることはそう多くはありませんが…」

ふと、男の着ていた飛行服には、少佐の階級章が縫い付けられているのに気が付いた。左官なのに、私にここまで丁寧なんてね…

返って気を使ってしまうところもあるけど、本当に、悪いタイプの人ではないようだ。

「実戦経験は、ほかのどんな訓練よりも参考になります。基地司令に言って、宿舎を用意しています。良ければそちらで話を聞かせてください」

「ええ、私程度でよければ。その前に、基地司令のところへ案内してもらえませんか?受け入れていただけたお礼をお伝えすべきかと思いますので」

「ええ、もちろん。では、こちらへ」

男はそう言って私たちを誘導するように歩き出した。

私は、エルサをチラっと見やってからヘルメットを脱ぎ、一緒に男の後へとついていった。

 面会した基地長は、恰幅の良い中年の男性で、パイロットの男以上に私たちをほめたたえた。

だけど、嬉しいどころか、心地が悪くて、いたたまれなかった。それから案内されたのは、基地スタッフ用の宿舎だった。

外でテントを張っている陸戦隊の連中と比べたら、破格の待遇であることは間違いない。

エアコンも効いているし、水も、食べ物に、着替えまで用意してもらった。

フィリップやベネットに、ヒヨッコ達も、私に準じた扱いのようだった。

部屋でヘルメットや飛行服を脱ぎ、ブリーフィングルームに出向いてあのパイロットに、エイミー中尉から聞いたモビルスーツの弱点や、

私が見た武装の話や、あの分厚い装甲のことなどを話すと、彼は難しい表情をしながらそれでも、

「まったく太刀打ちできない相手ではなさそうですね」

と不敵に笑った。1対1なら、そうだろう。だけど、ジオンはこの作戦に相当計画的に準備を進めてきていると思える。

地上での運用はまだまだ経験不足なんだろうけど、やつらはモビルスーツの特性を心得ている。

ミノフスキー粒子と併用してある程度を超える数を揃えられたら、通常の戦闘ではこっちが同じ数だけの戦闘機を揃えたところで勝ち目はない。

あるとすれば、戦略爆撃機であの“群れ”を絨毯爆撃するくらいなものだろうけど、

果たしてこの電撃戦で、そんな機体が各地域にどれほど残っているかはわからない。

彼が想像しているほど、甘くはないだろう。でも、そんな絶望に満ちた観測は口にしなかった。

脅かしても何をしても、彼は戦うつもりだろう。それなら、士気を折るようなまねはすべきじゃない、と、そう思った。

 ブリーフィングルームから部屋に戻ると、エルサが何やらソワソワと窓の外に目をやっていた。

「どうしたの?」

「あ、いえ…ちょっと、陸戦隊が気になって…」

そうか、彼女もオデッサ基地で拾いあげた。同じ基地所属だった部隊も、もしかしたらここにたどり着いているかもしれないんだね。

私はエルサの行動の意図を理解した。

「少しブラついてみようか。知り合いでもいれば、少しは気が晴れるかもしれない」

私がそう言ってやったら、彼女はすでに嬉しそうな、晴れやかな表情になっていた。
 

601: 2014/06/07(土) 22:53:57.00 ID:f2fjQNT1o

 私たちは兵舎の外に出る。また、肌を焦がすような日差しが私たちを熱し上げる。

テントがあると言ったって、こんな中に留め置かれるなんて陸戦隊の連中は災難だね。

逃げてきたってのは同じなのに、ただ空を飛んでたっていうだけであの待遇は、やはり落ち着かないな。

そう思いながら私たちは、陸戦隊の連中のキャンプ地を歩く。戦車や装甲車、輸送トラックに対空機銃部隊までいる。

みんな一様に疲れた顔をして、テントや車両の日陰でうなだれてじっとしていた。

エルサは、そんな彼らの顔を一つづつ確認しながら早足で歩いている。まるで誰かを探しているような、そんな感じだ。

さっき見せてくれた明るい表情から一転、とても切なそうな表情をしている。知り合いの一人でもいたっておかしくはない。

そうは思っていたけど、この様子はちょっと妙だ。誰か、深い付き合いのやつでもいたのだろうか?

 そんなことを考えていたら、先をズンズンと歩いて行ったエルサの足が止まった。

彼女が視線を向けるその先には、戦車のエンジンルームを開けて、整備中のエルサと同じように体中をオイルまみれにしながら、

一心不乱に整備を続けている男の姿あった。エルサは、立ち止まったままその場に立ち尽くしている。

私はすぐに彼女に追いついた。背中に手を当ててその顔を覗き込むと、安堵とも、興奮とも取れない表情を浮かべていた。

なんだろう、恋人かなにかなのか…

 そう思っていたら、エルサはつぶやくように口にした。

「…よかった…兄ちゃん…!」

兄さん?兄貴、か?私はようやくエルサの表情の意味を理解した。そうか、あんた兄さんがいたんだね。

パリ出身で、コロニーが落ちたから家族はみんな氏んじゃったと思っていたけど、そっか。あんたにはまだ、大切な人が残っていたんだね。

「ほら、行ってやりなよ」

私はドン、とエルサの背中を押した。エルサはまるでそれを待っていたみたいに、勢いよく駆け出して叫んだ。

「兄ちゃん!」

その声が届いたのか、戦車の整備をしていた男が顔を上げた。

男がエルサを確認するよりも早く、彼女が男に飛びついて、その胸に顔をうずめた。

「エルサ…エルサなのか…?」

「そうだよ!兄ちゃん…よかった…生きてた…兄ちゃんが、生きてた…!」

戸惑う男に抱きすくめられたエルサは、そういったとたんに、まるで子どもみたいに、ギャーっと声をあげて泣き出した。

兄ちゃん、と呼ばれた男も、頬にツッと涙を伝わせて、エルサを抱きしめて、二人して崩れるようにその場に座り込んだ。

 それを見ながら、私は、妙な心地を覚えていた。

一瞬、うらやましいというか、恨めしいというか、そういう感情が湧き出てくるんじゃないかと思った。

そうでもなければ、同じ境遇だと思っていたエルサに、置き去りにされたって感じるんじゃないのかとも思った。

でも、そんな気持ちは微塵も感じられなかった。

 私は、ただ単純に、いや、ただ、本当に純粋に、エルサの嬉しいだろう気持ちに共感していた。

たった一人残されていただろう家族と離れ離れになって、不安だったに違いない。そんな様子、私の前では少しも見せなかったけど、

エルサももしかしたら、私のように、気持ちをおしこめて我慢することには慣れているタイプなのかもしれない。

いや、そんなことは、この際、どうだっていいだろう。

とにかく、良かった。良かったね、エルサ…なんだろう、こんなの変な感じだけど、まるで自分のことみたいに嬉しいよ、私もさ。


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602: 2014/06/07(土) 22:54:33.24 ID:f2fjQNT1o

 胸にポッと灯ったぬくもりを感じながら、私は二人に歩み寄った。兄ちゃんの方が顔を上げて私を見つめて来る。

「あなたは…?」

「カレン・ハガード。バイコヌール宇宙港基地の防空隊に居た。撤退に撤退を重ねて、こんなところまで来ちゃったけどね。

 エルサは、オデッサの東部基地で会って、拾い上げて逃げてきたんだよ」

私が説明すると、兄ちゃんはグッと唇をかみしめて、まるで私に祈るみたいに頭を下げた。

「ありがとう…妹を、助けてくれて…!俺は、オデッサの中央基地で整備兵をしていたんだ。撤退する陸戦隊にくっついてここまで来たんだ」

そういえば、あのとき、中央基地から撤退する陸戦隊を見た。

確か、ウォードッグってヨーロッパからの部隊残って支援しようとしていた部隊だ。もしかしたら、あれがこの人だったのかもしれないな。

あのウォードッグって部隊、よっぽどうまくやったらしい。

あのモビルスーツから、陸戦隊を援護するなんて簡単な戦闘じゃなかったはずなのに…。

「で、兄ちゃんの方は、名前は?」

私が聞くと、彼はハッと顔を上げて、バツが悪そうに笑った。それから

「俺は、カルロス。カルロス・フォシュマン曹長…です。すみません、少尉殿」

と、名乗っている最中に、私の階級章に気付いたらしくて、そう言葉遣いを改めてきた。

「気にしないで」

そうとだけ言ってあげたらカルロスは、まるでエルサそっくりの明るい顔で笑ってみせてくれた。




 

603: 2014/06/07(土) 22:55:01.69 ID:f2fjQNT1o




 それからまた10日ほどが経った。私たちはまだ、トンポリの基地にいる。

話じゃ、カイロの基地がジオンの連中に突っかけられているらしい。

でも、あの辺りは砂漠地帯で、ジオン軍のモビルスーツと言えども、侵攻に時間がかかっているみたいだ。

カイロへはキリマンジャロ基地から武器に弾薬に燃料から増援まで、ありとあらゆる支援が届けられている。

砂漠地帯の戦闘では、さすがに足回りの点で戦車に部があるらしく、1対複数の集中砲火で、戦果を挙げているって報告も届いている。

ここまで快進撃を続けてきたジオンも、さすがに地球の厳しさに直面しているらしい。さすがにこれ以上の侵攻を許すとなるとかなり厳しい。

特に、カイロ周辺は貴重な燃料の産出地だ。

最近では合成燃料も出回っているけど、原油からの生成の方が手間が掛からずにできるというから、今の戦況では重要度が増している。

ここを守り切れるかどうかは、このあたりの戦線の氏活問題だろう。

 バイコヌールを逃げ出してから、もうどれくらい経つだろうか?あれは3月の頭だった?

だとしたら、撤退を続けて、その先で休んで、を繰り返して、もう1か月近い。

本当にただ逃げているだけたけど、精神的にも肉体的にも、疲労感はぬぐえないでいた。

 エルサは、兄貴のカルロスと再会できて、まるで水を得た魚で、

私らの機体だけじゃなく、ヒヨッコ達のや、この基地所属の航空隊の整備までを買って出ている。

あんな姿を見ていると、私もどうしてかなにかやらないと、という気持ちにさせられるし、

何より、バイコヌールを逃げ出してからこっち、まともなことのできていない私が

唯一した彼女を無理矢理に戦闘機に乗せたという自分の行動が、“よかった”と思える。

それが、今の私にとっては救いだった。それが、今の私を支えていると言ってもいいくらいだった。

 そんな私は、と言えば、ここに到着した翌日から、ヒヨッコ達に戦闘機動の訓練を施していた。

基地長が、キリマンジャロ基地からの燃料を私達にも分配してくれて、なんと実現できている。

航法や火器管制類のシステムの説明は、ケガで自由に飛べないフィリップが引き受けてくれた。

ベネットのやつは、カイロで私が怒鳴りつけてからというもの、まともに口も利かずに、ここへ着いてからはほとんど部屋にこもりっきりで姿を見ていない。

まぁ、ベネットのことはともかく、ヒヨッコ達がこんな付け焼刃で戦闘ができるとは思わないけど、

もしものとき、敵から逃げるだけの技術を身につけさせておくのは大事なことだ。

そうでもないと、接敵した瞬間に、たちまちあのバカデカいマシンガンの弾幕に突っ込んで火だるまだ。
 

604: 2014/06/07(土) 22:55:30.30 ID:f2fjQNT1o

 そんな訓練兵の中でも、私の目を引くのが二人ほどいた。

一人は、3班の班長をしているクラーク・マルチン軍曹。

これは、いわゆる問題児、ってやつで、物の覚えは早いけど、プライドが高くて高飛車で、自分は特別だ、と思っているクチだ。

実際、何をやらせても頭一つ抜けているから、あながち間違えではないのかもしれないけど、それでもまだまだ戦闘をさせるには足りないことが多すぎる。

インメルマンターンが出来たからって、それだけで敵に勝てたら世話はない。

でも、このクラークは、あんな古典的な機動を身に着けただけで敵に勝ったつもりでいる。

悪いことに、彼の班員はもはやだたの彼の取り巻きで、冷静に彼に何かを指摘できる人物がいない、と来ている。

もう何日かして、戦闘機動に慣れてきたあたりに一度全力で叩いて身の程を教えてやる必要があった。

 そして、もう一人は2班の班長をしているリュウ・ホセイ曹長。という大柄で恰幅の良い訓練兵だ。

こっちは、クラークとは正反対にセンスはそこそこだけど、謙虚で自分の限界を知っている。

それを知ったうえで、それをいかにして伸ばすかをちゃんと考えるやつだ。それから兄貴肌、というのか、

班員への気遣いもできる気の利くところもあって、これもクラークとは真逆の意味で、彼を慕っている者も多いようだった。

「よし、では、本日の訓練はこれで終了する。各員、十分に休息をとって明日に備えること。

 明日は、これまでの機動の復習を兼ねて、連続機動の訓練を行う。自身のない者は、教本によく目を通しておくこと」

私がそう告げると、ヘヘヘと笑い声をあげる訓練兵が居た。またあんたか…

「復習なんてちょろいな。俺はもっと高度な訓練の方が性に合ってるぜ」

口を開いたのは、もちろん、クラーク・マルチンだ。

「マルチン曹長、なにか言いたいことがあるのか?」

私はそう言ってジト目でクラークをにらみつけながらそう言ってやる。するとクラークはなおもニヤニヤと笑いながら

「俺たちは、もう十分戦えると思うぜ。なんなら、今からカイロに行ってあの人形をぶっ壊してきてやるよ」

と得意げに言う。まったく、こいつは…なんとかしておかないと、本当に万が一のときには氏にかねない。

「マルチン曹長。それが上官に対する口の利き方と習ったのか?」

私がなおもにらみつけて言ってやると、さすがに気が付いたようっでピッと背筋を伸ばして

「今のは、意気込みを口にしただけであります!」

なんて言ってはぐらかす。まぁ、いい。明日の訓練で、チビるほどに追い立ててあげるから、覚悟しておきなよね。

私は胸の内でそんなことを思いながらう

「それなら良い。各員、いいか。今は戦時で、ここは前線にほど近い。

 いついかなる状態でも出撃命令が下る可能性があることを常に意識していろ。

 そうでなければ、出足が遅れて空に上がる前に氏ぬことになる。わかったな?」

「はっ!」

私の言葉に、全員がビシっと敬礼をした。私も敬礼を返してから

「よし、では解散」

と指示を出して、私はその場を後にした。
 

605: 2014/06/07(土) 22:56:10.18 ID:f2fjQNT1o

 その足で向かったのは、着陸してすぐに機体を運び込んだ、ほったて小屋同然のハンガーだ。

そこではさっそく、エルサが機体の整備に取り掛かってくれている。

「エルサ、いつもありがとう」

私はそう声をかけてエルサのところへ歩いていく。と、エルサは機体の下部に何か妙なものを取り付けている最中だった。

半球のドーム型をした黒い物体だ。

「あぁ、少尉!お疲れ様です!」

エルサは私に気が付いて、生き生きとした返事をしてくる。

「それ、何付けてるの?」

「あぁ、これですか?レーザー照射装置です」

「レーザー?」

「はい、セミアクティブミサイル誘導用のレーザーです」

エルサはニコっと笑った。それから真剣な表情をして

「レーダー誘導ミサイルだと、例のミノフスキー粒子を撒かれたら最後、機能しないじゃないですか。ジャミング下でも、レーザー誘導なら効くはずです」

と言ってきた。確かに、そうかもしれない。でも、レーダーと違ってレーザー誘導は目標にレーザーを当て続ける必要がある。

ミサイル自身にレーザー誘導をさせるアクティブ方式もないことはないけど、ミノフスキー粒子の戦場投入なんて想定していなかったらしくて、

生産数もそこそこだし、技術的にコストがかさむ。

それなら、簡易なアクティブレーダー方式の方が有用性が高いって理由で、軍ではほとんどがそっちを使っていた。

「レーザー誘導でもセミアクティブなら数も確保できるし、ほら、それに、巡航ミサイルも使えるかもしれません」

「だけど、そいつをロックしておく方法はあるの?」

私が聞くと、エルサは急にまた笑顔になって胸を張った。

「それは、私がやります。ロックオン機構は、まだシステムの調整中ですけど、

 この照射器、カメラもついているタイプなんで、最悪は目視で敵を捕らえ続けることもできると思うんです」

確かに、それならこれまでミノフスキー粒子を警戒して多く積み込めなかった対戦車ミサイルも、

弾頭のシーカーさえ交換してやれば誘導できるから、機体に限界まで搭載しても有効打を得られる可能性はぐんとあがる。

ただし、これを操縦しながら操作することは、私にはできない。戦闘機で回避行動をとりながら、

目視でレーザーを敵に当て続けるのはどんな手だれでも不可能だと思う。そこまで考えて、私はハッとしてエルサを見た。

 エルサは、笑っていた。

「少尉、私も、戦いたいんです。氏んじゃった人たちの敵討ちなんかじゃなくて、今生きてる、明日、生き残れるかもしれない人たちのために」

今生きている人のため…明日を生き残れるかもしれない人のため…

そう、きっとそれは、彼女の兄、カルロスのことを言ってるんだろうことはすぐにわかった。

でも、私は彼女の言葉に、ハッとさせられる思いだった。シドニーが消滅して、バイコヌールやオデッサを奪われて、

隊長達が氏んで、私は、ずっとその仇討をこの胸におしこめていた。報復を、仕返しをしてやるって、そう思っていた。

でも、今のエルサは違った。氏んでしまった人のためじゃなく、今生きている人たちを守るために戦いたいんだと、そう言った。

そんなこと、考えもしなかった。明日を生き残れるかもしれない人のために、か…

「そうだね…あんたの気持ちは、分かる気がするよ…」

私は、エルサにそう言いながら、自然と笑顔になっていた。

もし、そういう戦い方ができるんだとしたら、私は…ヒヨッコ達と、フィリップにベネットを守ってやらなきゃいけないんだろう。

だとしたら…この撤退も、それはそれで、私の戦いだった、とも考えられるな…

まぁ、そう考えたからって、胸のつかえが取れるわけじゃないけれど、それでも、ね…
 

606: 2014/06/07(土) 22:56:36.64 ID:f2fjQNT1o

「それなら、私も手伝ってあげないとね」

私はそう言って、ポンとエルサの肩を叩いてあげた。

 それからエルサを手伝って、機体にレーザーを取り付けて、さらには対戦車ミサイルのシーカーを取り換えた。

私がプチモビをつかって、機体にミサイルを装填している間に、

エルサはレーザー装置のロックオンシステムを組み込んだポータブルコンピュータをレーザー装置にリンクさせている。

私が、両翼の発射装置にそれぞれ3本ずつのミサイルを取り付けた終えたころには、

エルサの方も作業を終えて、コクピットから這い出し、ふぅ、とため息をついていた。

 「今日はこれくらいにしておこうか」

チラっと時計を見やって、私はエルサに声をかける。もうそろそろ、夕食の時間。食べられるときに食べておかないといけないのは、変わらない。

それに、明日には陸戦隊の連中が西の湾岸にやってくる輸送船に乗ってジャブローへ撤退するという話を聞いている。

私もヒヨッコ達を連れてそれに同行する予定だけど、エルサにしてみたら、しばらくはあえなくなるし、もしものことがないとも限らない。

できたら今夜は一緒になれる夕食の時間をゆっくりとってあげたいし、ね。

「あ、はい、了解です!」

エルサはラダーを降りた。私も、プチモビをハンガーの隅に戻しておく。二人してハンガーを出ると、外には真っ赤な夕焼けが広がっていた。

「わぁ!きれい!」

エルサがそう声を上げた。確かに、こんなに真っ赤な夕焼けは、私も初めて見る。

まるでオレンジの絵の具を振りまいたように、雲のない空が燃え上っているようだった。

こんな景色をみると、一瞬、今が戦時だっていうことが意識から消えていくようで、

胸の奥にひっそりと張らずにはいられなかった緊張感が途切れて心地よい脱力感に襲われる。

チラっとエルサの顔をみやったら、彼女も、オイルのついた顔を赤く染めて、うるんだ瞳で夕焼けを見ていた。

ふふ、あんたもあの夕焼けとおんなじかもしれないね。そんなことを思ってしまった自分がおかしくて、私は一人で笑顔になってしまう。

それから私たちはしばらくそこで足を止めて、そのきれいな景色を眺めていた。

 ふと、何かが聞こえた気がした。奇妙な音だ。風の音とも、戦車や飛行機のエンジン音とも違う。

ましてやモビルスーツのあの駆動音でもない。あたりを見回すけど、近場には動いている機械はない。

それに、この音…どこか遠くから響いてきているような…

「どうしたんです、少尉?」

私の様子に気づいて、エルサがそう聞いてきた。

「ね、妙な音が聞こえない?なんていうか、タービンが回ってるみたいな…」

私が聞いてみると、エルサも耳元に手を当ててゆっくりとその場で一周する。エルサは二週目に入ったところで、ピタっと動きを止めた。

「あっちから聞こえる気がします」

エルサは滑走路のある南側を指さした。でも、そこには本当に滑走路しかない。

それ以外にははるかかなたまで続いて見える地平線があるくらいだ。

いや、待って、あれは何?

 私は、地平線すれすれの位置に何かを見た。
 

607: 2014/06/07(土) 22:57:24.59 ID:f2fjQNT1o

それは、沈みかけた太陽の光が、夜の闇と混じって紺色に輝いているあたりに、小さな黒い点のように浮かんでいた。

気のせいか、ゆっくりと移動しているように見えなくもない…飛行機?友軍機なんだろうか?

確かに、ここより南にはカイロへと続く連邦の補給路がある。そこへ向かう機体なのか、それとも…

いえ、あの機体は、こっちへ向かってきている…補給でも来たっていうの…?この時間に、もう夜になるっていうこのタイミングで…?

 そう思ったとき、私ははっとした。まさか、と思って、ポーチに常備している方位指針を取り出してみる。

掌に載せて針の動きを確認した。そして私は、息をのんだ。針は、南をまっすぐにささずに、ゆらゆらと不安定に揺れ動いている。

まるで、磁力が弱まっているように、だ。

 「エルサ、ハンガーへ!」

私はエルサの手を取って駆け出した。

「な、な、なんです!少尉!」

「あれはミノフスキー粒子が散布されてる!あの機影は、敵機だ!」

「て、敵機!?ジオンが飛行機を飛ばしているって言うんですか?!」

エルサは私の言葉にそう聞き返してきた。私だって信じたくはない。でも、たぶん間違いないんだ!電話だ、電話が要る!

 私たちは仮設ハンガーに駆け込んだ。

エルサに発進準備を頼んで、私は取り付けてもらって電話に飛びついて受話器を上げてダイヤルした。

呼び出し音が数回なって、不意に電話の向こうに基地司令が出た。

「司令!ハガード少尉です!基地南方に、敵らしき機影!至急、レーダー員に周囲の索敵を指示してください!」

私が言うと、司令は緊張した声色で言ってきた。

「レーダーは現在、機能不全でシステムチェック中だ…が、今、南、とそう言ったのかね、少尉?」

「はい、南です!」

「…やられた、レーダーの異常ではなくミノフスキー粒子というやつか…!少尉、当基地所属の部隊も出す!

 至急、南方の確認に向かってくれ!」

「了解です!支援、頼みます!」

私はそう返事をして受話器を叩きつけた。エルサが、ハンガーのシャッターを開けてくれている。

私は車輪を止めているチョークを蹴り飛ばしてからコクピットによじ登って、キーを差し込みエンジンのスイッチを押した。

アイドリングが開始される。ヘルメットをかぶって、景気をチェックする。機体は、万全。さすがだね、エルサ。

 準備を整えている間に、エルサもヘルメットをかぶってコクピットに上ってきた。

ラダーを外して地面に投げ捨てて、キャノピーを閉じる。

「少尉、敵なんですか?」

「あぁ、間違いない!ジオンが何かを飛ばしてるんだ!そいつを偵察しに行く!」

「本当に飛行機、ですか…まいったな、対空装備は全部外しちゃいましたよ!?」

エルサの言う通り、対モビルスーツ戦のために、本来装備されていた対空兵器は全部外して、対地装備になっている…。

「大丈夫!もし空を飛んでるんなら、50㎜ガトリングの一掃射で叩き落せるから!」

私はそう怒鳴りながら、温まったエンジンの出力を上げた。機体が、ゆっくりと動き出してハンガーを出る。

と、基地内になにか警報のようなものが鳴り響きだした。基地司令、スクランブルをかけてくれたみたいだね…ありがたい!

 そう思いながら私は、無線で管制塔を呼び出す。

「管制塔!こちらタイガー7!離陸許可を!」

<こちら管制塔!司令より、状況は聞いた。すぐに滑走路へ進入せよ!タイガー7のあとに、チャーリー隊続け!>

管制塔がせわしなくそう指示を出している。敵の能力を見極めないといけないけど、相手がモビルスーツじゃないんなら、私にだって十分やれるはず…!叩き落してやる!
 

608: 2014/06/07(土) 22:57:56.56 ID:f2fjQNT1o

 機体が滑走路へとたどり着いた。

「こちら、タイガー7!発進準備完了!」

<こちら管制塔!タイガー7!発進せよ!頼むぞ!>

管制塔の許可を聞いてから私は

「エルサ、行くよ!」

と声を上げるのと同時にスロットルを目一杯に前へ押し込んだ。エンジンが高鳴り、機体が弾けるように加速を始める。

「は、はい!」

少し遅れて、エルサの詰まったような声が聞こえた。加速中は黙ってろ、って言ってやってなかったね。舌噛むと痛いからさ。

 機体がふわりと宙に浮く。私は操縦桿を引き起こして一気に機体を上昇させた。

大気を駆け上がった機体を、高度3000フィートで水平にして、南を目指す。

「エルサ!レーザー誘導は使えそう?」

「戦闘機みたいに高機動する相手の追従は多分できませんよ」

「何でもいい、とにかく万が一の時は撃てるようにしておいて!」

「了解です!」

エルサと言葉を交わして、私はキャノピーのアクリルの向こうに浮かぶ黒い点に目を凝らす。

あんた、何なんだ?戦闘機の機動じゃない。だけど、明らかに飛行している。陽炎や蜃気楼の類でもない。

このタイミングで、ミノフスキー粒子を散布しているともなれば味方じゃないだろうってのはわかる。

薄暮攻撃でも仕掛けようって言うんだよね、きっと。でも、私が気付いたからには、そうはさせない。

空での戦いなら…引くつもりもない!

 <こちら第2要撃飛行隊、チャーリー隊だ!ハガード少尉、聞こえるか!>

この声…私たちを基地へ誘導してくれた、あの少佐の声だ。

「こちらハガードです!」

<こちらも離陸したが、貴機と距離がある。こちらの編隊に加わるのなら、旋回して後ろについてくれ>

「いえ、少佐!私は先に向かって敵情を視察します!」

<…了解した、無茶はしないと約束してくれ>

「ええ、無茶はしません。ですが、敵の規模や目的を探る必要性はあります」

<…わかった。注意してあたってくれ>

「了解です」

私は無線を切って黒い影を見つめた。距離が詰まってきているのか、点に見えていた影の形がおぼろげに確認できる。

「少尉、見えるんですか?私全然わからないんですけど…」

「パイロットは、目だけは良いんだよ。見たことのない機体だ…やっぱり、連邦機じゃない」

私は見えてきた機影を確認してエルサにそう言った。ずいぶんとずんぐりとした機体だ。戦闘機、ってわけでもなさそうだね…

爆撃機か、輸送機か…あんな形の機体が浮かんでるなんて、空力的に見ると奇妙だ。揚力で浮いている感じじゃないね…

まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく、ジオンの兵器なら叩き落すまでだ。
 

609: 2014/06/07(土) 22:58:26.20 ID:f2fjQNT1o

「エルサ、もっと高度を上げる。マスクつけてる?」

「着けてます、大丈夫です、少尉!」

「よかった。行くよ」

私は操縦桿を引いて、スロットルを押し込みさらに高度を取る。足の遅い機体には、こうして急降下して襲い掛かるのがセオリーだ。

普通ならそれなりに対策を練っているものだけど、ジオンが空戦の経験や情報をどれだけ持っているかは怪しいもの。

戦いは、先手必勝だ。

 影が徐々に大きくなる。いや、待って…あいつ一機じゃない…!私は上昇して気が付いた。

あの機体の後ろにも、同型が複数機、列をなすようにして飛行している。明らかにトンポリの基地を目指している。

あの基地をやろうっての?今回ばかりはそうはいかない…あの基地は、あの基地には、守らなきゃいけない人がいるんだ…

シドニーや、オデッサのようにはいかせない!

「エルサ!基地へ連絡!敵はトンポリを目指してる!至急、迎撃準備を!」

「りょ、了解、連絡します!」

無線が無事なうちに、連絡は任せよう。私は、敵の出方を見て…そう思ったとき、何かが光った気がした。

反射的に、私は操縦桿を引いた。次の瞬間、私の機体の真下に、まぶしく輝く何かがまっすぐに通過していった。

「しょ、少尉…い、今のは…!?」

エルサが絶句する声が聞こえる。まさか…今のは、メガ粒子砲?ミノフスキー粒子を圧縮して打ち出すっていう、あれ!?

そんな…あんなのは、高出力のエネルギーが確保できる戦艦くらいにしか装備できないって話じゃなかったの?

連邦のサラミス級やマゼラン級に積んでる戦略兵器のはずなのに…あんな航空機に装備させられるなんて…!

「メガ粒子砲…!」

「少尉!また来ます!」

エルサの声がするのと同時に、敵の機体がまた光った。私は機体を旋回させて敵の射線から外れる。

「エルサ!味方に連絡!敵はメガ粒子砲を搭載した大型航空機!接近には厳戒せよ!」

「了解です!」

私はエルサに指示をしてから、体制を整える。あのメガ粒子砲の射角はわからない。不用意に接近するのは危険すぎる…

それに、あの機体の後ろにはまだ同じ型の航空機が続いている。側面からの攻撃は危険だ。同じ理由で後方にも回れない…

安全に叩くのなら正面に回らなきゃいけない…

それでも、あのメガ粒子砲の攻撃をかわしながら、はるかに射程の短いガトリング砲を浴びせかけないといけない…ジオンめ…!

なんて厄介なものを出してくるのよ!
 

610: 2014/06/07(土) 22:59:11.93 ID:f2fjQNT1o

「少尉!対戦車ミサイル、発射できます!」

エルサの怒鳴り声が聞こえた。それはモビルスーツ相手に取っておきたいけど…

でも、こいつの方がもっとヤバイかもしれない…とにかく、有効打を浴びせておかないと…!

「エルサ、先頭の機体に照準!」

「了解!光学照準完了、目標、ロックしました!」

「よし、ミサイル1番、発射!」

私はエルサの声を待って、操縦桿のボタンを押した。パイロンから離れたミサイルが白煙を引いて敵の航空機へ伸びていく。

敵がミサイルを迎撃するためか機銃のようなものを発射し始める。

その弾幕をすり抜けて、ミサイルは敵に吸い込まれるように誘導されてはじけ飛んだ。敵からは黒煙があがる。だけど、バランスを崩しもしない。

「そんな…確実にダメージはあるのに…!」

エルサの悲鳴が聞こえる。いや…まだ…まだだ!

「エルサ!2番、3番も発射する!レーザー照射!」

「りょ、了解です…!敵、照準固定!」

「発射!」

再び、今度は二本のミサイルが飛び出す。しかし、次の瞬間には機体が光った。まずい!私は今度は機体を降下させる。

金色に輝く光の帯が、機体のすぐそばを飛びぬけた。ミサイルは、その光の帯に飲み込まれて、空中で消滅していた。

くっ…メガ粒子砲…!

 <ハガード少尉!こちらも戦闘に参加する!>

あの少佐の声が聞こえる。良かった、来てくれた!

<各機へ!敵の主砲に注意せよ!>

<了解!>

私の機体を追い越して、味方機が敵へと突っ込んでいく。敵の機銃が放つ曳光弾が壁のようにばら撒かれてこちらの接近を防ごうとしている。

だけど…!

「エルサ!もう一度!」

「はい!照射します!」

この混戦なら、もう一度ミサイルを叩きこめる!

「いけます!」

「発射する!」

私はボタンを押した。4本目のミサイルが飛び出す。ミサイルは再び敵へと直撃し、爆発を起こす。

機体の装甲に穴が見える。それでも…まだ、敵は進路を変えない…

「くっ…!なんて構造してるの!エルサ!私たちも突っ込むよ!」

「わ、分かりました!」

私は、スロットルを押し込んだ。機体が加速して敵の上をとびぬけた。後方の敵とはまだ距離がある。

旋回して体制を整えるのは安全だろう。私は機体を傾けて、一度敵から距離を取る。そのとき、私は奇妙なものを見た。

敵機の後ろ側の装甲が大きく口を開けている様子だった。あれは…?何をするつもりなの?

そう思ったのもつかの間、その開口部から何かが姿を見せた。濃緑の装甲に、トゲ付きの肩…ピンクの一つ目…!

間違いない、モビルスーツだ!
 

611: 2014/06/07(土) 23:00:16.12 ID:f2fjQNT1o

「まさか!あの機体…モビルスーツの輸送機なの!?」

「輸送機なんて、生易しいもんじゃない…あれは、空母だ!」

エルサの言葉に私はそう言ってやった。モビルスーツだけじゃない、こいつは!私は、気付いていた。

味方機に紛れて、レーダーの利かない私の機体の真後ろについている、見たことのない戦闘機!

「エルサ!ここからはあんたにはきついよ!吐きそうなら、袋使ってよね!」

私がそう怒鳴って、操縦桿をひねった。スライスバックで転舵しつつ速度を稼ぐ。

敵の航空空母がこっちへと機銃を撃ち下ろしてきた。でも…速度がある…抜けられる!スロットルを押し込んで速度を上げた。

さらに、シャンデルに移って敵の機動を見極める。

敵の戦闘機は、こっちの機動に追従しようとしているけど、その速度も機動性もこっちの機体には遠く及んでいない。

このまま叩ける!

私はシャンデルからさらに操縦桿を引いて再びスライスバックに入る。一瞬にして、後ろを飛んでいた敵機が目の前に現れた。

空戦には慣れてないようだね…それに、機体性能も違いすぎだ!

