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TS男子高校生は春を売る

作者: 毒原春生

※援交を推奨するような文章が書かれていますが、それも含めてフィクションとなっています




厚手のカーテンがぴっちりとかけられた狭い部屋。

狭さに似つかわしくないダブルベッドが中央を陣取り、存在感を主張している。そんなベッドの上で、生まれたままの姿でシーツにくるまれていた。

部屋に入った時に響いていたBGMはとうに切られている。

耳を澄ませば、シャワーを浴びる音と、薄い壁の向こうから漏れ聞こえる喘ぎ声を知覚する。つまりここは、いわゆるラブホテルというやつだった。

聞こえてくる声は女の人か、それとも女の子か。

昔はドキドキしたものだけど、今ではすっかり慣れてしまった。

思わず溜息をついていると、シャワーの音が止まる。

それからやけに時間をかけた後、浴室の扉を開けて一人の男が出てきた。

ぴっちりとスーツを着ている。だから時間がかかったんだなと思いながらその姿を見ていると、男はどこか気まずそうな笑みを浮かべた。


「私は帰るけど、君はどうする?」

「せっかく広いベッドだから、一日泊まりたいな。ダメ?」


男の望んでいる返答はわかっていたし、何よりこれが二番目の目的でもある。寝転んだまま甘えたような口調で言えば、男の笑みはさっきより幾分和らいだ。

ラブホから出ていくところを目撃されるにしても、それが一人ならまだ逃げ道もある。二人、それもいかにも女子学生っぽいのと出ていくところではもう詰みだ。

女子学生に手を出すほど我慢がきかないやつほど、そこらへんは弁えている。そういうところに頭が回るからこそ、こういう遊びができるとも言うが。


「もちろん。受付で払っておくから、安心しておいて」

「ありがとう、パパ」


だからこそ、一晩くらいの宿泊代は快く出してくれる。

にっこり笑ってお礼を言った。

もちろん、本当のパパじゃない。こういう風に言われるのが好きらしいから、オーダー通りに振る舞うのだ。


「……じゃあ、今日の分。また連絡していい?」

「うんっ。またパパに会いたいな」


何せこの人は、お客様なので。

差し出された二人の諭吉を受け取りながらリップサービスを添えれば、今日のパパはだらしなく笑った。そして、最後におっぱいを揉みながらキスをした後、名残惜しさと足早を合わせた矛盾のような足取りで部屋から出ていく。

バタンと扉の閉まる音が聞こえるのに合わせて、表情筋に休憩を申し渡した。

媚びを売るような笑顔は、いつまでたっても慣れない。


「……はあ。シャワー浴びて寝よ」


溜息をつきながら、ベッドから下りる。

浴室に向かう途中で、姿見に生まれたままの姿が克明に映った。

柔らかそうなおっぱいに、くびれた腰、まろみのあるお尻。首から上には、長い髪を伸ばした女子高生くらいの女の子の顔が乗っている。

紛うことなく女の子だ。

そして()は、本当は女の子ではない。



   ○○○



半年前、俺は唐突に女の子になった。

文字通りだ。怪しい薬を飲まされたとか、変な魔法をかけられたとかですらない。ある朝前触れもなく、俺の体は女の子に変わっていた。

新種の病気なのか、それとも夢を見続けているのか。

なぜそうなったのかはわかっていない。

もう少し状況がマシなら原因究明に奔走したのだろうが、あいにくと俺の場合はそれどころではなかった。

家から叩き出されたのである。実の母親から。

俺は貴方の息子だという主張は、まったく聞き入れられなかった。

当時は酷く理不尽に思ったものだが、母さんからすれば実の息子がある朝女の子になったという妄言より、見知らぬ女が気づかぬうちに部屋に息子の部屋にいたという自分の想像の方がすんなり信じられたのだろう。現実は小説より奇なりとはよく言うが、実際に小説みたいなことが起きても信じられないのが人間だ。

