優河「踊ることにエクスキューズはいらない」 自己愛の大切さとユーモアを込めたダンサブルな新境地
「目の前にいる友達に踊ってほしいと思ったら、私にも何かできる気がする」――そんな気づきがきっかけとなって生まれたという、優河による2年半ぶりのニューアルバム『Love Deluxe』。魔法バンドの美しい演奏と幽玄なメロディに乗せて、奥深い情景を描き出す歌声の魅力はそのままに、アフロビートやディスコサウンドを大胆に取り入れることで、これまでにない表情を開花させたグルーヴィなダンスアルバムに仕上がっている。タイトル通り、大きなテーマになっているのは“愛”。だが、誰かを愛することのみならず、様々な場所で人間関係が開かれた現代において、自分の存在や喜びを見失わないための道標としての“愛”の歌でもある。自身の人となりを自由に解放し、2024年なりの新しい“ダンサブル”の意義を提示してみせた『Love Deluxe』について、優河に話を聞いた。(信太卓実)
「普段の私をシームレスに出せるアルバムが作れたら」
――『Love Deluxe』、サウンドも歌詞も新鮮で最高のアルバムです。『言葉のない夜に』は優河さんが暗いトンネルを抜け出すまでを描いたようなアルバムでしたけど、今作ではもう少し手元にあるものや身近な愛を描いているように感じました。ご自身としてはいかがですか。
優河:本当に苦しいところから出たい一心で作ったのが前作『言葉のない夜に』で、いろんな人に助けてもらいながらでき上がったアルバムだったんですよね。でも、そこを抜けて元気になってみると、ふと「私はこれから何を歌っていくんだろう?」「何が自分なんだっけ?」と思ってしまって。悲しみってわかりやすいテーマだったけど、果たしてそうじゃない時に何を歌っていけばいいのか、不安が沸いてきたというか。それもあって、自分が普段何に囲まれて生きているのか、そこに対してどう接しているのかを改めて認識し直しながら過ごしてみたんです。私って普段そんなにシリアスに生きてないし、ふざけ倒してるところを(魔法)バンドのみんなになだめられているような感じなのに(笑)、なんで今まで暗い歌ばかり作っていたんだろうと思って。そういう世界観が好きだし得意だと思っていて、それは変わってないんだけど、それだけの人間じゃないし、もう少し普段の私をシームレスに出せるアルバムが作れたらいいなと考えて作っていきました。
――“人間・優河”と“シンガーソングライター・優河”が近づいてきたということだと思うんですけど、逆にこれまでアンニュイな曲を歌い続けてきたのはどうしてだと思いますか。
優河:たぶん、そうしないと自分の色を保てないと思っていたのかなって。「自分の声を活かすにはこういう曲調だ」って自分で決めつけていた気がします。今もほっといたら悲しみの方に行きそうになるんですけど、32歳になって、人間としてもボーカリストとしても少しずつ自信がついてきた中で、悲しい歌ばっかり歌わなくても私のよさは出るだろうし、自分の色が崩れないだろうという感覚があって。それを叶えてくれる(魔法バンドの)メンバーの存在も大きかったので、「出しても大丈夫」って素直に思えました。
――そこで実感した、ご自身の歌のよさってどういう部分でしょう?
