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スペースインベーダーへの鎮魂歌

作者:逢坂十七年蝉

「やぁ、地球人。侵掠される覚悟はできたかね?」


 七分ほどの無音の後、”彼”はいつも通りの挨拶を投げかけた。

 機械合成された音声は無機質で感情を含んでいない。

 それでもどことなしに、私は”彼”が疲れているように感じた。


「やぁ、Mr.オルボールド。こちらには残念ながら降伏の意思はないよ」


 いつも通りの挨拶。

 私の返事は機械合成され、冥王星軌道よりも少し先で急減速しつつある”彼ら”の宇宙戦艦へと光の速さで返信される。



 二〇二三年。

 人類は史上初のファースト・コンタクトを達成した。

 宇宙の彼方からやってきたクラウナリンを名乗る地球外知的生命は人類に対して宣戦を布告。

 速やかなる降伏と、地表の七〇%を明け渡すようにと勧告してきた。


「……君たちも強情なことだな。さっさと降伏を決めて、歓迎のセレモニーでも準備すればいいのに」

「まぁ、そういうわけにもいかないよ。こちらにもこちらの事情がある」


 はじめての通信以降、地球上の各国政府は大混乱に陥ったという。

 当たり前だ。

 恒星間航行能力を有する地球外知的生命体。

 光の速さを超える通信技術を有する彼らは、少なくとも21世紀初頭の人類では太刀打ちできない科学力を有しているのだ。


 但し、時間だけはたっぷりあった。

 クラウナリンたちはSF小説のようにワープしたり、慣性を制御したり、ましてや光速を超えたスピードで地球に宇宙母艦を飛ばして来たりはしない。


 既知の自然現象に従い、着々と、確実に、太陽系外から内惑星系へと向かってくる。

 少しばかり行き足が付きすぎているので、減速までする始末だ。


 そんなわけで、彼らの地球軌道への到着はどうやら十数年後らしいということがはっきりした。

 今の内に迎え撃つ軍事力を高めようという人々もいるし、何とか交渉で戦いを回避しようという人々もいる。


 私は後者の「交渉しよう」という考え方に共鳴し、その為に職を変えた。

 必死に勉強したことと、大きな運、それに人脈やらなにやらが奏功して、今はこうして非常に歴史的意義のある席に座っている。


「ところでMr.オルボールド、少し疲れていやしないかね?」

「……そんな風に聞こえるかね?」


 合成音声の無機質さに、心なしか色が付いたような気がした。

 彼らの姿は未だに明らかにされてはいないが、口の横にある触腕を振るわせることで音声を発してコミュニケーションを取る。

 それを耳の悪い私たちの為に機械音声に変換する技術を開発してくれたのは、日本の札幌に拠点を置く企業だという。ありがたいことだ。


 何年も前に一度、「どうせ変換するのなら、彼らの声を声優の声にしてくれないか」と上司に嘆願してみたことがある。

 結果は、NO。

 ”彼ら”に対して親愛の情を抱いてしまうことを防ぐ目的があるらしい。


 とは言え、こうやって毎日毎日交渉という名のコミュニケーションを続けていれば、嫌でも相手のことは分かるようになる。

 少し異常なまでに時間に几帳面なMr.オルボールドが時間に遅れたことなど、”彼”が交渉担当に就いてからはじめてのことなのだから、尚更だ。


「……実は、父が帰陽してね」


 帰陽、というのは”彼ら”の死生観を知る上で重要な宗教用語だ。

 クラウナリンの魂は死後、恒星に召し上げられ、プラズマで焼き清められた後、新しい生命の源として宇宙に光や熱の形で拡散される。


 つまり、Mr.オルボールドは父親を亡くしたということだ。


「それはご愁傷様」


 私は答えてから、軽く目頭を押さえた。

 先代のMr.オルボールドは、私もよく知っている。

 当代のMr.オルボールドが業務を引き継ぐ前の交渉担当者は彼だったからだ。


 それだけではない。

 Mr.オルボールドの祖父も、その父親も、そのまた父親も私はよく知っている。


「……息子さんは元気かね?」

「ああ、お陰様で。随分と地球の文化にも詳しくなった」


 通信用コンソールのカレンダーアプリに視線を向けた。

 今は十月。

 ……ということは、あと二ヵ月だ。



 クラウナリン母船団の遺伝子保存機構が完全に崩壊したのは、もう数百年も前だという。

 母星系を出発した時にはおおよそ一二〇年の長命を誇っていた彼らは、今では僅かに三年の寿命しか持っていない。


「残念だよ、今日こそ降伏してくれると思ったのだが」

「こちらこそ残念だよ。今日こそ侵掠の意思を改めてくれると期待していた」

「……通信終わり」

「……通信終わり」


 私にとっては数分の通信だが、彼らの一生を考えると、あまりに長い時間を拘束していることになる。

 意味のある交渉が行われたのははじめの数世代で、後はこうして挨拶を交わすだけだ。


 当代のMr.オルボールドも、あと二ヵ月で交代。

 それからしばらくして、息子から今日と同じことを私は告げられるわけだ。



 彼らの母船団に生き残っているクラウナリンの総数は、交渉開始の時点で三百万。

 それが今では四十六万だという。

 加速度的な現象で、社会システムの維持も困難になっているようだ。



 地球まで”彼ら”の母船団が辿り着いたとき、果たして何人のクラウナリンが生きているのだろうか。

 或いは。



 翌日、Mr.オルボールドからの通信はなかった。

 その翌日も。

 そのまた翌日も。


 

 数日後、ハワイのマウナケア新重力波天文台は、クラウナリンの母船団の軌道成分に修正が加えられたことを発表した。


 これまでは地球軌道へのランデブーを目的として航行していたが、今は真っすぐに太陽を目指して飛んでいるのだという。


「……帰陽、ね」


 彼らの魂が、異邦の太陽でも、正しく焼き清められますように。

 私にできるのは、そう願うことだけだった。

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