森と生きる町
北海道 下川町
北海道 下川町
森の恵みを生かし、町を再生してきた北海道下川町。その中心となる循環型の森林経営をひもときます。国谷裕子さんも取材し、SDGs時代の地域づくりを報告します。
原木を切り出したら、元の森に戻るよう、また植える。その後は下草を刈って間伐をしながら木を育て、60年たったら伐採する。下川では50ヘクタールずつでそのサイクルが回るよう、計画的に山に手を入れている。循環型森林経営と呼ばれ、1960年から始まった。
その素地となったのは、1200ヘクタールを超える国有林の払い下げだった。1953年、町の財政規模が1億円の時に、8800万円を投じるという大決断だった。「先人が植えたものを、私たちは切らせてもらっている。だから私たちも次の世代のために植え、森という環境と資源を残していく」と、森林組合長の阿部勇夫さん。トドマツやカラマツが育つ森は、持続可能な森づくりに与えられる国際認証FSCを北海道で初めて取得している。町で育つ子が3歳から高校を卒業するまで、環境について学ぶ場にもなっている。
森林の恵みを、余すことなく使う――。この実践が、循環型森林経営を支えている。切り出された木は、その大きさや状態に応じてさまざまな使い道が用意されている。太い良木は製材して建築用材に。少し細い木は円柱にして、土木や緑化事業に使われる。そのまま使えない木は炭にしている。バーベキュー用の燃料として販路を開いてきたが、最近は消臭や調湿の効果が注目されて新たな製品化も進む。
炭化の過程で出る煙からは木酢液を作り、ガーデニング用品ができる。さらに通常は廃棄される枝葉を集めて蒸留し、精油をつくっている。間伐材や残った材は細かく砕かれ、町が特筆されるバイオマスによる熱供給の原料となっている。
森林組合から集成材加工を独立させる形でできた「下川フォレストファミリー」。ここでは住宅一棟を建てるのに必要な材料をすべて供給できるまで加工技術を広げてきた。それが「しもかわ産材」による住宅づくりのプロジェクトを可能にした。
森のある暮らしを求めて町外から移り住んだ3人の女性が、トドマツの枝葉からエッセンシャルオイル(精油)を製造する。フプはアイヌ語でトドマツの意味。社長の田邊真理恵さんは、「誰でも好きなときに森の世界と行き来できるよう、そのきっかけを作っていきたい」と話す。
町は一の橋地区でシイタケの菌床栽培を手がける。菌床となるのは、木材加工の過程で出るオガコ。「資源を余すことなく使う」という町の方針は、ここでも徹底されている。肉厚のシイタケの売り上げは好調で、年間7千万円を売り上げる。
森と親しむ月1度の交流会や、子ども向けの環境プログラムを展開。東京の企業が行う研修にも協力している。移住者を中心としたサークルが母体になって2005年に設立された。毎年7月に開かれる人気イベント「森ジャム」の運営にもかかわる。
持続的な森づくりが知られるようになると、移住してくる人たちが増えた。森林組合では職員35人のうち25人が町外の出身だ。
森林資源の活用と町の生き残りを重ねる中心的な取り組みは、間伐材や端材を細かく砕いたチップを原料とする木質バイオマスによる熱供給の仕組みだ。2004年から始まり、今では11基のボイラーが役場や学校、町営の温泉施設など30カ所に暖房と温水を届ける。
灯油に比べて年間1900万円の節約となることから、町は半分を将来のボイラー更新のため積み立て、半分を子育て支援に回している。売り上げが減る灯油業者で組合を作ってもらい、チップを作る事業を委託している。熱の自給率は公共施設で約7割、町全体で5割にのぼる。
森林バイオマスによる熱供給は、存続が危ぶまれていた一の橋地区を再生する「切り札」にもなった。集合住宅を建て、高齢者に移り住んでもらった。町営のシイタケ栽培を始め、大手製紙会社の薬用植物研究所も誘致。総務省が主導する「地域おこし協力隊」でやってきた若者にも住んでもらい、併設するカフェの運営や住宅の管理をまかせている。
いま、「一の橋バイオビレッジ」には約120人が暮らし、高齢化率は3割を下回る。温暖化効果ガスを出さないエネルギーの自給、高齢化の緩和、シイタケ栽培による新たな収入と雇用の創出は、環境、社会、経済をつなげた課題の解決方法で、SDGsを先取りした例としても注目される。18年夏からは、障害者とともにつくるチョコレートを各地で展開する会社と大手のコールセンター運営会社、町役場が連携し、廃校になった小学校でチョコレートを作るプロジェクトも動き出した。一の橋での社会実験は続く。
地域と森林を持続可能にする取り組みは、環境と経済、社会とを調和させていく試みでもある。町の衰退に直面した下川が全国でもいち早く始めた挑戦は、SDGsができてからは、その先取りとして注目を集めている。町は2018年4月に7項目からなる下川版SDGsを掲げた。策定にあたっては、町民の代表10人と30~40代の町の中堅職員10人が、SDGsに詳しい枝廣淳子さんをファシリテーターに迎えて「2030年の下川町のありたい姿」を話し合った。今後は、目標達成にむけた進み具合を点検できるよう、町独自の指標を作ることにしている。
NPO「森の生活」の代表、麻生翼さんは、議論のまとめ役を担ったひとり。将来を見据えた町づくりを住民が考えるうえで、「SDGsはとても使い勝手がいい」ことを実感したという。これからできる指標も使いながら、「行政の取り組みを判断したり、自分たちの関わり方を考えたりするときの、チェックリストにしたい」と話す。
誰ひとり取り残されず、
しなやかに強く、
幸せに暮らせる持続可能なまちへ
下川のまちづくりを、朝日新聞SDGsプロジェクトのエグゼクティブ・ディレクターを務めるキャスターの国谷裕子さんが取材した。「鉱山の閉鎖、鉄道の廃止、自然災害など度重なる危機を乗り越え、回復力のある地域へと変貌を遂げてきた下川町。その変革を先導した人たちの熱い思いを受け継ぎつつ、SDGsを手に、住民自身が町づくりを引き受けていこうという新たな息吹を感じた」という。
国谷さんの取材後記はこちらから