スマホと財布だけはなんとか持ち出せたのは、奇跡だった。

いや、本当に奇跡だったかは正直わからない。

路頭に迷った末に警察に保護された方が、もしかしたらよかったかもしれない。頭が変なやつ扱いはされたかもしれないけど、今のようにその日の宿に悩む必要はなかっただろうから。

でも、どうなんだろうな。

何せ今の俺は、身分を証明できない。

成人していたなら多少見た目が変わっていても手術と言い張れるのだろうけど、俺はどこからどうみても未成年。性転換手術という言い訳は通じない。嘘をついていると思われ、最悪スマホと財布を没収された後に持て余した警察から放り出される可能性だってなきにしもあらずだ。

とはいえ、そのIFを査定する術はない。

俺はタイムマシンなんて持っていないし、今さら警察も頼れないので。

叩き出されて困り果てた俺は、スマホの充電が切れる前にSNSに助けを求めた。

そうして散々匿名に馬鹿にされながらも、電源が落ちる前になんとか救いの手が差し伸べられたのは幸いだった。いきなり特大級の不幸に見舞われたが、神様も完全に俺を見放したわけではなかったらしい。

差し出された手が「宿がないなら援助交際で食いつなげばいいよ」というそっち方向からのお誘いでなければ、もっと手放しに喜べたのだけど。


俺の名誉のために言うなら、もちろん最初から乗り気だったわけじゃない。

当たり前だ。精神は男のままなのだから。

お誘いに応じたのは、それこそ藁にも縋るような気持ちだった。他人事のように俺の状況をファンタジーだと揶揄する発言しかなかった中で、現実的な意見なのはそれしかなかったから。

対等な感じだったのも、大きかった。

何せ、親という一番の保護者にして身近な存在から無下に叩き出された直後だ。目上や知り合いを頼るという発想はあの時点ではゼロだった。だからこそのSNSだったとも言える。

堪えていたのだ。

実の母親に、自分の言うことを何一つ信じてもらえなかった事実は。

傷心というやつである。そして傷心な俺は、待ち合わせた場所にやってきたお姉さんの手練手管にころっと乗ってしまった。

こう書くと悪い組織に所属させられたようだが、そんな大それたものじゃない。

社会的倫理に外れたグループに入ってしまったのは事実だが。


「これね。気前のいいおじさまやパパの情報をやりとりするLINEグループ」


ファミレスの席で、お姉さんはさらっとそんなことを言った。

どうやら俺のことは、家出少女が変なことを言って気を引こうとしていると思ったらしい。LINEグループからそろそろ足抜けを考えていたお姉さんは、こいつなら巻き込んでも気が楽だろうという理由で声をかけたそうだ。

お姉さんが奢ってくれたハンバーグを食べながら、俺は彼女から色々とレクチャーを受けた。ファミレスからラブホに場所を移した後も、お姉さんは慈善事業の人のような丁寧さでたくさんのことを教えてくれた。


「私も実は君と同じ境遇だったって言ったら、どうする?」


元童貞には大変刺激が強い一夜を過ごした後、どうしてここまでしてくれるのかという俺の問いかけに、お姉さんは蠱惑的な笑みで答えた。

それが真実だったのかは今でもわからない。

ただ、思わず食いついてしまった俺を笑った後、諭吉を三人も渡してくれたお姉さんはただの物好きだったとは思えなかった。同じではないにしても、何かしら複雑な境遇であったのだろう。

