アイドルグループBiSHは2023年6月29日に東京ドームでのコンサートを最後に解散した。しかし僕は聴き続けている。
たとえば「Primitive」。
なんて高らかで伸びやかなメロディーなんだ。「オーケストラ」も「プロミスザスター」も「My Landscape」ももちろん高らかだ。でも何かが違う。「オーケストラ」は熱い感情がほとばしる。いっぽう「Primitive」は悲しげで高貴だ。
作詞はハシヤスメ・アツコとJxSxK(渡辺淳之介)。作曲・編曲は井口イチロウ。
この高らかで伸びやか感じは「My distinction」からも受けるようだと思ったら、これも井口イチロウの作品だった。彼は松隈ケンタのSCRAMBLESの社員として活躍していたが、2023年7月1日に退社・独立した。
「Primitive」は、グループ結成の翌年2016年1月20日にインディーズから発売された2枚目のアルバム「FAKE METAL JACKET」の4曲目に収録されている。BiSHが世間に知れ渡る前の曲だ。(また解散前日に発売された「BiSH THE BEST」にも選出されている。)
イントロのギターはディレイが効いたアンビエント。そこから軽快で融通無碍なリズムにギター中心の厚いシューゲイザーっぽいサウンドに続く。厚いサウンドが引いていって、歌が始まる。
冷めた言葉のそば また近くで突っ立って
手を振り僕を見つめる あの頃と 変わるはずない
何者かが僕のそばに立って手を振っている。過去のある時期からずっと。何者だろうか。亡霊?
振り返らないでいたい
きっとまどわす才能 偽善者
昨日なんて見たくない
過去を振り返りたくない。過去のあいつは僕を惑わす才能がある。調子いい口ぶりにそそのかされてしまった。偽善者だったんだ。思い出しても悔しい。惑わされた過去を振り返りたくない。
これまでの人生ではつらい目にあってきた。さらに今はというと箸にも棒にもかからない無名のアイドルだ。しかも大人たちからやらされることは理不尽で過酷なことばかりだ。
サビではさらにサウンドが厚くなり空間を埋め尽くす。曲調がマイナー寄りになって、アイナ・ジ・エンドが悲痛に歌い上げる。
繰り返す思い出に僕は 何色で染まっていくの?
魅力的 higher oh 幾千の星
思い出は振り払えない。ではこの先どんな栄光があるのだろう。どんな個性が発揮できるのだろうか。
見上げれば魅力的で気高い星たちがきらめいている。
おお! 無数のスターたちよ! 私はアイドルに、アイドルの星になれるのだろうか。
見なかったふりして進んでも 透かし絵の先の世界
掴めるなら 考えないで 信じてますか?
自分がスターになるビジョンなんてあるのか。見なかったふりをするしかない。実現するあてもない、曖昧模糊な透かし絵の向こうの世界だから。
でも、もしその世界が掴めるならどうだろう。
デビューまもなくのPrimitiveな(始まりの)BiSHは過去に怯えていて、この道を選んでしまったことへの後悔を感じていたのだろうか。その時は邪道のアイドルである自分たちにスターへの希望など持ち得なかった。不安と憧れの間で揺れていた。
でも僕たちはその後のBiSHの苦闘と成功を知っている。東京ドームに立ったBiSHを見届けた。そしてとうとう「幾千の星」に加わった。
さらには解散後にはそれぞれの個性を活かした道で活躍している。
PrimitiveなBiSHに会いに行って、「大丈夫だよ」と言ってあげたい。
いや言いたくない。
今改めて最初からBiSHの歴史を辿り直したいと思った。
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