8050問題「親亡き後の死体遺棄事件」を生む悲惨 中高年引きこもりは支援から取りこぼされる

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一方、母親は自分に万一のことがあったときのことを考え、2013年に区役所に相談に行っている。自分が亡くなったあと、長男の生活が困窮してしまうことを心配したようだ。

しかし、持ち家だったため、生活保護を受給することができなかったという。理由は不明だがその後、相談は中断され、何か支援が開始されることもなかった。

2年後の2015年、妹は嫌がる母親を2カ月にわたって公的機関などに相談するよう説得。ネットで「ひきこもり支援 横浜市」と検索すると、「横浜市青少年相談センター」が出てきた。妹は「青少年と書いてあったので、40歳以上は対応してもらえないのでは」と躊躇したものの、思い切って電話してみた。しかし、「40歳以上の支援は対応していないので……」と断られ、紹介された区の保健所に自分で番号を調べて連絡した。

電話を取ったケアマネージャーが「自宅を訪問してくれる医師がいるから」と、2015年4月から、月1回の訪問看護が開始された。

ところが、2018年の2月、母親のほうから「とくに様子がかわらないから」と、訪問看護を終了したいという申し出があった。おそらくは、金銭的な面での負担が大きかったのだろう。

障害年金という希望もなくなった

訪問看護以外にも、母親は長男の生活を心配し、障害年金の申請を行おうとしていた。

長男は幼少期から「緘黙性障害」を疑われていたため、障害年金を受給できるという判断だった。

母親はケースワーカーとともに年金係を訪れ、必要な書類などを受け取り、次回訪問時に年金を申請する予定だった。しかし、ケースワーカーの異動や依頼していた社会保険労務士が病気で亡くなるなどの不幸が重なり、結果的に障害年金は申請されることなく、宙に浮いたままになっていた。

つまり、母親は、自分の死亡後の長男の生活を心配して、実際に行動に移し、訪問看護と障害年金の申請という具体的な支援に一度はつながったにもかかわらず、支援の途絶によって、生活に何の変化も起こらないまま、亡くなってしまったことになる。

母親が2018年2月、「支援はもういいです」と断ったのも、妹に「支援は嫌」と不満をもらしていたのも、このように「助けを求めたのに何も変わらなかったことが原因だったのではないか」と、妹は納得できずにいる。

自分が亡き後との長男をどうにかしようと奮闘していた母親にとって、それが途切れたことは、生きる希望を失うことに近かったはずだ。

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「8050問題」の背景にあるのは、支援から取りこぼされて、地域に埋没していくことである。決して、本人や家族だけの問題ではない。

妹は、支援が途絶した理由について、「亡くなった母親が支援を拒否し、電話をかけても出なかった」などと説明を受けた。妹は「電話に出ないのなら、なぜおかしいと思わなかったのか」と納得できずにいる。

事件後、妹は、亡くなるまでの母親との相談の経緯について、情報開示請求をした。しかし、役所側は「母親の個人情報」であることを理由に、開示を拒んでいる。

なぜこのような悲劇に至ってしまったのか。そのプロセスを検証して、全国の現場で共有していく必要がある。肝心の真実が隠されてしまったら、2度と悲劇を起こさないための教訓にはつながらない。

池上 正樹 ジャーナリスト

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いけがみ まさき / Masaki Ikegami

1962年生まれ。通信社などを経てフリーに。著書に『大人のひきこもり』(講談社現代新書)など。

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