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リサイクルショップで10円で買った私の筆記用具たちが常軌を逸してポンコツすぎる

作者: 唯乃なない

 公立高校二年生の至って普通の女子である私は、ただいま英語の授業中である。

 なんとなく眠くなる陽気の中、けだるげな声で説明をする先生の声を聞きながら、ノートに黒板の文字を書き写していた。


「であるからここは~……ここ、ポイントだぞ。テストに出るぞ」


 先生が手を止めて、手のひらで黒板を叩いた。

 思いの外、黒板が大きな音を立てて、先生が「おおっ」とちょっと驚いた顔をする。

 私はそんな様子を「いとおかし」な気分で眺めていたが、ふと我に返ってノートに強調の赤線を書き入れるという決意をするに至った。


 そして、私は赤ペンを握った。

 しかし私は愕然とした。


「しまった……芯が引っ込んでいるじゃないか」


 苦々しい思いで、取り出したノック式ボールペン(赤)を眺めた。

 無情にもペン先が引っ込んでいる。


「くぅ……」


 思わず唸った。


 このノック式ボールペンは近所のリサイクルショップで10円で買った物だ。

 メーカー不明・製造国も不明だが、まず間違いなく日本製ではない。

 まず、ノックするために異様に力が必要で、生半可のことではノックできない。

 一体いつペン先を引っ込めてしまったのだろう。


 覚悟を決めて、ボールペンをひっくり返してノックするボタンを机に当てる。

 そして、ボールペンを握りしめ、ペン全体に体重をかける。


「このっ……!!」


 全体重をかけること数秒、ゆっくりとペンが沈んでいき


 ガッチッ……


 というたかが赤ペンとは思えない重苦しい音と共にノックに成功する。

 私の仕草に反応していくつかの視線がこちらに向いた気がする。

 しかし、気にせず小さくガッツポーズ。

 おっとこんなことをしていては黒板が消されてしまう。

 あわててノートの単語に強調の赤線を引いていく。


 しかし、書いている最中にペンがグラグラしてきた。


「あ、まずい……」


 ボールペンというのは上部と下部の部品にわかれていて、互いにねじ込むことで一つのペンとして成立している。

 しかし、このペンのネジの溝が作りが大分甘いらしい。

 使っていると時々ネジの噛み合わせが外れてしま……


「あっ」


 ビョンッ


 とでも表現するしか無い音と共に、ペンの半分が姿を消した。

 いわんこっちゃない。

 私の手にはペンのグリップだけが残された。

 握っていたグリップ部を残して、ペンの上全体が中のバネの力で空中へ発射されてしまったようだ。


「……わぁ!?」


 数秒遅れて、そんな声が響く。

 振り向くと、教室の向かい側にいる我が友人が大声をあげていた。


「ああ、またそちらに行ったか」


 音から判断するに、発射されたペンの部品は天井にぶつかってからそちらに飛んだらしい。


 席を立ち、友人の机まで移動する。

 友人の机を見ると、ボールペンの芯が深々と突き刺さっていた。


