このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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ドイツの研究者が発表した論文「On the Lottery Problem: Tracing Stefan Mandel’s Combinatorial Condensation」は、1960年代に14回も宝くじに当選したルーマニアの数学者・ステファン・マンデルさんの手法を分析した研究報告である。マンデルさんが初期に用いた手法「Combinatorial Condensation」は長年謎に包まれていたが、この研究はその手法を解明しようと試みた。
ルーマニアの「6/49宝くじ」(1〜49までの数字から6つを選ぶ形式、総組み合わせ数1398万3816通り)に、マンデルさんは最初に挑戦した。彼の戦略は49個の数字から15個を選択し、これらの15個の数字から6つを選ぶ全ての組み合わせ(5005通り)を考え、独自のアルゴリズムを用いてこれを569の組み合わせまで減らすというものだった。これは数学的には「カバリングデザイン」に相当すると分析されている。
この手法の特筆すべき点は、当選番号が選んだ15個の中に含まれていた場合、少なくとも5個の数字を的中させる確率を99.9%まで高められることだ。つまり、その条件下では2等以上の当選がほぼ確実に見込まれ、1等の大当たりも11.4%の確率で期待できる。ただし、6/49宝くじ全体でみると、5個以上の的中確率は8.855%、1等の大当たりを引く確率は0.036%(約2794分の1)と依然として低かった。
研究チームはマンデルさんがこの手法を開発した1960年代の状況を詳しく考察している。当時はコンピュータも電卓も一般的でなかった時代だ。マンデルさんは紙と鉛筆だけを使って、何カ月もかけてこの複雑な組み合わせを計算したと推測される。全ての可能な組み合わせ(5005通り)を書き出し、それを569通りまで絞り込む作業は、途方もない労力を要したはずだ。
興味深いのは、マンデルさんの手法が現代の数学理論を先取りしていた点である。彼が構築したと思われるカバリングデザインは、コンピュータを使った本格的な研究が始まる何十年も前に作られたものだ。当時の数学者たちが3つの数字を当てる確率の研究をしていた段階で、マンデルさんは既に5つの数字を当てる方法を編み出していたのである。
マンデルさんは自身の手法に内在するリスクにも気付き、後年、別の戦略に切り替えている。これは「Buying the pot」と呼ばれ、宝くじの全ての組み合わせを網羅的に大量購入する方法である。
この方法では、ジャックポットの金額が全通り購入するコストよりも高くなるのを待つ必要があった。そのため、マンデルさんは1等の当選がない場合に次の当選金に上乗せされるキャリーオーバーで、掛金(全通り購入)の3倍以上に膨れ上がるのを待った。
しかし、この戦略には大きな障害があった。莫大な資金をどう調達するか、そして全通りの宝くじをどうやって購入し、1つ1つ数字を記入するのかなどに問題があった。マンデルさんはこの問題を解決するため、何年もかけて数百人の投資家を説得し、共同購入組織を結成した。
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