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*光圀伝はマンガにもなりました。こちらの表紙は光圀の正妻、泰姫。
【あらすじ】
光圀は子を作らず、兄頼重の子を養子にもらい受ける決意をするが、手をつけた侍女が子を孕んでしまう。光圀は皮肉にも父と同様に堕胎を命じるが、それを知った兄頼重は、妊娠中の侍女をこっそりと領内の高松で預かることにする。そんな光圀の思惑をよそに、後水尾天皇の姪で近衛家の娘、泰姫との婚礼話が進行する。光圀は「義」を通すため承服しかねたが、父頼房はその願いを退ける。
泰姫との婚礼は整い、光圀は婚礼初夜の夜に、自分の思いを17歳の泰姫に告げる。光圀の危惧に反して、泰姫は光圀の葛藤を心の底から哀れみ、一緒に乗り越えようと励ます。その後も「天姿碗順」(持って生れた素直な性格)を持つ泰姫の「とびきりの誠意」は光圀の思惑の上を行く。兄頼重夫婦と対面した泰姫は、お互いの子を養子交換するに足る人物と伝えると、光圀は感謝を示し、読耕斎は感動を受ける。
ところがその泰姫が水戸家に嫁いで4年で没し、重ねて無二の親友、読耕斎も亡くなる。読耕斎が残した書を引き継いだ光圀は、新たに水戸藩で書の収集と編纂を行なう決意をする。そのために清国によって滅亡した明国の学者を呼び寄せるべきと建策した少年がいた。その名は藤井紋太夫。
最後まで剛毅だった父頼房が遂に死を迎えた。葬儀のあと兄頼重の子を養子に貰い、世子とする旨宣言する。突然の通告に怒る頼重に対し、光圀はこの義が成らねば水戸藩は自分の代で潰すとまで放言する。真意を理解した頼重は、光圀との養子縁組を成立させるとともに、生まれる前に預かって手元で育てた光圀の子を頼重の世子とすることで「義」を完結させた。
*兄弟で自らの子を交換して跡継ぎとし、その後再度光圀の血筋を水戸藩に戻した家系図(逆説の日本史16巻より)
光圀は明国から朱舜水を呼び寄せて、儒学の師として遇した。光圀が創建した彰考館で学ぶ藤井紋太夫は秀才の誉れを高め、同じく講義を受ける幼い安積覚兵衛も「覚さん」と呼ばれ紋太夫に可愛がられた。また市中で有名な頑固者の貧乏学者、佐々介三郎こと「介さん」を採用して、その知識と行動力で光圀の片腕になる。
若い頃宮本武蔵と共にいて、以降交流を続けた軍学者の山鹿素行や、保科正之の肝いりで暦作りに生涯を捧げた安井算哲(渋川春海)などにも支援を行う。伊達家、前田家、鍋島家、そして御三家の尾張、紀伊など光圀を慕う大名も多く、光圀は日本有数の知識人として確固たる地位を築いていく。
その中で五代将軍綱吉のみは、光圀を敵対視した。実兄の子が有りながら将軍に就任した綱吉は、嫡子が早世すると女系の血筋を養子にして将軍の後継に目論むが、光圀は自らが実践したように、兄の子を後継にすべきと何度も伝え、綱吉から敵意を抱かれていた。折しも生類憐れみの令によって諸大名からも市井からも綱吉の評判は地に落ち、光圀待望論が沸き起こっていた。
但し光圀は分限をわきまえ、綱吉に反感を覚えながらも隠居する。対して藤井紋太夫は分限を誤る。水戸藩が進める大日本史の学問を深める内に、水戸から将軍を出し大政を朝廷に奉還する「義」を行なう妄想に憑かれる。その企みを知った光圀は、若き日に宮本武蔵が止めを刺した手口を使い、自らの手で紋大夫の息の根を止めた。
*芝居となった藤井紋大夫の物語(東京都立図書館)
【感想】
水戸黄門漫遊記として江戸時代から描かれ、テレビでも放映された好々爺の徳川光圀。「介さん、覚さん」も登場するが、テレビ(助さん、格さん)とは役柄が異なり、本作品は好々爺の姿は微塵も見られない。詩で天下と取ろうと目論み、学問を極めようとした光圀は、年を重ねると次第に「鬱積」を制御することを覚える。しかし巨大な「詩魂」が生み出すエネルギーは畏怖と憧憬となり、一部ではやっかみになっていく。
生類憐れみの令などで萎縮した市井に対して、堂々と将軍に意見をする光圀の姿は不満の風穴となる。徳川時代、将軍批判は御法度だが、光圀を通して綱吉を批判するのは例外だった。そのため光圀人気は江戸時代を通して、そして水戸学の影響もあって幕末の志士にも受け継がれ、明治以降にも続いた。幕末の水戸藩で光圀の「鬱積」は烈公と呼ばれた斉昭に、「学識」は最後の将軍徳川慶喜に引き継がれる。
大船を建造して蝦夷地探検に乗り出し、明治まで続く大日本史の編纂作業は水戸藩の財政を圧迫させて後々まで影響を及ぼす。徳川家康の孫は「天下の副将軍」としての存在感は示したが、250年後に起きる幕末の火種を生み出すことになった。
そんな中、泰姫の「天姿碗順」は、あれこれひねくり回す男たちの上を行き、時に光圀をも驚かせて、本作品の中で鮮やかな彩りを加えてくれる。まるで永井路子の「姫の戦国」の主人公のような、女性としてのしなやかさを見せてくれ、その思いが光圀と兄頼重の心に宿り、「大義」を成就させた。
時代とタイミングによって、「個」が圧倒的な存在感を持つ時がある。武将、政治家、そして経済人。家康の孫としてその「魂」を受け継いだ光圀を、本作品では虚実を交えた挿話を重層的に描くことで、やがては将軍をも凌駕する大きな存在となる過程を描いてみせた。「天地明察」の作者は、徳川光圀という正邪や善悪が混在する巨大な人間を題材として、「人望」とは何かを「美事」(保科正之の言)に描ききった。
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