「また刺さってる」


 そうコメントすると友人が顔をひきつらせた。

 実は友人の机に突き刺さるのはこれで3回めだ。

 周囲にはペンの上部のプラスチック部品やノック式ボールペンとしては不自然なほどに太いバネ部品も落ちている。


「い、命の危険を感じるから、もうそのボールペン使わないでよ!」


 友人が机の穴を指さしながら抗議する。

 私はちょっとだけムッとして言い返す。


「そうはいかない。私はこういう消耗品を最後まで使い切るのが好きなんだ。例え10円のペンであっても最後まで使い切る! 使い切る瞬間は激しい快感すら覚える!!」


「ちょ、人がいる前でそういうこと言う?」


「とにかく私は、意地でも最後まで使い切ってみせる!」


「私の身も案じてよ!?」


 言い合っていると、後ろから


「おい授業中だぞ。席にもどれ」


 と先生が言ったので、私は部品を拾い集め、友人の白い目を無視して席に戻ったのだった。



 お昼休み、机の上にお弁当を広げていると、いつものように友人が向かいの机までお弁当を持ってやってきた。

 しかし、友人はなぜか不機嫌そうだ。


「もう、いい加減にしてよ! 私に刺さったらどうすんのよ!?」


 どうやら先程のボールペンのことらしい。


「私は退かない。どのようなへなちょこなボールペンだろうとも最後まで使い切る。これが私の生きる道だ!」


「この変人! だいたい、なんなのよ、そのボールペン!」


 友人はお弁当を机の上に広げながら抗議する。


「前も言ったけど、近所のリサイクルショップで10円で買ったボールペン」


「だからってなんで何度も何度もバラバラになって、私のところまで飛んでくるわけ!? 飛び過ぎでしょ!?」


「なんか中のバネが異様に固いんだよ」


「固いんだよ、じゃないよ! っていうか、なんで毎回私の机に突き刺さるわけ!?」


「芯の先が異様にとんがっているみたい。私は怪我しないように気をつけている」


「あんたはよくても、私が怪我するでしょ! もうそんなボールペン捨てな!」


 と、友人は机の横にかけてある私のかばんから筆箱を引っ張りだした。


「な、なにするの」


「没収!」


 友人は筆箱から例のボールペンを取り出して、自分のポケットにしまいこんだ。


「か、返してよ! 明日から私はどうやって赤線を引けばいいんだ!」


「余ってるから私の赤ペンあげるよ。いつ私にこの変なペンが突き刺さるかビクビクするぐらいなら、赤ペンの一本ぐらいあげたほうがいいし」


 友人が不機嫌そうに言い返す。


「そ、そう? 一応聞くけど、日本製?」


「そうじゃない? どこ製とか気にしてないけど、そこらへんで売ってるペンだよ」


「リサイクルショップじゃない……よね?」


「新品だよ」


「そう……」


 心のなかにふわっとした感情が湧いてくる。


「なんかちょっと嬉しそうじゃない?」


「そ、そんなわけない。いい加減嫌になっていたとかそういうことはないんだ。私はどんなペンでも最後まで使い切ることが好きなんだから」

 

