朝鮮王朝時代には発酵させて生物兵器化…北の汚物風船に見る「人糞攻撃」の歴史
(朝鮮日報 2024/07/06)
 ミサイルでもなく、核兵器でもない。南と北に分かれた地の緊張感が、ずっしりした「うんこ」となり、空に舞い上がった。北朝鮮が送った汚物風船は、休戦ラインを越えて南に上陸した。春川や全羅北道、慶尚南道・慶尚北道など韓国各地778カ所に落ちた汚物風船は、車のガラスを割り、どこかの家の庭にも落ちた。これは何たるピョン(韓国語で“変”または“便”)か!

 誰もが毎日向き合っているうんこだが、北朝鮮が炭疽(たんそ)や天然痘、ペスト、コレラ、ボツリヌスといった生物兵器を培養・生産しているという事実と合わさることで「風船を用いた生物化学攻撃」に対する恐怖に変わった。韓国ギャラップのアンケート調査によると、北朝鮮の対南汚物風船の散布は「脅威」だという回答は60%にもなった。実質的脅威にはならない。国家安保戦略研究院は「汚物風船で投下された物件の中で生物化学攻撃の媒介体は“糞便(ふんべん)”だろう」としつつも「風向きや風速など環境的要素を考慮すると、可能性は低い」と分析した。

 人間が生み出し、自分の力でひり出す最初の生産物たるうんこ。誰もが排出していくが、悪臭と毒性を持つ「それ」は、人類史の最も元祖的な嫌悪物かつ精神武装を一挙に揺るがしかねない強力な武器として使用されてきた。

■朝鮮王朝版生物化学兵器

 歴史的に、人間は糞便を避け、嫌悪してきた。糞便が食中毒やコレラ、腸チフスの伝染の媒介体であるという科学的事実を知る前から、人間は糞便を嫌悪し、避けることで健康を守ってきた。「生存」のためなのであった。

 飲食物を消化した残りかすである糞便は、戦争においても光を放つほどに攻撃性を持つ兵器だった。朝鮮王朝時代、外敵の侵入が頻繫にある国境地帯で使用できる郷土防衛戦術・戦略について記述した丁若鏞(チョン・ヤギョン)の『民堡議』では、竹の筒に詰めた糞便を撃つ「糞砲」についての説明が出てくる。文字通り「うんこの大砲」。身体に傷を負った倭兵は傷に入り込んだ糞毒で死に、身体が健康な倭兵も糞便を浴びせられた後は戦意を失う、というものだった。糞便を利用した攻撃は朝鮮王朝後期の学者・宋奎斌(ソン・ギュビン)が書いた『風泉遺響』にも見いだされる。攻撃方法はさらに毒々しい。糞便を集めて1年ほど寝かせた「金汁」を攻撃の道具として使用するからだ。恐るべき悪臭と毒性を持つ朝鮮王朝版生物化学兵器というわけだった。

 韓国だけではない。ベトナム戦争では、竹やりで作ったトラップを仕掛けた。この竹やりには植物の毒や人糞を塗った。竹やりで刺し傷を負っただけで細菌に感染するようにしたのだ。ベトナムの兵士たちの糞便を塗った竹やりに対応するため、米軍はジャングルに、サルの糞便に似た見た目の送信機を仕掛けた。ベトナムの兵士たちの目を欺きつつ、振動を感知して移動ルートを把握するためだった。糞便攻撃を受けて、糞便に似せる技術で勝負しようとした米国は、直接糞便を塗り付けるベトナムに敗北した。

■精神的打撃にも効果的

 近現代の都市は、糞便を処理しつつ発達してきた。産業化以降進められた都市化の課題の一つがまさに、人間が毎日排出する糞便を処理することだったからだ。浄化槽が開発され、汚水処理施設が広まったことで、都市は汚物による臭気や汚染から抜け出せるようになったが、現代社会でも人糞攻撃は依然として有功だ。身体的打撃ではなく精神的打撃を加えるからだ。

 「クソでも食らえ、この野郎!」。1966年9月22日、韓国国会で人糞がぶちまけられた。対政府質問をしていた無所属の金斗漢(キム・ドゥハン)議員が、サッカリンの容器に詰めた人糞を閣僚席に浴びせたのだ。金議員は「先烈の魂がこもったパゴダ公園(タプコル公園)から持ってきた」と言った。サムスングループの系列会社である韓国肥料が「建設資材」と偽ってサッカリンの原料を密輸入していた事実が発覚し、世論が沸騰していた時期だった。当時、本紙の記事は「(丁一権〈チョン・イルグォン〉首相などは)汚物の洗礼を受けて洋服がずぶ濡れになった」と書いた。先烈の魂がこもったと言っても、クソはクソ。この事件で金斗漢議員は西大門刑務所に収監されたが、内閣総辞職などの波紋が続いた。

