ワールド アスリート ボイス 5つの大陸から ワールド アスリート ボイス 5つの大陸から

 世界中で新型コロナウイルスの感染者が増え続けるなか、東京五輪は再び開幕1年前を迎えた。延期となった祭典に向け、不安と戦いながら気持ちを奮い立たせるベテランがいれば、コロナの影響の少ない国で練習に励む新鋭もいる。人権や政治問題に揺れる時代だからこそ、開催の必要性を訴える選手もいる。五輪マークは5大陸の団結と選手が一堂に集うことを表している。世界のアスリートたちの声を聞いた。

lineup

ティモ・ボル ティモ・ボル

ドイツ
ティモ・ボル
卓球男子
来夏は40歳。出場した過去5大会でシングルスのメダルに届かなかった私にとって、東京五輪は最後のチャンスなんです

1981年3月、ドイツ生まれ 39歳

世界ランキングは最高1位(2003、11、18年)で、現在10位。五輪には00年シドニー大会から、5大会連続出場中。08年北京大会で男子団体銀メダル、12年ロンドン、16年リオデジャネイロの両大会は同種目で銅メダル獲得。

低迷する欧州卓球界を長年リードし「皇帝」とも呼ばれる実力者だが、悲願であるシングルスのメダルへ、東京五輪は年齢的にラストチャンスとなる。

 来夏は40歳。出場した過去5大会でシングルスのメダルに届かなかった私にとって、東京五輪は最後のチャンスなんです。

 延期は正しい判断でしょう。日本やドイツは大丈夫でも、世界を見れば厳しい国は多い。五輪は、グローバルな視点で考えることが大切です。ただ、来年も開催できなければ、私のようなベテランは時間切れになってしまうかもしれません。本当に、恐怖のような思いも持っています。

 ドイツでも都市封鎖があり、6週間ほどはフィジカルトレーニングはやれても、卓球の練習は全くできませんでした。
 2カ月近く家で過ごすのはつらかった。けど、悪いことばかりじゃない。妻と、6歳の娘と、愛犬と。家族で過ごす時間がとても楽しかった。移動が多いのが、卓球選手。特にこの数年は多くの大会に出ていたから、リフレッシュになりました。子どもは大きくなってきたけど、「お父さんに会えないのはさびしい」なんて言うから、毎回別れ際がつらかった。今回は、すごく素敵な時間でした。

欧州卓球界を長年引っ張ってきたベテランのティモ・ボルが、日本や東京五輪への思いを語った。

 説明するのは難しいけど、五輪は特別なんです。そこで何かを成し遂げるというのは、人生最大の成果。2016年リオデジャネイロ五輪の開会式で旗手を務めたことは、私のキャリアの中でも最高の瞬間です。特別な舞台で、母国を代表できたんだから。一般の方たちや他競技の選手たちから旗手に選んでもらったことも、誇らしかった。世界選手権とは比べものになりません。

 もしかすると、レベルは世界選手権の方が上かもしれません。五輪の卓球シングルスには、強豪の中国や日本からも2人ずつしか出ないから。ただ、五輪の長い歴史などを思った時、いつもより緊張するんです。

義務化に伴い、マスクをして地下鉄に乗る市民=2020年4月27日、ベルリン、野島淳撮影

 ドイツでは6月、卓球のリーグが再開し、日程を終えました。無観客ではあったけど、緊張感の中でアドレナリンが出て、どれほど卓球が恋しかったかを実感しました。ドイツのサッカーも無観客で再開。最初は違和感があっても、慣れれば楽しめました。

 「無観客の五輪」に、意味があるのかどうか。何とも言えません。ただ、それでも試合ができることは経験済み。集中すれば、選手は気にしません。選択肢として、考えられると思っています。もちろん、観客はいた方がいい。でも、開催できるのなら、たとえ無観客でも私は構いません。

ドイツ 累計陽性者数の推移
205,623
2020.7.24時点。ジョンズ・ホプキンス大のデータから

グウェン・ベリー グウェン・ベリー

米国
グウェン・ベリー
陸上女子ハンマー投げ
選手の人生が次に移れるように、大会の開催可否は来年の2、3月には決めてほしい

1989年6月、米国生まれ 31歳

現在世界ランキング6位。2016年リオデジャネイロ大会で五輪初出場。

19年にペルーであったパンアメリカン競技大会では優勝後、表彰台で黒人差別への抗議として右拳を突き上げた。その後、人種的な宣伝活動を禁じる国際オリンピック委員会(IOC)などから警告処分を受ける。14歳で息子を出産した母親でもある。

