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俺には信仰心なんてないんだって!

作者:品川恵菜

お久しぶりでございます。


2018/4/22 読みやすいように編集し直しました

「どうかお戻りください!」


 目の前で跪く神官服の群れ。後方を固める神殿騎士の白銀の鎧。まさに前門の虎、後門の狼といったところか。養父がもしここに居たなら、腹を抱えて転がりながら爆笑してこの光景を見ていることだろう。

 俺はそんなことを思いながら、遠い目をした。なぜこんなことになったのか。そう問えば、忌々しい過去が鮮明に蘇る。



 俺は元々孤児で、貧民街で追剝ぎ紛いのことをして暮らしていた。孤児院というものの手さえ差し伸べられないような、この国の底辺も底辺の場所で俺は生まれ育ったのだ。


 そこにやって来た養父を襲ってしまったのが俺の運の尽きである。奪うどころかひょいと担がれ、「いいもん見つけた」と逆にお持ち帰りされたのだ。別に如何わしい意味ではない。手刀で意識を刈り取られ、気がついた時には俺は養父の息子になっていた。あの後の地獄は忘れられない。言葉遣いに、礼儀、テーブルマナー、服の正しい着方、その他諸々を起きてから寝るまで叩き込まれたのだ。


 どうやら養父は神殿に仕える神官で、そこそこ高位の位に付いていたらしい。そろそろ隠居しようと思ったのに、周りがせめて後継者を残していけと言われ、良さげな後継者候補いけにえを探していたらしい。そこでたまたま通りがかった(行きつけの店への近道らしい)貧民街で、手頃な感じの子どもを発見。そのまま連れかえって教育しちゃえーとなったらしい。神官にあるまじき暴挙である。


 常識を教えて下地が出来た後は、更に全ての聖典の暗記に聖魔法、神聖言語に古代文字、精霊文字と神殿のあらゆる仕来り。その全てを早く引退したいからと一年で俺に叩き込み、神殿に放り込んだのである。

 詳しくは分からないが、その時の俺の年齢は推定12歳。落ちれば殺されるという必死の努力の結果、俺は最年少神官の称号を得てしまったのである。普通は15歳くらいからだって知らなかった。何が手頃な感じの子どもだ。もうちょっと年上連れてけ!


 勿論食事も身なりも貧民街にいた頃と比べれば天と地の差だが、やってることは勉強オンリーだ。睡眠時間だって貧民街にいた頃の方が多かった!あんなに安息のない生活は初めてだった。養父がニヤニヤしながらカウントする中、必死に聖典を諳んじたのを、俺は忘れない…。


 養父は神官の癖にそこらの騎士よりも腕っ節が強かった。あのデコピンはもう2度と食らいたくない。冗談抜きで凄まじい痛さだ。思い出しただけで震える。あのサド神官、子どもにさえ容赦が無かった。法杖で何度叩きのめそうと思ったことか。その度に「なんか反抗期の予感がする」と言って手合わせが始まった。12歳の子どもがあの鉄拳神官に勝てるか!なんで戦闘職じゃない神官がバリバリ前衛の戦い方するんだよ!詠唱する前に距離詰められてデコピン、ぶっ飛ばされて気絶。あの後の自分の無力感は相当来るものがあった。デコピンに負ける自分ってなんだ、と。やるならまともに戦え。クソ親父。


 …まあ、そんな風に育てられた俺が、敬虔な神官になんてなれるわけも無く。神殿に入っても周りの神官たちの信仰深い様子に、罪悪感がムクムクと湧いた。

 俺は神を信じてはいない。神が居るなら貧民街なんか存在しないし、そもそもあの悪徳神官くそおやじが存在している時点でおかしい。俺が神なら速攻で天罰を下す。神官の癖に賭け事、女遊びが好きで、毎晩酒を煽り、挙げ句の果てに子ども虐待(被害者は俺)!