 私は胸を張った。




 その日の帰り、下駄箱を開けるとはらりと白いものが落ちてきた。

 封筒のようだ。


「え、え、ラブレター!? まじ!? まじもん!?」


 なぜか友人が盛り上がって、友人が勝手に拾い上げる。


「ちょっと、それ私の……」


 しかし、私の存在を無視して友人が勝手に封筒を開ける。


「まぁ、あんた変人だけど、黙ってれば美人だから……男って顔に弱いな、もう」


 そんなこと言いながら、勝手に手紙を広げる。


「ちょっと……」


「へぇ、屋上へ呼びつけかぁ。ベタだねぇ~。ま、そこがいかにも、って感じでいいんだけどね」


 感想はいいから私にも内容を見せてもらいたい。


「見せてよ。私のなんだから」


 手紙を取ろうと手を出すと、


「だ~め~」


 と、手紙を持った手を遠ざけられてしまい、取ることができない。


「とにかく屋上へレッツゴー」


 脳天気にそんなことを言われる。


「その前に中身を見せて……」


 しかし友人は


「いいからいいから」


 と私の背中を無理やり押してくる。


「だから、その手紙を見せ……」


「いいからいいから」


 よくない。




 しかし、結局のところ、私は屋上へ来てしまった。


 屋上にはちょっと内気そうな後輩の男子が立っていた。

 私が彼を見た途端、彼と視線が合った。


「…………」


 私は、ゴクリ、と無意識につばを飲み込む。


 一体、私はどうしたらいい。


 私は丸腰だ。

 手紙の中身を見ていない。

 もしかしたら決闘の申し出とか、あるいは特殊な性癖の暴露かもしれない。

 私は一体どのように対応すればいいのだろうか。


「あ、あの、先輩……突然呼び出してすいません……」


 後輩の男子は小さくなりながら頭を下げた。

 どうやら決闘ではないようだ。


「い、いや、それは構わない。ただ、そこに立っている大馬鹿者が手紙を読ませてくれないので、私にはこの状況をいまいち正確に理解しかねる」


 振り向きもせず、後ろに立つ友人を指先で指差す。


「あ、あ、そ、そうですか……ええっと……」


 後輩の男子は顔を赤らめて、うつむいている。

 何かを言おうとしているがなかなか言い出せない、という様子だ。

 これはどう考えてみても、世で言う告白シーンというやつな気がする。

 噂には聞くが、まさか自らが体験することになるなんて思わなかった。


 感無量だ。


「そ、その……僕は……僕は……」


 後輩は声を震わせながら、体中の動きが挙動不審になっている。

 よほど緊張しているらしい。

 ここは先輩として助言をするべきかもしれない。


「落ち着け後輩。言いたいことがうまく言葉にならない時は、まずは箇条書きで整理してみよう」


「は、はい……え? 箇条書きですか……?」


 後輩が怪訝な顔をする。

 私はなにかおかしなことを言っただろうか。


「だ、だからその、ぼ、僕は先輩が……好き……好きっです!」


 後輩は大きな声でそう言うと、ギュッと目をつむった。


「なるほど。それが一つ目だな。それで2つ目は?」


「ふ、2つ目……?」


 後輩はゆっくりと目を開けると、呆気にとられた表情を浮かべた。

 なんでそんな顔をするんだろうか。

 私はなにかおかしなことを言っただろうか。


「だ、だから、その……我慢しようかとも思いましたけど、や、やっぱりダメ元でも好きなんだから告白しないといけないと思って……ごめんなさい」


「なるほど三段論法か」


「え?」


 後輩がまた首を傾げる。


 しかし、聡明な私には全て分かった。

 脳裏に『全ての人間は死すべきものである。ソクラテスは人間である。ゆえにソクラテスは死すべきものである。』という三段論法が浮かぶ。


「君が言いたいのかこういうことだな。一つ、人は好きな相手に告白するべきである」


「え……は、はい」


「二つ、君は私が好きである」


「は……はい……ごめんなさい」


「ゆえに君は死すべきものである」


「……え?」


 後輩はまたあっけにとられた表情をした。


 あれ?


 何か変な『間』が発生した。


「あ、間違えた。ゆえに君は私に告白するべきである、だった」


「は、はい、だ、だからその……だ、駄目ですか? 駄目ですよね……」


「ん~……」


 考えてみたが、私の人生で前例がない状況のため私の手に負えない。


「どうすればいい?」


 後ろの友人に振り返ると、友人はすごい勢いで首を立てに何度も振った。

 しかし、不純異性交遊をした時のリスクは私には計り知ることができない。


「うーん、正式に付き合う前にまずは無料体験コースとかないだろうか。そういうコースある?」


 しかし、後輩は困った顔になってしまった。


「えっと……」


 そこへ友人が割り込んできた。


「はいはいはい! 付き合うってさ! もう! あんたがわけ分かんないこと言うから困ってるでしょ!?」


「だって……」


「い、いいんですか?」


 後輩の視線が刺さった。


「う、うーん……じゃ、じゃあ、とりあえず、今使っている消しゴムが終わるまでなら」


 ということで、とりあえず付き合ってみることになった。






 付き合ってみて1週間ほど経ってみたある日のこと、休み時間に友人が話しかけてきた。


「で、後輩君の彼とはどうなの!?」


 ここ最近ずっとこの話題ばかりだ。


「毎日聞かれても、そんなに状況は急変しないけど」


「ああ、じれったい!! 正直に言いなさいよ。彼との関係はどうなの!?」


「刺激がない」


「贅沢すぎるんだよ、あんたは!」


 素直に答えると、友人に勢い良く頭を叩かれた。

 理不尽だ。


「痛い。……だって、刺激がない」


「何様だよ、あんた!」


 友人が歯ぎしりをする。


「なにが不満なの!?」


「メールはするんだけど、非常に事務的」


「それはあんたのメールの文面が悪いんでしょうが! 絵文字どころか感嘆符も使わないじゃない。『今日は穏やかな一日であった。』とか一行だけ書いたメール送られても後輩君だって困るでしょ」