 正直、来夏の東京五輪開催は厳しいとみています。あくまで予測ですが、あれだけの人が大挙する。ワクチンが開発されなければ誰かが感染するし、安全の保証はできないでしょう。開催できたとしても、過去の大会とは全く異なる気がします。観客はいないかもしれません。従来の感動は得られないでしょう。
 日本は世界中で最も好きな場所です。毎年のように訪れていて、日本も東京も愛しています。もし無観客になれば不幸としか言いようがありません。

 史上最高の大会にすべく、たくさんの資源やお金、それに情熱や魂を注いで準備してきたことも知っています。2016年リオデジャネイロ五輪の閉会式を見て、とても興奮したのを覚えています。ロボットなど技術革新への期待もありました。従来の五輪の雰囲気が味わえなかったら、本当に心が痛みます。

 五輪は世界中から様々な競技のトップ選手が集まる「オールスター」戦と感じています。感動が生まれるのは、観客の声援や叫ぶ声がつくる雰囲気があってこそ。無観客になればテレビの視聴率は上がるでしょう。でも同じ祭典にはならない。別の名称で呼ばないといけないとも思います。

昨年、国際大会優勝後に黒人差別への抗議として表彰台で拳を突き上げて話題に。そのグウェン・ベリーがインタビューに応じた。

 私は現在、米テキサス州ヒューストンで暮らしています。東京五輪のために2018年シーズン後に練習拠点にしました。3月から約3カ月は施設などが閉まり、練習するのが難しかったです。

 金銭面も厳しいです。大会が相次いで中止になったので賞金がもらえません。今は貯金を切り崩して生活しています。もともと倹約家で、最低限の出費でやりくりしています。過去には(本屋やスポーツ用品店で)アルバイトをして収入を増やしたこともありますが、練習との兼ね合いがあり、地理的に全てが離れているので難しいですね。

新型コロナウイルスの世界的大流行を受け、レストランの前にはマスク着用を求める看板が立てられている=6月、米国テキサス州オースティン、ロイター

 すごく調子がよかったので、東京五輪延期は残念という気持ちもあります。最高の年にしたかったし、勢いもありました。引退も考えましたが、息子ら家族には現役続行すべきだと背中を押してもらいました。

 選手の人生が次に移れるように、大会の開催可否は来年の2、3月には決めてほしい。その頃には色々な代表選考会が始まります。
 もし来夏開催されるならば、日本を信頼しているので恐怖はありません。心の底から東京五輪の開催を願っています。

米国 累計陽性者数の推移
4,112,531
2020.7.24時点。ジョンズ・ホプキンス大のデータから

ヘンリ・スクマン ヘンリ・スクマン

南アフリカ
ヘンリ・スクマン
トライアスロン男子
もし無観客になればとても残念です。歓声や応援は五輪精神だと思います

1991年10月、南アフリカ生まれ 28歳

2016年リオデジャネイロ五輪トライアスロン男子で3位に入り、同種目で南アフリカ初のメダルを獲得。

19年9月の国際大会直前に感染症を患う。最初は原因が分からず、世界中の医師20人ほどが協力して調べた結果、「コロナウイルス」(MERSの種類)と判明した。わずか数カ月後に世界中が新型コロナウイルス(違う種類)に苦しめられる現状に驚いている。兄リアンは競泳で08年北京五輪と12年ロンドン五輪に出場。

 東京五輪の1年延期で今より強くなれるかは分かりません。でも、賢くはなれる。いい準備ができると前向きにとらえています。

 延期で最もつらかったのは、判断まで時間がかかり、不確実な状況が長引いたことでした。欧州に比べ、南アフリカは都市封鎖になるのが少し遅かった。欧州で外出ができなくなった時期、自分はまだ普段通り練習ができていました。他の選手が練習ができないのにこのまま自分を追い込むべきか。それとも止まるべきか。苦しみました。

 その後、3週間ほど厳しい都市封鎖を経験しました。トライアスロンの3種目のうち、走るのと自転車は自宅にマシンを置いてできましたが、問題は泳ぎです。プールは今も閉鎖されています。庭にある小さなプールでバンジージャンプのような伸縮自在のコードを足につけて泳いでいますが、南アフリカは冬です。ウェットスーツを着ていても水はとても冷たいです。

