▲マカヒキと大江助手(写真は21年京都大賞典勝利後・提供:大江祐輔調教助手)
ダービー馬マカヒキが7年にわたる競走生活から先日、引退しました。昨年10月には京都大賞典で久しぶりの勝利を手にするなど、多くの感動を与えてくれたマカヒキ。
デビューからずっと一緒に歩んできた大江祐輔調教助手にとっても特別な1頭で、後にも先にも味わったことのない衝撃をデビュー前に受けたとか。「マカ蔵」と呼ぶ人懐っこい相棒とはダービーの舞台もフランス遠征も、そして勝ち星から遠ざかり辛く苦しい日々もともに過ごしてきました。そんな大江調教助手がマカヒキとの思い出を振り返る「マカ蔵手記」です。
(取材・構成:大恵陽子)
ダービーの直線、間から抜け出した姿にゴールを前に涙
僕がマカヒキと初めて出会ったのは、栗東トレセンに入厩してきた時でした。
ゲート試験は北海道ですでに合格していて、担当したスタッフからは「いい馬」と聞いていました。乗ってみるとたしかにいい馬だったんですけど、「この良さが出るまでに少し時間のかかる奥手タイプなのかな」というのが最初の印象。それなのに、2日目に乗ると馬が全く違っていました。「これは間違いなく走るし、“走る”のレベルが違うな」と。
このワクワク感は日を追うごとに大きくなっていって、「上のクラスで」「いやいや、GIで」「ダービー!」と膨らみ、ついにはデビューを前に「ダービーで好勝負をしないといけない」と未来を想像させるものがありました。ダービーを目指さなきゃいけない、と思う馬はいても、デビュー前にここまで思った馬は後にも先にもマカヒキだけです。
いま思うと、初日の乗り味は輸送直後だったことと、初めての環境で馬が様子を見て控えめだったのかもしれません。
▲デビュー前にここまで思った馬は後にも先にもマカヒキだけ(提供:大江祐輔調教助手)
この頃、マカヒキを見ていて「マカ蔵っぽいな」と思って、それ以来そう呼んでいます。なんで? と理由を聞かれても説明が難しいんですけど、なんとなくそんなキャラクターだったんです。「マカちゃん」と呼んだりもします。
マカ蔵は3歳春になると弥生賞で2歳チャンピオンなど世代トップと戦いました。いい試金石で、その中に入っても勝負できる自信があったので、追い切りではクリストフ・ルメール騎手に「サトノダイヤモンドに負けないくらい走るよ」と送り出していました。
そこを勝って、皐月賞も好勝負ができると思いましたが、位置取りが少し後ろになってしまい、中山では厳しかったかなと思います。マカヒキはこの時、一歩一歩キャリアを積んでいる最中でしたし、川田将雅騎手もレースでは初騎乗。ラストはしっかり追い込んでポテンシャルを見せてくれて、僕たち陣営もジョッキーも自信を深めた一戦になったんじゃないかなと思います。
だから、ダービーも自信を持って送り出しました