義を!
「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」
今日の福音(マタイ5.1-12a)で、イエスは群集にこのように言います。ここで重要なのは、迫害されることではないのだと思います。そもそも、義によって迫害されるかされないかは、生まれた時代や地域によって違います。自分でどうにかできることではありません。
重要なのは、どんなに迫害されても決して手放さないほどに義に生きることです。もちろん、イエスが説く義とは愛以外にありえません。
イエス自身がそうであったように、愛に殉じるために律法に背き、迫害される可能性が、この時代にはあったのでしょう。そうなっても心配することはないと、イエスは人々を励ましているのだと思います。
現代の日本を生きる私たちが、神の義、すなわち愛の故に迫害までされることはないかもしれません。それでも、愛を捨てでも利益や成果を求められたり、求めたりすることはあるのではないでしょうか。
そんな時、私たちは世の常識よりも義を選ぶことができるでしょうか。地上に天の国を築くことができるでしょうか。