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ジャーナリスト浅野詠子

関西広域)精神病患者会での活動を著書に 京都の江端さん 刊行通し「自治会」設立目指す

仲間たちとレクリエーション活動を楽しんだ琵琶湖を背に刊行した著書を手にする江端一起さん=2024年9月6日、滋賀県大津市内

仲間たちとレクリエーション活動を楽しんだ琵琶湖を背に刊行した著書を手にする江端一起さん=2024年9月6日、滋賀県大津市内

 京都市山科区の木造アパートを拠点にした精神病患者会「前進友の会」で34年間活動した江端一起さん(63)が、仲間たちとの交流活動や当事者の肉声をつぶさに記録した著書「日ノ岡荘みんなの部屋の物語」(千書房、A5版169ページ)を刊行した。本書を通して患者が自立できる「自治会」の設立を目指す。

 執筆から出版まで5年がかり。同患者会は1976年、アパート「日ノ岡荘」を活動の拠点にした。建物が取り壊される2019年ごろまでに100人を越える当事者らが集ったという。現在の拠点は同市伏見区内にある。生き延びることをモットーに定例の食事会が開かれた。おいしものをたらふく食べて、泣いたり、笑ったりしながら「街に居座ろう」と励まし合った。共同作業所も運営する。

 生活の中のかけがえのないたまり場。近くの琵琶湖畔に出掛けて行うレクリエーション活動はいつもにぎやかだった。社会問題や精神医療の在り方にも目を向けて語り合い、生活保護費切り下げの反対デモに参加した日もある。「働かない権利」という独自の思想も芽生えた。

 「前進友の会」と交流のあった府内外の当事者18人が本書に寄稿。ある女性は「母親のおなかにいるときから精神病院に入院している」と独白すると「江端さんは、みんなに私を拝めと言って拝まれました。なんか恥ずかしいことを言っているのに良かった気分になったものです」と思い出をつづる。女性は、水平な者同士が醸成できる自己肯定感を感じた。

 患者会として活動する年月が長くなるにつれ、高齢の仲間たちは次々と世を去るという宿命も待っていた。多くの人は精神科病院で最期を迎え、なじみの病院の霊安室は葬儀場として借りることができた。京都市内の精神科病院の敷地には共同墓があり、江端さんの友人たちも静かに眠る。患者会は、看取りのリレーを繰り返してきた。

 記者は2014年ごろ、「前進友の会」のクリスマス会を取材した。入院中の仲間の1人が外出許可を得て、やって来た。症状が重く、その人の意思をくみ取ることは困難だった。しかし、症状の軽い仲間たちは、その人が何を言おうとしているか、何をしたいのか、競ってその意味を見つけ出そうとしていた。

 当時を振り返り、江端さんは「現在、福祉の分野で注目されるピアサポート(当事者相互の支え合い活動)の先取りのようなことだったのでしょう」と話す。

 全国にこうした患者会が20団体ほどあった時代があり、盛んに活動していたことが本書の記録から分かる。「わしらの街じゃ」と宣言し、他の患者会の範とされた愛媛県松山市の「ごかい」も惜しまれながら解散した。

 江端さんが「自治会」設立を訴える理由は、患者会の運営のみで精神病者の自立や自尊を図るには、体力的にも財政上も限界があると気づいたからだ。ならば、これまで培ってきた人の輪を生かし、福祉作業所やグループホームなどに患者会の「自治会」ができれば、当事者が安心して街で暮らせる後押しになると考えた。

 背景には、日本の精神科病院の長期入院者数が欧米と比べて桁外れに多い問題もある。40年もの間、社会的入院を余儀なくされた伊藤時男さんが2020年、国の不作為を問うて提訴した国家賠償法訴訟を巡っては、江端さんも賛同者の1人。原告の伊藤さんは本書に激励のメッセージを送っている。本書はネット通販の大手などからも購入できる。

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