 そんな訳で、ちっとも信仰心のない俺が最年少だと持て囃されても罪悪感しか湧かないのである。精進しようとも思えなかった。


 幸い聖魔法は得意な方だったから、いつもやって来る治療希望の民たちを治癒する役目を買って出ていた。お貴族様を相手にするのはこんな信仰心のない俺じゃ申し訳ない気がして、いつも平民ばかりを対応していた。


 衣食住は完備されているが、如何せん、俺のガラスのハートが破裂しそうだった。精神的にツライ。

 よって俺は野に下ることを次なる目標とした。冒険者でも回復役の魔法使いが居る。聖魔法でも攻撃呪文はあるし、冒険者でも食べていくだけの稼ぎはできると、偶然出会った冒険者に聞いた。


 そして辞表ってどうだすんだろうかと思っているところに、何故か上司に呼び出された。そして神殿のお偉いさんたちの前に連れて行かれ、神殿に残るか辞めるかみたいなことを話された。丁度いいと思ってそこで辞めますと言って神殿を出てきた。多分人件費削減だろう。噂であまり景気が良くないと聞いていたからな。俺は下っ端だったし、そりゃ削るとしたらここだろうなとは思っていた。まあ、辞めようと思っていたところだったので、渡りに船だった。


 そして俺は堅苦しい神官服と神官専用の法杖を返還し、意気揚々と新しい人生をスタートさせたのである。



 冒険者となってからは最高だった。神官の時に身についた丁寧な言葉遣いは身についてしまっていたが、所作を細かく注意しなくても良かった。フリーダム最高だったのである。精進料理もなく、味付けの濃い肉や魚を初めて食べた時は泣きそうになった。このままお金を貯めて、楽しい老後を過ごそうと計画していたというのに…。何でこうなった。



「貴方が神殿を去られて早三年。貴方のお陰で繋ぎとめることができていた民たちの心は、神殿から離れました。そこで立ち上がった貴方を慕った者たちの手により、貴方の憂いであった神殿の膿は取り除かれました。我ら神官も、信徒たちも皆、貴方のご帰還を心より願っております。どうか再び神の御元でお仕え願えませんか」


 なんかつらつらと語られているが、誰こいつ。…見覚えのない顔に、俺は眉をひそめる。それを見た目の前の神官たちがどよめく。


「大変だ。やはりレイアス様はお怒りらしい」

「神を冒涜した神殿を許すわけはなかったということか」


 …何言ってるんだこいつら。そんなボソボソ言われても聞こえないんだが。


「レイアス様…」


 男の上目遣いとか美味しくないし。美少女なら可。できれば黒髪ロングが好ましい。先日冒険者パーティで一緒になった槍使いの子が可愛かった。実力もそこそこで、また組もうと約束して貰ったし、今は連絡待ちなんだよな。いや、こちらから攻めるべきか。さて、その前にどうやってこの場を切り抜けようかな。


「今、神殿は?」

「改革により、前任の教皇一派は破門とされ、神前審判により罰が下されました。今は前々任の白の大神官であらせられたティード様が教皇として立たれておられます」


 …は?今、何と言った?


「ティード…父上がか?」


 ひくり、と口元が引きつる。嫌な予感がビンビンしている。ていうかおい!俺を生贄にして隠居したんじゃなかったのか!何神殿の最高職に就いてるんだよ!


「はい。聖女様が神託を受けられ、ティード様を新しい教皇に、と」


 …話がだんだん分かってきたぞ。これは聖女様とクソ親父の共謀による、俺への嫌がらせだ。楽しく冒険者をしていた俺の、ハッピーライフを壊しに来たんだ。許すまじ。クソ親父め、聖女様を脅したのか。外道な。善の象徴である聖女に、なんてことをさせるんだ。


「父上はご立派な方です。私なんぞ居なくとも、神殿を再生させることでしょう。それに、私には此処でやるべきことがまだある」


 そう、黒髪ロングちゃんに連絡するっていう重要な任務がな!俺の言葉に、何故か神官は感銘を受けたかのように打ち震えた。…なんだ?キモイ。


「なんという慈悲深さ…!貴方は神官の鑑です。だからこそ、然るべき地位に就かれておいででないのが、我々の心を傷めるのです。あの時教皇一派に唯一対抗した貴方は、神殿に見切りをつけられ、一人神に仕える道を選ばれた…。民草の為に、巡礼をなさった貴方に、誰一人として追従せず。我々は後悔しているのでございます」


