元外交員が勤務していた第一生命の徳山分室が入るビル

 第一生命保険の徳山分室(周南市)に勤めていた80代の元保険外交員女性が、架空の金融取引で少なくとも顧客21人から19億円を詐取したとされる事件。関係者の証言からは元外交員が地元政財界の有力者とのコネを誇示し富裕層に食い込んだ経緯が浮かぶ。一方、社内では顧客を多数抱える辣腕(らつわん)から全国でただ一人80歳を超えても社員で残る優遇ぶり。10年以上に及ぶ不正を見逃した第一生命の管理責任を問う声も上がっている。

【図解】生保元外交員巡る構図

 「トップセールスマンだけが持つことが許される特別枠口座ならもっと高い金利で預かることができる」。元外交員に預けた金の返還を求め山口地裁周南支部に提訴した周南市の女性の訴状は元外交員の言葉巧みなやりとりを記す。女性は母親の死亡保険金5千万円を託したが、社内調査で詐取を知ったとする。

 第一生命によると、元外交員は特に優れた営業職員として「上席特別参与」の地位を与えられていた。7月に懲戒解雇された時には「特別調査役」の肩書も有していた。別の生命保険の営業所幹部は「第一生命に高齢のやり手外交員がいるうわさは聞いていたが、ここまでの特別待遇はうちでは考えられない」と驚く。

 ▽専用の部屋用意

 勤続50年や特別調査役の就任を祝うパーティーには地元政財界の有力者が多く顔を見せた。県議時代に2回出席した周南市の藤井律子市長は「案内が来たから参加した。大きな宴会場が人で埋まり、自分の親世代なのにすごいなと感じた」と影響力を振り返る。

 複数の関係者によると、元外交員は地元の金融機関や地元放送局のトップとの親密さをアピール。ある市議は「地方選挙の有力候補の応援もしており、事務所で何度も見掛けた。周南の政治家で名前を知らない人はいない」と話す。

 また、大手銀行支店の行員は「県内有力企業の社長室で会った。第一生命の分室には専用の部屋まで用意してあったと聞く」と社内での優遇ぶりに舌を巻く。かつて山口銀行の取締役を務めた経営コンサルタントで作家の浜崎裕治氏は同行幹部と昵懇(じっこん)で銀行内にも影響力があったと指摘。「行員も多くが元外交員から保険に入っていた」と述べる。

 地元金融機関の幹部は「元外交員は地元の経営者や開業医ら富裕層を顧客に抱えていた。世間体からだまされたと言い出せない人もいるのでは」と指摘。被害者はさらに増える可能性があるとみる。

 ▽「反省生かさず」

 第一生命では2008年にも神戸市の元外交員が顧客から約1億円をだまし取り実刑判決を受けた。被害者から相談を受ける弁護士は「過去の反省が生かされていない」と批判する。

 金融庁は長期にわたり不正を見逃したことを問題視し、12日までに第一生命に報告命令を出した。第一生命広報部は「事件の全容を解明できていない。原因を究明し再発防止に取り組む」と説明。第一生命は7月3日に元外交員を解雇。山口県警に詐欺容疑で刑事告発している。

 経済犯罪に詳しい福山大人間文化学部の平伸二教授(犯罪心理学)は「有名企業の社員という立場や銀行の幹部などとの親密さを伝え信用させた可能性がある。社内でなぜ長年、不正をチェックできなかったのか。企業も責任が問われる」としている。(川上裕、堀晋也)

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