力を込めてみた。
血圧があがったのか少しだけクラクラした。
少し間が空いてからポンっと音と立てステッキの先に花が咲いた。
手慣れた動作でステッキの先から花を摘み取ると、グラスに差した。
後ろの荷物箱から黒いシルクハットを取り出して頭にかぶる。
それから指をパチンっと鳴らした。
シルクハットを頭から取ると頭の上にヒヨコが載っていた。
もう一度シルクハットをかぶる。 指を鳴らす。
シルクハットを取った時、ヒヨコはニワトリになっていた。
もう一度、一連の動作をすると、今度はニワトリが卵になっていた。
頭はすこし湿っていた。
暑いのだ。
けれどもポーカーフェイスでこなした。
「おじさん、お空を飛んでみてー」
子供がそんなことを言ってきた。
「おじさんにもお空は飛べないなあ」
受け答えも手慣れたものだ。
想定外のことは何一つ起こらない。
すべては想定通りなのだ。
子供から空を飛んでと言われることも、
頭が湿ることも、血圧が少しだけあがることだって、すべては想定内のこと。そうなるように行動しているのだ。
想定通りの動きを何十年と続けて来た。
何千回、何万回と続けた動作は、その一挙手一投足からも予定調和を感じさせた。
それは達人過ぎてドキドキしないといった安心感を与えてしまっていた。
ぶっ壊す時だな、、頭の中で誰かが囁いた。
「おじさん、空、飛んでみようかなー」
気がついたらそんな言葉を出していた。
傍にあった高い脚立に登ると太陽目掛けてジャンプした。
すぐに地面に向かって落ちていく。
両足で地面に着地する。
「駄目だなあ、失敗だ。もう一度やってみようかなー」
高い脚立に登ってジャンプ。
すぐに地面に両足で着地。
「もう一回、、」
そんなことを日が暮れるまで繰り返していた。
誰もみている人は居なかった。
誰もみている人は居なかったけど、忘れていた駆け出しの頃を思い出した。
あたりには夕飯の匂いが漂い始め、母親のことを少しだけ思った。
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