 私は、HUDのレティクルに敵機を合わせてトリガーを引く。

これまでの25mm砲とは違う爆裂音とともに、曳光弾が飛び出した。

その破線が敵機と交差した瞬間には、敵機は爆発しながらバラバラに飛び散った。こいつらは敵じゃない…!

だけど…!次の瞬間、下から轟音とともに破線がとびぬける。モビルスーツが降下していた。

あいつら、空挺ってわけか…でも、装備はあのマシンガンだ…こっちの機銃でも戦える…!

「少尉!上からも来ます!」

エルサの怒鳴る声が聞こえた。私は反射的に操縦桿を倒して高速で旋回をする。

上空からあの空母の対空機銃が降り注いできていた。上も抑えられてると来ている…あんな鈍足に!

「エルサ!いったん距離を取るよ!」

「はい!」

私は旋回を続けて敵と距離を取った。空母から降下したモビルスーツは3機。地上からこっちへと打ち上げて来ている。

だけど、分かってないね。そんな射程の短いマシンガンじゃ、あの空母より上空に居れば脅威じゃない。

低空にもぐりこみさえしなけりゃ、支障はないはず…今はとにかく、あのメガ粒子砲付きの空母を落とさないと!

「エルサ!レーザー照準!残り2発をあのデカブツに撃ちこむよ!」

「了解です!…照準、よし!いけます!」

「落ちろ!」

私は思いを込めてそう言い捨て、ミサイルを発射した。

ミサイルは、敵空母の左から迫って、一発が左翼に、一発が胴体にぶつかって爆発を起こした。

敵機の左翼がひしゃげるように折れ曲がり、バランスを崩した。
 

612: 2014/06/07(土) 23:00:50.15 ID:f2fjQNT1o

「やった!」

エルサの歓声が聞こえる。私の操縦桿を握りながら、内心で踊るような気分を感じた。

敵の空母はそのまま、左側を下にして降下し、地面にぶつかって大爆発を起こした。

 「敵空母、撃破!」

<ハガード少尉!さすがだ!>

少佐の声が聞こえてきた。さすが、なんてほどでもない。やっと、やっと一矢報いてやれた。本当にだた、それだけ、だ。

<後続、来ます!>

不意に、別の無線が聞こえた。そうだ、あの空母は1機だけじゃない。まだ後ろにいくつか続いていたはずだ。

私は高度を上げて、敵の数を確認する。列をなすように進んできている敵の空母群は、見える限りでも10機…

今落とした空母と同じく1機につき、3機のモビルスーツを搭載しているんだとしたら、単純計算で、残り30機…

その数でトンポリにたどり着かれたら、たちまち基地は蹂躙されるだろう。なんとか阻止をしないと…!

 私はそれからも迫りくる空母へ攻撃をかけた。

だけど、ミサイルを撃ち尽くし、50㎜ガトリング砲の弾をばら撒くだけでは、決定打を与えられない。

そうしているうちに、私はそのガトリング砲すら打ち切ってしまった。

 「弾切れ…!」

「少尉!基地に戻れば、10分で再装填できます!戻りましょう!」

エルサがすかさずそう言ってくれた。

「了解…!チャーリー隊!こちらタイガー7!残弾ゼロ!補給のために一度帰投する!」

<了解した、タイガー7!このデカブツ、武装は厄介だが機動は鈍い。弾数さえあれば、十分に叩ける相手だ。待っている!>

報告した少佐も、そう答えてくれた。

「了解!少しの間、頼みます!」

私は返事をして、機体をトンポリの基地へを向けた。戦闘地域が遠ざかっていく。

そんなときになって、私は初めて、操縦桿を握る自分の手が震えていることに気が付いた。

ビビっているのか、単純に過剰に興奮しているのか…これは、両方だろうね…。

私はそんな自分に、それでもどこか、満足感すら感じていた。

今まで、逃げることしか出来なかった自分が、ようやく戦えた…そんな実感が押し寄せてきているような感じだった。
 

613: 2014/06/07(土) 23:01:24.18 ID:f2fjQNT1o

 でも、そんな気分も、本当につかの間だった。機首を向けたトンポリ基地の方向に、黒煙が立ち上っているのを見たからだった。

「嘘、でしょ…?」

「まさか…基地が!?」

私たちはその光景を見て、言葉を失った。

基地が見えるほどの距離に差し掛かったとき、その敷地内をあのトゲツキが10機ほどの数で闊歩していたからだ。

「別働隊…!」

私は理解した。あの空母群は、単純にトンポリを目指していたわけじゃないんだ。

この周辺にある連邦軍の基地を、片っ端からつぶして回っているやつらなんだ。

必氏に抵抗をしているカイロを抑えるために、カイロよりこっち側の、キリマンジャロを中心にした連邦の補給路を断つつもりで…!

「カレン少尉…!もっと、もっと高度下げられませんか!?」

エルサの声が聞こえてくる。彼女の思いは、分かった。私も、フィリップやベネットのことが気になる…

そう思って操縦桿を倒そうと思ったとき、ノイズ音とともに、無線が飛び込んできた。

<…ザッ…レン!カレン!>

今の声…フィリップ?

「フィリップ?!あんた、無事なの!?」

<あぁ、なんとかな…ベネットも、新米どもも無事に上がってる。上だ>

フィリップの声に、私は上空を見上げた。そこには、20機弱の編隊を組んでいる、連邦機がいた。

「何があったんだ?」

<20分前に、西側から接近してきた。こっちは、南方に気を取られてて、対応が遅れてな…>

「兄ちゃんは…!撤退してきた陸戦隊はどうなりましたか!?」

エルサが恐る恐る、と言った感じでフィリップに聞く。エルサの心配もわかる。

でも、基地には陸戦隊の兵器の残骸らしいものはほとんど見えない。たぶん、無事だとは思うけど…

<陸戦隊?あぁ、やつらは、カレン達が出撃してからすぐに西へ向かった。大西洋岸で北米離脱の輸送艦隊と合流するって話だったろう?

 明日の朝ってことだったが、事態が事態だ。基地司令が命令して、すぐに出た>

「そう…なら、無事、なんですね…」

そうだろうとは思ってた。でも、改めて言葉で聞くと私も少しだけ安心した。でも、下の基地は…

「フィリップ、基地司令は…?」

私は、気になったのでそう聞いた。フィリップは、いつもの、まるで他人事のような声色で

<最後まで基地守備隊の指揮を執ってた>

「そう…」

正直なところ、気落ちした。あの司令、私達にあれこれよくしてくれた…思い入れがあったわけじゃないけど…

でも、また、助けられなかった…私を、私たちを助けてくれた人を…
 

614: 2014/06/07(土) 23:02:09.77 ID:f2fjQNT1o

<カレン、どうする?このまま飛び続けてても、ジャブローまでは燃料が持たない>

フィリップが私にそう訪ねて来る。

「…いったん、北のナポリ基地へ向かう…そこで、ドロップタンクと装備を調達して、撤退する陸戦隊を支援しよう…

 私達は、守られてばかりで、これまで何一つ守ってない…私はもう、そういうのは苦しいんだ…エルサ、チャーリー隊に報告して。

 ミノフスキー粒子で無線が通じるかわからないけど…トンポリ陥落、撤退せよ、って」

「…はい…」

私は、気が付けば胸の内に詰まっていた思いを口にしていた。意識してたワケじゃない。でも、ずっと感じていた。

この胸を締め上げる思いの正体だった。オデッサのときも、カイロのときも、ここでもそうだ。

どこへ行っても基地司令や他の幹部たち、陸戦隊も、整備員も、管制官も、私たちに希望を託して、空に上げてくれた。

危険が迫れば、第一に退路を確保してくれた。それは、私達航空隊が、あいつらに唯一対抗できる戦力だってわかってたからと思う。

それに…隊長達のこともある。私は、そういう人たちの思いを背負って戦っていく必要があるんだ。

そうじゃなければ、私は…私たちを逃がしてくれた人たちに申し訳がたたない。

「フィリップ、文句はないね?」

<…隊長さんの言うことだ、黙って従うよ>

フィリップの声が聞こえた。

 本当に、あんたは、まるで他人事だね…でも、それでもいい。私は、隊長からあんたとベネットを頼まれた。

カイロの基地でヒヨッコ達を頼まれた。この基地で、オデッサで何もしてやれなかったエルサの兄貴たちと会った。

私には、あんた達を守る義務がある。

たとえ、私一人が戦うようなことになったって、たとえ、私が氏ぬようなことになったって、あんたたちのことは必ず守ってやる…

それが、私を守ってくれた、私に託してくれた人たちの思いに応えることだ…。

だから、ごめんね、エルサ…もし、兄貴たちと合流できたらそのあとは、私一人で飛ぶよ…

あんたも、私の守らなきゃいけない人の一人だからね…

 私は、そう思ってギュッと操縦桿を握りしめた。




 

619: 2014/06/10(火) 22:32:43.12 ID:jFHORn+Jo




 「各機、レーダーと前方の景色には気をつけて。このあたりはもう敵の手に落ちているはず。どこから撃たれても反応できるように、注意だけは切らさないで」

私は、無線にそう言いつけた。他の機体から、まばらに返事が聞こえる。緊張しているのが嫌でも伝わってくる。

この際、返事に張りがないのは、気にしないでおこう。

「エルサ、そっちは平気?」

私が聞いてあげたら、エルサは他のどのパイロット達よりも凛々しく

「はい、問題ありません」

と返してくれた。本当に、あんたはすごいね。あのヒヨッコ達だけじゃなくて、うちの隊の二人にも見習って欲しいもんだ。

そうは思いながらも、私は、エルサの返事に、どこか胸をなでおろしていた。

 私達は、あれから無事にナポリ基地まで到達できた。

そこで点検と装備の補充、外付けの燃料タンクを増設してもらって、半日もしないうちに基地を飛び立った。

目指すは、トンポリから西へ行った大西洋沿岸。陸戦隊は、すでにあのあたりに到着しているはずだ。

急がないと、もし集合地のカサブランカをモビルスーツに襲われたら、彼らの装備ではひとたまりもない。

私たちも南に下りすぎると、トンポリを落としたジオン部隊に探知されるおそれがあったので、しばらくは地中海上空を飛行するプランだ。

 ヒヨッコ達は、さすがにトンポリでの敵襲に相当衝撃を受けているようで、一様に暗い表情を隠せていなかった。

まぁ、それでも実感が湧いたのなら良かったと思う。いつまでもフィリップのように我関せずな態度でいられても困る。

かといって、ベネットのようにビビったままでいられてもそっちはそっちで問題なんだけど。でも、戦闘をさせられないのは変わりない。

ヒヨッコ達も陸戦隊と同じで私がジャブローに届けなければいけない。そう考えると、多少ビビッてくれていた方が守ってやりやすい。

 「少尉、大丈夫ですか?」

エルサが後ろの席から私にそう聞いてきた。無理もない。ナポリでもエルサはしきりに私を心配してくれていた。

戦闘のこともそうだけど、ほぼ寝ずに飛び続けている。疲労感はないといえば嘘になるし、気持ちの整理がついていないのも事実だ。

でも、だからと言って飛ばないわけにはいかないし、落ち込んで沈んでいる暇もない。

「ありがとう、エルサ。大丈夫よ」

私はそう返事をする。それでもエルサは納得がいかないのか、

「少尉は、無理しすぎです」

なんて言ってくる。わかってるよ、私にだって。

「仕方ないでしょ?飛ばないで腐ってたって、仕方ない…」

「そうじゃありません!少尉は、いつだってそうやって強がってます…そんなのって、絶対にしんどいですよ!」

エルサは、まるで私を非難するみたいに、そう言ってきた。

「強がってる?私が?」

「そうです…少尉は、オデッサ以降、ずっと一人で戦っているような気がします。

 もちろん、フィリップさんは怪我をしてるし、ベネットさんは飲まれちゃってるし、

 私や、あの新米パイロット達は戦えないから少尉が戦わなきゃ行けないってのは、わかります。

 でも…もっと誰かを頼ったっていいんじゃないかって思います」

「こんな状態で、誰を頼れって言うのよ?」

私は、そんなつもりはなかったけど、そんな皮肉っぽい言葉を口にしていた。エルサが心配してくれるのは、嬉しい。

だけど、現実的に、私が頼れる相手なんて、どこにもいやしないんだ。
 

620: 2014/06/10(火) 22:33:21.28 ID:jFHORn+Jo

 私の言葉に、エルサはグッと黙り込んでしまった。言い方が、まずかったかな…

本当に、どうしてこんなひねくれた言い方しか出来ないんだろう、私は…こうやって、どれだけ自分から人を遠ざけてきたんだろう。

エルサのいうように、私が一人で戦っているんだとしたら、それはもしかしたら、自分自身が招いた結果なのかもしれない…。

「ごめん、エルサ。言葉が悪かったのは、謝るよ…それに、あんたには助けてもらってる。

 あんたが明るくしてくれなかったら、私は今頃もっと落ち込んでただろうさ。

 それこそ、空なんて飛べなかったか、もっと早くに、全部を投げ出して敵に特攻でもしかけてたかもしれない。私は、ひとりじゃないよ」

「…すみません、少尉…少尉だって辛いのに、私…」

エルサはエンジン音で掻き消えてしまいそうな、小さな声で言った。ごめんね、エルサ…あんたはちっとも悪くない。

悪いのは私なんだ…

「エルサ、気にやまないで。悪いのは全部私なんだ。私がもっと、ちゃんとやれてれば、こんなことには…」

「…少尉は、どうしてそうなんですか?少尉は、ちゃんと戦ってると思います。

少尉は、バイコヌールからずっと、なんとか守ろうって、そう思って、必氏に戦っているじゃないですか…!」

「どうして、か…」

エルサの言葉に、私はふと、そのことに思いを馳せていた。そんなこと、今まで考えもしなかったけど…

いや、考えたくなかっただけ、か…答えは、わかっているもんね…

「私はさ、落ちこぼれなんだよ」

「え?」

こんな話、誰にもしたことはない。聞いてもらえるとも思ってなかったし、

それに、話したところで、非難されるだろうって、ずっと思ってきたから、一度だって口にはだしてこなかった。

でも、いいよね、あなたにだけは。年下で、まだ子どもと大人の中間みたいなあんただけど、でも、頼れるな、ってそう思うのは本当だから。

「シドニーの実家をね、私は追い出されたんだ。父親は、資産家の家系で、爺さんから引き継いだ事業をやってた。

 母親は、シドニーでも一番優秀な大学院を卒業した経済専門家でね。いわゆる、エリート家系、ってやつだったんだよ。

 そんな家の長女として、私は生まれた。そんなだったからなのか、教育には厳しくて、私は、褒められたことなんて一度もなかったんだ。

 何をやっても、うまくやれなかった。期待に応えられたことなんて、一度もなかった。

  それなのに、あとに生まれてきた弟や妹は、それはそれは優秀でね。家族皆の誇りだった。

 私も、出来の良い二人が大好きだったし、誇りに思ってたよ。二人共、エリートハイスクールに進学してね…そりゃぁ、嬉しかった。

 でもね、妹の進学が決まった年だった。父親が、三流の大学にしか入れなかった私に言うんだ。

 『お前には、努力をする根性が足りない』、ってね。それで、突きつけられたのが、入隊の申請書だった…

 『軍にでも入って、鍛え直せ』ってこと。なんだか、ショックだったのを覚えてる…

 父さんにも母さんにもあんなに好きになって欲しくて、嫌われたくなくって頑張ったのに、それでも努力が足りないからだ、なんて言われたのがね…

 それからは、もう本当に動きが早くて、私自身もそそくさと逃げるみたいに、大学をやめて、軍に入ったんだ」

エルサは黙っていた。後ろに座っているから、表情がみえない不安が募る。軽蔑してるだろうか?それとも、呆れている?

わからないな…でも、こうして話すのは、悪い気分じゃないような気もする…私は、エルサの反応を待たずに話を続けていた。

「軍に入るときに志願したのは航空隊。空を自分で飛んでみたいな、って想いもあったけど、

 正直に言えば、他のどの兵科よりもエリートだ、って認識があったから。

 昇進も早いし、それに、戦闘機パイロットともなれば、士官候補生は確実だからね…。

 今考えてみれば、情けない話だよ…あんな扱いをされたってのに、私はまだ、エリートだの優秀だの、ってことにこだわっていたんだからね…」

「少尉…」

エルサの小さな声が聞こえた。待ってね、エルサ。もう少しだけ話を聞いて…叱るんなら、そのあとでいいから、ね…
 

621: 2014/06/10(火) 22:34:34.95 ID:jFHORn+Jo

「そのあとは、ただひたすらに戦闘機パイロットを目指してた。

 幸い、航法の授業も物理の授業もなんとか理解できたし、実際に飛行機を飛ばせるようになってからは、そのことだけが純粋に楽しくって、成績もそこそこ伸びた。

 試験にも無事通って、晴れて戦闘機のパイロットとして赴任したのが、

 バイコヌールのタイガー飛行隊だったんだ…あの基地も、隊も居心地が良かった。

 誰も私を落ちこぼれだって扱わなかった。成績なんて気にしないで接してくれた。

 フィリップもあんなだし、ベネットだってそうだけど、でもあの隊も、基地の連中もみんな好きだったんだ…」

「少尉…少尉は、ご家族が、嫌いだったんですか?」

「ううん、好きだった。成績や学校の話じゃなければ、普通の親だった。母さんはよく一緒におしゃべりしてくれたし、父さんは休みの日にはキャンプやなんかにも連れてってくれた。

 ハイスクールに入って、落ちこぼれだって私に言うくせに、どうしてそれ以外じゃこんなに優しかったりするんだろう、

 って思ったりもしてね。結局、そう言う気持ちをずっと素直に受け止めてこれなかったんだな、って思ったら、

 また自己嫌悪で苦しくってかんがえるのをやめてた。今だって、同じ。私を認めて欲しかった、って思いはある。

 決して、居心地がいい家ってわけじゃなかった。でも、それでも、大好きな家族だったんだ…」

ハタっと、操縦桿を握っていたグローブに、何かが落ちてはじけた。どうも、私は泣いているらしい。

こんなことで泣くなんて、まるで子供じゃないか…情けないったらないね、本当に、私ときたら…。

「少尉、少尉は…」

エルサが口を開いた。それを聞いただけで、私は、彼女が私を蔑んだりしないんだな、というのが分かった。

彼女の口調が柔らかだったから。なにを言ってくれるんだろう、こんな私に…そう思った瞬間だった。

<10時方向!>

急に無線の中で誰かが怒鳴った。私は咄嗟に左を見やる。私の目に飛び込んできたのは、こっちをめがけて飛翔してくる、何か、だった。

「…!ぜ、全機、散開!」

私は無線にそう叫んで、操縦桿を引いてスロットルを押し込んだ。次の瞬間、爆発音とともに衝撃で機体が激しく揺さぶられる。

<あぁっ…あぁぁ!>

<なんだ…ど、どうなってんだ!?>

<おい!バカやろう!脱出しろ!>

とたんに、無線から混乱した声が聞こえてくる。なんだ、なにがあった!?私は機体を傾けて周囲の様子を探った。

そんな私の目に映ったのは、黒煙を吹きながら落下していく、ヒヨッコ達の機体だった。それも、3機も…!

「イジェクションレバーを引いて!早く!」

私が怒鳴るのと同時に、落下していく2つからパラシュートが飛び出て、開いた。もう一機は、反応がない。

次の瞬間、その機体は地面に落ちきる前に爆発して飛散した。

 今のは…ジオンの砲撃か?あのときに受けた、あの巨大な炸裂砲弾だ…10時方向…どこだ!?姿がみえない…!

「被害を報告して!」

<こ、こちら2班班長、リュウ・ホセイ…1班が、全機、撃墜されました…!>

「全機!?5機とも!?」

<はい!>

くそっ…ヒヨッコ達まで守れないのか…私は!こいつらは戦い方を知らないんだ!民間人と軍人の間みたいなもんなんだ…!

まだ…戦いで氏なせて良いようなやつらじゃないんだよ!

 パっと、はるか下の地面が光った。

「また来るよ!弾道を見極めて回避!」

私はそう指示しながら機体を滑らせて地上に目を凝らす…いた…!トゲツキ!あいつら、塗装を塗り替えたんだ…砂漠用迷彩ってわけね…!
 

622: 2014/06/10(火) 22:35:14.32 ID:jFHORn+Jo

 「フィリップ!あなたはそのまま、ヒヨッコ達を連れて西へ!陸戦隊連中と合流して、待機!」

<カレン、お前はどうするんだ?>

「私は…ここであいつらを足止めする!」

<無茶だ、お前一機で何がやれる!?>

「だったら一緒に戦ってくれるっていうの!?あなたは負傷してて飛ばすだけで精一杯、ベネット、あんたは!?」

<お、お、俺はっ…!>

「あんたも、足でまといよ。私一人でやるほうが良い。早く行って、こいつらが接近してるってのを陸戦隊に伝えて!」

<待て、カレン!お前、気でもおかしく――――――

私は、無線のスイッチを切った。それから、後ろを振り返ってエルサを見やる。

エルサは固く唇を結んで、私をじっと見て、ただ、黙って私に頷いて見せた。

 「悪いね、こんなのに付き合わせちゃって」

「いえ。カレン少尉。あなたを一人でなんて、戦わせません」

ありがとう、そう返事をする代わりに、私もエルサに頷いて返した。そういえば、マイナスGが苦手だ、って最初の戦闘では言ってたっけ。

でも、後ろにシートを取り付けてからはそんなこと言わなくなったね。

トンポリの戦闘じゃ、ダメかと思ったのにあんな戦闘機動にも、吐かずに乗っていられたっけね。あんたは強いよ。

私なんかとは違う。あんたが味方してくれるって言うんなら、これほど頼もしいことはないね。

あんたを氏なせるわけにはいかない。だから無茶をするつもりはない。

でも、この機体のミサイルと弾を全部撃ち切るくらいの抵抗はさせてもらう…ジオンなんかに、エルサの兄貴を、陸戦隊のやつらをやらせはしない!

 私は操縦桿を前に押し倒した。機体が急降下を始める。

高度がぐんぐん下がり、眼下に、黄土色に迷彩したモビルスーツの群れが見えてくる。数は…20?いや、30?かなりの大部隊だ…

モビルスーツだけじゃない、戦車らしい影も無数にいる…こんなのに追いつかれたら、戦車部隊はひとたまりもない!

「少尉!レーザー照準、完了!いつでもいけます!」

エルサの怒鳴り声が聞こえた。こんな、私でも白んで来ちゃいそうなマイナスGの中、あんたよくそんなことやってくれるよね!ありがたい!

「1番、発射!」

私は操縦桿のボタンを押しながら、同時にトリガーを引いた。ガトリング砲がうなって、曳光弾が地表めがけて伸びていく。

高速降下しながらの銃撃だ、いつものとは一味違うよ!曳光弾がモビルスーツに当たって、火花を散らしている。

効いてる!そうしているあいだにミサイルがその中の1機に突き刺さって爆発した。

よし、まず一機!私は操縦桿を引いた。とたんに、慣性で体に猛烈なGがかかる。だけど、これくらい!

私は背骨が粉砕されそうな程の重みに耐えながら、コンピュータを操作して火器管制システムを切り替える。

エルサが取り付けてくれたレーサーサイトに内蔵されたカメラの映像が、レーダーモニタ下にある小さな液晶に映し出された。

喰らいなよ!

私はさらに操縦桿のボタンを押す。胴体の下に無理矢理に取り付けていた無誘導爆弾がバラバラと落ちていく。

爆弾は、地面にカーペットを敷くように列になって爆発を起こして、さらに数機のモビルスーツを巻き込んだ。
 

623: 2014/06/10(火) 22:35:47.56 ID:jFHORn+Jo

 「エルサ!」

「だ、大丈夫です!」

体にかかるGを逃がすために、降下しながら大回りに旋回する。声をかけたエルサからは、まだ、力強い返事が返って来た。

よし、それなら!

 私は操縦桿を引っ張って、さらに旋回する。再び、正面にモビルスーツの群れを捉えた。

と、モビルスーツ群から、パパパと閃光が放たれた。来る…あの砲弾だ!

私はスロットルを押し込んだ。機体めがけて飛んでくる砲弾と高速ですれ違うと、次の瞬間にははるか後方で爆発を起こした。

「レーザー誘導!」

「…いけます!」

「よし、2番、発射!」

エルサと息を合わせて、私は二本目のミサイルを発射した。

今度のは、モビルスールの脚の付け根あたりに命中して、爆発はしなかったもののその場に擱座した。

喜んでもいられない。そろそろ、あのマシンガンの射程距離だ。私は機体をロールさせて高速のまま旋回して距離を取る。

一瞬、敵のマシンガンが発射されるのが見えた。でも、残念。そのマシンガンの弾は、この機体よりも遅い。

この速度なら、絶対に当たらないのは実戦で証明済みだ。機体はそのまま無傷でモビルスーツの群れから離れた。

 キャノピーの向こうに広がる敵の状況を見る。4機撃破…無誘導爆弾の効果は今ひとつ、か…でも、まだまだここから、だ!

「少尉!5時方向!」

エルサの声がした。私がそっちを見やると、キラキラと光る何かが動いたのが見える。航空機…?

いや、あの機体…昨日の、ジオンの戦闘機だ!

「エルサ、レーザー照準!あいつらと接敵する前に、ミサイルを使っておきたい!」

「了解、照準…!目標4、マーク!」

「発射!」

私は立て続けに発射ボタンを押し込んだ。ミサイルが飛び出して、白煙を引きながらモビルスーツに迫る。

モビルスーツはマシンガンを撃ち始めた。その弾幕に、ミサイルが一本弾けて爆発を起こした。

その爆炎をくぐり抜けて、残りの3本がモビルスーツに直撃して

爆発を起こす。よし、7機目!

 「少尉!敵戦闘機、きます!」

気がつけば、私は敵の戦闘機10機程に囲まれていた。それでも、私は冷静でいられた。こいつの機動は昨日確認した。

ずんぐりしたあの頭じゃ、空母と同じように、空力的に無理があるんだろう。機動は鈍いし、旋回時の速度もない。

数は驚異だけど、落ち着いてひとつずつ叩けば…!

「エルサ!戦闘機動に入るよ!」

「了解、覚悟してます!」

エルサの返事を聞く前に私は機体を駆っていた。敵は、2機5編隊の10機…出てくるからいけないんだからね!

 私は、旋回中にHUDの中に飛び込んできた2機に向かってトリガーを引いた。一連射の50mm弾が弾けて、2機とも空中で分解する。

と、敵機は機銃を撃ち込んできた。でも、てんで的外れ。地球の空で私達航空隊に勝とうなんて、甘いんだよ!

私は戦闘軌道を駆使しながら断続的にトリガーを引き続けた。1機、2機、3機、と敵が空中で弾け飛んでいく。

気がつけば、私が最後の2機を追い詰め、最初と同じように一連射で、敵を空中に散らせていた。
 

624: 2014/06/10(火) 22:36:19.54 ID:jFHORn+Jo

 よし、残りミサイルが1発と、機銃弾が300発弱…モビルスーツめ、もう少しだけ私と遊んでもらうからね…!

そう思って、機首をモビルスーツ隊に向けたときだった。ひどいノイズ音とともに、無線が鳴り響いた。

<ガーッ…ザーーす、ザザザーーら、撤退中の、隊、現在、敵モビスルーツ隊と戦闘――支援頼む、繰り返す―――

今の無線、陸戦隊?まさか、あっちにももう、敵が!?だとしたら、こんなところでこの部隊を相手にしている場合じゃない。

向こうへ援護にいかないと…!

「少尉、今の無線…!」

「ええ、分かってる!すぐに向かうよ!」

私は機首を西に向けつつ上昇した。後方から、ジオンがあの砲弾を撃ってくる様子はない。

ひとまず、向こうはこっちの一撃で泡食ってるんだろう。いい気味だ、ジオンめ!

「フィリップ、フィリップ聞こえる?」

<こちらフィリップ!カレン、無事か?>

「なんとか。そっちは陸戦隊と合流できてる?」

<いや、それがな…>

私が聞くと、フィリップは口を濁した。私が状況を聞く前に、視界に味方機が映った。あれは、フィリップ達?

なにをやってるの、こんなところで…!?

<少尉、俺たちも連れて行ってください>

声が聞こえた。これは…クラーク?あの生意気なヒヨッコ、こんなときに何を言ってる!

「ふざけないで!あんたたちを戦場に引っ張ったら、一瞬で木っ端微塵になるよ!」

<戦闘の方法は少尉から学びました。俺たちも戦えます!>

「戦闘の方法?戦闘機動の1つや2つできたところでどうにかなると思ってるんだったら大間違いだよ!」

私は苛立ち紛れに無線にそう怒鳴ってから

「陸戦隊の支援に行く。あんた達は黙ってついてくればいいんだ!」

と言い捨てた。こんなときに、まったく、余計な手間を増やさないでよ!私は、ヒヨッコ達についてくるように指示をした。

私の言葉に士気を折られたのかどうなのか、ヒヨッコ連中は一様に黙って、それでもちゃんと私のあとについてきた。

「よくと止めておいてくれたね、フィリップ。感謝するよ」

<いや…無駄氏にさせるのも、気分が良くないからな>

私の礼に、フィリップは相変わらずの様子で言ったけど、まぁ、今回ばかりは責めないで置いてやるとしよう。

 「少尉…!」

不意に、エルサの声がした。

「なに、エルサ?」

「あれ、なんでしょう…?10時の方向…ほら、あの大きな砂丘の影に…」

エルサが後ろから手を伸ばして来て、必氏に何かを指している。私は機体を傾けてエルサの示しているその何かを探した。

すると、確かに砂丘の影に何かが見える。なんだろう、あれ?何かのパーツみたいだけど…敵部隊が落として行った物…?

「カメラで確認してみます」

エルサはそう言って、レーザー照射機を操作した。私の方の液晶画面にも、その映像が映し出される。それは、腕のようだった。

あれは、モビルスーツの腕?いえ、でもおかしい…あれは落ちているんじゃない。まるで、あの砂丘に隠れているような…
 

625: 2014/06/10(火) 22:36:52.37 ID:jFHORn+Jo

 私は気がついたらその方向へと機首を向けていた。急がなきゃ行けないのは分かってる。

でも、あれは妙だ。私は、距離があるのを分かりながら、あえてトリガーを短く引いた。

曳光弾が数発伸びて行って、砂丘にぶつかって砂を巻き上げる。と、その腕が動いた。

次の瞬間には、砂丘を押しのけるようにして2機のモビルスーツが姿を現した。

 でも、その2機は今まで見てきたのとは別物だった。それぞれ違う形をしている。

1機はトゲツキに似ているけど、肩にトゲもシールドもついてない代わりに、何か小さなポッドのようなものをつけている。

妙にヒトツメがでかいし、今まで見てきたのとは色も違う。

 もう1機はトゲツキと見分けがつかないくらいだけど、でも、アンテナの形状やトゲ付いた肩当ての形も違う。

なにより、こいつは今まで見てきたヤツ以上に角張って、追加の装甲らしい物をつけている。なんなんだ、こいつら?

どうしてこんな位置に、たった2機で…?

「少尉、あれ…もしかして、偵察型か何かじゃないんですかね…?」

偵察型?どっちが?いや、あの一つ目がでかい方、か…確かに装甲は薄そうだし、シールドも持ってない。

あの手に持ってる銃のような物も…敵を攻撃するには小型過ぎる…偵察型か…てことは、もう1機は護衛?

もしかして、あいつが陸戦隊の位置をさっきの部隊に知らせていたんだとすれば…そうか、ジオンはただ闇雲に進撃してきていたわけじゃない。

こいつで事前に綿密に情報を得ていたんだ…だとしたら!

「エルサあいつらを叩こう!こっちの位置なんかを報告しているんなら、潰しておけば、撤退の助けになる!」

「了解です!ミサイル、残り1発でしたよね!?どっちに照準しますか!?」

「偵察型に見える方に!」

「はい!照準します…行けます!」

「よし、発射!」

最後の一発だ…当たってくれ!ボタンを押して飛翔を始めたミサイルが白煙を引きながらモビルスーツに迫る。

護衛機と思しきモビルスーツが発砲を始めた。待って、あのマジンガン…今まで見てきたのとは連射速度が違う…?

まさか、改良型!?次の瞬間、ミサイルが空中で炸裂した。

「ミ、ミス!ミサイル、空中で爆発!」

やられた…!あの護衛機の方、地球での戦闘に特化された新型なんだ!

まずい…このままだと、あいつらに陸戦隊の位置がバレたままになる可能性が…どうする!?

残りの武装は私の機体のガトリング砲と…あとは…!私はそこまで考えて思い出した。まだ、無誘導爆弾を下げてる機体があった。

ベネットだ…あいつの機体は、ナポリで爆装させておいた…

「ベネット、聞こえるか?」

<…はい、少尉…>

ベネットの、こもった声が聞こえてくる。

「私が援護する…抱えてる爆弾、全部あいつらの頭に降らせるよ」

<…っ!>

ベネットの同様が、息を呑む微かな声で伝わってきた。頼む、ベネット…ここでやらないと、エルサの兄貴が…陸戦隊が!

「ベネット…これは命令…投下機動に入って」

私は、気持ちを押し頃して、ベネットにそうとだけ伝えた。

<…りょ、了解…>

震えるベネットの声が聞こえた。編隊からベネットの機体が離れて来る。私は、一息、深呼吸をした。
 

626: 2014/06/10(火) 22:37:28.40 ID:jFHORn+Jo

落ち着いて、敵の注意を引かなきゃ…ベネットの接近を悟られないように…

 私は、覚悟を決めてスロットルを押し込み、操縦桿を倒した。機体が急降下して、地上から1000mもない高度へと位置取る。

残り少ない機関砲のトリガーを、私は引いた。轟音とともに曳光弾が飛び出してモビルスーツを襲う。

次の狙いは、ミサイルを撃ち落とした方だ…あいつの注意さえ引ければ、偵察型はおそらく撃てない!

 曳光弾がモビルスーツの装甲に当たって弾け飛んでいる。やっぱり、装甲も強化されてる…!

だとしたら、狙うのはあの一つ目!私は機体の位置を調整してさらにガトリング砲を撃ち込み続ける。

モビルスーツはこっちの狙いがわかったのか、マシンガンを握った右腕を上げて顔を隠し機銃弾を防いでいる。

それでいい…もう少しだけ、その場に留まっててもらうんだからね!

