幻聴を消した絵画

東京で開催された絵画展での話です。


その婦人は「花の絵が欲しいと思って来ました」と言いながら会場を回りました。

油彩画や版画、そしてその展示会の招待作家である朴芳永(パク・バンヨン)画伯の韓紙に墨とアクリル絵の具で描いた作品など、100点ほどが展示されています。


婦人が足を止めたのは、朴芳永の「紅梅」を描いた作品です。ミニチュアサイズの色紙に描いたもので価格は4万円ほど。


気に入った絵を作家から直接解説していただき、価格がお手ごろということもあり、よろこんで購入しました。


婦人は購入を決めた後に「幻聴で悩まされている」ということを語り出しました。


「誰かが話しかけてくる声が聞こえて煩わしいのです。家にひとりでいるときや電車の中にいるときも聞こえるのです。」

次第に深刻な表情になってきました。


「精神科でもらった薬を飲んでも治りません」


「ある日、電車の中で耳に話しかけてくる声が煩わしくて、思わず『ウルサイ!』と振り向いたら、そこに居た人に怒られてしまいました。」


そんな笑い話のようなエピソードなど、婦人の話を聞いた朴芳永画伯はこうアドバイスしました。


「そういう症状があるのでしたら『虎』の絵にしたらどうですか?」と。


そして花の絵と同じサイズの小さな色紙に描いた虎の絵が1点あったのでそれを見せました。


すると婦人は「こわ~い。やだ、やっぱり花にする」


■朴芳永「天力(虎)」色紙に墨・アクリル

図1 (2).png

■朴芳永「天力(黒虎)」韓紙に墨・アクリル
朴芳永「黒虎」.jpg
朴芳永「黒虎」2.jpg


婦人は、最初に選んだ「梅の花」の絵を契約している最中に、何を思ったか「もう一度虎の絵を見せてください」と言い出すのでした。


再度「虎」の絵をじ~っと見ながら、「やっぱり虎にする」と言って、結局「虎の絵」に換えて購入し持ち帰りました。


婦人は魔除けを期待して買ったようですが、果たしてこの虎の絵が「幻聴」に対して効果があるのか私も気になっていました。


すると次の日、その婦人から電話があったのです。


「家に帰って虎の絵を出して飾ったあとから幻聴がピタッと消えました!!」。なんということでしょう。


もしかして婦人の幻聴が「霊障」のようなもので、神社やお寺で「お祓い」をするみたいな効果がこの絵にあったのでしょうか?


しかし、ただ祓っただけのものならまた元に戻ってしまうのではないかという思いが私の中に湧いてきて、1週間後にこちらから婦人に電話してみました。


「幻聴は聞こえない」とのこと。


さらに半年後にまた電話を入れました。すると「虎の絵を飾って以来、電車の中でもどこにいても幻聴は聞こえてこない」とのことです。



●解説「幻聴が消えた原因」


もし、世の中に「霊障」というものがあるとしたら、虎の絵は「霊」を祓ってその効果を発揮したことも考えられるでしょう。しかし幻聴の原因が霊障と考えるのはあまりにも短絡的な発想です。

ここで幻聴が消えた様々な要因を考えて見たいと思います。


まずこの虎の絵を描いた画家の紹介を簡単にします。

朴芳永画伯は、2021年に韓国の文化部が設立した(社)韓国デジタルギャラリーの館長に就任しており韓国では名の知れた画家です。若い頃はインスタレーション作品や油彩の写実的な絵画を描いていました。

幼いころから「書」の才能を発揮した朴芳永は、1990年代以降は毛筆と墨を使った線描による芸術に変化して現在に至っています。画風は、韓国の伝統絵画の一つである「朝鮮民画」からの影響も受けています。



朝鮮時代(1393~1897年)に描かれた民画の目的が「辟邪招福」、簡単に言えば邪気をしりぞけて福を招来することです。特に「虎」の絵は辟邪絵として庶民の間でも親しまれ人気がありました。

民芸運動の創始者である日本人の柳宗悦が美学的な価値づけをしました。


■朝鮮民画の虎図
李朝下巻p013.jpg
38-2民画カササギと虎 (2).jpg


民画の描き手は、多くの場合、それを飾る注文主の家内の問題を解決することや福をもたらすことを動機として描いていました。

健康長寿や子孫繁栄など人々の願いは様々で、それに呼応した画題、例えば子供がなかなか出来ない家では「柘榴の絵」を飾ったりしました。

朝鮮民画を飾ることで、願ったことに対する効果が実際にあったのかもしれません。確かな原因はともあれ、効果が無ければ、朝鮮民画が朝鮮時代数百年のあいだ連綿と続いて、夥しい数の似たような題題の作品が残されていくはずがないのですが、絵そのものの働きというよりは絵画が心理に与えた影響が大きく作用しているのではないかと思うのです。

