八味地黄丸(はちみじおうがん)の解説
八味地黄丸は、腎虚に対して用いる補腎の代表的処方です。
とくに腎陽虚という状態によく使われます。
簡単に言い変えますと、腎虚とは腎の力が衰えることで、
(腎虚の)加齢に伴って起こってくる症状で、とくに(陽虚の)手や足腰が冷えている場合に使われる漢方薬です。
別名として八味丸とか、腎気丸と呼ばれることもあります。
構成生薬とそのはたらき
生薬の構成としては「六味丸」に桂皮と附子を加えたものに相当します。
(ですが歴史的には八味地黄丸の方がずっと先に作られているので、正確には八味地黄丸から桂皮と附子を抜いたものが六味丸です)
地黄・山茱萸が、腎陰を補います。
補うだけじゃなく、沢瀉・茯苓が水分の代謝を良くして、補った陰が滞らないように巡らせます。
牡丹皮は血を巡らせます。沢瀉とともに陰虚により生じた熱がこもらないようにします。熱による陰液の消耗を防ぎます。
山薬は、補気薬です。(ナガイモ・ヤマイモ・とろろ芋・自然薯の類です)
桂皮・附子が陽虚を改善します。体を温めたり新陳代謝を高めます。
ちなみに、六味丸の構成に桂皮だけを加えたものは七味地黄丸と呼びます。
八味地黄丸(腎気丸)に牛膝と車前子が加わると「牛車腎気丸」になります。
六味丸との違い
腎虚は、腎陽虚と腎陰虚を含めたものです。
・腎陽には温めたり動かしたりする機能的側面
・腎陰には潤いとか栄養とかの物質的側面
があります。
腎陽虚は、腎陽のはたらきの低下のことですが
加齢に伴って(「腎」が弱って)生じる、泌尿器系をはじめとする様々な機能の低下を意味しています。
例えば、骨格的な老化を考えた場合、 運動機能や機敏性の低下とみれば腎陽虚ですし、 筋肉量の低下や、骨密度の低下とみれば腎陰虚です。
物質的な腎陰、機能的な腎陽とは言っても、 物質的な成分が保たれていてこそ機能するわけですので、 つまり腎陽も腎陰も両方で支え合っているものであり、両方のバランスがよくなければいけません。
六味丸は、腎陰を補う方剤とされます。
八味地黄丸には、その六味丸に腎陽を補う桂皮・附子が加わります。
つまり八味地黄丸は、物質的な材料の部分を補強してきちんと土台を作った上で、機能面を補っています。
だから子供の場合では、たとえ発育不良(物質的な腎陰虚)があったとしても、元気(陽気)が旺盛なら、六味丸でよいわけです。
効能・適応症状
- 腰痛、坐骨神経痛、下半身の冷え・しびれ・だるさ
- 排尿困難、夜間頻尿、腎炎、浮腫、前立腺肥大(の初期)、尿閉、陰萎(インポテンツ)、精力減退、不妊症、高齢者の帯下、老人性膣炎
- 加齢による耳鳴り・難聴、老人のかすみ目
- 高血圧、動脈硬化症、糖尿病、白内障
- 息切れ、慢性咳嗽
- 便秘
- 膀胱炎(下半身の冷え、残尿が原因で再発しやすいもの)、かゆみ(老人性皮膚掻痒症)
添付文書上の効能効果
【ツムラ】
疲労、倦怠感著しく、尿利減少または頻数、口渇し、手足に交互的に冷感と熱感のあるものの次の諸症:
腎炎、糖尿病、陰萎、坐骨神経痛、腰痛、脚気、膀胱カタル、前立腺肥大、高血圧
【クラシエ】【オースギ】【ウチダ】他
疲れやすくて、四肢が冷えやすく、尿量減少または多尿で、ときに口渇がある次の諸症:
下肢痛、腰痛、しびれ、老人のかすみ目、かゆみ、排尿困難、頻尿、むくみ
【コタロー】
疲労倦怠感がいちじるしく、四肢は冷えやすいのにかかわらず、時にはほてることもあり、腰痛があって咽喉がかわき、排尿回数多く、尿量減少して残尿感がある場合と、逆に尿量が増大する場合があり、特に夜間多尿のもの。
血糖増加による口渇、糖尿病、動脈硬化、慢性腎炎、ネフローゼ、萎縮腎、膀胱カタル、浮腫、陰萎、坐骨神経痛、産後脚気、更年期障害、老人性の湿疹、低血圧。
【三和】
下腹部軟弱、腰に冷痛あり、尿利減少または頻数で、全身または手足に熱感あるものの次の諸症:
慢性腎炎、糖尿病、水腫、脚気のむくみ、膀胱カタル、腰痛、五十肩、肩こり
適応症の補足説明
加齢に伴う慢性的な症状に使われることが多く、逆に、一過性の症状に短期間だけ使うようなことはあまりありません。
補脾ではなく、補腎が中心です。
基本的には、食欲はあり、胃腸に問題がない方に用いられます。
食欲がない場合は専門家にご相談ください。
腎陽虚を改善する漢方薬と言われることが多いですが、腎陰腎陽両虚のときにも適しています。
つまり口渇や手足のほてりを伴うときにも使われることがあります。
冷えを改善する目的で服用する場合は、同時に、体を冷やす食べ物や飲み物を摂りすぎないように気を配ってください。白砂糖・生野菜・果物(柑橘類)・酢・牛乳などは控えめに。