「そう言われても。それから、一応一緒に下校してるんだけど、会話が盛り上がらない」


「デートは?」


「休みは自分のために使うから無理」


「はぁ!? なんでそうなるの! どうなってるのよ、あなたの頭の中は!」


 友人が私の肩をつかんでグラングランと揺する。

 気持ち悪い。


「で、でも、約束したとおりに消しゴムが終わるまでは付き合うから。武士に二言はない」


「なにが武士だ! なんであんたみたいな唐変木のところにラブレターが来て、私に来ないんだぁ!」


 友人が怨念のこもった視線を向けてくる。


「うーん、見た目とか?」


「そういうコメントしなくていい!」




 今日もいつものように放課後デートだ。

 というものの、一緒に勉強しているだけである。


 私が難問に唸っていると、彼が顔を上げた。

 私と居る時彼はいつもほんのり顔が赤いようだ。


「あ、すいません先輩。筆箱忘れちゃって……筆記用具借りていいですか? シャーペンだけは友達から借りたんですけど」


「な……なんだって?」


 思わず私は10円のシャーペンを取り落とした。


 私の筆記用具を借りようなんていう申し出は何年ぶりだろうか。


「い、いけませんか?」


「いや、是非とも使ってくれたまえ。だが、私の筆記用具は大変ピーキーだ。君に使いこなせるだろうか? ふふふ」


 「私の時代が来た」と感じながら、私はいそいそと筆箱を開いた。


「消しゴム借りたいんですが」


「うむ!」


 筆箱から私の10円の消しゴムを出して彼に貸す。

 彼はしばらくノートを消しゴムでこすっていたが、手を止めた。


「消えないんですけど……」


「そんなことはない。消しゴムは文字を消すためにあるんだ。自分の力を信じるんだ」


「わ、わざわざ、信じないといけないんですか……?」


「もちろんだ。自分を信じて渾身の力を込めてリズミカルにこすらないと文字は消えない。いいか、とにかく自分の力を信じてこすることが大切だ」


「これ本当に消しゴムですか?」


「も、もちろんだ。私はちゃんとリサイクルショップの文房具コーナーにあるものを買ったんだ。その消しカスを見給え。これが消しゴムでなくてなんだろうか」


 実を言うと私も疑問に思っている。

 この消しゴムは何者なのだろうか。

 こすれば確かにゴムが削れて普通の消しゴムのカスと似たようなものが出る。

 だが、なぜか字が消えない。

 どうしてゴムが削れるのに字が消えないのか。

 普通に字が消える消しゴムよりも逆に作るのが難しそうだ。

 謎の技術力だ。


「うん、け、消しゴムだ。間違いない。それは、消しゴムなんだ」


「そ、そうですね……」


 彼は微妙な表情で頷く。

 彼は一生懸命にこすった。

 消しカスがどんどん出てくる。

 偉い。

 なんて将来有望な男子だろう。

 80回ほどこすったところで無事文字が消えたらしい。


 しばらく黙って黙々と問題を解いていると、また彼が顔を上げた。


「あの、修正テープ貸して貰えますか? ちょっと間違えを直したいので」


「修正テープ? そんなハイカラなものはない。修正ペンを使い給え」


 筆箱から10円の修正ペンを取り出して、彼に渡す。


「え……?」


 彼が受け取った修正ペンを訝しげに見つめる。


「なんか、ちょっと太くないですか?」


「気にしてはいけない」


「これもやっぱりあのリサイクルショップで買ったものでしょうか……」


「当たり前だ。私の筆箱の中の文房具は全てリサイクルショップで買ったものだと言っただろう。しかも、例外なく全て10円だ」


 また彼がしげしげと修正ペンを見る。

 たしかに一般的な修正ペンと比較して、太さが3倍ほどある。

 ペンというよりボトルに見えるが、私がペンだというのだからペンなのだ。

 もちろんこれもラベルがないので商品名どころか原産国すら不明だ。


「あ、ありがとうございます」


 挙動不審な感じで、彼がお礼を言う。

 なんだその腹に一物ありそうな微妙な言い方は。


 彼が修正ペンの巨大なキャップを取り外し、そのまま自分のノートに目一杯押し付ける。


「あ、馬鹿……」


「な、なんですか?」


 いわんこっちゃない。

 ペン先から修正液がすごい勢いで出てきた。


「わ!?」


 彼が慌ててペンを持ち上げるが、持ち上げてもなおボタボタと修正液がノートの上にこぼれていく。


