菅野俊夫(かんの・としお)は昭和38年8月生まれ、福島県出身の陸上自衛官。
防衛大学校第30期の卒業で幹候67期、出身職種に関する公式情報はないが、通信科でなければ頭を丸めてお詫びする。
平成30年3月(2018年3月) 初代システム通信団長・陸将補
前職は防衛装備庁調達事業部調達総括官であった。
(画像提供:陸上総隊司令部公式Webサイト)
防衛省の公式サイトにめったに画像がアップされない、陸自の後方支援や技術系の幹部。
その最高幹部である菅野だ。
2018年3月に、陸自大改革で通信団がシステム通信団に再編され陸上総隊隷下になっていなければ、おそらく表に出てくることはなかっただろう。
それほど技術系や後方支援系の最高幹部は、担っている責任の重さの割に露出が少なくていつも寂しく思っている。
駐屯地祭などで表に出てくることがなく、また一般市民との接点になるようなイベントがない部署のためだが、再編行事の為に今回、公式サイトにアップされているものを見つけることができた。
まさに陸自大改革様々である。
それはそうとして、再編なったシステム通信団の初代団長に着任した菅野についてである。
システム通信団は市ヶ谷駐屯地に所在し、あの象徴的な電波塔を運用して、陸自の指揮通信を担っている。すなわち我が国の防衛中枢を担っている部隊であると言っても過言ではない。
そして陸自大改革において陸上総隊の隷下に入ったということは、より現場に近いところで実際の有事を想定し、活躍することを求められているということだ。
今後も菅野の指揮の下、諸職種協働の中心的役割を果たすべく改革が進められていくだろう。
初代団長や初代司令というのはどんな組織でもそうだが、やはりその集団の性格を大きく決定づける存在になり得る。
そう言った意味でも、菅野にかかる責任は極めて重く、陸自内外の期待は大きい。
なお菅野は1等陸佐時代、平成26年8月から務めた自衛隊指揮通信システム隊司令のポストも、実は「陸自初」であった。
というのも、指揮通信システム隊は常設の陸海空統合部隊であり、その司令は初代が1等空佐。そして2~4代までを1等海佐が務め、5代目にして初めてとなる、1等陸佐の菅野の着任であった。
あるいは菅野は、ストレスフルな任務に強く、新しい仕事に特に抜擢される役回りをこなしてきたキャラなのかも知れない。
もしそうであれば、おそらく穏やかな外見とは裏腹に、いろいろな厳しい思いを呑み込んできた自衛官生活であったのではないだろうか。
ではそんな菅野とはこれまで、どのようなキャリアを歩んできた幹部なのだろうか。
少し詳細に、その経歴を見ていきたい。
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