優河:よさかどうかはわからないけど……言葉って強いものだから、それだけでもすごく意味があるはずなのに、「悲しい曲です」という気持ちまで歌で乗せようとしてしまうと、私はトゥーマッチに感じてしまって。自分の言葉や歌を“音”として扱いたい気持ちがずっとあるんですよね。すでに音やメロディがついているし、あとは“言葉がやってくれる”んじゃないかと。自分の曲に関しては一歩引いたところで歌いたいなと思ってます。
――優河さんってもともと歌の中で直接的な感情表現をしないですよね。それも今の話と通ずるところがあるんでしょうか。
優河:そうかもしれないですね。「灯火」(TBS系ドラマ『妻、小学生になる。』主題歌)を作った時、“家族に感謝の気持ちが伝わるような曲を書いてください”と言われたんですけど、自分は曲中で“ありがとう”とは言えないなと思って使わなかったんです。それって普段伝えるべきことだから、わざわざ曲にする必要があるのだろうかって。私が生きて何かをしていること自体が誰かへの感謝になればいいなと思うし、“ありがとう”が入った曲は世の中にたくさんあるから、私なりの言葉で作りたかった。そもそも言葉っていろんな感情や表情、情景が詰まっているものだから、「この表現が“ありがとう”のテンプレートですよ」っていう限定した書き方にはしたくないんですよね。感じ方は人それぞれだと思うので。
――今作の「Lost In Your Love」も大らかな愛に包まれている曲ですけど、直接的な表現の仕方ではないですよね。人それぞれが感じる“温かさ”の解釈が入り込む余地がある歌だと思います。
優河:嬉しいです。いろいろな受け取られ方をしてほしいし、曲って私だけのものではないですからね。歌っている私が意味を限定してしまうのも窮屈だろうし。気持ちを表現して歌うことは当たり前ではあるんですけど、お腹の中にその感情がちゃんとあれば、歌う時にわざわざ出さなくても伝わるものだと思っているので。
「“こうやって生きてきた”と認めてあげることが一番の自信に繋がる」
――今作は全体的にグルーヴィでダンサブルな楽曲が多くて、そこにまず耳が惹きつけられますが、どんなイメージだったんでしょうか。
優河:「June」と「夜になる」という曲があって。ライブでも唯一リズムがしっかりある曲なんですけど、そこに反応してくれるお客さんや友達の声を聞いた時に「今までは静かな曲に共感してくれる人が多いと思っていたけど、この軸をさらに発展させて、ビートが効いた踊れる曲をやってみようかな」と思ったのが、もともとのきっかけでした。
――先日のライブ(折坂悠太とのツーマンライブ『In Other Words』)で、次作は「根暗も踊れるダンスアルバム」になるとおっしゃっていて、最高のキャッチフレーズだなと思ったんですけど。
優河:あはは。(レコードの)帯に書きたいですよね(笑)。
――はい(笑)。どんな意味合いがあったんでしょうか?
優河:私は暗い人間ではないと思うけど、アゲアゲな人間かと言われたらそうでもなくて、どちらかと言うと家にいたいタイプなんですよね。“ダンス”っていうと大きなカテゴリすぎて尻込みしそうになってしまったんですけど、例えばご飯が美味しく炊けた時とか、友達が家に来て楽しい時とかって自然と体を動かしたくなるから、そもそも踊ることに対してエクスキューズなんていらないんだなって気づいて。「自分はこういう人間だからそんなにうまく踊れない」とかじゃなくて、ビートを聴いていたら何かしらのリズムが生まれてくるから、ただそれに合わせてちょっと体を揺らすだけでいい。誰もがめちゃくちゃ踊れるアルバムになったかと言われたらわからないけど、少なくとも自分はノれるし……そういう意味での“ダンサブル”というか。
私の周りにも同じような友達が多いんですけど、全然アゲアゲな人じゃなくても、「この曲いいよね」って言いながら踊ってたら、見ていてハッとなるんですよね。いいものに自然と体が反応しているんだろうし、普段は静かな人でも踊りたくなるタイミングがきっとあるよねって思うから。“世界中の人が踊れる音楽を作らなきゃいけない”と思ったらたぶん無理だけど、目の前にいる友達に踊ってほしいと思ったら、私にも何かできる気がするなって。「優河ちゃんの声で踊れる曲があったら最高」と言ってもらえることもあったので、「じゃあ、やってみようじゃないの」って(笑)。
――今の話はまさに「Love Deluxe」という曲を言い表している気がします。アフロっぽいリズム、都会的なアレンジ、ベースラインのループがとにかく体を刺激する衝撃的なダンスナンバーで。部屋でこの曲を聴いていたら、我を忘れて1人でキッチンの前で踊ってたんですよ。