 教皇一派…今の教皇はクソ親父だよな?つまり、教皇一派っていうのはクソ親父だな?巡礼なんてしてないが、神殿を去った理由にはあいつから逃げたかったこともある。対抗?と見られればそうなのかもしれない。なんだ、こいつらもクソ親父の被害にあったやつらか。あいつ外面は整えているはずなんだが、やっぱり被害者は居たか。


「あの者は、神に仕える僕として、禁忌を犯しました。だから神ならば必ずや然るべき神罰を下すと思い、私は全てを委ねて野に下り、世界を巡ることにしたのです」


 …上手く纏めたぞ。取り繕えたかな。冒険者でハッピーライフなんて言ったもんなら、俺が神前審判にかけられるわ。欲に負けた神官とかなんとかで。ていうか、信仰心がないこともバレるんじゃ⁉︎と思ってなんとか神とか言ってみたけど、どんなもんだろうか。


「なんと素晴らしい志!私、感激いたしました」


 あれ?…っていうか、一介の、今はもはや神官でさえない俺がなんでこんなに跪かれてんの?いろいろ衝撃的すぎて考えるの忘れてたけど…。つまり?なんだ?


「貴方を放逐したのは、神殿の失態です。貴方の意思は他の者に継がせましょう。ですから、どうか」


 ああ、もしかして俺の辞職ってアレ、何かブラックな感じだったのか?いくら経済難だからって上からの圧力で辞めさせられたっていうのは、確かに神殿としては体裁が悪いよな。でも冒険者もなかなか捨てがたい。でもこれ、多分一旦は帰らないとクソ親父から何かあるな。何故か俺だけ依頼を受けられなくなるとかな。あの人の嫌がらせは徹底的だからな。ガキか。


「…教皇猊下は何と?」

「今すぐにでもお戻りになられて欲しいと」

「そうですか。父上の命ならば…致し方ありませんね。分かりました。一度戻りましょう」


 俺がやれやれとため息を吐いて言うと、周りの神官どもがわっと湧いた。なんだ、何故そこまで喜ぶ?…ああそうか、こいつらもあの悪徳神官に脅されて俺を連れ戻しに来たのか。あいつの嫌がらせの為にご苦労なことだ、全く。…しかし、野に下り冒険者として身を立てたお陰で、毎日神殿で祈祷していた頃とは違って戦闘面にも通じるようになった。これであの人に一発くらいはぶちかませるようになってはいないだろうか。一度でいいから、あの顔面に拳をめり込ませたい。


「まあ…神殿でやり残したこともありますからね。いつかはケリを付けなければならないと思っていましたし」


 そう言って自分に言い聞かせる。そう、これは決して親父ヤツに屈した訳ではない。こっちが折れてやったのだと、仕方なーく帰ってやるのだと。そう、ケリを付けなければ。今まで燻ってきたこのヤツへの怒りやら憎しみやらがドロドロと混じり合ったこの感情を、とうとう放つ時が来た。転移の陣を用意している神官たちを眺めながら、親父との再会に武者震いした。すると隣の神官にビクつかれた。悪い、怖がらせるつもりはなかったんだ。


「…陣を急げ!遅すぎてレイアス様が呆れてらっしゃるぞ!」

「流石は歴代最高峰の聖魔法の使い手…。噂では現教皇猊下との手合わせで神殿の裏山を指を一振りで破壊し、再び再生して見せたとか」


 なんかコソコソ言われてるが、もしかしてアレか。あいつ、元は平の神官、今は神職にも就いていない一介の冒険者の癖にこんな大人数でわざわざ迎えに来られて、しかも転移陣の手伝いもしないとか、サイテーみたいな、アレか。…人付き合いは大事だ、うん。よし、後は俺がやっておこう。どちらかと言うと陣はあんまり得意じゃないが、まあ大丈夫か。転移陣くらいなら親父に命じられてよく描いてたし。杖の一振りも面倒くさがるあの中年は、俺を召使いかなんかだと思っていた。絶対に。


