地主が家族信託契約を結ぶ時の注意点は? 事例ごとに解説
多くの不動産を持つ地主の方にとっては、「認知症による財産凍結」と「相続争い」の二つの問題を解決できる方法の一つとして、家族信託が注目をされています。ただし、注意点もあります。今回は注意点にもスポットを当て、司法書士が解説します。
多くの不動産を持つ地主の方にとっては、「認知症による財産凍結」と「相続争い」の二つの問題を解決できる方法の一つとして、家族信託が注目をされています。ただし、注意点もあります。今回は注意点にもスポットを当て、司法書士が解説します。
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「不動産は先祖代々の預かりものです。自分も親からもらって、次に自分の子どもに渡していきたいと思っています。我が家の場合には何を準備しておけばいいでしょうか?」
地主の方からこんな相談を受けることがあります。「認知症による財産凍結」と「相続争い」、どちらも不動産の価値減少につながる可能性があるので、避けなければならない問題です。
価値ある財産を『価値ある状態』で継承することが重要です。地主にとって、不動産は家族の繁栄を助けてきた大切な財産です。アパートなどを建築し、その収益を得ていくなど、不動産経営のための欠かせない資産として引き継いできたものです。
不動産経営は、生き物です。地主大家が手綱を握り、コントロールをしていくことで、経営はうまく回っていきます。そのため、後継者に引き継ぐときにも、後継者が不動産経営をスムーズに行える状態で渡さないといけません。
それを阻む問題は、「認知症の悪化による財産凍結」、「相続争い」の大きく二つあります。
家族信託には、遺言と同じ効果があります。家族信託契約書の中で、誰に承継していくかを定めることにより、所有者だった親が亡くなった場合にはあらかじめ定めた人に、不動産の権利を渡すことができます。
もしも、地主大家が亡くなり「相続争い」が起こった場合には、地主大家業はストップしてしまう危険性が高いです。後継者が、引き続き不動産経営をしていくためには、後継者が1人でその不動産の所有権を持つ必要があります。しかし、相続争いが発生すると、決着が着くまでは、不動産は相続人全員の共有財産となり、相続人全員からの同意を得なければ、不動産を動かすことができなくなります。例えば、収益アパートについて、同意が得られなければ新規入居者との契約すらもできなくなります。そのため経営は行き詰まります。
万が一、裁判所での争いに発展すると、決着が着くまで長期化する傾向にあります。そうすると数年単位で凍結状態になり資産価値が大きく下がる、場合によってはマイナスの負動産にもなりかねません。
「相続争い」を回避するために、遺言や家族信託で遺産分割協議をせずに、渡したい人にまっすぐ渡せる仕組みをつくることは、地主大家の義務だと考えています。
家族信託は、認知症対策にも効力を発揮します。不動産所有者である父親が高齢になり、認知症が悪化していくと、契約や法律行為ができなくなってしまいます。
具体的には、下記の行為が難しくなります。
また、認知症が悪化すると、家賃収入が振り込まれる銀行預金も凍結され、お金が引き出せなくなります。凍結されると家族でも引き出すことはできません。リフォームなどもすることができず、新規入居者を入れられない空き部屋は傷んでいきます。建物全体が老朽化すると既存の入居者も離れ、家賃不払い者に対しては取り立てることもできません。そうすると地主大家業が維持できなくなってしまいます。入居者のいない、空き部屋はどんどん傷んでいき資産価値も下がってしまいます。
対策として、不動産所有者である父親が元気なうちに、後継者である子どもと家族信託をしておくことで解決できます。
家族信託は、不動産などの所有権を「財産権」と「名義」とに分け、「名義」のみを子どもに変えることで、子どもに不動産の管理処分などの権限だけを先に渡すことができる契約です。これにより、父親の認知症に影響を受けず、子どもは地主大家業を続けることができます。
「名義」を変えるけれど、「財産権」は所有者である父親のもとに残るため、贈与税や不動産取得税などを課税されること無く利用できます。不動産から得た収益は、財産権を持つ父親のものになり、生活費や医療費で使っていくことができます。
ご主人が先祖代々の不動産を承継した場合で、子どもがいない夫婦の場合に、「自分が亡くなったときには、配偶者である妻の生活のために収益不動産を相続させたい」、でも「妻が亡くなったときには、妻側の親族に行くのではなく、先祖代々の不動産なので自分の甥などに財産を戻したい」というケースです。
甥は妻の相続人ではありません。何も対策していなかったら、妻が亡くなったときに、妻の両親が既に他界していると、妻の兄弟が相続人になってしまいます。
このままだと甥のもとには戻ってきません。
これも家族信託で解決することができます。
ご主人と甥とで家族信託契約を結び、家族信託契約書の中で、ご主人→妻→甥の順に承継されるように定めることができます。自分の次(2番目)だけでなく、その次(3番目)以降の承継先を決められるのは、遺言ではできず、家族信託でないとできないことの一つです。そして、自分と妻の認知症対策にもなります。
ただし、相続人でない甥が妻から財産を承継すると通常よりも高い相続税がかかることや、妻が借金をしている場合には借金だけ妻の法定相続人である兄弟に行ってしまうことがあるので、注意が必要です。
地主が相続税対策をしたい場合に、利用されることが多いのが小規模宅地等の特例です。詳しい説明は省きますが、この特例を利用することにより、土地にかかる相続税を大きく圧縮することができます。