<と、投下位置に到達…無誘導爆弾、投下します…!>

ベネットの声が聞こえた。よし、行ける!そう思った次の瞬間、モビルスーツが体制を変えた。

一つ目を守っていたのとは反対の、左腕を突き出した。その腕には、箱のような何かが取り付けられていた。まさか―――

「ベネット!回避行動!」

私が怒鳴るのと、モビルスーツの腕に付いた箱からミサイルが飛び出すのとほとんど同時だった。

<わっ…あぁぁぁ!>

無誘導爆弾を投下した直後のベネットの悲鳴が聞こえた。でも、機体は回避行動を取らない。あいつ…なにやってるんだ!

「ベネット!旋回して!」

私が再度怒鳴ったけど、ベネットは返事はおろか、回避なんてしないでそのまま真っ直ぐに飛び続けている。

頼む、頼むよベネット!落ち着いて回避してくれ…ベネット!

「避けなよベネット!!!」

ズズン、と轟音がして、ベネットの放り出した無誘導爆弾が、2機のモビルスーツを直撃した。2機とも、その場に擱座する。

だけど―――

 モビルスーツの放ったミサイルもまた、ベネットの機体に直撃していた。ベネット機が、空中で爆散した。

「ベネット!」

<ガ…カレンさ…イ、イヤだっ…助けて、少尉…!ザッガ、ザーーーン少尉!少尉、助けて――――

破片が、地上へと衝突して、鳴り響いていた警報も、ベネットの断末魔も、聞こえなくなった。ベネットが…やられた…?

あんなに、戦闘を怖がっていたのに、あいつ…あんなに戦いたくなかったのに…

それなのに、私、あいつに命令して…それで…あいつは…わ、わ…私の、私が命令したから…私の、せい、で…

胸の奥から、吐き気のような感情がこみ上げてきた。頃した、ベネットを、私は頃したんだ…戦闘を強要して、それで、私は…!

 私は気がつけば絶叫していた。言葉になんて、ならなかった。

守らなきゃいけないあいつを、隊長から託されたあの後輩を、私は、氏なせたんだ。自分の命令で、あいつを…頃しちゃった…!

「少尉!少尉!しっかりしてください!少尉!」

エルサが後ろから手を伸ばして私の肩を掴んだ。その感触と、声で、微かに正気が戻る。

「少尉…!泣くのはあとにしてください!あなたが折れてしまったら、もっと犠牲が出るかもしれないんですよ!」

エルサは私に言った。分かってる、分かってるよ、エルサ。あのヒヨッコ達や、陸戦隊は守らなきゃいけないんだ。

こんな私には荷が重いけど…それでも、私は、託されたんだ…
 

627: 2014/06/10(火) 22:39:12.34 ID:jFHORn+Jo

 私は、返事もできないまま、操縦桿を引き上げて機体を上昇させて編隊に戻った。誰も、誰ひとり私に声を掛けてこなかった。

悪かったね、ヒヨッコ達。こんな出来の悪い指揮官に命を預けなきゃ行けないなんてさ…本当に…本当に、ごめんね…

 そうとしか、思ってやれなかった。どんなに謝っても私に変わってくれる人なんて今はいない。私がやるしかないんだ。

責めたきゃ、責めてくれ。私は、それだけのことをしてきちゃったんだから…

 私はそれからしばらく、そうやって、自分の不甲斐なさをただただ噛み締めていた。

<12時方向、戦闘の痕跡>

どれくらいたったか、フィリップの声が聞こえてきた。ふと、私はキャノピーの向こうに目をやった。

そこには、地上にいるモビルスーツに機銃や爆弾を浴びせかけている戦闘機隊の姿があった。さらにその向こうには、陸戦隊の影。

そして、青く広がる海が見えた。あの部隊は、友軍?ヨーロッパ方面軍?それとも、北米の部隊?

私は、乱れていた呼吸を整えて、深呼吸をして気持ちをなんとか立て直す。それから無線に呼びかけた。

「こちらは、中央アジア方面から撤退中の部隊、戦闘中の連邦軍機へ!応答願う!」

でも、返事はない。ハッとしてレーダーを見やると、いつの間にか、ホワイトアウトしている。ここにもミノフスキー粒子が…!

こっちが味方だって伝えないと、戦闘の邪魔になる!私は咄嗟に、操縦桿を左右に動かして、機体を交互に傾ける。

友軍だって合図。すると、その中の一機が、こっちへ機首を向けた。そして、そのキャノピーがピカピカっと不規則に点滅を始める。

あれは…発光信号?…これは、無線の周波数?

 私はそのことに気がついて、コンピュータを操作し、無線の周波数を変えた。

「こちら、連邦中央アジア方面軍の残存航空隊!交戦中の部隊へ!こちらは友軍だ、繰り返すこちらは友軍機だ!>

私はそう無線に向かって怒鳴った。すると、すぐに返信が聞こえてくる。

<こちら、ジャブロー防衛部隊所属の戦闘飛行隊。俺は、レオニード・ユディスキン大尉。そっちは?!>

ハスキーがかった、男の声。彼は私に聞いてきた。

「大尉!私は、カレン・ハガード少尉です!地上部隊の撤退はまだですか!?」

<まだ、東海岸からの輸送船団が到着していない。もう少し時間がかかる>

くっ…まずいね…もたもたしてたら、さっきの部隊にここがバレる…あの偵察型は潰したけど、既に情報が回ってないとは言い切れない…

「現在交戦中のモビルスーツは、敵の斥候です。本隊は、10マイルのところまで迫ってきています。モビルスーツ30機、戦車部隊が80ほどです!>

私の報告に、この大尉も、それから、他の部隊員も、息を呑む様子が聞こえた。

無理もない…あれだけの数を相手にするのは、絶望的過ぎるから、ね…

<30…とてもじゃねえが、やり合える数じゃないな…そっちの部隊、戦闘は可能か?>

「彼らは、教科未習のヒヨッコです!訓練施設からなんとか脱出してきたところを私の部隊が保護しましたが、

 こちらに向かう敵部隊と遭遇して、私の部隊は私と、もう一人のみ生存。他の8機は撃墜されました。ヒヨッコ達にも、5機、被害が…」

私がさらに現状を説明する。また、無線が音声を失って黙り込む。でも、それも束の間、別の声が響いた。

<隊長!>

指示をくれ、とそう訴えるような、女性の声。

<落ち着け…各隊、各機へ。敵の本隊が迫ってる。これより、オメガ隊は、敵本隊へ向かって陽動に入る。支援してくれる隊があれば、頼む>

大尉は、落ち着いた口調で、そう言った。それから思い出したように

<おい、脱出組!お前らは、ここに残って陸戦隊の上空で待機していろ!ヘイロー!こいつらの面倒は任せたぜ!>

と怒鳴ってきた。
 

 

628: 2014/06/10(火) 22:40:27.98 ID:jFHORn+Jo

<おい、脱出組!お前らは、ここに残って陸戦隊の上空で待機していろ!ヘイロー!こいつらの面倒は任せたぜ!>

と怒鳴ってきた。

<ったく、オメガの旦那は人使いが荒いねぇ。おい、お前ら、さっさとこっちの斥候を叩いちまうぞ!

 脱出組!こちらはジャブロー防空戦闘飛行隊のヘイローだ!俺は隊長をやってるアイバン・ウェルタ大尉。長旅ご苦労だったな!

 あとは俺たちがやる、安全な高度で高見の見物でもしていてくれ!>

「ですが、大尉!」

私は大尉の言葉をそう遮った。また守られるのか、とそう思ったからだった。

この人たちも私達を守ろうとして危険な目に合わせるんじゃないか、ほとんど反射的にそう思ってしまっていた。

でも、その直後、眼下でモビルスーツが1機、爆発を起こした。

<はっはー!陸戦隊の戦車部隊が息を吹き返したぞ!そのまま援護射撃頼む!残り1機、美味しいところはこっちがいただかせてもらうぜ!>

ヘイロー隊の別の隊員らしい声が聞こえてきたと思ったら、また爆発が見えた。でも今度はモビルスーツじゃない…空中だ!味方機が落とされた!?

さらに爆発。今度は残っていた最後のモビルスーツだった。斥候らしい敵モビルスーツは、全て片付いたらしい。

<はは、コリンが敵モビルスーツと刺し違えた>

私の心配をよそに、そんなのんきな笑い声が聞こえた。

<コリン、無事だろうな?>

<いやはや、間一髪…すんません、今のは完全に油断でした>

見ると、空中にユラユラと揺れる白いパラシュートが見える。無事に脱出できたようだ。私は思わず胸をなでおろしていた。

<ったく、お前は、オメガのフレートといい勝負だな。あー陸戦隊の諸君、疲労困ぱいなところすまないが、そのバカを回収しておいてくれ。頼むよ>

隊長のウェルタ大尉の呆れた声が聞こえる。その声にすぐに返事が聞こえてきた。

<こちら陸戦隊。支援に感謝します。貴隊のエース殿はこっちで回収します、ご心配なく>

<エースだなんで呼ばないでやってくれ。そいつはただの向こう見ずだからな>

待って、今の声…!

「兄ちゃん!」

エルサが叫んだ。そうだ、今の声は、間違いない。エルサの兄貴の、カルロスだ。

<エルサ…お前か!?>

「うん!良かった、また、生きてた!」

<あぁ、お陰様でな。お前、今どこにいるんだ?>

「すぐ上を飛んでるよ!」

エルサがそう言って、キャノピーに顔を押し付けて真下を見下ろしている。私は、編隊から離れて、陸戦隊の上空でクルリと旋回してやる。

<その機体か…カレン少尉、聞こえていますか?>

「あぁ、聞いてるよ」

<エルサをありがとうございます…>

カルロスの涙声が、私にそう言って来た。でも、当の私は、そんなことを聞いている気持ちの余裕なんてなかった。

エルサも、兄貴も無事で良かったとは思う。でも…それにしたって、私には落ち度が多すぎた。

ヒヨッコ達が撃墜されたのも、私がうつつを抜かして警戒を怠っていたから。

ベネットを氏なせてしまったのも、私があいつの特性を考えないで命令をだしてしまったせい…。

私は、結局、失わせてしまった方が大きいんだ。託されたのに…任されたって言うのに…!

 カルロスの言葉に、私は返事をできなかった。だって、なんて返せば良かったんだ?

何かを言おうとしたら、きっとまた皮肉しか出てこない。それがわかって、私は、ただ口をつぐんでいることしかできなかった。
  

629: 2014/06/10(火) 22:40:53.54 ID:jFHORn+Jo

 <おい、お前ら、何をやってる!?>

不意に、無線が鳴った。なんだ?今の声、誰だ!?

<へっ!これ以上、やられっぱなしで黙ってられるかってんだ!>

この声、ヒヨッコのクラークか?私はそのことに気がついてキャノピーの外をみやった。

そこには、ドロップタンクを切り捨てて、編隊を離れていく5機の戦闘機がいた。どれも、ヒヨッコ達…3班のクラーク達の班だ…

「あんたたち、何してる!編隊に戻りな!」

<少尉!俺たちはもう、あなたの指揮にはうんざりだ!逃げてばかりで戦いもしない!俺たちが軍人の姿ってのを見せてやる!>

クラークの声が聞こえてきた。その言葉が突き刺さって、私の言葉を奪う。

<お前ら、いい加減にしろ!少尉は俺達を守るために撤退を選んでるんだぞ!>

別の声が聞こえる。これは、リュウ・ホセイか?

<おい、ヒヨッコども。お前らの腕じゃ、戦闘なんてできやしないぞ>

フィリップの声だ。

<ケガしてるフィリップ少尉よりはマシだ!>

ふざけるな…ふざけるなよ、あんたたち!こんなところで氏なせられない…これ以上、私を傷付けないでくれ…!

「やめな!」

私は機体を旋回させてヒヨッコ達を追った。でも、ドロップタンクをつけたままの私の機体は、ヒヨッコ達に追いつけない。

あいつら、あんなにバーナーを吹かして…!オーバーヒートするからやめろってあんだけ言ってやったのに!それでも私は追いすがった。

だけど、ついには、ヒヨッコ達は私の視界から消えた。真っ白なレーダーで位置を確認することも出来ない。

あの本隊のいる方向に向かったのは分かってる…でも…私は、操縦桿をひねって機首を陸戦隊の上空へと戻した。

私は、残った奴らを守らないと…もう、仕方ないんだ…あいつらを止められなかったのも、私に指揮を取る力がなかったせい…

全部、全部、私のせいなんだ…隊長、あんたなんで氏んじゃったんだよ、こんな私に、大事な隊を預けてさ…

私に、どうしろって言うんだよ、隊長…答えてよ、隊長!

 また、あの吐き気に似た感情が胸からせり上がってきて、最後には嗚咽になって私の口から漏れ出した。叫んで、喚いた。

そんな私を心配して、なのか、くり返し私の名を呼ぶ、エルサの声を聞きながら。




 

630: 2014/06/10(火) 22:41:44.13 ID:jFHORn+Jo




 カラン、と瓶が転がる音がして、私は正気を取り戻した。腕時計に目をやると、もうかなり夜の深い時間になっていた。

起き上がろうとして、身を動かしたとたんに、猛烈な吐き気が胸を付いた。

思わず、そばにあったゴミ箱を引き寄せて、胃の中身をぶちまける。

何度か吐いた末に、すこし気分が収まってきたのを確認して、私は倒れ込んでいたソファーに腰を据え直した。

 あれから、数時間の飛行で、私はジャブローにたどり着いた。エルサの兄貴達陸戦隊は、無事に北米からの船に乗って、大西洋を横断中。

今は、支援に来てくれたオメガとヘイローという二つの隊に代わって、レイピアとゲルプという部隊が、船の直掩についているらしい。

ジャブローへ戻る最中に、オメガ隊の機体の数が一つ足りないことに、私は気がついていた。

聞いたら、私が止められなかったヒヨッコ達を守ろうとして、一緒になって撃墜されたパイロットがいたと教えられた。

また、私のせいで氏なせてしまったのか、と思ったら、もう、いてもたってもいられなかった。

 私はジャブローに着いて、この間借りの兵舎に案内されてから、配給の士官に頼んで酒を大量に運び込んでもらった。

それを、文字通り浴びるほど飲んでやった。

本当なら、銃で頭を撃ち抜きたい気分だったけど、あいにく、そんな私の雰囲気を悟ったのかどうなのか、

到着して早々に、オメガ隊の隊長、レオニード・ユディスキン大尉が私から拳銃を取り上げた。

そんなバカを実際にはやらないとは思っても、とにかく気分は最悪だった。

 エルサは、私の状態を見て、そばにいようとしてくれたけど、断った。こんな姿を見せたくなかった。

今は、この兵舎のどこかで休んでいるはず。明日には兄貴もここに到着するだろう。そうすれば、私のことなんてすぐに忘れてくれる。

今は心配されると、苦しいだけだ。

 私は、酸えた口の中を、残っていたビールで濯いで、ゴミ箱に吐き出した。せっかく鈍くなっていた思考が、再びあの循環を始める。

 私達を守るために、いったいどれだけの人が氏んだんだろう。バイコヌールの基地のスタッフに、オデッサの東基地の人たち。

隊長達に、その後で向かったカイロ基地の人たち。そして、トンポリ基地の人たちも…私達は、戦えなかった。

そんなにたくさんの命を散らせてまで、守る価値のある人間なんだろうか?ヒヨッコだった彼らは、

もしかしたらその可能性を秘めているのかもしれない。

でも、私はどうだ?託されたヒヨッコや部隊員を守れず、率いることすらできず、むざむざと氏なせてしまった私なんかのために、

たくさんの命が消えたんだ。本当に一体、なんのために…?

ねぇ、隊長、あんたは、なんのために、私を生かしたんだよ、ねぇってば…!

 気がつけば、私の頬にはまた涙が伝っていた。眠る前に、あれだけ泣いたって言うのに、どうしてこうも節操なく流れてくるんだ…

そう思って、濡れた頬をぬぐい、目をおおった時だった。

 カツカツと足音がして、それが私のすぐ前で止まったのが分かった。

「よう、だいぶいい感じにキマってるじゃねえか」

ダミ声。私は、顔を上げて声の主をみやった。そこには、思ったとおり、オメガ隊の隊長、ユディスキン大尉がいた。

慌てて立ち上がって敬礼をしようとした私を大尉は手をかざしてソファーに押しとどめた。

「話は、あの小さな整備兵から、おおかた聞いた。ご苦労だったな、ここまで」

大尉は、そう言ってくれた。その言葉は、乱暴な口調なのに、どこか優しくて穏やかで、私の胸に届くような思いがした。

また、涙がポロポロと溢れ出す。

「…私は、ただ、逃げた来ただけです、大尉。何も守れず、戦うこともできず…」

私は、なぜかすがるように、大尉にそう言っていた。

すると大尉は、なんだか意外そうな表情をしてボリボリと頭をかいてから、言った。
  

631: 2014/06/10(火) 22:42:58.80 ID:jFHORn+Jo

「ん、聞いてた話と違うな…少尉は、バイコヌールからこっち、一ヶ月のあいだに、敵モビルスーツの撃破11、敵航空空母1、敵戦闘機の撃墜12じゃなかったのか?」

それは…確かに、私の撃墜数だ…

「はい、そうですが…」

私が答えると、大尉は満足げに笑って言った。

「ジオンの地球侵攻に関わる電撃戦でそこまでの戦果をあげたパイロットは、ヨーロッパのウォードッグ隊を除いて、俺は他には聞いたことがねえ。

 トータルのスコアなら、少尉はおそらく全軍の中でもトップクラスだろう」

トップクラス?私が?だって、私は、私は、何も、誰も守れなくて、それで…

「少尉がいなければ、あのヒヨッコ共も、陸戦隊も、生きちゃいねえ。きつい戦線だったろうが、劇的な戦果だ。

 俺はまだ少尉の上官ってわけじゃねえから、ま、褒めてやるのは役違いだが、その勇気と技術に、最大限の敬意を表しよう」

大尉はそんなことを言って、二本指でピッと軽く敬礼をしてから、ニっと笑った。

それから私の前にかがみこんで、私の顔を覗き込むようにして言った。

「明日、少尉に辞令が来る。俺の部隊へ引っ張った。まぁ、変なやつばかりだが…腕に覚えのあるやつらでもある」

大尉は、ポンと私の肩を叩いて、続けた。

「明日12時に司令部へ出頭しろ、わかったな?」

私は大尉を見つめていた。なんだろう、この人は?

まるでこっちの様子を気にしていないふうなのに、ちゃんと私を気遣って、いちいち反応を確認しているのが伝わってくる。

横柄さと、繊細で緻密な配慮が合わさったような、そんな感覚だった。

「おい、わかったのか?」

大尉はまた、私の肩をバンっと叩いた。私はハッと我に返って、泣くことも、悩むことをも忘れて、ただの一言、大尉に言葉を返していた。

「は、はい。了解しました」

 


  

641: 2014/06/18(水) 00:18:56.52 ID:2m01vITKo



 「あぁ、ここだ」

キュっと言うタイヤの音をさせて、乗せてもらっていた軍用の四駆車が止まった。

「悪いね」

私が言うと、補給担当のその下士官はガハハと豪快に笑って

「なに、構いやしないさ。どうせ通り道だったからな!」

と言ってから、すぐ隣にいた別の下士官に頭を叩かれた。

「バカっ!お前!すいません、少尉、こいつバカで…」

「しょ、少尉!?うげっ!す、すみません!」

二人はまるでふざけ合っているように、そう言って私に慌てて敬礼をしてくる。

ここまで乗せて来てくれるあいだ二人とも私の階級なんて気にも止めなかったのに、

ここへ来て気がついて注意するなんて、どっちもどっちだよね。

「気にしないで。良くしてくれてありがとう」

私は軽く敬礼を帰して、後部座席から飛び降りた。

目の前には「第27航空師団101戦闘飛行隊オフィス」と書かれた看板が打ち据えてある建物がある。

もっとも、同じような航空隊のオフィスが立ち並ぶ一角ではあるから、右を向いても左を向いてもおんなじなんだけど。

 「んじゃ、また何かあったらな言えよな!」

「だからバカ!少尉殿だって言ってんだろ!」

二人はそんな話をして頭を叩き合いながら、手を振る私に笑顔を返して走り去っていった。

 つい1時間ほど前に、私はユディスキン大尉に言われた通りに師団の司令部へと出頭して、そこで辞令をもらった。

この101戦闘飛行隊への異動通知書だ。

司令部へと出向く途中でエルサと会った。

エルサは心配げに私を見つめてくるので、とにかく大丈夫だと言っておいた。

どれほどその言葉を信じてもらえたかわからないけど。

エルサも私と同じく、この第27師団に配属されたようだったけど、どこの部隊かまでは聞いてない。

いや、整備班はまた別の扱いかもしれないな。でも、何しろこのジャブローなら、そうそう危険はないだろう。

早く兄貴と合流できると良いね、と言ってやったら、なんだかくすぐったそうに笑っていたのが印象に残った。

 ともあれ、私の新天地は、ここだ。

こんな私を、昨日あんなにひどいことになっていたのに、それでも拾ってくれたあのユディスキン隊長の面目を潰さないためにも、

これまで以上に気合を入れてかからないと行けない。

そうでもないと、私はまた、この隊で孤立しかねない…

そう思って、私は一度深呼吸をしてから、オフィスのドアをノックして開けた。

 中はシンと静まり返っている。

覗き込んだ私は、そこで男たちが数人、テーブルに突っ伏している姿を見た。

テーブルの上には、酒瓶と空になった料理の皿が数枚乱雑に取り残されている。

「ん…くっ」

不意に声がしたのでそちらを見ると、

ユディスキン大尉が自分のものらしい自分のデスクのイスに座ったまま大きく伸びをしているところだった。
 

642: 2014/06/18(水) 00:19:26.31 ID:2m01vITKo

「あぁ、来たな。待ってたぜ」

大尉はそう言ってまた、グッと伸びをしてから大声で言った。

「おら、お前ら!いい加減に起きやがれ!」

「ん、なんです、隊長?今日はオフでしょうに…」

「新人のエース様のご到着だ、フレート。お前、お払い箱だな」

「ん、例のカレン、って子か?って、くそ、俺今どんな顔してる?ちょ、ちょっと待ってくれ!

 トイレ行ってくるから少し待て!」

「ヴァレリオ、お前、少尉だからな彼女。うぅ、体が…こんなとこで寝るもんじゃねえな」

「ホントですねダリルさん…こないだ言ってたハンモック、本気で付けません?」

「あぁ、みんなおはよう。あれ、ベルントは?」

「いますよ」

「んだよ、お前ちゃっかりソファーで寝てたのか…つつつ、ダメだこれ、シャワー浴びてから解さねえとな…」

なんだろう、この状況は?い、いや、まぁ、昨晩かなり遅くまで飲んでたんだろうってのは、見てわかるけど…

その、なんていうか…なんだってこんなに緩い感じなの?

 私が困惑していたのを見たのかユディスキン大尉が口を開いた。

「あぁ、すまんな。昨日氏んだ、カーターの弔いをやってたんだ」

大尉はあくび混じりにそう言いながら立ち上がった。昨日氏んだ…?

ヒヨッコ達を庇おうとして氏んだ、っていう、パイロット…?

「あぁ、お前ら、ちゃんと立て。あれ、ヴァレリオどこいった?まぁ、いいか、あいつ。よし、聞け。

 こちらが、本日づけてオメガに配属されたカレン・ハガード少尉だ。

 腕は昨日話したとおり、ジオンの地球降下作戦からこっち一ヶ月でモビルスーツ10機以上、

 敵戦闘機10機以上を叩いた実績がある。対モビルスーツ戦に関して言や、俺たちなんかよりもずっと経験があるだろう。

 ま、そこらへんは明日にでも手ほどきをしてもらうとしようじゃないか。そいじゃ、少尉、自己紹介を」

大尉はそう言って私に視線を送ってきた。私は頷いて、もう一度、小さく深呼吸をしてから口を開いた。

「カレン・ハガード少尉です。元は、バイコヌール守備隊所属でした。

 バイコヌールへジオンが降下してきてからは、撤退に撤退を繰り返しながら、ここまでたどり着きました。

 私なんかがどれだけ役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします」

言い終えると、まばらに拍手が起こった。一部始終を見た大尉は満足げに笑って

「それじゃぁ、いろいろと説明と行こうか。まぁ、座ってくれ。ダリル、コーヒー頼めるか?」

「はいはい、隊長。他に飲む奴いるか?」

ダリル、と呼ばれた大男の言葉に、その場にいた全員が手を挙げた。

「お前は手伝えよデリク」

「あ、バレました?仕方ない、支援しますよ」

「仕方ないってどういうことだよ、見習いめ」

「へへ、すみません、すぐ行きます」

ダリルにそう言われて何が楽しいんだか笑顔を見せたまだ若い子がのっそりと椅子から立ち上がる。

そのあいだに、他の隊員たちがそそくさとテーブルの上を片付けて、私はイスに腰掛けさせられた。
 

643: 2014/06/18(水) 00:19:56.17 ID:2m01vITKo

 「あーそういや、ぼちぼちのハズなんだが…」

ふと、大尉がそう言って、壁に掛けてあった時計をみやった。

なんのことだろう、と思ってその視線を追っていた私に気がついた大尉が肩をすくめて

「あぁ、いやな。うちの問題児と末の妹がぼちぼち戻る予定になってんだよ」

といった。末の、“妹”?

その意味はどういうことかはわからないけど、昨日、ジャブローへ戻る最中に力尽きて脱出したパイロットと、

その面倒を見るために残ったパイロットがいると聞いた。おそらくその二人のことを言ってるんだろう。

 テーブルの上が片付くのと同時くらいに、ダリルと呼ばれた大男がトレイにカップを山盛りにして現れた。

あとからついてくる小さくて若い、デリクと呼ばれていた子が、湯気の立ち上るポットを持っている。

ダリルは山の中からカップを見繕うような仕草を見せてから、大きな手でつまむように一つを選ぶと私の前に置いた。

そこに、従者のように付き従うデリクがコーヒーを注いでくれる。香ばしい、豊かな香りが私の鼻をくすぐる。

「ミルクと砂糖は?」

「いえ、大丈夫。ありがとう」

ダリル少尉が聞いてきたので、そう断る。

彼は静かに頷くと次は大尉のところに行って、カップを置き、デリクがコーヒーを注ぐ。

それからもうひとりの男にも同じようにして振舞ってから

「お前らは自分でやってくれ」

と周りを見ていった。

 「ま、飲みながら話をしようや」

大尉がそう言って私にコーヒーを勧めてくれる。

「ありがとうございます」

私はカップを口に運んで、すこし驚いた。美味しい!

豆のせいなのか、それとも入れ方のせいなのか…酸味は少ないのに、コクのある渋みが香りと一緒に口の中に広がる。

あんな大男がこんなのを淹れるなんて…すこし意外だった。

そんなことに驚いている私を知ってか知らずか、大尉は話を始めた。

「まずは、まぁ、隊員を紹介しておくか。俺はまぁ、知ってるだろう。

 順番に行くと、まずこいつが副隊長のハロルド・シンプソン中尉だ」

大尉が、ダリル少尉にコーヒーの準備をしてもらっていたもうひとりをさしていう。

「やぁ。いろいろ大変だったらしいね。

 まぁ、ここも楽なわけじゃないけど、少なくとも気を揉んだりする余裕はないだろうから、安心して」

穏やかな笑顔が印象に残る人だ。人の良さがにじみ出ているような、そんな感じがする。

「で、えーっと、次は、あぁ、そうだ、そのデカイの。3番機のダリル・マクレガー少尉。

 コーヒー淹れと、システム関係、それからトラブル起こしなんかが得意だ」

「トラブル起こしは、まぁアヤには負けますけどね」

「違いねえ」

ダリル少尉の言葉に大尉はそう言って笑う。
 

644: 2014/06/18(水) 00:20:27.11 ID:2m01vITKo

「ん、あれ、次、誰だった?4番機…」

「ベルントですよ、隊長」

「あぁ、そうだった。あれ…ベルントどこいった?」

「さっきからここに座ってます」

大尉とハロルド副隊長のやり取りを聞いていたら、どこからかボソっという声が聞こえた。

見るといつのまにかテーブルに、表情の冴えない男がひっそりと座ってコーヒーをすすっていた。

「あぁ、いたのか。そいつが、ベルント・アクス少尉。存在感のかけらもないんだが、腕は相当立つ。

 まぁ、不思議と目立たないんだがな」

私はベルントに目をやると、彼は無表情でコクっと頷いてきた。私も頭を振ってそれに応えてまた、大尉に視線を戻す。

「次が、我が隊のエース、フレート・レングナー少尉だ。まぁ、もうお払い箱だけどな」

「いやいやいや!それじゃぁまたひとり欠員になるでしょうが!」

「お前のせいで報告書の量が増えるんだよ!いい加減、弾幕に突っ込むのやめろ!」

大尉に揶揄されながら笑っているのは、一見、ヘラヘラとしている男。

だけど、不思議と安心感も覚える雰囲気をしている。エースと呼ばれるにふさわしい物を持っているのかもしれない。

「つぎは、と…ヴァレリオは…いいか、放っておけば…」

大尉がすこし呆れた風に言った。さっきトイレに行くと言った男のこと?

そう思っていたら、唐突に部屋に声が響いた。

「待った!カレン少尉、俺が、オメガ隊のヴァレリオ・ペッローネ曹長だ。

 以後よろしく頼むぜ…あんたのことは、俺に任せておきな!」

ヴァレリオ、と名乗った男は、壁に持たれて何やら物憂げな表情で私をじっと見つめてきている。

「あぁ、あいつは一種の病気なんだ。ほっといてくれていい」

「誰が病気だ!ダリル!」

「お前、アヤがいないからって調子に乗ってると、あとで痛い目に遭うからな」

「うぐっ!」

なるほど、こっちは本当にナンパ男、ってわけね。軽くあしらっておくのが正解みたい。

「それから!最後が自分です!デリク・ブラックウッド曹長です!よろしくお願いします、カレン少尉!」

最後に残った、あの若い子がハツラツとした笑顔で私に言ってきた。人懐っこい感じのする、好感の持てる子だ。

どこか、エルサに通じる人当たりの良さがある。悪い子ではないだろうね。
 

645: 2014/06/18(水) 00:20:55.04 ID:2m01vITKo

 「これが、今いるメンバーだな。あとは、アヤってのと、マライアってのがいるんだが…と、戻ってきたか?」

大尉がそう言いかけて、ふっと顔を挙げた。表でエンジン音が聞こえる。

そうしているあいだに、バタン、と勢いよくドアが開いて、飛行服に身を包んだ女性が姿を現した。

傍らには、なぜかヘッドロックを決められている金髪の女の子が悶えながら引きずられるようについてきていた。

「いやぁ、ひどい目にあったよ!」

「ははは、随分と早いお帰りだな。海水浴はどうだった?」

「どうもこうもない、捜索隊のやつらがのんびりしてたせいで、すっかりクタクタだよ!」

「アヤさん!痛い!離してってば!」

女性は、ダリル少尉と話しながら大げさに笑う。

ヘッドロックされていた子に抵抗されて、思い出したように彼女を開放してから、私に気づいた。

「あぁ、このうるさいのが、アヤ・ミナト少尉。うちの問題児でトラブルメーカーだ。

 もうひとりは、マライア・アトウッド曹長。デリクと同じく、見習いだ」

大尉がそう私に説明してくれる。それからアヤ・ミナトと呼んだ女性に私を紹介してくれた。

「アヤ、昨日の戦闘でヒヨッコ共を連れてたカレン・ハガード少尉だ。カーターの代わりにうちに来てもらうことにした」

「カーター少尉のことは、残念です。微力ながらお手伝いさせてください」

私は立ち上がってアヤ少尉に挨拶をする。すると彼女はグッと手を突き出してきて、笑って言った。

「あぁ!あんたがそうか!こっちこそよろしく頼むよ!男ばっかでむさくるしくてたまんなかったんだ!」

私がその手を握ったら、アヤ少尉は、まるで太陽のように明るい笑顔で笑って私の手をギュッと握り返してきた。

―――歓迎するよ!カレン!