「…あとは私が引き受けます。どうぞ皆さんはお下がりください」


 俺がそう言って一歩前に出れば、逆に押し留められ、直ぐにするから大人しくしてろみたいなことを言われた。つまりアレか。余計なことをするなと。まあ、そうか。神官の作業なんだから部外者は黙ってろ、と。…そう言われたらまあ、仕方ないよなあ。


「準備が整いました!レイアス様、さあどうぞこちらへ!」


 神官たちに導かれ、俺は陣の中心へと歩いた。こんなにVIP待遇だと、後から何かありそうで怖い。別に俺一人で転移陣描いて一人で飛んでもいいんだけど。両サイドにさっと神殿騎士が並ぶ。これは…逃亡防止か。流石に前衛がこんな至近距離に居たら聖魔法を使っても逃げるのは難しいか…。


「くっ…。団長にリカルドめ…。レイアス様のお隣をちゃっかり確保するなど…!最初にお慕いし始めたのは私だと言うのに!」

「副団長、抑えてください!レイアス様にバレちゃいますって!」

「ええい!これを黙って見てなどおられるか!今回だって団長は留守を守り私が警備の責任者となるはずだったのに!」

「皆!副団長がご乱心だ!」


 なんか後ろの騎士たちが騒がしい。何やってんだあいつら。


「では参ります」


 神官の一人の声に、俺は意識をそちらに戻した。俺の足元に広がる魔法陣が強く光りだした。神官たちが法杖でその陣を一度叩いた。高い音が響く。そして、最後の神官が陣を叩いた時、俺の視界は白く包まれた。



 次に目を開けた時、そこには懐かしい光景が広がっていた。神殿の中の大広場だ。神殿の敷地内の中心にあり、神官たちの憩いの場として使われている場所だ。神殿の地下にある聖泉から引いた聖水を、ここにある水路に流している。神官たちは儀式前に、ここの聖水を使って身を清める。神官服もまた、この聖水で洗うのだ。民たちは、神殿前の門で通行許可が下りれば、ここへ来て聖水を汲むことができる。


 しかし、今水路に通る水は少なく、民たちの姿も見られない。なんだ?今日は水路の掃除の日か?月に一度、あるんだよなあ。それでも、俺は懐かしさに胸がいっぱいになった。


『お帰りなさいませ、レイアス様』


 …目の前で平伏する神官の群れを目に入れなければ。ナンダコレハ。新手のドッキリか?


「こちらを」


 この俺に、恭しく…?一人の女性神官が何故か法杖を差し出してくる。あ、これよく見たら俺の使ってたやつじゃん。まだ保管されてたのか。てか、この子可愛いな。あ、いっけね。女性神官に手出したら神前裁判とはいかないものの、かなりの罰が下るんだっけ。


「これは懐かしいですね。まだあったのですね」

「はい。我々が管理しておりました。傷一つ付けず、埃一つ付けずにと」


 …なんか急に受け取りにくくなったな。なんだ?そういう大事なものなんだから丁寧に持てよ?ってことか?えええ…。なら要らんわ。て言うか俺はもう神官じゃないしこれは必要ないだろ。


「申し訳ありませんが…私にはもう必要のないもののはずです。これは受け取れません」

「な、な…⁉︎」


 俺が言うと、何故かその神官は青くなって狼狽え始めた。え。なんかマズイこと言った?