「や、やばい、止まらないんですけど!?」


「かして!」


 ペンをつかみとって、ペン先を上に向け、机に軽くトントンとぶつける。


「一度漏れだすとこうやらないと止まらないんだ。この修正ペンは出すぎるからそんなに目一杯押し付けちゃ駄目なんだ……けど手遅れか、うん」


 すでに彼のノートの上には直径5cmほどの白い池ができている。


「だ、大丈夫です……」


 彼が力なく呟いて、ポケットティッシュを取り出す。


「待った。その修正液を拭き取るなら気をつけるんだ」


「え、何がですか?」


「絶対に手につかないように気をつけて。肌についたらとんでもなくかぶれるから」


「……え?」


 彼が修正液の池を凝視する。


「これ本当に修正ペン……? っていうか、ボトル……」


 私は黙殺した。


 さらに二人で黙々と問題を解いていると、彼が声を上げた。


「あ、芯が終わった……」


 そういって私の顔を見た。

 私も顔を上げて彼と視線が合うと、彼は顔を赤らめて視線をそらした。


 ふむふむ。

 これが青春というやつなのだろうか。


「あの、芯……」


「あ、あぁ、すまない。残念ながら私の持っている芯は一般的なシャープペンと互換性がないんだ」


「それもリサイクル……」


「もちろんだとも。これも10円だ!」


 机の上に10円のシャープペンの芯を置いた。


 後輩くんは微妙そうな顔をする。


「まぁ、この芯はそのシャーペンで使えないから、私のこのシャープペンを使い給え。安心しろ、このシャープペンは私の筆箱の中で優等生だ。30回ノックして1回しか芯が出てこないという些細な問題以外は特に問題がない」


 彼は無言でシャーペンを握って字を書き始めた。


「ほ、本当だ。せ、先輩、これ結構普通に使えますよ?」


「そうだろう。これがなかったら私はノートを取ることすら出来ないよ」


「うわ……嘘みたいに普通……」


 彼は奇跡を目撃した者の表情でしばらく計算式を書いていたが、ついに芯がすり減った。

 彼は2・3度ノックしたが手応えをないのを感じたらしく、ひたすらノックを繰り返す。


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ


「お、出た!」


 彼が嬉しそうに笑う。


「どうだ、ちゃんと使えるだろう!」


 私もドヤ顔で答える。


「た、たしかに大変だけど……で、でも他のより遥かに使えますね」


 彼がまた字を書きながら答える。


「そうだろう! この感動を分かってくれたか!」


 私は感動のあまり、思わず彼と固い握手をした。


 そして、さらに問題を解いていると、彼がこんなことを聞いた。


「そういえば、その鉛筆はどうなんです?」


「これのこと?」


 私は筆箱の中から、1ダース10円の鉛筆を取り出した。


 この鉛筆も原産国は不明だが、一応ロゴマークはついている。

 ただそのロゴマークは「太陽のマークの中にうさんくさい男の顔」という奇妙なデザインだ。

 豆粒のような小さな顔なのに、なぜか授業中よく目が合って妙な気分になる。


「はぁ……この鉛筆は私もおすすめしない」


「せ、先輩ががおすすめしない鉛筆ってどれほど……」


 彼が(おののく。


「その鉛筆で文字を書いてはいけない。焦げて炭化した豆腐なんじゃないかと思うほど簡単に芯が折れる」


「と、豆腐……そ、そんな鉛筆を先輩は使ってるんですか?」


「まさか。もしものときの備えであって、普段は絶対に使わない」


「もしものときって……」


「他の筆記用具全てを忘れた時にこんな鉛筆でもあれば、かろうじて名前ぐらいは書けるかもしれないから」


「書けますかね……?」


 私は答えられなかった。

 その雰囲気の悪さに耐えられなかったのか、彼はカッターを指差した。


「さ、さすがにそのカッターはまともですよね?」


「いや、まさか」


「え!? だってカッターですよ!?」


 私は10円のカッターを手に取った。


「私の文房具を舐めないでもらおう。このカッター、一見して普通の刃が付いているように見えるが、じつはこの刃は切れるところと切れないところが混ざり合っている。普通に切っていてもいきなり切れなくなったり、とたんにすごい切れ味で切れたりして、細心の注意を払うようにしないととても危険」