優河:(笑)。
――でも、歌詞に耳を澄ませてみると〈壊れたリズムで/寂しげにため息を/踊らせてみても/誰も振り向かなくて〉〈忘れてる愛で/身体を抱きしめ/全てを許して〉と歌われていて、「Love Deluxe」の主人公も同じように1人で、誰も見ていない場所で踊っているのかもしれないなと思って。だけど、それってすごくポジティブで、ダンスフロアみたいな派手な場所ではなく、誰にも見られていない場所だからこそ思い切り踊れることってあると思うんです。そういう解放的な瞬間について歌った曲だと思ったんですけど、そう言われてみるといかがですか。
優河:ああ……他の誰かがそこにいてもいなくても、1人で踊ることって自分を愛することに繋がると思っていて。今までは自分のことは置いておいて、誰かに愛情を与える方が得意だと思っていたんですよ。けど得意なんじゃなくて、ただ自分の愛し方がわからなかっただけなんだなと気づいて。「自分のことを愛そう」「自分を大切に」とかよく言うけど、具体的な愛し方なんて誰も教えてくれないじゃないですか。「そのハウツーを教えてよ」といつも思っていたんですよね。それがわからないまま何となく過ごして、気づいたらボロボロになってることが多かったから。でも、その“愛”を他人に求めていたら燃料切れになってしまうので、自家発電の仕方さえわかれば自分のことだって愛しやすくなっていけるんじゃないかなって。それが他の人に与える愛の大元になると思うと、すごくしっくりきたんです。だから自分のことを大切にしようって最近すごく思うんですよね。
――なるほど。
優河:そう思うことで自信が出てくるんです。自分の何に自信があるとかじゃなくて、「私はこうやって生きてきた」と認めてあげることが一番の自信に繋がると思うんですよね。「Love Deluxe」に関しては、自分が自分として生きていけるようにちゃんと愛したいなってことを歌っていて。別にそれを誰かに見られていなくてもいいし、むしろ見てないでくれた方が自分に集中できる(笑)。私は人に努力を見られるのが苦手なので、1人じゃないと自分の世界に集中できないんです。「Love Deluxe」は曲が先にできたんですけど、この音に合う言葉は何だろうと考えて、誰かに向ける言葉もいろいろ探ったんですけど、「自分を鼓舞する歌って今まで作ってないな」「そういう歌があってもいいんじゃないか」と思いながら書いていきました。
――そうやって自分の心がクリーンな状態になるからこそ、歌がよくなっていく感覚もあるんでしょうか。
優河:そうですね。こっちが幸せじゃないのに、そういうテーマを歌うのは嘘になるじゃないですか。嘘はつけないし、つきたくないから、やっぱり自分の心が健康であることが一番だと思います。
――歌を受け取る側のことも大切に考える優河さんだからこそ、決して独りよがりな意味合いで自己愛を歌ったわけではないですよね。今世の中に届けたいこととして自己愛を発信しているんだとしたら、それはどうしてだと思いますか。
優河:うーん…………例えば、誰かに対してめちゃくちゃ愛情をかけていたとしても、その誰かも人間だから当然変わっていくじゃないですか。「あの人のためにこれだけいろいろやったのに」って、相手の変化についていけなくなる時がある気がするんです。人に向けられた愛情である限り、それにどう反応するかは相手にしかわからないし、受け止められない時だってあるかもしれない。双方が同時に成長して同じ方向に変化していくことはないから、誰かありきの愛情に一喜一憂してしまうと、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうと思うんですよね。そういう時に自分をちゃんと愛せていないと、うまく行かないのを誰かのせいにしてしまう。友情でも恋愛でも、そこを理解できないまま関係がもつれていったりすると思うんです。けど、自分のぐるぐると変化する感情のグラデーションは自分自身が一番よくわかっているはずだから、愛情のかけがいがすごくあるなと思うんですよ。だから、自分の価値を相手に任せない。相手が自分の価値を操作できるようになってしまうのは違うなと思うので。
――なるほど。SNSなどで直接知らない人と自分を比較して劣等感に陥りやすい時代でもありますからね。自分本来の価値を誰かに委ねないっていうのは、とても大切なメンタルケアの方法だと思いました。
優河:本当にそう思います。私もすぐ人と比べてしまうし落ち込みやすいので。でも年齢のせいかもしれないけど、「人は人だから」という感じが最近スッと落ちてきた感じがしてるんです。