 気のせいか、アヤ少尉の声が頭に響いてきたような、そんな暖かい心地が、不思議と私の胸に訪れていた。                                                                                                       


  

646: 2014/06/18(水) 00:21:27.26 ID:2m01vITKo
                                                                                                   



 それから私は、歓迎会とアヤ少尉とマライア曹長の帰還祝いと、

カーター少尉の弔い会という名目で隊のみんなと軽く酒を酌み交わした。

たぶん、飲んで騒げれば理由なんてどうでも良い人達なんだろう。

 特に騒ぐことが好きというわけではなかったけど、

アヤ少尉がダリル少尉とフレート少尉に羽交い絞めにされたナンパのヴァレリオにドロップキックを見舞ったり、

それをけしかける他の部隊員の様子を見てたら、笑いをこらえきれなかった。

 夕方前にはお開きになって、私はそのままアヤ少尉とマライア曹長に連れられて女性兵士用の兵舎を案内されていた。

「アタシとマライアの部屋はとなりだから、なんか困ったら言いに来てくれよな」

アヤ少尉は、最初の時と同じ、あの明るい笑顔で私にそう言ってくれる。なんだろう、この感じは。

不思議と、胸の奥が暖かくなるような、そんな心地だった。本当に、不思議なんだけど…

 自己紹介が終わってから、短い時間で隊についての説明を受けた。

ここのところ、このジャブローにはジオンのあの航空空母が爆弾を満載して爆撃にらしい。

でも、ジオンはこのジャブローの位置を正確につかめてはいないようで、それはてんで的外れだったりしているようだ。

ただ、要所に危険が迫ったときにだけ迎撃するんでは位置をバラしているようなもの。

ジオンが爆撃に来るたびに、戦闘機隊は大挙して迎撃に向かっているって話だ。

それが、もれなくこれからの私の任務になる。

カーターって人が氏んでしまった影響で、隊の構成の変更も同時に知らされた。

私は、このアヤ少尉の率いる第三小隊に編入されることになった。

正直にいえば、指揮官でなくてほっとした。

私が指揮なんてすれば、ベネットやあのヒヨッコたちのような目に合わせかねない。

このアヤって少尉がどれだけできるのかは分からないけど、ユディスキン大尉は信用して良い、と言っていたし、

私自身も、この砕け切ってはいても、芯の通った雰囲気を持つ彼女を信頼できた。

 「なにか分からないことあるかな?」

アヤ少尉が部屋や兵舎の説明をしてから私に聞いてくる。私はハッとしてアヤ少尉に視線を戻して

「いいえ、大丈夫。ありがとう、アヤ少尉」

と返事をした。すると、彼女があからさまに不快だ、という表情をして私に言ってきた。

「少尉、だなんてくすぐったいからやめてくれよ。アヤでいい。アタシもカレン、って呼ばせてもらうからさ」

それでも彼女は最後には笑顔になっていた。

「うん、ありがとう、アヤ」

そう答えてやったら、彼女は満足げな笑顔を見せた。
 

647: 2014/06/18(水) 00:21:57.30 ID:2m01vITKo

 「カレンさん!私も、マライアでいいですからね!」

不意に、アヤにくっついていたマライアがそう言ってきた。ニコニコして、まるでしっぽを振ってついてくる仔犬みたいな子だ。

「うん、マライアもありがとう」

私が礼を言うとマライアは嬉しそうに

「でも、なんだか楽しみ!第三小隊は、女子チームになったんだもんね!これできっと、連携はばっちり!」

と言ってクスクスと笑う。

「まぁ、カレンの腕は言わずもがなだろうけどさ。マライア、あんたは足引っ張るなよな!」

「えー!?ちゃんと機動見せてくれれば覚えるから大丈夫!」

「ったく、泣き虫マライアが言うじゃないか!」

アヤがそう言うが早いか、マライアの頭を小脇にはさんでヘッドロックをかける。

「ぎゃぁぁ!痛い!痛いー!カレンさん、助けて!」

マライアは本当に助けてほしいのかどうなのか、楽しそうにそう叫び声をあげた。

そんな様子に、私はまた、クスっと笑ってしまう。本当に、どの人も賑やかで、大尉が言ったように変わってる。

でも、悪い隊じゃなさそうだね。私はそう思って、心のどこかで安心した。

 それからアヤとマライアは、私の部屋でひとしきり騒いで出て行った。

私もその日はすぐに身支度をしてベッドに入った。

 そして、今朝から、私はオメガ隊の一員として空に上がっていた。

私の腕を見るためと、それから、編隊機動の訓練だ。

 眼下には、鬱蒼としげるジャングル。中央アジアやアフリカ北部のような荒涼とした景色はどこにもない。

それは私にとっては、少し安心できることだった。

あの黄土色に乾いた大地を見下ろすと、また、ここへ来たときのような思考の連鎖にとらわれてしまいそうな気がしていたから。

 <よーし、野郎ども、準備いいか?>

ふと、先ほどから姿の見えない大尉の声がした。いや、姿が見えないのは大尉だけじゃない。

私達はこの空域で、小隊単位でバラバラに散らばって飛んでいた。

お互いの位置報告がないのを見ると、これも訓練の一環なんだろう。

<準備はいいけど、アタシは野郎じゃないって何度言えばわかってくれるんだよ隊長>

<似たようなもんじゃねえか、アヤ>

<ちょ!あたしもいますから!あたし、アヤさんよりもちゃんと女の子っぽいよ!>

<よし、マライア。あんたは後でコブラツイストな>

<しまった、ヤブヘビだ!>

訓練のときも、この調子ね。嫌いじゃないけど、すこし心配…戦闘のときは、引き締めてくれるといいんだけど…

 <よし、まずは第三小隊が仮想敵だ。第二小隊がかかれ。俺たちは上から見物だ>

大尉ののんびりとした指示が聞こえる。戦闘機動訓練なんて、と思うところもある。

モビルスーツ相手にはこんな訓練よりも、対地攻撃をメインにした方がいいとは思うんだけど…

今日のところは、私の様子見もあるようだし、

それに、ここではまだ、モビルスーツよりもあの空母と空母から出てくる頭でっかちの戦闘機がメインだって話だし、

とりあえずは、ってところかな…。
 

648: 2014/06/18(水) 00:22:43.71 ID:2m01vITKo

<了解。カレン、マライアはまだ日が浅いんだ。悪いけど、見ててやってくれると助かる」

「了解、小隊長。目を離さないようにしておく、先導は任せるよ」

<よろしくお願いします、カレンさん!>

私達はそう言葉を交わした。

 <よぅし、アヤ!吠え面かかせてやる!>

無線からダリル少尉の声が聞こえた。

<はっ、冗談止せよ!負けた方が例のやつ、だからな!>

<望むところだ!>

ダリル少尉の言葉に、アヤがそう言い返す。相手はダリル少尉の率いる第二小隊。

少尉と、それからあのナンパのヴァレリオにマライアと同じ見習いのデリク、って子のはず。

お互いの位置を分からなくしてあるのは、索敵から訓練、って意味合いみたいね。

私は、キャノピーの外へと目を向ける。とにかく、ヘマをして白い目で見られたり、居づらくなるのはごめんだ…

せっかく大尉に拾ってもらったんだから、良いところを見せないと…

そう思うと、何かに迫られるような圧迫感が私の胸にこみ上げた。

私はそれをなんとか追い出そうと深呼吸を繰り返すけど、思うようにいかない。

緊張か…いや、これはもっと違う感触…きっと、怖いんだろう…自分自身を値踏みされて、

また、認めてもらえなければどうしよう、と、心のどこかに植え付けられた感覚が、古傷が開くみたいに疼いているように思えた。

 <妙だな…姿が見えない…マライア、そっちどうだ?>

アヤの声が無線に聞こえる。私は、ハッとして辺りをもう一度見回す。確かに、ダリル少尉の隊の機影はない。

そんなに広い空域ってわけでもないから、少し飛べばどこかでは視界に入ってくるはずだと思うんだけど…

<こっちも、見えない。カレンさんはどう?>

マライアが私に聞いて来た。

 私にも見えない、そう言おうとして、ふと、見えない敵の違和感の可能性が、頭の中でひらめいた。もしかして…!

<ちっ!カレン、マライア!散開!散開しろ!>

私が気づくのとほとんど同時に、アヤの叫ぶ声が聞こえた。

私は、スロットルを押し込み“敵”から遠ざかる上昇機動を取って、高度を上げてから見下ろした。

そこには、私達よりもはるかに低い高度で私達を後方から追いかけて来ていたダリル少尉の編隊が居た。

<えー!嘘!反則だよ!>

マライアの悲鳴が聞こえる。

危なかった…あと1分でも気づくのが遅かったら、確実に摸擬射撃で撃墜されていた距離だ。

<マライア!カレンに着いて行けるか!?>

<えっ…カレンさん、どこ!?>

なるほど、私の機動を追えてなかった、か。本当にまだ見習いらしいね。

「上だよ、マライア。そのままスライスバックはマズイ。シャンデルで上昇しな!私が援護する!」

<あ、いた!了解です!>

<よし、マライアを頼む!アタシが引き付けてやる!>

マライアの返事に、アヤが反応した。

アヤはマライアのようにスライスバックの機動を取っていたけど、“敵”の位置をつぶさに確認していたんだろう。

すぐさま急旋回に入って、“敵”の後ろへと迫っていた。それなら私は、頭を押さえる!
 

649: 2014/06/18(水) 00:23:16.36 ID:2m01vITKo

 私はインメルマンターンを終えた機体をすぐさまスプリットSで降下させる。

その途中で機体を裏返し左へ、水平方向の急旋回軌道を取る。そこで、上昇してきたマライアが見えた。

下からこっちへ目がけて駆けあがってきている。

「マライア!そのまま私の後ろへ!」

<はい!>

速度と旋回角度を緩くして、マライアの合流を待つ。するとすぐに

<着きました!>

と報告が来た。眼下では、ダリル隊がアヤの接近に気付いて、編隊のまま回避行動のために旋回している。

こっちの出方を待ってる、って印象だ。向かう先を押さえて、アヤに後を託すのが上策、かな…

 そう思っていたのもつかの間、ダリル小隊は突然散開してそれぞれがバラバラに上昇を始めた。

しまった…狙われるのは、私達!

「マライア!インメルマンターン!」

私はそう怒鳴りながら機体を急上昇させる。

操縦桿を固定しながら後ろを振り返ると、私達の機動に、3機は食らいついてくる。

でも、距離はある…これなら、行ける!

「マライア!着いて来てる!?」

<はい、大丈夫!>

「ターンの頂点で、背面のままスロットルを落としてブレーキを掛ける!慌てずに、私の機動を良く見て、着いて来て!」

<え?!えぇっ!?>

そんなマライアの叫び声を聞きながら、それでも私は機体を引き揚げて、背面飛行の状態になる。

「行くよ、マライア!」

そう声を掛けながら、私はスロットルの脇に付いたボタンを押しながらレバー自体も手前一杯に引っ張って、

操縦桿をさらにグイっと引き付けた。体にGが掛かり、シートに押さえつけられる。

でも、その操作で機体は失速ギリギリのところで真下を向いた。

その真正面に、こちら目がけて上昇して来ようとしているダリル小隊の背中が見えた。

<うわっ…うわわっ!なに、今の!?>

私はマライアの声に構わずに、スロットルを再度押し込んで、訓練用の火器管制から摸擬ミサイルロックを起動させた。

HUDの中にレティクルが灯って、ダリル小隊の1機を捉えた。

と、すぐにその機体が上昇をやめて翼を左右に振りながら編隊から離脱していく。
  

650: 2014/06/18(水) 00:23:48.25 ID:2m01vITKo

<カレン、ナイス!追いこむぞ!>

「ええ、行くよ!」

アヤの声が聞こえたので、それに返事をしながら私はそのままスプリットSの要領で降下しながら“敵”を追う。

下からアヤの機体が駆け上がってきている。と、残りの2機が二手に分かれた。

<カレン、右へ!>

「了解!」

アヤの指示を聞いて私はすぐさま機体を捻って右へと旋回を始めた機体を追う。

<カレンさん!私が行きます!>

不意にマライアの声が聞こえてきた。驚いて後ろを振り返ったら、マライア機は私にぴったりとくっついてきている。

まさか、着いて来ていたの?!見習いだなんて、ずいぶんな言い方…あの機動、私のとっておきだったってのに…!

「気を付けて、マライア!」

<了解です!>

そう言うが早いか、マライアはハイヨーヨーで“敵”に迫って、“撃墜”のマークを点灯させていた。

<やった!デリク機、撃墜!>

マライアの嬌声が聞こえて来る。

<だぁ、クッソー!>

次いで聞こえてきたのは、ダリル少尉がそう呻く声。どうやら、アヤの方もダリル少尉に勝てたらしい。

これで摸擬戦闘は私達の勝ち、ってわけだ。

<ははは!見え見えだよ、ダリル!ケンタッキーバーボン、約束だからな!>

なるほど、例の、って言うのは、お酒、ね。バーボンのことは知らないけど、きっと美味しいんだろう。

 それにしても…。これで、私は、少しは認めてもらえたかな…?正直、あのアヤの機動も普通じゃない。

かなり荒削りな戦闘をするけど、まるで敵の動きを読み切ったような動き方をする。あれはすごい才能だ。

それに、私の機動にぴったりとくっついて来たマライアも、ただの見習いとは思えない。

こんな人たちに認められるのは、そうそう簡単なことじゃないだろうけど、それでも、

今日の私は、それなりにうまくやれた気がする。少し、胸を張れる程度には。

<ははは、ダリル隊が負けたか>

大尉の声が聞こえて来る。

<カレンのとんでも機動にやられました…ありゃぁ、一体どうやったんだ?気が付いたら機首がこっちに向いてやがった>

「終わってから、ゆっくり説明するよ、ダリル少尉」

私はそうとだけ答えるとダリル少尉はまたうーと唸った。

<とにかく、負けは負けだ。隊長、仇討ち頼みますよ>

ダリル少尉の言葉に、私はハッとした。そうか、このあとは、あの大尉の小隊とやりあうんだ。

小隊編成については、昨日説明されたとおり。大尉の小隊は、いわば主力の攻撃小隊。

第二小隊と第三小隊は、基本的に主力の第一小隊の援護が仕事だ、と言っていた。

大尉に、副隊長のハロルド中尉、それからエースのフレート少尉に…あれ、えっと、もう一人は…誰だっけ?
 

651: 2014/06/18(水) 00:24:15.74 ID:2m01vITKo

 <カレン>

そんなことを考えていた私の前に、アヤがそう声を掛けながら降りてきた。

<ここからが本番だ。気を引き締めてかかろう。隊長に勝てば、バーボンに高級ステーキが付いてくることになってんだ>

アヤの、楽しげな声が聞こえて来る。

なんだか、それを聞いていたら私も不安な気持ちがなくなって、思いがけずに笑ってしまっていた。

「ふふふ、ご褒美、ってわけね。良いよ、やってやろうじゃない」



 

652: 2014/06/18(水) 00:24:42.59 ID:2m01vITKo




 訓練が終わったのは、夕方近かった。私達は結局、大尉たちの小隊には勝てなかった。

ファーストコンタクトで、フレートとベルントに挟まれたマライアがやられて、

私とアヤとでしばらく奮戦していたけど、アヤが隊長にへばりつかれてしまってからは、

私には残りの3機が群がってきて、とてもじゃないけど、手に負えなかった。

摸擬戦闘が終わってからは、対地攻撃機動の編隊訓練を行って終了。

それでも、ジャブローに戻ってきたのは、夕方近かった。

 格納庫から揃って軍用車でオフィスに戻り、そこでしばらくの反省会をして解散になった。

格納庫で機体から降りてきてすぐに、アヤが私のところにやってきて、あの機動、すごかったな、なんて褒めてくれた。

なんだか、それが素直に嬉しくて、照れ笑いしか返せなかったのが、心残りだった。

オフィスの反省会でも、私の機動について取り扱ってもらった。

そこで私は、今後はモビルスーツ相手の戦闘が主体になってくるから、

あんな機動がどれくらい役に立つかは分からない、と言うほかに、

ムズムズするお褒めの言葉から逃げるすべがなかった。

そんなときになって、自分がいかに褒められてこなかったのか、ってのを実感してしまったのだけど、

でも、彼らに評価してもらえたことは、ひとまず、私にとっては安心できることだった。

 シャワーを浴び終えて部屋に戻って、そろそろ夕食かな、と着替えをしようかと思っていたときに、

コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

私はそう返事をしてドアを開ける。するとそこには、なんだかニヤニヤと嬉しそうな顔をしたマライアの姿があった。

「マライア、どうしたの?」

私が聞くとマライアはなんだか一人で楽しそうに

「ねね、カレンさん、夕食まだだよね?」

と聞いて来た。まだも何も、兵舎の食堂で夕食が始まる時間まで、まだ10分はあると思うんだけど…

そんなことを思いつつ、

「うん、まだだけど?」

と答えたら、マライアはなおも嬉しそうな顔で

「あぁ、良かった!あの、ピザをいっぱい頼んだから、一緒に食べませんか?!」

なんて言ってきた。ピザ、って、ここ、軍の基地だよね…?デリバリーしたって言うの?

この地下基地のためのショッピングモールやらなんてのがある、って言うのは、昨日基地に来てすぐに聞いたけど…

まさか、そんなものまであるなんて、ね。さすがは本拠地。モグラの上層部の皆さんは、考えることが違うらしい。

撤退生活の間は、食べる物も食べられないかもしれない、なんて思っていたのに、ね。

まぁ、でも、そんなことを言ってしまうよりも、今はこのかわいい仔犬ちゃんのような凄腕パイロットのお誘いに乗ってみたい。

ふと、そう言えば、これまで誰かに食事に誘われたことなんて、ほとんどなかったな、って言うのを思い出す。

それこそ、撤退の最中にエルサに食堂へ誘われたくらいなものだったかもしれない。

エルサ…そう言えば、エルサの兄貴、もうここに到着していてもいい時間だな…どこかでちゃんと再会できていると良いけど…
 

653: 2014/06/18(水) 00:25:09.76 ID:2m01vITKo

 そんなことを考えていたら、いつの間にかマライアが不思議そうに私を見つめていた。

そのことに気が付いて、私は慌てて

「あぁ、ごめんごめん。迷惑じゃなければ、ご一緒させて」

と返事をしてあげたら、マライアはまた嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 それから髪だけ結わいてすぐにマライアに連れられて、隣の部屋へと案内された。

部屋には、どこから持って来たのか円形のローテーブルが置かれていて、

その上にピザの箱が3つとビールの缶にバーボンらしい瓶も並べられている。だけど、アヤの姿が見えない。

マライアを見やったら、彼女も不思議そうに首をかしげて

「あれ、アヤさんどこ行っちゃった?今さっきまで居たのに…」

なんて言っている。

「おっと、悪い悪い」

急に声がしたと思ったら、アヤがドアを開いて部屋に入ってきた。

手には小さなボウル皿を2つ持っていて、小脇に大きめのクッションをいくつか挟んでいる。

「キムラのオッチャンにサラダねだりに行ってきた」

アヤはニヒヒと笑いながら、私に手に持っていたボウル皿を渡してきた。

確かに、中にはポテトサラダに、レタスに玉ねぎのスライスとトマトの乗ったサラダが盛り付けてあった。

「キムラ?」

私が聞くと

「あぁ、食堂の厨房にいる、キムラ給仕班長。大尉、だったかな?人の好いオッチャンなんだよ。

 その下のタムラって中尉のオッチャンの料理はやたら塩っぱいんだけど、キムラのオッチャンのはなんでも旨いんだ」

とアヤは悪びれる様子もなく、そう言う。そうじゃないか、とは思っていたけど、いくら所属が違うからと言って、

大尉をオッチャン呼ばわりするなんて、何と言うか、細かいことを気にしなさそうな、彼女らしい。

そう言えば、一昨日大量に酒を頼んだら何も聞かずに持って来てくれたのも、大尉の階級章をつけた中年の男だった。

あれがそのオッチャン、だったのかな?

「来てくれてありがとな!今日は小隊発足後の初訓練、初勝利の祝勝会だ」

「ふふふ、理由はどうあれ、騒ぎたいだけでしょ?」

「あはは!バレた?まぁ、いいじゃんか。ほら、座ってくれよ!」

アヤは豪快にそんなことを言いながら、持っていたクッションを床に置いてくれる。

私はボウル皿をマライアに渡して、そのクッションの上に座り込んだ。
 

654: 2014/06/18(水) 00:25:44.31 ID:2m01vITKo

 「カレンさんは、ビールで良いですか?」

「あぁ、うん」

「アタシ、どうしよっかな。ダリルにもらったバーボンにするか…

 いや、まだ早いな。まずはビールからにしとこう。バーボンは食後だ」

 私達はそれぞれの缶を手に持って栓を切り、乾杯をしてささやかな祝勝会を始めた。

 アヤがケタケタと笑ってマライアをからかっては、マライアが笑ったり怒ったりを繰り返す。

昨日の歓迎会でもあったやり取りなんだけど、二人のそんな様子はどうしてか幸せそうに見えて、

二人の姿が、エルサと彼女の兄貴の姿に重なって見えた。

まるで本当の姉妹みたいだな、なんて、そんなことを思わされるくらいだ。

 アヤは、本当に豪快で勢いに任せて動くタイプに見える。だけど、今日一緒に飛んでみて、分かった。

豪快に見える部分の裏には、すごく緻密に物事を考えられるところがある。

勢いで動くのは本質なんだろうけど、でも、単純な無鉄砲って言うわけじゃなくて、

その場その場で、臨機応変に物事に対応できる柔軟さと、

“今”に対応しながら“これから”の対策を打てる、早くそして冷静な思考が出来る力を持っている。

それはきっと、刻一刻と状況の変化する戦場では、何よりも重要な能力の一つだろう。

それに、こんなに横柄な性格なのに、どうしてか憎めない、

ううん、それどころか、引き寄せられるような優しさと明るさを持っている。

そばにいるのが、無条件で心地良くなるような、そんな感じがする。

 マライアは、新米の見習いのはずだけど、今日の反省会でもアヤが言っていたように、

たぶん、空戦の才能は誰よりもあるんだろう。それは、私が見ても明らかだった。

一度見た機動は何か説明をする前からすでに身に着けることが出来る。

もちろん、相手が見知らぬ機動をした際の対応も早い。

それは、単純に技術力によるものだけじゃなく、私には本当に才能と言うしかないくらいの、

感覚的な認識能力に寄る物なんだろうと思える。

ただし、アヤが「ビビり」だと繰り返し言っていたように、いったん状況が悪くなると、

思考が固まって身動き出来なくなる様子を、大尉達の小隊とやりあっているときに見かけた。

あの感じは、ベネットの様子に似ていて、あいつのことを思いだしてしまって、胸が痛んだと同時に、

アヤがしきりに私に言ったように、守ってやらなきゃいけない子だと思わせた。

 二人とも、タイガー隊にはいなかった、不思議なパイロットだ。いや、二人だけじゃない。

オメガ隊にいる皆が、これまで私が出会ってきた人たちとは、どこか違う印象を私に与えてくれていた。

うまく説明はできないけど…まるで、ずっと一緒に空を飛んでいた仲間だったように思わせてくれる、と言うか…

「そういやさ、カレンのあの機動、反省会でチラっとだけ聞いたけど、いまだに動き方がわかんないんだよ。

 もう一回教えてくんないかな?」

ビールをあおりながら、アヤがそんなことを聞いて来た。私は我に返って

「あぁ、うん」

と返事をしてから、あのときの動きについて説明を始める。
 

655: 2014/06/18(水) 00:26:15.44 ID:2m01vITKo

「まずは、上昇をするでしょ。そのときに後ろをみやって、敵との距離をだいたい図る。

 ターンの終わり直前くらいに、敵が上昇の機動に入るくらいの距離があれば、

 あとはそのまままずはブレーキをかけて、スロットルを引いて…それから…」

「あぁ、ちょっと、待った」

説明の途中でアヤがそう言って立ち上がる。何かと思ったら、アヤは自分の机から戦闘機の模型を2つ持って来て、

その一つを私に手渡してきた。

「アタシが追っかける方な」

アヤがそう言う。こんな席で機動イメージの教導なんて、彼女にはマジメな部分もあるのかな。

そんなことを思ったら、なんだか可笑しくなってしまって思わず笑顔になる。でもそのまま私は動きの解説を勧める。

「で、インメルマンターンならここで水平に戻すけど…

 敵との距離感にもよるけど、背面飛行のまんま、敵の動きを見ながらブレーキをかけて、

 スロットルを引っ張って速度を落として、そうしながら操縦桿をいっぱいに引き起こす…

 敵がそのまままっすぐ上がってくるようなら、そのままの慣性でクルっと回れる」

私はそう言いながら、模型の真ん中を持って、そこを中心にクルっと回転させて見せた。

すると、それを見たアヤがうーんと唸る。

「あぁ、なるほどなぁ…コブラ機動を背面でやるイメージか…」

「だいたい、そんな感じよ。機体が翻って敵を補足したら、スロットルを押し込めばスピードも戻せる」

私が言うと、彼女は自分の持っていた模型を子どもが遊ぶみたいに目の前でくるくると飛ばせてから、

「な、それ、もし敵がまっすぐ上昇してこないで旋回とかシャンデルかなんかに移行したらどう対応するんだ?」

と聞いてくる。

「あぁ、それはね。操縦桿を倒すのもそうだけど、ヨーが有効。

 敵が旋回した方向のペダルを踏み込むと、そっちだけに抵抗が掛かるから機体が自然にロールしてくれる」

私が言うと、アヤは

「あー!そうか、なるほどなぁ…!」

なんて、感心した様子で膝を叩いた。それからマライアを見やって

「あんた良くこんなこと咄嗟にやったな!」

と驚いている。

「それね、あたしも良くわかんなくって。

 とにかく、カレンさんにくっ付いて行かなきゃ、って思ったら、フワっと機体が返ってさ」

「フワっと、ねぇ…確かにあれは、木の葉がフワフワって舞うのに似てたなぁ…」

マライアの言葉に、アヤはまた感心したようにうんうん、と何度もうなずいた。

 あの動きは本当に私のとっておきだったから、褒めてもらえるのは嬉しいのだけど、

ここまでベタ褒めされると、やっぱり正直照れくさい。何とか話題を変えようと思って私は今見ていた様子を二人に伝えた。
 

656: 2014/06/18(水) 00:26:42.62 ID:2m01vITKo

「二人とも、本当の姉妹みたいだね。仲が良い」

すると、アヤとマライアはなんだか嬉しそうに顔を見合わせて笑った。それからマライアが言った。

「アヤさんはね、私のお姉ちゃんなんですよ!氏んじゃったお姉ちゃんと同じくらい好きなんです!」

氏んじゃった、お姉ちゃん?私は、その言葉に一瞬、体を固めてしまった。

まずいことを聞いてしまったんじゃないか、って言うのが最初の想い。私も家族を亡くしてるから、分かる。

思い出すだけでも、辛い筈なのに…

 でも、そう思っていたらアヤがヘラヘラっと笑って

「まぁ、そうだな。隊は家族だ。

 ま、アタシなんか家族ってどんなか知らないで育ってるから、本当にそうだ、なんて言いきれないんだけどな」

と言ってから、私の目をジッと見つめてきた。その眼は、私に言っていた。大丈夫だよ、そんなこと。

気にしないよ、って…。

 「カレンさんは、ご家族とかはご無事なんですか?」

不意に、マライアがそう聞いて来た。

アヤも、私のことに興味があったのか、グッと前のめりになって、私をジッと見つめてくる。

 思い出したくはないけど、でも…

二人の話を聞いて、私自身が、今までのことをこらえきれない状態になってしまっていた。

ハラリと、涙が頬を伝った。それを見た、マライアがギョッとした表情を見せる。

アヤは、と言えば、私を見つめた表情のまま、かすかな、でも安心できる表情で、私の言葉を待ってくれていた。

「あっ、あっ…その、えっと、ごめんなさい、あたし、その…」

マライアがそう謝ってきた。。

 正直、思い出したくもない、そう思っていた。

家族のことだけじゃない、氏なせてしまった隊長達、バイコヌールにオデッサに、カイロにトンポリ基地の職員…

氏なせちゃった、ヒヨッコの10機に…ベネットも…声が、頭の中に生々しく思い出される…

コロニーが落ちる直前に、母さんの掛けてきた電話の声…オデッサ基地の陸戦隊の声、隊長の最後の言葉…

カイロの基地長が、ヒヨッコ達を私に預けてくれた時の言葉も、トンポリの基地司令の私達を気遣う言葉も、

ヒヨッコ達が墜ちて行くときの叫び声…ベネットの、悲鳴…

 私は、いつの間にか自分の腕で身を抱いて、ブルブルと震えていた。

私は、私は、守れなかった…なにも、誰一人、大事な人を…守らなきゃいけない、ってそう思っていたのに…

氏なせたくなんてなかったのに…!そんな感情が、嗚咽になって喉からあふれ出てくる。

嗚咽と涙を止めたくて、私は、口を手で覆って、もう片方の腕を目に押し付けていた。

こんなの、ダメだ…こんなの、誰かにみせちゃ、ダメなんだ…
 

657: 2014/06/18(水) 00:27:12.37 ID:2m01vITKo

 ふと、何か、温もりが私の額に触れた。

ハッとして顔を上げるとそこには、さっきまでと同じ表情のまま、

アヤが、私の前に跪いて、その手を私の額に押し当ててくれていた。

私と目が合ったアヤは、そのままその手で、私の額を前髪ごとごしごしと擦ってから、笑って言った。

「カレン…あんた、そんなにいろんなこと、我慢しなくたっていいんだぞ…アタシらは、同じ隊の仲間だ。

 アタシにとってみれば、家族なんだ。

 アタシの知ってる家族は、辛いのも悲しいのも、嬉しいのも楽しいのも分け合って行くものだって思ってる…

 だから、聞かせてくれないか?あんたの家族のことも、これまでのことも、全部、全部さ」

隊は、家族…分け合うのが、家族…?私の気持ちを、あなたは分けて欲しいって、そう思ってるの?

こんな、身を裂かれそうな感情を、受け止めてくれる、って言うの…?

 そんな言葉は、生まれてこの方、聞いたことがなかったような気がした。

私は、あの家に生まれて、自分を認められなくて、辛くても、それを言えば叱られて…

タイガー隊でも、こらえきれなくなった気持ちを表現すれば、隊から浮いちゃってた、って言うのに…

あなたは…ううん、私は、あなたに今の気持ちを、話しても良いの…?

「良いの…?」

「あぁ、うん…そうしてくれると、嬉しい」

「だって…そんなの…もしかしたら」

あなたに嫌な思いをさせるかもしれない…私の甘えだと、そう思うかもしれない。

情けない、半人前の私が、すがっているだけだって、イラつかせるかも知れない…それでも、あなたは…

「大丈夫、アタシの価値感で話を聞くつもりはないよ。

 アタシは、あんたがどんなことを感じて来たかが知りたいんだ。

 どうしてあんたが、そんな風に我慢しなきゃいけないのか、どうしてそんなに、いろんなものを溜めこんでるのかを、さ」

アヤはそう言って、また、私の頭をクシャっと撫でた。

 もし…もし、私が、彼女に、この目の前の、暖かい女性に何かを…私の気持ちの欠片でも託していいんだったら…

私は、私は…

「…聞いて、くれる?」

私は、気が付いたらそう口にしていた。

「あぁ、うん、もちろん」

アヤはそう言って笑顔を見せてくれた。

「あっ、あたしも!」

マライアもなんだか半べそになりながら、それでもそう言ってくれる。

 おかしいな…なんだか、そんな言葉だけで、そんな笑顔や泣き顔だけで、

どうしてこんなに胸が軋むんだろう、暖かい感情がこみ上がって来るんだろう…

 私は、震える唇を一度だけかみしめて、全身の力を抜いた。そして、私は、私の人生の話を始めた。

今まで、誰にも話したことのなかった、誰にも受け入れられなかった、受け入れてもらえると思わなかった、私の想いを。


  

666: 2014/06/21(土) 02:32:03.70 ID:/JNOwWKvo




 ガツン、と衝撃が走って、私は目を覚ました。

 何かと思ったら、マライアの腕が私の頭に降ってきていた。

「もう…」

私はため息を吐きながらマライアの腕を押し戻す。と、大きなあくびが出た。

時計を見やると、時刻は深夜の3時を回っていた。

 私はあれから、アヤとマライアに、家のことや、ここに来るまでの経緯を話した。

マライアは途中でたまらなくなったと言いだして、なんでか私にしがみつきながら、それでも話を聞いていた。

アヤは、ただ、ひたすら私のそばに座って、黙って話を聞いていてくれた。静かに、ハラハラと涙をこぼしながら…

 あんな気持ちになったのは、生まれて初めてかも知れなかった。

その感覚は、今まで経験したことのない、暖かな感情を私にくれた。

どう形容していいかわからないけど、もしかしたら、あれが、安心感って言う物なのかもしれない、なんて、

うっすらとそんなことを考えていた。それは、同時に、今まで経験したことのない、嬉しさでもあった。

 それにしても…私はマライアの寝顔を見ながらこの奇妙な状況に、笑いをこらえきれないでいた。

まったく、いくらなんでも、三人してこんな狭いベッドに寝ることないだろうに…。

私が話を終えて、二人にひとしきり言葉を掛けられてからまた泣いて、

それからはまたマライアとアヤがふざけ合っているのを笑っていたけど、いよいよ寝るぞ、となったときに、

私はマライアに強引にベッドに引きずり込まれた。アヤもそこに無理やり割り込んできて今に至る。

それはそれで、なんだか得体の知れない暖かさがあった。まぁ、正直、寝づらかった、というのも本当なんだけど…

そんなことを思って振り返ったら、そこにアヤの姿はなかった。

それもまぁ、当然だろう。さすがにゆっくり眠れる状況ではない。起きて、どこか別の場所で寝ているのか…

私はマライアを起こさないように気を使いながら、そっと2段ベッドの下からはい出た。

するとどこからか

「どうした?」

と声が聞こえた。振り返って見上げたら、そこには上の段で体を起こしアヤが寝ぼけ眼で私と見つめていた。

「あぁ、さすがに狭くてね」

私が言うアヤは二カッと笑って

「そりゃぁそうだよな。アタシも早々に退散させてもらったよ」

と肩をすくめた。それから頭をボリボリ掻いて、

「マライアの甘ったれにも、困ったもんだ」

なんて、なんだかうれしそうに言った。
 

667: 2014/06/21(土) 02:32:31.46 ID:/JNOwWKvo

 「今日はありがとう。部屋に戻ってシャワーでも浴びに行ってから寝なおすよ」

私が言うとアヤはクスクスと笑って

「ああ、そうした方がいい。明日は哨戒任務だ。まぁ、出て来てもあの鈍足空母だけだろうけど…

 寝不足だと酔うしな、戦闘機動は」

なんて言う。まったく、その通りだ。

「うん、じゃぁ、また明日ね」

「あぁ、おやすみ、カレン」

「ええ、おやすみ、アヤ」

私はアヤとそう言葉を交わしてドアへと向かって歩く。そして、そのノブを握った瞬間だった。

 まるで耳をつんざくような音量で、部屋の中のスピーカーから何かの音が鳴りだす。

警報音だ、これは!私はそれに気づいてアヤを振り返る。

「空襲警報だ…ジオンめ、珍しく夜襲なんて掛けてきやがったな…!」

そう言ったのもつかの間、警報音に混じって、アナウンスが聞こえてきた。

<こちら、防空司令部。第27飛行師団98戦闘飛行隊、99戦闘飛行隊はスクランブル発進せよ!

 第100戦闘飛行隊、第101戦闘飛行隊は、至急支援準備に入れ!繰り返す…>

 それを聞いた瞬間、アヤがちっと舌打ちをした。101戦闘飛行隊…私達だ!

