『舞いあがれ!』が教えてくれる誰の心にもある熾火 高杉真宙が最終幕に再登場した意義
あと1週を残すのみとなった『舞いあがれ!』(NHK総合)。時代は2019年の12月になり、第120話に出てきた空撮による大阪の街は黄昏ていて、不安な未来を暗示するようだった。視聴者は2020年の1月になると世界が一変することを知っているから気が気ではない。だが、物語のなかでは登場人物の心の熾火が静かに燃えている。
舞(福原遥)は刈谷(高杉真宙)の空飛ぶクルマ開発を手伝っている。投資先は悠人(横山裕)の紹介で見つかり、順調だ。なにわバードマンの仲間たちがひとり、またひとりと集まってきて、青春時代が蘇るよう。舞はあの頃の思い出の食べ物・たこ焼きを差し入れする。
舞が人力飛行機を飛ばしたなにわバードマン編は俳優がカラダを動かし汗をかいていたこともあって、熱量の高い記憶として視聴者の脳裏にも焼き付いている。あのとき燃えた炎はそのまま熾火となってそれぞれの心にいまも一定の温度を保っている。そこから今、再び、炎がめらめらと高く立ち上がりはじめている。
舞は妻となり、母となり、会社を経営し、その生活のなかで、若いときの飛行機の夢はそっと引き出しの奥にしまい込んでいたように見えたが、胸の熾火は消えていない。娘の歩を寝かせつけているときの舞の顔は、やや退廃的にも見え、でも、そこからじょじょにその火がぱちぱちとはぜはじめたように感じる。
刈谷はずっと火を絶やさずに来た人物だ。出てこなかった空白の年月、一旦、自動車製造会社に入社したりしながらも着々と空への挑戦を続けていた。その飽くなき歩みが彼の一言一言を強固なものにし、試作品を飛ばすことにも成功し、投資家の心を動かす。舞の心も刈谷の言葉や態度に感化されたのであろう。
フライトナースになるため長崎へ単身行った久留美(山下美月)も髪を短くしてはつらつとしている。遠距離恋愛の悠人との関係も遠距離ながら順調そうだ。
一方、貴司(赤楚衛二)は短歌の炎が尽きたかのようで、短歌をやめると舞に言い出す。そもそも人とうまく打ち解けられず孤独を愛し、それを創作の糧にしていたが、舞と結婚し父となり、二世帯同居、実家は隣り、という極度に密な家庭的な日々を送るようになって短歌が作れなくなっていたのだ。期待に応えて新刊を出すこともできない。担当編集・リュー北條(川島潤哉)が以前よりも態度がやや丁寧な気がするわけは、貴司がもはや短歌界の重要人物=「先生」になっていて、新人時代のようにボロクソに言えなくなったのかなと想像する。これに近いのは、IWAKURAでの舞に対する山田(大浦千佳)の態度の変化である。最初はかなり距離をとり冷たかったが、舞のやる気を見て、親しげに振り舞うようになった。対応の仕方で相手をどう思っているかや時の流れがわかるように川島と大浦はメリハリをつけて的確に演じている。
悩んでいるところへ、パリにいる八木(又吉直樹)からはがきが届き、貴司はパリに向かう。出発は2020年の1月、ニュースであの災厄に関することが広がり始めていた頃である。
数日の旅行ではなく、長い旅になりそうだからこそ家族会議が行われるが、そのわりに、舞は空港まで見送りにいかない。朝ドラ後半のスタジオ撮影の慣習、ここに極まれり(公園のセットの多用も含め)という感じでいささか寂しくあった。そもそも、あと5話しかないのに、貴司の人生の奥深いところの問題を今から問おうとする構成もなかなか大胆ではある。でも飛行機と町工場と短歌のジャンルミックスドラマ(共通点はものづくり)と思うと最終週まで、舞と貴司と刈谷の心の熾火を絶やさない歩みを描くことは必須であろう。