「あのねぇ、ずっと、」
なんの脈略もなく、だけどとても自然に、空を見上げていた時雨さんが口を開いた。どこまでも青い空に、綿あめみたいな真っ白な雲がひとつ、ふわふわと時雨さんの視線を誘いながら流れていった。
「ずっと、探している気がするんだ」
夢のなかにまだ、半分くらい居る。そんな表情をして時雨さんはそう云った。
独り言なんだろうか。隣に立つ僕は、どう返せばいいのかそれとも聞こえない振りをしていれば良いのか、迷い、半端に口を開いたまま、時雨さんの端正な横顔をただ見つめる。
「なにを、だろう。なにを・・・・・・、なんだろう。でも、わかんない、」
漂う雲を追っているのか、それともあの空の向こうをただ見ているだけなのか。定まらない視線。曖昧に笑みを浮かべたような口許。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかんないんだ、」
だから僕はわかってしまった。おかしいな。時雨さんの考えていることなんて僕にわかるわけがないのに。時雨さんは自分の本心を他者にさらけ出すことなんて無いはずなのに。
出会ったときから僕はこの人のことがわからずにいる。やわらかくてふわふわとした、そう、あの浮雲みたいな人だと思っていた。
なのにいまこの人は、戸惑いを隠せずに、迷子みたいに、途方に暮れている。
だから僕はわかってしまったんだ。
ああ、そうなんだ。きっとこのひとは未だ、―――まだ、夢から覚めずにいる。