100歳まで目を保つ ~寿命より先に見えなくならないために~
人生100年時代という言葉はロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン教授らが「LIFE SHIFT100年時代の人生戦略」という著作の中で提唱したものです。世界的にこの考え方は注目されており、日本では2017年に安倍晋三内閣が「人生100年時代構想会議」を設置するなど政治的、社会的に取り上げられるようになりました。人類は非常に長生きする時代に入っており、100年生きることを前提とした人生設計が必要とされています。
日本人の平均寿命は厚生労働省が出している簡易生命表で確認することができます。これによれば、2022年の推計で男性が81歳、女性が87歳になっています。100歳までは生きないとしても、かなり長生きをする時代になっています。 一方、WHO(世界保健機関)の統計によると、先進国では実際の寿命の約10年手前で健康寿命が尽きてしまうとしています。平均寿命を10年差し引きすると、日本人は男女とも70歳代で深刻な病気などをして、健康ではなくなってしまうということになります。しかし皆さん、これを甘んじて受け入れてよいのでしょうか。これからの長寿社会に備え、自らの健康に投資をしていくべき時代が来ています。
◇フレイルに介入を
深刻な病気をして要介護状態になる―。こうなると健康に戻るのはかなり難しいです。要介護の前のところで介入して、健康に戻していこうという考え方があります。この要介護前、かつ健康な状態に戻り得る不安定な状態を「フレイル」と呼びます。フレイルの定義は「加齢に伴い身体のさまざまな機能が低下することによって、健康障害に陥りやすい状態」です。フレイルの状態で何らかの手を打てば、元気な老後が手に入るのではないかということです。 フレイルは「身体的フレイル」(体が弱る)、「心理的フレイル」(心が弱る)、「社会的フレイル」(社会性が落ちる)から構成されます。それぞれが相関しながら「全体的に」弱っていくとされています。フレイルへの介入は各分野で取り組まれています。 歯科ではオーラルフレイルが提唱されており、口腔(こうくう)機能が低下すると栄養が取れないだけでなく、全身の機能も落ちていくとされています。歯科領域はかなり古くから口腔機能の維持に注目しており、1989年に開始された8020運動(80歳になっても20本以上の自分の歯を保とうという運動)はご存じの方も多いでしょう。整形外科はフレイルとオーバーラップする概念としてロコモティブシンドロームを提唱し、骨、筋肉、軟骨などの運動器疾患によって移動能力が低下していく状態に対して積極的に介入していこうとしています。そして眼科領域ではアイフレイルが提唱されるようになりました。 アイフレイルは日本眼科啓発会議が2021年に提唱した言葉です。もともとフレイルには感覚機能の低下という概念が入っており、眼科領域で独立させて考えていこうとしたものがアイフレイルです。眼は外界からの情報の8割を取り入れる感覚器であり、眼の機能低下は、すなわち感覚機能の低下につながると考えられます。アイフレイルは加齢に伴う視機能の低下であり、目が見えないことから身体的フレイル(移動機能低下)、心理的フレイル(うつ、認知機能低下)、社会的フレイル(就労、外出、社会参加の減少)を来します。すなわちアイフレイルとは、全てのフレイルに影響を与える概念です。しかし、視機能の低下は非常に自覚しづらいと言われています。