京セラ創業者の稲盛和夫さん死去、90歳 JALの経営再建にも貢献
京セラとKDDIの創業者で、日本航空(JAL)の経営再建にも尽くした稲盛和夫(いなもり・かずお)さんが24日午前8時25分、老衰のため京都市内の自宅で死去した。90歳だった。葬儀は近親者を中心に執り行われた。後日、お別れの会を開く。喪主は長女金沢しのぶさん。
鹿児島市生まれ。鹿児島大学工学部を卒業後、京都の碍子(がいし)メーカーに就職した。1959年、独立して京都セラミック(現京セラ)を設立した。97年から名誉会長。
70年ごろ、半導体の回路を保護する入れ物にあたるパッケージの開発量産に成功した。以来、主力のファインセラミックス部品から電子部品、太陽電池、携帯電話などの分野に事業を広げ、グローバル化も進めた。創業時、28人だった従業員は、グループで8万3千人、世界30以上の国や地域に広がる。
また、80年代に電気通信事業の自由化の論議が高まったとき、当時の電電公社による「独占はよくない」との思いから、84年に第二電電企画(後のDDI)を設立した。通信事業は畑違いだったが、毎晩「動機善なりや、私心なかりしか」と自問自答して参入を決めたという。
2000年にはDDI、KDD、日本移動通信(IDO)を合併に導き、今のKDDIを設立した。国内の長距離電話の料金引き下げを主導したほか、携帯電話の普及にも尽くした。01年より最高顧問を務めた。
1995年1月には京都商工…
- 【視点】
稲盛さんとは、民主党が政権を奪取する前年の2008年に、政治部の野党キャップとしてインタビューにうかがったことがあります。テーマはもちろん政治です。小沢一郎氏と近かったこともあり、民主党による政権交代を強力に応援する有力者の1人でした。
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