感染症に苦しんだ経験があるヘンリ・スクマンが、新型コロナの影響で延期となった東京五輪への思いを語った。

 感染症への怖さも持っています。昨年9月、スイスであった国際大会前日に体調に異変を感じました。ひどい頭痛で、のどは腫れて体が重い。南アフリカへ帰国後、病院へ行くと入院、精密検査となりました。
 医師たちの結論は「コロナウイルス」でした。肝炎を患い、高熱や首痛も続きました。退院後も数週間は体がだるく、20分散歩しただけで一日中立っていたような疲労感を覚えました。体が元通りになるまで、数カ月かかりましたね。今年新型コロナの感染が世界中に広がり、気になって調べたら自分が感染したのは「中東呼吸器症候群(MERS)の種類」。新型コロナではありませんでした。

南アフリカのヨハネスブルクで4月9日、食糧配給の列に並ぶ人たちに、他人との距離を空けるように指示する治安部隊の隊員ら=石原孝撮影

 東京五輪の開催は正直、考えないようにしています。分からないことにエネルギーを費やしたくないし、心配は12月や来年1月にすればいいでしょう。

 もし無観客になればとても残念です。歓声や応援は五輪精神だと思います。一方で自分勝手な意見を言わせてもらえるのなら、無観客でも出場したい。選手でいられる時間は限られています。競技人生の最もいい時期に出られなかったら、落ち込むでしょう。

 五輪に欠かせない要素は、全選手が最大限に力を発揮できること。そのための準備が十分にできなければ不公平になります。全部の国・地域が参加できなければ本当の五輪とは呼べません。最高の選手が集まってこそ五輪だと思います。

南アフリカ 累計陽性者数の推移
421,996
2020.7.24時点。ジョンズ・ホプキンス大のデータから

ニャムスレン・ダグワスレン ニャムスレン・ダグワスレン

モンゴル
ニャムスレン・ダグワスレン
柔道男子
もし来年も収束せず、この状況が続くようなら、東京五輪が中止になっても仕方ないと思います。みんなの安全、命が大事ですから

1990年1月、モンゴル生まれ 30歳

柔道男子81kg級で現在の世界ランキングは36位。

モンゴルでスカウトを受け、石川・日本航空第二高(現・日本航空石川高)に留学。福島県いわき市の東日本国際大に進学し、在学中に東日本大震災が起きた。大学卒業後は母国に拠点を戻し、2016年のアジア選手権で優勝。17年のグランドスラム東京で銅メダルを獲得した。

 この夏、東京五輪が予定通りに開催されていたら、私がモンゴル代表で出場できた可能性は25%ぐらいでしょう。代表争いは厳しい状況でした。もう1年、五輪に向けて柔道ができる。3月に痛めた右手のけがを治し、気持ちに余裕を持って戦っていける。延期をチャンスと捉えています。

 モンゴルでは新型コロナによる死者は出ていません。ただ、中国と国境を接しているので1月ごろは不安でした。怖かった。国が国境を封鎖して、だいぶ安心できました。外国からの渡航者は、いまも3週間、隔離されると聞きます。ウイルスの対策を国がきちんとやってくれている、という安心感があります。

 柔道の練習でも気をつけています。練習前にみんなで手をアルコール消毒して、検温して。強化選手の稽古でも、一度に道場に入る人数を以前の半分の35人に限定しています。日本では乱取りができていないと聞きました。モンゴルは、そこまでの影響を受けてはいません。代表合宿も変わりなくできています。

日本の高校、大学で柔道を学んだモンゴルのニャムスレン・ダグワスレンが出場を目指している東京五輪への思いを語った。

 早く試合がしたいですね。(国際柔道連盟は)9月から国際大会を再開するということですが、国が出場を認めてくれるかどうか。出られたとしても、帰国後に自分も隔離されるでしょう。覚悟が必要です。その分、出るからには必ず勝って、(五輪出場に関わる)ポイントを獲得しなければという思いです。

 モンゴルでは柔道、レスリング、ボクシングがメダルを期待される競技です。2008年北京五輪で、柔道男子100キロ級のナイダン選手が全競技を通じてモンゴル初の金メダルを獲得しました。その姿は衝撃でした。柔道で頑張れば、この人みたいになれるんだって。自分も五輪でメダルを取って親孝行したいです。

 それだけに世界で感染者が増えているというニュースは気になります。ウイルスが収まらないと試合も再開できません。もし来年も収束せず、この状況が続くようなら、東京五輪が中止になっても仕方ないと思います。みんなの安全、命が大事ですから。

