伊藤沙莉さんが主演を務めるNHK連続テレビ小説(朝ドラ)の「虎に翼」の放送が、4月からスタートした。
主人公・猪爪寅子(いのつめ・ともこ)のモデルは、日本で女性として初めて弁護士・判事・裁判所所長になった三淵嘉子(みぶち・よしこ)さん。家庭裁判所の創設にもかかわり、女性や子どもの権利擁護に尽力した。「虎に翼」では、登場人物名や団体名などは一部改称して、フィクションとして描くという。
戦前、女性の参政権が認められていなかった時代に育ち、法律家として先駆者となった三淵嘉子さんはどんな人物なのか。その生涯を振り返る。
「成年以上ノ男子タルコト」弁護士法が改正。女性初の弁護士に
三淵嘉子さん(旧姓は武藤)は、1914年11月13日に父・貞雄さんの赴任先であるシンガポールで生まれ、のちに東京に転居した。貞雄さんは、男女平等について進歩的な考えを持っていたとされ、嘉子さんに対し、「ただ普通のお嫁さんになる女にはなるな」「医者になるか弁護士はどうか」などと「職業婦人」を目指すよう説いていたという。
それまで、女性が弁護士になることは認められていなかったが、1933年5月の弁護士法改正によって、弁護士資格について「日本臣民ニシテ・・・成年以上ノ男子タルコト」から「帝国臣民ニシテ成年者タルコト」へと規定が改められた。女性が弁護士となる門戸は開かれた一方で、裁判官と検察官にはなれなかった。
女性が法律を学べる学科があった現・明治大学に進学した嘉子さんは1938年に、今の司法試験にあたる高等文官試験司法科に合格した。同級の中田正子さん、一学年下の久米愛さんとともに、女性初の弁護士となったのだ。
私生活では結婚。戦後に「原爆裁判」を担当
私生活では、1941年に実家で書生として暮らしていた和田芳夫さんと結婚。2年後に息子の芳武さんが誕生した。
1940年に弁護士登録をしたが、第二次世界大戦の影響を受け、弁護士としての活動は減っていった。1944年には芳夫さんが召集され、嘉子さんは息子と福島県に疎開した。
戦地で発病した芳夫さんは、嘉子さんと再会できないまま亡くなった。戦後両親らも亡くなり、残った家族を一人で養った。嘉子さんは「私の人間としての本当の出発は、敗戦に始まります」と語っていたという。
戦後、男女平等を保障した日本国憲法が施行されると、男女平等の社会の実現を望んだ嘉子さんは、1947年に当時は男性のみだった裁判官に志願した。採用は許されなかったが、裁判官の仕事を学ぶため司法省に入り、民法の改正と家庭裁判所の設立に携わった。
その後1949年にようやく日本初の女性裁判官(東京地裁判事補)に、1952年には、名古屋地方裁判所で初の女性判事となった。
1956年に初代最高裁長官の長男である三淵乾太郎さんと再婚し、和田姓から三淵姓になった。
同年には東京地裁判事に就任し、民事裁判や少年審判のほか、「原爆裁判」も担当した。世界で初めて、アメリカの原爆投下を国際法違反と明言した歴史的な判決文を書いた東京地裁判事の一人が嘉子さんだった。
家庭裁判所所長に。5000人を超える未成年者の審判
その後は東京家庭裁判所判事などを経て、1972年に新潟家庭裁判所所長に就任。女性として初の裁判所所長となった。嘉子さんは5000人を超える未成年者の審判を行ったといい、多くの子どもたちを指導し、立ち直りを支えてきた。
未成年者の中には家庭の問題を抱えた人も多く、横浜家裁の所長時代には、薄汚れていた調停室の壁を綺麗にし、昼休みには廊下に静かな音楽を流すなどして、子どもたちに寄り添おうとした。
講演活動を熱心に行っており、未成年者の非行の背景にある問題について社会の関心を向けさせることが重要だと考えていた。嘉子さんは、「家裁は人間を取り扱うところで、事件を扱うところではない」「家裁の裁判官は、社会の中に入って行く必要がある」との信念を持っていたという。
1979年に定年で退官すると、弁護士を開業したほか、労働省(現・厚生労働省)の要職などに就き男女平等や、女性や子どもの人権問題に尽力した。
1984年5月28日に69歳で亡くなった。葬儀と告別式には多くの人が訪れ、別れを惜しんだという。
「虎に翼」の意味、ストーリーは?
この嘉子さんの生涯をモデルにした朝ドラ「虎に翼」では、主人公・寅子(愛称:とらこ、とらちゃん)が法律と出会い、日本初の女性が法律を学べる学校に入学。周囲から「魔女部」と陰口を叩かれながら、時に差別や偏見と闘い、仲間たちと成長していく。
戦後は法律をもとに、戦争で親を亡くした子どもや苦境に立たされた女性たちのため、家庭裁判所の設立に奔走することになるという。
「虎に翼」というタイトルは、古代中国の思想書「韓非子」の言葉で、元より強い者がさらに勢いを増すことを指し、「鬼に金棒」と同じ意味で使われる。
主演の伊藤沙莉さんは、寅子について「思ったことをすぐ言ったり、突拍子もないことをやったりするけれど、だからこそ人の心を動かせる」と評しており、「寅子は日々、世の中に対して『何で?』という疑問を持つことが多いのですが、そういった疑問や興味を持つ人じゃないと、やっぱり世の中は変えられない」などとコメントしている。
伊藤さんのほか、石田ゆり子さん、岡部たかしさん、仲野太賀さんらが出演。主題歌は米津玄師さんの「さよーならまたいつか!」、脚本は吉田恵里香さんが担当した。
<参考文献>
・明治大学史資料センター所長・村上一博氏(法学部教授)「三淵嘉子—NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)の主人公のモデルとなった女子部出身の裁判官—」
・長尾 剛氏「三淵嘉子 日本初の女性弁護士」(朝日新聞出版)