「か、替え刃とか……」


「実は私もそれは考えた。ただ、これもシャープペンと同じように国内の普通のカッターと互換性がないんだ。そもそも、普通の店じゃこれに合う替刃が売っていない」


「それじゃ……」


「話は最後まで聞いて欲しい。実はそのリサイクルショップなら替刃も売っている」


 彼が何かを察したのか、怪訝な表情を浮かべた。


「私はそれを買った。そして刃を替えた。その結果がこれだ」


 と言って、そのカッターをビシッと彼に突き出した。


「え?」


「つまり、替刃を買っても全く同じだった。というか、元より悪くなった。これはこういうものらしい」


「た、大変ですね……」


 彼は感慨深そうにつぶやいた。

 なにか、すこし仲良くなった気がした一日だった。




 その後、友人のすすめもあり、というかテスト前だったので、休日も彼と一緒に勉強することになった。


 が、私は致命的な失敗をした。


「な、なんということだ……」


 今度は私が筆箱を忘れてしまった。

 私は消耗品を最後まで使い切ることが好きなのに、今日はどれだけ書いてもペンのインク残量の消耗に影響しない。

 口惜しすぎる。


「せ、先輩……どうしました? 気分悪いんですか?」


「そうじゃない。筆箱を忘れてしまったんだ」


「ええ? それどころじゃなく見えますけど?」


 どうやら私の顔色はよほどすぐれないらしい。


「い、今の私は全くの丸腰。ふ、不安でたまらない。指先が震えている」


「だ、大丈夫ですか? 僕ので良かったら貸しますよ?」


 彼が筆箱を私の前においた。


「うっ……うぅ……」


 目の前に並ぶ10円じゃない文房具の数々が眩しすぎて心が激しく揺さぶられる。


「な、なにか悪かったですか?」


「え?」


「なんか、凄い目つきになってますけど……あ、す、すいません」


「い、いや、構わないよ。ちょっと私には刺激が強すぎただけだ」


 私はシャーペンを借りて文字を書いた。

 危なげない使い心地に心を持って行かれそうになるが、私のシャーペンだって書くだけであればそれほど差はない。

 大丈夫、私は屈しない。


 しかし、消しゴムを握って文字の上をこすった瞬間、私は奇跡を見てしまった。


「嘘だ……これは……これは魔法だろうか?」


 2・3度こすっただけでシャーペンの文字は綺麗に消えた。

 まるで元からなにも書いてなかったかのように。


「普通の消しゴムですけど……」


「嘘だ。こんな簡単にしかもこんな綺麗に文字が消えるなんて!? こんなことがあっていいのか!? なにかの間違いだ! 間違いだと言ってくれ!」


「そうじゃなくて、あの消しゴムがおかしいんだと思うけど……あ、すいません」


「言いたいことは分かる! ま、まさかここまで違うとは……!! 私は日本の文房具をなめていたようだ」


 私の魂は今まさに天に召されそうなほどにエキサイティングしている。

 すると彼はこう言った。


「あの、僕のでよければ半分あげましょうか?」


「なっ!?」


 思わず彼を見ると、彼の後ろから後光がさしていた。


「…………」


 私は思わず彼の手を握ったのだった。

 そして、その日から私の10円の消しゴムはまったく減らなくなった。



 2月だと言うのに季節外れに暖かいある日のこと。

 掃除がてらにいらないものを捨てようと古い荷物をひっくり返していると、見覚えのある筆箱が出てきた。


「あ、まだあったんだ」


 高校時代に使っていた古い筆箱だ。

 開けると、見覚えのあるボールペンや修正ペンが出てきた。


「懐かしいな、これ……」


 手のひらで転がして、昔感じた感触を思い出した。

 高校2年の途中まではこの頼りない筆記用具たちで乗り切ったのだが、結局受験勉強を前にしてそんなことも言っていられなくなった。

 私はなんとしても使い切りたかったのだが、使いにくい筆記用具と格闘している私に呆れた母親が日本製のまともな文房具一式を買ってきたのだ。

 そして、私は『受験勉強が終わったらまたお前たちを使うために戻ってくる。I'll be back!』と言ってこの筆記用具たちを封印したのだ。


「ははは……忘れてたなぁ」


 結局、そのまま封印したままになり、大学生になった私は海外製の筆記用具を買い集めるようになって、すっかりこの子達のことを忘れてしまっていた。


 筆箱をひっくり返すと、消しゴムが出てきた。

 自分だけ削れて文字が消えない頼りない消しゴム。


「そうそう、この頼りない感触。そういえば、あいつにはこの消しゴムが終わるまで付き合うって言ったっけ? その通りになっちゃったなぁ」


 あいつがくれた半分の消しゴムを使い切った後は、母親が買ってきたまともな文房具たちに移ったので、この消しゴムは最後にあいつが使った時のままだ。


「ふふふ、あの時のこと、覚えてるかな?」


 私は独り言を言いながら、その消しゴムをテーブルの上のケーキの前に置いた。


 結婚一周年記念のケーキの前に。







 そんなネタ盛り沢山の筆記用具を封印してしまうなんてとんでもない!

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