市販薬では、ハルンケア顆粒・ハルンケア内服液(大鵬薬品)も八味地黄丸の製剤です。ただし、こちらの効能効果は、排尿トラブルに関するものに限定されています。
副作用・注意点
- 胃腸が弱い方は、下痢、食欲低下、胃もたれ等を起こすことがあります。
- エキス製剤よりも、本来の「丸剤」の方が、胃腸障害は起こりにくいことが多いです。
- また、食前や食間ではなく、食後に服用した方が、消化器症状が軽減しやすいので、必ずしも空腹時の服用にこだわる必要はありません。
- 体力がある、暑がり、赤ら顔の人には適しません。
- 附子(ブシ)を含む他の漢方薬との併用に注意してください。附子による副作用症状は、のぼせ、動悸、舌のしびれ等です。⇒トリカブトと附子について
- ただし、エキス製剤に含有される附子の量はそれほど多いわけではないので、症状によっては、ブシ末を追加して処方されることもあり得ます。
- (薬局の方は)製剤によって「劇薬」に分類されているものが(主にバラ品ですが)ありますので、取り扱いがある場合は保管場所に気をつけてください。
これは、お酒の「陽」の力を借りて、体を温め、血行を良くするという意味、
それと消化吸収を早めることで八味丸による胃もたれを起こしにくくする意図もあるようです。
しかしながら、服薬するのに必要な分だけの酒量です。飲み過ぎてはいけません。
陽虚に用いられるその他の処方
八味地黄丸の他に陽虚証に用いられるものでは、四逆湯(※)と真武湯があります。※四逆散とは異なります。
どちらも附子を含む方剤ですが、 八味地黄丸と構成生薬はかなり違います。
四逆湯:乾姜・甘草・附子
真武湯:茯苓・芍薬・白朮・生姜・附子
四逆湯の場合はシンプルで、陽を補うのに特化していて、急性の陽虚に用いられます。
真武湯の方は、冷えを伴う症状は八味地黄丸と似ていますが、脾虚に対しての生薬が多いので、加齢により胃腸機能が衰えて、下痢をしている人に適します。
いずれにしても(地黄が配合されず)腎陰に対する配慮はありませんので、八味地黄丸のように、慢性的な腎虚に対して(補腎の目的で)服用するものではありません。
『金匱要略』における八味地黄丸
八味地黄丸の原典は『金匱要略』(3世紀)です。
八味地黄丸は『金匱要略』では頻繁に登場する処方のひとつです。
ただし「八味地黄丸」の名称は『金匱要略』ではまだ使われておらず、「八味丸」や「腎気丸」などと書かかれています。
参考までに条文を抜き出しておきます。
「崔氏八味丸は、脚気上って小腹に入り、不仁するを治す」
→水が停滞することで特に下肢は浮腫を生じ、重だるさや痺れを起こします。
経絡が下肢から小腹(下腹部)へ上っているので、腹診をし、下腹部(へその下)がそこだけ軟弱または突っ張るとき(小腹不仁)は、腎虚と判断して八味丸で治します。(※不仁≒知覚鈍麻)
「虚労、腰痛、小腹拘急し、小便利せざる者は、八味腎気丸之を主る。」
→慢性の気血不足での腰痛で、下腹部が突っ張ていて、排尿障害を伴うものは、腎虚によるものなので八味腎気丸です。
「夫れ短気微飲あるは、当に小便より之を去るべし、苓桂朮甘湯之を主る。腎気丸もまた之を主る。」
→息切れするのが痰飲のせいだとすれば、利尿によって水を巡らせればいいので、苓桂朮甘湯または腎気丸を使います。
「男子の消渇、小便反って多く、飲むこと一斗をもって小便一斗なるは腎気丸之を主る。」
→口渇が激しいのに小便の量は多く、飲んだ分だけ全て尿として出ていく、こんな時は腎気丸。
現在の一斗は約18リットルです。そんな尿量はありえません。当時の一斗の量が定かではありませんが、多飲多尿を比喩的に表現したものと考えておきましょう。
腎臓で水が再吸収されず、どんどん尿として排泄されてしまっている状態で、これも腎虚です。
当時は特に男性に多い症状だったようです。
消渇は、激しい喉の渇きと多飲多尿で、今で言う糖尿病または糖尿病性腎障害に相応します。
「問ふて曰く、婦人の病、飲食故の如く、煩熱臥することを得ず、而して反って倚息するものは何ぞや。師曰く、此れ転胞と名づく。溺するを得ざるなり。胞系了房するを以ての故に此の病を致す。但小便利すれば即ち癒ゆ。腎気丸之を主る宣し。」
→転胞の胞はここでは膀胱のことで、婦人の尿閉の病です。
腎~膀胱系で水の流れが止まってしまっているので、その影響が煩熱(イライラや熱っぽい)や起坐呼吸(息切れ)として表れます。
そしてやはり原因が腎陽虚と考えられるときには腎気丸で利尿させるのが良いようです。
コメント