彼女の左手の薬指には、指輪があった。

幸せでいてくれるのなら、何よりだが。


その後、俺は三人の諭吉をすり減らしながら援交以外の手段を模索した。

もしかしたら今なら信じてもらえるかもという淡い期待は、息子をどこに連れ去ったんだと半狂乱になって叫ぶ母さんに打ち砕かれた。

勇気を振り絞って頼った友達には、疑わしい目で見られた。三人が限界だった。

人間というものは、人間が想像する以上にありえないことが信じられないらしい。そんな残酷な事実を、一週間という月日で嫌というほど知った。

そうしているうちに、ネットカフェの宿泊代や食費で諭吉は一人、また一人と順番に消えていく。

人間は、追い詰められると吹っ切れる。

三人の福沢諭吉が三人の野口英世になった時、俺は、覚悟を決めた。

――――そして、今に至る。



   ○○○



半年で、人は変わるものだ。俺の場合、肉体がまずありえない変遷を遂げたが。

まず、口に出す喋り方はすっかり女の子になった。笑顔はまだ疲れるが、仕草もだいぶ援交するようなおじさん達が好むものになったと思う。

お金が必要になったら、暗黙の了解で決まっているたまり場に向かう。

できるだけ小綺麗なおじさんを見つけて、声をかける。

引っかけ方も随分と様になった。

女子学生に性欲をぶつけたがっている男はこっちを見る目でわかるし、相手も見知らぬ男に体を委ねてでも金が欲しい少女の見分け方は心得ているらしい。

お互いの利害が一致すれば、あとは交渉。

交渉が成立すれば近くのラブホに直行し、手早く目的を果たす。

中には車とかカラオケでフェラだけというのもあるらしいが、俺は金もそうだが宿も欲しいので、ラブホで事を及ぶのを希望した。相手もやるならベッドがいいようなので、嫌な顔をされたことはない。むしろ率先してラブホに連れて行く。

今日の『パパ』も、俺を隠すように肩を抱き寄せると、近くのラブホに向かった。


「可愛いね」


部屋につくや否や、ねっとりと興奮した声で体を触ってくる。


「ありがとう」


にっこり笑いながら、通販で買ったセーラー服のリボンをくるくると指先でいじった。結構高い値段がしたので懐に大打撃は入ったが、俺みたいな年頃といかがわしいことをしたい男達は格好にこだわる。

実際、自分を売りに行く時にこれを着ているとお代を弾んでくれる人は多い。

困るのは着せたまま事に及びたがる客が多いことだけど、ラブホというのは俺の想像以上に有能で、洗濯サービスなんてのも充実しているから驚きだった。


「ねっ、いいかな?」


熱のこもった声で言いつつ、男は俺に硬いものを押しつけてくる。

これに対する嫌悪感も、すっかり薄れた。あれを気持ちよくすればするほど俺の懐があったまるのだから、むしろ可愛いとさえ思えてくる。

だいぶ、毒されている。


「うん。……優しくしてね?」

「もちろん」


返事をすれば、紳士的な口調が返る。

でも、手つきは忙しない。一分一秒も惜しいとばかりに、ごつごつした手が俺の服を脱がし始めた。


喘ぎ声というのは、意識的に出さないと出ないものだと知った。

本やAVほど気持ちがいいものではないこともまた、同様に。

気持ちがいいふりをして、甘えた声でおねだりをすれば男はあっさり興奮する。

そんな、本当なら知らずにすんだようなことばかり、俺の中に積もっていく。

生きるために男のプライドを捨てていると、人によっては言うだろう。

でも、プライドでは腹は膨れないし、雨風もしのげない。一度だけプライドというやつを守ろうとした俺は、それを知っていた。


(死にたくないなら、生きないといけない)


のしかかってくる男越しに天井を眺めながら、哲学的なことを考える。

首に巻きつけた手を、何気なく見る。

そこには何もない。あのお姉さんとは違って。


(……たぶん)


俺が男として死ぬ時は、左手の薬指をあの日見た輝きで彩る時なのだろう。

その日がいつ来るかはわからない。もしかしたら、一生来ないかもしれない。

それまでは、女の子になった男という事実を抱えて、春を売ろう。そんなことを思いながら、俺は男の動きに合わせてサービスするように喘いだ。


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