日本代表33歳の異例の挑戦 欧州が向ける厳しい評価…本田、香川でさえ“ぶつかった壁”【コラム】
シント=トロイデンに加入した谷口彰悟が描くビジョン
「ここで僕がベルギー移籍してきて全然ダメじゃんとなったら、『ほら見たことか』となる。力があればこの歳でも欧州の舞台でも戦えるというのは示していかないといけない。それができれば、『日本人も戦えるじゃん』という評価にもつながってくる。そういったところも担っているという思いはある」
今夏からベルギー1部シント=トロイデンで新たな挑戦をスタートさせた日本代表DF谷口彰悟は、8月14日のオンライン入団会見で自身に託された重責を改めて口にした。
2022年カタールワールドカップ(W杯)終了直後にカタール1部アル・ラーヤンへ移籍した時点ですでに31歳。もともとJリーガーが中東へ赴くケースは稀で、日本代表クラスだと2017年に当時29歳だった塩谷司(サンフレッチェ広島)が2017年にUAE1部アル・アインに移籍したくらいしか思い当たらない。「30代の谷口がカタールへ行くとは……」という驚きの声も少なくなかった。
そこで1年半プレーし、欧州へステップアップするというのも、異例中の異例。過去の30歳前後の日本人選手の欧州移籍を紐解いても、2003年にオランダ1部ユトレヒトへ赴いた当時31歳の藤田俊哉(ジュビロ磐田SD)、間もなく30歳というタイミングで2007年にオーストリア1部ザルツブルクの門を叩いた宮本恒靖(JFA会長)など数人しかいない。
「欧州では30歳を過ぎた選手に対する評価が非常に厳しい。『年齢が高いとモチベーションがないし、フィジカル的なコンディションも落ちている』と思われることがほとんどですよね」と足掛け14年間、欧州3か国をタフに渡り歩いてきた川島永嗣(磐田)も苦渋の表情を浮かべたことがある。
実際、ボルシア・ドルトムントやマンチェスター・ユナイテッドで輝かしい実績を残した香川真司(セレッソ大阪)もスペイン2部サラゴサの後、無所属状態に陥ったし、本田圭佑もACミランの後、いきなりメキシコの名門パチューカに行くことを選んだ。それぞれの事情はあるにしても、欧州で希望通りの新天地を見出せなかったことは事実。30代の日本人選手のステップアップの難しさを色濃く感じさせる事例だったと言っていい。
そういった中、33歳の日本人DFがベルギーに参戦するというのは、本当に稀有なケースというしかない。もちろんシント=トロイデンが日本企業「DMM.com」の傘下に入っているクラブというのは重要な点だ。
立石敬之CEOも「我々は2023年頭まで在籍した香川選手、昨季まで在籍した岡崎選手(慎司=バサラ・マインツ監督)のように、リーダーとしてチームをけん引できる選手に来てもらっている。谷口選手も欧州でチャレンジを望んでいたので、お互いの思惑が合致した」と発言。彼の統率力、ベテランとしての経験値に期待して契約したことを明かした。
谷口自身は千載一遇のチャンスだと捉えているはず。「まだまだ僕もステップアップも狙っているんで、ギラギラしています」と目を輝かせたが、今季開幕3戦連続黒星・総失点11という守備崩壊状態のチームを立て直すことが第一のタスクだ。
「失点が多いというところはすぐに改善していかないといけない。自分自身フル出場した(8月11日の)アントワープ戦の6失点はショッキングでしたし、コンディションも全然ダメだった。チームに求めるところも多いと思いますし、チームとしての守備の優先順位は何なのかを含め、揃えられることが多い」と課題を口にしていた。
この惨状を瞬く間に修正し、シント=トロイデンの絶対的存在になってくれれば、日本代表の森保一監督も安心感を抱くだろう。9月から2026年北中米W杯アジア最終予選が始まろうとしている今、日本代表DF陣の主軸を担うべき冨安健洋(アーセナル)と伊藤洋輝(バイエルン)が負傷離脱中で、戦力的に不安も拭えない。
谷口と同じベルギー1部にいる町田浩樹(ロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズ)がコンスタントに試合に出ているのは朗報だが、板倉滉(ボルシアMG)はここからシーズン開幕で、コンディション的に未知数な部分もある。だからこそ、谷口はいち早く、パフォーマンスを引き上げ、安定感を発揮できるように仕向けていくことが肝要なのだ。
新天地ベルギーで身に着けた新たな学びは日本代表で還元も
「自分にとって代表はすごく大きなものですし、2026年W杯に出場することを目指しているので、高いパフォーマンスを目指さないといけないし、成長とともにそれも同時にやらないといけないと思っています」とも本人は語ったが、ベルギーには大柄で屈強なFWやアタッカーも少なくない。フィジカル色の強さという部分はJリーグや中東をはるかに上回るものがあるだろう。そこで駆け引きを学び、対処法を身に着けていくことで、谷口はもう一段階、二段階、飛躍できる。日本人屈指の頭脳派DFのポテンシャルを今こそ最大限発揮すべきである。
30代の日本人DFが成功できれば、かつて川島や本田、香川らがぶつかった壁を取っ払うことができるかもしれない。すでに昨季リバプールに赴いた遠藤航が30代プレーヤーの既成概念を打ち破る働きを示しているが、谷口もその流れを加速させるべき存在。平成初頭生まれの面々が「日本人選手は30歳を過ぎてもまだまだ成長できる」という事実を証明できれば、20代後半の選手たちのステップアップの道も開けてきそうだ。
ある意味、大きな責任を背負うことになるが、谷口はそういう役割には慣れているはず。8月はデンデル、サン=ジロワーズと上位を走っている難敵との対戦が続くが、格上とのゲームだからこそ、守備陣の出来が問われることになる。彼には周囲を力強く鼓舞し、時には強引に同じ方向を向かせるくらいの強引さを示してほしいところ。ここからの一挙手一投足が大いに気になる。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)
元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。