現代人の心の中にも、運勢が良いとされる何かに頼ることで「悪いことから逃れ現実をよくしたい」という思いがあったりします。

先述した婦人の幻聴においても、虎の絵自体が魔除けの効果を発揮して邪気を祓い「霊障」を鎮めたという見方ではなく、もっと他の様々な理由が考えられます。



●科学的な視点

以前に知り合いの精神科の医者から「幻聴は統合失調症の一種で薬を投与しなければ治らない」と聞かされたことがあります。先の婦人は精神科で薬を投与されていました。ただしそれを飲んでも幻聴は治りませんでした。

一つの症状に対しての診断内容は医者によってもおそらく差異があります。ただし「霊障」と診断をくだす医者は1人もいないでしょう。現代医学においてそういうものがあると認めていませんから自ずと違う原因を探ります。

「統合失調症」は考えられやすい落としどころなのでしょう。


別の科学的視点でも婦人の幻聴の原因を探ってみたいと思います。


虎の絵が置かれていない外の電車の中でも幻聴が無くなったということですが、はたして虎の絵が飾られた瞬間に幻聴のもととなった原因が消滅したのでしょうか?

幻聴の原因がなんらかのマイナスのエネルギーで、虎の絵がプラスのエネルギーを放って相殺したと考えることはできたとしても、少し飛躍しているように思います。


ここで、虎の絵が「その婦人の意識に変革をもたらし心に力を与えた」と見るのはどうでしょう。婦人は自分の意識の力が強まったことで幻聴を退けたのです。つまり自己治癒力を高めて治したようなものです。


例えば高血圧の場合、降圧剤の投与は強制的に症状を改善しますが薬が切れれば効果が無くなります。薬を飲み続けなければなりません。しかし体質改善などをして「自分の力で起こした変化には永続性がある」のです。

婦人の幻聴は、虎の絵が無い電車の中においても、さらには半年先においても消えているのですから、「自分の力で起こした変化」だと言えます。

婦人の幻聴がもし「霊障」であって、たとえ魔除けなどお祓い的な作用による治癒だったとしても、結局のところ自分の力で幻聴を退けたのです。


もう一つ、以下のようにも考えられます。婦人の幻聴は、もともとこの婦人がつくり出していたのではないだろうかということです。

婦人の潜在意識の中にあった「怖れ」の記憶が幻聴をつくり出していたのかもしれません。つまり霊が悪さをしているのではなく本人自身の深層心理が体に引き起こした問題です。

頼れる存在としての虎の絵を求めて心に受け止めることで、守られる感覚とともに安心や自信のような心理的(精神的)な力がもたらされ、その結果、まず内面にある「怖れ」が消え、そして幻聴が消えたのかもしれません。


また、絵画鑑賞の効用として幸福ホルモンと呼ばれる「ドーパミン」などの分泌を促すというものがあります。虎の絵を手に入れて飾ることで、脳内ホルモンが分泌されて、ポジティブな思考が促されて治癒したということも考えられます。


絵画はただそれらを助けただけなのです。


世の中には科学で証明されておらずとも不可思議な出来事はたくさんあります。

人間の想念(意識)がエネルギーを持つように、霊は人間の思いに相対する一つのエネルギー体であると見ることが出来ます。これは「霊」という存在に対する科学的なアプローチです。信じる信じないではなく「ある」と仮定した話です。

「気学」「合気道」あるいは「風水」においても、目には見えない「気」という言葉で示されるエネルギーを用いて、物質世界の現象を読み解いたり操ったりします。

霊のような存在があるとして、もしそれがエネルギーであるならば、物質たる肉体にまで影響をおよぼすことはあるでしょう。ただしここでいう霊は死んだ人の魂とはかぎりません。

その正体がどのようなものかを最先端の量子科学がそのうち解き明かしてくれると私は信じています。


ここに挙げたいずれの理由であったとしても、絵画が、ネガティブな現象に対して、それを退けて良くなるのを助けたことはまぎれもない事実なのです。



↓ポチっと不思議


↑こっちもポチっとあっと





この記事へのコメント