前回はクアルコムとルネサンス高校の「スマートフォン×デジタル教科書」プロジェクトを取材した。今回はそこを発端として、スマートフォンとモバイル学習の関係を考えてみたい。
通信制のルネサンス高校では、過去さまざまな形で教育のIT化に取り組んで来た。2006年にはデジタルペン、ペンタブレット、PCを組み合わせた課題学習を実施した。これは学校側の学習管理には役に立ったが、学習効果を上げるものではなかった。
そこで2007年から2010年にかけて、携帯電話を使った課題学習を導入した。ケータイでの学習は言うまでもなく、学習のための時間と場所の制約をなくすことが目的で、これは成功した。
一方、デメリットとして、携帯電話のインタラクティブな動作の限界、あるいはディスプレイサイズの制約から、どうしても択一式の問題にならざるを得なかった点がある。出題に対して複数の選択肢から選ぶ方式では、答えを考える以前に“勘”で回答できてしまう。もしまぐれで正解したら、学習意識の定着が行なわれないことにつながりかねない。
現在、学校で実施される試験のほとんどが自由記載なのは、先生が思考の過程や学習達成度を見ることができるためである。しかしそこには、実社会とのギャップもある。ルネサンス高校 桃井隆良氏の調査によれば、センター試験はもちろん、就職試験、各種資格試験など、重要な試験のほとんどが択一式だったという。
なぜそうなるかといえば、これはひとえに採点する側の都合である。自由筆記では自動採点ができないため、採点には大量の人手と時間が必要になる。さらに学校のテストと違い、出題者と採点者、そして採点の結果を評価する者は必ずしも同じでなくてもいい。試験制度に作業効率が求められた結果である。
人を育む試験と、人を選別する試験の狭間で、学校教育は岐路に立たされている。
スマートフォンによる通信教育の取り組みは、この点を打開するのではないかという期待が寄せられている。同じWebアプリとして作るにしても、携帯電話向けよりスマートフォン向けのほうが、もう少し高度なことができる。記述式の設問も可能になるほか、長文読解問題なども可能だ。もっと突き詰めれば、手書き回答もいずれ可能になるだろう。択一式しかないことが問題だという声にも対応できる。
さらに大きいのは、動画や音声の扱いが格段に楽になったということだ。リンクをタップすればその場で発音が再生されるなど、PCによるeラーニングに近いことができる。特に、2006年からセンター試験で英語のリスニング試験が導入され、学校ではいかにこれをクリアするかが大きな課題となっている。リスニングがモバイルラーニングで可能になれば、これも大きな前進だろう。
すでにルネサンス高校では今年4月から、スマートフォンによる学習がスタートしている。「英語演習A」について受講ログから統計を取ったところ、携帯電話で学習する生徒とスマートフォンで学習する生徒の間で、学習効果に差が出てきていることが分かった。
ケータイでの長文演習では、平均得点が65.1点だったが、スマートフォンでは長文演習・聞き取りにおいて、82.2点となっている。分析によれば、平均の復習回数に大きな違いはないが、スマートフォンのほうがじっくり時間をかけて学習し、演習に向かっている傾向が出ているという。
意地の悪い見方をすれば、新しいおもちゃを与えて、好奇心でやる気にさせているだけ、という可能性もないわけではない。しかし実際にスマートフォンで学習している生徒からは、「携帯に比べてスクロールが楽なので、長文の問題でもやりやすい」「画面が大きいので問題文と選択肢が一度に見比べられてよい」という機能面でのメリットを感じている意見が出ている。
これらのポイントは、言うなれば単に紙の特性に近づいただけといえるかもしれない。ポケットサイズの問題集を持ち歩くのと何が違うのか、といった指摘もあるだろう。だがスマートフォンには通信機能がある。今後、先生からのフィードバックがリアルタイムで、同じ端末内で完結するという機能も実現されるだろう。
そうしたスマートフォンならではの特徴がIT教材の中で生かされれば、通信機器である強い意味が出てくるはずである。そしてその先に、学習教材のあるべき姿があるように思える。
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は津田大介氏とともにさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社)(amazon.co.jpで購入)。
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