息子のイェロールト君と一緒に写真に納まるモンゴルのニャムスレン・ダグワスレン=本人提供

 高校から日本に留学し、大学在学中に東日本大震災が起きました。縁のある日本なので早く新型コロナが収まって、以前のような生活に戻ってほしいと願っています。そして東京五輪が開かれて、全力を尽くしてメダルを取りたい。母校の恩師たちにも頑張っている姿を見せたいです。

モンゴル 累計陽性者数の推移
288
2020.7.24時点。ジョンズ・ホプキンス大のデータから

ピタ・タウファトファ ピタ・タウファトファ

トンガ
ピタ・タウファトファ
テコンドー男子
世界はコロナ以外でも政治問題や衝突であふれています。これほど五輪が必要な時期はないでしょう

1983年11月、南太平洋の島国トンガ生まれ 36歳

初出場した2016年リオデジャネイロ五輪、同国初の距離スキー男子で出場した18年平昌五輪の両開会式で、上半身裸にオイルを塗った民族衣装の姿で登場。東京五輪はテコンドーで夏季2大会連続出場を決め、カヌーでも初出場を狙う。海外メディアによると、毎回異なる競技で五輪3大会連続出場を果たせば史上初めて。

 暮らしているオーストラリアのブリスベンはだいぶ落ち着いてきました。多くの人がルールを守っていることが第一ですが、周りには率先して外出を自粛する人がたくさんいます。幸いにも、母国のトンガは感染者が出ていません。早めに国境を閉じるなど対策が奏功したのかもしれません。

 テコンドーで東京出場を決めましたが、カヌーでも代表を目指しています。3大会で異なる3競技に出場という五輪史上初めての選手になることが目標です。

 カヌーは平昌大会後から本格的に始めたので、周囲からは懐疑的な目も向けられます。でも全く気にしません。距離スキーで平昌五輪を目指すと発表した時、私はまだ雪を見たことがありませんでした。準備期間が1年しかなく、当時は不可能とも言われました。
 スポーツを通じて人間の可能性を示したい。私は特に才能に恵まれてはいません。一生懸命努力すれば何事だってできると思っています。だから失敗する姿は隠さず、あえてSNSにも上げます。成功への過程を見てもらうことで、人々に挑戦への恐怖を取り除いてもらいたいのです。

五輪で有名になったピタ・タウファトファは、史上初となる毎回異なる競技で五輪3大会連続出場をめざすという。

 競技以外では、ホームレスの人を支援する施設で働いています。多くの人に幸せな人生を送ってもらえるよう、励ましています。最近はトンガや南太平洋に無料開放できるスポーツ施設をつくろうと基金も立ち上げました。今までは子どもたちがスポーツを楽しめる場がありませんでした。

 世界はコロナ以外でも政治問題や衝突であふれています。これほど五輪が必要な時期はないでしょう。違う人種や政治的な意見を持つ人々が並んで入場行進をすれば、一つになれます。
 全ての国・地域が参加できないかもしれません。でも五輪は数字ではない。仮に全体で3人しか参加できなくても、3人が「一つになれる」五輪精神をもって入場行進をすれば私にとっては「五輪」です。盛大な式典は好きですが、輝かしくてきらびやかでなくてもいいのです。

2018年平昌五輪の開会式で旗手を務め、上半身裸で入場するトンガのピタ・タウファトファ=遠藤啓生撮影

 日本は逆境に強いと感じています。様々な苦難を乗り越えてきた歴史があります。今回も結果は同じでしょう。私は開催を信じ切っています。必ず東京に行きます。開会式に花火はないかもしれませんが、大丈夫。多くは言えませんが、とっておきを用意しています。東京五輪は人類史上最高の大会になる。今は信じて待っていてください。

トンガ 累計陽性者数の推移
0
2020.7.24時点。ジョンズ・ホプキンス大のデータから

 本来ならこの夏は東京五輪が開かれ、会場では数々のアスリートたちのドラマが生まれ、街は多くの人たちでにぎわっていたはずだ。世界の新型コロナウイルスの感染者は1500万人を超え、感染拡大が終息する見通しは立っていない。選手たちは様々な思いを抱きながら「いま」を生きている。

2020年7月31日公開
  • 企画:関根和弘
  • 取材:遠田寛生、吉永岳央、波戸健一
  • 動画:田村晴美(朝日新聞メディアプロダクション)
  • デザイン・制作:宇根真、寺島隆介(朝日新聞メディアプロダクション)
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