「そのようなこと仰らず、どうか…。未だ貴方様のお怒りが冷めやらぬことは十分に承知しております。しかし、しかし…どうか。我らが神にこれからもお仕えしていくには、貴方様のようなお方が必要なのです。どうか私たちを導いてください、レイアス様!」


 その神官は俺を見上げ、必死に訴えだした。…ああ、見たことあるぜ、これ。俺と同じく親父の被害に遭っていた親父の侍従神官が、親父を止めてくれと泣きついて来た時と同じだ。こんな可愛い子にまで、被害が及んでいるのか。俺が居なくなったせいで、被害が他に分散したのか…。可哀想に。俺に親父の横暴を止めて欲しくて、神官に呼び戻そうとしているのか。


 ここまで必死に懇願されると、揺らぎそうになる。いや、待て。思い出せ、レイアス。あの悪夢の日々を。ふと思いついたようなタイミングで次々と出される難題を吹っかけられ、解決できなければ命の危機さえ感じさせられるようなお仕置きと称したので虐待が待っている。心を強く持つんだ。


「…貴方の気持ちはよく分かりました。一先ずは、父上…教皇とお話しをしてから考えることにします」


 ズルいと言うな。戦略的と言え。こうやって問題を先送りにして有耶無耶にする。とりあえず考えてはいるんですよー的なポーズを取っておく。


「レイアス様…!なんて、お優しい!」


 いつの間にか隣にいたもう一人の神官に俺の法杖を預け、自分は感激したかのように手を組み、瞳を潤ませてその神官は言った。やめてくれ…罪悪感がむくむく膨らんでいく。


「教皇猊下の元へご案内いたします!どうぞ此方へ!」


 その感激したテンションのまま、女性神官は手で神殿の通路を示した。あれよあれよと、俺は親父の巣窟と化した教皇の間に連れて行かれた。敵はこの扉の前にと思うと、武者震いが…。そう、武者震いだ!決して恐怖ではない!奮い立て!レイアス!


「レイアス様をお連れいたしました」


 俺をここまで連れてきた例の女性神官が、扉の両脇を守る神殿騎士たちに言うと、その一人が中に取り継ぎをする。許可が下りたらしく、神殿騎士たちは一礼すると、扉を開いた。俺はゴクリと息を飲むと、中へと一歩踏み入れた。


「久しぶりだな、息子よ」

「ええ…。本当に、お久しぶりです」

 

 そう言いながら、俺は自前の杖を構える。玉座に座する親父は、笑みを浮かべながら首を傾げた。どうやら神官たちは部屋の外で待機しているらしく、この部屋には俺と親父しか居ない。


「お、やっと反抗期か」

「いいえ、常に反抗期です」

「反抗期にならないように、抑えていたのに。逃走とは、面倒な手を使ったものだな」


 この暴君め…!


「…この三年間、無駄にはしない」


 俺は杖に有りっ丈の魔力を込める。魔力光が杖の先に集まって行く。


「遅い」

「グフッ」


 額に衝撃が走り、俺は吹っ飛ばされた。咄嗟に受け身の体制をとり、床に着地した。


「本当に、お前のそれを見ると猫みたいだよな」

「猫じゃないです!」

「ほら、威嚇してるみてえ。フシャーって言ってみ」

「その口、聖呪で縫いつけてやりましょうか…!」

「できるものならやってみなー」


 親父は俺の放つ魔法球をひょいひょいと避けていく。聖呪の編み上げを行おうかとした時に、親父の手が伸びてきて、俺から杖を奪った。


「くっ…!」

「編み上げが遅いのは相変わらずだな。言ったろ、コンマで納めろって」

「それをできた人間を貴方以外に見たことがないのですが!」


 俺は膝をつき、肩で息をした。悔しい。また敵わなかった。もっと鍛錬しなければ。


「やれやれ。困った息子を持つと親は大変だぜ」

「親らしいことをされた覚えがないのですが」

「そりゃお前、俺が急に父親味溢れた奴になったらどうよ?」

「世界の滅亡を予感して三日三晩天に祈りを捧げます」

「…淀みなく言うところがムカつくがまあ当たりか」


 親父はため息と共に俺に杖を投げて寄越した。


「さて、俺が勝ったんだから一個言うこと聞けよー」

「は⁉︎そんな約束してないでしょう⁉︎」

「俺がした。心の中で」


 なんて横暴な。どんな無茶振りを言われるのかと、親父が口を開くのを待っていると。親父はニヤリと笑って、俺を見下ろして言った。


「レイアス。お前、大神官になれ」

「は…?」


 俺は絶句し、目を点にした。


 ✳︎✳︎✳︎


 白い花吹雪が、舞う。神の花と呼ばれるこの花は、多くの神官が所属する世界神殿の中で、教皇とそれに次いでもっとも神の加護の強い神官である大神官だけが扱うことを許される。神殿のイメージカラーである白は、この花の色から来ている。


