念願の眼鏡
2023年06月12日
つい先日、以前から使っていたものにレンズを入れて、眼鏡を復活させた。
まずは近所の眼科で検査をしてもらい、隣接する眼鏡屋に処方箋を出したらその日のうちにやってもらえた。こんな簡単に作れるものなんだね。
新しいレンズは意外にも前より度が軽くなって、先生からの指示でUVカットが施されている。装着するとまだ疲れやすいが、周りの風景やテレビ画面がくっきり見えるようになった感動の方がずっと上だ。
念願の眼鏡。あの一連の入院時にしまって以来だから、3年半ぶりか。
ここまで、とても長かった。
網膜剥離が発覚したのは、足を切断した直後のことだった。僕は一時的に高山の病院を離れ、富山県の病院に入院して硝子体手術を受けた。
剥離を起こしていた右目に続き、一週間後には左目も。一気に明るさと空間認識を奪われたその気持ちは暗澹としたものだった。視界が正常に戻るには、いったいどれだけの年月が必要なのだろう。
それでも富山県の病院で検査をすると、見え方が悪いにも拘らず退院時の視力が左目は0.7だった。主治医の女医先生からも、眼鏡をかければ車の運転ができるかも、と言われた。僕にとってはとても励みになる言葉だった。
一連の入院が終わっても、半年ほどは富山県の病院に通院しなければならなかった。最初は車椅子で、途中から義足を履いて通い続けた。一回ごとに見え方が如実に良くなっていて、少しずつできることも増えていった。
女医先生の表情が緩んで、もう通院はいいです、と言われた時はとても嬉しかった。その後は高山の病院でしばらく治療を続け、ようやく目の状態が安定するようになった。でもその時点でも交通状況をすぐに把握できるわけでなく、眼鏡の作成には程遠かった。
これは本当に不思議なのだが、目の見え方が悪い頃は眼鏡をかけてもすっからかんだった。まるで度が入っていないように。そんな状態だから、いつも肉眼で過ごすのが当たり前になっていた。
それはふとしたきっかけだった。どうせ変わらないと思って眼鏡をかけてみたら、今度は目に負担がかかるほど眼鏡がよく見えた。数カ月前のことだ。
そこから色々と悩んだ末、地元の眼科と眼鏡屋で今の眼鏡を作成した。
とはいえ、目の見え方はまだ回復途上。少しずつ使う時間を増やして慣らしていく必要がありそうだ。
もちろん、車の運転ができるまでには至っていない。左足運転の装着や特別な免許が必要だから、どのみち時間はかかる。
焦っても仕方ない。網膜剥離からここまで回復しただけでも儲けものなのだから。
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