【メンタルエイド】
BRAND-NEW MUSIC DAYS
今回あなたの心に届けたい楽曲は
Mrs. GREEN APPLE の familie です。
この記事では「familie」について
楽曲全体のイメージや歌詞の意味を筆者独自の視点で考察!
歌詞に込められた深いメッセージと共にこの歌が伝えたい想いの本質に迫ります。
どうぞ最後までご覧ください。
楽曲紹介ならびに楽曲を聴いた筆者のイメージ・感想
日本の男性3ピースバンド「Mrs. GREEN APPLE」が2024年8月に発表したこの曲は、自動車メーカーHONDAが開発した新型「FREED」のCMソングとして使用されています。
聴き込むほどに心が弾むポップチューン。
出かけた先で、大空の下で、愛する人や大切な仲間の笑顔が溢れる様を
この楽曲から想起させられるのではないでしょうか。
歌詞の意味を考察!素顔の自分に帰れる“居場所”
さて、歌詞考察に入ります。
まずは印象的な歌詞をご覧ください。
<1番>
君に見せたい景色がある
僕の「好き」をどう思ってくれるかな
君にあげたい全てがある
言い過ぎな気もするけど
「familie」 Mrs. GREEN APPLE
だから どうか どうか
その瞬きの側に居させて
時代の車輪に
僕らが燃料となり 乗せてゆく
「familie」 Mrs. GREEN APPLE
どこまでが
ただ、愛と呼べんだろう
僕に運ばれる街 世界は知るんだろう
どこからか
また、始まるはストーリー
確かなメモリアル
温かな大事なモノ 唯一のファミーリエ
「familie」 Mrs. GREEN APPLE
<2番>
僕に見せたい景色がある
いつか自分を 認めてあげられるかな
いつの間にか全てじゃなく
譲れないところが増えてゆく
「familie」 Mrs. GREEN APPLE
でもね
どうかしてんじゃないかと思う
恋をする日も来る
時代の車輪に
いつしか一部となり 吞まれてゆく
「familie」 Mrs. GREEN APPLE
これからだ
さぁ、人になりましょう
終わらない旅路に膝をつく
たらい回しってやつでしょう
心にも無いような
言葉でいがみ合えど
解けない魔法と現実
いつかのメモリアル
ささやかで慣れがある場所
本当はユーフォリア
「familie」 Mrs. GREEN APPLE
<大サビ>
どこまでが
ただ、愛と呼べるんだろう
風に運ばれる度に
ひとりを知るんだろう
ここまでが
ただ、序章と呼べんだろう
終わらせ方は僕次第 泣けるエンドを
どこからか
また、呼ばれるは僕と君
感情は忘れないでしょ?
確かなメモリアル
心が帰れる場所 愛しのファミーリエ
「familie」 Mrs. GREEN APPLE
楽曲タイトル「familie」は、ドイツ語で「家族」を意味しています。
歌詞の中に登場する「ユーフォリア」とは「幸福感」を意味するギリシャ語。
全体を通して“紆余曲折ありながらも家族で力を合わせて生きていこう”といったイメージが浮かんでくるのではないでしょうか。
1番の歌詞では「家族の中にいる自分」、2番の歌詞では「社会の中にいる自分」をそれぞれ俯瞰してみている様子が見て取れますが、サビの部分で強調されている“メモリアル”という言葉が想いのすべてを集約し、喜びも悲しみもすべてが思い出という名の宝物になることを告げていると筆者は感じます。
人生の歩みの中で、たとえ苦しみや悲しみに苛まれ
孤独に心が打ち震えることがあったとしても
心が帰れる場所は確かにある。それが“familie”
そこは何も堅苦しく形式ばらなくていいし心を着飾らなくていい。
『私は私でいいんだ』と、心の底から思える場所。
私らしく、素顔のままで居られる場所…
そんな想いが、この歌に込められていると筆者は考え
この歌が伝えたい想いの本質を
素顔の自分に帰れる“居場所”としているのです。
まとめ
今回は Mrs. GREEN APPLE の familie について
楽曲全体のイメージや歌詞の意味を筆者独自の視点で考察!
歌詞に込められた深いメッセージと共にこの歌が伝えたい想いの本質に迫りました。
BRAND-NEW MUSIC DAYSでは
この他にもたくさんの楽曲をご紹介していますので
そちらの方もどうぞご覧くださいね。
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