「ったく、勘弁してくれよな…カレン、アルコール、抜けてるか?」

アヤがそう言いながらベッドから飛び降りてくる。

「えぇ、大丈夫!」

「なら良かった。おい、マライア!スクランブル支援だ!起きろ!」

「ふぇ!?」

私の返事を聞きながら、アヤはベッドに寝ていたマライアを叩き起こす。

マライアも目を覚ました次の瞬間には、このけたたましい警報に気付いたようだ。

「よし、オフィスへ向かうぞ!マライア、走れよ!」

私はアヤの声を聞いてドアを開け放った。そこから3人で走ってオフィスへと向かう。
 

668: 2014/06/21(土) 02:33:00.84 ID:/JNOwWKvo

 オフィスのドアを開けるとそこにはすでにユディスキン大尉と、ハロルド副隊長、それにベルントの姿があった。

「隊長、状況は!?」

アヤが隊長に尋ねると、彼は眠そうな欠伸を漏らして

「今はまだ情報を収集中だが…31番エリアの観測所が、敵編隊らしき光跡を多数視認しているって話だ。

 いつも通り、例の粒子をふんだんに使ってレーダーはホワイトアウト。夜襲なんて、今回が初めてだが…

 やつら、目視を奪えば、機動力の差を多少は埋められるってことに気付いたらしいな。

 それに、こっちが照準用に監視ライトでも照らせば、地上設備の配置が良く見える。

 敵にもどうやら、地上戦に慣れて来てる人間がいるらしいな。ったく、迷惑な話だ」

大尉がそう言っている間に、他のメンバーも集まる。

大尉はそこで改めて事態の説明をしてから、全員に出撃命令を出した。

 すぐにトラックで格納庫へと向かい、それぞれの機体に乗り込む。

<こちら、オメガ、101戦闘飛行隊だ。司令部へ。情報の確認を要請>

ヘルメットをかぶるや否や、大尉のそう言う声が聞こえて来た。

<こちら防空司令部。現在、上空でヘイロー、ゲルプが敵空母を複数目視している。

 詳細な数は不明だが、中規模編隊以上は確実とのこと。戦闘の空母群は、対空兵器を増設しているとの情報も入っている>

<露払い機の調整をしてきたか…本格侵攻か?>

<現在、統合参謀本部が判断を勧めている>

<はっ!どうせ全員招集するのに1時間はかかる!司令部の意見を聞かせてくれ!>

<こちらでも敵の状況を確認できていない…オメガ隊は、ヘイロー、ゲルプの直掩に付け。

 レイピアに敵状の偵察を指示する>

<こちらレイピア、了解した。レイピア各機へ。任務了解。

 敵の装備、搭載物、軌道を確認し、目的と目標を割り出すよ!>

大尉と司令部との無線に、そう言う女性の声が割り込んできた。レイピア隊…?

そう言えば、ジャブローに来る際に、輸送船団の護衛を交代しに来たのが、この部隊だったはず…

一連の作戦単位なんだろう。

 そうこうしている間に出撃の準備が整った。整備員が格納庫を開いて、機体を次々に誘導していく。

私もエンジンの出力を上げて格納庫から機体を出した。計器も、エンジンも大丈夫…制動板も問題ない。

火器管制もチェック…大丈夫、ちゃんと機能している。
 

669: 2014/06/21(土) 02:33:28.30 ID:/JNOwWKvo

 <よし、オメガ隊、滑走路に到着。離陸指示を乞う!>

そう言った大尉の声の直後、

<こちら3番エリア管制塔。オメガ隊、離陸を許可する。頼むぞ!>

と管制塔からの指示が無線で入ってきた。

<任せろ、ヘマはやらねえさ。各機、遅れるなよ!オメガ隊、第一小隊離陸する!>

大尉の合図とともに、先頭に位置取っていた第一小隊がバーナーを吹かしてトンネルのような滑走路を走り抜け、

こちらからは見えない空へと駆け上がっていく。それを確認した第二小隊も離陸していった。

<よし、アタシら行くぞ!>

「ええ」

<了解です!>

アヤの合図にそう返事をして、私たちは機体を加速させて滑走路を走りトンネルを抜けた先で空へと駆け上がった。

 私たちはすぐに上空へとたどり着く。しかし、あたりは真っ暗。

キャノピーから見上げたはるか上空に、無数の星が瞬いているのだけが見える。

今日は新月、か…敵も、きちんと日を選んでいるらしい。

地上部隊はまだ、サーチライトを点灯させていないようだ。いや、それもそう、か。

こんな位置でライトを点灯させれば、ここに軍事施設があることがまるわかり。

それはそのまま、地下基地の位置をさらすことに等しい。

対空砲部隊の連中が暗視装置や赤外線カメラで敵を識別して打ち上げてくれれば、多少の援護にはなるだろうけど…

それすら、位置を露見させるリスクがある。可能なら、私たち航空隊だけで処理するに越したことはない…

 北の方角で、かすかに曳光弾の破線とビーム兵器らしい光跡が輝いては消えている。

<こちらヘイロー隊。敵を補足している。方位350から南下中。例のビーム砲の他、対空兵器を増設している気配がある>

先にスクランブル発信していたヘイロー隊の声が聞こえる。これは、私たちを保護してくれたあの体調の声だ。

<こちらレイピア。全機離陸完了。これより方位350へ向けて飛行する。ヘイロー、ゲルプ各隊は援護頼む>

先ほど大尉が少佐と呼んだ、レイピア隊の女性隊長の声が聞こえた。

レイピアは、敵の観察、私たちは、先行するヘイロー、ゲルプの援護、だ。

<了解した。こちらオメガ隊。第一分隊でヘイローを援護、第二分隊がゲルプの援護を担当する。

 こんな時間に、ミノフスキー粒子をバラ撒いて接近してくるような連中だ。作戦の真意がわからん。

 各機、警戒を厳にして任務に当たれ>

大尉はそう言ってから、隊の無線に切り替えて声をかけてきた。

<オメガ隊各機へ。分隊飛行に移れ>

<了解>

各機がそう無線に返事をして、いったん今の編隊を解く。

分隊についても、事前に説明を受けていたし、昨日も飛行機動の訓練の際に、実際に組んだ。
 

670: 2014/06/21(土) 02:34:09.37 ID:/JNOwWKvo

 私は第二分隊。ハロルド副隊長の指揮下に入って、アヤと私とマライアの第3小隊に、

ダリル少尉を抜いた第二小隊のヴァレリオとデリクが加わる6機編成。

見習い二人を引き受けているとはいえ、彼ら二人の技術は平均的な見習いとはずいぶんと差がある。

前線を戦ってきたパイロットとそれほど引けを取らないはずだ。

それでも、気を使って、らしく、こっちは6機、第一分隊は4機編成だ。

まぁ、向こうは大尉をはじめ、フレートにダリル少尉に…あとのもう一人、腕の立つなんとか、ってパイロットの4人編成。

第一小隊の攻撃的性格をそのままにした分隊だから、それほど心配はいらないだろう。

私にとっては、今はこっちの分隊でしっかりやることが何よりも大事だ。とにかく、マライアとデリクからは目を離さないほうがいいだろう。

そう思ったとき、私の脳裏に、ふっとベネットの声が聞こえてきた。私は首を振ってその声を頭から追い出す。

大丈夫、デリクもマライアも、ベネット以上に腕がいい。マライアの方はベネットに通じる気の弱さがあるけど…

今は、私ひとりじゃない。マライアが信頼しているだろうアヤもいる。あのときのようには、なりようもないんだ。

だから、大丈夫…

 <こちらレイピア隊。敵編隊の高高度上空に到達。各隊へ状況を伝える>

不意に、ブライトマン少佐の声が聞こえてきた。私は集中してその言葉に耳を澄ます。

<敵は、航空空母10機編成。先頭に4機、その後方に、3機編隊が二組、続いている。いずれもV字編隊>

<やっぱそうか…先頭の4機は梅雨払い、後ろの2編隊が主力の攻撃任務を引き受けてるんだろう。

 レイピア1、敵はどの程度の距離で編隊を組んでる?>

<編隊感の距離は、おおむね10キロ…ずいぶんと間延びしているね…>

<ふむ…何か裏がありそうだが…とりあえずは仕事にかかろう。とっととお帰り願うのが一番だ>

大尉がそうとだけ告げて無線を切った。

<了解、こちらヘイロー。迎撃を開始する。オメガアルファ、援護頼む>

<こちらゲルプ隊。こちらも攻撃を始める。オメガブラヴォーの援護に期待する>

先行の二隊がそう連絡を入れてきた。とたん、暗闇に浮かぶ曳光弾の数が増えた。空戦が始まったんだ…こんな暗闇の中で…

<各機へ、こちらブラヴォーリーダーのハロルドだ。夜間戦闘の注意事項、マライア、その1はなんだ?>

<えっと、高度に注意!>

<そうだ。デリク、その2は?>

<敵味方問わず、距離感の誤認に注意!>

<正解だ。目を凝らすんだ。でも、外ばかりじゃなく、計器にも気を配るようにな>

副隊長のハロルド中尉が見習い二人にそう落ち着いて声をかけている。

この中尉も、どこかのんびりした印象の人だったけど、いざ戦闘になると、それが頼もしさに代わるような感覚を持っていた。

 <ハロルドさん、こっちでカレンとマライアを引き受ける。デリクとヴァレリオ、そっちに頼んでいいかな?>

アヤの声が聞こえてくる。分隊内での小隊行動、ね。

確かに、夜間だし、乱戦にならないためにも細かく戦闘単位を確かめておく必要はある、か。

<あぁ、了解した。そっちは任せるよ、アヤ>

<ありがとう。そっちも気を付けてな>

二人が会話をしてる間に戦闘区域が近づいてきている。

まずは、味方機を識別しないと…ミノフスキー粒子でレーダーが効かない。もちろん、IFFもダメだ。

夜間にレーダーもIFFもなしに戦闘をするのは誤射の危険が高まる。それは敵も味方も同じこと。

攻撃にはよくよく注意をしておかないと…
  

671: 2014/06/21(土) 02:34:59.30 ID:/JNOwWKvo

 <真っ暗だなぁ…確か、暗闇で敵味方を正確に識別できるのは虫くらいだって話聞いたことあるな。ハチとかアリとか>

アヤが呟く声が聞こえてくる。彼女も状況の危険性は理解しているようだった。

<よし、来たぞ!各機、火器管制をチェック!無線連絡を密に!味方に発砲しないように気を付けろ!>

アヤの声が聞こえてくる。敵の放つ曳光弾の明かりがすぐ近くに見えてくる。

こちらの機体には対空ミサイルと50mmのガトリング砲に、ロケット砲が搭載されていた。

対空ミサイルは、赤外線誘導。うまくやらないと敵のエンジンには食いつかないが、

レーザー誘導兵器は照射を担当してくれる人間が同乗していないと正確にロックはできない。

今積んでいる赤外線誘導のミサイルも、昼間はこの地域の高温多湿の気候のせいで、

低高度だととくに誘導性能が落ちると聞かされていたけど、今は夜間だし多少はマシだろう。

 <こちらヘイロー!敵先頭編隊に攻撃を掛けている!こちらの攻撃の合間を縫って、支援攻撃を頼む!>

<こちらオメガブラヴォー、了解した!>

ハロルド副隊長の声が聞こえた。目の前を、曳光弾でもビームでもないない明かりがとびぬける。

味方のエンジン炎だ。

<各機、掃射!>

私はアヤの声を聴いて、敵がいるだろうあたりにトリガーを引いき機銃弾をバラ撒く。

暗闇にかすかな火花が散って、敵がフラッシュのように浮き出てくる。

なるほど、機銃弾でも敵の位置を知らせる目印になる、か。これなら、ヘイロー隊の支援になる。

<マライア、カレン!右旋回で離脱するぞ!>

さらに続くアヤの指示に従い、機体を右へ滑らせて敵から距離を取る。

私たちの回避したのとは逆側から、再びヘイローが舞い戻ってきて敵空母にミサイルと機銃を浴びせかける。

さすがに厚い装甲らしいけど、敵は無茶苦茶に撃ってくるだけ。こっちの攻撃は一方的に命中してる。

 不意に、夜空がパッと明るく光った。振り返ると、そこにはまぶしい炎を吹いて降下していく敵空母の姿があった。

<コリンがとどめを刺したぞ!>

その名は確か、あの日、陸戦隊を守ってモビルスーツと刺し違えたパイロットだったはずだ。

さすが、腕はいいらしい。
 

672: 2014/06/21(土) 02:35:30.31 ID:/JNOwWKvo

 <マライア!炎を直視するなよ!暗闇の視力を奪われるぞ!>

アヤの声が聞こえる。確かに…私はそう思って、敵から目をそらして暗い夜空を見つめなおす。

そんな私の視界に何かが横切った。今のは…味方?

 「アヤ!今のはどこの隊?」

私はとっさにアヤに聞いた。ヘイローは敵の上空へと抜けて行ったはず。この方向には回避してきていない。

今のはどこから?

<…!?こいつら…くそっ!各隊、各機へ!敵は戦闘機を出してきたぞ!あのデカ頭だ!>

<この状況で敵機だと!?やつら、混戦するのがわかってないのか!>

<敵の狙いだ!やつら、こっちの混乱を誘ってこの戦域を抜けるつもりだ!>

敵の狙いは正確だ。混戦になれば、この暗闇でIFFなしに正確に敵味方を識別することなんて不可能。

そうなったら、私達は戦闘機めがけては引き金を引けなくなる。

それどころか、あの空母を狙うことの危険がともなう。これは、まずい!

 <アヤさん!後方から撃ってきてる!>

<…!?いや、待て…!ヘイロー!こっちは、友軍機だ!>

<オメガか!?くそっ…すまない!>

<おい、違うぞ!それは敵機だ!>

<待てよ、じゃぁアタシらを撃ってきてるのは敵か!?>

私は後ろを見やった。機関砲の発射する炎だけが私達を追いかけてきている。あれは、敵なの!?

それとも、ヘイロー!?

「アヤ!右へ旋回しよう!」

<なに!?なんだって右なんだよ!そっちはさっき敵機がとびぬけて行ったほうだろ!捕まるぞ!>

私の意見にアヤの言葉が聞こえてくる。でも、敵味方を識別する方法がいる…

それなら、ヘイローのいない右へ旋回する必要がある…!

「いいから!ヘイロー隊!こっちは右へ旋回する!」

<了解した!合図で行け!3、2、1、いまだ!>

私はヘイローの合図に合わせて操縦桿を倒しながら怒鳴った。

「マライア、アヤ!」

<カレン!勝手なことするな!>

「だったら、ほかに方法があるっていうの!?マライアを落とさせるわけにはいかないでしょ!?」

私はアヤに怒鳴り返す。
 

673: 2014/06/21(土) 02:36:08.99 ID:/JNOwWKvo

 <こちらヘイロー!目標は依然、シザーズで回避している!オメガブラボー2、そっちは回避したんだな!?>

<あぁ…くそっ!こっちは回避した!あんたたちの目の前にいるのは、アタシらじゃない!>

<な、なら、行くぞ…撃つぞ…いいな、いいんだな!?>

<マライア!こっちも行くぞ!スライスバックだ!>

アヤの指示に合わせて私も操縦桿を引く。機体が翻り、眼下にどちらかも分からない機体のエンジン炎が見える。

こっちを狙ってきていたやつら、か。

<カレン、あれの後ろにつくぞ!>

「了解、アヤ!」

私はさらに操縦桿を引き続けて、目標の後ろに回る。射程距離だ。

<機銃を使う!ロックしろ!>

アヤの指示を受けて私は火器管制を起動させる。HUD上のレティクルが赤く光って目標をロックする。

そんなときだった。また、悲鳴に似た声が無線に響く。

<ロ、ロックされたぞ!?>

<ちっ!どこから湧いて出た!?>

<アヤさん!>

<あぁ!くそ!混乱しててどっちかわからない…集中しろよ、アタシ!>

アヤの苦しげな声が聞こえてくる。どうする、撃つのか、撃たないのか?今度は向こうに旋回させる?

でも、それでも正確に識別するのは難しい。この混乱で、この数だ。

同じタイミング、同じ機動で動く機体があってもおかしくはない…それなら…

<ヘイロー!こっちは撃つぞ!やられたら、すぐにイジェクションレバーを引け!>

アヤ、撃つ気なの!?味方かもしれないのに!

「待って!アヤ!」

私はそう声を掛けながらアヤの射線の前に出た。

<カレン!何してんだ!>

「待って、アヤ!」

光だ…光がいる。即席でそれをするなら、この方法が一番のはず…!

私はその位置から、敵をロックしたままスロットルを前に押し込んだ。

シザーズを繰り返しながら回避行動をしている目標の編隊がグングン近づいて来て、私はそのすぐ下を潜り抜けた。

さらにバーナーをふかして目標編隊の前を上昇する。

目標の目の前を通り抜ける機動…瞬間的に掃射されればそれまでだけど、でも真下からとびぬけるこの方法なら、

ギリギリまで敵には気づかれないはず…その一瞬だけ、目標をエンジン炎が照らし出せる。

アヤ…彼女なら、その一瞬を見逃しはしないはず…味方を危険にさらさずに確かな識別をするなら…

私ひとりが危険な目に逢うくらい、たいしたことなんかじゃない!
 

674: 2014/06/21(土) 02:37:03.28 ID:/JNOwWKvo

 私はスロットルレバーについたバーナーのスイッチを押した。

機体が急激に加速して、Gで体がシートに押し付けられる。それでも私は、操縦桿を引き起こした。

目標の目の前を機体が通過する。次の瞬間、アヤの声が響いた。

<マライア!掃射!>

<了解!>

暗闇に曳光弾の破線がとびぬけて、カッと爆発が起こった。

ジオンのあの頭デッカチな戦闘機3機が炎を上げてはじけ飛んだ。

<カレン!あんた、無茶をするな!>

「ほかに味方に安全な識別する方法があったんなら、聞かせてよね!」

<ふざけんな!あんたを守るアタシの身にもなれよ!>

「私を守って他の味方を氏なせる気なら、私なんて守らないでいい!」

アヤの言葉に、編隊に戻りながら私はそう怒鳴っていた。

 <ちっ!撃たれた!脱出する!>

<こちらゲルプ4!混戦で…敵空母へ攻撃する余裕がない!>

<こちらヘイローリーダー!司令部へ!サーチライトの点灯を要請する!このままじゃ、攻撃ができない!>

<こちら防空司令部。敵はすでに当基地上空に差し掛かっている。

 サーチライトを点灯すれば、こちらの位置が知られる。同じ理由から、すでに増援も出せない。

 なんとか対応してくれ!>

<くそっ!地上の腰抜けども、無茶言いやがって!>

<こちらゲルプ1、レイピア、そちらから援護はできないか!?>

<こちらレイピア!こっちも敵戦闘機に絡まれて支援できない…!あぁ、もう!ねぇ、レオン!あんた聞いてる!?>

そう鳴り響いた無線に、ダミ声が響いた。

<あぁ、聞こえてるぜ、ハニー!>

<ふざけてんじゃないよ、こんなときに!>

<ははは、すまねえ!で、なんの用だ?>

大尉の声…いや、待って、今、ハニーって、そう呼んだ…?この女性少佐と大尉は、そういう関係なの?

<おい、作戦中にイチャつくなよ、オメガの旦那!なにかアイデアないのか!?>

<防空司令部へ!こちら上空のブライトマン少佐!緊急事態につき、戦闘指揮をユディスキン大尉へ移譲する!>

<こちら防空司令部…了解した。今の無線記録は削除する。ユディスキン大尉、頼んだ!>

<だぁ!ったく、どいつもいこつも!俺が一言か、諾といったかよ!>

<いいからやりな!このままじゃ、後続の空母が何をするかわかったもんじゃないよ!>

なに?これは…どういうことなの?少佐が大尉に指揮権を移譲するって…!?

 

675: 2014/06/21(土) 02:38:01.67 ID:/JNOwWKvo

 <あー、仕方ねえな…こういうときは、大昔の人間の発想をマネするしかねえ…各機へ、一度撤退しろ!>

撤退!?まさか、この位置でこれ以上引くっていうの!?そんなの、基地を無防備にさせるだけじゃない!

「大尉、本気ですか!?」

私はそう上伸した。でも、私の言葉に答えたのは、大尉じゃなく、アヤだった。

<カレン!あんたいい加減にしろ!いいから隊長の命令に従えよな!>

そうは言われたって、命令の真意が読めない…いったい、何を考えているの、大尉は!?

そう混乱していた私に、無線からまたアヤの声が聞こえてきた。

<カレン、隊長が何を考えてるか、なんて、気に留めるだけ無駄だぞ。

 付き合いの長いアタシでも、直前にならないと未だにわかんないんだ…でも、間違ったことは一度もない。

 だから、頼む、隊長の命令には従ってくれ>

アヤの声は、まるで懇願してくるようだった。でも…本当に、信じて大丈夫なの…?

<…そうだな…位置が位置だ。オメガ、レイピアは方位090へ、ゲルプ、ヘイローは方位270へ退避>

南下を続ける敵の両側へ?敵へ進路を開ける、とでもいうの?それとも、挟撃を掛けるつもり…?挟撃?

そうか…この布陣は…!

<なるほど、ね…さすが旦那だ。さえてやがるな!>

ヘイロー隊の隊長の声が聞こえた。ほかの部隊員も、おおむね大尉の考えていることが理解できているようだった。

<一撃離脱の波状攻撃、か…>

ダリル少尉の声が聞こえた。
 
 そうだ。これは、前世紀に起こった大戦中に、まだ、レーダーも誘導兵器もないころに考案された方法。

敵よりも高い高度から、降下しつつ接近して攻撃をしてまっすぐに離脱する。

それを隊ごとにタイミングを合わせて多方向から波状で攻撃を行えば、こんな闇夜の戦闘でも統制がとれる上に、

敵の混乱だけはあおることができる…

レーダーも誘導兵器も無力化された空でなら、こんな古めかしい戦法でも十分に有効、ってわけか…!

<そうだ。各隊、各機へ。やることはわかるな?最大推力で敵に突っ込んでとびぬけろ。

 連絡を密にとって、タイミングと方位だけには気を付けろよ。敵戦闘機が空母の直掩についている。

 衝突を避ける意味で、発砲はなるだけ早めに行って進路を切り開け>

<ははは!まるで騎士の戦い方だな!なら、一番槍は我がゲルプ騎士団が務めさせてもらおうか!>

<ヘイローはそれに続く。狙いは、先頭の露払い機でいいか?>

<いや、やつらは放っておいていいだろう。後続の空母を先に叩こう。

 何かを仕掛けてくるのなら、あいつらの可能性が高い>

<了解した!ゲルプ隊各機、いったん逃げるぞ!ついてこい!>

<こちらヘイローリーダー!ヘイロー各機、俺たちも行くぞ!ゲルプに遅れるなよ!>

<レイピア隊へ。私たちも行くよ。敵に構わず、速度で振り切りなさい!>

各隊がそう声を掛け合って戦域を離脱していく。
 

676: 2014/06/21(土) 02:38:35.34 ID:/JNOwWKvo

<アタシたちも行くぞ!カレン、ちゃんと着いて来いよな!>

アヤが棘のある言い方で私のそういってくる。なぜだかそれが、私には腹立たしく感じられた。

いつもの私ならきっと、凹んでしまっていただろうに…

「いちいち言われなくったってわかってるよ!あんたの指揮じゃないんなら、従うにきまってる!」

<なんだと、カレン!>

アヤの怒気のこもった返事を聞いて、私は、後悔した。

また、やってしまった…戦闘のせいで興奮していたというのもあったんだろうけど、

どうしてこうも、私は、自分を孤立させてしまうような物の言い方しかできないんだろう…

でも、そんなことに気落ちしている場合ではなかった。

私はアヤの機体を追って、南下してくる敵から東の方向へと機首を向ける。敵は追ってきていないようだ。

だけど、一息ついている暇もない。これからまだ戦闘は続くんだ。気を抜いて良いわけはないんだ。

 私はそう思って、自分に気合を入れなおした。アヤからの譴責は、降りてから十分に受けよう。

あのときの私の判断は、間違ってはいなかった。もちろん、アヤの判断も当然だった。

だけど、私たちは違う方法を選んで、私は指揮官のアヤの命令に背いて、私自身の方法を選択した。

どうあれ、私に非があるんだ。仕方ない…それを主張したところで、また孤立してしまうだけ…

それなら、私は…自分の感情や発想を押し込めていくしかない。

これまでと、変わらずに…ふぅ、とため息が出た。これが私の生き方、というやつなんだろう。

どうあがいても変えることのできない、私の運命、と言ってもいいのかもしれない。私はそれを、受け入れるしかないんだ。

 無線から、ヘイローとゲルプが攻撃を掛け、効果を上げたという報告を聞きながら私はそんなことを思ってしまっていた。



 

677: 2014/06/21(土) 02:39:01.58 ID:/JNOwWKvo




 それから、2時間。私たちは敵への攻撃をつづけ、

敵がそれ以上の侵入をあきらめて方向を転換してからしばらくして上がってきた別の部隊に追跡を任せて、

基地の滑走路へと降り立った。緊張感から解放されたことと、戦闘の疲労で体がぐったりとしてしまう。

それでも私は、無事に地上に降り立った9機と一緒連なって、滑走路から格納庫を目指して機体を走らせていた。

大尉が一撃離脱戦法に切り替えてからしばらくして、フレート少尉が敵の弾幕に突っ込んで火を噴いた。

フレート少尉はすぐさま脱出して、無事。少尉の機体は敵の空母をかすめて爆発し、ダメージを与えていた。

彼はすぐさま、地上を警備していた陸戦隊に保護してもらったらしい。

さすがエースと“揶揄”されているだけのことはある。私は、彼が気を噴いた瞬間は気が気ではなかったんだけど…。

 ほかの部隊にも多少の被害が出たらしいけど、幸いなことに氏者は出ていないようだった。

撃墜され慣れているのかどうなのか、どのパイロットもイジェクションレバーへの反応が早い。

それは戦闘機乗りの鏡でもある。そしてそれは、私にとっては何よりもうれしい戦果だった。

 機体が格納庫の前に到達した。前の機体に続いて、格納庫へ機体を入れてエンジンのスイッチを切る。

ヒュウン、と空鳴りが聞こえて、エンジンが止まった。ヘルメットを脱いで、ふうとため息をつき、

体を襲うダルさに身を任せる。

 作戦が終わった。戦闘を切り抜けた。誰も、氏なずに、無事に戦闘を終えた。

それは、私にとって初めての経験だった。

あの日、バイコヌールでジオンの奇襲にあった日から、どれくらいの時間がかかったのか…

私は…飛び立ったのと同じ場所に、誰一人欠けることなく、帰り着くことができたんだ。

 そんなかすかな充実感を胸に宿しながら、私はキャノピーを開けた。

整備員らしい姿の兵士が、ラダーを掛けてくれる。ベルトをはずしてそのラダーを降りようと思ったとき、

ヒョコっと良く知った顔がコクピットの中をのぞいた。

「少尉!」

「…エルサ!」

見間違うはずもない。それは、エルサだった。

「お疲れ様でした!無事で何よりです!」

エルサが、あの懐かしい笑顔を見せてくれる。

私はさらに胸の内の充実感が膨れるのを感じて、思わず彼女に微笑みを返していた。

「ありがとう、エルサ。あんたこそ、こんな時間に私たちの受け入れを待っててくれたんだね」

私がそう言ってあげたらエルサはエヘヘと笑って

「班長にお願いして、オメガ隊付きの班に配置換えしてもらったんです、昨日付けで」

なんて言ってきた。それから胸を張って

「また少尉の機体の整備をするために頑張って機付き長になりますから、楽しみにしててくださいね!」

とも言う。まったくあんたは、相変わらずだね…なんだかうれしくなってくるよ。

私は思わずエルサの頭をがしがしっと撫でてやってから

「ありがとう。でも、そこをどいてくれるとうれしいな。さすがに地上に降り立ちたい気分なんだ」

と伝えるとエルサはあっと言う表情を浮かべて

「すみません!」

と苦笑いでラダーを降りて行った。私はそのあとをついて機体から降りる。
 

678: 2014/06/21(土) 02:39:45.36 ID:/JNOwWKvo

 他の隊員も、次々に機体から降りて伸びをしたり、談笑したりしている。こんな光景をみるのも初めてだ。

これが、勝利、ってやつなのかもしれないな…。

 「カレン!」

そんな気分も束の間。そう私を呼びつける声がした。

みるとそこには、目を吊り上げて肩を怒らせながらこっちへズンズンと歩いてくる、アヤの姿があった。

傍らには、彼女を止めようとまとわりついているマライアの姿もあるが、

残念なことに役にはたっているように見えない。

 アヤは私のところに来るなり、私の飛行服の胸倉をつかんで引き寄せた。

「あんた!なんでアタシの指示に従わなかった!?」

「すまないと思ってる…でも、味方かもしれないやつを撃たせるわけにはいかないでしょ?」

私はあのときの判断をそういって説明する。わかってもらえるとは、思えないけど…

「それだけじゃない、その前もだ!敵の前に飛び込むかもしれないあのときの右旋回は、無茶にもほどがあった!」

アヤはなおも私を追及してくる。

「あれは、敵の機動からそう危険じゃなかった。

 リスクを天秤にかけるなら、あのまままっすぐ飛んでいたほうがよっぽど危険だった、ってあなたわからないの!?」

私は思い出していた。

二番目の、敵の姿を照らし出す方法は確かに無謀だったし、

アヤの警告後の射撃なら、たとえ味方でも助かる可能性が高かったかもしれない。

でも、最初のは違った。あの方向にとびぬけた敵機は、こちらに背後を見せていたはず。

それなら、あの方向への旋回もそれほど大きなリスクではなかった。

むしろ、後方にいたのが味方機ではなくて敵機だったら、そちらの方が危険だったに違いない。

 私の言葉に、アヤの顔は一層、怒りに歪んだ。その表情は、寝る前に私に見せてくれたものとは別物だった。

まるで私が憎いみたいに、家族を殺そうとした存在みたいに睨み付けてくる。

「だいたい、指揮はアタシの仕事だ!あんたが勝手なことをすると、マライアが危ないんだよ、わかれよ!」

アヤがそう言った。それは、わかる。でも、アヤ、私は、マライアだけじゃない。

あなたも氏なせたくはないと思ってる。そのために、私が危険に晒されることになったとしても、ね。

そう伝えようとした瞬間、すぐそばにいたエルサが大声をあげた。

「ちょっと!あなた、さっきからなんなんですか!少尉の悪口は私が許しませんよ!」

「あぁん?なんだ、あんた?整備兵は黙ってろよ!」

「整備兵は、ってどういう意味ですか?あなた方パイロットは私たちなしでは飛べないんですよ?

 それをご理解されているのですか?

 なんなら、少尉の戦闘機だけ機銃が撃てないような整備でもしておきましょうか?

 カレン少尉は、これまでずっと、私を含めたたくさんの人を守るために戦ってきたんです。

 支援もろくにない、ジオンが攻撃を仕掛けてくる最前線の中を、です!

 あなたたちみたいにジャブローにこもってる腰抜けの兵隊とはわけが違うんですよ!」

エルサはアヤにそうまくしたてた。それを聞いたアヤは、私じゃなくエルサの方へと顔を向けて言った。
 

679: 2014/06/21(土) 02:40:23.55 ID:/JNOwWKvo

「整備の手抜きをしようってのか?上等じゃないか…そんなのでよく整備兵が名乗れるな!

 あんみたいにえり好みで仕事をしようってヤツが整備して、ちゃんと機体は飛べるのかよ!?」

アヤの言葉に、私は胸の内で膨れ上がる感情を覚えた。エルサが手抜き?エルサが、えり好み?

ふざけるんじゃない…私は、私たちは、この子のおかげで生きてるんだ。この子のおかげで、戦えたんだ!

あの戦場で、レーザー誘導の特性に着目して機体の改造と調整をしてくれなかったら、

この子が私の機体の後ろに乗ってくれなかったら、私も、ヒヨッコ達も、みんなみんな、氏んじゃってたかもしれないんだ!

あんたなんかに、この子を悪くれる筋合いはない!

「アヤ、取り消して!この子はそんなことをはしない。この子は誇りをもって整備をしてる。

 私たちを無事に空に上げて、無事に帰ってこれるようにと願ってくれてる。この子を悪くいうんじゃないよ!」

気が付けば今度は私がアヤの飛行服の胸蔵をつかみ返していた。

「カ、カレンさん!アヤさんは、隊の…あたしや、カレンさんの安全のために…」

「あなたもこの人の肩を持つんですか!?小隊長機に乗ってましたよね?この人は!

 危険を顧みないで隊を守ろうとするカレン少尉の動きを理解できない人に、隊を指揮する資格なんてありませんよ!」

「な、なによう、あなた!アヤさんのこと何にも知らないくせに!

 アヤさんの悪口言うんなら、カレンさんの知り合いでも、あ、あたし許さないんだからね!」

マライアがいつにない鋭い目つきでエルサを見やる。でも、今はアヤだ。

「謝って、彼女に。そうでないと、私はあなたを小隊長とは認めない!」

私はアヤにそう言葉を突きつけた。アヤはギリっと歯を食いしばって、私を睨み返してくる。

そして私の飛行服を締め付けていた手にさらにギュッと力を込めて言った。

「いいよ、わかったよ…こういう時は、ウダウダ話し合うより手っ取り早い方法がある」

アヤはそう言って不敵に笑った。アヤの言っている意味は分かる。黙らせるんなら、腕づくで、ってことだろう。

「いいわよ、受けて立とうじゃない。ただし、そっちが負けたら、エルサへの謝罪と小隊長を降りるんだね」

「アタシに挑むなんて、バカにもほどがあるけどな…まぁ、その条件はいいよ。

 アタシが勝ったら以後はアタシの命令には絶対に従ってもらう。それから、そっちの子にアタシに謝ってもらうからな」

アヤが怒りのこもった形相で私を睨みつけてくる。

私も、アヤを目一杯に睨み付けてから、アヤの飛行服を突き飛ばすようにして離した。

アヤも私を小突くようにして開放する。

「ア、アヤさん、それはマズいんじゃないかな…ほ、ほら、みんなもいるし…

 ケンカすることあっても仲間だよ?同じ隊の、ほら、か、家族なんでしょ?」

マライアが猫なで声で急にそんなことを言い出し始める。

でも、アヤは無言でマライアを脇へと押しやって、着ていた飛行服を脱ぎだした。

中からは、白いランニングシャツから覗く鍛え上げられた肉体が姿を見せる。

さすがに、一端のパイロットではあるみたいね。でも、こっちは、私の方もだいぶ心得がある…

小隊長の話は弾みだったけど、エルサへの謝罪はしてもらうからね…泣きを見せてあげる…。

私も飛行服を脱いで地面に放り投げる。そして、アヤに正対する形で睨み付けた。
 

680: 2014/06/21(土) 02:41:00.05 ID:/JNOwWKvo

「た、た、た、隊長!と、止めてよ!」

マライアが大尉を呼んでそう頼んでいる。すると、はぁ、というため息が聞こえたと思ったら大尉が

「アヤ、カレン」

と私たちを呼んだ。私はアヤに一瞥をくれてから大尉を見やって宣言した。

「止めないでください、大尉」

「隊長、黙っててくれ。アタシの隊の不手際だ、アタシが処理する」

私はアヤと一緒にそう隊長に告げる。すると大尉はまた大きくため息をついてから、ニタリと笑っていった。

「なら、仕方ねえ。3分1ラウンドだ。それ以上は認めん」

大尉はそういうと、サっと手を振り上げた。

すると傍らにいた整備兵の一人が、どこからともなく、紐で吊り下げたレンチを取り出した。

もう一方の手には、リベットの緩みを打ち直すハンマーが握られている。

何事か、と思ったら私たちの間にダリル少尉がやってきた。

「いいか、凶器なし、急所への攻撃はなし、だ」

ダリル少尉はそう言いながら私たちの手を握って上に持ち上げさせ、ファイティングポーズを強要する。

まったく、お遊びじゃないんだ、とは思うものの、

とにかく私たちを守ってくれたエルサへの謝罪はしてもらわないといけない。力づくでも、だ。

 私はアヤを睨み付けた。ダリル少尉がその場から一歩後ろに下がって手を振り上げたと思ったら、

金属のぶつかり合う音が高らかに響いた。あのレンチとハンマーで、ゴング、ってわけね。

そう思いながら私は、ファイティングポーズをとってアヤを睨み付ける。

 アヤは軽く腕と膝を曲げて、微動だにしない。なるほど、カウンターを狙ってくるタイプみたいだね…

なら、先手を取らせてもらうよ!

