大きな負担なく野球留学 香川の公立校に増える県外選手、効果と懸念

和田翔太
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 「ナイスバッティング」

 瀬戸内海に近い観音寺総合高(香川県観音寺市)のグラウンドに、野球部主将の霜尾琉偉(るい)選手(3年)の声が響いた。「行くぞ甲子園」と赤い文字でプリントされた横断幕が潮風に揺れる。

 「最初は県外出身ということもあり肩身が狭かったけど、観音寺は温かい人が多く、応援してくれています」

 6月下旬、香川大会を目前にした実戦形式の練習を終えた後、霜尾選手はさわやかな表情で語った。

 霜尾選手は堺市出身。甲子園に憧れ、中学時代は南大阪ベースボールクラブに所属した。しかし、希望していた大阪府内の強豪校からは声がかからず、府内の公立校に進学予定だった。

 そんなとき、家族に大きな負担をかけずに他県の公立校で甲子園を目指す方法があると知り、進路を変えた。それが香川県教育委員会が3年前から導入している「せとうち留学」の入試制度だった。

垣根を取り払い、生徒を全国募集

 県立高などの公立校は、主に地域住民の税金で運営されているため、県外の生徒は受験ができないのが原則。「せとうち留学」が画期的なのは、人口減少や少子化が進む地域の活性化につなげるため、垣根を取り払い、生徒を全国募集していることだ。

 観音寺総合は、統合前の観音寺中央が1995年の春の選抜大会で初出場・初優勝という快挙を遂げた伝統校だ。「ここなら甲子園を狙える」と考える球児は少なくない。

 現在、同校野球部にはマネジャーも含め40人が所属するが、霜尾選手を含めた21人が「せとうち留学」を利用した県外出身者。大半が、野球王国として知られる大阪府と兵庫県の出身という。

 公立校の全国募集制度は他の四国3県などでも行われているが、「せとうち留学」が珍しいのは、県内の全公立高が、定員とは別に受け入れ枠を設置していることだ。

「せとうち留学」で変わる高校野球

 人口減少に対応した特色ある入試制度は、香川の高校野球を少しずつ変えつつある。

 最速146キロの直球を武器に、今春の香川県大会とそれに続く四国大会で高松商の優勝に大きく貢献したエース・佐藤晋平選手(3年)も2年前、「せとうち留学」で入学した。

 2022年夏に主将として甲子園で観客を沸かせ、「世代ナンバーワンのスラッガー」と称された巨人の浅野翔吾選手に憧れて、岡山県からやってきた。「自分がやりたい環境で野球ができる制度があることはありがたいです」

 強豪校として全国的に名前の知れた高松商でも、せとうち留学制度を使った県外出身の入学者が増えている。

 県教委によると、「せとうち留学」が導入される以前も、県外の生徒に特別措置として県立高の受験を認めるケースはあった。ただ、親の転勤などに伴う「一家転住」や、自分が住む地域に進学希望の学科やコースがない場合などに限定されていた。

 観音寺総合も「せとうち留学」が始まる前から県外出身の選手がいたが、一家転住などが条件となるため、保護者の負担が大きく、今ほど人数は多くはなかったという。

 こうした変化に批判がないわけではない。ある県立高校では、県外出身の選手が急増していることに後援会などから反対の声も出ているという。

 21年度に21人だった「せとうち留学」の入学者数は増加傾向にあり、24年度は11校に47人が入学した。県は今年度から留学生の生活などを支える会計年度任用職員(推進コーディネーター)の採用などに約1200万円の予算を計上した。

 「せとうち留学」は、関係人口や交流人口を増やし、地域を活性化させることを目的の一つとして掲げている。今年3月に卒業したせとうち留学生20人のうち、県内に残ったのは1人だった。

 県教委の担当者は「県外出身者の違った意見が入ることで、生徒たちが刺激を受けているという声を聞く」と語る一方、「スポーツのためだけにやっているのでは」という意見も市民から出ていると明かす。

 観音寺総合の土井裕介監督は、せとうち留学について「部員が増えることで部内で競争が生まれ、生徒たちの成長につながっている」と話す。

 今年度、同校野球部に入った香川県出身選手はわずか3人だった。「20年、30年後、今の人数で野球ができるとは考えられない。少しでも長く、活気がある野球部を存続したいという一心で取り組んでいる」(和田翔太)

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