ただし、注意が必要です。小規模宅地等の特例を利用するためには相続発生後10カ月以内に相続税申告をしなくてはなりません。もしも、遺言や家族信託などを何も対策しておらず、「相続争い」が勃発した場合には、話し合いがまとまらず、承継先が決まりません。すると相続税申告に間に合わず、小規模宅地等の特例を利用することができなくなる可能性が高いです。
つまり、生前に遺言または家族信託で、承継先を定めておき遺産分割協議を回避することが大きな節税効果につながります。
また、私がお手伝いした事例で相続税対策につながったものを一つ紹介します。90歳になる父親が収益アパートを所有しており、子どもに家族信託をした事例です。収益アパートにはもともと、大規模修繕をしたときの銀行の抵当権がついていました。また利率が高額で、返済期間が残り10年という状態でした。つまり、高い利息の支出があり、借金の返済で手元キャッシュは減り、毎月の返済でマイナス財産が減ることで相続税の額が上がっていってしまう状態でした。
残債務の減り方を緩やかにしたい、そのため返済期間を延ばしたいということも利用者のニーズでした。
家族信託を進めていく中で、不動産の登記に変更を加えるため、抵当権者である銀行には事前に確認を取る必要があります。不動産登記の名義が変わるためです。その確認の中で、利率引き下げと返済期間の延長を合わせて希望条件に盛り込みました。
銀行から家族信託手続きに対応ができないと言われたときのため、並行して他の銀行にも家族信託への対応を条件とした借り換えに対応できるかの確認をし、その中に同様に利率引き下げと返済期間の延長を希望条件に盛り込みました。
結果として、他の銀行より利率引き下げと返済期間の延長も満たした上で、家族信託への対応にも了解をもらうことができました。これによりマイナス財産の減りを緩やかにすることができ相続税対策につながりました。
注意点として、家族信託をしておけば父親の判断能力が低下した後でも、受託者である子どもが金融機関から借り入れを受けられるかという論点があります。信託の受託者が銀行と融資契約を結び融資を受けた場合に、「相続税の債務控除の対象となり相続税を減らせるのか?」については、まだ最終的な結論は出ていません。なので、税理士の方とも相談して進めていく必要があります。
相続によって、不動産の所有がきょうだい3人になっているなどのケースでも家族信託は有効です。この場合に、不動産を賃貸や処分する場合など、全てにおいて共有者全員の契約書への署名押印が求められます。
きょうだいの1人が遠方にいたりすると手間や時間がかかること。また、1人が認知症悪化や寝たきりになっていて契約能力がなくなっている場合には、他の2人だけだと不動産を動かすことが全くできなくなります。
共有者の数だけリスクがあるということです。ここで家族信託が活用できます。
不動産を兄弟ABCの3人で共有している場合、BCがAに家族信託することによって、A1人で不動産の管理運用や処分をできます。
そして、不動産から出た収益はABCがそれぞれの持ち分に応じて受け取ることができます。
たとえ、BまたはCが認知症悪化等により契約ができなくなったとしても、Aはその影響を受けずに引き続き共有不動産の管理運用処分を行うことができます。
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相続の相談が出来る司法書士を探す認知症対策に有効な家族信託ですが、ご本人に判断能力がないと行うことはできません。
つまり、認知症が悪化して寝たきりなどになってから相談に来られても、もう手遅れとなります。家族信託も契約なので、有効な契約にするためにはご本人の判断能力が必要だからです。そのため、地主である父親に判断能力があるときに、準備をする必要があります。
もしも、認知症の症状が出てきてからであっても諦めてはいけません、認知症にも重い軽いがあるため、医師の診察を受けて「判断能力がある」旨の診断書をもらえるようであれば手続きを進めていくことができます。
家族信託をできない種類の不動産があります。畑、田んぼについては、家族信託をすることができません。これらの不動産は、農作物を育てるために重要な土地として国として特別なルールを作っています。そのため、農地は農業協同組合または農地保有合理化法人による信託の引き受け以外、原則として信託できません。
家族信託をした不動産事業の赤字は、信託していない事業との損益通算ができません。また信託した不動産事業で赤字が出た場合に繰り越しをすることができません。
そのため、複数の事業を持っている人が家族信託を活用する場合には、リスクも検討して設計をすることをお勧めしています。
地主の承継対策は、まだ元気なうちに行うことが重要です。それは、判断能力のリスクだけはありません。家族信託をする場合でも、または遺言をつくる場合でも、あらかじめ家族全員の了解を得て進めたかどうかが将来の争いの予防につながります。スムーズに了解を得るためには地主であり所有者である父親の口から話すことがとても重要だと考えています。法律の問題ではなく、心の問題だと捉えているからです。
そのため、価値ある財産を『価値ある状態』で継承するためには、先送りにするのでなく、元気なうちに着手することが重要です。どうやって進めたら良いのかがわからない場合には、家族信託に詳しい弁護士や司法書士ら専門家に相談してみることも一つだと思います。1人だけではなく、複数の専門家に話を聞いてみて、一番頼れる専門家を探すこともオススメしています。
(記事は2020年6月1日現在の情報に基づきます)
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