市営観光施設の“滑り台”高齢女性が滑りでん部を強打し骨折… 市側に過失を問う約2000万円の損害賠償請求は妥当か

弁護士JP編集部

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市営観光施設の“滑り台”高齢女性が滑りでん部を強打し骨折… 市側に過失を問う約2000万円の損害賠償請求は妥当か
女性が骨折したロング滑り台(下呂温泉合掌村HPより)

岐阜県下呂市が運営する観光施設の滑り台で2022年11月、当時59歳の女性がでん部を強打し、胸椎を圧迫骨折。女性は市を相手取り、約1980万円の損害賠償を求める訴訟を岐阜地裁に起こした。6月18日の市議会で報告した市は、安全な滑走のための注意喚起を行うなど、「施設管理上の瑕疵(かし)はない」として、請求棄却を求めている。

女性がけがをした滑り台は、全長175メートルで途中、踊り場を経て、第二滑り台で滑り終える構造。女性は最初の滑り台が終わる踊り場ででん部を強打し、骨折したとみられる。当時、踊り場にはマットが敷かれていたが、事故後、より安全性を高めるために新たにマットを追加する措置が取られている。

市側の安全対策

市が主張する安全対策は、滑り終わる場所へ衝撃吸収用のマット設置のほか、看板に「安全に滑るためのお願い」として、8つの注意事項を記載。その中には、「座った姿勢で滑りましょう」「運動しやすいふくそうでくつをはいて遊びましょう」「降り口近くになりましたら、スピードを緩めてください」「ご高齢の方はご遠慮ください」などの注意喚起がイラストともに記載されている。

滑り口周辺にはスタッフはおらず、無人だが、過去に係争案件はないという。

女性がけがをした滑り台はロングタイプで、スピードが出る可能性はあるものの、よくあるタイプの遊具。そうしたこともあってか、ネット上では、「施設の過失を問うのは難しいだろう」「安全管理義務は施設管理者だけでなく、施設利用者にも課せられている」「大人はスピードが出やすく、子どもと同じように滑ってはケガをします」「行政に2000万円も賠償義務があるとはとうてい思えない」と、多くは施設側に過失を問うのは酷とする声だった。

「請求棄却は難しそう」と弁護士

「判明している事実だけを前提にすれば、市側の請求棄却の主張が認められるのは少々難しい気がします」。裁判の行方をこう展望するのは、行政の実状にも詳しい渡邊 賢一弁護士だ。どういうことなのか。詳しく聞いた。

ネット上の声は施設側に同情する空気でしたが、請求棄却は少し難しそうだと?

渡邊弁護士:下呂市が運営する観光施設の滑り台は、「公の営造物」に当たります。従って、その設置又は管理に「瑕疵」があったために他人に損害を生じたときは、下呂市は、国家賠償法2条1項により、その賠償責任を負うことになります。

判例によると、「瑕疵」とは、「営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としない」とされています。そして、瑕疵の有無は、「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである」とされています。

より具体的には、設置管理の瑕疵の有無は、

(1) 営造物に危険があったか。
(2) 事故等の予見可能性、回避可能性があったか。
(3) 通常の用法に則した行動の結果生じた事故か。

などにより判断されることになります。

これらを今回の事故と照らし合わせると、どうなりそうでしょうか。

渡邊弁護士:(1)については、問題となった滑り台を実際に見ていないので何ともいえませんが、相当程度スピードが出る構造だったのであれば、踊り場の時点でお尻を強打し、事故につながる危険はあったと認定される可能性は高いと思います。

(2)は、予見可能性は「通常予測ができる」ものであったかが問題になり、社会通念上、行政に対して要求される専門的能力・知見を基準にして判断されます。また、予見可能性が認められれば、多くの場合は回避可能性も認められます。

本件では、過去に係争案件はなかったことは、予見可能性を否定する事情となります。また、過去の裁判例や報道資料を見てみますと、同じような事故はあまり見かけません。

しかし、過去に同じような事故が起きてなくても、直ちに予見可能性が否定されるわけではありません。

むしろ、滑り終わる場所に衝撃吸収用のマットが設置され、注意事項で「降り口近くになりましたら、スピードを緩めてください」と記載があったことからは、降り口付近で今回のような事故が起きる危険があることを、管理者が認識していたのではないか、と思われます。

そうすると、事故の予見可能性が認められる可能性は十分にあると思います。

(3)については危険があって、予見可能性が認められても、事故が、通常想定し得ない行動の結果発生した場合は、営造物の設置管理の瑕疵が否定される場合があります。

例えば、幼児が、テニスの審判台に昇り、その後部から座席部分の背当てを構成している左右の鉄パイプを両手で握って降りようとしたために転倒した審判台の下敷きになって死亡した事案で、設置管理者が通常予測し得ない異常なものであったなど事実関係のもとにおいては設置管理者は、損害賠償責任を負わないと判示したものがあります。

今回、このような事情があるかは分かりませんが、原告が通常では想定し難い、よほど危険な乗り方をしていたのであれば、下呂市の責任は否定されることも考えられます。

以上を検討すると、詳細な事実関係はわからないものの、現在判明している市の注意喚起や安全策をもって、滑り台の設置管理に瑕疵がなかったと言い切ることは難しいのではないかと思います。

約2000万円の損害賠償は妥当か

そのうえで、でん部強打による胸椎圧迫骨折で原告の約2000万円の損害賠償は妥当といえるのでしょうか。

渡邊弁護士:原告が、どのような名目で約2000万円の損害賠償請求をしているのかは明らかではありませんが、今回の事故による治療費はもちろん、後遺障害が残ったり、仕事を休まざるを得なくなってしまったりしたら、休業損害や後遺障害慰謝料なども損害の範囲に含まれます。

重篤な障害が残ったのであれば、約2000万円の請求がなされても不思議ではありません。

ただ、請求がなされたことと、実際に裁判所がどの範囲の損害まで認めるかは別問題です。

また、注意事項で「降り口近くになりましたら、スピードを緩めてください」や「ご高齢の方はご遠慮ください」と記載されていたことからすれば、今回事故が発生したことについては、原告側に一定の過失が認められる可能性もあると思います。その結果、過失相殺により、損害賠償額は減額されることも見込まれます。

利用者側の安全管理義務は実際、どの程度求められそうでしょうか。

渡邊弁護士:施設の利用者側に特別な「安全管理義務」があるかといわれると、そこまでの義務はないと思います。

施設からの注意喚起の看板などをきちんと読み、ルールに従って、一般人に要求される程度の注意義務で利用していれば、利用者側が「義務違反」とは言われないと思います。

これからアウトドアシーズンが本格化します。特に利用者はどんなことに注意して、こうしたレジャーを楽しめばいいでしょうか。

渡邊弁護士:管理者が提示している注意事項、遵守事項は必ず守り、危険な行為は絶対にしないでいただきたいと思います。

今回は、施設管理者である市の責任が問題となりましたが、危険な行為により、他の利用者に損害を与えれば、自らがその利用者に対して損害賠償責任を負うことになります。楽しいレジャーから一転して不幸な事故につながることのないよう、安全な行動を心がけていただきたいと思います。

取材協力弁護士

渡邊 賢一 弁護士

渡邊 賢一 弁護士

所属: ベリーベスト法律事務所 千葉オフィス

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