「レイアス=ダリル・フォルティオ。神の名の下に、貴殿を、大神官に任命する」


 教皇であるクソ親父が外用の態度で、厳かに告げる。その手から、神の花アリアローズを模した装飾の施された法杖を手渡された。ここでこの手を出し払って逃げてしまいたいが、背後に控える百を超える神官に、それを超える数の神殿騎士によってそれは阻まれる。なんて恐ろしいところなんだ。


「謹んでお受け致します。全ては神の御心のままに」


 そう言って受け取れば、どっと歓声がわく。やめろ、罪悪感が半端ないだろうが!笑い声が聞こえて目線を上げれば、いい笑顔で笑う親父が居た。…その顔面に拳ぶち込んでやろうか。


「まあ頑張れよ。…お前だけ楽しく冒険者なんてさせてたまるか」


 この、腹黒神官!やっぱりそういうことかよ!嫌がらせに神殿全部を巻き込んでんじゃねえ!信仰心のない俺が大神官なんかになってどうする⁉︎神の怒りで冗談じゃなくてマジで世界滅亡すんぞ!あれ、でも俺の持論では神は存在しないわけで、なら…あれ、でも?


「あ、あと今度お前と聖女の婚姻の話が出てるからそのつもりで」

「は、あ…?」


 そのまま教皇用の法衣を翻し退出していく親父の背中を惚けて見ていると、誰かにそっと隣に立たれた。


「レイアス様。民へのお披露目にございます。あの、私とのことも、此度一緒に…ふふ、何だか照れてしまいますね」


 美しく微笑んだのは、俺の帰還時に杖を差し出してきた女性神官。まさか、まさか…⁉︎俺は彼女の見に纏う特別な紫の刺繍が施された法衣を見て固まった。


「志を途中にしてまで神殿に戻ってきてくださったレイアス様ですもの。聖女である私が、妻となってお支えするのがよいと、神もまた仰っておりましたわ」


 聖女…様⁉︎だってあの時…⁉︎あ、そう言えば聖女の色である銀が見えたような…?


「さあ、参りましょう!」


 とても素晴らしい笑顔で告げた聖女様に腕を絡ませられ、聖堂を出て、訳の分からぬままに馬車に乗せられ、パレードが始まる。


「大神官様ー!」

「聖女様ー!ユリアナ様ぁ!」

「神の祝福を!」


 ああああああああ!!!どうしようか。何だかとってもマズイ気がする。隣で微笑む聖女様を見て、何も思わないわけではないが。いやしかし。聖女様をここまで洗脳させて、何が目的だクソ親父。まさか、自分にとって都合のいい存在をナンバーツーとナンバースリーに据えて、自分はナンバーワンになり、神殿を掌握するつもりなのか…⁉︎


「貴方様と現教皇のお力添えのおかげで、再び神殿は民の心に寄り添うことができます。信仰あってこその、神殿です。民の心を汲もうと力を注がれた貴方方の姿が、腐敗した神殿を再生させたのです。このご恩、私の一生を貴方様と共に神に仕えることでお返し致します」


 ほんのりと頬を染めて言う聖女様…。ヤバい、マジで洗脳だ!俺、そんなことした覚えない!