 私は、息を吐きながらアヤの膝下を蹴り付けた。アヤはそれを、脚を上げて衝撃を逃がしつつ受け止める。

でも、まだアクションは起こさない。ずいぶんと冷静じゃない…でも、これを受けておとなしくしていられる!?

私は続けざまに同じローキックを二発放った。二発ともアヤの膝をとらえて、アヤの顔が一瞬、苦痛に歪む。

次の瞬間、アヤは眼光を鋭く光らせて私に飛びかかってきた。私はアヤの動きに合わせて前蹴りを繰り出す。

でも、アヤはそれを身軽なステップで躱すと、左腕を素早く伸ばして私にジャブを放ってきた。

コンビネーションが来る!私はそのジャブをガードを上げてさばきながらバックステップで距離を取る。

それでも、アヤはさらにもう一歩こっちへ踏み込んできた。さらに左のジャブが私のガードにぶつかる。

ジンとしびれる痛みが、腕に走った。これ以上、踏みこまれたら、右がくる!

とっさにもう一度ローキックを放ってアヤの出足を抑える。

でも。アヤはそれを読んでいたように踏みこもうとしていた右足を引いて、それを軸にさらにもう一発、ジャブを放ってきた。

ローを蹴った瞬間で体の開いていた私の顔面に、アヤの炸裂する。

衝撃で頭がのけぞりそうになるのをこらえる。次こそ、右が来る…!私は体制を整えながら体をそらした。

次の瞬間、アヤの右の拳が空を切った。

チャンスだ!私はぐっと一歩踏み込んで、アヤの顔面に右のフックを叩き込んだ。

ガツンという鈍い衝撃とこぶしの痛みが走る。
 

681: 2014/06/21(土) 02:41:31.92 ID:/JNOwWKvo

「おぉ!」

「アヤがもらったぞ!」

ギャラリーの歓声を聞きながら私は一気に攻めようとジャブを打っていく。

だけど、それをアヤはまたするりと躱して、私の目を見てニッと笑った。

くっ…!しまった!そう思ったときには、切り返してきたアヤの拳が私の左の頬をとらえた。

脳が揺さぶられる衝撃と痛みが走る。それが、私の闘争心を掻きたてた…この女…!

エルサのことなんて、この際どうでもいい…!どうにかして、地面にはいつくばらせてやる…!

ギリっと歯を食いしばって、私は右の拳をアヤの顔面にたたきつけた。

アヤはそれを避けなかった。ガツンというショックと一緒に、アヤがのけぞる。

でも、脚を一歩引いてこらえると、また、私を見てニヤっと笑う。

 なるほど、わかったよ…そういうのが希望、ってわけね…後悔しても、知らないからね…!

 体制を整えたアヤの拳を私も顔面で受け止める。くっ…まともに食らうと、なんて重さ…

でも…負けるわけにはいかない…この女には、負けたくない…!私はその一心で、またアヤに拳を叩き付けた。

それでもアヤはぐっとこらえて私に拳を返してくる。私が殴りつけるたびに、アヤは私を見て、ニヤっと笑う…

どこまでも、いけ好かない女だよ、あんたは!

私はそれを見るたびにそう思って、アヤに殴られてからもう一度殴り返すけど、その笑みは絶えない。

 もてあそばれてる感じじゃない。アヤも相当、参っているのがわかる…でも、どうして?

どうしてアヤは笑うの…?私を嘲笑しているのかとおも思ったけど、そうじゃない。

その笑顔は、まるで、何かを楽しんでいるような笑みだった。

 ガンっと、鈍い衝撃とともに、アヤがのけぞる。

体制を整え、切れた唇の端から流れ出している血をぬぐいながらアヤが低い声で言った。

「楽しいだろ?」

楽しい…?何が?この女、気でも違ったの?そう思っていた私に、アヤの拳がぶつかる。

もう、かなり危ない状況だ。ダメージもそうだけど、脳しんとうがひどい…いつ膝からくずれてもおかしくはない…

でも、私は気力で体を支えた。

「何が楽しいってのよ!」

私はそう怒鳴りながらアヤを殴りつける。

アヤは顔をしかめて、口の中の唾なのか血液なのかわからないものを吐き出して、また笑って言った。

「本気のやりあい、だ…あんたがやりたがってた、な!」

ガツンと、また衝撃。私の方も、口の中は血だらけだ。それにしても、今の言葉…

私がこんなのを望んでいた、っていうの?こんな殴り合いを?…いえ、違う…本気の、やりあい…?
 

682: 2014/06/21(土) 02:42:33.93 ID:/JNOwWKvo

そう、私は、初めてだ。こんなに、自分の気持ちを表現できるのが…。

私の怒りを、私の感情をここまで真正面から受け止めてもらえるのは…そう、これは、この行為は…

眠る前に話を聞いてくれた、あのときと同じなんだ…彼女は、それをわかって、私にけしかけた、っていうの…?

 そう思いいたった私は、自分でも気づかないうちに、笑みを漏らしていた。

「なに、笑ってんだよ…」

そう言ってきたアヤもニヤニヤと笑っている。

「さぁね…あんたがバカすぎて、笑えて来てるのかも…」

私はそう言い放って、アヤを殴りつけた。それを受けたアヤは、やっぱりなおも笑みを浮かべる。

 あぁ、くそっ…こんな女に…こんなやつに…またこんな気持ちにさせられるなんて…

つくずく私は、ついてるんだか、ついてないんだか、わからないね、本当に…

アヤの拳を受けながら、私は自分の胸の内に湧き起っている感情に気が付いていた。

殴られすぎて、頭がおかしくなったんじゃないか、と思うくらいだったけど、

でも、それは確かに私には感じられていた。

 私は、嬉しいんだ。

こんな私を…真正面から受け止めてもらえることが…私の戦果でも、過去でも、戦闘の技術でもない…

私の感情を、私の存在のあるがままを、このアヤ・ミナトって女が、こんな方法で、だけど、

一歩も引かずに、その体で、その心で、受け止めてくれていることが…

私が、父さんと母さんにしてもらいたかった、唯一の、最大のことを、彼女がしてくれていることが…

それなら、もう少し付き合ってよ…まだ、倒れないでよね…

 そう思って、私が拳を振り上げたときだった。

 ピーーー!という、耳をつんざくような音が格納庫内に響き渡った。

「貴様ら!何をしている!戦闘状況は継続中だぞ!」

音のしたほうを見ると、そこにいたのはMPという文字の入ったヘルメットをかぶっている一団の姿だった。

「うげっ!MPの連中だ!」

「お、おい!ダリル!例の装置!早く!」

「逃げろ!3番出口だ!」

「各員!撤退!捕まるなよ!俺の始末書を増やすな!」

フレート少尉とユディスキン大尉が叫んだと思ったら、とたんにバツン、と証明が落ちた。

「逃げろ!」

「くそっ!見えない!」

「ほら!少尉!早く!」

混乱した声が響く中で、私はそう言う誰かに腕をひっつかまれた。声色から、エルサだろうというのは分かった。

「あぁ、うん!」

私はそう言って、おぼつかない足取りを彼女に支えてもらいながら格納庫を抜け出して、兵舎へと逃げ出していた。

 顔が痛くて仕方ないし、頭はくらくらするし、

ただでさえ、戦闘の疲労が残っているような状況で散々だ、っていうのに、私は、どこか満ち足りた気分で、

兵舎へ逃げながらも、漏れてくる笑みをこらえきれずにいた。
 

686: 2014/06/21(土) 04:34:53.57 ID:/JNOwWKvo




 エルサに支えられて部屋に戻った私は、相変わらずアヤに憤慨した様子の彼女に手当てをされてから、

そのままベッドに横になって休んでいた。顔の左半分が、ジンジンと痛む。

まったく、アヤのやつ、何度も何度も、思い切り殴りつけて来て…

私が言えたことじゃないけど、もう少し別のやり口を思いつかなかったんだろうか?

いや、でも、あれはあの場だったからこそ出来たことなのかも、とも思える、か…

何しろ、アヤの様子を受けて、私も感情が膨れ上がったのは確かだ。

それに、辛さ以上に、私は、あの理不尽さから感じる怒りを溜めこむことを強いられていたように思う。

それをちょうどよく刺激された、あの場面だからこそ、アヤはあの方法を選んだのかもしれない。

つくづく、嫌になるほど気の効くやつだと思わざるを得ない…悔しいけど、感謝の言葉以外に見つからないんだ。

 エルサが部屋から出て行く際に、飲めと言って渡してきた頭痛薬のお陰か、

顔の痛みがだいぶ引いて来たように感じて私は体を起こした。ふらつきもだいぶいい。

私はそれを確認して、替えの下着と、タオルに石鹸の類を持って部屋を出た。

さすがに、寝入る前に汗を流しておきたい。戦闘から、アヤとのケンカで、そんなことをする暇がなかったからね。

 薄暗い廊下を歩いて、シャワー室へと向かう。時刻はもう早朝。

地上では太陽が昇っているだろうし、陸戦隊の連中が戦果確認でもしている頃だ。

あと1時間でもすれば、閉鎖型コロニーで使われてるって言う人工太陽が、この地下施設にも灯るはず。

明るくなる前に、寝入っておきたいところだな。

 シャワー室に着いた。照明が消えていたので、スイッチを入れる。

隅っこのブースに入ってカーテンを閉め、着ていたランニングとパンツを脱ぎ、

下着を取ってからシャワーのコックを捻る。勢いよく、シャワーヘッドからお湯が噴き出して、私の体を包み込む。

ふぅ、と思わずため息が出た。

熱いお湯が、私の体から汗と疲労と緊張感を流して行くような感覚を覚えて、私は抜けそうな腰を支えようと、

壁に手をついてもたれかかった。

 疲労や、緊張感だけじゃない。

私の体から、心から、あの胸を詰まらせていた想いが消えて行っているように思えた。

誰にも受け入れてもらえない、っていう現実が、いや、そう思い込んでいただけだったかもしれないけど、とにかく…

そう言う意識が作り出していた孤独感や卑屈な感情が溶けだして、汚れと一緒に、排水口に流れて行っているような、そんな感覚だった。

 そうだ…私は、ただ、受け入れてもらいたかった。

私の気持ちも、私の想いも、私の存在も、ほんの少しだけでいい…

私が、この世界に存在して良いと言う確信を得るために、それが必要だったんだ、って、今になればそう思える…

それをくれたのが、あのアヤ・ミナト…

あの、態度の悪い彼女を見ているとどこか疼く苛立ちを感じていたのは、

たぶん、彼女のそんな様子が私自身に似ていたからなんだろう。まるで、うじうじとした皮肉しか言えない。

私自身に似ていた。彼女のは、本当に素直に生きて居るからああなんだろうと思うけど、

それでも、認めて欲しかった、と思う私には、それが同じもののように見えていたんだ。

 バタン、と音がした。誰かがシャワールームに入ってきたようだ。早朝のこの時間だ。

兵舎の糧食部隊の連中かもしれない。ご苦労なことだな。
 

687: 2014/06/21(土) 04:35:20.52 ID:/JNOwWKvo

 そんなことを思っていたら、すぐ隣のブースでシャっとカーテンが閉まる音がしたので、

私は思わずそちらを見やった。

背伸びすれば向こう側が確認できる程度の高さのついたてから、どこかで見覚えのある、ツンツンとした短い黒髪が覗いていた。

分かって隣に入ってきたのかどうか…いや、彼女なら、敢えてそうしてきても不思議ではない、か。

まぁ、別に気にすることでもない。私は、シャンプーを手に出して、濡れた髪に手櫛を通しながら馴染ませて擦る。

「あれ…なんだよ、カラッポだ…」

全体に馴染ませて、流そうと思っていたところへ、そう呟く声が聞こえてきた。

と思ったら、コンコン、とついたてを叩く音がして

「あぁ、すんません、隣の人…シャンプー、ちょっとだけ分けてくれないかな?」

と言ってきた。わざとなのか、本当に気が付いてないのか…読めない女だよ、ホント。

「はい」

私がそうとだけ言ってついたて越しにシャンプーを渡すと、それを受け取りながらついたての向こうの女は言った。

「ありがと…カレン、か?」

「知ってて入ってきたのかと思ったけど?」

私が言ってやったら、向こうから笑い声が返ってきた。

「あはは、手の内は読まれてきてる、か」

「そりゃぁね」

「あぁ、これ、ありがとな」

ついたての上からシャンプーのボトルが覗く。私はそれを受け取って、備え付けのソーサーに戻して髪を流す。

流し終えた髪をゴムで結わいて、今度はスポンジにボディソープを馴染ませて体を擦っていく。

肩に手を回したところで、首筋がピシっと痛んだ。アヤに殴られたせいだ。

「そっち、怪我は平気?」

私が聞くと、アヤはまた空笑いをして

「いやぁ、痛いよ、かなり」

と返事をしてくる。それから付け足すみたいに

「そっちこそ、どうなんだよ?」

と聞いて来た。

「最悪。バカ力すぎるのよ、あんた」

そう言ってやったら、アヤはまた笑い声をあげた。
 

688: 2014/06/21(土) 04:35:54.46 ID:/JNOwWKvo

 それからまた、お互いに黙った。私は体を擦り終え、シャワーでくまなく泡を流す。

もうやることはないんだけど…どうにも、出る気になれなくて、ついたてに寄りかかって、

シャワーを浴びながらアヤに声を掛けた。

「隊長って認めない、って言ったの、謝るよ…あれは、弾みだった」

「あぁ、うん…こっちも、悪かった。あの整備兵にも、ちゃんと謝るよ」

「エルサ、って言うんだ、彼女。あの子のお陰で…私は生き延びた。戦果も半分は、あの子のお陰」

「へぇ…残りの半分は?」

「それは…私を助けてくれたたくさんの人たちの戦果、かな」

「あんたの成分はなし、ってわけか」

「まぁ、そうね。自分を誇ることに、興味ないし。それよりも、私を助けてくれた人たちを、私は誇りたい」

「殊勝なことだ」

「そうでもないよ。私は、生かされた。それだけで、私には生きる価値がある。生き残る理由がある…そう思っただけ」

「…そっか、何よりだ。あぁ、なぁ、そのエルサっての。出来たら紹介してくれないかな?

 あんたの前で謝るべきだと思うんだ」

「…そうね…オメガ付きの整備班に来たみたいだし、そうしておいた方が良いかも知れないね。

 出ないと、本当にガトリング砲に詰め物でもされるかもしれないし」

「おいおい、誇り高い整備士、なんだろ?」

「その誇りを疑うような言い方したのは、あんたでしょ?」

「ちぇっ。そう言われると、何も言い返せないな、今回ばかりは」

「まぁ、根に持つタイプじゃないし、あんたみたいな人なら一言伝えれば、あの子もすっきり流してくれると思うよ」

「…だと良いけどな」

キュッと音がして、アヤのブースのシャワーが止った。

「もう出るの?」

「なんだ、もっとお喋りしたいって言い方だな」

「…そうかもしれないね」

「…やめろよ、そう言うの。くすぐったい」

またキュッと音がしてシャワーの音が聞こえだす。

「…早く寝たいんだ。手短にしてくれよな」

「あら、相手してくれるの?」

「…そうしたいんだろ?あんたの気持ちは大事にしてやりたいって、そう思う」

「…やめてよね、それ。こそばゆい」

「仕返しだ」

アヤがそう言って、またケラケラと笑う。それから、お互いになんとなしに黙り込んだ。
 

689: 2014/06/21(土) 04:37:16.14 ID:/JNOwWKvo

不思議な、心地良い静寂が私達を包んでいた。妙なものだ。さっきまで、殴り合いをしていたのに…

私は、彼女を、かけがえのない家族か、親友のように思っている。

それこそ、私の本当の家族にすら感じたことのない、暖かな感情だった。

「なぁ、カレン」

不意にアヤがそう私を呼んだ。

「なによ?」

私が聞くと、アヤは少し黙ってから言った。

「…あんた、我慢しなくっていいんだからな。アタシも、マライアも、隊のやつらも、

 みんなあんたを拒絶なんてしない。あんたはもう、怖がることも、我慢も、しなくたっていんだ」

アヤの言葉が、胸にしみこむように感じられた。本当に、彼女の言う通りだと、そう感じられた。

それはまるで、探し求めていた私の居場所が、私の家が、やっと見つかったような、そんな感覚だった。

「うん…その、えっと…ありがとう」

素直に礼を言うのが、こんなにも照れくさいものだなんて、思ってもみなかった。

「…つつ、悪い、カレン。体あったまったら、腫れてるとこが痛みだした。先に上がらせてもらうぞ」

「あぁ、悪いかったね。引き留めて」

「なに…隊員の気持ちを慮るのも、隊長の仕事だろ?」

「はいはい、小隊長殿はご立派なことで」

「あんたさ、その皮肉っぽいのなんとかならないのかよ?口悪いぞ」

「我慢しなくって良いっておっしゃったのは、小隊長殿であります」

「ったく…マライアにあんたもだ。苦労するよ、アタシさ」

アヤがシャワーを止めた音がしたので、私もシャワーを止め、タオルで体を拭く。

着替えを済ませていたら、また、アヤの方から呻く声が聞こえた。

「痛むの?」

「あぁ、うん」

「エルサにもらった鎮痛剤あるけど、使う?」

「そりゃ、ありがたい…あぁでも、腹減ってるし、なんか物を入れておかないと胃に来そうだな」

「確かに。なら、厨房ね」

「そうだな。あぁ、キムラのオッチャンが当番だと良いなぁ…」

私達はそんなことを話しながら、身支度を整えてシャワールームを出た。

チラっとアヤの顔を見やったら、ボコボコのひどい顔をしていたけど、

それ以上になんだか気恥ずかしくて見ていられなくて、お互いにそっぽを向いた。

それでも、一緒に歩いて厨房まで行き、パンを一斤、倉庫から盗み出して部屋に戻る。

それからまた少し、どうでも良い話をして薬を渡して、それぞれの部屋に戻った。

 ベッドに潜り込んだ私が、心地良い暖かさを胸に抱いたまま眠りに落ちるのに、そう長い時間はいらなかった。



 
 

699: 2014/06/25(水) 02:38:10.22 ID:CCUWC2FLo





 それから数日後、私達は地下の洞窟基地の市街地区にあるバーにいた。

エルサの休みと、私達の休みを合わせて、今日はここで、アヤがエルサへの謝罪をする。

店は、ここに来て日が浅い私の代わりに、マライアが探して押さえてくれた。

 夕方の時刻、市街地区へと向かうシャトルバスのバス停で、私とマライアはアヤの到着を待っていた。

約束の時間からは、少し過ぎている。

時間にルーズそうな印象はなかったし、今朝早くに出掛けて行ったって話をマライアに聞いていたから、

何か用事があったんだろう、なんて思って、

マライアと戦闘機動の話をしながら時間をつぶしている間に、アヤは姿をみせた。

「ごめん、遅れちゃったよ」

アヤは私達に苦笑いを見せてそう謝ってきた。

気にしないで、と答えながら私は、彼女の表情がどこかこわばっているのを感じ取っていた。

用事がなんだったのかはわからないけど、なにか悪いことでないといいな、とそんなことを思った。

 それからすぐにシャトルバスに乗って市街地区へたどり着く。

マライアの案内で店まで行き中へ入ると、まだ、エルサ達は到着していないようだった。

 そう、エルサ達。エルサの他に、私は彼女の兄、カルロスも招待していた。

紹介するのなら、二人一緒の方が手っ取り早いし、聞けば、カルロスはレイピア隊の整備班に配属されているらしい。

レイピアとはこの基地に着いてからというもの、ほぼ毎回任務で一緒に空を飛んでいる。

アヤ達にとっても、他の部隊以上に親密なようだったので、彼も紹介しておこうと思った。

 「あぁ、良かった。待たせちゃってたらどうしようかと思ったよ」

アヤがそう言って胸をなでおろしている。

義理堅いと言うか、他人のこととなると、そう言うことをアヤは妙に気にする。

そのことを指摘してみたらアヤはあぁ、と苦笑いを見せて

「約束は守らなきゃいけない、って、昔、こっぴどく言われてきたんだよ」

と説明してくれる。アヤの親も、そういうところは厳しかったのだろうか?

いや、厳しいだけで、こんなパワフルで明かるい人に育つはずはない、か。

アヤの家族の話は、あまり聞いたことがない…今度、機会があったら聞いてみたいな、とそんな気持ちになった。

 そうこうしているうちに、エルサがカルロスを引き連れて私達の通された個室へと姿を見せた。

エルサはどんな顔をしてくるのかと思っていたけど、珍しくなんだか不安げな表情だった。

彼女なりに、こないだの一件は気にしていたのかもしれない。

エルサの言いようは、私の知っている明るいエルサとは別人のようだった。

それほどまで私のために怒ってくれたっていうのも嬉しい反面、こんな表情にさせてしまったんだな、と思うと

申し訳なくもある。まぁ、でも、それも今日ですっきり水に流してもらえるといいんだけど。
 

700: 2014/06/25(水) 02:38:36.40 ID:CCUWC2FLo

 エルサ達が席に着くのを待って飲み物を頼んで、それが到着するまでの間にアヤがさっそく口を開いた。

「あの、エルサ、って言ったっけ。こないだは、ひどいことを言っちゃって、悪かった…。

 あんたの話は、あのあとカレンからよく聞いたよ。カレンや、陸戦隊を守るために、一緒に戦ったんだってな…

 空にまで上がってパイロットを支援してくれる整備兵なんて聞いたことなかったよ」

「いえ…私こそ、上官に向かってあんな口の利き方で、本当に失礼しました…カレン少尉とのことは、もう済んだんですか?」

エルサの言葉にアヤがチラっと私を見やった。

私が笑みを返してあげたら、アヤはなんだか頬を赤らめてエルサに視線を戻して

「あぁ、うん。カレンにも、謝った。これからは、ちゃんと協力してやってけるよ」

と言葉にする。

「まぁ、またケンカにはなるだろうけどね」

私がそう言ってやったらアヤはやっと、クスっと柔らかい笑顔を浮かべて

「そうだなぁ。次は殴り合いはやめとこうな。任務に差し障るし」

なんておどけて言った。そんな私達の雰囲気がエルサにも伝わったようで、彼女も笑顔になってくれた。

それからマライアとエルサもお互いに謝り合って、あの日のことは全部片が付いた。

エルサは、迷惑をかけたうちの大尉達にも謝罪をしたい、と言ってきたけど、アヤが笑って

「あいつらは楽しんでたんだから、いいんだよ。

 だいたい、結果は引き分けでダリルとフレートが幾ら儲けたかを知ったら、謝る気も起きないぞ?」

なんて言った。そう。あの日、私達を見ていた隊の連中も、整備班の古株も、

私達の様子を見ながらどっちが勝つかで賭けをしていたらしい。

結果は、MPの仲裁のせいもあったけど、引き分け。

私とアヤ、それぞれの掛け金がそのまま、二人の懐に入った、って話は、翌日行った医務室で、アヤに聞かされた。

 そう思えば、即席のゴングに止める気のなかった大尉の様子にも納得がいく。

まったく、あんな状況でもふざけられるなんて、呆れるのを通り越して、なんだか可笑しくて笑ってしまった。

 お酒が運ばれてきて乾杯をし、軽食を肴にグラスをあおると、雰囲気もだいぶ和やかになってきた。

エルサが私を、マライアがアヤを褒めちぎって何かを競い合ってるのを笑ったり、

アヤがエルサとカルロスにメカニック関係のことを聞いてしきりに感心したり、

マライアがアヤにヘッドロックを掛けられたりと、話題にも、笑いにも、困らない、幸せな時間が続く。
 

701: 2014/06/25(水) 02:39:02.85 ID:CCUWC2FLo

 「それにしても、アヤ少尉があのときに支援してくれた部隊の方だったとは」

「あー、だから、カルロス、少尉はやめてくれって。くすぐったいんだよ、そう言うの!」

「カルロスさんは、陸戦隊にいたんですよね?」

「あぁ、そうなんだ。いやぁ、砂丘に隠れてたジオンのモビルスーツがぬっと姿を見せたときは、肝が冷えたよ」

「私とカレン少尉はそのときは、もう必氏でしたね…」

「…あぁ、そうだね…まぁ、あいつらの仇は、なんとか取ってやれたって言えるくらいには叩けたって、そう思えるところが救いだよ」

「対戦車ミサイルをレーザー誘導とは考えたよなぁ。聞いた話じゃ、起動したてのモビルスーツには赤外線誘導が効かないんだろ?」

「そうなんですよ。ある程度動いた機体だと、排熱量が上がって誘導できるんですけど…」

「汎用性の無さは、不安要素でしかないよなぁ。

 排熱もこの熱帯雨林だと地上にいる目標をうまく捕捉できるか不安だし、かと言って、

 こっちじゃ、森やら障害物が多すぎてレーザー誘導は効き目薄そうだ…

 なんかこう、モビルスーツが攻めてきたときに効果的な兵器を見繕っておく必要があるよな。」

「それは少し考えてて、対戦車ミサイルの弾頭部分にロケット弾を仕込むとかどうかな、って思ってるんです」

「弾頭にロケットを?」

「はい。対装甲弾頭に比べると威力はかなり落ちるかもしれないんですけど、

 当たらなければその威力も意味がないじゃないですか。

 だから、赤外線誘導の近接信管を利用して、100メートルくらいのところで爆散してロケット弾がばら撒かれるような仕組みですかね」

「なるほど、散弾ミサイル、ってわけだ…確かにそれなら、多少なり打撃にはなるな…
 
 単純にロケットで撃ち出すより速度もあるからモビルスーツに対しては有効かもしれない…

 はは!悪くないアイデアだよ!あんた、整備じゃなくて開発局にでも転属したらどうだ?」

「開発局なんて、とんでもないです。私が出来るのはせいぜい武装の現地改修程度なので」

「はぁーなるほどな…カレンの戦績の半分はエルサのお陰、ってのも、理解できたよ」

アヤが感心したようすで私を見やった。

「でしょ?」

と言ってやったら、アヤは割と真剣な表情でコクンと頷いた。

 「カレン少尉もですけど、オメガ隊やヘイロー隊にも助けていただけましたからね、俺たちは」

不意に、そんな会話にカルロスが口をはさんだ。

「あぁ、あのときに陸戦隊にいたんだってな」

「はい。あのとき、皆さんが来てくれなかったら、斥候にすらやられていましたからね。

 カレン少尉が本隊を足止めてくれたことと、空から俺たちを支援してくれたおかげで、

 北米からの船になんとか乗り込めて俺たちは無事なわけですから」

カルロスの言葉に、ピクっとアヤがなにかの反応を示した。

彼女は、何かを思い出したように、胸のポケットから一枚の紙きれを取り出す。それを広げながら

「あぁ…なぁ、カルロス…あんたのいた陸戦隊に、こんなマークをしたのが居なかったか?」

と言って、カルロスに見せた。
 

702: 2014/06/25(水) 02:39:44.62 ID:CCUWC2FLo

 そこには、二匹の蛇がドクロに絡みついた絵柄が描きこまれていた。

カルロスはそれをしげしげと見つめていたけど、ややあって、首を横に振った。

「いえ…俺が一緒だったのは、オデッサの第一と第四機甲師団に、輸送部隊のかき集めと歩兵の生き残りでしたけど…

 オデッサの陸戦隊はほとんど花をモチーフにした部隊章を使ってましたから…

 少なくとも、俺が一緒に逃げてきたオデッサの部隊にはいませんでしたね」

「そっか…」

カルロスの言葉に、アヤは残念そうにそう言った。何があったのだろう?

「どうしたの?」

私が聞くと、アヤはすこし言葉に詰まってから

「ん…あぁ、いや、な…知り合いが、世話になったらしくて、礼を言いたくて探してるんだ」

と口にした。なるほど、今日の用事、って言うのは、そう言うことだったのかもしれないね。

「そうでしたか…あ、でも、待ってください…もしかして…」

「心当たりあるのか?」

カルロスの言葉に、アヤは前のめりになって先を促す。

「…確か、救助してくれた艦の中に、これに良く似たマークを付けた装甲車が乗ってました…

 それは、蛇二匹じゃなくて、ドクロに蔓が絡んでるような絵柄でしたけど…

 確か、北米の、ニューヤーク基地所属の部隊じゃなかったかな…」

「ニューヤークか…なるほどな…」

アヤはそう言って宙を見据える。まぁ、なんであれ、探しものなら見つかると良いんだけど。

私はその時はまだ、そんなのんきなことを思っていた。

 私達はそれからも酒を飲み、料理を食べて、くだらない話をしては笑った。

何も考えず、何も気にすることなく、ただただ、私はその席の雰囲気を楽しめた。

 それを感じるたびに思うんだ。

ありがとう、隊長、ありがとう、私達を逃がしてくれた、途中で立ち寄った基地の人たち、って。

この命を、決して無駄には使わないから、って。



 

703: 2014/06/25(水) 02:40:16.83 ID:CCUWC2FLo




 <あぁーぁー、まったく!こっちは寝不足だって言ってんのに、あいつらめ!>

無線越しにアヤがそう言っているのが聞こえて来る。翌日、私達は空の上に居た。

スクランブル待機の当番だったのだけど、今日もやはり北方の見張り台からの連絡で、

敵の空母群の接近が確認されたという報が届いたからだった。

「早く上がったのに、寝なかった自分の責任でしょ?」

私が言ってやったらアヤは怒った口調で

<あんたはいちいちうるさいんだよ、カレン!>

なんて言ってくる。でも、無線の向こうのアヤが、あの時みたいに、ニヤリと笑っている顔が目に浮かぶようだった。

「なんなら、指揮交替しましょうか、小隊長殿?」

<バカ言うなよな!あんたなんかに任せてられるかよ!>

「へぇ、言うじゃない?それなら、しっかりやってみせなさいよね。だらしないところでも見せれば、すぐに代わってもらうから」

<上等だよ。あんたこそ、命令違反したら譴責だからな>

アヤはそう言ってから、それでも小さな声で

<マライアを、頼むな>

と言い添えてきた。まったく、そういう言い方はくすぐったいからやめてってあれほど言ったのに。

「分かってる、そっちも、しっかり頼むよ」

私の方も相変わらず、だけど、あれ以来、アヤに限らず、妙にそんな言葉を投げかけるのが照れくさくなった。

それこそ、昨日わざわざ仕事終わりに出向いて来てくれたエルサ達にお礼を言うときですらこんな調子だ。

自分の気持ちを素直に伝えるというのが、こんなにも照れくさいものだなんて、思ってもみなかった。

それでも、それは私にとっては嬉しい悩みではあったのだけど。

 <だははは!威勢が良くて何よりだな!>

隊長の声が聞こえる。隊長は、私をアヤが殴り合いを演じた翌日、師団司令部に呼び出しを食っていた。

そもそも、いくら誰一人MPに掴まらなかったとはいえ、あの場所は私達の機体が保管されている格納庫。

首謀者が誰であろうが、責任者である隊長が呼び出されるのは分かっていたことだった。

その話を聞いて謝りに言った私に、隊長は今と同じように、派手に笑って言ってくれた。

「お前らは、好きにやれ。それが出来る場所を支えるのが隊長としての俺の職務だ」

って。

 アヤが家族だ、と言うオメガ隊。それなら、隊長は、私達の父親、ってことになるんだろう。

そう思ったときに、隊長のその言葉はまるで、あの厳しかった父が私にくれなかった、

本当は欲しかった言葉のように思えて、嬉しかった。

そう思ってしまうのも、全部が全部、あのアヤのせいなんだろうけど…うん、感謝しかないよ、あんたには、さ。

 だから…。

 たとえまた、命令無視をしてあんたとケンカになったとしても、

私は、あんたと、あんたの守ろうとしているものを守る。それくらいのことはさせてくれるよね…

大丈夫、無茶はしないって約束するから。
 

704: 2014/06/25(水) 02:40:43.43 ID:CCUWC2FLo

 <っと、レーダー、ホワイトアウト。そろそろ来るぞ。各機、無線チェックしながら、目を凝らせよ>

フレートの気の抜けた声が聞こえて来た。それが私達に程よいリラックス感をくれる。

私は無線のレベルをチェックして、それからどこまでも広がる森と空との境目に目を凝らす。

まだ敵の姿は見えない。監視台の報告によれば、今日は空母が3機だけ。

小規模だから、おそらく爆撃と言うよりも威力偵察の可能性があるだろう、と隊長は読んでいた。

私達の対応の速さや数なんかをいちいち確認しに来ているわけだ。

<レイピア。そっちはどうだ?>

<こっちも、感なし。妙だね…接敵してもおかしくない距離だっていうのに…>

隊長と、レイピア隊の隊長、ブライトマン少佐の会話が聞こえる。確かに、妙ではある…気を付けておかないと。

「マライア、アヤ、何か見えない?」

私も二人に声を掛けてみる。

<いいえ、特に、何も…>

<こっちもだ…なんだって言うんだ、一体?>

そう返事が返ってくる。そんな時、無線が鳴った。

<こちら、防空司令部。C99監視台より、敵空母が旋回し引き返していく姿を確認した、と言う報告が入った>

<どういうことだ?>

<ミノフスキー粒子の影響で付近の情報確認ができない。

 これより、当該空域に、方位090からヘイロー隊を侵入させて状況を確認させる。

 オメガ、レイピア両隊はその場に留まり、警戒活動を続行せよ>

<こちら、オメガリーダー、了解した>

<レイピア1、了解>

指令室と隊長達の会話が聞こえた。その直後、すぐに無線にあちこちからの溜息が聞こえだす。

<取り越し苦労、ってわけだ。まぁ、スクランブル訓練だと思っておこう>

<おい、フレート。まだ気を抜くな。何があるかわからんぞ>

<ふわぁぁ…眠い…まったく、飛んでるだけじゃ、キツイな。

 悪い、カレン、ちょっと旋回して目を覚ますから、進路そのままな>

フレートとダリルの会話を割って、アヤがそう言ってくる。

「どうぞ、ご自由に」

そう言ってやったら、アヤは返事もせずに編隊から離れて急旋回機動を試し始める。

そう高い高度ってわけでもないのに、アヤの機体の翼の先が、鋭く飛行機雲を引いた。

目覚ましに体を動かす、って言うのは、まぁ、良いことだろうね。

 そんなことを思っていた時だった。旋回して行ったアヤのボソっという声が聞こえた。

<な、なぁ、おい…ジャブローに、熊っていたか?>
 

705: 2014/06/25(水) 02:41:10.23 ID:CCUWC2FLo

<熊だぁ?おい、寝ぼけてんじゃねえぞアヤ>

<聞いたことないがな…ジャガーなら1度見たことあるけど>

<じゃ、じゃぁ、あれ…なんだよ…?>

アヤの戸惑うような声が聞こえる。私はハッとして機体を傾けて下を見下ろした。

そこには、茶色い大きな何かが、1体、川の中を動いている姿があった。

本当に熊の様だ…で、でも、待って…お、おかしいんじゃないの、あのサイズ…?!