 2016年、ベルギー・ブリュッセルの爆弾テロ容疑者のバッグからは、腐った動物の生殖器や大便が詰まった袋が発見された。英国メディア「デーリー・メール」は「食料供給網に毒をまいたり致命的な疾病を誘発したりする物質として使用され得る」と報じた。

 催涙弾・放水に対抗する方法にもなる。2017年、ベネズエラ経済危機をもたらしたニコラス・マドゥロ大統領の退陣を要求していた反政府デモ隊は「ポポトフ(poopootov)」という生物化学兵器で治安部隊に対抗した。人糞と水を混ぜた「うんこカクテル」だった。これを詰めた瓶には「愛を込めて」と記されていた。愛情を込めて投てきした人間の糞便が、装甲車をどろどろに汚し、武装した警察にばらまかれた。ベネズエラのマリエリス・ベルティズ司法監察官(Marieliz Valdéz, Inspectora General de Tribunales)が、これを「生物化学兵器」と規定するほどだった。実際は生物化学兵器というより、人糞を浴びた治安部隊の隊員たちは精神的打撃の方が大きかったのだが。

■人糞戦闘を繰り広げる北朝鮮の貴重なうんこ

 北朝鮮はなぜ、人糞を送ったのだろうか? 北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)労働党副部長は、対南汚物風船について「自由民主主義の亡霊に届ける心のこもった誠意の贈り物」であって、表現の自由だとする談話を発表した。「引き続き、拾い上げなければならないだろう」「今後、韓国のやつらがわれわれに散布する汚物量の数十倍で対応する」とも述べた。

 「心のこもった贈り物」という言葉が本気であるはずはないが、北朝鮮で人糞が貴重であることは事実だ。化学肥料がなく、人糞を肥やしとして使っているからだ。毎年初めに、人民に糞便集めの課題を下達する「人糞戦闘」も繰り広げられる。工場・企業所労働者は1人当たり重さ500キロ、人民班は世帯当たり150キロの堆肥課題を10日間遂行しなければならないとか。目標を達成できないと処罰されかねないので、人糞を盗む泥棒もおり、不意の信号もぐっと堪えて家まで走り、用を足す。人糞の価格は100キロで1700ウォンから3400ウォンという水準。コメ3-4キロを買える価格だ。

 肥料だけでなく駆虫剤も不足している北朝鮮で、人糞は寄生虫感染の媒介体となっている。2017年に板門店の共同警備区域で韓国側に亡命した北朝鮮軍兵士の体内からも、30匹の寄生虫が見つかった。最も長い回虫の体長は27センチもあった。感染した人の排せつ物が、土を通して野菜に付着し、この野菜を摂取した人が再び感染するという悪循環だ。

 実質的な脅威というよりは「感情的攻撃」に近い。韓国国内の糞尿研究の権威で、「うんこ博士」という別名で呼ばれるパク・ワンチョル韓国科学技術院(KAIST)名誉研究員は「伝染病がまん延する際には糞便で伝染病が広まることもあり得るが、韓国は先進国にも劣らぬ汚水処理技術を持つ国なので、すぐに糞尿処理ができる」とし「糞毒(糞便によって発病する皮膚疾患)にかかるほど量は多くもなく、実質的脅威にもならないが、糞便が持つ『嫌悪感』を鼓吹しようとしたようだ」と語った。

 糞便は依然として、精神的に致命傷を与える存在だ。「頭にクソしか詰まってない」という非難は、知的判断ができない禁治産者扱いをするもので、「クソ間抜け」とは間抜け過ぎて糞便並みに間抜け、という強調表現。「ああ、お前のクソは太い」「クソ度胸」とは、折れない固執に対する屈服の表現でもある。平凡な単語も、「クソ」を付けると否定や嫌悪になる。軍隊や職場などでのパワハラやいじめは「クソ軍紀」という単語でその深刻さが増し、「クソ手」という表現は「才能がない」という事実を生まれたときから定められた気質のように感じさせる。

 だが韓国は、国内に4397カ所(2022年現在)の公共下水処理場がある国。人口の96.7%が下水処理サービスを利用している。臭いうんこも、下水処理場を経ればきれいな水に変わる。感情を攻撃するうんこは、耳をふさいで防御できる。うんこは、怖いから避けるものではない。汚いから避けるもの。きょうもさわやかに快便を!李美智(イ・ミジ)記者