「私たちが得ている外部からの情報のうち、8割は視覚からである」という言葉を私自身も何度か使ったことがあります。同じ意味合いの言葉を多くの人が自明なことのように使っています。でもこれって本当なのでしょうか?
研究論文などでも根拠となる引用文献が示されずに使われてきました。筑波技術大学の加藤宏によると、これに関する日本語での最も古い文献は1972年に出版された「産業教育機器システム便覧」だそうです。その便覧では図を用いて五感による知覚の割合が掲載されていて、味覚1.0%、触覚 1.5%、臭覚 3.5%、聴覚 11.0%、視覚 83.0%となっています。ただし、数値の元となった文献は示されていません。
また加藤宏によると、引用文献が示されているものをたどると、最終的には1978年にZimmerman,Mが書いた論文に行き着くそうです。この論文での算出根拠は、感覚器官の細胞や感覚神経の数などから感覚ごとの脳への毎秒あたりの総入力情報量をもとにしています。すなわち目や耳などの感覚器官からどれだけの情報が脳に届いているかをもとに計算されているのです。しかし、計算された情報量は視覚だけでも1秒当たり数億にもなります。つまり脳に届いた情報のほとんどが意識に上らない情報であるということです。意識に上らない情報から知覚される情報の割合を求めることができるかどうかは不明です。
「産業教育機器システム便覧」では、触覚が1.5%でとても小さな値になっています。嗅覚よりも小さな割合となっていて、過小評価されているような気がします。手を使って細かな作業するとき、指先や掌からたくさんの情報を得ています。ときには視覚からの情報より多いのではないかとさえ思われます。歩くときに路面の状態を足の裏から伝わる多くの情報を得ているから、躓くことなく歩くことができるのではないでしょうか。
いずれにしても現時点では、「目から得られる情報が8割」はしっかりとした根拠に基づくものではありません。確かな根拠については、これからの研究成果に期待したいところです。それまでは感覚器官による知覚の情報割合については、安易に使うことを避けるべきでしょう。
参考文献
- 加藤宏、「視覚は人間の情報入力の80%」説の来し方と行方、筑波技術大学紀要(2017)
- 教育機器編集委員会編、産業教育機器システム便覧、日科技連出版社(1972)
- Zimmerman, M.: Neurophysiology of Sensory Systems. In “Fundamentals of sensory Physiology”, Schmidt, R.F. Ed., Springer-verlag(1978)