<お、おい、ホントだ…なんだあれ、ホントに熊か?>

<ちっ!バカ野郎!サイズを考えろ!あんなバカでかい生き物がいるかよ!ジオンの新型か何かだ!

 各機へ、火器管制確認!おい!防空司令部!敵の空母が妙なもんを降下させてったらしい!

 映像データを送る!ジェニー!地上と川だ!敵はモビルスーツ!>

そう怒鳴るのと同時に、隊長は機体を翻していた。それにすぐさま第一小隊が続く。

地上攻撃は、いつもの通り。第一小隊が攻撃を掛ける間、私達第三小隊と第二小隊が援護する!

<カレン!マライア!行くぞ!>

「了解!」

「は、はい!」

操縦桿を倒して先に旋回をしていたアヤの機体に追いつく。マライアも後ろにぴったりとついて来た。

さすが、機動を再現するのはうまい!

<各機へ。一気に行くぞ。新型は何して来るかわからん>

隊長がそう指示を出した。一気に、と言うことは、私達も攻撃に加われ、とそう言うことだ。

幸い、周囲に敵の姿がないのは確認済み。地上にいるあいつだけなら、少なくとも後ろから撃ちこまれるリスクはない、か…

<カレン、マライア!敵を照準!>

アヤの指示で火器管制を始動させる…でも、熱誘導のシーカーが反応しない…排熱がかなり抑えられてる…

これじゃぁ、ミサイルは当てにできない…

<こいつ…あのトゲツキとは別物らしいな…機銃掃射でどこまでやれるか…>

私達は、あの敵空母の接近に備えていたため、爆弾の装備がない。

積み込んでいるのはみんな、赤外線誘導のミサイルだけだ。それでも、この数で撃ちこめばそうとう堪えるはずだ…

撃破とまではいかなくても、擱座させることが出来れば十分な戦果…

いえ、新型なら、その方が鹵獲もできるし、ある意味ではもってこいではあるけど、

機銃掃射するのなら、必ず接近しなければいけなくなる。それだけ、リスクは高い…気を引き締めて行かないと…。

<俺たちが先に行く。続け!>

隊長の声が聞こえた。第一小隊が隊長を戦闘にして降下していく。

<アヤ、こっちは右から行く!>

<了解した!うちは、そっちが通過直後にこのまま真後ろから行く!>

アヤとダリルが打ちあわせた。このまま、真後ろから…おそらく敵は最初の隊長達を追うだろう。

その直後だから、私達第三小隊や、第二小隊へ攻撃が向くリスクは減る。

むしろ、隊長達への攻撃を阻止するという意味でも、私達は正確に狙いをつけて、可能なら撃破するのが望ましいだろう。
 

706: 2014/06/25(水) 02:41:38.64 ID:CCUWC2FLo

 <いくぞ!撃て!>

隊長の合図とともに、第一小隊が機銃掃射を始めた。曳光弾が水中を移動していた物体に降りかかる。

茶色の巨大な物体は、移動をやめて立ち上がった。やはり…あれはモビルスーツ!

立ち上がったその物体は、形こそあのトゲツキとは違うけど、ピンクのヒトツメに、人型をしている。

間違いない、ジオンのモビルスーツだ…!

<こっちも行くぞ!撃て!>

ダリル小隊が立ち上がったモビルスーツの背後から襲いかかる。装甲に曳光弾が弾けた。

それに気付いたのかモビルスーツが右腕をダリル達へと伸ばして向ける。武装の類は持ってはいないけど…あの動作は…!

<ダリル!狙われてるぞ!回避だ!>

次の瞬間、モビルスーツの腕から光の筋がほとばしった。まさか…今の!

<ちっ!今の、メガ粒子砲か!?>

<だぁ!クソ!もらった!>

そう悲鳴が聞こえた。見ると、ヴァレリオの機体が煙を噴いている。

<ヴァレリオ!離脱しろ!>

ダリルの声が響いた。

<すまん…!>

ヴァレリオの声が聞こえて、機体が待機を滑って戦域を離れていく。

メガ粒子砲を食らって形が残ってるってことは、それほど出力が高くない、ってこと…

でも、あの速度と直進性はかなり危険だ。それに、こいつは隊長達の編隊を追わずに、迷うことなくダリル達を狙った。

確かな反応速度と正しい状況判断…このモビルスーツのパイロット、戦い慣れている…!

<カレン、マライア!行くぞ!>

アヤの声が聞こえる。あの腕の装備もそうだけど、それ以上に、このモビルスーツのパイロットは危険だ!

HUDに、モビルスーツの後ろ姿が映り込む。と、モビルスーツは、腕を向けるのではなく、妙な体勢でかがみこんだ。

何かしてくる気!?でも…先に撃ち込んでしまえば…!

<撃て!>

アヤの叫び声に合わせて、私はトリガーを引いた。轟音と共に曳光弾が伸びて行って、頭のあたりの装甲に弾ける。

あいつ、ヒトツメの可動域が広い作りになっている。あの隙間に弾をねじ込めば、視力を奪える…!

 しかし、次の瞬間だった。こちらに向けた頭から、発砲炎がほとばしった。曳光弾が私達の周りを飛び交う。

<加速だ!逃げろ!>

私はスロットルを押し込んで一気に機体を加速させる。モビルスーツの真上をフライパスした。

それでも、敵の攻撃は止まない。これは…最後尾のマライアが狙われてる…!くっ!この攻撃…!

うかつに懐に飛び込みすぎた!
 

707: 2014/06/25(水) 02:42:25.03 ID:CCUWC2FLo

<撃たれてる…!アヤさん!>

「アヤ!右へ降下だ、マライアが狙われてる!」

私はとっさに叫んだ。このまま直進方向に飛び抜けても、敵の射程を抜けるには時間がかかる。

でも…右へ旋回すれば、マライアは私達の陰に隠せる…あの機銃、トゲツキのとは違う、地上戦用に調整されてる。

射程も威力も、あのマシンガンとは別物だ…それが4門も!

このままだと、マライアだけじゃなく、私とアヤも危ない。それなら!

<くそっ…!そうするっきゃないな…!>

アヤの声が聞こえた。同時に、操縦桿を倒して旋回を始める。

傾いた機体のちょうど真上から敵の機銃弾が飛んでくる。

<マライア!あんたはそのまますぐに左旋回!戦域を抜けろ!>

<そんな!アヤさん!カレンさん!>

「早くしな!これが一番、確実な方法なんだ!」

私とアヤがそう叫んだ。でも。次の瞬間、ガツン、と鈍い音がして、機体の制御が効かなくなる。

ヘルメットの中のスピーカーに警報音が鳴り響く。コンピュータのモニタには、左翼の損傷が表示されていた。

やれた…!

<カレン!…だぁ!くっそ、あいつ…!>

そう呻く声が聞こえる。コクピットから外を見ると、そこには煙に包まれているアヤの機体が見えた。

ガクン、と言う衝撃があって、機体が急降下を始めた。左の主翼が、弾け飛んだからだった。

「た、隊長!被弾しました!脱出します!」

私は無線にそう怒鳴ってから、激しく揺れるコクピットの中でイジェクションレバーを引いた。

強烈なGか掛かって、シートがはじき出される。

空中で一瞬制止したと感じた次の瞬間には、また衝撃が走って、パラシュートが開いていた。

その状態で私はあたりを見回す。すると、旋回しながらあのモビルスーツの射程の外へと飛び抜けたマライアの機体が見えた。

良かった…アライアは、無事ね…

<くっそー!やりやがったな、あの熊!>

アヤの声も聞こえた。彼女は私よりもさらに低高度で脱出出来ていたようで、眼下に白く広がったパラシュートが見えた。

 <アヤさん!カレンさん!>

<マライア!あんた、機体は無事か!?>

<大丈夫だけど…なんであんな危ないことを…!>

<あれが一番安全だった、って言ったろ。あぁでもしなきゃ、揃って木端微塵になってたよ>

<そんな…>

「そうだよ、マライア。これはうかつに飛び込むような指揮をしたアヤが悪いんだ」

<んだと!カレン!>

「なによ、違う!?」

<分かったよ…!あんた、降りたら勝負だ!今日と言う今日は、覚悟しろよ!>

「いいわよ!受けてたってあげるわよ!」

<ちょ、ちょっと、アヤさんカレンさん!ケンカしてる場合じゃないでしょ!>

私とアヤの言い合いに、マライアがそんな声を上げる。まぁ、これで、大丈夫、ってのは伝わったでしょ…

アヤが本当に怒ってなければ、これで丸く収まるんだけど…ね。
 

708: 2014/06/25(水) 02:42:52.68 ID:CCUWC2FLo

 <アヤ、カレン。地上に降り立ったら、すぐにこの場を離れろ。あいつ1機だけどは思えねえ。

 すぐ近くに援護の機体が居る可能性がある>

隊長の声が聞こえる。

<了解、隊長。そっちも気を付けてくれ>

<お前に心配されるほど、ヘタレてねえから安心しろ。防空司令部!敵モビルスーツによる攻撃で被害3!対地攻撃装備の増援を寄越してくれ!>

<こちら防空司令部、了解した。ゲルプ隊を送る。それまで敵を足止めせよ>

隊長と防空司令部の無線が聞こえる。その間に、私は地上へとグングン近づいて行く。下には一面のジャングル。

どうあっても、木に引っ掛かる可能性が高そうだ。無事に地上に降り立てればいいんだけど…

 そう思っている間にも、うっそうと生い茂る森が眼前に迫ってきて、ついに私は、その木々の中に突っ込んだ。

 ガサガサと音を立てて、木の枝と葉が私に打ちつけてくる。

とっさに顔を両腕で隠してそれに耐えると今度はガツン、と言う衝撃が走った。

ベルトが体に食い込んで、一瞬息が詰まる。私は恐る恐るあたりを見やった。

 私は、案の定、木に引っ掛かって、地上4,5メートルのところに宙づりになっていた。

参ったね、これは…飛び降りるにしても、無事じゃ済まない高さだ…。

 とりあえず、体に着いた葉っぱや木の枝を払い落してあたりを確認する。

振り子の要領で近場の木にでも移れないかと思ったけど、どの方向にも手ごろな幹はない。

だとすれば、パラシュートのコードを昇って枝までいき、その枝をたどって地上に降りるか…

隊長の言う通り、この辺りにまだ敵が居ないとも限らない。

もし万が一読みが当たっていて、もしその敵が趣味の悪いやつなら、見つかった瞬間に八つ裂きにされかねない。

のんびりはしていたくない、な…イジェクションシートの下に、サバイバルキットが入っていたはず…

その中に、何かがあれば良いんだけど…でも、下手にベルトを外したら、それこそまっさかさまだね、これ…

 そんなとき、ガサガサ、っと草の擦れる音がした。

私は一瞬、心臓を握りつぶされるんじゃないかと思うくらいに驚いて、体がこわばった。

でも、その音のした方を見つめると、そこには、見慣れた飛行服を着た人物がいた。

「カレン、大丈夫か?」

もちろん、それは、私より先に降下して行ったアヤだった。

「えぇ、なんとか。脱出なんて、初めてだよ」

そう言うと、アヤはカカカと笑って、

「アタシも二回目だ。怖いよな、あれ」

なんて言って、肩に背負っていたサバイバルキットの入ったバッグを地面に置いた。

そのバッグの中からアヤは長いロープを取り出す。

「ほら、投げるから、受け取れ!」

アヤはそう言って、ロープの端をギュッと結んで玉にすると、それを私の方に放ってきた。

正確なコントロールで私のところに飛んできたロープをつかむと、それは良く見れば、

私のパラシュートに使われているのと同じコードだった。

なるほど、自分のイジェクションシートのパラシュートから調達してきたんだろう。

こういうところの機転は、さすがと言うほかにないね。

私はそれをぶら下がったシートに括り付けて、さらにそのロープで自分の体を固定し、シートの下のサバイバルキットを取り出してから、

手のひらでロープを滑らせてなんとか地上に降り立った。
 

709: 2014/06/25(水) 02:43:22.93 ID:CCUWC2FLo

 ふぅ、と思わずため息が出てしまう。それを見たアヤは、カカカと笑った。

「ありがとう、助かったよ」

「なに、小隊長のつとめ、だからな」

そう言ってニヤつくアヤに、私は急に不安になった。

さっきのやり取り…あの時は、きっとアヤなら私の気持ちや考えを分かってくれると思ってああ言っては見たけど…

もし、それが私の一方的な勘違いだったら…私は、また…

「ね、さっきの、だけど…」

そう言いかけただけで、アヤは私の気持ちに気付いてくれたらしい。あぁ、と声を上げたと思ったら

「どうする、殴り合いしておくか?」

なんて言って笑って見せた。とたんに、私の胸から安堵の気持ちが湧いていて、ホッとため息に変わった。

それを見たアヤは私の肩を叩いて

「気にしすぎなんだよ。ああでもやっておかないと、マライアが気を使っただろうしな…

 それに、アタシ好きだよ、あんたとする、ああいう“遊び”」

なんて言ってくれた。そう、そうだね…あれは、アヤがヴァレリオにドロップキックをかますのと同じ、ってわけだ。
それはなんだか、私も隊の一員になれている証明に感じられて、そこはかとなく嬉しい気持ちになった。

いえ、待って、今はそれよりも…

「ありがとう。それより、早くここから離れた方が良いね。

 隊長が爆装した援軍を呼んだみたいだし、敵が居なくても、爆撃があるかもしれない」

「ああ、同感だな。とりあえず、南へ向かおう」

アヤがそう言って、バッグを背負い直す。私も自分のバッグを背負ってうなずき、二人して足早にその場所を後にした。




 

710: 2014/06/25(水) 02:43:51.23 ID:CCUWC2FLo





 パチパチと音を立てて、たき火が燃えている。いつのまにかとっぷりと日が落ちた。

あれからしばらく、戦闘の音は辺り一帯に響いていたけど、結局戦果がどうなったのかまでは確認が出来ていない。

他の隊員が無事だと良いんだけど…

 そう心配していた私にアヤは、相変わらず笑って

「隊長の言うこと聞いてりゃぁ、みんな無事だから、心配するなよな」

なんて言ってくれていちいち私の反応を困らせた。

 私達は着地地点からまっすぐ南へ下ってきた。今は、川の水面を望める小高い岸壁の上に居た。

ここなら、見晴らしも良いから救助隊が来ればすぐにでもお互いに見つけられるだろう、って言うアヤの案だ。

人の脚だしあの着地点からそれほど離れたとは思えないのだけど、救助隊はてんで現れない。

今夜は、この美味しくないチューブ食で我慢だな、と思っていながら私が薪を集めている間に、

アヤは崖を降りて行った先で魚を2匹吊り上げて来ていた。

どこに釣道具なんて持っていたのかと聞いたら、サバイバルキットの中に入っていたハサミの手に持つループの部分と

パラシュートコードを解して作った糸と疑似餌で吊り上げたんだという。

正直、この子には本当に驚かされることばかりだけど、そのおかげで私は、少なくともチューブ食以外の物が食べられそうだ。

アヤはそれを手早くさばいて、拾ってきた木の枝に刺して火にかけた。

その間、私達は並んで星を見上げつつ、とりとめのない話をしていた。

 「あぁ、腹減ったなぁ」

「火があれだと、ちゃんと焼けるまでは時間がかかりそうね」

「そうだなぁ」

アヤがそう言って寝転ぶ。それからふわっと大きく欠伸をして

「星、綺麗だなぁ」

とつぶやいた。そんな彼女の言葉に、私も満点の星空を見上げる。

「あんなところでも、戦闘が起こっているかもしれないなんて、ね…」

「あぁ、ルナツーはまだ健在だし、な…まったく、面倒なことになったもんだよ」

アヤはそう言って、胸のポケットから一枚の紙きれを取り出した。

昨日、エルサの兄、カルロスに見せていたあの部隊章の描かれている紙片だった。

「それ、いったいなんなの?」

私が聞くと、アヤはうーん、と言葉を濁した。私はとっさに

「あ、言いにくければ、無理には聞かないけど…」

と言い添える。正直、不安が過ぎったからだ。でも、そんな私の胸の内が透けて見えたのか、アヤはニコっと笑って

「あぁ、そう言うんじゃないんだ…ただ、ちょっと胸クソの悪い話で、さ…」

と紙を畳みなおして胸のポケットにしまいこむ。胸クソの悪い話?昨日言っていたのとは、違うじゃない。

だって昨日は、世話になったから礼をしたい、って…そんな疑問が湧いてきて、私は思わずアヤに尋ねた。

「お礼をしたい、ってことじゃなかったの?」

「ん、あぁ、まぁなんて言うか…“世話になったから、礼をしたい”んだよ…」

アヤは、昨日と同じ言葉を使った。…いえ、待って、それってもしかして…
 

711: 2014/06/25(水) 02:44:24.07 ID:CCUWC2FLo

「つまり、あんたの知り合いに何かがあったから、その仕返しをしたい、ってそう言うこと?」

私が聞くと、アヤは少しだけ悲しそうな表情を浮かべてうなずいた。

それから、よっ、と言う掛け声とともに起き上がって、私を見やる。それから、少しだけ黙ったあと、口を開いた。

「…カレン、アタシさ…施設出身なんだ」

「施設?」

「そう。親を亡くした子どもやら、親に捨てられたり、虐待されたような子が入ってる施設」

アヤは、私から遠くの夜空に視線をなげつつ、そう言った。

施設…だとしたら、アヤも…その、私と同じで、家族に恵まれなかった子ども時代を送ってきた、って言うの…?

「家族と、なにかあったの?」

「うん…チビの頃に両親が事故で亡くなってね…ロクでもない親戚の家をたらい回しにあってから、そこに入ったんだ、アタシ。

 でも、良いところでさ…大好きな人がたくさんできた。今のアタシがあるのは、あそこのお陰だって、言い切ったっていい。

 あ、アタシをスカウトしてくれた隊長はまた別口だけどさ…」

アヤの表情には、悲しさはなかった。辛さも寂しさもない。ただ、まるで何かを懐かしむような、そんな目をしていた。

「もう、あそこを出て5年くらい経つけど…いまだに、月1回は顔を出してる。

 血は繋がってないけど、一緒に生活してた弟や妹がたくさんいてさ…かわいいんだ、あいつら」

アヤはそう言って、嬉しそうに笑う。でも、そんな彼女の表情が一瞬にしてまた、悲しみに覆われた。

「でもさ…一昨日、その妹のうちで、一番しっかりしてて、アタシが面倒を見てた子から電話があってな…

 街で、連邦兵に別の子が…乱暴されたんだ、って言って来た」

「乱暴…」

乱暴…その言葉を、叩いたり蹴られたりした、なんて額面通りに受け取るほど、私はのんきではなかった。

それはつまり…性的な暴行をされた…犯されたんだ、って意味だ…

そうか、昨日アヤが朝から出かけていたのは、その子達のところに行くためだったんだ…

「それで、昨日それを描いてもらってきた、って言うのね?」

「…あぁ」

アヤは、ついにはがっくりとうなだれた。

「被害にあった子が…こんな部隊章を見たって、描いて渡してきた。泣きながら、怖かったって…痛かったって…

 そんなことを言いながら、それでも、頑張ってこれを描いたんだ。思い出すだけでイヤだったろうに、それでも…あいつ…」

「…その子も、戦ったんだね…精一杯…」

私がそう言葉にしたら、アヤはハッとして顔を上げて私を見つめた。わ、私、何か変なことを言ったかな…?

感じたままのことを思わず口にしてしまったけど…そう思ったらアヤは、なんだか少しすっきりした表情で

「そっか…そうだな…。ただ苦しがってたわけじゃ、ない、か…」

とつぶやいた。
 

712: 2014/06/25(水) 02:45:10.74 ID:CCUWC2FLo

「だから、“世話になったから、礼を”ってことね」

「うん…あんまりおおっぴらにするようなことじゃないと思ったから、そんな言い方しかできなかったけど…別に嘘をつくつもりじゃなかったんだ。気を悪くしたら、謝る」

「ううん…その子のことを考えれば、当然の配慮だと思う…」

「そっか。そう言ってもらえると、安心するよ」

アヤはそう言ってまたごろん、と寝転んだ。ふう、と大きく深呼吸をしている。気持ちの整理をしているんだろう…

たとえば、もしエルサが同じ目に遭ったとしたら…私はどう思ったんだろう?

もし、妹が生きて居て、同じ目に遭ったら、私はどう感じたんだろう?

ふとそんなことが頭を駆け巡ったけど、止めた。そんなのは、ただのイメージでしかない。

そんなことで、アヤの気持ちが理解できるとは思わなかった。理解したいのなら、尋ねればいい。

アヤは、それを、我慢することなんてないと、そう言ってくれたのだから。

「どうするつもりなの、礼、って」

私が聞いたら、アヤは抑揚のない口調で言った。

「さぁな…でも、理性を保てる自身はない」

その言葉から感じられたのは、平たんに整理されていたけれど、確かに怒り、だった。

それに触れた私も、どこか落ち着かない心持ちになる。

「そう…もしそのときは…手を貸すよ」

そう言ってやったら、アヤはクスっと笑った。私が寝転んだ彼女を見やったら、笑顔で私に言ってきた。

「そのときに一緒に居たら、止めてくれよ。アタシ、犯人を殺さない自信がないんだ」

やはり、その言葉からも底知れない怒りが伝わってくる…でも、そうね。

あんたがそう言うんなら、私は、あんたの望むように在ろうと思うよ。

「分かった…半頃しくらいになったところでMPに通報して、それから仲裁に入ることにするよ」

そう言ってあげたらアヤは

「気が利いてるな。カレンらしい」

なんて言って声を上げて笑った。

 不意に、パチっと、たき火が音を立てた。

「おっと、いけね、長話してて忘れてたよ、魚」

アヤがそう言って飛び上がるようにして体を起こし、たき火に掛かった魚を確認する。

細い枝の先で突いた魚は、ボロっと身が崩れて、中からジュワっと水分をあふれさせた。

「はは、良い頃合いだ。ほら、カレンはこっちのな」

アヤはそう言って私にナマズのような姿の方を渡してくれる。アヤは、もっとこう、魚らしい形をした方を手にしていた。

「ちょっと、そっちの方が良さそうに見えるんだけど」

私がそう言ったら、アヤはニヤっと笑って

「あたりまえだろ。こういうのは釣ってきたヤツが優先的に選択で来てしかるべきだ」

と言い返してきた。でもそれからふっと真顔になって

「臭いはあるんだけど、そっちの方が脂乗っててうまいんだよ、ホントは」

なんて言ってきた。ふぅん、こんなのが、ね…

「なら、半分つずってことにしない?そっちのも食べてみたいし、アヤも、こっちが美味しいっていうんなら食べたいでしょ?」

私はそう提案してみる。今のアヤの言葉が本当なら、願ってもない提案だと思うし、

ウソなら、遠慮するふりでもなんでもして引き下がると踏んだからだ。もし引き下がれば、また“お遊び”のネタに出来て退屈はしなさそうだから、ね。
 

713: 2014/06/25(水) 02:45:38.88 ID:CCUWC2FLo

「いいのかよ?じゃぁ…」

アヤは素直にそう返事をして、サバイバルキットのバッグの中から、応急処置用の無菌シートを引っ張り出してきて、

その上に魚を置き、枝で器用に身を解し始めた。ふふ、本当にこっちの方が美味しいらしいね。

なら、ひとりで食べるのは申し訳ない。アヤの言った通り、これはアヤの釣ってくれた魚なわけだし、ね。

そう思って、私もアヤをマネして、無菌シートの上で身を解し、それから二人して手づかみで魚を楽しんだ。

確かにアヤの持っていた方は、パサパサとして味気ない風味だったけど、私のナマズは肉感のあるいい味をしていた。

 そうして魚の味と、尋ねてみた釣りの話や、そこから転じたアヤの夢の話なんかを話題にしていると、

私達の耳に、遠くからバリバリと言う救助ヘリのローター音が聞こえだすまで、そう長い時間がかかったとは感じられなかった。




 

714: 2014/06/25(水) 02:46:15.48 ID:CCUWC2FLo





 「あ、カレン、おはよう」

「あぁ、アヤ。早いんだね」

食堂で食事を受け取っていた私にアヤがそう声を掛けてきた。

「ん、ちょっとモールに買い出しに行こうかと思っててさ。そっちこそ、いやに早いじゃんか。なんかあるのか?」

「別に。蒸し暑くて目が覚めただけよ。シャワーで汗流したら、二度目する気分じゃなくなっちゃってね」

私が言うとアヤはそっか、と笑った。

 あれから、2週間が経った。私達は近づいて来た救助ヘリにサインを送って、その場で吊り上げられて基地に戻った。

オフィスに顔を出してから戻った兵舎で、マライアに無茶はしないで、と泣き付かれて、二人してなだめるのに苦労した。

それからも、哨戒任務や迎撃任務、スクランブル待機と、シフトに応じて出撃したりしなかったりを繰り返した私達だけど、

本当に幸いにして、誰一人氏んだり怪我をしたりすることはなかった。

まぁ、フレートはこの2週間で3度も落とされていたけど、

彼、直撃弾を貰って爆発する機体からでも光のような速さでイジェクトするんだから恐れ入る。

あそこまで行くと、敢えて敵弾に突っ込んで行ってるんじゃないかって思うほどだ。

 今日は一週間ぶりのオフ。戦争中だ、って言うのに、休暇があるなんて、このジャブローくらいなものだろう。

まぁ、オフとは言っても、敵の攻撃が迫れば非常招集を受けてしまうのだけど、それもまぁ、慣れたものだ。

 私は席について、アヤが食事を貰って来るまで待ってから、一緒に食事を始めた。

「しかし、出撃数が減ったから、って言っても、あの訓練はちょっと堪えるよなぁ」

席に着くなり、アヤがそんなことを言ってきた。

「そうね…まさか、自分があんなのに乗って戦闘に出るなんて、考えもしてなかったよ」

私もそう返事をしてため息をつく。

 先週、私達に上層部から指令が下りてきた。

それと言うのも、ゲルプ、ヘイロー、レイピア、オメガの第27飛行師団の第2戦闘飛行戦闘単位は、

順次、新兵器への換装訓練に着け、とのことだ。要するに、連邦が開発したモビルスーツへの装備変換。

いや、ただの装備変換と言うレベルではないんだろうけど、軍上層部としては、戦車隊よりも戦闘機パイロットを優先して訓練に投入しているという噂らしい。

あんな人形の操縦なんて、戦闘機とはまるで違って、先日の初めての訓練…と言うか教科は、混乱しきりだった。

「先月くらいからそんな噂は聞いてたんだけど、まさかウチの隊にまで回って来るなんてなぁ」

アヤは相変わらずボヤく。まぁ、その気持ちも分かる。

いくらモビルスーツが強力とは言っても、自分があれに乗って戦うなんて実感は、これっぽっちも湧いてこなかった。

 「あ、そう言えばさ、カレン。あんた、モール行ったことあるのか?」

アヤが、思い出したようにそう話題を変えてきた。ショッピングモール、ね。

あの市街地区には、この間エルサ達と仲直りのセッティングをしてもらったバーくらいしか行ったことがなかった。

興味がないこともなかったんだけど、それよりも私は、隊に馴染めるかどうか、とか、

アヤとのこととかで、そんな方まで気持ちが向いてなかった。今となっては、要らない心配だったな、とは思うのだけど。

「ううん。こないだの会くらいでしかあっちには出てないよ」

私が言うとアヤは表情を輝かせて

「なら、一緒に行かないか?マライアのやつが、昨日ユージェニーさんに絞られ過ぎてバテてるから、ひとりで行こうかと思ってたところなんだ」

と誘ってくれた。断る理由なんてあるはずもない。
 

715: 2014/06/25(水) 02:46:51.92 ID:CCUWC2FLo

「小隊長殿のご命令であれば断れませんからね」

「あん?ご一緒で来て光栄です、だろ?」

私達はそう言い合ってから笑った。

それから手早く食事を済ませて、一度部屋に戻って財布やらを持ってから、アヤの運転で市街地区のショッピングモールへと向かった。

 先日来たバーから1ブロック先にあった大きなショッピングモールは、こんな地下に作っておくにはもったいないくらいに立派な建物だった。

 アヤは子ども服とそれから文房具を見たい、と車の中で言っていた。

たぶん、こないだ話してくれた施設への送り物なんだろうっていうのはすぐに分かった。

こんなご時世だし、ジャブローでもなければ物が揃わないなんてこともあるかもしれない。

何しろこの南米はもはや周囲の地域のほとんどをジオンに制圧されている。

ジオンは民間企業や施設を戦闘の巻き添え以外では破壊したり輸送を妨害するなどということはしていないとは聞いているけど、

それでも、物資の往来は滞っているだろう。

それに…戦闘が続き、あちこちで戦火があがっている地球にいて、不安じゃないはずなんてない。

アヤの送り物は、きっと彼女の笑顔と同じで、施設にいる弟や妹に明るい何かを灯すことが出来るだろう。

 アヤは服屋で、柄にもなくはしゃぐようにして施設の子どものことを話しながら服を選んでいた。

そんな様子が、私にはとても暖かくて、自分のことでもないのに嬉しく思えて、

気が付けばアヤに、半分出すから、もう少し選んでやろう、なんて声を掛けていた。

最初は遠慮していたアヤだったけど、私がどうしても、と言ってやったら折れたみたいで、

そう言うつもりで連れて来たんじゃなかったんだけど、なんて言いながら、恥ずかしそうに礼をしてきた。

私も改まってそんなことを言われたもんだから、ぶっきらぼうにどういたしまして、なんて返事をするのが精一杯で、

そこから先は、しばらく二人して黙り込んでしまった。

 アヤの買い物も終えて、私も自分の服や、身の回りの物を買い込んだ。

軍の支給品はもちろんあるし、そんなにいろいろと必要な物があるというわけじゃないんだけど、

何しろ、バイコヌールからは着の身着のまま、戦闘機と飛行服以外の物は何一つ持って出れなかったし、

マグやコーヒーを淹れるポットくらいはあると重宝するだろうな、なんて思っていたからね。

 それから、アヤが服と文房具のお礼にどうしても、と言うので、モール内のレストランで昼食をおごってもらった。

食後のコーヒーを飲みながら、こんなのまるで、友達同士みたいだ、と言ってやったらアヤはケタケタ笑って、

友達とかやめてくれよな、なんて茶化すので、私もおかしくて笑ってしまった。

 まぁ、そうだよね。あんたにとっては、友達なんてそんな関係であるわけがない。隊は、家族なんだものね。

マライアは妹だけど、それじゃぁ私は何?って、今度聞いて困らせてみようかな、なんて、そんなことを思っていた。

 「ふぅ、いやぁ、昼から食べすぎちゃったな」

モールからの帰り道、運転するアヤがそんなこと言いながら満足そうに笑っている。

「あそこの店、美味しかったわね。次の休みも行こうと思うよ」

「だろ?デリクとマライアが来たときも、あそこ連れてってやったんだよ。

 マライアなんか、あのでっかいやつをペロっと平らげちゃってさ!」

「へぇ、あんな小柄なのにね」

「ホントだよ。燃費悪いだろうな、あいつ。なんてったっけ、えっと、エンジェルなんとか」

「あぁ、エンゲル係数?」

「そうそう、それ!」

私が言ってやったら、アヤはなにがおかしいんだか、声を上げて笑った。
 

716: 2014/06/25(水) 02:47:32.93 ID:CCUWC2FLo

「あぁ、次の休みって言やさ、もしよかったら、一緒に施設に遊びに行かないか?」

笑いを収めたアヤは急にそんなことを言ってきた。

「私が?どうしてよ?」

「だって、送り物買ってくれたろ?せっかくだし、喜ぶ顔も見てもらいたいじゃないか」

私が聞いたら、アヤはやっぱり自分が嬉しいみたいな表情で、そんなことを言う。子ども達が喜ぶ顔、ね…

なんだか、くすぐったくなりそうで気は進まないけど…でも、悪くない気もするね、そう言うのもさ。

「分かった、考えとくよ」

私が答えたら、アヤは

「ああ。そうしてみてくれよ」

なんて言って、イヒヒと笑った。

 車が基地に到着した。ゲートをくぐって、兵舎のあるエリアへ続く道へとアヤが車を走らせる。

そんなとき、格納庫が立ち並ぶエリアのすぐ脇に何やら人だかりが見えた。

航空隊が多いこのエリアで、見慣れない陸戦隊の制服を着こんだ連中がたむろしている。

 「あれ、なにやってんだ?」

「さぁ…陸戦隊の輸送でもあるのかも知れないね」

アヤの言葉に、私もそんななんとなくの返事を返す。車がその一団のそばに近づいたとき、私はその中に1人、見かけた顔があるのに気付いた。

「ね、あれ、ヘイロー隊の人じゃないの?」

「えぇ?」

私が言うと、アヤが車の速度を落とした。それから人垣をジッと見やった。

「あぁ、ホントだ。6番機のニシネ少尉だ。あいつ、陸戦隊なんかと仲良かったのか?」

「仲が良い、って雰囲気じゃぁない気がするな…」

アヤの言葉に、私はそう口にしていた。何しろニシネ少尉は、壁際に追い詰められるようになっていて、

彼の周りの数人が彼に迫っている。その周りを、他の連中が目隠しするように立ちふさがっている感じだ。

「なるほど、ケンカみたいだなぁ」

アヤはそう言うと、車を一団のすぐそばに止めた。

「おい、あんたら―――」

アヤがそう声を掛けた、と思ったら、ほんの一瞬だけ、その動きを止めた。

次の瞬間アヤは私を振り返りもせずに、黙って車を降りて行った。ちょ、ちょっと…さすがに、いくらなんでもそんなの、考えがなさすぎじゃ…!