「貴族の賄賂に目もくれず、ただひたすらに真に神の救いを求める民たちに、その類稀なる力を振るい続けた…。たとえ、自らの益とならずとも。清貧を絵に描いたような貴方は、私の憧れです」


 いや、確かに貴族を相手にはしなかったけど、それは高いお金払ってくれるお貴族様に、信仰心皆無の俺が術を施す訳にはいかないと…。どんなファクターがかかったらそんなことになる⁉︎解釈がオカシイ…。清貧というよりは、貧民街生活での貧乏性が身につきまくってるだけで。高額なものは汚したり壊したりするのが怖くて近寄りたくない、金はそもそも使い道が生活費以外に思いつかない。ていうか親父の酒代で毎月カツカツだ。待て、何処に俺が賄賂を入手できるルートがあったよ⁉︎貰えるんなら欲しかったわ!


「レイアス様、ずっとこのユリアナをお側に置いてくださいませ」


 そう言って、聖女様は俺の頬に口付けをした。湧く歓声。祝福の嵐。おい待てこら。なんだ今のは。とっても柔らかかった。え。いやちょっ!もう一回⁉︎いやいやいやいや!ご褒美ですけれども!でも!


 …あーもういいや。訳わからん。何かあったら知らぬ存ぜぬ全部親父が糸を引いていたんですーで通そう。うん。だから今は取り敢えず、話を合わせておこう。俺が敬われるとか最早よく分からんが、ばれた方が恐ろしい未来が待ち構えている。


「聖女ユリアナ様…その望み、我が聖名ダリルに掛けて、叶えると誓います」


 俺が言うと、聖女様は花が咲くように笑った。


「はい!その誓い、我が聖名フローラに掛けて、お受けいたします。それから、私のことはユリアナと呼び捨てで構いません」


 俺、気楽で自由な冒険者ライフを楽しんでたはずなんだけどなあ…。目先の問題は、どうやって早期隠居を叶えるかだな。まずは後継者探しからか。しっかし俺はもう、候補だけどほぼ確定なんお嫁さんがいるわけだしなぁ…。聖名に掛けて誓っちゃったし。取り敢えず教育パパにでもなるかねえ。大歓声の中、俺の思考はやっぱり不謹慎な内容しかない。今、とにかく叫びたい。


 俺には信仰心なんてないんだって!と。

✳︎人物紹介✳︎

主人公

レイアス=ダリル・フォルティオ(19)

煩悩多めの天才肌な青年。容姿は銀髪金目と神聖視される色をふんだんに使った、神秘的な雰囲気の美人顔。容姿や色んなファクターの所為で、慈愛に溢れた清貧の神官と呼ばれているが、実際は煩悩にまみれている。権力に弱く、猫かぶりが上手。養父に似て時折ゲスくなる。根はいい子。なので与えられた権力は怖くて使えない。それが余計に周りからの支持を集めていることに恐らく一生気付かない。神の加護は溢れるほどにある。


養父

ティード=シェルフト・フォルティオ

レイアスのパパ。貧民街からレイアスをゲットしてきた。神官なのに前衛でも十分に戦えるという異色の存在。たぶん神殿最強。神の加護により察知能力に長けており、それによって神の加護の厚いレイアスを発見できた。元々はこの人が大神官だった。レイアスを自分の代わりに教皇にしようとしたのに逃げられて自分が教皇になってしまったので、地の果てまで追いかけ(させ)た。レイアスはちゃんと可愛い息子だと思っているが、可愛さ余ってなんとやらである。現にレイアスの聖名はダリル(愛しい人)である。このことにレイアスが気付くのはいつか。


聖女

ユリアナ=フローラ・マーシャ

レイアスの未来のお嫁さん。神託を受けることのできる一代にたった一人の存在。レイアスにベタ惚れしている。レイアスに洗脳疑惑がかけられているがちゃんと純粋にレイアスが好き。幼い頃にレイアスに助けられ、それからずっとレイアスに恋している。最早執着の域に到達しそうなのであるが、それは本人の鉄の意志で今は何とか押しとどめられている。レイアスに次回逃げ出すことになった時にその意志が崩壊するかどうかが危ういところである。要はヤンデレ予備群。妻の座は、実は彼女がレイアスのパパにゴリ押ししてゲットした。

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