走り幅跳びからファウルがなくなる? 新ルール検討、英雄カール・ルイス氏ら猛反発

2024年03月06日14時30分

 陸上の走り幅跳びでファウルがなくなる? 世界陸連が走り幅跳びの抜本的なルール変更を模索している。検討案は、踏み切り板をなくして代わりに踏み切りゾーンを設け、踏み切った地点から着地点までの距離を計測するというもの。ファウルをなくし、より興奮して楽しめる種目にすることを狙いとしているが、五輪の男子走り幅跳びで4連覇を果たしたカール・ルイス氏(62)=米国=は猛反発。現役選手からも批判や戸惑いの声が相次ぎ、論争を巻き起こしている。(時事通信ロンドン特派員 青木貴紀)

 現行ルールでは、幅20センチの踏み切り板の最も砂場側のライン「踏み切り線」から着地点までの距離を計測。踏み切り足が踏み切り線を越えるとファウルになる。選手は少しでもロスを減らそうと、ぎりぎりから踏み切ろうとするため、当然ファウルになるリスクは高くなる。検討案では、ある程度の幅を設けたゾーン内で踏み切った位置から着地点まで、純粋に跳んだ距離を計測する。

 世界陸連のセバスチャン・コー会長は、昨夏の世界選手権(ブダペスト)で全跳躍の約3分の1がファウルだったと指摘し、「われわれのスポーツは150年の歴史があり、絶対に守りたい要素、神聖なものがあるが、そこには人々を少し冷めさせてしまうものがある。革新から手を引くつもりはない」と主張。世界陸連は今年から試行し、その結果を踏まえて導入するか判断する。ルールを変更する場合は、2026年以降になるという。

現役世界王者も「導入ならやめる」

 陸上界の英雄で世界的スターだったルイス氏は、自身のSNSで「エイプリルフールのジョークは4月1日まで待つことになっている」と検討案を痛烈に皮肉った。その上で「走り幅跳びは陸上競技で最も難しい種目。そこから最も難しい技術をなくすだけだ」と非難した。

 21年の東京五輪、昨夏の世界選手権で男子走り幅跳びを制したミルティアディス・テントグル(ギリシャ)も強く反対した。3月初旬の世界室内選手権(英グラスゴー)を8メートル22で制した後、「スプリンターのように走り、踏み切り板を完璧にたたく必要がある。ジャンプ自体は簡単。難しいのは駆け上がりだ」と解説。「これを排除するなら、走り幅跳びは最も簡単な種目になる。もしそうなったら、もう走り幅跳びはやらない。三段跳びの選手になる」と憤った。

踏み切りの難しさに魅力も

 世界陸連がルール変更を思案する背景には、放映権を持つテレビ局やスポンサー企業への配慮が透けて見える。ファウルが多いことで、テレビの視聴者や観客の興味や関心が薄れ、離れることを懸念している。コー会長は「人々がスポーツを消費する方法、つまりエンターテインメントを消費する方法は、3年前とは異なっていることを認識しなければならない」と語る。

 一方で、踏み切りの難しさこそ走り幅跳びの魅力の一つであり、そこに感動、面白さが詰まっていると考える人は少なくないのではないか。このルール変更に踏み切るのであれば、求められる技術や能力が大きく変わってしまうため、現在の記録とは完全に分けて、別の新たな記録として考えるべきだろう。

日本記録を持つ秦「選手の意見が一番」

 女子走り幅跳びで6メートル97の日本記録を持つ秦澄美鈴(住友電工)は「深く賛成、反対みたいなことはあんまり考えていない」と前置きし、「誰が言い出したんだろうな、っていうのが正直なところ。昔の世界記録など、記録の価値は全然変わってくると思う」と話す。選手は決められたルールに従って努力を重ね、パフォーマンスを示すしかない。秦は「ファウルがなくなって競技が見やすい、楽しみやすいっていう面もあるのかもしれないけど、でもやっぱり選手の意見が一番だとは思う。そこはちゃんとヒアリングして、本当に賛成が多いんだったらそうしたらいいと思う」と率直な意見を語った。

 現在の男子世界記録は1991年世界選手権東京大会でマイク・パウエル(米国)が樹立した8メートル95。狭い踏み切り板に助走を合わせる必要がなくなれば、より助走スピードを高めることが可能になるとみられ、9メートルを超える選手が出てくるかもしれない。ファウルが多い選手や助走が速い選手は、ルール変更を歓迎するのだろうか。世界陸連には選手へのリスペクトを忘れず、しっかりと多くの声に耳を傾け、十分な議論を尽くした上で慎重に決断してもらいたい。

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