例えばこんな「大丈夫」
2023年07月23日
彼女はストーブの前にうずくまっていた。とても辛そうな顔で。
寒くて身体が震えているようにも見える。ストーブは小さすぎて、この広いフロアを暖められない。
たくさんの人がフロアで思い思いに過ごし、少しばかり騒がしい。彼女はそんなノイズを拒絶するように、小さく背中を丸めていた。
彼女その姿を見て、僕はとても驚いた。普段の若くて元気な印象とまるで違っていたからだ。
彼女はうずくまったまま、じっと黙っていた。辛いとも、きついとも言わなかった。見えない何かから身を守るようなその姿は、ただただ痛々しく見えた。
僕は何度も声をかけたいと思った。でも、最後までできなかった。
同じ空間にいる誰もが声をかけようとしなかった。彼女の辛そうな姿は見えているはずなのに。まるで彼女が空気と同化したかのように、その場にいる誰もが彼女をスルーした。
もしかしたら彼女は、過去にも同じことがあったのかもしれない。みんな慣れっこ、といった雰囲気だった。初めての冬を迎える僕が知らないだけ。
そうなのだとしても。
普段は気さくに話を交わす人でさえ近寄ろうとしないのには、怖ささえ感じた。こんなの、間違ってる。心の中では必死に叫びながらも、フロアを支配するひりひりした空気に圧されて言葉を絞り出すことができなかった。
彼女は時間になると、すっと立って自分の定位置に戻っていった。何事もなかったように。
そんな彼女の行動を、僕はぽかんと見守るしかなかった。
後日、施設の管理者にその時のことを話したら、しきりに「大丈夫」と繰り返した。どんなに辛そうな様子を見せていても、彼女だけは大丈夫なんだそうだ。
ますますよく分からない。色々とスルーできない問題があるように思うのだが。
それが、一つの現実だった。