あの陸戦隊、ざっとみて1個小隊3、40人は居る。変に刺激したら、タダじゃ済みそうもないのに…

私は心配になって、車から飛び降りてアヤの後を追った。

 アヤは男たちの中の一人と、何やら話し込んでいる。知り合い、って雰囲気でもない…

いえ、アヤ、何かを見せてる…?なんだろう、あれ…遠目で良くわからないけど…あれは、写真?

 そう思った次の瞬間、アヤの拳が話していた男の腹に沈んだ。

あまりのことに私は一瞬、息を飲んでしまう。い、いったい、何がどうしたっていうの…?!

「ア、アヤ!あんたいったい何して…!」

私がそう言って駆け寄ろうと思った次の瞬間には、アヤは陸戦隊の連中に取り囲まれてしまった。

マズい、いくらアヤでも、この人数差はマズすぎる…!どうする…?なんとか、手を貸して逃げる方法を…

そう思ったときだった。私の目に、陸戦隊の軍服の肩に縫い付けらえていたワッペンが飛び込んできた。

それは、ドクロマークに、草が絡みついているデザインをしていた。
 

717: 2014/06/25(水) 02:48:00.69 ID:CCUWC2FLo

 この部隊、まさか…アヤの妹に手を出した、って言う…あの…?!

それに気がついた私は、とっさに車まで走って戻った。助手席のダッシュボードに投げておいたPDAを手に取って、

オフィスへとコールする。ほどなくして、電話口に誰かが出た。

「もしもし!カレンです!」

<ん?あぁ、カレン。どうした、オフの日にここへ掛けて来るなんて?>

ダリルの声だ!

「ダリル!聞いて!アヤが陸戦隊と乱闘騒ぎを起こしそうなの!」

<あぁ?そんなのいつものことだ。巻き込まれんように、とっとと離れた方が良いぞ?>

「相手は1個小隊全部よ!?」

<い、一個小隊だ!?あんのバカ!どうしてそんな…!>

「施設の子が、あいつらに手を出されたって…それでかなりキレてて…」

<施設の子…?ちっ!いつだかの電話の話か…そいつはマズイな…!カレン、今どこだ!?>

「第2格納庫のすぐそば!」

<分かった!お前、なるべくあいつを押さえとけ!隊長達連れてすぐに行く!>

ダリルはそう言うとガシャンと音を立てた。ツーと言う機械音だけがスピーカーから聞こえる。

抑える、ったって、もう手遅れだよ…!

 私はそう思いながらも車からもう一度飛び出して、陸戦隊に囲まれているアヤに怒鳴った。

「アヤ!やめな!」

「カレン!手出すなよ…こいつらは、アタシ一人でやる…!」

アヤが私にそう言ってきた。その眼は…今までに私が見たことのない眼だった。鋭い、なんて言葉では生ぬるい…

その視線だけで、相手を射頃してしまいそうなほどの…怒りと、憎しみがこもった目つき…あの子、本気だ…!

 「おいおい、お嬢さん?こいつがあんたに何かしたかよ?」

陸戦隊の一人が、アヤにそう話しかける。

「…さぁな」

「ああん?なんだ、てめえ…頭おかしいんじゃねえのか?」

アヤの静かな返事を聞いた男が、そう言ってアヤの胸ぐらをつかみにかかった。でもその刹那だった。

男は手首を握り返したアヤに地面にねじふせられ、そして…さらに捩じり上げられたその腕から奇妙な音をさせた。

「あぐっ…あぁぁぁぁ!」

男の叫び声が響く。

「こ、この女!」

「嘗めやがって…やっちまえ!」

男達が一斉にアヤに飛び掛かった。ダメだ!そう思って、アヤを助けに入ろうとした私の目に映ったのは…

信じられない光景だった。
 

718: 2014/06/25(水) 02:48:35.57 ID:CCUWC2FLo

 アヤは、正面から突っ込んできた男の顔面に拳を突き出した。崩れ落ちた男を踏みつけて包囲網から脱すると、

そのまま、飛び掛かってくる男たちのタックルに合わせて蹴り上げ殴りつけ、

飛んでくるパンチをかわして膝をたたき込み、横から迫ってくるのが居れば、

振り向きこともしないで正確に肘をこめかみに命中させ、

蹴りを受け止めるや、地面に倒し込んで、最初の男と同じようにメキっと音を立てるまでその脚を捻り上げた。

 あれだけの数…あれだけの男を相手に、アヤは…袋叩きにされるどころか…善戦するどころか…一発ももらってない…

い、いったい、なんなの…あの子は…?!

 不意に、キュッと言う音がした。見るとそこには一台の軍用車が止っていて、そこからダリルとフレート、

それに副隊長のハロルドさんと、隊長が降りてきた。

「カレン!」

ダリルがそう叫びながら、他の3人と一緒に私のところに駆け寄ってくる。

「お、おい、あ、あれ、アヤだよな…?」

フレートがアヤの姿を見て、そう言った。

「…アヤ、だな…」

ハロルトさんがそう言って、ゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。

 飛び掛かってきた男の顎をアッパーで殴りつけ、すぐ脇に居た別の男の胸ぐらをつかんでヘッドバットをたたき込み、鼻を粉砕する。

アヤの周りには、ぶちのめした陸戦隊の連中の体が足の踏み場もないくらいに転がっていた。

と、アヤがそんなやつらの一人の体に足を取られた。

次の瞬間、別の男がアヤの背後に回り込んで、彼女を羽交い絞めにする。すぐそばにいた男が、アヤの顔面に拳を振るった。

「アヤ!」

ダリルが叫んで駆け出そうとして、直後にはその脚を止めた。

 「あぁぁぁぁ!」

アヤが叫んだ。悲鳴じゃない…それは、雄叫びに近かった。

アヤは自分を殴りつけて来た男を前蹴りで蹴りつけると、

羽交い絞めしていた男の脚を踏みつけてひるませた隙に体制を入れ替えて肘を顔面に見舞った。

倒れ込む男を無視して、さらに飛び掛かってくる別の男へと拳と脚をめり込ませ、腕や足を捻り上げ、地面へとねじ伏せていく。

そんなアヤの表情が、私には…悲しみに満ちているような気がした。

「あいつ…人間か?」

不意にフレートが言った。

「そのはず、だがなぁ」

隊長が呟くように応える。それを聞いたフレートは口ごもってから、誰となしに言った。

「でも…あれ…まるで…鬼だ…」

そう…確かに、アヤから感じるこの圧倒的な威圧感と、絶望的な力は、まるで…

私の故郷の先住民に伝わる戦いの踊りの感覚に似ていた。相対している者の戦意を折り、飲み込み、蹂躙するような、

強烈なプレッシャーだ…でも、それでも私は、アヤの目から消えない悲しみを見逃してはいなかった。
 

719: 2014/06/25(水) 02:49:06.98 ID:CCUWC2FLo

「おい、ハロルド、憲兵呼んでおけ」

「で、でも隊長、この状況だと…!」

「カレンとダリルの話が本当なら、施設の方で地元警察に被害届を出してるはずだ。アヤがそうさせてないはずがねえ。

 だとすりゃぁ、それなりの処分を受けさせられる…それとも、あいつに最後まで任せるか…?」

「あ…い、いや…すぐに、手配します」

憲兵…MPは確かに、呼ぶべきだ。話を聞いたとき、私もそう思った。でも…そう…あのとき、アヤは言った…

 殺さない自信がない、って。

 気が付けばアヤは40人全員を叩きのめしていた。地面の上で、男たちが痛みにもだえ苦しんでいる。

アヤはその中の一人の髪を握りしめて、顔を上げさせて聞いた。

「どいつだ?」

「あ…うぅっ…」

「どいつだって聞いてんだ!」

アヤはそう叫んで、男の顔を地面にたたきつけた。

「や、やめてくれっ…言う、言うよ!そ、そいつらだ…黒髪のやつと…ブロンドのに、スキンヘッドの…」

「そうか…」

アヤはそうとだけ言うと、男を解放し、そいつが指示した一人目を見降ろした。

「間違いないな?」

「あぐっ…この、クソアマ…!」

男がそう吐き捨てたとき、アヤは勢いよく足を振り上げて、男の股間を蹴りつけた。

「うぐっ…あぁぁぁ!」

男が、子どもみたいな悲鳴を上げながら動かなくなった。

「うぅぅ…」

「痛ってぇ」

ダリルとフレートが、なぜかそう言って縮み上がっている。アヤはそれからも残りの二人にも同じように蹴りを見舞った。

 肩で息をしながら、アヤは、男たちを見下ろしている。それでも、アヤからはあの雰囲気も、表情も消えていない。

ふと、アヤは格納庫の壁際を見やった。そこには、緊急用の消火器が置かれていた。
 

720: 2014/06/25(水) 02:49:51.42 ID:CCUWC2FLo

「おい、あいつ―――

―――バカ!

私はとっさに駆け出していた。アヤは消火器を手に、一人目の男を見下ろしている。

不意に、両手で持った消火器を、アヤは振り上げた。

「いいかげんにしな!」

私は走ってきた勢いのまま、思い切りアヤの腹を蹴りつけた。でも。

アヤはまるで分かっていたかのように身をよじってそれをかわすと私目がけて消火器を振り下ろしてきた。

でも…怖くはなかった。なぜだかは、わからない。でも、私には確信があった。

この子は、なにがあっても私を傷つけたりなんかはしない。

彼女は、自分が守ろうとしたものに手を上げることなんて絶対にない。

「アヤ!」

私はただの一言、そう声を上げた。次の瞬間、アヤの手から消火器が離れ、ポーンと道路の方まで飛んで行った。

ガコン、ガラガラと地面に消火器がぶつかって転がる音がする。

アヤは、そのまま、私にしなだれかかってくるようにして体を預けてきた。私はグッとこらえて、アヤの体を受け止めた。

 「カレン…」

肩で息をして、汗と血にまみれたアヤが私の名を呼んだ。

「…気は、済んだ…?」

私が聞いてやったら、アヤは私の体にギュッとしがみついてきて呟いた。

「ごめん…ごめん、なさい…アタシ…アタシ…」

途端に、アヤの体が小刻みに震え始める。アヤが今、何を感じてるか、何を思っているかなんて私にはわからない。

わかるはずもない。でも、なぜだか、私の胸には、締め上げる様な悲しみがこみ上がってきていた。

私は、アヤに何も言わず、何も伝えず、ただただ彼女の体に回した腕に力を込めて、

その震えが早く止るように、と、抱きしめてやっていた。




 

721: 2014/06/25(水) 02:50:23.32 ID:CCUWC2FLo





 それから私は、隊長の指示でフレートの運転する車に乗り、アヤと一緒に現場を離れた。

アヤは、まるで魂が抜けたように放心してしまっていて、私にしがみつきながらうわ言のように必氏になって誰かに謝っていた。

ユベールだの、ロッタさんだの、シャロンちゃんだの、そんな聞きなれない名前だ。

おそらく、混乱しているんだろう。

 そのまま車でフレートが連れてきてくれたのは、兵舎だった。アヤを担いで、とりあえず私の部屋へと向かう。

アヤのところにはマライアがいるはずだけど、アヤはきっと、こんな状態の自分をマライアに見せるのは嫌だろうと思ったから。

 部屋に戻った私は、アヤをソファーに座らせて、モールで買ってきたばかりのポットとマグで、

二人分のコーヒーを淹れて、アヤの分をテーブルに置いた。

「あ…カ、カレン…砂糖…砂糖、あるかな?」

「え?あなた、ブラックじゃなかったっけ?」

「今、砂糖が欲しいんだ…ないかな?」

「ん、買ってはあるけど…」

私はそう言って、ジュガースティックの袋を開けてアヤに差し出した。

するとアヤはその中から二本スティックを引き抜いて、まとめてコーヒーの中に注ぎ込んだ。

「二本って…多すぎない?」

「わかんない…でも、今甘いものが食べたいんだ…」

アヤは、焦点の合わない様子でカップをそう言って、カップを手にとった。

でも、震えるその手から、ステンレスのマグが抜け落ちて、床に転がりコーヒーが水たまりのように広がった。

「あぁっ…ごめん…ごめん、カレン…」

アヤはそんな風に言って、床に這いつくばったと思ったら、

着ていた軍服の袖でこぼれたコーヒーを一生懸命に拭きはじめた。

「ちょ、ちょっと!何してるの!」

私は慌てて、アヤの体を掴まえてその場所から引きずって話す。

アヤは、抵抗こそしなかったけど、またうわ言のように

「あぁ、どうしよう…どうしよう…」

と繰り返す。これは、さすがに異常だ…なんだろう…なにか、ひどくアヤが幼く見える…

まるで、幼児退行でもしてしまったみたいな、そんな感じだった。
 

722: 2014/06/25(水) 02:52:06.99 ID:CCUWC2FLo

 私は、コーヒーでぬれたアヤの軍服を脱がして、洗濯かごに投げ込み、雑巾でコーヒーをふき取ってから、

また、アヤを引きずってソファーに戻した。

「ごめん…ごめん、カレン、部屋…汚して…アタシ…」

アヤは、震える瞳で私にそう言ってくる。

あぁ、もう…なんだって言うんだよ、あんたさ…なんだか、その様子が居たたまれなくなって、私はアヤの隣に座って、

その両手をギュッと握って言ってやった。

「しっかりしなよ…あんたらしくもない」

でも、アヤは落ち着くどころか、私の手を力いっぱい握り返してきて

「だって…だって、アタシ…ひどいことを…あんな…なんてことを…」

と繰り返す。

「大丈夫、コーヒーこぼしたくらい、どうってことないでしょ?」

「ち、違う…違うんだ…アタシ…アタシ…あんたを、頃しちゃうとこだった…」

アヤはまた私の目を、震えの止まらない目で見つめて言ってきた。私を頃すところ?あぁ、消火器のときの話かな…

まぁ確かに、あれを振り下ろされてたら、無事じゃ済まなかっただろうな…

でも、私はあんたがそんなことするとは欠片も思わなかったよ。正気を失ってるってのは気が付いてたけど、

それでも…あんたは、私を、私達を傷つけない、って分かってた。

「バカ言わないで…あんたは、何があってもあそこで私に消火器を叩きつけるようなことはしなかったよ。

 怖くなんてなかってし、危険だとも思わなかった」

そう言ってやったら、アヤは涙をボロボロとこぼして体を丸めうめき声を上げた。いや、泣いてるのかな…。

それにしても、参ったね…これ、軍医に診せた方がいいんじゃないかな…?

やっぱり、どう考えてもまともじゃない。
 
 「あんなに…あんなに言ってくれてたのに…アタシ、なんであんなこと…」

「落ち着きなって。誰が、あんたに何を言ったっていうの?」

「ロッタさんが…ロッタさんが、いつも言ってたのに…暴力を暴力で返しちゃいけないって…それは自分や仲間を傷つけるかもしれない、って、そう言ってたのに…」

ロッタさん、か。さっきのうわ言にも出て来てた名前だな…

施設に居た、という話だし、そこの職員かなにかだろうか?

「アヤ、あんたは、妹がひどいことされて、怒ってたんでしょ?それなら、あれくらい、仕方ないじゃない」

「違う!」

私の言葉に、アヤはガバっと顔を上げて叫んだ。すこし、驚いた。急に大きい声を出されたから、だけど。

「な、なにが違うのよ?」

「カレンを…殴ろうとしちゃった…し、しかも、消火器なんかで…あれは、危ないことだった。

 それに…それに、アタシ、何人ぶちのめした?どれだけ、再起不能にした?…あんなことして、平気なはずないだろ…?

 誰かが責任取らなきゃ…ア、アタシ、軍をクビになるかな?い、いや、それくらいなら、いいんだ…

 でも、でも、もし隊長に…隊長が責任取れって言われて、クビにでもなったら…アタシ…アタシ…!」

正直、驚いた。動転して混乱して退行していると思っていたのに…

いや、実際にそうなっているだろうに、アヤは、そんな先のことまで考えていたのか…。

確かに、アヤの危惧するところは可能性を否定できない。
 

723: 2014/06/25(水) 02:52:43.76 ID:CCUWC2FLo

アヤが骨を折ったか関節を外したかした陸戦隊は私が覚えている限りでも15人以上。

殴ったり蹴ったり、肘や膝を入れた中にも、まだ何人かどこかしら骨折しているのもいるだろう。

そして、主犯の3人は、おそらくもう再起不能だ。

軍部にしてみたら、一個小隊を身内に壊滅させられたって認識になるだろう。

アヤは一人だったってことや、あいつらのうちの何人かが悪事を働いていたからと言って、どれほど情状酌量が与えられるかは不透明。

場合によっては降格か、悪くすればクビどころか、軍事裁判にでも掛かって投獄、ってのもあり得る。

そうなれば、アヤの上司である隊長にもその責任が及ぶだろう。それこそ降格か転属の可能性もある、か。

「どうしよう…アタシ…隊長がここにいられなくなったら…どうしよう…」

アヤが心配しているのは、きっと隊長のことだけじゃない。隊長が転属してしまえば、そこに新しい隊長が来る。

それも、隊の品行が悪くて異動になったとなれば、お堅い厳しいのがやってくるというのは目に見えている。

たぶんアヤは、私達の心配を…私達に申し訳ないと、そう思ってるんだ。

 私は、アヤの気持ちを察して、思わず彼女の体を抱きしめていた。

「大丈夫だよ、アヤ…。あんたが想像しているようになんて、ならない…

 そのためなら私が嘘の証言でもなんでもしてやれる…ダリルも、隊長も何かしらの手段を講じるはず。

 あんた達は、家族なんだろう?あんたがクビになるのを黙って見てるだけのはずがない。

 隊長が出て行くかもしれないってのに、手をこまねいてるだけでいるはずなんてない。必ず、なにか手を打つ。

 誰もあんたに責任を負わせるなんてこと、したくはないはず。そうでしょ?」

私は、アヤにそう言ってやった。慰めなんかじゃない。きっと、隊長も隊の連中も、そう行動する。

私にはそんな確信があった。この隊に来て、まだ一か月とちょっと。それでも、そうするだろう、って思えた。

そうでもなければ…こんな私が、ここまで心を開くことなんて、きっとなかっただろうから…。

「カレン…アタシ達だけが家族なんじゃない…あんたもそうなんだからな…」

私の言葉の、そんな部分にアヤは反応して、私の服をギュッと握りしめてきた。

聞いてほしいのは、そこじゃなかったんだけどね…まぁ、そんな状態でも、そう言ってもらえるのは、嬉しいよ、アヤ。

 カツカツと廊下を歩く足音がしたと思ったら、誰かがドアをノックした。ビクっと、アヤの体が震える。

私はアヤの背を一撫でしてから、

「どうぞ」

と声を掛けた。MPのやつら、ってことはないだろうね…

 そんな心配をしていたら、ギっとドアを開けて、レイピア隊のブライトマン少佐と、その後ろから隊長が姿を現した。

二人は、アヤの様子を見て、顔を見合わせ揃ってため息を吐いた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

アヤが私に顔をうずめてそう繰り返している。隊長達だ、って、分かっているようだった。
 

724: 2014/06/25(水) 02:53:13.76 ID:CCUWC2FLo

そんなアヤに、隊長が声を掛けた。

「アヤ・ミナト少尉」

ビクっと、アヤは体を震わせた。それでも、彼女は小刻みに震えている体を私から離して、隊長の方を向いた。

隊長はそんなアヤの姿を見て、ボリボリと頭を掻いてから

「今日より、一週間の謹慎処分を下す。謹慎中の給与については、満額が手当より減額される。

 以後の処分については追って知らせる。以上だ」

とアヤに伝えて、ふん、とまた、小さくため息を吐いた。これは、伝えなきゃならない、事務的な話…

隊長、続きがあるんでしょう?

「この様子だと、後見は私じゃない方が良さそうじゃないか」

ブライトマン少佐がそう言って隊長を振り返った。隊長は黙ってうなずき、今度は私の前にススっと移動してきた。

「カレン・ハガード少尉。以後一週間、アヤ・ミナト少尉の監視役を命ずる。この命令には拒否権がある。

 不服があれば、この場で申し出てくれ」

私は首を振って、答えた。

「いえ。問題はありません。私が行います」

すると、隊長は、やっとふっと力を抜いた表情になった。それを見たアヤが、途端に声をあげる。

「隊長…隊長、ごめんなさい…アタシのせいで…アタシ、隊長を…!」

そんなアヤの様子に、隊長は少しも驚かないでアヤの肩をポン、と叩いた。

「いいか、アヤ。お前はとにかく、一週間カレンとここで過ごせ。外のやつらとは口を利くな。あとのことは、俺たちに任せておけ」

隊長は、私がこのジャブローに着いて荒れていたときと同じように、力強く、落ち着いていて、優しい声色で、アヤに言った。

 それを聞いたアヤは、うぅっと唸って、何度もうなずきならが顔を覆って泣き出した。隊長はそれから、また私を見て

「すまねえな、カレン。めんどくさいことを押しつけちまって」

と謝ってきた。

「いいえ…仲間に入れてもらえてるみたいで、嬉しいです」

私が言ったら、隊長はニヤっと笑って

「“隊は家族”、だろ?一蓮托生だ」

と答えてくれた。それから改まって

「とりあえず、これからのことは、別途指示を出すから、それまで待ってくれ。今からオフィスで打ちあわせるんでな」

と教えてくれた。アヤのことは、任せたぞ、ってことね。私はそれに気づいて、黙ってうなずく。

それから隊長はまたボリボリと頭を掻いて

「これ、マライアとデリクには黙ってた方がいいだろうなぁ…

 変に集中力を欠くようなことになれば、戦闘で氏にかねんしな…ったく、そこらへんはダリルに一任することにするか…」

と面倒そうに言って、やわらかく笑った。

 「ほら、これ」

不意に、ブライトマン少佐が持っていたビニールバッグを私の前に突き出してきた。
 

725: 2014/06/25(水) 02:53:54.57 ID:CCUWC2FLo

 「ほら、これ」

不意に、ブライトマン少佐が持っていたビニールバッグを私の前に突き出してきた。

「なんです?」

「甘い物」

「甘い物?」

私はそれを受け取って中を確認すると、そこには売店で買ったんだろう、

チョコレートや菓子パンなんかが山ほど詰められていた。

「どういうことですか?」

「ん、アヤの古い知り合いに聞いたんだよ。甘い物食べさせてやってくれ、ってね」

「古い、知り合い…?」

ふと、さっきアヤが口にしていた人たちの名前が脳裏によみがえった。ロッタさんに、ユベールに、シャロンちゃん、か。

そのどれかなんだろうか?そんなことを思っていたら、隊長が

「んじゃぁ、俺たちは行く。あぁ、シャワーやなんかは、適当に行っていい。

 だが、ラウンジには寄らないようにしてくれ。食事も、夕飯までには手筈を整えとくから、食堂には顔を出すな」

と言い残し、ブライトマン少佐にかぶりを振って、一緒になって部屋から出て行った。

パタンとドアが閉まるなり、アヤがまるで背骨が抜けたみたいに私に体を預けて来て、メソメソと泣いた。

まったく…どうしちゃったんだよ、あんたさ。

 そう思いながら、ブライトマン少佐にもらった袋からチョコレートバーを取り出して包みを剥す。

「ほら、食べる?」

私が声を掛けてやったら、アヤはスンスン、と鼻をすすりながら顔を上げて、

私が握っていたチョコレートバーにかじりついた。いや、自分で持ちなさいよね…

「ごめん」

アヤはそう謝って、私の手からバーをむしり取った。

―――えっ? 

アヤは、一心不乱にバーにかじりついている。
 

726: 2014/06/25(水) 02:54:53.88 ID:CCUWC2FLo

 私は…その様子を、混乱の中、見つめていた。い、今のは、何…?私、アヤに何も言わなかった…よね?

でも、アヤは、ごめん、てそう言って、私の思っていた通りに、バーを自分で持って食べ始めた…お、落ち着いて…

も、もしかしたら、口に出ていたのかもしれないし、そ、それに、アヤが私の様子を見て言った言葉が、

たまたま会話みたいにつながっただけかもしれないし…

い、いや、でも、私、今のは本当に言葉にしてない…していない、よね?

いきなりのことに、私は、自分の頭がおかしくなったとすら感じた。でも、そんな私を見やったアヤは、

「あぁ…ごめん、びっくりさせちゃったな…」

と言ってきた。ちょっと…ね、ねぇ、それ…今…今のって…

「うん、ちゃんと説明するから、ちょっと待って。もう一本だけ食べさせて」

アヤは…確実に、私と会話していた。ううん、私と、じゃない。私の頭の中の思考と、だ。ゆ、夢でもみてるの…私?

 そんな私をよそに、アヤは、スンスンと鼻をすすりながら二本目のチョコレートバーを食べ終え、

私のマグをあおって半分ほどコーヒーを飲んでから、ふう、とため息を吐いて、また、私に寄りかかってきた。

 「ね、ねえ…アヤ…?」

私が恐る恐る聞くと、アヤは

「うん」

と返事をして口を開いた。

「アタシね、人の頭の中が分かるんだ」

「考えてることが、読める、ってこと?」

「読める、って感じでもないんだけど…なんだろう、肌に伝わってくる感じなんだよ」

アヤは私の服の裾を、まるで小さな子どもがするようにギュッとつかんで続けた。

「最初に気が付いたのは、14のとき。一緒に施設で生活してた、大好きだったユベールってのが氏んだあと、

 アタシ、ヤケになったときに知り合いとケンカになった。そのときに…なんて言ったらいいのかな…時間が見えたんだよ」

「時間が…?」

「うん…相手の動きとか、考えとか、そう言うのが頭の中に流れ込んできた、って言うか。

 次の瞬間に何が起こるのか、とか、相手が何をしてくるか、とか、そう言うのがブワって、ね」

アヤは私のマグを手に取って、飲んでもいいか、みたいな表情で見上げてくる。私はうなずきつつ、その先を促す。

「それからかな。アタシ、なんとなく人の感情を感じ取れるようになった。

 最初のときほど強烈じゃなかったけど、でも…妙な感じで、さ…

 この人は、今何を思ってんのかな、とか、何を感じてるのかな、ってのは、

 自分が感じてるみたいにはっきりとわかるようになったんだ」

「そ、それで、私の頭の中も読めた、ってこと?」

「うん、そう。でも、たぶん、もうすぐできなくなる…。今の感じは、14のときのと似てる。

 ブワっと、いろんなことが頭に入ってくる感じ。でもこれ、時間が経つと戻っちゃうんだ。

 これになると、そうとう疲れるし、やたら甘いものが欲しくなるし…情緒不安定になる…」

「今のあんた、ってわけね?」

「うん、そう…」

アヤは、小さな声で、そう言った。それから、

「これ話したの、カレンが初めてだ…」

と口にした。
 

727: 2014/06/25(水) 02:55:33.26 ID:CCUWC2FLo

「あんまり言わない方が良いと思うよ、それ」

私が言ってやったら、アヤはかすかに笑って

「そうだよなぁ」

なんて答えてから、その笑いを収めて割と真剣な様子で私に聞いて来た。

「気味悪い、かな?」

まぁ、不思議ではあると思う…でも、世の中、人の気持ちに敏感なやつがいることも確かだし、それに…

私は、アヤの話にいろいろと納得がいった。アヤには、私が我慢していたことが分かっていたんだ。

親のことや、前の隊のこと、戦闘のことがあって、私が他の誰かに“見てもらう”ためには、

“本当の私”を抑え込まなきゃいけない、って思っていたことが。

だから、私の話を聞いてくれた。私にケンカを吹っかけて、怒りも苛立ちも理不尽な思いも、

全部受け止めてくれようとした。気味が悪いなんて、思うはずない。

その不思議な力は、少なくとも私を助けてくれた力なんだから…

「どう思うか、なんて、分かってるんでしょ?」

「うん…でも、言葉で聞きたいんだよ」

アヤはそんなことを言って、また、私を見上げてくる。情緒不安定、ね…

確かに、あんたのことを、かわいい、と思うだなんて、こんなことでもない限りはなかっただろうね…。

「気味が悪いだなんて思わないよ。それは、私を助けてくれた力なんだからね」

思っていたままを言ってやったら、アヤは、まるで屈託のない、子どものような笑顔で嬉しそうに笑った。

 それからアヤは、ジッと黙ったかと思ったら、袋に手を伸ばして3本目のチョコレートバーをかじりだした。

私は、アヤのこぼしたマグを洗って、自分のと合わせて新しいコーヒーを淹れ、

アヤのにはシュガーの代わりにハチミツを入れてやって渡してやった。

 バーを食べ終え、そのコーヒーに口を付けたアヤは、ふう、とため息を吐いて言った。

「あぁ、落ち着いて来たら、すげぇ恥ずかしくなってきた」

「あら、正気に戻ったみたいね」

私が言ってやったら、アヤはとたんにガバっと私から離れて、ソファーのアームレストに顔をうずめて

「ア、ア、アタシ!カレン相手に、何やってたんだ!」

と悶えはじめた。ふふふ、これはしばらくは、アヤをイジるのにネタの不便はなさそうだ。

そんなアヤの様子を見て、私はそんなことを思って笑ってしまった。

 「でも、その能力さ」

そのままにしておくのもかわいそうなので、さっきの話に話題を戻してあげる。

もちろん、もう少し聞きたいことがあった、と言うのも正直なところだけど。
 

728: 2014/06/25(水) 02:56:08.90 ID:CCUWC2FLo

「たとえば、戦闘なんかで、相手の出方が分かったりするわけ?」

「あー、うん。ほとんどの場合、ほんの一瞬だけな。

 アタシを狙ってるやつの気配を感じるくらいのことは出来るんだけど、行動まで読むのはなかなか難しくってさ。

 だから、アタシはいつも後出しなんだ」

「カウンターを狙っていくタイプよね、アヤは」

「そうなんだ。一手目を見せてくれれば、そのあとは状況と合わせれば二手目は読めるんだけど」

アヤの言葉に、ふと、先日二人して撃墜されたときのことを思いだしていた。

確かにあのときは、こっちから先制を掛けた結果、反撃を食って撃ち落された。

あれくらいのやり取りは“鬼”みたいになっていないときは読めない、ってことね。

そう思って確認してみたらアヤはなんだかイヤそうな顔で

「そうだけど…その“鬼”ってやめてくんないかな」

って苦情を出してきた。これも、可哀そうだからやめておこうか。

 そう、でも…アヤには、狙われてる、狙われる瞬間が分かる、ということ…

それは、ミノフスキー粒子のせいでレーダーの効かない戦闘に置いては、何にも代えがたい警戒手段になり得る…。

だとすれば…彼女は、小隊長なんかをしているよりも、もっとすべきことがあるんじゃないのだろうか…?

もちろん、マライアを守るという意味合いで、その力は有効だけど、

マライア一機くらいなら、私でも十分にフォローできる。

それよりも、アヤは…たとえば、隊長の僚機として飛んで、戦闘地域のありとあらゆる状況を隊長に提供して、

その判断を補助する…そうすれば、隊全体の危険も事前に排除できるし、生存率はかなり上げることができるんじゃないか…

「アヤ、あんた、小隊長私に譲る気はない?」

「はぁ!?いきなり何言ってんだよ、カレン!」

「これは、いつものお遊びじゃなくて、提案。小隊は私に任せて、あなたは隊長のそばを飛んでいるべきだと思う。

 隊長と、彼が守る、この隊の安全のために」

私が言ったらアヤはボリボリと頭を掻いて

「んー、まぁ、その発想は分かるけどさ…隊の編成は隊長の決定だし、いまさらそこに口をはさむのは難しいよな。

 アタシ、今、謹慎中だし…」

とバツの悪そうな表情で言う。

「だとしたら、私が実力で小隊長のイスを奪えばいい、ってことね?」

「な、なんでそうなるんだよ!それは負けた感じになるからイヤだよ!」

私が言ってやったら、アヤはいきりたってそう言い返してきた。

もう、割と真剣な話なのに、そうなられたらお遊びにするしかないじゃない…そんな不満を微かに感じたけれど、

でも、どうやら本当に落ち着いて来てくれているらしい。

このやり取りは、いつもの、私を対等に見て、受け止めてくれるアヤの姿そのものだ。

そう思ったら、私は、そんな不満を消し去るくらいの安心感が胸に湧いてきて、思わず、ホッとため息を吐いていた。
 


 

729: 2014/06/25(水) 02:57:11.08 ID:CCUWC2FLo

引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―